2016年07月18日

蘭陵王(テレビドラマ29/走馬看花編 第17話)

はぁい、皆さま、いつの間にか端午の節句も終わっちゃいましたね。

…って今もう7(ひち)月じゃねーか、いつの話でぇ?って、ただでさえ周りを江戸っ子に囲まれてると月日が経つのが3倍速いんですけど(赤いのか?)、中国じゃ年中行事は農暦なんで、今年(2016年)の端午の節句は6月9日だったそうなんですよ。

端午の節句といえば五月人形ですが、「金太郎」や「桃太郎」に並んで、「蘭陵王」(雅楽の方ですが)っていうのもあるのに気が付きました。

へぇ、と思って人形屋さんのサイトを見ると、何とひな飾りの中に「蘭陵王」を突っ込んでるセットを発見。そんな、何でも増量すりゃ良いってものでもないでしょうに…。

かと思えば、「博多祇園山笠」(7月1〜15日)の舁(か)き山笠に「秀麗陵王鬼面勲(しゅうれいりょうおうきめんのいさおし)」なるものがあることをニュースで発見。

西日本新聞の記事にはちゃんと、

「女性のような顔立ちのため、鬼面を付けて戦ったという6世紀中国の蘭陵王の人形は、躍動感あふれるポーズが印象的。川崎さんは「今年は赤にこだわった。遠くからでもひと目で分かる鮮やかな色彩を見てほしい」と話した。

と、キャラの由来や色までガッツリ紹介されております。

さて、年中行事のうち、日付が移動する祝日になってる行事は旧暦1月の春節、4月の清明節、5月の端午節、8月15日の中秋節の4つ。

地方によって行事食に違いはありますが、メジャーどころで春節は餃子、清明節は草餅、中秋節は月餅を食べます。

じゃ、端午の節句には何を食べるか、というと、それはチマキ。

ちょうどこの時期、横浜中華街に行ったので頂いてまいりました。

なんで端午節にチマキを食べるか、は実際にはナゾなんですが、楚の政治家にして詩人・屈原<くつげん>が国を憂いて入水したとき、お魚のエサにならないように楚の人たちが河へチマキを投げ入れたのが始まり、というお話が伝えられております。

♪ち〜ま〜き食べ食べ、兄さんが〜
測ってくれた背の丈〜♪

なんて、のどかな光景が喜べるのも平和だからこそ。
権謀術数渦巻く1400年前の北周では、悲しい思い出にしかならないのでした。

それに、もう7月も半ばなんで、江戸っ子の本拠地・神田では、チマキじゃなくて、

「冷やし特バカ」

を食べる季節なんですよ。

私ゃ全国的にこのメニューは同じ名前なのかと思っていたので、非常に恥ずかしい思いをしたことがございますが…。

いえ、中国語の雪舞さまに認定されたあの方のかき氷、という訳ではございません。
じゃ、なんでしょうか?

が分かるかも知れないので、行ってみましょう、第17話

今回は割に短く終わってしまいました。インタビュー紹介等はまた次回以降ということで、サクサク参ります。

(〈蘭陵王〉関連の記事を最初からご覧になりたいかたは、右欄から蘭陵王のカテゴリーを選ぶか、または→こちらを最初から戻ってご覧ください。)

前回・第16話→こちらをご覧ください。

*   *   *

巫族〈ふぞく〉の天女・楊雪舞〈Yang Xuewu/よう せつぶ〉は、斉〈Qi/せい〉国の皇子・高長恭〈Gao Changgong/こう ちょうきょう〉=蘭陵王〈Lanling Wang/らんりょうおう〉=四爺〈Si Ye〉との婚礼を間近に控えた身でありながら、隣国の周〈Zhou/しゅう〉の皇帝・宇文邕〈Yuwen Yong/うぶん よう〉=仔ブタ(と呼んで、と自分で言ってた)陛下に、姪の病を治して欲しいと請われるがまま、都・長安(Chang'an/ちょうあん)の宮殿に滞在しています。

近衛兵に身をやつして周に潜入していた蘭陵王は、宮廷内に不穏な動きがあることを察知し、夜闇にまぎれて雪舞の部屋に現れるのですが…。


*   *   *

第16話からヘンタイまたぎで始まりました、冒頭シーン。

“變態”って言葉が中国語でも、さなぎが蝶になるぅ(はぁと)以外の意味で使われるようになったことは前回ご紹介いたしました。

よくも悪くも日本のサブカルが世界にダダ漏れの昨今、中国もその例外ではありません。言葉もどんどん知れ渡ってゆき、よくもこんなものまで…という言葉が漢字ならそのまま使われてたり、しっかり訳されてたりは当然として、あまりになじんで独自の意味が追加された言葉まであります。

特に解説は致しませんが、
“正太”“二次元”“眼鏡娘”あたりはそのまんま。
“姐姐控”“蘿莉控”は音訳が混ざってます。“控”「〜コン」の訳ですね。「シスコン」「ロリコン」…以下、数えきれないほどあります。

そのほか、ツンデレ“傲嬌”)、ドジっ娘“冒失娘”)あたりはちゃんと(?)翻訳ですが、スゴイのがこれ、

“殺必死”

意味、お分かりですか? 読みはコレ→ sha bi si

そう、サービス。でも、サービスはサービスでもサービスカットとかそっち方面に使うようですね…
まさに悩殺ってヤツでしょうか。

も一つ面白いのは“腹黒”
これは日本語そのままの「腹黒い」という意味のほかに、「小悪魔的な萌え」ってニュアンスも付け加わっているそうです。

そんな良い意味で腹黒(??)な皇帝の元からとっとと逃げ出そうとする蘭陵王。

私だ私だってあんた、オレオレ詐欺じゃないんだから、
名前くらい名乗ったらどう?

“你還猜不出我是誰阿?”
(私が誰かまだ分からないのか)

って言われてもさ。
このニヤけた二重あごのおっさんは誰なんでしょう?
マスクを取った後すらわかんないわよ。

思うにウィリアム・フォンさんはこの頃が一番栄養が良かったのではないでしょうか。
今はまた以前同様痩せ細って、御膝元のファンの皆さんのみならず、白骨精役の大女優コン・リーにまで、ちゃんと食べてるの?と心配されてたそうです。

s-ELLE2.jpg

(雑誌のカバー写真。2016年度ご本人さまの微博より。何だかどんどん若くなっていくような気がするけど気のせい?)

普通、写真に撮ると実物より膨張して見えますから、写真でさえ細く見えるなら相当なものでしょう…。

しかし、この時点ではまだ膨張気味の蘭陵王は尋ねます。

“想我嗎”
(私が恋しくなかった?)

“想”+○○は 〇〇を恋しく思う、会いたいと思う、という意味です。
第10話(→こちら)で宇文邕が、都にいる宇文護を思い起こしながら、

“宇文護現在必定是按捺不住”
(宇文護も待ちきれぬ思いだろう)

“朕也很想你呀”
(朕もそなたに会いたく思うぞ)

って言ってました(笑)。

そういや前回、ずっと離れたままだと死んじゃうとまで言っていてましたよね雪舞は。当然、ようやく再会出来て大喜び…なのかと思いきや、最初に出てきたセリフがコレ。

“你為什麼偷看貞兒洗澡”
(どうして貞児の湯あみを覗いたりしたのよ)

聞いた蘭陵王は不服そうな顔をしてます。ってそりゃそうだろ。
しかし雪舞は四爺の気持ちにはお構いなしの様子で、まるで相手が悪いような責めっぷり。

“你在這裡假扮多久了”
(いつから紛れ込んでいたのよ)

以前の回ならブチ切れてたかも知れないのに、周の同僚たちに揉まれたおかげか四爺はおとなしく答えます。

“我一直都偷偷跟著你”
(最初からそっと付けていたんだが)

どうもこのシーンの四爺は何だか表情がぼんやりしてて、
しかも相変わらず眠そうですよね…。

しばらく仮面に隠れて見えなかった間に中味が入れ替わってたりして…。
いや、そんな《宮》(『パレス〜時をかける宮女』)じゃあるまいし。

“你不知道你的身份 在這里很危險的嗎”

直訳すると、あなたの身分でここにいたらどんなに危ないか、分からないの?ということですが、意味するところは、敵国の皇子の身分でうろうろすんな、宇文邕に捕まったら目ぇくり抜かれっぞ、ってことですよね…あぁ、いえ、突然のことにパニックになってるのがよく分かります。

ってか、それを言うなら、あなただって敵国の皇子のヨメの身分でここにいるってご存知ですか? まさか、自覚がないのかな…?

まぁでも分かりますよね。すごく会いたいと思う気持ちの裏返しで、優しい言葉よりこういう態度に出てしまうっていうのは。

四爺もそれはもちろん分かっているので、当然のごとく、さあ帰ろうと促しますが、
当然、喜んで一緒に帰ってくれると思いきや、ここに残ると言い出す雪舞。

それを聞いて思わず後ずさりする四爺のリアクション、何度見てもおかしいです。

“每次他看到你的時候就像 就像沙漠里一隻野獸 渴了好幾個月了
看到了水 那麼飢渴 那麼淫穢”

(奴ときたら君を見るたび、まるで砂漠の獣が何か月かぶりに
やっと水を見つけたときのように 飢えたいやらしい様子をしているのに)


またもヒューズが飛んだ四爺は、言いながら一人で興奮してるんですけど、
ほんとこれ、前回雪舞が言ったように、相手の目ぐらいくり抜きかねないって。

しかし、そこはやけに冷静に返す雪舞。

“野獸不過是看到水 為什麼覺得淫穢呢?”
(獣は水を見つけただけでしょ?なんでいやらしいのよ)

ここの日本語吹き替えはとても上手いと思うのですが(ま、いつも上手いですが)、
「水」を「いずみ」と訳しています。

中国語でも“水”は「水」なんですが、“山水画”という言葉もありますように、
日本語で言う、河とか湖とかを指すことも多いんですね。

ここのセリフも、『スターウォーズ フォースの覚醒』の、砂漠の中に設置された水飲み場みたいなものではなく、オアシスとか、ちょっとした小川みたいなものがイメージされているはずなので、「水」ではなく「いずみ」と訳したのではと思います。(口の形とか、秒数とか、テクニカルな理由もあるのかも知れませんが…)

たった一文字のことですが、翻訳って大変だなあと思います。

と、視聴者が勝手に掘り下げていると四爺は、

“你不要跟本王深究這些 總而言之 他就對你有意思。
(そんなことは詮索しなくてよろしい。ともかく、
あいつは君に気がある)


と言い出します。
なんだ太っ腹は見てくれだけかぁ…と皆が見切っているのに、

“不要深究這些”
(そんなとこにツッコむな)

と言われてもねぇ…。

ちなみにここの四爺のセリフにある、

“意思”

という言葉はなかなか面白いです。

ここでは、“有意思”で「気持ちがある」=まさに「気がある」って意味なんですが、
同じ字面で「面白い(interesting)」という意味になることもあります。

この言葉を使ったテッパンの小話というのがありまして、こんな感じです。

エライ人が“紅包”赤い袋。ご記憶でしょうか、お年玉はこんな袋に入ってるんでしたよね)を渡されて…
 
“你这是什么意思?”  (これはいったい何の意味かな)  
 
“没什么意思,意思意思。”(何てことありませんよ、つまらない物です)  
 
“你这就不够意思了。”  (こんなことをしてもらっては困るな) 
 
“小意思,小意思。”   (ほんのちょっとした気持ちでして)   
 
“你这人真有意思。”  (あなたって人は本当に面白い人だな) 
 
“其实也没有别的意思。” (いえいえ、特に何かってことでもないんで)  
 
“那我就不好意思了。”  (じゃあ済まんがいただいとくよ) 
 
“是我不好意思。”    (お礼なんて却って申し訳ございませんですよ)

李安〈Li An/り あん〉とか祖珽〈Zu Ting/そ てい〉とか、しょっちゅうやってそう(笑)

忘れがちになりますが、そういや四爺は紅包をもらう方の立場の人だったんでした。
そして皆さまの予想通り、ここから先、四爺の自称は“本王”一点張りです。

“全天下人看得出來了 就是你沒有看出來”
(誰が見たって分かるのに、君だけが気づいていないんだ)

全天下人 (全世界の人)と来ましたね!そんな大げさな。あはははは。
雪舞もここぞとばかりに言い返します。

“你這是在醋意大發嗎?”
(それって巨大なヤキモチ?)

“醋”(酢)にヤキモチという意味があることは、第12回→こちら
でお話しましたね。

“我不管 反正你就是本王的 你就是本王的”
(何とでも言え とにかく君は私のものだ 君は私のものだ)

おやおや、いきなりこのお子ちゃまぶり、前回(第16話)で雪舞が宇文邕に話したことは本当だったんだ...と
、蘭陵王の豹変ぶりに驚愕する視聴者ですが、雪舞は慣れたものです。

王に対する庶民の態度とは思えないこの馴れ馴れしい態度、いやこれは宇文邕へのハッタリ君ではなく、ホントに日頃蘭陵王をつねっていたとしか思えない…

“現在才發覺 你的妻子有多麼國色天香了 是嗎”
(今ごろになって、あなたの奥さんは絶世の美女だったって気づいたんでしょ)

“國色天香”とは国を代表する名花という意味。百度先生によりますと、現代中国では国花は決めていないそうなのですが、この言葉の出来た唐代、それは“牡丹”を指していました。

「立てば芍薬、歩けば牡丹…」と、美女を花になぞらえるのは日中共通。

しかし中国語には、日本にはない“校花”という「名花」が存在します。
平たく言えば、ミス・キャンパスという意味ですが、必ずしもコンテストで決まるわけではなく、誰もが認める学校一の美女、を指すようです。

そんな“校花”を手に入れた男子は鼻高々、なのですが、当然、そんな特典を享受するにあたっては、考えようによっちゃ大変厳しい条件を耐え忍ばなければダメらしい。

その厳しい条件とは、“校花”はみんなのもの、という、暗黙の男子間ルール(笑)。
地域や年代によって違うのかも知れませんが、少なくとも北京ではそうでした。

私の直接知ってるケースは、当時としては珍しい、理系の才媛(写真を見せてもらいましたが、ホントにめちゃ美人)だったのですが、今はもういい歳をしたおばあちゃまなのに、表敬訪問と称してひっきりなしに昔のクラスメートが訪ねてきます。

そのたびに、旦那さんはニコニコしながらお茶を入れ、野郎共をもてなし、昔話に付き合わなければならないのです。

誰もが羨む学校一の美女と結婚できたってことは、旦那さん本人として嬉しくなくはなくないんでしょうけど(どっちだ)、延々そんなことに付き合わなきゃいけないなんて、疲れそう。

ましてや四爺のあの性格。ムリムリ…。

“開始擔心了? 你真可愛。”
(心配になった? 可愛い人ね)

1400年前にもそんなルールがあったのか、雪舞はしきりに四爺をからかいますが、どうやら必要十分条件を満たすことはできなさそうな四爺は、

“我不跟你說這些啊”
(この話はおしまいだ)

と話を打ち切ろうとします。直訳すると、もう君とこういった話はしませんよ、ということですね。

“我今天通知五弟 在邊關等我們”
(今日、五弟に国境へ迎えにくるよう知らせておいた)

この話を聞いたとたん、雪舞は四爺に抱きつきます。

“雪舞真的好高興”
(雪舞は本当に嬉しいの)
こう言って四爺を嬉しがらせておいて、

“就一天咱們回家了”
(あと一日いたら帰りましょ)

って要求を出すなんて、
雪舞も策士よのぉ…。

五爺まで呼んで帰国の手筈を整えてしまった以上は、最終兵器を出さないとお許しが出ない、とのとっさの判断だったんでしょうね。

ただ、さっきの優しい言葉が滞在を引き延ばすためのお芝居のように聞こえて、喜んだ四爺がちょっと可哀想な気がしますけどね…。

“求求你嘛 拜託你啦”
(ねぇ どうかお願いよ…) 

と、これも高一族直伝のおねだりワザを開陳されると、四爺はたちまちメロメロに。 
“這跟要挾本王有何區別 你知道我是拒絕不了你的”
(これじゃゆすりと変わらないな 
私に君の頼みは断れないんだから)


そんなこと言っちゃって、ホントに学習しないお人ですね。
いまこんな目に遭ってるのだって、元はといえば、第6話で阿怪を庇う雪舞のおねだりを聞き入れてしまったからではありませんか。

でもま、美女のおねだりを聞いて取り返しのつかない結果になるのは、中国史の伝統だからしょうがないか。

王の膝の上に侍ったまま、飲みホーダイで夏を滅ぼした末喜〈ばっき〉ちゃん。
酒池肉林の宴を催して、ゴージャス三昧で殷を滅ぼした妲己〈だっき〉ちゃん。
戦闘の合図の狼煙をお笑いのネタにして、周を滅ぼした褒姒〈ほうじ〉ちゃん。
名前不明だけど、ミンクのコートを貢がれて、敵を逃がしちゃった寵姫ちゃん。

など、など、など、など、さすが中国、人材豊富!

そういやこのドラマにも、先々国を滅ぼすおねだり寵姫ちゃんが登場するんだった。

しかしそこまでの予言はできないらしい天女の雪舞は、ニコニコと四爺を見送りながら、心の中ではおばあ様の予言した、

“兩狼互殺” (二匹のオオカミの死闘)

を思い出しています。

この二人、相手を思いやるあまり自分の心配事を相手に伝えない、という困った傾向があり、それが後々事態を悪化させていきます。これまでもたびたび、そういった例がさりげなく描写されていましたが、このシーンもその1つですね。

さて、雪舞の思いが呼び起こしたのか、仔ブタ陛下は来し方を思い、感慨にふけっております。

貞児のパパ・松本幸四郎…いや、宇文毓〈うぶん いく〉は史実でも宇文邕と仲がよかったとのこと。文武両道に長けていたとのことなので、きっとドラマ同様、宇文邕にもいろいろ教えていたのでしょう。

かわいそうに、死の床についたお兄様は、

“病入膏肓”(病、膏肓〈こうこう〉に入〈い〉る。もう助からない)

と話していますが、膏肓というのはツボの1つで、実際にはココが痛いからって死ぬわけではありません。

じゃ膏肓ってどこか、は意外に知られていませんが、背中の自分ではしっかり押せないところにあたり、肩甲骨〈けんこうこつ〉のちょうど上下の真ん中で、背骨側のヘリにあります。

ここのツボは胃酸過多とかダイエットに効くと言われていますが、要は、ストレスが溜まると痛むところなんですね〜。だからといって、むやみに押してはいけません。東洋医学は何でもそうですが、体質と症状によって処方が違うので、どこのツボを押したらいいかは人それぞれ。

動かしづらい場所なので、運動するとき意識して動かすくらいがちょうど良いのではと思います。

と、ヘルスケアに関するトリビアも虚しく、お兄様は(史実では息子の)貞児と弟の宇文邕を守るため、宇文護に毒を盛られても敢えて防がずに亡くなってしまいます。

隣の高一族同様、北周の宇文一族も血で血を洗う抗争を繰り広げたわけですが、宇文護は宇文邕からすると従兄にあたり、斉の皇太子・高緯〈こう い/Gao Wei〉にとっての蘭陵王と同じような立場の人なのです。

蘭陵王は建国の功労者の長子の子ですが、宇文護は建国の功労者の兄の子。一族の序列でいえば上の立場なのに、臣下の扱いなのは面白くなかったに違いありません。

宇文一族の出身でありながら臣下扱いの人として、ドラマでは他に宇文神挙〈うぶん しんきょ/Yuwen Shenju〉が出てきますが、川本芳昭先生の『中国の歴史5 中華の崩壊と拡大』によりますと、その他にも、鮮卑〈せんぴ〉族にはこんな習慣があったそうです。

「西魏二十四軍政制を見るとき(中略)…興味深い現象が見られる。それは各軍府の府兵はその軍府の長官の姓を名乗ったと考えられることである。

こうした習慣は胡族のもつ古い伝統に根ざすもので、自らが属する部族の長の名を自己の氏姓とするということが鮮卑や匈奴、烏丸などの北方民族の間では広く見られ、北魏の時代になっても受け継がれていた。」

「これは隋末のことであるが、隋末の英雄である李密が隋の煬帝を弑殺した宇文化及を非難して『卿はもともと匈奴の奴隷・破野頭の出である。それなのに父兄子弟はみな隋室の厚き恩を受けたのだぞ。…』と述べたことがある(隋書 李密伝)。」

「この李密の非難は、宇文化及の先祖の姓は破野頭といったが、その先祖が北魏の初めに宇文俟豆帰という人物に従属したので、のちその主に従って宇文氏を名乗ったことを踏まえているが(隋書 宇文述伝)、このことは北魏建国から200年以上たった七世紀初頭の時代にあっても、少なくともこうした主人の姓に従って自らの姓を名乗るという風習があったことを持ち出し、他人をからかうことが可能であったことを伝えている。」(274pp)


この場合、宇文氏に仕えた人が、主人の苗字をいただいて同じく宇文氏を名乗ったということになります。

日本で言えば、伊達家の家臣が、伊達の苗字を許される、てなとこでしょうか。

武将レベルでも相当な恩典ですが、これが皇帝の苗字ともなれば「国姓」としてそのステイタスたるや大変なもので、最大級の働きをした英雄に与えられることになります。

明代の終わり、清に抵抗して戦い、台湾からオランダを打ち払って有名となった鄭成功〈てい せいこう〉は、皇帝から明の国姓“朱”を賜ります。国姓を名乗るエライ人、ということで付いた呼び名が「国姓爺」〈こくせいや)。

歌舞伎の演目『国姓爺合戦』でも有名ですね。

一方、生まれついての国姓爺・宇文邕ですが、自分に兄上を毒殺させようなど“異想天開”だ、と泣き叫んでいます。

この言葉、日本語の「奇想天外」に当たるものだと思っていましたが、使われ方を見ると、どうやらちょっとニュアンスは違うみたいですね。

さて、お相手の宇文護の方ですが、すでに宇文邕を始末して皇位に付く気満々です。

皇帝のお召し物である金の“龍袍”にスダレ冠(第7話こちら に登場しましたね)をがっつり誂え、コスプレの用意も万端です。

もっとも、龍を刺しゅうした金や黄色の服が皇帝の衣装と定められたのはもっと後の時代のようですが…。ナショナル・カラーはですから、宇文邕のカラスルックが周的には正しいです。

で、ブラック皇帝陛下は朝ごはんに竜骨湯を召し上がるわけですが、医食同源の中華では、メニューにもいちいち効能があり、このスープは、

うつ病に効く

とされております。

何でそんなもの処方されてるんだか、うざいほどポジティブなのに…。
(あ、いつもそういうものを飲んでいるから鉄のメンタルなのか)

ところで、「竜骨」とはすなわち、動物の化石のことです。甲骨文字は、漢方にしようと竜骨を買った清代の学者先生が、そこに刻まれた模様を見て、これは文字だと気づいたことから発見されたとか。

何でも薬材扱いの困った習慣が、珍しくも良い方へ転んだ例ですね。

お飲物が貴重な古代の遺物かも知れないとはご存じない仔ブタ陛下、飲もうとレンゲを持ち上げたところに宇文神挙が来たので、実際には口をつけていません。

だから料理番がどっちの手先だろうと、きっと何ともなかったはずです。
お料理にがっつかないというのには、こんなメリットもあるのですね。

と、ティファニーのマナーブックを片手に鑑賞していると、お下品な方々が禁止事項ガン無視で乗り込んできます。

いまはそんなことないと思いますが、ひと昔前の中国の列車には、話に聞く日本の買い出し列車みたいに、ありとあらゆるものが持ち込まれていました。

ふとん、なべ、自転車などは可愛い方で、人の背丈ほどもある米袋とか(それ、手荷物っていうか普通)、ヤギとか(もちろん生きてるヤツね)、センザンコウとか(もちろん生きてるヤツね)、理解に苦しむアイテムも少なくありませんでした。

絶対ダメって繰り返し放送してるのに、花火を大量に持ち込む不届き者とか(天女さま、あなたのことです)。

当然、むくろもダメですよ!

と言ってみても、宇文護も不届き者なんで聞いちゃーいません。
そんな人たちに真顔で説教する宇文神挙はホントに怖いもの知らずというか何というか。

当然のごとく、手下どもに刀を突き付けられておりますが、よくも殺られなかったものだと…ぶるぶる(あまりに不自然なんで、実は最初見たとき、彼もグルなのではと思ってました。許して、宇文神挙!)

スープを飲んでもいないくせに、毒を盛られた…と、虫の息の宇文邕。皇帝だというのに俳優なみのスゴイ演技力です。つか仔ブタちゃん、その血糊はどこから…まさか『ズートピア』じゃあるまいし、ケチャップとかじゃないですよね。

それにしてもよく分からないんですが、宇文護はなんで今頃になって皇帝の座を狙い始めたんでしょうか。どうせなら宇文邕がもっと若いうちの方が良かったんじゃ?

とはいうものの、きっかけもなくクーデターを起こせば、さきざき歴史書にどう書かれるかは火を見るより明らか。

意外な気もしますが、こういう人たちは通信簿を気にする夏休み前の小学生みたいなマインドの持ち主だったようです。

小学生なのは宇文邕にも言える、というのはもうしばらくすると分かります。

ここで、宇文護は宇文邕に譲位の詔〈みことのり〉を出させようとします。宇文邕は寝殿に引っ込んでしまいましたが、李安はそこへサインした文書を取りに行くのを嫌がります。

宇文護の子分のくせに、なぜ肝心の詔を取りに行かないのかははっきり説明されていませんが、恐らく、宇文邕が「先」帝(笑)という身分になったとしても皇帝は皇帝、その身体(玉体)に触れたり、直接何かを受け取ることは、禁忌だったからだと思われます。

第8話(→こちら)でお話しました通り、直接声を掛けることさえ、本当は許されないくらいなんですから、いつもは遠く階段の上にいる皇帝陛下のお側へ、大冢宰ならぬ李安の分際で近寄ることなど考えづらかったのでしょう。

そんなら自分で行く(はぁと)と、さすがは宇文邕の想い人(笑)らしく、ずいぶん気軽に詔を取りに来た宇文護に刀をつきつける、仔ブタ陛下。

積年の恨み重なる従兄に“老狐狸”(悪賢い古だぬきよ)と呼びかけています。

おや、これまでは自分をオオカミに育ててくれたオオカミだと思ってたんじゃなかったでしたっけ。オオカミになったりタヌキになったり忙しいお人です。

ちなみに、中国語の“狐狸”は「キツネとタヌキ」ではなく、現代ではこの2文字で1語で、「キツネ」を意味します。

詐欺師一族としては、どっちもどっちのキツネとタヌキの化かし合い、なんでしょうけど。

ということで、キツネ(江戸前は油揚げ)とタヌキ(同天かす)両方入りの冷やしそば大盛りのことを、一部では「冷やし特バカ」と申します。

背筋も凍る夏の納涼メニュー、どうぞお試しあれ!

腹心が護ってくれるはずと信じていたのに宇文邕の計にはまり、自ら手にかけていたことを知り、大船どころか納涼屋形船に乗り組んだと悟った宇文護は、

“反間計…”(離間の策か)とつぶやいていますが、これは以前ご紹介した《孫子兵法》用間篇にある言葉です。

相手の力を削ぐために、大事な仲間と仲たがいさせようとする。

高緯に蘭陵王の悪口を吹き込んだ祖珽が企んでいると、第10話(→こちら)で雪舞がなじった計略ですね。

さあ、ついに宇文護を追い詰めた宇文邕。してやったりといつにもましてドヤ顔の特盛り状態です。とっとと決着を付ければいいものを、この後延々と過去のいきさつを語ります。

なんせあと放送時間が10分も残ってますしね。

ということもあるでしょうが、宇文邕としては、この後、本当の皇帝になるために、この場にいる全ての人(除:宇文神挙)が思っているであろう、

宇文邕はヘタレ
宇文邕は兄皇殺し
宇文邕は尉遅迥を見捨てた

という誤解をといておかなければいけないのでしょうね。
皆に思われているってことは、歴史書にもそういう記録が残ってしまうということでもありますし。

そうです。宇文邕も、通信簿に何て書かれるかを気にしなければいけない立場なんですね。

そして、我らが四爺も、スケールはやや小さいとはいえ、そこんとこの基本は一緒。何せ第9話(→こちら)で、史官に書かせるセリフのことまで皮算用してましたよね。

現代日本での存在感のなさからは想像がつきにくいことですが、古代中国で歴史を書く係の人は偉かったのです。

地位が高かったというだけではありません。地位の高さに見合うだけの、その根性が偉かったのです。

『春秋左氏伝』にこんなエピソードが伝わっています。

大史書曰 崔杼弑其君 崔子殺之 其弟嗣書 而死者二人 其弟又書 乃舍之 南史氏聞大史盡死 執簡以往 聞既書矣 乃還
(歴史を書く係である太史が「崔杼は自分の君主を殺した」と記録したので、崔杼に殺された。跡を継いだ弟も同じことを書いて殺され、死者は二人となった。するとその弟がまた同じことを書いたので、ついに赦された。

別の史官は太史たちが殺されたと聞き、「崔杼は自分の君主を殺した」という記録を残そうと竹簡(第16話参照)を持って駆け付けたところ、すでに史書に記されたと聞いて、帰っていった)


崔杼は、このドラマでいえば宇文護のような、当時の実力者です。彼が公位を簒奪したため、史官は簡潔にそう書きました。殺しても殺しても、次に史官になった者が記述を変えないので、ついには諦めた、という話です。

ま、殺された君主の方もロクな人じゃなかったのですが、それはまた別のところに書いてあります。毀誉褒貶は別にして、事実は事実として記録に残すというのが史官の仕事なのです。

この話は「太史の簡」という言葉になって残っています。意味は、どんな困難にあっても仕事をおろそかにしない、ということです。

だから第9話で四爺は史官に書かせるセリフなんか考えていますが、その通り書いてもらうのは、たぶんムリ。

史官のど根性といえば、中国でもっともよく知られた歴史家の1人、司馬遷のエピソードも思い出されます。

彼は当時の将軍をかばったために刑罰を受けますが、執筆中だった史書『史記』を完成させるためだけに生きている、書き終えたら極刑に処されようと構わない、と言い放った話は有名です。

こうまでして作られた書物に書かれた記録は、当然重きを置かれ、子子孫孫語り継がれると考えられています。

なので、後世、残った記録で自分の悪評が定まるのを恐れて、皇位を狙う者たちはウラの事実がどうであれ、表面的には禅譲が行われた(前任者に位を譲られた)と史書に書かせようとするのです。

何だかなーとお思いになるかも知れませんが、後世の評判を気にするのは、何も古代中国の話だけじゃありません。

たとえば、アメリカ初の黒人大統領オバマさん。

あらゆる意味で物議を醸してる後任選びのおかげか、すっかり影が薄くなりつつありますが、彼も任期の終盤を迎え、「どんなレガシーを遺すか」が注目されています。

レガシーとは遺産、この場合は業績ということですが、それはまさにのちの世に、何をした、どんな大統領だったと伝えられるかを意識することに他なりません。

で当然、記録のために回ってるであろうビデオカメラを意識しすぎたのか、宇文邕はセリフを引っ張り過ぎてしまい、その隙に貞児を人質に取られるという大失態を招いてしまいます。

宇文邕がどうなろうが(ヘタすりゃここでライバルが消滅してくれたらラッキーくらいに思っていたのかも)、

とにかくとっととこの場を立ち去りたい蘭陵王は、宮中の大混乱に飛び込もうとする雪舞に、

“這不關你的事”
(これは君には関係のないことだ)

と言いますが、もちろんそんなこと聞く雪舞じゃありませんって。

一方、貞児を放せとすごむ宇文邕に、

「取引できる立場ではなかろう」という声がかかります。
相変わらず上手い訳っすね。ここの原文は、

“討價還價”

値段の駆け引きをする、という意味です。

そこへ飛び込んでくる楊雪舞。突然の招かれざるゲストの登場に、当然、みんなはビックリです。

自己紹介も兼ねて、出た出た 雪舞のお得意、 

ハッタリ君!

何か物凄い魔法使いなのかしら?と、その場のみんなが思わず固まっていると、後ろからこっそり、蘭陵王が李安に近づきます。

ああ、李安〜! 後ろ後ろ!

四爺は何のためらいもなく、この場で最初に剣を振るったくせに、その後は左右をキョロキョロ見てるのが何ともはや。

その後、そんなに宇文邕の命令を聞くのが不服なのか、御意といいつつあからさまに不承不承で笑わせてもらいました。

しかし、笑ってる余裕もないこの場の宇文邕と宇文護。

最後の大逆転を賭けて、宇文護はこの一言を繰り出します。

“我是大周國的開國大將”
(私は周国開国の功労者だぞ)

你的父皇宇文泰 曾經下令 後代君王均不得殺之 你豈敢”
(そなたの父、宇文泰は、この先、皇帝といえども宇文護を殺めてはならぬと命をくだしたのだ。それを敢えて破ろうというのか)

父親に背くのか!とは、ダースベイダーがルークに投げつけそうなセリフですね。…

儒教社会、ましてや人の手本たる皇帝であれば、親の言いつけに背くことは重大な倫理違反な上に、開国の皇帝・宇文泰が下したのは、宇文護に、いわゆる“免死金牌”を与えるという命令で、これを無視することはできまい、という言わば二重の脅しです。

“免死金牌”とは、建国の功労者に皇帝が与える特権です。

“金書鐵券”“丹書鐵券”というのも基本的に内容は同じで、恩賞や特典をメダルや金属の板に書く、一種の契約書で、半分、またはいくつかに割って、割符の片方は他の人が持っていました(第7話→こちらで、祖珽が高緯に「勝ったも同然」という意味で“勝券在握”と言ってましたね)。

そこに、お前さんの働きで勝てたら、死罪に値することをやっても9回までは無効ね、とか、お前の子孫も死罪を免除してあげるよ、等々の約束事が書いてあるわけです。

なんでそんな面倒くさいことを…とお思いの方には、日本の戦国時代を連想していただければ分かりやすいと思うのですが、これから国を作るってことになれば代々の忠義者とかはいませんので、武将も当然、これやって何のメリットがあるわけ?と思っています。

なので、合戦とかで一番に斬り込んだり、勇猛な働きをしてもらったりしようと思えば、やっぱりインセンティブで釣るのが一番な訳です。

最初はご褒美や領地を約束した契約だった“鐡券”ですが、死罪を免じるという恩典がついたのが、ちょうどドラマの時代、南北朝だったと言われています。それには戦乱の時代ならではの切実な側面がありました。

これは第1話で雪舞のおばあ様も言っていましたが(→こちら)、兎を捕まえれば猟犬は始末されるのが世の倣い。

功労のあった将軍は、疑心暗鬼に駆られる新皇帝の側にいて、褒美を期待するどころか、場合によっては命の心配をしなければなりませんでした。

それが、のちのち皇位を簒奪するかもしれない親戚筋ならなおさらのことで、建国にあたって助太刀した他民族とかも同様です。

だから、皇帝は将軍や親戚や帰順してきた他民族の武将たちに、私も、そして後継者たちもあなたに危害は加えません、という約束を与えておくことで、頑張って働いてもらおうとするわけです。

これが簡単にひっくり返せるようなら、約束になりません。いくら皇帝でも、重要な約束を反故にするようならば家臣は離反するはずです。なので宇文護も、絶体絶命の瀬戸際にこの話を持ち出してきたのでしょう。

でも、いくら取り決めだって、自分の命が危ないときに、それを守ろうという皇帝もいないでしょうね…。

結局、宇文邕は剣を振るい、

“朕即天下”
(朕こそが天下だ!)

と宣言するに至ります。

ってことで、宇文護によるクーデターはどこぞと同様失敗に終わり、ひれ伏す皆さん。とりあえず、長安市民に被害が及ばなくて済みましたね、は良いんですが、ここで宇文護の付き人も全員どさくさにまぎれてバンザイ側に回ってるんですけど…。

とまあいろいろありましたが、西暦572年、“韜光養晦”(才能を隠して外に出さなかった)12年の忍耐を経て、宇文邕は実権を手にしました。これは史実も同様で、ツメを隠して12年、ボンクラ皇帝を演じてきたその演技力と知力はやはり大したものと言わざるを得ません。

宮殿内外の様子を報告する宇文神挙にいろいろ確認事項もあるだろうに、質問の2つめが、“那天女呢?”(で、天女はどうだ)ってあたり、まだ演技が抜けきってなかったのかも知れませんが。

宇文邕が雪舞の不在に気が付くまでにどのくらい時間がかかったのか分かりませんが、四爺と雪舞は夜になって、国境までたどり着いたようです。

が、五爺と落ち合う予定の旅館で馬を下りると、周りをぐるりと周兵に囲まれてしまいます。

こんなにいっぱい人が潜んでたのに気配さえ察知してないとは、大丈夫ですか、この将軍?

しかもそこへ、四爺的に二度と見たくなかったであろう、宇文邕が現れます。

“怎麼要走了 也不跟我說一下”
(出ていくというのに、一言もなしか)

お取込み中だったみたいですからね…。

“原來你 一直潛伏在周國”
(おまえがずっと周に潜伏していたとはな)

言われた蘭陵王は黙って宇文邕を睨んでいます。
宇文邕が蘭陵王を見るのはここまでで、後はずっと雪舞を見たままです。

“宇文邕 我知道你是好人 你放了我們吧”
(宇文邕、あなたが良い人だって知ってるわ。私たちを放してちょうだい)

言われた腹黒陛下は実に微妙な表情をしています。

“朕最害怕的 就是你走”
(朕がもっとも恐れることは、そなたが去っていくことだ)

続けて、その理由を述べられますが、そこのセリフはなんていうか、出来の悪いバラードの歌詞みたいです。“朕”だからまだ見てられるんですけど、主語を「僕」とかに変えたら、おやつのゆで卵を吹き出してしまいそうですよ。

我慢してご紹介しますと、

“從來沒有一個女子 可以不把朕當皇帝看
(これまでどんな女子も 朕を皇帝としてしか見なかったというのに)

卻又跟朕如此地沒有距離
(少しも距離を感じさせることなく)

讓朕毫無防備之心 吐露真言
(朕の心を開かせ 胸の思いを話させてしまう)

當你涉險去救貞兒的時候 朕第一次感到擔心
(そなたが危険を冒して貞児を救ったとき 朕は初めて怖れた)

從來沒有一個女子 可以讓朕如此地擔憂
(いままでこれほどまでに 案じた女子はいない)

朕 真的很想把你留在身邊”
(朕は何としてでも そなたを側に置きたい)

あの一連のゲス騒動でさえ起こらなかった、
婚約者の目の前で女をくどくという、あり得ないシチュエーション。

かくも長いセリフの間、蘭陵王は宇文邕を睨んだり目をそらしたりと
バリエーションをつけつつ反応してるわけですが、よくも黙ってたもんだ。

そりゃもちろん、台本にセリフがないからでしょうけどさ。

でも、中国の人は一般に、日本人みたいに人の話にひっきりなしに相槌打ったりしないみたいです。なので電話で中国人のお友達が愚痴って来たら、スピーカーフォンにしてずっとしゃべらしとけば特に問題ないらしい。お試しください。

逆に、てきとーに相槌を打つと、「私の話にさっき賛成したじゃない!」と言われて修羅場になったり、アメリカ人に至っては、頻繁に相槌を打たれると逆に「人の話をちゃんと聞かない」「こちらの話をやめさせようとしている」と不愉快に思う人もいるらしい。気を付けませう。

黙って聞いてたのは雪舞も同じですが、言わせておくと切りがないと思ったのか、いきなり話を打ち切る方向に持っていきます。

“我都要成為他地妻子了”
(だってすぐ私はこの人に嫁ぐのよ) 

ここに「どか〜ん」って効果音が入っているように聞こえるのですが、空耳でしょうか。

言われて、宇文邕はまるで今初めて聞いた話みたいに蘭陵王の方を見てますけど、周に来る直前の時点で、雪舞はちゃんと宇文邕にそう言ってましたよね?
都合の悪いことは、知らんふり♪ なのでしょうか。

それでも宇文邕は皇帝、当たって砕けろ♪ みたいなことはせずに、

“要是因為你 讓朕弄得跟土匪一般
那還真是貽笑大方
楊雪舞 你可要記著 對朕有過承諾
把朕當成是一輩子的朋友”

(もしそなたのために、盗賊のような真似でもしたら、
それこそいい物笑いの種だな。
楊雪舞よ 忘れるな 朕に約束したことを
朕と一生の友でいることをな)


さすがは陛下、民草のお手本なだけはあります。

“蘭陵王你也幫朕最不喜歡欠人情”
(蘭陵王 お前にも助けられた。
朕が何よりも嫌うのは借りを作ることだ)


とも言っていますが、どの時点で蘭陵王が助けたと分かったのでしょう。

太刀さばきか?

とにかく、宇文邕は約束を守る男。
捕虜は全員解放したし、自ら斉国まで雪舞を送り届けましたよ(誰も頼んでないけど…)。

どこかの誰かさんとは大違いですよね。

さらに何か虫の報せでもあったのか、こんなことを言い出します。

“但是在我有生之年 若你讓楊雪舞受傷離開你
朕在也不會讓她回到你的身邊”

(朕の目の黒いうちに もし雪舞が傷ついてお前の元を離れたなら、
二度と帰しはしないぞ)


蘭陵王も、理由は聞かずにまともに返します。

“對不起 就算天塌下來 你也不會再有這種機會了”
(悪いが、天が崩れてきたとしても 二度とそんな機会はないだろう)

そう言われた雪舞が、にっこりして蘭陵王を見るのもいいですね。

そこへ、長ゼリフの間に神挙が一生懸命書いたのか、停戦協定書が運ばれてきます。

“這份停戰協議 我替大齊的子民謝謝你”
(この協定書 大斉国の民に替わって礼を言う)

それはそうと、もらったものの重大さに比べて、片手で受け取ったり、返事の“謝謝你”(どーも)っての軽く聞こえるんだけど、どうなんでしょ。

真紅の大優勝旗を贈呈する」
「どーも」

レジオン・ド・ヌール勲章を授与する」
「どーも」

AKBのセンターを命ずる」
「どーも」

どーも違う…。

恐らく単純に喜んでいる雪舞とは違って、四爺はこの協定書の別の意味も、いちおうは考えているものと思われます。宇文邕は渡すときちゃんと言っていますが、政権が代わったばかりで不安定なので、国力を養うために停戦したい、ということは、力がついたら何してくるか分かったものではないからです。

私の一番好きなマンガ、藤崎竜先生の『封神演義』に、実に深〜い一言があります(このマンガ、いかにもな少年向けマンガと見せかけて、あちこちズブズブ深いところがあるのですが)。

お話の舞台は殷〈いん〉から周に替わる時代、今から3000年以上昔の、紀元前1027年ごろのこと。
(この周は一番古い時代の周。非常に長く続いた王朝のため、この周にあやかってか、中国史には何度も周という国号が登場します。宇文邕が皇帝をしている周もその一つなので、区別するため歴史上では「北周」と呼んでいます)

主人公の太公望・呂望〈たいこうぼう りょぼう〉(72才)は周を援けて、妲己〈だっき〉に乗っ取られた殷を滅ぼそうとします。

しかし、妲己ちゃんは恐るべき妖力と、スーパー宝貝〈バオベイ/戦闘アイテム〉を持つ狡猾な仙女でしかも美女でプリプリプリンちゃんと来てるので(え?)、太公望を初めとする仙人・道士たちが束になってもかないません。

お話も終盤(第17巻)、太公望は助けを得ようと、伝説の大仙人、太上老君〈たいじょうろうくん〉(?000才)を探しに出かけます。

面倒くさがりで滅多に起きてこない太上老君を何とか探し当てると、これがまたジャニーズ系の飛び切りなイケメンであります。

そもそもこのマンガ、主要な登場人物の年齢がだいたい60才以上〜3000才程度の超高齢者ばかりなんですが、主人公の太公望にしてから72才なのに、見てくれ16、7才の青少年に見えます…というところで、私はハタ、と膝を打ちました。

この話、元々が中国明代の古典小説なのに、内容も実は終盤まで、ほとんどマンガと一緒です。つまり、殷と周すなわち、神話と歴史の時代が交代する時期の史実をベースにしつつ、仙人・道士・人間・妖怪が入り乱れ、各々アイテムを駆使して相手を倒し、封神榜(打倒リスト)を完遂するというもの。

大事なことなので3回言いますけど、このファンタジーゲームそっくりなあらすじは、今から500年以上前に成立した原作(古典小説)通りなんですよ!

で、小説の挿絵は実年齢(?)にふさわしくおじいさんばっかりですが、マンガの方はイケてるビジュアルの登場人物ばかり。何でよ...?と思ったけど、そうだった、仙人・道士は不老不死、つまり、いつまでも若いんです! だから挿絵の方がまちがい。

何で今までそこに気づかなかったんだろう? そう思った瞬間、私はこのマンガのトリコに…。

あ、話が逸れちゃった。

そのイケメンな太上老君が最強というにはあまりにもダラダラしているせいか、太公望は自分のダラダラぶりを棚に上げて尋ねます。

「おぬし 妲己より強いか?」

太上老君はいつになくキリッとして答えます。

「彼女には決して負けない」

ここでページが変わって、次のセリフは、

「なぜなら 戦わないから!」

それを聞いた太公望は膝かっくん、となるわけですが、孫子の兵法のなんたるかを知り、ドラマもここまでご覧になった皆さまにはよくお分かりのことでしょう、この言葉の深さが。

そう、戦わなければ負けることはないのです。
そして、戦わないということは、いかに困難であることか!

このあたり、ちゃんと中国哲学の基本を押さえてオリジナルなお話にしてるところがまた素晴らしい。

このマンガ、またちょっと先で登場することになるので(え、まだやるの?)今回はここまでにしておくとして、宇文邕が実権を握って最初にしたことは、実にウルトラCなことでした。

いまこの不安定な国内情勢のまま攻められたら、下手すると国ごとなくなっちゃうかも知れません。
それを、いかにも恩着せがましく防いだわけです。さすが忍従12年は伊達じゃない!

そして、受け取る側の人にとっても、コイツは非常に悩ましいアイテムなのですが(宇文邕がくれた、ってことを差し引いても、四爺は実は受け取りたくなかったことでしょうよ…)、それは次回以降のお話。

宇文邕はじっと雪舞を見たあと目をそらして、

“在朕反悔之前你們走把”
(気が変わる前に去れ)

と言い、言われなくてもそうする、と書いてある四爺の背中を見送りつつ、

“好不容易找到懂朕心的人 朕卻不能把她留下”
(ようやく心が安らぐ相手を見つけたのに、そばに置けぬとは惜しい)

と独りごちます。

そのつぶやきを聞いてうなだれる宇文神挙。

あなたの心を分かっている人は、雪舞の他にもちゃんといるわ、仔ブタちゃん!
部下と奥様を大切にね! とエールを送って次回へ続くこちら


posted by 銀の匙 at 02:38| Comment(4) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月03日

18歳以上の皆さん、参議院選挙の投票に行きましょう

皆さま、こんばんは。
選挙日当日、仕事が入りそうだったので投票を済ませてきました。

どうせ自分が入れても入れなくても一緒とか、
誰にも期待できないとか、
民意に任せたら却ってヤバいこともあるじゃないかとか、
ネガティブ要素はもちろんありますが、
制度のよしあしは取りあえず置いといて、
昔の人たちが時間や労力、ときには命も投げ打って手に入れた選挙権、
投じた結果が未来をどう変えるか、きちんと考えることも含めて、
受け継いだ私たちが大事に使わなければ…。




posted by 銀の匙 at 01:38| Comment(4) | TrackBack(0) | 催し物 リマインダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする