2016年01月11日

創造と神秘のサグラダ・ファミリア

1926年に亡くなった、スペイン・カタルーニャの建築家、アントニ(アントニオ)・ガウディ。

彼が設計したサグラダ・ファミリア教会は、有機的な見てくれもそうですが、建物としても未だ成長中なところが、まるで生き物のようです。

規模の壮大さもさることながら、戦争や政変、資金難などの原因が重なり、1882年の着工以来、130年以上経っても完成していません。

21世紀の今、とりあえずはスペインで戦争もなく、観光収入によって建築資金も確保されてはいるのですが、また別の困難が降りかかり、永遠に完成しないとすら言われています。

本作はこの未完のプロジェクトの現在を、歴史をさかのぼりつつ紹介していくドキュメンタリーです。

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映画が始まると、監督さんの心の声と思しきナレーションが流れるのですが、スペインの話なのにいきなりドイツ語なんで、ちょっとビックリです(監督さんがドイツの人なんですね)。まずはその口調が、そして、サグラダ・ファミリアの塔をキーとする映像が、どことなくヴィム・ヴェンダース監督の『ベルリン・天使の詩』を彷彿とさせる…と思いつつ、観ておりました。

実は、1980年代にこの建物を実地で見るチャンスがありました。春だというのに、バルセロナは昼になるとうんざりするような暑さに襲われるところで、現場周辺は埃っぽく、第一印象はゴタゴタした街にさらにゴタゴタした趣きを添える建物だなぁ、でした。

当時は、どうせシエスタしながらノンビリ造ってるんだろう…と偏見丸出しで思っていたのですが、設計したガウディを始め、かかわっている人たちは皆、建物の完成のために一身を投げ打ち精進していたにもかかわらず、一向に完成しなかった、ということが映画を観てよ〜く分かりました(汗)。

今は世界各国から一流の人材が集まり、共同して作業に当たっています。
映画は、建築にかかわるそうした人々のそれぞれの想いを追っていきます。

冒頭、この教会の構想の元になったと思われるモンセラの奇岩群と修道院の様子が映し出されます。圧政にも負けず、カタルーニャ文化のよりどころとなった場所です。その精神を受け継いだが故に、サグラダ・ファミリアの建築は幾多の困難にもめげず続けられてきたのでしょう。

ガウディは、生前にはプロジェクトが完成しないと判断し、一部分だけを先に完成させる方法を採用します。そこから後継者が何をすべきかを読み取るだろうと考えたのです。

建築プロジェクトに携わる日本人彫刻家・外尾悦郎は、ガウディの求めたものを体現しようと努力を重ねます。オリジナルを研究し、何を表そうとしたものなのかを深く探り、我を捨て、いかにガウディの考えに近づくかを真摯に追求する、いかにも日本人らしい律儀なアプローチだと感じました。

一方で、むしろ自分のスタイルを追求することで、時代精神を反映させるアプローチをとるスビラックスのような彫刻家も登場します。彼は彼なりに、ガウディから託された命題に応えたと見るべきでしょう。

他にも、さまざまなアプローチの仕方が登場しますが、このプロジェクトにかかわる人たちはそれぞれ誇りを持ち、基本、完成の方向へ向けて取り組んでいる点では一緒です。

ところが中盤、突然ちゃぶ台返しのような展開が待っています。

都市プランナーのマッケイは、サグラダ・ファミリアの建築を中止せよという署名運動があったことについて語ります。スペイン内戦で多くの資料が失われた後、コルビジェを初め200人もの著名人が、ガウディが完成させた部分を博物館として残して、これ以上の建設はやめるべきだと主張したのです。

確かに、設計者も設計資料もなく、勝手な解釈で増築していくのだとしたら、ガウディの作品としての価値が薄れてしまう、という考えがあるのも分からなくはありません。

加えてマッケイは、さまざまな思想信条の人たちが存在する現在、カトリック信者のよりどころとして建てられる教会ではなく、もっと今にふさわしい建物が作られるべきではないのかとも主張します。

彼ははっきりとは言っていませんが、恐らく、ガウディが現代の人であれば、教会ではなくてそういった建物を設計しただろう、という考えもあるのでしょう。とすると、これはこれで、ガウディの命題に応えたものとも言えます。

サグラダ・ファミリアというたった一つの建物を巡って多様な考えが繰り広がられ、どれもそれなりにもっともな意見なので、観てるこちらとしては誰の肩を持つべきか、だんだん困ってくるのですが、その中で、一番共感できるなあと思ったのは、建築家ではなくて音楽家の意見でした。

カタルーニャの音楽家ジョルディ・サヴァールはバッハを引き合いに出して言います。バッハの作曲した「ロ短調ミサ」の完成形はバッハの頭の中にしかない、と。

何百年も前に書かれたこの曲は、楽譜を読む人それぞれの解釈によって形を変えながら、演奏され続けることによって生きているのです。

「ロ短調ミサ」とは違って、サグラダ・ファミリアには楽譜にあたるものすら残っていません。逆に、そうだからこそ、この作品に皆が引きつけられるのでしょうか。映画終盤、宗教学者のパニッカーが語る言葉は示唆的です。

神秘がどこに在るかは示すことができない。
神秘は何者も内包していないからこそ神秘なのだ。

と。

いろいろと考えさせられつつも、サグラダ・ファミリアの映像を美しい音楽と共に堪能できる、ぜひ鑑賞をお薦めしたい作品です。

ステファン・ハウプト監督
94分 2012年作品
YEBISU GARDEN CINEMAで観ました。
小さな、でもおいしいコーヒーとフードを提供してくれるカフェスペースが併設された、大人な映画館。
よく通いましたが、数年前に閉館になってしまい残念に思っていたところ、以前の洒落た雰囲気はそのままに、ユナイテッドシネマの一員としてよみがえっていました。

居心地がよく、音響も素晴らしい。ずっと通いたい映画館です。

そのほかの映画に関するエントリーは→こちらから、
フェイバリット映画100のリストは→こちら です。

posted by 銀の匙 at 01:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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