2014年12月21日

蘭陵王(テレビドラマ13/走馬看花編 第7話の3)

皆さま、こんにちは。寒い毎日が続いていますね。
足が冷える夜には、やっぱり昔ながらの湯たんぽが嬉しいです。この湯たんぽって言葉、実は中国語の“湯婆子”〈タンポーヅ〉から来たのだそうです。

前の回(第7話の1→こちら)でご紹介した通り“婆”とはのこと。つまり、お湯の奥さんってことです。

えっ、だって同じ回で“湯”はスープだって言ったじゃん! というご指摘まことにごもっとも。現代中国語では、この字は単独では「スープ」という意味で、「お湯」という意味にはなりません(一語で「お湯」は“開水”〈カイシュイ〉=沸かした水)と言います)。

奥さんが添い寝してくれたときみたいに暖かい、というココロなんでしょうか。

ちなみに、夏の暑いときに涼をとるために抱えて寝る、竹で編んだ抱き枕を“竹夫人”といいます。

冬の“婆子”より夏の“夫人”の方が身分が高そう(笑)。
でも、“婆子”は奥さんですが、“夫人”は正妻とは限りませんからね、おほほほほほ…。

蘭陵王〈らんりょうおう〉=高長恭〈こう ちょうきょう〉=四爺〈スーイエ〉も、人さまのお嬢さんを“湯婆子”がわりに使うとは、ふてえ野郎です。(?)

こんな、女を使って暖を取る、という羨ましいけしくりからん行為は当然問題視され、やった人はバッチリ中国の記録に残っています。

唐の玄宗皇帝の弟・李范〈り はん〉は、杜甫の詩《江南逢李龜年》((江南地方で李 亀年さんに逢ったょ)にも登場する人物。

冬になって手がかじかむと、若くて美貌の妓女を召し出して、懐に手を突っ込んで暖を取ったとかで、それを「香肌暖手」なる美名で呼んでいたそうな。

かと思うと、玄宗皇帝の弟の申王は、厳冬の季節になると、自分の周囲に宮女をぐるりと隙間なく座らせて、寒さを防いだそうです。これを「妓圍」と呼んだそうですが、王は図体がデカかったので、十人二十人の宮女では足りませんでした(ってどんだけ巨大?)。

楊貴妃の兄、楊国忠は、冬に外出するとき、婢たちの中でも体格が良いものを選び、並ばせて先行させ、風を遮ったそうです。これを「肉陣」と呼んだとか。

総元締めの玄宗皇帝はどうだったかと言うと、ある寒い冬の一番冷え込む時期に、李白を読んで詔を書かせようとしたところ、筆が凍って書けなかったので、後宮の妃たちを李白の左右に侍らせて、息を吹きかけて筆の氷を溶かした、ということです。これを「美人呵筆」と呼んだそうな。

こんな羨ましい 下らないこと記録に残ってしまうんですね。
四爺も気を付けないと、女に添い寝させて暖を取った、なんて何千年も先まで噂されちゃいますからね。くわばらくわばら。

と、いうことで今回も第7話の続きです。前回のお話は→こちらからどうぞ。

万巻の本を読んでいながら、この唐代のエピソードは知らなかったらしい、白山村の天女・楊雪舞〈よう せつぶ〉(って、100年以上先の話だから当然知らないか…)。

えっと、湯たんぽがわりに使われたとも知らず、周軍の奇襲から彼女を庇い、毒矢に当たってしまった四爺に向かって、けなげにも、

“若四爺能痊癒 雪舞就算被軍法處置也 我也沒關係的”(もし四爺の容態が良くなるなら、軍法で処罰されても構わないわ)

と言っていますが、あなた、良くならなかったらお前もただじゃおかない、と、四爺の腹心・楊士深〈よう ししん〉が吼えていたのを聞いていましたか?

いや、良くなろうがなるまいが、彼女のしたことは四爺に大変な危機をもたらすのですが、それが何かはあと5分20秒もすれば、でもわかります。

こんなけなげな事を言われた四爺は、左の手だけで(右手は卵持ってるから)雪舞の両手を覆っています。

意外に手がおっきいんですね。

“無論本王生或死 都不會讓你受到傷害 我在女媧面前起過誓的”(生きようが死のうが、あなたを傷つけるようなことはさせない。私は女媧(神)〈じょか〉の前で誓ったのだから)

と、とんだ寝言をいっている四爺は、フィジカルには起き上がってるけど脳は寝てるものと思われます。この言葉がいかに寝言であるかは、あと5分もすれば、でもわかります。

さっきまで“我”(わたし)と言っていたのに、ここで自分のことを“本王”(余)と言い換えているのは、彼女を傷つけないようにという命令を下すことができる、自分の立場を強調しているのでしょう。女媧の前で誓った、のは“本王”じゃなくて“我”のほう。四爺の心がよく反映されたセリフ。

そこへ五爺=安徳王=高延宗〈こう えんそう〉が駆け込んでくるので、四爺はあわてて花束を背中に隠しています。

別に隠す必要もないと思うんだけど…。相当慌てたものとみえます(笑)。(それより、アップになった花束の脇に、ガウンのスナップボタンが大写しになってるのがとっても気になります。さすが古代中国、文明が想定を超えています。)

五爺はすぐこの状況の意味するところを察した模様。
しかし、一大事で駆け込んできた割に、余裕のある態度ですよね…。
(ホントこの兄弟は軍律を何だと思ってるのでしょうか。)

あっ、それより四爺、はどうしたの、は!!
まさかお尻の下に敷いてないよね?

そこへ段韶〈だん しょう〉太師と楊士深も現れ、朝廷からの密書を手渡します。

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おや、鳥の羽根がついてますね。これは一体何でしょう?

さあ、ついにまともな三択クイズです。手元のボタンでお答えください!
(四爺がご参加の節は、スナップボタンで構いません)

1)スープには「本だし」ではなくちゃんと鶏を使いました、というお知らせ。
北京ダックを頼むと後から出てくる鴨肉スープとか、フグのひれ酒みたいなもんですかね。

2)伝書バトで飛ばしたお手紙です、というお知らせ。
《史記》に、雁の脚に手紙をつけて飛ばした(雁書)って話は出てくるけど…

3)伝書バトはおいしく頂きました、というお知らせ。
北京ダックを頼むと後から(以下略)。

あれ、択目がないよ?(←普通はありません)。

実は、正解はでした(てへっ)。

これはちゃんとお作法にのっとった手紙の形式で、“雞毛信”〈ジーマオシン〉というらしい。

古代、緊急を要する手紙には鳥の羽が付けてあり、2枚、3枚…と増えるごとに緊急度が増す仕組み(ここでは1枚ですから大したことないっつーことですかね?)

ちなみに、“雞毛信”はまたの名を“羽檄”〈うげき〉ともいう、と辞書にあります。

Baiduの説明によると、“檄”というのは、木簡の中でも長さが2尺(45センチ強)のものをいい、軍関係の通信は主に“檄”が使われました。ここにキジ(“野雞”)の羽根を指したものが“羽檄”です。

出典は《史記》、《漢書》〈かんじょ〉にあり、緊急の軍令を出して(羽檄)、兵を集めようとしたが、誰も応じて来ない、という場面で使われており、ここから緊急の軍事郵便を「羽檄」というようになった、とのことです。

「檄〈げき〉を飛ばす」とは、このことだったのですね。

まさかテレビドラマで「檄」を見ることになるとは夢にも思ってませんでしたが(しかも、ここでは木簡じゃなくて革?に書いてあるけど)、その報せによれば、尉遅迥〈うっち けい〉が5万の兵を率いて洛陽〈らくよう〉に進軍したとのこと、すぐに応戦せよとの命令です。

楊士深は「(周の皇帝)宇文邕〈うぶん よう〉は四爺が毒矢に当たって応戦できないのに付け込んで兵を出したのでしょう」と言います。

あんたはまた、言わずもがなのことを…。

当時、斉の首都は「鄴」〈ぎょう〉にありましたが、四爺の発言からすると、洛陽はこの時代も、首都の守りとして重要な地位にあったようです。

それに、何と言っても洛陽は九朝の古都。ドラマの次の時代である隋代には東都と呼ばれ、その次の唐の則天武后〈そくてんぶこう〉の時代には神都と呼ばれて、長らく政治と文化の中心地でした。

例の、100年後の蘭陵王である尉遅真金が登場する《狄仁傑之神都龍王》(ライズ・オブ・シードラゴン)の“神都”とは当時の洛陽の呼び名です。

京都に行くことを「上洛する」というのも、もともとこの「洛陽」から来ています。

本が売れに売れて困っちゃう、みたいなときに、「洛陽の紙価を高める」と言う、あの洛陽ね。

いまどき、こんな風には言わないか…。
電子書籍が売れに売れて困っちゃう、ときには、「秋葉原の株価を高める」とでも言うんだろうか…イヤな時代だこと。

さて、檄を飛ばされちゃった四爺は、吹き替えでは
「わかるな、勅命は絶対だ。全力をつくすのみ」
と言っています。

ここは原文ではもう少し長く、
“君命不可違 你們都知道 我沒有選擇 我只有背水一戰”(陛下の命令に背くことは出来ない 皆も承知の通り、私に選択の余地はない。「背水の陣」あるのみだ)と言ってますね。

日本語版DVDのおまけに、出演者へのインタビューがついてるんですけど、魏千翔(ウェイ・チェンシャン:韓暁冬を演じた〉が、劇中の人物像について聞かれて、“蘭陵王是一個完美的人”(蘭陵王は完璧な人〉だと答えています。

この時代の完璧な人とは、どんな人か。

まずは容貌に優れていること。

現代の感覚で考えると、必ずしも容貌は必要条件じゃないような気がするけど、当時はとても重視されたようです。第4回(記事は→こちら)でご紹介した『世説新語』にも、わざわざ「イケメン」という章があるし、なんと南北朝時代は男性も化粧してた疑惑が。

フェニックステレビで放映された《文化大观园》(カルチュラル・カレイドスコープ)という番組によると(→ソースはこちら)、1981年に発掘が終了した北斉時代の墓には、鮮卑の武人たちが描かれており、どうやら頬には頬紅唇には口紅を差しているらしい。

これは単に、絵画的な表現というわけではなく、写実的な表現だったらしくて、文献にもちゃんと記載がある。しかも、男子の化粧は女子よりもさらに念の入ったものだったとか。

どういうことなんだか、ちょっと番組を覗いてみましょう。

王鲁湘:「中国の古文では美男子について描写している部分が美女についての叙述よりも多いんですってね」
周天游:「そうですね。ですから、今の若い男性が化粧をしたり、おしゃれをしたり、ひげをはやしたり、というようなことは、実は伝統回帰とも言えるんじゃないでしょうか」
王鲁湘:「その通りですね。有名なところでは潘安とか、玄奘(げん じょう:三蔵法師)とか。玄奘がお経を持って帰国したとき、長安の女性たちは彼を迎えに出たらしいですよ。美男子を拝もうとね」
周天游:「確かにそうです。そのうえ、古代の男子は女子のお化粧を手伝ったりしたらしい」
王鲁湘:「ええ」
周天游:「漢代の宰相・張安世は《漢書》〈かんじょ〉に記載がありますが、夫人の眉を描いてあげたそうです…」

老先生と司会の人が妙に嬉しそうなのはナゼ?

第4話(→記事はこちら)で敵将・尉遅迥将軍が四爺に向かって、「化粧でもすれば女人で通用しそうだ」うんぬん、とおっしゃっておられましたが、実は男性も化粧がデフォルトだったんですね。

内面が容貌に出る、と考えられていたのでしょうか。日本でも、四十過ぎたら顔に責任を持て、と言ったりしますが…。

美徳として他には、文武両道(これはもう少し先で皇太后が、武術の稽古をしていないときは読書(勉強〉をしている、と言っています〉であること。

そして一番大事なのは、道義的に優れているということです。

このドラマは時代劇なので、ここでの道義とは儒教の教え、つまり「君主に忠、民には仁慈、親には孝、義理堅く、礼儀をわきまえている」ということ。史実でも蘭陵王は忠義の人という美点が強調されています。

蘭陵王は君主の命令とあらば、毒杯を仰ぐことも厭わないし(さすがにこれは現代の視聴者には理解しがたいと思ったのか、脚本は「民に仁」と結び付けてますけど〉、曲がったことはしません。

後で鄭児〈ていじ〉に“自以為是的高品コ”(品行方正でお高く止まっていらっしゃる)とせせら笑われるほどです。

だから、知らない女性(雪舞)には礼儀正しく振る舞うし、おばあ様の言いつけはいちおう尊重するし(結果的にメチャクチャ破ってるけど)、帯を受け取ったのだって、まあ雪舞が嫌いならそんなことしないでしょうけど、多分に、本人が言ってる通り、「義を見てせざるは勇なきなり」という教えに沿っている。

終盤に来て雪舞は、彼を称して、「口下手」だと言ってますが、あれは褒めてるんです。

「巧言令色〈こうげんれいしょく〉 鮮〈すくな〉し仁 剛毅朴訥〈ごうきぼくとつ〉 仁に近し」(ことば巧みで人におもねる者は仁に欠ける。真っ直ぐで口下手な者が仁に近い)と孔子さまも言ってますよね。最高の道徳である「仁」を身に着けてる人というのは、口下手なものなんてす。

とは言っても、さすがに全編こんな堅物の権化みたいな人では視聴者もついて行けませんので、これは彼の仮面のようなもので、雪舞といるときは、もう少し普通の人らしいというか、子どもじみた振る舞いをしている。周の皇帝、つまり天下の模範である宇文邕〈うぶん よう〉も、状況はまったく同じです。

中華第一男子もつらいよ。

ただ、ここのセリフからは、また少し違ったニュアンスが感じ取れます。

私には他に選択肢がない、とはつまり、たとえ本心では嫌だったとしても、出陣するしかないという意味なんでしょうね。

この一言は、このあとのいろんな場面の伏線になっています(ずっと後の方になって、宇文邕からは「ナンセンス」と叱られましたけど)。

たとえば、このあと、皇帝から正妃を選ぶようにとの命を受けたときは、たとえ君命に背いても…みたいなこと言っていましたが、実際には、上手く説得して皇帝に命令を取り下げてもらわない限り、違背するのは無理だと思います。

史実では、皇帝から褒美として賜った女性たちを受け取らずに返してますが、あれは妾だから、正妃とは重みが違います。

楊雪舞に関することは、忠君愛国一本やりの人がそこまで言うというほどの重大事であることが、この第7話と比べるとよく分かります。

ちなみに、日本語では「背水の陣」といいますが、中国語では普通“背水一戰”と言います。これも《史記》淮陰侯(わいいんこう=韓信)伝からの言葉。ここでいう「水」とは河のこと。河を背にして戦えば、退却することはできません。そんな追い詰められた状態で勝負にでなければならないということ。

そこまで言わせる理由はなんなのか?

ここで、ついに太子の高緯〈こう い〉が登場します。

五爺は日本語では「おそらくロクな事では…」と言いますが、中国語では、“八成沒好事”(八割方良くないことだろう)と2割増しですね(ご…ごめんなさい、くだらないツッコミで)。

ちなみに「ロクでもない」の「ロク」とは「陸」と書き、平らじゃない→まともじゃない、という意味になったんだとか。

あ、皇太子が出てきたんだった(くだらない計算してるうちに忘れるとこだった)。

史書には、
「高緯容貌俊美,其父長広王高湛對他特别爱寵」(高緯は容貌がきりりとして美しく、その父、長広王・高湛〈こう たん〉は彼を特に可愛がっていた)

とあります。さすが高一族、美形が豊富であります。

1400年前の当時、斉の「皇室ニュース」なんか見ていて、いとこの高長恭と高緯がこんな風に並んで立ってる様子がテレビに映ったら、あまりにもまぶしくて画面がハレーション起こしていたことでしょう

さて、デジカメもスマホもなかった当時の服飾を知る有力な手がかりとしては、先ほどの化粧の話でも出てきました、「お墓」があります。

そのまた昔は「陪葬」といって、ご主人が亡くなるとお付きの人も埋められちゃったらしいのですが(ひえぇぇぇ!)、あの暴君、秦の始皇帝ですら、人の代わりに兵馬俑で代用してたくらいですから、さすがに高一族がファンキーと言えども蘭陵王の時代にはそんなことはなく、やはり俑(はにわ)が埋められていました。

また、斉の初代皇帝・高洋(こう よう:蘭陵王、安徳王のお父さん・高澄の弟)の墓室に描かれた壁画にも赤い衣服の人物が見えます。

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ソースは→こちら

ちなみに、遺された俑を見ると、蘭陵王の装束そっくりの人もいます。
やっと届いた《文物三国両晋南北朝史》(中華書局)に、図版が紹介されています。
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盾?に着いている、この仮面のような模様、日本の雅楽「蘭陵王」の面に似てませんか。

たぶん、ここからヒントを得たのだと思いますが、ドラマの四爺の装束にも、この装束のデザインが取り入れられているようです。

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武人たちの甲冑なども、おそらく出土した俑からヒントを得ているのでしょうね。
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こうしてみると着ている服は赤が多いみたいです。

また、公式のFacebookでわかるとおり、皇太子・高緯のこの装束は、まさに出土した壁画をヒントにデザインされています。

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演ずるは、これまた爽やかな好青年、ロナルド・チャイ(翟天臨)。

ロナルドは、態度は尊大だけど内面は小人物、しかし根は実のところ善人という、皇太子の複雑なキャラクターを見事に演じています。いやー、彼もアイドル系なのに、よくこの役のオファーを受けたものです。でも、役者としてはぜひチャレンジしてみたい役柄なんでしょうね。登場以降、彼の演技にいちいち感心してしまう私です。

さて、華々しく登場した皇太子を遠くから見て、雪舞は尋ねます。
“在中間那位就是太子嗎”(真ん中にいるあの方が皇太子殿下なの?)

“那位”と敬語を使っていることにご注目ください(敬語じゃなければ“位”でなく、“個”を使います)。いちおう、敬意を払っているんですね。

“對 他就是我齊國太子高緯”(そう、彼こそがわが斉の皇太子・高緯殿下だ)と説明する四爺は、この後ずっと、口元にものすごく嘘っぽい微笑みを浮かべています。

高緯の父親が、この時点での斉の皇帝(武成帝・高湛〈こう たん〉)です。史実では、この年(邙山〈ぼうざん〉の戦いがあった年・西暦564年)高緯は8歳か9歳なんですが、それを言い出すと混乱するのでやめとこう。

ここで四爺が、彼とは“同族兄弟”(同族の兄弟)だから、助けあわなければ、と回りくどい言い方をしているのは、実の兄弟ではなく、父親が違うからです。日本語でいうと、「父方のいとこ」ですね。(中国語でいうと、“堂兄弟”)。

言われて雪舞は、“他注定要死在自家兄弟手中”(彼は兄弟の手にかかって死ぬ運命にある)というおばあ様の予言を思い起こします。

斉の国の基礎を作ったのは、高歓〈こう かん〉という人で、彼には15人の息子がいました。長男が高澄〈こう ちょう〉で、これが蘭陵王や安徳王のお父さんです。現皇帝の高湛はなんと9男坊でした。

この時代も、ほとんどの場合、正妻の子にまず皇位継承権があるので、斉が建国されれば本来なら高澄が皇帝になり、その息子である蘭陵王や安徳王に継承権があるはずだったのですが、高澄が皇位に着く前に殺されてしまったために、先ほど墓地の壁画でご紹介した高洋など、同じ年代の他の兄弟たち(蘭陵王からみれば伯父たち)に実権が移ってしまいます。

これだけでも、蘭陵王や安徳王の置かれた立場の微妙さがお分かりいただけると思います。

建国の大功労者の遺児でありながら、現皇帝が高湛だ、ということだけから見れば、皇位継承権からとても遠い位置にいる。ということは蘭陵王は謀叛の首謀者として担がれやすいポジションだということです。太子の取り巻きからすれば、警戒して当然と言えるでしょう。

しかも皇太子の方は、雪舞のおばあ様に、
「朱雀の星に守られているが、しょせん、雀は雀。」と、あっさり片づけられています。

雀はここでは、“雀鳥”と言っていますが、現代中国語では“麻雀”〈マーチュェ〉と言います。ちなみに麻雀は“麻將”ね。

中国からの観光客が、日本の雀荘の看板を見て、日本人ってスズメ料理が好きなんだなぁと思う、というのはまたまた日本観光の鉄板ネタです。

さて、皆に、何しに来たの…?と疑惑の目で見られている皇太子。まずは四爺を、
“御守邊疆已經一年多沒回鄴城了”(辺境を守って一年以上も都に帰っていない)とねぎらいます。

ここでいう“御”とは「防御する」の意味です。

おばあ様に、戦場から戦場に渡り歩くと言われている四爺ですが、ホントに大変ですよね。

ただ、逆に私は、四爺は武将だからずっとこういう生活をしているものだと思っていたので、あとで都で彼が住んでるお屋敷が出てきたのを見て結構驚いてしまいました。

そうよね、いちおうは皇族なんだし、ずっと僻地に飛ばされてる訳じゃないもんね…。

ここでさりげなく皇太子が傷口を痛めつけるので、四爺は思わず顔をしかめてしまいます。
それを見逃さず、大卜〈たいぼく〉の祖珽〈そ てい〉が嫌味を言います。
“看來戰神是個空有其名啊”(見たところ、「軍神」とは名ばかりだったようですな)

大卜というのは官名で、日本でいう陰陽頭のような、天文や占いを司る役職です。

この祖珽という人、史実でも才人、かつ国を誤った人物として記されています。読書家で詩を作り、作曲もし、鮮卑〈せんぴ〉語を始め、胡人(北方、西方の周辺民族)の言葉にも通じていました(ドラマでも第13話で、この特技をを悪用したエピソードが出てきますね)。一方、手癖が悪く、金品や女性に簡単に手を出すことでも有名でした。

己の保身のためには手段を選ばず、史実でも、彼の計略によって斛律光〈こくりつ こう〉将軍が誅殺されてしまいます。

一方、祖珽は文だけでなく武にも通じていましたが、そちらは次の回でご紹介いたしましょう。

さて、怒った五爺は祖珽に向かって、
“你胡說”(デタラメだ)と怒鳴ります。デタラメ、の用例、また出てきましたね(この言葉の説明は前々回→こちら をご覧ください)。

臣下の分際で皇子に向かって「名ばかり」と発言するとは見上げた度胸ですが、後の回で周の朝廷の様子をご覧いただければ分かるように、実権のない皇族はそのうち粛清されるか遠ざけられたので、実力者にくっついている権臣は、ライバルの皇族を貶めることで、実力者のご機嫌取りに必死だったのです。

とはいえやはり四爺は皇族、皇太子はいちおう祖珽の無礼を叱ります。
“如此不得禮”(なぜかように礼儀をわきまえぬのか)=礼儀知らずも大概にせよということですね。

四爺はフォローして、
“心直口快”((祖珽は)率直な方だ)と言います。おお、大人の中国語ですな。ヤン・ミー兄貴(→前の回を見てね)にもこれを言っときゃ角が立つまい。

皇太子の耳にも蘭陵王の「夜ごと側女と宴会でどんちゃん騒ぎ」の噂は聞こえていたらしく、まずは側女に会わせろとご所望です。

「堅物の蘭陵王が側女を置いたと申すので、どれほど妖艶な美女かと思ったが、なんと、かような小娘だったとはな」
おおっ、吹き替えの皇太子殿下の声が渋くてステキっ

ここは中国語では、
“能讓從不近女色的四哥首度納為妾的女子 我以為應該是多麼地妖嬈艷麗 沒想到竟然是個小姑娘”(女人をそばに近づけなかった四兄が初めて側女にしたというから、どれほど艶めかしく目の覚めるような女人かと思えば、思いもよらず、なんとお嬢ちゃんか)

さすがに皇太子は礼儀をわきまえているので、中国語版の方では“小姑娘”(お嬢ちゃん)と穏当な言い方をしています。(言ってる内容は相当失礼ですが)

失礼ついでに、祖珽は、
“行軍攜眷並不在七律重罪十條之列, 四爺年輕 風流 帶個小妾在軍中也不是什麼大事”(行軍の際に身内を同行したとて「十条の重罪」には当たりませぬ。四爺は若くて風流でいらっしゃる。側女を連れて軍務に当たられるなど大したことではございません)

ここで祖珽が言う、「重罪十条」とは斉の国に実在した規定です。

その中身ですが、
1は反逆(謀叛)
2は大逆(皇帝の陵墓や宮殿を荒らすこと)
3は叛 (他国へ寝返ること)
4は降 (投降すること)
5は悪逆(家庭内暴力・尊属殺人)
6は不道(無実の者を3人以上殺害すること、人を殺すための呪いや巫術を行うこと)
7は不敬(皇帝の祭祀の道具を盗んだり、皇帝の安全にかかわるような職務で不行き届きがあること)
8は不孝
9は不義(「義」に背く行為。行政官や師を殺害する)
10は内乱(同族内で倫理に反する行いをすること)

なんだこりゃ、高一族全員死罪じゃん... あぁいえいえ、

“不過擅離職守 為了一個女人放跑了周國皇帝宇文邕 那可是死罪呀”(ただし、職務を離れ、女人のために周の皇帝・宇文邕を逃したとあらば、それは死罪に当たります)

おっと、単刀直入にこう来たか…。

これこそ、第3話(→記事はこちら)から斛律光〈こくりつ こう〉将軍が

「太子の取り巻きは四爺がしくじるのを待ち構えている」

と言って常に恐れていたことでした。彼らは前々からこれを狙っていたのですから、3万人もいる陣中には、彼らの手の者も交じっていて、先のいきさつも逐一報告されていたことでしょう。

歩けば111時間もかかる都から、遠路はるばる皇太子がやってきたのは、蘭陵王の失敗を糾弾して処罰するためだったのか…?と場が一瞬にして凍りつきます。

ここで四爺は、尉遅迥を討ってから都に戻り、“負荊請罪”(イバラの杖を背負って処罰を請います)とお願いします。

この“負荊”っていうのは、ヤバい趣味等ではなく、またまた《史記》に載ってる故事なのです。

戦国時代の趙〈ちょう〉の国の廉頗〈れん ぱ〉将軍は、軍功を上げてにわかに出世した上卿の藺相如〈りん しょうじょ〉を嫌っていました。それを知った藺相如は将軍をとことん避けたので、周りから臆病者と誹りを受けます。

しかし彼は、趙の国には私たち2人が必要なのだから、余計な争いを招きたくないのだと説明しました。これを知った将軍は非を悟り、背中にイバラの杖を背負って(これで叩いて罰してくれという意味)藺相如に謝罪したというお話です。

ついでにここで芽生えた友情の話は、お互いのために斬首されることも厭わないという「刎頸〈ふんけい〉の交わり」という成語にもなっています。

しかし、元の話を見てもわかります通り、これは許してもらうのを前提にした行動で、この場ではあんまり適切な物言いじゃないかも知れません。

それはともかく、ここで皇太子は来訪の真の目的、すなわち、蘭陵王から兵権を回収し、自ら尉遅迥との交戦の指揮を執ることを提案します。

兵権というのは、軍隊を動かす権限のことです。

ここで、雪舞が突然、
“太子您是相當劉邦 還是項羽呢”
「あなた様は項羽と劉邦、どちらになられますか」と聞きます。

どちらになられますかって、ウィリアムが項羽なんだから、ロナルド皇太子殿下は劉邦をやるしかないだろう、この無礼者!と祖珽はご立腹です。

でも根は優しい皇太子は、急いで助け舟を出します。
“天女問得好”
「良い質問だぞ」と、先生が言ったら、それは時間を稼いで答えを考えてるときだ、と前にテレビで見た記憶がありますが…。

気を良くして、雪舞は得意顔で続けます。
“劉邦曾云 戰必勝 攻必取 吾不如韓信 運籌帷幄 決勝千里 吾不如張良 但吾能用韓信張良 所以得天下”(劉邦はかつて言いました。戦いには必ず勝ちを収め、攻めて必ず取るという点では私は韓信に及ばない。帷幄のうちにはかりごとを巡らし、千里の外に勝利を決する点では、私は張良に及ばない。ただ、この二人を用いることができたので、私は天下を得ることができたのだ、と)

思うに、ここの雪舞の態度は、3つの意味で無礼です。1つ目は先ほども申しました通り、大人の事情でもう役柄に選択の余地がないということ、…おっほん、2つ目は、側女の分際で、皇太子殿下にご意見申し上げるような真似をしたこと。

もう1つは、皇太子には学がない、と言ってるに等しいということです。

《史記》のこのくだりは大変有名で、四爺は出てて皇太子は出てない映画にもなったし(21世紀に、ではありますが)、あずまえびすのガイジンたる私でさえ知ってるくらいですので、いやしくも斉の皇太子殿下がご存じないはずはありません。こういうのを「釈迦に説法」とか「孔子に論語」とか言うのです。

いろんな人にボンクラ認定をいただいている高緯ではありますが、ちゃんと勉強はしてるっていうのを、次の回で宇文邕さえ認めています。そのような御方に向かって、この故事をご存じですか、とばかりに解説をしてはいけません。

皇太子は知ってても、視聴者が知らないんじゃ…という意見はこの際無視。

じゃあどうすりゃいいんですか、と言われたら、あなたの身分じゃ何もしないのが一番いいんですが、どうしてもって言うんなら「ここはひとつ、劉邦のマネジメント術を採用されてはいかがですか」くらい言っとけば十分です。

取りあえず、言っちゃったことは取り消せないので、ここまで黙ってた(賢い人はこうします)段韶太師がフォローしています。
“太子您是千金之驅啊 如果親自帶兵打仗的話 萬一發生不測那臣等是擔當不
起的”
(皇太子殿下は大切なお体、万一親征なさって不測の事態が起きれば、われわれも申し訳が立ちません)
吹き替えは、「大切なお体ゆえ、出陣なさって何かあれば、われわれが困るということです。」

まぁそういうことなんですけど、これも相当失礼に聞こえるわ…。

なんとなく皇太子がなびいてしまいそうだと思ったのかどうか、祖珽はここで強烈な反撃をかましてきます。
“擁兵自用 另有圖謀吧”
「兵を私用につかうはかりごとが他にあるのでは」

先ほどもご紹介しましたように、蘭陵王は非常に謀叛を疑われやすい立場、これを言われては返す言葉がありません。

謀叛は先ほど祖珽の言ったとおり大罪です。本人のみならず、周りの者も、共謀したと見なされれば粛清の対象になってしまいます。雪舞のした事はそれほどの大事だったわけで、逆に言えば、これほどの大事とよくよく知っていながら、第6話(記事は→こちら)のような措置を取った四爺は、よほど雪舞を大切に思っていたのでしょう。

しかし、ここは皇太子の御前です。

“臣領命”
「拝命します。」という即答に、段韶太師は思わず目を伏せています。ついにとんでもないことになった... と思ったんでしょうね。

「わが軍3万、お任せします」と言いながら、四爺が差し出した重箱みたいな箱の中には、兵権の象徴である“帥印”が入っています。

今の日本でも、取締役の代表印、みたいなものがあります通り、ハンコはその地位の象徴です。

九州で「漢委奴国王」の「金印」というのが出土しましたが、あれが2.5センチ四方くらいのもの。印は大きければ大きいほど威力が強くなります。

こちらは周の「武帝」のお墓から出てきた金印。↓
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つまり、宇文邕のお墓です。間違っても生きてる間に「武帝」とか呼ばないように。

このハンコはアシナ皇后のもの。
重さが800グラムもあり、大きさは5センチ四方ほどの金印です。

さて、軍の統率者の印である“帥印”を捧げ持つ四爺。それに対して、そっくり返って片手を出した高緯の受け取り方がいいですね。

四爺は、途中までは何とか微笑みを浮かべているのですが、渡した瞬間からもう気分が悪そうです。

斛律光将軍が危ぶむと、皇太子はそなたの精鋭も洛陽へ行かせてはどうか、と言いだす始末、さすがの四爺も表情を動かしてしまいます。

斛律将軍はまさか、辺境に置いた兵力を、全て邙山に集結させるおつもりか、と咎めますが、言い争おうとするのを段韶が止めています。ここは言わせておいて、他の策を採用しようということでしょう。

用が済んだら長居は無用とばかりに、皇太子は、
“起駕”(出立するぞ)と言います。自分の事に使うのかどうかは知りませんが、“起駕”とは皇帝夫妻が出発することです。

祖珽はさらに嫌味を加えて、
“回京路遠呢 好好保重”(都までの道のりは遠うございますぞ。どうかご自愛くだされ)と言い残して、二人はとっとと帰って行きます…(ってどこに ?)

あの微笑みは相当無理してたらしく、四爺は彼らの姿が見えなくなった途端、吐血して倒れてしまいます。軍医先生も、「安静にしてなきゃいけなかったのに“動氣”したので、毒が内臓に回った」というようなことを言っています。

ここの“動氣”というのは、文字通り“氣”を動かしたってことですが、怒ることも“動氣”とか“生氣”とか言います。

解毒薬がなければ、持ってあと5日、と軍医が宣言するに至り、皆は悲痛な面持ちで、四爺と雪舞を残して引き揚げていきます。

四爺の枕元に置かれた明かりは、この地方の特産品なのでしょうか、

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この懐かしいシーンにも出てきましたね。(まさかタオルじゃあるまいし、雪舞がポシェットに入れて、白山村から持ってきたはずはないですよね…)

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第6話のとき(→こちら)に、当時のロウソクが貴重品だという話をご紹介しました。ここの明かりは、ロウソクがもう溶けてしまった状態ということも考えられますが、庶民の家と同様、油にそのまま灯心を差した明かりなのかも知れません。

洛陽の民は四爺の来るのを待っている…と思いながら、雪舞は去り際に宇文邕が渡した“長命鎖”を取り出します。“長命鎖”というのは、生後100日のお祝いに子供に贈られる、錠前の形をした首飾りで、魔物が取りつかないように鍵をかける、という意味があるのだそうです。

生後100日のお祝いには、染めた卵を贈るとか、地方によっていろいろな風習があるそうです。

ついに覚悟を決めたらしく、四爺を見守りながら雪舞は言います。
「おばあ様が言ってた 受けた恩は倍にして返すものだと」

本来、倍返しというのはこれのことですね。元の中国語では、
“奶奶曾說過受人點滴當湧泉相報”
(おばあ様は、一滴の水をもらったなら、泉をもらったつもりで恩に報いなさいと言った)
と言ってます。

雪舞は、去り際にデコチュウをして出て行きますが、実に惜しかったですね。
毒矢に臥せた四爺のもみあげにテープのりさえ見えなければ、とってもいいシーンだったのに。

さて、皇太子・高緯は、先ほど強奪 譲られた“帥印”をためつすがめつしています。たぶん、鳳凰を象ってるんでしょうね。どうみてもゆるキャラにしか見えないけど。

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ここで祖珽が、
「皇太子となられてはや2年」と言っているので、ドラマの世界では、562年に皇太子の地位についたという設定なのでしょう。

高緯は“他就是認為我怎麼都不如那個高長恭 ”(父君は私がどうしても高長恭には及ばないと思っておいでなのだ)と愚痴っています。現皇帝は史実では先に見た通り、高緯を溺愛しているのですが、ドラマの中では一見、蘭陵王を贔屓しているように見える態度を取っています。

もちろんそれは、息子に頑張ってもらいたいからなのですが…。よく、子どもを励まそうと、お兄ちゃんはちゃんと良い子にしてるよ、とかって、兄弟を引き合いに出す親がいますが、やめといた方が無難だというのは、こういうのを見るとよく分かりますよね。

今回も、皇帝に認められたいがために、功を焦って出陣してしまいます。斉、周、共に似たような状況なんですね…。

ゆえに、決して敗北は許されない、と言う高緯に、祖珽は言います。
“臣夜觀天象 五星出東方 齊國大利”
「天を占ったところ、東方に五星があり、斉に有利です。」
“太白出高 敢戰者勝”
「金星も輝き、挑む者が勝つ。」

この占いの結果は、《漢書》(かんじょ) 趙充国辛慶忌伝 第三十九にある、前漢の将軍・趙 充国〈ちょう じゅうこく〉の話に見えます。

“今五星出东方,中国大利,蛮夷大败。太白出高,用兵深入敢战者吉,弗敢战者凶”(いま五星が東方に出る。中国には大変有利であり、周辺の異民族は大敗するであろう。太白(金星)が高く昇っており、兵を用いるに挑む者には吉、戦を避ける者には凶である)

《史記》の天官書にも同様の記述が見えますが、ここでいう“五星”とは太白(金星)、歳星(木星)、辰星(水星)、熒星(火星)、鎮星(土星)を指します。

5つの惑星が天の一か所に集まることは珍しく、そのいう現象が起きた方角から兵を出す者は必ず勝つと古代には考えられていました。漢は東にあり、異民族は西に居たので、東方に五星が出るということは、漢軍が必ず勝ちを収めることを意味するとされたのです。

南北朝時代、斉は東に、周は西にあったので、祖珽の台詞に取り入れられたのでしょう。

ちなみに、趙充国は70歳を過ぎて、漢の武帝に「誰が異民族を制圧すべきか」と聞かれて自ら志願し、帝から必要な兵力を問われると、百の伝聞も、わが目で一度見るには及びません、敵は遠くにいるので、自分が現場に行って確かめましょう、と答えました。

「百聞は一見にしかず」という成語はここから出たとされています。

趙将軍は現地に行って観察し、兵を待機させて相手の崩壊を待つ戦略を取りました。しかし漢の国内では、軍を出しているのだから攻めるべきだという主戦論が強くなり、「五星が東方に出ている、出兵するのが有利だ」と出兵を督促されます。しかし、結果として敵の足並みは乱れ、戦わずして勝つ形になりました。

自ら志願して出かけた辺境の守り。占いの結果を持ち出され、皇帝にまで「戦え」と圧力をかけられても兵を動かさなかった趙将軍は、優れた兵術家であり、本当の意味で勇気があったと思います。

ただ、今回のドラマで「五星出東方」という言葉を台詞を使ったのは、この故事を直接典拠にしたというよりは、90年代にシルクロードのニヤ遺跡で、日中合同の発掘隊が発見した錦織(国宝)に書かれていたことからこの言葉が有名になり、後に漢の武帝を描いた別の史劇ドラマで使われて多くの人が知っているため、その影響ではないかと思います。

おや、皇太子の幕舎はロウソクが黄色いのですね。
お召し物とコーディネートしてオシャレさん。

ここで高緯が戦況の見込みについて語りますが、わが軍は6万、というときのジェスチャーにご注目ください。
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↑これが六。
第3話(記事は→こちら)で、楊士深が“八”のジェスチャーをしていましたね。

中国の数のかぞえかたは、五までが日本と一緒で、六以降、十まで、片手で表せるジェスチャーがあります。日本だと普通は両手を使わなくちゃいけないので、とても便利。

私もついついファミレスとかで「6人です」と言いながら、“六”のジェスチャーをしてしまい、店員さんに怪訝な表情で、「お2人さまですか?」と聞かれることもしばしば…。

さて、こちらのお2人さまはすでに勝つ気まんまんです。

“勝券在握”(必ず勝てるということだ)

とおっしゃってます。ここの“券”とは、もともと木札に書かれた契約書のことを指しました。割符になっていて、契約の証として双方が保管していました。「勝つ」という保証書の半分を握ってる、ってことですね。

さて、ところ変わって暁冬を訪ねる雪舞。一緒に周に行って欲しいと頼みます。
暁冬の返事は、

“可是我什麼都不會 只會幹一些偷雞摸狗的事情”
ここでは吹き替えの通り、
「オレに何ができる せいぜいコソ泥くらいのもんだ」
という意味なんですが、この“偷雞摸狗”という言葉、もう少し妖しい意味もあるらしい(《二次曝光》とか見ればわかるかも)。でも、この辺にしておきます。雪舞も、
「十分よ。盗みに行くの」
って、納得してますから…。

さて、蘭陵王が臥せている部屋へ、楊士深が書き置きを持って入ってきます。
“雪舞姑娘留書離開了”(雪舞さんが書置きを置いて出ていきました)

こんな警備のユルい陣地でトラを飼ってたのか…とご近所の方々の心胆を寒からしめる発言ですが、とにかく書き置きを見ると、

“各位大人 請恕雪舞不告而別前往周國取藥祇盼諸位給雪舞五日之期限期一
到雪舞定必帶同解藥回來謝罪 雪舞”
(皆さま 雪舞はお別れも告げず周へ薬を取りに参ります。どうか五日の猶予をいただけますよう。刻限までにかならず薬を持って戻りお詫びいたします。雪舞)

書き置きを読んで段太師は、
「雪舞どのは薬を取りに周へ行った」
と言いますが、別に封もしてないし、宛名は「皆さまへ」、なので別に楊士深が中身を改めたっていいはずなのですが、読んでなかったのでしょうか。

あるいは、字が読めないとか?(まさかね)

中国語では、
“果然去找宇文邕取藥取了”(果たせるかな、解毒薬を取りに宇文邕の元へ行ったか)と言っているので、予感がやはり当たった、という独り言とわかり、楊士深の文字読めない疑惑はかなり解消されています。

続けて段太師は、日本語では「自ら危険に飛び込むとは」と言っています。中国語の方はもうちょい具体的で、

“你這次闖的是龍潭虎穴呀”(あなたが次に飛び込むのは竜の住む淵、虎の住む穴ですぞ)

おおっ! さすが皇帝陛下、「虎の穴」で成長あそばされたのですね。
道理で、素手でトラと格闘して勝ったわけです(「虎の穴」での修行では、ライオンと戦ったらしいですが、“差不多”(変わんないし)。)

ちなみに、タイガーマスクの「虎の穴」はやっぱり、中国の故事「虎穴に入らずんば虎子を得ず」から来てるらしい。そして日本版Wikiによりますと、それ以外にもう1つ、ヒントになったのはイギリスに実在したジム「蛇の穴」だったそうです。ヘビなのか…?

そしてやってきた周軍の駐屯地。
白い衣装の楊雪舞、今日も嵐が吹き荒れる♪ のか?

と思ったら、おや、門番はまたあなた…?
丹州城から左遷されたのかしらん(あるいは昇進したのか)。

しかも雪舞に向かって「何者だ」って…あ、そうか、あなたは丹州城の四方を固める門番兄弟の五番目の弟で、雪舞にはきっとまだ会ったことことがないのね。じゃ、ここをクビになったら、いつまでも息を止めていられるというその特技を生かして、丹州城のお堀掃除をしたらどうかと思うわ(今もあの絵本、あるのだろうか…)。

と、周のハロワに替わって視聴者がアドバイスを試みるも、この末っ子はちゃんと雪舞の申し出を宇文神挙(うぶん しんきょ)に取り次いだらしい。当分クビは安泰でしょう。

皇帝のプチギフト“長命鎖”の威力は、ウィリアム・フォンがヤン・ミー兄貴に奉納したネックレスとは違って効果絶大らしく(→前回のコメント欄を見てね)、雪舞と暁冬は乗船を許されます。暁冬の方は別室へご案内〜になってしまいますが…。

このときの暁冬の仕草はたぶんアドリブなんでしょうけど、雪舞を先導する、お付きの女官がつい吹き出してる?

さて、進み出た雪舞を見て、タイガーマ宇文邕はひとこと、
「これが貧しい村にいたあの女子とはな。周の衣をまとったら見違えるようだな」
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↑これは雪舞の時代より100年ほど前の、東晋のころ描かれた顧ト之の《洛神賦図》。かなり似た服装です。帽子は透け感のある素材で、段太師がかぶっているものに似ていますね。

さて、日本語では、身分の低い者でもドレスを着ればそれなりなのか。馬子にも衣装ってやつだな…くらいの印象ですが、中国語の宇文邕は相当失礼です。
“想不到昔日在賤民村的那個小女子 穿上我周國的服飾後 也是個美人”(かつて“賤民村”にいたあの小娘も わが周の装束を身にまとえば美人であったとは、思いもよらなかった)

虎の穴出身者にこう言われて、雪舞もカウンターを食らわします。
“我也想不到 當日無家可歸的阿怪 竟然會是「九五之尊」
「お互いね。あの流れ者の「怪」が帝王の身だったとは」

“九五之尊(九五の尊=皇帝)
とは、易から来た言葉です。

自然界を陰陽2つに分けたとき、偶数は陰、奇数は陽を表すとされ、一桁の最大の奇数「九」は陽が極った数字、五は9つの数字の真ん中にある、ということで、占いでは指導者、帝王の象徴とされています。

易については、次回、祖珽がもう少し具体的に見せてくれるので、そこでご紹介しましょう。
(ご自分の運勢を占ってみたい方は、試してみると面白いかも…(→易経ネット))

そんな、人として最高位にある貴いお方にも、雪舞はひるみません。
“宇文邕 我來找的不是你”(宇文邕、私が会いにきたのは、あなたじゃない)
おっといきなり呼び捨てだ。

いつもは中国語よりマイルドな吹き替えも、今回ばかりはかなりキッツいです。
「あなたには用はない」

こう言われて、さすがの宇文邕も顔色変わってます。

“我要找的 是我的好朋友 阿怪”(私が会いに来たのは 私の友だち、怪よ)
“就請阿怪 念在我和他曾經朋友一場 給我解藥吧”(怪、どうか、私と怪が友だちだった頃を思い出して 私に解毒薬を頂戴) 
ここの吹き替え訳は画面にもよく合っていて、なかなか名訳。
「友達のよしみで譲ってちょうだい。解毒薬が要るの」

自分は今は怪ではない、という宇文邕に食い下がる雪舞。

“但是我跟阿怪曾一起在賤民村生活過。我看過他幫助需要幫助的村民和孩子們一起玩蹴鞠 我看見過他的真心啊”(だけど私は怪と一緒に“賤民村”で過ごしたわ。彼が助けが必要な村人を助けてあげたり、子どもたちとサッカーをして遊ぶのも見た。彼の本当の心を見たのよ)

「怪はあの村で苦楽を共にした仲間なの。困っている人を助けてあげるのを見たわ。子供たちを可愛がっていた。あれが真の姿でしょう?!」

と、言われてる間のダニエルの演技は、皮肉なのか、昔を懐かしんで少し柔和な表情を見せているのか、どちらとも取れます。

雪舞の言葉が終わると、彼は口調だけは厳しく返します。
“事到如今,你以為朕會是那麼單純嗎?”
「今さら何を!...朕がさように単純だと思うか」
と言って開けた目がうるうるしています。ダニエル・チャン、演技上手すぎ。

“朕 其實一直都在騙你 一直在利用你”
「ずっとそなたを騙していた。そなたを利用していたのだぞ」
カミングアウトしたわ、やっぱり、四爺が看破したとおり、騙子(ピィエンヅ)だったのね…

しかし、ずっとお前を騙していたのだと言ってる間、実は辛そうです。
“我知道 但是我也相信你的本心 絕對不壞的”
知ってるわ、でもあなたは本当は悪い人じゃない、と言われたときの一瞬の表情が良いですね…。

皇帝陛下も根は親切なので、いちおう解説して聞かせています。
「朕と蘭陵王は生まれついての仇だ」
続けて、
“朕也知道你跟他關係匪淺 心理十分關心蘭陵王”(朕はそなたと蘭陵王に浅からぬ縁があるのは知っている。心の底では蘭陵王をたいそう気遣っておることもだ」
と、この時点ではいちおう事情もよく分かっているらしいお言葉(この先の方の回に行くと、なぜか都合よく忘れがちになるような気がするが…)。

「されど、そなたは恩人、望むものは何でも与えよう」
という的外れのオファーに、ちゃうちゃう、という雪舞の焦れたような顔もいいですね。

“唯獨你要救高長恭的藥 朕不能給”
「ただし、解毒薬は除いてだ」

と言うと、船が動き出します。驚く雪舞。

下船させてくれと頼むも、返すつもりはないと、宇文邕はからかうような笑みを浮かべます。天女のそなたが居る限り、天下は朕のものだ、と言いだす宇文邕に雪舞は、

“打從我第一天遇見你 你就在算計我”(会ったその日からソロバンづくだったのね)

って言いますが、南汾州城での1日目は阿怪だって彼女が誰だか知らないでしょうに…

“你一點都不內疚嗎?”
「あなたのせいで大勢が犠牲になった。悪いと思わないの?」
“內疚”とは、内心やましいことがある、という意味です。

“朕為什麼要內疚。真是朕自保的方法”
「何が悪い。朕は身を守ったまで。」
“不然你認為朕是如何登基為王的呢”
己を守る方法を知っていたからこそ玉座に座っていられるのだ、と、玉座に座るこの動作がまたイカす!

“朕知道你心腸好 看到每個落難的人都想救 但如今你何必急于救蘭陵王一人
你不如留在朕身邊 等朕統一天下之後 你想救多少百姓 朕救幫你救多少百姓”

「そなたは善人だ。困った者を放ってはおけぬ。されど、なぜ蘭陵王1人にこだわるのだ。朕のそばにいるがよい。天下を統一したのちは、そなたに思う存分 民の救済をさせてやろうぞ」

陛下まったくおっしゃる通りです!と私などは説得されてしまうのですが、民の安泰よりまずは蘭陵王が心配な雪舞の耳には、あまり入っていないみたいです。

うーん…。
ここのへんで、すでに彼女の使命感と行動とにちょっとズレが生じ始めていたのですね…。

宇文邕はこの時点ではすっかり悪者なので、視聴者はあまりこのポイントに気づかないものと思われます。
振り返ってみると、脚本の巧妙さが際立つ場面。

しかし、相当先の話をここで持ち出すと面白くないので、とりあえずスルーして進みましょう。

まんま時代劇のダニエルとは対照的な、アリエルの現代劇っぽい呆れ顔が印象的です。

“你貴為皇帝 身邊能臣必定眾多 又何必多留一人 空做擺飾呢”

あなたは皇帝、有能な臣下がたくさんいるはずよ。私を加えたってただのお飾りに過ぎないわ、という雪舞に、さきほどまでの万能な感じはどこへやら、宇文邕は下を向き、実権を握っているのは宰相の宇文護なのだ、とグチってしまう。

アシナ皇后の前では、どこまでも「皇帝」の演技を崩さない宇文邕ですが、雪舞の前に出るとつい「素」になってしまう、という場面です。さすが天女。

ここで雪舞は宇文邕が、宇文護の影に怯えてきたというおばあ様の話を思い出します。

そこで、助けてあげるから解毒薬をくれ、と交渉を試みるものの、
“楊雪舞 你還是沒聽明白 高長恭的命 朕是要定了”
「楊雪舞、まだ分からぬか」(出たなフルネームコール)「蘭陵王の命は必ずもらう」、と宣言されてしまい、交渉は決裂です。

甲板に出ると、なんだかまだ接岸している気がするけど、少し移動して別の岸辺についたのかしら?
外は兵士が立ち並び、閲兵式が行われようとしています。

皇帝陛下に向かい、“吾皇万歳万歳万万歳“(皇帝陛下 万歳万歳万々歳)と叫ぶ兵士たち。

日本では、○○くん合格おめでとう!バンザーイ!とか、庶民にも平気で万歳を使いますが、中国ではこれは皇帝だけに使うことを許されていた言葉で、皇太后ともなると万歳じゃなくて千歳と、十分の一に値切られちゃいます。

はっきりこうなったのは宋代以降らしく、それより前には、いまの日本語と同じようなニュアンスで使われていた時代もあったようです。このドラマの時代、南北朝期には流行の人名だったみたいで、周万歳さんとか李万歳さんとか普通にいたらしい。今の「はると」くん、とか「りく」くん、みたいなもんでしょうか。

そのあとだんだん使い道が皇帝に限られるようになり、庶民は自分のことに「万歳」とは言えなくなっていきます。現代になって毛沢東が「万歳万歳万々歳」と称えられたのは実に意味深だった訳ですね…。

毛沢東ついでに言うと、文化大革命のときにリーダーたちを称える言葉というのが決まってたらしくて、まず毛沢東は
「萬壽無疆! 萬壽無疆!」(幾久しく長命であられますように)(←これも皇帝にしか使われなかった言葉

林彪〈りん びょう〉副主席は「永遠健康! 永遠健康!」(永遠に健康であられますように)

長康生参謀は「天天長胖! 天天長胖!」(日々太られますように)
って、おいおいおい…。

さて、そんな、兵の歓呼の声を受け、黒コーナーの宇文邕は、レフェリーよろしく雪舞の手をがっちりつかむと、天女がいれば向かうところ敵なしだ、と力強く宣言しておられます。

いや、タイガー、判定勝ちにはまだ早いぞ、今に見ておれ…。

ということで、次回へ続く!(→こちら)
posted by 銀の匙 at 20:20| Comment(4) | TrackBack(1) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
“湯婆子”で「湯婆婆」を連想してしまいました(番組が違う)。
そして、楊国忠が外出時に体格が良い婢を並ばせた…というくだりに、またしても飛燕を連想してしまいました。
飛燕が7人くらい並んだら壮観だろうなあ…まさに「肉陣」と呼ぶにふさわしい眺めでしょう(飛燕大活躍)。

しかし「我」と「本王」の使い分けと、そこから伝わるニュアンスってとても興味深いですね。
こういうとき、中国語がわかればなあと思います。

五爺が駆け込んでくるシーン、いいですよね。
狼狽える二人と、状況を察して意味深な笑みを浮かべる五爺、何回見てもニヤニヤしちゃいます^^
(ちなみにゆで卵の行方ですが、もちろん、四爺がドラえもんポケットの中に入れたに決まってますょ)

そしてそして、羽のついたお手紙の解説、羽の数で重要度を示したとか(!マークみたいなもんですかね)、「檄」の由来とか、すごく面白くてコーフンしちゃいました。
なかなか合理的ですよね。
ドラマの装束の解説(ヒント)も、なんだかロマンを感じて良かったです。

古代中国では男性の美醜も重要視されていたという件、アフリカのどこかにも男性の美しさを重視する民族があったようななかったような。韓国の「花郎」の例もあるし、古代では現在のようにはジェンダーに囚われていなかったともいえるのかもしれません。

宇文ヨウが渡した鈴みたいな飾りは長命鎖というものだったんですね。
玉佩とは違うなあとは思っていたのですが…
しかし、そんな幼い時期に贈られたものを、大人になっても持ち歩いてるものなんでしょうか。
それに、たぶん大切な記念の品でしょうに、通行手形代わりに渡しちゃっていいんでしょうか。
国宝級の石といい、宇文ヨウって大事なものを全部肌身離さず持っとくタイプ?

高緯のろうそくですが、黄色って確か中国では皇帝の色じゃなかったでしょうか?
だから、一般的には赤なのに、皇太子である高緯だけは黄色いろうそくだとか…違うかな?

ロナルド・チャイ、高緯の複雑なキャラクターを本当にうまく演じていますよね。
ドラマに深みを与えていたと思います。

またまた長くなったので、今日はここまでにします!
(それにしても、舞草が実在ってホントですか!!! ホントにあんなダンシング薬草なのですか!?)

P.S.
「ホビット」、スカパー放映は契約してないチャンネルでした・・・。
レンタルに行くか(そもそも店頭にあるかも不明)迷っているところです(>.<)
Posted by 銀 at 2014年12月22日 22:39
銀さん、年末のお忙しいところ、いつもながら早速コメント、ありがとうございます!

飛燕だったら、2人でも十分「肉陣」が成り立ちそう(笑)。ボウ山の戦いには、病気の高長恭に替わって飛燕が行けば、勝利間違いなしだったかもしれませんね。7人いたら、さしもの宇文ヨウも勝ち目はないものと思われます。(勝ち券は握った!)

主語の使い分けのところ、全編でも、たぶんここのセリフが一番よく分かるシーンじゃないかと思い、面白く聞きました。2文のうち、最初は「本王」と言って、次の文ですぐ「我」に戻ってて、なぜかを考えると結構胸きゅんです(書くのを忘れてたので追記しときました)

花束のシーン、高長恭も雪舞も高校生みたいで初々しいですね。分かってるけど、ここでからかうようなことは言わない五爺は、ホントにお兄さん思いの良い弟だなぁと思います。

卵は、きっと忘れたころに4次元ポケットから出てくるんでしょうね、トラやドレスと一緒に。(ドレスにシミをつけなきゃいいけど)

羽根の数が!マーク、というのは面白いアイデアですね。メールの前に!じゃなくて羽根をつける、っていうの、可愛いかもしれません。(3個ついてたら開けたくない…)

そういえば、日本にも、世界に誇るロマンスの主役「光源氏」がいましたね。女性の書いたお話だからと軽く考えていましたが、当時は男性の容貌や身だしなみも、きっととても重視されていたのでしょう。貴族社会ってヒマ…いや、とても洗練されていたのですね。

「長命鎖」ですが、普通は「子ども時代」が終わると外します。成年礼のときに外すか、結婚のときに外すかなので、宇文ヨウが「騙子」の本領を発揮して「オレまだ独身」とか言ってナンパしようとしてる、のではない限り、首に掛けてたのではなく、持ってたのだと思います。

ひょっとしたら、子どもが生まれたばかりだったか、臣下の子どもにあげるつもるだったのかも。

もちろん、国宝などの大事なものは手放さないということは十分ありますよね。良く見ると、大仏を背中にしょっているのが見えませんか?(どういう修行だ)。エア飛燕とか。

高緯のシンボルカラーが黄色なのは、製作側の人はきっと皇帝の黄色を意識してるんでしょうね(皇太子のうちはダメだと思うけど)。

歴史的にいうと、皇帝の色が黄色になり、他の人が黄色を着る事は許されなくなったのは宋からで、それより前の王朝では自分のお気に入りの色を着てたみたいです。壁画で分かる通り、高緯はきっと赤い服を着てたんでしょうね。

北周のシンボルカラーは黒(史実でもそう)なので、この後、宇文ヨウも黒い服を着ている事が多いみたいです。

ってことで、舞草は本当です。音に敏感な植物で、声がすると上下に揺れるそうです。生えている場所は亜熱帯以南で、シューティングスターといい、このダンシング・グラスといい、南方の植物です。脚本家はきっと台湾の人なんでしょう。

ちなみに、この草の別名は「風流草」「多情草」というそうです。皇帝陛下が採集するのにピッタリですね。

おっと、私はそろそろお仕事に行かなくちゃ(羽根1枚)
天皇誕生日に働いてるなんて不敬罪じゃないかとぶつぶつぶつ…
ということで、取り急ぎ、御礼とお返事まで!


PS.「ホビット」見られなくて残念でしたね。レンタル屋さんも、こういうときって借りられてること多いし…でも「指輪物語」をお読みになったことがあれば、いきなり3作目を見ても、特段支障はないと思います。

特に、最後、レゴラスに向かってお父さんが言う言葉は、「指輪」にバッチリつながってるので(アラゴルン)ファンには嬉しいセリフでした(羽根3枚)

Posted by 銀の匙 at 2014年12月23日 10:41
あれっ?
恒例の三択で「ヘエ」ボタン(違)何度も押してるのに何故?。。。
長恭様のスナップボタン押してたのね。。。

今回もたくさん勉強になりました。ありがとうございます。

「ジー毛信」
5.「このお手紙は伝書バトA(ピーちゃん)がお届けいたしました」というお知らせ
北京ダックを頼むと後から(以下略)。

だと思っていました!
緊急度で本数が変わるんですね。
こういうところも全く気がつかないので嬉しいです。

銀の匙さんが言うとおり、長恭さまは雪舞の前でだけ心の仮面がはずれているようでございます。ぐふふふ。ええね。
口調もくだけているなんて、素敵じゃあありませんか。
この物語、心に残る言葉(殺し文句ってやつ?)はないし時系列やヒーローヒロインにも??がたくさんつくのですがこういうとろこにはとてもこだわっているのですね。
なんだかんだ、宇文ヨウより長恭さまのほうにニクい演出がたくさんありますよね〜。

年末、忙しさは変わらないのですが忘年会だ大掃除だ気ぜわしくて疲れがとれないでいます。牡丹スープください!
飛燕は5人ぐらいもらって家の暖房がわりに。。っと。

あ、飛燕の話(銀さんと銀の匙さんの←ああもうややこしいわね。笑。)を読んでいて、
ウンパルンパを思い出しました。
ウンパルンパのようにたくさんいる周の兵士。。
周りは間違えそうですが重宝しそうです。(すでにしてるね)
ウンパルンパのようにたくさんいる飛燕。。
国宝級に大事ですっ!
南国にいるように暖かくなりそうですし
飢饉のときは食糧になるし
座りたいときには椅子やテーブルの役目もしてくれそう。。。
牡丹も食糧に必要ですか?
では落花もついでに。。
彼女はしぼって油がとれそうです。
秘薬として売れそうです。
おお、天女より貴重な存在である白山村森三中ですね。
Posted by びち at 2014年12月27日 10:22
びちさん、いらっしゃいませ!

お疲れのところ、ご訪問ありがとうございます。
そんなときに、コメントや三択にもご参加いただき、
感謝に堪えません(羽根三枚)

そういや、大掃除ってものをそろそろやらないと。
その前に牡丹スープでエネルギー補給しないとね。

飛燕のあだ名はピーちゃんって言うんですね。隅におけないなぁ(違)
お手紙を届けにきたり、湯たんぽがわりになったり、ウンパルンパになったり(年忘れで笑わせていただきました)、家具にもなってくれるなんて、
四爺のポケットより重宝なアイテムだったとは。

これはやはり、もうひとっ走り洛陽城に行ってもらうしかありませんね。
城攻めにも重宝しそうだし(あれっ、逆か)、
宇文ヨウ撃退の暁には、食糧も尽きてそうだし…(冷血)

落花がいれば、解毒薬も必要なさそうだし、
さすが白山村の住民、捨てるところのない新巻ジャケのような使い勝手のよさに
改めて感服です。

ヒーローやヒロインの使い勝手はいまいち(?)ですが、
メイキングを見てると、ヘンな演出にいちおうは抵抗してるみたいですよね。

そういうのを「無駄な抵抗」って言うんだろうけど…。

ということで、ご一緒に楽しんでまいりましょう。

引き続き、よろしくお願いいたします。(飛燕丸ごと1羽)
Posted by 銀の匙 at 2014年12月28日 10:27
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中国時代劇で学ぶ中国の歴史
Excerpt: 何の因果か、テレビドラマ『蘭陵王』をハイスピードで見る羽目に陥り、しかも結構面白かったので、別ブログでなぜか延々と記事を書いております。(ご興味がおありの方はThe Palantir の史実編..
Weblog: 書斎のうちそと
Tracked: 2014-12-23 11:12