2015年12月02日

蘭陵王(テレビドラマ25/走馬看花編 第13話)

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2015年11月末のスケートNHK杯、すごかったですね。

優勝した女子の宮原選手も綺麗だったし、
中国の男子・金博洋選手もがんばりましたが、
結局、世界最高記録で羽生選手が話題を全部持って行っちゃった感じでした。

フリーで演じた「陰陽師」は、日本人なら(たぶん)誰もが知っている、
歴史上の人物・安倍晴明<あべのせいめい>の話からインスピレーションを得た物語。

狩衣風の衣装に和楽器をフィーチャーした音楽。
いかにも和の雰囲気満点ですが、
まあ大体予測はつくと思いますけど、陰陽師もルーツをたどればやっぱり行き着く先は中国。

前の方の回でも何度か登場しましたが、
斉の国のナショナルカラーがだったり、蘭陵王のマントに朱雀が描かれてたり、
といった事象の根底にあるのが、世界の根本原理を「陰陽」に求める「陰陽五行説」

中国では「陰陽師」という職業こそ存在しませんが、
天文や地相、人相を見て吉凶を占ったり、呪術を操ったりする“太卜 taibu”という職責は存在します。

日本の陰陽師は、すなわち中国では“太卜”...

はて、どっかに居ましたよね、そんな呼び名の方が…?

では参りましょう、第13話
この回は、中盤のヤマになりますが、描写が露骨に少女マンガっぽすぎたせいか、私は全然やる気が出ませんでした...

かなり手抜きな記事ですみません。次回にご期待ください!(とほほほほ…。)

前回のお話はこちら(→第12話の2)にて!

北斉の都、鄴<ぎょう/Ye>に帰還した蘭陵王<らんりょうおう/Lanling Wang>=高長恭<こう ちょうきょう/Gao Changgong>=四爺<よんじい スーイエ/Si Ye>は、皇帝の命により、正妃を選ばなくてはならなくなりました。

お妃候補者は、蘭陵王の祖母である、皇太后の出したお題をクリアしなければなりません。

側室としてお屋敷にとどまっている楊雪舞<Yang Xuewu/よう せつぶ>は、蘭陵王府の使用人・福姥<フーラオ/Fu Lao>の手助けで、何とか最初のお題をこなします。

しかし雪舞は、祖母が予言したとおり、正妃となるはずの鄭児<ていじ/Zhen Er>が現れたことで、身を引く決意を固めていました。馬車の用意を頼まれた韓暁冬<かん きょうとう/Han Xiaodong>は、都で雪舞の祖母から手紙を託されるのでした。

一方、お妃選びに乗じて、皇太子の実母・胡皇后と忠臣の太卜<たいぼく/役職名です>・祖珽<そ てい/Zu Ting>は、鄭児を操って蘭陵王を陥れようと画策します...。


*

今や中尾ミエ以外には見えない皇后陛下と祖珽の前に、鄭児が現れます。

花も恥じらう美しさの見本のような鄭児に皇后は褒め言葉を掛けますが、鄭児は浮かない顔をしています。

“蘭陵王對你不好嗎?”
(蘭陵王はお前を粗略に扱っておるのかえ)

“王爺沒有待鄭兒不好 是鄭兒無能”
(殿下はお優しくしてくださいます。ただわたくしの力が及ばず)

“沒有辦法讓王爺傾心 鄭兒要讓皇后娘娘失望了。”
(お心を得ることはできませんでした。皇后さまのご期待に添えぬことになるかと)

どうやら鄭児は、この時点くらいまでは自分の立場を割合客観的にわきまえていたようですよね。

そこへ、祖珽が口を挟みます。
「蘭陵王に愛されたいであろう。」というのは、原文では、

“想不想讓蘭陵王鍾愛你一個人呢”
(蘭陵王にそなた一人を愛させたくはないかな)
と言ってます。

そして取り出だしたるは式神…じゃないや、髪飾りと香袋です。

日本語では「縁切りの呪符」とだけ言っていますが、この香袋は、

“鮮卑族的斷緣符”
(鮮卑〈せんぴ〉族の縁切りの呪符)

なるもの。

鮮卑族はご存じ、北周の皇帝・宇文邕〈うぶん よう/Yuwen Yong〉が属する民族です。
蘭陵王たちの時代の一個前の王朝は「北魏」でしたが、その皇帝も鮮卑族でした。

騎馬民族であり戦闘能力の高い鮮卑の人たちは、戦乱のこの時代には高い地位にありました。
その中には、進んで漢民族を真似た為政者もいましたし、逆に、宇文一族のように、いったん漢民族化した習俗を鮮卑風に改めた人たちもいます。

そして高一族はといえば、出身地(渤海〈ぼっかい〉)が鮮卑の勢力範囲であったためか、ひょっとしたら漢化した鮮卑人ではないかとの伝承がずっとつきまとっています。

高い地位を反映して、当時は鮮卑語で書かれた書物などもあったようなのですが、全て散逸して現代に伝わっていません。なので、果たして文字があったのかどうかも謎のままです。どんな言葉だったかを探った有名な研究者の一人はなんと日本人で、白鳥庫吉〈しらとり くらきち〉という大先生です。

白鳥先生によれば、今に残る、はっきり鮮卑のことばと分かる単語はモンゴル系のようですが、鮮卑自体も、一つの民族というよりは、多民族の集合体だったようですね。

ってことで、何を参考に鮮卑文字を再現したのか分かりませんが、考証の結果が反映されてるとしたら、このドラマで一番価値のあるシーンとなるわけですけど、どんなもんでしょう。

さて、この話題は後に譲るとして、呪符を渡しつつ、祖珽は、

“調虎離山 聲東擊西”
(虎を山から誘いだし、東と見せて西を撃つ)

という作戦で援護するから、と約束します。この2つの計略、いままでも何度か登場しましたね。

あっち向いてホイの相手が欲しい…ということなのかどうか、雪舞は朝っぱらから鄭児を呼び出して、藪から棒に四爺が好きかと尋ねます。鄭児が頷くと、四爺を大事にして欲しいと頼みます。

鄭児はどこへいらっしゃるおつもりですか、と尋ねます。ホント、賢い女性ですね。
雪舞は直接は答えずに、

“四爺他常常把他人的安危 放在自己之前
所以 你一定要多多叮囑他”

(四爺はいつも他の人の身の安全を自分よりも優先しがちなの。
だから、よく気を付けてあげてね)


“他從六歲入宮后 便是自己一個人
其實心裡 非常非常寂寞
所以往後的日子 希望你能盡量陪著他”

(六歳で参内してから、いつも独りぼっちで、
心の中はそれは寂しい人なの。
だからこれからは、できる限りお側にいてあげて欲しい)


“如果可以的話 就陪著四爺隱居山林
那是再好不過的了
因為 那是他一生的夢想”

(できることなら、人里離れた場所で静かに暮らせたら、
それ以上の事はないわ。
だって、それこそが四爺の望みだから)


“我相信 你會比我更適合他”
(私は信じてる。あなたの方が私よりも四爺にふさわしいわ)

ここの日本語を聞いてみてビックリしたのですが、雪舞は鄭児のことを「鄭さま」って呼んでいるんですね。

そんな、「杉さま」じゃあるまいし…

中国語は、他のところでは“鄭姑娘”と言うこともありますが、この場面ではとにかく“你”(あなた)で押し通しています。中国語では、面と向かって「あなた」と言っても、特に失礼にはならないみたいですね。

そこへ五爺が現れ、皇太后からの第2のお題として

“傷病村”(傷痍兵の村)

へ行くように告げます。

四爺が大切にしている方々が住まう割には匂いが悪いらしく、お嬢様がたは鼻をつまんでいます。
どこまでも口だけ将軍な四爺のおかげで衛生状態が悪いらしい。そんなん大切言うなら、もっと何とかしてあげたら良いのに。
どうですか、レポーターの村人Aさん?

はい、村人Aです。あっ、そうか。無償で村を楽しいレクリエーションキャンプに変えた実績のある方がいましたっけね。まさかそんなボランティアな働きが正妃に期待されてるんでしょうか?
マイク、スタジオにお返しします。

村にいる子供たち(モブ)は、エキストラではなさそうですが、四爺に向かって、

“乾爹”
(お義父さん)
と呼び、隣のこのお姉さんは誰?と聞きます。

“她是雪舞姐姐 乾爹的妻子”
(この人は雪舞お姉さんだよ。義父さんの奥さんだ)

こらこら子供をダシに、勝手な既成事実化はやめるように。
まったく無敵の将軍のくせに、やること姑息なんだから…。

おっと、中国語で“姑息”というと、それは際限なく甘やかす、放任するって意味だった。

第一、日本語でも、「卑怯者」っていうのは誤用で、「姑=いっとき/息=休息する→一時しのぎ」というのが本来の意味らしい。

『デジタル大辞泉』によりますと、

文化庁が発表した平成22年度「国語に関する世論調査」では、「姑息な手段」を、「一時しのぎ」の意味で使う人が15.0パーセント、「ひきょうな」の意味で使う人が70.9パーセントという結果が出ている。

とのことなんで、私もメインストリームに乗ってるわ(はぁと)と、安堵のため息。

まあ、間違いはどこにでもありますよ。たとえば、

“原來是乾娘”
(なんだ、お義母さんだったんだ)

って、違うでしょっ!と思ったら、ありゃま、四爺はドヤ顔で雪舞を見ています。
コレ、本当に皇太后さまのお題なんでしょうか…?(というのは後になれば分かるかも)

そうこうするうちに、子供たちと四爺・五爺そして雪舞がその場を離れそうになったので、鄭児は、子供を庇って倒れた風に装います。

怪我をした鄭児は、もらった傷薬は大事なものだからお屋敷に置いてきてしまったので、自分をお屋敷まで送ってもらえないかと四爺に頼みます。

四爺は承知しますが、去り際に雪舞に、

“你跟小孩子玩的時候 千萬要小心 別摔跤”
(子どもと遊ぶときは よくよく気をつけるように。転ぶなよ)

とわざわざ注意します。

雪舞だってそのくらい知ってるわよ、過保護ねぇ…ということではなくて、ここの鄭児の切なげな顔を見れば分かります通り、これは、

“關心”
(相手を気にかけている)

という気持ちを言葉で表す、一種の愛情表現なんですね…。

しかしここの鄭児はホントに美人(この後もだけど)。
いや〜、私なら鄭児にしとくけどねぇ…。

一方の雪舞は立ち去る二人を背中で感じている。ここのアリエルの演技も上手いですね。

*

ところ替わって、こちらは雪舞のおばあ様。

すぐに自分とここを離れなければ、蘭陵王と雪舞には大きな災いが降りかかる。
今晩すぐに雪舞を連れてこい、と言われて、急いで出かける韓暁冬。

危ないな、燃えてる赤いロウソク落として…。

つか、それよりもっと衝撃的な事実が!

おばあ様の居るこの部屋、いったいどこなんだか何なんだかよく分からない部屋ですが、よく見ると壁に、例のカラオケの歌詞第4話こちら参照)!!

一体なぜ!!??

かは私も全然分かりません(そして、このドラマが終わって1年以上経った今も分かってない)。

まさか、「このカラオケ屋も殿下の御領地!」(by 楊士深)という縄張り宣言なんでしょうか...?

いや、考えたって分からないから先行きましょう、先!



場面は戻って、ここは傷病者の村。雪舞は子どもたちと鬼ごっこをしています。中国語ではこの遊びを“捉迷藏”と言います。

子どもの差し出す水を飲んで気を失った雪舞を連れ出す男性は2人がかり…うーむ、やっぱり独りで雪舞を抱っこできる蘭陵王って、力持ちなんですね〜、とヘンなところで感心する私。

一方、鄭児の傷の手当が済んだと聞いて、一人、傷病村に戻ろうとする四爺を鄭児は引き止めます。

“四爺 可不可以 為了鄭兒留下。”
(第四皇子殿下、鄭児のために残ってくださるわけにはいきませんか)

その次のセリフは、日本語では「心より殿下をお慕いしております」なのですが、中国語では、

“四爺就這麼不喜歡鄭兒嗎”
(第四皇子殿下はそこまで鄭児のことがおいやなのですか)

と言っているので、四爺はあまり強い態度には出られません。
日本語の方は、この先に似ている「私は雪舞さまの足元にも及ばぬのですか」というセリフがあるので、そちらにまとめたのでしょう。

それでも引きとめた手をどけてしまう四爺に、傷心を隠せない鄭児。
四爺は言います。

“鄭姑娘知道何為喜歡嗎
你要是知道什麼是喜歡的話,
你此刻就能理解我的心情了”

(鄭どのは愛するとはどのような事かご存じですか。
分かっておられるのならば、
私の気持ちもお分かりのはずでしょう)


聞きながら鄭児は、素晴らしい“哭戲”(泣きの演技)を見せているのですが、全然見ちゃーいない四爺。

この後は柄にもなく、四爺おじさんは勝手に自分の世界に入って独りで語っていますので、
そのこっ恥ずかしいセリフをさらし物にしてあげましょう。

しかもここの演技が、確かに、非常にリアルなのは認めますけど、21世紀のバカップルの片割れとかだったら…

でも、時代劇の演技じゃ、ないですよね…。よくもこれでOK出したわ、監督も。ホント、あり得ない。

ここは中国語、日本語とも、吹き替え担当の声が頑張りました。声の演技が、画面の違和感を相当軽減しています。

ためしに音声を消して、見返してみてください。
うっ、厳しい、コレ...。

“雖然才短短的幾個時辰
但我覺得 已經像有好幾年
沒有見到她那麼漫長了。”

(たった数時間会わないだけで
それが何年もの間、
離れ離れだったように感じてしまう)


少なくとも、相手の気持ちがあんまり理解できてないのはお互いさまらしくて、
相手が自分を好きだと知っていながら、四爺はこういう残酷な事を平気で言います。

鄭児はぼろぼろに傷つきながら、それでも深追いしようとします。

“四爺 是不是覺得 鄭兒比不上雪舞姑娘啊”
(第四皇子殿下は、ひょっとして、鄭児は雪舞さまの足元にも及ばないとお思いなのですか)

ここで、いきなり時代劇に戻る四爺は、言下に否定します。

“不不不,是她比不上你
她沒有你天生麗質
也沒有你落落大方
也沒有你知書達理”

(いやいやいや、あちらの方があなたに及ばないのだ。
雪舞にはあなたのように生まれついての美貌も、
あなたのような気品も
あなたのような教養もない)


なんだ、雪舞は全然ダメなんじゃん(笑)。

みんなは四爺の審美眼は変わってる、と言いますが、美人の基準は四爺だって、やっぱり他の人と同じなんですね、このセリフから判断する限り。

“可是 她的身影就是在我心裡面
形影不離 揮之不去”

(しかし、雪舞の面影がいつも心の中にあって、
片時も離れず、振り払うこともできない)


“我晚上做夢也是她
醒來我就想見到她”

(夢の中で見るのも雪舞、
目覚めてすぐに会いたいのも雪舞)


“我喜歡聽著她 喊我四爺
喜歡她跟我無理取鬧”

(私を“四爺”<スーイエ>と呼ぶのを聞くのも
私を困らせるようなことを言うのも好きだ)


“我拿她一點兒辦法都沒有”
(私には全くどうすることもできない)

“我為何會愛上如此...
如此這樣一個 不受我控制的楊雪舞來折磨我自己
我也不知道”

(なぜ私は愛したのだろう なぜこんな…
こんな、まるで言うことを聞かない雪舞に翻弄されるがままなのか
自分でも分からない)


ここで思わず、それはあなた様がドMだからでは…とツッコんでしまう視聴者に、
このようなラブ史劇を鑑賞する資格があるのでしょうか。いや、ない。

“但我就是對她非常傾心
我心裡面只有她
真的很抱歉
我還是不能接受你”

(しかし私には雪舞が愛おしい。
心の中には雪舞しかいない。
誠に相すまぬ仕儀ではあるが、
あなたを受け入れることはできない)


それでは正妃選びはどうするのですか、と訴える鄭児に、皇帝陛下に、やはり自分の愛するのは雪舞だけだと申し上げるしかない、と言った後、それまでのニヤけた顔つきから一転、真剣な表情で四爺は、

“我也不願意雪舞 與人共時侍一夫”
(私も雪舞が、他の女人と共に一夫に仕えるのは望まない)

と言います。

これは、第10話→こちら)で四爺が語ったとおり、顔も覚えてないほど女を侍らせてた父に仕えたお母様と同じ悲しみを妻には味わわせたくないからですね。

しかしまあ、比べる基準が中華第一プレイボーイじゃ、極端っちゃ極端ですけど。

それでも諦めない鄭児に向かって彼は、正妃を選ぶようにという命令に従うことは簡単だけれど、

“但你得不到你應該得到的幸福 雪舞也不會快樂”
(しかしあなたは、得るはずの幸せを得られないし、雪舞も傷つく)

と諭して席を立ちます。

鄭児もいつまでも未練がましいなぁ...とつい思っちゃうシーンですが、この時代、皇帝の一族ともなれば、お妃が一人だけみたいな人のほうが珍しく、史書に特筆されちゃうくらいです。

日本だって第二次世界大戦が終わるころまでは、資産家にお妾さんがいるなんて当たり前でした。

宮廷の(しかも風紀が乱れ切ってる北斉の)暮らししか知らない鄭児にしてみれば、権力者が何人も妻を持つのは当然のことで、他に何人いようと、才覚と美貌さえあれば寵愛を得られる事を知り尽くしているはず。

それに、四爺の言葉をそっくりそのままお返しすれば、

なぜ、他の人のことをこんなに好きだと言ってる四爺なんか愛したのか、
自分でも分からない。しかし、心の中には四爺しかいない。


って事なのでしょう。

誰を好きになるかは、残念ながら自分では選べない。

運命なんか信じていない四爺でさえもそうなのだから、ましてや、外の世界を知らず、他にすがるものとてない鄭児にはなおさらです。

それこそが、このシーンの、そしてこの回の真に注目すべきテーマなのでしょう。

「雪舞と長恭サマ」のロマンチックな恋愛シーン満載の回、と見せかけて、この回の真の主役は鄭児であり、言わんとすることは主人公2人にとって、実に辛辣。

このパターンは、先の回でも何度も登場します。そのたびに脚本は、視聴者の意識下に、「とあること」を働きかけているんですが、ストーカー鄭児憎しに誘導されてる視聴者はほとんど気づかない…。

本当にこの脚本(とニキータ・マオの演技)は上手いですよね。

そこへ五爺が現れて急を告げます。二人はさらわれた雪舞の跡を馬で追うのですが…いくらなんでも、四爺が刀で跳ね返した矢が、射た人に当たるってことはないでしょう(笑)。
失敗したので、始末されちゃったんですかね、可哀想に…。

刺客は、

“天女一命值千金”
(天女の命は千金に値する)
と言っています。

思い出しますね、北宋の詩人・蘇軾(そ しょく/=蘇東坡)の「春夜」を。

春宵一刻値千金 

花有清香月有陰

歌管楼台声細細

鞦韆院落夜沈沈

春宵一刻 値<あたい>千金<せんきん>
花に清香<せいこう>あり 月に陰あり
歌管楼台<かかんろうだい> 声細細<こえ せいせい>
鞦韆院落<しゅうせんいんらく> 夜沈沈<よる しんしん>


春の宵は ひとときにも千金の値打ちがあるね
花は香しいし 月はおぼろげで
高殿からは 密やかな楽の音が流れてくる
庭のブランコもひっそりとして 夜は静かに更けていく


そんなしっとりとした、春の艶かしい風情も冬だから関係なかったのか、証人は生かしておいてという五爺の忠告も間に合わず、速攻、刺客を斬り殺してしまう四爺(こ、怖…)

そして、雪舞をお姫さま抱っこすると、外に出て行きます。
(ほら、一馬力で十分でしょう…?)
それにしても本当に軽々運びますねこの人も。

独り、屋敷に残された鄭児は、このチャンスに香包を雪舞の寝室にセットしに行きますが、それにしても、前の日の夜にこの呪詛の品を式神 鄭児に渡した祖珽は、なぜ彼らが傷病者村に行くってことを知ってたんでしょうか。

子どもに渡すように眠り薬を仕込んだり、刺客を配置したりするなんて、さらに前からだったと思うんだけど。

まさか、鄭児の髪飾りに、超小型マイクとカメラが仕掛けてあったとか…?

しかしまた、こんな大ごとがあったにも関わらず、雪舞の部屋にノーマークで近づける韓暁冬。
このお屋敷、将軍の自宅だっつーのにセキュリティ大丈夫なんですかね…?
ホワイトハウス並みにザルなのか?

しかもいくら怪我が痛いからって、暁冬の気配に気づかない武将って、いいのか…?
(ちなみに、斬られたのとはまた別のとこが痛むみたいだけど、雪舞はおばあ様譲りの鉄拳の持ち主なんでしょうか(笑))

五爺<ウーイエ/Wu Ye>=安徳王<あんとくおう/Ande Wang>=高延宗<こう えんそう/Gao Yanzong>は四爺に、刺客から“官銀”が見つかった、と報告します。

官銀とは“銀鋌”(銀製の貨幣)の一種です。

ちょうどこのドラマの時代、魏晋南北朝のころから使われるようになりました。

「官銀」というからには、民間で出している「私銀」というのもあり、一般に、発行者や産地、鋳造年、鋳造地や鋳造者名などの銘文が入っていて、当初は量って使うものでした。そのうち、価値が一定しなくなり(混ぜ物とかでもしたのでせうか…)、額面いくらいくら、と決められるようになったようです。

形も、ドラマに出てくるような長方形のものや、舟形のものなどいろいろありました。地図で銀行を表す記号https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E5%9B%B3%E8%A8%98%E5%8F%B7%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7#/media/File:Bank%28tizukigou%29.png(分銅の形から来ているそうです)にそっくりな形のものもあります。

元代のころからは馬蹄型が一般的になり、「元の宝」=元宝、とよばれるようになります。

中国の北方では、お正月(春節)に、年越しソバならぬ年越し餃子を食べます。

餃子自体は漢代からありましたが、名前は一定せず、南北朝のころは「混沌」(わんたん?)と呼ばれてたそうです。お椀の中にごにょごにょふにゃふにゃ固まってる食べ物、という程度の意味でしょうか(マズそうなんですけど)。

そんな景気悪そうな食べ物のくせに、おめでたい席で食べられるようになった由来についてはいろいろな説がありますが、そのひとつが、形が“大元宝”に似ているから、儲かりますように、ってことで。っつうのがございます。

餃子の中に栗とか棗とかを仕込んで、当たった人は子宝に恵まれる、とか、地方によってもいろいろな習俗があるようです。切り分けたときにソラマメが入ってた人がラッキーという、フランスの「王のケーキ」、ガレット・デ・ロワみたいなものでしょうか。

しかし、王のケーキを食べてお祭り気分にはとてもなれそうもないこちらの王様は、官銀だとて“鉄証”(動かぬ証拠)ではない、と憂い顔です。

そうね、“鉄証”はご自分で始末しちゃったもんね。

今や雪舞の身の安全を考えると冷静では居られない、とおっしゃってますが、何をいまさら(笑)。最初の最初っから、雪舞が絡むと何事も冷静じゃ居られないくせに…。

一方、荷物をまとめた雪舞は、ベッドの上の玉佩を見やります。

最後まで持っていくかどうか、迷ったのでしょうか。

それとも、最後にひと目見てから置いて行きたかったのか、暁冬に伴われて部屋を出るときも、振り返って眺めてから出て行きます。

入るときもノーマークなら、出るときも誰にも咎められずに済むらしい蘭陵王府…と思ったら、さすがに大門を開けると、そこには人影が。

主なのに外に締め出されてたんでしょうか(笑)、不審な馬車が来たので呼ばれたのでしょうか、取りあえず、なぜかお屋敷の外にしばらく立ってたらしい四爺が入ってきます。

そして、またこういうシーンになると、バックに主題歌を流すこのB級演出、本当にどうにかしてほしいもんです。

我慢してセリフを聞くと、四爺は雪舞に向かって、また自分を何もない状態にしてしまうつもりなんですね、と恨みごとを言ってます。

“我記得那天我說 我從來不曾真正擁有什麼
是你鼓勵我 給我力量 你告訴我 你會永遠陪伴我
可現在 你又讓我回到 一無所有的狀態了”

