
久しぶりに良い映画を見させてもらいました。
過去に「アイス・ストーム」という素晴らしい作品があったので、
アン・リー監督の新作はなるべく見るようにしていました。でも、
思えばここ数回、肩すかしを食らわされっぱなしでした。
「グリーン・ディスティニー」しかり、「ハルク」しかり。
期待して見たのに、娯楽作品というにはあまりにも退屈で、
もう彼の映画を観るのはやめようかと思ったぐらい。
今回も、賞はいっぱい獲ったものの素直には受け取ってませんでしたが、
心の機微に触れる演出が見事な作品でした。
俳優達がとても自然で、繊細な演技を見せます。
「アイス・ストーム」のときもそうでしたから、
これにはきっと監督の力量が貢献するところ大なのでしょう。
どんな紹介記事にも書いてあるので、
ネタバレとは言えないと思いますから書きますが、
お話の中心になっているのは、男性同士の恋愛です。
イニスとジャックはブロークバック・マウンテンという場所で
羊の番をして暮らすうちに、関係を持ってしまう。
はたで見てると何だか単なるハプニングみたいに感じてしまうため、
は、そんなことで本当にいいんですか?と驚いてしまうんですが、
見た目のあっさりさ加減とは裏腹に、
物語が進むにつれ、実際には彼ら二人には強い結びつきがあることが
苦しくなるほど伝わってきます。
身分違いの恋、人種違いの恋、年齢差のある恋など、
恋愛物語をドラマチックに盛り上げる要素としての障害はさまざまですが、
それらもだんだん(現実は厳しいとはいえ)取り除かれつつある現在、
物語的に一番説得力のある許されざる恋は、
もはや同性愛しか残ってないというのが、
このテーマを選んだ理由にあるのかもしれません。
なにしろ、異性であれば結婚してハッピーエンドという終わりもあろうものを、
この作品のような関係では落ち着いて行く先がないからです。
打算も未来も何もなく、
ただ愛するためだけに愛するというのはどういうことか、
そこを痛いほど突いてくる。
しかし、この話が心の機微に触れてくるのは、
許されざる愛を繊細に、克明に描いているという点だけではありません。
彼ら二人は家庭を持ち、別々の人生を歩んでいくのですが、
心はいつもブロークバック・マウンテンと共にある。
それはもちろん、愛のためでもありますが、
そこには父親や家族・妻などの他の人間とは結べなかった絆があり、
選ばなかった人生に対する苦い思いと憧れとが
常につきまとっています。
そこが、同じく同性愛をモチーフにした「モーリス」とは
決定的に違うところです。
「モーリス」では少なくとも、愛に人生を狂わされながら、
どこまでも愛を第一義に生きた人物が登場する点、
あくまでも、テーマは愛であったと思います。
「ブロークバック・マウンテン」では、
相手への愛とは同時に、がんじがらめに縛られた今の人生にはない、
自由をも意味しています。
だから、特に愛について考えることがない人の心にも
触れてくるところがあるのだと思います。
観る人は誰でも、こんなはずではなかった人生、
しかし、選ぼうにも他には道のない人生に、
向かい合わざるを得ないのです。
後半は、どこでこの映画が終わっても完結しそうなくらい、
心に残るシーンの連続でした。
ラストのワンショットがありがちな感じだったのだけは意外でしたが、
その直前まで本当に素晴らしかった。
今や、ようやく世界は寛容になり、
まだまだ偏見があるとはいえ、同性愛という障害も取り除かれつつあるので、
この映画に描かれていることが昔語りになる日は、そう遠くないでしょう。
(そうだといいのですが)
それでもやはり、選べそうでいて選べない人生というのは
いつまでもあるでしょう。
そんなことを思いながら見ておりました。
【追記】
その後、トラックバックを頂いたりして、考えたことがありますので追記致します。
私個人の、この映画についての感想は上の通りなのですが、なぜこの作品を描写通り「ゲイを描いたもの」として見ず、一般化するのか、という疑問をお持ちの方々の記事も読ませて頂きました。
そういった記事を見て、私が最初に連想したのは、「フェミニズムSF論争」のことでした。
そのとき論争の焦点になったのは、フェミニズムをテーマにしてSF作品をつくったのに、世間は勝手にそれを一般化して、わざとフェミニズムからテーマをそらそうとする…といった内容だったかと思います。
そういった何かの主義主張を作品の形で世に問うということはもちろんあるでしょうし、作者がある意図を持って作っているのに、それをまるっきり無視、または忌避されてしまっては何のための創作かと、抗議したい気持ちはわかります。しかし、そういう、ある思想の宣伝のために書き、その思想のために奉仕する作品は(その思想に賛成でも)私にとってはつまらない作品です。
しかも、今回の映画の場合は、誰が観てもこれはゲイを描いた映画だとわかる(描写が正しいのかどうかは検討の余地があるのかも知れませんが)ので、少なくとも見る人がまったくその点を無視することはあり得ませんし、かなりの人が真摯に受け止めることでしょう。
その上で、中には自分の問題に引きつけて観る人だっているでしょう。大体、監督が作品のテーマをゲイへの理解に絞っていると公言しているわけでもないし(少なくとも私が知っている限りでは…)、プロパガンダ映画でも、記録映画でもない訳ですから。
よしんば監督がゲイへの理解を深めるつもりで撮った作品だったとしても、それは制作側の意図に過ぎません。鑑賞のレベルが低く作者の意図を掴み損ねた場合も含め、作品をどう捉えるかは、受け手の自由に委ねられていると私は考えます。聖書でさえ様々な解釈があるというのに、芸術作品が一つの解釈しか許されず、他の人の多様な解釈を読んでなるほどと感心したり、驚いたりする余地がないのはつまらないからです。
上映中
シネマライズ(渋谷)
今のところ、地下と2階の2スクリーンで上映しているため、
思ったほどは混雑していませんでした。
上映3日前から予約ができます。
2階の方が大きなスクリーンですが、地下もE列以降は
段差が大きく見やすいです。
地下階はスクリーンが湾曲していますので、
一番オススメはリザーブシートに近い、
I列J列の10、11番あたりです
2006年3月18日〜
新宿武蔵野館
シネ・リーブル池袋
















