2014年05月19日

ウィズネイルと僕

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東京・吉祥寺のバウスシアターが閉館になるとのこと、ここでしか見られない作品も多かったし、爆音上映とか、面白い企画もやってて良い映画館だったのに、実に残念。

そのクロージング作品ということで観に行ってみましたが、もっと混雑してるかと思いきや、10数人のお客さんとまるでプライベート上映気分で鑑賞することになろうとは、ぐっすん。

ま、そういうしょぼくれた雰囲気が実に似合う映画ではございました。

「ウィズネイルと僕」というくらいだから、僕の方が主人公なんだろうけど、ラスト近くでステキな巻き毛を散髪してしまうのでなんかもう名前も憶えてないです(怒)。売れない役者で、しょぼくれた部屋でメガネをかけてると、いかにもなどん詰まり感が漂っていますが、どこかギリシャ彫刻のような感じの青年であります。

彼のフラットメイトが、同じく売れない役者のウィズネイル。彼ももうほとんど瀕死の状態なのですが、ハムレットとか演じたら確かに似合いそうな感じです。

この2人が、役は来ないわお金はないわ、お皿も洗わず台所に何が棲息してるかわからない状態だわ、酒も買えずにライターのオイルを飲むわ、家にはヤクの売人が勝手にのさばってるわで、もう好い加減行き詰まり、ロンドンを出て、どういう思考回路してるんだか良く分からないけど、空気の良い郊外で、一息つこうと思いつく。

そこで、ウィズネイルの羽振りのよいおじさん、モンティーに取り入って、彼のコテージの鍵を借り出すことに成功。

ところが、とことん生活能力のない2人のこと、田舎に行けば行ったで薪がなくて凍えそうだし、食べ物もないし、隣人には怪しまれるし(って実際怪しいのですが)、ロンドンにいたとき同様、あるいはそれ以上にしょぼくれた状態に陥る。

で、いい大人の男が2人して、密猟者に怯えたり、どうもその気(け)があるらしいモンティーおじさんから自業自得の仕打ちを受けたりと、とにかく話は最後まで全然華々しくならず、ビビり―2人組の、どこまで行っても情けない話なのであります。

そんなに落ちぶれてるくせに、役者だからかイギリス人だからか、スーツはパリッと着るし、(やることは超しょーもないのに)立ち居振る舞いは無駄にダンディなのが、これまた観る側をどっと脱力させるのであります。

ウィズネイルは肝心なところで逃げ腰だったり、責任逃れの嘘をついたり、突然キレたりと、確かにいろいろ困った人なんですが、ま、変人というほどでもないし、「僕」の方も他人の事はいえないロクデナシという、よくも悪くも突出したところのない似た者同士感が実に救いのない人物造形。

そしてこの2人がただダラダラしてるだけという、まるで『聖☆おにいさん』のキャラ立ってないバージョンのような(そういや「僕」は聖ペテロみたいと言われていましたっけ)、ほんと、ストーリーはどうでもいい映画です。観ながら何となく、同じイギリスの「さらば青春の光」という映画を思い出していました。

しかしまあ、特に意味などないのが人生なのであり、際立った出来事など起こらないのが日常であるわけで、この作品は、プラス、細かいディテールの積み重ねによって、一度でもイギリスに行ったことがある人なら、ああ、そうそう、こういう感じ…とピンと来るような、捉えどころのない空気感を見事に描き出しています。

自分で扉を閉めなきゃいけないフットパスの柵。雨の国の必需品、「ウェリントン」(長靴)。パブでの飲みっぷり。退役軍人の自慢ばなし。シェイクスピア。突然、部屋に座っている、どこの国から来たのかよくわからないような人物。シビルロウであつらえた背広。スノッブな中流階級。インテリア。午後のケーキ。突然の豪雨。

そして、ウィズネイル同様、いきなり放り出されてしまう寂寥感。

ある時代が終わり、新しい時代が始まっていく。しかし、自分は取り残されたまま。
それでも独り、大雨の中、シェイクピアを演じている…。

この映画をクロージング作品として選んだセンスに、惜しみない拍手を送ります。
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2014年05月15日