(私は覚えている あの日、私は言った これまで何一つ私が手にしたものはないと 私を力づけ、励ましたのは君だ 君は言った 永遠に私の側にいると
しかしいま 君はまた私を 何一つ持たぬ者に戻してしまうのだ)


この未練がましい態度、かなり矛盾してますよね。

だって、ついさっきは、五爺に、雪舞の安全を考えたら、村に帰らせた方が良い、と言ってた訳でしょう。こんなことを言い出して、雪舞がやっぱり蘭陵王の元に残ると言い出したらどうする気なんでしょう。

雪舞は泣きながら、
“可是我一定得會去 我不屬於這裡”
(だけど私は行かなければ 私はここにいるべき人間じゃないの)

と言います。

相変わらずよく分からない雪舞のロジックですが、涙目を何とか隠そうとしている四爺は、明日の正妃選びには、皇后が推薦する鄭児を選ぶしかないだろう、雪舞の言う通り、自分は他の人と一緒になる運命だと静かに言います。

私たちの婚約は単なるお芝居だと思ってもらってよい、たった今から、二人の間にはもうどんな関わりもないと。

そうです、四爺自身は微塵も思っていないことをわざわざ…。

本当は、さっきもこういう態度でなければいけなかったんですが、どうしてもそれが出来なかったんでしょうね。

そして雪舞は去り際に、

“保重,四爺”
(お元気で、四爺<スーイエ>)

と言います。

この一言に、彼は耐えきれない。だって、彼は雪舞が自分の事を“四爺”と呼ぶ、あの呼び方がとても好きだったんですよね。

ついに四爺はわざわざ彼女を引き留めて聞きます。

“你心里是有我的 對嗎”
(君の心には私がいる そうでしょう?)

雪舞は振り向くことをせずに、黙ってうなずきます。
次のせりふは、

“如果是那樣的話,我 高長恭 此生足矣”
(だとすれば この高長恭、生まれた甲斐があったというものだ)

この部分は、つまり第2話→こちら)のリフレインなのでしょう。あのときも本当は、雪舞のために何も言わずに出ていくはずだったのが、四爺にはどうしてもそれが出来ずに、雪舞が伴侶を選ぶ、成人の場に残ってしまった。

今回は逆転して、四爺が伴侶を選ぶ場面になるのですが、どうしても、どうしても、雪舞のことは忘れて予定通りに正妃を選ぶつもりでいる、という芝居をやり通すことができずに、つい、未練がましい行動に出てしまう。

あるいは、事ここに到っては、今生の別れなのだから、本心を言ったほうがいいと思ったのかもしれない。

それでも、ついに一度も振り向かない雪舞は、四爺がそっとまた荷物に玉佩を忍ばせたのにも気づかないまま、何かひとこと言って、去っていきます。

だけど、主題歌の音量が大きすぎて、中国語版の方は、よく聞こえません…。

涙目で彼女を見送る四爺。
老王に、ちゃんとスピーカー直しとけって言い含めておけばよかった…と後悔の念でいっぱいなのでしょう。か?

一夜明けて武成帝の元へ、祖珽が駆け込んできます。
蘭陵王府に謀叛の兆しがあり、捕まえた道士が

“鎮魘”(呪いの人型)

を持っていたというのです。

呪いの人型の割にマヌケな印象ですが、他にも呪術の証拠が蘭陵王府に残されていると、祖珽は兵を引率して蘭陵王府に押し入ります。

迎える四爺はリンゴのお供え物を前に、呪いの人型同様、なんだか寝起きのようなマヌケな表情をしていますが…。

雪舞の部屋から首尾よく証拠の品を見つけた祖珽に、これは一体何だと聞かれた四爺は、そりゃあなたの方がよく知ってるでしょう、と冷静に答えます。広い屋敷の中で真っ直ぐここに入ってきて、すぐ証拠の品を見つけるなんて、って、そりゃそうだ。

しかし、おっつけ登場した皇帝陛下は頭に血が上ってるのか、

“混帳高長恭”
(高長恭、このたわけ者が)

って、そんなお言葉、庶民じゃあるまいし。

日本語はあくまでも上品に、
「何と愚かなことを」って、おっしゃってますが...。

祖珽は呪いの品について説明しています。鮮卑の古文字が書かれた呪符だと…。

最初にも書きましたとおり、そんなの書けたら世界遺産ものの特技なんですけど。

だから、鮮卑の古文字なんて知らない、という蘭陵王に、周りもそりゃーそうだろって顔をしていますが、楊雪舞の名前が出ると事態は一変。

だって自称・天女だなんて、どう考えても怪しいですもんね。

四爺も五爺も、楊雪舞の身に危険が及ぶところまでは思い至ったものの、それすら四爺を陥れるための罠の一部だとは全く気が付いていなかったのでしょう。さすがは祖珽!(って誰の味方よ…)

しかし、史実によれば、鮮卑の古文字に誰よりも詳しいのは祖珽大卜その人。
バレバレじゃないのか、そんなもん書いて。

と、シャーロック・ホームズならひと目で看破するところでしたが、残念ながらここは北斉。名探偵登場や世界遺産登録には1000年以上早いです。

ギャラリーの中に鄭児もいるのですが、その場で一言、自分が騙されたと言えば、後の展開は全然違ったでしょうに、なかなか咄嗟に言い出すって出来ないんでしょうね。四爺にどう思われるかも分からないし…。

四爺が謀叛の罪で処刑されてしまっては、どう思うも思わないもないんですけど、彼女はともかく祖珽に、自分はどうなろうと皇帝陛下に四爺の無実を訴えるつもりが、まんまと祖珽の罠にはまって囚われてしまいます。

さて、四爺の運命やいかに…?

ってことで、続きはまた次回、第14話(→こちらにて!
posted by 銀の匙 at 00:32| Comment(7) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
( 〇□〇)ハァハァ
スクロールする指がこむら返りに・・・

一応財布は金色にしてました。
けど汚れるので汚れたらアカンとコパちゃんも
申してましたが、そんなにサクサ財布ばっか
買いかえれるかぁ〜!
風水も陰陽もお金がかかるのでございます。

あアラシぢゃないからw
Posted by elfarran at 2015年12月03日 11:41
elfarranさん、こんばんは。

一瞬、マジでアラシかと思いました…
(てへぺろこつーん(・ω<) )

いえいえ、ホント、ムダに長い文章にお付き合いいただいて恐縮してます 
 m(_ _)m フカブカ

お出ましの折は、がっちり厚着していらして下さいね。
関東地方は寒いですよ。
こむら返りどころじゃ済みません。
バナナで釘が打てますから。

オヤツに含まれない上に金色、
風水的にナイスな果物です。
お試しあれ。

実は一時期(今もね…)非常にビンボーだったため、せめてもと思って財布を黄色に変えたことがあったんです。

おっしゃるとおり、すぐに汚れて使い物にならなくなり、買い替えたんで、さらに困窮しました。

実話です!!

明日からしばらくは氷点下での生活です。ハン・ソロ化して全身で釘が打てそう。

夜の屋外ジャパン・プレミア、寒くてマジ死ぬかも…。

生き残ったらレポ致します。

ではではでは…

Posted by 銀の匙 at 2015年12月05日 01:44
メロ全開の回ですね。
やる気が出なくて手抜き、でこれだけの記事が書けるってのがスゴイ^m^

そうか、そうだったのか…
太卜=陰陽師だったとは。
陰陽師といえば夢枕獏、そして岡野玲子のマンガ、ついでに映画まで見ちゃった(全体的な出来はアレでしたが野村萬斎が色っぽくて良かった)人間としては、ビジュアルのギャップにいささか眩暈が(*_*)

鄭児、ここまでは四爺に脈がないことを自分でもわかっているのに、どのへんから自分が蘭陵王の妻になる運命だと病的に思い込み始めたんでしょうね。
この回で雪舞から「本当はあなたが正妃になるべき人だ」と言われたから?

傷病者の村で鄭児が怪我するシーン、小賢しくて、それまでの好印象が急に悪くなった場面でした。
鄭児の賢さと手段を選ばない性格(=悪に転んだときの危険さ)、それに、困っている人をほっておけない四爺の性格など、今後の展開を暗示している場面でもありましたね。

「四爺はいつも他の人の身の安全を自分よりも優先しがちなの」という雪舞の言葉も、鄭児の陰謀の方向性を定めるきっかけになったように思えてなりません(雪舞ったら余計なアドバイスを…)。

「姑息」、本当はそんな意味だったんですね@@ 初めて知りました。確かに、漢字そのものを見るとその方がしっくりしますね。

おばあ様の部屋に書いてある文字までチェックしてあるとはさすが!!
そんなにいたるところに書いてあるなんて、やはり当時流行した言葉だったんじゃないでしょうか。ひなびた旅館の壁によくかかってる、「仲良き事は美しき哉」の色紙的な(違

村へ帰ろうとする雪舞を見送るシーン、抑えようとしても抑えられず、雪舞への想いを吐露してしまう四爺の葛藤が切ないです。
村では後ろ髪を引かれながらもなんとか立ち去った、砦では引き止めてしまいそうで別れの挨拶はできなかったものの、それでも見送ることができた。
でもその時からさらに想いは深まって、この時はもう、身を裂かれるような苦痛だったのでしょう。

自分よりも他人を優先し、強固な意志を持ち、決して他人に弱音を吐いたりもしない四爺が、一瞬、雪舞を失う苦痛の大きさに屈してしまう。でも結局は、雪舞を守るために、それほどの苦痛にも耐え、村へと送り出す…
こういう心の揺れがたまらんのです(ドSか)。

それにしても、四爺宅のセキュリティは私も常々気がかりでございます。福さんも韓暁冬も鄭児も入りたい放題。やはり盗聴器の一つや二つ、仕掛けてあったのではないでしょうか…。
Posted by 銀 at 2015年12月06日 01:40
銀さん、こんばんは。
年末できっとあれこれお忙しいことでしょう。そんな折に、コメントありがとうございます。

そうですよねぇ... このドラマはラブ史劇なんで、登場人物たちの心模様や、「想い」を観ないで何を観る!ですよね...。

観る方それぞれに、登場人物に感情移入していらっしゃるでしょうし、それがこのドラマの楽しみ方としては正調だと思います。ですので、きっと鑑賞サイトは、登場人物について、思いのたけを縷々語っていらっしゃる所が多いのではないでしょうか。

なので、このサイトではそれ以外の部分を補完するというか、王道は敢えて外して、誰の味方もぜすに、人物やお話のなるべく全体を、もうちょい別のフレームから観るように努めてまいります。

それに、何せ、このドラマは恋愛沙汰以外のところが面白すぎますからねえ…。フレームに関係しそうな部分とかは恋愛シーンでも取り上げざるを得ませんけど...。

というわけで、衣を外して天ぷら食べてるようなエントリーばかりですが、王道路線に胃もたれしたら、ちょっと大根をつまむような感じで(あ、いえ、誰が大根とかじゃなくて...)たまに覗いていただけたら嬉しいです。

次回はまた、インタビュー番組のご紹介を織り交ぜて構成する予定です!

Posted by 銀の匙 at 2015年12月07日 23:14
銀の匙さま

手抜きぐらいが私には、読みやすい?
指つることはなかったですが、例のカラオケの歌詞→第4話に従いまして、4話に戻る。ガガーン!全く記憶にないことばかりが書いてある。
 このブログ、もの凄く濃いと思います。
鄭児が雪舞の寝室に残した札が鮮卑語で書かれてあり、それが大変その当時としても稀なことと説明してました。      ”後宮の涙”という中国ドラマでも皇后の誕生祝いに鮮卑語で刺繍をして献納して褒められるというのがありました。
鮮卑族、鮮卑語、とても興味深いと思いました。
お妃選びはどうなるのかと鄭児の女性週刊誌にでも書いてありそうな見え見えの媚態(只、世の男性は知っていてもそういうのが好きですが)に少し退屈しかけると、雪舞が誘拐されるのですから。油断禁物。ここら辺が秀逸たるところ?そんなところに感心してる私が阿呆?
14話はもう準備万端な様子。楽しみにしてます。
只、ご期待に添えるほど、熟読吟味できるかは保証の限りではありません。内容が素晴らしすぎです。豚に真珠か?
Posted by 深雪 at 2015年12月12日 18:37
銀の匙さま

補足です。鮮卑文字の刺繍の件ですが、6、7集にあります。
皇帝の母の誕生祝いに長寿の意味の寿を鮮卑文字で刺繍して喜んでもらおうとヒロインの女官が思いつき実践するというものです。鮮卑文字がわからず、皇帝に教えてもらいます。おっしゃる通り、かなりエリートの知識ということでしょうか。
Posted by 深雪 at 2015年12月12日 22:14
深雪さん、こんばんは。

自分で書いたのをしばらく経って読み返そうとして、長くて(&まとまりがなくて)途中で飽きるくらいなので、宿題でもないのに読んでくださり、コメントや情報を教えてくださる皆様に感謝感謝です。

『後宮の涙』はちょうど『蘭陵王』の一世代前が中心のお話と聞いていましたので、いつか見てみようと思っておりましたが、教えていただいたので重いコンダラ…いえ、重い腰を上げて、該当の巻だけ急いで見てみました。

途中からだと話が分からなかったので、ちょっとズルをしてあらすじ紹介も見てみましたが、このドラマの悪役は皇太后さまなんですね…。高湛なんか実の息子なのに、いいんだろうか、それで。と思ったら、勝手に母親を別の人に変更してるんですね。

そもそも、北斉を滅ぼした稀代の悪女が利発な宮女で主人公ってあたりからして、かなり改変激しいんですけど、ま、いいのか。

ドラマの中では、エリートかどうかというよりは、皇太后が鮮卑の人って設定になっているらしく、それで鮮卑文字で「寿」を刺繍するってアイディアが出たらしいのですが、そもそもあんな契丹文字みたいな字だったかどうかも分かってなくて、むしろ突厥文字系(ルーン文字みたいなやつ)だった可能性があります。だとしたらアルファベットみたいなものだから、一文字じゃないんじゃないでしょうかしら。

今となっては調べようもないので、残念です。そのうち、どこか鮮卑人のお墓から何か文字が出てこないか、期待することにいたしましょう。

面白い情報をありがとうございました。
Posted by 銀の匙 at 2015年12月17日 00:17
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