
なかなか見応えのある映画でした。
ヒューゴ・ウィービング演じる復讐(ヴェンデッタ)の鬼・Vのサラサラヘアーとエプロン姿が可愛かったです。…というのは置いといて。
脚本がとても良くできていて、
「ヒューゴ・ウィービング演ずる仮面の男・Vは、圧政を敷く政府を転覆するため、テロを仕掛ける。彼に助けられたナタリー・ポートマン演ずるイヴィーは政府から追われる身になる」
という公表されたあらすじから推測していたストーリー展開は裏切られ(まあ、大筋はこうなんですけど)、イヴィーと一緒に何かワナにでも掛けられたような気がしてきます。どこまでが真実でどこまでが虚構かわからない…「マトリックス」三部作ではあまり上手くいってなかったみたいですけど、今度はストーリーの中に巧みにその仕掛けが織り込まれています。
いやー、しかし、アクション映画だと思って見にきたお客さん(いたかな?)は驚いたでしょうね。ヒューゴ・ウィービング演ずるVの滑舌大会と鮮やかな剣術に…は、置いといて。
娯楽映画として飽きない程度のアクションはありましたけど、むしろサスペンス映画の趣がありました。
久々に、観る人によっていろいろな見方ができる面白い映画だと思いました。現代に生きている人なら誰でも持っているさまざまな問題意識を呼び起こすとでもいいますか。娯楽映画として面白く作ってある一方、観る側が何を汲み取るかが問われるキビシイ作品で、ですからこの映画を観て、
「ブッシュ政権への痛烈な批判」だとか、
「ダークヒーローが悪を倒す、良くあるパターンの映画」くらいの見方しか出来なければ、要は映画のレベルじゃなくて、観る側のレベルがそこだということです、NewsWeekを除いて。(なぜ除くかは追記に記します)。
で、これも久々にパンフレットを買って読んでみたところ、見開きですがとてもいいインタビューが載っていました。
詳しくはパンフレットを御覧頂きたいのですが、主演のナタリー・ポートマンの
「映画は会話であって独白ではない。…この映画を観た人がそれぞれに考えればいい」という主旨の発言、
監督のジェイムズ・マクティーヴが「Vはテロリストか自由の戦士か」という問いに答えた
「(アメリカ建国の父)ジョージ・ワシントンらもイギリス政府から見ればテロリスト」
という発言は心に残るものでした。一体誰がインタビューしたんだろうと思ったら町田智浩さんだったんですね。さすが…。
じゃ、自分がこの映画を観てどう思ったか、というと…
あ、その前に。今回は渋谷東急で観ました。
パンテオンなきあと渋谷の東急系の旗艦館のはずなのに(仮設なのかしら?)座席300とずいぶん小さな映画館でした。そのわりには段差があるのでそれほど見づらくはありませんが…
座席は全席指定で、7日前から窓口で一部の席が予約できます。残りは当日朝から受け付けています。見やすい席はF、G列の真ん中あたりです。
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以下、ストーリーのネタばれを含みます。
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かなり面白い映画だと思ったのに海外評価でBマイナスを食らっておりましたが、コーランへや同性愛者への弾圧、テロ制圧に名を借りた圧政への反抗といった描写が容易に現在のアメリカの状況を連想させてしまい、秩序が必要だと思う人には不快な映画ということになるし、同じく弾圧に反対している人からは「だったらVと立ち上がろう」で済む問題ではない、こんなの子供だましの映画だと思わせてしまうのかもしれません。
「ニューズウィーク」の映画評を観ると、よくあるヒーローもので観る価値がないといった論調で片づけられていますが、こうまで相手にもされないと、本音はこの映画の影響を心配してるんじゃないかと勘ぐられかねません。どこそこの国で上映禁止だといった話は良い宣伝になるので、「ニューズウィーク」が怖れる映画、というのは宣伝部の思うツボだったんじゃないでしょうか。
原作は同名のコミックでサッチャー政権時代に描かれたそうなので、映画化に当たって現状を取り入れているにせよ、こういう事態はいつでも起こりうるという意味なのでしょう。
正義のためなら暴力も赦されるのか、理念や信念のためなら個人は犠牲にすべきなのか。これらは古くて新しい問いですし、英米だけの問題でもありません。今回、Vは暴力と理念を選びました。ヒロインのイヴィーは一貫して前者には疑問を呈しながら、理念のために死を選ぶ覚悟をします。しかしそれがVの仕組んだ問いだと知ったとき、彼女はVから距離を置き、自分の道を歩く選択をします。
ラストを観ると、Vの選択が正しかったかのように見えてしまうので、「この映画はテロと革命を容認している」と批判されても致し方ない面はあると思います。Vのおかげで人々は立ち上がり、イヴィーも喜んでいるみたいでめでたしめでたしな雰囲気です。社会主義にせよ、資本主義にせよ、改新、革命が成功した後はどうなるか。またぞろ、革命戦士たちによる独裁が始まる…という例を見聞きしているだけに、この結末には一瞬納得がいきませんでした。
しかしVは最後、自分の選択に疑問を持ち始めていましたし、「人は忘れられるが、理念は受け継がれる」としながらも「でも理念にキスをすることはできない」と冒頭のナレーションにもありました。ですから、映画の中で、はっきり答えは出ていないと私は思うのですが…。
他にも、歴史にとって個人とは何かなどいろいろな要素が含まれているので、自分の興味に引きつけて観ることが出来て面白かったです。中でも私が一番興味を持ったのはマスコミと受け手の関係でした。
今回はTV局がクローズアップされていましたけれども、視聴者が報道を「嘘だ」と即座に見破る描写が興味深かったのです。TVの受け売りの方ならついやってしまうし、自分と反対の意見には敏感に反応するけれど、ニュースの嘘を即座に見破れる視聴者ってあまりないんじゃないでしょうか。
映画では誇張されていたので嘘もわかりやすかったですが、実際には、ごく一般的な事柄の報道だけでも、取り上げ方の軽重、解説の付け方、どの側面から伝えるか等によって、まったく違う色合いを帯びることがよくあります。
あなたが権力を手に入れると、自分の素晴らしい考えにケチをつける輩だの、うるさく意見を言ってくる連中にはムカつくことでしょう。そういう連中は何が公益かも知らないし、公徳心に欠けていますから、教育してやらねばなりません。そのとき、報道は大いに力になってくれます。
あなたの国が社会主義だったとしても、自主だの自由だの言う人を牢屋に入れたりしてはあまりにあからさまなので、やはりいけませんね。改革に熱心な連中には「修正主義」だの「西側に毒されている」「団結の足並みを乱す」「愛国心がない」などのレッテルを貼り、西側のモラルの崩壊(または転びバテレンならぬ転び社会主義国の哀れな末路)などをメディアで流しましょう。学生運動やデモを煽るのもなかなか高等手段です。上手く行けば政敵が処理を誤って失脚、または戦車を送り込んで悪者になってくれるかもしれないし…TVで全世界に流れてくれればしめたものです。
あなたの国は資本主義なら、ちょっと操作は複雑です。民主と自由がないのは社会主義国と独裁国家だけということになっているので、表面的には要求を通してあげなければいけません。
そして、熱心に主張する人には「グローバリズムに毒されている」「愛国心がない」「自分のことばかり主張する」「だから○○国はダメになった」「武士道精神が大事だ(武士道精神って何だか知ってます??)」などと貶めればよいのです。ベストセラー本を書いて啓蒙したり、教育に口を出したり、若者のモラルの低下を強調する宣伝をしたりして国民があくまでも自主的に、考える自由を失っていくようにプログラムしておきましょう。
隣国が力を付けてきて自国の行く末に不安を抱いた時、テロリストや外国人犯罪者などが現れて恐怖を煽ってくれた時は狙い目です。マスコミを使って繰り返し警鐘を鳴らし、危機意識を高めましょう。団結を高めるには完璧ですね。どうですか、簡単でしょ…というのは問題を単純化しすぎでしょうか…。
こういったプログラムに取り込まれるのは楽だけど、嫌だと言うのも今の段階ならそんなに難しくはないですよね。それともやはり、暴力を使わなければ抵抗できないところまで、傍観しているしかないのでしょうか。
今はまだ情報を流す側が圧倒的な権威なので、受け手に判断力を養えと言われても途方に暮れるんですが、とりあえず立ち止まって、自分でも考えるようにしておかないと…。


