
風にそよぐ草のふれあう音、山鳩の鳴き声、流れていく水の音…心地よい音にしばし浸っていると、その調和をぶちこわす少女の怒声が…。
こうして導入部分から、音と音が作り出す景色を観客に印象づけながら、映画は進んでいきます。
音楽大学を目指す浪人生の和音(松山ケンイチ)の実家は八百屋さん。お世辞にも練習のしやすい家とはいえないし、音大に入った後も苦労しそうな家庭環境なのに、それでもピアノが大好き。
一方のうた(成海璃子)は、言葉を話すより先にピアノが弾けたと言われるほどの神童で、その才能ゆえか気まぐれで、ピアノのレッスンなんか大嫌い。
このふたりを軸に、映画はあくまでも抑えたタッチで描かれます。最近の映画にありがちな、やたら状況を説明するカットを入れたり、ナレーションをつけたり、登場人物の心境をモノローグで説明したり、というような無粋な演出は一切ありません。漫画が原作の映画にしては非常にオーソドックスな、昔の日本映画みたいな作品です。
何か途中で、「セロ弾きのゴーシュ」を連想しちゃいました。団長さん(音大の教授?)に「良くなったな!」と言われるゴーシュ(和音?)…てことは、ってことは「トロメライを弾いてご覧なさい」がイヤミな教授?…うたがあの子ダヌキ?…いえいえ、違いますよ、そんな話じゃないですよー。ごめんなさい。
久しぶりに「行間を読みながら」観ることのできた、後味のよい映画でした。音が重要な要素なので、DVDやテレビではなく、映画館で観たい作品です。たぶん満足していたことでしょう、原作の漫画を読んでさえいなければ…。
この映画の原作はさそうあきらの同名漫画で、こちらも大変抑えたタッチの作品です。漫画ですから、もちろん音は一切ありません。うたの神童ぶりは、画面に現れるイメージや、彼女の音を聞いている人たちの表情から推し量るしかないのです。
制限があることで、却って表現の幅が広がることを教えてくれた作品でした。
翻って映画の方は、音があることで、却って「神童」ぶりが弱まっている気がします。音も絵も揃った総合芸術の方が却って表現できないものがあるとは皮肉なものです。劇中に流れる演奏の出来が悪いわけでは決してないし、良い映画ですが、表現の新しい可能性を切り開いた原作漫画と比べると、地味な作品に仕上がってしまったというのが正直な感想です。
まあ文芸作品として観れば、秀作の部類に入るでしょう。脚本もわざとらしくなく良い感じですし、松たか子が若くなったような(?)成海璃子と、普通の青年の感じを上手く出している松山ケンイチの繊細な掛け合いがみものです。
公式サイトはこちら。
荻生田宏治監督


