2014年12月31日

蘭陵王(テレビドラマ14/走馬看花編 第8話)

いよいよ2014年もあと少し。
皆さまにとって、今年はどんな年だったでしょうか。
なぜか本放送も終わって半年近く経ったところで、蘭陵王の時代に散歩に出かけたまま帰って来られなくなるとは、年の初めには全く予想しておりませんでした私です...。

さて、春は花粉症、夏はデング熱、秋は残暑&長雨&台風に悩まされる東京地方、もはや散歩の好機は冬しか残されていません。幸か不幸か雪がほとんど降らないので、徘徊するにはもってこい。

この「散歩」という言葉、ルーツは蘭陵王の時代あたりに遡るらしいです(ホントかどうか、裏はなかなか取りづらいけど…)。どうしてなのか、まず、マクラは魯迅〈ろ じん〉先生にご説明いただきましょう。

1927年、芥川龍之介が亡くなった年ですが、広東で、《阿Q正伝》でおなじみの魯迅先生が講演会を開きました。演題は、

「魏晋の気風および文章と、薬および酒の関係」

竹林の七賢を筆頭に、前をはだけた、だらしない服装が流行った南北朝の時代、どうしてそんなことになったか、文学にはどういう影響があったかを名探偵・魯迅先生が考察したハイブローな講演ではありますが、登場するのは文学者とはいえ風呂にも入らない汚ギャル系男子とか、今でい言えば腰パン相当の服装がだらしないチャラ男(死語?)とかの面々。

そんなの古代中国にもいたのねぇ〜と思ったら、危険ドラッグをやってたとこまで同じらしい。

このドラッグ、「寒食散」〈かんしょくさん〉と呼ばれて貴族の間で大流行。400年の間に100万人の人が服用したというからスゴイです。やった人がどうなったかというと、これがまた、どこかで見たような末路に。

ここはひとつ、科学史の泰斗・川原秀城先生の訳文で、蘭陵王たちの1つ前の時代、北魏の道武帝ご乱心のありさまをご覧いただきましょう。

喜怒は常軌を逸し、心配事が心より去らず、あるいは数日食事をとらず、あるいは終夜一睡もせず夜明けにいたる。責任を転嫁し、百僚左右どれも信じられない、などと罵詈暴言〈ばりぼうげん〉をはく。日夜を徹して、ぶつぶつと独語し、端からみれば、あたかも傍らに鬼物が仕えているかのようである。

はては過去の成敗得失を思いおこし、朝臣が御前にいたるや、旧怨をもって殺害する。旧怨がなくても顔色変動、あるいは喘息不調...些末なことを理由にして、自ら手打ちにする。死者は無残にも天安殿の前にさらした。まさに暗君の典型である。皇甫謐〈こうほ ひつ〉は「寒食散服用者は、薬が発動すれば、もともと聡明であっても、頑固愚昧になる」と述べている…


これって、後々、ドラマで皇太子・高緯〈こう い〉が飲まされた薬に似てますよね…。
でも、「寒食散」はどう考えても危険なドラッグなのに、100万もの人が服用するなんて、当時の人はそんなにハイになりたかったのか、インスピレーションを必要としていたのかしらん。

ということでもないらしく、当時はこの薬が不老長生に役立つと信じられていたようなんですね。服用すると身体が熱くなるので、服はまともに着ていられず、冷たいものを食べたり、あちこち歩き回って熱を発散(散行)しないといけなかったらしい。この「散行」がやがて「散歩」という言葉になった、そうです。この語源説、イマイチ確信が持てませんが…。

錬丹術もそうですけど、どうも薬と毒の関係には怪しいところがあります。

良薬は口に苦し」って言葉、ご存じですよね。なんと中国ではこれの別バージョンのことわざがあって、同じくらい良く使われてたみたいなんです。その別バージョンとは、

毒薬は口に苦し」

んなアホな…。味が分かる前に死んじゃうよ?と思いましたが、そこがミソ。どうミソかは、引き続き、川原先生の本からご紹介させていただきましょう。

書名もズバリ、『毒薬は口に苦し』。では、どうぞ。(...は中略の印)

「良薬は口に苦し」…出典は前漢の劉向〈りゅう きょう〉(前82-前6)の『説苑』〈ぜいえん〉正諫編にあり、孔子の言として「良薬は口に苦きも病に利あり、忠言は耳に逆らうも行に利あり」とのべている。

中国古代には、それと同じ内容がすこし字句を変えて書かれたこともある。
毒薬は口に苦きも病に利あり、忠言は耳に払(さか)らうも、明主はこれを聴く。功を致すことを知っているからである」
というのがそれであり、司馬遷の『史記』淮南衡山列伝などにみえる。

『史記』からの引用句と『説苑』の句の相違点は、ただ「良薬は口に苦し」の「良薬」が「毒薬」に変わっているところだけであり、両句の意味するところはまったく等しく、「毒薬」も「良薬」とほとんど同じことを意味している。

当時、「毒薬」と「良薬」が同じ意味で用いられていたことは、この二つの用例がどちらも多数存在していることからいって、疑うことはできない。

『周礼』によれば…医師という職種は…「毒薬」を集めて、医療に供するのがその職務であるという。そこでは「毒薬」は生命にあだをなす薬物という意味ではなく、まったく逆に、顕著な治療効果を期待することのできる薬物、作用の強い薬という意味で使われている…。

一方『周礼』や『史記』が書かれた時代にも「毒薬」が命に危害をなす薬物、という意味で使われていたことは、まぎれもない事実である。人を傷つけ殺そうとする場面に、毒薬という字句が頻繁にあらわれることは、今日とすこしも変わらない。

たとえば『史記』晋世家には、晋公を暗殺しようとして、「毒薬を胙(そ:神に供える肉)のなかにおく」とあり、『東観漢記』耿恭〈こうきょう〉伝に耿恭が毒矢をつくろうと「毒薬をもって矢につけた」などとある。


なんと、良い薬は作用が強いので、毒とも認識されていたのですね…いえむしろ、現代ではそれが無視されてると言った方がいいんでしょうか。

ということで、毒矢に当たった主人公・蘭陵王が昏睡してるスキに、お話は、第8話へと進みます。前回は→こちらへ、第1回からご覧になりたい方は、→こちらへどうぞ。

第7話までのあらすじ

国境にある“賤民村”で、斉の第四皇子、高長恭〈こう ちょうきょう/ガオ・チャンゴン〉=蘭陵王〈らんりょうおう/ランリンワン〉=四爺(よんじい/スーイエ)は、敵対する周の皇帝・宇文邕〈うぶん よう/ユィウェン・ヨン〉を捕えます。

しかし、皇帝を身寄りのない貧民・“阿怪”〈あかい/アーグァイ〉だと信じ、必死で命乞いする楊雪舞〈よう せつぶ/ヤン・シュエウー〉の疑いを解くのに手間取り、彼をまんまと奪回されたうえ、四爺は敵の毒矢に当たって倒れてしまいます。

周国秘伝の毒薬「百歩散」〈はくほさん〉の解毒薬は、周に行かなければ手に入りません。ついに雪舞は韓暁冬〈かん きょうとう/ハン・シャオドン〉と共に、宇文邕の元へと向かいます。

宇文邕は権臣・宇文護〈うぶん ご/ユィウェン・フー〉を牽制し、斉の要衝・洛陽〈らくよう/ルオヤン〉城を陥落させて皇帝の威信を高めようと画策しています。雪舞が解毒薬を求めてやって来ることは計算の上。その助けを得れば天下を得られるという伝説の「天女」の末裔・雪舞を利用し、勝利をさらに確実なものにしようとして…。


洛陽城に向かう船の上、皇帝陛下は隣に楊雪舞を従え、閲兵式のまっ最中です。
行軍中には雪も降るという冬空の下、ご苦労さまでございます、陛下。と、思ったら、船べりになぜかヘビが!

ほらほら、あなたの生まれついてのがやってきたわよ…!

もう12月ですから、冷血動物はそろそろ冬眠するころじゃないかと思いますが、
その前に栄養を蓄えておかないと。

と思っているのか、食いつきっぷりが良いですよね。

蘭陵王参上…じゃない、ヘビ出現の騒ぎに、解毒薬の守備をしている兵士も甲板に出てしまいます。
この人たちは禁衛軍なんでしょうか? 仮面はつけてないけど…

積み荷を管理していた係の人は、
“放了硫磺粉”(硫黄の粉を撒きました)
と主張していますが、現代に行われた実験によると、硫黄の粉を撒いてもヘビ避けにはならないそうです...。

それはさておき。
必死で命乞いをする係の人の言う、
“上有高堂”
“高堂”とは、父母のことです。

同居している両親は家の一番良い場所に部屋がありました。他の建物より高い場所に居る、というところから来た言葉です。直接「両親」というのを避けて敬意を表します。

その人の名前じゃなくて、居る場所で呼ぶことで敬意を示すやり方ってありますよね。たとえば、“陛下”とか“殿下”っていうのも宮殿の階段の下、建物を降りた下、のことです。

って、宇文邕あなた、階段の下に住んでるの? ハリー・ポッターじゃあるまいし(隠忍12年って、フィジカルに物置部屋に住んでたんだろうか…)。

と言うのはもちろん違いまして、昔、身分の低い人はエライ人に直接声を掛けることはできず、階段の下にいる側近の人(例:宇文神挙さん)に取り次いでもらわなくちゃいけなかったので、「皇帝さまの陛下にいるひとに申し上げます☆」って意味で使ったようですね。

だからと言って、宇文神挙に向かって“陛下”とか、楊士深に向かって“殿下”とか呼んだら、トラのおやつにされちゃうと思いますけど、ねえ、殿下?

と呼んでみたら、四爺は起きていました。
夢で雪舞を見た、とおっしゃっておいでですが、たった今まで周にいましたよね?
今度は雪舞じゃなくて、宇文神挙に退治されちゃったけど…(それで起きたのね)

ナイスタイミングで退治されちゃったので、雪舞が宇文邕の毒を吸い出すという、目撃してれば再起不能なシーンを見ずに済んだのは不幸中の幸いでしたね、四爺…(笑)。

ちなみに、必死に命乞いしてた割に、係の人はその様子をじっと観察してるあたり余裕ありますが、この人も仕込みだったんでしょうか。このあと、周の国でその様子を仲間にしゃべった禁衛軍の人ってまさかこの人なんですかしら?

ってことは、後の方の回で四爺が化けたのはこの人…?
体格は似ている部分もあるのかも知れませんが…

それは先の回の話なのでこの辺にしておきますが、とにかく、野生の勘で、退治された後にとんでもないシーンがあるかも、と察知したのか、リモコン操作で使い魔ばかりをフィーチャーしてると主人公の座を陛下に奪われるかも、と危機を感じたのか(奪われて困るものはもっと他にある気もするが)、四爺は画面に映ってはみたものの、努力もむなしくまた倒れちゃいました。

さて、もう一方の使い魔・韓暁冬〈かん きょうとう/ハン・シャオドン〉は、絶賛お仕事の真っ最中。
引き出しの中に秘薬=毒薬の“百歩散”〈はくほさん〉を見つけます。

さて“百歩散”
いかにも武侠小説とかに出てきそうな名前ですが、ホントにこういう薬が存在してたかどうかは分かりません

ここで思い出されるのは先ほどの四爺…いや、毒蛇。

雪舞は、
色彩鮮豔 頭成三角必定是有劇毒之蛇
「色が鮮やかで頭が三角形のヘビは強い毒を持っているの」
と説明していましたね。

頭が三角で色が鮮やか。むむ、これは…。

台湾には、頭が三角で色の鮮やかな毒蛇がおり、その名もズバリ、“百歩蛇”〈ひゃっぽだ〉。

名前の由来は「咬まれれば百歩の内に死ぬ(ほどの猛毒)」という事からとか。

恐らく、周の秘薬はこのあたりが出どころなんじゃないかと思われます。
解毒薬があれば治るなんて、すっごいご都合主義の展開だこと…と一瞬思いましたが、血清で蛇の毒を消せるのと同じ発想なんでしょうね。

そういえば、暁冬が開けた引き出しの中には他に、“五歩散”てなものもありましたね…(ひぃっ!)。

と怯えていたら、戻ってきた兵士にバッチリ見つかってしまいます。ここ、吹き替えでは、
「何者だ」
「ただの客だが」

って、普通の会話になっちゃってて、惜しいですよね…。中国語では、

“什麼人”
(何者だ)
“客人”(よそ者だ)
と、いちおう、ギャグなんですけど。

第3話で「いらんかね」「銅貨〈どうか〉1枚」「どうかね」「そうかね」、ばあちゃんの病気は2文字で「奇病」、そしてこの回ではおしまいの方のシーンで「ふとんがふっとんだ〜」等々等、頼んでもいないのにブリリアントなギャクを噛ましつづけてくださいました吹き替えチーム、肝心のところで惜しかった…!

上の中国語をギャクで訳すのは冬休みの宿題にしますので、やってくるように。

しかし、皇帝陛下がかまされたのはギャクではなく毒蛇でしたので、雪舞はおろおろしています。

そんな雪舞を見上げる陛下のめちゃくちゃ嬉しそうなお顔が大変キュート(はぁと)

つか、ダニエル・チャンは全編通して、割合きちんと時代劇の所作で演技していますが、ここだけ何かちょっと芸風変わってますけど良いんですかね?

毒蛇の危機も、士気を高めるための仕込みと知って、かぶりを振る雪舞。
腹も立つでしょうよ、それは。

しかし、ダニエル宇文邕はのほほんとしたもの。
意外な収穫があった、と喜んでおられます。アシナ皇后が一足先に都・長安に帰っているので鼻の下を、いや、羽根をのばしているのでしょうか。

“原來還是挺關心朕的”(実は朕の事を気にかけておったか)なんて、いい気なことを、よくもまあ。

どれどれ、日本語じゃどう言ってるのかな...と吹き替えを見てちょっとびっくり。
いきなり「そなたは朕を愛しておる」と来ましたか!

煎じ詰めればそうですが、陛下、ちょっと煎じ詰めすぎなのでは?

こりゃーあれだ、きっと、エライ人だから直接雪舞に言わないで、

宇文邕→宇文神挙→禁衛兵A→禁衛兵B→禁衛兵C→通訳→禁衛兵Z…って回ってる間に、伝言ゲームで意味変わっちゃったのでしょうかね。

それをやっと聞いた雪舞の、心底呆れたって感じの表情が笑えるんですけど…。

そんな、一方的に和やかなムードのところへ、衛兵が保管庫で捕えた暁冬を連れてきます。それを見た皇帝陛下は上着を後ろに払い、腰に手を当てるエラソーなポーズを取ります。

だけど、その下の衣装がびみょ〜ですよねえ。前掛けしてる、いなせな酒屋のお兄さんみたいに見えちゃって、ちょっと…

しかし、せっかく(一方的に)いいムードだったところに邪魔が入ったラメラメ衣装の三河屋さんは、相当マジ切れしています。

“給我拖出去,斬!”(つまみ出して斬れ!)

ここの言い回しも中国語らしくて面白いですね。“給我”はgive meの意味なんですが、命令文で使うと、かなり激烈な口調になります。

“給我滾!”(失せろ!)とか。

日本語でいうと「くれ給え」か? かなり印象違うけど。

恩を忘れたの!?と雪舞は叫んでますが、恩どころか暁冬の存在自体気づいてなかったみたいよ、後の回を見ると。

いずれにせよ、暁冬にしてみれば、宇文邕はばあちゃんの仇、情けを掛けられるのはまっぴら御免らしく、
“有本事殺我”(根性があるなら俺を殺してみろよ!)
とか挑発しています。ダメだって、ホントにやりかねないから、この人。

雪舞もさすがにこれはマズイと思ったようで、必死にかばった結果、皇帝陛下は珍しくも折れて、
“容後發落”(追って沙汰をする)と言い捨てて出て行きます。

去り際、暁冬に託された「百歩散」の包みを眺める雪舞。
周では、床に席(座布団)ではなく、座椅子のようなものに座っているようです。
s-epi_8_3.jpg

散薬をお湯に溶かす手つきがとてもきれい…と見とれていると、彼女はいきなりちゃぶ台…もとい、茶器をひっくり返します。

どうもこの毒は内臓から吸収されるタイプらしくて、いきなり引きつけのような、激烈な症状が出て、お付きの人も、戻ってきた宇文邕も大慌てです。

“只要有朕在 朕就不會讓你死”(朕が居る限り、死なせはせぬ)
「朕が居る限り 死んではならぬ」って、またまた陛下。
おや、この日本語のセリフは、重大なシーンで出てくるセリフでは!? しゃべる人は違うけど…。

そうそう、こうやって、大事なセリフを、シチュエーションを変え、人を変えて使い回すのが、この脚本の特徴でしたよね。そうすることで、運命の残酷さがいっそう際立ってくるんですが、それはまた先のお話にて。

さて、ほとんど瀕死の楊雪舞は、今度は陛下の思惑を盾にとり、解毒薬を飲めば暁冬を釈放すると約束させます。誓いの言葉は、

“君無戲言”(君主に戯言なし)

四爺と違って宇文邕自身はこの誓いを破りませんでしたが、宇文神挙は暁冬を帰すのは危険と考え、後を追わせます。さすがの「できる男」宇文神挙も、ハンカチが速乾性素材とは気が付かなかったのでしょうか。

しかしまあ、「アラジンと魔法のランプ」じゃないですけど、お願いごとをするときは、細部まで気を付けないといけませんね。四爺じゃあるまいし、馬で来た人を歩いて帰らすなんて、気が利かないったら…。

「暁冬を馬に乗せて斉の陣営の門番に引き渡して。飛燕か国宝の宝玉をお土産につけて。そうしたら飲んであげる」とかって交渉しないとねぇ…(雪舞と暁冬、2人まとめて斬られちゃうかもだけど)

帰る道すがら、暁冬を追撃してきた兵士は、
“那你就去陰曹地府伸冤吧”(せいぜい閻魔さまのお役所で恨み事を訴える事だな)と言います。つまり、吹き替えの通り、「地獄の門で命乞いするがよい」ってことですね。

5日目。四爺は伏せたままで、軍医も半ばあきらめ顔です。
傍らに置かれたこのお花、なかなか日持ちがするようですね。

さて、周の軍勢は三門峽〈さんもんきょう/サンメンシャア〉を超え、洛陽に向かって進撃中です。
三門峡は洛陽の西にあり、ここで黄河の流れが三つに分かれています。それぞれの峡谷は「人門」「神門」「鬼門」と呼ばれており、現代では巨大なダムもある、交通の要所です。

宇文神挙から状況の報告を受ける皇帝陛下。斉の斛律光〈こくりつ こう/フーリュィ・グアン〉将軍を伏兵で足止めしているとの知らせに、さすがの斛律光も“孤掌難鳴”(一つの手では拍手は鳴らない)だ、独りでは何も出来まい、とご満悦です。

実は敵の総大将は、かくかくしかじかな訳で、皇太子の高緯です、と宇文神挙が見てきたような報告をすると、っていうか全く筒抜けですが、それでは高緯は“暗渡陳倉之計”にかかったな、とさらに興が乗っておられます。

“暗渡陳倉”(ひそかに陳倉を渡る)というのは、「三十六計」の1つ。「三十六計」とは、中国兵法の代表的な36の計略を、南宋時代にまとめた書と言われています。ただ、まとめた時期が新しいだけで、計略自体は前から知られているものです。

ちなみに、第36番目は「走為上」(逃げるのを上策とする)。ここから、「三十六計、逃げるにしかず」って言われるようになったんですね。

このドラマでも、「三十六計」の中から、すでにいくつも出てきています。

第6計 「声東撃西」(東に声して西を撃つ)…第4話
第8計 「暗渡陳倉」(ひそかに陳倉を渡る)…第8話
第15計 「調虎離山」(虎をあしらって山を離れしむ)…第4話、11話
第31計 「美人計」(美人の計)…第6話

“暗渡陳倉”とは、劉邦の軍師・韓信が項羽を撃退するために採った策略で、敵の注意を他の場所に引きつけ、こっそり目的地(この場合は「陳倉」)へ到達する、という戦略のことを言います。

ガッチリ罠を仕掛けられてるとも知らず、分かれ道に差し掛かる皇太子・高緯のご一行様。
鳥が飛び立つのを見て、祖珽〈そ てい〉は言います。

“孫子兵法曰 鳥起者 伏也”(「孫子」の兵法に曰く、鳥の起つ者は、伏なり)

これは、「行軍篇」にある言葉です。鳥の飛び立つところには伏兵がいる…そこで、迂回ルートを選択しますが、今度は動物の気配すらない。そこで、吉か凶かを占ってみよと高緯が命じます。

祖珽の小指の爪が伸びてるのがとっても気になる今日この頃、中国女子の「こんなメンズはナシ」十か条に、「小指の爪なんか伸ばしてる男」が入ってるらしいのですが、祖珽がなぜこんなイケてないことをしてるのかは、何かのおまじないかもしれないけど、私にはちょっとわかりません。

ただ、この指で数えているような動作は意味があって、筮竹の代わりに、指で卦を立てているのです。

出た卦の口訣は、
「鼎沸風波 孤舟渡河」
つまり、
“卦上顯示 暗藏危機”(危機が隠れているという卦が出ております)

この卦は「大不吉」の卦らしいのですが、果たせるかな、伏兵には襲撃され、尉遅迥に追撃されと、さんざんな状況です。

解説者の宇文邕さん、いかがですか?

「高緯は才に長けているわけではないが、
さりとて無学ではない
兵法ぐらいは熟読しておろう」


しかも読んでたのは高緯じゃなくて祖珽だったっつー疑惑も…。

まるでモニターでチェックしてるような宇文邕さん、コメントお願いします。
“兵者 跪道也”(兵とは、詭道である)

戦争の本質は「偽りの方法」である。こちらに十分な戦力や能力があるのに、
敵にはあたかもそうでないかのように見せかけるものである...


これは、《孫子》冒頭の「計篇」の一節です。(訳は後述の湯浅先生本による)

さて、《孫子》。

《孫子》とは春秋時代の終わりごろ(紀元前500年代?)に成立した兵法書です。

湯浅邦弘先生の『ビギナーズ・クラシックス中国の古典 孫子・三十六計』(角川書店)は、手軽な文庫判の入門書なのですが、注釈書や日本の訳本などについても簡潔な紹介があり、本格的に読みたい方にも、まずはこの一冊を強くお勧めいたします。

そんな戦争の仕方の本なんて、興味ない…とおっしゃる方も多いかと思いますが、この本は、ただ戦いの仕方を解説している本じゃあございません。

しょっぱなから、こんなことが書いてあります。

「孫子曰く、兵とは国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり。」
戦争とは、国家の一大事である。人の生死を決める分岐点であり、国家の存亡を左右する道であるから、これを深く洞察しないわけにはいかない。


湯浅先生は、こう解説します。
杜撰な企画のもとに発動された戦いは、悲惨な結果を招きます。中国の兵書は、戦場での戦闘技術を説く書ではありません。戦闘を始めるまでに、何が必要であるかを強調する書です。

「孫子曰く、およそ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破るは之に次ぐ…是の故に百戦百勝は、善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。」

孫子は言う。およそ軍隊を運用する際の原則は、敵国を保全するのを最上の策とし、敵国を撃破して勝利するのは次善の策である。敵の軍団を保全したまま勝利するのが最上の策であり、敵の軍団を撃破して勝利するのは次善の策である…これゆえ、百戦して百勝するというのは最善の方策ではない。戦闘を行わずに敵の兵力を屈服させるというのが最善の方策である。

「ゆえに、上兵は謀を伐ち、其の次は交を伐ち、其の次は兵を伐ち、其の下は城を攻む」
だから、最上の軍隊の在り方というのは、敵の謀略を見ぬいてそれを事前に打ち破ることであり、その次は、敵国と同盟国との外交関係を分断することであり、その次は、敵の野戦軍を撃破することであり、最も下手なのは、敵の城を攻撃することである。


つまり、戦争を仕掛けるというのは最終手段であって、簡単に武力に訴えたり、国力を削ぐ長期戦をすることを堅く戒めているのです。

こうしてみると、国内で自分の威信を高めるために出兵して洛陽城を攻めてしまう宇文邕も、父君に能力を認めさせるために兵権を奪ってしまう高緯も、《孫子》的にはダメダメです。

彼を知り己を知れば、百戦して殆〈あやう〉うからず。
彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆し」


とは、「風林火山」と並んで、《孫子》の中でも一番知られている言葉かと思いますが、このように、情報を重んじているのも《孫子》の特徴です。

さて、四爺大ピンチの刻限まで残るところ2日で周の水軍から脱出した韓暁冬。

徒歩だったり襲撃されたりと時間を食ったはずなのに、意外に早く斉の陣営にたどり着きましたね。

結局、がけがら落ちたらショートカットだったって、そういうことかしら?

それにしても、韓暁冬を知ってる人が陣地にいたのは幸いでした。さもなきゃ、門前払いだったかも…。

そして、命からがら暁冬が持ち帰ってきてくれたものの、入手の経緯の詳細を知ったら、たとえ助かるって言われてもちょっと考えちゃうかな〜的な解毒薬を飲んで、四爺は何とか復活を果たします。

まさか宇文邕が解毒薬をくれるはずもあるまいと、真相を確かめに、重傷を負った暁冬を見舞う四爺。

深手の訳を聞かれて暁冬は日本語では、
「ウソつき野郎の宇文邕のせいさ」

と答えていますが、うすうす予想がつくと思いますけど、中国語はそんなお上品なことでは済まず、

“宇文邕這個王八蛋”(F***野郎の宇文邕め)、と、皇族の前で言うかこんな単語レベルの発言をしています。(解説は自粛とさせていただきます)

そのあたり、四爺は「大儀であったな」と軽くスル―しています。

しかし、来訪のウラ目的である雪舞の消息は分かりません。そこで四爺は、
「雪舞は命の恩人だ。必ず連れ戻す。雪舞のことは私が守る。」と宣言なさっておられます。

中国語はだいたい同じ意味なんですけど、こんな感じ。

“雪舞對我多次捨命相救 我一定要把她救回來
我再也不能讓她以身涉險了”
(雪舞は何度も命がけで私を助けてくれた。必ず彼女を助け出さなければ。もう二度と身を危険にさらすようなことはさせない)

って、何度も指摘してすみませんけど四爺、雪舞が助けてくれたのは、あなたが頼んだからじゃないの?

今や壁ドンの牙城を切り崩す勢いと言われている新トレンド、
「肩ズン」までして…。

2013年の時点でこれとは、ホント、少女マンガのトレンドを心ニクイまでに押さえた作品ですこと。

さて、雪舞のお手柄は、肩ズンされたり解毒薬を入手したりというだけではなく、斉軍勝利の鍵となる情報を伝えたことでした。

高延宗(こう えんそう/ガオ・イェンツォン)=安徳王(あんとくおう/アンドゥワン)=五爺(ウーイエ)は喜んで、

“我馬上把消息轉去長安”(すぐに噂を長安に流そう)と言います。“馬上”とは、馬上ゆたかな美少年…って意味ではなくて、すぐに、ってことです。いや、それはどうでもいいですが、何百キロも離れた長安にすぐ噂を流すって、どうやって…?

という視聴者の疑問は永遠に解決されることはないのですが、方法はわからないまでも、こうして噂を流して状況を操作するのは、このドラマの中でもまた出てきますし、史実にもいろいろあります。斛律光将軍が殺されてしまうのも、彼を亡き者にせんと、祖珽が流した噂が始まりだったのです...。

まさに戦わずして勝つ上策を提供した四爺を、段韶太師は、
“運籌帷幄 決勝千里之外”(はかりごとを帷幄のうちにめぐらせ、千里の外で勝ちを決する)という、ここまで何度も出てきた言葉で誉めそやします。

しかし、他人の手柄を横取りしたりはしない四爺は、これは雪舞が授けてくれた策だと言います。ちょっとした事ですが、こういうところが、臣下に慕われるゆえんなのでしょうか…。

一方、人民の上に君臨する宇文邕も、雪舞に向かって、牽制英雄、英雄を知る、な度量を披露しています。

“高長恭也算是個當時良將
如果 他願意輔佐朕的話 朕也無疑會引之為棟樑
無奈”

「高長恭といえば当代の名将だ。
もしあの者にその気さえあれば、朕の重臣に迎えてもよいのだが、
残念だ」


ま、ずいぶん余裕ですこと。

洛陽城北の邙山〈ぼうざん〉で、「斉の命運は尽きるであろう」
と、また例のからかうような口調で言います。

しかし雪舞は敢然と受けて立ち、

謀事在人 成事在天(人は計画することしかできない、達成できるかどうかは、天が決める)
「出来るか否かは天が決めるわ。」

そして、邙山での戦いは、蘭陵王が大勝する、と告げます。宇文邕は、

“荒謬”
「たわごとだ」と一蹴しますが、

「巫族の予言は外れたことがない」と、雪舞は強い口調で返します。

このシーンのアリエルは毅然としていてとてもカッコいいですね。

こう言われて、宇文邕は、
“朕不會相信你的預言 因為朕從來就不相信命”(そなたの予言など信じるものか。朕はこれまで宿命など信じたことがない)
そして、
“神佛阻路 遇神殺神 遇佛殺佛”
「神も仏も朕を阻むなら倒すまでのこと」
と言い放つと、そこらじゅうに四爺避けの硫黄の粉でも撒きそうな勢いで退去します。

このシーンを見ると、ダニエルはいかにもそういうこと言いそうな人だよなぁと思ってしまうんですが、日本語版DVDのインタビューを見るとそうでもないらしく、宇文邕に共感できない点を聞かれて―

彼(宇文邕)が歴史上行った大きな改革の一つが“減仏”(廃仏)です。…
(中略)
僕の信仰の理念から言えば、殺生だとか、廃仏などのようなことは、
どうやったってできません。


てな風に答えているのが、信仰心の篤い香港人らしい感じです。

ウィリアムが同じインタビューで、ほぼ真逆のことを言ってるのが面白いですね。

“我是相信可以通过努力来改变自己的命运,如果一切都上天注定好的话,我们什么事情都不会做了。
对于兰陵王来讲,虽然他有这样一个身世,这样一个...但是他也一直跟自己的命运做抗战。一直在争取”

(僕は、運命は努力によって変えられると信じてるんです。すべてが予め決まってるなら、僕らは何もできなくなってしまう。蘭陵王にしても、彼はああいう境遇に生まれついたわけですけど、常に自分の運命と戦い、努力を重ねていたと思います)

こちらは、いかにも文化大革命の後に生まれた、現代中国の人って感じのコメント…。

ところ変わって斉の陣営。出陣にあたって五爺が言います。

“明天午時 我們就可以到洛陽城北的邙山”(あしたの午時(うまどき)には、邙山に到達できるだろう)
早朝 陣地を発って、昼夜兼行で36時間近く。いやぁ、大変です。

まもなく宇文邕の10万の兵が押し寄せてくる洛陽城を、わずか500騎で救えるのかといぶかる五爺。

しかし、四爺は決然として言います。尉遅迥に包囲され、洛陽城は疲弊している。そこへ乗り込めば、
“定能振奮士氣 大家一鼓作氣 興許還有一線機會”(士気は奮い立ち、そこに勝機が生まれるかもしれない)

段太師も謎めいた言葉を漏らします。

“我們只能靠 天時地利人和了”
(我らが頼れるのは、天の時、地の利、人の和だけです)


そうは言っても戦場は寒そうです。
雪が降ってる…

寒くて惨めな籠城戦の最中、“探子”(偵察兵)の首は切られるわ、軍令は徹底されないわで、洛陽城の高緯は相当落ち込んでいます。

そんなときに、不用意に「蘭陵王が援軍に来てくれる」とか将士が言いだしたものだから、高緯は、

“不要跟我提蘭陵王!”
「蘭陵王の名前を出すな!」
と怒鳴ってしまいます。

言ってしまったあとですが、感心なことに、彼は素早くフォローします。
“蘭陵王中毒甚深 自己的安危還不能確定 我怎麼指望他再去救別人呢”
自分の身さえ危ういのに、助けてもらおうなどと思うわけにはいかない、という言葉、とっさにしてはなかなかなものです。

10万の敵に取り囲まれた洛陽城。
吊り橋も曲がっちゃって痛々しい…。

そんな洛陽を救うべく、四爺は出陣に当たって兵士を鼓舞します。
斉が天下を取っていれば、子どもたちは、キング牧師の演説みたいに、暗唱させられたかも知れませんね…。

ここはぜひ、中国語音声で、声を担当した張震さんの名調子をお聞きになってみてください。

眾將士們
今天 我們要以五百人馬迎戰
我們是為了大齊而戰
無論 是生是死 是成是敗
你們都是我大齊最勇猛的將士
邙山 是敵人的修羅場
是我們的英雄塚
大不了黃泉相見


特に終盤の「邙山は敵の修羅場、我ら英雄の墓標だ」 
というくだりは印象的で、オープニングの歌詞にも取られています。
(歌って暗唱しましょう!)

出陣にあたって、皆は杯を割ってますが、これは普通、山賊とかがやることで(…)正規軍はこんなことしません。

ただ、四爺の言葉にもある通り、ほとんど死を覚悟して戦場に赴く状況なので、“敢死隊”(決死隊)だ、という覚悟を込めたのでしょう。

そんなクリフハンガーの場面で、来年に続く…。

では、皆さま、今年も大変お世話になりました。どうぞ良いお年をお迎えください。
来年も、どうぞよろしく!

続きの第9話は→こちらです。

posted by 銀の匙 at 05:03| Comment(8) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月21日

蘭陵王(テレビドラマ13/走馬看花編 第7話の3)

皆さま、こんにちは。寒い毎日が続いていますね。
足が冷える夜には、やっぱり昔ながらの湯たんぽが嬉しいです。この湯たんぽって言葉、実は中国語の“湯婆子”〈タンポーヅ〉から来たのだそうです。

前の回(第7話の1→こちら)でご紹介した通り“婆”とはのこと。つまり、お湯の奥さんってことです。

えっ、だって同じ回で“湯”はスープだって言ったじゃん! というご指摘まことにごもっとも。現代中国語では、この字は単独では「スープ」という意味で、「お湯」という意味にはなりません(一語で「お湯」は“開水”〈カイシュイ〉=沸かした水)と言います)。

奥さんが添い寝してくれたときみたいに暖かい、というココロなんでしょうか。

ちなみに、夏の暑いときに涼をとるために抱えて寝る、竹で編んだ抱き枕を“竹夫人”といいます。

冬の“婆子”より夏の“夫人”の方が身分が高そう(笑)。
でも、“婆子”は奥さんですが、“夫人”は正妻とは限りませんからね、おほほほほほ…。

蘭陵王〈らんりょうおう〉=高長恭〈こう ちょうきょう〉=四爺〈スーイエ〉も、人さまのお嬢さんを“湯婆子”がわりに使うとは、ふてえ野郎です。(?)

こんな、女を使って暖を取る、という羨ましいけしくりからん行為は当然問題視され、やった人はバッチリ中国の記録に残っています。

唐の玄宗皇帝の弟・李范〈り はん〉は、杜甫の詩《江南逢李龜年》((江南地方で李 亀年さんに逢ったょ)にも登場する人物。

冬になって手がかじかむと、若くて美貌の妓女を召し出して、懐に手を突っ込んで暖を取ったとかで、それを「香肌暖手」なる美名で呼んでいたそうな。

かと思うと、玄宗皇帝の弟の申王は、厳冬の季節になると、自分の周囲に宮女をぐるりと隙間なく座らせて、寒さを防いだそうです。これを「妓圍」と呼んだそうですが、王は図体がデカかったので、十人二十人の宮女では足りませんでした(ってどんだけ巨大?)。

楊貴妃の兄、楊国忠は、冬に外出するとき、婢たちの中でも体格が良いものを選び、並ばせて先行させ、風を遮ったそうです。これを「肉陣」と呼んだとか。

総元締めの玄宗皇帝はどうだったかと言うと、ある寒い冬の一番冷え込む時期に、李白を読んで詔を書かせようとしたところ、筆が凍って書けなかったので、後宮の妃たちを李白の左右に侍らせて、息を吹きかけて筆の氷を溶かした、ということです。これを「美人呵筆」と呼んだそうな。

こんな羨ましい 下らないこと記録に残ってしまうんですね。
四爺も気を付けないと、女に添い寝させて暖を取った、なんて何千年も先まで噂されちゃいますからね。くわばらくわばら。

と、いうことで今回も第7話の続きです。前回のお話は→こちらからどうぞ。

万巻の本を読んでいながら、この唐代のエピソードは知らなかったらしい、白山村の天女・楊雪舞〈よう せつぶ〉(って、100年以上先の話だから当然知らないか…)。

えっと、湯たんぽがわりに使われたとも知らず、周軍の奇襲から彼女を庇い、毒矢に当たってしまった四爺に向かって、けなげにも、

“若四爺能痊癒 雪舞就算被軍法處置也 我也沒關係的”(もし四爺の容態が良くなるなら、軍法で処罰されても構わないわ)

と言っていますが、あなた、良くならなかったらお前もただじゃおかない、と、四爺の腹心・楊士深〈よう ししん〉が吼えていたのを聞いていましたか?

いや、良くなろうがなるまいが、彼女のしたことは四爺に大変な危機をもたらすのですが、それが何かはあと5分20秒もすれば、でもわかります。

こんなけなげな事を言われた四爺は、左の手だけで(右手は卵持ってるから)雪舞の両手を覆っています。

意外に手がおっきいんですね。

“無論本王生或死 都不會讓你受到傷害 我在女媧面前起過誓的”(生きようが死のうが、あなたを傷つけるようなことはさせない。私は女媧(神)〈じょか〉の前で誓ったのだから)

と、とんだ寝言をいっている四爺は、フィジカルには起き上がってるけど脳は寝てるものと思われます。この言葉がいかに寝言であるかは、あと5分もすれば、でもわかります。

さっきまで“我”(わたし)と言っていたのに、ここで自分のことを“本王”(余)と言い換えているのは、彼女を傷つけないようにという命令を下すことができる、自分の立場を強調しているのでしょう。女媧の前で誓った、のは“本王”じゃなくて“我”のほう。四爺の心がよく反映されたセリフ。

そこへ五爺=安徳王=高延宗〈こう えんそう〉が駆け込んでくるので、四爺はあわてて花束を背中に隠しています。

別に隠す必要もないと思うんだけど…。相当慌てたものとみえます(笑)。(それより、アップになった花束の脇に、ガウンのスナップボタンが大写しになってるのがとっても気になります。さすが古代中国、文明が想定を超えています。)

五爺はすぐこの状況の意味するところを察した模様。
しかし、一大事で駆け込んできた割に、余裕のある態度ですよね…。
(ホントこの兄弟は軍律を何だと思ってるのでしょうか。)

あっ、それより四爺、はどうしたの、は!!
まさかお尻の下に敷いてないよね?

そこへ段韶〈だん しょう〉太師と楊士深も現れ、朝廷からの密書を手渡します。

s-epi_7_8.jpg

おや、鳥の羽根がついてますね。これは一体何でしょう?

さあ、ついにまともな三択クイズです。手元のボタンでお答えください!
(四爺がご参加の節は、スナップボタンで構いません)

1)スープには「本だし」ではなくちゃんと鶏を使いました、というお知らせ。
北京ダックを頼むと後から出てくる鴨肉スープとか、フグのひれ酒みたいなもんですかね。

2)伝書バトで飛ばしたお手紙です、というお知らせ。
《史記》に、雁の脚に手紙をつけて飛ばした(雁書)って話は出てくるけど…

3)伝書バトはおいしく頂きました、というお知らせ。
北京ダックを頼むと後から(以下略)。

あれ、択目がないよ?(←普通はありません)。

実は、正解はでした(てへっ)。

これはちゃんとお作法にのっとった手紙の形式で、“雞毛信”〈ジーマオシン〉というらしい。

古代、緊急を要する手紙には鳥の羽が付けてあり、2枚、3枚…と増えるごとに緊急度が増す仕組み(ここでは1枚ですから大したことないっつーことですかね?)

ちなみに、“雞毛信”はまたの名を“羽檄”〈うげき〉ともいう、と辞書にあります。

Baiduの説明によると、“檄”というのは、木簡の中でも長さが2尺(45センチ強)のものをいい、軍関係の通信は主に“檄”が使われました。ここにキジ(“野雞”)の羽根を指したものが“羽檄”です。

出典は《史記》、《漢書》〈かんじょ〉にあり、緊急の軍令を出して(羽檄)、兵を集めようとしたが、誰も応じて来ない、という場面で使われており、ここから緊急の軍事郵便を「羽檄」というようになった、とのことです。

「檄〈げき〉を飛ばす」とは、このことだったのですね。

まさかテレビドラマで「檄」を見ることになるとは夢にも思ってませんでしたが(しかも、ここでは木簡じゃなくて革?に書いてあるけど)、その報せによれば、尉遅迥〈うっち けい〉が5万の兵を率いて洛陽〈らくよう〉に進軍したとのこと、すぐに応戦せよとの命令です。

楊士深は「(周の皇帝)宇文邕〈うぶん よう〉は四爺が毒矢に当たって応戦できないのに付け込んで兵を出したのでしょう」と言います。

あんたはまた、言わずもがなのことを…。

当時、斉の首都は「鄴」〈ぎょう〉にありましたが、四爺の発言からすると、洛陽はこの時代も、首都の守りとして重要な地位にあったようです。

それに、何と言っても洛陽は九朝の古都。ドラマの次の時代である隋代には東都と呼ばれ、その次の唐の則天武后〈そくてんぶこう〉の時代には神都と呼ばれて、長らく政治と文化の中心地でした。

例の、100年後の蘭陵王である尉遅真金が登場する《狄仁傑之神都龍王》(ライズ・オブ・シードラゴン)の“神都”とは当時の洛陽の呼び名です。

京都に行くことを「上洛する」というのも、もともとこの「洛陽」から来ています。

本が売れに売れて困っちゃう、みたいなときに、「洛陽の紙価を高める」と言う、あの洛陽ね。

いまどき、こんな風には言わないか…。
電子書籍が売れに売れて困っちゃう、ときには、「秋葉原の株価を高める」とでも言うんだろうか…イヤな時代だこと。

さて、檄を飛ばされちゃった四爺は、吹き替えでは
「わかるな、勅命は絶対だ。全力をつくすのみ」
と言っています。

ここは原文ではもう少し長く、
“君命不可違 你們都知道 我沒有選擇 我只有背水一戰”(陛下の命令に背くことは出来ない 皆も承知の通り、私に選択の余地はない。「背水の陣」あるのみだ)と言ってますね。

日本語版DVDのおまけに、出演者へのインタビューがついてるんですけど、魏千翔(ウェイ・チェンシャン:韓暁冬を演じた〉が、劇中の人物像について聞かれて、“蘭陵王是一個完美的人”(蘭陵王は完璧な人〉だと答えています。

この時代の完璧な人とは、どんな人か。

まずは容貌に優れていること。

現代の感覚で考えると、必ずしも容貌は必要条件じゃないような気がするけど、当時はとても重視されたようです。第4回(記事は→こちら)でご紹介した『世説新語』にも、わざわざ「イケメン」という章があるし、なんと南北朝時代は男性も化粧してた疑惑が。

フェニックステレビで放映された《文化大观园》(カルチュラル・カレイドスコープ)という番組によると(→ソースはこちら)、1981年に発掘が終了した北斉時代の墓には、鮮卑の武人たちが描かれており、どうやら頬には頬紅唇には口紅を差しているらしい。

これは単に、絵画的な表現というわけではなく、写実的な表現だったらしくて、文献にもちゃんと記載がある。しかも、男子の化粧は女子よりもさらに念の入ったものだったとか。

どういうことなんだか、ちょっと番組を覗いてみましょう。

王鲁湘:「中国の古文では美男子について描写している部分が美女についての叙述よりも多いんですってね」
周天游:「そうですね。ですから、今の若い男性が化粧をしたり、おしゃれをしたり、ひげをはやしたり、というようなことは、実は伝統回帰とも言えるんじゃないでしょうか」
王鲁湘:「その通りですね。有名なところでは潘安とか、玄奘(げん じょう:三蔵法師)とか。玄奘がお経を持って帰国したとき、長安の女性たちは彼を迎えに出たらしいですよ。美男子を拝もうとね」
周天游:「確かにそうです。そのうえ、古代の男子は女子のお化粧を手伝ったりしたらしい」
王鲁湘:「ええ」
周天游:「漢代の宰相・張安世は《漢書》〈かんじょ〉に記載がありますが、夫人の眉を描いてあげたそうです…」

老先生と司会の人が妙に嬉しそうなのはナゼ?

第4話(→記事はこちら)で敵将・尉遅迥将軍が四爺に向かって、「化粧でもすれば女人で通用しそうだ」うんぬん、とおっしゃっておられましたが、実は男性も化粧がデフォルトだったんですね。

内面が容貌に出る、と考えられていたのでしょうか。日本でも、四十過ぎたら顔に責任を持て、と言ったりしますが…。

美徳として他には、文武両道(これはもう少し先で皇太后が、武術の稽古をしていないときは読書(勉強〉をしている、と言っています〉であること。

そして一番大事なのは、道義的に優れているということです。

このドラマは時代劇なので、ここでの道義とは儒教の教え、つまり「君主に忠、民には仁慈、親には孝、義理堅く、礼儀をわきまえている」ということ。史実でも蘭陵王は忠義の人という美点が強調されています。

蘭陵王は君主の命令とあらば、毒杯を仰ぐことも厭わないし(さすがにこれは現代の視聴者には理解しがたいと思ったのか、脚本は「民に仁」と結び付けてますけど〉、曲がったことはしません。

後で鄭児〈ていじ〉に“自以為是的高品コ”(品行方正でお高く止まっていらっしゃる)とせせら笑われるほどです。

だから、知らない女性(雪舞)には礼儀正しく振る舞うし、おばあ様の言いつけはいちおう尊重するし(結果的にメチャクチャ破ってるけど)、帯を受け取ったのだって、まあ雪舞が嫌いならそんなことしないでしょうけど、多分に、本人が言ってる通り、「義を見てせざるは勇なきなり」という教えに沿っている。

終盤に来て雪舞は、彼を称して、「口下手」だと言ってますが、あれは褒めてるんです。

「巧言令色〈こうげんれいしょく〉 鮮〈すくな〉し仁 剛毅朴訥〈ごうきぼくとつ〉 仁に近し」(ことば巧みで人におもねる者は仁に欠ける。真っ直ぐで口下手な者が仁に近い)と孔子さまも言ってますよね。最高の道徳である「仁」を身に着けてる人というのは、口下手なものなんてす。

とは言っても、さすがに全編こんな堅物の権化みたいな人では視聴者もついて行けませんので、これは彼の仮面のようなもので、雪舞といるときは、もう少し普通の人らしいというか、子どもじみた振る舞いをしている。周の皇帝、つまり天下の模範である宇文邕〈うぶん よう〉も、状況はまったく同じです。

中華第一男子もつらいよ。

ただ、ここのセリフからは、また少し違ったニュアンスが感じ取れます。

私には他に選択肢がない、とはつまり、たとえ本心では嫌だったとしても、出陣するしかないという意味なんでしょうね。

この一言は、このあとのいろんな場面の伏線になっています(ずっと後の方になって、宇文邕からは「ナンセンス」と叱られましたけど)。

たとえば、このあと、皇帝から正妃を選ぶようにとの命を受けたときは、たとえ君命に背いても…みたいなこと言っていましたが、実際には、上手く説得して皇帝に命令を取り下げてもらわない限り、違背するのは無理だと思います。

史実では、皇帝から褒美として賜った女性たちを受け取らずに返してますが、あれは妾だから、正妃とは重みが違います。

楊雪舞に関することは、忠君愛国一本やりの人がそこまで言うというほどの重大事であることが、この第7話と比べるとよく分かります。

ちなみに、日本語では「背水の陣」といいますが、中国語では普通“背水一戰”と言います。これも《史記》淮陰侯(わいいんこう=韓信)伝からの言葉。ここでいう「水」とは河のこと。河を背にして戦えば、退却することはできません。そんな追い詰められた状態で勝負にでなければならないということ。

そこまで言わせる理由はなんなのか?

ここで、ついに太子の高緯〈こう い〉が登場します。

五爺は日本語では「おそらくロクな事では…」と言いますが、中国語では、“八成沒好事”(八割方良くないことだろう)と2割増しですね(ご…ごめんなさい、くだらないツッコミで)。

ちなみに「ロクでもない」の「ロク」とは「陸」と書き、平らじゃない→まともじゃない、という意味になったんだとか。

あ、皇太子が出てきたんだった(くだらない計算してるうちに忘れるとこだった)。

史書には、
「高緯容貌俊美,其父長広王高湛對他特别爱寵」(高緯は容貌がきりりとして美しく、その父、長広王・高湛〈こう たん〉は彼を特に可愛がっていた)

とあります。さすが高一族、美形が豊富であります。

1400年前の当時、斉の「皇室ニュース」なんか見ていて、いとこの高長恭と高緯がこんな風に並んで立ってる様子がテレビに映ったら、あまりにもまぶしくて画面がハレーション起こしていたことでしょう

さて、デジカメもスマホもなかった当時の服飾を知る有力な手がかりとしては、先ほどの化粧の話でも出てきました、「お墓」があります。

そのまた昔は「陪葬」といって、ご主人が亡くなるとお付きの人も埋められちゃったらしいのですが(ひえぇぇぇ!)、あの暴君、秦の始皇帝ですら、人の代わりに兵馬俑で代用してたくらいですから、さすがに高一族がファンキーと言えども蘭陵王の時代にはそんなことはなく、やはり俑(はにわ)が埋められていました。

また、斉の初代皇帝・高洋(こう よう:蘭陵王、安徳王のお父さん・高澄の弟)の墓室に描かれた壁画にも赤い衣服の人物が見えます。

s-epi1.jpg
ソースは→こちら

ちなみに、遺された俑を見ると、蘭陵王の装束そっくりの人もいます。
やっと届いた《文物三国両晋南北朝史》(中華書局)に、図版が紹介されています。
s-LLWyong.jpg

盾?に着いている、この仮面のような模様、日本の雅楽「蘭陵王」の面に似てませんか。

たぶん、ここからヒントを得たのだと思いますが、ドラマの四爺の装束にも、この装束のデザインが取り入れられているようです。

s-epi_7_7.jpg

武人たちの甲冑なども、おそらく出土した俑からヒントを得ているのでしょうね。
s-LLWwuyong_0001.jpg

s-LLWwuyong7_NEW.jpg

s-LLWwuyong10_NEW.jpg
こうしてみると着ている服は赤が多いみたいです。

また、公式のFacebookでわかるとおり、皇太子・高緯のこの装束は、まさに出土した壁画をヒントにデザインされています。

s-epi_7_6.jpg

演ずるは、これまた爽やかな好青年、ロナルド・チャイ(翟天臨)。

ロナルドは、態度は尊大だけど内面は小人物、しかし根は実のところ善人という、皇太子の複雑なキャラクターを見事に演じています。いやー、彼もアイドル系なのに、よくこの役のオファーを受けたものです。でも、役者としてはぜひチャレンジしてみたい役柄なんでしょうね。登場以降、彼の演技にいちいち感心してしまう私です。

さて、華々しく登場した皇太子を遠くから見て、雪舞は尋ねます。
“在中間那位就是太子嗎”(真ん中にいるあの方が皇太子殿下なの?)

“那位”と敬語を使っていることにご注目ください(敬語じゃなければ“位”でなく、“個”を使います)。いちおう、敬意を払っているんですね。

“對 他就是我齊國太子高緯”(そう、彼こそがわが斉の皇太子・高緯殿下だ)と説明する四爺は、この後ずっと、口元にものすごく嘘っぽい微笑みを浮かべています。

高緯の父親が、この時点での斉の皇帝(武成帝・高湛〈こう たん〉)です。史実では、この年(邙山〈ぼうざん〉の戦いがあった年・西暦564年)高緯は8歳か9歳なんですが、それを言い出すと混乱するのでやめとこう。

ここで四爺が、彼とは“同族兄弟”(同族の兄弟)だから、助けあわなければ、と回りくどい言い方をしているのは、実の兄弟ではなく、父親が違うからです。日本語でいうと、「父方のいとこ」ですね。(中国語でいうと、“堂兄弟”)。

言われて雪舞は、“他注定要死在自家兄弟手中”(彼は兄弟の手にかかって死ぬ運命にある)というおばあ様の予言を思い起こします。

斉の国の基礎を作ったのは、高歓〈こう かん〉という人で、彼には15人の息子がいました。長男が高澄〈こう ちょう〉で、これが蘭陵王や安徳王のお父さんです。現皇帝の高湛はなんと9男坊でした。

この時代も、ほとんどの場合、正妻の子にまず皇位継承権があるので、斉が建国されれば本来なら高澄が皇帝になり、その息子である蘭陵王や安徳王に継承権があるはずだったのですが、高澄が皇位に着く前に殺されてしまったために、先ほど墓地の壁画でご紹介した高洋など、同じ年代の他の兄弟たち(蘭陵王からみれば伯父たち)に実権が移ってしまいます。

これだけでも、蘭陵王や安徳王の置かれた立場の微妙さがお分かりいただけると思います。

建国の大功労者の遺児でありながら、現皇帝が高湛だ、ということだけから見れば、皇位継承権からとても遠い位置にいる。ということは蘭陵王は謀叛の首謀者として担がれやすいポジションだということです。太子の取り巻きからすれば、警戒して当然と言えるでしょう。

しかも皇太子の方は、雪舞のおばあ様に、
「朱雀の星に守られているが、しょせん、雀は雀。」と、あっさり片づけられています。

雀はここでは、“雀鳥”と言っていますが、現代中国語では“麻雀”〈マーチュェ〉と言います。ちなみに麻雀は“麻將”ね。

中国からの観光客が、日本の雀荘の看板を見て、日本人ってスズメ料理が好きなんだなぁと思う、というのはまたまた日本観光の鉄板ネタです。

さて、皆に、何しに来たの…?と疑惑の目で見られている皇太子。まずは四爺を、
“御守邊疆已經一年多沒回鄴城了”(辺境を守って一年以上も都に帰っていない)とねぎらいます。

ここでいう“御”とは「防御する」の意味です。

おばあ様に、戦場から戦場に渡り歩くと言われている四爺ですが、ホントに大変ですよね。

ただ、逆に私は、四爺は武将だからずっとこういう生活をしているものだと思っていたので、あとで都で彼が住んでるお屋敷が出てきたのを見て結構驚いてしまいました。

そうよね、いちおうは皇族なんだし、ずっと僻地に飛ばされてる訳じゃないもんね…。

ここでさりげなく皇太子が傷口を痛めつけるので、四爺は思わず顔をしかめてしまいます。
それを見逃さず、大卜〈たいぼく〉の祖珽〈そ てい〉が嫌味を言います。
“看來戰神是個空有其名啊”(見たところ、「軍神」とは名ばかりだったようですな)

大卜というのは官名で、日本でいう陰陽頭のような、天文や占いを司る役職です。

この祖珽という人、史実でも才人、かつ国を誤った人物として記されています。読書家で詩を作り、作曲もし、鮮卑〈せんぴ〉語を始め、胡人(北方、西方の周辺民族)の言葉にも通じていました(ドラマでも第13話で、この特技をを悪用したエピソードが出てきますね)。一方、手癖が悪く、金品や女性に簡単に手を出すことでも有名でした。

己の保身のためには手段を選ばず、史実でも、彼の計略によって斛律光〈こくりつ こう〉将軍が誅殺されてしまいます。

一方、祖珽は文だけでなく武にも通じていましたが、そちらは次の回でご紹介いたしましょう。

さて、怒った五爺は祖珽に向かって、
“你胡說”(デタラメだ)と怒鳴ります。デタラメ、の用例、また出てきましたね(この言葉の説明は前々回→こちら をご覧ください)。

臣下の分際で皇子に向かって「名ばかり」と発言するとは見上げた度胸ですが、後の回で周の朝廷の様子をご覧いただければ分かるように、実権のない皇族はそのうち粛清されるか遠ざけられたので、実力者にくっついている権臣は、ライバルの皇族を貶めることで、実力者のご機嫌取りに必死だったのです。

とはいえやはり四爺は皇族、皇太子はいちおう祖珽の無礼を叱ります。
“如此不得禮”(なぜかように礼儀をわきまえぬのか)=礼儀知らずも大概にせよということですね。

四爺はフォローして、
“心直口快”((祖珽は)率直な方だ)と言います。おお、大人の中国語ですな。ヤン・ミー兄貴(→前の回を見てね)にもこれを言っときゃ角が立つまい。

皇太子の耳にも蘭陵王の「夜ごと側女と宴会でどんちゃん騒ぎ」の噂は聞こえていたらしく、まずは側女に会わせろとご所望です。

「堅物の蘭陵王が側女を置いたと申すので、どれほど妖艶な美女かと思ったが、なんと、かような小娘だったとはな」
おおっ、吹き替えの皇太子殿下の声が渋くてステキっ

ここは中国語では、
“能讓從不近女色的四哥首度納為妾的女子 我以為應該是多麼地妖嬈艷麗 沒想到竟然是個小姑娘”(女人をそばに近づけなかった四兄が初めて側女にしたというから、どれほど艶めかしく目の覚めるような女人かと思えば、思いもよらず、なんとお嬢ちゃんか)

さすがに皇太子は礼儀をわきまえているので、中国語版の方では“小姑娘”(お嬢ちゃん)と穏当な言い方をしています。(言ってる内容は相当失礼ですが)

失礼ついでに、祖珽は、
“行軍攜眷並不在七律重罪十條之列, 四爺年輕 風流 帶個小妾在軍中也不是什麼大事”(行軍の際に身内を同行したとて「十条の重罪」には当たりませぬ。四爺は若くて風流でいらっしゃる。側女を連れて軍務に当たられるなど大したことではございません)

ここで祖珽が言う、「重罪十条」とは斉の国に実在した規定です。

その中身ですが、
1は反逆(謀叛)
2は大逆(皇帝の陵墓や宮殿を荒らすこと)
3は叛 (他国へ寝返ること)
4は降 (投降すること)
5は悪逆(家庭内暴力・尊属殺人)
6は不道(無実の者を3人以上殺害すること、人を殺すための呪いや巫術を行うこと)
7は不敬(皇帝の祭祀の道具を盗んだり、皇帝の安全にかかわるような職務で不行き届きがあること)
8は不孝
9は不義(「義」に背く行為。行政官や師を殺害する)
10は内乱(同族内で倫理に反する行いをすること)

なんだこりゃ、高一族全員死罪じゃん... あぁいえいえ、

“不過擅離職守 為了一個女人放跑了周國皇帝宇文邕 那可是死罪呀”(ただし、職務を離れ、女人のために周の皇帝・宇文邕を逃したとあらば、それは死罪に当たります)

おっと、単刀直入にこう来たか…。

これこそ、第3話(→記事はこちら)から斛律光〈こくりつ こう〉将軍が

「太子の取り巻きは四爺がしくじるのを待ち構えている」

と言って常に恐れていたことでした。彼らは前々からこれを狙っていたのですから、3万人もいる陣中には、彼らの手の者も交じっていて、先のいきさつも逐一報告されていたことでしょう。

歩けば111時間もかかる都から、遠路はるばる皇太子がやってきたのは、蘭陵王の失敗を糾弾して処罰するためだったのか…?と場が一瞬にして凍りつきます。

ここで四爺は、尉遅迥を討ってから都に戻り、“負荊請罪”(イバラの杖を背負って処罰を請います)とお願いします。

この“負荊”っていうのは、ヤバい趣味等ではなく、またまた《史記》に載ってる故事なのです。

戦国時代の趙〈ちょう〉の国の廉頗〈れん ぱ〉将軍は、軍功を上げてにわかに出世した上卿の藺相如〈りん しょうじょ〉を嫌っていました。それを知った藺相如は将軍をとことん避けたので、周りから臆病者と誹りを受けます。

しかし彼は、趙の国には私たち2人が必要なのだから、余計な争いを招きたくないのだと説明しました。これを知った将軍は非を悟り、背中にイバラの杖を背負って(これで叩いて罰してくれという意味)藺相如に謝罪したというお話です。

ついでにここで芽生えた友情の話は、お互いのために斬首されることも厭わないという「刎頸〈ふんけい〉の交わり」という成語にもなっています。

しかし、元の話を見てもわかります通り、これは許してもらうのを前提にした行動で、この場ではあんまり適切な物言いじゃないかも知れません。

それはともかく、ここで皇太子は来訪の真の目的、すなわち、蘭陵王から兵権を回収し、自ら尉遅迥との交戦の指揮を執ることを提案します。

兵権というのは、軍隊を動かす権限のことです。

ここで、雪舞が突然、
“太子您是相當劉邦 還是項羽呢”
「あなた様は項羽と劉邦、どちらになられますか」と聞きます。

どちらになられますかって、ウィリアムが項羽なんだから、ロナルド皇太子殿下は劉邦をやるしかないだろう、この無礼者!と祖珽はご立腹です。

でも根は優しい皇太子は、急いで助け舟を出します。
“天女問得好”
「良い質問だぞ」と、先生が言ったら、それは時間を稼いで答えを考えてるときだ、と前にテレビで見た記憶がありますが…。

気を良くして、雪舞は得意顔で続けます。
“劉邦曾云 戰必勝 攻必取 吾不如韓信 運籌帷幄 決勝千里 吾不如張良 但吾能用韓信張良 所以得天下”(劉邦はかつて言いました。戦いには必ず勝ちを収め、攻めて必ず取るという点では私は韓信に及ばない。帷幄のうちにはかりごとを巡らし、千里の外に勝利を決する点では、私は張良に及ばない。ただ、この二人を用いることができたので、私は天下を得ることができたのだ、と)

思うに、ここの雪舞の態度は、3つの意味で無礼です。1つ目は先ほども申しました通り、大人の事情でもう役柄に選択の余地がないということ、…おっほん、2つ目は、側女の分際で、皇太子殿下にご意見申し上げるような真似をしたこと。

もう1つは、皇太子には学がない、と言ってるに等しいということです。

《史記》のこのくだりは大変有名で、四爺は出てて皇太子は出てない映画にもなったし(21世紀に、ではありますが)、あずまえびすのガイジンたる私でさえ知ってるくらいですので、いやしくも斉の皇太子殿下がご存じないはずはありません。こういうのを「釈迦に説法」とか「孔子に論語」とか言うのです。

いろんな人にボンクラ認定をいただいている高緯ではありますが、ちゃんと勉強はしてるっていうのを、次の回で宇文邕さえ認めています。そのような御方に向かって、この故事をご存じですか、とばかりに解説をしてはいけません。

皇太子は知ってても、視聴者が知らないんじゃ…という意見はこの際無視。

じゃあどうすりゃいいんですか、と言われたら、あなたの身分じゃ何もしないのが一番いいんですが、どうしてもって言うんなら「ここはひとつ、劉邦のマネジメント術を採用されてはいかがですか」くらい言っとけば十分です。

取りあえず、言っちゃったことは取り消せないので、ここまで黙ってた(賢い人はこうします)段韶太師がフォローしています。
“太子您是千金之驅啊 如果親自帶兵打仗的話 萬一發生不測那臣等是擔當不
起的”
(皇太子殿下は大切なお体、万一親征なさって不測の事態が起きれば、われわれも申し訳が立ちません)
吹き替えは、「大切なお体ゆえ、出陣なさって何かあれば、われわれが困るということです。」

まぁそういうことなんですけど、これも相当失礼に聞こえるわ…。

なんとなく皇太子がなびいてしまいそうだと思ったのかどうか、祖珽はここで強烈な反撃をかましてきます。
“擁兵自用 另有圖謀吧”
「兵を私用につかうはかりごとが他にあるのでは」

先ほどもご紹介しましたように、蘭陵王は非常に謀叛を疑われやすい立場、これを言われては返す言葉がありません。

謀叛は先ほど祖珽の言ったとおり大罪です。本人のみならず、周りの者も、共謀したと見なされれば粛清の対象になってしまいます。雪舞のした事はそれほどの大事だったわけで、逆に言えば、これほどの大事とよくよく知っていながら、第6話(記事は→こちら)のような措置を取った四爺は、よほど雪舞を大切に思っていたのでしょう。

しかし、ここは皇太子の御前です。

“臣領命”
「拝命します。」という即答に、段韶太師は思わず目を伏せています。ついにとんでもないことになった... と思ったんでしょうね。

「わが軍3万、お任せします」と言いながら、四爺が差し出した重箱みたいな箱の中には、兵権の象徴である“帥印”が入っています。

今の日本でも、取締役の代表印、みたいなものがあります通り、ハンコはその地位の象徴です。

九州で「漢委奴国王」の「金印」というのが出土しましたが、あれが2.5センチ四方くらいのもの。印は大きければ大きいほど威力が強くなります。

こちらは周の「武帝」のお墓から出てきた金印。↓
s-LLWyin.jpg
つまり、宇文邕のお墓です。間違っても生きてる間に「武帝」とか呼ばないように。

このハンコはアシナ皇后のもの。
重さが800グラムもあり、大きさは5センチ四方ほどの金印です。

さて、軍の統率者の印である“帥印”を捧げ持つ四爺。それに対して、そっくり返って片手を出した高緯の受け取り方がいいですね。

四爺は、途中までは何とか微笑みを浮かべているのですが、渡した瞬間からもう気分が悪そうです。

斛律光将軍が危ぶむと、皇太子はそなたの精鋭も洛陽へ行かせてはどうか、と言いだす始末、さすがの四爺も表情を動かしてしまいます。

斛律将軍はまさか、辺境に置いた兵力を、全て邙山に集結させるおつもりか、と咎めますが、言い争おうとするのを段韶が止めています。ここは言わせておいて、他の策を採用しようということでしょう。

用が済んだら長居は無用とばかりに、皇太子は、
“起駕”(出立するぞ)と言います。自分の事に使うのかどうかは知りませんが、“起駕”とは皇帝夫妻が出発することです。

祖珽はさらに嫌味を加えて、
“回京路遠呢 好好保重”(都までの道のりは遠うございますぞ。どうかご自愛くだされ)と言い残して、二人はとっとと帰って行きます…(ってどこに ?)

あの微笑みは相当無理してたらしく、四爺は彼らの姿が見えなくなった途端、吐血して倒れてしまいます。軍医先生も、「安静にしてなきゃいけなかったのに“動氣”したので、毒が内臓に回った」というようなことを言っています。

ここの“動氣”というのは、文字通り“氣”を動かしたってことですが、怒ることも“動氣”とか“生氣”とか言います。

解毒薬がなければ、持ってあと5日、と軍医が宣言するに至り、皆は悲痛な面持ちで、四爺と雪舞を残して引き揚げていきます。

四爺の枕元に置かれた明かりは、この地方の特産品なのでしょうか、

s-epi_7_1.jpg

この懐かしいシーンにも出てきましたね。(まさかタオルじゃあるまいし、雪舞がポシェットに入れて、白山村から持ってきたはずはないですよね…)

s-epi_7_4.jpg


第6話のとき(→こちら)に、当時のロウソクが貴重品だという話をご紹介しました。ここの明かりは、ロウソクがもう溶けてしまった状態ということも考えられますが、庶民の家と同様、油にそのまま灯心を差した明かりなのかも知れません。

洛陽の民は四爺の来るのを待っている…と思いながら、雪舞は去り際に宇文邕が渡した“長命鎖”を取り出します。“長命鎖”というのは、生後100日のお祝いに子供に贈られる、錠前の形をした首飾りで、魔物が取りつかないように鍵をかける、という意味があるのだそうです。

生後100日のお祝いには、染めた卵を贈るとか、地方によっていろいろな風習があるそうです。

ついに覚悟を決めたらしく、四爺を見守りながら雪舞は言います。
「おばあ様が言ってた 受けた恩は倍にして返すものだと」

本来、倍返しというのはこれのことですね。元の中国語では、
“奶奶曾說過受人點滴當湧泉相報”
(おばあ様は、一滴の水をもらったなら、泉をもらったつもりで恩に報いなさいと言った)
と言ってます。

雪舞は、去り際にデコチュウをして出て行きますが、実に惜しかったですね。
毒矢に臥せた四爺のもみあげにテープのりさえ見えなければ、とってもいいシーンだったのに。

さて、皇太子・高緯は、先ほど強奪 譲られた“帥印”をためつすがめつしています。たぶん、鳳凰を象ってるんでしょうね。どうみてもゆるキャラにしか見えないけど。

s-epi_7_2.jpg

ここで祖珽が、
「皇太子となられてはや2年」と言っているので、ドラマの世界では、562年に皇太子の地位についたという設定なのでしょう。

高緯は“他就是認為我怎麼都不如那個高長恭 ”(父君は私がどうしても高長恭には及ばないと思っておいでなのだ)と愚痴っています。現皇帝は史実では先に見た通り、高緯を溺愛しているのですが、ドラマの中では一見、蘭陵王を贔屓しているように見える態度を取っています。

もちろんそれは、息子に頑張ってもらいたいからなのですが…。よく、子どもを励まそうと、お兄ちゃんはちゃんと良い子にしてるよ、とかって、兄弟を引き合いに出す親がいますが、やめといた方が無難だというのは、こういうのを見るとよく分かりますよね。

今回も、皇帝に認められたいがために、功を焦って出陣してしまいます。斉、周、共に似たような状況なんですね…。

ゆえに、決して敗北は許されない、と言う高緯に、祖珽は言います。
“臣夜觀天象 五星出東方 齊國大利”
「天を占ったところ、東方に五星があり、斉に有利です。」
“太白出高 敢戰者勝”
「金星も輝き、挑む者が勝つ。」

この占いの結果は、《漢書》(かんじょ) 趙充国辛慶忌伝 第三十九にある、前漢の将軍・趙 充国〈ちょう じゅうこく〉の話に見えます。

“今五星出东方,中国大利,蛮夷大败。太白出高,用兵深入敢战者吉,弗敢战者凶”(いま五星が東方に出る。中国には大変有利であり、周辺の異民族は大敗するであろう。太白(金星)が高く昇っており、兵を用いるに挑む者には吉、戦を避ける者には凶である)

《史記》の天官書にも同様の記述が見えますが、ここでいう“五星”とは太白(金星)、歳星(木星)、辰星(水星)、熒星(火星)、鎮星(土星)を指します。

5つの惑星が天の一か所に集まることは珍しく、そのいう現象が起きた方角から兵を出す者は必ず勝つと古代には考えられていました。漢は東にあり、異民族は西に居たので、東方に五星が出るということは、漢軍が必ず勝ちを収めることを意味するとされたのです。

南北朝時代、斉は東に、周は西にあったので、祖珽の台詞に取り入れられたのでしょう。

ちなみに、趙充国は70歳を過ぎて、漢の武帝に「誰が異民族を制圧すべきか」と聞かれて自ら志願し、帝から必要な兵力を問われると、百の伝聞も、わが目で一度見るには及びません、敵は遠くにいるので、自分が現場に行って確かめましょう、と答えました。

「百聞は一見にしかず」という成語はここから出たとされています。

趙将軍は現地に行って観察し、兵を待機させて相手の崩壊を待つ戦略を取りました。しかし漢の国内では、軍を出しているのだから攻めるべきだという主戦論が強くなり、「五星が東方に出ている、出兵するのが有利だ」と出兵を督促されます。しかし、結果として敵の足並みは乱れ、戦わずして勝つ形になりました。

自ら志願して出かけた辺境の守り。占いの結果を持ち出され、皇帝にまで「戦え」と圧力をかけられても兵を動かさなかった趙将軍は、優れた兵術家であり、本当の意味で勇気があったと思います。

ただ、今回のドラマで「五星出東方」という言葉を台詞を使ったのは、この故事を直接典拠にしたというよりは、90年代にシルクロードのニヤ遺跡で、日中合同の発掘隊が発見した錦織(国宝)に書かれていたことからこの言葉が有名になり、後に漢の武帝を描いた別の史劇ドラマで使われて多くの人が知っているため、その影響ではないかと思います。

おや、皇太子の幕舎はロウソクが黄色いのですね。
お召し物とコーディネートしてオシャレさん。

ここで高緯が戦況の見込みについて語りますが、わが軍は6万、というときのジェスチャーにご注目ください。
s-epi_7_3.jpg

↑これが六。
第3話(記事は→こちら)で、楊士深が“八”のジェスチャーをしていましたね。

中国の数のかぞえかたは、五までが日本と一緒で、六以降、十まで、片手で表せるジェスチャーがあります。日本だと普通は両手を使わなくちゃいけないので、とても便利。

私もついついファミレスとかで「6人です」と言いながら、“六”のジェスチャーをしてしまい、店員さんに怪訝な表情で、「お2人さまですか?」と聞かれることもしばしば…。

さて、こちらのお2人さまはすでに勝つ気まんまんです。

“勝券在握”(必ず勝てるということだ)

とおっしゃってます。ここの“券”とは、もともと木札に書かれた契約書のことを指しました。割符になっていて、契約の証として双方が保管していました。「勝つ」という保証書の半分を握ってる、ってことですね。

さて、ところ変わって暁冬を訪ねる雪舞。一緒に周に行って欲しいと頼みます。
暁冬の返事は、

“可是我什麼都不會 只會幹一些偷雞摸狗的事情”
ここでは吹き替えの通り、
「オレに何ができる せいぜいコソ泥くらいのもんだ」
という意味なんですが、この“偷雞摸狗”という言葉、もう少し妖しい意味もあるらしい(《二次曝光》とか見ればわかるかも)。でも、この辺にしておきます。雪舞も、
「十分よ。盗みに行くの」
って、納得してますから…。

さて、蘭陵王が臥せている部屋へ、楊士深が書き置きを持って入ってきます。
“雪舞姑娘留書離開了”(雪舞さんが書置きを置いて出ていきました)

こんな警備のユルい陣地でトラを飼ってたのか…とご近所の方々の心胆を寒からしめる発言ですが、とにかく書き置きを見ると、

“各位大人 請恕雪舞不告而別前往周國取藥祇盼諸位給雪舞五日之期限期一
到雪舞定必帶同解藥回來謝罪 雪舞”
(皆さま 雪舞はお別れも告げず周へ薬を取りに参ります。どうか五日の猶予をいただけますよう。刻限までにかならず薬を持って戻りお詫びいたします。雪舞)

書き置きを読んで段太師は、
「雪舞どのは薬を取りに周へ行った」
と言いますが、別に封もしてないし、宛名は「皆さまへ」、なので別に楊士深が中身を改めたっていいはずなのですが、読んでなかったのでしょうか。

あるいは、字が読めないとか?(まさかね)

中国語では、
“果然去找宇文邕取藥取了”(果たせるかな、解毒薬を取りに宇文邕の元へ行ったか)と言っているので、予感がやはり当たった、という独り言とわかり、楊士深の文字読めない疑惑はかなり解消されています。

続けて段太師は、日本語では「自ら危険に飛び込むとは」と言っています。中国語の方はもうちょい具体的で、

“你這次闖的是龍潭虎穴呀”(あなたが次に飛び込むのは竜の住む淵、虎の住む穴ですぞ)

おおっ! さすが皇帝陛下、「虎の穴」で成長あそばされたのですね。
道理で、素手でトラと格闘して勝ったわけです(「虎の穴」での修行では、ライオンと戦ったらしいですが、“差不多”(変わんないし)。)

ちなみに、タイガーマスクの「虎の穴」はやっぱり、中国の故事「虎穴に入らずんば虎子を得ず」から来てるらしい。そして日本版Wikiによりますと、それ以外にもう1つ、ヒントになったのはイギリスに実在したジム「蛇の穴」だったそうです。ヘビなのか…?

そしてやってきた周軍の駐屯地。
白い衣装の楊雪舞、今日も嵐が吹き荒れる♪ のか?

と思ったら、おや、門番はまたあなた…?
丹州城から左遷されたのかしらん(あるいは昇進したのか)。

しかも雪舞に向かって「何者だ」って…あ、そうか、あなたは丹州城の四方を固める門番兄弟の五番目の弟で、雪舞にはきっとまだ会ったことことがないのね。じゃ、ここをクビになったら、いつまでも息を止めていられるというその特技を生かして、丹州城のお堀掃除をしたらどうかと思うわ(今もあの絵本、あるのだろうか…)。

と、周のハロワに替わって視聴者がアドバイスを試みるも、この末っ子はちゃんと雪舞の申し出を宇文神挙(うぶん しんきょ)に取り次いだらしい。当分クビは安泰でしょう。

皇帝のプチギフト“長命鎖”の威力は、ウィリアム・フォンがヤン・ミー兄貴に奉納したネックレスとは違って効果絶大らしく(→前回のコメント欄を見てね)、雪舞と暁冬は乗船を許されます。暁冬の方は別室へご案内〜になってしまいますが…。

このときの暁冬の仕草はたぶんアドリブなんでしょうけど、雪舞を先導する、お付きの女官がつい吹き出してる?

さて、進み出た雪舞を見て、タイガーマ宇文邕はひとこと、
「これが貧しい村にいたあの女子とはな。周の衣をまとったら見違えるようだな」
s-LLWwuyong2_0005_NEW.jpg
↑これは雪舞の時代より100年ほど前の、東晋のころ描かれた顧ト之の《洛神賦図》。かなり似た服装です。帽子は透け感のある素材で、段太師がかぶっているものに似ていますね。

さて、日本語では、身分の低い者でもドレスを着ればそれなりなのか。馬子にも衣装ってやつだな…くらいの印象ですが、中国語の宇文邕は相当失礼です。
“想不到昔日在賤民村的那個小女子 穿上我周國的服飾後 也是個美人”(かつて“賤民村”にいたあの小娘も わが周の装束を身にまとえば美人であったとは、思いもよらなかった)

虎の穴出身者にこう言われて、雪舞もカウンターを食らわします。
“我也想不到 當日無家可歸的阿怪 竟然會是「九五之尊」
「お互いね。あの流れ者の「怪」が帝王の身だったとは」

“九五之尊(九五の尊=皇帝)
とは、易から来た言葉です。

自然界を陰陽2つに分けたとき、偶数は陰、奇数は陽を表すとされ、一桁の最大の奇数「九」は陽が極った数字、五は9つの数字の真ん中にある、ということで、占いでは指導者、帝王の象徴とされています。

易については、次回、祖珽がもう少し具体的に見せてくれるので、そこでご紹介しましょう。
(ご自分の運勢を占ってみたい方は、試してみると面白いかも…(→易経ネット))

そんな、人として最高位にある貴いお方にも、雪舞はひるみません。
“宇文邕 我來找的不是你”(宇文邕、私が会いにきたのは、あなたじゃない)
おっといきなり呼び捨てだ。

いつもは中国語よりマイルドな吹き替えも、今回ばかりはかなりキッツいです。
「あなたには用はない」

こう言われて、さすがの宇文邕も顔色変わってます。

“我要找的 是我的好朋友 阿怪”(私が会いに来たのは 私の友だち、怪よ)
“就請阿怪 念在我和他曾經朋友一場 給我解藥吧”(怪、どうか、私と怪が友だちだった頃を思い出して 私に解毒薬を頂戴) 
ここの吹き替え訳は画面にもよく合っていて、なかなか名訳。
「友達のよしみで譲ってちょうだい。解毒薬が要るの」

自分は今は怪ではない、という宇文邕に食い下がる雪舞。

“但是我跟阿怪曾一起在賤民村生活過。我看過他幫助需要幫助的村民和孩子們一起玩蹴鞠 我看見過他的真心啊”(だけど私は怪と一緒に“賤民村”で過ごしたわ。彼が助けが必要な村人を助けてあげたり、子どもたちとサッカーをして遊ぶのも見た。彼の本当の心を見たのよ)

「怪はあの村で苦楽を共にした仲間なの。困っている人を助けてあげるのを見たわ。子供たちを可愛がっていた。あれが真の姿でしょう?!」

と、言われてる間のダニエルの演技は、皮肉なのか、昔を懐かしんで少し柔和な表情を見せているのか、どちらとも取れます。

雪舞の言葉が終わると、彼は口調だけは厳しく返します。
“事到如今,你以為朕會是那麼單純嗎?”
「今さら何を!...朕がさように単純だと思うか」
と言って開けた目がうるうるしています。ダニエル・チャン、演技上手すぎ。

“朕 其實一直都在騙你 一直在利用你”
「ずっとそなたを騙していた。そなたを利用していたのだぞ」
カミングアウトしたわ、やっぱり、四爺が看破したとおり、騙子(ピィエンヅ)だったのね…

しかし、ずっとお前を騙していたのだと言ってる間、実は辛そうです。
“我知道 但是我也相信你的本心 絕對不壞的”
知ってるわ、でもあなたは本当は悪い人じゃない、と言われたときの一瞬の表情が良いですね…。

皇帝陛下も根は親切なので、いちおう解説して聞かせています。
「朕と蘭陵王は生まれついての仇だ」
続けて、
“朕也知道你跟他關係匪淺 心理十分關心蘭陵王”(朕はそなたと蘭陵王に浅からぬ縁があるのは知っている。心の底では蘭陵王をたいそう気遣っておることもだ」
と、この時点ではいちおう事情もよく分かっているらしいお言葉(この先の方の回に行くと、なぜか都合よく忘れがちになるような気がするが…)。

「されど、そなたは恩人、望むものは何でも与えよう」
という的外れのオファーに、ちゃうちゃう、という雪舞の焦れたような顔もいいですね。

“唯獨你要救高長恭的藥 朕不能給”
「ただし、解毒薬は除いてだ」

と言うと、船が動き出します。驚く雪舞。

下船させてくれと頼むも、返すつもりはないと、宇文邕はからかうような笑みを浮かべます。天女のそなたが居る限り、天下は朕のものだ、と言いだす宇文邕に雪舞は、

“打從我第一天遇見你 你就在算計我”(会ったその日からソロバンづくだったのね)

って言いますが、南汾州城での1日目は阿怪だって彼女が誰だか知らないでしょうに…

“你一點都不內疚嗎?”
「あなたのせいで大勢が犠牲になった。悪いと思わないの?」
“內疚”とは、内心やましいことがある、という意味です。

“朕為什麼要內疚。真是朕自保的方法”
「何が悪い。朕は身を守ったまで。」
“不然你認為朕是如何登基為王的呢”
己を守る方法を知っていたからこそ玉座に座っていられるのだ、と、玉座に座るこの動作がまたイカす!

“朕知道你心腸好 看到每個落難的人都想救 但如今你何必急于救蘭陵王一人
你不如留在朕身邊 等朕統一天下之後 你想救多少百姓 朕救幫你救多少百姓”

「そなたは善人だ。困った者を放ってはおけぬ。されど、なぜ蘭陵王1人にこだわるのだ。朕のそばにいるがよい。天下を統一したのちは、そなたに思う存分 民の救済をさせてやろうぞ」

陛下まったくおっしゃる通りです!と私などは説得されてしまうのですが、民の安泰よりまずは蘭陵王が心配な雪舞の耳には、あまり入っていないみたいです。

うーん…。
ここのへんで、すでに彼女の使命感と行動とにちょっとズレが生じ始めていたのですね…。

宇文邕はこの時点ではすっかり悪者なので、視聴者はあまりこのポイントに気づかないものと思われます。
振り返ってみると、脚本の巧妙さが際立つ場面。

しかし、相当先の話をここで持ち出すと面白くないので、とりあえずスルーして進みましょう。

まんま時代劇のダニエルとは対照的な、アリエルの現代劇っぽい呆れ顔が印象的です。

“你貴為皇帝 身邊能臣必定眾多 又何必多留一人 空做擺飾呢”

あなたは皇帝、有能な臣下がたくさんいるはずよ。私を加えたってただのお飾りに過ぎないわ、という雪舞に、さきほどまでの万能な感じはどこへやら、宇文邕は下を向き、実権を握っているのは宰相の宇文護なのだ、とグチってしまう。

アシナ皇后の前では、どこまでも「皇帝」の演技を崩さない宇文邕ですが、雪舞の前に出るとつい「素」になってしまう、という場面です。さすが天女。

ここで雪舞は宇文邕が、宇文護の影に怯えてきたというおばあ様の話を思い出します。

そこで、助けてあげるから解毒薬をくれ、と交渉を試みるものの、
“楊雪舞 你還是沒聽明白 高長恭的命 朕是要定了”
「楊雪舞、まだ分からぬか」(出たなフルネームコール)「蘭陵王の命は必ずもらう」、と宣言されてしまい、交渉は決裂です。

甲板に出ると、なんだかまだ接岸している気がするけど、少し移動して別の岸辺についたのかしら?
外は兵士が立ち並び、閲兵式が行われようとしています。

皇帝陛下に向かい、“吾皇万歳万歳万万歳“(皇帝陛下 万歳万歳万々歳)と叫ぶ兵士たち。

日本では、○○くん合格おめでとう!バンザーイ!とか、庶民にも平気で万歳を使いますが、中国ではこれは皇帝だけに使うことを許されていた言葉で、皇太后ともなると万歳じゃなくて千歳と、十分の一に値切られちゃいます。

はっきりこうなったのは宋代以降らしく、それより前には、いまの日本語と同じようなニュアンスで使われていた時代もあったようです。このドラマの時代、南北朝期には流行の人名だったみたいで、周万歳さんとか李万歳さんとか普通にいたらしい。今の「はると」くん、とか「りく」くん、みたいなもんでしょうか。

そのあとだんだん使い道が皇帝に限られるようになり、庶民は自分のことに「万歳」とは言えなくなっていきます。現代になって毛沢東が「万歳万歳万々歳」と称えられたのは実に意味深だった訳ですね…。

毛沢東ついでに言うと、文化大革命のときにリーダーたちを称える言葉というのが決まってたらしくて、まず毛沢東は
「萬壽無疆! 萬壽無疆!」(幾久しく長命であられますように)(←これも皇帝にしか使われなかった言葉

林彪〈りん びょう〉副主席は「永遠健康! 永遠健康!」(永遠に健康であられますように)

長康生参謀は「天天長胖! 天天長胖!」(日々太られますように)
って、おいおいおい…。

さて、そんな、兵の歓呼の声を受け、黒コーナーの宇文邕は、レフェリーよろしく雪舞の手をがっちりつかむと、天女がいれば向かうところ敵なしだ、と力強く宣言しておられます。

いや、タイガー、判定勝ちにはまだ早いぞ、今に見ておれ…。

ということで、次回へ続く!(→こちら)
posted by 銀の匙 at 20:20| Comment(4) | TrackBack(1) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月14日

ホビット 決戦のゆくえ ネタバレなし(基本的に)

(「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」関連の記事を最初からご覧になりたい方は、右のカテゴリー欄から「ロード・オブ・ザ・リング」を選んでいただくか、→こちらのリンクから最初に戻ってご覧ください)

「ホビット」3部作もこれで最終回。

今だから言うけど、前の2作があまりにつまらなかったので、事前に何の情報も仕入れずにいきなり観に行きました(っていうか、かなり直前まで今日(13日)が初日だって忘れてた)。
(ちなみに前2作の感想はこちらからどうぞ→
「ホビット 思いがけない冒険」ネタバレなし
「ホビット 思いがけない冒険」ネタバレあり
「ホビット 竜に奪われた王国」 ネタバレなし
「ホビット 竜に奪われた王国」台湾観覧記 ネタバレあり

いやぁしかし、さすがに最後は決めてきましたね。

まずはお得意の戦闘シーンがすごかった。
スマウグが湖の町を襲うシーンの構図はとても新鮮だし、合戦シーンの規模の大きなこと、「指輪」よりすごかったです。

キャラに関しても、
スランドゥイルは最後まで最高でした(支援物資にちゃんとワインを入れているのがニクイ)。

アルフレッドも最後まで最高でした(「エルフの忠言」って名前が泣くよ)。

レゴラスも最高でした(このあと、人を探しに行くんですね)。

バルドも最高でした(牢からの脱出劇はお見事でした。ドラゴンスレイヤーって敬称だったんですね)。

ドワーフも最高でした(途中がシェイクスピア劇みたいだった)。

オークも最高でした(PJだからデフォルトです)。

エルロンド卿も最高でした(いいとこさらっていきました)。

サルマン様も最高でした(上に同じでした)。

奥方様は最凶でした(黒くなってたょ)。

やっとドワーフの7つの指輪の話も出てきたし、レゴラスのお母さんの話も出てきたし、ドゥネダインの話も出てきたし、トロルを破城槌に使ってるし、なぜ最初からこのテンションで行かない?!まさか出し惜しみですかPJ監督?

そしてビルボ…。私は本当にビルボが大好きです。
お茶は午後4時から。というセリフを聞いて、別に悲しいシーンでもないのに、いきなり泣いてしまいました。

というわけで、一瞬、タウリエルのシーンでいきなり取ってつけたようになる以外、全然何の文句もないんですが、ここまで良くできてたんで、惜しかったなーと思うところはありましたね。

ラダガストとビヨルンが相変わらずカメオ出演程度だった、というのもありますが、俳優の演技をもっと見たかったなー。

イアン・マッケラン(ガンダルフ)とマーティン・フリーマン(ビルボ)が万感を胸に、黙って隣り合わせに座るシーンは指輪までの全編を通しても屈指の名シーン。

ついつい戦闘シーンを盛りたくなる気持ちは分かるけど、これだけの俳優さんを揃えているんだから、もっとそれぞれの役を見たかった。きっと素晴らしかっただろうと思います。エンドロールを見ながら、あと30分長かったらなぁって思っちゃいました。SEE出るのかな〜?出たら買おうっと...。

前の2作を観ていらっしゃらない方も、お話自体はすごく単純なので(というか、どうでもいいので)、気にしないで楽しんでください。

最後に、エンディングでどうしても一つだけ!ネタバレお許しください(ストーリーには関係ありません)。








エンディングの歌、あれ?マーティン・フリーマンが歌ってるのかな?と思ったら、なんとビリー・ボイドでした。(すみません、事前に何も情報チェックしてなかったので)

ベレグリン、なんてステキな歌声なの。

エンドロールが尽きるころ、お約束の各国の翻訳本についてのテロップが出て、字幕でもちゃんと、岩波書店の瀬田貞二訳「ホビットの冒険」がクレジットされてます。監督がデル・トロだったら思いもよらないでしょうよ。上手く「ロード・オブ・ザ・リング」につなげてきてたし、同じ監督で良かったなと思った瞬間でした。

銀の匙もちゃーーんと出ましたよ。やったね。

109シネマズ木場で見ました。
IMAX3Dの劇場で、見やすい列は特別席か、その真後ろのM列です。
ハイフレームレートは確かにくっきりはっきりしてますが、こういうもやもやっとした画面の映画には向いてないんじゃないかな…と毎度思う私です。







posted by 銀の匙 at 01:05| Comment(2) | TrackBack(0) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月12日

チェイス!(表記以降、ネタバレ注意)

インド映画はスターが出てなんぼ、という話を聞きましたが、この映画はまさにそれ。

主役でもないのに、大スター様=アーミル・カーンが座布団総ざらえして、風のように去っていきました。
さすが「Mr.パーフェクト」と呼ばれるだけはある(唖然)

劇中、アーミル率いる「インド大サーカス」のオーディションに現れたヒロインは、5分の間、審査するアーミルが一度でも目をそらしたら不合格、と言い渡されるのですが、この映画、150分の上映時間中、1秒たりとも目が離せませんでした。合格!合格です!

アメリカはシカゴの街で興行する「インド大サーカス」。しかし、銀行から融資が受けられなくなり、団長は自殺、残された息子・サーヒル(アーミル・カーン)は復讐の想いを胸にシカゴに戻ってきます。父の跡を受け継ぎ、「インド大サーカス」を復活させる一方、父を破滅に追いやった銀行を襲い、信用を墜して廃業に追い込もうと画策します。

犯行現場に残された声明から、犯人がインドにかかわる人物とみなされ、インドから腕利きの刑事ジャイ(アビシェーク・バッチャン)とそのパートナー、アリー(ウダイ・チョープラー)が呼ばれ、犯人解明へと動き始めますが…。

陸、河、空(!)と縦横無尽にシカゴの街をかけめぐるバイクバトル、シルク・ドゥ・ソレイユばりの、芸術的でゴージャスなサーカスシーン、サーヒルと家族の絆など見どころ満載。インド映画にはお約束の歌とダンスのシーンもありますが、サーカスのシーンに組み込まれているので、すんなりお話に溶け込んでいます。

そして何と言っても見どころはアーミル・カーン。刑事役のバッチャン(←主役はこっち)がデカいのか、アーミルが小柄なのか分かりませんがかなり身長差があるのに、向かい合っても全然負けてないのが凄すぎる。耳の形も面白いし。

しかしながら、私のハートをわしづかみにしたのはスター様ではなく、根拠レスな自信家で、見た目ニンジャ・タートルズそのもののアリー様。

女にだらしなく、言う事だけはオレ様なビッグマウス野郎かと思ったら、音でバイクの種類を当てる(結局ヲタク好きだってこと?)だけでなく、A級バイク乗りであることが判明。このギャップがたまりません!

子ども時代のサーヒルを演じた子役の男の子や、サーヒル・パパ、ヒロインのアーリアもとても魅力的。

お話の方も、大胆なサーヒルの智謀や、死をも欺くトリック、バッチャンとの頭脳戦など鮮やかなストーリー運びで飽きさせません。

しいて難を言えば、全体的に上品で、インド映画らしい「ありえね〜!」感に欠けてたところでしょうかね…。でもでも、男性が観ても女性が観ても面白い映画だと思うので、ぜひ冬休みにご覧になってください。おススメいたします。

以下はストーリーのネタバレになりますので、未見の方はご注意ください。

そのほかの映画に関するエントリーは→こちらから、
フェイバリット映画100のリストは→こちら です。
 
では続きをどうぞ

続きを読む
posted by 銀の匙 at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月06日

蘭陵王(テレビドラマ12/走馬看花編 第7話の2)

皆さま、Mae govannen(マエ ゴヴァンネン)。こんにちは。
せっかく習い覚えたエルフ語も、もはや挨拶ことばしか覚えておらず、エルフに道を聞かれたら逃げだしてしまいそうで残念な今日この頃です。

10年以上にわたって続いた「中つ国」の物語も、ついにこの年末の「ホビット 決戦のゆくえ」で映像化が一段落ですね。全米より早く公開されるとは、これまで常に他国の後塵を拝してきた日本の観客にとって嬉しい限り。きっと監修者の先生方の大車輪のおかげでしょう…。

ということで、今回は「ロード・オブ・ザ・リング」(「指輪物語」)第2作「二つの塔」の特別延長版(スペシャル・エクステンデッド・エディション)DVDから、中つ国ならぬ古代中国に、お二人のゲストをお招きしたいと思います。

では、ゴンドール王のアラゴルンさん、ローハンの姫君・エオウィンさん、どうぞ!

おっと、剣を振るえば、人間の男たちは誰も敵わなかった「指輪の幽鬼(ゆうき)」をもなぎ倒す、盾持つ乙女・エオウィンさんが手にしているのは桶とヒシャク。そして、桶の中の液体を口にしたゴンドール王が上目づかいでエオウィン姫を見つめつつ、悶絶しております。すわ、毒殺か…? 

と、思ったら、これは、姫君がお手製のシチューを意中の殿方に振る舞ったところ、超マズかった、という、原作にないエピソードだったのでした。

何のためにこんな妙なシーンを付け足したのか、謎としか言いようがありません。しかもコアなファンしか買わない特別延長版だけに収録してるなんて、監督はどんな勇者よ?

と呆れてたら案の定、全世界のトールキン・ファンから非難が殺到。脚本のフラン・ウォルシュか監督のピーター・ジャクソンがドМなのか?と思っていたら、なんと斉の国でも似たような事件が。

なんでここでデジャヴが起こっているのでしょうか。

誰か教えてください、シチューのエピソードには何か神話的な意味が隠されているのですか? 

賢者ガンダルフよ、段韶(だん しょう)太師よ、愚かな視聴者をお導きください!
 Le Hanon!(レー ハノン)
 謝謝您!

という事で、第7話のつづき。(→前回はこちら

カメラが斉に戻ってみると、毒矢に当たって倒れた主人公が、なんとベッドに起き上がっています。(まさかこの人仮病か…?と初めて見たときは思った)。いったいどういう体力してるんだ...と雪舞でなくても驚く場面ですが、黄色いシャツを着ているところをみると、どこかの時点で、いちおう服は着替えたらしい。

雪舞以外、お付きの人もいないみたいだし、ついに念願かなって着替えを手伝ってもらったのでしょうか。おっ、今度はガウンを着せかけてもらってます。やったね、ポイントゲットだ! 

しかも、雪舞は何だかおいしそうな匂いのするポットを運んできます。顔を洗ってくれたとか、髪を梳いてくれたとか、着替えを手伝ってくれたとか、阿怪がさんざん吹聴してましたが、手料理を作ってくれたとは言ってませんでしたよね。

しか三日三晩も寝ないで看病してくれたんですって。そりゃー気分も良くなるでしょう。勝ったな…! と思ったのかどうか、上目使いで雪舞を見る四爺が何だか嬉しそうです。

ここの雪舞はお母さんのようで優しいですね。四爺は、子どもの頃は母親を取り上げられ、宮廷では冷遇されて、長じてからは皆に頼られる立場、人に甘えることなんて許されない暮らしを送ってきたので、こういう優しさは、きっととても嬉しかったでしょう。

ただ、以降、ほとんど死ぬ目に遭わなきゃこんな風に優しくしてもらえないとは、この時点では知る由もない四爺。…合掌。

ええっと、おっほん、さあ、早速、手料理をいただいてみましょうか!
ここからはいきなり、ごくごく普通の話し言葉になります。ちょっと中国語で観てみましょう。

“怎麼樣啊?”(どうかしら?)
“不錯”(悪くない)
“不錯嗎?”(悪くないの?)

“錯”は「間違っている」「悪い」という意味で、“不錯”はその否定です。なかなか良いよ、という意味のときもあるし、すごく良いまではとは言えないがそこそこOKというときにも言います。微妙な線をついてますね。

“好喝”(うまい)
後者の意味にとられたら申し訳ないとでも思ったのか、四爺は言い直します。こちらは、疑問の余地なく、「(飲み物が)おいしい」という意味。

しかし、雪舞は、一口飲むなり、
“很難喝啊!”(ものすごくまずい)とスープを吐き出してしまいます。いやはや。

ここで四爺は、
“我一直覺得很奇怪 你跟你奶奶住在一起 不經常做飯嗎?”(ずっと不思議に思ってたんだけど、おばあ様と住んでて、炊事はしてなかったの?)と聞きます。とてもくだけた言い方。

不思議なのはそこじゃなくて、エオウィンも雪舞も、なぜ味見をしないのか、ってことだと思うけど、違うかな?

“這麼難喝 別喝了吧”(こんなにまずいもの、飲んじゃだめよ)
“沒關係 拿來”(大丈夫だから 貸して)
“別別別別”(だめだめだめだめ)
“這是你親手給我熬的湯”(これは君が私のために作ってくれたのだから)
“就算不好喝 我也會 盡量把它喝完”(たとえおいしくなかったとしても=味はどうあれ 私は 何とかして飲み干すから)

そ、そんな悲愴な覚悟が必要?

そこで雪舞が、ポシェットからプランBを出してきます。
“我還準備了備案 原本其實覺得 它們有點太普通了”(代案も用意したから。最初は、ちょっとありきたり過ぎかなと思っていたんだけど…)

と、童子の絵を描いた卵を取り出す雪舞。

中国の伝統行事に「清明節」というのがあります。毎年4月の初めごろなのですが、そのときに絵を描いた卵を贈り合ったり飾ったりしたそうです。現代でも卵を食べる習慣があり、子どもたちが卵に絵を描いたりします。なんだかイースターの風習に似てるなぁと思っちゃいました。

童子を描いた卵っていうのも、何か謂れがあるのでしょうか。とりあえず四爺には好評の様子。

“這雞蛋也太可愛了吧 這是你用心給我做的雞蛋 我一定會好好吃的
(この卵はずいぶん可愛いな。君が私のために作ってくれた卵だから 必ず大切にいただくことにしよう)
吹き替えも良い感じです。「ずいぶん可愛い卵だな。君の心が籠っておる。味わって食べねば」

どうも四爺は、誰かが自分のために何かをしてくれた、というのをとても恩に着るタイプの人のようです。
ああ、でもこの人の「必ず」は…

と思ったら、雪舞が花束を出したので観客の目が逸れた隙に、左の手の卵をさっと右の手に持ち替えています。おお、四爺の ひょっとしてトラやドレスも四爺がイリュージョンで出したのでしょうか。

一方の雪舞のポシェットは、四爺に劣らぬドラえもんポケットぶりを発揮していますが…出したこの花は、一体何なんだろう。

すごく気になる…と思ってあちこち探したところ、キョウチクトウ科の、その名も「シューティングスター」という花らしい。(こんなの)。どうやら南方にしか咲いてない花らしいですが、どっから持ってきたんでしょう?(しかも、物語も終盤で四爺もその辺で摘んできたらしいんですが)

それはともかく、こんなこと調べなくちゃ気が済まないなんて、私の前世は名探偵・狄仁傑=ディー判事なのかしら。(そしたら大理卿=ウィリアム・尉遅真金をアゴで使えるおいしい立場だったかも…)

しかし、せっかく調べた花なのに、四爺はそっちじゃなくて雪舞をじいいいっと見ています。

この凝視、アリエルは毎回きちんと受けて演技してますが、とても耐えきれない女優さんもいらしたようです。まさか、とお思いですか?

では、証人として、本日2番目のゲストをお呼びしましょう。《宮鎖心玉》(宮〜パレス)で共演したヤン・ミーさんです。

ヤン・ミーは生粋の北京っ子。相手かまわずズケズケとモノを言うタイプで、私はひそかにヤン・ミー兄貴と呼んでいます。とても好きな女優さんの1人です。

2人が《超級訪問》(スーパー・ヴィジット)(司会:李静・女性/戴軍・男性)という番組に出たときの話です。ついでなので、一部内容をご紹介しましょう。(→元の公式映像はこちら

杨幂(ヤン・ミー)、馮紹峰(フォン・シャオフォン=ウィリアム・フォン)

(8:10くらいから)

ヤン・ミーが17歳のとき、ウィリアム・フォンと最初に共演したドラマの撮影の話をしています。

:私はまだ高校生だったんですけど、たった10日だったし一緒に演じるシーンも多くなかったので、あまり印象に残ってないんです。

:特に良い印象はなかった、と…(笑)。

:特にはっきりとは印象に残ってないです。

:そのとき、彼はどんな感じでした?

:そのときもこんな感じですよ。(隣を指さす)ひょろひょろで…(“瘦了吧唧”って、ははは、北京っ子らしい言葉)

  とにかく痩せてて、口数が少なくて…。

:あまり話をしなかったの?

:私たち、あまり話はしませんでした。

:じゃ、あなたの方は?17歳のヤンミーはどんな感じでした?

:第一印象は、きれいな人だなって。

:第二印象は?

:正直言って、彼女もあまりしゃべらない人だなって感じでした。
  あと、とても率直な人だと。回りくどいことは言わずに、ぽんぽんしゃべる。

:小型の機関銃みたいにね。
  じゃ、共演する前に、相手の演技は観たことありましたか。

(二人とも首をふる)
:ヤン・ミーが最初に出た映画が何か知ってます?

:四歳のときのあれかな。チャウ・シンチー(周星馳)のだと思います。

:汗が出ちゃうよ。4歳は合ってるけど、チャウ・シンチーはどっから出てきたんだ。

:彼女、チャウ・シンチーの映画に出たことあるんですよ。

:出たことはあるけど、4歳のときじゃないですよ。

:4歳のときのは《唐明皇》 

:間違えた。

:じゃ、紹峰が出た最初の映画は?

:上海戯劇学院を卒業する間際ので…いえ、卒業してから撮った《愛情密碼》ですね。

王姫先生と撮った作品で、恋人役でした。姉弟の恋(年上の女性とのラブ・ストーリー)で…(客席がどよめく)

:見つけましたよ両方とも。みなさん、ご覧ください。

「さあ、父上の前にお行きなさい」
「どうだ、暗唱した詩を聞かせておくれ」
「母様が教えたでしょう。お言いなさい」

(妃に抱かれたヤン・ミーはお人形さんのように可愛いです(はぁと)

「舒先生! さあ乗って」
「赫雷、今日もたまたま通りかかったの?」
「それはその…」
「わざわざ迎えに来たんでしょう?」
「そうですよ。お嫌ですか」

(あまりの悲惨な演技に、思わず顔を覆う馮紹峰)

「違うけど、ちょっと腑に落ちないところが」
「それはともかく、お礼を言うわ」
「授業が終わったばかりでお疲れでしょう。
 気晴らしに街に行きませんか」
「いま?」
「ええ、乗ってください」


:紹峰は、今すぐ停電になれって思ってるでしょ。
:お先に失礼した方が…(ヤン・ミーが引き留める)

 ・・・

:監督に聞きましたが、《宫锁心玉》の前に共演したときに、
  馮紹峰がやった「ある事」のせいで、
  ヤン・ミーの中では評判がた落ちだったそうですけど。

:きっと彼、覚えてないと思います。
  最後のシーンで別れる間際にとても感動的なセリフがあって…
  セリフを言い終わったら彼が、  
  「そうだ、ここにキスシーンを入れるべきじゃない?」って…

:ぼ、僕そんな事言った?

:言ったわよ。

:ぼ、僕本当にそんな事言った?

:その瞬間、この人には全くいい印象が持てなくなって。

:違う違う、本当に覚えてない…

:おっと、馮紹峰がいたたまれなくなっている。

:覚えてるのは、《宫锁心玉》のときには言ったってことで…。

:(呆れる)共演するたびにキスシーンの追加を要求したわけ?
  ・・・

:(《宫锁心玉》の撮影が始まったばかりのときも)問題がありました。
  彼の演じた「八阿哥」は私が考えてたのと違ってた。

:違うって、演技が?

:だって、何かっていうと目を見開いて、すごい形相なんだもん。
  ・・・
  そのとき思ったのは、この俳優さん、何だってこんな演技をするのかしら、
  韓流じゃあるまいし…ってことです、だって、韓流の男優さんは目を見開くのが好きでしょ。

ヤン・ミー兄貴は本当に思った通りのことをずけずけ言います、ローラちゃんみたい。
彼女だけでなく、周りの人や彼女の事務所も北京人らしい遠慮のなさらしく、この後、会話を再現してくれたんですが、お互い口が悪くておかしいのなんのって…。

29分くらいからは、お互いの長所と短所を当てる場面があるんですが、ヤン・ミーの言う彼の長所と短所はずばり、高長恭そのものなので、とても面白いです。ここは、もうちょい先の回でご紹介しましょう。

まぁ、↑ただ、番組のカラーもあると思いますが、ウィリアム・フォンは少し遠慮がちな感じですね。

どちらかというと、湖南衛視の対談番組《背后的故事》(ビハインド・ストーリー)の方が、もう少し本人らしさが出てるんじゃないでしょうか。

(たぶん公式サイトですが、無料で視聴できる代わりに最初の広告が長いので、我慢できる方のみどうぞ)↓

http://v.qq.com/cover/f/ff4clxd96nq4f69.html
http://v.qq.com/cover/x/xpdb1a8eafr4d33.html

最初のうちは当たり障りのないコメントをしていたウィリアム・フォンも、番組が他の回に出たゲストのVを「証人」として容赦なく流すので、だんだん負けず嫌いの「素」が出てきちゃうんですね…(中国のこの手の番組が、台本通りやってるのかどうかは存じませんけど…)。

こういうの見ると、彼を項羽に抜擢した李仁港監督は、さすが人の本性を見抜く眼力があるなと思います。

それから、当然ですけど、異国情緒を感じるシーンもあります。

日本だったら絶対マザコンの烙印を押されて、観客がドン引きしそうなところとか、(中国の観衆は「美談」として聞いてます)、
一度だけ、お見合いさせられた話とか(中国のお見合いは、相手は来ないで、親同士がお見合いする、って話には聞いてたけど半分ホントだったんですね…相手の「親」とお見合いさせられたそうです...)

中国国内向けなのでなおさらかもしれませんが、回答の内容とか、使ってる言葉とかも、
「(人民の)模範」「実事求是」(ケ小平のスローガン)とか、台湾や香港の俳優さんたちとは一味違います。

最後に、ファンの皆さんに一言メッセージを、と言われて、じゃあ歌いますね、という流れも如何にも中国っぽい(しかも、ひと昔前の・笑)。

ご丁寧に、歌った歌がテレサ・テンの《月亮代表我的心》って懐メロで、ちょっとおじさん、歳がバレますって…。

いえいえ、どの年代の人でも絶対知ってる歌をうたうところが、「気づかいの人」の面目躍如なところなんでしょうね。

等々等々、ご本人はたぶん無意識なんでしょうが、中国大陸の人だなあ…ってしみじみ思う場面の連続です。
でも、この何だか現代っ子らしからぬ、ノスタルジーあふれる感じが、私はとても好き。

《蘭陵王》のDVDのインタビューでも、その手のエピソードがあって面白いので、先の回(第8話のときかな…)あたりでご紹介したいと思います。

ということで、またも中途半端ですが取り急ぎ、今回はここまで。

それでは、次回までご機嫌よろしゅう。
Cuio Vae!(クィオ ヴァエ 良く生きてください=では、また)

第7話の3へ続く→こちら
posted by 銀の匙 at 04:05| Comment(6) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする