2015年07月21日

蘭陵王(テレビドラマ22/走馬看花編 第11話)

皆さま、こんにちは。

「ブラタモリ」、ご覧になってますか?

先日、たまたま出先で見かけたら、奈良を取り上げていて、またしても用件そっちのけで(なぜ、私のパソコンは「ようけん」って入力すると「楊堅」が出てくるんだろう…。解せないわ)、画面に見入ってしまいました。

春日大社も、最後の締めくくり部分で大きく取り上げられていましたね。

タモリさんは段差や坂がお好きだそうで、番組中でも坂にまつわる小話をされてました。

いわく、

人生には3つの坂がある。

のぼり坂と、くだり坂と、そしてもう1つは…。

アナウンサーを脱力させた、その答えの前に、第11話のお話を、と行きたいところですが、ドラマ《蘭陵王》はだいたい10話ごとにお話が折り返しになるため、この機会に、ざっと、ドラマを楽しむための基礎知識をおさらいしてみましょう。

《物語の時代》

このお話の舞台は紀元550年前後、南北朝時代の中国です。
日本では古墳時代。
中国で、その前後はどうなってたんでしたっけね。

いまんとこ、実在が確認されている一番古い中国の王朝は(いん)です。
紀元前17世紀ごろから栄えていました。

甲骨文字を使ってたのは、この時代。

そのあと、国がだんだん傾いてきて、結局、にとって代わられます。
それが紀元前1046年ごろ。

この辺の時代を知りたい方は「封神演義」〈ほうしんえんぎ〉を読んでみましょう。
歴史+神々の戦いという凄いスケールのフィクションで、歴史書じゃありませんが、遠い時代へのとっかかりとして楽しく読めます。特にマンガ版がおススメです。

周の時代はすご〜く長く続きますが、途中でだんだん息切れしてきて、異民族の侵入を受け、都を東に移します。それが紀元前770年。

この時点から前を西周、東に移してからを東周と言ったりします。

東周の時代、周の力は弱くなり、諸侯が乱立します。
またの名を春秋戦国時代といわれる群雄割拠の時代で、秦の始皇帝が天下を統一するまで500年間、国はぐちゃぐちゃです。
(でもいちおう、東周は続いてます)

この時代のことを知りたい方は「東周英雄伝」を読んでみましょう。
短編マンガ集ですが、とてもクオリティが高いと評判です。

でもって、の始皇帝が中国を統一します。
この時点で紀元前221年。

しかし、その治世はあまりにも短いものでした。
たった15年で国はまたバラバラに。

次に天下を争ったのは、身長207cmの大男・項羽〈こう う〉と任侠の男・劉邦〈りゅう ほう〉。
勝った劉邦はを建国します。

この時代のことを知りたい方には、司馬遷の『史記』がおススメです。
『史記』は伝説の時代から、漢代の初めまで、人物エピソード中心に編纂されていますので、歴史に関係なく読んでもお話として面白いです。

「史記」は日本でも訳本がいろいろ出てますが、はっきり意味は分からなくても、眺めるだけでも、一度、漢文で見るのをおススメします。

秦の始皇帝の元へ、単身、暗殺に乗り込む刺客の話とか漢文で読むと、刺客が始皇帝の側に近づくにつれ、
文章の方も畳み掛けるように短くなって、ゾクゾクします。

漢建国の時代を描いた映画もいくつか撮られています。
本ドラマのファンの皆様には、蘭陵王を演じたウィリアム・フォンが項羽として登場する《鴻門会》(『項羽と劉邦 White Vengeance』)がおススメです。

しかし、項羽とウィリアム・フォンじゃ、江南地方出身というくらいしか共通点思いつかないほどかけ離れているのに、よくぞキャスティングしたものです。

漢は、中断を挟んで400年続きます。

続きは皆さまご存じ、の三国が争った三国志の時代。

は鼎立した三国のうち、もっとも実力のあった国。
このころ、日本(倭)はようやく邪馬台国の時代です。
卑弥呼が魏に使者を送ったことが、中国の正史「魏志」の倭人伝に出てきます。

この後も、倭王はたびたび使者を中国に送るのですが、こんなにしょっちゅう政権が交代してたり、乱立してたりじゃ、どこへ使者を送るかも頭の痛い問題だったことでしょう。

逆に、外国から使者が訪れるということは、来られる側にとっても権威を高める効果があったのではないでしょうか。本ドラマでも、この先にちょこっとそういう描写が出てきますね。

さて、魏から起こり、最終的に三国を統一したのは〈しん〉。

しかし、二代目皇帝にして早くも国が乱れ、騎馬民族・匈奴〈きょうど〉の侵攻を許して、晋は滅亡してしまいます。

そしてこの後、中国史を学ぶ人なら誰もが覚えづらくてぶ〜たれる、五胡十六国〈ごこじゅうろっこく〉の時代が始まります。

いろいろな政権が興っては倒れるため、どこまでを国とカウントするか(そしてどこまでを「中国」とカウントするか)も悩ましい時代ですが、だいたいの成立順で見ると、

前涼・成漢・前趙・代・後趙・前燕・冉魏・前秦・後秦・西燕・後燕・西秦・北魏・後涼・北涼・南涼・南燕・西涼・大夏・北燕

これら北の国々と、南の東晋、劉宋が対峙していました。

五「胡」という名称から分かるように、この時代、力をもっていたのは北方の諸民族。

そのうちの鮮卑〈せんぴ〉族が建てた北魏は、439年から北中国を100年近く統一しますが、内紛があって、蘭陵王のじっちゃんが実権を握った東魏と、宇文邕〈うぶん よう〉のじっちゃんが実権を握った西魏に分かれてしまいます。

そして、魏の時代から隋が南北を統一するまでが、魏晋南北朝とひとからげに呼ばれている時代です。

東魏はのちに北斉に、西魏はのちに北周になります。

つまり、このドラマは、三代にわたる因縁のたたかいの最終章なんですね〜。

南中国の方は、分裂こそしなかったものの、くるくる王朝が変わる、安定しない時代に突入です。

この時代、北は仏教が盛んになる一方、鮮卑族などの周辺民族が実権を握り、自らの習俗を守り権威を打ちたてようという勢力と、漢民族に同化しようとする勢力が争います。

南は貴族文化が華ひらいた時代です。

この辺りの事情が、実に上手いこと、ドラマの脚本に織り込まれていますよね。

そして最後はどうなったかっていうと、
北周の楊堅〈よう けん〉が、589年に〈ずい〉を建国。

これで、220年の漢滅亡から、実に400年近く続いた戦乱の世も終わり、ようやく全国がまた統一された!

…と思ったのもつかのま、またも二代目がボンクラで、にとって代わられてしまうんですね〜。

ふぅ。

《参考資料》

中国では、前の王朝の歴史を次の王朝が編纂する伝統があります。

こうして作られた史書を「正史」〈せいし〉といいます。
逆に、個人的に編纂された歴史書や、民間に伝えられたエピソードを集めた歴史書を野史〈やし〉と呼んだりします。

ドラマに登場する「北斉」「北周」にも、それぞれ「北斉書」「北周書」が編纂されています。

加えて、「北史」「南史」という通しの史書もあります。

歴史ドラマのエピソードの出処は、だいたいこれらの史書ですが、プラス、もう一冊、使える史料に、北宋時代(南北朝よりだいぶ後)に編まれた、『資治通鑑』〈しじつがん〉があります。

この史書はエピソード集ではなく、年代を追った記述になっていて、南北朝部分はデキる人が編纂したと高評価を得ています。ただし、北朝で起こったことも、「南朝」の年代で書かれているので要注意。

正史を読みたい場合、中国でも出版されてるのですが、何しろ簡体字に直されているので、私の知識じゃ繁体字に逆変換をかけることが困難。しかし、他の史料を参照するときに、元の漢字が分からないと困る事が多い。

そこで、台湾の中央研究院・歴史語言研究所のアーカイブ↓を参照しています。
http://hanchi.ihp.sinica.edu.tw/ihp/hanji.htm

日本ではちゃんと「漢文」を習ってるんですから、これらの古典を読むのはチョロい…と思ったら、高校までの漢文の知識は、実はほとんど役に立ちません。

なんでかっていうと、白文(何の記号もついてない文章)を読む練習をしないからです。

昔習いましたよね、一、二とかレ点とか。覚えるのもメンドーくさいし一体なんだこりゃ、と呪ったりなさいませんでしたか?

実はあれもすでに一種の解釈なので、大変ありがたいヒントだったわけです。史書なんか見ると、一文がどこで終わるかも皆目見当がつかず、これならクリンゴン語の方がよっぽど分かると言わざるを得ません(←冗談です)。

急がば回れで、現代語をやった方が解読は易しくなります。私も、いい加減とは言い条、漢文がちょっとは読めるのも、現代語を習ったおかげです。

しかし、やはり古典は、現代語とは語彙も文法も違いますから、それなりの知識は必要です。

現代語が読める方なら、

初級は北京语言文化大学出版社の《古代漢語課本》
本格的には中華書局の《古代漢語》

がありますが、両方とも簡体字なのが玉にキズ。

日本で良い入門書がないのだろうか…とおっしゃる向きには、今のところ白水社の

加藤 徹先生著『白文攻略 漢文法ひとり学び』

一択です。

有り難いことに、唯一のこの入門書は大変良くできているので、どなた様にも自信を持っておススメできます。

これで基本の文法をおさえて、分からない単語は漢和辞典で引く。
この地道な作業で解読した内容が、結構とんでもないお話だったりするので「北斉史」はやめられません…。

ってことで、参りましょう、第11話

前回のお話は第10話(→こちら)へどうぞ。

さて、場面は変わりまして、独り、飲み直している皇太子・高緯〈こう い/Gao Wei〉。

宝石をはめ込んだ、すごい豪華な器。ここのロウソクは、第8話→こちら)のときとは違って、ナショナルカラーの赤ですね。

高緯はこの時代の習俗通り、床に座ってますが、演じてるロナルド・チャイは、とても座りづらそうです。何だか罰として正座させられてるみたい。

そこへ、腹心の臣下・祖珽〈そ てい/Zu Ting〉が通されます。冠が曲がっているのをみて、高緯は近づき、直してやります。

いとこの高長恭(こうちょうきょう/Gao Zhanggong=蘭陵王/Lanling Wang=四爺/Si Ye)といい、高緯といい、性格破綻してるのかと思えば、ときどきこういう優しいしぐさをするところが、高一族の興味深いところです。

高緯は尋ねます。

“怎麼搞得如此狼狽”
(なんだってこんなひどい有様なのか)

そう、自業自得とはいえ、彼は百臣の居並ぶ前で蘭陵王の側室・楊雪舞〈よう せつぶ/Yang Xuewu〉に侮辱され、意趣返しに出向くと、今度は蘭陵王本人にカンザシでお尻を刺される、という可哀想な目に遭ったのです。

“狼狽”ということば、日本語でも「うろたえる」という意味で使いますが、中国語ではそのほか、この時の祖珽のように、散々なありさま、というシチュエーションでよく使います。

ちなみに“狼狽 ”とは“狼 láng”プラス“狽 bèi”のこと。

伝説によると、狼の群れの中には“狽”という動物がおり、前足が短く、後ろ脚が長いために自力では歩けず、常に狼におんぶされて行動しているらしい。

二人羽織みたいなもんですかね?

だから、オオカミがいないと“狽”は行動できず、困ってしまう。

逆にオオカミにとっては、そんな邪魔なもの背負っているなんて何のメリットがあるのかと思いますが、実は“狽”は大変頭が良く、群れが危機に遭遇したときには的確な指示を出す、いうなれば諸葛孔明みたいな役割を担っているらしい。

なので、オオカミの方も“狽”がいないと途方に暮れちゃう。

だから、“狼狽”=うろたえる、すごく困ってる様子という意味になったんですって。

へ〜ぇ…

と感心したところで、傷心の癒えることもない祖珽は、蘭陵王の僭越ぶりを、縷々、太子に語ってみせますが、太子は不興げに、祖珽は楊雪舞の言うとおりの

“弄臣”(奸臣)

だ、と揶揄します。祖珽はそこで、

「蘭陵王は国は我が家とまで言い切りました。この後、皇太子の座を狙ったとて、不思議はありませぬ」

と言います。ここは原文では、

“四爺既然能提出國事如家事
難保他以後不把您的父王當作自己的父王啊”

(第四皇子殿下は国の大事は家の大事だとまで言ったのですから、
先々、あなた様の父君を我が父君と見なさないとも限りません)


と言っています。

原文はやや回りくどく、つまるところは、皇太子の座を狙っているぞ、という意味なので、この場は翻訳としては分かりやすさを採用したのでしょう。(この直後のセリフが補っているため、意訳しても問題ない箇所です。)

幼い頃に父親を亡くした蘭陵王にとって、本ドラマでの現皇帝・高湛〈こう たん〉は父に等しい存在という設定のようです。

ここは、脚本の上手いところだと思うのですが、いかがでしょうか。
つまり、皇太子は、皇太子の座を脅かされる以上に、だんだんと、父の愛情を奪う存在として蘭陵王を意識していくことになるのです。そして、話が先に進むと、それに加えて別の愛情も奪われたと感じることになるわけですが…。

この場の皇太子は、とりあえず祖珽を叱ります。

“大膽!”

無礼者、と叱責された祖珽は、四爺を悪しざまに罵っては(本音はどうあれ)太子の不興を買うと悟り、絡め手から説得にかかります。

ここで、先の邙山〈ぼうざん〉の戦いの失策を父君がどう思われるか、という話に持っていき、攻撃目標を、皇族である四爺本人ではなく、いったんは他へ転換します。

“不過此事 還有挽回的餘地
高長恭自從有了這個自稱天女的妖女 楊雪舞之後 才會目中無人 狂妄自大”


(しかしこの件には、まだ挽回の余地はございます。
高長恭は天女と自称する妖女・楊雪舞を得てから、眼中に人なく、
傲慢なふるまいをしております)


“楊雪舞出身賤民村原本就得民心”
(楊雪舞は賤民村の出、民心を得るのは当然です)

雪舞を賤民村の出身と言うのは、それ以前のことまでは情報をつかみ切れていないのかもしれないし、わざと貶めているのかも知れません。

雪舞を元凶のように扱うのは、祖珽にとっては一種の方便ではあるわけですけれども、結果的には、雪舞の存在が四爺を窮地に陥れることになっちゃうわけですね…。

それにしても、宇文邕にも、祖珽にも、弱みは楊雪舞だと一瞬にして見抜かれてしまう四爺は、戦乱の時代の武将として脇が甘すぎるのではないか、ま、どっちでもいいけど、とかなりの数の視聴者が感じていることでしょう。

ちなみに、“挽回”って言葉、中国語でも日本語でも、ここのセリフと同じ意味で使いますが、中国語では「よりを戻す」「失った愛情を取り戻す」って時にも“挽回”という語を使うときがあります。“挽回愛情”って言うのですが…何だかスゴく未練がましく感じるのは私だけ?

*

ところかわって、未練がましい皇帝が帰還した周の奉天殿。

ナショナルカラーがだからって訳じゃないだろうけど、画面も雰囲気も、とっても暗い周の朝議。

車に乗ってついに登場したのは、大冢宰〈だいちょうさい〉・宇文護〈うぶん ご/Yuwen Hu〉。これで、ようやく、雪舞のおばあ様が予言した、時代を動かす4人が揃いました。

悠々と馬車を降りる足元が映りますが、京劇で主役が登場するときの所作っぽい感じですね。

それにしてもずいぶん気を持たせたもんです。このドラマ46話までなんで、もう約四分の一終わっちゃいましたけど?

ギャラが高かったのか?

予算のことはさておき、いくら健康のためとはいえ、こんなご高齢の方に、エスカレーターもないとこ登らせるなんて虐待ではないでしょうか。

周の禁衛軍のしるしである、黒色馴鹿マークの上で何かをチャージしてるらしい宇文護ですが、相当息が上がってそうです。

しかし、朝議の場に到着すると、どっちが皇帝だか分からないほど華麗な衣装をまとった宇文護は、帝国なのに皇帝がいないなんてどーするよ、とか、格下相手にコテンパンに負けやがって、等々の説教を、矢継ぎ早にかましてきます。

そしてトドメはこれ。

“告老還鄉 望皇上恩准”
(老いの身にあれば辞して帰郷いたしたく、皇帝陛下のお許しを願い奉ります)

せっかく本人がああ言ってるんだし、
あっ、そ〜お?じゃ、宇文護ちゃん、お疲れ! 後會無期!(永遠におさらば)
ってヒマ出しちゃえばいいのに…と思ったけど、そう簡単には行かないんですね。

こんなおバカな皇帝がいるなんて、監督の私の責任ですんで里に帰ります…という大冢宰を引き留めるため、ひれ伏す朝臣たちの中で、独りぽつねんと立ってる、宇文邕〈うぶん よう/Yuwen Yong〉の腹心・宇文神挙〈うぶん しんきょ/Yuwen Shenju〉の目立つこと目立つこと。

さすがの宇文邕も空気を読んで、大冢宰に翻意を促す芝居をせねばなりません。油断も隙もない宮中の人間模様。皇帝だからって好き勝手できるわけではないんですね。

ほとんど玉座といってもよい席に招かれる宇文護。まだ息切れも収まってないのに、この上また階段を上らすか? と怒ったりはしません。よく見ると、大冢宰もさりげなく編み込みしていますね。

朝議も終わり、佞臣の李安が、大冢宰のご機嫌とりに、こんなことを言います。

「(宇文邕は)5つの頃、大冢宰に叱られて井戸に放り込まれて、
おまもりをしかと握って泣きじゃくっておりましたなあ…」


原文では、

“他五歲的時候 被大塚宰教訓 扔到了井裡
抱著長命鎖哭哭啼啼 你們大家今天看到了 他還是這個樣子”


宇文邕が「おまもり」を握って泣きじゃくってる有様は、今日、皆々様がご覧になっているのと同じで、相変わらずですなぁ、ということですね。

「おまもり」のところは原文では“長命鎖”

つまり、第6話→こちら)で雪舞と別れるときに渡して、のちに、第7話→こちら)で雪舞が蘭陵王の解毒薬を得るために周に来たとき取り返した“長命鎖”は、宇文邕が小さいときから身に着けている大事なものだったのです。

それにしても、臣下に叱られて井戸に投げ込まれるって、どういうシチュエーションよ?と思いますが、この先の回を見ると、これはお仕置きなどという生易しいものではなく、かなり怖ろしい状況だったのでしょう。

無事で長生きしますように、との肉親の祈りが込められた、子どもに掛けるお守りを、成人して自分の子もいる身で肌身離さず持っているとは、よっぽどの環境かと思われます。

しかし、こんな「虎の穴」で育ったオオカミである仔ブタ陛下(もはや訳が分からない)は気丈にも、

“宇文護 朕要謝謝你”
(宇文護よ、朕はそなたに礼を言わねばならぬ)

とおっしゃっておられます。

それは良いけど、原文のセリフの“謝謝你”(ありがとう)って、何か軽くない?

オオカミに育った人だの、オオカミに育ててくれた人だの、
オオカミを育ててあげた人だの、いろんなオオカミ関係の人が渦巻く本ドラマですが、 

「されど確かに宮廷には陛下を仔馬と呼ぶ方が…」

と言っているときの宇文神挙の表情はとってもcuteですね。

ここで登場する貞児というのは、アシナ皇后が宇文神挙に説明している通り、宇文邕の兄、宇文毓の忘れ形見なんですが、史実では皇子のはず。話がややこしくなるから姫君にしたのかな。

だいたい、宇文神挙は宇文邕の側近で、事情通のはずなのに、このタイミングで貞児を守る理由を説明する必要あるのか意味不明。

と、数々のミステリーに包まれた貞児ではありますが、そんな大人の事情をものともせずに、言いたい放題なのが可愛らしい。

小さい頃から病弱らしく、看病に来ない叔父さんの宇文邕に向かって、

“臭小馬兒 以後貞兒叫你小豬兒”
(くされ仔馬ちゃん、これからは貞児、あんたのこと仔ブタって呼ぶから)

言われた宇文邕は嬉しそうに、

「わかった仕方ない。仔ブタでもよい。
会いに来ない仔ブタが悪かった。」


と応えます。中国語ではさらに進んで、

“好吧好吧 以後就叫朕小豬兒 小豬兒給你賠個不是”
(わかったわかった、今後は朕を仔ブタと呼ぶがよい。仔ブタは詫びを申す)

わ〜い、お許しいただいちゃった!
じゃ、これから私たちも、仔ブタと呼びますね!

以下仔ブタ陛下と呼びます宇文邕は、貞児に約束します。

“就帶這貞兒 去騎馬 去獵豹”
(そうしたら貞児を、馬に乗せてやろう。豹狩りに行こうぞ)

日本語で一瞬
「さすれば仔馬が、貞をパリに連れていってやろう」って聞こえた…
(誰が呼んだか、空耳アワ〜♪)

貞児にはおフランスの魅力が通じなかったらしく、パリの…いや、狩りの話はもう飽きちゃった、“最危險的” (いちばん危なかったときの)お話をしてほしいの、とおねだりします。

宇文邕はちょっと考えてから、斉に囚われてしまった話をします。

“就是天女欺騙了阿怪 背叛了阿怪
所以阿怪很生氣”


(つまりは、天女が怪を騙して裏切ったのだ。
それで怪は怒った)


ってあんた今度は子どもを騙して…

と思ったら貞児は

“可先做錯的明明是阿怪啊
天女把阿怪當朋友 是阿怪先騙天女的”

「でも、先に天女を騙したのは怪よ
天女は怪を友だちだと思っていたのに
うそをついていたでしょ?」


とバッチリ見抜いております。

賢いお子だこと…やはり、宇文護の元で育つとオオカミになるように、“騙子”を乗り物にしてると、詐欺に耐性ができるのでしょうか。

“騙”という言葉に敏感に反応する詐欺師陛下ですが、貞が「でも、怪はいい人」とフォローしたので、ほほぉ…という表情になります。ここの、

“所以貞兒覺得阿怪不是壞人嘍”
(貞は怪が悪人とは思わぬのかな)
ってセリフ回しがとっても可愛らしい。

ちなみに宇文邕は、史実では大変厳格な父親だったらしく、厳しく躾けられた皇太子は大変恨みに思っており、父が崩御すると大喜びで羽目を外し、結局国が滅んでしまいました。子育てって難しいですね…。

そんな困った皇子とは反対に、天女が周国の天女だったら民もきっと幸せなのに、とプリンセスの自覚たっぷりに話す賢い貞児に、「機会があれば周に招いて、会わせてあげよう」と約束する、仔ブタ陛下。

この方の約束履行率はどんなものか、蘭陵王と比べて楽しみですね。
(はっ、しまった!比べるなんてウソです、四爺、お願い、壁ドンはや〜め〜て〜!!)

        *

一方の戦勝組ご一行さま。

アスファルトで固められたかに見える、素晴らしく整備された道の先には、斉の都・鄴〈ぎょう〉が蜃気楼のごとくそびえています。

現在の河北省邯鄲市臨漳県香菜営郷三台村(またしても、微妙にイナカくさい地名だこと…)に位置したと思われるこの都市は曹操の魏の時代に作られ、後趙、冉魏、前燕、東魏、北斉の六朝の都として栄えてきました。

当時の副都・洛陽〈らくよう〉に比べると知名度的には今ひとつですが、儒教の古典『周礼』〈しゅらい〉に則って築かれたほとんど唯一の都で、帝王が住むにふさわしい作りだったようです。

その決まりを「条坊制」〈じょうぼうせい〉と言います。

大きさは9里四方(ご記憶でしょうか、は帝王の数字でしたね)、東西南北に9坊の街路があり、通りは9台の馬車が並列で通れる広さを持ち、中央に宮室、その北側に市を配するなどとされます。

そんな偉大な首都なのに、テレビ映りが悪いのか、門構えは洛陽より小さいですね。宇都宮駅に大きさで負けてる栃木駅みたいなもんだろうか(関係者の皆様ごめんなさいごめんなさい)。

大通りを通らずに、車が2台すれ違うこともムリそうな路地を行く戦勝者の皆さん。誰も顔を見たことない割には、蘭陵王はバッチリ庶民にも顔が知れ渡っております。

馬上でもリラックスした感じの五爺と違って、四爺は片手で手綱をとり、片手は腰に当ててる歯磨きの時みたいなスタイルで、大物感を醸し出しております。こういう細かい演技(あるいは演出)、なかなか上手いですね。

村育ちの楊雪舞は、都会の喧騒に驚きます。
“好熱鬧”
(すごく賑やかね)
“我現在終於知道 什麼叫人聲鼎沸了”
(いま分かったわ、「人の声が沸き立つ」ってどういう意味か)

吹き替えでは、
「人の波ってこういうことを言うのね」
と視覚的な表現になっていますが、中国語では聴覚で賑やかさを表現するのが面白いですね。

雪舞たちは車の中にいて、音で周りの様子を知ったのでピッタリの表現です。

後ろの馬車にいる雪舞の様子が気になるのか、振り向く四爺に向かって五爺は、

“四哥你們吵架了
怎麼雪舞姑娘大病初愈 你們卻不一起坐馬車 也不聊天
這也太奇怪了吧”

(四兄、ケンカでもしたのか?雪舞どのは病み上がりなのに、
なぜ一緒に馬車に乗って話をしたりしないんだ。ヘンなの)


と言うと、四爺は

“你身邊來來去去這麼多女人
有誰拒絕你的理由 是因為她覺得你命中注定會跟別的女人在一起”

(お前の周りにはあんなにたくさん女人がいるが、運命の相手が他にいるはずという理由で拒絶した者はいるか)

と聞きます。いかにもこの手のことに不慣れそうな割に兄貴風を吹かしている四爺と、いつも余裕な態度でも弟らしく見える五爺のコントラストがおかしくて、つい笑っちゃうのですが、このあたりの2人の演技も上手いですね。

と、そこへ飛び出してくる年配のご婦人は、無事に息子が凱旋したものの、さらなる出征に備えて、履物をひと針縫ってほしいと懇願します。

日本にも、出征の無事を祈って道行く女性にひと針ずつ縫ってもらうという「千人針」という習慣がありますが、関係あるんでしょうか。

中国では布靴を履くため、家族の靴の底をかがる“縫鞋”というのが女性の大切な仕事でした。履いたら擦り切れてしまう場所にもかかわらず、素敵な刺繍を施したりすることも多く、恋人に贈るために作ったなんて話も聞きました。

ともかく、大事な刺繍帯だってグズグズで、最後は蘭陵王に手伝ってもらった雪舞。履物をかがるも、危なっかしい手つきで、まわりも固唾を呑んで見守ります(としか見えない・笑)

続きのシーンを見ますと、このひと針に小半時はかかってしまったのではないでしょうか。
こういうときのためにちゃんとお裁縫を習っておかなければならなかったのですね。さすがは未来を見通すおばあ様、ちゃんと予見していたのでしょう。

ものすごく手伝いたかったでしょうが、そうは行かないこのシチュエーション、生温かく見守るしかない四爺は、おばあ様並みの予知能力で、時間がかかることを予見していたのか、

“民為先 社稷次之 君為輕”
(民のことが優先で国家、帝王のことはその後だ)
という、《孟子》の言葉(孟子は“民為貴”)を引用して、雪舞を促します。

“雪舞 還愣著幹嘛,趕緊幫老婆婆縫鞋吧”
(雪舞、ぼうっとしていないで、はやく靴を縫って差し上げたら?)

これはまた、身内にいうような言葉遣いですよね…。

何とかこの試練(笑)を切り抜けた雪舞が暁冬と馬車に戻ろうとすると、四爺はいきなり、雪舞を「お姫様抱っこ」します。

このシーン、ウィリアム・フォンはかなり軽々アリエルを持ち上げてるように見えますが…。

そう言えばこの方、《鴻門会》とか《宮》とか《蘭陵王》とか、管見の限りでも結構何度もお姫様抱っこをやらされてるけど、まさかキスシーンみたいに自発的に増量した、ってことはないですよね…。

実際はどのくらいの物(?)まで持ち上げられるんでしょうか。

という、私の素朴な疑問に、もやもやとながら答えてくれた台湾のバラエティ番組がございましたので、参考までにご一緒に見学いたしましょう。

その名も中天電視の《康熙來了!》(康熙が来る!)

これって、ロンブーの田村淳さんが出た番組じゃなかったでしたっけ。
同じ番組に2013年11月にはウィリアム・フォンさんがゲストで出ました。

…しかし、動画がないな。これ、公式なんだろうか…?
http://www.iqiyi.com/a_19rrgubpsd.html

間違ってたらごめんなさい。↓こちらは公式HPです。
http://blog.ctitv.com.tw/10hour/archive/2013/11/03/14044.aspx

もう皆さま、ご覧になっていらっしゃることと思いますが、コメントから見る限り、この番組(特にこの回)は、地元での評判がすこぶる悪いです。

曰く、ウィリアムは滅多に台湾には来てくれないのに、なんで他のゲストと一緒くたなの?

とか、

せっかく呼んで、ほとんど話をさせてない。

とか、

ウィリアムは、やるせないって顔してますけど。

とか、

なぜ他のゲストとか、ファンを見なくちゃいけないの。

とか、とか、とか…。

その気持ちは分かりますが、バラエティ番組なんて、どこでもそんなもんですよね…。
逆に、普段は海外のバラエティ番組なんて見ませんから、これは良い機会かも知れません。アウェイで居心地悪い状況になったらどうするか、まずはウィリアム・フォンのお手並み拝見と行きましょう。

彼は、いくつか基本的なテクニックを使ってますので、参考になります。
中国語圏でのコミュ力アップにお役立てください!

この番組の司会者は、蔡康永と徐熙娣(小S)のコンビ。
《康熙来了!》という番組タイトルは、2人の名前から1文字ずつ取って付けたものだとか。
では、どうぞ!

=蔡康永
=徐熙娣(小S)
=馮紹峰(ウィリアム・フォン)
=番組を見学に来たファン

:本日の《康熙が来る!》は、遠方からの大スターをお招きしています。
とにかくファンの数がすごい。ご覧の通り、私と小Sの向かいにも20人いらっしゃいますけど、セットの裏側に集まっている人の数って言ったら、カメラさん?
 
(後ろで見学していた人たちは急に映されたので、慌てて逃げまどう。般若の面で顔隠してる人もいます(笑)

:憧れの人をひと目見ようと集まった方々です。
  皆さん、そろそろ出勤時間なので、面出しはマズイ、ということなんですね〜。 
:お子さんの面倒を見なきゃいけない人とか、食事の支度をしなきゃいけない人とかも…
:それでも一部、捨て身の方々もいらっしゃいますね。
:それもそのはず、この場にいるとオイシイことがあるんですよ。
  憧れの人とお話したり、質問に答えてもらったり、さらには、

(カメラが、スタジオの中で立っているファンを映す)

:近くで触れ合ったりも出来るわけなんですね〜。

(近くで触れ合うって…アルパカ牧場か!?
と、ツッコミを入れる視聴者を後目に、番組はガンガン進行します)

:ファンの皆さんの他にも、スタジオにはゲスト出演者をお呼びして、一緒に遠方からの特別ゲストを歓迎したいと思います。
(中略)
  では、お迎えしましょう、蘭陵王を演じた、馮紹峰さんです!
(中略)
:ようこそ、こちらへどうぞ…

(と、アルパカ…いえ、馮紹峰に握手しようとする男性司会者に、強引に取って代わって)

:馮紹峰、いらっしゃい。こちらへどうぞ。
  こちらは、私とコンビを組んでる司会の蔡康永です。ねっ!(客席爆笑)
:ちょっとしたお土産を持ってきました。
:ありがとう。
:(わざわざ回り込んで)これは一体何かしら?(無理やりなボディタッチに客席爆笑)
:北京の“剪紙”(切り紙細工)です。
:せんし?
:そうです。
  (徐は包みを開け始める)
:馮さん、今回の出演にあたって、誰かにアドバイスしてもらいました?
  お隣りの女傑対策について…。
:僕ですか…(徐に向かって)僕、フェイとは良い友だちなんですよ。 
:フェイって、汪小菲?
:そうです。
:ちょっと、いつ知り合いになったのよ?
  (徐の剣幕にちょっとビビる馮紹峰)
  フェイと知り合いなら、早く言ってよ。
  (テロップ:早速、手を握ってる)
  (思わず苦笑する蔡)

皆さま、ここで馮紹峰が使った戦略、分かりましたか。
相手の親友と知り合い、ということを見せるのは、
中国の方と即、お友達になりたいときには、とても有効な作戦です。

しかもここでウィリアムが名前を出した汪小菲とは恐らく、司会者小Sのお姉さん(大S)の旦那さん。つまり小Sにとってはお義兄さんにあたる人です。

満州貴族の出身で、北京の大財閥の御曹司、自身も財閥のCEOを務め、東日本大震災のときには、日本にぽんと数千万を寄付したと噂の人物であります。

中国語圏、特に台湾や香港のように伝統を守っている地域では家族のつながりが非常に強いので、家族の友だちは粗略にできない存在なのです。

もちろん、自分にとって目上の義家族のお友達なら、お行儀よく接しなくてはいけません。

:汪小菲の話が出たってことは、このリアクションはなしって事じゃない?
:いいえ、そんなによく知ってるんなら、先に楽屋でいろいろお話できたでしょ。
:「せんし」は僕が持っとくよ。君の手がふさがらないようにね。 
  はい、これでフリーハンドですよ、お好きにどうぞ。
  で、これが馮紹峰が君に持ってきたプレゼントなんだね。
  (額装した切り絵を見せる)
:あら、馬だわ。じゃ、私が午年生まれだって知ってるってこと?
:ええ…。
:あら、あなたってどうしてそんなに“貼心tiexin”なの?!

はいはい、中国の方へのプレゼントで大事なこと、思い出していただけましたね。
「あなたのため」を思って「特別に用意した」と分かっていただくことが、大変重要なんでしたね。馮紹峰も、この戦略を採用しました。

そして、愛され男子になりたければコレ、“貼心”

“貼心”とは何か、先の回でご紹介しますが、ドラマでもキーになる概念ですので、覚えといてくださいませ。

もちろん、この司会者は、ドラマを知ってるから特にこう言ったんでしょうね。
この場の文脈で訳すと、「気が利いてる」になってしまうでしょうが、会話の続きからも、この言葉のより深いニュアンスが感じ取れると思います。

:馮紹峰の鼻に向かって「ゲッチュー」のジェスチャー)
(テロップ:お茶目さん)

:なぜ私が午年生まれって知ってるの?
:僕も午年生まれなんです。

馮紹峰の次の戦略、分かりますよね。
日本でもそうですが、早い段階で相手と自分の共通点を見つけ出し、共感を得るのはとても大事です。

:それでね…。
:何、君たちお互いもっとお近づきになりたいわけ?
:ていうか、私、真剣にゲストのプロフィールをチェックするんですけど、
  とっても驚いた事実があるのよ。
:どんなこと?
:彼は1978年生まれだってことよ。
(不安げな面持ちで蔡を見るウィリアム)
:で?
:私もそうなのよ!
(抱きつかれて、冷や汗三斗のウィリアム…)
  奇遇だわぁ…ホント、奇遇よね?!
(美女ゲスト3名が映る)

:しかもね、1978年生まれの人って希少なのよ。それも午年で。
:そんな、ワインの当たり年とかじゃないんだからさ。
:御縁があるってことじゃない?

ちなみに日本では、「ひのえうま」の迷信のために、出生数が減った午年がありましたが、日本統治の影響で、何と台湾にもその習俗が伝わっていたそうです。ただし、日本とは内容が若干違っていて、ある条件が揃った年に結婚すると死別や離婚が増えるとして、その年(“孤鸞年”)には結婚を避ける風習がまだ残っているそうです。

:(ウィリアムに)ねぇ、何か助け舟を出してあげた方がいい?
:いいえ、とても良くしていただいて…今回台湾に来て…
:私たち台湾人はね、熱烈なおもてなしで有名なのよ! 
(スタジオに集まったファンたちに)
  そうでしょ、みんな?!
(熱烈に拍手するファンたち)

:皆さんにもあとで特別なおもてなしがありますよ。 
  馮紹峰は特に、ファンに優しい人だもの。
  だからきっと、ハグとか、握手とか、一緒に写真撮るとか、
  何でもOKじゃないかと思います。
  てことで、私は向かいに移動してファンの方に聞いてみましょう。
 
:(ファンの脇に立って)馮紹峰、君のファンはどんな年代の人が多いの?
  幅広いの?
:いろいろです。
:最高齢の方は?
:覚えてるのは、ファンの中に女の子を2人連れたお母さんがい  て、その日は僕の誕生日会に参加してくれたんです。
:つまり、母娘であなたを愛している、と。
:そうですね。家族ぐるみで応援してくれてます。

おほほほ。上手い切り返しですこと。さすが機転が利きますね。

:(スタジオのファンに)じゃ、お歳を伺ってみましょう。おいくつですか。
フ:29です。
:今日はお仕事は、サボってらっしゃる?
(スタジオ・笑)
フ:社長は、追っかけ女子してもOKだって言ってくれてます。
:社長の許可済み。
フ:そうです。
:理解してくれてるって事ですか。
フ:ちょっと理解しがたいみたいです。
:でしょうね。いつからファンに?
フ:《蘭陵王》を見てからです。
: それって、脱いでるシーンがあるから?
フ:違います。とてもカッコいいと思って。
:時代劇と現代劇とどちらの彼が好きですか。
フ:現代ものの方が好きですね。
;じゃ、こっそりあなたの質問を聞かせてください。
  彼に聞いて良いかどうか私の方で判断しますんで。
フ:(耳打ちで:「付き合ってる彼女さんと結婚しますか?」)
:(真顔で)そんな質問は適切じゃありませんね。
フ:(驚く)ホント?
:彼女、何ですって?
:(耳打ちで:「ガールフレンドと結婚するのかって」)
:これは聞いてもいいと思うわ。
  だって、私も彼のガールフレンドのこと好きだもの。
(スタジオ:え〜〜っつ!?)
:じゃ、どうぞ。sが聞いてもいいって言ってるから。
:(ウィリアムに)今のガールフレンドと結婚しますか?
:付き合ってるって事は、どうしてもそうなりますよね。
  さもないと時間のムダだもの。
:良い人だなぁ。ファンからのこういう質問にも嫌がらずに答えるんですね。
:それはいいけど、あなた方、彼女が誰かは知ってるの?
フ:(スタジオ内のファンは皆うなずいて、口々に)知ってます。
:誰?
フ:ニー・ニー(倪妮)でしょ。
:(ファンに向かって)そんな事まで知られてて、馮紹峰は君のこと嫌いにならないかな。
フ:だって2人はオープンにしてますよ。
:ガールフレンドは、《金陵十三釵》(チャン・イーモウ〈張芸謀〉監督の映画。第10話の5→こちら)をご参照ください)に出てた人よ。
蔡:(小sに)もういいって。彼自身は、この件について、あなたにペラペラ話して欲しくないかもよ。せっかくのゲストなのに、この話題で引っ張って良いかどうか確認しといたの?
:(ウィリアムに)だって私の知ってる限りでは、あなたはいろんな時にガールフレンドの話をしてるでしょ。
:それが普通だと思います。
:じゃ、結婚するっていう話は前にもしてるんだ。それとも、今日初めて無理やり言わされたの?
:だけど、いつかは決まってません。それはまだノープランなので。
:だとすると、なかなか寛大ですね、このファンの方も。
  彼、ガールフレンドと結婚するって言ってますけど、特に気にしません?
  それとも実は内心、すごくショックを受けてます?
フ:ええ。
:おっと、ショックなんだ!
  じゃ、もうこの場にはいたくないでしょ。追っかけはやめる?
  それとも、やっぱり近くに行きたい?
  S、彼女、任せるから。馮紹峰が何か彼女にしてあげても良いと思うことがあったら、お願いしてくれる?
:いいわよ。
:OK,じゃ、あちらへ。
(アシスタント(陳漢典?):ずいぶん近くまで来たね)
(ウィリアムが握手したかと思ったら、いきなり彼女にハグしたので騒然とするスタジオ)
:私、まだキュー出してないのに、自分でそこまでする?!
:(ファンに)はいはい、ハケてください。  
(陳:来た甲斐、あったよね)

ああ…わずか1年半前の話だって言うのに、何だか気の毒。
でも、こればっかりはしょうがないですよね…。

脱線の上にまたまた脱線しますが、この番組の1か月前に、ウィリアム・フォンは今度は中国国内の別のインタビュー番組《大牌駕到》(BIG SHOT)に出演しています。

こちらは、クオリティの高さで評判のよい番組。ウィリアムは2014年の9月にも同じ番組に出演していて、いずれも質問・答えとも深みがある、大人の会話が展開されます。そのせいか、この番組では毎度ウィリアム・フォンの映りが非常に良く、そこがまたポイント高かったり…。

《神都竜王》撮影時を中心に、《狼図騰》(「神なるオオカミ」)撮影時の映像や、ヤン・ミー、ファン・ビンビンなどこれまで共演した女優さんたちへの評価など、興味深いトピックがてんこ盛りの本プログラム、24:00ごろから話題はインディペンデント系の出演作《我想和你好好的》(「息もできないほど」)に移ります(この映画についての紹介は→こちら)。

=華少(司会)
=馮紹峰

:この作品で一番忘れられないのはどのシーンですか?
:忘れられないのは…すごく寒い日に撮ったストリーキングのシーンです。
 彼女が後ろから追いかけてくるって設定で、台本にはストリーキングって書いてあるんだけど、実際には、
:全裸じゃない、と。(スタジオ爆笑)
:一糸まとわず街中を走ったって訳じゃないですけど。

ほほほ、とても印象に残りますが、結構カワイソーなシーンですよね、これは。

ウィリアム・フォンは女にだらしないコピーライターの役。
ブレイク寸前の女優(ニー・ニー)と付き合うものの、彼女は常軌を逸した束縛女。
(…ある程度はウィリアム・フォンが悪いんですが)
ついに耐えきれなくなった彼は、彼女のお金で買った服を脱ぎ捨て、
下着姿で彼女から逃げる。これがストリーキングのシーン。

タクシーに飛び込むと、運ちゃんに物凄い北京なまりで、

“搞藝術的 行為藝術吧?”
(お客さん、ゲージツ家? 前衛ゲージツかい?)

って言われる場面です。(中国では最近、パフォーマンスアート=ストリーキングになってるらしく、観客大爆笑)。

:この映画で描かれているのはいわゆる、現実世界の恋愛であって、頭の中で考えてるような、映画の中で見るような完璧でファンタジックな恋愛ではないですよね。
:等身大でナチュラルな映画なんです。経験がある人なら、自分と似たようなところを探し出せると思いますね。
:こういう映画だと、演じてるときに自分の地が出るってこともあったでしょう?
 ちょっとした仕草とか感じ方が出るということはあったと思いますね。日常にとても近い映画ですから、演技に見えてはいけない。だからパーソナルな部分が出てるとは思います。彼女自身の一部も投影されています。どうしても出ますよね、セリフだとか、口調だとか、ちょっとした雰囲気的なものとか。役者は自分自身を材料にして料理を完成させるしかないから。

(インサート映像/李蔚然監督:「恋愛ものの場合には、主人公の男女が一緒にいるとき、火花が散ってるようでないとダメです。この映画では上手く2人の状況とタイミングが合いました」)

(インサート映像/ウィリアム・フォンのインタビュー映像:「一番良かったことは、僕たち2人が時間をかけてすり合わせをしなくても良かったということです」)

:あの時は本当に僕たち2人ともこの台本に魅了されていました。本当に良い脚本でしたし、素晴らしい映画だった。完成した映画を観ましたが、とても気に入っています。出演した甲斐があったし、苦労も報われたなと感じました。
だけど同時に、この映画に出たことを後悔してもいるんです。

:どうしてですか。良い映画だったんでしょ?
:ちょっと後悔してるんですよ。あまり深く考えてなくて。
  だって、僕とニー・ニーが演じてると、実際、僕たちはこういう関係でしょう、
  映画が上映されたら、プライベートに結びついてしまう。
  僕はプライベートな事を持ち出したくない。そこに注目されたくはないんです。
  (と言いつつ、なぜかとてもアンニュイな表情をするウィリアム)

:だけど仕事柄、どうしたって注目されますよね。そうならないようにってのはムリでしょう。
:そうですね。僕は理想主義だから…そんなことは理想でしかないかも知れないけど、でも僕は心の中の理想の境地を守っていたい。その点は申し訳ないとしか言えない。

この発言は、同じインタビューの前の方でウィリアム・フォンが、「自分は出演料ゼロでも出ることがある、やり甲斐は金額の問題じゃないし、自分が必要とするものは足りてる。お金なんかたくさんあったって意味ないですよ。いっぱいお金を持ってて、どうするの?」と発言して、「それはずいぶん理想主義ですね、実利を尊ぶ上海人にしては珍しい」と司会者に言われた事と呼応しています。

:それに本当言って、大したことないですよ。
  僕たちの生活はみんなと全く同じで、ごくごく普通なんです。
  お互い、ちょっと忙しいけど、でもそれは周りの人を見てたってそうです。
  しょっちゅう出張に行ったりね。
:ありますね。
:でしょう。普通ですよ。ここのカメラマンの方だっていつも出張が…
:矛先をそっちに飛ばします?(笑)そんな困った顔しないでくださいよ、
 もうこの話は聞かないですから。

(ウィリアムの横にテロップ:やっと切り抜けた…) 



ってことで、蔡さんがプライベートな話題を出すにあたって、ウィリアムに気を遣ってるのはホストとして当然の態度だという事ですね。

逆に、こういうことはホストとして聞きづらい(テレビ局の見識を疑われかねない)ので、ファンから聞く形にしたのであれば、なかなかの高等戦術と言えるでしょう。

実際、クオリティの高さを褒められているこの《大牌駕到》でもゴシップは取り上げざるを得ないためか、視聴者が知りたい10大キーワードからルーレットで選んで質問する、という形式を採っています。

視聴者が知りたい、そのキーワード自体も、何だかな〜というか、ある意味興味深いのですが、ここは話がややこしくなるので、元の《康熙来了》に戻りましょう。

10分過ぎくらいから:

:じゃ、あと3人で終わりにしますね。
  (ファンを見て)この中から選んでもらえますか。
:それは難しいですね…。
:選べない?
:何が苦手って、選ぶのが一番苦手で。

またまた機転が利くところを見せてくれましたね。
本当に優柔不断ってこともあるのかもですが、この場はもちろん、彼自身が選んだら、他の子たちが傷つくからですよね…。

:じゃ、代わりに選んであげていい?
:よろしく。
:この列の後ろの方に立ってる、その女性の方。
:こちらの方ですか? 前へどうぞ。
  伺いますが、ご家庭を放り出してきたんですね。 
フ:そうです。
:お子さんがいらっしゃる。
フ:2人います。
:旦那さんがご覧になったらどうします。
フ:大丈夫です。だって、主人に、今日は馮紹峰に会いに行くのって言ってあるので。
 そしたら、「じゃ、早く馬に乗って行かなくちゃ」って言ってくれました。
(お辞儀をするウィリアム)
:ってことは、旦那さんはやきもちは焼かないと。
フ:はい。
:小Sがあなたを選んだのには、きっと理由があるんでしょうね。
フ:ええ、だって私も1978年生まれだし、うそ、1979年です。
:実は私の従妹なの。

仕込みかよ!

:何だよ、身内のコネか?
:今日は馮紹峰に会う以外に、親戚同士、久しぶりに対面するって意義もあるのよ。
フ:そうね。お久しぶりです。
:身内ってことは、あなたの希望はsが絶対叶えてくれるということですかね。
フ:ホントですか? でも彼、すごく痩せてるから…。
:ん? 
フ:だってほら、実際の馮紹峰はあまりにも痩せてる。
  彼、《鴻門宴》(『項羽と劉邦』)で覇王・項羽を演じたでしょう。
  すごくがっちりしてる人っていうイメージだったので…彼は最後に虞姫(虞美人)を腕に抱いてぐるぐる回るじゃないですか。だから、私にもあれして欲しいなと思ったんですけど、私は大柄だし、彼はあんなに痩せてるし。
:だったら、あなたが彼を抱っこして回ったらいいじゃないの。
フ:いいの?
:私の従妹を持ち上げてみてもらっていい?
:大丈夫です。
:やってみてくれるって。頑張れ。
:(従妹に)お腹のコアに力を入れて、自分でも自分を支えるようにしてね。
(漢:気を付けてよ)
(びっくりするほど軽々持ち上げたのでスタジオ騒然)
(漢:すごい力持ち。全然OK)
:うちの親戚、ちょっとやり過ぎじゃないかしら。
:従妹さん、ありがとう。

…長々引用しましたが、実はまだ続きがある!!!
(今回はもう大サービスっていうかもうヤケクソ)

お姫様だっこはもはやこの人の特技?トレードマーク?になってしまってるらしく、今年に入ってもまだやってます!

では、ご覧いただきましょう、中国・安徽電視台の看板番組、《非常静距離》
↓こちら。
https://www.youtube.com/watch?v=JpdzH63FP2A
2015年3月放映の回です。

司会者は、これまでも何度かご紹介していますトーク番組、《超級訪問》(スーパー・ヴィジット)と同じ、李静さん。

2:09からどうぞ。

=李静
=馮紹峰

:それでは拍手でお迎えください!
:皆さんにご挨拶をお願いします。
:hello! 皆さんこんにちは!
:みんな、馮紹峰はずいぶん痩せたと思わない?
(スタジオ:痩せた痩せた!)
:最近、新しい映画を撮ってるからみたいよ。
:そうです。《三打白骨精》(「西遊記」シリーズの1作)って映画です。
  それで僕は…
:(ウィリアムを押しとどめて)何の役か、当ててもらいましょうよ。
(スタジオ:唐僧!!(三蔵法師))
:誰よ「白骨精」って言った人。

はははは。
白骨精は名前の通り、骨と皮の妖怪なんですよね…。

:監督に言われたんですよ。三蔵法師は、この映画じゃ修行僧だから、あまり栄養よかったらダメだよって。それで僕…
:おや、あなたが演じるのはお師匠さまですか。(拝む)
:善い哉、善い哉。

以前(第7話の3こちら)、ちらっと出てきましたが、三蔵法師は実在の人物で、しかも、イケメンなことで有名だったんですよね。

彼が天竺からお経を持って帰ってくると、長安中の女性がひと目その姿を見ようと通りに繰り出して、大変な事に…。

日本でも、女に見まごう美法師ということで、夏目雅子さんとか、美女が演じる伝統がありますよね。

てことは、また、女に見まごう美男子の役なのか…。

:彼は痩せてますけど、でもすごくガッチリしてるのよ。
  そうだわ、あなた褒めてくれてないじゃない、私も痩せたの。
  3キロ半も痩せたのよ。
:ホントだ、(ハグして)痩せましたね。
:もともとは手がぐるっとは届かなかったんだから。
:ホントホント。

何が「ホント」なんだか…

:この前はワン・リーホン(王力宏:言うまでもないかと思いますが、大人気のイケメンシンガーソングライターの方です)が一発で私を持ち上げたのよ。
(思わずウィリアムと目が合うと、ウィリアムが抱きかかえようと手を伸ばすので逃げる李)
:いいから、いいから。
:出来ないと思ってるでしょ。
(スタジオ:抱っこして!抱っこして!)
:(ウィリアムと腕を組んで照れる)ダメダメ、終わり終わり。
 あなたがダメだって思ってる訳じゃなくて、持ち上がんないのがイヤなのよ。
 痩せたって言ったって…
:今晩は本気で行くからね(いきなり抱き上げる)

(中略)
 
:《狼図騰》(「神なるオオカミ」)は撮影にどのくらいかかったの?
:僕が出た部分だけで8か月です。
:ずっと圏外だったんでしょ、ロケ地は。
  そんなことであなた、どうやってニー・ニーとお付き合いするの?
:(ちょっと困ったような表情)
:都会のカップルだったら、ほとんどが1週間のうち少なくとも2回くらいは会うでしょう? あなたたちは何か月も会わないんじゃない?
スターがお付き合いをするって、実際どうするの?
:彼女だってロケ地に遊びに来ますから。
(と言って、なぜかため息をつくウィリアム)
:8か月のうち、4か月くらいは滞在してたんでしょうね?
:それはないですね。
:じゃ、どのくらい?
:(いきなり話を変えて)電話できますから。今は電話がかけられるんですから。
:彼女はオオカミを見たの?
:来たときに見てます。
:彼女、あなたより勇敢でしょ?
:すごく度胸がありますよ。彼女は全然、その手の…
:ニーニーは、ぱっと見、いかにもおとなしそうですもんね。
  でも本当は、
:女傑みたいなところがある…
:(さえぎって)すごく破壊力がある人なのよ。
  見た目と中身が全然違う人なの。いつか、単独でインタビューしたいと思ってますよ。
:僕が思うに…
:(さえぎって)あなたに一言いいたいわ。
  おつかれさま(笑)
:ものすごく破壊力がある。それは本当です。
:ニーニーは、あなたが一緒にいるときは、いかにも弱弱しそうに見えるけど、全然違うわよ。そうでしょ?
:そうとも限りませんたら。
:(大笑い)

この司会者、さすがよく観察してますな…ほとんど言い当ててると思うわ。

このあと、ゲストとしてマダガスカル(《後会無期》(「いつか、また」)に登場した犬)が登場するんですが、掛け合いがとにかくすごく面白いです。

草原から帰ってきたら動物と話をするようになったんです、とか言ってる脇で勝手なことをするマダガスカル兄貴。ウィリアムは全然相手にされてません…。

そのほか、大学時代の「ご学友」も呼ばれていますが、誰かを当てるのに、3つまで質問してもいい、って言われて最初の質問が、

:男ですか?

って(ははははは)…。

その後の司会者の答えが、

:女を呼べると思うの?

っていうのがまた笑う(はははははは)。

この後、大学時代のクラスメートに、実はハイパー進学校の出身だとか、大学時代、女の子にどんな態度だったかとか、実家が結構金持ちだとか、あだなの話とか、先生にえこひいきされてた話とか、いろいろ暴露されててとっても面白いんですけど、また関係ありそうな回のときにご紹介しましょう。

それにしても、演劇大学の入試とか課題とかって大変なんですね。180度開脚とか、できないって…

あ、いえ、でも痩せたのは役作りのためだけなんでしょうか。
まあ、言っても仕方ないことですけど、本当に気の毒。
しかもこれで分かったけど、《狼図騰》のすぐ後だか、同時だかに《西遊記》も撮ってたってことですよね。そりゃ全然オフなんかないでしょう、可哀想に…

 *

ドラマに戻ると、非常に短距離、どころか、楊雪舞には距離を置かれそうになってる四爺ですが、今や彼はめげません。

“本王知道你要跟本王保持距離
但不管怎麼說 你始終還是我的妾
咱倆一起坐馬車吧”

(私とは距離をおこうとしていることは
知っているけれど、結局のところ、
あなたは私の妻なのだから、馬車には一緒に乗ろう)


ここの声の演技もとってもいいですね。

私があれっと思ったのは、主語の「私たち」に、
“我們”ではなく、
“咱倆”という言い回しを使っていること。

“我們”はニュートラルなニュアンスですし、自分が入っていれば人数は何人でもよく、「私」の方にウェイトがあります。
“咱倆”は口語で、「私とあなたの二人」という意味ですが、ここの「あなた」は身内の人、というニュアンスがあります。日本語でいう「わたしら」的な感じですね。

こんな細かいとこまで、勝手に既成事実化していますね。

ただし、ここの記事を書くために日本語で聞いてみると、セリフの印象はかなり中国語と違います(もちろん、翻訳のせいではありませんが)。

原文をよく見て頂くと、「私の妻」のところは、

“我的妾”

私の“妾 qiè”(側室)だとはっきり言っています。

日本語で「側室」という言葉は、「正室」を強く意識させるので、ちょっとまたニュアンスが違ってしまうから、ここでは使えなかったのでしょう。

なので、日本語で聞いてると、もろ少女マンガチックなシーンですが、中国語で聞いていると、現代人としては、やや興覚めなセリフですし、次のシーンへの重要な伏線にもなっています。

一方、馬車から徒歩で行く羽目になった韓暁冬は、

“找適合離開的馬車”
(出ていくのにピッタリな馬車を見つけてやるからな)

と心に決めます。
乗り物の恨みは怖いぜ!(←何か違うけど気にしない)

背後に大変めだつ、パッチワークキルトのおふとんを被った人物が立っていますが、誰も気にしてませんね。現代日本なら職質ものだと思うけど、当時は別に誰も気にしてないのかな。ま、冬だし熱中症の心配はないでしょうけどね。

街はそろそろ、夕景に入ろうかというところ。

宮殿の中では、ひと針縫うのに午後いっぱいかかってる?雪舞のために、文武百官が待ちぼうけを食らわされており、斛律光〈こくりつこう/Hulv Guang〉将軍もやきもきしています。

遅れてくるのは大物の証(?)なのは周も斉も一緒のようで、厳流島の決闘じゃないですけど、待たせされてイラついたら負けなのも、世界共通のようですね。

とはいえ、いくら王侯とはいえ四爺の宮廷での地位はさほどでもないらしく、非難の声が飛び交うなか、してやったり的な祖珽の表情がウマすぎです。ぜひご注目ください。

同じ回に、周の実力者・宇文護と、斉の皇族・蘭陵王の似たような登場シーンを登場させる狙いは、もちろん両者を比較して際立たせるためでしょう。

そしてもう一方では、こういうことをすると周りがどう思うか、ということを視聴者にはっきり提示する意図もあるものと思われます。

つまり、蘭陵王の方は、善意から遅れて参内する羽目になった訳ですけれども、周りの彼への評価は宇文護と同じ、すなわち、実力の誇示と、簒奪者としてのイメージが強く印象づけられる、ということです。

善かれと思ってしたことが、結局、積もり積もって自分の悲劇を招くことになるという物語の伏線が、ここにも着々と張られています。

さて、周よりは、かなり階段が低い、斉の玉座。
朝廷内もお互い距離が近くて、ややカジュアルな雰囲気ですね。

そこへ、おお、もう一人、重要な関係者の登場です。

斉の皇帝・高湛〈こうたん/Gao Zhan〉と胡皇后。高緯の実父・実母です。

“高長恭此次戰功彪炳 回城時多受百姓擁戴 故而耽誤了時辰”
「高長恭はこたびの武勲で民より盛大なる歓迎を受けておるため、ずいぶんと参内が遅れるようです」

ところで、さっきから祖珽は蘭陵王を呼び捨てにしてますが、あんた四爺より位が高いわけ?

段太師が急いでフォローしているところに、四爺、五爺、雪舞のトリオが参内します。

それにしても、通路の真ん中になぜ邪魔なものが?
どうみたって香炉に見えますが、こんなもの、必要なのでしょうか。
あんまり見たことないけど、この時代の宮殿はこうだったのかしら。

これに近いレイアウトのお部屋がある場所といえば…。

寺か?

この時代、仏教が盛んだったということなので、こんな風な内装にしてみたのでしょうか…。ちょっと私には謎でございます。

さて、巧みに遅刻のフォローをする雪舞。「さきほど蘭陵王と…」いうセリフに敏感に反応して、雪舞を見る四爺がカワイイですね。

庶民の負担を慮って…という雪舞の発言に乗っかって蘭陵王も、庶民といえども血筋を絶やさないようにすべきだとそれを支持する発言をしますが、言ってる間にちらちら映る、祖珽の表情がまた、実にウマいです。得々として進言する雪舞と蘭陵王の2人。

民をないがしろにしたと見なされた高緯と祖珽にとっては、相当耳障りなことを言われているはずなのに、また、このしてやったり的な表情…。

この後、高緯は皇帝から叱られ、祖珽に至っては減給処分になってしまうのですが、本来の目的である、雪舞と蘭陵王を引き離す、という作戦の方はまんまと成功します。

冒頭の、蘭陵王が現皇帝を継ぐのでは、という祖珽の讒言に始まって、

独り残った子を兵隊として取られないように、という雪舞の訴え

庶民と言えども血統を絶やさないように、という蘭陵王の訴え

蘭陵王自身も家系を絶やさないようにする義務がある、

と上手くつなげた脚本の巧みさが光ります。
祖珽が何だか嬉しそうだったのは、雪舞と蘭陵王が自ら罠にはまってくれたからだったのですね…。

ついに蘭陵王は、貴族の中から正妃を選ぶように、という命を受けてしまいます。
“選妃大會”って名前がまたスゴイですが、さすがの四爺といえども、皇帝の詔には逆らえません。

そう、人生には、上り坂と下り坂のほかに

まさか

があったんですよ、四爺。

果たしていかなる仕儀に相成りますことか、気になる続きは第12話の1(→こちら)にて!
posted by 銀の匙 at 02:28| Comment(23) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする