2014年08月27日

ホドロフスキーのDUNE

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いきなり蘭陵王から飛んで申し訳ありませんが、いつまで上映してるか分からないので、こちらの話を先に。

「DUNE 砂の惑星」はデヴィッド・リンチ監督版を観たことがありますが(あれはあれで、なかなかの怪作だった)、まさかホドロフスキーが映画化しようとしてたとは知りませんでした。

本映画には、ホドロフスキー監督本人の語りにより、結局は製作されなかったSF大作『DUNE』の企画、進行、そして挫折が描かれています。

ホドロフスキーは、このドキュメンタリーの語りで分かる通り、映画は芸術である、という信念を強く持った人。その変人っぷり 作家性を如何なく発揮する題材として、SFの金字塔を映画化することを決意。世界を、人々を変える映画にするとの意気込みで、製作を開始します。

彼はまず、自分のイメージを実現するためスタッフや演じ手を探すのですが、その基準は「魂の戦士である」ということ。そして彼の元に集結したのは、アーティスト・スタッフとしてフランスのバンド・デシネ界を代表する作家・メビウス、『トータル・リコール』のダン・オバノン、『エイリアン』のH.R.ギーガー(彼の描いた要塞の絵はホントに凄かった)、俳優として作家のオーソン・ウェルズ、画家のダリ、そして音楽にピンク・フロイドなど、錚々たるメンバー。

御年80を過ぎた監督が、口角泡を飛ばしながら熱っぽく語る『DUNE』の世界。宇宙のかなたにある、不毛な砂の惑星と、そこを故郷とする人々の物語。ほとんど完璧に近い形で仕上げられた、メビウス画の絵コンテが、冒頭のシーンはじめいくつか登場しますが、完成してたらどんなに凄かったか、一観客として悔しくて涙が出そうなほどの素晴らしさ。

ホドロフスキーは『DUNE』の企画に全ての情熱を注ぎこみ、ウェルズやダリの出演依頼を取り付けるために機知を駆使し、才能ある人々を思いっきり巻き込んで企画をまとめあげ、絵コンテはハリウッドの各映画制作会社にばらまかれます。

しかし、予想される膨大な製作費を負担しようという映画会社は、ついに現れず、計画は頓挫。ホドロフスキーはじめ、この映画に主演するために12歳からありとあらゆる武術の訓練を施された彼の息子や、全てを投げ打って彼の元にはせ参じたドノバンなどは再起不能かと思われるほど打ちのめされます。

インタビューでは、ホドロフスキーは口を極めて、金しか興味のない、会計士や弁護士の集まりであるハリウッドの制作会社を呪う訳ですが…確かに彼の『DUNE』が素晴らしい作品であることは間違いないけど、ま、映画会社の重役が、何百億とかかる12時間のSF超大作をこの危なっかしい人に委ねることに躊躇するのは、そりゃ凡人なら分かりますわな。

ということで、無責任な観客としてはどうしても観たいけど、当事者だったら絶対手を出さないであろうこの作品は、永久に日の目を見ませんでした...という結末なのかと思ったら、どうやらそうでもないらしい。

美しく装丁され、製本され、各映画会社に配られたこの絵コンテを、どういう経路かは知らないけど見た人たちがいて、彼らはこの素晴らしい作品に影響を受けて新たな映画を製作したり、いったん挫折したスタッフたちも、別の映画にかかわっていったりして、ないはずの作品が、じわじわと影響力を広げていくのです。

この幻の映画のラストシーンはとても感動的。主人公のポールは、結局、敵対勢力に殺されてしまうのですが、その刹那に「自分は死なない」と言い出す。彼が殺されると、彼の精神が人々に伝わり、皆が「私がポールです。彼は死なない」「私がポールです。彼は死なない」と口々に宣言し始める。そして砂の惑星だったデューンは緑の惑星となり、他の星々を変えるべく、旅立っていく…。

ポール役を演じるはずだった、監督の息子(『エル・トポ』に出てましたね)は、インタビューに答えて、穏やかな口調で言います。「この映画は、完成すれば人々の意識を変える映画になるはずだった。でもこの映画でも、物語と同じことが起こったんだ。今、いろいろな映画を観れば、それが叫ぶ声が聞こえる。「私が『DUNEだ』」「私が『DUNEだ』」と」

私はホドロフスキーも原作の「DUNE」も好きなので、このドキュメンタリーを大変面白く見ましたが、そうじゃない方にもぜひご覧いただきたいです。志を高く持つということは、高い代償も払わなければなりませんが、それを埋め合わせるだけの価値がきっとある、ということを体得できると思います。

公式サイトはこちらです。

作品情報=ぴあ http://cinema.pia.co.jp/title/163541/
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2014年08月25日

蘭陵王(テレビドラマ3/千言万語編)

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これで終わりにするぞと固く心に誓いつつ、蘭陵王も、はや4回目。
ごめんなさい、今回も終わりそうにないです。つーか、進みません。
ここまでのお話は(史実編)(有話即長編)(重箱四隅編)でどうぞ。

さて、このドラマ、いちおう時代劇だから、セリフは基本、書き言葉。

守株待兎」(ショウヂューダイトゥ)株を守る=待ちぼうけを食らわされる
とか、
九五之尊」(ジョウウーヂツゥン) 九五の尊=皇帝の貴い位にある人
とか、文字で見たことしかない言い回しを、実際に聞くのは結構新鮮。

四字成語がいっぱい出てくるので、頭の中で漢字に変換するのに時間かかるかかる(変換できても意味思い出せなかったりとか・爆)。

だって、「♪ 待ちぼうけ〜 待ちぼうけ〜 ある日せっせと野良稼ぎ〜  
       そこへウサギが飛んで出て〜 (以下略)

歌えば8分かかるところを4文字に圧縮してる訳ですからね。

ボケっと聞いてると、つい笑っちゃうのは、
「忠心ガンガン」忠心耿耿(忠義に篤い)
「皇后ニャンニャン」皇后娘娘(皇后陛下)
しかも、なぜか深刻なシーンに突然出てくることが多くて、不意打ちくらって「ぐふっ!」とか笑ってしまうのであります。

かと思うと、そこは時代劇なので、
心儀”(シンイー)心からお慕いする、とか、“仰慕”(ヤンムゥ)敬愛する、とか、ラブコメじゃ聞かないけど、そういや、こんな素敵な言葉があったわね…というような言葉が出てきたりとか。

逆に、セリフにときどき、平気で現代語が混ざってるのが、これでいいのか…?と思ったり。

弱水三千你偏偏只取一瓢飲(弱水河は三千里もあるのに、あなたはたった瓢箪ひとすくいの水しか飲まない=女は他にもたくさんいるじゃない。なんで私じゃなきゃダメなのよ?)

なんてセリフ、『紅楼夢』(18世紀)からですよね…。元々全く逆のシュチュエーションで使われたセリフですけど。(つまり、主人公の賈宝玉〈か ほうぎょく〉が「どんなにたくさん女性がいようとも、愛しているのはあなただけです」という場面で言ったの。)

こんな風に昔から言ってたのかも知れないけど、でもねー、「鳴かせてみよう、ホトトギス」なんて、ホントに秀吉が言ったかどうかはともかく、それ以前の人のセリフに使ったらヘンだもの。

清朝時代の時代劇だと返事ひとつでも特殊な言葉があるので、別の時代と混ぜて使うことはないみたいですが、ま、日本の時代劇だったら公家が「かたじけない」とか言ったらヘンだって私でも分かるけど、中国語じゃどこまで許されるのか、ガイジンだから、ちょっとワカリマセン。

もちろん、一口に昔の中国語って言ったって、地域も広いし時代もバラバラだから、ドラマのセリフのように話していたわけではありません。

項羽や劉邦の時代と蘭陵王の時代とじゃ、同じ漢字の発音だって、かなり違っていたはずです。

だけど、そこを時代考証しだしたら、現代人には全く分からないので、時代劇「風」の言葉を使ってるわけですね(日本でだって、源氏物語を全部古文でやったら、分かる人は下手すると脚本書いた人だけかも…)。

という訳で、以下の話は、中国の古代ではこうだった、という話ではなく、時代劇のセリフではこうなってます、という話とご了解くださいませ。

日本語吹き替えを聞いてても、時代劇「風」だけど、完全に時代がかった日本語にはしてないあたり、翻訳のご苦労がしのばれます。

自分や相手の呼び方も時代劇だと複雑。日本語も「わたし」「あたし」「じぶん」「オレ」...といろいろあって複雑ですが、このドラマを見てると、昔の中国語も相当ややこしい。

たとえば、蘭陵王は楊雪舞にあった当初、身分を隠していたので、
自分のことは“我”(わたし)と言ってました。(楊雪舞は“美女姐姐”(美人のお姉さん)と呼んでいたけど、目が悪い人はこの際無視すると)、おばあ様や村の童子は彼のことを
“公子”
と呼んでますね。

公子!