映画「アナと雪の女王」いっしょに歌おう(シング・アロング)版を観てきました

さて、今は昔のGW、全国60もの映画館で実施された、「アナと雪の女王」いっしょに歌おう版を観てまいりました。

シング・アロング版といえば、これも昔、イベントで観た「ロッキー・ホラー・ショー」の楽しさは格別で、今回も結構楽しみにしておりました。全員で延々「メサイア」を歌うだけ!というシング・インのイベントにも参加したことがあるし、9曲くらい楽勝よ(はぁと

しかしまあ、結論からいえば、「歌ってきました♪」じゃなくて、「観てきました」になっちゃいました(哀。

実は、不肖わたくし、せっかくの試みが成功して欲しくて、周りがどうあろうと断固として歌うつもりでおりました(私の美声で振り向かせてやるぅ、くらい思っていた・呆)。が、吹き替えとはいえ、やっぱり初見でシング・アロング版はなかなかハードルが高うございました。

なんか途中からアラゴルンみたいに鼻歌になってしまい、戴冠式で一人で歌うのってやっぱり寂しいよね、と珍しくも同情の念が沸々とわいたのであります。

お子さんが来ることを想定してか、コアなファンならどんな時間でも来ると思ってか、シング・アロング版は午前中に設定されてることが多くて、やっと見つけた夕方回の上映館は板橋のイオンシネマ。初めてきましたが、なかなか見やすい劇場でした。

客層は、ちらほらとカップルがいたものの、圧倒的に親子連れが多かったです。全9曲の挿入歌のうち、最初の歌は男性合唱なので誰も歌わず、その時点でかなり、会場のテンションが下がったように思います。

アナ(吹き替え版は神田沙也加が歌った)の「生まれてはじめて」は、ミュージカルナンバーが得意な人なら歌いやすい部類の曲ですが、お子さんには入るタイミングが難しい曲みたいで、サビの「生まれてはじめて〜音楽に乗り〜」のところから、ようやく歌声が聞こえはじめました。

私がいきなり歌ったんで、隣の席にいた連れはビビっておりましたが(あ、歌っていいって言っとくのを忘れてた)、映画のサウンドが大音量なんで、隣の人でもない限り、かなりの人数が歌っていてもほとんど聞こえません。看板曲の「Let it go」なんて、もっと皆歌うのかと思ったけど、意外におとなしかったです。オリジナルが低音だからか、これもお子さんには歌いづらかったみたいですね。

ロッキー・ホラー・ショーみたいに、入場する時点でいろいろ仕掛けがあれば、もっと盛り上がったかも知れません。六本木あたりで英語版を観れば、もう少し歌う人もいたのかな? 

でも、英語版はサビ部分はともかく、そこ以外のメロディに歌詞を嵌めて歌うのがかなり難しく、その点、母語だからってこともありますが、日本語の訳詩はとてもよくできていると思いました。

さて、そんな訳で、みんなでカラオケ大会の方はあまり盛り上がりませんでしたが、映画自体はなかなか楽しめました。オタク的に面白かった(→「指輪」ファンとしてみた場合の見どころはこちら)こともありますが、背景がきれいだったし、色遣いもケバケバしくなくていい感じでした。

そしてなんといっても、日本語版の立役者は雪だるまのオラフでしょう!
まるで狛犬のように、山寺さんの「ゴラム」ちゃんと並び立っております。

一歩間違えるとジャージャービンクス並みのウザキャラになりかねなかったところを、ピエール瀧さんのナイス吹き替えで素敵キャラに。あのしゃべりがあまりに気に入ったせいか、油断するとオラフ口調になるぅ〜。

ストーリーは大筋、「雪の女王」なんですが、雪の女王自身が助け出される役、というのがまさかの大逆転です。また、お姉さん、または妹さんがいる人なら、きっと身につまされるであろう描写が、狙ってるなーという感じでしょうか。

妹から見れば、いつもボス風を吹かせ、妹を叱るのが仕事化していて、周りからは何故か尊敬されている姉。姉から見れば、要領がよくて、ちゃっかりオイシイところをもっていき、自分の好きなようにふるまっても可愛がられる妹。姉の方は妹には言えない葛藤があるので、なおさら辛いところです。

触れたものを何でも凍らせてしまい、しまいには傷つけてしまうのを恐れている…って設定の割には、エルサおねーちゃんはなかなか乱暴です。ひょっとしてロボットものアニメを見すぎたのかも知れません(さもなきゃ、なんであんな怪物を…?)。妹のアナの方も、ホントに王女様か、オイ?というような言葉遣いや態度なので、似たもの姉妹ってところでしょうか。

それはともかく、お姉ちゃんは王位を継がなくちゃいけないので、妹ほどお気楽には過ごせません。
主題歌の「Let it go」の歌詞を見ると、同様の内容であっても、英語版の方が
「周りを気にしなくちゃいけない」お姉さん的立場の辛さがよく分かります。

Heaven knows I tried.
神様だけが知ってる、私が(隠すように)努力したってことを
とか、
Be the good girl you always had to be.
これまでのように、良い子でいなければ
とか、
Let it go, let it go. Can't hold it back anymore.
(ふさわしいふるまいという枷を)どこかにやってしまいましょう
魔法の力(と、自分を解放したいという思い)は、もう隠しておけない
とか、
I don't care what they're going to say.
気にしない、彼らが何て言おうと
The cold never bothered me anyway.
どっちみち、寒さなんて私には何ともなかったんだから
And the fears that once controlled me, can't get to me at all
私を縛っていた恐れは、もう私を捉えることはできない
That perfect girl is gone
完璧な女の子(だった私)は行ってしまった(もういない)
とかね。

日本語版の訳詞は上手いこと同内容を伝えてるんですが、
「私がどうしたいか」が主体になってるので、
ここまで空気読んでる・気ぃ遣いな感じは受けませんでした。

今は子どもの数も少ないから、お姉さん的な立場の子も増えてるだろうし、
わかるわかる〜と思う人も多いんじゃないでしょうか。
女性が共感しやすいように作ってるというのは、このあたりを指してるんでしょうかね。
かなり露骨ですけど…。

ま、スレてる観客にはこの辺はどうでも良くて、女の子2人は可愛いし、
アナはなかなかガッツがあるし、
絵は綺麗だし、スペクタクルな動きが面白いので、それで映画としてはもう十分です。

雪だるまはしゃべるんですが(エルサが魔法で作ったものだから)、トナカイはしゃべらないとか、
いちおう頑張ってるのは認めてあげましょう。

私が一番気になったのは…
(以下、お話の核心部分に触れておりますので未見の方は注意)
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posted by 銀の匙 at 01:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月06日

ラ・フォルジュルネ・オ・ジャポン2014 第3日目(5月5日)

本日はラ・フォルジュルネ最終日。明け方の地震、初来日のアーティストはびっくりしたんじゃないかなぁと思いつつ、余裕で家を出たつもりが、会場に着いて、がーーーん…。

切符忘れた。

年は取るもんじゃないわね〜と平静を装いつつ、私にさんざっぱら急かされて家を出た連れ(わに)に睨まれつつ、チケットを取りに家に帰りました。てなことで、1プログラム聞き逃しました。お財布に厳しかったことはもちろん、今回一番楽しみにしていたヴォックス・クラマンティスのグレゴリオ聖歌とジョン・ケージを聴くことができませんでした。実に痛恨の極みです。

気を取り直しまして、次のプログラムは345番、小曾根さんとNo Name Horsesによるガーシュイン×ガーシュイン。

毎年クラシックの枠を超えて楽しいステージを見せてくれる小曾根さんですが、今回はビッグバンドとの共演で、かなりジャズ色の濃い演奏でした。

お客さんはあまりジャズに慣れていないのか、いちおうクラシックのコンサートだからお作法的に迷ったのか、ソロパートが終わったあとの拍手がまばら。見かねてか、途中からバンドの隣の人が見ぶりで「はい拍手〜」みたいなジェスチャーを入れる珍事(?)に。

そんな苦難も乗り越え、演奏は実にパワフル。勢い余って途中がかなりラテンっぽくなってたけど、ま、気にしない気にしない。今年も期待を裏切らない、素晴らしい演奏でした。

さらに、もう一曲、ガーシュインのバラードをやってくれました(曲名を言ってくれたのですが失念)。こちらは渋いサックス隊がフィーチャーされて、さらに夜の雰囲気に。いやぁジャズの分かる大人って素敵。私にゃ100年早いけど。

そして本日最後のプログラムは、オオトリ316番。
ハコが一番大きいAホールだったので、最初迷っていたのですが、最後のプログラムは独特の雰囲気があって捨てがたく、思い切って聴いてみることに。

久しぶりのAホールは、ステージ脇に大きなスクリーンが設置されて演奏者の表情をリアルタイムで追えるなど、開催当初に比べれば格段に良い感じになっておりました。

曲目ですが、まずは萩原麻未さんのピアノでラヴェルのピアノ協奏曲ト長調。力強く、ことに低音部分に暗めの色彩を持つピアノに、ジャン・ジャック・カントロフ指揮の、こちらもモノクロームな音色のシンフォニア・ヴァルソヴィアが絶妙に絡んできます。この曲の第二楽章は恐らく初めて聞きましたが、夢のように美しい曲。後半、ピアノとオーケストラの音がかなり不協和音っぽく聞こえたけど、そういう曲なんでしょうか。そうなんでしょうね。

お次はボレロ。これはまあ、音楽祭を盛り上げるには鉄板の曲ではありますが、ヴァイオリン隊の気合いの入りっぷりがすごかったです。この手の曲こそ、終わった直後にブラボーが正しいかと思います。

連れはバレエ(のDVD)を観たことはあったけど、曲だけ聴くのは初めてだったそうで、遠くから着々と野獣が近づいてくる感じが怖い…と申しておりました。

そして最後に、ビベスの「ドニャ・フランシスキータ」よりファンダンゴと、ヒメネスの「ルイス・アロンソの結婚式」より間奏曲。

ここで登場いたしましたのがフラメンコ・カスタネットの女王、ルセロ・テナ。スクリーンに映し出されるお姿は御年いくつか分かりかねる雰囲気ではありますが、いったん曲がはじまると、カスタネットを打ち鳴らす度にピタッとポーズが決まるのが、カッコいいのなんのって。聴くだけで、情熱的なフラメンコダンサーが踊っているさまが見えるようでした(オレ!って叫んでる人もいました)。

噂には聞いていたけど、カスタネットで音階も出せるし、pppからfffまで音量も自由自在で、立派にソロ楽器として成り立っていましたというか、カスタネット以外、正直聴いてませんでした、はい。

一曲目からアクセル踏みに踏みまくっていたので、二曲目が終わっても会場が上品に拍手しているのが腑に落ちなかったんですけど、カーテンコールの時はみな立ち上がり、広いAホールが文字通り熱狂に包まれました。

アンコールが終わって、オーケストラが退場しても拍手が鳴りやまず、ルセロ・テナさんが再登場。オーケストラなしで1曲演奏してくれました。広い会場にカスタネットだけが鳴り響き、まさに鳥肌もの。終わると、帰りかけていたお客さんも総立ちになり、文字通り興奮のるつぼと化していました。

もうその後はお客さん拍手をやめないし、またアンコールって訳にもいかないしで、テナさんはマルタンさんを引っ張り出してカスタネットで挨拶。即興のカスタネット・コントに会場の笑いを誘っていました。ファイナルコンサートにふさわしい、実にゴージャスなステージでした。

例年、最終日に来年のテーマが発表になっていたように思うのですが、今年は6月末になるとのこと。来年も無事の開催を期待したいです。
posted by 銀の匙 at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台/パフォーマンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月04日

ジブリ美術館と「星をかった日」

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(画像は美術館で買ったパンフレットの表紙です)

天気のよい日にぜひ行きたい、とかねがね思っておりました、東京・三鷹のジブリ美術館にようやく出かけることができました。

とは言っても、ここへ入場するのは2014年現在、ひと仕事。まずはコンビニ「ローソン」を探し出し、行きたい月の前月10日に、日時指定の入場券を購入しなければなりません。(購入の仕方は→ こちら)。ギリギリまで販売はしているみたいなので、平日なら直前まで予約はできるかと思いますが、基本、思い立ったらふらっと…が不可能な美術館、それがジブリ。

しかし、着いてみればそれも納得。平日だというのに(そして皆、切符を持っているというのに)入り口の前には入場待ちの行列ができています。これじゃ入場制限しないとケガ人が出そうです。

実は、日時指定券というのは、入場時間だけが規制されているチケットなので、選んだ時間から30分以内に入場しさえすれば、退場時間には制限がありません。そこで、相対的にお得な朝の回は、常に満員御礼状態となっているのです。

三鷹の駅からは「風のさんぽみち」という玉川上水脇の道を進めば正味20分ほど。ただ、ここは車道の脇に狭い歩道が設けられた普通の道なので、前をゆっくり散歩している人を追い越すのは難しく、結局、改札を出てから入場口まで、25分くらいかかってしまいました。

入場ゲートで入場券のチェックがあり、進むと受付があります。ここで、コンビニで発券した入場券をチケットに引き換えてくれます。チケットは映画のポジフィルムを使ったもので、他のお客さんとの良い話のタネになっていました。

建物は中も外も複雑な作りになっていて、いかにも子供が喜びそうです。子供の覗きそうな高さに開けられた小窓や、展示の前にしつらえられた足台なども、この美術館が考えるメインのお客さんが誰かを物語っておりますが、平日だったせいなのか、客層は8割おとなで、その半数以上が海外のお客さんという印象でした。

美術館なので入れ替えの展示もあるのですが、それは本当に小さなスペースなので、主には常設展示や建物の雰囲気を楽しむ美術館です。1階には常設展示と小さな映画館、2階にはアニメスタジオの再現とレストラン・中庭、3階には小さな図書室とショップがあり、どれも面白いです。

1階ではアニメーションの歴史と原理が、ひと目でわかるように紹介されています。この世にあるものはみな動いている…昔から人々は、動く絵を作りたいと願っていた、というあたり、心に響く展示です。

2階ではアニメスタジオは、再現された作業机にタップ(下絵とセルがズレないように固定するための道具)や下絵を置く棚、筆洗や筆などが並んでいるほか、たぶん日本アニメ系のアニメカラー(セルに色を塗る絵具。東映動画系のもあって、そっちは円筒形の入れ物だったと記憶してます。ビニール塗料なので、蓋をあけると物凄い匂いがするんですよね…さすがに美術館では蓋は閉まってたけど)、カメラを据え付けた撮影台など、昔ながらの道具が揃っていました。資料がみっちり詰まった本棚もあり、実家がアニメ屋さんだった私には懐かしい空間でした。今のアニメスタジオには行ったことないけど、みんなパソコンの画面に向かっているのかしら...?

全部ざっと見るだけなら30分もあればOKですが、絵コンテ(四コマ漫画みたいな、映像のための脚本)を眺めたり、原画をじっくり見たり、図書館で本を取り出したりしてしまうと、たちまち2時間3時間は使ってしまいます。図書館には宮崎駿監督がインスピレーションを受けた本が並んでおり、入り口のウィンドウには「指輪物語」が、寺島画伯の挿絵大フィーチャーで展示されていました。

レストランは1つ、他に食べ物の売店が1つあり、レストランが混むせいもあるのか、持ち込みのお弁当をテラスで食べてもよいことになっています。これは、お子さん連れには嬉しい点でしょうね。ショップはあまりの大混雑ぶりに恐れをなし、入るのをやめてしまいました。

テラスは井の頭公園に隣接しているのでとても気持ちがよく、「ザ・武蔵野」といった風景が満喫できます。ここで一日ぼーーっとしているのも良いだろうなぁ、とつい考えてしまいます。

さて、美術館の1階には土星座という小さな映画館があります。20分に1回、上映があるということでしたが、世界の名作アニメを上映するのかなとノーチェックだったところ、ジブリの短編を上映するというので慌てて列に並びました。前の上映が始まってからすぐ並んだというのに、凄まじい席取り合戦に負けて一番前の列になってしまったんですが、見やすいスクリーンで映画に没頭することができ、却ってよかったかも知れません。

その昔、「セロ弾きのゴーシュ」という長編アニメを見たことがあります。アニメだというのでお子さんがたくさん来ていたんですが、走り回ったり騒いだりと落ち着いて見られたもんじゃありませんでした。そのときの同時上映が宮崎監督の「パンダコパンダ」で、始まった途端、子供たちの食いつきが全く違います。短編だからってこともあるのかも知れませんが、最後まで皆食い入るようにスクリーンを見ていました。同じ監督の短編、これは期待できそうです。

映画は全部で9本あるようで、1か月おきくらいに1本ずつ入れ替えで上映されています。行ったときはたまたま「星をかった日」という作品でした。

観終わったあと、図書館でこの映画のプログラムを買いました。その説明によると、この作品は井上直久さんの「イバラード」を元に作られているとのこと。まるでポーランド映画かロシア映画のような、静かで美しい冒頭のシーンから、中原中也に激似(?)の主人公・ノナ少年、「紅の豚」のジーナに激似(?)のいい女、ニーニャ、目の前に広がる巨大な昼の月、相変わらずカエルの役から逃れられない大泉洋などなど、全てがツボに嵌るその世界は、たった16分とは信じられないほど深く、魅力的でした。

現時点では、ここ以外で観る方法がないのですが、入場料の1000円を払って観る価値は十二分にあります。「星をかった日」、もう1回観たい! 他にも、あのタモリさんが声の出演をしている「やどさがし」という作品もぜひ見てみたく(タモリさんの大ファンなので…)、すでに、また来ちゃおっと、と心に決めております。皆さまもぜひ、土星座の上映をチェックしてお出かけください。

さて、短編なのでストーリーを書くとネタバレ以外の何物でもないので、以下、未見の方はスルーしてくださいませ。続きを読む
posted by 銀の匙 at 23:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ラ・フォルジュルネ・オ・ジャポン2014 前夜祭と第1日目(5月3日)

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皆さま、GWはいかがお過ごしでしょうか。

こちら、今年も当然のごとくラ・フォルジュルネ三昧でございます。
今年は計画ミスで出演は取りやめになってしまいましたが、やはり、お祭りは参加してなんぼ、ということで、事前準備のいらない前夜祭に参戦いたしました。

今年は5月2日の夜7時きっかりに、会場前の広場にて演奏スタート。去年はボレロだったので、楽器を持っていくのが面倒で参戦しなかったのですが、今年は第九。歌えばいいだけだから楽々です。

そう思った人が多かったのか、広場は入場規制こそかからなかったものの、身動きできないほどの人だかり↑。オーケストラの楽器以外にも、ピアニカや縦笛、フライパン(サムかよ!)なども加わり、めちゃくちゃ賑やかです。

中央にしつらえられたキオスクに指揮者と合唱が、その下にオーケストラが陣取り、周りを十重二十重に取り囲んでいるのはギャラリーなんかではなく全員やる気120%の参加者という、恐ろしい絵づらであります。

HPで事前に譜面がアップされていたので、楽器組はそれをみながらリハスタート。しかし、人ごみで正面に回ることができないので、指揮者が全然見えません。この曲の性格上、最後の部分は指揮が見えないとタイミングが合わないので(そして、参加者はわざわざ駆け付けただけにきっちりやる気満々)、何度かリハを行い、本番スタート。

あっという間に終わっちゃうので、そのあと何度も本番が(笑)。にわか大合唱団はお互いにブラボーといい、写真を撮り合うなど、お祭り気分最高潮で幕を閉じました。

たった30分のイベントが終わると、三々五々、二次会に繰り出す人や、その場で小さな演奏会を始める人など皆楽しそう。私も知り合いと落ち合って女子(?)トークに花を咲かせました。

さて、続きまして1日目は、ボリス・ベレゾフスキーの「夜のガスパール」からスタート。

あれ、去年もやったじゃん、それ? とお思いの方、そうなんですよ。あの演奏が素晴らしかった(→ちなみに、去年の感想は コチラ )と思ったのは当然、私だけではなかったらしく、今年もやってくれたのです。

演奏は今年も最高!…になるはずだったのですが、観客がダメだったので、ダメでした。

演奏する側になってみるとよく分かるんですけど、いい演奏にはいい観客が必要です。そしてクラシックの場合、それは、音を出さないお客さんな訳です。

静かなのがいいなら、観客がいない方がいいんじゃないの〜?という声が聞こえてきそうだし、事実、リハーサルが結局一番いい演奏だったっていう体験は何度もありますが(何しろ、疲れてないですからね)、聞いてくれる人がいるときといないときでは、演奏の質が決定的に違います。

録音とか、リハーサルとかは音楽が主役になるのですが、コンサートでは「場」が主役になります。ですから、演奏者と同程度に観客も重要なのだと私などは思います。

そういう意味では、クラシック音楽は優れて観客参加型の催しです。

しかしそこはそれ、演奏者と観客では、おのずと役割は違います。だからクラシックは窮屈でイヤだ…と思われるかもしれませんが、ちょっと考えてみてくださいよ。バレエの公演を観に行ったら、観客がやおら立ち上がり、客席で炭坑節とかどじょうすくいとか踊りだしたら(面白いかもしれないけど)、舞台はぶち壊しでしょ。逆に、エグザイルとかの舞台で、客がステージ下でいきなり「白鳥の湖」とか踊りだしちゃったら(ウケるとは思うけど)ステージの上の人はやりにくいですよね。

演奏会も全く同じことだと思うんですけど、どうでしょう…。

特にクラシックの場合は演奏の音量がそれほど大きくないのに、よく響くホールで行われるので、ちょっとした物音が大きく増幅されます。しかも、自分よりも前の客席の音は自分にはあまり聞こえませんが、自分よりも後ろの客席の音は、よく聞こえます。ってことは、最前列にいる演奏家には客席の雑音がバッチリ聞こえちゃうんですよね…

繊細なピアノのメロディにかぶせて、がさごそがさごそウインドブレーカーを引っ張る音、暗くて見えない手元のパンフレットをめくる音、ファスナーを開け閉めする音、手提げの置き位置を移動する音、等の伴奏は要りません!! まったく、どんなアヴァンギャルドかっつーの。炭坑節は盆踊りの時にして下さいっ!!!

特にこの日の曲目はぴたっと演奏を止める休符の部分がアクセントになっているのに、そこで一瞬間が空くどころか、がさがさがさっ!と必ず音がするので、曲が後半に進むにつれ、弾き手が無音部分の間隔をどんどん詰めていっているように感じました。こうなると曲の呼吸も乱れるし、演奏は本当にぶち壊しです。そして、とても静かに曲が終わったとたんに大音声で「ブラボーッ」。ここまで破壊しといてブラボーとは、いったいどの口が…と呆れましたが、とにかくあれもやめてもらいたいです。

先陣争いをしているように思えて仕方ないんですが、全然カッコよくありません。静かな曲が終わったら、ちょっとは余韻に浸りたいなぁ…。

続きましては、ヴァネッサ・ワーグナーのピアノと電子音楽MURCOFのコラボ。

曲はジョン・ケージの「ある風景の中で」からスタート。この曲は、あのキノコ親父の作曲とは思えないほど(失礼)美しい曲です。私は映画「アート・オブ・トイピアノ」でマーガレット・レン・タンさんが弾いたこの曲を聴いて、すっかりファンになってしまいました(映画の感想は、→ こちら )。

今回のアレンジについては、この手の電子音楽にありがちな、ノイズを被せる手法がありきたりすぎてちょっとどうかな…?と思いましたが、続くアダムス「中国の門」、グラス「メタモルフォーシスU、W」、フェルドマン「ピアノ小品1952」、グラス「デッド・シングス」「ウィチタ・ヴォルテックス・スートラ」はどれも良かったです。

全面にノイズが被って来るため、ピアノ単体の素晴らしさはあまり際立ってはこなかったのですが、ワーグナーさんはミニマルな音楽をエレガントに弾きこなしていらっしゃいました。ときどき、向いのMURCOFさんの方をちらちら見るのですが、向こうはずっと画面を観ていてガン無視していたのがなんか可笑しかったです

なんと一番前の列で観たので、袖に引っ込んだ後も見えたのですが、MURCOFさんが、あーやれやれ終わったコーヒー飲もっと…みたいな感じでカップを手にとると拍手で呼び出され、あー終わったじゃ飲むか〜と思ったらまたカーテンコールでカップを置いて…てな感じなのがお気の毒で笑っちゃいました。ははは。

次は5日に聞きに行きます!
posted by 銀の匙 at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台/パフォーマンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする