2015年02月15日

蘭陵王(テレビドラマ16/走馬看花編 第9話の2)

皆さま、こんばんは。

テキスト形式でご覧くださっている方が相当いらっしゃるということに、今さらながら気が付きました。いつもありがとうございます!<(_ _)>

このブログではいちおう、原語(中国語)は、吹き替え訳や他の方の翻訳の引用は、こちらで訳した箇所はで示しています。
なので、全部黒い字でご覧になると、区別がつきづらい箇所があるかも知れません。少し難しいときもあるのですが、なるべく原語は“ ”、引用は「 」、こちら訳は( )に入れるように努めます。

それから、ブログの仕様で、改行を多くするとPC版で見たときに非常に見づらいので、折り返しにしている行が多くなっています。テキスト版でご覧になるときは逆に一行が長すぎることもあるかと思いますが、お見苦しい点、どうかお許しくださいませ<(_ _)>

さて、この記事を書いてる時点(2015/2/7)で中国の映画関連ニュースは、ジャン・ジャック・アノー監督の《狼圖騰》の武漢プレミア上映の話題で持ちきりでした。

原作はセンセーショナルな問題作で、中国建国後もっとも多く翻訳された小説となり、『神なるオオカミ』のタイトルで日本語にもなった小説です。

ふつうの人が素直に読めば、なかなか好評です。(→「web 本の雑誌」では高評価。こちらをどうぞ

しかし私は、映画化の話を聞いたとき、出演する俳優さんは大丈夫なんだろうか、ヘンな騒ぎに巻き込まれたりしないかな、と秘かに心配してました。そしたらまさか、主演がウィリアム・フォンとは…(絶句)。

原作のどこがどう問題なのかは、2012年に松岡正剛さんが書いてらっしゃいますので、→こちらをどうぞ。

しかし、映画化の情報をよく読んでみると、この作品は中国資本で撮られたものらしく、それなら妙なバイアス(っていうのもおかしな言い方ですけど、外国人監督が撮った作品を現地の人が見ると、良かれと思ってかも知れないけど、なんか勘違いしてないですか?って言いたくなるような偏見を感じる、という意味です)もかかりづらいだろうし、一方で、外国人監督ということで無用な政治的ごたごたも回避できそうだし、ちょっと安心しました。

映画は中国でも非常に好評だったようで、特にウィリアム・フォンの演技についてはどの記事も、絶賛・絶賛・絶賛の嵐

アノー監督は『愛人/ラマン』で香港の俳優、レオン・カーフェイを主役に抜擢、彼は世界的に知られる俳優さんになった訳ですが、当時は正直、監督の審美眼も変わってるな〜と思ったもんでした。今回は果たして…。

ええっと、おっほん、最近じゃ文芸作品はロードショー公開されないことも多いから…(哀)
見たいよー! お願い、日本でも全国公開してくださいね〜! 

と、いう事で、取らぬ飛燕の皮算用はやめといて、そろそろ、手にしたものを見ることにしましょう。

第9話の1(→こちら)の続きです。
今回は途中からなので、前置きはなしで、単刀直入に話に入りましょう(もう十分前置きが長かった、というツッコミは却下)。

前回は本文もやたら長かったんで、今回の記事はあっさり行きたいと思います!

にしても、“単刀直入”ってことば、当然、中国語から来たんだろうなぁ…と思ったら、元々は仏教用語だったらしく、漢詩人・石川忠久先生の言によると、「単刀直入すれば、則〈すなわ〉ち凡聖尽〈ぼんせいことごと〉く真〈しん〉を露〈あらわ〉す」...要所をズバリと突けば、凡人も聖人もみな正体を現す、ということ、だそうです。

この言葉、宋代(1004年)に編纂された《景コ傳燈錄》〈けいとくでんとうろく〉を初出とする資料が多いです。

《傳燈錄》というのは、平たくいうと禅僧の伝記を集めた本。伝記とは言っても、そこは禅僧のエピソードなので、弟子や周りの人と交わした問答が中心になっています(いわゆる、禅問答ってヤツですね)。

達磨大師(ダルマさん)の話(ちなみに達磨大師は南北朝時代の人)も入っていますし、“諸行無常”もこの本が出典らしい。

しかし、最近の研究では、“単刀直入”って言葉は唐代の《菩提達摩南宗定是非論》にすでに用例があるそうで、

南北朝(いま?)→隋(589)→唐(618)→五代十国(907)→宋(960〜)

なので、一気に300年遡りました。

ですけど、“単刀直入”って言葉の元になった話はさらに遡って、南北朝にある、という説もあります。

斉と周に分かれる2つ前、中国の北方は北魏〈ほくぎ〉、南は宋〈そう;他の時代の宋と区別するため、劉宋と呼ばれています〉が支配していました。

(北中国)北魏→→ 東魏→斉
             西魏→周

(南中国)劉宋→南斉→南梁

北魏軍が南へ侵攻してきたとき、宋には単身、それに立ち向かった男がいました。その男、戴僧静〈だい そうせい〉は《南史》巻46 列伝36によると、

“會魏軍至,僧靜應募出戰,單刀直前”(魏軍が攻め寄せてくると、僧静は求めに応じて出陣し、一振りの刀を以て立ちふさがった)

残念、「単刀直入」そのものじゃないのですが、刀一つでいきなり敵陣に斬り込んだ、ということなので、意味としてはだいたい同じ。このお話が転じて、いきなり肝心の話題に入る、って意味になったとか。うーむ。

単刀直入どころか、かなり回り道して戦場に戻りますと、手勢500騎で斬り込んだ、奇面組の奇襲が功を奏したのか、はたまた天の時、地の利、人の和のなせる業か、歴史に残る激戦・邙山〈ぼうざん〉の戦いも斉の勝利に終わり、夜になりました。

周軍敗走の混乱に乗じて、本陣から逃げ出した雪舞に周の追手がかかっています。

あ〜、でも、ここ、斉の国の領内なんですよね?
人んちで、大声出して松明持って騒いでいたら、残党狩りにやられるとは思わないのかしら?
まぁ、彼らにとっては、斉の美人将軍より自分とこの皇帝の方が数百倍コワいのでしょう(とりあえず私もそっちに一票)。

てことで、前日雪も降ったし、地面は凍ってるかぬかるんでるかだし、重い衣装を着た雪舞は足を取られ、転んだ瞬間からぐちゃぐちゃに泣いてます。

人間、泣いてるときは、ここのアリエルのような顔になるのが本当で、ウィリアムみたいに綺麗に泣く人なんていないとは思うんですけど。

でもどうせお芝居なんだから、リアルさを追求するより、もうちょっと何とかしたらいいのに、と、ここの雪舞を見るたびに思ってしまう…。

とりあえず、本気で泣いてるアリエルを天も見放さなかったのか、蘭陵王=高長恭(こう ちょうきょう)=四爺(スーイエ)は彼女を見つけ出します。そこで日本語の四爺の言う、このセリフ。

「私だ...私だ、高長恭だ」

吹き替えの蘭陵王役、内田さんの声のステキなこと…。思わずうっとりしてしまいますが、実はここのセリフは珍しくも、原語ならではのアドバンテージがある箇所です。

中国語では何て言ってるか聞いてみましょう。

“雪舞 是我 是我 我是四爺...”(雪舞、私だ 私だ 私が四爺だ...)

別に変わんないって? いえいえ、それが違うんです。

ここのセリフの直前は、雪舞がぐちゃぐちゃに泣きながら逃げているところ。彼女は泣きながら、日本語では、

「高どの…高どの…」

とつぶやいています。四爺のセリフはそれを受けて、「高長恭だ」と言ってるんですね。

中国語の雪舞は当然、

“四爺…四爺…”〈スーイエ、スーイエ〉と言いながら泣いています。

蘭陵王は自分のことを“高長恭”ということはありますが、“四爺”という事はありません。後ほどご紹介します通り、それは“排行”による呼び方で、敬称だからです。

だからここで“我是四爺”と言っているのは、“我”でも“本王”でも“并州刺史 蘭陵王”でも“高長恭”でもなく、私こそ、あなたが今呼んでいる通りの“四爺”です、あなたがいつも呼んでいる“四爺”がここにいますよ、という意味で“我是四爺”と言ってるんですね。

前にもお話しました(→千言万語編)通り、特に昔の中国語では、自分の身分や相手の立場によって、自分や相手の呼称を厳密に調整しなければなりませんでした。

なので、第7話で五爺〈ウーイエ〉=安徳王=高延宗が周の皇帝・宇文邕〈うぶん よう〉の話を雪舞にしたとき、いかに四爺が雪舞に配慮したかと説明する場面で、それまで宇文邕のことを“周賊”(周国の賊)などと呼んでいたのに、雪舞が呼んでいる通りの“阿怪”〈怪さん〉と言うのは、それなりの意図がある発言なのです。

「君たちの言う、いわゆる“阿怪”」という意味ですね。

雪舞の気持ちと、四爺の気配りを重んじて、という意図もあるだろうし、結果として、それを聞いた雪舞に、そんな風に親密に呼んでたのがこのありさま、というやましさを感じさせる効果もあったんでしょうが…。

話を戻すと、中国語版では、蘭陵王を“四爺”と呼ぶのは全て身内側の人間なので(敵方は彼を“高長恭”と呼んでいる)、この言葉が出た時点で身内の感じがするし、しかも雪舞はここまでずっと彼を(第1話第6話以外は)“四爺”と呼んでいます。

さらに、この先の回で分かりますが、どうやら四爺自身、その呼び方がとても気に入ってるらしい。先の回を見てから戻ってこのシーンを見ると、短いですけど、万感の思いを感じるセリフです。

この後、2人が向かいあっているときに、四爺はさりげなく、雪舞の頬の、涙で貼りついた髪の毛を払ってあげています。第4話(→こちら)で斛律須達〈こくりつ しゅだつ〉にしてあげたのと同じ動作ですね。

さて、まだ追手は雪舞を探しているし、林の中に突っ立っている訳にもいかないので、2人は四爺の行きつけの隠れ家(?)へ移動します。重い将軍…の装備を載せ、野営地から移動して、さらに一日合戦して疲れているのに、最後の最後で2人乗りをされてしまった踏雪は内心、ちっ!と思っていることでしょう。

アジト(だんだん言葉が悪くなってく気がする)に着くと、勝手知ったる感じの四爺は、水を汲んだり火をおこしたり、せっせと家事にいそしんでいます。お洗濯も手慣れたものですね。さすがあっぱれな女子力の持ち主です。

洛陽郊外の夜。
今日は雪じゃなくて雨が降っています。

丹州城といい野営地といい、そしてこの洛陽郊外の秘密の巣窟といい、蘭陵王の行く処、どこでも必ず女物の着替えが用意してあるって、どういうことだろう…?と視聴者は疑惑のまなざしで画面を見つめますが、雪舞の注目ポイントはどうやらそこじゃないらしく、

“這衣服的主人 應該是很清瘦”
「この衣を着ていた人は痩せていたのね。破れそうで怖いわ」

と、キューティー・ハニーのようなことを言っています(みんな、知らないよね?)

ここで雪舞が言ってる“清瘦”と言うのは、「ほっそりしている」といった感じのニュアンス。“清”は「ご清祥」の“清”と一緒で、清らかなイメージをプラスしています。これは大人の中国語で、ただ「痩せてる」と言うと、体調が悪いような印象を与えるので、このように表現します。

昔の(っていっても20年くらい前まで)中国では、少しふっくらしてる方が健康的+リッチなイメージだったので、太ってる方はあまり悪い印象ではありません。でも相手の奥様や美人将軍などを、直接“胖子”(〇ぶっちょ)などと呼ぶのはさすがに憚られるので、そういうときは“富泰”(福々しい)などとお呼びしましょう。

さて、どうやらセクシー路線は雪舞の芸風とは違ったらしく、衣は破らずに着ていますが、向かいに座ってる四爺の方は、何かがブレイクしている模様です。

まだ矢傷が痛むのかと、雪舞は心配します。
斉の将軍だろうが、周の皇帝だろうが、相手が誰だろうと痛がっていれば自動で治療しようとする…
そうか、彼女はケアロボット、ベイマックスの一種なのかも知れません。…いや、ベイマックスが天女なんだろうか、ってどうでもいいことを考えていると、雪舞がいきなり、あなたの奇跡のような勝利は歴史に残るでしょう、みたいなことを言っています。

確かに残りましたよ、37文字分でしたけどね。

しかし、この時点で字数について特に発言権はない四爺は、それに答えて、

“我一定要史官記下來 你才是一個奇蹟”
(それなら私は史官に記録させよう。あなたこそが奇跡だと)

そんなこと言っちゃって、自分よりも相手の方が文字数多いと絶対怒るくせに…と内心思う視聴者ですが、“ 她才是一個奇蹟”(彼女こそが奇跡だった)なら、7文字だから喧嘩にはならずに済むかもね、と、とりあえずは冷静にソロバンをはじいてみたり。

だって問題なのは、このセリフじゃなくて、次のセリフですもの。

“因為我心裡想的 不單是要攻下洛陽 更重要的 我要把你從宇文邕手裡救求來”
(なぜかといえば、私の心にあったのは、洛陽を取り戻すことだけではなかった。もっと大事なのは、あなたを宇文邕の手から救い出すことだった)

元のセリフもかなりどうかと思いますが、日本語は尺が足りないため、はしょっているのでスゴイことになっています。
「私の心には勝利よりも大切な目的があった。君を敵から救い出すことだ。」

って一体…。

ここで思い出すのは、前回(第9話の1)での、四爺の様子です。

そもそも彼は第1話で、尉遅迥をおびき出して計略にかけたときも、小競り合い程度の戦闘だったにも関わらず、仮面をつけていました。その後、丹州城で戦ったときは仮面をつけていませんでしたが、あれは戦闘というほどでもないうえに、四爺としては、(口では尉遅迥を脅してたけど)誰かを殺したりせずに、人質を奪回してすぐに立ち去りたかったのでしょう。

今回は大規模な戦争で、彼としてはまた、冷酷無比な将軍でいなければなりません。城門で仮面を取りましたが、再進撃のときは、これまでの四爺であれば、また仮面をつけて向かっていったのではないでしょうか。それを、いきなり反転して突撃し、宇文邕に直接対峙するこの雰囲気、前に1回、見覚えがあります。

そうそう、丹州城で、尉遅迥の捕虜になってた雪舞を奪回しにいった時って、こんな感じでしたよね。いきなり階段を駆け上がってきて、雪舞のところにたどり着くまでにいったい何人斬ったんだか、考えるだけで怖いです。

この先の回で、ご本人様もはっきり自覚されますが、雪舞の安否が気遣われるシチュエーションになると、この人は冷静さのヒューズが飛んでしまうようです。

何とか味方の元までたどり着き、いざ反撃、という段になると、とにかくあのF***野郎(韓暁冬じゃないから、こうは言わないか…)をなぎ倒して、雪舞を取り返そうというモードに入っちゃったんじゃないでしょうか。

それならまあ、行動としては分かりますが、その前に、一国の将軍のこの発言はどうなんでしょう。
第7話で宇文邕が雪舞に向かって言った、例の「なぜ高長恭一人にこだわる?」というセリフと対になる、実に決定的にマズいセリフですが、ここは特に雪舞も反応せず、お話はそのまま流れていきます。

“百歩散”ほどの速攻性はないけれど、この後、じわじわと確実に効いてくる、まことに巧妙な脚本と言えましょう。このセリフの効きのほどは、百歩たてば分かるかもしれないので、取りあえず、先に行きましょう。

アリエル楊雪舞は、借りた服を焦がした事件から、この建物は四爺の生家だと言い当てます。シャーロック・ホームズも顔負けの推理力です。(次回作は「ナショナルカラーの研究」か?)

しかし、四爺にとっては、推理よりもっと大事な別の話題が。
“我想她一定很高興 我把你帶到這裡來 讓她看一看
你是多麼地與眾不同”

(きっと母は喜ぶだろう あなたをここに連れてきて、どんなに他の人とは違うかを見てもらえたなら)

原文だとまだるっこしいのですが、吹き替えは分かりやすいですね。
「母もきっと喜んでいるだろう。君が素晴らしい人だから。」

あー、でもちょっと待ってください殿下? これはどういう意味でしょうか?

意中の人を連れてきて親に会わせる、ということの、意味するところは…。

それは、この2人に聞いてみなくちゃ。
ということで、しつこく登場、ヤン・ミーウィリアム・フォン《超級訪問》!(→元の公式映像はこちら) すいませんね、何度も。私、ホントにこの2011年の番組好きなの。

今となっては、ヤン・ミーは別の人と結婚しちゃったから、面白うて、やがて哀しき何とやら…。

(33:40ごろから)
話題は、ネット上の噂に移っています。話している間じゅう、ウィリアムはずーっと自分の膝を撫でています。困ると膝を触るくせがあるらしい。

お芝居でも、わざとか無意識かは知らないけど、膝を触ってるときがありますよね。

(男性)、(女性)=司会者)
=ウィリアム・フォン、=ヤン・ミー)

:じゃあ、何度もお見合いしたって話は?
:何度もじゃないです。一回だけ。
  そのときは 父親に騙されたんですよ。
  父は僕を連れ出して、友達の家にちょっと寄っていこうって。
  行ってからそれがお見合いだと気づいたんです。
  旧正月の事です。もう、何年も前の話。
:どんなお仕事の方?
:会社員です... 金融関係だったか…
  それに、そこにいたのは本人じゃなくて、彼女のお母さんだったんですよ。
(客席失笑)
: 一体どういうこった。
:僕だって思いましたよ、一体これどういうこと?
  何なんだ?
  座ってるにしても、ものすごく居心地悪くて落ち着かないし、
  ちょっと話はしたんですけど、向こうは娘さんの写真をいっぱい出してきて
  僕に見せるんですよ。
:どう、美人だった?
:え?

ここ、中国語では、あぁ?↗って言ってるのですが、私は彼のこのあぁ?↗がとても好き・笑

中国語を習ったことのある方には今さら…な話題で申し訳ないんですけど、中国語の特徴として、“声調”というのがあります。

中国語は、原則として1つの漢字に1つの声調(トーン;音の上げ下げ)があります。標準語(いわゆる北京語)ではトーンは4種類あり、それを“四声”と言います。

1声はまっすぐ。  高(ガオ)→ /恭(ゴン)→
2声は下から上へ。 楊(ヤン)↗/蘭(ラン)↗/陵(リン)↗/王(ワン)↗
3声は低く。    雪(シュエ)_ /舞(ウー)_
4声は上から下へ。 四(スー)↘
*“雪”“舞”も3声なのですが、3声が2つ続くと言いづらいため、前の語は語尾を少し持ち上げて発音します。なので、“雪舞”と続けて発音すると2声+3声に聞こえます。

中国語に“声調”という特徴がある、ということに気づいたのは、南北朝時代の沈約〈しん やく〉という人だったとされています。ただ、当時の実際の声調がどういうものだったかは、はっきりとは分かっていません。

今でさえ、方言ごとに声調はバラバラで、北京語は四声なのに、上海語は五声、広東語なんか九声もあります。

日本の標準語では、同じ「アメ」でも、「雨」と「飴」ではアクセントが違いますが、中国語も同様で、同じ発音でも声調が違うと意味が違ってしまいます。

“si ye”(スー イエ)は4声2声で読めば“四爺”ですが、3声2声で読むと“死爺”になってしまうので、お気を付けください。

ウィリアムがとぼけてるときの「あぁ?」は2声ですね。
しかし、とぼけられてもツッコむ司会者、さすがはプロ!

:綺麗な人?
:うーん…(と、写真なのか何なのかよく意図が分からないジャスチャー)
:まあまあ?
:つまりその...
:変身写真か何か?
:僕…忘れました。
(客席爆笑) 

変身写真というのは、凝った衣装やメイクでまるで雑誌のグラビアみたいに撮った写真のことです。

:口が固いな。
:そうね。
:すごく前の事で、その一回だけだし何年も前の話なんです。
:お見合いには反対なの?
:すっごく気まずいですよ…!
:私ゃお見合い好きですけどね。
:毎年、旧正月に帰省すると親戚が集まってて、まるで尋問みたいなんですよ。
  やれ彼女はいるのか、何だかんだ何だかんだって。
  兄弟姉妹(と言ってますが、たぶん同年代の親戚のこと)は結婚したり、子どもがいる人もいるし。
:あなたまだ三十ちょっとで焦ることでもないでしょ?

ちなみにこれは4年前の話です。今年は2月19日が旧正月だそうですが、また尋問されてるのかな…(笑)司会者2人のやり取りはちょこっと飛ばしまして、また続き。

:いったいどうして? 高望みしすぎとかなの?
:えっ、僕?
:それとも自分のそばに好きな人がいるからなの?
  いつまでたっても…。
:ですよね〜。
:諦め切れなくて…。
:何だってそんな、はしたない。
  つまりは左隣に好きな人がいるからですよ。
(字幕:めちゃストレートッ!)

ヤン・ミーは苦笑してます。

:いまは仕事が忙しくて。
:(大笑い)聞きましたか。 
:出ました、馮式太極拳。
:耳にタコができてるこの言い訳。「仕事が忙しい」!
  忙しいって言いだしたら、食事もトイレの時間もないわよ。
  じゃ、ヤン・ミーはお見合いしたことある?
:ないです。
:あなたはお見合いを設定されるって柄じゃないわね。
:あり得ません。
:どうしてお見合いはダメなの。
:だって両親も全然焦っても心配してもいないし、それに、最近は仕事が忙しくって…(言いながら自分で笑ってる)
:巷にあふれてますこの言い訳(笑)。でも、ここ何年か、ご両親も少しは気にしてるんじゃない?
:今年はちょっと聞かれたりしたんですけど、ボーイフレンドがいるなら連れてきなさいとか。
  本当にいないって言ってるのに。
:じゃお互いの両親に会ったことありますか。
:僕は彼女のご両親にお会いしたことがあります。
:そうね。彼はうちの親に会ったことがありますけど、私はないです。
  なぜ彼の両親に会わなくちゃいけないの(笑)
(客席爆笑)
:私だって知りませんよ。なんでこんな事聞いたんだろう。
:彼女が病気のとき家にお見舞いに行ったら、ちょうどご両親がいたんですよ。

ちょ、ちょっと待って、そういうのってあり?
いくら共演者だからって、妙齢の女性の家に、ノコノコお見舞いに行く男性って、どうなの?
ここにツッコまずにどこにツッコむ? と思ったけど、どうやら北京じゃ特別な事でもないらしく、司会者は矛先をちょっと変えて…。

:お母さんは紹峰のこと気に入ってますか?
:すごく好きですね。
  しょっちゅう私に聞きますもん。「第八皇子」(“八阿哥”〈バーアァグ〉。共演した《宫锁心玉》でウィリアムが演じた)はどうしてるって。
:第八皇子(笑)!

中国じゃ、民国以前は結婚なんて親同士が決めるのが普通で、結婚式の夜に初めて相手の顔を見た、みたいな話が結構あるから大変だったんだな(過去形)、と、勝手に思ってましたが、今でも、こと結婚に関しては、親の影響力って強いんですね。

そういえば、ウィリアム・フォンが主演した映画《我想和你好好的》(息もできないほど)(→記事はこちら)でも、ウィリアム演じるナンパ野郎のリャンリャンが、ニー・ニー演じるヒロインに「旧正月になったら、両親に君を会わせるつもり」と心にもないこと(?)を言ってます。
これはつまり、ただの女友達から婚約者扱いに格上げする、という意味です。

さて、トーク番組に戻ると…。

:いま隣に紹峰が座ってないものとして、ドラマのことも関係ないものとして伺いますけど、あなたはどういう男性が好きなの?
:落ち着いていて教養があって、同じ目標を持っている人ですね。それから、向上心のある人。私はどちらかというと完璧主義なんですけど、自分ではいろいろ至らない面があると思っています。なので、私の足を引っ張るような人は嫌なんです。
:つまり、尊敬できるような人が良いということかしら。
:そうですね。
:じゃ、男性として一番許せないのはどういう人? 
:自分のやりたいことを持っていない人です。
:つまり、自然に目が覚めるまで寝てるような人はダメってこと?
(客席爆笑)
:じゃ、知り合う前は浮気性だったけど、付き合い始めてからは一筋、とかそんな人は? 
:好きな人なら過去のことは全く気になりません。
:紹峰、知りたいことは全部聞いといてあげたから。感謝してよ。

(客席爆笑:ウィリアムは顔の前で手を合わせてます)
(テロップ:李静お姉さん、ホントにありがとう!)

この流れだけみてると、まるで誰かさんが浮気性みたい(事実と言ってるわけではないですよ!念のため)。いいんですか、言われっぱなしで…。
しかし、彼はのほほんとした表情で、この後も太極拳の演武を続けます…。

:紹峰、こんなにたくさんの人が二人はカップルだと思ってるのよ。
 その点はどうなの、答えてちょうだいよ。
“现在不是。”(今のところは違います)
は?(←素で驚いている)
(客席、大拍手)
:えっ、さっき私何を聞き逃したんだろ?
  微博(ウェイボー;中国のツイッターみたいなもの)をチェックしてる間に何か見逃した?!
:ものすごく重要な事だわよ、あはははは!

…とは言ってるけど、つまりヤン・ミーは、誰よりも自分のことを好きでいてくれる「だけ」が取り柄の“八阿哥”みたいな人は、はなから問題外だってことですよね…。

ウィリアムさん、残念でした。次の彼女は逃がさないようにぐぁんばれ!

番組の方ですが、司会者はこの後、ファンの皆さんはドラマを見ると、どうしても実生活と重ねてしまいたくなるでしょうけど、フィクションと現実はちゃんと分けて考えてくださいね、2人とも身体を大切に、と付け加えてトークを締めています。

おっとそうでしたね、現在進行形のフィクションの方を忘れるとこでした。こっちはまだこれから頑張る余地があるんだった...。しかも、相手のこんなセリフを聞くと、十分、脈がありそうです。

「素晴らしいのは殿下のお母様よ。こんな立派な息子を育てて」
“四爺的娘親一定更與眾不同 才能教育出這麼出色的兒子”

“與眾不同”(そんじょそこらの人とは違う)というのは褒め言葉らしく、先ほどは四爺が雪舞に、そして今度は雪舞が四爺に言っています。

こんな息子にどうやったら育つのか…これから、その秘密をとくとご覧いただきましょう。《BIG STAR 最佳現場》
公式HPはこちらです↓
https://www.youtube.com/user/BTVBigStar
出演者の名前で検索してみてください。
   *
=謝楠(Xie Nan/シエ・ナン)=司会
=馮紹峰(Feng Shaofeng/ウィリアム・フォン)
:いま、女子の間で「白馬の王子さま」といえば、どんな人か知りたい? それなら、チャンネルはこのままで!

:さて、今日のゲストはひと言でいえば、顔立ちは端正な美男子、物腰は洗練の極み、でも一番大事なことは、ドラマの役柄と現実の彼のイメージがぴったり重なっていること、つまり貴公子だということです。

それではお迎えしましょう、馮紹峰!
   *
今から7年くらい前のインタビューでしょうか…さすがに若いですね。
司会の謝楠の他に、記者団が質問して、それに答えるという趣向の、北京電視台の番組です。

ちょうど、主演ドラマの《鎖清秋》が話題になっていたころで、当時、共演していた安以軒(台湾のアン・イーシュアン)と意見が食い違って言い争いになった、という話になります。

=記者団のメンバー
   *
:結構しょっちゅう、意見が対立して言い争いになることがあったんですけど、
:えっ、安以軒と?
:だって彼女はあんな元気印の人なのに、口げんかで勝てますか?
:あなたのそんな性格で、演技のことで女の子とケンカなんかできるんですか?
:表現する方法が違って…
:内心、ふつふつと怒るというやつですか。
:彼女はぽんぽん言う方なので、思いつきをがーっと言ってくるんですね。
 僕は時にはそれを取りあえずは全部聞いて、かなり違いがあるときには、割とゆっくり考える方なので、少し考える時間がほしいと彼女に言って、独りで別の場所に行ってじっと考えます。
 そうすると監督も焦るので、プレッシャーもあるでしょう?だから、両方のバージョンで撮ってみるってことになるんです。
  *   
と、話す口調が限りなくトロくて微妙にイラっとする(笑)んですけど…。当時この番組をリアルタイムで見てたら、ハンサムなだけが取り柄の、ちょっとおつむが鈍い人なのかと思ってしまいそう...。

さらに悪いことに、この当時はお坊ちゃまの役ばっかりだったらしく、記者にこんなことを聞かれてます。
  *
:若旦那の役ばっかりやってたら、ほとんど体力は使わないでしょう?
気疲れはするでしょうけど。ほとんど動かないし。お屋敷の中で座ってるとか、小舟に乗るくらいで。

《虎山行》ってドラマを撮っていたときは、やっぱり貴族の子弟の役だったけど、アクションものだったので、ちょっと疲れました。

:えっ、あなたもアクションなんてやるの?
:そんなにひ弱そうで、撮ってるうちに倒れちゃうんじゃない?
  *
相手が反応薄いと思って、記者の方々も言いたい放題な気がするのは私だけ?
それに、皆、CGかと思ってるかも知れないけど、いきなりお姫様抱っこ2連発で始まるんですからね、《鎖清秋》は!

しかも《虎山行》だって、お姫様抱っこのシーンがあるんですから!
  
となぜか勝手に義憤に駆られていると、よせばいいのにこんなことを言い出すウィリアム。
  *
:吐きました。

:はぁ?
  吐くまで撮ったってこと?

:そうです。ちょうどあの時は、横店(中国の映画村みたいなところ)で《虎山行》《鎖清秋》を同時に撮っていたので。

実は《虎山行》のクランクアップが遅れて、昼には《鎖清秋》、夜には《虎山行》を撮ってたんです。それで、一日2、3時間しか寝ていませんでした。しかも、《虎山行》の現場に行くと、すぐアクションをやらなくちゃいけない。1シーン撮るごとに吐いて…。
   *
当時の彼は、業界でも必死に仕事をすることで有名で、“拼命(死に物狂いの)三郎”と言われていたらしい。“拼命三郎”というのは《水滸伝》の登場人物のあだ名です。

ちなみに、この表現から、女性で同じように必死に仕事をする人を、“拼命三娘”と言ったりしますが、これはヤン・ミーのあだ名ですね…。

お疲れだった2007年、彼は居眠り運転をして、大事故を起こしてしまいます。
肋骨は折るわ、耳から血がダラダラ流れてるわ、スゴイことになってたらしい。
とりあえず、対人事故じゃなくて良かった…

しかし、ここまでして撮ったドラマを途中で降りたくなかったウィリアムは、監督さんが病院に飛んでくると、続けて撮りますと言い張り、動けないので、トロッコに乗って撮影用のレール上を移動して、アクションシーンを撮ったそうです。
   *
:こうしてみるとあなたは、ただの貴公子ってわけじゃないんですね。少なくとも、私たちの抱いてたイメージとは違うわ。
我慢強くて、真面目で、苦労を厭わない人なんですね。

どうしたらこんな人に育つのか、それはもちろん、その影に偉大な女性がいたからです。お迎えできて光栄です。馮紹峰のお母さま、美しき朱おばさまです。
(記者たち:拍手)

:あら、たちまち雰囲気が変わりましたね。とても親密な感じになって。
 おばさま、少し緊張していらっしゃいますか。  
   *
しっかりお母さまの腕をとって座るウィリアム・フォンの可愛らしいこと、ご覧あそばせ。
いやぁ、めちゃくちゃ自慢の息子さんでしょうね…。
   *
=ウィリアム・フォンのお母さま

:いいえ、いいえ、私も若い方々とお話できるのがとても嬉しいですよ。

:それは良かったわ!私たちも、おばさまのような方が大好きなんです。
  しかも美人でいらっしゃって。
  私たち、さっき話していたんですよ。息子さんの交通事故のこと。
  彼自身は落ち着いてたって言ってますけど、電話で知って驚かれたでしょう?
:驚きました。ええ。
  ちょうどそのとき、友人と外で食事をしていて、注文を終えたところに電話があって、
  「あなたは馮威(フォン・ウェイ/Feng Wei 馮紹峰の本名)さんのお知り合いですか」
  「息子ですが」
  「すぐに救急センターにいらしてください」
  「何かあったんですか」
  「交通事故に遭われて」
   そう言われて、私はまた何かの冗談かと思いました。
   だってよく、こういういたずら電話があるでしょう?
   それで、「本当の話ですか」と聞きました。
   そうしたら本当ですといって向こうの電話番号を教えてくれて。
   (中略)
   そのありさまをみたときの私の気持ちと言ったら、
   母親なら誰でも分かるでしょう。本当に心配しました。
   病気や怪我なら替わってあげたい、私があげられるものなら何でも、
   私の内臓でも何でもあげたい。
   でも事故は息子の身の上に起こってしまって、とても辛かった。
(中略)
   *
この流れに私はひしひしと異文化を感じるんですが、昔はともかく、いまの日本で、こんなにお母さんベッタリだったら何言われるか分からないですよね…しかし、この番組は中国の番組、視聴者は中国の視聴者なんです! 

人前で自分ちの子どもを褒めるのは当たり前! 誰もヘンだと思ったりしません(いちおう、謙遜の美徳というのも存在しますが、本人の前では褒めるのがデフォルト)。

確かに中国の平均から考えても、かなりベッタリな感じはありますが、恐らく「家族思い」ということで、プラスイメージでとらえられているものと思われます。

この際、しばらく日本の価値観は脇において、ご覧ください。
    *
:この番組のプロデューサーが言うんですよ。朱おばさまに馮紹峰のことを聞くと面白いよ。まとめると、朱おばさまが息子さんを形容するときの言葉は基本、次の三言。

  第一に“美”(美しい)    
  第二に“才華出衆”(人並み優れた才能がある)
    *
おや、ウィリアムは、何か言いたげですね…。
    *
  第三に“乖”(聞き分けのよい良い子)

 じゃ、一つずつお聞きしましょうね。

 「美しい」のは、見れば本当だって分かりますけど、小さい頃はほら、じゃじゃ〜ん。

(と昔の写真を取り出す)
  
:女の子みたい!
    *
おっとビックリ、これは確かに美少女…いや、美少年ですね。しかも、超絶賢そう。
ごめんなさい、四爺。女に見まごう美男子というのは、(30年前は)紛れもない真実でしたね…。
    *
:馮紹峰、この写真覚えてます?
:見たことはありますけど、どうやって撮ったんだろう。
  母は女の子が欲しくて、だから、女の子のつもりで育てたんですよ。お人形さんを抱いて撮った写真とかもありますよ。
    *
ものすごくマジメに受け答えしているウィリアムに、つい笑っちゃうのですが、話題の写真は他のインタビューに出てきます。忘れてなければ、第12話でご紹介しましょう。
    *
:花柄のスカート穿いたりとかも?
:あります。
(「なんか誤解されそうだな〜」の声)
:小さい頃は本当に細工物のように綺麗で…男の子でこんなに綺麗な子どもは珍しいから、ご近所でも好かれて。この顔は名刺のようなもので、不可能が可能になったことがたくさんあります。
:はぁ? 馮紹峰、あなた自分でそのこと知ってたの?!
    *
聞いているんだかいないんだか、まるで絵画のような佇まいで目を伏せてるウィリアム。
    *
:たとえばね、この子が通っていた幼稚園は(上海市の)“重点”(エリート)幼稚園だったんですよ。教員の子弟のための幼稚園だったんです。

外国からのお客さまが視察に来られたときにお出迎えするようなところでね。ですから、入園条件が厳しかったのです。この幼稚園は職場から近かったので、ぜひここに入れたかったの。だってそうすれば、出勤の途中で送り迎えできるでしょう?それで、この子を連れて行って先生に相談しました。

「先生、うちの子、お宅の園に入れていただけないでしょうか。」
それで先生は、とても丁寧に、園長先生だったんですけど、私どもの園は教員のための施設ですので、規則で、そうでない方のご子弟はお預かりできません。本当に申し訳ないですと。私も、無理を言っても仕方ないし、諦めて帰ろうとしたんです。

そうしたら、ちょうどそこへこの子が外から駆け寄ってきて、
「ママ、ママ、お家に帰ろうよ」って。

園長先生はこの子を見て、
「あなたがおっしゃってたのはこのお子さん?」
「はい、そうです」

そうしたら、先生はこの子を招きよせて、
「ほら、いらっしゃい。」

近くまで行くと、
「お名前は何ていうの?」
「何かお話を聞かせてくれるかな?」
「ぼく、できるよ」とか何とか答えているうちに先生は私に、
「まあ、本当に可愛らしいお子さんね。
 そうね、お預かりしましょうね」
で入園することができました。

:おとぎ話みたい…。
    *
つか、フツーにそれはマズイんじゃ…? 
でも、特に問題視はされずに話は進みます。そうです、ここは「孟母三遷」の国! 完全没問題!(まったく問題なし!)
    *
:朱おばさまにとって、紹峰は本当に自慢の息子さんなんだって良く分かりますよね。
で、さっきの二つ目に戻ると、「抜きんでた才能がある」でしたね。こちらについてお話いただけますか。

このころのこと、馮紹峰は覚えているでしょう?もっと大きくなっていたはずだし、中学校のときのことだと伺いましたけど。そのころ、何かの作品に出演したんでしょう?

:僕が出演した最初のドラマのときで、タイトルは確か…
《少年徐悲鴻》では?
:そう、そのとき、僕自身は別に、すごく才能あるとも思いませんでした。
  監督さんにも叱られたし…。 
:小さいのに叱られたんですか。
:ええ。
:なぜ?
:初めてだったので、どうしていいか分からなくて、ちょっとぼおっとしちゃって…
(中略)
    *
この最初の作品でギャラが1〜2000元くらいだったそうです。今の日本の貨幣価値でいうと20万円くらいにあたるでしょうか。

周りから、まるで“捧在手掌心”(手のひらに載せていつくしむ:インタビューにこの表現が出てきますが、前にドラマでも出てきましたね)ようにちやほやされたウィリアムですが、親孝行だったようで、高校1年生のとき、《星星串》のギャラで、お母様に携帯電話を買ってあげたそうです。

電話と一緒に渡した手紙というのが長編で、内容は、電話の使い方と付属品の説明(笑)。高校一年生とは思えない、超達筆です(この便箋もすごく気になるけど)。

最後の一行は、
「僕はお金を持っているし、節約して使います。だから今月、お小遣いは要りません。」
だって。
    *
:そんなに良い子で、家族思いだったら、ぶたれたこととかありますか。私たちは、小さいころ、結構親にぶたれて育ちましたけど。

:一回だけ母に叩かれたことがあります。あるとき僕は嘘をついて、それで…。

 小さい腰掛けを失くしちゃったことがあったんです。学校が終わって、外に遊びに行ったときに。

それで、家に帰って母に、学校で補習があって置いてきたって言ったら母は嘘だと分かって、それで叩かれました。

:どんな風に?

:手を叩いたんです。
 この子は泣きました。叩いて、私も泣いたんです。だって、それまで、可哀想で叩くなんてとてもできなかったから。

 そうしたら、この子は私の前でひざをついた。詰問したら、自分で膝をついたんです。
 そして私を引っ張って、
 「ママ、僕が悪かったです」と言うので、私は聞きました。
  
 「お前はどうして嘘をついたの」
 「ママが怒ると思ってそれで」

 そしたら私が泣いたものですから、息子はタオルを持ってきて私の目のあたりを拭って言うんです。

 「ママ、もう二度と嘘はつきません」

  このときからこの子はそれを守っています。

 彼のためにはなったと思います。その後もきちんとしていると思いますし、そもそも曲がったことが嫌いな子なんです。

:今では…小さいころは、母は厳しかったですけど、仕事をするようになって、信用してくれてると思います。どんなことでも自分で解決するように言うし、僕が自分で判断するようにしてくれてます。

僕が役者の仕事が好きなのは、この仕事をしていると、小さいころは父母が保護してくれたけれど、今は、自立して物事を処理していけると感じるので、自分自身で人生を切り開いていると感じるからです。
    *
次回、ご紹介しようかと思いますが、彼は大学も地元なんですね。
そのあと単身、北京で暮らしているのは、仕事のためもあるでしょうが、やっぱりちょっと、親御さんの束縛がキツく感じられたのかも…。
    *
:一つ質問なのですが、お母様は馮紹峰が恋愛ものに出演することについて、どうお感じですか。

小さいころから大切にされている息子さんが、いろいろな女優さんたちとラブシーンを演じているのをご覧になると、あまり良いご気分ではないのでは?

(母親が話すのにかぶせて)母は僕がその手の作品に出るのは好きじゃないんです。
:(笑う)
:特に嫌いなのが《鎖清秋》。(と言って苦笑いする)
:(大笑い)

:どうして?
《鎖清秋》の最初のシーンからして、私は好きになれませんでした。
:ファーストシーンって何でしたっけ?
:最初は遊び人の若旦那なんですよ。  
  だから私は言いました。
  「もう二度とこんな役を引き受けちゃダメ。全く感心しないわ」
  本当に気に入りませんでしたね。 
:ですけど、彼は2つのドラマをこなそうってあんなに頑張ったのに。そんな風におっしゃったら悲しむんじゃないでしょうか。 
:私は息子に言いました。
  「出来れば、これからは役をちゃんと選んで欲しいわ」って。
この手の役はみっともなさすぎます。
    *
ってお母様、そんな身も蓋もない...(笑)。

ちなみに、お母様が毛嫌いしている《鎖清秋》とは民国時代を舞台にした恋愛ドラマ。馮紹峰はヒロイン・杜蘭嫣と恋仲になる、大店の跡取り息子。

江南地方の良いとこの坊ちゃん役という、はまり役というよりは、なんかそのまんま過ぎてひねりがない役柄なのですが、虫も殺さないような顔をして、結構冷淡なプレイボーイという、実は難しい人物像(最初のうちはね)をナチュラルに造型しているあたり、なかなかの演技と見ました(「泣く」演技は、ハッキリ言ってまだ下手だったと思いますが)。

物腰も洗練されて優雅、何だか往年の銀幕スターって感じで、これは誰が見ても二枚目としか言いようがないでしょう。この場合、イケメンという表現は、似合わないかも。

s-沈朝宗2.jpg
(ウィリアム・フォン演じる沈朝宗)

品の良さは育ちの問題で、演技じゃ誤魔化しきれないので、演技とばかりは言えないのかも知れないけど。

しかし、最初の頃はかなり陰影が付いているので、ひょっとすると女優さん並みのライティングだったりしてね…。

それはともかく、二枚目なだけが取り柄のブルジョワ子弟(笑)、家にはヨメいびりが趣味の母親が君臨している、なんて設定のドラマ、そりゃ、お気に召さないでしょうね…。

しかし、お母様にダメを出されても、こんな感じの役ばかりオファーされてたらしいウィリアム(そりゃ、いるだけで役のまんまなんだから、起用したくなるのも分かる)。

農民や工場労働者の役はやらないのですか?と記者にツッコまれると、実は、そういう役のオーディションも受けに行ったことがあるけれど、監督さんに「次にアイドル系のドラマを撮るときは声を掛けるから」と言われました、とまたマジメな顔で答えていました。

それでも、ブレイクしたのは当時のご本人の印象とはかなりベクトル違う直情径行な人の役、というのも面白いですね。

取りあえず、この《鎖清秋》《宮》の役柄は、演技してるように見せない自然な役作り、という点で、人気が出たのも分かる気がします。

さて、中の人のお母様も我が子を“才華出衆”(人並み優れた才能がある)と褒めていましたが、この、「人並み優れた」「そこらへんの人とは違う」って長所は、四爺の父君、高澄への史官の評価でもありました。

《北斉書》巻3に、四爺パパの伝記が載っています。

世宗文襄皇帝,諱澄,字子惠,神武長子也,母曰婁太后。生而岐嶷,神武異之。
…就杜詢講學,敏悟過人,詢甚嘆服。二年,…尚孝靜帝妹馮翊長公主,時年十二,神情儁爽,便若成人。

(世宗・文襄〈ぶんじょう〉帝は諱〈いみな〉を澄〈ちょう〉といい、字〈あざな〉は子恵〈しけい〉、神武帝の長子であった。母は娄〈ろう〉太后である。生まれつき他の者とは一線を画す賢さで、父皇も驚くほどであった。

…杜詢に学んだが、機転が利いて賢いところは衆に抜きんでており、杜詢もほとほと感服していた。(中略)

中興2年(532)に(北魏の)孝静帝の妹である馮翊長姫を娶った。まだ12歳にも関わらず、見るからに賢そうな顔立ちで、すっかり大人のようだった)


この後も、《北史》巻6なんか見ると、途中までは、ともかくベタ褒めです。

文襄美姿容,善言笑,談謔之際,從容弘雅。性聰警,多籌策,當朝作相,聽斷如流。愛士好賢,待之以禮,有神武之風焉。”
(文襄帝は容貌が美しく、ユーモアを好んだ。冗談を言っているときでさえ優雅で上品だった。頭の回転が速く、知略に優れ、官吏として朝廷にあるときは、流れるように案件を処理した。賢臣を礼遇し、神武帝の風格を継承していた。)

出ました、高一族のデフォルト形容詞「容姿が美しい」!✨
しかし残念ながら褒め言葉もここまで。次の行には、こんな言葉が…。

“然少壯氣猛,嚴峻刑法…情欲奢淫,動乖制度。”
(しかしながら、若輩にして気が短く、処罰に厳しかった。…女色に溺れ、規を超えること甚だしいものがあった)

そうです。四爺パパは中国史でも名うてのプレイボーイ。
もちろん、「後宮三千人」なんて皇帝は他にもいますが、この人の場合は開いた口がふさがらないエピソードのオンパレード。

女性関係のえげつなさ加減は後ほど息子さんに述懐していただくとして、東魏の実力者となってからは、主君に対してもとんでもない態度を取っています。

当時、北中国を統治していた北魏は東西に分裂し、それぞれ、北魏を継承する皇帝を擁するものの、実質、西魏は宇文一族が、東魏は高一族が仕切っていました。

東魏の孝静帝は容貌も立派で、文武両道の優れた君主でしたが、野心を持つ高澄にとっては邪魔でしかなく、配下の崔季舒を常に張り付けて監視していました。
《魏書》によると、

王嘗侍飲,舉大觴曰:「臣澄勸陛下酒。」東魏主不ス曰:「自古無不亡之國,朕亦何用此活」王怒曰「朕 朕 狗腳朕」使崔季舒毆之三拳,奮衣而出。

(高澄が酒席に侍り、大杯を挙げて「臣・高澄が陛下に一献お勧めいたします」というと、孝静帝は不愉快そうに「古来、滅びなかった国はない 朕もこのように生きるしかないのだ」と愚痴った。高澄は「何が朕だ、犬の脚(他人の指図を受ける者)の“朕”のくせに」と怒り、崔に命じて皇帝を何度も殴打させると、衣を払って出ていった)

マジかい...。
 
549年になると、高澄はいよいよ東魏を簒奪しようと密談を始めます。それを食事を運んできた奴隷の蘭京に聞かれ、「昨日、あの奴隷に刀で切られる夢を見た。あやつを始末しなければ」と言い出します。しかし、ああ、これまでの恨みが積もって、高澄を亡き者にしようと仲間たちと語らっていた蘭京は、先手必勝とばかり、その夜のうちに高澄を刺殺してしまいます。

史書は、ここに二つのエピソードを挟んでいます。まず、下手人の蘭京について…

梁將蘭欽子京為東魏所虜,王命以配廚。欽請贖之,王不許。京再訴,王使監廚蒼頭薛豐洛杖之,曰更訴當殺爾。
(梁の将軍・蘭欽の子・京は東魏の捕虜となった。王(高澄)は彼を厨房に配属させた。欽は代価を払って息子を取り戻そうと請うたが、王は許さなかった。京がもう一度訴えると、王は厨房を取り仕切る係の者に杖で打たせて、「次にそんな真似をすればお前を殺す」と言った。)

もっともこの話、史書には載ってるけど、蘭欽将軍の子息に蘭京という名が見当たらないので、本当に将軍の子かどうかは疑問視する声もあります。

そして、むしろ問題なのはこっちのエピソード。
京與其黨六人謀作亂。時王居北城東柏堂蒞政,以寵琅邪公主,欲其來往無所避忌,所有侍衛,皆出於外。
((蘭)京とその一党6人は謀叛を企んでいた。そのとき、王は北城の東柏堂で政務を執っていた。琅邪〈ろうや〉公主を寵愛していたため、行き来を邪魔されたくないと、お付きの者たちを全て建物の外に出していた。)

つまり、女と密会するために人払いをしていたところを襲われたという、自業自得とは、まさにこの事…(呆)。この謀殺事件が単に奴隷の謀叛みたいな単純なことだったのか、後の成り行きを見ると非常に疑わしいのですが、それは後ほど考察することに致しましょう。

ちなみに悲劇の現場である東柏堂は、史実ではのちに鄴〈ぎょう〉が(北)周に占領された後、楊堅〈よう けん〉を討伐しようとした尉遅迥〈うっち けい〉将軍が蜂起に失敗し、最後を遂げた場所にもなりました。

高澄は享年29歳(と史書には書いてあるんですが、数え年かな?)、実に早すぎる死ではありましたが、すでに彼には皇子が6人、皇女が3人おりました。

親の因果が子に報い…なんて言ったら可哀想ですが、こうして四爺は恐らく8歳くらいで父君を亡くしてしまい、生活は貧乏のどん底です。

“我們雖然很貧窮”(私たち母子は貧しかったけれど…)
と、回想する四爺ですが、今、雪舞と居るこの家にずっと住んでたんだとすれば、庭付き一戸建て2LDK以上あるし、庶民の視聴者からすると、とても貧乏にゃ見えないんですが、つまり、現在の贅沢三昧な生活に比べりゃ貧乏だってことでしょうか(←ひがんでどうする)。

ここで登場する四爺ママは、質素ですが清楚で賢く、しかも芯がしっかりした感じの女性ですね。

現時点では雪舞は、こんな大人の女性とは正反対の印象です(次回からもっと酷くなるし…)。落ち着いた感じのお母様がいたのに、なんでまた四爺は真逆な人を選んだんだろう…とちょっと不思議に思ってしまいます。

そこは何話か先で少し理由が分かるので追及しないでおきますが、もっと先の回へ行くと、雪舞の挙措動作がだんだん四爺ママに似た感じになってくるのは、面白いですね。四爺が本当のところを見抜いていたのか、それとも四爺と一緒に居たのでだんだんそうなったのか、はたまた状況によってそうなったのか…。

さて、素敵なお母様は、四爺を“肅兒”〈スーアル〉と呼んでいます。“肅”が四爺の本名で、“兒”と付けているのは、幼名だったか、子どもにつける愛称、日本でいう「〜ちゃん」というような意味です。

実は正史には、“肅”という名前は載っていません。じゃどこに書いてあったのかというと、墓石です。

日清戦争の年(清・光緒二十年(1894)/日本では明治27年)に、現在の邯鄲〈かんたん〉市で蘭陵王の墓碑が発掘され、その冒頭に、

“王諱肅 字長恭 渤海蓨人 高祖神武皇帝之孫 世宗文襄皇帝之第三子也”((蘭陵)王、諱〈いみな〉は肅〈しゅく〉、字は長恭、渤海〈ぼっかい〉蓨〈しゅう〉の人 高祖・神武帝の孫、世宗・文襄帝の第三子である)

と書かれていたのです。ドラマでお母様が“肅”と呼んでいるのは、ここから採用したものと思われます。

諱〈いみな〉というのは、その人の本名なのですが、エライ人を本名で呼ぶのは失礼にあたるため、呼ぶときはそれ用の別の名前を使いました。それが字〈あざな〉です。

なぜ本名を呼んではいけなかったかというと、人の名前はその人の実体と結びついており、本名を呼ぶことはその人を支配することを意味する、という考え方があったからです。これを取り入れたお話、いろいろありますよね。

たとえば《西遊記》では、妖怪の金角、銀角に名前を呼ばれて返事をすると、彼らの持っている宝具「紅葫蘆〈べにひょうたん〉」に捕えられてしまいます。

日本でも『千と千尋の神隠し』で、主人公の千尋は本名を取り上げられて「千」と呼ばれ(こうすることで湯婆婆〈ゆばあば〉は千尋を支配することができる)、千尋を助ける少年・ハクも、自分の本当の名前を思い出すことで支配から逃れることができました。

ただ恐らく、宮崎駿監督のこのアイディアの元になったのは、漢字圏の風習よりはル・グィンの『ゲド戦記』じゃないかと思います。『ゲド…』でも、この考え方がお話の鍵を握っていますよね。

なお、主家の人だったりすると、字で呼ぶのさえ相当失礼なので、“大将軍”などと官職名で呼んだり、排行〈はいこう〉で呼んだりします。

排行というのは以前にもご紹介しましたが、一族や兄弟の中での順番のことです。
中国語ではランキングのことを“排行榜”(“榜”は告示のこと)と言うのですが、イメージ湧きますでしょうか。

だから、EXILEさん、と呼ぶよりは、万年チャート3位の人、と言った方が礼儀正しいということです(単なる例です、例!!)ので、味方側の人たちは蘭陵王を“四爺”と呼んどくのが無難なわけです(本来なら“四王爺”と呼ばなければいけませんが、そのあたりは後でドラマにも出てきますので、その時に)。

ちなみに、正史の《北斉書》《北史》では、蘭陵王は長恭の他に“一名(またの名を)、孝瓘”と記されています。

いくつも名前がある人は、いない訳じゃないのですが、私が思うに、どうもこの“孝”の字は曲者です。

高澄には6人の息子がおり、名前は上から 孝瑜、孝珩、孝琬、長恭、延宗、紹信でした。
《北斉書》 卷11に“河南康舒王孝瑜,字正コ,文襄長子也”と書いてあるところを見ると、この“孝瑜”というのは諱です。

中国では南北朝時代から、諱を二文字にするのが流行り出したらしく、そのうちの一文字を“通字”といって、兄弟間、または同族の同一世代の間で共通にすることがありました。文襄帝の兄弟のうち3人は諱に“孝”の字を使っています。そうすると、蘭陵王も諱は“孝瓘”だった可能性が高いのではないでしょうか。

だったとすると、第五皇子にも第六皇子にも諱には“孝”がついてるはずなのですが、なぜか伝わっていません。しかも第六皇子・紹信の“紹”の字は太原王の皇子、文宣帝の皇子の通字と同じです。

この時代、通字が兄弟の一部しか一致してないケースが他にないか探していたのですが(それでこんなに時間がかかった...)、上手く見つかりませんでした。

正史には、第五皇子=高延宗が、幼くして文宣帝に引き取られ、育てられたという記述があります。ですので、彼よりさらに年下の第六皇子が、最初から文宣帝のところで名づけられ、育てられたという可能性もあるかもしれません。ただ、これは本当に私の思いついたただの推測でしかなく、証拠がありません。執念深く探していれば、そのうち何か理由の一端でもつかめるかもしれませんが、今のところはナゾです。

もっとも、お兄様方にしたって、正史に諱と字が両方書いてある人と片方しか書いてない人がいるので、延宗と紹信というのは字で、諱はただ単に調べきれなくて書いてないという事なのかも知れません。

若き日の段韶〈だん しょう〉太師も視聴者の疑問には答えてくれそうもなく、仕方ないので、この子は“肅兒”ってことで話を進めましょう。

粛児は後で宮廷にも連れてきていたウサギを可愛がっています。
ウサギ小屋=貧しかったってことなのでしょうか(←まだひがんでいる)、別れの前に涙に暮れるお母様も、こんなことおっしゃっています。

“享不盡的錦衣玉食 娘為肅兒高興”
(着つくせないほどの豪華な着物、食べきれないほどのご馳走がある、豊かな暮らしができるのよ。母はお前のために喜んでいるのです)
この言葉は、この回の最後の痛切な一言と呼応しています。

この後、段韶太師がお母様に、
“皇室的血脈是不可能漂流在外的”
「皇子を市井で育てるなど許されませぬ。」
と言っているのは、ご落胤騒ぎで面倒が起きることを恐れたのでしょうか。ただ、お母様の次の言葉を聞くと、もっと違う含みも考えられますね…。

「お腹の子を諦め切れず逃げたのは身の程を知らぬふるまいでした。」

さすがの高一族といえども、殺してしまうというようなことはなかったのでしょうが、実の母から取り上げられてしまうことは確実だったようです。

ここで、お母様は自分を、
“流民的營妓”(流民の妓女)と言っています。当時は戦乱の世の中、戦火を避けて逃げまどううちに、田畑も家も失くして落ちぶれる人も多かったことでしょう。

高澄の6人の息子のうち、母親の苗字が伝わっていないのは四爺だけです。っていうか、正史の列伝に名前が挙がっている皇子たちの中で、生母の姓が未詳とされているのは彼だけです。

当然、母親の身分が、妓女だったり婢女だったりと低すぎて、史書に記載されてない、というのはありそうな話ですが、《北斉書》 卷11 列伝3に、高延宗=五爺について、
“母陳氏,廣陽王妓也”
(母は陳氏、広陽王の妓女である)ってハッキリ書いてあるので、母の身分が低いのは史書に書けないほどの不体裁、という訳でもなさそうです。

母親の身分が低いだろうと判断されるもう一つの根拠として、ドラマは採用してないみたいですが、“四爺”はホントに“四爺”だったのか問題」がございます。

実は、四爺について、正史の「蘭陵武王長恭」の伝記(列伝)の方には、《北斉書》でも《北史》でも「第四子」とありますが同じ史書でも帝紀(廃帝)の方では、乾明元年三月の項に、
“封文襄第二子孝珩爲廣ィ王,第三子長恭爲蘭陵王。”
(文襄帝の第二子・孝珩を廣寧王に、第三子・長恭を蘭陵王に封じた)と書いています。

さきほどご紹介した墓碑でも「第三子」になってましたよね。

実はこの、兄弟の順番を変えてしまうというやり方には似たケースがあり、他ならぬ高緯〈こう い〉がその例です。彼は「長男」で皇太子とされていますが、実際は高湛の第二子でした。

どうして史書には長男と書かれたのかというと…。

“南陽王綽,字仁通,武成長子也。以五月五日辰时生,至午时,後主乃生。武成以綽母李夫人非正嫡,故贬为第二”
(南陽王・綽はあざなを仁通といい、武成王の長子であった。五月五日の辰の刻に生まれたが、午の刻になって、後主(高緯)が生まれた。武成帝(高湛)は、綽の母である李夫人が側室であるため、貶めて第二子とした)

つまり、ここ《北斉書》巻12 列伝4に書かれているのはこういう事です。高綽と高緯は同じ日に生まれ、実際には高綽の方が生まれた時間は先でした。本来なら彼が長子、そして高い確率で皇太子になるべきところでしたが、側室の子だったため、正妻である胡皇后の子・高緯が長子とされた、というわけです。

これを敷衍すると、いま、高澄の第三子とされている孝琬は皇后の子ですから、母親の名が伝わっていない長恭の方は、彼と近い日、または近い年に生まれた、しかし、母親が側室、またはそれ以下の身分だったので、正妻の子よりも後に(弟分という地位に)貶められた、ということになります。

なので、本来第三子と書くべきところを第四子に変えた関係で、ところどころ記述に混乱が生じている、という説なのです。この説を採用すれば、四爺の…いや三爺の…(ややこしいな)、母親の身分は少なくとも正妻よりは低い、ということになります。

しかしですよ。   

斉国の東〇ポたる本ブログとしましては、またしても何の根拠もないけれど、ついつい別の方向へ考えてしまうのであります。

だってこの後ご紹介する高澄の行状を見ていると、ひょっとして…ひょっとしてですが、母親の身分が高すぎて、またはヤバすぎて書けなかった、ってことも、十分ありそうな話じゃないかと…。

ま、そのスクープは後に譲るとして、ドラマのお母様はこんな風に我が子を諭していて、とても立派です、

“你要記住娘教你的 要記得你是誰”
(どうか母様が教えたことを覚えていて。自分が何者かを忘れないこと)
“做一個嚴於律己 ェ以待人”
(自分に厳しく、他人には寛い心で接すること)
“象小草一樣堅韌 頂天立地的男子漢”
(雑草のように強く 何ものをも怖れない立派な人になること)
“還有啊 肅兒永遠是娘心中 最疼愛 最寶貝的好孩子”
(そして 粛は母様の心の中では永遠に、誰よりもかわいい 何よりも大切な宝物だということを)

ここは、吹き替えの訳がナイスな感じですね。

「教えたことを守って 分をわきまえて」
「おのれに厳しく 人にやさしく 雑草のように強い丈夫〈ますらお〉になりなさい。」
「忘れないで 母様にとって粛は誰よりも可愛い子ですよ」

幸か不幸かトンデモパパの謦咳には接することがなかったらしい四爺は、ため息交じりに述懐しています。

“她一生只伺候過我父皇一個人,
而我父皇卻擁有了太多的女人。估計連我娘長什麼模樣都記不得了。
所以我決定 這種事情 絕對不會發生我身上。”

(母は一生、父君独りに仕えた。しかし父君の元にはあまりにもたくさんの女人がいて、母の顔さえ覚えていなかっただろう。だから私は決めたのだ。このような事を私は決してしないと)

息子にこうまで言われちゃうパパ・高澄は、一体何をやらかしたんでしょうか…。

まずは《北史》卷14 列伝第2の中から、そのトンデモっぷりをご覧いただきましょう。ここは、帝王の妃たちについて記されたパートになります。

高澄関連の記述で、まず出てくるのはこれです。

神武崩,文襄從蠕蠕國法,蒸公主,產一女焉
(神武帝(高歓)が崩御すると、文襄帝(高澄)が蠕蠕〈ぜんぜん〉国の法に従って公主を娶り、娘が生まれた)

高澄の父君・高歓は、当時の強国・蠕蠕の姫君を側室として娶りました。高歓が亡くなると、ヨメの実家の決まりに従って、彼女は息子の高澄の妻となりました、という事なんですが、正史にわざわざ言い訳がましく書いてあるのは、義母に当たる人を娶るなんて、漢民族の間ではあまり褒めた話ではないからです。

とすれば、同じ章に書かれた、次のエピソードのトンデモ度がお分かりいただけるでしょう。

馮翊太妃鄭氏,名大車,嚴祖妹也。初為魏廣平王妃。遷鄴後,神武納之,寵冠後庭…
(馮翊太妃〈ひょうよくたいひ〉鄭氏〈ていし〉は名を大車と言った。鄭厳祖〈ていげんそ〉の妹であった。はじめ、魏の広平王の妃であった。東魏が鄴〈ぎょう〉に遷都して後、神武帝に側室として迎えられ、誰よりも寵愛を受けた…)

ということで、高澄のお父さん=四爺のおじいさんである高歓は、戦利品(?)として鄭大車という人をお妾さんにしたのです。ところが…。

神武之征劉蠡升,文襄蒸於大車。神武還,一婢告之,二婢為證。神武杖文襄一百而幽之,武明后亦見隔絕。時彭城爾朱太妃有寵,生王子浟,神武將有廢立意。
(高歓が劉蠡升〈りゅう れいしょう〉の討伐に遠征していたとき、高澄は大車と密通した。帝が帰京すると、1人の召使い女がこれを密告し、2人がその証人となった。高歓は高澄を百叩きの刑に処し、幽閉したうえ、その母たる皇后とも行き来を断ってしまった。

当時、彭城〈ほうじょう〉の爾朱〈じしゅ〉太妃が寵愛を受け、皇子・浟〈ゆう〉を産んでいた。高歓はこの際、皇后も皇太子も廃してしまおうかとすら考えた。)


ちょっと、ちょっとお父さんっ!!一体何をやってるんでしょうか。2年前に正妃を娶ったばかりの14歳で…(絶句)。

父皇のお妾さんにちょっかいを出すなんて、皇位を賭けた恋、というにはあまりに情けない行状、しかし、自ら招いたピンチとは言え、四爺パパ高澄も廃太子の危機に手をこまねいている訳にもいかず、忠臣の司馬子如〈しば しじょ〉に泣きつきます。

子如は証言をした召使い女を自害に追い込み、「結髪〈けっぱつ〉の妻」(結髪〈ゆいがみ〉の儀式をした奥さん=最初に契りを交わし、苦楽を共にした妻、という意味で、ここでは高澄の母・婁〈ろう〉皇后のこと)を忘れてはなりませんよ、メイドの証言なんか讒言です、ととりなし、皇后、高澄と高歓を和解させることに成功します。

何とか皇太子の地位も保たれて、これで懲りればいいものを、この間もせっせと女に手を出していた四爺パパは、なんと、10年経たないうちに、またまた大変なことをやらかしてしまいます。

では、《資治通鑑》巻158 梁紀14の記事から見てみましょう。
紀元543年の出来事です。

仲密後妻李氏艷而慧,澄見而ス之,李氏不從,衣服皆裂,以告仲密,仲密益怨。
(高仲密がのちに娶った妻、李氏は美しく聡明な女性で、高澄はひと目で好ましく思い、よしみを通じようとしたが、李氏が抵抗したために、その衣はずたずたに破けてしまった。李氏が高仲密にこのことを話したため、仲密はますます恨みを募らせた。)

高仲密は高歓とは遠い親戚でしたが、最終的に彼は高歓について官位を得、豪奢な暮らしをしているうちに、糟糠の妻を捨てて、書画や騎射にも通じた多才で美人な若い妻・李氏を娶ったのです。ますます得意になった仲密は、周りの者も引き立てて地歩を固めようとしていたところ、高澄にその計画を阻止されてしまいます。

実は、仲密が離縁してしまった妻というのは、高歓・高澄父子に重用されていた官吏、崔暹〈さい せん〉の妹でした。きっとそのことで意趣返しをされたに違いないと恨んでいたところにこの事件、高仲密がさらに恨みを募らせないはずはありません。

尋出為北豫州刺史,陰謀外叛。丞相歡疑之,遣鎮城奚壽興典軍事,仲密但知民務。仲密置酒延壽興,伏壯士,執之,二月,壬申,以虎牢叛,降魏。

(高仲密は都を離れ、(辺境の)北豫州〈よしゅう〉刺史(長官)となり、寝返ろうと画策しはじめた。丞相〈じょうしょう〉〈官名〉の高歓は彼の忠誠心を疑い、鎮城〈ちんじょう〉(守備部隊を統括する官職)の奚壽興〈けい じゅこう〉を派遣して軍事を仕切らせ、仲密には民事だけを統括させた。仲密は酒宴を設けて壽興を招くと、秘かに屈強な武人を配し、彼を生け捕りにした。2月12日、仲密は虎牢〈ころう〉を占拠して西魏に投降した。)

ってことで、結局、高仲密は東魏を裏切り、西魏に寝返ってしまいます。

それより、543年、といえば何かを思い出しませんか?

そう、前回(第9話の1)ご紹介した、第1次邙山〈ぼうざん〉の戦いの年ですよね。

実は、この戦い、高仲密が西魏に投降したことが引き金になり、宇文泰がその反乱に合流して洛陽を襲撃したことで始まったのです。

つまり、高澄の最初のナンパで賭けたのは皇位だけど、今度は国を賭けたナンパになっちゃったわけです(呆)。

そして、こんな不義の戦いに、東魏軍は勝ってしまったんですよね? 何だか嫌な予感がします…。
それでは続きを見てみましょう。

五月,東魏以克復虎牢,降死罪已下囚,唯不赦高仲密家。丞相歡以高乾有義勳…,皆為之請,免其從坐。仲密妻李氏當死,高澄盛服見之,曰:「今日何如?」李氏默然,遂納之。
(五月、東魏は虎牢を取り戻し、本来なら死罪に処すべき者たちも寛大な扱いを受けた。ただし、高仲密の一族だけは釈放されなかった。高歓は、仲密の兄・高乾が自分を引き立ててくれたことなど、彼の家族の恩義に免じて,東魏の孝静帝に、一族を連座させないよう請うた。高仲密の妻、李氏も本来であれば死罪は免れないところだったが,高澄は正装して彼女の元へ赴き、「今回はいかがであろうか」と尋ねた。李氏が黙して従ったため、ついに側室として迎え入れた。)

なんてこった…(コメント不能)。

ちょっかい出した方が勝利するなんて、神も仏もないのか…と思ってしまいますが、やはり因果は巡る、糸車。

次のエピソードなんて、このえげつなさに比べれば可愛いもんよね、と思ってしまうほどですが、結局これが最後の火遊びに…。

琅邪公主名玉儀,魏高陽王斌庶生妹也...為孫騰妓,騰又放棄。文襄遇諸途,ス而納之,遂被殊寵,奏魏帝封焉。
(琅邪〈ろうや〉公主・玉儀は魏の高陽王・斌〈ひん〉の庶出の妹だった...孫騰〈そん とう〉の妓女であったが捨てられた。高澄はたまたま通りがかりに彼女を見て気に入り、側室として置いた。大変な寵愛ぶりで、魏帝に奏上して琅邪公主(琅邪皇女)の称号を与えた)

紀元547年に高歓が病没すると、高澄がその後を継いで実質的な東魏の支配者になります。都の鄴〈ぎょう〉で政務を執っていた高澄は、元玉儀とばったり出会ってまたもや妾に…ってもう言うのも疲れるおなじみのパターンで話が進みます。

文襄謂崔季舒曰:「爾由來為我求色,不如我自得一絕異者。崔暹必當造直諫,我亦有以待之。」
(高澄は(腹心の)崔季舒〈さい きじょ〉に言った。「そなたにわざわざ美人を探させているというのに、どれも私が自分で見つけてきた絶世の美女には到底及ばないな。崔暹〈さい せん〉は今度のことを知れば、きっと小言を言ってくるに違いない。楽しみに待つとしよう」)

崔暹は父君の代からの重臣、しかもこの後登場する、誰もが怯える暴君・高洋にも直言するなど、なかなか気骨のある人だったようです。彼なら、「例の李氏のことでも大ごとになったのに、またもや揉めそうな女を引っ張りこんだのですか…と諌めるに決まってる」と高澄は、知ってるくせに挑戦的な態度です。

中二か、あんたは!

及暹諮事,文襄不復假以顏色。居三日,暹懷刺,墜之於前。文襄問:「何用此為?」暹悚然曰:「未得通公主。」文襄大ス,把暹臂入見焉。
(崔暹がやって来ると、高澄はわざと仏頂面をしていた。しばらくして、崔暹は懐の名刺を高澄の前に落とした。高澄が何事かと聞くと、崔暹は恭しく答えた。
「まだ姫君にお目通りの栄を得ておりませんので…」
高澄は、ことのほか喜んで、彼の手を引いて玉儀に拝謁させた。)


ふーん、この時代にもう名刺があったんだ〜って、感心してる場合じゃない気がするのですが、もはや呆れるのにも疲れました。

臣下にナンパ自慢してどうするよ、っていうか、この後、玉儀の姉の静儀(人妻ですっ!)とも懇ろになってしまう高澄、もうどうコメントしてよいやら史官も呆れたと思いますが、無軌道な生活がそういつまでも続くはずもなく、人払いまでしてのアバンチュール(こういう時に使うんですよね、この言葉は)の挙句、ついに刺されて亡くなってしまいます。

こんなお父さんの話、どこまで知ってるのか知りませんが、四爺はすっごく迷惑そうです(そりゃそうだろ)。

“我一定要善待我的妻子 不能讓他步我娘的後塵。”
(私は必ず妻を大切にするつもりだ。母のような目には会わせたくない)

ああ、また四爺の「必ず」ですか、はいはい…。
と視聴者は話半分とか10分の1とかに値切って聞いていますが、ご本人は真剣そのものです。

それを聞いている雪舞は、
“所以四爺 這一生 只願擁有一個女人”
(だから四爺は)「生涯 ただ一人を愛するのね」
と言います。

この発言、言ってる方と聞いてる方の受け取り方が真逆、というのは女媧〈じょか〉さまと視聴者だけが知っています。

聞いてる方のウィリアム・フォンは、当然、この雪舞の発言を良い兆候と思っていることでしょう。この時のように、右側のアングルから半分が影になるように撮影すると、彼が最強に美男子だということはさすがの私も否定しません。そんな顔で、

“沒錯”
「さよう」

と言われてしまった雪舞の複雑な表情…。
良い事なんだろうけど、彼女にとっては致命的な一言です。

しかし彼女は、そんなショックを何とか押し隠し、辛い過去を思い出して傷心の四爺に、優しく助言を与えます。

「別去想你失去的 要想你擁有的」
「失ったものではなく 手にしたものを見て」

こう言われた日本語の四爺は「今のわたしは何一つ手にしてはおらぬ」と答えます。

もちろん、意味はこれで合ってるのですが、「だけど、これからは手に入れますよ」って言いたいのかと誤解しそうですね。ここは、もう少し含みのある、中国語のニュアンスで見てみましょう。

“我從來不覺得 我高長恭真正擁有過什麼”
(この高長恭、これまで一度も、本当に何かを手にしたことはなかった)
“別這樣說 你並不是一無所有的 你擁有我的尊敬與崇拜”
(そんな風に言わないで。あなたには何もないわけじゃない。私の尊敬と崇拝を手にしているわ)

つまり四爺は現在完了形というか、過去から現在に至るまで、生きてる甲斐みたいなものは何もなかったと告白しているのです。別れ際にお母様が方便で言った、美しい着物も豪華な食事も、彼には何の意味もなかったわけです。

皆のために、慈悲の心も押し隠してまで戦いに出て、実は本当に守りたいものも、手にしたものも、何もない。なんて悲しい言葉でしょう。

こんな情緒あふれる場面に、雪舞、四爺、般若の面が横に並んでるのが何ともまた…。

幼いころから肉親に甘えることもできず、何とも気の毒な身の上の四爺ではありますが、まあせめて、あのトンデモ父君からの直接の影響は受けなくて済んだだけ、マシだったかも知れない…。

何せ、父君の悪行三昧の応報は、高澄自身の身の上に降りかかるだけでは済まなかったのです。

今回のお話を〆る前に、その恐ろしいエピソードをご紹介しましょう。
ただ、私は史料を読んでる時点で本気で気分が悪くなったので、この手の話が苦手な方は、どうかスルーしてください。原文のニュアンスを犠牲にして、ちょっと薄めはしましたが…。

高澄が亡くなったあと、その後を継いだのは弟の高洋でした。
彼は華麗なる兄に比べると見た目も大したことはなく、いつも茫洋として、兄からはバカにされていましたが、父の高歓は秘かに、その優れた資質を見抜いていました。

しかし、賢い高洋は自分の実力を、兄からは巧みに隠していました。

ついに兄の高澄が亡くなると、彼は一気に実力のほどを現し、父も兄も成し遂げられなかった皇位の簒奪を行い、斉を建国します。

初めの頃こそ明君の誉れ高かった高洋ですが、ああ、これも高一族のDNAの為せる業なのか、次第に酒色に溺れ、アンビリーバボーな行動を起こし始めます。そして、天保6年(紀元555年)、ついに恐ろしい事件が起こります。

亡くなった高澄は、弟の高洋が皇帝になった後、後付けで文襄帝の名を贈られ、その正妻である元氏は文襄皇后として礼遇される身でした。ところがその年、高洋はいきなりその住まいを訪れると「昔、兄はわが妻を辱めた。今こそ報復の時だ」と言い、元氏に関係を強要しました。

酒の勢いでこんな出まかせを言ったのかと思いきや、高澄が、嫌がる高洋の妻・李氏にちょっかいを出していたことはまたまた正史に記載があります。李氏は美女の誉れ高く、高澄は弟にはもったいないと常々公言していたようなのです。さらに、この事件を聞いた、高澄・高洋ふたりの母、婁太后は「なぜお前のような子を産んだのか まったくお前の兄そっくりだ」と言いながら杖で高洋を打ったと言いますから、何をかいわんや。

いったい蘭陵王の生母が誰なのか、考える気も失せるというものです。

それにしても弟の恨みたるや、凄まじいものがあります。

常に貶められ、その陰に甘んじてきた憎むべき兄。
日頃罵られるばかりでなく、妻までも辱めた兄。
その殺しの現場にいの一番に乗り込み、実行犯を始末し、被害者の地位をわが物とした弟。

じっちゃん(高歓)の名にかけて、高澄殺しの下手人の中には、コイツがいたに違いありません!違ったとしたって、高澄が生きてたら、いつかは兄弟で激突し、似たような結果になったことでしょう。

しかし、話はこれだけじゃ済みませんでした。

高洋が死んだ後、今度は弟の高湛〈こう たん〉が皇帝の座に就くのですが、《北斉書》巻9によれば、なんと彼も、兄と全く同じことをしたのです!

今度の被害者も高洋の皇后・李祖娥〈り そが〉でした。彼女は高湛に迫られ、女児を産みますが、それを恥とし、結局女児は亡くなってしまいます。高湛は怒り狂い、「お前は私の娘を殺したな、ならば私はお前の息子を殺してやる!」と、彼女の目の前で、高洋との息子、高紹徳を殴り殺してしまいます…

まったくケダモノにも劣るとはこの事です。なんて恐ろしい、狂気に支配された一族なのでしょうか。

四爺は、史書を見ても立派な人だったみたいだし、亡くなってからは墓碑を立ててもらえるほど慕われた人だったようですから、この家族の中では変わり者だったんでしょうね。

でも、この際、四爺がどんな人かなんて大した問題ではありません。だって、彼は武将で明日をも知れない身、しかも占いによれば、彼には時限つき脂肪…いや死亡フラグが立っているのです。いくら本人が高潔だと言ったところで、亡くなってしまえば遺された妻はどうなることか。

こんなトンデモない家に、可愛い孫娘を嫁がせるなんて、絶対絶対できません!
夢マクラに立ってでも、孫娘を取り返さなければ!

とおばあ様は思ったのかどうか、詳しくは次回、第10話(→こちら)にて!
posted by 銀の匙 at 23:01| Comment(10) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ありがとうございます・ありがとうございます・ありがとうございます、このタイミングでの9話の2アップ(拝拝拝)。

本日は例の中国語講座日なのですが 課題に手を付けておらず、午前中より「腹痛くならんかねー」とあの手この手で脇腹・みぞおち・下っ腹などを突いてみたものの、一向に体調下降する様子なし(むしろすごぶる元気)。…これは天命に違いありません。ハイ、皆様と同じ足並みは難しくとも、原語で蘭陵王をを少しでも追うことが出来るよう、心を入れ替え真面目に講座出席してくる事をお誓いいたします。

さて ジャンジャックアノー監督、知りませんなんだ いつの間にウィリアム・フォン主演の映画を撮影されていたとは。とぉーいとぉーい遥かにとぉーい駆出しの頃に、Seven Years in Tibetという映画のプロモーションで来日された折、掠る程度ですが御会いする機会があって、猛烈に日本滞在をエンジョイしていたのを思い出しました。書籍を山のように購入されていましたが、東洋というフィルターを通した美術・政治・宗教などに随分関心がおありだったような、ないような(…なんといっても 寄る歳波で記憶が怪しい)。ググってみましたら、その後 何度か来日されているようですが、モサモサ(の風体)で虎と戯れている(ここでもか!)画像を発見し エビ反りです。彼に昔の面影は…もはやありません(でも私の記憶も怪しいから…と一応フォロー)。

物事は多面的ですし、捉え方は限りないのでしょうか、おっしゃるようにアジアの外の人がアジアを表現したときに感じる違和感・消化不良感ってありますよね。さて、Wolf Totemはどんな仕上がりになっているんでしょう。蘭陵王でのウィリアム・フォンしかまだ知らない私は、ちょっと観てみたいなぁと思うのでした。

あー、それでは講座に行って参ります。
今回も力作をありがとうございました。私の今後の講座皆勤はこちらにかかってます(笑)。
どうぞ無理をなさらず、でも次回も楽しみにしていますね!
Posted by 105 at 2015年02月16日 18:39
今回も膨大な量の資料調べが伺われる濃厚な内容、ありがとうございます。
読むのにもけっこう時間がかかったくらいなので、書くのには相当な時間と労力を注ぎこまれただろうと思います。
いつも読んで楽しむばっかりで申し訳ないくらいです。

映画および原作となる小説「神なる狼」のご紹介、ありがとうございました。
監督からして文学的な内容なのだろうとは思っていたのですが、予想以上に見応えのある映画のようで、ぜひ日本でも上映してほしいです!!

それにしても、こういう大作の主役に抜擢されるとは、それだけウィリアム・フォンが俳優として評価されたということでしょうし、本人も嬉しかったでしょうね。
(「宮」を見たあとでは余計にそう思います。もちろん、「宮」が悪いということではないのですが・・・)

>雪舞 是我 是我 我是四爺...”(雪舞、私だ 私だ 私が四爺だ...)

ここ、実に実にありがたい解説でした。
確かに、吹き替えでは「高どの…」と呼ばれている以上、応える言葉は「高長恭だ」になるでしょうけど、それだとただ名乗ってるだけですもんね^^;
仕方ないとはいえ、吹き替えとはかなりニュアンスが異なってきますね。「四爺だ」の方には雪舞を愛おしむ気持ちがにじみ出ている感じがします。

顔にはりついた髪を指で払ってあげる四爺の仕草ですが、このドラマの中でも2回くらいありましたが、他のドラマだったか映画だったかでもやっている場面がありましたので、演技というよりも、ほとんど無意識にやった仕草のような気も…そういう意味では、ウィリアム本人の優しさが伝わってくる仕草なのかなと思いました。

「超級訪問」の和訳も、またまたありがとうございます!!
バラエティ番組に出ているときのウィリアムは全然かっこよくは見えないのですが(すいません)、このおっとりして脇の甘い感じが妙にかわいく思えてしまうのは、S心を刺激されるからなんでしょうか(笑)

インタビューの前半部分を思い出すと、ウィリアムの方はまんざらでもなかったんだけど、ヤン・ミーの方にその気がないのを感じていたので、嫌な思いをさせてはいけないと気をまわして、最初からアプローチしなかったような気も…第8皇子と違って押しが足りませんね(笑)

四爺の出生の秘密を探るくだりもとても興味深かったです(「斉国の東〇ポ」て…爆)。
しかし史書に記されている高長恭の人となりから考えると、その謎の母親はよほどの人格者だったんでしょうね〜。
いや、これこそまさに「パパ・ユーアクレイジー」です。お父さんに似なくてホントーーによかった。

回想の中の四爺母と、最終話で雪舞が取った行動、だぶりますよね…。
本当は自分が去っていく側であることを四爺には知らせずに、四爺のために微笑んで送り出して…その直前に四爺への想いを伝える言葉も、母親が幼い粛に言い残した言葉とダブるし…これはもちろん、意図してでしょうね。

四爺が部屋を出ていくときに背中を向けてその後ろ姿を見ないところまで一緒で、何度見てもそれがとても悲しくて泣けてきます。

「雪舞の挙措動作がだんだん四爺ママに似た感じになってくる」
この雪舞の変化は、私がこのドラマを大好きな理由のひとつでもあります。
少女の頃に抱いた英雄への淡い憧れが見知らぬ一人の男として出会った蘭陵王への恋に変わり、やがて想いが深まるにつれ相手の所有を望む愛となり、さらも愛情が深まるにつれて、母のように相手のすべてを包み込む形へと昇華し…。
でも、この回で雪舞が四爺の寂しさにそっと寄り添う場面からして、やはりそれはもともと雪舞が持っていたものだったんじゃないかと感じました。

それと…以前のスレッドで触れられていた、四爺の玉佩に迷子札よろしく名前が彫られていた件ですが、もしかしたら、幼い長恭を連れて身を隠した四爺母が、自分の身に万が一のことが起きて四爺があとに一人残されてしまったときに身分を証明できるように(自分亡きあと王宮に連れていってもらえるように)だったりしたのかなと思いました。

ということで、好きな場面だったものでついつい長く語りすぎました、ごめんなさい〜!


P.S.
ちょっとだけ「宮」のことを。 
キッチュな味わいが魅力のドラマでした^^
でも、楽しみにしていた「鴻門の会・・・」のセリフが出てこなかったです・・・。
字幕だったから? レンタル版だったから???
残念でした(>.<)
「画皮II」も見ましたよ!
ヤン・ミーとのやり取りに、なんとなく既視感を覚えました(笑)
Posted by 銀 at 2015年02月17日 02:05
105さん、こんばんは。

講座の方、いかがでしたか? 
うっ、何だか責任重大になって参りました。

まずい、ちゃきちゃき更新しようと思ったのにどうしよう、だんだんなんだか脇腹、ミゾオチ、下っ腹のあたりが太く、いや痛くなってきた気がする...(殴)

いえいえホント、課題なんて出されたら籠城してしまいそう。絶対ムリ。105さん、どうか耐えてください、そのうち美女に見まごう仮面の将軍が助けに来てくれるはずです!

そして皆勤の暁には、私に中国語を教えてください...(←常に後から勉強した人に抜かれている)

105さんはナマ・ジャン・ジャック・アノー監督にお会いになったことがあるんですか。いいなぁ。

私にとっては、アノー監督=「薔薇の名前」なのですが、アジアにも相当、興味を持っていてくださったのですね。

「セブン・イヤーズ…」で中国政府と揉めて、永遠に出禁になったのかと思っていたのですが、もう年季が明けたのでしょうか。良かった良かった。

それより、「セブン…」では、ついでに主演のブラッド・ピッドも出禁になったと聞きました。

今度の「Wolf Totem」も小説の段階で、体制批判的だとかなり物議を醸した本なので、原作+監督のダブルでヤバそうだなぁと思っておりました…さすがに中国人俳優の出禁はないだろうけど、何事も起きませんように…

ま、中国No.1のイケメン俳優(当社比)に何かあったら、国内のファンが黙ってないだろうから安心ですかね。

それでは、皆勤賞に向けて、陰ながら応援しております!





Posted by 銀の匙 at 2015年02月18日 01:44
銀の匙さま

こんなに早く高一族の間接キスDNAの謎を解明されるとは!

力作ありがとうございます。

銀さまではありませんが、只読んで楽しむだけで申し訳ない
です。
後宮の涙にも高堪が皇帝である異母兄の妃の前婚約者で登場してます。

このドラマでは妃が高堪に未練という設定です。

もちろん、ご兄弟どちらも申し分ないイケメン仕立てです。

(けっして、宮の四皇子のようなことは・・・不満)

鮮卑族なので、夫の死後弟に嫁いでも構わないという妃のセ

リフがありました。病弱な夫の死後異母弟の高堪に嫁ごう

と、避妊の漢方薬を飲んでました。(怖い)

私の脳内で、高一族の家系図が着実に形成されつつ!?

前回から2週間が過ぎ、史記の漢文トライしてみましたが!

むむむっ!むつかしいです!

中国語講座さがしましたが、曜日があわず、ラジオ講座に。

死ぬほど大変です。105さま、私、本当に頭痛しました。
考えたら講座そろそろゴールじゃありませんか。
whatもwhenもhowもthisもthatもいっぺんに出てきます。
しかも声調は4種類だけではないのですね!
それでも、ハングルよりは見当がつきそう?
最近はそれさえも怪しいです。

神なるオオカミ、面白そうです。

ラマンはそう良いと思わなかったのですが、セブンイヤーズ
イン ティベットはブラッドピッドがステキでした。
(なんて、オバカなんでしょう)

神なるオオカミは難解でも、ウイリアムが助けてくれそう。

こんな拙いコメントですがお許しあれ!

第9話の内容、特に雪舞の解釈は銀さまに同感です。

いつも、私が感じて言葉にならなかったこと、コメントして

くださるので、凄いと思ってます。

次回、楽しみにしてます。いつまでも、お待ちします。
Posted by 深雪 at 2015年02月18日 01:47
こんにちは!
今回も濃い内容の記事、ありがとうございました。
またもヤン・兄に惚れ直しましたね。
ウィリアムさんの、あの端正なお顔立ちで
「"今のところ" 違います!」
と言われた日にゃあ私、これからを期待してニヤニヤしちゃうわ。。
ですがヤン・兄、びっくり&迷惑そうに
「はああ?」ですよっ(爆笑)
あの顔を見た人は全員
「ああ、この二人、ないな・・・。」
と確信したでしょうね。
公開失恋。。。誰かに似てるな(笑)


長恭パパの話は私も読みました。
私が読んだのは記憶が定かではありませんが
「残酷な世界史」だったかな。(こんな入門書が大好きで。。。)
疑惑がとれ初めての親子再会のとき、長恭オバアは数歩歩いてはおでこを地面にすり合わせ、数歩歩いてはすり合わせ、感謝の心を示し、長恭オジイはそれに痛く感動して3人は和解した。という内容でした。

長恭さま「トラウマ克服記念日」ですね!
これ以降は大きな戦はないですが十分に非情です!
いかに自分ではない女の事を愛しているか目の前で語られる
自分ではない女一人のみを大切に愛すると決心しているのを聞く
どちらが非情でしょうか?
どちらも無意識の無慈悲ですこと!
克服記念日からさっそくねえ。。

雪舞が「尊敬と崇拝よ」とバックハグ(はあと)した場面、
「純情かっ!?」
とブラマヨ的なツッコミをいれたくなる長恭様のびっくり顔ではなくて
致命的にご本人から
「もうすぐ現れる(ですよね?命が1年以内で一人しか愛さない設定なら)女人一人だけを愛します」
と言われた後ですら身体をはって長恭さまを癒そうとする。
天女未満な雪舞の心の葛藤が如実にあらわれてますね。
何度も雪舞からたったの一言で癒され、
雪舞の前では常に蘭陵王でもなく高長恭でもない「粛」でいられる。
そんな自分にとっての天女がバックハグ。。。
嬉しかったでしょうね。

銀さまからのリクエストの原作でのシーンですが。。
銀の匙さまの了承を得てからと思いまして。
こちらのコメント欄に書かせてもらっていいですか?
コメントを入れられる方も大変中国語が堪能な方もいらっしゃる様子。
そんななか本当に稚拙な文章で申し訳ないのですが。。
よくわからなかった部分も「こうであろう」的に訳しています。
それでよければ。。。。
Posted by びち at 2015年02月18日 17:32
銀さん、こんばんは!

早速のコメント、ありがとうございました。
趣味だから、時間がかかるのは構わないのですが、簡単に調べられるかと思いきや
意外に時間がかかったりして読めないですね〜。
さすがに1つの記事に1か月かかってたらまずいし(前科一犯)。

次回のハコガキに一行

「蘭陵王入陣曲」

って簡単に書いてあるけど、これ、通り一遍以上のこと調べるのに
どのくらい時間かかるんだろう…。
スルー?(笑)

「神なるオオカミ」、日本ではどうなんでしょうね…。
アノー監督の作品なら、本来はロードショー公開クラスの扱いだと思いますけど、
いま本当に中国関係の映画って上映されませんものね。ツィッターとかFacebookとか、なさってる方が積極的に話題にすれば、少し注目度がアップするのかも。

大作といえば、やはりアン・ホイ監督作品の準主役に抜擢されたのは大きいでしょうね。
あの役は、もうあと2年くらい早いと良かったのかもしれないな…とも思いますが、
まだ引き出しもありそうなので、現時点で制作側に回るよりは
しばらくは国際派スターのステップを上がっていっていただきたいですね。

「四爺だ」のところ、汲み取っていただいた通りです。普通、自分で自分を“四爺”とは言わない、と書くのを忘れたので足しときました。簡単なセリフですが、結構好きですね。

髪の毛を払う仕草って他でもやってるんですね。前にファンとの交流番組で、
作品と同じ仕草をリクエストしたファン代表にプレゼント、というのがあって、
選ばれた仕草は「お姫さま抱っこ」でした。相手の女性はバレーボール代表選手みたいなガッチリした人でしたけど(背も同じくらい?)ひょろひょろのウィリアムを見て、
コメントが「私がお姫様抱っこしてあげたほうがいいですか?」(うろ覚え)だったのには笑っちゃいました。

結局、リクエスト通り軽々持ち上げてて、意外に力あるんだな〜とビックリしちゃいました。

ぜひ、飛燕との共演もお願いしたいですね。

四爺のお母様はホントはどんな人だったんでしょうか…乳母が立派な人だったのかも知れないです。
こんな突然変異みたいな性格(ってこっちがマトモなはずなのに)では、あの宮廷じゃ生きづらかったでしょうね…。四爺の他にも、一族の中でマトモそうな人はいるんですけど、その人の末路の可哀想なことたるや、四爺の比ではありません…忘れなければ、次に玉佩の話が出たときにご紹介する予定です。

そうそう、ドラマの方の玉佩ですけど、高価なものなので、お母様のへそくりで作らせるのはきっと難しいでしょう。しかしあのパパ(ドラマでも困ったちゃん)が与えるとも思えないし、どこから出てきたんでしょうか。やっぱ、お祖母様か?…こっちも長命鎖にしといた方が現実的だったかも知れませんね。

そして、何ですと〜!《宮》の字幕に「鴻門の会」はなかったんですと〜!
でも確かに音声は“Hongmenyan”(鴻門宴)って言ってたと思います。
吹き替えならあるのかしら...?

いまの日本の視聴者は知らないかもと思って、はしょったのかも知れませんね。
でも、これから《宮》を見る人は絶対知ってるって(笑)
次のバージョンを作るときは入れといてください、よろしく!

ということで、次回も楽しく語らいましょう(強制)!
よろしくお願いいたします
Posted by 銀の匙 at 2015年02月18日 23:50
深雪さん、こんばんは。

「後宮の涙」ご覧になったのですね。
あらすじ紹介を見てなかなか面白そうだと思いました。この一族、男性陣も困ったもんで
すが、女性陣も一筋縄ではいかない人物ばかり、しかも原作(?)からして、テレビ映えしそうな美男美女揃い。ドラマ化しやすそうですね。

遺伝子組み換えの神秘かディレクターの都合か、高一族の家系図にはバージョンがいろいろあるようですね。あまり史料が残ってないというのがプラスに働くこともあるんだなぁ(笑)と感心しちゃいました。

当時は鮮卑などの勢力の方が強く、相対的に漢民族の身分が低かったため、正妃に冊立されるのは鮮卑や匈奴など漢民族以外の人が多かったみたいです。高澄も鮮卑族の奥さんから漢民族の奥さんに乗り換えようとして、やめとけって怒られたらしい。側室には漢民族の人もたくさんいます。

逆に鮮卑族の北魏の皇帝は祖母が実母でもあり、漢民族化していた皇帝はそれを恥として隠してたって説もあります。戦前の日本では、兄が死んだら兄嫁は弟のヨメに…みたいなこと、そう珍しくはなかったらしいですが。

第四皇子・ミッキー・ホーは歌手としての方が有名で(確か主題歌もこの人が歌ってたんじゃなかったでしたっけ?)、当時を知る人に聞くと、第八皇子より人気あったみたいで、続編にも出たと聞いております。確かに第四皇子の方が役柄としては面白いし、演技も上手いなとは思ったものの、中国の人とは趣味合わないな〜と思った瞬間でございました。ただ、時代劇じゃないときは確かにカッコいいと思います。

そういえば、今から講座を始めるとちょうど仕上げの時期で難しいですよね。4月から中国語講座には壇蜜さんが出るらしいから、ちょっと楽しみです。

漢文も頑張ってくださいね〜!
Posted by 銀の匙 at 2015年02月19日 01:13
びちさん、こんばんは!
コメント、ありがとうございます。

「ああ、あの二人、ないな…」って(笑)

うっかり電車の中でコメントを拝読してしまい、危うく怪しい人になるところでした。いまは思いっきり笑わせていただいてます。はぁ、スッキリ!

ヤン・ミーみたいな人に、公開プロポーズだけはやめといた方がよさそうですね。部下に示しがつかなくなりそうですもん。公開失恋…カワイそうに(笑)(←他人事)

高歓と皇后・皇太子の場面ですが、史書では皇太子も一緒に這いつくばって謝ってたみたいです。かわいそうなのは本当の事を告発したばかりに殺されちゃったメイドさん。でも、なぜ告発したんでしょう。なんだか嫌な予感がするのは私だけでしょうか…(はぁ)。

実は、高澄パパのエピソードは有名ではあるんですが、どれも曖昧で、出所がどこか明記してない資料ばかりで、元を探すのにすごく時間がかかりました。もういい加減諦めて書くのはやめようかと思ったときに、そうだ、被害者(お妃)の方から探せば良いんだ、って気が付きました(笑)。

少女マンガ的な部分については、自分ではロクでもない感想しかないため、皆さまのコメントで補完させていただいて、こちらのコメントは控えるように致します。ただ一つだけ…B級なのはそこが面白いから良いんですけど、とにかくフラッシュバックを入れるのと、劇中で主題歌流す演出はやめてくれないかしら…早送りしすぎて、肝心なセリフ飛ばしちゃうから…。

それから、小説の翻訳の件、ご相談いただいて恐縮です。実は、このお話が出たとき、私も、どうしたものかと迷っていたので…。

史書とか昔の小説とかは、とっくに著作権が切れてるから問題ないのですが、著作権が切れてない未訳本については翻訳権というものが売買されるので、基本、ネットでの公開はダメなのではないかと思います。

実は、このブログで以前に、日本未訳の英語の資料を公開訳する企画があって、原文は公開しないのですがこの場合はどうですか、と著作権協会に問い合わせたら、「私信で内容の論議をするのは全く問題ないけど、翻訳した結果を公開するのはダメ」だと言われ、見合わせたことがあります。中身を知りたい人はたくさんいるんですが、10年以上たった今でもその本の日本語版は出版されておらず、かなり残念です。

そうは言ってもそれは程度の問題で、前の企画は全文を対象にしないと意味なかったのでやめたのですが、あらすじや、ある限られた場面を紹介する程度、引用の範囲とみなされる分量であれば、法律違反とは言えないと思います。

ただ、どんな小説だか台湾の人に聞いたら、ハーレクインよ、と言われたので、わざわざ読むほどかなぁ…とちょっと思っちゃったのでした。まあ、ファンなら読みたい方がいるとは思うんですが。
Posted by 銀の匙 at 2015年02月19日 02:07
しっかり受講して参りました中国語講座。(← 銀の匙師匠にご報告)

私が通っていますクラスは全6名で、近い将来に海外赴任される法人社員向けに(私に予定はなし)講義が編成されていますが、最短の6か月のプログラムに延長講座分を合わせて、今年の11月初旬まで毎週授業が続きます。そして、これまで御会いしていた講師は、どうも代理であったようで、この度御会いした方が本筋担当であると判明しました。

そいつ、いえいえ担任の方は大変なイケメンでございましたが(←これは仰っていた美女に見まごう将軍登場!ですか、ですか、ですか? …)、代理講師からの引継ぎも漏れなくシビアに受けているようで、帰りがけジッと睨んで何ですか!!?? と思ったら手をグーの形にしながら「怠け虫が度々騒ぐようですが、僕がボコボコにします」と笑いながら耳元でひとこと。ロゼッタストーンに振替えの選択肢はないようなので、そいつ…いえいえ担任講師に凹られないように(あぁ、学生時代の校舎裏を思いだす …)、真面目に学習しなくては。

それにしても近々会社を背負って異国に送り出される使命感があるとはいえ、倭国の民はいつからこんなに変わったのだ!と驚くクラスメイトの積極性よ。質問はバンバンするわ、非常に優秀。その お一方に此方の話をしたら、「知的なブログを書かれる方ですね」ですって。
うおおおお、凄い。自分が褒められたんじゃないのに 何だかチョー嬉しいぞ。

美雪さん
↑ のように私のゴールはまだ遠く彼方、スタートを切ったばかりです(涙)。何だか確かに頭痛もしてきますね(そして私には腹痛もあるのだ、仮病の!)、覚えること盛り沢山で。
みなさまに追いつくべく頑張ろうと思いますので、どうぞ色々教えて下さいね。

ではでは、引き続き応援しています。

追記・ 台湾輸入盤の蘭陵王、手に入れましたが音声にも字幕にも追いつけず。
     集中しすぎて寄り目になっちゃうわ。
Posted by 105 at 2015年02月19日 17:10
105さん、こんばんは。
あっしが師匠だなんて、冗談はよし子さん(←師匠といえば林家三平の世代なもんすから、どーもすいません)。

私も一度は学校でちゃんと中国語を習ってみたいと思いながらン十年、社会人になってからの学校通いはやっぱりかなり難しいと言わざるを得ません(←サボり魔ということもございますが)。

その点、お勤め先の強制とは、あり得ない幸運、しかも大変なイケメンの方が講師とは、輪をかけて羨ましいことです。

語学学習にもっとも必要なものは下心…いえ、強い動機です、動機!

これでもう退路も断たれたようですので、どうか私(たち)の分まで、フルボッコ…いえ、天下統一を目指して精進なされてください!

それにしても、105さんの同学(クラスメート)は優しいですね。ちゃんと指定のブログをチェックしてくださるなんて。どれどれと開けてビックリ、ヨタ話満載の内容で、真面目な同学が感想コメントに詰まった様が目に浮かぶようです。どうかくれぐれもよろしくお伝えくださいませ。

実は私は次の第10話が結構苦手(T T)…。源氏物語をチェックしたり、三島由紀夫を読んだりしてるうちはまだしも、紅楼夢を読んだら現実逃避に歯止めがかからなくなっております。まぁそのうち気を取り直すこともあると思いますので大目に見てやってくださいませ。

ちなみに時代劇で中国語を覚えると、「日本人の知らない日本語」に出てくる、つい先生に「ちょこざいな」とか言ってしまう、時代劇で日本語を覚えたスウェーデン人みたいになっちゃうから、どうかくれぐれも使用にはお気を付けください。

では、臣妾告退!(退出いたしますっ!)
Posted by 銀の匙 at 2015年02月23日 01:00
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