久しぶりに聞きました、この優美な言葉。
日本じゃあまりそのまま使わないけど(伊達公子くらい?)、思いつくのは「貴公子」とか「小公子」とか、それなりにステキな言葉ではないでしょうか。でも現代中国語で“公子”っていうと、私が思いつくのは、
花花公子(プレイボーイ)とか
公子哥兒(お坊っちゃま君)とか、ロクな言葉じゃないのはなぜ?

…あー、で、一方の雪舞は、彼が高四郎と名乗ったので(ま、それなりの身なりをしている人だから)、お姉さん呼ばわりはやめて、“四爺”と呼んでます。

ははは、漢字で書くと笑っちゃうわ。悪いけど…。

まさか吹き替えで「よんじい」とか呼んでないよね?と念のため確認してみたら、身分がバレてないうちは「高(こう)どの」、バレてからは「殿下」って呼んでました。ちぇっ、残念。

中国では、儒教思想の影響か、年齢が上ならば偉いということになっているので、相手への敬意を示すために、実際よりも年寄り方向にシフトした呼び名を使います。

だもんで、うら若き頃、中国のお子方に、“姐姐”(お姉ちゃん)って、呼んでね(はぁと)というと、またまたご謙遜〜って感じで、たいてい“阿姨!”おばちゃん)って呼ばれちゃうので、一瞬殺意が芽生えるというか何というか…ぜいぜい。

ということで、旦那様は“老爺”(ラオイエ)、 若旦那さまは“少爺”(シャオイエ)、同じおうちに何人も若様がいるときは、順番に“大爺”(ダーイエ)、“二爺”(アルイエ)、…“四爺”(スーイエ)と呼ばれる訳ですね。

この「スー」は、日本語の「すう」と違って、口をはっきり横に引いて発音するので、キリッと音が立って、とてもカワイイ響きなんですよ。

蘭陵王ご自身も、ストーカー女・鄭児〈ていじ〉に「楊雪舞が私を、スーイエ、と呼ぶときの言い方が好き」とおっしゃっておられます(四爺様、そのご感想はあなたの勝手ですが、のろける相手を激しく間違ってると思う)。

なお、いとこである皇太子の高緯〈こう い〉にとって高長恭は、身分では下なんですけど、排行(親族間での長幼の順序)では目上のため、四「哥」(兄)と呼んでいる訳ですね。

なおなお、蘭陵王は幼名が「粛児」なので、27歳にもなって、皇太后に「粛児(スーアル=粛坊)」と呼ばれてるのがカワイイ。

で、蘭陵王自身は自分のことを、

“我”、おばあ様に対しては“在下”(わたくしめ:あ、ごめん、最初のうちは雪舞に対しても)→“爺”“長恭”〈ちょうきょう〉→“本王”

と出世魚のごとく、呼び換えています。

目下の人に対しては「“本王”(王侯の場合)」「“本将軍”(将軍の場合)」「“本宮”(皇后の場合)」とか言うんですけど(雪舞は“本姑娘”とか言ってるし)、聞いてるとどうしても『天才バカボン』の「本官」を思い出しちゃって…。

部外者に自分の事を「本職」って言っちゃダメ、と通達したお役所があると聞いたことがあって、内輪のことばだからかな、と思ってましたが、中国語での「本○○」の使い方を見てると、もともと目上の人にはあまり使わない言い方なので、エラそうと思われる、ということなのかも…。

で、面倒くさいのはそれだけじゃありません。相手との関係によって、自分の言い方も変える必要があります。

人質に取られた義兄弟、斛律須達〈こくりつ しゅだつ〉を救うため、庶民のふりをして、敵将・尉遅迥〈うっち けい〉を欺こうとしたとき、蘭陵王は自分のことを“少民”と呼んでましたが、結構ハラハラしますよね。
変装してるときにうっかり“本王”とか言おうものならたちまちバレちゃうもんね。

さて、皇帝陛下に謁見するときは、まず
“參見皇上”(皇帝陛下にお目通りをいたします)と挨拶して、膝をつき、陛下から“平身”(ピンシェン)と言われるまではうずくまってなくちゃいけません。お言葉をかけていただいたら初めて、“謝皇上”(ありがたき幸せ)といって顔を上げることが許されます。

日本語じゃ「平身低頭」って言ったら這いつくばったままなのに、中国語で“平身”って言ったら立ち上がっていいのね。面白いなぁ…。

皇帝陛下と話すとき、自分のことは“末將”(将軍の場合)、“臣”(臣下の場合。ちなみに子が皇帝に対しての自称なら“兒臣”)、“臣妾”(妃の場合)などと、最大級にへりくだらなければダメです。

首が惜しかったら、間違っても雪舞のように“宇文邕!”「ユィウェン ヨン!」なんて呼び捨てにしてはいけません。

その点、現代中国語は基本 私は“我”、あんたは“你”しかないから、(首も)助かるわ。

さて、このドラマを見たあと、銀座に行ったんですけど、デパートの入り口で店員さんにお辞儀されると、“平身”(ピンシェン)って言いたくて、ウズウズしてました…

そんなモヤモヤのまま、話は「龍虎相搏編」(→こちら)に続く…
posted by 銀の匙 at 22:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月24日

蘭陵王(テレビドラマ2/重箱四隅編)

さて、前回(こちら)に引き続きまして、テレビドラマ「蘭陵王」の続き。

実在の人物、蘭陵王については正史に500字ほどしか記述がありません。(史実編参照)

でもドラマは46話もある。

しかも、何と第9話にして、史実では彼のキャリアのハイライトである、「邙山(ぼうざん)の戦い」が終わっちゃう。

あとは一体どうするんだろう…というのは外野の余計な心配で、他の登場人物の史実も取り入れて、虚実ないまぜにしつつ話は続くんですけど、私はやっぱり第10話までが一番好きだなぁ。

この先、20番台は、何とかして蘭陵王を振り向かせようとする鄭児〈ていじ〉と、自ら困った状態を招いている楊雪舞〈よう せつぶ〉、視聴者にまで見捨てられそうになる(そして演じてるウィリアム・フォンにすら見限られた)蘭陵王の、息詰まる宮中陰謀ものになってしまい、苦手な人には辛い展開。

30番台に入るとやおら持ち直し(っていうか、私が女の戦い系の話が苦手なだけで、好きな人には20番台も面白いんじゃないかとは思う)、特に、ついに皇太子(新皇帝)と蘭陵王が激突してしまう、33話と35話,36話は必見ですね。ここを観て、蘭陵王役にウィリアム・フォンは正解だったと思いましたもん…。

と、先走ってしまいましたが、お話の流れをすごーくざっくり説明すると、

第9話までが(北)斉と(北)周の攻防戦を軸にした戦記もの。

(斉と周という国号は他の地域や時代にも存在するので、歴史上は区別のために「北斉」「北周」って呼びますが、ドラマは同時代を描いているので、以後、斉・周とさせていただきます)

第18話までが、斉、周、それぞれの宮廷での内紛を軸にした宮中もの。

第27話までが、蘭陵王府内の女の闘いを軸にした後宮(?)もの(って言っても対象者2人だけど)。

第36話までが、斉の新皇帝と蘭陵王との葛藤を描く政局もの。

そして36話にして史実通り、蘭陵王は毒を賜ってしまう…。

えっ…、ドラマはこの後、10話もあるんですけど!?

そしてここから最終回の46話まで、お話は異次元に突入しちゃいますが、実はこの最後の10話でいよいよ時代は転換期を迎え、第11話以降でなんだか変節していたそれぞれのキャラクターが、終局に向けて、本来の役柄を全うし始めるんですね。そういう意味ではとても面白い構成です。

それから、第1話で、まるで未来を見切るかのように登場した楊堅ですが、どうストーリーに絡んでくるのかと思ったら、最終盤のあたりでちょろっと出てくるだけ。これはちょっと使い方が勿体なかったかも…。

せっかくなので、彼が出てくる第1話をおさらいしておきましょう。

西暦557年 魏晋南北朝末期。かつて一族の者が助けられた恩に報いるため、巫族〈ふぞく〉の長老・楊林氏は、いつもは外界から閉ざされた自らの村に、周の武将・楊堅を招き入れます。彼は10年に一度、楊林に将来を占ってもらうという特典を与えられているらしい。

早速、この先10年の戦局を尋ねられ、楊林は、対峙する周と斉に2人ずつ、天下を動かす人物がいると伝えます。

周では、
・事実上の支配者、大冢宰〈だいちょうさい〉である宇文護〈うぶん ご〉
・彼の元で謀叛に怯える年若き皇帝・宇文邕〈うぶん ゆう〉

そして斉では、
・現皇帝の長男である皇太子・高緯〈こう い〉
・そのいとこ(現皇帝の兄の子)である第四皇子の高長恭〈こう ちょうきょう=蘭陵王〉

がそれに当たります。

大冢宰っていうのは聞きなれない役職ですが、長官たちを束ねる「太宰」と、その官名である「冢宰」が合体したもので、(北)周だけの官名らしいです。

ちなみに、この人たちの苗字は「宇」じゃなくて「宇文」で、ドラマには他に、史実でも重要人物である、宇文邕の腹心、宇文神挙〈うぶん しんきょ〉が登場します。

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この人、動きがキビキビしていて気持ち良い上に、あまり感情を表に出すシーンはありませんが、良い人っぽいことが行動から分かります。ドラマでは出ませんが、史実では、何と彼も、日頃の廉直な人柄が災いして、蘭陵王同様、無能な次の皇帝(宇文邕の息子)に睨まれて毒を賜ってしまうらしい。

任兼文武,聲彰中外。百僚無不仰其風則
(文武両道に優れ、その名声は国内外に聞こえており、官吏たちでその人柄を尊敬しないものはなかった)

と、めちゃ褒められてるんですけど。
この時代の仕事できる人ってカワイそう...。

彼ら宇文氏の他にも、このドラマには「斛律(こくりつ)将軍」とか、妙な苗字(ごめん)のひとがいっぱい出てくるんですが、こういう2文字の苗字を、複姓といいます。『史記』を書いた「司馬」遷とか、三国志の「諸葛」孔明とかは有名ですよね。

以前、台湾の友だちが「あなたの苗字が羨ましい〜」って言うので(私の苗字は日本じゃ特に珍しくない)、「何でよ?」と聞くと、「だって、小説の主人公ってみんな2文字でしょ。「令狐」沖〈れいこ ちゅう〉とか「東方」不敗〈とうほう ふはい:人(?)名です〉とかさぁ」だって。

それはあなた、金庸〈きんよう〉の小説読み過ぎだってば。

ちなみに、「司馬」や「諸葛」は漢民族の姓ですが、複姓には周辺民族出身の人が多く、「宇文」は鮮卑〈せんぴ〉族、「斛律」は敕勒〈ちょくろく〉族の姓。

南北朝の当時、軍人は漢民族以外の民族が主流であり、漢民族出身の文官と揉めたりして政治が不安定になる要因を作っておりました。

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↑斛律光(こくりつ こう)将軍。

弓の腕前は後代まで有名で、見事ワシを射止めたことから落G〈らくちょう〉将軍と称されます。ドラマでもチラッとその名で呼ばれましたね(日本語吹き替えでは出てたかな?)。

その勇猛ぶりは唐の詩人・杜牧〈とぼく〉に、

落G都尉万人敵 (落G都尉は万軍に打ち勝つ)

と歌われています。史実では、娘さんはなんと、高緯の正妃になったらしい(ドラマでは皇后になったのは鄭児(ていじ)ですけど、史実では斛律光の娘なんですね)。

ドラマでは息子の斛律須達〈こくりつ しゅだつ〉が蘭陵王と義兄弟ということで、彼を餌に蘭陵王を誘き出さんと、蘭陵王に扮した敵軍の将軍・尉遲迥〈うっち けい。この人も複姓〉に捕えられてしまいます。

ついでに言っとくと、ドラマでは蘭陵王のコスプレしてみたり、美貌で知られる高長恭(蘭陵王)の素顔を見て、な〜んだ♪って顔して見たり、そのビジュアルでいったい何様? な尉遲迥ではありますが、史書によると彼も美貌の人だったらしく(この時代、美貌の武将多すぎ)、こういう態度を取る権利は十分にあったと、名誉のために付け加えておきます。

何だか余計な話で長くなりましたが、蘭陵王は、おばあ様が話した時点で16歳。

16歳で軍神と褒めたたえられてるって、すごくない?
しかも話をしてる557年の時点じゃまだ領地を与えられてないので、蘭陵王じゃないし…

ん?

ここでハタと気づきましたが、おばあ様、楊堅も知ってるはずのこと、何を得々と解説してるんだろうと思っていたけど、この話は途中から未来の予想になってるんですね。

中国語の動詞にははっきりした未来形がないから気づかなかったわ(ややこしい)。

ってことで、話は十年後(567年)、黄河 壺口関〈ここうかん〉。

ここは周との境に接する要衝の地とのことですが、Googleマップ様によりますと、当時の斉の首都、鄴〈ぎょう〉からは、車だと渋滞なしで7時間半。ちなみに徒歩だと111時間ほどかかります。

今はもう、鄴という場所はありませんが、現在の河北省邯鄲〈かんたん〉市の近くに当たるそうです。おぉ、「邯鄲の夢」の邯鄲! なんかこの地名も伝説っぽい地名ですね。

逆に、ここから、周の都・長安までは車で4時間と、半分の近さ。こりゃ防衛上ヤバい場所です。

対峙する尉遲迥〈うっち けい〉の居点、丹州城までは、有料道路を使えば車で57分の距離らしい(近いな)。

ここを、蘭陵王とその異母弟の第五皇子・安徳王〈あんとくおう=高延宗〈こう えんそう〉〉と、配下の楊士深〈よう ししん〉、義兄弟の斛律須達が守備している。

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向かって右が安徳王、左が楊士深。

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そして、斛律須達。

このシーン以降、常に兄の影となり、日向となってサポートする、ドラマの安徳王高延宗(こうえんそう)はなかなかチャーミングで、のほほんとしつつ、いざというときは頼もしい役回りなんですが、まだ小さいうちに父を亡くし、叔父に溺愛されて育ったせいか、史実の前半生は相当なヤンキーで、かなりお下劣な事をやらかして百叩きの刑に遭い(しかもその時、あまりに反省してない態度だったので、さらに30回追加になりました・呆)、取り巻き9人をメッタ斬りにされてようやく目が覚めたというとんでもない人物であります。

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↑酔ってるし。

そういや、ドラマで鄭児が、囚人を引き出してお互いを戦わせ、なぶり殺しにするという「囚人遊び」を咎められると、「高家の伝統よ」とかなんとか言ってるシーンがありましたが、史書によれば誰あろう、囚人を試し切りの材料にしてたのは第五皇子その人だったのでございます(大呆)

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しかし、蘭陵王が亡くなった後で、一番悼んだのも、後の始末に尽力したのも、ドラマ・史実ともこの人だったことは間違いないようです(→史実編参照)。

さて、ドラマに戻りますと、斛律光将軍の到着を待つ蘭陵王たちは、一計を案じて、尉遲迥の兵力を削ぐことに成功。ただ、戦闘が元で愛馬・踏雪(とうせつ)が怪我を負ったため、蘭陵王は独り、傷に効くという近くの温泉場に愛馬を連れて行き、そこで、鶏を捕まえに(&硫黄を採りに)現れた雪舞と出会うことになります。

楊雪舞の住んでいた村はどこにあるのかハッキリしません。
でも、高長恭に向かって、
「あなたは斉の武将なの?」と聞いているところを見ると、はっきり斉に組み込まれている訳でもないらしい。
 この後、楊雪舞は高長恭が置き忘れてしまった仮面を届けるため(こんな大切なもの忘れるなんて、どうかしてると思いますが)、一番近い大きな町、ということで南汾州城という町に向かいます。「日の出の方角に歩いていく」と言っているところを見ると、その町よりは西にあり、当日中に着いてるらしいところをみると、一泊しないで行ける距離にあるはず。

地図で見ると、汾州はほとんど黄河沿いにありますので、周の領地に接していたんでしょうか。
そんなこと詮索してどうする、なんだけど…。

爆弾娘・楊雪舞は、彼女の時代より200年くらい前に書かれた『抱朴子』〈ほうぼくし〉を読んで、そこに書いてある「火樹銀花」(かじゅぎんか:いまでいう花火)を作ろうとしてたらしい。(おばあ様の誕生日祝いに…と言ってたけど、成功してたとしても、絶対怒られてると思う…楊雪舞が何をしても褒めてくれるのは、中国広しと言えども、宇文邕〈うぶん よう〉だけですよ)

魏晋南北朝の時代といえば、世相の不安を反映してか、道教や仏教が流行り、知識人たちは薬や酒を飲んでラリったり(竹林の七賢はこの辺の時代のひと)、不老長寿の煉丹術を極めようとしてたと言われています。(→第8話参照

錬金術が化学を発展させたように、錬丹術も医学や化学の発展にかなり貢献したので、その辺の事情がさりげなくお話に盛り込まれているのでしょうか。

ところで蘭陵王の愛馬の「踏雪」(とうせつ:ターシュエ)という名前ですが、これは「ぶち」とか「とら」とか「みけ」と一緒で、馬だけじゃなく、動物一般の模様を表しています。全身が黒で、4本の脚の先が白いので、まるで雪を踏んでいるようだから「踏雪」というわけ。

「くつした」なんていうのより優美な名前で、私は好きなんですけど、俗に「踏雪模様の猫はよく逃げる」というらしい。

そういや、犬にも「踏雪」模様のがいるじゃないですか。日本じゃ「のらくろ」だけど…。

なんてくだらない事を書いてたら、また長くなってしまいました。次回こそ終わりにしよう…自信ないけど…。てことで、「千編万語編」に続く。
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2014年08月03日

蘭陵王(テレビドラマ1/有話即長編)

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さて、蘭陵王(らんりょうおう)。

前回の「史実編」(こちら)でも書きましたように、蘭陵王はすぐにでもドラマ化できそうなエピソード満載の人物だったわけですが、その割にはドラマ化は去年のが初めてなんですね。

実は、すごーく昔に、中国映画で『蘭陵王』っていうのがありまして、主演女優の寧静〈ニン ジン〉さんのファンだったんで見たんだけど、いろんな意味でスゴイ映画だったな、あれは…(中国語版Wikiをみると、「映画は歴史上の人物とは無関係」って一刀両断(笑))

あの映画の呪いのせいで、しばらくは孟獲〈もうかく〉と蘭陵王がごっちゃになってたし、私。
ちなみに孟獲とは、三国志に出てくる未開の辺境の酋長です(←怒らないでくださいっ! そういう設定なの!!)。

あ、話が逸れた。蘭陵王の映像化の話でしたね。

去年2013年に台湾・中国の合作でテレビドラマ化されて、日本でもBSフジ、Lala TVで放映されました。いま(2014年8月)はKBS京都で放映中(のはず)。日本語吹き替え・日本語字幕のついたDVDも発売されてます。
(残念ながら、中国語の字幕はついてません)

中国のテレビドラマを見るのは久しぶりなのでウラシマ状態でございましたが、映画ならともかく、地上波で放送するには結構きわどいシーンとかきわどいセリフとかある気がするけど、最近の中国じゃこういうの別にOKなのかな…?

ま、それはともかく、これほど華々しい題材のドラマ化はこれが初めてって、ちょっと意外な気もするけど、大きな理由は、主人公の人選が難関すぎたからじゃないでしょうか。

正史も認める中国史No.1のイケメン、軍神にして女人と見まごう美男子なんて、滅多な俳優さんじゃ視聴者(私)が納得しないでしょう! だって変なのキャスティングした日には、No.1がこの程度?って話になって、中国のメンツにかかわるもんね。

ってことで、視聴者の興味は、まずは主人公の容姿に集中すると思われるわけですが、このドラマの蘭陵王・ウィリアム・フォン(馮紹峰)はこんな感じで登場…。






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あ、ごめん(このシーン、悪いけど吹いたわ…)、
こっちだった。

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う、うーん。

伝説どおり、あまりに綺麗で女性に間違われるっていうシーンもあるんですが、


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…間違えるかな?

あー、えっと、美男子かそうじゃないかって言われたら、もちろん大変端正なお顔立ちですけど、蘭陵王かって言われると…びみょーですよね…。以前、二郎真君(じろうしんくん・神様ですが、イケメンとされている)の役をやったことがあるそうで、確かにそっちの方が合ってるような気がする。

あるいは『白蛇伝』とか如何でしょうか(勧めてどうする)。

だって、どう見たって典型的な江南の人って感じの風采で、黒竜江省とか山東省とか、北中国の男性とは骨格からして違うって感じだもん…

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(【蘭陵王】電視劇官方專頁より)

ほんと、江南男子のサンプルみたい…(…つい、“白相人”〈バッシャーンニン〉とかって良くない言葉を連想しちゃったりする…ダメダメ)
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(これは2016年↑の御本人さまブログでのご様子〈以下、2016年のお写真の出典は全て同〉ですが、ますますそんな感じに…)

日本で出たDVDの最終巻には、インタビューが特典として付いてるのですが、それを見るとウィリアム君は何だか押しの弱そーな、いかにも現代っ子な感じで話し方もふにゃふにゃ。

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中国で文房具屋さんとかに行くと、よくカウンターにいますよね、こういうお兄さん。ま、ナイスなお兄さんではありますが…
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(↑こちらは2016年。何だかますますそういう感じに…。
そういえば、最近は、女子に見まごうって感じのビジュアルも出来なくはないか…↓)

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あぁ、いえ、その割にはドラマでは標準語バリバリなのね、と思ったら、今気づいたけど広東語版だけじゃなくて、北京語版でもセリフは吹き替えなんですね。

敵国・周の皇帝は香港(広東語)のダニエル・チャン(陳曉東)が演じてるので、北京語版が吹き替えだというのは分かるんですが。

ウィリアム・フォンの話し方、実はインタビューを聞いていても、標準語じゃないっていう感じはしない(もちろん、北中国の人の話す標準語、という感じもしませんが)ので、なぜ吹き替えが必要なのか、本当のところはよくわかりません。

売れっ子俳優さんだと同時期に何本もドラマを撮ってるのは当たり前らしいので、アテレコに割ける時間がなかったのかも知れませんが。

ちなみに、現代ドラマはご本人の声のままだし(《二次曝光》《我想和你好好的》《黃金時代》etc...) 、時代劇でも《狄仁傑 神都龍王》とかは吹き替えをしていません。

吹き替えを担当している張震さんは数々の主人公の声を当てている有名な方です。ほとんどが香港や台湾の役者さんの声ですが、なかには中国の人、しかも標準語地域の人もいるので、役柄によっては吹き替えを使うということなのかも知れません(ちなみに張震さんは、こんな方)。洋画の吹き替えもなさっています。「ロード・オブ・ザ・リング」ではファラミアの役。何となく分かるでしょう、声の感じが…?

もし、このドラマの監督さんにお会いすることができるものなら、なぜ蘭陵王の声が吹き替えなのかと、なぜ蘭陵王の家に鳥居があるのかについて、じっくりお話を伺いたいと思います(笑)(鳥居について詳しくは、第10話の3→こちら の記事をご覧ください)

なお、なぜ仮面が般若の面なのかも長らくナゾでございましたが、第18回のコメント欄で画期的な情報を教えていただきました(@きょろさん)。私もきょろさん案に1票です。(→気になる方は こちら からどうぞ)

先の回のコメントで教えていただきましたが(@びちさん)、予告編の声はアテレコ前らしく、ご本人の声のままのようです(→予告編)。確かにこれだとかなり印象違いますね。

で、声の演技にも気を遣ってるのかなーと思う割には、ヒロインの楊雪舞〈よう せつぶ〉を演じたアリエル・リン(林依晨)が、ときどきまんま台湾風なのは解せないが…。台湾製作のドラマだから当然なのかも知れないけど、でもまるで関西弁で「八重の桜」をやってるような違和感とでも言いますか(このお話は、中国の中でも北の方の地域のお話なので、南中国風の話し方はどうもしっくり来なくて)。

と、1話を見た限りじゃこりゃダメかもモードだったのですが、「もし本当にはできなくても、演技では、できるように見えなきゃいけない」とウィリアム君ご本人がインタビューで言ってらっしゃる通り、動くとちゃんと蘭陵王っぽく見えてくるから俳優さんっていうのはスゴイですね。こんな形相で斬り込んでこられたら、相手の将軍じゃなくてもビビるって…。

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このドラマの蘭陵王は、コミカルなとこから冷血無情なところまで、同じ人物とは思えないくらい設定に幅があり(脚本家が複数いるらしいから、書いた人によってキャラが違うんじゃなかろうかとさえ思った)、俳優さんの努力で同じ人に見えるようにしなくちゃいけないので(笑)、役作りは結構大変だったんじゃないでしょうか。

表情も、戦場での阿修羅な形相のとこから、ヒロインに“笑起來,有著迷人的孩子氣”(だったかな)と称される、子どものようにあどけない笑顔まで相当広いレンジが要求されてて、(全46回もあるんで、途中やや危ういところはあったけど)おおむね良かったと思います。
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↑いちおう、同じひと(の役)。

歩き方とか、太刀さばきとか、舞台的な演出のシーンは際立って上手いし、
劇中で何度か泣くシーンがあるんですが、この御方の泣く演技は本当に絶品です。

しばらく北京に住んでるらしくて、他の作品では北京っ子の役も結構やってます。そういうときはそれなりに北京の人に見えるのがさすが役者さん!恐れ入りました。

と、一番のハードルはクリアしましたところで、
肝心のお話の方は、まさに王道少女マンガ路線。

見た目がぱっとしない(ごめん!)、ごくごく庶民のヒロイン

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を、かたや斉の軍神・蘭陵王、かたや周の皇帝(!)宇文邕〈うぶん よう〉


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が奪い合うという、あり得ない展開ではありますが、そこはそれ、お話が長いので、見てるこっちがだんだん納得してしまう脚本が実に巧妙。

そう、タイトルこそ「蘭陵王」になってますけど、架空のヒロイン・楊雪舞〈よう せつぶ〉のお話なんですよね、実際は。

この、「楊雪舞・蘭陵王・宇文邕」に加えて、「蘭陵王・楊雪舞と、蘭陵王に横恋慕する鄭児〈ていじ〉」
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(二キータ・マオ(毛林林)が演じてます。この女優さん、ホントにキレイ)

という、ふたつの三角関係が横軸になり、戦乱を終わらせることができる唯一の人物ではあるが、道半ばにして非業の死を遂げるであろうと予言された、蘭陵王の運命そのものが縦軸になってストーリーが展開します。
(ちなみに鄭児は実在の人物)。

いくらなんでも戦乱の時代が背景だから、恋愛シーンばっかりじゃなくて、もちろん戦闘シーンもございます。掛けるべきところにお金を掛けているらしく、安っぽく見えないところが素晴らしい。衣装やセットなどは下手な映画よりお金がかかってるんじゃないでしょうか。

韓流の時代劇を見慣れてる人には、色彩設計やディテールが洗練されてないと映るかも知れませんが、この俗っぽいというか、ナマっぽい感じが時代の隔たりを感じさせて私は結構好き。

とか何とか、エラそうな事を言っておりますが、中国ものの古装劇(時代劇)をまともに見るのは、たぶんこれが初めて。

史実をもとにした話で時代考証があんまりいい加減だと、引いちゃいそうで嫌だな〜と思って、なかなか見る勇気が出ないんです。

もちろん、武侠モノは好きなんでよく見ますけど、あれは時代劇じゃなくて「ファンタジー」ですから! 
考証はあってなきが如しがお約束なので、いいんです。

さて、このドラマ、どこまで時代設定にこだわったかは分かりませんが、当時の風俗を取り入れてると思しきシーンもちらほら出てきます。

まずはヘアスタイル。この手前の時代までは、女性も男性も髪をお団子にして布で包むのが基本スタイルでしたが、この頃から北方諸民族の奇抜な髪型が中国内陸まで流行ってきたらしい。この時代の画なんかをみると(シルエットしかないので)、いったいどうなってるのコレ…?って髪型、結構あるのですが、ドラマで再現してくれたのを見ると、構造が分かりやすいです。

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↑これは楊雪舞が無理やり結わされた髪型(ちなみに、右側の鼻を押さえてる人が蘭陵王です。この直前のシーンで、髪に鼻をぶつけました…)

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↑これは周の正妃(宇文邕の奥さん)、アシナ皇后の髪型。アシナ皇后は北方の騎馬民族・突厥(とっけつ)出身の人なので、髪型がめちゃ奇抜。

この時代、髪飾りも相当派手になったらしいですが、ドラマでもいろいろ出てきます。なるほど、こうやって使うのね。雪舞の髪飾りは、どれも可愛くてお気に入りです。

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衣装もとても似合ってる。

彼女の服では、この北欧柄(?)も好きでした。これは周の衣装という設定。
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ありったけ髪飾りをつけるとこんな感じに…。

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首 折れそう。

お次は鄭児。贅沢三昧な役柄なので、髪飾りも服装もゴージャス。
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洋装っぽいですが、次の時代の流行を少し先取りしたようなスタイルです。胸を出すのは次の時代に流行ったスタイルですが、オシャレな人はこの頃からもう取り入れていたのかも。

蘭陵王の髪型も、よく見ると編み込みしていて地味に素敵なんですよね。
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兵馬俑を見るとわかりますが、編み込みは、古代から兵士の伝統的なヘアスタイルらしい。だからってドレッドはないでしょう!…とお思いかも知れませんが、実は結構史実に忠実みたいなんです。(髪型について詳しくは→こちら(第10話)の記事参照)

さらに、独りで湯治に来ていたこのシーン
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の次がこのシーンなので

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編み込みは自分でしているものと思われます。

この人、後でよく分かるけど手先がとても器用。
ていうか、中国では、見栄えがよく、性格が爽やかなだけではイイ男認定は頂けません(なんとまあ、計り知れないハードルの高さよ…。さすが人口が日本の10倍なだけはある)。

イケメン男子たるもの、料理や裁縫ができなきゃダメなんです!

トレンディドラマを注意して見てると、主役の男の子が、ぱぱっと手料理を作るか、
繕いものをするか、どっちかのシーンは必ず入ってます。
加えて、子守もすれば完璧です。

さすがに時代劇で、それはなかろう…と思ったら、あるんですね。しかも全部(!)

第2話で早くも裁縫シーンが出てくるんで、思わず笑っちゃいました。

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ね。(ウィリアム・フォンの手は武将というより手タレ・笑)

もちろん、第10話でごちそうも作ってくれますよ。
さすが、中国NO.1の美男子だけはある!(妙なところで感心する私)

今日び日本男子だって家庭科スキルのある人は多いでしょうが、それにしてもわざわざ時代劇で、ありえなくないですか、この設定? 仮にも皇子さまなのに…。違和感っていうか、異国情緒を感じるわ〜。

ついでにもう1つ、私が感心したのはこのシーン。
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何してるか、お分かりですか?
そう、チェブラーシカに 楊雪舞におかずを取ってあげてるんですね。
これは仲良しの印なんですよ。

庶民はよくやるけど、皇子さまはやらないでしょうね〜いくら何でも。
でも、蘭陵王府(蘭陵王のお屋敷)のくだけた雰囲気がよく分かるし、とても可愛らしいシーン。

都市伝説か本当か知らないけど、昔、エリザベス女王が中国を訪問したときに、
晩餐会が行われ、その模様がテレビ中継されたそうです。
当時の国家主席、華国鋒が、こんな風に女王におかずを取ってあげたら、
女王がきゃ〜っ、って驚いたので、いきなり中継がブチっと切れたらしい。

(華国鋒ならいかにもやりそうだけど(それに、この場合はホストなので、伝統的にはおかずを取ってあげるのが礼儀らしいけど)、エリザベス女王はそのくらいじゃ動じないだろう、と思うのは私だけ?)

このシーン、もう1つ面白いのは、2人が横にならんで、しかも座布団の上に座ってること。

中国では、今でこそ机と椅子、ベッドの生活ですが、ちょうどこの蘭陵王の時代あたりまで、
日本みたいに床に座って食事をしていたんですね。

だから、蘭陵王府では、こんな「サザエさん」みたいな、
ちゃぶだい囲んだほのぼのシーンも登場。
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もっとも、当時は、今の日本の宴会場みたいに、ひとり分の食事を台に載せて出したらしいので、こんなちゃぶ台みたいなものがあったかどうかは不明。

他にも、地面よりちょっとだけ上にかさ上げした、台みたいなものに座ることもあり、皇帝の部屋のシーンなんかでちらっと出てきます。

さて、話が逸れたついでに言っとくと、このドラマ、王道少女マンガな証拠に、
もちろん、壁ドン(笑)のシーンもご用意しております。(しかもトレンディ(笑)な証拠に、実は肩ズンのシーンもございます)


これ↓
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でもこの表情、全然ロマンチックじゃないですね…
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ええ、そうです、全然ロマンチックなシーンじゃないんですよ。
軍神・蘭陵王の本性見たりなシーンなんです。

ま、こうじゃなければ乱世の皇子なんて、務まらないけど…。
(皇太子はじめ、他人と比べられると逆上する、高一族の血筋は争えないシーン、とも言えますが…)

蘭陵王が死を賜ったのは、彼の才能や人望に嫉妬した皇太子が狭量だったのが一番の原因ですが、そうさせた遠因は、やっぱり蘭陵王本人の日頃の態度というか、性格にもあるんじゃないか。

そう匂わせる上手い脚本だな、とは思いますが、楊雪舞よ、悪い事は言わないわ。あなたのおばあさんじゃないけど、ホント、その人はやめとけ。

あ、しまった、話が先に行きすぎちゃいました。登場人物の紹介もまだでしたね。

先ほど失礼なことを書きましたが、さすが2人の大物が取り合うだけあって、ヒロインの楊雪舞は医学、化学、物理学(?)に通じたリケジョの才女という、なかなか目新しい設定であります。

占いに長けた一族・巫族の末裔(天女と呼ばれる)で、「天女の援けを得れば天下を得ることができる」、という伝説のおまけつき。

彼女は困った人を見ると放っておけない性格で、そのおかげで蘭陵王や宇文邕を始め多くの人の愛情を勝ち取る一方、多くの災いを呼び寄せることにもなります。そこがストーリーの展開上、とても面白い。

ちょうど「指輪物語」で、ビルボがゴラムを助けたことが、悪い結果も良い結果も呼び寄せたように、楊雪舞が助けた「阿怪」(あかい)と「鄭児」が、長い目でみると、彼女(と歴史)にとって禍福両方の結果をもたらすことになる訳です。

仁慈の心…それがpity(とガンダルフなら言うであろう)。

彼女は、優れた巫女である祖母の予言通り、蘭陵王が戦乱の世を終わらせる、ということを固く信じているがゆえに、蘭陵王が愛する人は、このさき彼の前に現れて正妃となる、鄭氏(鄭という苗字の女性)ただ一人である、という予言(これは史実通り)をも信じている。

ヒロインは
・蘭陵王の運命を知りながら、彼をそこから助け出そうとする「運命を裏切る」行為
と、
・いつかは蘭陵王の前に、彼の真実の愛の対象が現れるのではないかと恐れる「運命を信じる」行為
という、明らかに矛盾することを同時にやってるんだけど、その辺に気づいてないらしい(そこが見ていてイライラするんですが…)。

この、「決められた運命」というフレームを巧妙に利用したストーリー展開はなかなかのものです。

お話は西暦557年、三国志が終わったあとの魏晋南北朝時代、
北方中国の静かな村から始まります。

いきなり現れるのが、まさかの大物、楊堅〈よう けん〉。

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世界史の授業を寝ないで聞いてた人は分かりますよね、彼が誰だか。
そう、まさにこれから展開しようっていうストーリーの、次の時代の主役ですよ。
彼こそが、南北朝の争乱が終わったあと、天下を統一した「隋」(ずい)の皇帝になるわけ。

この時点で、なんだかCGがセコイなとか思って斜めに見ていた私はもう画面に釘付け。
のっけからまさかのネタバレ、凄すぎる…。

しかも、彼の求めに応じて、楊雪舞の祖母・楊林氏が語る次の10年の戦局は史実そのもの。

「刑事コロンボ」じゃあるまいし、冒頭でこの先の展開を全部しゃべってどうするのよ…と一瞬心配しかけたけど、これを知らないのは私が日本の視聴者だからで、中国の視聴者にとっては歴史の授業の復習なんですよね。

織田信長が天下統一を目前に、本能寺の変で非業の死を遂げる…っていうのは、もはや変えられない。

それと一緒で、蘭陵王が身内から死を賜ることは、避けられないわけです。
ところが楊林氏は、自分の可愛い孫娘が運命の中に巻き込まれることを予感していたため、何とかそれを避けようと画策する。

このあと孫娘の楊雪舞は、自分が蘭陵王の運命を変えてしまうのが怖いと、肝心なところでいろいろ躊躇するんですが、実は彼女が登場する以前に、彼女の祖母がすでに運命に干渉してたとしか思えないんですけど、どうなんでしょう?

しかし登場人物たちは、自分たちがパラレルワールドに突入したことも気づかないまま、予定通りのイベントをこなし始めるのでありました…

第1話は、CGに難があるし、少女時代の楊雪舞がちょっとアレだったり、途中の「巨人の星」みたいな劇画シーンが凄すぎたりで、うっかり見るのをやめたくなってしまいますが(ふつう、1回目は特に凝って作らないですか…? あ、凝りすぎたのか?)、この後が面白いので、ぜひ続きも見てみてください!

特に、全話を見終わったあとで、もう一度第1話を見ると、「指輪物語」を全部読んだ後で序章を読んだときのような、何とも言えない気持ちになりますから…。

…って好きなように書いてたら、いつの間にかこんなに長くなっちゃいましたね…
1回でやめとこうと思ったのにしょうがないなぁ…ということで、明日の「重箱四隅編」に続く!

PS:その後、リクエストにより、出演者へのインタビュー番組の紹介を交えながら、元々の中国語のセリフを楽しみつつ、テレビドラマに1話ずつ突っ込む(?)という記事を書いております。

第1話は→こちらから。

全体をご覧になりたい方は「蘭陵王」のカテゴリー(→右欄外、もしくはこちら)をどうぞ。
posted by 銀の匙 at 09:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月02日

蘭陵王(史実編)

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(画像はポストカードから)

中国の美女といえば、西施とか楊貴妃とか、誰でも名前くらいは知ってると思うけど、美男の方はあまり知られてないみたい。

外出すると女子に取り囲まれて、車の中は女たちが投げ入れたプレゼントがギッシリ…みたいなひと(潘岳・はんがく)とか、イケメンすぎて人がじろじろ見るために、気疲れして死んじゃった元祖パパラッチの被害者みたいなひと(衛玠・えいかい)とか、いるはいるけど、何かぱっとしないのは、史官のジェラシー(笑)のせいかしら。

て訳で、実在の人物であり、正史のお墨付きもバッチリな中国No.1のイケメンといえば、蘭陵王(らんりょうおう)、この人しかいない! 

と意気込んで周りに聞いてみたら、中国史専攻の人にさえ「知らない、そんな人」って言われてしまった…えぇ、そんなにマイナー? だって蘭陵王って言えば…

 ・色白で物腰も優美、女人と間違われるほどの美形ながら、軍神と恐れられる武将だった、とか
 ・あまりに優男なので、戦場では周りの将兵が見とれちゃって士気が下がるから恐ろしい仮面をつけてた、とか、

 ・たった500騎で5万の敵陣を突破し、味方の城に到着したところ、敵と疑われてしまった。そこで仮面を外したら、その美貌で、たちまち本人と認定され、戦に大勝利をもたらした、とか、

 ・褒賞として20人の妾を与えられたが、1人しか受け取らなかった、とか、

 ・もらい物は1個でも兵士に分け与えた、とか

 ・民に慕われ、勝利を讃える「蘭陵王入陣曲」(らんりょうおうにゅうじんきょく)が作られて、当時の超人気ダンスチューンに。なんとその曲は現代まで伝わっている、とか
  

すぐにでも映像化できそうなエピソード満載のお方なのですよ! やはりというべきか、中国・台湾合作で去年、『蘭陵王』としてテレビドラマ化されて、今年日本でもDVDが出てます。

後ろに書きますように、実は日本とも浅からぬ縁のあるこのお方、ドラマになったことを知ってはいたんですが、この完全無欠のイメージが壊れるのが嫌で、当初はテレビドラマを見ようという気が起きませんでした。だって、誰ができます、こんな役? 美女と見まごう無敵の武将なんて…(むしろタカラヅカ向きだと思うわ)

ところが、何の因果か分かりませんが、調べ物の関係で46話もあるこのDVDを3日で全部見なきゃいけない羽目に陥り、半ば嫌々見たところ、結構面白くって、調べなくて良いことまであれこれ調べちゃいました。もったいないから書いとこう、というのが以下のエントリーでございます。
 
まずは、フィクションの元になった史実の方から…

蘭陵王は今から1400年くらい前、三国志の次の時代(魏晋南北朝)のひとです。姓は高、あざなは長恭(ちょうきょう)。(北)斉の第四皇子で、与えられた領地の名前から蘭陵王と呼ばれていました(プリンス・オブ・ウェールズみたいなもんでしょうか)。

中国では、王朝が滅んだあとに、次の王朝が国家事業としてその歴史を記した史書を編纂します。蘭陵王については、北斉史巻11、北史巻52に500字ほどの記載があるのですが、そこにきっちり、

長恭貌柔心壮、音容兼美
(長恭は優しい顔つきだったが心は勇壮で、声も姿も共に美しかった)

と書かれています。500字の記述中、10字も使ってイケメン認定って、どんだけよ?

正史には他にも、

 たった500騎で敵の包囲網を突破、味方の城(中国語の「城」は日本語でいうと「まち」にあたる)に着いたが、将兵は誰も彼の顔を知らない。
 兜を脱いだら(どんな顔か知られていないにも関わらず)、蘭陵王と認められた。


という有名なエピソードが書かれています。なぜ兜を脱いだら本人と分かったのかは正史には特に書いてないんですけど、たぶんここから、誰もが認めるその美貌を隠して戦うために恐ろしい仮面をつけてた、という話になったようです。

正史の記述は短いので、せっかくだから全部読んでみましょうか。

蘭陵武王長恭,一名孝瓘,文襄第四子也。
蘭陵武王〈らんりょうぶおう〉長恭〈ちょうきょう〉はまたの名を孝瓘〈こうかん〉、文襄帝〈ぶんじょうてい〉の第四皇子だった。

武王、というのは諡号(おくりな:死んだあとに贈られる称号)。父の高澄は斉の建国前に亡くなってしまうので(→詳しくは第9話の記事→こちら をご覧ください)死後に皇帝の称号を与えられました。

累遷并州刺史。突厥入晉陽,長恭盡力擊之。
昇進を重ねて并州刺史〈へいしゅうしし〉となり、突厥〈とっけつ〉が晋陽(しんよう:今の山西省太原市。当時は斉国并州〈へいしゅう〉にあり、首都の一つだった)に侵入した折は、全力で迎え撃った。

突厥は当時強大だったトルコ系の騎馬民族のこと。ドラマでも重要な役割を果たします。
晋陽は当時の要衝で、ここから蘭陵王と同時代の貴族の墓が発掘されました(徐秀顕墓)。ドラマの公式Facebookによると、衣装や髪形なども、その出土品を参考にしているようです。(詳しくは第7話の記事→こちら、第10話の記事→こちら をご覧ください)。

蘭陵王のドレッドヘアも出土品を参考にした...らしい。

芒山之敗,長恭為中軍,率五百騎再入周軍,
邙山(ぼうざん)で不利な戦況になると、中軍にいた長恭は500の騎兵を率いて再度(当時、敵対していた)周軍に攻め入った。

正史ではここは「敗」となってますが、注釈によるとどうも誤字らしく、「役」〈芒山の戦いで〉とするのが正しいとあります。

邙山の戦いは2回あり、ここで言っているのは第2次邙山の戦いのこと(第9話参照。記事は→こちら)ドラマでは出てきませんが、実は第1次邙山の戦いも、ドラマに大いなる関係があります。そちらについては第9話の記事→こちらをご覧ください。

遂至金墉之下,被圍甚急,
ついに(洛陽の東にある)金墉城(きんようじょう)まで到達したが、城は周軍に包囲され、危機的状況だった。

城上人弗識,長恭免冑示之面,乃下弩手救之,於是大捷。
城内の兵卒は長恭の顔を知らなかったため、兜を脱いで顔を現すと、城内の将も認めてようやく射手を遣わし、彼を援護して、大勝利を収めることができた。

なお、ここののくだり、味方が構えていた弓を下ろして、と取る解釈をよく見ます。確かに文脈としてはその方が場面に合うような気がするし、ドラマでも、蘭陵王たちに向けて構えていた弓を、仮面を取ったら下ろしていますね。でも原文を見ると、「弓を」じゃなくて「弓手を」になってるので、ここは弓手を応援によこした、と解釈しました。

武士共歌謠之,為蘭陵王入陣曲是也。
斉軍の将兵はこのことを讃えて共に歌ったことから、「蘭陵王入陣曲」が成った。

歷司州牧、青瀛二州,頗受財貨。
のちに彼は州牧、青瀛(せいえい)の二州の刺史を歴任したが、たびたび賄賂を受け取った。

後為太尉,與段韶討栢谷,又攻定陽。
のちに太尉となり、段韶(だん しょう)と共に栢谷(はくこく)を討ち、また、定陽(ていよう)を攻めた。

韶病,長恭總其衆。
段韶が病を得ると、その軍を率いた。

前後以戰功別封鉅鹿、長樂、樂平、高陽等郡公。
前後して軍功により、鉅鹿(きょろく)、長楽、楽平、高陽などの郡公に封ぜられた。

芒山之捷,後主謂長恭曰:
芒山での大勝ののち、後主(高緯:こうい)が長恭に、

「入陣太深,失利悔無所及。」
「敵の陣地深くに入りすぎだ。危うくなったら後悔しても間に合わないではないか」
と言ったところ、


對曰:「家事親切,不覺遂然。」
「自分にとって大切な家の大事です。考えるまでもなく飛び込んでしまいました」と答えた。

帝嫌其稱家事,遂忌之。
帝は長恭が(皇帝でもないのに国事を)「家の事」と言ったことを嫌い、疎ましく思うようになった。

この辺もドラマにきっちり取り入れられています。(第10話→こちら

及在定陽,其屬尉相願謂曰:
長恭が定陽に戻ったのを見計らって、部下の相願が言った。

「王既受朝寄,何得如此貪殘?」長恭未答。
「王は朝廷から重用されておられるのに、なにゆえそのように財を貪られるのか」
長恭は答えなかった。


相願曰:「豈不由芒山大捷,恐以威武見忌,欲自穢乎?」
「芒山での大勝の後、ご武勲が疎まれるのを恐れ、ご自身で評判を落とそうとのおつもりか」と相願が言うと、

長恭曰:「然。」相願曰:「朝廷若忌王,於此犯便當行罰,求福反以速禍。」
長恭は「いかにも」と答えた。
相願は「もしも朝廷が王を疎んじているならば、このようなお振舞いは懲罰の口実となります。幸いを求めようとして、かえって災いを招いておるのですぞ」


長恭泣下,前膝請以安身術。
長恭は涙ながらにひざまずき、身を守る術の教えを乞うた。

相願曰:「王前既有勳,今復告捷,威聲太重,宜屬疾在家,勿預事。」
「王はすでに勲功を立てられ、さらにこのたびは大勝をなされた。名声が高くなりすぎておられる。病を口実に外に出ず、政には口をはさまぬことです」

長恭然其言,未能退。
長恭はその言葉を良しとしたが、退くことはできなかった。

及江淮寇擾,恐復為將,歎曰:「我去年面腫,今何不發。」
(隣国の陳が)江淮地方に攻め寄せてくると、また将として出陣せねばならなくなることを恐れ、嘆息していった。「去年は顔が腫れる病を得たというのに、今年はなぜ罹らぬのか」

自是有疾不療。
これ以降、病気にかかっても治療を受けなかった。

武平四年五月,帝使徐之範飲以毒藥。
武平4年(西暦573年)5月、帝は徐之範を遣わし、長恭に毒薬を賜った。

長恭謂妃鄭氏曰:「我忠以事上,何辜於天,而遭鴆也。」
長恭はその妃、鄭氏に言った。「忠義を尽くし、なんら天に恥じるところがないのに、なにゆえ毒を仰がねばならないのか」

ということで、ここに鄭氏が出てきます。実在した人物で、史実ではもちろん、蘭陵王の妃です。
(史実とドラマの鄭妃について、詳しくは第12話→こちらへ)
妃曰:「何不求見天顏。」
妃は言った。「なぜ、皇帝陛下にお目通りを願わないのですか」

長恭曰:「天顏何由可見。」遂飲藥薨。贈太尉。
長恭は「何をもってお目通りが叶おうか」といい、ついに毒酒を仰いで薨じた。
死後に太尉の官職を贈られた。


長恭貌柔心壯,音容兼美。
長恭は優しい面立ちをしていたが、勇猛果敢な性格で、その声も姿も共に美しかった。

為將躬勤細事,每得甘美,雖一瓜數果,必與將士共之。
将として、どんな些細な事も自ら差配した。美味が届くと、それが瓜ひとつであろうと、数個の果物であろうと、必ず将士と分けあった。

このあたり、ドラマでは第10話に登場しますね。(記事は→こちら

初在瀛州,行參軍陽士深表列其贓,免官。
瀛州にいた当初、行参軍(官名)の陽士深(ようししん)が「(長恭は)戦利品を貪り、法を枉(ま)げている」と上奏したため、長恭が免官になったことがあった。

楊士深〈よう ししん〉も実在の人物。史実でも、近くに仕えていたのですね。ちょっと役目は違うけど…でも、ご意見役なのはどちらも同じ。

及討定陽,士深在軍,恐禍及。
定陽を討つ際、士深は長恭の軍営にいて、報復を受けるのを恐れた。

長恭聞之曰:「吾本無此意。」
長恭はこれを聞き、「元より、かようなつもりは無い」と言った。

乃求小失,杖士深二十以安之。
そして、小さな過失を探し出すと、20回叩かせる刑に処して、士深を安心させた。

嘗入朝而僕從盡散,唯有一人,長恭獨還,無所譴罰。
かつて参内した折に、従者とはぐれて独りきりで帰ってきたことがあったが、誰も罰しなかった。

武成賞其功,命賈護為買妾二十人,唯受其一。
武成帝(高緯の父)が長恭の功績をたたえて、賈護に命じて20人の側女を買い与えたが、その中の1人だけを受け取った。

有千金責券,臨死日,盡燔之。
死に臨んだその日、多額の証文を焼き捨てた。

…というのが全文です。正史だからと言って、本当の事が書いてあるとは限らないわけですが、少なくとも人に慕われていたのと容姿が美しかったというのは本当じゃないかなーと思うのは、蘭陵王が亡くなった翌年に、死を悼む石碑が建てられているからです。

顕彰碑に褒め言葉しかないのは当然ですが、直接本人を知る人たちが見るわけだから、あまり荒唐無稽なことも書いてないでしょうし、そもそも、(「名ばかり官位」を追贈されたとはいえ)毒を賜った皇帝が健在なのに、碑が建てられたのは相当慕われたためだと思います。

碑には弟の第五皇子・安徳王による詩と600字ほどの碑文が刻まれ、そこには蘭陵王の人となりがこう記されています。

風調開爽 器彩韶K
器の大きな明るく清々しい人柄で、才があり、抜けるような美しさだった

ってことで、武将らしく豪気な性格だったということと、容貌が優れていたということはデフォルトらしい。
ここに至るも仮面の話は出てこないんですが、時代が下って『旧唐書』(くとうじょ)になると、巻29にこんな記述が登場します。

《大面》出於北齊。
「大面」という演目は北斉由来の曲である。

北齊蘭陵王長恭,才武而面美,常著假面以對敵。
北斉の蘭陵王長恭は、才武兼備、容貌も美しく、常に仮面をつけて敵に対した。

嘗擊周師金墉城下,勇冠三軍,
かつて周の軍を金墉城下に撃ち、その勇猛果敢さは全軍一であった。

齊人壯之,為此舞以效其指麾擊刺之容,謂之《蘭陵王入陣曲》
斉の人々はこれを壮挙とした。この舞はその采配や剣を振るうさまにならったもので、『蘭陵王入陣曲』と言う。

唐代になると、仮面をつけて戦うキャラは確立しているんですね。

だとすると、どんな仮面かがとっても気になる訳ですが、そこでTVドラマを見てしまった私が、血圧上がったのも無理からぬことでありましょう。

何か悲しくて般若の面なのよ〜!!
(いつも一番カッコいいはずのシーンで般若の面が出てくるので、お茶吹いちゃうんですけど)

ほれほれ。

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(こちらもポストカードより。このビジュアルは蜷川実花さんが担当したそうですが、撮影時に苦労したんじゃないかな〜・笑)

絶対般若の面はない!とは思いますけど、じゃ、実際はどんな面だったかというヒントは、実はどうもやはり日本にあるらしい(ほら般若じゃん、と勝ち誇るのはやめぃ)。
こちらが面の画像

いやこりゃ般若の方がましかもぶつぶつぶつ

『蘭陵王入陣曲』は人気曲だったので、斉が滅んだあとも隋代、唐代と受け継がれ、遣隋使、遣唐使が日本に持ち帰り、雅楽の演目として残された一方、唐代に舞楽が統制されたせいで、本国では廃れてしまったということのようです。

雅楽の「蘭陵王」が「入陣曲」を受け継いだものという特定の決めてになった手がかりは、服装だったということなので、面の方もある程度、当時の面影を残しているのではないでしょうか。

その辺の事情は、実際に調査をされた馬忠理先生の論文(日本語訳)を読むことができますので、ぜひどうぞ。
こちらです。
(『蘭陵王入陣曲』について、詳しくはこちらのエントリー→第10話の3 もご覧ください!)

雅楽の「蘭陵王」は日本でも人気曲だったため、日本の文学作品の中にも登場します。(記事はこちら→蘭陵王入陣曲:後編)

ちなみに、蘭陵王が死んで4年後の577年には北斉が滅んでしまい、っていうか、だいたい、この王朝自体、27年しか続かなかったんですが(短っ!)、皇族である、渤海(ぼっかい)出身の高一族が美形ぞろい+性格がファンキーとキャラ立ちしているおかげか、北斉史は短いながら、なかなか面白いです。

帝王紀の他にも、列伝の段韶(だんしょう:テレビドラマにも太師として出てきました)のくだりを読むと、蘭陵王の大勝の影に、この人の作戦があったことが分かります。(彼の息子さんも、史書に美形だったって書かれております)

蘭陵王の弟、第五皇子・安徳王なんて、史書を見ると前半生は結構なワルで、ドラマ以上にハチャメチャな人だったようです(どういうふうにハチャメチャかは、お食事中の人もいるかと思うと、とても書けない…)。

のちに、蘭陵王が芒山の戦いで勝って凱旋すると、他の兄弟たちは誉めそやしたのに、安徳王だけがこんなことを言いました。
蘭陵王芒山凱捷,自陳兵勢,諸兄弟咸壯之。延宗 獨曰:「四兄非大丈夫,何不乘勝徑入?使延宗當此勢,關西豈得復存。」
「四兄(蘭陵王)はまことの丈夫(ますらお)ではないな、なぜ勝ちに乗じて進撃しないのだ。私がこの局面を迎えていたのだったら、関の西側などなくなってしまうだろうに(当時、西側は交戦相手である周の領土だった)」

ところが、蘭陵王が亡くなると…
蘭陵死,妃鄭氏 以頸珠施佛。廣寧王使贖之。延宗手書以諫,而淚滿紙。
蘭陵王が死ぬと、妃の鄭氏は身に着けていた首飾りを仏寺に喜捨した。広寧王(第三皇子)は人をやって買い戻そうとした。安徳王は上奏文を書いてこれを諌めたが、その紙は涙の跡だらけだった。

ま、コスプレ兄貴スカトロ弟(あ、書いちゃった)は、なかなかいいコンビかと…。

と喜んでたらこんな長さになっちゃいました。肝心のドラマの話は、また改めて、「有話即長編」にて。

*PS.その後、リクエストをいただいたため、出演者へのインタビュー番組の紹介などを交えて、テレビドラマに1話ずつ突っ込んだを回を追って考察したり、元の中国語のセリフから引っ張り出したトリビアなんかを集めた記事を書いております。

第1話は→こちらからどうぞ。


posted by 銀の匙 at 12:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする