
フィリップ・K・ディックがアメリカ現代小説最高の作家だというのは、SFびいきの世迷い言じゃないし、ましてや物質Dのせいでもない…と、本編を見終わったあと強く主張するものであります。
この映画が面白かったのは、原作のおかげが7割、主演のキアヌ・リーブスのおかげが1割、トム・ヨークの音楽が1割、その他1割、という配分かと思われます。
麻薬のおとり捜査官が、自分で自分を監視する羽目になる話、とかいつまんでしまうと、だから何だといなされてしまいそうですが、そこはそれ、ディックの作品ですから、深読み浅読み何でもOKなのであります。
これまでに映画化された作品に比べると、今回はSF的な要素は少なく、しかも自身の経験が元になっているそうなので、まずはベタに麻薬の怖さを描いた作品とも受け取れます。自分が誰だか自分にすらわからない、というのはディックお得意のパターンですが、麻薬が原因というシチュエーションにはそれなりのリアリティがあります。
しかし、キアヌ・リーブス演じるアークター捜査官がどんどん自分を見失っていくにつれ、麻薬中毒とは特に縁のない人でもじわじわと身につまされる気持ちになってくるので、あまりダウナーな時に見るのは良くないかもしれません。
セリフに「addicted」(中毒する・常用する)っていうのがしょっちゅう出てくるんですけど、ヤク中じゃないにしろ、普通に生活していてこの映画と似た羽目に陥る人って多いのではないでしょうか。そしていよいよになると、上司からあんなセリフを吐かれてみたりね。
悲劇にもいろいろありますけど、あまりにも身近で、しかも降りかかってきているのになぜか見透かすことができない悲劇。過労死寸前のご家族、お友達にぜひ見せてあげてください。
彼の行為は、最後に何か実を結びそうな予感を遺し、それが救いのような気がするものの、実際にはまるで当然のチェスの駒みたいに軽くあしらわれている。そのあたりも、実によくあるイヤなパターンで、だからこそ、ディックは現実にない世界を書きながら、この上もなく現代社会を描いている作家だと思うのです。
さて、肝心の映像の方はというと、実写から絵に起こす手の込んだアニメーションで作られているんですが、絵がバラバラで「自分を見失ってる」というより、観客が同じキャラと認識できない(笑)シーンがあるのはストーリーの進行上問題じゃないでしょうか。同様に、それを着ると次々違う人物が表面に投影されて本人を特定できなくするという、捜査官が必ず着用しなければならない「スクランブル・スーツ」というのが重要な小道具なのに、着てない人も着てるように見えちゃうのはどうなんでしょうか…(爆
映画には関係ありませんが、邦題の「暗闇のスキャナー」、以前からナゾでした。原タイトルの「darkly」は副詞で、「ひそかに」(clearly 明確に、の対)の意味で、特に暗黒とか、暗闇とかには関係ない気がするんですが、
なんかそんな描写があるんでしたっけ?確かに麻薬社会は暗いけどね…。
公式サイトは
こちら、ですが、見せたくないんじゃないかと思うほどサイトが開くまで時間がかかり、文字も読みづらくってイライラしました。最近の映画公式サイトはこの手のが多いですが、上映館情報を見たいときなど鬱陶しいので、なんとかして頂きたいです。え、おまえんちが光ファイバーにしろって?うーん…。
リチャード・リンクレーター監督
シネセゾン(渋谷)で見ました。
真ん中よりも、やや後ろ目の列の方が見やすいと思います。
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