2017年08月12日

【注意表記以降、ネタバレあり】ウィリアム・フォン主演「あの星空、あの海。」(那片星空 那片海〜Starry Night Starry Sea)放映開始

*追記しました

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皆様、残暑お見舞い申し上げます。

プロジェクト2個目の終了まであと1か月…。息も絶え絶えの銀の匙です。
夏休みもないので、せめて海辺のリゾートにでも行ったつもりになりたい皆さま、ご一緒に、このリゾート気分満載のテレビドラマを視聴いたしましょう。

それがこちらの中国ドラマ、「あの星空、あの海。(那片星空 那片海 Starry Night Starry Sea」。8月17日からアジアドラマチックTVにて字幕版で放映だそうです。

原色満載!ド派手でにぎやかな中国ドラマ!の先入観を覆す、パステルカラーの美しい海、美しい島、なんで皆あんなにステキな家に住んでるの?と思うようなセット、新海誠監督ばりの美しい背景もさることながら、主人公男女の美しさにバッタリ倒れてしまいそうです。

特に主役・レグルス(レゴラスかと思った)=呉居藍(ウー・ジュイラン)を演じたウィリアム・フォン! 最初の何話かは(又吉シーンを除き)、これ、ウィリアム・フォンのプロモーションビデオか何かですか?と思うようなシーンだらけ。

奇跡のアラフォーというにはお肌きれいすぎて、まさか全編フォトショッ…ゴホゴホ、いえいえ、いつまでも若いまま、という設定がこれほどピッタリな人選もないかと。

今回の演技、前半部分は、またまた例の、じいーーっと相手の眼を見るってやつばっかりで、確かに大変お綺麗なことは間違いないんですけれども、ついつい、むかし共演した女優、ヤン・ミ―兄貴なら「韓流みたいな役者さん」とキッツいコメントを進呈して鼻でせせら笑いそうだ...と思っちゃいました。

でも、そこは百花賞主演男優賞をお獲りになったお方、立ってるだけで王者の威厳と気品を感じさせる、ドラマ中盤以降の演技はさすがなものです。

しかもやっぱりヒロインより手がきれい(笑)

ただ、せめて、ヒロインよりさらに上を行く美人なのはたまに遠慮してあげてくださいね...。

とはいえヒロイン沈螺(シェン・ルオ)も評判の美人さん、クオ・ビーティン。仲間由紀恵さんにちょっと似てるかなー、という感じの好感度の高いキャラクターです。

どうしたってウィリアム・フォンが目立つように作ってるので埋もれがちですけど、通常の中華ドラマに比べるとツイストの少ない本ドラマ(ってか、他のドラマが起伏ありすぎ)が飽きずに見られるのは、ヒロインの魅力に負うところが大きいと思います。

脇役も王萌黎やサニー・ワンなど、ステキな役者さんが揃っています。

お話は、たま〜にオイオイ!と突っ込みたくなる箇所もないとは言えませんが、あらすじからはちょっと想像できない、穏やかで優しい空気感のある作品。

これはきっと、主なロケ地(台湾の澎湖諸島だと聞きました)の良さもあるんでしょうね。

これから観る方もいらっしゃると思うのでストーリーは以下のネタバレ注意表記以前は伏せますが、都会でのキャリアアップの夢破れ故郷の島に戻ってきた沈螺のステキなお家(ホントにステキなんですよ、この家が。ここに住みたいな〜)に当たり前のように居座る、文豪・又吉先生…もとい、常に無表情でニコリともせず、所持金もないのに高そうな服を着て、掃除洗濯料理も完璧と、なぜか女子力の高い呉居藍(ははは)。

彼はこの屋敷に関係する誰か、もしくは何かを探しにやってきたらしい。

小螺の入院中の祖父や、幼馴染の江易盛(ジャン・イーション)医師・骨董商の大頭(ダートウ)は、いきなり現れたうさんくさい居候を警戒しますが(ってそりゃそうよね)、呉居藍には数々の謎の特技があり、次第に小螺は彼を頼るようになります。そんなある日、骨董商のボスから大頭に連絡が入るのですが…。


そもそも設定を聞いたときに、チャウ・シンチーの『美人魚』で警官が描いてた妙な男の人魚の絵を思い出してしまい腹筋が引きつりそうだったんですが、その後も天然なのか何なのか、『山海経』の「鮫人」の図が出てきたり、かと思うと、表情をピクリとも動かさない正当派二枚目のスタイルで数々の笑えるシチュエーションを演じるウィリアム・フォンが可笑しくて、ロマコメなのかな?と思いきや、アクションシーンや、ちょっとだけですが溜息が出るほど綺麗な唐代のシーンもあり、中国ドラマのおもてなし精神は健在です。

途中、唐代の包丁さばきを披露するシーンがあるんですが、たまたま読んでいた本(教養書です!)に、唐代の文人たちの間に流行った習俗について書かれたくだりがあり、文人たちがパーティを開いて、包丁さばきを自慢したと書かれていて、切り身が宙を舞うとか、例によって大げさな描写がそっくりそのまま再現されていて驚きました。文章で読むとへえぇって思うんだけど、俳優さんが演じてるとつい…笑ってゴメン!(ここのセリフにいきなり日本が出てきたのでビックリしたけど)

ま、基本は恋愛ものなので、少女マンガ的作品がお好きな方におススメです。

ただ、美しい夢のような純愛ロマンスかと思ってると、そこは主演がウィリアム・フォンなので、またしても例の不実な…いえいえ、何でもありません!

お姫様だっこシーンも当然ありましたが、今回はロングショットでしたね。ロケで島に移動するときに船でケガしたそうなので、大事を取ったのでしょうか。そういうことにしておこう。

百度にあるこのスチル集はまあまあ感じ出てます。

https://baike.baidu.com/pic/%E9%82%A3%E7%89%87%E6%98%9F%E7%A9%BA%E9%82%A3%E7%89%87%E6%B5%B7/17834701/19832721/7dd98d1001e9390182ab6ae77cec54e737d196ba?fr=lemma&ct=cover#aid=19832721&pic=7dd98d1001e9390182ab6ae77cec54e737d196ba

放映前のオリジナル宣伝では素敵なスチル壁紙集があったんだけど、放映が終了したからか、今は見つからなくなってしまいました。もし探し出せたらお知らせしますね。

日本用の番宣、インタビューもございますが、この予告編は、あらゆる意味でヒドイ...(泣)。たぶん、元々オリジナルの予告編がこれだったんでしょうけど、本編とはだいぶイメージ違う感じです。もっと、静かで夢のようにきれいな画の場面が多いです。↓

http://www.so-netme.co.jp/adtv/ningyoou/index.html

第一部・32話分のお話はほとんどの場面が現代なのですが、二部以降は唐代を舞台にしたパートもあるらしいので、ぜひ続けていただきたいです。

以下は大変重大なネタバレを含みますので、ご覧になっていない方はここまで。











そろそろ大丈夫かな...?

さて、すでにご覧になった皆様、別にストーリーの結末が分かっても気にしない、という勇者な皆様、こんばんは。

突然現れた居候の呉居藍、実はすでに1000年以上も生きている人魚王だったのですが、心を許した人間に生命力の源である「霊珠」を騙し取られ、ようやく150年後にそのありかを突き止め、取り戻しにやってきた先が、ヒロイン・沈螺が先祖代々住んでいる家だった、という設定でございます。

呉居藍は霊珠を失ってしまったためにかなり弱っており、探索を始めた時点で、このままでは余命が3か月。

彼は霊珠の在りかを感じ取れるはずなのですが、なかなか見つかりません。しかも、同じく霊珠を狙う黒魔術師・安佐(アンズゥオ)までが、大頭を手先として暗躍し始めます。

霊珠の生命力は死者をも蘇らせる力があり、安佐は育ての親を蘇らせたいと(ってそれゾンビ)、必死で霊珠の行方を追っていたのです。

やがて、安佐に追い詰められた沈螺が、海に転落する事故が起こります。そのとき呉居藍は、彼女の体内に霊珠が隠されていることを知りました。

人魚王を補佐する白魔術師によれば、霊珠が人間の体内にある場合、取り出す方法は2つ。黒魔術師の持つ剣で動脈を割くか、真実の愛による口づけか。

これを聞いて、よしっとばかりに突然張り切り出す呉居藍の豹変ぶりが笑っちゃうのですが、沈螺も彼を憎からず思ってはいるものの、両親の不仲を見て育っているので誰かを愛そうという気にならないらしく、努力はすべからく空振りに終わります。

ところがそのうち、実は沈螺は幼いころに溺れたことがあり、霊珠の力で生き返ったのだ(ってそれゾンビ)ということが呉居藍の知るところとなります。霊珠を奪回していまえば、それによって永らえている人間は命を失ってしまうのです。

かくして呉居藍は、自分が犠牲になることで、沈螺を守ろうとするのでした...。

*

この手の話が身につまされすぎる視聴者としては、自分は犠牲になって相手を助けるってあなた、残された方はさらに耐え難かろう(霊珠で復活した人はどのくらい生きられるんでしょうかね)と思うとフィクションなのにつら〜い気持ちになってくるんですけど、頑張って観終わった後、なぁんだ、だったら、ずっと2人でキスしてれば問題ないんじゃないの?あるいはお互いに1か月ずつ持っててチャージするとかさぁ...などどつい無粋な方向に考えてしまうあたり、こういう純愛ドラマ観る資格まるでないっすね。

とはいえ、この話がなかなか良くできてると思ったのは、第一部だけ観た限りでは、当初、信用した相手に手ひどく裏切られた挙句、霊珠を取られてしまったことが、回り回って小螺を救うことになったというところ。もし、霊珠が盗まれなければ、彼女は幼い頃に海の事故で亡くなってそれっきりだったはずですから。

仇の子孫でありながら、なぜか彼女と恋に墜ちてしまう呉居藍。それは写真にあった150年前か、あるいは玉を受け取った唐代の昔か、ともあれ彼の遠い過去の出来事と関係があるらしい、という点は第1部ではほのめかされたままで終わります。この段階では、過去に愛する女性を守り切れずに失い、そのことを後悔し続けていた呉居藍は、小螺を救うことでようやくその責め苦を手放すことができたわけで、まさに禍福はあざなえる縄の如しを地で行く展開と言えましょう。

ってことで、当然、あの茫洋とした、でもとても美しい大結局には続きがあるということなんでしょうけど、
それにしたって、なにが悲しくて大結局から観なくちゃいけないのか、ホント、実験器具から屋根から水槽まで超音波で破壊しそうになったんですけど! いくらなんでも酷くないですか??!!

確かに、大体の中華ドラマって、オープニングとエンディングの場面をよーーーーく観察すると、どこかに結末のネタバレがあるんですよね。

だけど。

だからといって、予告編の後半全部が大結局って、酷すぎる!!!

いくらなんでもこれはナシでしょう…。しかも、本編の80%以上を占める、主役2人の癒し系なシーンはほとんど出てこないし。この予告編が中国で放映されたものだったら、わざわざ日本放送用に変更する訳にもいかないのかも知れませんけどね。

ここで怒ってどうするなんだけど、何だかなーー。後でこれが結末だったと知って、驚いて欲しいのか、ホントに意味不明。今後はこういうの勘弁してもらいたいです…((ノД`)・゜・。シクシクシクシク、あっ真珠が…ひでぶッツ)

ネタバレとか言って愚痴っただけでスミマセン。お話同様、この悲しみの持って行き場に困ってるので、早く第二部を放映してください(今度はステキな予告編期待しています...)

posted by 銀の匙 at 12:04| Comment(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月31日

蘭陵王(テレビドラマ31/走馬看花編 第19話)

皆様、ご無沙汰しておりました。

インフルエンザやノロウィルスなど冬の定番が猛威を振るうなか、お変わりなくお過ごしでしょうか。どうぞくれぐれもご自愛くださいませ。

さて、残すところわずかということで今年を振り返ってみると、一番の番狂わせだったのは、米国大統領選挙ではないでしょうか。

まさかの“川普”(Chuangpu=トランプ)大統領誕生!

ホント、お金の使い道に困ってる人は羨ましいですこと、負けると分かってる大統領選に出馬して楽しむために大金はたくって、そうそう出来ることじゃないざます、庶民の想像力を超えるSF的セレブ樣ざんすね...などと思っていた視聴者(←他人事だと思って傍観)が浅はかでございました。

アメリカ国民も、何考えてんだかな〜と失礼な感想を抱きつつも、でもまあ、これはこれでアメリカらしい選択なのかも知れません。

1つの党がもう8年も政権を担当してるんだし、いい加減替えどきかも、と思ったか。

少数弱者ばかり贔屓するなんてズルい、オレたちも大変なんだぜ、と一般庶民が思ったか。

ビョーキなんて自己責任じゃねえか、てめーの失敗はてめーで落とし前つけろよ、なんでオレの稼いだ大事な金を貧乏人の医療費に使われなきゃなんねえんだよ、と思ったか。

etc.etcのセコイ理由はいろいろ考えつくけど、なんだかんだ言って、政治屋や役人どもがコソコソ何でも決めてしまうのが気に食わねえ、いっちょ素人代表にやらせてみようじゃねえか、って辺りも大きかったのではないでしょうか(こういう話題だとどうしても長屋のご隠居みたいな口調になっちゃう)。

さすがはアメリカ樣! ザッツ・フロンティア・スピリッツ!

そんなに政府が信用ならないんでしょうか。元々、開拓者精神で、あまり国に介入してほしくないという主義の人たちも多いとは聞いていますが、それにしても大胆っつーか、勇気ありますねぇ...でも日本では真似しないで欲しい。こちとら開拓者精神皆無なんで。

しかしアメリカにだって私のような小心者も少なくないのか、真剣にカナダに移民しようと思ってる人とか、やっぱり居るらしいですね。

そういえば、イギリスのEU離脱のときに、冗談じゃねえや、オレは海賊王に…いやさ、アイルランド人になる!ってパスポートを申請した人もいるみたい。

国破れても山河はあるけど、国民がいなくなったら貴族さまも食いっぱぐれてしまいますよ。ましてや、兵隊の数が国の存亡を握っている、戦乱の時代にあってはね…。

ということで、行ってみましょう、第19話
なお、前回の第18話→こちら から、第1話は→こちらから、蘭陵王関係のエントリーを最初からご覧になりたい方は→史実編 または→蘭陵王のカテゴリー からご覧ください。

*
紆余曲折というか右往左往したものの、蘭陵王〈らんりょうおう/Lanling Wang〉=高長恭〈こう ちょうきょう/Gao Changgong〉=四爺〈スーイエ/Si Ye〉と天女・楊雪舞〈よう せつぶ/Yang Xuewu〉は晴れて婚礼を執り行うこととなりました。

しかし、セレブ婚にはしきたりが付き物。細かい儀礼を押し付けられ、安眠もままならない雪舞の様子を見かねて、蘭陵王は彼女を、邙山〈ぼうざん〉の戦いの後で過ごした、長安郊外の家へと連れ出します。

お互いを阿土〈あと/A Tu〉、冰児〈ひょうじ/Bing Er〉と呼んで、のんびり暮らしているかに見える二人ですが、蘭陵王は民の心が高家から離れていることに、密かに心を痛めていました...。




さて、前回から引き続き、蘭陵王が昔お母さまと暮らしていた旧居の庭先。

画面からだと季節がよく分かりません。北中国で花が咲いてるってことは、5月から11月の間のはずだけど…。

軒先に吊るしてある赤いものは、唐辛子でしょうか。

おや、その先には女子力の高い武将が火を起こしてます。
こんなところでキャンプファイヤー!! のわけないですよね。
台所が家の外にあるんだ...冬どうするんだろ。

よく北海道の友達から聞かされる、雪国あるあるの1つに、その辺に車を止めて年末旅行に行って、帰ってみたら屋根まで埋まっちゃっててどこにあるか分かんなくなった、というのがございます。

で、どうすんの車?と聞いたら、そりゃ来春までサヨウナラ〜♪ ってあんた、関東者だと思って担いでるでしょ?!

とつい先日までは思っておりましたが、札幌大雪3日間雑魚寝のニュースを見たら、すっかり考えを改めました。ネタかと思っててごめんね。

ってことで、この地方は大雪降ったら来春まで台所よサヨウナラ〜♪なのかなぁ、と思ってるところへ、奥さんがお買い物から帰ってきます。包みを開けた四爺は、傍目にもガッカリしている様子。どうやらサツマイモはあまりお好きじゃないらしい。

ってあなた、今は阿土でしょうに。贅沢言ってる場合か?

ちなみに、日本の標準語では「サツマイモ」って言いますが、漢字で書くと薩摩芋。中南米原産の植物が、中国経由で入ってきたそうです。昔は都内の小学校なんかだと、サツマイモを栽培して江戸の飢饉を救った大岡越前と青木昆陽〈あおきこんよう〉の話とか聞かされたもんです。

中国語では“蕃薯”。中国にもともとあったものではないということが、字面からも分かります。伝わったのは明代・16世紀頃らしい。

ってことで、サツマイモ的な何かに見えますが、きっと別のものなんでしょう。ああ、よかった、これで楽屋に焼イモの差し入れができますね、皆様。

差し入れと言えば、第14話で差し入れしてもらってましたが、四爺はローストチキンがお好きなんですね...。

好物にパクつく軍神を天女が追究します。

“還不從實招來”
(まだしらを切るつもり?)
“你不是說過 夫妻同心 其利斷金嗎”
(言ったじゃない、夫婦が心を合わせれば、金属さえ切れるほどの力になるって)

“其利斷金”はとても古い言い回しで、《易経》にすでにある言葉だとか。元々は、夫婦に限らず、二人で力を合わせれば金物も切断できる、という言い方だったようで、だからこそ、ピンで何でも切ってしまう、十三代目石川五右衛門の凄さが分かろうというものです。

そうです、四爺は、斬鉄剣の使い手だったわけではなく(またつまらぬギャグを言ってしまった)、税金が重すぎて民が周に移住しようとしているのを見て悩んでたんですね。

そんな自分を支えようとしてくれる雪舞に、芝居がかった口調で四爺は言います。

“得妻如此 本王 本阿土夫復何求啊”
(かくの如き妻を得て 王たる者…いや、阿土たる者また何を求めんや)

もちろん、これは雪舞を心配させまいとして言っているのですが、この2人はこの後もずっと、ついに最終回に至るまで、この調子でお互いの心配事を相手に隠しがちなんですね。

もちろん、思いやりの気持ちから出ていることなんでしょうけど、その作戦はどうも裏目に出やすいみたいですね...。

雪舞も冗談めかした言い方ながら、

“嫁雞隨雞 嫁王也就只能當王妃了”
(ニワトリに嫁げばニワトリに従い、王に嫁げば王妃になるしかないわ)

と、四爺に言います。

このセリフ、蘭陵王カテゴリーの最初の方でもご紹介したことがありますが、元々は、「ニワトリに嫁げばニワトリに、イヌに嫁げばイヌに従うしかない」という慣用句です。王妃ってイヌ並みなのか(いえ、イヌに嫁げば、ですからつまり、誰かさんがイn…

( -_-)=○()゜O゜) ひでぶッ

そして、さんざん悩まされた宮中のしきたりについても、

“我統統都不怕 叫他們放馬過來吧”
(全然怖くないわ 全力でかかってらっしゃい)
と言います。

日本語で「かかって来い!」っていうと、人が向かってくるイメージですが、中国語だと馬を放すんですね。

…ちと、イヤかも。

ベン・ハーに乱入しかねないほど気合が入った雪舞を見て、四爺は慌てて言います。

“别 千万别变”

そのままがいい、決して変わらないで、とは誰しも思うことでしょうが、残念ながらそうは行かないのが世の習い。
さもなきゃ週刊文○がこんなに儲かったりしませんって。

幸か不幸か斉のパパラッチからの追跡の目は逃れているらしいセレブの四爺は、毎年ここに来て、阿土 冰児として暮らそう、などとお気楽なことを言っております。

そういや、中国語でパパラッチのことを“狗仔隊”(イヌ軍団)と言うんでした。おほほ。イヌ将軍にふさわしい追っかけですこと。

でもなんでイヌなんだろ?とちょっと疑問に思ったのでBaidu先生に聞いてみたところ、ちゃんと本家のパパラッチと関係あるらしい。

元々はフェリーニの1958年の映画『甘い生活』の登場人物の名前から来た言葉で、そういう人を香港では省略して「パピー」(子犬)と呼んでたらしい。プラス、獲物を追い回すイヌのイメージもあって出来た訳語だそうです。

たとえパパラッチに追いかけられようと、新婚のお二人には「甘い生活」でしょうね、お幸せに…。

と思う間もなく、すぐ次のシーンは、夜の冷たい土に触れる剝き出しの足。作業現場から逃げ出そうとしていた鄭児が捕まって、罰を受けているところ。

この後は、寺院建立の過酷な労働や官奴同士の騙し合いなど、凄惨な場面が続きます。

そしてそれが終わるとすぐ、蘭陵王府の幸せな婚礼の準備の場面。
その玄関先に倒れて、お屋敷に担ぎ込まれて介抱される鄭児…。

甘いものと辛いものを交互に出されるとついパクパク量を越してしまいますが、それにしても、なんでこう、鄭児ときたらせっかくのいいところに水を差すように現れるんだろ、邪魔よ…って思いますよね、ふつう。

もちろん、そう思わせるためにやってるんだろうけど。

あ、ちょっと先を急ぎすぎちゃいましたが、婚礼の準備をしながら、四爺に、礼部の官女を妾として娶っとけ、と厳命された五爺が(違いましたっけ?)、だいたいの女は娶っておいたが、どうしても落ちないのがいた...じゃなくて、どうしても省略できないしきたりがある、と言いだします。

“新娘來到青廬外 要由新娘的娘家這邊 最年長的長輩牽她而入”
(花嫁が入り口まできたら、花嫁の親族の中で最年長の者が手を引いて中に入らなければならない)

だけど義姉上は鄴〈ぎょう〉の都に一人の親族もいないから、と困り顔。

前回の婚礼(?)の時、ちょっとご紹介しましたが(→第4話 こちら )、これはとても古いしきたりのようで、日本でもこの習俗をまだ残している地方があります。

それから、五爺のセリフにある“青廬”というのは、漢代から唐のころまで、北中国の婚礼のときにしつらえられた黒いテントのことです。

中国語では“青”が「黒」を指すことがある、というのは第12話(→こちら)のとき、お話ししましたね。

今の中国では婚礼の色がのため、史実通りの飾りつけだと視聴者がピンと来ないと思ったのか、このドラマでは黒のテントは出てきません。

蘭陵王の時代は中国の南北で婚礼のしきたりもかなり異なっていたようで、花嫁が扇で顔を隠す“卻扇”は実は南朝の習慣です。

婚礼の衣装の方は、何色だったのかはちょっとはっきりしません。

とにかく、ではなかったんじゃないかと思いますが、この花嫁と来たら遊びほうけていてお屋敷に帰ってくるのもギリギリだし、いまさら違う色って言われてもサイズ直すだけで手いっぱいなんですよ! ルパンじゃあるまいし婚礼衣装の仮縫いしてるときクラリスを連れ出さないでくださいっ!

と、怒っている小翠がとってもキュートですね。

そんな華やかな場面も一転、お屋敷に担ぎ込まれた鄭児が目を覚まし、四爺や雪舞たちの前で、例の香袋の件(→第13話 こちら)について、膝立ちになって許しを乞います。

鄭児は香袋について、

“他告訴我 那香囊 可以保佑四爺一家安康的”
(祖珽は私に この香り袋は四爺ご一家のご清栄をお祈りするものと言いました)
と釈明していますが…。

おや...? 祖珽はそんなこと言ってましたっけ?

それを聞いてる韓暁冬の、超イラついてるッツって感じの小芝居がちょっと見ものです。

そんな視線をものともせず、鄭児の様子がだんだんエスカレートして、ついにぶっとい樹(あ、すみません。ちょっと言葉が良くないですね。恰幅の良い樹、でしょうか)に止まったセミみたいな態勢になったのを小翠が見かねてか、明日は婚礼なんだから皆休まないと、と宣言します。

せっかくの祝賀ムードに暗雲が垂れ込める一方で、婚礼のことを初めて知った鄭児は泣き崩れます。

彼女は言います。

“他怎麼能夠成親呢”
(あの人は どうして妻を娶ったりできるの)

…って、考えてみればおかしなセリフですよね。

でも、このセリフには対になってるセリフがあったのですが…。
それを思い出すまもなく、鄭児は言います。

“四爺 此刻坐在您身邊 準備大婚的 本該是我呀
我才應該是你的良配
我才應該是這棟王府的王妃啊”

(四爺、いまあなたの隣に座って婚礼の準備をしているのは、私のはず。私こそあなたの伴侶にふさわしい。私こそがこの蘭陵王府の王妃なのよ)

おいおい、ちょっと待て! 一体何を根拠に…とテレビの前の視聴者は例外なく思ってるはずですが、いや、みんな落ち着け!!

まず、鄭児は基本的に、楊雪舞に騙されたと思ってるんですね。

自分は正々堂々、お妃選びに参加した。確かに皇后の後ろ盾はあるかも知れませんが、出されたお題はきちんとこなしたし、香袋の一件を除いては、何もやましいことはしていない(と、鄭児的には認識していることでしょう)。

翻って楊雪舞は、「四爺をお願い」というようなことをわざわざ言い、油断させておいて抜け駆けした…。

だったら自分も遠慮しない、そう思うのは理の当然です。

そしてここで、思い出す人は、ハタと思い出す。

思い出すって、何を…?

しかし、今は楊雪舞の生涯最良の日、その辺のダークなことは今回の記事の最後で考えることにして、まずは花嫁の様子を見に行きましょう。

小翠マジックで美しい花嫁になった楊雪舞は、今やおなじみの“卻扇”を渡されます。これで顔を隠していないと、

“一輩子被四爺管得牢牢的”
(一生、四爺に束縛されますよ)

と忠告される雪舞。てっきりキリスト教式のヴェールみたいなものなのかと思っていたら、違うのですね。
でも、ってことは、この時代、“卻扇”さえしとけば女性もゲス放題だったのかしら? そんなことないと思うんだけど…。

どっちでもいいゴシップ記事に気を取られていたせいか(違います)、いよいよ吉時が到来して出発というところになって、小翠が付き添い人の事を思い出します。こちらの方は束縛どころではなく、それがないと、

“這婚姻不幸福的”
(不幸な結婚生活になります)

って小翠、間に合いそうもないこのタイミングで宣言するのってどうよ? と思うけど、雪舞はしっかりと答えます。

“不會的 小翠 從此以後 我會把四爺的平安 還有百姓們過的好不好 放在我個人的幸福前面”
(そんなことはないわ 小翠。これから先、四爺の「平安」と、民がよい暮らしを送れることが、自分の幸せより大事なの)

う〜む、やっぱり「平安」が…いえいえ、ホントにそうなら良かったんだけど…。

一方、花嫁の苦悩を知ってか知らずか、到着を待つ花婿の方はニコニコ嬉しそうです。

荒地の魔女みたいな毛皮の襟巻をして、黒い婚礼衣装を着た四爺は、このままシャンソンくらい歌いだしそうな雰囲気ですが、それをぶち壊すかのように、五爺が、二度めだから慣れたもんだよなあ、てなことを言います。

ここの“一回生二回熟”(1回目は未熟だけど 2回目からはベテランの域)というのは、第10話(→こちら)でも五爺が言ってましたね。

そこへ、招待客の斛律〈こくりつ〉将軍と段太師が婚礼の贈り物をします。

斛律将軍の贈り物は宿鉄刀。
段太師の贈り物は諸葛武侯(諸葛孔明)の二十四篇。

文武に長けた人にふさわしい贈り物ですね。
しかし、二人はやはり五爺と同様、雪舞の付き添い人について心配しています。

当の雪舞はさらに動揺しているのですが、そこへ現れたのが我らが皇太后さま。

四爺の頼みで、雪舞を養女、すなわち皇女として嫁がせることにしたと言います。

“你看 我這個孫兒當丈夫 夠貼心吧”
(どう、私の孫は夫として十分思いやりがあろう?)

確かにその通りですが、その四爺だって、ホームでのお式なのに、親族は五爺とおばあさましか出席してないんじゃ…? 

実質上、天涯孤独な者同士、やはりお似合いのカップルと言うべきでしょうか。

そんなお似合いの二人を前に、かなりの上座に立っている暁冬の切ない表情がグッと来ますね。

そしていよいよ花嫁が花婿と向かい合うと、幕の後ろに用意された絵が披露されます。

非常に再現度高い絵ですが、いったい誰が描いたんでしょう…?

四爺の実のお兄様(二爺)、広寧王・高孝珩〈こう こうこう〉は絵が上手く、本物そっくりの鷹の絵を描いたりしていたそうなので、お願いしたのかな?

でも、絵が上手い人ほど見てないものは描かないから、これはやはり多芸な大将軍自らが絵筆を執られたんでしょうね。さもなきゃ、お兄様に「小弟が禁衛軍に化けたところ、未来の妻に覗き魔と間違われて叱られました」等々、縷々説明しないといけなくて辛すぎる。 

そうしてみると、各幅、四爺ならではの観察眼の鋭さが伺われます。
最後の一幅、おかず3品に先にお箸をつけてるのは雪舞ですね。

奥さんになっても四爺にお料理させてるのね。

ちなみに中国ではお箸の遠い方を持つと遠いところにお嫁にいく、といわれております。この絵を見ると当たってるのかも。アンニュイな視線を飛ばしている子供は、髪型からして坊んですな。

中国で男子が尊ばれることは日本の比じゃないので、誰もがお世継ぎ(=坊ん)を待ち望んでいることを表しております。

ここで雪舞は感涙にむせんでいるのですが、それを見る新郎の嬉しそうなこと、たいていは緊張してるのが普通だから、ここまで喜んでる花婿も珍しい。

やっぱり五爺の言う通り、“一回生 二回熟”ってことで…とか言ったら殴られそうですが、普通、結婚式といえば女子の夢だと思うんだけど、付き合わされる男子の方はどう思っているのか、それがよく分かるVがございますので、早速ご覧いただきましょう。

2014年9月17日の《大牌駕到》です。
(http://v.qq.com/x/cover/wdynmjl08dxqlei/t00150h7tt0.html)

司会はこの時期、まだ華少さんでした。懐かしい!

トークは出身地の話題から入っています。

司=司会者(華少)
馮=馮紹峰(ウィリアム・フォン)

:まずは上海人ってトピックから行きましょうか。
 上海の男性というと、いろいろ評判良いですよね。
 たとえば、気遣いが細やかだとか 
 料理するのが好きだとか、
 奥さんを大事にするとか、お金にきちんとしてるとか、
 そういうところってあります?

:残念ながら、上海人が備えてる長所の多くが僕にはないです。
 たとえば、先ほどおっしゃった料理ですけど、僕は台所に立つのがすごく嫌いなんです。
 それから、上海人は割合、良い意味のこだわりがあるんですけど、僕はそのへん、大まかで。
:あなたはファッションにこだわりがあるタイプの男性じゃないんですか。
:身なりは本当にいい加減です。
 凝った時期もありましたよ。その頃はちょっと外出するのも大変でした。何を着ようか考えこんじゃって。どんなコーディネートにしようかなとか。
 でも仕事を始めると、衣装とかメイクだとかそんなことばかりでだんだん飽きてきてしまって、普段は見てくれに特別気を遣うようなことはしなくなってしまいました。今は特に何も考えずに、適当に手に取った服を着てそのまま出かける感じです。
:あなたはせっかちな方なんですか。
:そうですね、割とそうです。
  思い立ったらすぐやろうとします。
  先延ばしにするのは嫌ですね。
:怒りっぽいですか。
:ここ数年、だいぶましになりました。
  もっと若いときはすぐに腹を立ててました。
:そうなんですね。
:(ニコニコして)ええ。



なになになに…? 

ずいぶんサラッと話が進んでますけど、この人料理が出来ないの??

何せ中国は基本、共働きですから、家事のできない男性なんか伴侶として問題外です。

まあ、お金持ちなら家事は外注でしょうが、最初の頃にお話しましたけど、皆様、中国のイケメンの条件、覚えていらっしゃいますか。

「料理ができる」はマストでしたよね。



じゃ、まさか、この方は中国ではイケメンにカウントされないのでは?

しかも、すぐに激おこ?

それはちょっと、どうなの…?

…………えっと、とりあえず、気を取り直して先に行ってみましょう。



(5:08ごろから)
:上海ではバイクに乗りますよ。メカっぽいものが好きなので。BMWとか、ドュカッティとか。



そんなこと言って彼は現住所の北京でもバイクに乗ってたらしく、自虐というか自慢というかな写真記事をブログにアップしたところ、それを見た天津交通警察に、バイクに乗るときは所定の位置にプレートを掲げてくださいと叱られた上、罰金プラス点数引かれて免停になり、カワイソーに、投稿者に「馮おじさん、カッコつけたいなら交通ルールに気をつけましょう」とコメントされていました・笑。

所属事務所からは、登録もあり、プレートも免許もちゃんとしてますとコメントが出ていましたが、結局何だったんでしょうかね? ネタ?



:地獄猫(ヘルキャット)はどうですか。最高時速が260とか280とかのやつ。
:バイクですけど、あまり飛ばすのはお勧めしません。
:そうですか。事故ったことあります?
:すごく前ですが、あります。実は、そんなに飛ばしてた訳じゃないんですけど、たぶん路面が滑りやすかったか、何か思いがけないことがあって転倒したんですよ。そのまま車の下に滑りこんでしまったんです。
:そりゃツイてましたね。
:運がツイてたかどうかは知りませんけど、ナニはツイてるんで。
(いきなりの下ネタに苦笑する司会者&お客さん)

  *

この後、彼はとうとうとメカ愛を語ります。
時計、バイク、カメラ、オーディオ…金喰い虫な趣味のオンパレード(笑)

料理ができなくてキレやすくて下ネタな上に金使いが荒いわけですか。

ダメだこりゃ…。

  *

:カメラは何台持ってるんですか?
:そんな何台もじゃないですよ。
:またまた。そんなことありえないでしょ。
:いま使ってるのは、韓寒(『いつか、また』(《後会無期》の監督)がプレゼントしてくれた「微単」です。
:ああ、「微単」。



「微単」というのは、ソニーが中国向けに発売した、ミラーレスのデジタル一眼レフのことです。



:僕が腕を骨折したときあったでしょう。その骨折したときに、彼はどうもやましさを埋め合わせるためにくれたらしいんです。実際には彼には全く関係なかったですけど、それでカメラをくれた。
 それでね、カメラ本体は高いものじゃないんですけどね、自分で別売りのレンズを買ったらそれが高かった。(テロップ:大損しちゃった)
:大体推測がつきますよね。彼は本体だけくれたんでしょ。
:そうです。使い勝手はいいですよ。(テロップ:気を使いますねぇ〜(有苦难言))



少し飛ばして、番組の終わりの方の関連の話題を見てみましょう。
これは、視聴者からの質問に答えるコーナー。23:42からです。

質問は「高級車が好きだそうですね。仕事を始めたばかりで、もうスゴイ車に乗ってたとか、ホントですか」



:いま言えるのは…やっぱり見せびらかすのはよくないな、ってことです。(笑)
:(笑)バレてますかね。
:つまり僕に言えるのは…ただ車が好きってことだけです。(テロップ:しどろもどろ)
  とにかくメカが好きなんですよ。車に限りません。
:いま車何台持ってるのか聞いてもいいですか。
:2台です。
:2台ね。高いんでしょ?
:まあまあですね。(テロップ 自信満々 (底气十足))
:まあまあね。
:思うに、車をたくさん持ってるのって、意味ないですね。
  価値は下がっていくし、運転する暇もないし。
  置いておくだけって本当にもったいないです。車に申し訳ない。

 *

さて、ちょいと戻って、別の話題をみてみましょう。

《黄金時代》でウィリアム・フォンが演じた蕭軍(シャオ・ジュン/Xiao Jun:実在の作家で、映画の主人公・蕭紅の夫だった)の恋愛観についての話題から、ウィリアム自身の恋愛の話に移っています。当時彼は、女優のニーニー(倪妮)と結婚間近だと公表していました。司会者から、ふつうは隠すんじゃないんですかと聞かれて、こそこそ付き合うのは嫌だった、と答えています。

 * 

15:00ごろから
:この映画の恋愛はご自身の恋愛観に影響を及ぼすと思いますか?
:彼の間違いのいくつかは参考になりますけどね。僕は役柄と自分自身とは、はっきり分けているので。
 例えば、蕭軍は、熱しやすく気ままだった。それは僕自身の恋愛観とは全く違います。
:そこが興味深いんですけど、じゃ、あなたの恋愛観ってどんな風なんですか。
:彼の当時の心境とはもちろん違います。なぜって僕にはとても落ち着いた関係の相手がいるわけですし、全然別物ですよ。
 ときどき摩擦があったり、いろいろな出来事はありますけど、
:そりゃ、当然ですよね。
:それは乗り越えられるものです。
(中略)
:あなたは今年、もう36歳ですよね。
:ふつうは数えでいうんだとすると、37です。
:じゃ、アラフォーってことですね。それはいいことですよ。男性にとって、成熟するということは偉大なことです。
 結婚については心構えがあるんでしょうか。
:先日、友達の結婚式に出たんですけど、とても感動しました。
:では、自分でもそんな式を挙げたいと希望してるでしょう。
:それはやはりセレモニーは必要だと思います。
 人生の中では大事な部分だから、ないと何かが欠けているような…(と、なぜか非常にアンニュイな表情で語るウィリアム)
 それに皆お互いをもっと大切に思うし、見守ってもらえるわけだし、と思うんです。  
:焦ってます?
:そりゃ、両親は見たがってますよ。僕はきっといつか、自分にもそんなときが来て、同じようにそんな幸せな気持ちをお裾分けできるんじゃないかと信じているんです。



女性は、結婚式を自分をお披露目するため(?)にする、というケースもよく見聞きしますけど、男性は、周りの人のため、特に両親のために式をするという人も多いですね。

なので、昔のお式では、花婿・花嫁がまず天地に向かって、それから両親、そしてお互いに三度、礼をする、というのが結婚式のメインのセレモニーでした。

しかし、そんなしきたりに拘らない四爺と雪舞は、“卻扇”も礼拝もすっ飛ばしてしまいます。しかも二人とも、この場に両親がいないですし。

そこで五爺が気を利かせて、“夫妻對拜”(新郎新婦が互いに礼をする)をやったら?と声を掛けるんですね。

その場は和やかムードで式が進んでいますが、皆がみんな好意的に見ているとは限りません。少なくとも、祝宴に招かれなかった鄭児は、こんなことを言っています。

“既沒有高堂 又不懂拜天地 連卻扇都不用
楊雪舞 你放心 
我與四爺的婚禮絕對不會如此輕率的”

(両親もいなければ天地への礼も知らない
“卻扇”さえしない式だなんて
楊雪舞よ どうぞ安心してちょうだい
私と四爺のときは こんないい加減な婚礼はしないから)


なんかだんだん鄭児が怖くなってくるんですけど、事件になるようなストーカーの思考回路ってこんな感じなのでしょうか…?

もちろん、ストーカーは許されることじゃないですが、じゃ鄭児は雪舞から四爺を略奪しようとしてるのか、と言われれば、そこは微妙ですよね。

よく考えてみれば雪舞は、蘭陵王とは結ばれる運命ではない、と自分で言ってたんですから。

雪舞が運命に打ち克ち、やっと蘭陵王と結ばれるということは、当然そこから弾かれてしまう人がいるということ。

鄭児自身は知りようもないことですけど、おばあさまの占いによれば、蘭陵王が生涯愛するのは鄭氏の女性ただ一人。それは運命によって決められていることなのです。史実でもそうだし、この物語の中でもそのはずだった。楊雪舞はそれを変えてしまったわけです。

彼女は途中まで、お妃になる人は鄭氏なのだから、自分は身を引くとずっと公言していました。その通りなら、きっと鄭児が正妃になっていたことでしょう。

鄭児自身は運命の定めたまま、蘭陵王と知り合い、その伴侶となるルートを変えていないだけなのです。なぜこれほどまで彼に執着するのかも分からないまま…。

彼女は、いわばJR東海のようなもので、決まったレールから外れれば転覆脱線するしかない。スバル・楊雪舞・インプレッサのように、人の運命に突っ込んでも助かるような特技は持っていないんです。

楊雪舞は官奴になった鄭児を助けて欲しいというようなことを四爺に言ったり、この後も鄭児に対して強い態度が取れない。

皆、それは雪舞の優しさだと言うけれど、私は違うと思う。

略奪とは言いませんが、雪舞は占いの結果を知っているのですから、鄭児に対してどこかにやましい気持ちがあるはず。それが意識的にか無意識的にか、現れているのではないでしょうか。

脚本も、雪舞に手放しの幸福は与えません。

彼女自身は確かに当初の運命に操られることはなかった。でも、彼女の選択によって、別の人の運命が、その人が知らない、望まないうちに書き換えられてしまった。そして雪舞の方は、自分のしたことを知っている。

この先、彼女の行く手に常に影が差しているのは、このことと無関係ではないはずです。

そしてこの先どこまでが、変えたと思った運命の仕業なのか、それは雪舞の、そして鄭児はもちろん、預かり知らぬところなのです。

この回のラストの鄭児を見ると、私はいつも谷川俊太郎の「黄金の魚」という詩を思い出します。

しあわせは ふしあわせを やしないにして はなひらく

どんなよろこびの ふかいうみにも ひとつぶのなみだが
とけていないということはない

運命の仕業とはいえ、なんて悲しい人なのでしょうか…。



次回は、少し趣向を変えて、お話の中盤である20番台を概観する予定です。

予定よりちょっと暗い話で終わっちゃいましたけど、もしよろしければ、続きもどうぞお楽しみに。
それでは皆様、どうぞ良いお年をお迎えください!



posted by 銀の匙 at 02:48| Comment(14) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月18日

蘭陵王(テレビドラマ30/走馬看花編 第18話)

皆さま、こんにちは。

不肖わたくしは違いますが、世間様は楽しい夏休み。
帰省する方もいらっしゃれば、
旅行する方もいらっしゃるかも知れませんね。

どうせなら遠くに旅したいなあ、と思われた皆さま。
実は、日本にいながらにして、1400年前の北斉にトリップできる場所があるのですよ!

ってまたまた〜、レンタルDVD屋とかっていうのがオチなんでしょ?とお疑いを受けるのは、これまでの実績からして当然の報い(?)ではございますが、いえいえ、ちゃんとリアルなものです。

ひょっとしたら夏休みを利用して都内にいらっしゃる方もおられるかもと思い、急いでエントリーしました。なので、この記事はあとから内容を追記させていただくことがあるかと思いますが、とりあえず。

なお、私が知ってるのは東京のスポットだけですが、ちゃんと調べれば、日本で他にも北斉気分を体験できるところはあるのかも。

と、思わせぶりな前ふりから早速まいりましょう、第18話
なお、前回の第17話は→こちら から、蘭陵王関係のエントリーをご覧になりたい方は→史実編 または→蘭陵王のカテゴリー からご覧ください。

*

斉国の皇子・蘭陵王〈らんりょうおう/Lanling Wang〉=高長恭〈こう ちょうきょう/Gao Changgong〉=四爺〈スーイエ/Si Ye〉との婚儀を間近に控えながら、敵国・周の皇帝=宇文邕<うぶん よう/Yuwen Yong>=「余を仔ブタと呼んでも良い」陛下の、姪のやまいを治してほしいとの懇願にほだされ、周の宮廷に赴いた、天女・楊雪舞〈よう せつぶ/Yang Xuewu〉。

ミッションを無事果たしたうえ、宿敵であった宇文護を除くことにも貢献した天女に、宇文邕はますますメロメロです。

しかし、近衛兵に身をやつして密かに雪舞を見守っていた蘭陵王が、横取りを許すはずもなし。

国境近くまで2人を追ってきた宇文邕は引き際に、3年の間は斉を攻めないと約束し、停戦協定書を手渡します。

蘭陵王は「斉の民に代わって感謝する」と、それを受け取るのですが…


*

さて、爽やかに晴れました北斉の都・鄴〈ぎょう/Ye〉の朝。
時の皇帝・武成帝の御前で、四爺が停戦について報告しています。

古代、皇帝の御前での会議は、今みたいに午後いちでミーティング、って訳じゃなく、「朝議」という言葉がありますように、朝行われていました。

朝っていってもいろいろありますが、真面目な皇帝だと「日の出」に設定したため、都の端っこに住んでる大臣とかは参内するのに夜明け前から支度しなくちゃいけなかったらしい。

とはいえ、普通は「卯の刻〈うのこく〉」(朝6時くらい)に設定されていたらしく、出勤することを“応卯”といい、そのとき、ちゃんと出勤してるかどうか点呼を取るのを“点卯”といいました。

なので、今でも点呼や出勤時にタイムレコーダーを押すのを“点卯”といったりするそうです。

まさか6時出勤じゃないとは思いますけど…。

ってことで皆さん早起きして参集しておられる中、蘭陵王は宇文邕から預かった停戦協定を渡します。

皇帝はいちおう喜んでくれているのですが、でも普通、臣下が停戦協定なんかいきなり持ってきたら疑わない?

そもそも、毎朝“点卯”してるはずなのに、突然1か月無断欠勤したわけでしょう、弟の安徳王〈あんとくおう/Ande Wang〉=高延宗〈こう えんそう/Gao Yanzong〉=五爺〈ウーイエ/Wu Ye〉に託して説明はしたんでしょうけど、一体何て言い訳したのやら。

そんなの、本当の事を言えばいいじゃないか…とお思いでしょうが、王、王妃の身分で勝手によその国に滞在したり、あまつさえ、ディズニーランドに行ったりしたら、エライ人の逆鱗に触れるに決まっています。

しかも、この回にも出てきますが雪舞は婚礼を控えた身、親族の男性にだって接触してはいけないのですから…

そこへもってきて突然の停戦協定。使節として赴いたわけでもないし、ましてや皇帝でもないのに、蘭陵王に受け取る資格があるんだろうか…。

と、祖珽〈そ てい〉がこの場に居たら絶対ツッコんだと思うけど、誰も気が付かないのか華麗にスルーされているので仕方ありません。

皇帝はこのめでたい報せを御仏に感謝するため、寺院を建立しようと言い出します。

四爺が民の負担を思って難色を示すと、皇太子の高緯〈こう い/Gao Wei〉は「民の教化のため」「父君は頑固な頭痛を患っているが、仏寺を建立して軽快している」と言い出します。

ここで段紹〈だん しょう/〉太師が反対の理由として持ち出した、わが国では10人に1人が出家している、という話はあながち大げさでもなかったらしく、隣国・周でも同じ理由で困っていたようです。

史実の宇文邕もドラマ同様、神仏の祟りを恐れず「廃仏」を行いますが、おかげで後世の評判はさんざんで、「三武一宗の法難」なんて山○世界史の教科書にまで載っており、21世紀の日本の受験生からさえ、暗記の負担を増やしやがって…と呪われる始末です。

ちなみに「三武一宗」とは、中国史を通して仏教徒を迫害した4人の皇帝のことで、北魏の太武帝、北周の武帝、唐の武宗、後周の世宗のこと。

寺院を建立して今、民に恨まれるのが嫌か、
廃仏をして後々ワールドワイドにdisられるのが嫌か、
微妙なチョイスですね。

ともかく、この場は寺院建立を皇太子に任せることが決まり、蘭陵王には婚礼の祝いの品として、大玉圭〈けい〉一対が贈られます。

圭はオベリスクのような形をした平たい礼器で、それ自体になにか効能があるわけではありませんが、古くは伝説の帝・禹〈う〉が、治水で功績を挙げた功績により贈られたといわれる、由緒正しきお品です。一説には、長さを測る工具を象り、国を治める決まりを象徴しているとも言われます。

ご興味のある方はこちら↓の解説ビデオをご覧くださいませ。
http://v.youku.com/v_show/id_XMjk2MDEwMDg=.html

ということで、着々と婚儀の外堀が埋まっていくのですが、現代の庶民の結婚式さえ様々なしきたりが残ってるくらいですから、当時の婚礼の煩わしさは想像に難くありません。

蘭陵王のお屋敷には中央官庁から、儀式を司るお役目の官女たちが派遣されてきます。

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このお帽子がインパクトありますよね。少し形は違いますが、唐時代の俑(よう:土でできた人形)にも似たものがあります。

s-reibu.jpg

4人はシンクロナイズドスイミングのように隊列を崩さず、入口で馬を洗っている下女に取次を頼むと、相手は挨拶もせず、マナーが全然なってません。

当然、礼部の人間としてはムカついています。

“早耳聞 四王爺待下人 太過ェ厚”
(かねがね 第四皇子殿下が 下々の者にお優しすぎるとは聞いていた)

“府上規矩 日漸松散”
(お屋敷の規律は 日ごとに緩んでいるとね)

“今日一見 果然 就連一個小丫鬟都這麼無禮”
(今日来てみれば 噂通り 卑しい下女まで無礼千万)

“聽說 這天女王妃 也是個不守禮法之人”
(聞くところでは この天女の王妃さまも 礼儀をわきまえぬお方とか)

“你們還記得嗎 皇上首次召見她”
(覚えておいでか 陛下に初めて拝謁した折に)

“她竟然為了一介百姓 讓皇上苦候多時呢” 
(一介の民草のために 陛下を長いことお待たせしたお人)

“無論如何 我們身負皇命” 
(我らは陛下からのご命令に従い 何としてでも) 

“定要讓四王爺的大婚”
(第四皇子のご婚礼を)

“一切按照禮法祖制而行
(代々のしきたりに則って進めねばならぬ)

一介の民草のために、陛下をお待たせした...とは、第11話(→こちら)で周との戦いから凱旋した折、わらじを縫って欲しいと頼まれて雪舞が参内に遅刻した、あのエピソードですよね。

もう7話も前のこと、ホントいつまでもくどくどと…。

しかし、しきたりを大事にする人たちには前例がとても大事なので、記憶力もいいのかも知れませんよね(棒読み)。

強権発動する気まんまんで家令に取り次いでもらってみれば、さっきの無作法な小娘が王妃殿下とは。

宮女四人は地面に這いつくばってはいますが、内心どんな悪態をついているか、知れたもんじゃありません。
それでもさすが言葉遣いは、

“有眼無珠”
(目が節穴でございました)

と殊勝なことをおっしゃっておられます。

こんなに礼儀にうるさいくせに、エライ人の前で帽子も脱がないのは不思議なんですが、当時の中国では帽子(冠)を被ってることが身分の証であり、礼儀だったんですね。その辺はおフランスと違います。

そして、這いつくばったが最後“平身”(おもてを上げよ)と言わないと、そのまんまらしいです。いつまでも言わなかったらどうするんだろう…?

みたいな実験はさすがにやらない雪舞ですが、それをいいことに、礼部の皆さんは公務執行に熱心なご様子です。職務柄ではあるのでしょうが、いったいナゼ?

と思っていると、宮女たちはググッと近づき、雪舞の髪型を整えると提案します。そしてその理由は、

“梳結鬟式髮式”
(結いあげたおぐしは)

“透露出巍峨瞻望的高貴”
(仰ぎ見るべき高貴なご身分を表します)

はい、そうですね。
たかが数十年の王朝で「代々のしきたり」なんて片腹痛いわ! と思ってしまいますが、たかが数十年だから、余計マナーにうるさいのです。

例えば、ヴェルサイユ宮殿。

あなたが王妃さまだったとしましょう。

ちょっと喉が渇いたから、水を飲みたい。

と、思っても、そこらのメイドさんを呼んでコップを持ってこさせる、みたいなことは出来ません。

王妃の用事を直接聞く侍女→水を持ってくる給仕係→台所に行く係→台所で水を汲む係…

と、バケツリレー状態でようやく水が届きます。

着替えともなれば、下着を渡す係と衣装を渡す係がバラバラなうえに、その場に身分が高い人が居合わせれば、その人が王妃に下着を渡す役を務めなければなりません。

かくして着替えもバケツリレー状態で、冬にそんな目にあったマリー・アントワネットは凍え死にそうになったとか。

あまりにもバカバカしく感じたのでしょうか、彼女は宮殿の女主人になるや、これらのしきたりを廃止してしまいます。それが悲劇の引き金になるとも知らずに....。

一方、蘭陵王府のばらは、まだ人の言いつけを聞かなければならない身分。

礼部の宮女たちに、
“不能留下一點話柄“
(物笑いの種になるようなことは避けなければ)

四王爺のために、と言われちゃうと、従う以外ないですよね。

“禮部侍女 真是出了名的難纏呢”
(礼部の女官は名うての手ごわさだわい…)
と、家令の王さんもタメイキです。

一方こちらはお気楽な四爺五爺ご兄弟。

なんで馬車に乗らずに歩く、皆に注目されるのが好きなの?

と五爺に聞かれて四爺は、しばらく都に帰ってなかったから懐かしい的なこと言っていますけど、庶民の街をこんなタカラヅカみたいなカッコして歩いたら、物見高い人々に取り巻かれて前に進めるわけないと思うのは私だけでしょうか。

黒マスクで変装して21世紀の上海を歩いていたって、スター様はパパラッチに追い回されているというのに、1400年前の娯楽に飢えてる田舎町で皆が見て見ぬふりしてくれるなんて、あり得ないでしょう!

しかし、あの兄弟にかかわったらヤベっ!と思われているのかエキストラの教育が行き届いているのか、道行くギャラリーからむしろ避けられてるような雰囲気の中、四爺は、

“看看有什麼好玩的東西 賣給雪舞啊”
(何か面白いものを 雪舞に買ってあげようと思って)

と言います。
 五爺が、兄上はいつも未来の“四嫂”(四兄のヨメ)の事を思ってるんだな、
とからかうと、嬉しそうにするのが良いですね。

“其實我就喜歡你四艘 無拘無束的性格“
(私はお前の義姉上の 何にもとらわれない性格が好きなんだ)

“比那些講究繁文縟節的大家閨秀 強多了。”
(些細な建前ばかり気にする良家の令嬢なんかよりずっと良い)

答える五爺の言葉を借りれば、このドラマの力関係は、

尉遅迥〈うっち けい〉<宇文邕〈うぶんよう〉<雪舞(せつぶ)

ですが、最上級はどうやら、

<礼部の官女

だったみたいですね。

二人が息抜きから戻ると、お屋敷には早速彼女たちが待ち構えています。

その「すぐやる」ぶりに、もう来たのか!と驚く四爺。

“四王爺 五王爺 請安”
(第四皇子、第五皇子にはご機嫌うるわしく)

と、お作法に則った正式な挨拶を受けると五爺は、

“在府內 叫五爺就可以了”
(屋敷では五の若様でよい)

と返します。すると官女は

“祖法禮制不可輕廢 侍女不敢造次”
(古くからのしきたりを 私めが軽々しくやめることはできません) 

と言います。

つまり、これまで聞きなれていた“四爺”“五爺”というのは実は簡素な呼び方で、正式には“四王爺”“五王爺”と呼ばなければならかったということですね。

さすがに“王爺”は皇族にしか使えませんが、“四爺”“五爺”なら、大店の坊ちゃんなどにも使える呼び方です。

ばらは何て呼んでもばらの香りがするとは言うけどね...と思っていると、そこへ突然チェブラーシカ登場…

当然、お気楽兄弟には大受けしています。
アシナ皇后の髪型ほどじゃないですが、この時代の髪型はまさに凶器ですね。
s-髪型.jpgs-髪型1.5.jpgs-髪型2.jpgs-髪型4.jpgs-髪型6.jpgs-髪型7.jpgs-髪型8.jpg

全力でよけて〜っ!

ホント、妙な髪型ですが、実は日本でも当時のヘアスタイルの様子を知ることができます。
こちらの↓ 俑〈よう〉は、東京国立博物館所蔵の唐代のものですが、
s-IMG_7515.jpg

そっくりですよね。

これから毎日この髪型なんで、慣れてくださいって言われてもな…という顔をしている雪舞の手をひっぱって、サラメシならぬ王爺メシに移行する蘭陵王ですが…。

このちゃぶ台、ちょっと低くないですか?

セットの作り方間違えてるんじゃないかしら。

そうかと思うと、五爺はちょうどよさそうなんだけど…

よく見ると全員、ちゃぶ台から上の高さがバラバラ(笑)
きっと全員、座り方がバラバラなのに違いない。

なんか急に掘りごたつ式じゃない居酒屋に座らされちゃった外人招待客みたいな面持ちで、雪舞は食事時に後ろに誰か立ってるのって慣れないわ、とほっぺを膨らませています。

五爺は、
“金枝玉葉 王妃都是如此”
(高貴な王妃さまとはこういうものなのさ)
と相変わらずからかいモード。

《金枝玉葉》といえば、『君さえいれば/金枝玉葉』って、ベタなタイトルの香港映画がありましたよね。この映画では「至高の」という意味で、別に王族は出てこなかったと思うけど、香港では『ローマの休日』を《金枝玉葉》と訳しています。

さて、セレブリティな雪舞さまですが、危なっかしい手つきで青椒肉絲っぽいおかずに手を伸ばすと、「同じおかずに4回箸をつけてはなりません。」と官女の指導が入ります。

理由が「好みを知られると毒を盛られるから」

ってそんな、全部に毒入れられたらどうすんのよ。

仔ブタ陛下なんて、唯一のスープに毒を盛られたんだから、逃げようがないじゃないですか。

まったくこういうルールって...と呆れていると、さすが“上有政策、下有対策”(上に政策があれば、下には対抗策あり)のお国柄、皇子自ら、

s-18.jpg

“這是本王夾的。不違反祖制吧。”
(これは余が箸をつけたのだ。しきたりには反していまい)
ってそんなヘリクツ…。

と思ったら、引き続き、第6話の阿怪を彷彿とさせるおかずあげっこ合戦が始まってしまいます。
なんだか和気あいあいで楽しそうですよね。

やっぱり、煩い礼儀作法なんかやめた方が…と思ってしまいますが、本当にそれでいいのでしょうか。

ではここで、もう一度ご登場いただきましょう。
ベルサイユに咲く可憐なばら、マリー・アントワネット王妃様!

史実の彼女はわずか14歳で、母である女帝マリア・テレジアの君臨するオーストリアから、ルイ15世が君臨するフランスへ嫁いで来ます。

ヴェルサイユ宮殿では何をするにも事細かに作法が決まっており、当時皇太子妃だったマリーは辟易していたそうですが、彼女がとりわけ嫌ったのは、見物人の前で食事をするというしきたりだったと言います。

当時、地方から宮廷を訪れる人は、王や王家の人々の食事風景を見物するのが楽しみだったんだそうです。

旭山動物園じゃあるまいし、

もぐもぐタイムかよ!?

と、外国から来た皇太子妃は相当ムカついていたようで、夫のルイ16世が即位し王妃となるや、次々としきたりを取りやめてしまいます。

事細かに厳格に守られたこれらのしきたりは、当然、ブルボン王家に代々伝わる格式のあるマナーかと思われるでしょうが、実際にはその多くは、太陽王・ルイ14世の時代に定められたものでした。

そう、煩いマナーは、絶対王政の身分制度の厳格さを下々の者に思い知らせるために作られたのです。

つまり、礼部の宮女たちの言ってることはいちいちごもっとも。
さしたる能力もないくせに自分の絶対的な権威を認めさせたいのなら、しきたりの守り手であることを、常に誇示していなければならないのです。

さもないといつかは貴族や庶民にナメられ、断頭台に一直線です。

若者がついつい校則を破りたくなってしまうのも、校則を絶対破らせまいという人たちがいるのも、その延長線上なのかもしれません。

制服の裏に龍虎の刺繍をしてみたり、古代中国の衣装に肩モールつけてみたりのささやかな抵抗は、無意識のうちに相手の設定した権威に逆らおうという本能の表れなのでしょう。

さて。

ありがちな学園ドラマのラストシーンみたいに、手に手を取って、お屋敷を抜け出す二人。

でも残念ながら、ドラマはここでハッピーエンドって訳じゃない。

踏雪の迷惑も顧みず、(横幅が)大物な将軍と王妃は、2人乗りして街を出ていきます。

大向こうから“四爺!”と声がかかると、ファンの声援かしらと思い込む、このバカップルを何とかしてください、

楽しそうな2人のドライブに声を上げたのは…

蘭陵王を陥れる計画に利用された、元皇后の元侍女、鄭児〈てい じ/Zhen Er〉。

官奴として彼女が働かされていたのは、皇太子が差配する寺院の建築現場。

このシーンを観て、つい、おおっ! と声が出てしまいましたが、この第18話の最初のシーンで皇帝が「寺院を建立する」と言ったとき、私は唐招提寺みたいな木造の建物を作るんだとばかり思っておりました。

そうそう、この時代に作られていたのは、石窟寺院なんですよね。

特に北魏の時代から、北斉になっても延々と作られていた「龍門石窟」は現在世界遺産に登録されているほどです。

当時これを造らされた人から見れば、貴重な財産と労力を費やしてこんなもの、バッカじゃね?と思うのは当然ですが、結局何百年かの後に、子孫に観光資源を与えてくれるのもこういう無駄遣いな訳で、どうせやるならとことんやった方がいいんじゃないかな...? と、現在進行中の壮大な無駄遣いを負担しなければならない都民の端くれとしては、北斉の皆さまの胸中お察し申し上げますでございます。

石窟寺院には壁画や彫刻が収められており、中国の彫刻芸術の頂点にあったのは、南北朝時代と言われています。なんせ需要がありますもんね。

東京では、雪舞のヘアスタイルのフィギュアをみることができる、上野の東京国立博物館(東博)や、青山の根津美術館に、北斉時代の彫刻が展示されており、間近に見ることができます。

こちらは東博の菩薩立像。

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説明書きを読むと…
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なんと北斉の文宣帝のために造られた像です。

お次はファッションの街・表参道駅から歩いて10分ほどの、根津美術館。エントランスに飾られておりますのは、

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北斉の塑像の数々。

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ってことで、博物館に行けば今でも簡単に北斉の人に会うことができるのです!

しかも、世界史の教科書で、ガンダーラ仏の写真などをご覧になった方はご記憶かと思うのですが、彫られているものは仏さまとはいえ、モデルはやっぱり現地住民でしょうから、顔つきが土地土地で違います。

「鎌倉や 御仏なれど 釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな」

と与謝野晶子さんも詠んでいますように、仏さまによっては、現地の人の理想のタイプが反映されたお顔立ちのものもあるはず。

南北朝の歴史について書かれたこちらの本の表紙↓ もそうした彫刻の1つなんでしょうけど、「蘭陵王」ってこんな顔だちだったんじゃないかな…と私は密かに考えております

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『図説中国文明史5 魏晋南北朝』(創元社)より

今、この表紙の塑像に似てるタイプの人っていえば、例えば、北方男子代表の井柏然〈ジン ボーラン/Jin Boran〉とか…。
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彼が今、ウィリアム・フォンが別れたニーニーさんのステディだということなので、そこにも何となくご縁を感じる...

いえいえ、そんなゴシップ、どうでもよいのですが、この時点で仲良しも頂点の軍神と天女は、第9話で登場した蘭陵王の幼少期の家で、おままごとのような生活を始めます。

“從現在起 我不是爺 也不是蘭陵王”
(いまから、私は皇子でもないし、蘭陵王でもない)

“妳呢,也不是天女 也不是王妃”
(君も天女でも 王妃でもない)

そういう蘭陵王をからかって、雪舞は言います。

“看你這麼一副氣宇軒昂 炯炯有神的樣子”
(気品があって堂々としていて、目力のある立派な風采だから…)

“我就叫你 阿土”
(あなたのことは、「阿土」って呼ぶわね)

ここ、笑うとこですから!

“阿〜”っていうのは、親しみを込めて相手の名前につける言葉で、日本でいえば「おしん」の「お」にあたります。

で、「おしん」とかと同じく、“小〜”“老〜”なんかに比べると、やっぱりちょっとダサい雰囲気。

それでもって、“土”とは、田舎くさい、ということ。

“土土的 tu tu de”は「超田舎くさい」

“阿土 A Tu”は「田舎っぺ」

と、そういうことです。

こんなこと言われて田舎っぺ大将軍はどういうリアクションかと思えば、

“好,我看你一副冰雪聰慧的樣子”
(よろしい、じゃ、とっても頭がよさそうだから)

“ 我就叫你 冰兒。怎麼樣?”
(君のことは“氷児”と呼ぼう。どうだい?)

“冰兒 Bing Er”という名前自体には特別な意味はないですが、蘭陵王の言った“冰雪聰慧”という言葉から連想されるように、賢い、頭が切れるというイメージがあります。

日本のスマホのサービスに、女子高生AI(?)がお友達になってレスを返してくれる、「りんな」というのがありますが、中国ではそれに先立って同様のAIが開発されており、名前はずばり、「小冰」ちゃん。

命名の由来は分かりませんが、一般に賢い美少女が連想されるんでしょうね、きっと。

なので雪舞は、

“你怎麼不取一個難聽點的名字。我就叫你阿土呢”
(なんでもっとヘンテコな名前にしないの。私はあなたを“阿土”って呼んでるのに)

と抗議しますが、

“冰兒不是很好嗎。冰雪聰明 就這樣”
(氷児はいい名前だろ。頭が切れて賢い。決まりだ)

“你明明知道我會內疚。不不不 我叫阿草好了”
(私がやましい思いをするって知ってるくせに。だめだめ、“阿草”がいいわよ)

“阿草 A Cao”にも決まった意味はありませんが、「民草」というように、草には取るに足りないもの、という意味があり、また、「草書」という言葉があるように、いい加減とか大ざっぱという意味もあります。どっちにしても、カッコ悪い名前には違いありません。

四爺は、そんな名前で奥さんを呼ぶなんて嫌なのか、全然取り合ってませんね。
優しいのね。はははは。

そんな二人の夜ご飯は麺料理。
北方中国の主食は小麦なので、庶民の主食は今でも麺料理が中心です。
お焼きやクレープ、マントウ、麺など、外でも売ってますが、家庭でも普通に粉から作ります。

さすが、粉もん文化の発祥地!

しかし、阿土は浮かない顔をしています。

皇帝からお叱りを受けたのか、周が攻めてきたのかと気をもむ氷児に、
「めんどりが半日も卵を産まなくて…」と答える阿土。

そんなこと、と呆れる氷児に阿土は答えます。

“民以食為天 老母雞不下蛋 對我來說 就是最大的事了”
(民は食を以って天と為す。めんどりが卵を産まないのは
私にとっては一番の問題だ)


いやいやそれより私ども視聴者は、あなた方の衣装の方が問題なんですが、この服装はまさか例の…。

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しかし、すでに第10話は遠い過去になってる蘭陵王は、阿土丸出しでしゃべっています。

“我現在是阿土 管她誰當皇帝啊”
(今の私は阿土だよ。誰が皇帝かなんて関係ない)

漢文を習われた方ならピンと来るでしょうが、ここの台詞は、中国で古代から理想とされる政治について話しています。

《十八史略》にこんな話が載っています。

伝説の皇帝・堯〈ぎょう〉は、仁と徳を備えた立派な皇帝でしたが、即位して五十年、果たして自分がきちんと天下を治めているかどうか、疑問に思っていました。

そこである日、お忍びで町中に出てみると、歌をうたう老人に出くわします。

ここを原文でみると…

有老人、含哺鼓腹、撃壌而歌曰、
(老人あり 哺を含みて腹を鼓し、壌を撃ちて歌いて曰く)

日出而作 日入而息 鑿井而飲 耕田而食
(日出でて作し 日入りて息う 井を鑿ちて飲み 田を耕して食らう)

帝力何有於我哉
(帝力何ぞ我にあらんや、と)

老人がいた。
食べ物をほおばりながら腹鼓を打ち、地べたを踏み鳴らして歌うには、

日が出たら働き、日が沈んだら休む 井戸を掘って飲み、田を耕して食う

皇帝さまなんか わしに何の関わりもない

ここから「鼓腹撃壌〈こふくげきじょう〉」(よい政治が行われ、人々が平和で楽しむこと)という言葉ができました。

これは、「上善〈じょうぜん〉 水の如し」と一緒で、理想の政治は淡々として、無為〈むい〉であるべき、
という考え方に基づいています。

しかし、無為とは言ってますが、帝堯も太陽のような仁徳の持ち主ということで、率先垂範したので天下が泰平だったのです。

つまり、庶民の知らないところで、ハクチョウは水かきをしなくちゃ、ダメなんですよ。

いにしえの聖帝・堯とと同じ場所に国を構えた斉の皇子のくせに、♪おいらにゃ関係ねぇ♪ なんて庶民みたいなことを言ってどうするの。

そのブーメランは同じ放送時間内にたちまち返ってくるのですが、それはそのとき見るとして、一方の石窟寺院。

埃まみれの現場で、ズタボロになりながら働いている鄭児。

第17話までは、蘭陵王と宇文邕の動向が交互に描かれることが多かったですが、この第18話からは、いよいよ楊雪舞と鄭児が交互に描かれるようになっていきます。

鄭児を演じているのは、毛林林〈ニキータ・マオ/Mao Linlin〉さん。
ドラマではあまりに美人で近寄りがたい雰囲気ですが、
素顔は小粋なパリジェンヌっぽい、とてもキュートな女性です。

ということで、以下のインタビューは、ぜひ映像もご覧ください。
こちら

*

いま「蘭陵王」が放映されている関係で、たくさんの視聴者の方からいろいろなご意見をいただいてます。

このドラマはきっと人気が出るだろうとは思っていたんですけど、
ここまで熱心に観てくださり、反響が大きくなろうとは予想外でした。

いろいろなご批評について、私は聞かない、見ない、考えないというタイプではありません。
逆に、きちんと読んで、考えています。

なぜなら、視聴者の皆様が私にくださるご意見はとても大切ですし、的を射ていると思っているからです。微博には、私の至らない点について長大な論考の形でご指摘いただいている記事もあり、心から感謝しています。

ドラマに入り込んでしまって、リアルな事として受け止め、実際の私も鄭児のような人だと思っていらっしゃるご意見は、笑って見過ごせばよいのですから。

実は憎まれ役はこれがはじめてではなくて、賀軍翔〈マイク・ハー/He Junxiang〉と共演した《加油媽媽》(がんばれ、ママ)でも演じています。一度経験があるので、淡々と受け止めようという心の準備もしっかりできているんです。

それに、今ドラマはちょうど中盤。最後までご覧いただければ、どの登場人物についても、新しい見方をしていただけると信じています。このドラマでは誰もがそれぞれの辛さと悲しみを抱えているということを。

もう一度演じるチャンスがあったら、私はまた鄭児の役を選ぶと思います。私は彼女がとても愛おしいと思うし、すごいとも思う。愛のために全世界を敵に回す勇気を持っているんですから。

−鄭児は愛のために間違った道を選んでしまいました。 もしあなたの親友だったら、どうしますか。

すぐに止めます。
“硬拆一座廟 也不毀一椿姻緣” (祠を壊すことはあっても 夫婦の縁を壊してはいけない)とかって言いますけど、
もし一人の男性が世界のすべてになってしまったら、自分というものがなくなってしまいます。

私なら彼女を引っ張って、自分を見つめ直してもらいます。

欲しいものは何なのか どうしたいのか 周りにいる人たちの中で自分を分け与えて その愛の力で守る価値がある人 心を砕くべき人は誰なのか。自分のすることには責任が伴うのだと必ず忠告するでしょう。

−《蘭陵王》の中で、一番印象に残った演技は何ですか?

最期の部分でしょうね…あ、でもまだそこまで放送してないんですよね、言ってもいいですか?

あの部分については、(脚本家の)玉珊さんにとても感謝しているんです。

それから監督と、仲間たちにも。みんなで力を合わせた結果ですから。

もともとのオリジナルの脚本では、高緯〈こう い/Gao Wei〉と私が揃って死を迎えるとあるだけで、豊かに肉付けされたエピソードではありませんでした。

私は後ろ手にしばられているんですが、高緯はそれをゆるめて、手をさすってくれる。一人の男性が、命の瀬戸際に、こんな風にしてくれるなんて。

そのとき私は、その優しいしぐさに涙が滝のように流れてしまって、泣きすぎたので撮影がストップしてしまいました。

しかも彼は自分で考えて、お芝居を少し足したんですね。懐から「緯」という字が書かれた紙を取り出すんです。私たちが16歳のころ、まだ若かったときのものです。

歳月を遠く隔てて 私たちはすっかり変わってしまいました。

彼は暗君だし私は妖后。

だけど彼がその紙を取り出したとたん、私たちは戻れるんです。あの天真爛漫で、無邪気だったころに。

とても感動的なシーンで、私も心打たれました。

−共演したい俳優さんはいますか?

もちろんいますよ! すごく好きな俳優さんがいるんです。
でも向こうは私が長年彼を愛してるなんて知ってるわけないですけど。
私が好きなのは皆さんが「アイアンマン」って呼んでる、トニー(・スターク)なんです。

《復讐者連盟》(『アベンジャーズ』)でこんなセリフがあるでしょう。

敵が聞くんですね、
「お前からこのポンコツの鉄くずを除けたら何が残る」
「金持ちで慈善家でそのうえイケメンなところかな」
こんな風にちょっとヤンチャで、でも正義感にあふれているところが好きなの。

ですけど、まずはもうちょい英語ができるようにしないと共演どころじゃないですよね。さもないと私の言ってることも分かってもらえなくて意思の疎通ができないでしょうし。憧れの人のために頑張らなくちゃ。

(中略)

−鄭児は美の化身ですが、あなたが思う美とは?

そうですね、まず誠実なこと、ナチュラルで飾らないなら、女性としてすでに美しいと思います。いま、女性の目標はいろいろありますよね。欧米の女優さんだったり、韓国の女優さんだったり。

だけど、自分の持っているものを捨ててはいけないと思います。純粋で素朴なところをね。だってそれは得難いものだからです。

私はアリエル・リンがとても好きなんです。正直に言うと、彼女が出たドラマをたくさん見てはいませんし、しかも最初からラストまで見た作品もなかったんですけど、共演してから《我可能不會愛你》(『イタズラな恋愛白書』)を見て、すごく自然な演技だと感じました。

実際の彼女もとても誠実な人なんです。彼女は自分に必要なものが分かっていて、現場で撮影の合間に英語の本を読んでいます。留学の準備で。人にも優しいし、とても彼女が好きですね。

私はもちろん、自分の母も好きです。それは母が私の母だからだし、スーパーマンみたいに360度死角がなく、私を守ってくれます。とても愛してるし、私も母を守るでしょう。

―女優以外にしたい仕事はありますか?

そういえば子どもの頃はいろいろな事をしました。昔は絵を習っていたんです。そのあとひょんなきっかけで
演技の勉強をすることになりました。

北京に来てから仕事があまり順調ではなかったこともありました。

子ども番組の司会をしたり、現代劇に出演したり。学校での代表作は《三毛流浪記》で、私は男装して三毛を演じました。

もし将来チャンスがあれば、デザインにかかわる仕事がしてみたいです。
なぜって私には他に得意なこともないし、お芝居以外で、絵だけが少しだけ自信を持たせてくれるものなんです。将来、デザインにかかわれればいいですね。

―10月8日はお誕生日ですね。どんな風に過ごす予定ですか。

お仕事が入らないといいなあと思いますね。そうすれば自然に目が覚めるまでゆっくり寝ていられるので。

朝寝坊の心配をしなくてもいい、 こんな大事な一日に目にくまができてないかとか心配しなくていい。

誕生日に願い事をするとしたら、若さを保ちたいってことですね。
大事ですよ、特に女性にとっては。

年々、今年は26歳なんでしょ、27歳なんでしょ、と言われるのが耐えられなくなってくるんですよ。
ですから、今年のお願いとしては、年を取りませんように、ってことですね。


最後は、若手女優さんならではのやりとりだったですかね... 。

鄭児同様、とってもけなげなニキータですが、可哀想に、庶民にはやっぱりかなり役柄とだぶって誤解されてるらしく、ウィリアム・フォンのお母様は息子さんに「悪人の役だけはやっちゃだめ。毛林林も(高緯役の)翟天臨も悪者のイメージがついちゃったでしょ」と諭しておられました...(哀)

さて、物語の中の鄭児はといえば、世間知らずで純粋な部分がクローズアップされています。

のちのち、なんであそこまでストーカーをこじらせたんだろうかと、観ている皆がイライラすることになるんですが、つまりは彼女があまりにも世間が狭く、あまりにも純粋であったのがその大きな原因だということが、しっかり描写されています。

そして雪舞だって、世間を知らず純粋だったことは、鄭児とあまり変わらなかった。

だから、実はこの二人は、本当にちょっとした違いで、運命が分かれてしまったとも言えるんじゃないでしょうか。

…ですが、それは物語全体の重要なキーだと私は考えているので、現段階ではあまり突っ込まずに先に行ってみましょう。

鄭児は、同じ境遇の官奴の女性に簡単に心を許し、打ち明け話をしてしまう。

そういえば、こんな感じの人、他にもいませんでしたっけ?

別れ際、命を懸けて忘れ物を届けた相手に、お礼として、

「あまり簡単に人を信じるなよ」

というアドバイスだけを受け取って返されちゃった人が。

信じた相手が悪かった(いや、もう一人の人の信じた相手も相当悪かったですが)鄭児は、蘭陵王からもらった大事な金の細工物を失う羽目になってしまったうえに、言葉通りに逃げ出してみたもののそれは罠で、見張りの兵につかまってしまう。

なんかこう、鄭児が必要以上にツイてないのも、なぜか観てる人をイライラさせるんですが、物語の表面には出てこない、その理由に思い至ると、このお話は本当に良くできてるなーと改めて感動を覚えます。

それはさておき。

二人のために世界はある状態のバカップルのおままごとにはますます拍車がかかっております。

白山村で鍛えた雪舞…いや、氷児の鍼治療の腕前は確かなようで、卵は大豊作。

阿土は、天女の名もだてではないな、
これはちょっと“大材小用”だ、と少しからかうように言います。

“大材小用”というのは、大物をつまらない用事に使うという意味。
だから、ご自分で言ってはダメですよ!

日本語では「役不足」が適訳なはずなのですが、こう訳すと一般の人(⊃自分)は「力不足」の意味に取るケースが過半数(文化庁調べ)なので、訳語に使えません...。

さて、何が不足かはともかく、天女様は偉大だということは、阿土も認める紛れもない事実。しかし、お話はこれから先、どんどん雪舞を「役不足」の方向へ追いやっていくんですね。

ここは本当に何気ないシーンだし、特に大きな意味はないのかも知れませんが、第1話で蘭陵王と会ったのは、メンドリの江夫人が逃げ出したことからだったのを思い出すと、本作の周到な脚本家のこと、このシーンにもさりげなく伏線が張られているような気がしてなりません。

一億総活躍社会の21世紀日本でさえ、一般女性ならば早く孫の顔をみたいとせっつかれ、東宮妃ならばその存在価値は御世継ぎを産むこと、というシビアな事実から考えますに、1400年前の宮廷で、蘭陵王の言うような、何事にもとらわれない女性でいることは難しい。

このシーンは、中盤以降のドラマの成り行きを暗示すると共に、雪舞のこれから置かれる立場の象徴とも言えます。

一般論として良いか悪いかという話ではなく、幸せのかたちは本当に人それぞれ。

一人の子のよい母でいることが似合う人もいれば、
雪舞のように、民全体のために働くことを運命づけられた人もいる。

お屋敷の中に彼女を閉じ込めとくのが良いことなのか、それはこれからおいおい分かることでしょう。

聡明な氷児は、もちろん言わせっぱなしではありません。

“我這還好,待會啊 有個大齊戰神 有去賣雞蛋啦”
(こっちはまだマシよ。しばらくするとね、大斉国の軍神が、卵を売りに行くそうよ)

…ってことで、卵を売りに行く羽目になる阿土。

よくヤンキーが駐車場でやってるような姿勢で地べたにしゃがんでますね。

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この姿勢、もともとは田んぼのあぜ道で休むときのもの、と聞いたことあるんだけど、
いま試しにちょっと真似してみたら、疲れるんですけど! 休めないんですけど!(((( ゚д゚))) 
運動不足がヤバい…(悪い意味で)

阿土の方は、商売あがったりではあるものの、
向かいの屋台で親子が、

「停戦は蘭陵王のおかげ」
「本当に斉の国の“棟樑”(大黒柱)だよ」

と言うのを聞いて嬉しそう。

しかし彼らの間には、周に移住すれば、良田をもらえて、三年は税も免除される、という、宇文邕の新公約が知れわたっている様子。

“哪像咱們的高家皇帝 停戰之後 只知道建什麼鬼佛寺的”
(うちの高家の皇帝は似ても似つかないな 停戦したら くだらない寺を作るしか能がないなんて)

とまあ、言いたい放題。

宇文邕が停戦した狙いはまさにコレ。
産業を立て直して、国力もつけて、その後、斉を滅ぼそうという算段。

人口が増える=生産人口と兵隊の数に直結してた当時は(今でも基本、そのようですが)、民を引き付けておくことも結構大事だったみたいですね。

こっちの政治が良くないと思えば、さっさと国を乗り換えるドライさも(今でも基本、そのようですが)、長年の蓄積あったればこそ。

「鼓腹撃壌」なんて言ってないで頑張らないと、民に逃げられちゃいますよ、高家の旦那さま。

違った、今は阿土でしたね。
彼が、もしもホントに庶民だったら、実はこんな情けない人だったのかも…。
でも、しっかり者の奥さんがいるから、大丈夫。

ここはアリエルの声の演技がとっても可愛いので、ぜひぜひ中国語の音声でご覧くださいね。

“老闆 我要買蛋”
(店長さん、卵くださいな)

“老闆 laoban”というのは、お店のご主人のこと。だけど今は結構、ボスとか、シャチョーさん、みたいな意味でもよく使います。

どうみても“老闆”にゃー見えない阿土は浮かない顔をしています。 
そんな様子じゃ売れないわ、と雪舞に言われて、立ち上がり、笠も脱いで呼び込みをかけるのですが、

“來 買 買雞蛋”
(さぁ、買った買った、たまご…)

と、途中でふにゃふにゃに…。

五爺が煽った割には、蘭陵王って庶民に知られてないんでしょうか。

いや、そもそも、知られてなくたって、兜を脱いだら兵士が見とれるほどの美貌のはずなんだけど...。

雪舞はここでレジェンドのネジを巻きに入ります。

“你平時是怎麼鼓勵你的士兵們 打仗的呀 你的士氣呢 快”
(いつもはどうやって部下を激励して戦わせてるのよ あなたの士気はどうしたの、早く!)

と、ここで“加油”(頑張って)もらうために、文字通り燃料を補給してる氷児ですが、ウィリアム・フォンの顔が真っ赤なのは、

1)アリエルのアドリブだったのでビックリした
2)芝居です。演劇大学出の一流俳優様だもん、当然でしょ
3)アリエルに密かに喉輪を決められた

のどれでしょう?

やっぱ、オレンジのチークかな?

とにかく給油効果は絶大で、張震さんのいい声がさらにスケールアップ。

“這裡的雞蛋 最滋補!”
(うちの卵は栄養たっぷり!)

たちまちあたりは黒山の人だかりに。

ちなみに、押すな押すなの大賑わいのことを、中国語では“下水餃” (水餃子を鍋に入れる)
と言います。

特に海やプールが人でいっぱい、なんて時は鉄板のフレーズ。

確かに、水餃子をゆでると、鍋の中で押し合いへし合いプカプカ浮いてるので言いえて妙。

まさに夫唱婦随のエール交換で、がっぽり稼いだ二人。
阿土は、ほくほく顔です。

“我覺的我們應該去大吃一頓”
(ぱーっと景気よく食べに行かなくちゃ)

“慶祝我阿土的事業 飛黃騰達”
(阿土の商売が トントン拍子に行ったんだから)

“飛黃騰達”第16話でご紹介したトーク番組(→こちら)http://palantir2.seesaa.net/article/437126292.htmlで、アーロン・クォックの話の中に出てきた表現ですね。

そういや蘭陵王は以前、子どもを追い払おうと、大金を渡してたって実績がありましたね。

阿土になっても、治ってないな?

当然、しまり屋さんの氷児はそんなこと許しません。

“持家不易啊 哪能隨意吃喝”
(家計の切り盛りは大変なのよ 無駄遣いしちゃだめ)

“我先去買一些你愛吃的食材”
(あなたの好きな食材を買っておくわ)

“黃昏時刻 家裡見”
(夕方におうちで落ち合いましょ)

ん〜、氷児、いい奥さんになれるよ、と言うべきところで!
阿土は全世界の視聴者を代表してツッコみます。

“可是我記得你只會煮蛋”
(だけど君は確か ゆで卵しか作れないんじゃなかった?)

“哪有啊”
(そんなことないわよ)

籠でぶたれて物理的に距離が縮まったのをいいことに(?)阿土は雪舞の手を取っていいます。

“一個只會煮蛋 一個只賣雞蛋”
(一人は卵をゆでるしか能がないし、一人は卵を売るしか能がない)

“我們真是太配了”
(私たちは本当にお似合いだ)

“你在說什麼”
(何を言い出すのよ全く)

ご本人たちが言うまでもなく、実にお似合いのお二人さまと比べるかのように、寺院建築の現場では、鄭児がさらに悲惨な目に遭わされています。

人々は彼女に、どこかで聞いたような陰口を投げつけます。

「人を信じすぎる」 
「次に生まれてくるときは、もう少し賢くなるんだな」…

そして光と影の交差は、次の第19話でクライマックスに達します。

光あるところに、影がある。

人生の栄光と挫折を1話のうちに織りなす、次回・第19話→こちらのエントリーをお楽しみに。


posted by 銀の匙 at 01:34| Comment(10) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月18日

蘭陵王(テレビドラマ29/走馬看花編 第17話)

はぁい、皆さま、いつの間にか端午の節句も終わっちゃいましたね。

…って今もう7(ひち)月じゃねーか、いつの話でぇ?って、ただでさえ周りを江戸っ子に囲まれてると月日が経つのが3倍速いんですけど(赤いのか?)、中国じゃ年中行事は農暦なんで、今年(2016年)の端午の節句は6月9日だったそうなんですよ。

端午の節句といえば五月人形ですが、「金太郎」や「桃太郎」に並んで、「蘭陵王」(雅楽の方ですが)っていうのもあるのに気が付きました。

へぇ、と思って人形屋さんのサイトを見ると、何とひな飾りの中に「蘭陵王」を突っ込んでるセットを発見。そんな、何でも増量すりゃ良いってものでもないでしょうに…。

かと思えば、「博多祇園山笠」(7月1〜15日)の舁(か)き山笠に「秀麗陵王鬼面勲(しゅうれいりょうおうきめんのいさおし)」なるものがあることをニュースで発見。

西日本新聞の記事にはちゃんと、

「女性のような顔立ちのため、鬼面を付けて戦ったという6世紀中国の蘭陵王の人形は、躍動感あふれるポーズが印象的。川崎さんは「今年は赤にこだわった。遠くからでもひと目で分かる鮮やかな色彩を見てほしい」と話した。

と、キャラの由来や色までガッツリ紹介されております。

さて、年中行事のうち、日付が移動する祝日になってる行事は旧暦1月の春節、4月の清明節、5月の端午節、8月15日の中秋節の4つ。

地方によって行事食に違いはありますが、メジャーどころで春節は餃子、清明節は草餅、中秋節は月餅を食べます。

じゃ、端午の節句には何を食べるか、というと、それはチマキ。

ちょうどこの時期、横浜中華街に行ったので頂いてまいりました。

なんで端午節にチマキを食べるか、は実際にはナゾなんですが、楚の政治家にして詩人・屈原<くつげん>が国を憂いて入水したとき、お魚のエサにならないように楚の人たちが河へチマキを投げ入れたのが始まり、というお話が伝えられております。

♪ち〜ま〜き食べ食べ、兄さんが〜
測ってくれた背の丈〜♪

なんて、のどかな光景が喜べるのも平和だからこそ。
権謀術数渦巻く1400年前の北周では、悲しい思い出にしかならないのでした。

それに、もう7月も半ばなんで、江戸っ子の本拠地・神田では、チマキじゃなくて、

「冷やし特バカ」

を食べる季節なんですよ。

私ゃ全国的にこのメニューは同じ名前なのかと思っていたので、非常に恥ずかしい思いをしたことがございますが…。

いえ、中国語の雪舞さまに認定されたあの方のかき氷、という訳ではございません。
じゃ、なんでしょうか?

が分かるかも知れないので、行ってみましょう、第17話

今回は割に短く終わってしまいました。インタビュー紹介等はまた次回以降ということで、サクサク参ります。

(〈蘭陵王〉関連の記事を最初からご覧になりたいかたは、右欄から蘭陵王のカテゴリーを選ぶか、または→こちらを最初から戻ってご覧ください。)

前回・第16話→こちらをご覧ください。

*   *   *

巫族〈ふぞく〉の天女・楊雪舞〈Yang Xuewu/よう せつぶ〉は、斉〈Qi/せい〉国の皇子・高長恭〈Gao Changgong/こう ちょうきょう〉=蘭陵王〈Lanling Wang/らんりょうおう〉=四爺〈Si Ye〉との婚礼を間近に控えた身でありながら、隣国の周〈Zhou/しゅう〉の皇帝・宇文邕〈Yuwen Yong/うぶん よう〉=仔ブタ(と呼んで、と自分で言ってた)陛下に、姪の病を治して欲しいと請われるがまま、都・長安(Chang'an/ちょうあん)の宮殿に滞在しています。

近衛兵に身をやつして周に潜入していた蘭陵王は、宮廷内に不穏な動きがあることを察知し、夜闇にまぎれて雪舞の部屋に現れるのですが…。


*   *   *

第16話からヘンタイまたぎで始まりました、冒頭シーン。

“變態”って言葉が中国語でも、さなぎが蝶になるぅ(はぁと)以外の意味で使われるようになったことは前回ご紹介いたしました。

よくも悪くも日本のサブカルが世界にダダ漏れの昨今、中国もその例外ではありません。言葉もどんどん知れ渡ってゆき、よくもこんなものまで…という言葉が漢字ならそのまま使われてたり、しっかり訳されてたりは当然として、あまりになじんで独自の意味が追加された言葉まであります。

特に解説は致しませんが、
“正太”“二次元”“眼鏡娘”あたりはそのまんま。
“姐姐控”“蘿莉控”は音訳が混ざってます。“控”「〜コン」の訳ですね。「シスコン」「ロリコン」…以下、数えきれないほどあります。

そのほか、ツンデレ“傲嬌”)、ドジっ娘“冒失娘”)あたりはちゃんと(?)翻訳ですが、スゴイのがこれ、

“殺必死”

意味、お分かりですか? 読みはコレ→ sha bi si

そう、サービス。でも、サービスはサービスでもサービスカットとかそっち方面に使うようですね…
まさに悩殺ってヤツでしょうか。

も一つ面白いのは“腹黒”
これは日本語そのままの「腹黒い」という意味のほかに、「小悪魔的な萌え」ってニュアンスも付け加わっているそうです。

そんな良い意味で腹黒(??)な皇帝の元からとっとと逃げ出そうとする蘭陵王。

私だ私だってあんた、オレオレ詐欺じゃないんだから、
名前くらい名乗ったらどう?

“你還猜不出我是誰阿?”
(私が誰かまだ分からないのか)

って言われてもさ。
このニヤけた二重あごのおっさんは誰なんでしょう?
マスクを取った後すらわかんないわよ。

思うにウィリアム・フォンさんはこの頃が一番栄養が良かったのではないでしょうか。
今はまた以前同様痩せ細って、御膝元のファンの皆さんのみならず、白骨精役の大女優コン・リーにまで、ちゃんと食べてるの?と心配されてたそうです。

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(雑誌のカバー写真。2016年度ご本人さまの微博より。何だかどんどん若くなっていくような気がするけど気のせい?)

普通、写真に撮ると実物より膨張して見えますから、写真でさえ細く見えるなら相当なものでしょう…。

しかし、この時点ではまだ膨張気味の蘭陵王は尋ねます。

“想我嗎”
(私が恋しくなかった?)

“想”+○○は 〇〇を恋しく思う、会いたいと思う、という意味です。
第10話(→こちら)で宇文邕が、都にいる宇文護を思い起こしながら、

“宇文護現在必定是按捺不住”
(宇文護も待ちきれぬ思いだろう)

“朕也很想你呀”
(朕もそなたに会いたく思うぞ)

って言ってました(笑)。

そういや前回、ずっと離れたままだと死んじゃうとまで言っていてましたよね雪舞は。当然、ようやく再会出来て大喜び…なのかと思いきや、最初に出てきたセリフがコレ。

“你為什麼偷看貞兒洗澡”
(どうして貞児の湯あみを覗いたりしたのよ)

聞いた蘭陵王は不服そうな顔をしてます。ってそりゃそうだろ。
しかし雪舞は四爺の気持ちにはお構いなしの様子で、まるで相手が悪いような責めっぷり。

“你在這裡假扮多久了”
(いつから紛れ込んでいたのよ)

以前の回ならブチ切れてたかも知れないのに、周の同僚たちに揉まれたおかげか四爺はおとなしく答えます。

“我一直都偷偷跟著你”
(最初からそっと付けていたんだが)

どうもこのシーンの四爺は何だか表情がぼんやりしてて、
しかも相変わらず眠そうですよね…。

しばらく仮面に隠れて見えなかった間に中味が入れ替わってたりして…。
いや、そんな《宮》(『パレス〜時をかける宮女』)じゃあるまいし。

“你不知道你的身份 在這里很危險的嗎”

直訳すると、あなたの身分でここにいたらどんなに危ないか、分からないの?ということですが、意味するところは、敵国の皇子の身分でうろうろすんな、宇文邕に捕まったら目ぇくり抜かれっぞ、ってことですよね…あぁ、いえ、突然のことにパニックになってるのがよく分かります。

ってか、それを言うなら、あなただって敵国の皇子のヨメの身分でここにいるってご存知ですか? まさか、自覚がないのかな…?

まぁでも分かりますよね。すごく会いたいと思う気持ちの裏返しで、優しい言葉よりこういう態度に出てしまうっていうのは。

四爺もそれはもちろん分かっているので、当然のごとく、さあ帰ろうと促しますが、
当然、喜んで一緒に帰ってくれると思いきや、ここに残ると言い出す雪舞。

それを聞いて思わず後ずさりする四爺のリアクション、何度見てもおかしいです。

“每次他看到你的時候就像 就像沙漠里一隻野獸 渴了好幾個月了
看到了水 那麼飢渴 那麼淫穢”

(奴ときたら君を見るたび、まるで砂漠の獣が何か月かぶりに
やっと水を見つけたときのように 飢えたいやらしい様子をしているのに)


またもヒューズが飛んだ四爺は、言いながら一人で興奮してるんですけど、
ほんとこれ、前回雪舞が言ったように、相手の目ぐらいくり抜きかねないって。

しかし、そこはやけに冷静に返す雪舞。

“野獸不過是看到水 為什麼覺得淫穢呢?”
(獣は水を見つけただけでしょ?なんでいやらしいのよ)

ここの日本語吹き替えはとても上手いと思うのですが(ま、いつも上手いですが)、
「水」を「いずみ」と訳しています。

中国語でも“水”は「水」なんですが、“山水画”という言葉もありますように、
日本語で言う、河とか湖とかを指すことも多いんですね。

ここのセリフも、『スターウォーズ フォースの覚醒』の、砂漠の中に設置された水飲み場みたいなものではなく、オアシスとか、ちょっとした小川みたいなものがイメージされているはずなので、「水」ではなく「いずみ」と訳したのではと思います。(口の形とか、秒数とか、テクニカルな理由もあるのかも知れませんが…)

たった一文字のことですが、翻訳って大変だなあと思います。

と、視聴者が勝手に掘り下げていると四爺は、

“你不要跟本王深究這些 總而言之 他就對你有意思。
(そんなことは詮索しなくてよろしい。ともかく、
あいつは君に気がある)


と言い出します。
なんだ太っ腹は見てくれだけかぁ…と皆が見切っているのに、

“不要深究這些”
(そんなとこにツッコむな)

と言われてもねぇ…。

ちなみにここの四爺のセリフにある、

“意思”

という言葉はなかなか面白いです。

ここでは、“有意思”で「気持ちがある」=まさに「気がある」って意味なんですが、
同じ字面で「面白い(interesting)」という意味になることもあります。

この言葉を使ったテッパンの小話というのがありまして、こんな感じです。

エライ人が“紅包”赤い袋。ご記憶でしょうか、お年玉はこんな袋に入ってるんでしたよね)を渡されて…
 
“你这是什么意思?”  (これはいったい何の意味かな)  
 
“没什么意思,意思意思。”(何てことありませんよ、つまらない物です)  
 
“你这就不够意思了。”  (こんなことをしてもらっては困るな) 
 
“小意思,小意思。”   (ほんのちょっとした気持ちでして)   
 
“你这人真有意思。”  (あなたって人は本当に面白い人だな) 
 
“其实也没有别的意思。” (いえいえ、特に何かってことでもないんで)  
 
“那我就不好意思了。”  (じゃあ済まんがいただいとくよ) 
 
“是我不好意思。”    (お礼なんて却って申し訳ございませんですよ)

李安〈Li An/り あん〉とか祖珽〈Zu Ting/そ てい〉とか、しょっちゅうやってそう(笑)

忘れがちになりますが、そういや四爺は紅包をもらう方の立場の人だったんでした。
そして皆さまの予想通り、ここから先、四爺の自称は“本王”一点張りです。

“全天下人看得出來了 就是你沒有看出來”
(誰が見たって分かるのに、君だけが気づいていないんだ)

全天下人 (全世界の人)と来ましたね!そんな大げさな。あはははは。
雪舞もここぞとばかりに言い返します。

“你這是在醋意大發嗎?”
(それって巨大なヤキモチ?)

“醋”(酢)にヤキモチという意味があることは、第12回→こちら
でお話しましたね。

“我不管 反正你就是本王的 你就是本王的”
(何とでも言え とにかく君は私のものだ 君は私のものだ)

おやおや、いきなりこのお子ちゃまぶり、前回(第16話)で雪舞が宇文邕に話したことは本当だったんだ...と
、蘭陵王の豹変ぶりに驚愕する視聴者ですが、雪舞は慣れたものです。

王に対する庶民の態度とは思えないこの馴れ馴れしい態度、いやこれは宇文邕へのハッタリ君ではなく、ホントに日頃蘭陵王をつねっていたとしか思えない…

“現在才發覺 你的妻子有多麼國色天香了 是嗎”
(今ごろになって、あなたの奥さんは絶世の美女だったって気づいたんでしょ)

“國色天香”とは国を代表する名花という意味。百度先生によりますと、現代中国では国花は決めていないそうなのですが、この言葉の出来た唐代、それは“牡丹”を指していました。

「立てば芍薬、歩けば牡丹…」と、美女を花になぞらえるのは日中共通。

しかし中国語には、日本にはない“校花”という「名花」が存在します。
平たく言えば、ミス・キャンパスという意味ですが、必ずしもコンテストで決まるわけではなく、誰もが認める学校一の美女、を指すようです。

そんな“校花”を手に入れた男子は鼻高々、なのですが、当然、そんな特典を享受するにあたっては、考えようによっちゃ大変厳しい条件を耐え忍ばなければダメらしい。

その厳しい条件とは、“校花”はみんなのもの、という、暗黙の男子間ルール(笑)。
地域や年代によって違うのかも知れませんが、少なくとも北京ではそうでした。

私の直接知ってるケースは、当時としては珍しい、理系の才媛(写真を見せてもらいましたが、ホントにめちゃ美人)だったのですが、今はもういい歳をしたおばあちゃまなのに、表敬訪問と称してひっきりなしに昔のクラスメートが訪ねてきます。

そのたびに、旦那さんはニコニコしながらお茶を入れ、野郎共をもてなし、昔話に付き合わなければならないのです。

誰もが羨む学校一の美女と結婚できたってことは、旦那さん本人として嬉しくなくはなくないんでしょうけど(どっちだ)、延々そんなことに付き合わなきゃいけないなんて、疲れそう。

ましてや四爺のあの性格。ムリムリ…。

“開始擔心了? 你真可愛。”
(心配になった? 可愛い人ね)

1400年前にもそんなルールがあったのか、雪舞はしきりに四爺をからかいますが、どうやら必要十分条件を満たすことはできなさそうな四爺は、

“我不跟你說這些啊”
(この話はおしまいだ)

と話を打ち切ろうとします。直訳すると、もう君とこういった話はしませんよ、ということですね。

“我今天通知五弟 在邊關等我們”
(今日、五弟に国境へ迎えにくるよう知らせておいた)

この話を聞いたとたん、雪舞は四爺に抱きつきます。

“雪舞真的好高興”
(雪舞は本当に嬉しいの)
こう言って四爺を嬉しがらせておいて、

“就一天咱們回家了”
(あと一日いたら帰りましょ)

って要求を出すなんて、
雪舞も策士よのぉ…。

五爺まで呼んで帰国の手筈を整えてしまった以上は、最終兵器を出さないとお許しが出ない、とのとっさの判断だったんでしょうね。

ただ、さっきの優しい言葉が滞在を引き延ばすためのお芝居のように聞こえて、喜んだ四爺がちょっと可哀想な気がしますけどね…。

“求求你嘛 拜託你啦”
(ねぇ どうかお願いよ…) 

と、これも高一族直伝のおねだりワザを開陳されると、四爺はたちまちメロメロに。 
“這跟要挾本王有何區別 你知道我是拒絕不了你的”
(これじゃゆすりと変わらないな 
私に君の頼みは断れないんだから)


そんなこと言っちゃって、ホントに学習しないお人ですね。
いまこんな目に遭ってるのだって、元はといえば、第6話で阿怪を庇う雪舞のおねだりを聞き入れてしまったからではありませんか。

でもま、美女のおねだりを聞いて取り返しのつかない結果になるのは、中国史の伝統だからしょうがないか。

王の膝の上に侍ったまま、飲みホーダイで夏を滅ぼした末喜〈ばっき〉ちゃん。
酒池肉林の宴を催して、ゴージャス三昧で殷を滅ぼした妲己〈だっき〉ちゃん。
戦闘の合図の狼煙をお笑いのネタにして、周を滅ぼした褒姒〈ほうじ〉ちゃん。
名前不明だけど、ミンクのコートを貢がれて、敵を逃がしちゃった寵姫ちゃん。

など、など、など、など、さすが中国、人材豊富!

そういやこのドラマにも、先々国を滅ぼすおねだり寵姫ちゃんが登場するんだった。

しかしそこまでの予言はできないらしい天女の雪舞は、ニコニコと四爺を見送りながら、心の中ではおばあ様の予言した、

“兩狼互殺” (二匹のオオカミの死闘)

を思い出しています。

この二人、相手を思いやるあまり自分の心配事を相手に伝えない、という困った傾向があり、それが後々事態を悪化させていきます。これまでもたびたび、そういった例がさりげなく描写されていましたが、このシーンもその1つですね。

さて、雪舞の思いが呼び起こしたのか、仔ブタ陛下は来し方を思い、感慨にふけっております。

貞児のパパ・松本幸四郎…いや、宇文毓〈うぶん いく〉は史実でも宇文邕と仲がよかったとのこと。文武両道に長けていたとのことなので、きっとドラマ同様、宇文邕にもいろいろ教えていたのでしょう。

かわいそうに、死の床についたお兄様は、

“病入膏肓”(病、膏肓〈こうこう〉に入〈い〉る。もう助からない)

と話していますが、膏肓というのはツボの1つで、実際にはココが痛いからって死ぬわけではありません。

じゃ膏肓ってどこか、は意外に知られていませんが、背中の自分ではしっかり押せないところにあたり、肩甲骨〈けんこうこつ〉のちょうど上下の真ん中で、背骨側のヘリにあります。

ここのツボは胃酸過多とかダイエットに効くと言われていますが、要は、ストレスが溜まると痛むところなんですね〜。だからといって、むやみに押してはいけません。東洋医学は何でもそうですが、体質と症状によって処方が違うので、どこのツボを押したらいいかは人それぞれ。

動かしづらい場所なので、運動するとき意識して動かすくらいがちょうど良いのではと思います。

と、ヘルスケアに関するトリビアも虚しく、お兄様は(史実では息子の)貞児と弟の宇文邕を守るため、宇文護に毒を盛られても敢えて防がずに亡くなってしまいます。

隣の高一族同様、北周の宇文一族も血で血を洗う抗争を繰り広げたわけですが、宇文護は宇文邕からすると従兄にあたり、斉の皇太子・高緯〈こう い/Gao Wei〉にとっての蘭陵王と同じような立場の人なのです。

蘭陵王は建国の功労者の長子の子ですが、宇文護は建国の功労者の兄の子。一族の序列でいえば上の立場なのに、臣下の扱いなのは面白くなかったに違いありません。

宇文一族の出身でありながら臣下扱いの人として、ドラマでは他に宇文神挙〈うぶん しんきょ/Yuwen Shenju〉が出てきますが、川本芳昭先生の『中国の歴史5 中華の崩壊と拡大』によりますと、その他にも、鮮卑〈せんぴ〉族にはこんな習慣があったそうです。

「西魏二十四軍政制を見るとき(中略)…興味深い現象が見られる。それは各軍府の府兵はその軍府の長官の姓を名乗ったと考えられることである。

こうした習慣は胡族のもつ古い伝統に根ざすもので、自らが属する部族の長の名を自己の氏姓とするということが鮮卑や匈奴、烏丸などの北方民族の間では広く見られ、北魏の時代になっても受け継がれていた。」

「これは隋末のことであるが、隋末の英雄である李密が隋の煬帝を弑殺した宇文化及を非難して『卿はもともと匈奴の奴隷・破野頭の出である。それなのに父兄子弟はみな隋室の厚き恩を受けたのだぞ。…』と述べたことがある(隋書 李密伝)。」

「この李密の非難は、宇文化及の先祖の姓は破野頭といったが、その先祖が北魏の初めに宇文俟豆帰という人物に従属したので、のちその主に従って宇文氏を名乗ったことを踏まえているが(隋書 宇文述伝)、このことは北魏建国から200年以上たった七世紀初頭の時代にあっても、少なくともこうした主人の姓に従って自らの姓を名乗るという風習があったことを持ち出し、他人をからかうことが可能であったことを伝えている。」(274pp)


この場合、宇文氏に仕えた人が、主人の苗字をいただいて同じく宇文氏を名乗ったということになります。

日本で言えば、伊達家の家臣が、伊達の苗字を許される、てなとこでしょうか。

武将レベルでも相当な恩典ですが、これが皇帝の苗字ともなれば「国姓」としてそのステイタスたるや大変なもので、最大級の働きをした英雄に与えられることになります。

明代の終わり、清に抵抗して戦い、台湾からオランダを打ち払って有名となった鄭成功〈てい せいこう〉は、皇帝から明の国姓“朱”を賜ります。国姓を名乗るエライ人、ということで付いた呼び名が「国姓爺」〈こくせいや)。

歌舞伎の演目『国姓爺合戦』でも有名ですね。

一方、生まれついての国姓爺・宇文邕ですが、自分に兄上を毒殺させようなど“異想天開”だ、と泣き叫んでいます。

この言葉、日本語の「奇想天外」に当たるものだと思っていましたが、使われ方を見ると、どうやらちょっとニュアンスは違うみたいですね。

さて、お相手の宇文護の方ですが、すでに宇文邕を始末して皇位に付く気満々です。

皇帝のお召し物である金の“龍袍”にスダレ冠(第7話こちら に登場しましたね)をがっつり誂え、コスプレの用意も万端です。

もっとも、龍を刺しゅうした金や黄色の服が皇帝の衣装と定められたのはもっと後の時代のようですが…。ナショナル・カラーはですから、宇文邕のカラスルックが周的には正しいです。

で、ブラック皇帝陛下は朝ごはんに竜骨湯を召し上がるわけですが、医食同源の中華では、メニューにもいちいち効能があり、このスープは、

うつ病に効く

とされております。

何でそんなもの処方されてるんだか、うざいほどポジティブなのに…。
(あ、いつもそういうものを飲んでいるから鉄のメンタルなのか)

ところで、「竜骨」とはすなわち、動物の化石のことです。甲骨文字は、漢方にしようと竜骨を買った清代の学者先生が、そこに刻まれた模様を見て、これは文字だと気づいたことから発見されたとか。

何でも薬材扱いの困った習慣が、珍しくも良い方へ転んだ例ですね。

お飲物が貴重な古代の遺物かも知れないとはご存じない仔ブタ陛下、飲もうとレンゲを持ち上げたところに宇文神挙が来たので、実際には口をつけていません。

だから料理番がどっちの手先だろうと、きっと何ともなかったはずです。
お料理にがっつかないというのには、こんなメリットもあるのですね。

と、ティファニーのマナーブックを片手に鑑賞していると、お下品な方々が禁止事項ガン無視で乗り込んできます。

いまはそんなことないと思いますが、ひと昔前の中国の列車には、話に聞く日本の買い出し列車みたいに、ありとあらゆるものが持ち込まれていました。

ふとん、なべ、自転車などは可愛い方で、人の背丈ほどもある米袋とか(それ、手荷物っていうか普通)、ヤギとか(もちろん生きてるヤツね)、センザンコウとか(もちろん生きてるヤツね)、理解に苦しむアイテムも少なくありませんでした。

絶対ダメって繰り返し放送してるのに、花火を大量に持ち込む不届き者とか(天女さま、あなたのことです)。

当然、むくろもダメですよ!

と言ってみても、宇文護も不届き者なんで聞いちゃーいません。
そんな人たちに真顔で説教する宇文神挙はホントに怖いもの知らずというか何というか。

当然のごとく、手下どもに刀を突き付けられておりますが、よくも殺られなかったものだと…ぶるぶる(あまりに不自然なんで、実は最初見たとき、彼もグルなのではと思ってました。許して、宇文神挙!)

スープを飲んでもいないくせに、毒を盛られた…と、虫の息の宇文邕。皇帝だというのに俳優なみのスゴイ演技力です。つか仔ブタちゃん、その血糊はどこから…まさか『ズートピア』じゃあるまいし、ケチャップとかじゃないですよね。

それにしてもよく分からないんですが、宇文護はなんで今頃になって皇帝の座を狙い始めたんでしょうか。どうせなら宇文邕がもっと若いうちの方が良かったんじゃ?

とはいうものの、きっかけもなくクーデターを起こせば、さきざき歴史書にどう書かれるかは火を見るより明らか。

意外な気もしますが、こういう人たちは通信簿を気にする夏休み前の小学生みたいなマインドの持ち主だったようです。

小学生なのは宇文邕にも言える、というのはもうしばらくすると分かります。

ここで、宇文護は宇文邕に譲位の詔〈みことのり〉を出させようとします。宇文邕は寝殿に引っ込んでしまいましたが、李安はそこへサインした文書を取りに行くのを嫌がります。

宇文護の子分のくせに、なぜ肝心の詔を取りに行かないのかははっきり説明されていませんが、恐らく、宇文邕が「先」帝(笑)という身分になったとしても皇帝は皇帝、その身体(玉体)に触れたり、直接何かを受け取ることは、禁忌だったからだと思われます。

第8話(→こちら)でお話しました通り、直接声を掛けることさえ、本当は許されないくらいなんですから、いつもは遠く階段の上にいる皇帝陛下のお側へ、大冢宰ならぬ李安の分際で近寄ることなど考えづらかったのでしょう。

そんなら自分で行く(はぁと)と、さすがは宇文邕の想い人(笑)らしく、ずいぶん気軽に詔を取りに来た宇文護に刀をつきつける、仔ブタ陛下。

積年の恨み重なる従兄に“老狐狸”(悪賢い古だぬきよ)と呼びかけています。

おや、これまでは自分をオオカミに育ててくれたオオカミだと思ってたんじゃなかったでしたっけ。オオカミになったりタヌキになったり忙しいお人です。

ちなみに、中国語の“狐狸”は「キツネとタヌキ」ではなく、現代ではこの2文字で1語で、「キツネ」を意味します。

詐欺師一族としては、どっちもどっちのキツネとタヌキの化かし合い、なんでしょうけど。

ということで、キツネ(江戸前は油揚げ)とタヌキ(同天かす)両方入りの冷やしそば大盛りのことを、一部では「冷やし特バカ」と申します。

背筋も凍る夏の納涼メニュー、どうぞお試しあれ!

腹心が護ってくれるはずと信じていたのに宇文邕の計にはまり、自ら手にかけていたことを知り、大船どころか納涼屋形船に乗り組んだと悟った宇文護は、

“反間計…”(離間の策か)とつぶやいていますが、これは以前ご紹介した《孫子兵法》用間篇にある言葉です。

相手の力を削ぐために、大事な仲間と仲たがいさせようとする。

高緯に蘭陵王の悪口を吹き込んだ祖珽が企んでいると、第10話(→こちら)で雪舞がなじった計略ですね。

さあ、ついに宇文護を追い詰めた宇文邕。してやったりといつにもましてドヤ顔の特盛り状態です。とっとと決着を付ければいいものを、この後延々と過去のいきさつを語ります。

なんせあと放送時間が10分も残ってますしね。

ということもあるでしょうが、宇文邕としては、この後、本当の皇帝になるために、この場にいる全ての人(除:宇文神挙)が思っているであろう、

宇文邕はヘタレ
宇文邕は兄皇殺し
宇文邕は尉遅迥を見捨てた

という誤解をといておかなければいけないのでしょうね。
皆に思われているってことは、歴史書にもそういう記録が残ってしまうということでもありますし。

そうです。宇文邕も、通信簿に何て書かれるかを気にしなければいけない立場なんですね。

そして、我らが四爺も、スケールはやや小さいとはいえ、そこんとこの基本は一緒。何せ第9話(→こちら)で、史官に書かせるセリフのことまで皮算用してましたよね。

現代日本での存在感のなさからは想像がつきにくいことですが、古代中国で歴史を書く係の人は偉かったのです。

地位が高かったというだけではありません。地位の高さに見合うだけの、その根性が偉かったのです。

『春秋左氏伝』にこんなエピソードが伝わっています。

大史書曰 崔杼弑其君 崔子殺之 其弟嗣書 而死者二人 其弟又書 乃舍之 南史氏聞大史盡死 執簡以往 聞既書矣 乃還
(歴史を書く係である太史が「崔杼は自分の君主を殺した」と記録したので、崔杼に殺された。跡を継いだ弟も同じことを書いて殺され、死者は二人となった。するとその弟がまた同じことを書いたので、ついに赦された。

別の史官は太史たちが殺されたと聞き、「崔杼は自分の君主を殺した」という記録を残そうと竹簡(第16話参照)を持って駆け付けたところ、すでに史書に記されたと聞いて、帰っていった)


崔杼は、このドラマでいえば宇文護のような、当時の実力者です。彼が公位を簒奪したため、史官は簡潔にそう書きました。殺しても殺しても、次に史官になった者が記述を変えないので、ついには諦めた、という話です。

ま、殺された君主の方もロクな人じゃなかったのですが、それはまた別のところに書いてあります。毀誉褒貶は別にして、事実は事実として記録に残すというのが史官の仕事なのです。

この話は「太史の簡」という言葉になって残っています。意味は、どんな困難にあっても仕事をおろそかにしない、ということです。

だから第9話で四爺は史官に書かせるセリフなんか考えていますが、その通り書いてもらうのは、たぶんムリ。

史官のど根性といえば、中国でもっともよく知られた歴史家の1人、司馬遷のエピソードも思い出されます。

彼は当時の将軍をかばったために刑罰を受けますが、執筆中だった史書『史記』を完成させるためだけに生きている、書き終えたら極刑に処されようと構わない、と言い放った話は有名です。

こうまでして作られた書物に書かれた記録は、当然重きを置かれ、子子孫孫語り継がれると考えられています。

なので、後世、残った記録で自分の悪評が定まるのを恐れて、皇位を狙う者たちはウラの事実がどうであれ、表面的には禅譲が行われた(前任者に位を譲られた)と史書に書かせようとするのです。

何だかなーとお思いになるかも知れませんが、後世の評判を気にするのは、何も古代中国の話だけじゃありません。

たとえば、アメリカ初の黒人大統領オバマさん。

あらゆる意味で物議を醸してる後任選びのおかげか、すっかり影が薄くなりつつありますが、彼も任期の終盤を迎え、「どんなレガシーを遺すか」が注目されています。

レガシーとは遺産、この場合は業績ということですが、それはまさにのちの世に、何をした、どんな大統領だったと伝えられるかを意識することに他なりません。

で当然、記録のために回ってるであろうビデオカメラを意識しすぎたのか、宇文邕はセリフを引っ張り過ぎてしまい、その隙に貞児を人質に取られるという大失態を招いてしまいます。

宇文邕がどうなろうが(ヘタすりゃここでライバルが消滅してくれたらラッキーくらいに思っていたのかも)、

とにかくとっととこの場を立ち去りたい蘭陵王は、宮中の大混乱に飛び込もうとする雪舞に、

“這不關你的事”
(これは君には関係のないことだ)

と言いますが、もちろんそんなこと聞く雪舞じゃありませんって。

一方、貞児を放せとすごむ宇文邕に、

「取引できる立場ではなかろう」という声がかかります。
相変わらず上手い訳っすね。ここの原文は、

“討價還價”

値段の駆け引きをする、という意味です。

そこへ飛び込んでくる楊雪舞。突然の招かれざるゲストの登場に、当然、みんなはビックリです。

自己紹介も兼ねて、出た出た 雪舞のお得意、 

ハッタリ君!

何か物凄い魔法使いなのかしら?と、その場のみんなが思わず固まっていると、後ろからこっそり、蘭陵王が李安に近づきます。

ああ、李安〜! 後ろ後ろ!

四爺は何のためらいもなく、この場で最初に剣を振るったくせに、その後は左右をキョロキョロ見てるのが何ともはや。

その後、そんなに宇文邕の命令を聞くのが不服なのか、御意といいつつあからさまに不承不承で笑わせてもらいました。

しかし、笑ってる余裕もないこの場の宇文邕と宇文護。

最後の大逆転を賭けて、宇文護はこの一言を繰り出します。

“我是大周國的開國大將”
(私は周国開国の功労者だぞ)

你的父皇宇文泰 曾經下令 後代君王均不得殺之 你豈敢”
(そなたの父、宇文泰は、この先、皇帝といえども宇文護を殺めてはならぬと命をくだしたのだ。それを敢えて破ろうというのか)

父親に背くのか!とは、ダースベイダーがルークに投げつけそうなセリフですね。…

儒教社会、ましてや人の手本たる皇帝であれば、親の言いつけに背くことは重大な倫理違反な上に、開国の皇帝・宇文泰が下したのは、宇文護に、いわゆる“免死金牌”を与えるという命令で、これを無視することはできまい、という言わば二重の脅しです。

“免死金牌”とは、建国の功労者に皇帝が与える特権です。

“金書鐵券”“丹書鐵券”というのも基本的に内容は同じで、恩賞や特典をメダルや金属の板に書く、一種の契約書で、半分、またはいくつかに割って、割符の片方は他の人が持っていました(第7話→こちらで、祖珽が高緯に「勝ったも同然」という意味で“勝券在握”と言ってましたね)。

そこに、お前さんの働きで勝てたら、死罪に値することをやっても9回までは無効ね、とか、お前の子孫も死罪を免除してあげるよ、等々の約束事が書いてあるわけです。

なんでそんな面倒くさいことを…とお思いの方には、日本の戦国時代を連想していただければ分かりやすいと思うのですが、これから国を作るってことになれば代々の忠義者とかはいませんので、武将も当然、これやって何のメリットがあるわけ?と思っています。

なので、合戦とかで一番に斬り込んだり、勇猛な働きをしてもらったりしようと思えば、やっぱりインセンティブで釣るのが一番な訳です。

最初はご褒美や領地を約束した契約だった“鐡券”ですが、死罪を免じるという恩典がついたのが、ちょうどドラマの時代、南北朝だったと言われています。それには戦乱の時代ならではの切実な側面がありました。

これは第1話で雪舞のおばあ様も言っていましたが(→こちら)、兎を捕まえれば猟犬は始末されるのが世の倣い。

功労のあった将軍は、疑心暗鬼に駆られる新皇帝の側にいて、褒美を期待するどころか、場合によっては命の心配をしなければなりませんでした。

それが、のちのち皇位を簒奪するかもしれない親戚筋ならなおさらのことで、建国にあたって助太刀した他民族とかも同様です。

だから、皇帝は将軍や親戚や帰順してきた他民族の武将たちに、私も、そして後継者たちもあなたに危害は加えません、という約束を与えておくことで、頑張って働いてもらおうとするわけです。

これが簡単にひっくり返せるようなら、約束になりません。いくら皇帝でも、重要な約束を反故にするようならば家臣は離反するはずです。なので宇文護も、絶体絶命の瀬戸際にこの話を持ち出してきたのでしょう。

でも、いくら取り決めだって、自分の命が危ないときに、それを守ろうという皇帝もいないでしょうね…。

結局、宇文邕は剣を振るい、

“朕即天下”
(朕こそが天下だ!)

と宣言するに至ります。

ってことで、宇文護によるクーデターはどこぞと同様失敗に終わり、ひれ伏す皆さん。とりあえず、長安市民に被害が及ばなくて済みましたね、は良いんですが、ここで宇文護の付き人も全員どさくさにまぎれてバンザイ側に回ってるんですけど…。

とまあいろいろありましたが、西暦572年、“韜光養晦”(才能を隠して外に出さなかった)12年の忍耐を経て、宇文邕は実権を手にしました。これは史実も同様で、ツメを隠して12年、ボンクラ皇帝を演じてきたその演技力と知力はやはり大したものと言わざるを得ません。

宮殿内外の様子を報告する宇文神挙にいろいろ確認事項もあるだろうに、質問の2つめが、“那天女呢?”(で、天女はどうだ)ってあたり、まだ演技が抜けきってなかったのかも知れませんが。

宇文邕が雪舞の不在に気が付くまでにどのくらい時間がかかったのか分かりませんが、四爺と雪舞は夜になって、国境までたどり着いたようです。

が、五爺と落ち合う予定の旅館で馬を下りると、周りをぐるりと周兵に囲まれてしまいます。

こんなにいっぱい人が潜んでたのに気配さえ察知してないとは、大丈夫ですか、この将軍?

しかもそこへ、四爺的に二度と見たくなかったであろう、宇文邕が現れます。

“怎麼要走了 也不跟我說一下”
(出ていくというのに、一言もなしか)

お取込み中だったみたいですからね…。

“原來你 一直潛伏在周國”
(おまえがずっと周に潜伏していたとはな)

言われた蘭陵王は黙って宇文邕を睨んでいます。
宇文邕が蘭陵王を見るのはここまでで、後はずっと雪舞を見たままです。

“宇文邕 我知道你是好人 你放了我們吧”
(宇文邕、あなたが良い人だって知ってるわ。私たちを放してちょうだい)

言われた腹黒陛下は実に微妙な表情をしています。

“朕最害怕的 就是你走”
(朕がもっとも恐れることは、そなたが去っていくことだ)

続けて、その理由を述べられますが、そこのセリフはなんていうか、出来の悪いバラードの歌詞みたいです。“朕”だからまだ見てられるんですけど、主語を「僕」とかに変えたら、おやつのゆで卵を吹き出してしまいそうですよ。

我慢してご紹介しますと、

“從來沒有一個女子 可以不把朕當皇帝看
(これまでどんな女子も 朕を皇帝としてしか見なかったというのに)

卻又跟朕如此地沒有距離
(少しも距離を感じさせることなく)

讓朕毫無防備之心 吐露真言
(朕の心を開かせ 胸の思いを話させてしまう)

當你涉險去救貞兒的時候 朕第一次感到擔心
(そなたが危険を冒して貞児を救ったとき 朕は初めて怖れた)

從來沒有一個女子 可以讓朕如此地擔憂
(いままでこれほどまでに 案じた女子はいない)

朕 真的很想把你留在身邊”
(朕は何としてでも そなたを側に置きたい)

あの一連のゲス騒動でさえ起こらなかった、
婚約者の目の前で女をくどくという、あり得ないシチュエーション。

かくも長いセリフの間、蘭陵王は宇文邕を睨んだり目をそらしたりと
バリエーションをつけつつ反応してるわけですが、よくも黙ってたもんだ。

そりゃもちろん、台本にセリフがないからでしょうけどさ。

でも、中国の人は一般に、日本人みたいに人の話にひっきりなしに相槌打ったりしないみたいです。なので電話で中国人のお友達が愚痴って来たら、スピーカーフォンにしてずっとしゃべらしとけば特に問題ないらしい。お試しください。

逆に、てきとーに相槌を打つと、「私の話にさっき賛成したじゃない!」と言われて修羅場になったり、アメリカ人に至っては、頻繁に相槌を打たれると逆に「人の話をちゃんと聞かない」「こちらの話をやめさせようとしている」と不愉快に思う人もいるらしい。気を付けませう。

黙って聞いてたのは雪舞も同じですが、言わせておくと切りがないと思ったのか、いきなり話を打ち切る方向に持っていきます。

“我都要成為他地妻子了”
(だってすぐ私はこの人に嫁ぐのよ) 

ここに「どか〜ん」って効果音が入っているように聞こえるのですが、空耳でしょうか。

言われて、宇文邕はまるで今初めて聞いた話みたいに蘭陵王の方を見てますけど、周に来る直前の時点で、雪舞はちゃんと宇文邕にそう言ってましたよね?
都合の悪いことは、知らんふり♪ なのでしょうか。

それでも宇文邕は皇帝、当たって砕けろ♪ みたいなことはせずに、

“要是因為你 讓朕弄得跟土匪一般
那還真是貽笑大方
楊雪舞 你可要記著 對朕有過承諾
把朕當成是一輩子的朋友”

(もしそなたのために、盗賊のような真似でもしたら、
それこそいい物笑いの種だな。
楊雪舞よ 忘れるな 朕に約束したことを
朕と一生の友でいることをな)


さすがは陛下、民草のお手本なだけはあります。

“蘭陵王你也幫朕最不喜歡欠人情”
(蘭陵王 お前にも助けられた。
朕が何よりも嫌うのは借りを作ることだ)


とも言っていますが、どの時点で蘭陵王が助けたと分かったのでしょう。

太刀さばきか?

とにかく、宇文邕は約束を守る男。
捕虜は全員解放したし、自ら斉国まで雪舞を送り届けましたよ(誰も頼んでないけど…)。

どこかの誰かさんとは大違いですよね。

さらに何か虫の報せでもあったのか、こんなことを言い出します。

“但是在我有生之年 若你讓楊雪舞受傷離開你
朕在也不會讓她回到你的身邊”

(朕の目の黒いうちに もし雪舞が傷ついてお前の元を離れたなら、
二度と帰しはしないぞ)


蘭陵王も、理由は聞かずにまともに返します。

“對不起 就算天塌下來 你也不會再有這種機會了”
(悪いが、天が崩れてきたとしても 二度とそんな機会はないだろう)

そう言われた雪舞が、にっこりして蘭陵王を見るのもいいですね。

そこへ、長ゼリフの間に神挙が一生懸命書いたのか、停戦協定書が運ばれてきます。

“這份停戰協議 我替大齊的子民謝謝你”
(この協定書 大斉国の民に替わって礼を言う)

それはそうと、もらったものの重大さに比べて、片手で受け取ったり、返事の“謝謝你”(どーも)っての軽く聞こえるんだけど、どうなんでしょ。

真紅の大優勝旗を贈呈する」
「どーも」

レジオン・ド・ヌール勲章を授与する」
「どーも」

AKBのセンターを命ずる」
「どーも」

どーも違う…。

恐らく単純に喜んでいる雪舞とは違って、四爺はこの協定書の別の意味も、いちおうは考えているものと思われます。宇文邕は渡すときちゃんと言っていますが、政権が代わったばかりで不安定なので、国力を養うために停戦したい、ということは、力がついたら何してくるか分かったものではないからです。

私の一番好きなマンガ、藤崎竜先生の『封神演義』に、実に深〜い一言があります(このマンガ、いかにもな少年向けマンガと見せかけて、あちこちズブズブ深いところがあるのですが)。

お話の舞台は殷〈いん〉から周に替わる時代、今から3000年以上昔の、紀元前1027年ごろのこと。
(この周は一番古い時代の周。非常に長く続いた王朝のため、この周にあやかってか、中国史には何度も周という国号が登場します。宇文邕が皇帝をしている周もその一つなので、区別するため歴史上では「北周」と呼んでいます)

主人公の太公望・呂望〈たいこうぼう りょぼう〉(72才)は周を援けて、妲己〈だっき〉に乗っ取られた殷を滅ぼそうとします。

しかし、妲己ちゃんは恐るべき妖力と、スーパー宝貝〈バオベイ/戦闘アイテム〉を持つ狡猾な仙女でしかも美女でプリプリプリンちゃんと来てるので(え?)、太公望を初めとする仙人・道士たちが束になってもかないません。

お話も終盤(第17巻)、太公望は助けを得ようと、伝説の大仙人、太上老君〈たいじょうろうくん〉(?000才)を探しに出かけます。

面倒くさがりで滅多に起きてこない太上老君を何とか探し当てると、これがまたジャニーズ系の飛び切りなイケメンであります。

そもそもこのマンガ、主要な登場人物の年齢がだいたい60才以上〜3000才程度の超高齢者ばかりなんですが、主人公の太公望にしてから72才なのに、見てくれ16、7才の青少年に見えます…というところで、私はハタ、と膝を打ちました。

この話、元々が中国明代の古典小説なのに、内容も実は終盤まで、ほとんどマンガと一緒です。つまり、殷と周すなわち、神話と歴史の時代が交代する時期の史実をベースにしつつ、仙人・道士・人間・妖怪が入り乱れ、各々アイテムを駆使して相手を倒し、封神榜(打倒リスト)を完遂するというもの。

大事なことなので3回言いますけど、このファンタジーゲームそっくりなあらすじは、今から500年以上前に成立した原作(古典小説)通りなんですよ!

で、小説の挿絵は実年齢(?)にふさわしくおじいさんばっかりですが、マンガの方はイケてるビジュアルの登場人物ばかり。何でよ...?と思ったけど、そうだった、仙人・道士は不老不死、つまり、いつまでも若いんです! だから挿絵の方がまちがい。

何で今までそこに気づかなかったんだろう? そう思った瞬間、私はこのマンガのトリコに…。

あ、話が逸れちゃった。

そのイケメンな太上老君が最強というにはあまりにもダラダラしているせいか、太公望は自分のダラダラぶりを棚に上げて尋ねます。

「おぬし 妲己より強いか?」

太上老君はいつになくキリッとして答えます。

「彼女には決して負けない」

ここでページが変わって、次のセリフは、

「なぜなら 戦わないから!」

それを聞いた太公望は膝かっくん、となるわけですが、孫子の兵法のなんたるかを知り、ドラマもここまでご覧になった皆さまにはよくお分かりのことでしょう、この言葉の深さが。

そう、戦わなければ負けることはないのです。
そして、戦わないということは、いかに困難であることか!

このあたり、ちゃんと中国哲学の基本を押さえてオリジナルなお話にしてるところがまた素晴らしい。

このマンガ、またちょっと先で登場することになるので(え、まだやるの?)今回はここまでにしておくとして、宇文邕が実権を握って最初にしたことは、実にウルトラCなことでした。

いまこの不安定な国内情勢のまま攻められたら、下手すると国ごとなくなっちゃうかも知れません。
それを、いかにも恩着せがましく防いだわけです。さすが忍従12年は伊達じゃない!

そして、受け取る側の人にとっても、コイツは非常に悩ましいアイテムなのですが(宇文邕がくれた、ってことを差し引いても、四爺は実は受け取りたくなかったことでしょうよ…)、それは次回以降のお話。

宇文邕はじっと雪舞を見たあと目をそらして、

“在朕反悔之前你們走把”
(気が変わる前に去れ)

と言い、言われなくてもそうする、と書いてある四爺の背中を見送りつつ、

“好不容易找到懂朕心的人 朕卻不能把她留下”
(ようやく心が安らぐ相手を見つけたのに、そばに置けぬとは惜しい)

と独りごちます。

そのつぶやきを聞いてうなだれる宇文神挙。

あなたの心を分かっている人は、雪舞の他にもちゃんといるわ、仔ブタちゃん!
部下と奥様を大切にね! とエールを送って次回へ続くこちら


posted by 銀の匙 at 02:38| Comment(4) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月28日

蘭陵王(テレビドラマ28/走馬看花編 第16話)

このたびの九州方面の地震で被害に遭われた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

日本のどこにいても地震に見舞われる可能性があるので、他人事とは全く思えませんが、日本ばかりでなく、お隣りの台湾もあちこちで頻繁に地震があるようですね。

テレビドラマ《惡作劇之吻》(「イタズラなkiss」)を見ると、第1話目にして物語の一番大きな転換点は、アリエル・リン演じるところの主人公、袁湘琴(Yuan Xiangqing)の新築の自宅が震度2の地震で倒壊してしまったことでした。

いきなり随分な展開だこと、と思ったら、どうやらこれは日本の原作コミック通りなんですね?(→まだ読んでなくてすみません…)

ドラマでは幸いケガ人は出ませんでしたが、突然に家を失った湘琴は、父と共に、父の友人宅で暮らす羽目になります。

初めの頃こそサイテーな成り行きでしたが、結局はそのおかげで、彼女には幸せが訪れるんですね…。

いま大変な状況の皆さまには何の慰めにもならない話とは思いますが、いつかきっと皆さまにも、湘琴のように、少しは苦しみを補ってくれるような良い事が訪れると信じています。

というこことで、アリエルつながりから参りましょう、第16話

(〈蘭陵王〉関連の記事を最初からご覧になりたいかたは、右欄から蘭陵王のカテゴリーを選ぶか、または→こちらを最初から戻ってご覧ください。)

前回・第15話は→こちらをご覧ください。

前回までのあらすじ

紆余曲折を経て、晴れて斉国の将軍、蘭陵王〈らんりょうおう/Lan Lingwang〉=高長恭〈こう ちょうきょう/Gao Changgong〉=四爺〈スーイエ/Si Ye〉の元へ嫁ぐことが決まった、巫族の天女・楊雪舞〈よう せつぶ/Yang Xuewu〉。

見せたいものがあるからと四爺に案内された、柳の立ち並ぶ、とある場所で(マジでどこなんでしょう?)、せっかくのデートだったにもかかわらず四爺と口論になり、挙句の果てにかつて助けた周の皇帝、宇文邕〈うぶん よう/Yuwen Yong〉=またの名を仔ブタ陛下(って自分で言った)に かどわかされ 懇願され、皇帝の姪・貞児〈Zhen Er〉の治療のため周に赴く羽目に(全く、何やってんの…)

四爺は衛兵に成りすまして秘かに周の宮廷へと同行するのですが…。

 
    *     *     *

つか、まさか「王族動向」とかってお触れ書きが貼りだされるわけでもあるまいに、いくら誘き出したとはいえ、敵国の皇帝にお屋敷からいつ遠出するかとか、スケジュールがすっかり筒抜けな蘭陵王府って、一体使用人にどういう教育してるんだか他人事ながら心配です。

一歩間違えば最近のとんでもない監禁事件の被害者のようだったかも知れない、(たぶん)10代の楊雪舞ですが、幸い周の宮廷では重用され、すっかり貞児(と仔ブタ)に懐かれています。

JKだったころのウジウジおどおどした態度はどこへやら(おっと、これは別のドラマ)、すっかり大斉国の未来の王妃が板についたアリエルは、ドロンジョさまばりのおしおきキャラぶりを発揮しています。

さすが、ドS・高一族のヨメになるだけはある!

その雪舞様は、のぞきの現行犯でつかまえた四爺に説教をかましています。

“我已經是人家的妻子了
若身子不小心給別人看了 可就對不起我的夫君了”

(私はもう人妻なのよ。
もし身体を他の人に見られでもしたら、旦那様に申し訳が立たないでしょ)


これは、第2話(→こちら)で、周兵の襲撃に遭って温泉場で倒れたときに、こんなあられもない姿を誰かに見られでもしたらお嫁にいけない、と言っていた話と呼応しています。

“告訴你 我夫君呢 可是大名鼎鼎的戰神”
(言っときますけど、私の旦那様は名高い軍神なんですからね)

だからといって四爺も、相手の目をくり抜いたりするのはイヤでしょう…!

と思ったけど、そうだった、ヨメにちょっかい出そうものなら、トラのオヤツにされてしまうんだった。

目をくり抜くどこの騒ぎじゃありませんでしたね。
高一族の血は争えません。くわばらくわばら。

しかし、怖いフリもここまでで、いちおう後悔はしているらしい楊雪舞。

“都怪我不好 沒聽他的才會這樣”
(私が悪いのよ 言うことを聞かなかったから)

と言われてうなずいてるのか何か、深く下を向いてる四爺。

“你有妻子嗎“
(あなた奥さんはいるの?)

聞かれた四爺はうんうんとうなずきます。

“你在乎她 就好像我很在乎四爺一樣”
(あなたが奥さんを愛しく思うように 私も四爺が愛しいの)

ここでちょっと細目で雪舞を見ている四爺が映ります。

“我們很在乎彼此 很愛對方的兩個人”
(私たちはお互いを思い合い 愛し合う2人なのよ)

ここで、四爺は仮面を被っていてもわかるほど、優しげな表情になっております。

“在乎”というのは、面白い言葉ですね。
実は私もこのドラマで初めてこの形で使われているのを聞きました。通常、よく聞くのは否定の表現“不在乎”(心に留めない、気にしない)の方じゃないでしょうか。

第14話(→こちら) で、牢に囚われた四爺のところに現れた雪舞が、

“我曾經很害怕 我們不可能有結果的但是我已經不在乎了”
 (これまで私は恐れていた 私たちは結ばれる縁ではないことを。
だけどもうそんなこと どうでもいいの)


と言ってましたね。

ちょうど当てはまる言葉は日本語の標準語にはないんじゃないでしょうか。
英語だと、careとかcare forにニュアンスが近いように思います。
“I don't care”は気にしない、“care for you”は、ま、ほとんど、好きだって意味ですよね。

“所以啦 如果做出讓對方擔心的事情 那就是不負責任
總之呢 不管怎麼樣 你都得幫我探聽到這件事情 知道嗎”

(だから、相手を心配させるようなことをしたなら無責任だわ。
そういう訳で、(蘭陵王にちゃんと伝言をしたか)絶対聞き出してほしいの。わかった?)


四爺は思わず、口に出して「うん」と言ってしまいます。
(中国語では目上の人にも「うん」って言うんですね)

このシーンはちょっと面白いんですけど、四爺は雪舞が遠ざかると同じだけ前に出て、戻ると同じだけ引っ込むので、なんだか2人の間に磁力が働いているようです。

その割に、マスクを外して、という雪舞のリクエストに応えようとする四爺ですが、だったら「うん」以外に何か言ったらいいのに。

外で誰かに見られてはマズいので黙っているのかと思ったら、そうでもないらしい。

まさか「サプラ〜イズ(はぁと)」とか、やるつもりだったのかしら(殴)

マジメそうな顔しちゃって、実はそれぐらいやってもおかしくないキャラだったってことは、10番台も半ばになると、すでにバレバレです。

今回の最後で、宇文邕にさえバレちゃいました(てへっ)。

自称軍神の割に中身がお子ちゃまな蘭陵王は、雪舞を見送りつつ思います。

“算你有良心 知道掛念本王”
(この私を気に掛けるだけの良心はあると見えるな)

ほらほら、また“本王”ですよ。
ボクちゃん、威張れるところはそこだけなの?
かわいそうにねぇ…

でも、久しぶりに雪舞と話ができたので、ちょっと嬉しそうな感じもしますね。

と、思ったら、あらこちらも大変お久しぶり、ここで尉遅迥〈うっち けい/Yuchi Jiong〉将軍の復活です。しばらく見ていなかったせいか、だいぶお痩せになったような…

それとも、比較の対象となる方が…いぇ、な〜んでもございませんっ♪

それよりも『三国志』ファンの皆様におかれましては、宇文邕が背中にしょってる変顔…もとい、扁額が気になって仕方ないことでしょう。

“寧靜致遠”

とは、手元の中日辞典を見ますと

「穏やかな態度で奥義を極めること」とあり、諸葛孔明の言葉としています。

孔明は亡くなる間際、息子への教え《誡子書》を記しており、その中に

「心を静かに保つことができなければ 遙か遠くの目標に達することはできない」

という一文があります。

軽はずみに行動することよりも、自重して静かに自らを高めることを尊んだ軍師・諸葛亮の人柄が表れている言葉ですね。

実は《誡子書》のベースになっている考えは紀元前2世紀に淮南王〈わいなんおう〉・劉安によって編纂された《淮南子》<えなんじ>にあります。この本、以前第10話の4(→こちら)でもご紹介しましたが、元々、この言葉も《淮南子》の主述訓から取られたもので、

人主之居也,如日月之明也。
(君主の地位は日月の如く明らかで、)

天下之所同側目而視,側耳而聽,延頸舉踵而望也。
(天下の誰もが目を見開いて視、耳をそばだてて聴き、
首を伸ばし、かかとを挙げて望み仰ぐところである。)


是故非澹薄無以明コ,非寧靜無以致遠,
(それゆえに淡泊でなければ美徳を示すことはできず、
心を静かに保たなければ遠くに到ることもできない。)


非ェ大無以兼覆,非慈厚無以懷眾,非平正無以制斷。
(寛大であればこそ一切を覆い包むことができ、仁慈の心があればこそ民が懐き、公平であればこそ裁断を下すことができるのだ…)

“九五之尊”(人として最高の位にある者)として尊崇を受けるはずの皇帝でありながら、臣下の専横に黙って耐え、時を待つしかない…宇文邕の心境をよく表している言葉ではないでしょうか。

ここで尉遅迥将軍は皇帝・宇文邕に向かって、邙山〈ぼうざん〉の戦い(第9話。記事は→こちら)で、宇文護から牽制され、持ち場を離れてごめんなさい、と謝ります。

宇文邕は、

職場放棄なんて You're fired! 
クビだあっつ!

などと“川普”〈Chuangpu=トランプ〉のようには怒らずに、逆に、愛用の剣を将軍に与えるという(誰かさんと違ってこちらは態度だけ)太っ腹なところを見せます。

そして、おお、取りいだしたるは邙山の戦いの折、ヤンキータイマンの場=蘭陵王と一騎打ちしたとき抜いてた剣ではありませんか。

第9話を見ながら、何でこんな妙なシーンがあるんだろう、と常々不思議に思っておりましたが、今回使うためにフィーチャーしていたのですね。こんなとこにまで伏線を張っておくとは、さすがです!(いや違うだろ)

そして迎えた大冢宰〈だいちょうさい〉・宇文護〈Yuwen Hu/うぶん ご〉のお誕生日会。

はあ、でも待ってください?
そもそも中国の古代に、お誕生日なんて祝う習慣あったのでしょうか。

だって昔は、生まれた時が1歳で、新年になると、皆、いっせいに年齢が1歳増えたんですね。これを「数え年」と言います。

お正月(旧正月)には、中国の子どもも“壓歲錢”(お年玉)をもらえるそうなんですが、これは年度の変わり目にやってくる“年”という怪物を追い払って無事に年を越せるようにするため(…要はワイロ?)。

百度先生によりますと、お年玉の習俗は、元は立春の行事“散錢”から来たものとのこと。“散錢”が具体的にどんなものかは書かれていませんが、文字づらからすると、お金をばらまいたのでしょう。そして撒いたお金は普通のコインではなく、厄除けの特別な文字が刻まれたものだったと思われます。

その後、春節(旧正月)が祝われるようになると、この行事もその時期にスライドし、やがて年長者が厄除けのお守りとして、赤い糸を通したコインを年少者に与えるようになった、ということです。

現代中国ではお年玉を赤いご祝儀袋に入れて子どもに渡すので、“紅包”とも呼ばれています。中国ではお祝い事の色はだというのは第4話(→こちら)でご紹介しましたね。

実際どんなものか、2016年のお正月番組から、ご覧いただきましょう。途中でなぜか古式ゆかしい?“散銭”も見ることができますので、どうぞお楽しみください。

それでは、2016年1月26日の『大牌駕到』をどうぞ。

同じ番組で別の回にウィリアムが出演したときの様子は、すでに第11話(→こちら)、第12話(→こちら)でご紹介しておりましたが、司会者は当時の華少<ホワ シャオ/Hua Shao>さんから交替して、阿雅<アヤ/A Ya>さん(女性)と小サ<シャオ ヂャオ/Xiao Zhao>さん(男性)のコンビになっています。

今回は、お正月映画《西遊記之孫悟空三打白骨精》のプロモのため、主要キャストがゲストで登場しています。

それぞれ、映画での役を意識して発言していますが、特にウィリアムは挙措動作も役柄の三蔵法師になりきっており、なかなか面白いです。

映像はこちら↓から(公式HP)
http://v.qq.com/cover/s/sa7l2jifb8qq14l.html

【司会】
=阿雅さん
=小サさん

【ゲスト】
=郭富城(アーロン・クォック)
=小瀋陽(シャオシェンヤン)
=馮紹峰(ウィリアム・フォン)
=羅仲謙(ヒム・ロー)

1:10ごろから

:拍手でお迎えください、沙悟浄役の羅仲謙<ヒム・ロー/Him Law>。
:ようこそ。
:お年玉取ってくださいね。
(ステージの入り口にお年玉の下がったゲートがしつらえられています)

ヒム・ローは香港の俳優さんです。《西遊記》シリーズの前作(

《西遊記之大鬧天宮》
)に恵岸行者の役で出演しています。『欲望の街』シリーズの最新作にも出演してたんですね。

:二番弟子、小瀋陽<シャオシェンヤン/Xiao Shenyang>。
:まあ、イケメンの猪八戒ね 

小瀋陽はもともと民間芸能のお笑い芸人だった人ですが、ウォン・カーウァイ、チャン・イーモウといった巨匠監督の映画にも出演しています。

:大唐国の高僧、馮紹峰<ウィリアム・フォン/Feng Xiaofeng>
:測定器の針がふり切れるほどイケメン値が高い三蔵法師ね。

:それでは最後に黄色い声でお呼びしましょう 一番弟子、郭富城<アーロン・クォック/Aaron Kwok>!

ゲストの中で一番の格上は、香港の大スター、アーロン・クォック。前作に出演しましたが、そのときは牛魔王(哀)の役でした。前作で孫悟空を演じたこちらも大スターのドニー・イェンはスケジュールが合わず、続投できなかったようです。

ちなみに、前作には中国の神様の中でもっともイケメンとされる二郎神<じろうしん>も登場してますが、日本語吹き替えは蘭陵王の声と同様、内田夕夜さんが担当されてます。

:それじゃまずはお師匠様に、「長寿」のご挨拶を…
(テロップ:大失態!)
(ここでいきなり小瀋陽が「お母様 還暦おめでとう」
《祝媽媽長壽》)ってな歌をうたいはじめる。元歌は朝鮮族の民謡だそうです)

:歌 上手いね。
:「新年」のご挨拶を、でしたね。
:では拙僧が新年を祝して。
 騰訊の友人の皆さん、ネット視聴者の皆さん、
 申年おめでとうございます。良い年になりますように。
“飛黄騰達、事事順利”(がんがん成り上がれますように!) 
“猴年行大運”(申年に幸運が訪れますように)


アーロンの言った新年の挨拶は、イケイケドンドンの香港ではよく聞くのでしょうが、人によっては悪い意味に取る人もいるので、司会者がすぐフォローしたものと思われます。
それなのに、アーロンは...

:その通り。健康第一ですよ。“恭喜発財!”(儲かりますように!)

って、フォローにならないんですけど……。

“恭喜発財!”(儲かりますように!)も、現在でこそ全国区になっていますが、さすがに社会主義国では体裁悪いって事なのか、ひと頃は香港以外では使わ/えなかったようで、金儲けOKの2000年代に突入してなお、「俗っぽい」「品がない」と眉をひそめる人も多い言葉です。

ここでいきなり小瀋陽が「儲かりますように!」(恭喜発財!)ってな歌をうたいはじめる。元歌は香港四大天王の一人、アンディ・ラウの歌です。

この番組、画面上にニコ動みたいに視聴者のツッコミコメント(弾幕)が流れるのですが、「郭天王の前で劉天王の歌を歌うなんてバカじゃね?」的なコメントが…(哀)

ご存じの皆様には今さらな豆知識ですが、香港の四大天王とは、郭富城(アーロン・クォック)、劉徳華(アンディ・ラウ)、張学友(ジャッキー・チュン)、黎明(レオン・ライ)のことです。それぞれソロなのですが、いずれも歌、ダンス、演技が上手く、長らく香港の芸能界のトップアーティストとして活躍してきた人たちです。映画にも多数出演しているので、ご存じの方も多いことでしょう。

この中で一人だけ北京出身のレオン・ライは、《鴻門宴》(『項羽と劉邦』)の劉邦役でウィリアムと共演しています。

四大天王の歌がどんな感じか知りたい方は、番組の後半、24:40頃から、司会者のモノマネで紹介がありますので、ぜひご覧ください。

なお、香港では四大天王がずいぶん長いことトップに君臨していて、若手がさっぱり育ちませんでした。人気の若手を無理やりまとめて四小天王とか呼んだときもあったのですが、誰を入れるかもまちまちで、どうもパッとせず...。

ちなみに、仔ブタ陛下ことダニエル・チャンを四小天王にカウントする人もいます。


3:20ごろから

:皆さん、手元にお年玉袋持っていますよね。この中にそれぞれ任務が書かれてるんですよ。それでは沙和尚さん、最初にどうぞ。と言いつつも、羅から指示の書かれたカードをひったくって読む)
 「ステージにいる人全員で、《八戒八戒》のダンスを踊ること」
:映画は公開前ですけど、この曲、もう“広場舞”になってるんですよ、アーロン、“広場舞”って知ってます?
:おばさんたちが踊るやつでしょう?知ってますよ。
:しかもおばさんたちが踊ると必ずヒットするんですよね。

“広場舞”というのは、公園におばさんたちが集まって音楽に合わせて踊るダンスのこと。フィットネス目的なんだと思いますが、ド派手な赤い扇を広げて踊ったり、騒音で揉めたりと、なかなかお騒がせな様子。

ここで話題になっている、映画の押しソング《八戒八戒》の公式サイトはこちら↓ 
https://www.youtube.com/watch?v=-3n8tooc0n4

MVには猪八戒を演じた小瀋陽が出演しています。
単純なメロディーと映画の決め台詞をまぶした歌詞は中毒性が高く、「神ソング」「洗脳曲」と評価されています。

これを“広場舞”用にアレンジした振り付けはこちら↓
https://www.youtube.com/watch?v=o77vuBGRgkA

広場でおばさんたちが歌ってる映像があればもっと面白いんですが、取りあえずは、コレオグラファー本人のYouTubeから。

一曲通しで踊り終わったあと、解説つきでゆっくりした振り付けの説明があるので、メチャクチャ分かりやすいです。これなら私も踊れそう(笑)

忘年会の出し物でやってみようかしら。誰も知らないだろうけど…

:師匠、お命じください。
:八戒 おやりなさい。
:わかりました、師匠!
  (テロップ:返事は良いけどメチャ不満) 
  じゃ、教えてやる。
:(逃げる)
:あの二人(と、郭と馮を指さす)は、動かしようねぇからよ。オレが動かせるのはお前だけだから、ホレ。
(テロップ:“專挑軟柿子捏”やわらかい柿ばかり選んでつぶす=弱い者イジメ)
:(仕方なく付き合う)
(テロップ:orz 2番もあるの?)

:どうでした、兄者。
:(キリッとウィリアムに向き直って)師匠、いかがです。
:(テロップ:何か言いたげだけど飲み込んでる)
:(ウィリアムに)なんとか誤魔化せましたね。
:悟空の言う通りです。
(テロップ:神ロジック「悟空の言うことは何でも正しい!」)

(続いて、小瀋陽が指示書を読む)
:こりゃスゴイよ。歌つきで《對你愛不完》を踊ること。
:あらまあ。
:何だかよく知ってる気がするよ。誰の歌かなぁ?
(テロップ:わざとら)

《對你愛不完》はアーロンの代表曲で、中華圏では知らない人はいない大ヒットソング。歌もキャッチーなんですが、サビの部分の振り付けも誰もが知っています。日本で言ったら、ピンクレディーのUFOみたいなものでしょうか(古い?)

:この世界で歌って踊れる実力派アイドルといえば、それは、
:知ってるよ。
:アーロン・クォックでしょ。
:違うっ。オレ様。
:(テロップ:反論不能)
:あなたの自信家なとこが好きよ。
(テロップ:一体その自信はどこから…)
:師匠?
:教えてあげてもよいですよ。
(振り付きで歌う) 
 〽 對你 愛 愛 愛不完 
(あなたへの愛は終わらない)

なぜかここで、BGMが琴に(笑)。

:セクシーですね。
:(琴のBGMをバックに、しずしずと歌い踊るウィリアム)
 〽 我可以天天月月年年到永遠
 (来る日も来る月も来る年も永遠に)

:お師匠さま、すごく優しい感じ。
:素晴らしい。
:これはアーロンから習ったの。だから、僕のはオリジナルです。
:正規版ね。
:そう、正規版。
:伝授しました。

番組内でも紹介されていますが、《三打白骨精》のメイキングで、カリアゲのウィリアムがアーロンから振り付けを教えてもらっている動画が相当ウケたらしい。

《三打》チームは映画の宣伝のために浙江衛視の《王牌対王牌》(キングvsキング)というチーム対抗番組にも出演しています。

このときは北中国のイケメン代表・井柏然s-井柏然.jpg
を擁する《捉妖記》(モンスター・・ハント)チームと対戦したのですが、《三打》チームのかくし芸の目玉として、ウィリアムがまるまる一曲踊っています。ついでにマイケル・ジャクソンまで躍らされてました。芸達者ですね、ホント。(動画はこちら↓公式HPです。
https://www.youtube.com/watch?v=biervrdaw4U&feature=youtube )

:じゃ優しいお師匠さま、お手元のお年玉袋には何が?
:(覗いて)こいつはイイぞ。
:(読む)「ゲストの未婚野郎の皆さん、結婚はいつですか」
(さっと小瀋陽の方を向いて)いつ?
(テロップ:これ、あなたへの質問なんじゃ?)
:これはオレ様向けの質問じゃないね。オレ、もうすぐ爺ちゃまだから。
(テロップ:よく言うよ)
:(ウケる)

小瀋陽はこう見えて(どう見えて?)既婚で、お子さんもいます。そういえばヒム・ローも結婚してるんじゃなかったっけ?ってことは、やっぱり、この質問は…

:仲謙、君の答えは?
:僕ですか。ご縁でしょう。

まさか自分に飛び火するとは思わず、お返事に困った様子。

:お師匠さまはノープランでしょう?
:南無阿弥陀仏…経典を手にしておりませぬので…。まだその時にあらずと。
:その時じゃないんですね。その時になれば、自然にそうなると。
  善いかな、善いかな。(拝む)
  じゃ、お師匠さまには《對你愛不完》を踊っといてもらいましょう。
:この質問ホントにナイスだよな。
(踊るウィリアム。テロップ:言われるままに飄々と踊ってます)
:次はあなたですよ。
:(読む)「騰訊娯楽」の製作陣の皆さん、私たちにお年玉をあげてください。
(テロップ:「見学者の皆さんにお年玉をあげてください」と書いてある)
:悟空はやっぱりいたずら好きね。
:お利口さんでちゅからね〜。
(テロップ:三歳児ですか、全くもう)
:ここはやはり師匠に正していただきましょう。いったい何が書いてあるんでしょうか。
:(アーロンの方に向かって)悟空や。

またBGMが琴に(笑)

:私はときどき目がかすむことがあるのです。お前がそう思えばそうなのですよ。
:それじゃお読みしますよ。「「騰訊娯楽」社の皆さん、私たち師弟四人にお年玉をあげてください。できましたら白骨精にもお願いします」

って七夕じゃないんだから、願い事書いてどうする!?

:(テロップ:福があれば分け合い、金があれば分け合う)善いかな。善いかな。
:私たち「騰訊娯楽」はケチじゃありませんよ。一人6元のお年玉を出しましょう。皆さんどうですか?!
(テロップ:礼は軽いが情けは厚い)
“六六大順”(すべてが順調に進む)ですよ。

“六六大順”というのは、「いっぽんでもニンジン」のような数え歌というか、数字をいう時の決まり文句です。

今もやってるか知りませんが、以前は居酒屋に行くと“猜拳”という遊びをしている人たちをよく見ました。

これは2人でやる少し複雑なじゃんけんみたいなもので、ラップみたいに、“三星高照”“十全十美”など、数字の入った決まり文句を言い合い、言い手と相手の双方が出した指の数の合計がその数字と一致すると、相手が罰として一杯飲まなければなりません。

使われる文句には他にも、「」には“双喜臨門”第12回こちらで出ましたね)、「」には“三桃園”(三国志の故事から来たんでしょうかね)などがあります。

」は“六六大順”が使われます。
出どころははっきりしませんが、たぶん、サイコロ賭博から来た言葉ではないかと思います。

(全員にお年玉を配る)
:ホントに六元だ。「騰訊」さんよ、すげえ金持ち会社だね。
  断固抗議するぞ!こんな大会社が六元っていったら六元こっきりなのかよ。
  オレらに六元ぽっちよこすのかよ!
:これ、六元と言ったのだから、きちんと六元くださったのです。約束を守ることが大事なのですよ。
:この六元はお布施だよ。
:(お年玉袋を開けながら)あれっ、変だよ、僕の、なぜ一角が入ってるの?
  (紙幣を数えて)結局僕のは六角だ…。
(急いで自分のお年玉袋の中身を確かめる郭富城)

字幕には出てないですが、三蔵法師は、「どうやら師匠の待遇は弟子に及ばぬとみえる...」とグチっておられます。

中国の通貨単位は元で、10角=1元。つまりお弟子さんたちの10分の1ってことですね…。

:じゃ幸先よい新年のために、スタジオにおいでの皆さんにお年玉を撒いていただきましょうか。
*   *    *

さて、話はだいぶ遠回りしましたが、お年玉まで渡して(不満そうな方も一部おられましたが)、後の時代には爆竹を鳴らしてまでも“年”を退けようとしたのは、“年”が害をなす化け物というほかに、年を取ることへの畏れもあったのではないでしょうか。

中国ばかりではなく、日本を含む周辺国も、昔は数え年といって、お正月に一斉に一歳増えることになっていたんです。

第2話で雪舞が髪を笄〈こうがい〉で結い上げる、成人式がありましたね。40歳を不惑〈ふわく〉、60歳を還暦〈かんれき〉というように、女子は15歳で成人を迎えるため、その年を笄年〈けいねん〉といいます。

邙山〈ぼうざん〉の戦いのときに冬を越してますので、ただいま楊雪舞は16歳のはずです。奥様は16歳(…って古いか)、若妻っすね。ま、「十五でねえやは嫁に行き」って歌詞もあるくらいなんで、当時は別に珍しくもないんでしょうけど。

さて、中国では今でも日常的に数えで年齢を言う人がいます。
たとえば、《大牌駕倒》なんか見ておりますと、司会者(お懐かしや、この頃はまだ華少さんですね)がゲストの方とこんなやり取りをしておられます。
(もとのインタビュー映像はこちら→http://v.qq.com/x/cover/wdynmjl08dxqlei/t00150h7tt0.html 
このインタビューの他の部分は第19話でもう少し詳しくご紹介する予定です)

司会者  「今年もう36ですよね?」
ウィリアム・フォン「普通、数え年で言うんだとすると、今年37です」
司会者「アラフォーですか。まあでももちろん良いことですよね。
   男性にとって成熟していくというのは素晴らしいことですよ」

さすが司会者、ナイス・フォローよね、と感心してる場合かなのですが、取り合えず古代には、年齢は「日」よりは「年」単位で意識されていたと思われます。

例外は生後100日のお祝いです。

恐らく、古代には乳幼児の死亡率が現在よりもずっと高かったので、何とか最初の三か月を生き延びて、今後も育ってくれそうだ、という確信がもてたのがこの時期だったのでしょうか。

その日は親戚が集まって飲み食いしたり、子どもの前に筆や弓などを並べて選ばせ、将来を占う“抓周”という儀式が行われる習俗がありました。

日本でもこの行事の残っている地方があるそうですが、現代の中国では、“抓周”はそれほどポピュラーではないようです。それでも字典や筆あたりはまだしも、計算機やマウス、人民元なんかを並べるお宅もあるそうですね。

ちなみに、“六六大順”にちなんで、選ばせるものの数は6の倍数にするそうです。

子どもが人民元選んだら親は嬉しいのかな?
お金に困らないのは、良い事なのでしょうけれど…。

このお祝いについての一番古い記録が残っているのは、何を隠そうドラマの背景になっている、魏晋南北朝時代。

蘭陵王のお宅拝見の回(第12話の2こちら)でもお世話になった資料、《顔氏家訓》の風操篇には、当時、文化の進んだ江南地方では、子どもが一歳の誕生日に“試兒”“抓周”と同様の行事)など盛大なお祝いをするのが流行したと記されています。

裕福なおうちでは、一歳といわず毎年バースデーパーチ―が開かれた模様で、唐代になると皇帝のの記録があったりします。

とはいえ大冢宰は皇帝でもなんでもないんですが、少なくとも周では皇帝よりエライので、次々と異国の使者が現れて祝福のコメント、アンド貢物を披露します。

残念ながら、当時のバースデーパーチ―の図は残ってませんが、529年ころ南朝で描かれた《職貢図》という絵の模写が残っており(絵はこちら↓で見られます。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%B7%E8%B2%A2%E5%9B%B3 

当時の北朝は斉・周の一個前の北魏の時代でした。そこにはがっつり我が日本代表「倭国」の代表も登場しております。

残念ながら、日本代表のユニフォームがいまいちダサいのは1500年前も今のW杯もあまり変わりませんね…(哀)。

当時の日本は古墳時代で、そろそろ国も統一されたということで使者をよこしたのか、それとも国内でまだ揉めてたので、金印でも頂戴して権威を高めようという算段だったのかはわかりませんが、惜しい事に、成長株の北朝にではなく、のちに滅亡する南朝の方に挨拶まわりに行ってしまいました。若干、貢ぎ先のリサーチが足りなかったようです。

ドラマでは、ゲストとして“孺孺族”の皆さんが登場してますが、これは恐らく、蘭陵王のじっちゃん高歓が側室として娶った騎馬民族、“蠕蠕族”のことでしょう。

彼らに限らず、外交の使者たちはプレゼントを持ってくるのですが、来られる側ではたいてい、同等かそれ以上のお返しをしなくちゃなりません。

なんだ〜押し売りかよ〜迷惑なんだよな〜頼んでねーよ〜と思わないこともなかったでしょうが、当時の力関係としては、宇文邕の奥さん・アシナ皇后がそうであるように、中国の真ん中に住んでる人より、周りに住んでる匈奴<きょうど>や蠕蠕<ぜんぜん>の方が押し気味だったと思われます。

そもそも、宇文一族自体、漢民族じゃなくて、鮮卑<せんぴ>族なんで。

そんな地位の高い方々が訪問してくださる、アンド、前にも書きましたように、国が南北、東西に分裂している状況なので、外国から使者が来るということは、来られる側にとってもそれなりにメリットがあったのでしょう。

周の国の正史である《北周書》なんか読んでおりますと、宇文邕の治世について書かれた記事には、○○が使者を派遣して“土産”(特産品)を置いてった、てな文章がしょっちゅう出てきます。

意外に思われるかも知れませんが、「○○」の中には斉国も含まれています。
ケンカしてるけどキューバにはオバマ大統領も来るよ、てなもんでしょうか。

今回の記事のちょっと先の方でまたお話ししますが、史実では西暦569年、斉の武成帝が亡くなったときに、周の国からも葬儀への使者が斉へ派遣され、お悔やみの品も届けたと史書に書かれています。

ドラマじゃ、特に招待されてない人も、こっそり斉から紛れ込んでるみたいですけどね…。

さて皆さんが和気藹々と楽しんでいるところに宇文邕が現れ、参列者は跪いて挨拶します。しかし、宇文護は酒を飲む動作をやめません。

宇文邕としては、宇文護にガン無視されようとも、

“福如東海 壽比南山”
(いつまでもお幸せで お健やかに)

と心にもないお祝いの言葉をかけます。

これは目上の人の誕生日を祝う決まり文句で、文字通りには

“福如東海長流水 壽比南山不老松”
(幸運は東海のように果てしなく 長寿は終南山の松のようにとこしえでありますように)

ということ。

いちおう上座には通される宇文邕ですが、そこへ佞臣の李安が現れ、先帝遺愛の美酒を献上します。

もちろんこれは、宇文邕がやってくると予測して仕込んでおいた小道具なんでしょうね。宇文護は酒にかこつけて、先帝の元で打ちたてた功績について押しつけがましく吹聴し、反比例して寿命が縮んでくとおぼしき宇文邕は、

“没有大冢宰,就没有周国今日的繁荣”
(大冢宰なくしては、今日の我が国の繁栄はなかった)

と感謝の辞を述べます。

“没有〜 就没有〜”は、何々がなければ何々はない=何々があったからこそ、何々があるのだ、という決まり文句です。試験に出るので覚えておくように。

中国の人にこれで例文を作れ、といったら十中八九同じ文章を作ってくると思いますが、CMソングがいかに効果的かという見本みたいなものですね。

♪没有○○党 就没有新中国♪
(共○○がなければ 新しい中国はなかった)

ま、ある意味その通りではありますが、本当はかなりいろんなものが、空欄に代入される資格はあると思いますけどね。

さて、絶賛お追従中の宇文邕は、宇文護を本当の父皇とも慕っていると述べます。

関係ない人を自分の父と呼ぶことは、相手の絶対的権威を認める、という意味です。その命令には絶対服従です。

だから、ウィリアム項羽も亜父・范増〈はん ぞう〉には服従したし、無敵の孫悟空もその師父・ウィリアム三蔵法師に頭が上がらないのです。

それにしても日本語ではなぜ、兄弟子、弟弟子とは言うのに、師のことは師父とは普通呼ばずに師匠っていうんでしょうか。教えて、エライひと!

は〜い、ボクですか〜(はぁと)とは言わなかったけどちょうどそのタイミングで宇文護が来駕の礼だと言って呼び入れたのは、

…尉遅迥<うっち けい/Yuchi Jiong>将軍。

邙山<ぼうざん>の戦い(第9話こちら)で数万の軍を率いていながら、たった五百騎の蘭陵王に敗れるとは言語道断、と大冢宰はエラくご立腹です。

もちろん、これは宇文邕への当てつけですね。

宇文邕は罪人扱いの尉遅迥を庇うそぶりを見せますが、大冢宰は数万の精兵を失ったけじめを付けるべく、彼を“五馬分屍”(八つ裂きの刑)に処すと言い、参列者たちも同調します。

これは第14話こちら)で誰かさんが危うくやられそうだった刑ですね。

将軍同士、仲の良いこと…。

当然視聴者も、過去のエピソードを思い出すでしょう。
尉遅迥の傍らには、彼を必死に救い出そうとする五爺のような人が居てくれなかったということに、彼我の違いを感じます。

しかし、ここで比べるべきは、尉遅迥と蘭陵王ではありません。

ここで比べられているのは、宇文邕と蘭陵王なのです。

宇文邕はこの場面で冷酷にも、宇文護を呼び捨てにすることは死罪に値するという理由で尉遅迥を手にかけます。この時代、エライ人を呼び捨てにするとどうなるか…ぶるぶる。
誕生祝いにこういう余興は勘弁してほしいもんです。

まあそれはともかく、宇文邕には果たすべき務めがあり、そのためにはこうするしかなかったと、この時点では皆、納得するでしょう。

ところが、物語が後半に入ると、蘭陵王が同様の決断を迫られるシーンがあるのです。

そのとき、彼はどうしたか。

そこに宇文邕との差が歴然と現れます。
その差をどう見るかが、また悩ましい訳ですが...。

さて、先の話はさておき、取りあえずドラマでの現在に戻ると、ここで宇文邕が機転を利かせれば、尉遅迥一人の命は助けることができたかも知れません。

しかしそれでは、災厄を除き、第二、第三の尉遅迥を助けることはできなくなるという判断だったってことですね。

斉陣営にはさんざんコケにされてきた尉遅将軍ですが、宇文邕にとっては数少ない腹心の部下だったのでしょう。大冢宰に向き直った後のダニエル・チャンの鬼気迫る演技のスゴイこと…
ホント、素晴らしい!

って思っていたら、こんなシリアスな場面こそ、視聴者ツッコミ隊の恰好の獲物だったらしい。

以下のNG番組、いい加減見飽きた方も多いでしょうが、ようやくネタバレしない回まで来たのでご紹介しましょう。

この作品は、何仙姑夫さんという方が作ってるパロディ動画シリーズなのですが、数々の人気ドラマや映画の間違いに画像でツッコむというのと、せっせと週一更新というのが凄すぎて、中央電視台(日本でいうNHK)でも取り上げられたほどです。

司会進行役で出てくるブタさんは「マクダル」という香港の人気キャラ(のパロディー…?)で、日本でもアニメが劇場公開されています。映画版は香港四大天王の一人、アンディ・ラウを始め、豪華な声優キャストが出演してることでも知られます。

動画はこちらから↓
http://v.youku.com/v_show/id_XNjAxOTY0OTQw.html?from=s1.8-1-1.2

では、以下拙訳でご覧くださいませ。

<マグダル>
さて、ボクが思うに今日取り上げるドラマは、有史以来、ポカの最も多いドラマです。
タイトルは「蘭陵王」。無駄話はやめて、早速行きましょう。

まずはこのドラマのポスターですが、グローバルスタンダードで
もつれる激しい恋のトライアングルを表現してますネ。
その後でアメリカのドラマ「ヴァンパイア・ダイアリー」を見ると、ここまであからさまにパクる必要アリなのかと。

現代のものに関係するNGとしては、雪舞が窓を開けたときに、
コレですけど、 ビッカピカのステンレスの蝶番ですよネ。

そしてココを見ると、コンセントが出現しています。

それから兵士が街を見回っているときに、蛍光色のゴム靴を履いています。

6歳以下のお子様向けドラマですかネ?

蘭陵王はこのとき、弓には1本しか矢がありません。

予備の矢もありませんが、
しかし城門までやってくると 三連続で矢を放っています。

この動作、悶絶級のカッコよさですけど、
でもさっきまで矢は一本でしたよね。あとの二本は宝くじで当てたのでしょうか。

斛律須達<こくりつ しゅだつ>が馬で陣地を出るとき、タテガミは黄色でした。

だけどしばらく経つと、セピア色に変わっています。
途中の美容室でカラーリングでもしたのでしょうか。

蘭陵王と雪舞のおばあ様が庭で話をしているとき、カメラが引くと、
Tシャツを着た男性が隅っこにしゃがみ込んで2人を見ています。

それから、このシーンに注目してください。

ピンクのキャップを被った娘さんが通り過ぎてます。

監督、わらっとくってそんなに難しいんですか。

宇文邕<うぶん よう>は大殿で尉遅迥<うっち けい>を殺します。

ご注目ください。宇文邕の右頬に血はついていません。
しかし彼は外に出ると、突然右側にも血がついています。
乾癬なんでしょうか。結構広がってますよネ。

蘭陵王が矢に当たったとき、位置を良く見てください。鎧の丸い部分に当たっていますネ。

しかし助け起こされると、矢の位置が上に変わっています。
まさか自虐ギャグで、抜いてから別の場所に差したんですかネ。

最後にまとめてドラマの中の人たちのNGをお見せしましょう。

戦に勝って、この兵士が抱擁しているのは現代人ですよネ、
髪が横わけですけど。

偉い人が話してるときに、このエキストラの人はガバッと兜を脱いでます。

官軍が鄭児を捕まえて、殴っているときに、さっきの半そで男子がまた出現しています。
カメラが回っていることに気づいてまた戻っています。
お兄さん、恥ずかしがらないでくださいネ。

蘭陵王:古代に存在しないモノについてのNGはたくさん見つかりましたが、最悪なのは、まだ指摘がないですね。

雪舞:なんですのん?

蘭陵王:それは君をヒロインにしたことですよ。
口を開ければ香港・台湾なまり。どうしたって現代ドラマっぽいですよ。

雪舞:あんた、ほんまにイケズやわ!
何でそんなしょーもないこと…うちのどこが台湾なまりやって!
*   *    *

…すいませんすいません台湾なまりどころかニセ関西弁で…。

今は昔、中国ではオサレなトレンディードラマといえば香港や台湾製作の作品で、ドラマのセリフが新語や流行語として広まったので、台湾・香港の中国語=現代ドラマって印象があるみたいですね。

実は私だって、このドラマを観はじめた当初は、

なんで古代の北中国に台湾中国語で喋る女が出てくるのよ!
(いちおうは)標準語をしゃべってるウィリアム・フォンを吹き替えるより、
アリエル・リンに声優さん使った方がいいんじゃないの? 

とかバチ当たりなことを考えてたりしましたが、
それをやったら(時代劇だけど)トレンヂーぢゃなくなるからダメなのね?

と、そこへウワサの香港出身のオシャレな皇帝と台湾出身のモダンな天女が登場し、北中国の古都・長安なはずの画面の緯度が一気に低くなってまいります。

そんな大げさな、北と南で言葉が違うったって、同じ漢民族だったら分からないってほどじゃないよね…

と思ったあなた様、それではどうぞこちらの番組をご覧くださいませ。

お年玉のところでご紹介した、《大牌駕到》の後半部分です。

ここでは、皆が帰省するお正月時期の放送にふさわしく、

香港出身の郭富城・羅仲謙、
上海出身の馮紹峰、
遼寧省(中国東北部)出身の小瀋陽、
そして台湾出身の司会者・阿雅

が、それぞれのふるさとの習俗やことばの話で盛り上がります。

9:40ごろから
:それでは皆さん、一緒に火鍋を囲みましょうか。
:火鍋!
(テロップ:“典型吃貨一枚”典型的な食いしん坊

:上海では年越しのとき、何を食べるんですか。
:上海で年越しのときは…年越しのときの料理ですね。
:お宅ではそういう習慣ないんですか。うちは魚を食べるんですけど、片側だけ食べて、それから裏返すんです。で、ひっくり返した面は、新年に改めて食べます。
:魚ね。魚なら“劃過來”(漕いできた)面でしょ。
:つまり“年年有余”(毎年余裕がある)という意味です。

*
“魚 yu”“余 yu”が同じ音なので、ひっかけているんですね。
*

:だから“劃過來”(漕いで)来ないとね。
:海で仕事する人は縁起かつぎで、つまり漁師さんは、食べないでしょう、

裏返しにした魚は。そうすると船が「ひっくり返る」から。
:だから“翻”(ひっくり返した)面と言ってはダメ。“劃”(漕いだ)と言わないと。“翻”の字はタブーです。
:あなたのお家もそうですか?
:僕たち(中国の)東北地方は餃子ですね。昼は火鍋です。
(テロップ:餃子は“招財進宝”を意味しています)

おっ、懐かしや“招財進宝”第2話以来ご無沙汰ですね…(第2話は→こちら

:昼と夜は豚足もでます。

と、共食い…?

:あとはカニ。“発横材”(思わぬ儲け)の意味です。

:香港の皆さんはどうですか。
:香港では“樹shu菜”ですね。
:(“素菜”(精進料理)と言いたかったらしいアーロンの発音を直して)
“素 su”

標準語しゃべりづらそうですね...
ここはちょっと面白い例です。

広東語にはshuという発音がないので、本当はsuは言えてshuの方が言えないはずなんですが、入れ替わってしまってます。標準語はshuって言うんだ!と過剰に適応した結果ですね。

実は日本語が母語の人にも同じようなことがあるんです。
たとえば、日本語には[ R ]の発音がないので、英語の[ R ]の発音が苦手ってよく言いますよね。
ところが、英語っぽく発音しようとするあまり、本当は[ L ]のところまで、全部[R]で言ってる人が多いんだそうです。

だから、むしろ[ L ]の発音をしっかり練習した方がいいらしいです。

:母が一番得意な料理は“斋菜”(精進料理)でしたね。必ず母が作ってくれるのを待って食べました。
:そうですよね。あるお料理に特別な思い出や意味があるんですよね。そのお料理には何か特別な意味があるんですか。
:具がたくさん入っているんですけど、たとえば“髪菜”とか。これは“発財”の意味ですね。“生菜”“生財”の意味です。“蠔豉”“好事”に通じます。つまり、良くなるということです。いろいろな意味が込められているんですね。
:近い音の言葉をもじってるんですね。
:ってことは上海料理が一番つまらないってことでしょうかね。  
“年糕 niangao”(餅米料理)があるじゃないですか。
  “年年高升nian nian gao sheng”(年を重ねるごとに高く上る)という意味がありますよね。
:あと、“蛋餃”(玉子餃子)がありました。黄金で出来た“元宝”(昔のお金)に似てるでしょ。
:どんな習慣があるかっておっしゃいましたけど、仕事でずっと外にいますから。
:一家団欒の機会は大事なんですね。


13:10
ようやく新作映画の話になって…

:僕たちは現世によみがえった“四師徒 sishitu”なんですよ。
:大変ですよねこの、標準語をしゃべるっていうのはホント。
(アンディのコップにオレンジジュースを注ぐウィリアム)
:あら良いお師匠さまですこと。まずはジュースで口を滑らかにしてということですね。


先ほども出ましたが、shの発音は南方系の言葉にはないので、皆さん習得に苦労してます。特にsiとの組み合わせは北中国の人でも口が回らなくなるらしく、失敗率の高い早口ことばとしてポピュラーなものに

石 獅 寺 有 四 十 四 隻 石 獅 子…というのがございます。
shi shi si you si shi si zhi shi shi zi

アーロン、ナイストライ!

17:18
:お師匠様(ウィリアム)は優しいんですよ。とても優しい人なんです。
“所以你差點要被他掰彎了”(だから危うくあっちの趣味に引きずりこまれそうになったでしょ)
:実はほんのちょっと…

このあたり、ギャグを交えつつも出演者はお互い褒め合っているわけですが、上に流れる視聴者のコメントはだんだん辛辣に…。

最近は何でもゲイっぽく演出してヤダヤダ…みたいな番組への批判はともかく、
その年で若い女の子を口説きまくって、とっかえひっかえお試し数年でポイ捨てなんて無責任な、とかヒドイこと書かれています。
なるほど、そういうイメージで見られているわけね…。
こればっかりは片方だけの責任じゃないのでは?とは思いますが、

ま、頑張れ!


20:15ごろ
:じゃ、仲謙は皆と上手くお話は出来ました? アーロンが広東語風標準語だったんで目立たなくて済んだんじゃない?
“四師徒”シーンのフラッシュバック)
:僕、実は瀋陽さんとのお芝居が多かったんですけど、俳優としては、まずコミュニケーションを取らないとダメでしょう。だから、まずは日常の小さな事でやりとりをしたんですけど、実はお互い全然何言ってるかわからなくて、あっ、僕が全然分かってなくてすごい困りました。分かったふりしなくちゃいけなくて。
:今ごろあれが「ふり」だったって知ったよ。

21:35
:東北語は教えてもらいました?
:ありました。でも覚えられないです。(キッパリ)
:そんなことないでしょう。
:僕に広東語が覚えられないのと一緒ですよ。
:広東語ってすごく難しいんでしょう?
(口々に)難しいですね。
:広東語には声調(トーン)が七つあるんですって?
:九つです。
:東北語はどうですか。
:東北語は実のところ標準語の一種ですよ。
  方言を混ぜなかったら完璧に聞き取れますよ。
  例えば、「あなた綺麗ですね」「すごく素敵ですよ」
  「僕はものすごく“磕磣”です」とか。
  “磕磣”「ブサイク」って意味です。

“磕磣”の元の意味はデコボコしてる(のデコの方)ってことです。
なるほど、これでブサイクね。

:話しているうちに方言が出ちゃうんですよね。
  “整點酒”(酒注いで)とか。
:東北語の成語ってたくさんありますよね。
  飲み過ぎて“五迷三道”とか。東北の三つの省(遼寧省、吉林省、黒竜江省)の中でも、遼寧省は方言がいちばんキツくないですか。
:(遼寧省のアクセントで)「ディエンワを掛ける」
:(真似して)「ディエンワを掛ける」????
:「電話を掛ける」です。
:いちばん歌っぽいのは葫蘆島語ですね。
  錦州です。
:錦州。

錦州は東北地区の交通の要所で、戦前はいわゆる「満州国」の統治下にありました。国共内戦の折の激戦区でもあります。

:「なにしてぇえんの?」
  「ごはんたべぇえた?」
  「娘っこずいぶんきれいになったよぉぉおなぁ?」
  「長いシカートはいてんのぉお」
   “裙子”(qunzi:スカート)を“純子”(chunzi)っていうんですよ。
:それはともかく、なんで態度が偉そうなおじさんみたいになるんですか。
  錦州語をしゃべりだすと、顔全体がこんな風に…(しゃくりあげるマネ)。
:語尾が…。
:「何言ってんだぁあね?」
(真似する テロップ:コピー&ペースト)
:「なぁあんでメシを食わしてくんないぃんだぁあね?」

ゲストの目の前に火鍋セットが用意されているのですが、着火されてすらいません(哀)

:お師匠!
:(小瀋陽に向かって上海語で)“侬啊啥”‎?(お前はどうしたの)

で、またBGMが琴…!(悶絶)

:上海語が参戦してきたわ。
:全くわかんねぇ。
:(上海語で)「スカートだなんて」「冷えるじゃないの」

ただでさえ上海語ははんなりしてるのに、ウィリアムがしゃべるとさらにフニャフニャに…

:そろそろ広東語も出るころじゃないですか。
:(広東語で)“係嘞 hai la”(そうですね)“啱嘞 aam la”(その通りです)
馮:(真似して)あ〜〜むら。
“識聴 唔識講嘞”(聞き取れるけどしゃべれないわ)
“請小心車門嘞”(閉まるドアにお気を付けください)
:ドアに気を付けて…?
:香港に行くと一番印象に残るのが、地下鉄の「ドアにお気を付けください」ってアナウンスなんですよ。

中国の首都から遠く離れた広東は、昔から独自の文化が栄えた土地です。
言葉もだいぶ標準語とは違い、発音・語彙はともかく、文法にも違いがあるほどです。

アーロンの最初の返事は、標準語だったら“是的 shide”(そうです)“対了duile”(その通りです)となるところ。全然違いますよね。

広東語の返事の「はい」はとても特徴的ですが、幕末に広東に行った武士たちが、当時、Yesに当たる日本語がなかったので覚えて広めたって説があるんだけど、ホントかしら?

ともあれ、
“天不怕 地不怕 就怕廣東人說的普通話”
(どんなものでも恐れはせぬが 広東人の標準語だけは怖い)
って茶化し文句にまでなっています。

逆もまたしかりで、他の地域の人に広東語の習得はなかなか難しいらしい。そう考えると、北京出身なのに、広東語でポップスを歌い、香港映画でヒロインを演じちゃう王菲(フェイ・ウォン)のスゴさが分かります。

:(ヒム・ローに)あなたは兄弟子と長い事一緒にいたんだから、少しは東北語も身に付けないと。兄弟子ってのは名ばかりじゃないから。
:よし、一言教えてやる。
  「あのネエちゃんなかなか別嬪さんだぁあね」
:「あのらららら…?」
:大丈夫、あなた?(前が標準語で後ろが広東語になってしまっている)
“杯子 beizi”?  (コップ)
“妹子 meizi”!!(女の子)
:酔っぱらった東北人みたいです。
:少しは似てます??


〆の方でヒム・ローは、自分はふだん香港で仕事をしているので、北の方の人と共演できるチャンスは貴重でした、という話をしていて、中国ってホント広いな〜としみじみしてしまいました。

さらに、中国には漢民族ばかりでなく55もの少数民族がいて、お札(人民元)にも主だった民族の文字が記されています。地方に行けば、その土地の言葉と標準語のバイリンガル(?)放送や表記を見る事ができます。

しかし現実問題としては、家の中では地元の言葉でも学校へ行ったら標準語、というのは普通にあるパターンですし、標準語が出来ないと少なからぬハンデがあることは否めません。

今の世の中、別に強要はされてないけど、英語ができないと頭打ちになってしまうのとやや似ています。

さらに、アナウンサーや中国語の先生など、標準語ができなければならない職業の人たちもいます。当然、標準語から母語が遠ければ遠いほど習得が難しいため、ハンデになります。中国の標準語は専門家たちの話し合いで決まったのですが、当時は南北中国の主導権争いで相当揉めたと聞きました。

いまでは“普通话水平测试”(標準語レベルテスト)なるものがあり、これにパスしないと就けない仕事もあるそうです。シビアですね…。

日本じゃ放送局の社内とかではテストがあるのかも知れませんが、いくら標準語は人工的とは言え、戦前はともかく21世紀に、国がそんなテスト作ったら大問題になりますよね…。


番組ではこの後、ここまであまり出番のなかった司会の小サが一芸を披露します。
四大天王の一人、アンディ・ラウの≪咱們屯里人≫という歌を四大天王全員のモノマネでやる、という芸です。

これはモノマネ芸人がアンディのマネをして歌ったのがウケたのが始まりだったのですが、なぜか本人がこれを広東語でセルフカバー(って言うのかこの場合?)、本家がモノマネを超越するという訳の分からない事態を招いたスーパー田舎くさい歌です。

小サによるモノマネですが、四大天王の中で一人だけ中国出身のレオン・ライのが一番似てるような気がします。

さて、この後、アーロンは仕事で香港に帰ってしまいますが、残ったキャスト3人で、四大天王がいかに自分たちのアイドルだったか、という話になります。

それにしても司会者の阿雅さん、
「はい、じゃ、ここからは彼のワルクチも言えますね!」ってどういう進行よ…?


29:25ごろから

:あなたは小さい頃、誰かのファンでした?
:小瀋陽です。
:(テロップ:いいね!を100進呈 はにかむウィリアム)
:実際、アーロンがすごく好きでした。四大天王の中でダンスが一番上手かったから。それに、すごくアクティブで、明るくて、エネルギッシュだし。
:あなた自身はどんなタイプの子だったの。
:バイクに乗るのが好きでした。
(テロップ:超級バイクおたく)
:ふだんは大人しくしてて、演劇学校に通っていたときには、みんな僕のことは、毎日バイクに乗ってる人って認識だったと思います。
:彼、いつもはすごくしおらしくて鈍くさいから、どんな人だか良く分かんないでしょ?
だけどウラではものすごくお茶目なんですよ。しお茶。
そうでしょ、お師匠?
:これ八戒。いたずらが過ぎますよ。
(テロップ:おっとまた憑依されている…)

鈍くさいのは良いんですが、しょっちゅう大ケガしてますよね、この御方は。
「蘭陵王」で踏雪に踏まれて骨折する前には、自分で事故ってマイカー大破とか、「いつか、また」ではセットが倒れてきて腕を骨折、「三打」では馬が暴れて落馬。

先ほどご紹介した、《王牌vs.王牌》では、物まねダンスの練習中に足をねんざ(をいをいをい…)。

郭碧婷〈グオ・ビーティン〉と共演する新作《那片星空那片海》(あの星空とあの海と、くらいの意味でしょうかね)では撮影に入ってわずか5日目に、移動中の船で背中を打撲したとかで、一時完治4か月というニュースが流れていました。その後、それほど重傷でもないという情報も流れてきて錯綜しておりますが…。

俳優さんは身体が資本、本当に気を付けていただきたいですね。

ちなみに、ウィリアムが成りきっている三蔵法師とは、有り難いお経を取りに天竺に行った人なのですが、持って帰ってきた経典とは、《般若心経》のこと。

はて、般若…? なんかどっかで聞いたことのある単語だわ…?(わざとら)
まさかその関係で般若の面が大フィーチャーなのでしょうか(違)

一方、皇帝の仮面をつけてはいるけど、実際には血の通った人間なのよ、と雪舞に指摘された、マスカレードの似合うトレンディ―な男・宇文邕。

ここまで宇文神挙の前では万能の皇帝を演じてた宇文邕も、今回はついに彼に泣いてるところを見せてしまったくらいですから、雪舞の前で落ち込んだ表情を隠すことは、ま、無理でしょう。

宇文邕が貞児に聞かせたホラー小話(と、宇文邕自身が言ってたけど)を小耳にはさんだ雪舞は、まさか以前(第4話こちら)おちょくられていた相手が亡くなったとも知らず宇文邕に向かって、聞き様によっちゃ結構ショッキングな発言をかまします。

“又是誰 為你爾死呢”
(今度は誰が あなたのために死んだの?)

しかし、そんなことでは挫けない、鉄のメンタル・仔ブタ陛下はけなげに答えます。

“不論我付出什麼代價 做出什麼事情 朕一定會成為一代明君”
(朕はいかなる代価を払い いかなる事をしてでも かならず一代の名君になってみせる)

このシーンが面白いと思うのは、雪舞が宇文邕に、弱さがあってもいい、周りの期待通りに振る舞わなくてもいい、と言っていることです。

脚本と、それからもちろんアリエル・リンの上手いところだと思うのですが、雪舞は蘭陵王に接するときと、宇文邕に接する時ではかなり態度が違います。

もちろん、好きな人と、単なる友だちに対する態度の違いということはありますが、韓暁冬に対する友だち扱いともまた違って、語弊を恐れずに言えば、常に「上から」なんですよね。

それは、「天女」として遇されているからという理由もあるでしょう。

ただ、それ以上に、出会ったときの雪舞の状態が、蘭陵王のときと宇文邕のときとでは真逆だったというのが大きいと思います。

思い出してください。蘭陵王に出会ったとき、雪舞には今と同程度の知識や能力があったのですが、おばあ様や村娘たちにいつも役立たずと貶められていた(と思っていた)。蘭陵王は自信のなかった彼女を引っ張り上げる役割を果たしました。

だから、彼女はずっと蘭陵王を(「よんじい」とはいえ)尊称で呼んでいるし、冗談を言い合うほどの近い間柄になっても、どこかに、よく言えば憧憬の、ややもすれば遠慮しているような態度を見せます。

宇文邕に対しては、最初から、自分の能力を使って援ける立場だったので、常に同等か、ややもすると上位の態度を見せているんですね。よく宇文邕も許してると思うけど、外国人(笑)だし、天女なので、周りが咎めないからOKなんでしょう。

遠慮がない分、傍目からは親しく見えますが…。

雪舞は「友達だから」と言ってますが、宇文邕は雪舞が気を許せる相手という他に、出会った当初から彼女の能力に助けられているので、それを高く買っているようで、好きなように言わせています。

雪舞の次の発言なんか、カウンセラーか顧問みたいです。

“我倒希望 你是一個有血有肉 會開心 會難過的正常人
因為只有這樣 你才會懂得百姓要什麼”

(私は逆に、あなたには 血の通った 喜びや悲しみを知る普通の人でいてほしい。
そうしてはじめて あなたには庶民の望む事が分かるはず)


...と雪舞は簡単に言いますが、どう思います、この発言?

よく政治家を批判するときに、庶民感覚からズレてる、みたいなこと言ったりしますよね。
だけど、名宰相、名大統領の条件として、そういう弱さが必要なのかどうか…。

しかも、ここは21世紀の中南海でも永田町でもワシントンでもなく1400年前の北周。

隣にはクレイジーな一族が君臨する国があり、南にはカルチャー面でぐいぐい圧をかけてくる国もある危うい情勢なのです。
(ん? ここだけ見るとあまり21世紀と変わらない気もするな)

だって、涙が出ちゃう。皇帝なんだもん。
(「アタック No.1」なんて、みんな、知らないよね...しかも元ネタは21世紀には男女差別で放禁かも…)

なんて、言ってる場合じゃありません!

だけど、悲しかったら泣いてもいいから、と言われてさらに心が動いているらしい宇文邕。

いい父親はいい皇帝になれる…という雪舞の言葉は、しつけが厳しすぎてグレてしまった皇太子を持つ史実の宇文邕第11話こちら )には皮肉ですが、それよりは、ここで友達のために思いっきり悲しんで泣いたらいいのよ、と雪舞が腕にタッチしながら言ったあとの、ダニエルの細かい演技に注目した方が楽しいですね。

視聴者の目にはあからさまな、そして雪舞だけが気づいてないらしいそんな不実に、鋭い奥さんが気がつかないわけはありません。

アシナ皇后は将棋のお相手をしながら、それとなく宇文邕に探りを入れています。
それを受けて、皇帝の仮面をしっかり被りながら、どう見てもアヤシイよな〜、こいつ、と思わせるという、ここのダニエルの演技もお見事。

心ここにあらずの仔ブタ陛下を見送りながら、アシナ皇后は涙ぐみます。

“皇上 熱衷於象棋的您 連我動了您的棋子 您都渾然不知
天女 難道也虜獲了您的心嗎”

(陛下、あれほど将棋がお好きなのに、駒を動かしたことさえお気づきでない。
天女よ、まさかあなたは陛下の心さえも虜にしたの?)


ああ、こんな良い奥さんを泣かせるなんて…。そしてここもドラマ後半への大事な伏線ですね。

さて将棋。

中国語では“象棋”と言いますが、日本では、「日本将棋」と区別するために、「中国将棋」と言ったり、「シャンチー」と言ったりします。

現代の中国でも、街で対局を見かけますし、道端では賭け将棋をしているセミプロも見ることがあります。

紛らわしいので、以下、“象棋”と書きますが、一見してすぐ気づく日本の将棋との違いは、駒が丸いことです。

同じくボードゲームの「囲碁」は丸い碁石を使いますが、面白いことに、魏晋南北朝の時代まで、中国の碁石は四角だったようです。

実は、史実の宇文邕は盤面を陰陽五行や兵法になぞらえ、《象経》という本を書いており、“象棋”の開祖とまで言われてます。

史書によると、宇文邕が《象経》を執筆した西暦569年は、なかなか大変な年だったようです。

その年の正月、隣国・斉の武成帝が亡くなります。周の国からも葬儀への使者が派遣され、朝議も停止されます。これは恐らく、喪に服するためでしょう。

2月8日、宇文邕は大徳殿に大臣たちや道士、僧侶を集め、仏教と道教の教義について議論をさせます。

2月10日、人の頭ほどの流星が現れ、消えた後に雷鳴のような音が響きました。
4月10日、斉の使者が参内します。恐らく葬儀の返礼のためでしょう。
そして5月1日、皇帝は《象経》を完成させ、大臣たちを集めて講釈します。
 
“象棋”というゲームの直接のルーツが遡れるのは唐代くらいまでですが、言葉自体は紀元前からあり、当時はサイコロを振って遊ぶゲームだったようです。

こちらの↓陶器は“六博”の対戦をしている人たちをかたどっています。漢代の出土品で、これもサイコロゲームの一種です。
六博.jpg
河南博物院のHPから(斉の都・洛陽〈らくよう〉は河南省にあります)

宇文邕の時代の“象棋”(象戯)も実際には今の将棋ではなくて、やはり、さいころを振って遊ぶ、今でいうすごろくみたいなゲームだったらしい。盤面に人生を読むって意味からすると、「人生ゲーム」かな。

ドラマの中で仔ブタ陛下とアシナ皇后が遊んでるゲームは、どうみても「人生ゲーム」にゃ見えないので、未来の国からドラえもんによってもたらされた「オーパーツ」であることが否定できません。

え、本ドラマにはドラえもんなんか出てこないって?
いるじゃないですか、何でもお腹から出してくる太っ腹な御方が、なぜか周の国に…。

太っ腹で思い出しましたが(ナゼ?・笑)、『項羽と劉邦』ファンの皆様としては、盤上の「楚河」「漢界」の文字に気を取られて、 仔ブタ陛下どころじゃないと思います。

ただ、ドラマの盤面はどう見たって現代“象棋”のものなので、当時こんな盤面が存在したのかどうかはもちろんナゾです。が、「オーパーツ」だったら、現代の盤面と同じでもしゃあないので諦めていただいて画面をご覧いただくと、対峙する二人の陣地の真ん中に、線が引いていない箇所があります。この空間を「河界」といい、ここにでっかく「楚河」「漢界」と書いてあります。

これは、現代で言えば国境を隔てるライン河みたいなもので、その昔、劉邦の漢と項羽の楚が停戦協定を結びながらも、河を隔てて対峙していた故事によるものです。

そしてこちら、いよいよ“将軍”(王手)どころか成り駒で“皇帝”になろうとでも言うのか、すでに臣下と見せかける気すらなくなったらしい大冢宰は、ついに帝位を乗っ取るべく、李安に皇帝毒殺の計画を話しています。

それを月兎が盗み聞きしてますが、カメラが引くと、部屋の中から月兎のシルエットがちゃんと見えるという、ヒッチコックが知ったら殴られそうな見え見えの演出はちょっとどうかと思う。



翌朝、柳の枝を手に、雪舞は物想いにふけっています。
この小道具を視聴者にしっかり印象付けようという、こちらも見え見えの演出はちょっとどうかと思う。

それはさておき、

“我離開他太久 我們兩個都會死的。”
(長いこと彼の元から離れていたら 私たち二人とも死んでしまうわ)

“我會因為過度思念爾死的。”
(彼のことを思うあまり 死んでしまうのよ)

“就好像 魚兒跑出水面 因為 他呢 是我很重要的人”
(魚が水から上がってしまうようにね。だって彼はとても大切な人だから)

おやおや、こんな風に思っているのなら、なぜ今ここに居るんだか…。

すると貞児は、一番好きな人は誰か、当てっこしよう、と言います。

貞兒のジェスチャーを見て、雪舞は、

“茶壺一樣的人” 

と言うのですが、私は一瞬、「茶つぼ」のような人?と思ってしまいました。
(急須、が正解ですね)
危ない、危ない…
(大体、茶つぼのような人ってどんな人よ…きんどーちゃん…か?)↓
http://dic.pixiv.net/a/%E3%83%9E%E3%82%AB%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%81%BB%E3%81%86%E3%82%8C%E3%82%93%E8%8D%98 
(「マカロニほうれんそう」、懐かしい)

そこへ仔ブタ陛下がやってくるので、貞児は仔ブタちゃんの一番好きな人は誰? と聞きます。

そこでなんで、雪舞は気まずそうな視線を仔ブタに送るんだか…
この思わせぶりな演出も、ちょっとどうかと思う。

宇文邕も貞児の前では穏当に、雪舞に治療の礼を述べたあと、

“跟朕去一個地方”
(案内したい場所がある)

このセリフと雪舞のこの表情、第15話で蘭陵王が雪舞を散歩に連れ出すときに言った、

“有一個地方 我一定要帶你去”
(君をどうしても連れて行きたい場所がある)

というセリフと、そのときの雪舞の表情を彷彿させますね。

二人が向かった先は皇帝の書庫。なぜか蘭陵王が先回りして戸口に立っています。
(まさか尾行してる訳でもあるまいに、どういう野生の勘なんだか…
宇文邕とお互い、センサーでもついてるのかしら)

掃除をする宮女たちの噂する、天女という言葉に敏感に反応する蘭陵王。
このあからさまな反応を気にも留めず(ってかワザと?)、皇帝と天女のラブラブっぷりを開陳する近衛軍同僚の二人。いいんですか、そんな、雇い主の個人情報をさらしたりして…。
人生、積みますよ?

そこへ皇帝と天女のお成りです。

積み上がるお宝本(と竹簡)を前に、雪舞は大興奮です。

セリフに出てくる
《化物総要》
《考工記》
《九章奇巧》

以外にも《斉民要術》などの書名が確認できます。

どれもこれも、失われたと言われていた貴重書だわ!と言ってますが、《考工記》《斉民要術》は現代まで伝わってる実在する書物です。前者は、戦国時代の斉で書かれた手工業関係の技術書、後者は蘭陵王パパの時代に書かれた、今でいう農業・畜産の技術書です。
後者の方は、このすぐ先の回でまたご紹介する機会があるでしょう。

《九章奇巧》という本はたぶんないですが、《九章算術》は現存する中国最古の数学書なので、そのあたりから名前をとったのでしょう。いずれにしても、雪舞が喜びそうな本です。

宇文邕はこともなげに、これは蔵書だから好きなだけ持ってって、みたいなこと言っていますが、書籍は当時から大変に貴重なものでした。

それが貴重書ともなれば考えられないような値段がついており、その金喰い虫ぶりを称して、

“三百六十行生意,不如鬻書於毛氏”
(どんな商売よりも、毛さんに本を売るのが儲かる)

という言い回しがあったくらいです。毛さんというのは明代の蔵書家・毛晋〈もう しん〉のことで、金に糸目を付けずに本を買ったと言われています。

雪舞は、写すからいいわ、と言ってますが、コピー機なんかなかった当時、写本というのも大変な作業でした。

第6話(→こちら)で瞬時に蘭陵王の弱みを把握した宇文邕。雪舞の好みを掌握するのも「手のひらを返すように簡単」なはずです。

趣味が同じなのはお付き合いの上でとても大事ですよね。
当然、話は盛り上がっております。

それを障子の影から覗いてる、カワイそうな蘭陵王は忌々しげにつぶやきます。

“好皇帝又怎麼樣”
(良い皇帝がどうした)

おや、四爺様、ついに負け惜しみですか...。
負け〜て悔しい花いちもんめ♪
(グリグリと塩を擦りこんでみたり)

ちなみに、「負け犬の遠吠え」を中国語で言うと、本当は“虛張聲勢”とかになるんでしょうけど(いやむしろこの語の意味は「ハッタリをかます」かしら)、最近は日本のアニメとかマンガとかドラマとかでどんどん日本の「漢語」が入ってきていて、いちいち訳すのがメンドくさいのか、“敗犬的遠吠”って、本のタイトルなんてもうそのまんま。

意味分かんのかな、これで。

と思ったら、全然心配する必要なんかないらしく、

“敗犬女”

って言葉もあるみたい。要らん事、よくご存じだこと。

ってことでこれは女性にしか使えないらしいので四爺は残念ながら除外ですが(“残念”って言葉も中国語になってるらしいですね。“很残念”って用法、何か笑っちゃいます)

“留在周國吧”
(周に残ってくれないか)
というセリフを聴いたときの、ものすごくショックを受けてる四爺のリアクションが最高です。続いて、

“不行,我拒絕”
(ダメよ お断りだわ)

“是因為蘭陵王嗎?”
(蘭陵王がいるからか?)

このやりとりを聞いている四爺の安堵したというか、ちょっと得意そうな顔がいいですね。

だけど、安心しちゃダメだと思いますけど。
雪舞はニッコリはしていますが、実はこの問いに直接答えてはいません。

“朕是皇帝 朕可以給你一切”
(朕は皇帝だ)

“比你做一個小小的王妃 要得到的多”
(王妃などになるよりも、得られるものは多いぞ)
自分だって名ばかり皇帝で、いつも宇文護の尻に敷かれている(とは言わないか、この場合?)くせに、なに強気なこと言っちゃってるのでしょうか。

ほら、ごらんなさい、雪舞だって思いっきり呆れています。

“我怎麼可能以我能得到多少來決定我留在哪裡呢”
(どこに居るかは得られるものの量で決めるわけじゃないわ)

あなたには「愛」は分からないに決まってる、という雪舞に、宇文邕は、
“男歡女愛 食色性也 人之必然 有何難懂”
(睦みあうこと 食べることは人として当然の行いだ 分からぬはずがない)
と、反論しますが、雪舞は、

“真正的愛情啊 是要交心的”
(本当の愛情はね 心のやりとりなのよ)

と答えます。

このセリフのあとの四爺の表情もいいっすね。

雪舞は具体例を挙げて説明します。たとえば気が晴れないときは、

“像我呢,我就會捏捏我心愛的人的臉 罵他幾句”
(私だったらね、大好きな人の頬をつねって、悪態をつくのよ)

こう言われると、雪舞が言う悪態ってどんなのか、知りたくなりますよね。
(前回、誰かさんは「この色魔」とか言われてましたっけね)
ドラマでは答えが出てこないんで残念です(あ、雪舞から四爺にはあるか。それは第18話のお楽しみですね)

ちなみに、中国では仲良し夫婦ですと、
“臭老婆”(クソBBA)
“去死的”((死に損ない)
などと呼び合うことは珍しくありません(いや、ホント…)

このような会話を聞いた周りの人は、
「まぁ〜微笑ましいこと」
「仲のおよろしいことで」
と冷やかすのがデフォルトです。

いえ、軍神と天女がそのように呼び合っているという意味ぢゃございません!
誤解なきように。

しかし、ここでなぜか得意そうな顔の四爺が映ります。
テレビで見ると、宇文邕たちがいる部屋の中と、四爺の立ってる外はつながってるんだけど、
当然別々のタイミングで撮っているんですよね。
撮影シーンの様子を想像すると、何かマヌケな感じで笑える…。

後宮に三千人の妃がいても、そのうちの誰かを‘心肝小寶貝’
(かわいいベイビーちゃん)
って呼んだりはできないでしょ?と指摘する雪舞に、仔ブタ陛下はものすごく真面目な表情で、

“那蘭陵王也是王那他就會讓你捏捏他的臉叫他心肝寶貝啊”
(蘭陵王も王であろう。そなたに頬をつねらせて「かわいいベイビーちゃん」と呼ばせるのか)

このトンデモ質問に、雪舞が即答した、

“那當然”
(もちろんよ)

って答えに驚く蘭陵王。

いえ、あなた様ばかりでなく、視聴者も驚いてるんですが、いつの間にそんな事に?
何話か見逃したんでしょうか?あるいは雪舞お得意の

ハッタリ君?

暴露証言が出たその夜、このままにしとくとやっぱり仔ブタに取られてしまう、と野生の勘で悟ったのか、はたまた、これ以上雪舞の口から内情(笑)がバレるとヤバいと思ったのか、四爺は直接、雪舞の部屋を訪ねます。

つか、宮廷内なのにお付きの人も誰もいないなんて、蘭陵王府並みに不用心ですよね、ここ。
…まさか、周りの人たちを全員なぎ倒して…ぶるぶる。

雪舞も危険を察知したもようで、蘭陵王に向かって
“原來你是個變態”
(あなたって人は、実は変態だったのね!)

と吠えたてますが、ヘ、ヘンタイって…。
ああ、ここにも人生積んだ人が…。

ちなみに、中国語にも元々“変態”って言葉はありますが、この“變態”(ってどのヘンタイ?)日本からの借用語らしいですね。

つまり、“很残念”なことに、ヘンタイって称号は、「古代にないもののNG」に付け足すべき事項だったんですね〜(例のツッコミ番組の続編作ったら、ぜひ追加していただきたいものです)

日本のアニメ、ドラマが大人気の中国圏では、他にも日本由来のヘンタイ用語が多数流通しております。どんなものがあるのかは、テストに出るので調べておくように!

では、次回はこのネタからお会いしましょう。

莎喲娜拉 (shayonala),再見!

第17話→こちらに続く!
posted by 銀の匙 at 01:44| Comment(10) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月17日

春なのに 春だから

皆さま、こんばんは。

こちらには、テレビドラマ《蘭陵王》の関連記事として、バラエティー番組《大牌駕到》からアーロン・クォック、ウィリアム・フォン、小瀋陽、ヒム・ローが出演した回をご紹介しておりました。

第16話の紹介記事が完成しましたので、内容はそちらに移動いたします。
(→ こちら)

ご興味のある方は、どうぞ第16話をご覧ください。

よろしくお願いいたします。


posted by 銀の匙 at 03:02| Comment(4) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月02日

カメラよカメラ、中国でいちばん美しいのは誰?(resized)

*写真サイズを訂正しました。

中国のお正月(春節)は旧暦で今年は2月8日とのこと。

この時期、映画館ではお正月映画が封切られます。昔はやっつけで作ったようなコメディが多い印象だったんだけど、最近は大作が上映されるようですね。

2016年お正月映画の話題作といえば《西遊記 三打白骨精》。ウィリアム・フォンが三蔵法師、というのは良いとして、コン・リーが「白骨精」の役って何なんだろう…しかも、往年の香港四大天王の一人、アーロン・クォックが「孫悟空」だというじゃありませんか。

昔なら、当然アーロンが三蔵法師だったでしょうに。いつまでも青年っぽかった彼も、ついに青年の座を次の世代に明け渡すことになろうとは。時の経つのは早いものよのぉ。でも、次の世代と言ったって、ウィリアム・フォンももう30代後半。

中国で三蔵法師といえば美男子の代名詞なので(→テレビドラマ「蘭陵王」第7話の3参照)、キャスティングの発表があったときは中国で結構話題になってましたが、封切り近くなったら却ってあまり話題も聞かないし、予告はまたまた例によって品の悪いCGシーンばっかりだし、皆の期待するイメージと違ったのかな、と久しぶりにウィリアム・フォンさんの微博(中国のツィッターみたいなもの)でもチェックするかと思って開けたらビックリ。

あなた様は、いったいどなた?
s-weibo1.jpg

(ご本人さまの微博 http://www.weibo.com/fengshaofeng)
から。本当は写真じゃなくてリンクだけ貼ろうと思ってたんですが、数日経つと流れていってしまうので、やむを得ず...。以下同です)

これ、最近の写真ですよね? 年齢不詳なんですけど、とりあえず37歳には見えませんね。
紗がかかってこうなってるのかと思ったら、普通に撮ったらしいのも大して変わりません。

s-weibo.jpg

さすがは役者さん…。「西遊記」のプロモーションのときの写真のようですが、この髪型やメイクは何か別の新しい作品用なのでしょうか。こういう雰囲気も出せるんですね。

ともあれ、なんだかんだ言って中華第一美男の称号はダテじゃない。

美男子の神様といえば二郎神君、美男子の武将といえば蘭陵王、美男子のお坊さんといえば三蔵法師と、中華世界の代表的な美男子三人をコンプリートした実績は侮れませんなー。

でも、一番上、自撮りでこういう写真って…。

おっほん、綺麗な人のやることは凡人には分かりませんからこれ以上は追及しませんけど、
肝心の三蔵法師はこんな感じに仕上がっているようです。
s-sandabaigujing.jpg

ポスターは加工されてますが、
「ナシとリンゴどっち」
「てんびん座だから選ばない」
とセリフが足してあります。

なるほど、白骨精っていうのは美女なのね。まさかコン・リーがガイコツ役のはずないもんね…。

しかし、季節柄、気になったのは《西遊記》の方じゃなくて、新作ドラマの《幻城》の方でした。これは全50回もあるファンタジー作品だそうで、主演のウィリアム・フォンは氷の国の王子、卡索の役。寒そうなコスチュームなのに、放映は夏になるらしい。

夏にはSF映画『三体』も公開だそうで、相変わらず忙しそうですね。この作品、原作の方は権威あるヒューゴー賞の長編小説賞を受賞しました(何を隠そう、私にも投票権があった…)。

ヒューゴー賞長編小説部門の過去の受賞者はベスター、ライリー、ハインライン、ディック、ル=グウィン、ニーブン、クラーク、ウィリスと錚々たるメンバー。ここに入るとは相当なもんです。

『幻城』の方は、『ロード・オブ・ザ・リング』でアートディレクターを務めたダン・ヘナーがスタッフに入っているそうで、だからでしょうか、この造型が非常に何かに似ている気がするのですが…。

動いているのはこんなふう( いちおう公式らしい動画 http://www.iqiyi.com/w_19rtnjfif1.html?source=www.weibo.com )

s-huanchengkasuo2.jpg
(携帯で見てみたら、写真がすごくちっちゃくなってますね、すみません…。でもこれ以上大きくするとPCで見たときかな〜り怖い…。携帯のときはクリックしたら少しだけ大きくなるようにしておきます)

これはいくらなんでも加工しすぎなんじゃ?と思ったら、メイキングの写真も出てました。こっちの方は割と自然。

s-kasuo2.jpg
(こちらはテレビドラマ《幻城》の微博 http://www.weibo.com/u/5508883902?refer_flag=1001600001_&is_hot=1)

他のキャストも、弟役の馬天宇とかヒロインの宋茜(ビクトリア)とか、男女とも綺麗な人ばかり。
ゲームみたいなファンタジー作品になったら嫌だけど、でも、動いたらどうなるか、見てみたいものです。

ともあれ、ファンの皆様には旧聞に属することかと思います。
お正月向けとは言え、内容の薄いエントリーで失礼しました…。
「蘭陵王」第16話の記事は、やる気をチャージ中のため、もう少々お待ちください…。
最初からお読みになりたい方は、「蘭陵王」のカテゴリー→こちら からどうぞ。
posted by 銀の匙 at 02:35| Comment(4) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月25日

蘭陵王(テレビドラマ27/走馬看花編 第15話)

皆さまこんばんは、寒いですね!
今年一番の雪になったところも多かったようですね。

中国では、なんと常春の南方都市・広州で50年ぶりに雪が降り、市民がフィーバーして大変な騒ぎになりました。

市内はうっすら車に積もる程度だったようで、もっと降ったはずの高いところへ観に行こうとする人で渋滞になるだろう、と予想したのか、高速道路の電光掲示板には「白雲山にも雪は積もっていません。観に行かないでください」という標示が出たんだとか。

雪は確かに厄介だけど、少ない地域にとっては嬉しいイベント。
それは日本も中国も、平安時代も蘭陵王の時代も同じだったようです。

そうそう、雪が積もったら…どうすればいいんでしたっけね。

答えの前に、第15話を見てみましょう!

ちなみに前回の第14話はこちらから。

(〈蘭陵王〉関連の記事を最初からご覧になりたいかたは、右欄から蘭陵王のカテゴリーを選ぶか、または→こちらを最初から戻ってご覧ください。)

前回までのあらすじ

邙山〈ぼうざん〉の戦いでの奇跡のような大勝利と、民と果物一個さえ分け合うという太っ腹 気前のよさで人望厚い蘭陵王<らんりょうおう/Lanling Wang>=高長恭<こう ちょうきょう/Gao Changgong>=四爺<スーイエ/Si Ye>が、皇太子に取って変わるのでは、と恐れた皇后とその腹心の陰陽師・祖珽〈そ てい/Zu Ting〉は、蘭陵王を陥れようと画策します。

しかし、弟の安徳王〈あんとくおう/Ande Wang〉=高延宗〈こう えんそう/Gao Yanzong〉=五爺〈ウーイエ/Wu Ye〉が、傷心のまま故郷に帰ろうとしてる割には城門で足止めを食っていた楊雪舞〈よう せつぶ/Yang Xuewu〉の説得に成功。彼女は祖母の知恵を借りて、蘭陵王を救い出します。

晴れて無罪の決まった場に、福姥〈フーラオ/Fu Lao〉=皇太后が現れ、蘭陵王の正妃は楊雪舞にせよとの詔を下します。


さて、こちらは蘭陵王府(蘭陵王のお屋敷)。オープンエアの気持ちよさそうな中庭で、座ってくつろぐ皇太后に楊雪舞が挨拶をしています。

傍らの四爺が、なぜ乳母のコスプレなんかしていらしたのです。そんなオタクなご趣味をお持ちなんて、心配いたしましたという趣旨(心の声を復元してみました)を皇太后に申し上げると、向かいの五爺は、いや、兄上だってすべての出没ポイントに女の衣装を用意してるじゃないか、コスプレ好きは隔世遺伝だろ…じゃなくて、

“她是怕 雖然你有戰神的封號
但對女人 還只是紙上談兵
所以 她親自幫你督軍”

(兄上は軍神と言ったって
おなごの扱いは実戦の経験がない。
おばあ様は心配されて 自ら采配をふるいにいらしたのさ)

 
兄が将軍なのに引っ掛けて、五爺は「でも恋愛にかけては“紙上談兵”(紙上で兵を談す=机上の空論)なんだよね」とからかってるんですね。

この“紙上談兵”《史記》卷八十一 廉頗<れんぱ>・藺相如<りんしょうじょ>列伝から来ています。

中国の戦国時代、趙<ちょう>国は秦<しん>国と戦っていました。趙を守っていたのは、名将・廉颇<れん ぱ>将軍(覚えていらっしゃいますか?第7話の3こちらに登場した、“負荊”“刎頸〈ふんけい〉の交わり”という言葉の元になった人)でした。

攻めあぐねた秦はスパイを使って、「秦が恐れているのは趙括<ちょう かつ>が将軍になることだ」というガセネタを流します。

それを聞いた大臣の藺相如〈りん しょうじょ〉(廉颇将軍と「刎頸の交わり」をむすんだ人。“完璧”“怒髪天”という言葉の元になった)は病をおして趙王の下へ出向き、

「趙括<ちょう かつ>は、兵法オタクのマニュアル君。ボンドでくっつけた琴柱と一緒で融通が利かないから、実戦じゃ役に立ちません。♪ウワサを信じちゃいけないよ♪」と諌めたのに、趙王は、なんと廉颇将軍を更迭して趙括を総大将に任命してしまいました。

《史記》から続きを見てみましょう。

趙括自少時學兵法,言兵事,以天下莫能當。嘗與其父奢言兵事,奢不能難,然不謂善。
(趙括は幼いころから兵法を学び、用兵について語り、天下一詳しいと自認していた。(名将であった)父親の趙奢さえ言い負かされたが、趙奢は彼を認めなかった)

括母問奢其故,奢曰:「兵,死地也,而括易言之。使趙不將括即已,若必將之,破趙軍者必括也。」

(母親がその理由を尋ねると、趙奢は「いくさとは命がけなのに、軽率に過ぎる。将軍に取り立てられることがなければ良いが、そうなれば、軍を破滅に導くであろう」と言った。)

趙括既代廉頗,悉更約束,易置軍吏。
(趙括が廉頗に替わって将軍になると、決め事は全て反故にし、軍官も全てすげ替えた。)

秦將白起聞之,縱奇兵,詳敗走,而絕其糧道,分斷其軍為二,士卒離心。
(秦の白起〈はく き〉将軍はこれを聞き、奇計を用いて、撤退と見せかけて趙軍の糧道を断って兵力を分断したため、士卒の心は離れていった)

四十餘日,軍餓,趙括出銳卒自博戰,秦軍射殺趙括。
(四十余日が過ぎ、趙軍は飢えに見舞われた。趙括は精鋭を率いて撃って出たが、秦軍に射殺された)

括軍敗,數十萬之眾遂降秦,秦悉阬之。趙前後所亡凡四十五萬。
(趙括の軍は破れ、数十万の兵が秦に下ったが、全員穴埋めにされた。趙は前後で45万もの兵を失ったのである)

まさに、「生兵法はケガの基」を地で行くお話ですが、でも「紙上談兵」ってことは、四爺は少なくとも「談する」ことはあった、つまり、恋愛についての話はしたことある、って意味ですよね。

五爺を相手に恋バナ?

四爺はあまりそういう事しそうに見えないけど、人は見かけによらない(見かけ通りだったらどうなのかっていうと以下略)。四爺が持ってた玉佩の意味を五爺が知ってるってことは、少しはそういう話もしたことあるんでしょうかね。

で、図星(秘孔)を突かれた四爺ですが、軍神の意地を見せてか何とか反撃します。

“啊 原來是你偷偷把姥姥接進府來
讓姥姥跟雪舞見面”

(なるほど、つまりお前がこっそり手引きして
おばあ様を雪舞に引き会わせたんだな)


ちなみに「図星」とは和弓から来た言葉で、的の真ん中の黒い部分を指すそうです。そういえば以前、丹州城で文字通り図星を突いていた四爺。皇太子にも教えるほどの弓の名手だそうですけど、弓関係では痛い目を見る運命のようです。

“俗話說 大恩不言謝
四哥 你不用太感謝我
咱們兄弟倆自己知道就好了”

(世間では 大恩に礼は無用というぞ。
四兄、感謝してくれずともよい。
兄弟の間柄で水くさい)


“大恩不言謝”という言い回しは《兒女英雄伝》が出典とされています。

《兒女英雄伝》というのは、清代に書かれた小説です。

清代のキル・ビルにして戦うクンフー美少女・十三妹<シーサンメイ>と、へなちょこ主人公・安驥<アン ジー>坊ちゃんの、アクションあり(念のためですが安ぼっちゃんのアクションシーンはございません)、ロマンスありの物語。

設定が面白いせいか、映画やドラマ、マンガ(松本零士大先生作)にもなっています。

その第9回、安お坊ちゃまは、無実の罪に問われた父を救いに都へ向かいますが、山賊に襲われたところを十三妹に助けられます。

“只有安公子承这位十三妹姑娘保了资财,救了性命,安了父母,已是喜出望外。…想起自己一时的不达时务,还把他当作个歹人看待,又加上了一层懊悔,一层羞愧。只管满脸是笑,不觉得那两行眼泪就如涌泉一般,流得满面啼痕。

只听他抽抽噎噎的向那姑娘道:“姑娘,我安骥真无话可说了。自古道‘大恩不谢’。此时我倒不能说那些客套虚文,只是我安骥有数的七尺之躯,你叫我今世如何答报!”说着便呜呜的哭将起来。”


(ひとり、安公子だけが、この十三妹によって金子と命を守られ、父母を安んじることができたのだ。それだけでも望外の幸せであった。

…それなのに彼女を悪人だと思い違いをしてしまったことが悔やまれ、また恥ずかしくもあった。何とか笑みは浮かべたものの、不覚にも両の目からは泉のように涙がほとばしった。

彼はしゃくりあげながら「娘さん、わたし安驥はお礼の言葉もありません。昔から「大恩は謝せず」と申します。今のようなときに、口先ばかりの礼など無意味です。持ち物とて、この七尺ばかりのわが身しかございません。どうしたらご恩に報いることができましょう」。言いながらも公子は慟哭した)


…ってことで、出典とはなってますが、「‘昔から’大恩に礼は言わずという」いうことは、この本が書かれる前に、すでに広く使われてた言葉だということですね。

大恩にお礼を言わなくていいんだったら小恩はどうなの…?と普通思うと思いますが、実はこっちはすでにドラマに出てきています。

雪舞のセリフにありましたよね。

“奶奶曾說過受人點滴當湧泉相報”
(おばあ様は、一滴の水をもらったなら、泉をもらったつもりで恩に報いなさいと言った)
と言ってます。(第7話の3こちら

これは雪舞のおばあ様からの教えでしたね。

しかし、しみじみとするどころか、四爺は返す刀でノリツッコミです。

“好 好好好,
這樣吧 以後你要再娶小妾的話
我也把姥姥請來讓她幫你監督監督”

(分かった分かった。
ではこうしよう。この先お前が側室を娶る折には
私がおばあ様にお願いして取り仕切っていただこう)


いきなり劣勢に立たされた五爺。軍神をおちょくるから、こういうことになるんです!

“別別別 你不是不知道啊
姥姥最擔心的就是我們倆
一個沒有大老婆
一個小老婆太多嘛”

(いやいや 兄上もご存じの通り
おばあ様が一番心配なさっているのは私たち兄弟が、
一人には大奥様がおらず
一人には小奥様が多すぎる、ってことだから)


口の減らない兄弟二人を追い払おうと、皇太后は献上品のお菓子を持って来なさいといって追い出します。

この当時、どんなスイーツが流行っていたのかはよく分かりませんが、唐代のお菓子は、なんと実物が残っています。

ほらね。
s-お菓子.jpg
(《中国古代常識》より)

これは復元ではなく実物。
新疆ウイグル自治区のアスターナ古墳群に残っていた「ミイラ」。乾燥した地域だったので、そのまま残ったのでしょう。墓はちょうど蘭陵王の時代のころにあった高昌国時代から唐にかけてのものですが、この「ミイラ」は、器からして唐代(600年代)のものと思われます。

今でも横浜あたりで、似たような中国菓子を見かけますよね。

遠景には、スイーツにたかるハエのごとく追い払われた四爺、五爺が映っています。

“怎麼樣 四哥 這件事小弟辦得不錯吧”
(どうです兄上。上手いことやったでしょう)

“記你一功”
(覚えておこう)

つまり、有効ポイントとしてカウントしといてやる、ということですね。

兄に劣らず、弟も(この方面においては)相当の策士であることが分かります。ここでは特に言ってないけど、皇太后より何より、命拾いしたのは五爺のおかげなんだから、もっと感謝するように。

さて、残った皇太后は、雪舞の働きを褒め、皇太子への懸念を口にします。

“哀家活了大半輩子 陪著神武皇帝完成雄圖大業
見識過各路英雄

現在哀家還活著 必要時還能護著肅兒
總有一天 哀家要到先王神武皇帝那兒去”

(わらわの半生は 斉を打ちたてた神武帝と共にあった。
そのうち、またお側に行く日が来るのですよ)


そのときは皇太子が皇帝になっているでしょう。それが心配だ、と

ここで皇太后がいう“哀家”とは、夫を亡くした人、という意味の自称です。

皇太后の旦那さん、神武皇帝とは、蘭陵王のグランパに当たる人で、東魏の事実上の支配者ではありましたが、皇帝にはなれませんでした。神武帝という称号は、次男の高洋が斉の皇帝になったときに追贈したものです。

皇太后は名前を婁 昭君<ろう しょうくん>といい、史実でもなかなかの女傑だったようです。

多くの求婚者がいながら、一介の貧乏な士卒に過ぎなかった高歓を見初め、結婚しました。高歓は自分の馬を持ち、他の有力者と交際してステップアップしていったらしいのですが、その資金は婁氏が工面したようです。蠕蠕<ぜんぜん>国の姫君との政略結婚の話が出ると、チャンスを逃さないようにと自らは正妃の座を下り、縁組を勧めました。

そんな内助の功がある奥さんがいながら、姫君の他にもプラス8人も側室を娶った神武帝。まったく高一族のやることには開いた口がふさがりません。

まさにゲスの極み!

このとんでもない家に嫁いで来ようという雪舞も相当の勇者ですが、
さらにけなげにも、

“即便自己的性命不要
也會讓四爺平安的”

(自分の命に替えても
四爺の‘平安’をお守りします)


と言い出します。

第5話(→こちら)に引き続き、守るべきものは‘平安’だ、というメッセージが、よく分かるセリフですね。大事な伏線です(笑)


しかし皇太后さまは、伏線より、2人がいつまでも仲良く楽しく日々を送ってくれればよい、と優しいお言葉。それを受けて雪舞は、

“雪舞一定會好好照顧四爺的”
(雪舞は必ず しっかりと四爺にお仕えします)

と言いますが、ああ、「必ず」はダメだったら…!

結婚式の日取りが決まってからとんでもない事件が起きるのは中国ドラマのお約束、とよーくご存知の皇太后は、とにかく無事に婚儀が済んでほしいとおっしゃっておられます。

さすがは経験豊富な皇太后さま!

さもないと、《宮》“八阿哥”みたいに花嫁がすげ替えられちゃったり、誰かさんみたいに、全世界に向けて結婚前提で付き合ってますと宣言した彼女に逃げられちゃったり、しますからね(あ、これはドラマじゃないか)。

…いえ、申し訳ございません、ご本人には冗談じゃすみませんよね…でも、「人間万事塞翁が馬」ってことわざも、ありますから。

さて、その夜、自分が焦がした四爺ママの服を繕って返した雪舞に四爺は、雪舞のおばあ様を探し出して、この良い知らせを伝えよう、と言いますが、雪舞は、おばあ様はわざと世を避けているし、自分たちの結婚は決して望んでいない、とため息交じりに答えます。

そして雪舞は、今の自分の選択が正しいかどうか分からない、という不安を口にします。

そこで四爺は、

“我會用一輩子的時間向你奶奶證明 我們能白頭偕老”

(私は一生の時間をかけて 君のおばあ様に証明するよ。
私たちは共白髪まで添い遂げることができると。)


とおっしゃってるんですけれども、今回、四爺はついに、毎回この手の話題のときには絶対に言う「必ず」を追加するのは諦めたものと見えます。そうよね、どうせ言ったってムダだもの…。

さて、珍しくも、四爺と手をつないで画面に登場した雪舞は口ずさみます。

“白雪紛紛何所似”
(白雪 紛紛として 何に似るところぞ)

“未若柳絮因風起”
(風に起つ柳絮<りゅうじょ>に若かず)

これが柳の木だよ、と言ってる前後左右には木肌からして松の木しか見えませんけどね。
吹き替えは、そうだ、これは柳の「わた」だ、と上手く逃げました。

待てよ、こっちは“柳”というと「ヤナギ」だと思ってるけど、ひょっとして違うのかな。

日本語と中国語では、同じ漢字だと思ってると違う意味というフェイント(同形異議語)というのがあり、ときどきつまずいて大怪我するのですが、身近な植物の名前にもたまにあります。

たとえば中国語で“柏”っていうと日本で「イトスギ」だったり、“椿”は「ニワウルシ」って樹だったり。

数々の痛い目に遭ってるので念のため辞書を引いてみましたが(稀に辞書も間違ってることがあるのが泣けるけど)、中国語の“柳“は日本の「やなぎ」だったので安堵いたしました。

とすると、この手前の方に、鉢植えみたいな感じで映ってるこの樹が柳なんでしょうね。

柳っていうと「しだれ柳」をつい連想しちゃいますが、ネコヤナギとかいろいろございますように、いろんな形の樹形があるそうですので。

「柳絮」と言われても、あまり見たことない気がするのですが、北中国では春の風物詩で、5月ごろになると、柳がいっせいにワタを飛ばします。日本の俳句では春の季語にもなっています。

ただ、雪舞が諳んじたこの句は季節的には冬のお話で、《世説新語》に出てくるエピソードから取られたものです。

“謝太傅寒雪日內集,與兒女講論文義。俄而雪驟,公欣然曰:「白雪紛紛何所似?」兄子胡兒曰:「撒鹽空中差可擬。」兄女曰:「未若柳絮因風起。」公大笑樂。”

(謝太傅(=謝安)はある寒い雪の日、家の者を集めて詩文について語っていた。にわかに雪が強く降り出したので、嬉しそうに「この、ひらひらと舞い落ちる雪は何に似ているかな」とたずねた。

甥っ子の謝朗が答えて「塩を空に撒き散らしたようですよ」といった。
姪の謝道韞は「それより、柳絮が風で一面に舞っている様子、のほうが良いわ」と言った。)


謝安(320-385)は東晋の宰相で、蘭陵王の時代から200年ほど前の人。その姪っ子である謝道韞は才女として知られ、このエピソードから、才媛への褒め言葉は「詠絮<えいじょ>の才の持ち主」というようになったとのこと。

雪と才女とはどうも関連が深いらしく、『枕草子』のこんなエピソードを思い出しますね。

清少納言は、ある雪の日、お仕えする中宮さまからこんなことを聞かれます。
「少納言よ、香炉峰の雪はどうなってるかしら?」
機転の利く清少納言は、ブラインドをさっと上げました。

周りの人は、「話としては知ってたけど、とっさには出てこなかったな〜。
すごいね少納言さん!」と褒めた。


ってなお話。

解説を見ると、「香炉峰の雪は、御簾を高く上げて見る」と白楽天の詩にあり、それを知っているということは漢詩の教養があるということです、とか書いてある。

何だ、自慢じゃん!

…あ〜、ではありますが、清少納言さんとしては、雪が積もったときに予めブラインドを下げておいて、座が盛り上がったときにさっとクイズとして出してくる、中宮さまって何て気の利いたお方なのだろう、と言いたかったんでしょうね(大人のフォロー)。

話が逸れましたが、蘭陵王がそう思ったかどうかはともかく、「詠絮の才」はそれなりに知られている言葉なので、雪舞の才媛ぶりを印象づける効果はありそうです。ただ、彼もすぐに答えているということは、当然、元の故事も知っているという設定なのでしょう。

しかしです。

続いて蘭陵王は言います。

“柳 有留下的意思”
(「柳」には「留まる」という意味がある)

柳は確かに発音がLiu2なんで、留めるのLiu2と同じです。

でも皆様、どうかここで思い出してくださいませ。

第10話の3(記事は→こちら)で「蘭陵王入陣曲」のその後について触れましたが、そのとき、宋代に《蘭陵王》柳という詞が作られたというお話をしましたね。

確か第一連目はこんな感じです。

柳の並木
春霞のなか そのしなやかな枝の緑が踊る
いにしえの隋の運河の堤に立ち 幾度となく見た
枝が河面を撫で 柳絮が舞って 旅人を見送るのを


この詞に限らず、中国文学では、「柳」「柳絮」といえば、別離の暗示だと相場が決まっています。

この事実(?)は、wikiの意地悪ばあジョンである、アンサイクロペディアの「柳絮」の項にまで載っています。(↓コレね)

http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E6%9F%B3%E7%B5%AE

(アンサイクロペディアに乗ってるんじゃ、逆に信用できない説なんじゃないの?とかツッコまないようにお願いします)

そして、ここまでご覧いただいたように、数々の古典の教養をさりげなく忍ばせてきたこのドラマの脚本家が、こんな美味しい設定を見逃すはずはありません。

もちろん!

「柳絮」を大事な思い出の1コマに持ってくることで、この先の回の似たようなシーンとの対比がさらに際立つわけですね。

しかし、残念ながら四爺は武人、さほどの文学青年ではなかったご様子で、

“感謝你拋下一切 留在了我的身邊
我也會盡我所能 一輩子留在你身邊”

(感謝する 全てを捨てて 私の元に留まってくれて
私も全ての力を尽くして 君の側にいよう)


このセリフを受けたアリエルの演技がとても好き。
言葉の意味を確かめるように、ゆっくり視線を動かします。

そこで2人がアップになるんですが、荒くれ者の視聴者には、いい雰囲気の2人よりも、四爺のスタンドカラーの中に着ている例の着回し赤シャツが、いえ、それよりも、雪舞の頬へ持っていった蘭陵王の中指の指輪が気になる...。

何だろ、この指輪。

ゴス系か、ナチの親衛隊ですか?

どちらも、回りまわって意味するところは同じようなもので、「死を想え」ということなのですが、中国のこの時代にこんなファッション、あったのでしょうか。

武人であれば弓を引くので、指輪みたいなものをつけるときはありますが、それは普通親指に嵌めます。

でもどう考えても、一歩間違えたら自分が怪我しそうなこんな指輪は嵌めないでしょうね。

まさか、メリケンサックか?(ははははは)

でも、この時代の人が全く指輪を嵌めなかったかといえばそういうことではなく、例の場所から証拠のブツも出土してございます。

例の場所ってどこかって?

ですよ、墓!

ここまでも何度かご紹介しております、北斉時代の徐顕秀墓。ここから、金の指輪が見つかっております。

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(「人本網」より)

研究によると(→http://www.asahi-net.or.jp/~YW5A-IWMT/contents/200603iwmt.pdf)、これは封泥に使う指輪型の印章で、彫られた像はゾロアスター教の神様らしい。

つまり当時、北斉とササン朝ペルシャ(イラク)とはソグド商人などを通じて行き来があり、はるばる物資も運ばれていたということなのでしょう。

一方、ドクロ模様の装身具といえば思い出すのは、西遊記で沙悟浄が首から下げてるアレですが、直接関係はなさそうですね。

ドラマの指輪がどこから来たかは分かりませんが、とりあえず、中世イギリスともパンクともゴスとも関係はなさそうです。

1956年に内モンゴル自治区の晋代の遺物からも金の指輪が出ましたが、それは鮮卑族の獣面の指輪とされています。しかし、なんとなくドクロに見えなくもありません。
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(→http://www.cssn.cn/kgx/zmkg/201503/P020150317526252985425.pdf)

「中国文化報」によれば、同じく内モンゴルで、こんな指輪も出土してるそうなので、また当たらずといえども遠からず。

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何なんだかな〜と訝っていると、そこへ子供の泣き声が。

雪舞はおなかが空いたの、何か食べに連れてってあげる、と、あっという間に四爺の存在は忘れている模様。それを呆然と見やる四爺の表情の面白いこと!

急いで二人に駆け寄ると、あらご無沙汰してましたお腹のドラえもんポケットから大金(雪舞談)を取り出して子供を厄介払いしようとする四爺。

国宝を持ち歩いてる宇文邕といい、銀両を持ち歩いてる四爺といい、格差社会のセレブの持ち物って一体…。

それを大金だと気づいた雪舞。これで銅銭を初めて見てから半年も過ぎてないんですからね。

この後の四爺の反応も相当面白いんですけど、

“讓本王比較困惑的是 你怎麼還是不學乖”
(この私を困惑させるのは、痛い目にあっても君がまだ賢くなっていないということだ)

そら出た、“本王”ですよ。見事なまでに置いてきぼりを食った分際で、何とか必死に立場を保とうという四爺がおかしくて笑っちゃいます。ここの吹き替えの訳は適訳ですね。

「君には困ったものだ。ちっとも学んでおらぬ」

言われて雪舞は口答えします。
“這不能相提並論的吧”
(それはそれ、これはこれよ)

“再說 有你在”
(それにあなたが居るんだから)

“你會保護我的呀”
(私を守ってくれるはずでしょ)

“你怎麼能如此理所當然呢”
(その当たり前のような態度は何だ)

と、ボディガード扱いの蘭陵王は言い返すんですが、雪舞は、
「自分の身は自分で守るからいいわよ!」と言い捨てて子どもと居なくなってしまいます。

あ、あの〜、お2人さん、さっきまでお互い、

「雪舞は必ず、四爺にお仕えします」
とか

「力の限り側にいます
とか

言ってたセリフは忘れちゃったのですか…?

ああ、きっと撮影した順番が違うのね、と大人の事情を慮ってみるものの、まったく天女のくせに、また罠と本物の区別もつかないのかよ、と視聴者のいらだちもマックスになる場面。

とはいえ、困った人を見ると放っておけない、というのが雪舞の基本ポリシーですからしょうがないですね。

賑やかな通りまで来てみると、おや、みんなが黄色い傘を差している。これって第14回(→こちら)の冒頭、城門前商店街で売ってた傘ですよね。ふーん、日傘だったのか。

後ろには城壁が見えるのですが、まさかまた鄴の城門前ってはずはないですよね。別の地方都市なのかしら。

今回雪舞の穿いているスカートにご注目ください。こんな風に、互い違いに合わせてツボミのようになっているのは、当時流行のデザインです。

中に着ている刺繍のブラウスもカワイイですが、こちらの方はこの時代にあった様式なのかどうかはちと不明です。

“一個大男生 這麼愛鬧別扭 是怎樣”

吹き替えは、「大の男が文句ばかり並べ立てて 誠に頑固だわ」と言ってます。

この“男生”っていうの、台湾では“男人”の替わりに普通に使うみたいですけど、標準語だと「男子学生」の略語ですよね。何か笑っちゃいます。最近は中国でも、台湾や日本の漢字語をそのまま使うこともあるみたいだから、今や“男生”と同じ意味合いなのかも知れませんけど。

“讓我一下是會死啊”
(私に譲ったら死ぬの?)

え〜っと、それはその、さっきのあの場面の続きじゃなきゃ四爺の態度も違ったとは思いますけど。

どう見ても蘭陵王は雪舞を心配してああいうことを言っているので、こんな風にいわれちゃったら理不尽ではありますが、雪舞は自分で言ってた通り、電撃婚すぎて気持ちの整理がついてないということもあるんでしょうか?

いわゆる、マリッジ・ブルーってやつですかね?

“這個時候也該追上來的呀”
「何ゆえ私を追いかけてこないのよ」

おやおや、だんだん本音が出てきましたね。

四爺に負けず劣らず雪舞も恋愛初心者のはずなんですが、その割には高度なテクを披露してますよね。

彼女がやってるのは、皆さまご存じ、『ルールズ』の技。

ご存じない方のために説明しておくと、これはアメリカのエレン・ファインさんという方が書いた女性のための結婚指南書。

つまり、彼女止まりにはなっても、結婚に結びつかない人のために、男性との駆け引きのルールを書いた本です。

アホか、そんなもの。駆け引きで恋愛してどうするのよ…と正直、私は思いますが、一方、このルールを踏まえて恋愛本を見てみると、知ってか知らずか、結婚に漕ぎつけたヒロインは見事、このワザを使っています。

「赤毛のアン」のアン・シャーリーしかり。
「高慢と偏見」のエリザベス・ベネットしかり。
「大草原の小さな家」のローラ・インガルスしかり。

「ルールズ」を非常にかいつまんで言うと、男性は手に入りそうで入らない女性が好きなもの。そういう人を追うことに夢中になるので、追いかけるのではなく、追わせるように仕向けなさい、という教え。

上記の本の場合、ヒロイン達は結婚しようとしてこのワザを使っている訳ではなく、先入観があって相手の良いところが分かっていないがために、興味なさそうにしたり誘いを断ったりしてしまう。

そうすると、お相手の方は、何とか自分の方を向かせようと躍起になるか、いつも一緒に居てもらうためにはプロポーズするしかない、と思い込んでしまう、らしい。

意識してやったらイヤな感じだけど、振り返ってみるとそういえば、と思いあたるフシ、ありません?

頼ってくる女の子がカワイイという男性もいますが、四爺ほどの大物になれば放っておいても女が寄ってくるので、大切にしないと逃げられてしまうと思えるような、魅力ある女性でなければ特別の興味が持てないのは当然です。

つまり『ルールズ』によれば、かわいそうに、鄭児の採った、女性の方から四爺に必死で追いすがるという戦略は、残念ながら裏目に出る方法なんですよね。

でもね雪舞、男の人が追っかけてきてくれるのは、獲物を捕まえるまでなんですよ。釣った魚にエサはやらないっていうでしょう?捕まったあともいつまでもゲームを続けていると、そのうち見放されるから気を付けた方がいいわよ…?

しかし有り難いことに、四爺は恋愛初心者なので、婚約したとは言ってもいちおう後はつけてきてくれたらしい。

それでも、次に雪舞に起こる災難は避けることができなかったようです...。

子どもを追いかけていって、何者かに気絶させられた雪舞が目覚めると、前に立っていたのは、

周国皇帝・宇文邕<うぶん よう/Yuwen Yong>、またの名を仔ブタ陛下

こんな絶体絶命のシチュエーションでも雪舞はハッタリをかまそうとします。

“我警告你啊 我現在可是大齊的王妃
只要我一聲叫嚷 很快就會有很多人衝出來的”

(言っておくけど、私は今や大斉国の王妃なんですからね。
一声叫べば、すぐにたくさんの人が飛び出してくるのよ)


たくさんどころか、こっそり覗いてる1人の武将さえ割って入ることができないんですが…。

これまでだったらこのタイミングで飛び出していたであろう四爺が、入ってこないのは、前に証人を切り殺しちゃったので「学習」したのか、はたまた宇文邕を泳がすつもりだったのか、雪舞を泳がすつもりだったかのかは、女媧さまのみぞ知る!

それでも、宇文邕が、姪の貞児〈ていじ/Zhen Er〉の病気を治すために周に来て欲しいと頼んでるのを聞いてる四爺は、眼が血走ってて怖いこと…。

だって、さっきも確認したけど雪舞は困ってる人を見たら放っておけないというのがポリシー。

それをよく知るこの詐欺野郎(私が言ったんじゃありません!斉の貴公子・蘭陵王高長恭殿下がおっしゃったんです!!)がまた何か小細工をしていると疑うに決まっています。

“朕貴為一國之君,從來只拜天地
 雪舞 你是朕此生以來 第一個求的人”

(朕は一国の君主たる貴い身、ひれ伏すのは天地に対してだけだ。
雪舞よ、お前は私が生まれて以来、初めて伏して助けを乞う相手なのだ)


とか言ってる割に、雪舞が断ると、いきなり短刀を抜いて自刃を図ろうとする宇文邕。

やれるもんならやってみれば…? 邙山〈ぼうざん〉の戦いの御礼参りの手間もはぶけるしさぁ…と四爺が一瞬思ったかどうかは分かりませんが、もちろん、ただでは首は差し出さない宇文邕。

“如果我國知道 皇帝死之前 是跟齊國的王妃在一起
你想他們會用什麼方法 來跟齊國討回”

(もしも我が国が、皇帝の死にあたって斉の王妃と一緒にいたと知ったら、
いかなる報復を加えるであろうな)


そういわれて雪舞も、盗み聞きしている四爺もひるみますが、よく考えたら、ひと様の国の皇子の婚約者を無断で連れ去ったりしたら、その時点で戦争ですよ?

あんたらトロイア戦争を知らないね?

最も美しい女神に捧げるとされたリンゴを巡って三人の女神が争うのですが、審判役のトロイアの王子・パリスに、それぞれ、自分を選んでくれたら権力、武力、美女を与えると約束します。

パリスは美女を選びましたが、それはスパルタ王妃ヘレネでした。
(何でよりによってスパルタ…。)

王妃ヘレネを略奪されたスパルタは、そりゃ、怒りますわな。

ギリシャ全土を巻き込んで、10年にも渡る大戦争になりますが、結局、兵士を満載した木馬の計にかかり、トロイアは滅亡してしまいます。

だから、連れ出したりしちゃダメだっつーの。

しかし、さすがの雪舞もギリシャ神話は知らなかったらしく、有効なカウンターを出せないうちに、宇文邕はさらに畳み掛けてきます。

“如果你願意去,朕保證一個月,就一個月 怎麼樣”
(もしも来てくれるなら、一か月だけでいい。約束しよう。どうだ)

“無論貞兒的病情如何
都不會有任何人為難你
朕還會親自送你回齊”

(貞児の容態がどうなろうと、
誰にも責めさせはせぬ。
それに朕が責任を持って斉に帰そう)


ここまで言っても難色を示す雪舞に宇文邕は、

“朕願意 所有被俘的齊國戰俘全部釋放”
(これまでの捕虜を全て釈放してもよい)

と言うので、じゃあ一か月だけよ、と雪舞は承諾し、

“你得先讓我回去 向蘭陵王知會一聲
否則他會擔心的”

(蘭陵王に知らせなくちゃ。
さもないと心配するわ)


そういわれて、目を伏せる皇帝陛下。

“恕難從命
貞兒危在旦夕 分秒必爭”

(申し訳ないがそれはできない。
貞の病状は一刻を争うのだ)


と言ってますが、知らせたくないのがありありです。
やっぱ詐欺師なのは変わらないのね…

今いるとこから蘭陵王府までが遠いのか、それともやっぱり城門から蘭陵王府までが半日かかる(第14話こちら)せいなんですかね(笑)

じゃ使いをやって知らせて、という頼みに、またも顔を伏せる皇帝陛下。まあ奥様ご覧くださいませ、ダニエル・チャンの演技の上手い事。後ろめたさが口元から滲み出ております。

この会話を聞いている蘭陵王の表情も良いですね。心配させたくないの、というセリフに反応しているようにも、承諾してしまったということに反応しているようにも見えます。

と、そこへ見張りが戻ってきて蘭陵王と小競り合いになるんですが、全然聞こえてないらしい皇帝陛下と雪舞。遠目には、もうラブラブです。

首尾よく近衛兵に化けた蘭陵王のところへ、2人の同僚兵士が戻ってきます。
ここ以降、台本どおりかアドリブなのか知らないけど、結構来てますよね。

「お前はいつも臭い。」

って、どんだけよ?

近衛兵はいつも仮面を着けていますが、それは

“臉上剌了字,不能以真面目示人”
(顔に文字があるので、素顔をさらけ出すことはできないが)

と言ってる通り、刑罰として顔に入れ墨をされているという設定のようです。

当時、「盗」「賊」などの入れ墨をするという刑罰がありました。唐代には上官婉兒という女官が罪を得て額にこの刑罰を受けたのですが、則天武后に重用されたので、以降、額に入れ墨のように梅の花を描く化粧が流行ったというエピソードがあります。

下々の者にもこんなに愛されている皇帝陛下。
しかし、四爺は、皇帝陛下にというより、雪舞にはらわた煮えくり返っているご様子です。

“真是個毫無戒心的笨女人
不想想自己的身份
她到底把蘭陵王放在哪兒啊?”

(まったく何の警戒心もないうつけた女人だ。
自分の立場も顧みず、
蘭陵王をないがしろにするなんて)


って、ち…小っせえ!

しかもこれから奥さんになる人に向かって“笨女人”(バカ女)とは何事ですか。

同僚からもたしなめられちゃう四爺ですが、もう一人は同情しています。

“我是蘭陵王的話 我也會暴怒”
(蘭陵王だったら、オレだってドタマに来るぜ)

“爆買”ならぬ“爆怒”と来たもんだ。そりゃスゴイ怒りっぷりでしょうよ。

さらに、周に滞在中の親密(?)な様子を聞いて、またまた冷静さのヒューズが吹っ飛ぶ四爺。化けた相手が言ったはずの情報を同僚に尋ねてしまいます。何とか忘れたと誤魔化したものの、

“你吃一點銀杏補補腦 再來點黃蓮”
(ギンナンを食べてボケを治せ。黄蓮も食っとけよ)

とアドバイスされてしまいます。

民間療法では、ギンナンは記憶力増強、黄蓮はのぼせを冷ます効果(?)があるとされているようです。

一方の蘭陵王府。

小翠はお茶を随分高い位置から注いでいますね。四川風とか、こういうアクロバティックな注ぎ方ももちろんあるんですけど、ひょっとして演出家の方が、低い卓に座ってる人にどうやってお茶を注ぐのか分かってないってことないでしょうか…?

今の中国は基本、椅子とテーブルの生活なので、屈んで給仕をするっていうのを知らなかったりして。

ま、それはともかく、五爺は机を叩いて注ぐのをやめさせています。が、もし中指でテーブルを叩いたら、それはお茶を注いでくれてありがとう、という意味です。

これはどうも地域差がある動作らしく、南のお店では普通に見ますが、北の方じゃあまり見かけません。

でも、それは私が知らないだけかも。

もともと、清の皇帝がお忍びで街中に遊びに行ったときに、お供の人たちが拝礼できないので、代わりに指で跪く真似をした、ということのようです。

お給仕もうわの空の小翠に、五爺は言います。

“你們少夫人 哪一天做事按常理出牌啊
太規矩也不像她”

(楊夫人が決まり通りの手を打つと思うか。
定石通りじゃらしくもないしな)


ここ、結婚式までは“少夫人”と、側室扱いっていうのも面白いですが、“常理出牌”という言葉も面白いですね。“牌”を出すんですから、カードが麻雀から来たことばなんじゃないかと思いますが…どっちもこの時代にはないでしょうけど。

吹き替えは、
「王妃は実に型破りなお人だからな。
まともではつまらんだろう」

と上手く訳してます。

少しほっとしたらしい小翠に五爺はちょっかいを出し始めます。おっ、この2人、いい雰囲気なのかと思ったら、その場にいた侍女たちがわらわらと群がってきます。どうやら、五爺は、見境なくナンパしてたようです…。

白山村に来たのが四爺じゃなくて五爺だったら、結構面白い展開になってたかも…と、ここを見るたび笑っちゃう視聴者でございます。

それにしても、四爺と雪舞、2人とも急に消えちゃって、この場はともかくしばらくしたら本当に皆心配すると思うんだけど、どうしたんだろう。

周の都・長安にも斉のスパイがいることは確実なので、きっとその人に託して知らせたんでしょうが、何日かはかかっちゃいますもんね。

それにですよ、遠乗りに来て、柳の下に置き去りにされてるはずの踏雪は、つながれたままだと飢え死にしちゃうんじゃない?

あ、そうか、子どもといなくなった雪舞を追っかけてくるまで時間があったのは、四爺がメッセージを書いてたせいかもしれませんね。それを踏雪に託して、家まで送り届けた、と。

…そんな伝書ハトじゃあるまいし…。

と、考えてる間もなく、仔ブタ陛下ご一行は、貞児の元へ。

周りが止めるのも聞かず、さっと帳の中に入っていく雪舞を心配そうに見つめる蘭陵王。
しかし、伝染病ではなかったようです。

話に聞く天女に会えた貞児は言います。

“是天上的神仙 或者是妖精”
(お空の神様か、「妖精」だと思ってた)

ちなみに残念なお知らせですが、中国語で“妖精”っていうと、限りなく「妖怪」に近いイメージです。
s-yaoguai.jpg

ね?
(三蔵法師が退治するのは日本語じゃ「妖怪」ですよね…)

このあと、貞児が「仔馬が阿怪と天女の話をしてくれたの。2人は仲直りしたの?」と聞くと、蘭陵王は緊張してます(笑)が、宇文邕は遮って、

“貞兒,天女姐姐是來救你的 我們得抓緊時間 所以你就乖乖地在床上好好休息”
(貞や、天女お姉さんは助けに来てくれたんだよ。早く治さなければ。ちゃんと寝ているんだぞ)

ここは吹き替えでは、
「天女さまが助けに来て下さったのだ。長くはおられぬゆえ、しかと休むのだぞ。」

という訳で、なるほどね、という感じですね。
しかし、長くはいないって、仔ブタ陛下的にはいいの…?(笑)

相変わらず、雪舞が見るたびに目を伏せる蘭陵王なんですが、雪舞は全く気付いていないようです。

そして、アシナ皇后も、天女に感謝しているものの、何となく気がかりな様子がうかがえますね。

雪舞は、痒がる貞児に“蘆薈”(ろかい)のクリームを塗ってあげていますが、これはアロエのことです。

一方、久々の登場、大冢宰〈だいちょうさい〉・宇文護〈うぶん ご/Yuwan Hu〉。
今度は玉兎もお側に侍っています。

仔ブタの手のものではないかとの、居並ぶ群臣の疑念に答え、玉兎は裏切るならすぐにでも出来ると言い、

“連銀針都探不出來”
(銀の針でも見つからぬ毒です)

と皇帝から託された毒酒を示します。

当時の毒は、砒素など硫黄を不純物として含んでいるものが多かったので、硫黄に触れると変色する性質のある銀が検出に使われたという訳です。

対して宇文護は、忠誠を誓う者に

“西域蟲酒”

を飲むよう迫ります。7日ごとに宇文護の持つ薬を服用しないと死ぬ、という話なんですが、私には仕組みがよく分かりません。7日ごとに暴れる虫なのかしら...?だって、飲む薬が虫下しだったら、退治できちゃいますもんね。

本当にこんな虫酒があるのかどうか分かりませんが、人を害するのに毒虫を使うというのは唐代を舞台にした『ライズ・オブ・シードラゴン』にも出てきました。

都の一方でこんな凄惨な場面が繰り広げられているとも知らず、『水戸黄門』並みに入浴シーンの多い本ドラマでは、こんどは貞児が入浴中です。

“等你都好了之后呢,天女姐姐教你用油紙 還有草灰
做一種東西 你把你喜歡的花瓣放進去 這樣你沐浴的時候呢
用它們 就會身體香香的”

(治ったら、お姉さんが油紙と草木の灰を使っていいものを作ってあげましょう。そこに好きな花びらを入れて、お風呂の時に使えば、良い匂いがするわよ)

“真的?”
(ほんとう?)

“真的 阿怪都見識過那個神奇呢”
(ほんとよ。阿怪だってこの魔法を知ってるんだから)

そうね、嫌がってましたけどね。

こんなほのぼのシーンが繰り広げられている湯殿の前で立ち聞きしてる蘭陵王は、同僚に見つかってしまい、あり得ない言い訳をしています。

“我是仰慕天女”
(私は天女をお慕いしているんだ)

おほほほ、“仰慕”ですって、ハイブローな言葉ですこと。一介の罪人風情の言葉遣いじゃなさそうですが、そこは気取られずに済んだようです。

“又是一條遙遙無期的不歸路啊”
(そりゃまた果てしなく遠い行きっぱなしの片思いだよなあ)

“天女 堂堂的蘭陵王妃呀”
(天女はれっきとした蘭陵王妃だぞ)

“可是她卻把蘭陵王丟在齊國”
(しかし、彼女は蘭陵王を斉に捨ててきたではないか)

あらあら…。
そんな彼をカワイそうに思ったのか、蘭陵王をdisる人も。

“蘭陵王 有什麼好的”
(蘭陵王なんかのどこがいい)
って言われたときの、何っ!って反応が面白いですね。

“還不是個娘們兒”
(腰抜け男じゃないか)

“也是 聽說是個美男子 上戰場還戴一個面具”
(だろう。美男子だって聞いてるぞ。いくさ場では仮面をつけているとか)

ここ、吹き替えでは「人見知り」にされてて笑いました。
確かに、中国語の方は褒めてるみたいに聞こえますもんね。

しかし、せっかく付き合いでdisってもらったのに蘭陵王は笑ってません(って当然か)。
理由を聞かれて律儀に答える蘭陵王。

“我對天女用情很深 蘭陵王是我的情敵
我怎麼笑的出來”

(私は天女を本気で愛してるんだ 蘭陵王は恋敵だ。
笑ったりできるものか)


そこへいきなり雪舞が出てきたため平伏する兵士2人の真ん中で、
茫然と突っ立ってる人が…。横の2人は必死で訴えます。

“我不是始作俑者”
(悪事を始めたのは私ではございません)

では誰、と雪舞に聞かれて、中国語の蘭陵王は黙ってるのですが、
日本語は

「それはコイツです。」
「この色魔」

って指摘されて一言、

「え?」

って(笑)

ちなみに、言い訳のセリフにある、
“始作俑者”
(初めてひとがたを作った人)
というのは、悪事を始めた人って意味です。

辞書を引くと、「殉葬の悪習は埴輪を作るところから始まったから」という解説を見かけます

が、それは逆では…?

と視聴者が愚考していると、

それはどうでも良いの、ちょっと話があるわ、ついてきて、と雪舞はスゴイ剣幕です。

ついにお仕置きか?
お仕置きなのか〜!?


気になる続きは、第16話(→こちら)にて!
posted by 銀の匙 at 01:07| Comment(10) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月26日

蘭陵王(テレビドラマ26/走馬看花編 第14話)

(〈蘭陵王〉関連の記事を最初からご覧になりたいかたは、右欄から蘭陵王のカテゴリーを選ぶか、または→こちらを最初から戻ってご覧ください。)

前回・第13話は→こちらをご覧ください。

皆さま、メリー・クリスマス♪(遅い)

おかしいな、この前ハロウィーンだったのに…(っておかしいのは私か…)。

『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』のサントラを聴き込みすぎて、SW廃人と化している私。
クリスマスプレゼントには、やっぱりオレンジ色のニクい奴が欲しいなと…

…すみません、知らない人の方が多いですよね。あの『夕刊フジ』がTVコマーシャルを打っていた時代もあったのですよ、遠い昔、はるか銀河系のかなたで…

と、何の話の出だしかわからなくなったところで、いってみましょう、第14話
ちなみに、プレゼントは絶賛受付中です!!

お妃選びにかこつけて、蘭陵王<らんりょうおう/Lanling Wang>=高長恭<こう ちょうきょう/Gao Changgong>=四爺<スーイエ/Si Ye>を陥れようとする皇后と臣下の祖珽〈そ てい/Zu Ting〉は、宮女の鄭児〈ていじ/Zhen'er〉をお妃候補として送り込みます。

どうしても蘭陵王を振り向かせることができないと知った鄭児は、祖珽から愛情を得るまじないの品、と偽って渡された香袋を、ヒロイン楊雪舞〈よう せつぶ/Yang Xuewu〉がかどわかされた隙に、蘭陵王の屋敷にある雪舞の部屋に隠します。

この騒動で雪舞の安否を案じた蘭陵王は、彼女を故郷に帰そうと決意します。

雪舞が去った翌朝、まさに正妃を決めようというときに祖珽が屋敷に現れ、蘭陵王が皇帝を呪詛しているとして捜索を始めます。ほどなくして雪舞の部屋から見つかったのは、ルークが失くしたライトセーバー…じゃなくて、鮮卑の呪符なる代物。皇帝を呪詛した咎で、蘭陵王は捕えられてしまいます…。


さて、そんな騒動になっているとはつゆ知らず、韓暁冬〈かん きょうとう/Han Xiaodong〉が御す馬車に乗り、雪舞がやってきたのは、斉の都・鄴〈ぎょう/Ye〉の城門前商店街。

辻では黄色い傘?のようなものが売られ、“冰糖葫蘆”売りの声がします。

そう、四爺が鄭児からカツアゲしたあの駄菓子、「サンザシの飴がけ」です。
基本的には北中国の冬のお菓子です。

そんな駄菓子をいっぱい刺した竹ぼうきに乗って飛んできたのか、魔法使い...にしか見えない怪しいボロずきんの人物こそ、ジェダイの騎士…でもなくて楊雪舞のおばあ様、楊林氏。

未来を予言し甲骨をも打ち砕く、強大なフォースの持ち主であるマスター・アイアンフェストは語ります。

“你消瘦了很多 傻孩子
這段時間 你吃苦了吧
明知道會分開 你還要寄情蘭陵王
你何苦傷害自己 徒搨ノ苦而已”


(ずいぶんとやつれてしまったこと、この子ときたら
だいぶ苦労をしたのであろうよ
分かれる運命と知りながら 蘭陵王を慕うとは
なぜ自ら傷つこうとする
いたずらに痛みが増すばかりではないか)


言われた雪舞は、すべては自分のせい、おばあ様の面倒も見ずにごめんなさいと泣いています。

一方、街中では手回しよく、蘭陵王と雪舞の罪状を記したお触れ書きが貼り出されています。

お触れ書きに描かれた似顔絵は美男美女でなかなかステキですよね。
宮廷絵師さん、Good Job! 
絵師さんは、きっと雪舞本人には会ったことがなくて、顔立ちは獄中の四爺の自己申告なんだろうなぁ…。

美人画に群がってる人たちの格好を見ると、いかにも漢民族の庶民、みたいな人たちに混じって、回族(イスラム系)のような格好をした人、モンゴル族のような帽子をかぶった人なんかもいます。

そこへ現れ出でたるは、戦勝報告の朝議に、雪舞と蘭陵王が遅刻する原因となり、結果的に、蘭陵王は驕っている、という印象を朝廷内にバッチリ植えつけてしまった、阿文とその母上の2人組。

それにしても、前回は突っ込まないでおいてあげましたが、四爺と雪舞が参内に遅れた理由が、

「街中で突然見知らぬおばあさんにせきとめられて靴縫ってました」

ってすごくない?

そんな突飛な言い訳、信じる人いないって…。

でも、ホントの話なのに、誰も信じてくれない遅刻の理由ってありますよねぇ。

出勤の途中でバッタリ、こんなところで会うはずのない知り合いに出くわして、「スター・ウォーズ」一緒にリピート鑑賞しませんか、とお誘いしてたとか(まさに一昨日の私がそれ)、

陸橋を渡ろうとしてたらいきなりコンサートが終わって、一瞬にしてすごい人ごみになり、全然前に進めなくなったとか(人がゴミのようだ...)、

駅を出た途端に半べその外国人女子に入国管理局への行き方を聞かれたとか(結局、大手町まで付き添って行った)、

札幌への行き方を聞かれたとか(ここは東京なんですけど!!??)、

自転車のスポークにストールが絡まったとか(暑くなったので前かごに入れてました。首に掛けてたのだったら私は今ごろ別の場所にいると思う)、

前の路地が銃撃戦になったりとか(日本じゃないけどね)、

酔っ払いに絡まれたとか(これは日本ね)、

乗ってた列車が鹿と衝突したとか(鹿ってレールを舐めて鉄分補給するらしいですね)、

台風で目の前が土砂崩れになったとか(そして迂回路でバスの運転手が道を間違えたり)、

かと思うと、遅刻してきた同僚が、車内で消火器が倒れて電車が止まったとか言うんで、あはは、そのくらいで〜♪と皆で笑ってたら、新聞に載るほどの大アクシデントだったとか。

これらはネタじゃないんです!!! 
すべて、実話なんです!!!
信じて武成帝!!!

と訴える2人に感化されて、居合わせた人たちも座り込み、蘭陵王と天女はネタじゃないんです!と無実を訴えている…はずなんですが、なぜかすぐ次のシーンでは同じ人たちが大通りをぞろぞろ歩いてたり…。

そうこうするうちに、雪舞の馬車に城門の手前で安徳王〈あんとくおう/Ande Wang〉=高延宗〈こう えんそう/Gao Yanzong〉=五爺〈ウーイエ/Wu Ye〉が追いつきます。そんなに急いでるはずなのに、なぜか先ほど大通りにいたモブに追いつかれてる五爺の馬って実は牛なのかしら。

“昨夜城門緊閉 便趕來城門看看
幸好攔到你了”

(昨日の晩は城門が固く閉ざされていたので、
いそいで門まで来てみたんだ。
君が出られなかったのは幸いだった)


牛歩戦術を採用した(してません)五爺が言うとおり、確かに、お尋ね者がいるとなれば城門は閉ざされて、よほどのことがなければノーチェックで外には出られないでしょうが、じゃ、夜に蘭陵王府を出た後、翌昼のひなかまで、雪舞はおばあ様にも会わず、いったいどこにいたのでしょう。

だって、このシーンでようやくおばあ様に会ったみたいですもんね。

まさか蘭陵王府から城門まで半日かかったんでしょうか…? あるいは、車を引いてる動物、てっきり馬だと思ってたけどあれは五爺の乗り物と一緒で牛車かゆるキャラの被り物だったんでしょうか…いや鹿…なんでもない。

幸い、似顔絵が似てなかったせいで(つ、使えねぇ…)、誰にもお尋ね者とはバレていないらしい楊雪舞。

ああ、そうか、本人とは分からないほど美人な似顔絵を描かせる。
これも斉の戦神・蘭陵王の策だったのね。
ぐはっ!!!∵;.(Д゚(○(へ´#)o

こんなとんでもない策を弄したバチが当たったのか、四爺の頭部は風前の灯です。
五爺は急いで雪舞に告げます。

“四哥要被砍頭了”
(四兄が首を刎ねられそうなんだ)

いきなりの衝撃発言に雪舞は仰天。
“什麼?”
(何ですって?)

“不可能的呀”
(そんなまさか)

“他還沒娶鄭妃,他不該現在死的”
(まだ鄭妃も娶ってないのに、いま死ぬはずがないわ)

やぶから棒に言われた割には、事態の行き着く先を冷静に把握しているらしい楊雪舞。さすが天女の美称はダテじゃありませんね。

五爺はそんな雪舞の超能力に気づく余裕もないのか、
“什麼不可能 都發生了
連你都被當成妖女通緝”

(まさかって何だ、もう起こってることなんだぞ。
君まで妖術使いとしてお尋ね者になってるんだ)


呪符は雪舞の部屋から出てきたのだから、彼女自身が申し開きをすれば、兄上は助かるかもしれないという五爺。

それでも迷う雪舞に、

“我不懂 你明明很喜歡四哥 為什麼一定要離他而去呢”
(なぜなんだ 四兄の事を好きなんだろう、なぜ出て行く)

言われて雪舞は、胸元にしまった玉佩<ぎょくはい>を取り出して眺めます。その様子に五爺は、

“四哥一定沒有告訴過你
這玉佩是他娘親唯一留下來的東西”

(四兄はどうせ君には言ってないだろうけど、
この玉佩は母親の唯一の形見なんだ)


“他曾經說過 這玉佩 只會給他此生最愛的人
也是他唯一愛的人”

(兄上は言ってた この玉佩は最愛の人に贈ると
生涯ただひとり愛する人に)


“他在你離開時把玉佩交給了你
就代表他終身不娶了”

(別れ際、君に玉佩を渡したのなら、
それは他に誰も娶る気はないという意味だ)


さあ、ここでようやく、このドラマでの“玉佩 yupei”の意味がはっきりしました。

この玉佩は四爺にとっては母の形見であり、結婚相手に贈るつもりのものだった。

ということで、第5話(→こちら)で彼が雪舞に“敬酒”をしたもう1つの意味が分かったように思います。

思い出していただけますでしょうか。

わざわざ白山村から仮面を渡しにやってきて、囚われた義兄弟を救うための芝居を手伝ってくれた雪舞に、四爺は路銀がわりにと軽い感じで玉佩を手渡します。

その後すぐ、危機を察して舞い戻り、四爺一行の逃走を手伝ってくれた雪舞を、陣地に連れて帰った四爺は、わざわざ彼女だけのために宴席を設けて“敬酒”をしますが、別れを告げただけで、翌朝は見送りにさえ来ませんでした。

つまり、雪舞には言わなかったけれど、彼としては雪舞と、婚礼に相当する“敬酒”の儀式をして、この先は誰とも結婚しないつもりだったのでしょう。

第5話の時点では、四爺は雪舞を村に帰して、自分は身を引くつもりだったからです。

同じく第5話こちら)で、玉佩の意味の一部についてお話しました。玉佩は一般に、肌身離さず身に着けている装身具であることから、詩や小説などの文芸作品では、愛情を象徴する小道具として使われています。

四爺の中の人、ウィリアム・フォンが、カンフー界のセレブのおバカ二世・容寛〈よう かん/Rong Kuan〉を演じた、わたくしお気に入りのテレビドラマ《虎山行》あたりを見ておりますと、こういうチープなドラマにありがちな小道具として、玉佩もバッチリ登場してまいります。

《虎山行》での玉佩の使われ方はこんな感じです。

ヒロインの姜文英〈きょう ぶんえい/Jiang Wenying〉は槍術の名家に生まれましたが、他に家を継ぐ男子がいないために、生まれる前から父親の義兄弟の子と結婚の約束が交わされていて、そのしるしにと、お互いが玉佩の片割れを持っていた。

容寛から想いを寄せられた姜文英は、彼とは別の若者が、離れ離れになった婚約者だと知るのですが、相手は文英が婚約者と知りながら、なぜか名乗らなかった。それには、とある理由がありました。

それが、本当にあっと驚く理由だったので(歴史に詳しい人なら気が付くかも知れないですが)、なかなかやるなって感じ。

ウィリアム演じる容寛は、カンフーの技はたいしたことないけど、「甘えておねだりする技」が免許皆伝の腕前で大変ほほえましい(でも身近にいたら、きっとウザったい)はまり役でございました。

話は逸れましたが、このように、お話の世界での玉佩は、大事な相手に贈る小道具として大活躍です。

しかしそもそも歴史上、中国における玉の価値は、恋愛の小道具どころじゃありませんでした。

日本では国の統治権を持つものである証は「八咫鏡」<やたのかがみ>、「八尺瓊勾玉」<やさかにのまがたま>、「草薙剣」<くさなぎのたち>の三種の神器。

中国にも同様に、三種の神器的な意味を持つ宝がありました。

王権の象徴であるその宝は、“九鼎”<きゅうてい〉というもので、ハニー、じゃなくて、青銅でできた三本足の祭祀用具でした。

しかし、その重要な宝物は戦国時代、すなわち周から秦に王朝が移る戦乱の時期に失われてしまいました。

そこで、続く秦の始皇帝の時代(紀元前221年−紀元前207年)、王権の象徴として新たに、玉材で出来たハンコ(“璽”)が作られます。その宝物は国を伝える皇帝のハンコ、すなわち“伝国璽”<でんこくじ>と呼ばれました。

北斉にも、文宣帝の時代に南朝から脱出してきた者によってもたらされ、五胡十国の時代に紛失するまで各王朝の皇帝に受け継がれました。

玉は秦代に最上位とされて以来、印材としての価値はなんと金・銀よりも上だったのです。

時代が下るにつれて玉の価値は下がってきますが、それでも高価なのでそう幾つもは所有できなかったことから、身分やその人自身をを象徴するものとみなされてきました。

そのような“玉”の役割をよく表す史実として知られているエピソードは、実は本ドラマと多いに関係があるのです。

ちょっとドラマとは出現順が前後しますが、ネタバレってほどでもないので、ここでご紹介しておきましょう。

それでは、《北斉書》巻十二から、高百年の最期にまつわるエピソードをご覧ください。

樂陵王百年,孝昭第二子也(中略)
(楽陵王・高百年は考昭帝の第2子であった)

河清三年五月,白虹圍日再重,又貫而不達。
(564年5月、白虹が太陽の周りに二重にかかった。虹は太陽を貫く手前で止まっていた)

赤星見,帝以盆水承星影而蓋之,一夜盆自破。
(赤い星が現れ、帝(武成帝・高湛<こう たん>)は鉢に星を映すと蓋をしたが、一夜にして鉢は割れてしまった)

欲以百年厭之。
(帝は、かつて皇太子に立てられた百年が呪詛しているのではと疑った)

會博陵人賈コ胄教百年書,百年嘗作數「勑」字,コ胄封以奏。
(博陵の人・賈コ胄は百年を教えていたが、百年がかつて、「勑」という字を何度か書いたことがあると上奏した)

帝乃發怒,使召百年。
(武成帝は激怒すると、百年を召しだした)

百年被召,自知不免,割帶玦留與妃斛律氏。
(百年は災いを逃れられないことを悟り、帯に吊るした玉佩を割って、妃の斛律〈こくりつ〉氏に渡した)

見帝於玄都苑涼風堂,使百年書「勑」字,驗與コ胄所奏相似,
(武成帝は玄都苑涼風堂で百年に謁見し、「勑」の字を書かせると、賈コ胄が差し出した書の字とそっくりだった)

遣左右亂捶擊之,又令人曳百年繞堂且走且打,所過處血皆遍地。
(帝は左右の者に百年を殴打させ、さらには堂の中を引き回して打たせたので、あたりは血で染まった)

氣息將盡,曰:「乞命,願與阿叔作奴。」
(百年は息も絶えだえに、「どうか命ばかりはお助けを。奴隷となって叔父上にお仕えしますから」と言ったが、)

遂斬之,棄諸池,池水盡赤,於後園親看埋之。
(斬首して池に捨てさせると、池の水も真っ赤に染まった。そして、帝自らが見守る中で、裏手に埋めさせた)

妃把玦哀號,不肯食,月餘亦死,
(妃は玉佩を握り締めると慟哭し、何も口にせず、ひと月あまりで亡くなった)

玦猶在手,拳不可開,時年十四,
(手は玉佩を握ったままで、どうしても開かせることができなかった。享年は14である)

其父光自擘之,乃開。
(その手は父である斛律光がこじあけて、ようやく開いたのである)

「白虹<はっこう> 日を貫く」として、古来から裏切りの予兆である天文現象が起こり、兵乱の凶兆とされる赤い星まで出現したうえに、呪いの封が破られるという怪異が発生する。

そこで武成帝は、かつて兄が皇太子の位につけていた高百年の謀反の兆しではと疑う。都合よく、そういえば高百年は皇帝だけに許される「勑」(皇帝の命令)の字を練習したりなんかしてましたよ、と証拠を持ってきて讒言する者まで現れる。

そこで試しに「勑」の字を書かせてみると筆跡が一致したので、武成帝は怒り狂い、実の甥である高百年を撲殺させてしまった。

夫の百年が惨殺されたと聞いて、わずか14才の幼い妃は絶食の末に息絶え、手放すまいとするように、夫の形見の玉佩を、父の斛律光将軍がその手を無理に開かせるまでは握り締めたままだった。

愛の物語というにはあまりにも壮絶すぎるこのエピソードですが、実はドラマ《蘭陵王》のエンディングのクレジットに高百年の名前を見つけて、おっと、さすがはラブ史劇、このホラーみたいな話が登場するんだろうか、と思っていたら、残念ながら、ちょっとエピソードの中身が違ってました... 。

高百年はこの先、登場はするのですが…ま、それはおいおい、ドラマを見ていただくことにいたしましょう。

五爺に気を取られてすっかり忘れていましたが、おばあ様は形勢不利を悟り、いきなり、この先、白山村が移転するから会えなくなるのよ〜と伝家のライトセイバーを振り下ろしてきます。

明らかに利害が衝突しているおばあ様と五爺。お互いに言葉も視線も全く交わさず、互いの存在を無視していますが、ついに五爺もライトセーバーで応戦します。

“你留 我四哥有機會活下來
你走 我四哥必死”

(君が残れば、我らが四兄は生きながらえるかも知れない。
でも、君が行ってしまえば、死は免れない)


これまで、単に“四哥”と言っていた五爺が、ここで“我四哥”と言っていることに注意してください。

自分の大切な兄弟が、という感情を表現するため「私の」を追加した、という意味はもちろんあるでしょうが、中国語では自分の属しているファミリーや組織について言うとき、“我們”(私たちの)とは言わず、“我”と言います。

日本の「わが国が」というニュアンスに近いでしょうか。「日本国が」というより、ぐっと対象を引き寄せてる感じがしますよね。

そんな大事な兄上がどんな危険にさらされているかといえば、
“是五馬分屍 四哥身後 將落個死無全屍”
(「五馬分屍」の刑で 亡骸さえも残らない)

「五馬分屍」とは、罪人の首と両手両足に縄をつけて、五頭の馬に別々の方向へ向かって引っ張らせるという、聞くだに残虐な刑罰。

ああ、いくばくもしないうちに、そんな酷い目に遭いそうなご本人はどうしているのでしょうか。
ここでちょっと、四爺にズームインしてみましょう。

獄につながれている四爺の元へ、2人の牢番が現れます。
「カンパしておかずを買って参りました」と言ってる人は、確か第4話→こちら)の丹州城の隠れ家で四爺を出迎えた人ですね。

せっかく気を利かせてくれたのに、四爺はローストチキンをお気に召さないようで…

と思ったら、この先の回を見ると、四爺はお肉大好きなんですよね。好物も喉を通らないほど憔悴している、という割には栄養良さそうではありますけれども(それは言わないお約束)、もう雪舞もいないし、蘭陵王にしては珍しく、あきらめモードに入っている様子です。

そこへ五爺が突然登場。牢番は驚いて、

“五爺 您怎麼進來了”
(第五皇子、どうやってお入りに?)

“五爺朋友最多 進來會難嗎?”
(私は知り合いが多くてね。入るのは簡単さ)

いや、入るのは誰にだって簡単ですよ、出るのが難しいんじゃないの、と要らんことツッこまないでよろしい、と自分にツッコミをしてみましたが、そうしてる間に、五爺は自分のことを“五爺”って呼んでいますね。

入るのも簡単なら人払いも簡単らしく、あっさり一刻の猶予をもらって近寄る五爺に、四爺がまず聞いたのはコレ。

“家裡怎麼樣 沒把大家嚇著吧”
(屋敷の様子はどうだ。さぞ皆を驚かせただろう)

当然ながら五爺はこう返します。

“都什麼時候了
你該擔心的是你自己”

(そんなこと言ってる場合か。
自分の心配をしたらどうだ)


自分のことより、他人の安否を気遣ってしまう人なの、と雪舞が言うとおりのお人柄ですよね。こういう思考回路を、中国語では“替別人著想”と言います。日本語では、「思いやり」とか「他人に気を遣う」「人の立場で考える」という意味でしょうか。

これはもちろん、中国でも美徳とされています。
それが証拠に、蘭陵王の中の人、ウィリアム・フォンも、この美点の持ち主であることが強調されてるんですね。では、彼が登場するインタビュー番組から、ご覧いただきましょう!

(2015年冒頭、ドラマについての記事を書くヒマがなく、このインタビューをご紹介したことがありました。今回の記事のために一年前から準備しておいた素材でしたのに、まさか実際に使うのがこんな先になるとは…。遅くてすみません&すでにご覧になった皆様はデジャヴですみません!)

テレビドラマ《宮鎖心玉》で共演した、中国の女優さん、杨幂(ヤン・ミー)と、蘭陵王役のウィリアム・フォンの2人が《超級訪問》(スーパー・ヴィジット)(司会:李静・女性/戴軍・男性)という番組に出たときの後半部分です。…うっ、元の公式画像がもう見つからない…。

(ちなみに、前半をご覧になりたい方はこちらをどうぞ)

杨幂(ヤン・ミー)、馮紹峰(フォン・シャオフォン=ウィリアム・フォン)

(15:50ごろから)

ヤン・ミーの口癖は何でしょうか?

:(ボードに「多大點事兒」(大したことじゃない)と書く)

:私もそうじゃないかと思った。北京の女の子は良くこういうわよね。ヤン・ミー、自分では「有的有的」(あるある)だと思うの?

:共演してるときにしょっちゅう、「〜ってことがあると思う?」って聞くから、「あるある」って答えてたので。

:じゃ、あなたの方はどうしてこう書いたか教えて。

:僕は割と心配性なので、彼女と仕事のことについて話しているときとかに、彼女は僕を安心させようと思って「大したことないわよ、心配することなんかないわ」って言ってました。

:確かにそういうとき、「大したことじゃないわよ」って言ってましたね。

:それでは、紹峰がヤン・ミーに贈った、
:最初のプレゼントは何でしょう。

:え、何だろう。それって、ドラマのとき?それとも正式なプレゼント?

:正式、にしときましょうか。(客席大笑い)

:(苦笑い)そういう意味じゃなくて…。

:じゃ、補足しますか。誕生日プレゼントです。
  まず、紹峰のを見ましょう。

:ボードを見せてください。紹峰が書いたのは「靴子」(靴)…

:違います。「鏈子」(チェーン)です。

:恥ずかしさのあまり、顔を隠してしまう。でも確かに読みづらいですよね…)

:(ボードに「項鏈」(ネックレス)と書いている)

:なぜ「ネックレス」を贈ろうと思ったの?

:ちょうど彼女が誕生日で…彼女が誕生日だって知って、それでドラマの撮影のときにちょうど上海に帰省したのでちょうど買い物に行って、それで思い出して…

:「ちょうど」が多いわね。

:偶然が三つ重なっただけなのね。

:はい、彼女がお誕生日だったのでネックレスをあげました…!

:いくらした?

:大した値段では…

:(大笑い)

:すごく高かったと思う。

:嬉しかったですか、ネックレスを見て。

:「なんでネックレスなんかくれるわけ?」と聞きました。

:ホントに奥手なんですね…。

:そうですね(笑)

:で、彼は何て答えました?

:だってそのときは本当に、まだあまり親しくもなかったので、
  「なぜネックレスなんかくれるの」、と…

:だから僕は言ったんです。「大したことじゃないわよ」って。

:そうそう(笑)。「君、誕生日だろう、だからあげる」。
  ありがと。

:あなたに気があったのでくれたんだと思う?それとも、周りの女の子にはみんな…

:違いますってば。本当にまだ全然良く知らなくて、そのときは。

:じゃ、よく知ってからは何を贈るの?

:最初のより太いネックレスなんじゃない?(客席爆笑)

:ネックレスの件でも分かるけど、紹峰はよく気が付く人なのね。

:気配りの人ですね。

:気遣いが細やかです。

:ホントに良い人ね。さ、次。ヤン・ミーの好きな俳優は誰でしょう。

:いいですか、男性ですよ!

:中国の男優ね。

:(ボードに「謝廷鋒」(ニコラス・ツェー)と書いている)

:あらぁ、なぜ知ってるの?

:彼女、いつも言ってるから。

:このことは、(奥さんの)張柏芝(セシリア・チャン)は知らないですよね。(客席大うけ)

:ヤン・ミー、顔が赤いわよ。(ウィリアムに)どうして彼女がいつも言うんだと思う?

:彼女はああいう形の…(と、がっしりしたボディのジェスチャー)ああいうタイプの男性が好きなんです。

:違うったら。奥さんに優しいから好きなのよ。

:そうそうそう、だからそれがタイプなんです。

*
どうやら、馮紹峰は負けを認めたがらない性格らしい(笑)。

この後、ストレス発散のために何をするかという話題に移ると、ウィリアムは音楽を聞くと答えますが、好きな歌手を聞かれて、いきなり歌わされてる…。

これは、フェイ・ウォンが元歌で、カリル・フォン(方大同)がカバーした、すごく有名な《紅豆》って曲です。(リンク先→こちら)はワーナーの公式MVです。)

言われてみれば、カリル・フォンの歌声って、ウィリアム・フォンの地声にすごく似てますよね〜。しかしこの曲はハッキリ言ってD難度。いきなり挑戦しようなんてどういう勇者だか…。

ヤン・ミーは読書だそうですが、家から本を持ってきてウィリアムに貸してる上に、ちゃんと読んだかチェックするために、毎回感想文を書かせてるそうです。

あはははは。ヤン・ミー、本当最高。

(24:00ごろから)

:それでは、最後のお題です。
  ボードに、相手の長所と短所を書いてください。
  どちらのを先に見ましょうか。

:ヤン・ミーのにしましょう。
  彼女は、隣に座ってるこのイケメンをどう思っているんでしょうか。

:どれどれ。一番の長所は…“温柔体贴”(優しくて思いやりがあるところ)、一番の短所は“太温柔太体贴”(優しすぎて思いやりがありすぎ)。  

:(大笑い)さあ、早いとこその理由を話してくださいな。

:私はね、紹峰は…周りにとても気を遣う人だと思うんです。
  心が寛いし、すごく思いやりがあるんだけど…
  ただ…ときどきそれが度を越してて、周りの人がどう思うかを気にしすぎるんですね。だから、きっと日常生活でも気を遣い過ぎて疲れるんじゃないかと…

 “就是因为他可能会替别人考虑得太多”(それは彼が他人の身になって考えることが多すぎるせいじゃないんでしょうか。)
だから私はしょっちゅう、彼に言うんです。何でそんなに気に回す必要があるの、
  それって、あなたが気遣わなくちゃいけないこと?
  大したことじゃないから、気にしない方がいいわよって。
  
  たとえば以前ネットで、私たち2人がどうこうとか、そんなたぐいのこと書かれて、彼はどうしよう誤解されたらとか、君、嫌なんじゃない?とか、だけど彼がそう考えるのは…私のためにそう言ってくれてるんですね。
  そんな風に、いつも私の立場で考えてくれるんです。

で、私のスタッフに、ヤン・ミーさん、怒ってないですか、落ち込んでませんかとか聞いて、皆さんも慰めてあげてとか何とか、お願いして回ってるんです。私の周りにいる人みんなに、メールしたり電話したりして、優しくしてあげてとか…私が不愉快な思いをしてるんじゃないかと、気にしてくれてるんです。 
*
そういうことするから誤解(?)されるんじゃ…
*
:でも私はそういう人好きよ。

:とても優しいと思いますけど。

:だけど私自身は別に何ともないと思ってるのに、彼はものすごく気にしてて。

:じゃ、ちょっと説明して欲しいんですけど、(ソファの端にへばりついているウィリアムに)あなた、もう少しソファの真ん中よりに座ったら?

:彼女が不機嫌になるんじゃないかと心配で。

:彼女はしょっちゅう機嫌が悪くなる人なの?

:そんなことないです。

:そんなことないんだけど、彼と一緒にいると、ちょっとイラつくことがあるんです。彼は割合のんびりしてるので…
前に、彼が運転してる車で、私は助手席に乗ってたんだけど、左に曲がるとき、左折信号の時間は短いでしょ(中国は右側通行なので、日本でいう右折信号にあたる)、1回の信号で、私たちの車1台しか曲がれなかったんです。

:(困ってマフラーの房をいじっている) 

:だって彼は、歩行者がみんな横断するまでじっと待って、その後、右左何度もよく確認して、それから曲がるのね。後ろの車はみんなクラクションを鳴らして…(ウィリアムに)信じないでしょうけど、後ろの車という車全部よ。

:そんなことない、ない、話盛り過ぎ…

:なくない、あなたが遅いの。

:僕はスピードは出しません。確かにヘタレ運転ですよ。
  彼女はね、耐えられないの。あなた、運転が気弱すぎ、とか何とか。

:でも、車が歩行者を待つのはマナーでしょ。
:そりゃそうです。だけど、あなたは誰も道を渡ってなくても、それでも待つんだもん。 

:(苦笑)

李:彼は特に慎重派なんでしょ。他に通行人がいないかまたよ〜く確認して、それから曲がるのよね。それで信号が変わっちゃう。
  だけど、私は紹峰みたいなタイプの人、よく分かるわ。いろいろ気を遣っちゃうのよね、疲れません?

:う〜ん…いつもそうしてるから馴れで…僕は何だかんだ考えちゃう方なんです。
  僕たち2人、友達づきあいとか、仕事で組んだりとかするときに、僕の方は彼女に気を遣うけど、彼女の方は僕が気にしすぎないようにしてくれて、そういうところはいいなと思ってます。

:それじゃ聞きますけど、昨日の晩、今日この番組で司会者に何聞かれるだろうとか、上手く答えられるかなとか、何を着て行こうか、雰囲気に合わなかったらどうしよう、コーディネートはこれでいいかなとか、思いました?

:考えたに決まってる)

:この服…この服は昨日準備しておいたんです。

:(大笑い)ほらね。私なんか今朝決めたもの。

:僕は昨日決めておいたの。何を聞かれるかは、インタビューの番組でしょう、僕も見たことあるし、

:やっぱり気にしてるんだ。

:ううん、見たことあるし、と思って寝ました。(客席爆笑)  
*
ウィリアム・フォンは、この少しあとに《背後的故事》(ビハインド・ストーリー)という別のインタビュー番組に出ています。

そのときは単独出演だったのですが、別の回に出演したヤン・ミーのVが召喚されており、それによると、《宮》で共演したときに演技が上手く合わず、ヤン・ミーが

「あなたはもう大人でしょ。私が演技を教えなくちゃいけないの?」

と一喝したことがあったらしい。

ヤン・ミーが軽い気持ちで言ったこの一言に、ウィリアム・フォンは一晩眠れなかったらしいです…。

さて、このあと、話はヤン・ミーの長所と短所に移ります。《蘭陵王》とは全然関係ないんだけど、漫才みたいであまりに面白いのでちょっとご紹介しますね。
*
ヤン・ミーの長所は率直なところ、短所は率直すぎるところ、気に入らない人とは口も利かない、という話のあとで、

:たとえば?

:たとえば、《宮鎖心玉》の撮影が始まったときと後とでは、彼女は全然別の人みたいでした。(“完全不一样的两个人”)

:なんだ、自分が例なの?!

:じゃ、スタッフとはどんな風に会話を…

:お互いにけなし合います。

:どんな風に?

:いつもお願いしてるメイクさんがいるんですけど、とても長い付き合いなんです。
  あるとき、自分でメイクを直してたらあぶら取り紙を切らしてるのに気付いて、電話したんですね。
  「いま何してる?」
  「あれ、なんでか寝てたら自然に目が覚めた。誰かさんみたいに早起きじゃないからさぁ」
  「ものすごいヒマ人だけが自然に目を覚ますまで寝てるのよ。ね、あぶら取り紙切らしちゃったの、持ってきてくれない?だけど、5円で買えるような安いやつなら要らないから。
   使って三本ひっかき傷ができちゃうの嫌だもん」 
  「ありえねーだろ、そんながさつな肌してて」だって。

:(大笑い)

: 北京の女の子ってこうよね。遠慮のないのが良い友達なの。

: マネージャーともそんな風に話すの?

:以前に、「ほんとあんたたちって吸血鬼よね、うちの事務所、毎日こんなにスケジュールきっちきち突っ込んで疲れて死にそうよ」って言ったことあるんですね、そしたら、
  「そんな程度の小芸人の分際で、仕事があるだけマシと思え、足るを知れ」って。

:(机に突っ伏して笑ってる)

:あらまあ、私は紹峰に同情するわ、馴れるまで時間かかったでしょう。

:(曖昧にうなずく)

:でも、お互い、補いあってるんじゃない?逆に好きでしょ、ああいう口の利き方とか、ああいう女の子とか?

馮:(しばらくして、何だかよく分かっていない感じで頷く)
*
はは、反応が鈍い…
*
:紹峰、周りに、お互いこんな風にけなし合える友だちいないの?

馮:僕は、永遠にけなされる側の人間です。

:嬉しそうねぇ…

*
だ、ダメだこりゃ…。

いやぁ、残念でしたね。彼を「馮おじさん」と呼んで親しんでいた(?)らしいヤン・ミーは他の人と結婚しちゃうし、ご自身は別の彼女と別れちゃったみたいだし。

状況証拠から愚考するに、どうやら彼には、中国の女優さんにしてみると、結婚相手としては「見栄えが良くて努力家で優しくて思いやりがある」という長所を打ち消して余りある、困ったところがあるらしい。

その状況証拠については、この先書くかもしれないし書かないかもしれませんが、中の人はともかく、まずは目の前の四爺、四爺!

五爺に、人のことより自分の心配をしたらどうだ、って言われた答えがコレ。

“我有什麼好擔心的 無牽無掛”
(心配することなどあるものか。私には心残りさえないのに)

あらあら、目の前に五爺も居るのに…
しかし五爺はそこには突っ込まずに、
(突っ込んでる場合か、って怒られちゃうか…)
それでも気に掛かる人はいるはずだ、と雪舞を招き入れます。

結局、雪舞は四爺の元に残ることを選んだのですね。

おばあ様との別れ際、彼女が言ったことは大変重要です。

“也許我們都沒有辦法 擺脫我們的命運
但是像這樣的亂世 需要四爺這樣的人存在”
(私たちは、運命から逃れることはできないのかもしれない。
でもこんな乱世には四爺のような人が必要なの)


“我也許沒有辦法選擇的身為天女
但是我要選擇自己的命運”
(自ら選んで天女になったわけではなくても、
自分の運命は自分で選びたいの)


ああ、よかった。このセリフを聞いたらちっとは安堵しましたよ。
第5話以降は、一番重要なことを忘れてるのかと思ってましたもん。

そう、雪舞が蘭陵王のそばにいるのは、お妃になるためじゃないんでしたよね。

おばあ様の予言は、蘭陵王が最も天下に君たる者に近い、ということ。
そして、彼は「貴人」の援けがなければ、すぐに潰えてしまう、ということ。

それを聞いていた幼い雪舞は、蘭陵王が自分の運命に打ち勝てるように祈ろう、と思うんですね(第1話)。

だから、元々の雪舞の志からすれば、鄭児がいようがどうしようが、彼の元に留まるのが正しかったわけですよ。

しかし彼女は途中から、彼の愛する人は鄭姓の女性ただ独りだから、自分は傷つかないうちに村へ帰ろう、と思うようになる。当初から考えたらおかしいでしょう、この変節は。

こういうところが視聴者をイライラさせるんですが、この第14話でようやく悟ったのかと思いきや、性懲りもなく、この先も…。

ま、ラブ史劇だから、しょうがないんですけどさ。

この時点で、人が出来たおばあ様の方は、
“也許奶奶本來就不可能讓你回頭 這都是天意吧”
(お前の考えを変えることなど、そもそも無理だったのかも知れぬ。これも天意であろうよ)

と、諦めることにする。そして、雪舞に当面の策を授けると言い、

“錦囊”

を渡します。

でました、“錦囊”

《三国志》ファンなら胸躍るこの単語、いわずとしれた、諸葛孔明が策を授けるときに使う小道具です。

錦で作ったポーチの中に、ピンチを切り抜けるアイディアが書かれたメモが入ってるんですね。

しかし、お分かりのとおり、手品じゃあるまいし後から紙切れを中に追加するわけには行きません。ってことは、おばあ様は予め、雪舞とは別れることになるという結末は予想していながらも、一縷の望みをかけて説得に当たっていたってことなのでしょう。

おばあ様との別れのシーンでは、例のぐちゃぐちゃ泣きを見せるアリエル。家族への思いが篭もっていて、全編でほとんど唯一、あらくれ者の視聴者と言えどももらい泣きしました。

このあと雪舞は牢に囚われた蘭陵王に会って、やはり目に涙を溜めているのですが、そこでは決意を秘めた、もっと抑えた演技をしています。この対比が素晴らしい。

“現在只能留在這兒了”
(私はもう、ここに残るしかないの)

蘭陵王に向かって由紀さおり...いえ、雪舞が搾り出したこのセリフを受けて、どんな演技をするかにオスカーが掛かってるんだけど、ウィリアム・フォンはどんな演技を見せるでしょう!

ここから二人の関係性が変わる、ラブ史劇にとっては全編で一番重要なシーンです。

私はすごくすごく期待しました。で…、

“你現在想回也回不去了”
(この先は帰ろうったって帰れないよ)

.......の、この軽い表情はナシでしょう!!!!

監督っ、ちょっとここに来て座ってくださいっ!
(がひょっ)
はいっ、釈放されちゃうウィリアムの代わりに、あなたが手錠してここに残ってくださいっ!

念のため言っときますけど、チキンは一日一羽までですから!

“曾經 我很害怕改變你的命運
但是我已經改變了
我曾經很害怕 我們不可能有結果的
但是我已經不在乎了”

(これまで私は恐れていた あなたの運命を変えてしまうことを。
だけどもう変えてしまったわ。
 これまで私は恐れていた 私たちは結ばれる縁ではないことを。
だけどもうそんなこと どうでもいいの)


ここで新宿の母ならぬ鄴城の母とかが登場して、

はい、そうですね。天命を変えてはいけないとあなたは思っていたけれど、
変えなきゃ蘭陵王は結局早死して、民を救えないんですよ。
よく気がつきました!

四爺の運命を変えたことで、
ラブも上手くいくかも知れませんよ。
しかし、二兎を追う者は一兎を得ず。
後半の運勢に注意してね!


などとアドバイスを与えてあげたらよかったでしょうが、
残念ながら牢屋の中に占い師は居ませんでしたね。

つか、雪舞が占い師のはずなんだけどな。自分のことを占うのはご法度なんでしょうね。

ここで雪舞が玉佩を取り出すのを見た四爺の表情が、(まさか返す気か?)と、一瞬驚いたように見えるのは私だけでしょうか(笑)。

“這塊玉佩的意義 我明白了”
(この玉佩がどんな意味を持つか よく分かったわ)

このときの四爺の表情は怒ってるように見えるくらい真剣です。

“我要留下它 不再逃避
勇敢地待在你身邊”

(もう返したりしないわ。逃げもしない。
勇気をもってあなたの側にいる)


雪舞にこう言われて、少し表情が緩んだあと、小さく何度か頷いて、また真顔に戻る四爺…。

と、「返品不可」宣言からこの一連の割にカジュアルなウィリアムの演技を見て、正直、最初は何じゃこりゃ、でしたよ。アリエルの深刻さと比べると、テンションが違いすぎる。

ただ、かばう訳じゃないけど、ウィリアム・フォンの演技に沿ってこの場面の解釈を考え直すべきかも知れない。

当初私が期待したのは、グズグズ泣いて去ってしまった楊雪舞が、戻ってきたときは自立した、運命を自分で切り開こうとする女性に変わっていたのを見て、四爺自身がもう少し驚くというか、心が動いたと見える表現でした。

それは、「帰ろうったって帰れないよ」じゃなくて、「これからは君を手放すつもりはない」という感じの重みがある演技だったわけです。

だけど考えてみれば、四爺自身は最初から、占いだの運命だの信じていなかったわけですから、ようやくそれに気づいた雪舞に、ほら、だから言っただろ、みたいな軽い表情で「今はもう帰ろうにも帰れないってわけだ」と言うほうが自然かもしれない。

それに、もう後戻りはできない以上、そこまでして戻ってくれたのか、的な深刻さで返さずに、ね、私の思った通りになったでしょ、みたいなノリにしたところに、ある種の思いやりも感じられる。

雪舞は今ようやく決意が固まったので、すごく大げさな表情になっていますが、四爺はもっと前からずっとこの決意だったので、その時点が今の雪舞と同じテンションの演技だったんですよね。

と、何となく納得したところで、場面は斉の宮廷内に移ります。

逃亡したはずが、もう逃れられないと悟って戻ってきたと思われてもしょうがない雪舞に対し、皇帝陛下は意外と冷静に対応します。

雪舞に「陛下のお力をお借りしたく存じます」

とリクエストされると、あっさり、

「必要とあらば 何なりと申せ」

と許してもらったんですが、「何なりと」で、用意してもらったのが山盛りの…ショウガ?

だったら、まだ予算も余ってますよね。
じゃ追加でBB−8...って誰がクリスマス・プレゼントのリクエストかっ?!

さて、ショウガもスタンバったところで、いよいよショーの始まりです。召集された面々は、

“太卜宮 掌管著朝廷的吉凶祭祀”
(朝廷の吉凶祭祀をつかさどる 太卜宮)

“大理寺卿 掌刑獄”
(刑罰をつかさどる 大理寺卿)

“大宗正寺 則掌管著 皇室的宗室事件”
(皇室の案件をつかさどる 大宗正寺)

に勤務する方々。

その場に引き出されてくる容疑者・四爺は囚人服がとてもよく似合ってる...というか、このシーンが痩せてるだけですかね。

囚人服というと、アメリカのシマ模様とかオレンジとかの囚人服を思い出しますが、あれは逃亡したとき目立つようにということらしいです。

中国の時代劇に出てくる囚人服はどうやら白が多いようですが、白は中国ではお葬式の色だし、「一番階級の低い色」「染めていないで生地のまま」だから、ということらしい。

しかし、実際の古代中国の囚人服は“赭衣”と呼ばれており、赤土で染めた衣装でした。日本でも明治からはその色だったようです。

ここで四爺は正座をしていますが、中国では机と椅子の生活になっても、罰として“罰跪”という座り方をする習慣はあるようです。

現代では“罰跪”というと、いわゆる「膝立ち」の座り方を指すようなんですが、古代にはここで四爺がしている姿勢、すなわち正座を指していたのだろうという人もいます。

足のしびれを我慢してるところへ(たぶん)、入ってきた雪舞を見てビックリしたような表情の四爺。

あれれ、こうなるって知らなかったのでしょうか?
だいぶ痩せてるし、直前の牢屋でのシーンとは少し離れた時期に撮影したんでしょうか。

とりあえずは、床にちんまり座って、雪舞の方を見やるポーズが可愛いですね。

雪舞の方は斉国の創建時から伝わる神の火で罪びとを炙りだす…みたいなこと言っているのですが、そもそも建国からだって何十年も経ってるわけじゃなし。

ただ、気になってた香炉があぶり出しのときは役に立つ、ということが分かりました。ここでは生姜を使っていますが、子どもがよくやるのはミカンの汁とかですよね。、

こんな子どもの遊びに追い詰められて、ついに罪を認めた祖珽は、なぜかようなことを、と皇帝陛下に聞かれて、咄嗟に、

セクハラしようとしたところ、咎められたのを恨みに思い、

って言い訳させられるのも何か気の毒。

一方、四爺の方は、晴れて着せられてた濡れ衣が乾きました。

濡れ衣を着せられてる状態のことは、中国語では“背K鍋”といいます。
辞書を見ると、鍋を背負うと背中が黒くなるから、みたいな解釈が書いてありますが、なぜ黒くなると冤罪の意味なのかは分からないままです。

由来には諸説あり、先ほどの、ネギを背負わずルクルーゼを背負ったトレンディなカモ説のほかにも、

元々の字は“被黒過”で、「過失を押し付けられた」という意味だったというダジャレ説、

古代、行軍の折に、過失のあった者が鍋を背負ったことから転じた罰ゲーム説、

などがございますが、どうも決め手に欠けます。

そもそも、日本語の「濡れ衣を着せる」もよく分かんない言い回しですよね。濡れた服を着たら、風邪は引きますが罪ではないのでは…と視聴者が愚考していると、さすがに皇帝も、トンデモ語源説で人を殺めてはいかん、と我が非を悟ったらしく、

“這件案子是朕的失察
今日乃是你選妃的大喜日子
朕再另擇良日
為你風風光光地再辦一次”

(この件は朕の失態であった。
本来はそなたが正妃を選ぶ佳き日、
朕が改めて吉日を定め、
いま一度、妃選びを盛大に行おうぞ)


と提案してきます。

げげ、そうだ忘れてた。一難去ってまた一難ってヤツかしら、やな脚本だこと…って思ったら、そこへ、この桜吹雪が見えねえかっ、と黄門さまならぬ福姥(フーラオ)がいきなり登場(ってか桜吹雪は黄門さまじゃないし)。

それまで立ちんぼうだった皆さんが、いっせいに跪いて礼をします。

“皇太后千歲千歲千千歲”
(皇太后さま 千歳千歳千千歳)

大方の予想通り、福さんは仕込みだったのですね。しかも一国のラスボストップだったとは。道理で、お茶を「入れてもらう」のに慣れた態度だったわけですよ。

しかも、なに、私の寿命は万歳の息子の10分の1なわけ?などと怒ったりはしない皇太后は、鷹揚な方のようです。

さらに、四爺、五爺、雪舞に至っては、礼すらしてませんが、なに、私に礼もしないわけ?などと怒ったりしない皇太后は(以下略)

皇帝陛下だって、ちゃんとご挨拶をするのに!

さすがに無礼を悟ってか、四爺もくっついてご挨拶をします。皇太后は、

“水落石出 社稷也回復安邦”
(水位が下がって石が現れるように真相が明らかになった。お国にもこれで平和が戻ってきた)

と寿ぎ、円満解決を祝した後に、“粛児”<スーアル/Suer>のためにお妃選びをしてやろう、とのお心遣い。

おほほ、いいおじさんに向かって“粛児”!(“粛児”は四爺の幼名でしたよね)

それも笑っちゃいますが、お妃選びの話が出た途端にニヤリとする五爺…むむ?

と、またいきなり、

“蘭陵王的王妃就是楊雪舞”
(蘭陵王の王妃は楊雪舞である)

とのご託宣。

“近日來 我私下暗訪 深入觀察各家名門千金
都不如哀家親眼所見的楊雪舞”

(ここのところ、わらわは秘かに名家の令嬢たちの動向を探っておったが、誰ひとり、この目でしかと検分した楊雪舞には適わなんだ)

と言ってるせりふの合間にチラチラと五爺が映ります(笑)

皆が、巻き添えは勘弁、ばっはは〜い!とバックれる中、雪舞だけは見捨てることなく感心感心、と褒める皇太后に向かって、雪舞もいちおう、自分は側室が分相応…と言い出しますが、

“喜歡吃醋 又不服輸的你
心甘情願肅兒去娶別的女人嗎”

(ヤキモチ焼きで負けず嫌いのそなたのこと、粛児が他の女人をヨメにもらって平気なはずもなかろう)

と、皇帝や朝臣の居並ぶ前で雪舞の困ったちゃんぶりを暴露してしまいます。

そんで粛児、あんたはどうなの、と水を向けられた四爺は、ほいほい承諾して雪舞を焦らせます。

ヨメの皇后が、
“皇室正妃講的是門當戶對
楊雪舞 既不是名門 又不是望族 不合適吧”

(皇室の正妃は釣りあう家柄の出でなければ。
楊雪舞は名門の出でもなければ貴族の家柄でもございません。ふさわしくないのでは)


とやんわり抗議すると、皇太后はいきなり《列子》の黄帝篇を持ち出します(絶対何か言われると思って、考えといたんでしょうね。用意周到なお方だこと)。

《列子》というのは紀元前400年くらいに成立したとされる哲学書で、その黄帝篇は“朝三暮四”という言葉の出典にもなっています。

ちなみに、いま普通に使ってる“男尊女卑”という言葉も、《列子》の天瑞篇から来たことばです。

“有神巫自齊來 處於鄭 名曰巫咸”
(祈祷師が斉から来たる。鄭に居し、名を巫咸といった)

雪舞は天女で巫咸の末裔、祖先の居住地である鄭を姓として与えましょう、

“無可厚非”
(問題なかろう)

鄭は皇族の氏、皇室の出なのだから文句ないでしょ、とのお言葉。

中国では結婚しても姓を変えないほど、姓は重要なもの。逆に、だからなのか、この手の「改姓」は歴史上にいくつも例があり、史書に特記されています。

そして史実では、何と皇太后さま自身も自分の姓を変更していたんですね。
皇太后さまのお名前は婁昭君ですが、

大宁年春,太后寝疾,衣忽自挙,用巫媪言改姓石氏。
(562年の春、婁太后は病に伏した。衣服が自ら動くという怪異が起こり、巫女の言葉を容れて姓を石とした。

ここは恐らく厄払いのような意味があるのか、あるいは「婁」氏に取り憑こうとする怪異を、名前を変えることで避けようとしたのかも知れません。(以前、なぜ周りの人が四爺をいみなの「高粛」と呼んではいけないのか、という話をしましたね)

しかし、ぶっ飛んだ事態に適応できないのか、わたしの姓が鄭なの?とぶつぶつ言ってる雪舞に、

“你不是一直很喜歡姓鄭嗎
哀家不止一次地聽你到念鄭妃鄭妃”

(そなたはずっと鄭姓に憧れておったようではないか。
わらわは一度ならず、そなたが鄭妃鄭妃とこぼすのを聞いたぞよ)


ここで四爺が思いっきり笑ってます。鄭妃鄭妃の最大の被害者、四爺は、よっぽど困ってたんしょうね。こんな風にいなしてもらって、耳のタコもようやくとれたんでしょう。

耳スッキリ!な四爺はこっそり雪舞に言います。

“這下你贏了 我果真娶了鄭妃了”
(これで君の勝ちだな。
私は本当に鄭妃を娶ることになったよ)


ここの2人は本当に可愛らしいですね。全編中、このシーンのウィリアム・フォンが一番好きです。ま、この先にも2人の可愛らしいシーンはいくつかあるんですけど、ここは衣装も似合ってるし…(って、何で囚人の衣装が一番似合ってるんだか知らないけど)

だけど、巫族の予言をこんな風に笑い話にしていいのかどうか、それはドラマの先を見なくちゃわかりませんよ…。

そもそも、《列子》で皇太后が引用した箇所をよく読んでみると、こんなことが書いてあります。

“有神巫自齊來處於鄭,命曰季咸,知人死生、存亡、禍福、壽夭,期以歲、月、旬、日,如神。鄭人見之,皆避而走”
(祈祷師が斉からやってきて鄭に居を構えた。名を季咸といい、人の生き死にや存亡、禍福、寿命を当てることができた。予言の年や月、季節、日の正確なことは神のようであった。鄭の人々はそれを見て、皆逃げていった)

さて…。

プレゼンのツボをおさえた皇太后の活躍で、正妃は雪舞と決まり、ひと月後に婚姻の儀が行われることに決まりました。

韓暁冬がこのビッグニュースを街中に触れてまわっています。

おめでたいニュースを貼ろうとしている掲示板に残っている紙切れは、先の指名手配書でしょうか。それなら、確か綺麗に剥がして持ってったはずだけど…。

ま、いいか。別の場所かも知れないし。

町民の皆さんが、

“咱們一定要共襄盛舉
祝他們白頭偕老”

(皆で盛大にお祝いしようじゃないか。
共白髪までお幸せにと)


とお祝いするなか、暁冬は複雑な表情です。さっと潮が引いたように誰もいなくなった町を、とぼとぼと歩いていく暁冬の後ろ姿がいいですね。



ところ変わって、ここは宮殿の中。
皇帝は皇后に、鄭児の処置について問いかけます。
どこまでもしらを切ろうとする皇后に、皇帝はついに怒り爆発。

お家の恥と思うから、あの場では収めておいてやったが、あんなセクハラなんて理由、信じると思うのかあっつ!って、陛下、祖珽ならやりかねません、史実でも確か、そんな人…。

しかし怒りの収まらない皇帝は、がんがん追及します。
責められた皇后は、

“臣妾何罪之有 爭權奪利 無須手軟
血親亦然”

(わらわに如何なる罪がございましょう。
権力のためには 犠牲もやむを得ませぬ
親族とて例外ではございません)


いやー、危ない、危ない。

一度目に観たときは、“臣妾何罪之有”を「何の罪がございましょう」じゃなくて、「何の罪もございます」かと勘違いしていました。

どこに誤訳の罠があるか分かりません。ちなみに、何の罪でもある、といいたいなら、“臣妾何罪有”ですね。

ここまで言うと皇帝は

“大膽!”
(無礼な!)

と一喝します。おのれそこまでやるとは、という意味なのかと思ったら、続いて意外な言葉が…。

“你難道暗指朕 為了皇位可以手足相殘
你就可以 是嗎”

(おまえはよもや朕を当てこすっておるのか。
皇帝の座のために親族をも抹殺したのなら、
おのれも同じことをしても構わぬと そうであろう)


ひ、ひぃっ、こ、このお言葉は一体…。

そう言いながらも、罪を皇太子に及ぼすことは何とか思いとどまった皇帝は、

“將皇后褪去后服 打入冷宮”
(皇后たる衣装を剥いで、軟禁せよ)

と命じると、入れ替わりに祖珽が入ってきます。
最初は命乞いをしていた祖珽ですが、下された刑を聞いて一変、ひと思いにご処置をと泣きすがります。拷問はお家芸、

げに恐ろしや、ドS集団・高一族!

何でこんな連中ばっかりやねん、と頭痛に襲われたらしい皇帝は、

“家門不幸 家門不幸啊”
(何たる不幸な家であることよ)

とまるで他人事のようなセリフを呟いています。

ですけど。

先ほどご紹介した史実の高百年のエピソードの終わりのほうに、高緯が宮殿を増築しようと地面を掘ると、そこから緋の衣装に金の帯をつけた屍が出てくる。皆は楽陵王・百年ではないか、いやひょっとして、太原王・紹徳ではないか、と噂するという話が出てくるんですね。

高紹徳といえばほら、例の、武成帝が兄貴の嫁さん・李祖蛾<り そが>を強奪した挙句、生まれた娘が生後すぐに亡くなったので、李祖蛾が殺したのではと疑い、李と兄との子、高紹徳を惨殺した、って話(第9話の2→こちら)に出てきた人ですよ。

あんた、他人事ちゃうやろ。

と思わずニセ関西弁になってツッコんでしまいたくなる、呆れた行状。

まったくもって、高一族と来たら…。

とこの先の回で誰かさんが言うセリフ、言い得て妙過ぎです。

さて、こんなお家騒動寸前だった斉の宮廷に続きまして、場面はお久しぶり、周の宮殿へ。

貞兒<ていじ/Zhener>の病状が思わしくないため、周国皇帝・宇文邕〈うぶん よう/Yuwen Yong〉こと仔ブタ陛下は、御用医を全員打ち首だなどとメチャクチャ言っております。

それを聞いたプリンセス・貞児、奇病にかかったのはお医者様のせいじゃないから、ともっともなご発言。

けなげな貞児の言葉に、仔ブタ陛下ならずとも、何でも好きなものを用意してあげよう、と言いたくなりますよね。

起きたら天女さまのお話をしてね、というリクエストを、例によって聞いちゃ〜いねー宇文邕は、どこをどう解釈したんだか、

「よーし、パパ、BB-8を買ってあげちゃうぞ〜」

じゃなくて(それ欲しいのは私か…)

“等你一覺醒過來 我一定帶天女來”
(次に目が覚めたときには 天女に会わせてあげるからね)

ってあんたそれ、貞児のリクエスト違うやん。

勝手な解釈で行動する叔父さんに、思わずまたもニセ関西弁でツッコまずにはいられないこの展開。

まったく高一族といい、宇文一族といい…。

しかし、誰かさんと違って皇帝陛下は、絶対に約束は違えない男!

さて、鄭児へのプレゼントはどうなる!?
やっぱBB-8か??(←ってしつこい)

その続きは第15話こちらにて!!


posted by 銀の匙 at 01:00| Comment(9) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月02日

蘭陵王(テレビドラマ25/走馬看花編 第13話)

(〈蘭陵王〉関連の記事を最初からご覧になりたいかたは、右欄から蘭陵王のカテゴリーを選ぶか、または→こちらを最初から戻ってご覧ください。)

2015年11月末のスケートNHK杯、すごかったですね。

優勝した女子の宮原選手も綺麗だったし、
中国の男子・金博洋選手もがんばりましたが、
結局、世界最高記録で羽生選手が話題を全部持って行っちゃった感じでした。

フリーで演じた「陰陽師」は、日本人なら(たぶん)誰もが知っている、
歴史上の人物・安倍晴明<あべのせいめい>の話からインスピレーションを得た物語。

狩衣風の衣装に和楽器をフィーチャーした音楽。
いかにも和の雰囲気満点ですが、
まあ大体予測はつくと思いますけど、陰陽師もルーツをたどればやっぱり行き着く先は中国。

前の方の回でも何度か登場しましたが、
斉の国のナショナルカラーがだったり、蘭陵王のマントに朱雀が描かれてたり、
といった事象の根底にあるのが、世界の根本原理を「陰陽」に求める「陰陽五行説」

中国では「陰陽師」という職業こそ存在しませんが、
天文や地相、人相を見て吉凶を占ったり、呪術を操ったりする“太卜 taibu”という職責は存在します。

日本の陰陽師は、すなわち中国では“太卜”...

はて、どっかに居ましたよね、そんな呼び名の方が…?

では参りましょう、第13話
この回は、中盤のヤマになりますが、描写が露骨に少女マンガっぽすぎたせいか、私は全然やる気が出ませんでした...

かなり手抜きな記事ですみません。次回にご期待ください!(とほほほほ…。)

前回のお話はこちら(→第12話の2)にて!

北斉の都、鄴<ぎょう/Ye>に帰還した蘭陵王<らんりょうおう/Lanling Wang>=高長恭<こう ちょうきょう/Gao Changgong>=四爺<よんじい スーイエ/Si Ye>は、皇帝の命により、正妃を選ばなくてはならなくなりました。

お妃候補者は、蘭陵王の祖母である、皇太后の出したお題をクリアしなければなりません。

側室としてお屋敷にとどまっている楊雪舞<Yang Xuewu/よう せつぶ>は、蘭陵王府の使用人・福姥<フーラオ/Fu Lao>の手助けで、何とか最初のお題をこなします。

しかし雪舞は、祖母が予言したとおり、正妃となるはずの鄭児<ていじ/Zhen Er>が現れたことで、身を引く決意を固めていました。馬車の用意を頼まれた韓暁冬<かん きょうとう/Han Xiaodong>は、都で雪舞の祖母から手紙を託されるのでした。

一方、お妃選びに乗じて、皇太子の実母・胡皇后と忠臣の太卜<たいぼく/役職名です>・祖珽<そ てい/Zu Ting>は、鄭児を操って蘭陵王を陥れようと画策します...。


*

今や中尾ミエ以外には見えない皇后陛下と祖珽の前に、鄭児が現れます。

花も恥じらう美しさの見本のような鄭児に皇后は褒め言葉を掛けますが、鄭児は浮かない顔をしています。

“蘭陵王對你不好嗎?”
(蘭陵王はお前を粗略に扱っておるのかえ)

“王爺沒有待鄭兒不好 是鄭兒無能”
(殿下はお優しくしてくださいます。ただわたくしの力が及ばず)

“沒有辦法讓王爺傾心 鄭兒要讓皇后娘娘失望了。”
(お心を得ることはできませんでした。皇后さまのご期待に添えぬことになるかと)

どうやら鄭児は、この時点くらいまでは自分の立場を割合客観的にわきまえていたようですよね。

そこへ、祖珽が口を挟みます。
「蘭陵王に愛されたいであろう。」というのは、原文では、

“想不想讓蘭陵王鍾愛你一個人呢”
(蘭陵王にそなた一人を愛させたくはないかな)
と言ってます。

そして取り出だしたるは式神…じゃないや、髪飾りと香袋です。

日本語では「縁切りの呪符」とだけ言っていますが、この香袋は、

“鮮卑族的斷緣符”
(鮮卑〈せんぴ〉族の縁切りの呪符)

なるもの。

鮮卑族はご存じ、北周の皇帝・宇文邕〈うぶん よう/Yuwen Yong〉が属する民族です。
蘭陵王たちの時代の一個前の王朝は「北魏」でしたが、その皇帝も鮮卑族でした。

騎馬民族であり戦闘能力の高い鮮卑の人たちは、戦乱のこの時代には高い地位にありました。
その中には、進んで漢民族を真似た為政者もいましたし、逆に、宇文一族のように、いったん漢民族化した習俗を鮮卑風に改めた人たちもいます。

そして高一族はといえば、出身地(渤海〈ぼっかい〉)が鮮卑の勢力範囲であったためか、ひょっとしたら漢化した鮮卑人ではないかとの伝承がずっとつきまとっています。

高い地位を反映して、当時は鮮卑語で書かれた書物などもあったようなのですが、全て散逸して現代に伝わっていません。なので、果たして文字があったのかどうかも謎のままです。どんな言葉だったかを探った有名な研究者の一人はなんと日本人で、白鳥庫吉〈しらとり くらきち〉という大先生です。

白鳥先生によれば、今に残る、はっきり鮮卑のことばと分かる単語はモンゴル系のようですが、鮮卑自体も、一つの民族というよりは、多民族の集合体だったようですね。

ってことで、何を参考に鮮卑文字を再現したのか分かりませんが、考証の結果が反映されてるとしたら、このドラマで一番価値のあるシーンとなるわけですけど、どんなもんでしょう。

さて、この話題は後に譲るとして、呪符を渡しつつ、祖珽は、

“調虎離山 聲東擊西”
(虎を山から誘いだし、東と見せて西を撃つ)

という作戦で援護するから、と約束します。この2つの計略、いままでも何度か登場しましたね。

あっち向いてホイの相手が欲しい…ということなのかどうか、雪舞は朝っぱらから鄭児を呼び出して、藪から棒に四爺が好きかと尋ねます。鄭児が頷くと、四爺を大事にして欲しいと頼みます。

鄭児はどこへいらっしゃるおつもりですか、と尋ねます。ホント、賢い女性ですね。
雪舞は直接は答えずに、

“四爺他常常把他人的安危 放在自己之前
所以 你一定要多多叮囑他”

(四爺はいつも他の人の身の安全を自分よりも優先しがちなの。
だから、よく気を付けてあげてね)


“他從六歲入宮后 便是自己一個人
其實心裡 非常非常寂寞
所以往後的日子 希望你能盡量陪著他”

(六歳で参内してから、いつも独りぼっちで、
心の中はそれは寂しい人なの。
だからこれからは、できる限りお側にいてあげて欲しい)


“如果可以的話 就陪著四爺隱居山林
那是再好不過的了
因為 那是他一生的夢想”

(できることなら、人里離れた場所で静かに暮らせたら、
それ以上の事はないわ。
だって、それこそが四爺の望みだから)


“我相信 你會比我更適合他”
(私は信じてる。あなたの方が私よりも四爺にふさわしいわ)

ここの日本語を聞いてみてビックリしたのですが、雪舞は鄭児のことを「鄭さま」って呼んでいるんですね。

そんな、「杉さま」じゃあるまいし…

中国語は、他のところでは“鄭姑娘”と言うこともありますが、この場面ではとにかく“你”(あなた)で押し通しています。中国語では、面と向かって「あなた」と言っても、特に失礼にはならないみたいですね。

そこへ五爺が現れ、皇太后からの第2のお題として

“傷病村”(傷痍兵の村)

へ行くように告げます。

四爺が大切にしている方々が住まう割には匂いが悪いらしく、お嬢様がたは鼻をつまんでいます。
どこまでも口だけ将軍な四爺のおかげで衛生状態が悪いらしい。そんなん大切言うなら、もっと何とかしてあげたら良いのに。
どうですか、レポーターの村人Aさん?

はい、村人Aです。あっ、そうか。無償で村を楽しいレクリエーションキャンプに変えた実績のある方がいましたっけね。まさかそんなボランティアな働きが正妃に期待されてるんでしょうか?
マイク、スタジオにお返しします。

村にいる子供たち(モブ)は、エキストラではなさそうですが、四爺に向かって、

“乾爹”
(お義父さん)
と呼び、隣のこのお姉さんは誰?と聞きます。

“她是雪舞姐姐 乾爹的妻子”
(この人は雪舞お姉さんだよ。義父さんの奥さんだ)

こらこら子供をダシに、勝手な既成事実化はやめるように。
まったく無敵の将軍のくせに、やること姑息なんだから…。

おっと、中国語で“姑息”というと、それは際限なく甘やかす、放任するって意味だった。

第一、日本語でも、「卑怯者」っていうのは誤用で、「姑=いっとき/息=休息する→一時しのぎ」というのが本来の意味らしい。

『デジタル大辞泉』によりますと、

文化庁が発表した平成22年度「国語に関する世論調査」では、「姑息な手段」を、「一時しのぎ」の意味で使う人が15.0パーセント、「ひきょうな」の意味で使う人が70.9パーセントという結果が出ている。

とのことなんで、私もメインストリームに乗ってるわ(はぁと)と、安堵のため息。

まあ、間違いはどこにでもありますよ。たとえば、

“原來是乾娘”
(なんだ、お義母さんだったんだ)

って、違うでしょっ!と思ったら、ありゃま、四爺はドヤ顔で雪舞を見ています。
コレ、本当に皇太后さまのお題なんでしょうか…?(というのは後になれば分かるかも)

そうこうするうちに、子供たちと四爺・五爺そして雪舞がその場を離れそうになったので、鄭児は、子供を庇って倒れた風に装います。

怪我をした鄭児は、もらった傷薬は大事なものだからお屋敷に置いてきてしまったので、自分をお屋敷まで送ってもらえないかと四爺に頼みます。

四爺は承知しますが、去り際に雪舞に、

“你跟小孩子玩的時候 千萬要小心 別摔跤”
(子どもと遊ぶときは よくよく気をつけるように。転ぶなよ)

とわざわざ注意します。

雪舞だってそのくらい知ってるわよ、過保護ねぇ…ということではなくて、ここの鄭児の切なげな顔を見れば分かります通り、これは、

“關心”
(相手を気にかけている)

という気持ちを言葉で表す、一種の愛情表現なんですね…。

しかしここの鄭児はホントに美人(この後もだけど)。
いや〜、私なら鄭児にしとくけどねぇ…。

一方の雪舞は立ち去る二人を背中で感じている。ここのアリエルの演技も上手いですね。

*

ところ替わって、こちらは雪舞のおばあ様。

すぐに自分とここを離れなければ、蘭陵王と雪舞には大きな災いが降りかかる。
今晩すぐに雪舞を連れてこい、と言われて、急いで出かける韓暁冬。

危ないな、燃えてる赤いロウソク落として…。

つか、それよりもっと衝撃的な事実が!

おばあ様の居るこの部屋、いったいどこなんだか何なんだかよく分からない部屋ですが、よく見ると壁に、例のカラオケの歌詞第4話こちら参照)!!

一体なぜ!!??

かは私も全然分かりません(そして、このドラマが終わって1年以上経った今も分かってない)。

まさか、「このカラオケ屋も殿下の御領地!」(by 楊士深)という縄張り宣言なんでしょうか...?

いや、考えたって分からないから先行きましょう、先!



場面は戻って、ここは傷病者の村。雪舞は子どもたちと鬼ごっこをしています。中国語ではこの遊びを“捉迷藏”と言います。

子どもの差し出す水を飲んで気を失った雪舞を連れ出す男性は2人がかり…うーむ、やっぱり独りで雪舞を抱っこできる蘭陵王って、力持ちなんですね〜、とヘンなところで感心する私。

一方、鄭児の傷の手当が済んだと聞いて、一人、傷病村に戻ろうとする四爺を鄭児は引き止めます。

“四爺 可不可以 為了鄭兒留下。”
(第四皇子殿下、鄭児のために残ってくださるわけにはいきませんか)

その次のセリフは、日本語では「心より殿下をお慕いしております」なのですが、中国語では、

“四爺就這麼不喜歡鄭兒嗎”
(第四皇子殿下はそこまで鄭児のことがおいやなのですか)

と言っているので、四爺はあまり強い態度には出られません。
日本語の方は、この先に似ている「私は雪舞さまの足元にも及ばぬのですか」というセリフがあるので、そちらにまとめたのでしょう。

それでも引きとめた手をどけてしまう四爺に、傷心を隠せない鄭児。
四爺は言います。

“鄭姑娘知道何為喜歡嗎
你要是知道什麼是喜歡的話,
你此刻就能理解我的心情了”

(鄭どのは愛するとはどのような事かご存じですか。
分かっておられるのならば、
私の気持ちもお分かりのはずでしょう)


聞きながら鄭児は、素晴らしい“哭戲”(泣きの演技)を見せているのですが、全然見ちゃーいない四爺。

この後は柄にもなく、四爺おじさんは勝手に自分の世界に入って独りで語っていますので、
そのこっ恥ずかしいセリフをさらし物にしてあげましょう。

しかもここの演技が、確かに、非常にリアルなのは認めますけど、21世紀のバカップルの片割れとかだったら…

でも、時代劇の演技じゃ、ないですよね…。よくもこれでOK出したわ、監督も。ホント、あり得ない。

ここは中国語、日本語とも、吹き替え担当の声が頑張りました。声の演技が、画面の違和感を相当軽減しています。

ためしに音声を消して、見返してみてください。
うっ、厳しい、コレ...。

“雖然才短短的幾個時辰
但我覺得 已經像有好幾年
沒有見到她那麼漫長了。”

(たった数時間会わないだけで
それが何年もの間、
離れ離れだったように感じてしまう)


少なくとも、相手の気持ちがあんまり理解できてないのはお互いさまらしくて、
相手が自分を好きだと知っていながら、四爺はこういう残酷な事を平気で言います。

鄭児はぼろぼろに傷つきながら、それでも深追いしようとします。

“四爺 是不是覺得 鄭兒比不上雪舞姑娘啊”
(第四皇子殿下は、ひょっとして、鄭児は雪舞さまの足元にも及ばないとお思いなのですか)

ここで、いきなり時代劇に戻る四爺は、言下に否定します。

“不不不,是她比不上你
她沒有你天生麗質
也沒有你落落大方
也沒有你知書達理”

(いやいやいや、あちらの方があなたに及ばないのだ。
雪舞にはあなたのように生まれついての美貌も、
あなたのような気品も
あなたのような教養もない)


なんだ、雪舞は全然ダメなんじゃん(笑)。

みんなは四爺の審美眼は変わってる、と言いますが、美人の基準は四爺だって、やっぱり他の人と同じなんですね、このセリフから判断する限り。

“可是 她的身影就是在我心裡面
形影不離 揮之不去”

(しかし、雪舞の面影がいつも心の中にあって、
片時も離れず、振り払うこともできない)


“我晚上做夢也是她
醒來我就想見到她”

(夢の中で見るのも雪舞、
目覚めてすぐに会いたいのも雪舞)


“我喜歡聽著她 喊我四爺
喜歡她跟我無理取鬧”

(私を“四爺”<スーイエ>と呼ぶのを聞くのも
私を困らせるようなことを言うのも好きだ)


“我拿她一點兒辦法都沒有”
(私には全くどうすることもできない)

“我為何會愛上如此...
如此這樣一個 不受我控制的楊雪舞來折磨我自己
我也不知道”

(なぜ私は愛したのだろう なぜこんな…
こんな、まるで言うことを聞かない雪舞に翻弄されるがままなのか
自分でも分からない)


ここで思わず、それはあなた様がドMだからでは…とツッコんでしまう視聴者に、
このようなラブ史劇を鑑賞する資格があるのでしょうか。いや、ない。

“但我就是對她非常傾心
我心裡面只有她
真的很抱歉
我還是不能接受你”

(しかし私には雪舞が愛おしい。
心の中には雪舞しかいない。
誠に相すまぬ仕儀ではあるが、
あなたを受け入れることはできない)


それでは正妃選びはどうするのですか、と訴える鄭児に、皇帝陛下に、やはり自分の愛するのは雪舞だけだと申し上げるしかない、と言った後、それまでのニヤけた顔つきから一転、真剣な表情で四爺は、

“我也不願意雪舞 與人共時侍一夫”
(私も雪舞が、他の女人と共に一夫に仕えるのは望まない)

と言います。

これは、第10話→こちら)で四爺が語ったとおり、顔も覚えてないほど女を侍らせてた父に仕えたお母様と同じ悲しみを妻には味わわせたくないからですね。

しかしまあ、比べる基準が中華第一プレイボーイじゃ、極端っちゃ極端ですけど。

それでも諦めない鄭児に向かって彼は、正妃を選ぶようにという命令に従うことは簡単だけれど、

“但你得不到你應該得到的幸福 雪舞也不會快樂”
(しかしあなたは、得るはずの幸せを得られないし、雪舞も傷つく)

と諭して席を立ちます。

鄭児もいつまでも未練がましいなぁ...とつい思っちゃうシーンですが、この時代、皇帝の一族ともなれば、お妃が一人だけみたいな人のほうが珍しく、史書に特筆されちゃうくらいです。

日本だって第二次世界大戦が終わるころまでは、資産家にお妾さんがいるなんて当たり前でした。

宮廷の(しかも風紀が乱れ切ってる北斉の)暮らししか知らない鄭児にしてみれば、権力者が何人も妻を持つのは当然のことで、他に何人いようと、才覚と美貌さえあれば寵愛を得られる事を知り尽くしているはず。

それに、四爺の言葉をそっくりそのままお返しすれば、

なぜ、他の人のことをこんなに好きだと言ってる四爺なんか愛したのか、
自分でも分からない。しかし、心の中には四爺しかいない。


って事なのでしょう。

誰を好きになるかは、残念ながら自分では選べない。

運命なんか信じていない四爺でさえもそうなのだから、ましてや、外の世界を知らず、他にすがるものとてない鄭児にはなおさらです。

それこそが、このシーンの、そしてこの回の真に注目すべきテーマなのでしょう。

「雪舞と長恭サマ」のロマンチックな恋愛シーン満載の回、と見せかけて、この回の真の主役は鄭児であり、言わんとすることは主人公2人にとって、実に辛辣。

このパターンは、先の回でも何度も登場します。そのたびに脚本は、視聴者の意識下に、「とあること」を働きかけているんですが、ストーカー鄭児憎しに誘導されてる視聴者はほとんど気づかない…。

本当にこの脚本(とニキータ・マオの演技)は上手いですよね。

そこへ五爺が現れて急を告げます。二人はさらわれた雪舞の跡を馬で追うのですが…いくらなんでも、四爺が刀で跳ね返した矢が、射た人に当たるってことはないでしょう(笑)。
失敗したので、始末されちゃったんですかね、可哀想に…。

刺客は、

“天女一命值千金”
(天女の命は千金に値する)
と言っています。

思い出しますね、北宋の詩人・蘇軾(そ しょく/=蘇東坡)の「春夜」を。

春宵一刻値千金 

花有清香月有陰

歌管楼台声細細

鞦韆院落夜沈沈

春宵一刻 値<あたい>千金<せんきん>
花に清香<せいこう>あり 月に陰あり
歌管楼台<かかんろうだい> 声細細<こえ せいせい>
鞦韆院落<しゅうせんいんらく> 夜沈沈<よる しんしん>


春の宵は ひとときにも千金の値打ちがあるね
花は香しいし 月はおぼろげで
高殿からは 密やかな楽の音が流れてくる
庭のブランコもひっそりとして 夜は静かに更けていく


そんなしっとりとした、春の艶かしい風情も冬だから関係なかったのか、証人は生かしておいてという五爺の忠告も間に合わず、速攻、刺客を斬り殺してしまう四爺(こ、怖…)

そして、雪舞をお姫さま抱っこすると、外に出て行きます。
(ほら、一馬力で十分でしょう…?)
それにしても本当に軽々運びますねこの人も。

独り、屋敷に残された鄭児は、このチャンスに香包を雪舞の寝室にセットしに行きますが、それにしても、前の日の夜にこの呪詛の品を式神 鄭児に渡した祖珽は、なぜ彼らが傷病者村に行くってことを知ってたんでしょうか。

子どもに渡すように眠り薬を仕込んだり、刺客を配置したりするなんて、さらに前からだったと思うんだけど。

まさか、鄭児の髪飾りに、超小型マイクとカメラが仕掛けてあったとか…?

しかしまた、こんな大ごとがあったにも関わらず、雪舞の部屋にノーマークで近づける韓暁冬。
このお屋敷、将軍の自宅だっつーのにセキュリティ大丈夫なんですかね…?
ホワイトハウス並みにザルなのか?

しかもいくら怪我が痛いからって、暁冬の気配に気づかない武将って、いいのか…?
(ちなみに、斬られたのとはまた別のとこが痛むみたいだけど、雪舞はおばあ様譲りの鉄拳の持ち主なんでしょうか(笑))

五爺<ウーイエ/Wu Ye>=安徳王<あんとくおう/Ande Wang>=高延宗<こう えんそう/Gao Yanzong>は四爺に、刺客から“官銀”が見つかった、と報告します。

官銀とは“銀鋌”(銀製の貨幣)の一種です。

ちょうどこのドラマの時代、魏晋南北朝のころから使われるようになりました。

「官銀」というからには、民間で出している「私銀」というのもあり、一般に、発行者や産地、鋳造年、鋳造地や鋳造者名などの銘文が入っていて、当初は量って使うものでした。そのうち、価値が一定しなくなり(混ぜ物とかでもしたのでせうか…)、額面いくらいくら、と決められるようになったようです。

形も、ドラマに出てくるような長方形のものや、舟形のものなどいろいろありました。地図で銀行を表す記号https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E5%9B%B3%E8%A8%98%E5%8F%B7%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7#/media/File:Bank%28tizukigou%29.png(分銅の形から来ているそうです)にそっくりな形のものもあります。

元代のころからは馬蹄型が一般的になり、「元の宝」=元宝、とよばれるようになります。

中国の北方では、お正月(春節)に、年越しソバならぬ年越し餃子を食べます。

餃子自体は漢代からありましたが、名前は一定せず、南北朝のころは「混沌」(わんたん?)と呼ばれてたそうです。お椀の中にごにょごにょふにゃふにゃ固まってる食べ物、という程度の意味でしょうか(マズそうなんですけど)。

そんな景気悪そうな食べ物のくせに、おめでたい席で食べられるようになった由来についてはいろいろな説がありますが、そのひとつが、形が“大元宝”に似ているから、儲かりますように、ってことで。っつうのがございます。

餃子の中に栗とか棗とかを仕込んで、当たった人は子宝に恵まれる、とか、地方によってもいろいろな習俗があるようです。切り分けたときにソラマメが入ってた人がラッキーという、フランスの「王のケーキ」、ガレット・デ・ロワみたいなものでしょうか。

しかし、王のケーキを食べてお祭り気分にはとてもなれそうもないこちらの王様は、官銀だとて“鉄証”(動かぬ証拠)ではない、と憂い顔です。

そうね、“鉄証”はご自分で始末しちゃったもんね。

今や雪舞の身の安全を考えると冷静では居られない、とおっしゃってますが、何をいまさら(笑)。最初の最初っから、雪舞が絡むと何事も冷静じゃ居られないくせに…。

一方、荷物をまとめた雪舞は、ベッドの上の玉佩を見やります。

最後まで持っていくかどうか、迷ったのでしょうか。

それとも、最後にひと目見てから置いて行きたかったのか、暁冬に伴われて部屋を出るときも、振り返って眺めてから出て行きます。

入るときもノーマークなら、出るときも誰にも咎められずに済むらしい蘭陵王府…と思ったら、さすがに大門を開けると、そこには人影が。

主なのに外に締め出されてたんでしょうか(笑)、不審な馬車が来たので呼ばれたのでしょうか、取りあえず、なぜかお屋敷の外にしばらく立ってたらしい四爺が入ってきます。

そして、またこういうシーンになると、バックに主題歌を流すこのB級演出、本当にどうにかしてほしいもんです。

我慢してセリフを聞くと、四爺は雪舞に向かって、また自分を何もない状態にしてしまうつもりなんですね、と恨みごとを言ってます。

“我記得那天我說 我從來不曾真正擁有什麼
是你鼓勵我 給我力量 你告訴我 你會永遠陪伴我
可現在 你又讓我回到 一無所有的狀態了”

(私は覚えている あの日、私は言った これまで何一つ私が手にしたものはないと 私を力づけ、励ましたのは君だ 君は言った 永遠に私の側にいると
しかしいま 君はまた私を 何一つ持たぬ者に戻してしまうのだ)


この未練がましい態度、かなり矛盾してますよね。

だって、ついさっきは、五爺に、雪舞の安全を考えたら、村に帰らせた方が良い、と言ってた訳でしょう。こんなことを言い出して、雪舞がやっぱり蘭陵王の元に残ると言い出したらどうする気なんでしょう。

雪舞は泣きながら、
“可是我一定得會去 我不屬於這裡”
(だけど私は行かなければ 私はここにいるべき人間じゃないの)

と言います。

相変わらずよく分からない雪舞のロジックですが、涙目を何とか隠そうとしている四爺は、明日の正妃選びには、皇后が推薦する鄭児を選ぶしかないだろう、雪舞の言う通り、自分は他の人と一緒になる運命だと静かに言います。

私たちの婚約は単なるお芝居だと思ってもらってよい、たった今から、二人の間にはもうどんな関わりもないと。

そうです、四爺自身は微塵も思っていないことをわざわざ…。

本当は、さっきもこういう態度でなければいけなかったんですが、どうしてもそれが出来なかったんでしょうね。

そして雪舞は去り際に、

“保重,四爺”
(お元気で、四爺<スーイエ>)

と言います。

この一言に、彼は耐えきれない。だって、彼は雪舞が自分の事を“四爺”と呼ぶ、あの呼び方がとても好きだったんですよね。

ついに四爺はわざわざ彼女を引き留めて聞きます。

“你心里是有我的 對嗎”
(君の心には私がいる そうでしょう?)

雪舞は振り向くことをせずに、黙ってうなずきます。
次のせりふは、

“如果是那樣的話,我 高長恭 此生足矣”
(だとすれば この高長恭、生まれた甲斐があったというものだ)

この部分は、つまり第2話→こちら)のリフレインなのでしょう。あのときも本当は、雪舞のために何も言わずに出ていくはずだったのが、四爺にはどうしてもそれが出来ずに、雪舞が伴侶を選ぶ、成人の場に残ってしまった。

今回は逆転して、四爺が伴侶を選ぶ場面になるのですが、どうしても、どうしても、雪舞のことは忘れて予定通りに正妃を選ぶつもりでいる、という芝居をやり通すことができずに、つい、未練がましい行動に出てしまう。

あるいは、事ここに到っては、今生の別れなのだから、本心を言ったほうがいいと思ったのかもしれない。

それでも、ついに一度も振り向かない雪舞は、四爺がそっとまた荷物に玉佩を忍ばせたのにも気づかないまま、何かひとこと言って、去っていきます。

だけど、主題歌の音量が大きすぎて、中国語版の方は、よく聞こえません…。

涙目で彼女を見送る四爺。
老王に、ちゃんとスピーカー直しとけって言い含めておけばよかった…と後悔の念でいっぱいなのでしょう。か?

一夜明けて武成帝の元へ、祖珽が駆け込んできます。
蘭陵王府に謀叛の兆しがあり、捕まえた道士が

“鎮魘”(呪いの人型)

を持っていたというのです。

呪いの人型の割にマヌケな印象ですが、他にも呪術の証拠が蘭陵王府に残されていると、祖珽は兵を引率して蘭陵王府に押し入ります。

迎える四爺はリンゴのお供え物を前に、呪いの人型同様、なんだか寝起きのようなマヌケな表情をしていますが…。

雪舞の部屋から首尾よく証拠の品を見つけた祖珽に、これは一体何だと聞かれた四爺は、そりゃあなたの方がよく知ってるでしょう、と冷静に答えます。広い屋敷の中で真っ直ぐここに入ってきて、すぐ証拠の品を見つけるなんて、って、そりゃそうだ。

しかし、おっつけ登場した皇帝陛下は頭に血が上ってるのか、

“混帳高長恭”
(高長恭、このたわけ者が)

って、そんなお言葉、庶民じゃあるまいし。

日本語はあくまでも上品に、
「何と愚かなことを」って、おっしゃってますが...。

祖珽は呪いの品について説明しています。鮮卑の古文字が書かれた呪符だと…。

最初にも書きましたとおり、そんなの書けたら世界遺産ものの特技なんですけど。

だから、鮮卑の古文字なんて知らない、という蘭陵王に、周りもそりゃーそうだろって顔をしていますが、楊雪舞の名前が出ると事態は一変。

だって自称・天女だなんて、どう考えても怪しいですもんね。

四爺も五爺も、楊雪舞の身に危険が及ぶところまでは思い至ったものの、それすら四爺を陥れるための罠の一部だとは全く気が付いていなかったのでしょう。さすがは祖珽!(って誰の味方よ…)

しかし、史実によれば、鮮卑の古文字に誰よりも詳しいのは祖珽大卜その人。
バレバレじゃないのか、そんなもん書いて。

と、シャーロック・ホームズならひと目で看破するところでしたが、残念ながらここは北斉。名探偵登場や世界遺産登録には1000年以上早いです。

ギャラリーの中に鄭児もいるのですが、その場で一言、自分が騙されたと言えば、後の展開は全然違ったでしょうに、なかなか咄嗟に言い出すって出来ないんでしょうね。四爺にどう思われるかも分からないし…。

四爺が謀叛の罪で処刑されてしまっては、どう思うも思わないもないんですけど、彼女はともかく祖珽に、自分はどうなろうと皇帝陛下に四爺の無実を訴えるつもりが、まんまと祖珽の罠にはまって囚われてしまいます。

さて、四爺の運命やいかに…?

ってことで、続きはまた次回、第14話(→こちらにて!
posted by 銀の匙 at 00:32| Comment(7) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月03日

蘭陵王(テレビドラマ24/走馬看花編 第12話)の2

〈蘭陵王〉関連の記事を最初からご覧になりたいかたは、右欄から蘭陵王のカテゴリーを選ぶか、または→こちらを最初から戻ってご覧ください。

ハ〜イ、みなさま、ハッピー・ハロウィーン!

…って、アメリカじゃ言うらしいけど、いくら韻を踏んでたって、ハッピーとハロウィーンとはどうも食べ合わせ悪そうなんだけど、と秘かに思う今日この頃。

っていうか、もうハロウィーンは過ぎちゃったし(←完璧に乗り遅れている)。

この時期、東京の繁華街はさながらリアル「百鬼夜行図」(昼もだった)と化しているため、絶対通りたくないので用事の滞ること。しかし、ゾンビの餌食になるくらいなら、納期遅れで叱責された方が百倍マシ

このお祭り、元は冬の訪れと共に,死者の霊を迎えるためのものだったってことで、日本で近い行事っていったらむしろ「お盆」。

だからでしょうか、日本で怪談といえば夏ですが、英米の怪談はこれからがオンシーズン。

諸事情考えあわせると、なんで日本でハロウィーンが大人のコスプレ祭りになっているのかイマイチ理解できません。

どうせ跡形もなくアレンジするんだったら、カボチャ投げとかにしたらどう? 洛陽城の城壁から落としてみたら、今度はリアル「阿鼻叫喚の図」になりそうだけど…。

って、仮面をつけてコスプレしてるドラマを見ながらそんなこと愚痴ってみたって説得力なさすぎなので、とっとと始めますか。

正調ハロウィーンは、仮面をつけて悪霊追い払ったりもしてたみたいではありますが。

前話(第12話の1→こちら)までのあらすじ。

(蘭陵王関連の記事を最初からご覧になりたい方は、「蘭陵王」のカテゴリー(→こちら)を戻ってご覧ください)

恐喝、泣き落とし、おねだりと、持てる限りの先祖伝来のナンパ術を駆使して、楊雪舞〈よう せつぶ/Yang Xuewu〉をお屋敷に連れ込んだ蘭陵王〈らんりょうおう/Langling Wang〉=高長恭〈こう ちょうきょう/Gao Changgong〉=四爺(スーイエ/Si Ye〉
…って、何か違ってましたっけ?

ま、いいや、要約すると当たらずと言えども遠からずのこの状況下から離脱を図る楊雪舞は、韓暁冬〈かん きょうとう/Han Xiaodong〉に、故郷に帰るための馬車を調達するよう頼みます。

一方、可愛い孫娘を取り戻さんと、ボロずきんちゃん…じゃなくて、雪舞のおばあさまが、奔走する韓暁冬の前に姿を現します…。


にしても暁冬よ、

「ばあさん」

って、コラ、無礼者!そこに直らっしゃい!
年長者を何と心得る。

中国語はまあ、“老人家”(ご老体)だから許しといてやろう。

このなご老体が、まぁ、一服、って差し出した物体、最初はマリファナか葉巻かと思いました(笑)が、これはお手紙。当時の手紙は革に書いてたんでしょうか? 第7話(→こちら)の“雞毛信”(緊急の軍事郵便)も革製でしたけど。

驚く暁冬に、「雪舞に」と言って渡す手が、蘭陵王に引き続き、また手タレのようにキレイ(甲骨をも打ち砕く鉄拳なのに…)。

それにしてもおばあ様は、鳥かごを持って歩いてるのですが、“八旗子弟”じゃあるまいし、いったいなぜでしょう。

ちなみに“八旗子弟”というのは特権階級にあぐらをかいて遊び暮らしてる、高官の子弟たちのこと。

清(しん:1644ー1912)の時代は満州人の天下でしたが、支配階層である彼らは8つの軍事グループに編成されており、それを“八旗”といいました。ここに属する人たちは黙っていても実入りがあったため、だんだんに怠けて遊び暮らすようになります。

そのうち、道楽息子全般を指して“八旗子弟”というようになりました。

彼らはヒマだしお金があるので(いいなぁ〜)、いろいろとオタッキーな趣味に走るのですが、その一つが鳥を飼って籠に入れ、散歩させて歩くこと。

“八旗子弟”といえばコレ、ということなのか、《虎山行》でウィリアム・フォンが演じた「武道家のドラ息子」容寛〈よう かん/Rong Kuan〉も、登場シーンで鳥籠もってぶらついてたし、《宮》では康熙帝の第8皇子、つまり文字通りの“八旗子弟”の役なので、ちゃんと鳥かごと一緒にフレームに収まってるシーンがあります。

一方で、鳥とのお散歩は高齢者の間ではポピュラーな趣味で、90年代くらいまでは、朝、香港や広州の街中を歩いていると、鳥籠を手にしたお爺さんが公園を散歩していたり、飲茶屋さんに集まって、“早茶”(モーニングティー)などを嗜んでいたりする光景を見る事ができたものです。今もやってるのかな?

と話が逸れましたが、連れているのはナビがわりの五色鳥なんでしょうね。まさかコレがいないとおばあ様さえ村に帰れなかったりして…。

ですけど、第1話で、楊堅〈よう けん/Yang Jian〉は10年に一度、おばあ様を訪ねて占ってもらう特典を得ているという話でした。彼も鳥がいないと村の位置が分からないんですよね?ってことは、次の10年のために鳥を持って出ないと、二度と来られなくなるんじゃないでしょうか(10年の間に鳥がインフルエンザにでもなったら、それで終了?)。

その辺、どういう仕組みか分かりませんが、ひょっとしたら丹州城の門番のお兄さんみたいに、五色鳥にも兄弟がたくさんいるのかも知れません。

*

一方、こちらは蘭陵王のお屋敷。とっとと出ていくつもりの雪舞は、何かを繕っているのですが、あの〜、繕ったら却ってみっともないことになるのでは…、と部外者ながら心配です。

そこへ、邸内をノーマークで移動して、老女が現れます。

雪舞の安否が心配だからって四爺にさんざん頼まれてたのに、五爺=安徳王〈あんとくおう〉=高延宗〈こう えんそう/Gao Yanzong〉は言われたことをちゃんと守ってるんでしょうか、ホント…(と思わせる演出がニクイ)。

老女は“福姥”(フーラオ/Fulao/福ばあや)と名乗り、雪舞の身の周りのお世話をすると言い出します。力いっぱい辞退する雪舞ですが、何とかここに置かせてと懇願する福姥を追い出すわけにも行かず、困り顔です。

一方の福姥は、さりげなくご主人自慢を始めます。

“四爺休兵回府 向來不是讀書就是習武 從沒聽他說過中意哪家姑娘”
(四若様は戦地からお戻りになると、お勉強でなければ武術の稽古、どこかのお嬢様を見初めたようなお話はついぞ聞いたことがございませんでした)

“雪舞姑娘能得到四爺的青睞 妳必定有著閉月羞花之貌”
(若様のお目がねにかなうとは、雪舞さまはさぞや花も恥じらうご器量であろうと…)

“得到青睞”(お目がねにかなう)“青”は、“睞”は眼のこと。

♪青い目をしたお人形は〜♪ ウィリアム・フォンが大事にしてたらしい、のですが(この話はまた後ほど)、ここの“青睞”はドラマの時代背景である魏晋南北朝と関係のある言葉です。

戦乱の時代だった当時、浮世に嫌気がさした貴族たちは、浮世離れした議論を交わす“清談”というのに走っていました。その代表格が「竹林の七賢」で知られる奇人たちで、寒食散(第8話→こちら)を常用していた美男子ジャンキー(この時代、美男子多すぎでお腹いっぱいなのですが、やはり見た目が物を言った時代だったようですね)嵆康〈けい こう〉や、奇行で知られる阮籍〈げん せき〉もその一人でした。

阮籍は、自分の気に入るお客がくると“青睞”で、気に入らないお客が来ると“白眼”で出迎えた、ということから、“青睞”は歓迎する、“白眼”は嫌う、敵視する、という意味になったんだそうです。

「白い眼で見る」「白眼視する」というのは、ここから来た表現なんですね。
でも、よく考えたら、嫌いな人のところへ行って白目剥かれるなんて…ホラーかっ!

…という状態も、あったかもですが、これは要するに、マンガなんかでよくある、ふんっ!って斜めや横を向いたりしたときに、相手には白目の部分が多く見える状態を言うんでしょうね。

で、ふーん、阮籍って尉遅真金みたいに目が青かったんだ〜ということなのかと思ったらそうじゃなくて、ここの“青”は黒、“睞”は目線のこと。なので、「黒い目で見る」、ということです。

昔、何かのテレビ番組で、気に入ったものを見るとき、人間は自然に瞳孔が開く、という実験をやってました。瞳が黒い人だとあんまり違いが分かりませんが、青とか茶色とか目の色が薄い人だと明らかに濃い色の部分の面積が広くなるんですよね。

中国の人は瞳が真っ黒っていうより茶色の人が多いから、観察眼の鋭い人が、人間、好きなものを見ると目が黒っぽくなるな、と気づいたのかも。

まあ、ここではたぶん、相手を真っ直ぐに見る(「白眼視」に比べると黒目が多く見える)、ということなのでしょうが…。

ちなみに中国語では“青”が黒の意味になる言葉は他にもあり、例えば、“青衣”とは黒い服のことを指します。

」が「」なんて変なの〜とは思いますが、日本語だって「」が「」の意味のことがあるので(「青葉」とか、「青信号」とかね)、人のことは言えません。

四爺の瞳孔が開いてたかどうかはともかく、器量のことを言われると、途端に困っちゃう雪舞は、

“只能說 你家四爺的審美觀跟其他男人不太一樣”
(それはつまり、お宅の四若様の審美眼は他の男性とだいぶ違うということでしょうね)

と、謙遜ともとれるセリフを言いますが、福姥は、下を向くような動作をして、

“呸呸呸”〈pei pei pei〉

と言います。

ここ、面白いので中国語音声の方でご覧になってみてください。日本語には訳しづらい箇所ですが、このジェスチュアは文字通り「唾棄する」ということで、ナンセンス!!というときの芝居がかった表現です。日常では、日本語だったら「ちぇっ!」と言うような場面でに、“呸”と言ったりします。

“您的美是那種獨樹一幟的 與眾不同的美”
(あなたさまの美しさは独特のもの よそにはございませんよ)

“我們四爺是誰呀 奴婢相信四爺的眼光”
(私どもの若様をどなたと心得ておいでです。私は若様が人を見る目を信じております)

てことで、あはは、結局は四爺自慢ってことですよね、福姥。

ここで、福姥はセクハラまがいのマッサージに走ろうとしますが、雪舞が逃げるので、自分の手に力が入らないせいで嫌がられてしまうのだと言い出し、

“難道我真的老了 該告老還鄉啦”
(わたくしめも寄る年波で これではお暇をいただいて故郷に帰った方が)

と言います。

おや、このセリフは聞き覚えがありますね。

そうそう、周のラスボス(←@銀さん もうコレに決定)、大冢宰〈だいちょうさい〉・宇文護〈うぶん ご/Yuwen Hu〉のセリフにありましたよね。

こんなおバカな皇帝がいるなんて、あたしの監督不行き届きなんで、引退して国に帰らせていただきます。

てなこと、おっしゃってました。

宇文護はてっきり雪舞のおばあ様と対決するのかと思っていたけど、実は北周・北斉のラスボス対決は、宇文護と福姥だったのか…と予感される伏線が張られておりますね(ないない)。

雪舞がフォローすると調子に乗った福姥は、雪舞は子宝に恵まれそうな腰をしてると言い出し、

“個個都像我們四爺一樣 英俊彪悍”
(いずれも私どもの若様とおんなじ きりりと美しい皇子達でございましょう)

と言います。

これで分かる通り、雪舞に期待されてるのは蘭陵王のお世継ぎ、つまりは男の子を生むことなんですね…。

ところが、この時点ではお世継ぎどころかヨメにも来ないつもりの雪舞の他人事的な反応に、福姥は、いきなり必殺技を噛ましてきます。

“有五位千金將參加選妃...都入住到咱們府裡了”
(五人のお嬢様方がお妃選びに参加なさるそうですよ。皆さま、お屋敷の中にお泊りになられるとか)

こう言われて、途端に気になりだす雪舞。おっほっほ、第2話(→こちら)で、雪舞に求婚する男子をひと目みようと、つい成人式の会場周辺に居残ってしまった誰かさんのようですね。まったく似た者同士でお似合いですこと(←棒読み)。

しかし、視聴者として気になるのはセリフの中の“千金”って言葉。「一攫千金」(いっかくせんきん)の「千金」と同じですが、ここでは「お嬢様」の意味です。

この“千金”、大枚のお宝、という意味に違いはないんですが、サイト《互動》先生によりますと、初出は《史記》の項羽〈こう う/Xiang Yu〉本紀。

それによれば、

項王乃曰:「吾聞漢購我頭千金,邑萬戶,吾為若コ。」
(項王〈項羽〉は言った。「聞くところでは、漢は俺の首に黄金千金と万戸の領地の褒賞をかけたそうだな。お前にそれを恵んでやろう」)

ここの“千金”は文字通り、黄金千金分(本当の金ではなかったようですが)という意味です。

ちなみにこれは、項羽が漢に追い詰められ、ついに自害する直前に発した、今生最後の言葉。言われている人は、彼を裏切って漢についた人なのです。あぁ…。

時代が下ると、この言葉は黄金千金にも値する「男子」の意味に使われるようになりますが、元代くらいになると、未婚の女性の意味で使われた例が出てきます。

一方、千金=女子と結びつく、別系統の話もあります。

紀元前522年の春秋時代、楚〈そ〉国の伍子胥〈ご ししょ〉は父と兄を殺され、呉国に逃亡します。その途中、食べ物を恵んでくれた女子に、自分の行先を秘密にして欲しいと頼んだところ、彼女は石を抱いて河に身を投げてしまいます。驚いた伍子胥は、10年の後、必ず戻って恩返しをすると誓いました。

その後、恩に報いるために戻ってきた伍子胥は、女子が身投げをした場所に千金を投げ込んだという、それが“千金小姐”の由来だとか。

うーん、この話はちょっと出来すぎかも。

さて、場面は変わりまして、こちらは敵将・尉遅迥〈うっち けい〉将軍に“黄金千金”の褒賞を懸けられた斉の軍神・蘭陵王殿下の「お妃選び」メイン会場から中継でお届けしております。

主役の四爺は、これまた“千金”の名に恥じない、熱帯魚ばりにきらびやかなお嬢様がたを前に、いかにも慣れてない感じで挨拶の口上を述べています。

“令我王府蓬蓽生輝”
(わが陋屋に華を添えてくださり…)

“蓬蓽”とは、荒れ放題で雑草が生えてるようなあばら家、という意味…ですが、良いとこのお嬢様が、お付きの侍女たちも連れて住み込むくらいの大きな家をあばら家って言われちゃったら、将来そのあばら家に住まなきゃいけなくなるお嬢様方はどうフォローすれば…と余計な心配をしてしまうのは視聴者だけで、お嬢様方は、選ばれる気まんまんです。

そこへ、いきなり転がり込んでくる行儀の悪い召使い、もとい、天女・楊雪舞。
お嬢様方は眉をひそめて、
“哪裡來的丫鬟”
(どこから出てきた下女かしら)
と呆れておいでです。

“丫鬟”(メイド)の最初の漢字はアルファベットのYに似てますが、これで「ヤー」と読みます。この回に出てくる下女たちの髪型、まさにY字ですよね。
要は、髪の毛を真ん中で分けてそれぞれをアップにする髪型のことで、その髪型をしてる人というのが元々の意味です。

日本でも「縦ロール」はお嬢さま、「アフロ」は具志堅、と決まっていますよね(そうかな?)。

私たちが中国娘というと思いだす、頭の両サイドにお団子を作ってる髪型、あれも“丫鬟”の一種です。

髪型が職業(?)を表すといえば、「たまねぎ部隊」って人たちもいましたよね。マリネラ国王パタリロに、忠実に使える親衛隊。タマネギ頭とサングラス、ひし形の口で統一されたその素顔は絶世の美青年、らしいのですが…。

ある時は口元涼しきパタリロ殿下、またある時は敵国の親衛隊に紛れ込んでタマネギ部隊な我が主人公・その正体はドレッド四爺(かよ)ではありますが、何だかんだ言ってやっぱりお妃選びが気になってるらしい雪舞を見て、余裕の態度です。

“要聽就進來聽,就算在外面偷聽也要安分守己一點”
(聞きたいのなら入って聞くがよい 盗み聞きなら静かに頼む)

んなこと言いつつも見るからに“得意”(嬉しそう)な四爺の元へ、報せが飛び込みます。

“英國公遺女 鄭千金到”
(英国公形見の鄭お嬢様ご到着)

それを聞いて、思わず雪舞を見る四爺。

“四爺 許久不見”
(第四皇子殿下 お久しぶりでございます)

思い出せない四爺ですが、そこへかんざしを差し出す鄭児。
この様子だと、昔かんざしを贈ったことがあるのかと、思いますよね、ふつう。

“許久不見 你出落大方”
(これはしばらく。立派な娘御になられて)

という、四爺の返事は、まあ、親戚のお嬢さんなんかに久しぶりに会ったときの挨拶としては良くあるパターンですね。

“出落”というのは、娘さんが年頃になって綺麗になる、ということ。
“大方”というのは、優雅で上品だという、年頃の娘さんへの褒め言葉です。

しかし、これは決まり文句なので、文字通りには受け取らないのが普通。

普通はね。

ここの日本語吹き替えは実に上手いですね。
「ああ、あのときの。久方ぶりにて見違えた。」

“曾受四爺恩惠”
(かつて第四皇子殿下からは格別のお計らいをいただきました)

と何だかものすごく訳ありっぽい雰囲気を醸し出す鄭児。こういう発言を何気なくスル―してしまう四爺は、鈍いとしか言いようがありません。

「鈍いひと」
と、第12話で日本語吹き替えの雪舞が指摘した通りです。

ところで、噂に聞く天女さまはどこですか、と鄭児に聞かれて、きょろきょろあたりを見回す千金の皆さん。全員、雪舞が視界に入っていながら、他を探すのが、何とも言えずカワイそう。

そこで、パワハラ&セクハラの権化と化した四爺、いきなり雪舞を抱き寄せて、

“視如珍宝”(何よりも大切な宝)と言って紹介します。

「速報!! あの、第3話(→こちらで魅せた(あ、字が違う?)“衣冠禽獣”は演技ではなかった!!」と、斉の「東ス○」にスっパ抜かれそうなこの態度、当然女性の評判はさんざんで、千金の皆さんは言いたい放題。四爺は頭おかしいんじゃないの、くらいな勢いです。

ところが鄭児は雪舞に近づき、殿下は非凡な御方、きっと雪舞さまには特別なところがおありなのでしょう、と言います。

鄭兒の賢いこと、ここで咄嗟に四爺の反感を買わないような物言いが出来るとは、やはり宮廷で苦労して育ったからでしょうか。でも、このセリフも結局、雪舞を認めているというよりは、四爺を持ち上げてるってことですよね。

一方、こんなこと書くまでもないかと思いますが、四爺があのようなセクハラ行為に出たのは、「鄭妃」が現れてみたところで、自分が宝と思っているのは楊雪舞なんです、と公衆の面前で紹介したでしょ、と雪舞に納得してもらうためだと思います。

どうみても、ただのセクハラ部長が取引先に女子社員を紹介するときに、いやぁうちの○○クンは良い子でしてね〜ってどさくさに紛れて触ってるようにしか見えなくて迷惑なんですけど。

と、そこに五爺が“懿旨”(皇太后さまの命令)を読み上げにきたとの報が届きます。

“懿旨”は皇太后、皇后などの命令を指し、皇帝の命令ならば“聖旨”と言います。

“懿旨”“聖旨”ではどっちが上か! というのは微妙な問題なんですが、孝行が基本の古代社会では、とりあえずは“懿旨”の方を上と見做したのではないかと思われます。皇帝の命令とぶつかっていれば、臣下が必死で調整したのでしょう。

と、そのような最重要指令が届いた瞬間、ウィリアムは息を呑むという細かい演技をしてるんですが、なぜなんでしょう…?(笑)

皇太后さまは、今回、自らお妃選びのお題を出すおつもりだそう。後ほど、その真の理由は明らかになりますが、この回では孫バカ+ババ孝行を強要する、ワガママ成分多めな印象です。

この「お妃選び」というアイディアはなかなか秀逸なので、ドラマではもうちょい膨らませても面白かったかと思いますが、でもちょっと待ってくださいよ。なんか…違和感ありませんか?

この手の、求婚相手に試練を課して、勝ち残った者が愛を手にする、というパターンは世界中に類話があります。誰でもすぐ思い出すのは「かぐや姫」でしょうが、「長くつをはいた猫」とかもそうですよね。

これらの話に共通しているのは、「試練をくぐりぬけ」たあと、勝ち取るものは「お姫さま」だってことです。でもこのドラマの場合、試練に遭うのはお妃候補たちで、獲得する賞品(?)は四爺。さすが、女人に見まごう美形の軍神なので、「お姫さま」待遇なんですかね? 「トロフィーワイフ」ならぬ、「トロフィーハズバンド」ってヤツかしら?

と、攻守入れ替わってはおりますが、この手の類型のお話を「難題婿譚」(なんだいむこたん)といいます。

思うにこの作品は、意識的なのかどうかは分かりませんが(たぶん、計算してやってるんでしょうけど)、「貴種流離譚」の変形バージョンなど、物語の類型の枠を巧みに使っています。

ぱっと見、何だかいろんな少女マンガを継ぎはぎしたような作品だなぁという印象なんですが、実は、そのさらに内側に、こういう民話のパターンが隠されているんですね。だから、観る人の潜在意識に働きかける力も強いのでしょう。そもそも、少女マンガ自体、パターンを利用していたりするのですが…。

このドラマのプロット全体もそうしたパターンの1つを見事に利用していると私は見ていますが、そのパターンを分析するには最終回の内容が鍵となるので、最後に改めて振り返り、考察してみたいと思います。

なお、史実として、“選妃”というのはありますが、正妃はほとんど政略結婚なので、それ以下の“貴妃”“美人”を選ぶときに“選妃”を行ったようです。つまり、宦官たちが宮女を容姿や妃にふさわしい立ち居振る舞いかどうかで篩にかけてゆき、残った人が選ばれるというシステムだったようです。

さて、1,000両に相当する懸賞金・四爺争奪戦の第1問は、蘭陵王はお祖母さま孝行な孫なので、その妃にもぜひ同じようにしてほしい、との願いから、皇太后の御膳を用意するようにとのこと。

どうせ、お嬢様方なんて、ご自分でお野菜を洗ったこともないんでしょう、私はお妃選びに参加しなくていいからよかったわ、と喜ぶ雪舞に五爺は、ダメダメ、皇太后さまは、雪舞にも参加するようにと特にお申しつけになった、といい、これからお言葉を読み上げる、と言います。

で、五爺がここで四爺に、ウィンクしてますね。この意味は、のちのち明らかになるでしょう。

この勧進帳の場、必死に笑いを堪えながら聞いている四爺の後ろで、真面目くさって聞いている千金の皆さんが笑えます。

雪舞について、わざわざ設定された、

“未能通過考核 我都不會接納 孫媳婦 請她另選出路”
(もしも全うできなければ、孫の側室扱いなど許しません。出て行ってもらいます)

という「失格条項」が読み上げられると、なんとまあ、鄭児は今から嬉しそう…。

雪舞は相変わらず、私はお料理もヘタだもの、今すぐ出てってもいいわ、と、横で四爺が尉遅迥もビビらすほどの物凄い顔をして睨んでいるのに、涼しい顔をしています。

五爺はそこで、そんな箒で掃きだされるみたいに簡単には行きませんよ、出ていくときは百叩きの刑ですからね、と、これもスゴイ顔をして言います(ぜひ、DVDを止めて見てみてください(笑))。

この“杖打一百大板”という刑罰、お尻ペンペンなんていうのとは訳が違います。

何せ、この場に生き証人がいますから。ね、五爺。

それでは動かぬ証拠、正史《北斉書》巻11を見てみましょう…しかし…これはまたお下劣な…お食事中の方、下ネタ勘弁な方はどうかスルーお願いいたします。

“為定州刺史,於樓上大便,使人在下張口承之。以蒸猪糝和人糞以飼左右,有難色者鞭之。孝昭帝聞之,使趙道コ就州杖之一百。道コ以延宗受杖不謹,又加三十。”

(安徳王・高延宗は)定州刺史(長官)だったとき、階上で大をして、階下にいる者に口で受け止めさせた。蒸し豚に人○を混ぜて左右の者に供し、嫌がった者を鞭で打った。報告を受けた孝昭帝(斉の第3代皇帝)は趙道コを遣わして延宗を百叩きにした。しかし、反省の態度が見られなかったとして、道徳はさらに追加で三十回叩かせた。

こらこらっ!! 何やってるんだか高一族はもう…。
史書の続きを見ると、五爺は相当体力があった人らしく、なので100回叩かれても悪びれる様子もなかったんでしょうが、この刑罰で亡くなる人もいるくらい、本来は酷刑。

こんな、百叩きが常態化してるような家にヨメに行くなんてとんでもないわ!と憤慨してるかと思いきや、

「仲良き事は美しき哉」(かぼちゃ)

と、揮毫していると思しき雪舞。頑張っているっぽいのですが、タマネギだのカブだのの絵を描いて料理ができるようになるんでしょうか…?と視聴者が心配するまでもなく、もうこの時点でほぼギブアップの様相です。そりゃ〜、あのエオウィンスープ(第7話こちら)を皇太后さまに差し出した時点で、ゲームオーバー&百叩きは確実です。

でも、絵はなかなか上手いですよね?(←褒めるとこはそこか?)

家の中では明るさが足りないのか、なぜか屋外で作業していますが、机の上を見るとこんな感じです。

s-硯.jpg

火薬同様に中国で発明され、当時ようやく一般にも普及しだした“紙”を惜しげもなく使い、硯で墨を擦って筆で描いています。

この、硯・墨・紙・筆の四つを総称して「文房四宝」(ぶんぼうしほう)といい、文人たちは昔から、ブランド硯やブランド墨にこだわりました。いつの時代にも形から入る人はいるもんです。

“文房”という言葉は、どうやらこのドラマの時代である南北朝あたりから使われ出したらしく、そもそもは文人の“房”(部屋)つまり、書斎を指しました。そこに必携の道具として備えられたのが、硯、墨、紙、筆というわけです。

上の写真の硯は、豪華ではありますが、今でも作られていそうな石製の硯のようですね。中国では古くから、いろいろな材質の硯が使われていたようなのですが、隋、唐あたりまで主流だったのは石製ではなく、陶器で出来たもの。

形は四角もありましたが、当時好まれたのは円型だったようで、出土品は、これは何かって聞かれたら、京○ラ製の大根おろしですか…?としか答えようのない代物。

s-suzuri.jpg

ご丁寧に色つきのものまであります。

s-陶硯.jpg

同じタイプの硯は日本でも作られていて、奈良時代のものが東京国立博物館に展示されています。

IMG_7437.jpg

そんな白い服着てお習字なんてしてると汚すわよ…と視聴者をスリルとサスペンスの世界に誘っている雪舞とは違って、賢いお嬢様方は、「将を射んとすれば、まず馬を射よ」とばかりに、安徳王攻略に乗り出しています。

この故事の出典は杜甫の詩《前出塞》にあり、元々は「人を射らばまず馬を射るべし」でした。相手を倒そうと思ったら、まず相手の大きな力を削ぐべしというほどの意味だったのでしょうが、今はもっぱらラブ方面で、結婚したい娘がいたら、まずお父さんに気に入られるべし、というような場合に言ったりしますね。

それを忠実に実行して、見事ヤン・ミーのお母様に気に入られるという、なかなか策士なところを見せた、ウィリアム・フォンこと中の人でしたが…。

では、ちょこっとだけ、その顛末をご覧いただきましょう。
2012年1月のインタビュー番組、《非常静距離》http://video.sina.com.cn/m/fcjjl_61643533.htmlから。
検索エンジンによってはヒットしないことがあるみたいです。Googleだと見られました

ゲストは楊冪〈ヤン・ミー/Yang Mi〉と馮紹峰〈ウィリアム・フォン/フォン・シャオフォン〉ですが、別々に出演しています。2011年にテレビドラマ≪宮≫で共演した二人は、この番組でもほとんどカップルのように扱われています。

これからご紹介する箇所は、番組中、ウィリアムが出演した部分です。司会の李静お姐さんが、ヤン・ミーに電話を掛けています。

=李静
=ヤン・ミー
=ウィリアム・フォン

10:00ごろから

:ヤン・ミー、ニーハオ。
:あ、李お姐さん。

思い出していただけますでしょうか。こうして相手の名前を呼ぶのは親しい同士の挨拶の代わりですね。親しみと敬意を示すために“姐”を付けています。

:いまね、紹峰が私の向かいに座ってるの。何かメッセージはありますか?
分かってもらえると思いますけど、今日の話題はずっとお二人に関してなんだけど。早いとこ答えを聞かせてくれないかしら。

(電話中、お芝居か天然か分かりませんが、ずっと物凄いボリュームで咳払いしているウィリアム)

:みんながその時になったら…ちょっと、紹峰。ダメよ。わざと私たちの会話を邪魔しないように。
ヤン・ミー、あなたのお父さんは、すごく彼が気に入ってるんですって?
:母がすごく気に入ってるんですよ。
:どうして?
:母は私を見るたびに、聞くんです。ほら、紹峰は最近どうしてるの?
どう、あの作品に出てるけど、どうかしらね。最近、連絡取ってるの?
:あなた自身はどうなの。お母さんはもう二人で付き合ったらいいじゃないの、って言おうとしてるんじゃないの?
:私が、そんなに彼のことが気になるんだったら、番号教えるから自分で電話したら、って言ったら、母はね、
(すごく落ち着かないウィリアムが映る)
もう電話もらったわよって。



はははは。
馬は落としたけど人は陥ちなかったみたい。残念でしたね。

そんな効果の薄い策を弄しているうちに、将を落とすどころか、弟の五爺に
“將你一軍”
と、「王手」を掛けられてしまう実に不甲斐ない四爺。中国では、将棋って宇文邕〈うぶん よう〉が発明したと言われているんですが、そんな敵の皇帝の遊びを楽しんでていいのでしょうか。それとも攻略のための研究かしら?

古来、士大夫(したいふ。ドラマの時代背景になっている魏晋南北朝のころは上流階級の人を指しました)が身につけるべき嗜みとしては、“琴”“棋”“書”“画”“剣”がありました。

“琴”は7弦の「古琴」のこと。弾くとぼよよよ〜ん、と渋い音がします。諸葛孔明が「空城の計」のとき、余裕がありそうに見せかけるため奏でていたのがコレですね。

“書”は書道のこと、
“画”は中国画。
“剣”は武器の剣ですが、文人は剣を佩び、武人は刀を佩びる、と言われます。一種の装身具として持ってた人もいるし、道士がお祓いのために必ず剣を持っているように、“避邪”(へきじゃ;魔除け)の意味もあるのでしょう。日本では魔除けの武具といえば「矢」ですが…。

また、“棋”が入っていますが、これは実は「将棋」ではなく、「囲碁」のこと。現代語では“圍棋”と言います。だから、史実の蘭陵王府で指していたとすれば、将棋よりはむしろ囲碁のはずです。

当時、他にどんな遊びが盛んだったかということを知るうえで、面白い資料が《顔氏家訓》という本に出ています。

この本は、顔之推〈がん しすい〉という人が、子孫のために記した家訓です。もともと、南朝の梁にいた顔之推は、内乱や戦乱に翻弄され、何度か捕虜になった挙句に、北斉に逃げ込みました。

斉では文宣帝(第2代皇帝。四爺パパの弟)に仕え、斉が周に滅ぼされると周に、周が隋に滅ぼされると隋に仕えた、ということで、まんまこのドラマの背景になった激動の時代を生き抜いた知識人です。

つまり、ちょうど蘭陵王の時代に宮廷に出入りしていた人物であり、なんと、「蘭陵王のお宅訪問」もしていたことが分かります。では、著作《顔氏家訓》から、そのことが分かる「雑芸」の巻を見てみましょう。

この本、平凡社の東洋文庫から訳が出ていたのですが、何と絶版になってしまい、参照できる資料がないので、和訳は超テキトーです(図書館にはあるかも知れないけど、ちょっと行くヒマがなくて)。

投壺之禮,近世愈精。古者,實以小豆,為其矢之躍也。今則唯欲其驍,益多益喜,乃有倚竿、帶劍、狼壺、豹尾、龍首之名。其尤妙者,有蓮花驍。汝南周璝,弘正之子,會稽賀徽,賀革之子,並能一箭四十餘驍。賀又嘗為小障,置壺其外,隔障投之,無所失也。至鄴以來,亦見廣寧、蘭陵諸王,有此校具,舉國遂無投得一驍者。彈棋亦近世雅戲,消愁釋憒,時可為之。

「投壺の礼」は、近年ますます精緻になってきた。昔は、壺の中に小豆を詰めて、矢が外へ弾き出されないようにしていたが、今では逆で、いったん入ってから外に弾き出される矢が多ければ多いほど良く、倚竿、佩剣、狼壺、豹尾、龍首などの名がついている。中でも最も華麗な技は「蓮花驍」であろう。汝南の人・周璝は周弘正の息子で、会稽の人・賀徽は賀革の息子であるが、2人とも1本の矢を投げて、40数回も跳ねかえらすことができた。賀徽はまた、小さな衝立をつくり、その外側に壺を置いて、衝立越しに矢を投げたが、外したことがなかった。
 私は鄴〈ぎょう〉の都に来てからというもの、広寧王(蘭陵王の2番目のお兄さん。画才で有名で、後年、周の捕虜になりました)や蘭陵王のところでこの類の屏風を見かけたことがあったが、この国では、矢を投げて跳ね返らせることのできる者はない。
 「弾棋」(おはじきのようなゲーム)も最近の風雅な遊びである。手持ちぶさたの折に、たまに遊ぶこともある。


「投壺」とは、ダーツの的が壺になったような遊びで、最初は投げ入れた矢の数を競っていたのが、だんだん、どんな風に刺さるかとか、リバウンドした矢を連続何回入れられるか、みたいなことを競うようになったようですね。

投壺の「礼」と書いてあります通り、もともとは礼の一環で、高貴な方々の酒席で遊ばれたゲームでした。南朝では大変盛んで、臣下が遅刻してきたので怒り狂った皇帝に、「昨晩、投壺でフィーバーしちゃって…」(古っ!)って言い訳したら、投壺ファンの皇帝は大喜びで、妙技を披露させて褒美を下した、なんてエピソードもあります。

それはともかく、同時代の特権(?)を行かして、高兄弟のおうちにお呼ばれに行くなんて、羨まし過ぎる。当時は、南朝の文化の方が洗練されていたので、そこから来た知識人ということで厚遇されたのでしょう(例の「却扇」の詩を書いた、当時の人気詩人、庾信〈ゆ しん〉(第4話。→こちら)と似たパターンですね)。

南朝ではあんなに盛んだった投壺も、質実剛健な北朝の斉に来てみると、道具だけは揃ってるんだけど、きちんとしたプレーヤーがいなかった模様。

それにしても高兄弟も、遊びもしないのに最新式のゲームグッズを揃えてるなんて、流行り物に弱かったのかしら...。

と、華やかなパーティーゲームの歓声に引き寄せられるように、東屋から走り寄る雪舞。

実はこのシーン、中国語の雪舞にはセリフがないので、なぜわざわざお嬢様方のいる場所へ近づいて行ったのか積年(ってか半年)のナゾでございました。吹き替え版は、

「何を話してるのかしら」

と補ってますね。ナイス補足。

皇太后さまのお好みを教えてくださいませ〜(はぁと)と、お嬢様方に迫られている四爺を見て、女に全然不自由してないくせに、五爺は兄上を、

“艷福不淺”
(モテモテだな)とからかいます。

この言葉、日本でも「艶福家」とそのまま使ったりしますが、中国語では“眼福”“耳福”“口福”(目の保養、耳の保養、口の保養)に並ぶ“福”の1つ。

こういう「現世の楽しみ」を否定しないあたり、中国文化もなかなかのラテン系とみました。

でも、非モテ歴二十数年の四爺はモテてる状態に馴れてないらしく、お嬢様方はすぐ安徳王の攻略に切り替えます。実際、安徳王の方が人気あるんですよね。「堅物」の四爺は、高一家の中では変わり者なのでしょう。

五爺みたいな、女にモテモテな人を“桃花運”がある、と言ったりします。あぁ、桃はピンクだから…とかそういうことではなく(そもそも、中国語でそっち方面は“黄色”)、もっと古式ゆかしい、中国最初の詩集《詩経》の詩から来た言葉です。

桃之夭夭,灼灼其華,之子于帰,宜其室家。
桃之夭夭,有蕡其實,之子于帰,宜其家室。
桃之夭夭,其葉蓁蓁,之子于帰,宜其室人。


桃の夭夭〈ようよう〉たる  灼灼〈しゃくしゃく〉たり其〈そ〉の華〈はな〉
之〈こ〉の子于〈ゆ〉き帰〈とつぐ〉ぐ 其の室家〈しつか〉に宜〈よろし〉しからん

桃の夭夭たる 蕡〈ふん〉たる有〈あ〉り其の実〈み〉
之の子于き帰ぐ 其の家室に宜 しからん

桃の夭夭たる 其の葉 蓁蓁〈しんしん〉たり
之の子于き帰ぐ 其の家人に宜しからん


教科書に必ず載ってる有名な詩なので、ご存じの方も多いと思います。

瑞々しい桃の 鮮やかなその花。
この子は嫁いでいく きっと婚家にふさわしい


以下同、てな詩ですね。

日本でいうと「万葉集」に収録されてる歌みたいな、素朴な詠いぶりが日本でも好まれているこの詩ですが、中国の人はこの詩を見ると、咄嗟に「高跳び」を連想しちゃって、ぐふっと笑っちゃうらしい。

たまたま、桃之夭夭 tao zhi yaoyao が、
逃之遙遙(とっととズラかる)と同音だかららしくて…。

実は、“桃花運”の由来として、この詩の他にもう1つよく知られているのは、“人面桃花”という故事。

相思相愛の男女が故あって別れたあと、別れた女性を男性が追慕する、というロマンチックな意味なんですが(又の名を「未練がましい」ともいう)、私なんかこっちの方がぐふっと笑っちゃうんですけど。

だってどうしても!「人面魚」を思い出しちゃうんだもの…(♪ポ〜ニョ ポ〜ニョポニョ…
( -_-)=○)゚O゚)ぐはっ!

...カボチャ投げは危険ですのでご遠慮ください。

さて、実はバックグラウンドで高跳びプログラム走行中の楊雪舞ですが、表面的には何事もなかったかのように、ゲーム会場に姿を現します。

その有様を見て、よっこらしょ、と立ち上がった四爺。
(お屋敷は椅子じゃなくてお座敷が中心らしく、座る動作に慣れてないらしいウィリアム・フォンは、その姿勢から立ち上がるまでも結構大変そう)

ここは中国語が面白いですね。

“我不知道你為了留在我身邊那麼拼命
把字都寫到腦袋上去了”

(知らなかった、君が私の側に留まるために、そんなにも必死だなんて。額に字を書いてまで)

“不如我直接告訴你 我姥姥喜歡吃什麼吧”
(いっそ、直接君に伝えた方がいいな、私のおばあ様がお好きな物を)

“我不聽”(聴かないわよ)

“我得告訴你 我告訴你 我告訴你啊”
(さあさあ、教えてあげるから)

おほほほほ〜! つかまえてご覧なさい〜って、いつの少女マンガよこれは、とこのバカップルに開いた口がふさがらないお嬢様方を前に、五爺が何とかこの場をフォローします。
“大家都看見 我四哥的態度了。”
(さて皆さま方、我が兄上の態度はご覧になったでしょう)
あとは自分で何とかしてね〜、と勝手にセルフサービスの店宣言です。

…ちょっと奥様、どうなんでしょう、鄭児と真逆の、四爺のこの態度。

お妃選びに参加してるのは建国の元勲のお嬢様方ですよ。
こんな態度で、要らない敵を作らなきゃいいですけどね…。

ところが、心配するのは視聴者ばかりなりで、お嬢様方はドライなものです。
“四爺的眼光是不是有問題啊”
(四爺さまの人を見る目にはどこか問題があるんじゃないの?)

ご発言、誠にごもっともではございますが、こんなん言ってる相手にまだ嫁ごうとするとは、お嬢様方にも問題あるんじゃないかと、ついついついつい思ってしまう視聴者。

しかし、この時代(ひょっとすると今も)、女性の地位は嫁ぐ相手によって決まるので、相手が“衣冠禽獣”だろうが“眼光有問題”だろうがどうでもよく、王妃の座はやはり魅力的だということなのでしょう。

なので、また似たような地位の花婿候補が現れれば、さっくりそちらに乗り換えるだろうから、お妃選びの戦いに八百長があってもそれほど大ごとにはならなさそうという読みもあるのでしょうが、ひとり、鄭児の本気らしい様子は、さすがの四爺も気になるようです。

“不傷和氣”
(何とか穏便に済ませたい)

なんて、そんなの、ストーカー女と後腐れなく別れようなんて、恋愛初心者には無理じゃないでしょうか。

ウィリアム・フォンのお母さまが忌み嫌う(第9話→こちら)、あの天下の遊び人・沈朝宗〈しん ちょうそう/Shen Zhaozong〉ですら失敗したのに…。

一方、雪舞は自室に戻り、ヤケ酒ならぬヤケ茶をあおります。

“他應該是姓鄭的人 共結連理 我姓楊”
(彼は鄭って苗字の人と結ばれるはずなの。私の苗字は楊よ)

“共結連理”とはまたまたクラシックな言い回しですが、これはもともと、2本の樹の枝が互いに絡み合って離れない状態である、“連理枝”から来ています。

絡み合った枝というと、「トリスタンとイゾルデ」の話を思い出しますが、自然界では結構あることなんでしょうか…?

また、“連理枝”といえば、白居易の有名な詩、《長恨歌》を思い出す方もおられるでしょう。

在天愿作比翼鳥 在地愿為連理枝

楊貴妃と玄宗皇帝のカップルは、天にあっては、(翼を並べて飛ぶという)比翼の鳥に、地にあっては連理の枝に、というほどの仲でした、という詩ですが、“比翼鳥”“連理枝”はおしどり夫婦の形容としてよく使われます。

ここで雪舞は、つと、隣の福姥にお茶を渡します。もらって飲んで、お茶碗を返す福姥の様子が実に良い演技なんでご注目くださいませ。

福姥が、自己紹介した通りの人ならば、ご主人からお茶をいただいての一連の動作は、全くお作法にかなっていませんが…。

でもここの思い悩む雪舞の態度がとってもカワイイから、おじさん、許しちゃうぞ!(←ダレ?)

おじさんじゃない福姥は、とっとと仕事を始めますが、ここでベッドの様子が映りますのでご覧になってください。掛け布団は筒状にして奥に寄せてありますね。これは第2話(→こちら)で四爺がやっていた方法と同じです。

ベッドメイクをしようとして咳き込む福さんのために、雪舞が取りいだしたるは一枚のハンカチ。
おや、これって、四爺を救った例のハンケチですかね。

感激する福姥には悪いけど、ちゃんと消毒したのかな〜、と、つい思っちゃいますよね。

そうこうしてるうちに約束の酉の刻、すなわち夕飯どきになり、いよいよ第一ラウンドの開始です。

この重要シーンの四爺がまた眠そうで…せっかく料理を作ったお嬢様方が、この人大丈夫…?という不安のまなざしで見つめる中、プレゼンテーションが始まります。

婁〈ろう〉将軍家のお嬢様が作ったお料理は、次のようないわくつきのもの。

“南齊書 虞愿傳 載 宋明帝 素能食”
(《南斉書》の虞愿伝には、宋明帝が平素は健啖家であったと伝えております。)

ってことなので、《南斉書》の該当箇所を見てみましょう。

列伝第34巻 良政
帝寢疾,愿常侍醫藥。帝素能食,尤好逐夷,以銀缽盛蜜漬之,一食數缽。謂揚州刺史王景文曰:「此是奇味,卿頗足不?」景文曰:「臣夙好此物,貧素致之甚難。」帝甚ス。食逐夷積多,胷腹痞脹,氣將絕。左右啓飲數升酢酒,乃消。疾大困,一食汁滓猶至三升,水患積久,藥不復效。大漸日,正坐,呼道人,合掌便絕。愿以侍疾久,轉正員郎。


(南朝・宋の)明帝が病に伏せっていたとき、臣下の虞愿はいつも薬を持って控えていた。明帝は平素から大食いで、ことに“逐夷”(えびすを平らげるの意)が好物だった。銀製の器ではちみつ漬けにし、何杯も平らげた。王は、楊州刺史(長官)の史王景文に言った。「これなる珍味を卿は飽きるまで食べたことがあるかね」王景文は答えていわく、「昔からの好物ですが、貧しくてなかなか口にはできません」。帝はこれを聞くと大変喜んだ。“逐夷”を食すること重なるに及んで、腹は膨らみ、息も絶えそうになった。周りの者が酢酒を勧めてようやくこなした。病が重くなっても、一度に三升のかす汁を飲んだ。水膨れになり、薬も効かなくなった。いよいよの日、正座し、僧侶に声をかけ、合掌をすると息絶えた。虞愿は長らく病床の傍らで仕えたので、正員郎に引き上げられた。)

長々と引用しましたが、“逐夷”すなわち、「異民族を追い出す」という意味のこの食べ物、確かに将軍家にはふさわしい名前ですが、いったい何なんでしょうか。

これは、魚の浮き袋か、ワタを塩漬けにした食品のことらしい。香港ではいまでも、魚の浮き袋を使ったスープはご馳走として高級レストランで供されます。

しかし、ここは内陸の鄴のみやこ。魚は遠くの沿岸部から運んでこなければなりません。四爺は、そんな浪費はお気に召さないようです。

他のお嬢様方の料理も似たり寄ったりで教養をひけらかしつつ、高価な材料を使った手の込んだもの。四爺は礼儀上、丁寧な態度は崩しませんが、いささか食傷気味の様子です。

対して鄭児は、豪華に金箔を散らしているとは言え、お粥を作ってきます。

雪舞が福姥からアドバイスをもらってようやく気付いたことを、自分で(たぶん)思いついたところに、頭の良さをうかがわせますね。しかも、シンプルなおかゆの中にも“学問”(道理)がある、と《名藥列錄》を引用するなど、教養の高さも伺えます。金箔を散らしたのも皇太后の健康を慮ってのこと、と披露。

本当に皇太后のためを思って作ったとおぼしきこのお料理はお気に召したらしく、四爺は初めて褒めたあとに、鄭児の切り傷を見て、愛用の傷薬を差し出します。

恩を受けたら必ず返す、という四爺の行動原理が行動に現れていますよね。しかし、脈のない人に優しくするというのは、一番罪作りなように思うんですが、まあ何ていうか、お父さんのDNAですかね…。

その有様を目撃した、同じDVAを受け継いでる&女の扱いに慣れてる五爺の、ものすごく何か言いたげな表情がナイス演技です。

お料理の紹介も終わり、いい加減締切時間が過ぎたころに、雪舞が飛び込んできます。

持ち込まれた料理らしきもの(?)を見て、五爺はひとこと。

“這三碗混濁的東西它 也是粥嗎?”
(この三椀の混濁した物体は…これも粥か?)

いえ、違います!
♪ ♪ ♪
ここで、せっかくテーマソングも流れたので、「雪舞さんの30時間クッキング!」と行きたいとこですが、時間がないので説明ははしょらせていただきます。

ちなみに、3分クッキングのテーマソングはクラシック音楽のアレンジですが、「きょうの料理」の方のテーマソングはオリジナル。「のだめカンタービレ」で、ストラビンスキーの「ペトルーシュカ」とまぜこぜになってしまい、結局コンクールに失敗する原因になった、あの着メロの曲です。資料を見たら、何と作曲者は電子音楽の雄・冨田勲先生でビックリ。

「未来少年コナン」の池辺晋一郎先生とか、「赤毛のアン」の三善晃先生とか、贅沢な作曲家の人選してるな〜と思う番組は多々ありますが、意外性では「きょうの料理」はピカいちでした。

おっと、放置しちゃいました雪舞の30時間クッキングの成果物の方ですが、、濁り湯…いや混濁スープのうち、セロリ(キンサイ)のスープ、ナシとリンゴのスープはともかく、バナナのスープは、はっきり言ってその当時、婁将軍家のお料理より材料の入手が困難だと思うんですが…。

80年代に入ってからさえ、長距離列車に乗り合わせた北中国の人に南中国の人が、持ってたバナナをすすめると、止める間もなく皮ごと食べちゃった、という実話がございます。つまり、一般の中国の人にとってバナナとはごくごく最近まで、それほどまでに珍しいものでした。

中国ばかりじゃございません。日本でも以前はバナナが珍しく、台湾から輸入される貴重品だったと聞いたことがあります。

たぶん、この脚本家はバナナが身近にある、台湾の方なんでしょうね。中国側のスタッフも気づきそうなもんだけど、こだわるポイントでもないから、スルーしちゃったのかな…。

それとも、皇太后さまの高貴な身分に合せて、豪奢な材料を使ってみたのでしょうか??

日本語はその辺、漢字を音読みしてるので何となく漢方薬っぽくなって上手く誤魔化してますね…。

次のセリフも日本語は、
「お通じが滞りやすいけれど、これを飲めばたちまちスッキリよ」
と言っていますが、中国の方は、もう少し分かりやすい表現になっております…ま、ここでご披露するのは遠慮しておきましょう。

そして、スープの効能について述べるくだりは、薬売りの口上みたいです。
“胸悶頭疼芹菜湯 
清喉化痰水梨蘋果湯
如廁困難香蕉湯”

(胸のつかえにセロリスープ、のどのイガイガにナシリンゴスープ、お通じすっきりバナナスープよ)

そこへ、先ほど博学なところを披露した鄭児がコメントします。
“雪舞姑娘真是博學啊”
(雪舞さまは本当に博学でいらっしゃるのですね)

そのあと、含みがあるのかないのか、もう一言付け足します。
「だけどこれだけではお腹が空きませんか?」

すると雪舞はこう返します。
“如果單指要吃飽 那些還不夠嗎?
(もしお腹を満たすというなら、そこにお料理がたくさんあるでしょう?それでは足りない?)

自分が作ったのは、消化によくてもたれないもの、と説明する雪舞に、五爺は興味深いけど、どうやって考え付いたアイディアなの?と聞きます。

雪舞が、四爺が手配してくれた“福佬”からは、いろいろ学ぶことが多かった、と答えますが、そこで分かったのは、この見た目は超地味なスープ“養生湯” のアイディアソースである「乳母」“福佬”は3年前に亡くなった、ということ。

“奶娘”(乳母)なのに“佬”(ばあや)なんだ...20歳で乳母をやってたとしても、20年数年後に「ばあや」はヒドイですよねぇ。

四爺、ひょっとしてご自身の年齢、サバ読んでないですか?

と、日本語はサバ疑惑を回避するためか、「世話係」にしてますね。ナイス補足。

おっほん、それはいいんですけど、自分で言わないまでも使用人からヒントを言わせるなんて、ずいぶんエコヒイキですよねぇ。

それでは、ここで、エコヒイキがトレードマークの方にご登場いただきましょう。
幼少の頃よりエコヒイキ人生を歩んで来られた、ウィリアム・フォンさんです。

引き続き、今度は今年(2015年)3月1日のインタビュー番組、《非常静距離》、https://www.youtube.com/watch?v=JpdzH63FP2Aから、ご覧ください。
検索エンジンによってはヒットしないことがあるみたいです。Googleだと見られました

李静(リー・ジン)
馮紹峰(フォン・シャオフォンFeng Shaofeng/ウィリアム・フォン)

6:42から
:今日は他にも可愛いゲストをお呼びしています。さ、拍手でお迎えしましょう。
:マダ兄貴!
:じゃ、紹峰に紹介してもらいましょう。
《后会無期》のマダガスカルです。
:(客席に)覚えてる?映画《后会無期》(邦題「いつか、また」)見ましたか?
:マダ、お手。ほら、お手。
(伏せてしまう)
:なんだよ、僕と握手したくないのか、うん?
  食べ物をこっちにもらえる? そしたらお手すると思うから。
  …マダ、ご覧、何持ってるかな?
(投げると食べるマダ)
:いいぞ、さ、お手だ。
:動物ってホント可愛いわね。
(やっとお手してくれる)
:紹峰、この子との撮影時のエピソードを教えて。
  そのときいくつくらいだったの?ちっちゃかった?
:僕の手に粗相しただろ、覚えてる?
:イヌは人間の手にウンチなんかしないもんでしょう…
:仔イヌだから。
 (客席:笑)
  マダ兄貴、水飲もうか。
  飲んで飲んで。いいから。
 (自分のカップから水を飲ませる)
:慌てないで。
:どう、オオカミに似てない?
:ええと、ハスキー犬はちょっと似てますよね。
:次のゲストにもそのカップ使ってもらうわ。
:僕の水、全部飲んじゃった。
  じゃ、李お姐さんのも飲もうか。
  (引っ張って向きを変えようとするが、全然無視される)
:おすわり、おすわり。
  (座る気配すらないマダガスカル)
:このままじゃメンツ丸つぶれよねえ…。
  全然聞いてないわ。
:おすわり。
  (全然聞いてない)
  わかった。僕が座るよ。
  (ソファから下りて、スタジオの床にあぐらをかくウィリアム)

:オオカミだって馴らしたっていうのに…。
  この犬とオオカミって…
:全然違いますよ。犬は人を主人だと認めるけど、あ〜もちろん、彼は僕を主人とは思ってませんけど(ウケる客席)、だけど、
:見てあの絵づら。笑っちゃうわ。
:オオカミは友だち止まりです。(マダに)いいから、もうおやめ。
  探したって食べるものはないよ。落ち着け。
:そうやってずっとイヌと話していられるの。
:僕…バカみたいですよね…?
:草原地帯から帰ってきてからずっと、
:(マダに)こら、その花は食べられないぞ。花をむしっちゃダメ。
  内モンゴルから帰ってきてからっていうもの僕は、動物と付き合う術を身に着けたっていうか、特にオオカミとはですね、(と、表情が固まる)
:お飲み。
  (李お姐さんのカップからも水を飲むマダ)
:李お姐さんの水は僕のよりちょっと甘いだろ。
:舐めちゃいなさい。…行っちゃった。
:行っちゃった。
:ご主人様を探しに行ったのよ。バイバイ。
:さあ、李お姐さん、お水をどうぞ。
  (マダガスカルが舐めたコップに水を注ぐ)
:あなたこそ、どうぞどうぞ。
:李お姐さんも飲まないもの、僕も飲まないぞ。
:悪い人ねぇ…。

(ナレーション:馮紹峰は上海・万航渡路の古い路地裏で生まれました。幼いころから多芸多才で、幼稚園時代から舞台やコンクールに出場、数々の賞を受けました。芸術的な環境に恵まれて育ったおかげで、高校三年生のときに芸術系の入試を受験して、上海戯劇学院にストレートで合格しました。)
*
万航渡路ですか…ホントに街の真ん中ですね。
*
:今回は非常に彼を良く知っているクラスメートをゲストとしてこの場にお呼びすることができました。
  いきなり出ていただきますけど。
:いきなりですか。
:あなたは…大学時代に女子学生と恋愛経験がありますか。
:(すごく微妙な表情)
(客席:(冷やかして)おぉ〜!)
:あるいは、誰かが秘かにあなたに恋していたとかは?
:それは、知りようがないですね。
(客席:バカ受け)
:じゃ、誰かを秘かに恋したことは?
:(こずるい表情で)それは、言えませんね。
(客席:バカ受け)
:それでは、クラスメートですけど、もうすくこの場に現れますが、
 3つまで質問して良いですよ。私はイエス、ノーでお答えします。
 当てられるかしら。
:男性ですか?
:イエス。
(ウィリアムのアップにかぶせて)
:この場に女を呼べると思うの?
(客席:バカ受け)
:二つ目の質問。
:僕と寮は同室でしたか?
:イエス。
  同じ部屋だったかどうかは知らないけど、同じクラスです。

*
今は違うと思いますが、以前、中国の大学は全寮制でした。ウィリアムは地元出身ですが、それでも寮生活だったんですね。

話の省略した部分に出てくるのですが、寮の建物が地元の人とそうじゃない人用に分かれていたようです。ただし、彼は授業が終わると寮には泊まらず、バイクに乗ってさっさと家に帰っちゃってたらしい。大学でおとなしくしてた彼は、名前ではなく、「授業が終わるとバイクで帰っちゃう人」と認識されていたそうです...。
*

:…じゃ、この質問はナシでいいですか。
  同じクラスかなんて、聞く必要ありますか。
(客席:バカ受け)
:じゃ、三つ目の質問。
(唖然とするウィリアム)

:男性で、あなたと同じクラスで…
:同じクラスっていうの、質問にカウントしないでもらっても…?
(未練がましい態度に客席大ウケ)
:だって…ク・ラ・ス・メ・ー・トを呼んだんですよねぇ?
:そうですよ…。で、三つ目の質問ね。
  もう一つ質問できますよ。
:(あくまでも食い下がる気)クラスメートだって、あなたが言ったんですよね?
:そうです!
:だったら二番目の質問はナシでしょう!

*
このくらいのことで何をムキになってるのでしょうか…。
でも皆さま、分かりましたか。実は、彼はそーとーな負けず嫌いですよね、私の見るところ。の割に、ふにゃふにゃとツッコんでくるので、攻撃されている相手すらそうと気づかないあたり、タチが悪いわ…。
*

:わかった、じゃもう、あなたが当てられるかどうか、やってもらおうじゃないの。
  ほら、質問質問。
:僕と同室…あ、知らないのか…
:違います。
:違うんですね。
:僕とクラスメートで同室じゃなくて、しかもしょっちゅうこの番組に登場する、

*
ウィリアムが、刑事さんばりにものすごく真剣に聞いているのが笑えるんですけど…
*

:皆さん、よくご存じの男性スターと同室でした。
  クラスメートの佟…あの、目が細い…
(ウケる客席)
:佟大為。
:そう、彼と同室だったんですよ。
:佟大為のところは三人部屋だったんだ。その三人のうち、可能性があると言ったら、委員長しかいない。
:それは誰か、もう聞かなくてもいいですね。皆さん、拍手でお呼びしましょう、
  そうです、彼は、クラス委員長さん!
:馮師!

*
中国では、俳優さんや漫才師など、演芸関係の仕事をしている人に対しての敬称は、学校の先生への敬称と同じで“老師”といいます)
*

:(陝西なまりで)任山(レンシャン)!
(ハグする)
:委員長さん、ようこそ!
  あなたのドラマ、最近人気爆発ですね。
  彼、(《武媚娘伝奇》で)魏王を演じてるのよ、観てます、みんな?
(客席:観てる〜!)

(中略)

17:30ごろから

*
当時、クラスで誰が一番イケメンだったかという話になって…
*

:あのころ、一番イケてたのは厳寛(厳屹寛)だと思う。
(客席:おお〜っ!)

*
厳屹寛は、ウィリアム・フォンとヤン・ミーが出演したテレビドラマ《宮》で、現代でのヤン・ミーの婚約者を演じた人。最初と最後の回に登場します。彼は、確かに正統派の二枚目ですね。
*

:彼も確かに二枚目だ。だけど、この人(ウィリアム)も二枚目で、品格が違うもんな。
:佟大為もモテたよね。
:特にあの胸板がね…。
(客席:バカ受け)
*
そのあと、同窓生の暴露ビデオが登場。
*
(ビデオ:楊結宇)
:彼はね〜、クラスの中でも飛びぬけてイケメンだったの。
 それにね、普段もすごくオシャレに気を遣ってて、外出するときもバチッとキメないと気が済まないの。特に印象に残ってるのは、僕らの時代だとムースとかって、誰もが持ってるわけじゃなかったんだけどさ、紹峰は持ってたんだよね…外出するときは髪型とかキッチリしてさ…

 もう1つ印象に残ってるのは、オートバイのライダーが着るようなスーツね、物凄くピッタリしたやつ、ハイウェストの。アレを着て、凄くカッコ良かったな。
 出かけるときは小ぎれいにしてライダースーツ着て髪にはムースでしょ。
 見たとこ、なんだか弱っちい書生みたいなのに、あの大人しそうな外見の下のハートは、結構大胆でね。

 大学一年のときに、発表会があったんだけど、マイケル・ジャクソンを踊ってさ、ステージの下のクラスメートは男女を問わず熱狂してたね。ダンス、凄く上手かったよ。

*
ふ〜ん、そーなんだー、と、他人事みたいに聞いてるウィリアム・フォンですが、そんな特技があったのかとしっかりディレクターにチェックされた模様で、2016年の旧正月に「西遊記」のプロモでテレビに出演したとき、しっかり踊らされてました。

おっ、出来るじゃん、ムーンウォーク!

ってことで、気になる方はこちらからご覧ください。
《王牌対王牌》という対決番組で、《西遊記》チームの一員として32:20秒ごろから踊ってます。
https://www.youtube.com/watch?v=biervrdaw4U&feature=youtu.be

ちなみに、その直前に、アーロン・クォックご本人の目の前で、彼のヒット曲《對你愛不完》を歌わされる&踊らされるという、罰ゲームか?なシーンもあります(すごく上手いけどね)ので、気になる方はついでに30:00くらいからどうぞ。

*

:良く覚えてるわねえ、彼。
:彼が僕と同室だったんですよ。
:一緒に寝てたんですよねー。
:ムース持ってたとか覚えてるのねぇ〜はは!あの当時ね。
:任山だって、使ったことあるって言ってますよ。
:オレはこっそり失敬したの…ゴメンな。
:道理で、そう言われて僕、どうして覚えてないのかなって思ったよ。
:お前がいるとこで使うわけないだろう。
:ムースって、あのプシューって白い泡が出るやつ。
:そうです。
:持ってる人は珍しかったわ。
:その通り。
:紹峰のスゴイこと。革のジャケットとかどうやって手に入れたの。
:淘宝(中国のオークションサイト)で。いや、当時はまだ存在してなかった(笑)。

:まだその服のこと覚えてる?
:覚えてますよ。ハッキリとね。ライダー用のジャケットって黒もあるけど、彼のは色がついてて、二本線がね。
:あら、全部覚えてるのね。
:肩が盛り上がって丸くなってるやつね。
  彼は痩せてるんで、着るとピターっとしてて、それにジーンズね。
  それから、ハイカットの黒いブーツ。とにかくカッコいいの。
  注目の的だったんですよ。ヤマハの250を転がしてさ、見ない女はいませんよ。
  妬けるね、ホント、妬けますよ。
:私はてっきり、男性は女性しか眼中にないのかと思ってたけど、
  男のこともしっかり見てるのねぇ…。
:誰だって好きでしょ、綺麗な顔して足が長かったらさ、オレだって好きだもん。
:彼だって、足は長いですよ。

:紹峰、当時、あなたを追っかけてた女の子、たくさんいた?学校で。
:いませんって。(任山に)いた?
:この人(ウィリアム)はね、絶対いますけどね、あまり口を利かなかったんで、たぶん、女の子たちは近寄り難かったんでしょうね。
:女の子にジョーク言ったりふざけたりはしないの?
:ないですね。取り澄ました感じでね。実働部隊はオレらだったんで。
:(はは〜ん、という感じで任山を見る)
:学校ではどんな学生でした?
:はにかみ屋で内気でしたね。すぐ顔が赤くなるし。
:僕は実際、目立たなかったと思います。学校では。
  あまり目に止めた人もいなかったんじゃないかと。
:この頃はわざと目立たないようにして誤魔化してたんですよ。
  やや、気が小さかったですからね。
  シャイでしょ。女の子のこと話題にすると、すぐ顔が赤くなるんですよ。
  先生に注意されても顔が赤くなるし。
:学生のときの恋愛っていうと大学じゃなくて、中学(中国で中学というと、高校も含まれます)のときです。
  だから大学のときにはない…
:だけど、大学のときに良い感じだった女子もいたんですよ。あの二人、付き合ったらお似合いだな〜って感じのがね。覚えてる?
:(考えている)
:だけどもう結婚して子どももいるからさ。やめとこ。
:な〜んだ。
:こっそり教えてあげてもいいよ。
:こっそり教えて(笑)。
:(耳打ちする)どう。
:ああ、彼女(顔が赤い)。
:だもんで、当時はよく彼女のこと話題にしたんですよ。
  ひとつには、二人がくっついて欲しかったからで、もう1つは、赤くなるのが見たかった(笑)
:(赤くなっている
:だけど、そういう性格が、俳優をやるには良い方に働いてるかもしれないわ。
  妙にすれた感じもしないし、ずっと気が張ってる感じを保ってるでしょう。
  私とだって知り合って割合長いのに、それでもちょっと緊張してるものね。
  こういう気質は、俳優をやっていく上では大事よ。
:任に、さっきマダが舐めたカップを勧めている)
:(にっこりして)飲んでもいいんですか?
:いいですよ。さっき、あなたが恵みの雨を降らせてくれて、だいぶ持ち上げてもらったから、ここは水を飲んで頂こうっていうことなんでしょう。
:(飲んで)ありがとう。

:彼の実家は結構金持ちで、僕らを家に呼んで、すごいご馳走を振る舞ってくれました。あのとき君んとこのおばあちゃんもいたよね。おやじさんも。

*
この話題が出たときのウィリアム・フォンの手つきを見てください。やきもきしている気持ちが手に現われてるような…。

実は彼には、ものすごい資産家の跡取り、という噂が付きまとっており、ここでいきなり、真実を知るクラスメートが何か暴露するのではないかと焦ってる、ようにしか見えないからヤメた方がいいのに、その動作(笑) 
*

 (中略)
:あのときは10数人…20数人…のクラスメートが一斉に家に来て…あのころ家を買ったばっかりで、小さな家で100平米ぐらいしかなくて…

*
上海で100平米だったら十分大きいよ!!と思うのは、私がウサギ小屋に住んでるからでしょうか。
でも四爺のウサギが住んでる小屋は絶対、私んちより大きいと思いますけどね(僻み)
*  

:部屋にはまだ何もなくて、テレビが一台だけ。それで、クラスメートを呼んでパーティーしたんだけど、テレビを見て、みんな手足を投げ出して、そのまま寝ちゃった。次の朝、父が入ってきたら、床にはいきなり、数十足の靴が…!
:いったい何のパーティーなんだよ。
:父はへなへなと崩れちゃいました。だってドアを開けたら僕たち全員、雑魚寝してるんだもん。
:そりゃまた印象深いわね。しかも部屋にはテレビしかなくて。あなた方、その、ドキュメンタリーを見るパーティーしてたわけね。
(意味ありげに笑う)

:では、お次の暴露VTR参りましょう。

(ビデオ:楊蓉
:彼はボディシェイプ(基礎的な身体訓練のことです)のクラスはあまり得意じゃなかった。
  ですけど、先生方は彼が特にお気に入りだったんですよ。
  彼にはね、上海語でいう、“搗漿糊”(むにゃむにゃとごまかす)ってワザがあるの。
  たとえば、宿題やってないとするでしょう、私だとしたら、良くて、「私やってきませんでした」って言って、怒られるときは怒られるって感じなんですけど、彼だとね、「僕、やってきませんでした。先生、僕ね、どうしてやって来なかったかって言うとね…」ってこうムニャムニャっとね、
  おしまいには先生が、ああ、いいから、次やってくればいいのよ、って。
  彼にはこういう特技があるの。

*
“搗漿糊”(ダオジャンフ/dao jianghu)!これ、上海語なんだ..? 昔何かの本で見た気がするけどこんなところで再会しようとは。ウィリアム・フォンは、常にこのワザ、愛用してますよね〜。

2007年に、彼は《虎山行》というテレビドラマに出演します。武侠世界の実力者にして人徳者・容蒼海〈ロン・ツァンハイ/Rong Canghai〉の跡取り息子・容寛〈ロン クァン/Rong Kuan〉の役どころ。

カンフーの師匠の家に生まれた容寛ですが、正義感あふれる好青年ながら、甘ったれで何事も親がかりのドラ息子。それなりに武術もできるのが間違いの始まりで、やることなすこと親や周囲に大迷惑を引き起こしてしまいます。

その彼が、武芸百般にもまして使い手なのが、甘えてワガママを通そうとする、この“搗漿糊”のワザ。まさか、ご本人も得意技だったとは…!!(←呆れている)

《虎山行》は80年代の香港ドラマのリメイクなうえに、全国放送じゃなかったみたいでそれほど話題になっていませんが、民国期を舞台に、広東省の佛山そして上海を行き来する、スパッと単純明快な物語、武林にその名を轟かす2人の達人・容蒼海と姜鉄山役の2人ののシブい演技や、脇を固める名優たちの熱演も見どころで、気に入っている作品です。

ウィリアム・フォンは、たま〜にオーバーアクトな時もありますが、自然な演技でなかなかハマり役だと思います。

日本語のDVDが出ているかどうか、ちょっと分からないのですが、中国語は全巻セットのDVDがあります。参考URLはこちら→http://www.yesasia.com/global/%E8%99%8E%E5%B1%B1%E8%A1%8C-dvd-%E5%AE%8C-%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E7%89%88/1023596871-0-0-0-zh_CN/info.html(私は利用したことがないので、もし購入される場合は
申し訳ありませんが、自己責任でお願いいたします)

と、何の話でしたっけ? そうそう、ご本人さまの必殺技の話でしたね。

*
:彼女の「ぶりっ子(するウィリアム・フォン)のマネ」がカワいすぎる。あなた、よくぶりっ子してたの?認める?
:ないです。あった?
:あるだろ。
:(爆笑)
:(苦笑いして頷く)
:委員長さんがあるって言うならあるのよ。
:彼の性格にもおかしなところがあるんですよ。パッと見はね、
:(何かヤバいことがバレそうと悟ったのか、必死に阻止して)
  そうそう、思い出した。その、その先生が、僕にはすごく…
:お気に入りでしたね。
:特に李莉先生。実は入試のときに、特にひいきしてくれたんですよ。
  どういう理由だかわからないんだけど、僕が踊ったマイケル・ジャクソンに惹かれたのかも…
:魅入られたんだな。
:実は僕、ダンスを習ったことがなくて全然できないし、股関節が硬くて、開脚ができないんです。それで、入試のときに、三次試験だったんですけど、全員で180度開脚するっていうのがあって、僕はちょっと…角度が足りなくて…他の人は左右開脚とか前後開脚とかできるのに。そしたらボディシェイプクラスの先生が、まったくあなた、紹峰、試験のときにジーパン穿いてきちゃダメでしょ、ごらんなさい、開脚できないじゃないの。
(客席:笑)
:(笑)
:って一言。
:ハシゴを掛けてくれたわけね。
:それで通りました。
:えこひいき過ぎる。
:入学したあと、レッスンで頑張って練習しましたよ。だって先生に…
:実はテストのときだってジーパンなんか穿いてなかったんでしょ。濃い青のストレッチパンツを穿いてたんじゃない? それでも開脚できなかったんじゃ?
:とにかく、何を穿いてたにしても、できませんでした!

*
ウィリアム・フォンはほかのインタビュー番組(《鲁豫有约》)に、同室だったクラスメートと一緒に出てるのですが、ストレートで入学した学生は皆、このクラスがダメだったようです。戯劇学院は、1年生のときの学年末の試験の成績が悪いと退学になるらしく、放課後必死で練習したと2人は言っていました。

開脚が出来なきゃ、カンフードラマの役なんて受けられなかったでしょうよ。先生に感謝しないとね…。それにしても、中国で役者になるなら、歌やバイオリンはもちろん、カンフーも練習しとくに越したことはなさそうですね。

どうやらドラマでは、えっ、こんな人も使い手だったの ? みたいな意外性が求められるようなので、一見できそうもない人ほど抜擢されがちらしい。

それにしても、幼稚園時代から、何でも文字通りの「顔パス」だったウィリアム・フォンのエコヒイキ人生。ここまで来るとあっぱれ。
*

:(大笑い)紹峰は学校では他に、どんな風だったの?
:彼はやっぱり、よく勉強した方だと思いますね。何せ、“重点高中”の出ですからね。

*
“高中”というのは“高級中学”の略で、日本の高等学校に当たります。

“重点高中”というのは昔の呼び方で、現在は“示範性中学”というそうですが、要は進学校のことで、現在では上海市内に53校あります。ずいぶんたくさんあるように感じますが、高校進学率ほぼ100パーセントの上海において上位10パーセントくらいの生徒が合格するとのことで、狭き門には違いありません。

特に、ウィリアムが通っていたとされる高校は、“示範性中学”の中でもさらに市内に28校ある“実験性示範性高中”の1つに指定されているほどなので、相当なエリート校と思われます。

ウィリアムが受験した当時はまだ一人っ子政策の時代じゃなかったから、きっと結構な競争率だったことでしょう…。
*

:成績面での「おかしら」ですね。
“重点高中”の出なの。成績は良かったですか、当時。
:絶対良いです。
:ええっと…“重点中学”の中では悪かったです。
(客席・笑)
:だけど、大学では、
:成績は良かった。
:だって、ほとんどの人は、高校から直接進学するわけじゃないですから。
  芸術系の大学は。
:社会人で受ける人が多いわよね。
:自活したり、社会経験を積んでますからね。
  彼はクラスでは文系の成績トップでした。だけど他の人に比べると、歳も若いし、社会人経験もないので、短編を作るなんて課題の面では不利で、先生に年かさのクラスメートに話を聞いて来いって言われて僕のところに来てましたね。
:そしたらいつも、怪談ばっかり聞かせてさ。
:怖がらせたかったの。
:夜、怖かったよ。
:彼は良い子で大事に育てられたからね。さもなきゃそんなに色白のはずないし。

(中略)
28:28ごろから

:なんで彼に陝西方言を教えたかっていうとね、彼も僕らの荒くれた、ワイルドな雰囲気を身に付けたかったんでしょうね。それに僕らもときどきは、彼のお上品なところから引きずり下ろしたかったの。だって、絶対マネできないですもん。育った環境が丸ごと違いますし。

*
陝西省は中国の西北寄りにあり、中国では“北方”(北中国)出身の人はガサツで乱暴者、“南方”(南中国)、特に上海や蘇州など江南の人は優雅で気取り屋というイメージがあります。

この違いはもちろん、気候風土によるものなんでしょうが、蘭陵王の時代、つまり魏晋南北朝の時代に、江南地方には「六朝文化」と呼ばれる貴族文化が栄えたこととも無縁ではないと私は思います。その時代から現代まで脈々と続く伝統の力は、やはり無視できないんじゃないでしょうか。
*

:ホントに皮肉ね。それで《狼圖騰》(神なるオオカミ)を演じたんだから。あの乱暴な(笑)。
:絶対、僕らが教えたおかげだと思いますよ。ねえ。
(客席、大拍手)

(中略)
:僕ら、彼のことを陰で“十万个为什么”(10万回のなぜ?)って呼んでました。
  いつも聞いてばっかりいるんで。「なんでそんな風にするの?」
  「なんでそんな風に着るの?」「なんでそんな風に食べるの?」

*
“十万个为什么”というのは、中国では誰もが知っている児童書シリーズのタイトルで、「なぜキリンの首は長いの」とか「なぜイギリスの裁判官はかつらを被っているの」とかっていう素朴な疑問に短いエッセイで答える形式の科学読み物のことです。
*

:そうだっけ?
:質問ばっかりで。
:いま、思い出した。
:思い出したの(笑)。
:自分を解放する、というワークショップで、動物を演じるっていう課題のときに、やっとそれが出来たの。そういえば、演じたのはオオカミだった。 

(中略)

*  
このあと、馮紹峰が演じた喜劇のVTRが流れる。「面白い」って言葉がありますが、中国の劇では伝統的に、顔を白く塗ってるのは笑いをとる役の人なんですよね
*

:卒業したあとはどうしたの?
:実は、僕たち同じ職場だったんですよ当時。
:どこ?
:「上海話劇中心(上海現代劇センター)です。
:それはすごいじゃない?選ばれたわけでしょう?
:それはそうですが、僕たちのクラスからは12人入ったんですよ。
  約半分ですね。わりあい優秀なクラスだったので。それにまあ、割にイケメンで(笑)。
:入ったあとに、紹峰、あなた、性格的に上手くやっていけたの?
:最初は結構大変でした。人見知りしたから。
:うん。
:在学中だって内向的だったのに、人と打ち解けるのが苦手で。
:人に取り入るのがね。
:受け身なんですね、いつも。今でも覚えてるけど、とある監督さんが、本当は僕を起用してくれようとしてたみたいで、隣に座ってね、  
  僕は、監督、こんにちは。
  (監督は)やあ、こんにちは。
  それきり僕、何も言うことがなくて。
:彼は僕たちが普通やってるような、相手と近づきになったり、自分を分かってもらおうみたいな社交的なことがあんまり得意じゃないんですね。
:僕は監督が演じ手を探してるって聞いてたから、絶対、監督の方から、何か撮りたいんだけど…演じるのはこんな役柄で…みたいな話があると思ったんですよ。それにつなげて発言しないと、何だか唐突な感じがするかなと思って。
:それで結局どのくらい黙ってたの。そこに座って。
:じっとそこに30分間、座ったっきり黙りこくってました。
(客席 笑)
:それで、落ち込んだりしなかった? 俳優だったら自分を売り込まないとダメでしょう。
  そうでないとチャンスも来ないし。当時、挫折感とかそんなものを味わったりしなかった?
:いつもクラスメートに頼んでました。皆が撮影に行くので、僕は、
:あら、皆、映画に出たのね。
:いっぱいいましたよ。
:僕は遅かったですけどね。
:僕、自分が一番最後だと思ってた。
:焦りました?
:僕は、何かチャンスがあれば、カメラテストがあるの?連れて行ってくれない?とか頼んで、それでやっと行って、受かったんです。
:でも、それでどうしたの。シャイで顔が赤くなっちゃうんでしょ。どのくらい経ってた?
:それでも、《宮鎖心玉》(宮〜パレス)の後だったと思います。
:だったら、《宮》は? 卒業してどのくらい経ってたの?
:10年でしょう。
:だいたい10年かな。

*
いま気が付きましたが、後ろに流れてるBGM(ピアノ)って、ライブ演奏なんですかね?
話が「宮」になったら、さりげなく、「宮」の主題歌の伴奏に変わったけど…。
スゴイな、無声映画みたいです。
*

:それじゃ10年の間は、俳優をやってはいたけど、ずっと…
:たぶん、知ってる人はいたと思うけど、主演もしたし。だけど、すごく知られてるとは言えなかったと思います。
:そうね、だって当時、私はてっきり、あなたが全くの新人で、ぱっと人気に火が付いたんだと思っていたわ。私はテレビドラマを見ないし…どんだけ忙しいか。
  じゃ、その10年、芽が出なかったのは性格のせいじゃないの?
:芽が出ないって…(苦笑)、そんなの、50本は出ましたよ、《宮》の前に。そんなに出てたのに、あなたもご存じなかったでしょ。
:だからね、クラスメートはみんな俳優でしょう。私もたくさんの俳優さんたちにインタビューしたけれど、心の持ちようがとても大事だと思うのね。
 
 スターになるっていうのは運でしょう。でも、俳優というのは仕事でしょ。自分の大好きな仕事のわけですよね。だから気持ちがしっかりしてないとダメだと思う。クラスメートの中には先に有名になる人もいる。遅れて人気が出る人もいる。

 一方で、一生、さほど有名にはなれない人もいる。だけど、演じるお仕事はできる。
  そこそこのお給料でちゃんと生活もできるわけだから、心がけが大事なのよ。
  委員長さんがおっしゃってたのも、そういうことでしょう。クラスメートの人たちと、いつもそういうお話をされてたんですよね。

:会えばいつも言ってましたね。まずは心がけだよなって。
  彼はね、自分なりのやり方で、いつもきちんと自分を律していました。
  だって僕、この目で見たんですよ。ぼくたちの劇団のジム棟の5階でね、トレーナーの友だちに、毎日トレーニングに付き添ってもらって筋トレしてたんですよ。僕も舞台に出るので鍛えてたんですけど、心の中では、モヤシっ子が筋トレしてどうすんだよって。
(客席:笑)
:だけど一か月経ったら、効果が出てたんですよ。これが努力の積み重ねってやつなんだなと思いましたね。
:トレーニングの成果ね。
:ジムの5階で鍛え上げたと。
:そうですよ。
:(笑)
:(ドヤ顔で)今だって、筋トレしてますからね。
:今も?
:僕、腹筋8パックですから。
(客席:ウケる)

*
なるほどね。皆(←自分)、太っ腹だとかなんだとか言いたい放題言ってるけど(←自分)、あれは腹筋だったんですねぇ…。
*

:あなた、着込み過ぎよ。
:だけど、ここで脱ぐわけにもいきませんよ。
:いいんじゃない?
:(咳払いして、手を振る)
:そりゃ委員長さんの前では無理ですよね。
  見て、委員長の逞しいこと。
:そんなの、そんなの、とんでもないです。
:ぴっちぴちのセーターだって着ちゃうのよ。
:歳も食ってしまいましたので。

:じゃ、ここでお手紙を読みましょうね。
  あなたの、世界で一番大切な方からのお便りです。とても良い手紙なのよ。
  こういうお手紙を読ませていただくのは、いつだって嬉しいですね。
  お母様から。
:(なるほど、といった感じで頷く)
:この番組のためにお寄せくださいました。
  (読む)
  紹峰、ずいぶん長いこと会えないけど、お仕事は順調かしら。
  いつもお前の事を思っていますよ。
  2014年も慌ただしく過ぎてしまったけれど、
  《后会无期》(いつかまた)と《黄金時代》という2本の素晴らしい作品を残してくれましたね。
  南中国で生まれ育った男の子が、
  北中国の荒々しい殿方を演じるなんて
  それがどんなに難しいか、よく分かりますよ。

*  
と、なぜそこへ金髪のお人形さんを抱きかかえた子ども時代のウィリアム・フォンの写真を映すかな?
*

:(読む)
   どんな作品にも精一杯取り組めるのは、どんなときでも挫けない、強い前向きな気持ちがあるからこそ。あなたが日と、よりよく演じ、成長し続けているのを感じていますよ。

   内モンゴルの大草原でロケ地を訪ねて、あなたがたの苦労を直接目にしました。危険を冒して大自然や狼たちと対峙する、常人には想像もつかない大変な毎日を送ったのでしょう。
   母はどれほど心配していたことか。
   この映画が観客の皆さまから好意を持って迎えられることを願っています。
   それと同時に、どんな時でも、健康に気を付けて欲しい。無理をしすぎないで、
   怪我をしないで、あなたを大事に思ってくれるお友達の皆さんを心配させないで。
      
   我が子よ どうかこの一年、あなたが健康で、心安らかに、幸せで楽しく過ごせますように。
   お疲れさま。あなたに感謝している母より。

:わぁ…お母様は何をなさっている方なの? 素晴らしい文才をお持ちなのね。
:(ものすごく嬉しそう)
“戦天闘狼”(天と戦い、オオカミと闘う)ですって!

*
っていうかお母様、“爺們”(殿方)って書いちゃうのがステキなんですけど。
*

:母はいつも…ものすごく大変で劣悪な環境なんじゃないかと想像して心配してるんです。
:俳優さんは大変よね。身体が資本なんだから大事にしなくちゃ。愛してくれる家族のためにも。 
 (深くうなずく)

ってことで、ウィリアム・フォンは怪談が苦手だったんですね〜(←こんなに長々紹介しといて、結論はコレ?)

四爺は、何事もなかったように福ばあやの「幽霊」の話をしてますけど…。

“大費周折趕回來 因為你根本就不想走”
(ばあやも、そんなに手間をかけて戻ってきてくれなくても良かったのに。だって君はまったく出ていく気なんてないんだから)

言われて雪舞は、
「ずいぶんと驕っていらっしゃいますこと。
あなたは鄭妃を迎えて、私は村に帰るさだめなの。」

日本語の雪舞はこの程度ですけど、中国語の雪舞はもっと嫌味たらたらです。

“你少自以為是了這位高長恭公子 我恨不得後天的選妃快點來到”
(あら随分お偉くていらっしゃいますこと、こちらの高長恭公子様は。私はね、とにかく早く明後日のお妃選びが始まればいいのにって思っているの)

ずいぶんな言われようですが、四爺はそれでも優しく雪舞の手を取って、
“我是在無法相信 這雙為了夫婿 親手做養生湯的手的主人願意離開 我看 這手都已經紅腫了”
(信じられないな。夫君のために手ずから「養生湯」を作ってくれた手の持ち主が、出て行こうとしているなんて。ほら、手がこんなに赤く腫れているのに)

ここでもやっぱり、自分のために何かしてくれた人をねぎらうことは、デフォルトなのですね。

その答え、
「自惚れだわ」
という訳は正しいんですが、中国語の字面は相変わらずスゴイですね。
“少臭美”(思い上がるのも大概にしたら)

百叩きの刑に遭うのが嫌なだけ、という雪舞に四爺が、

“你們白山村的女人 說話都怎麼不乾脆嗎”
(白山村の女性は、素直にものが言えないものなのかな)

と言うと雪舞はなぜかつっけんどんに、
“你們村外的男人 一點矜持美コ都沒有”
(あなたがたよその男性こそ自尊心ってものがないのね)

“隨隨便便就可以跨人家氣質都好 長大以後漂亮的都認不出來”
(ひとさまに軽々しく 家柄にふさわしいお心映えだとか、美しく成長されてどなたか分からなかったとか言うなんて)

日本語では、2つのセリフを併せてこんな風。
「お嬢様たちにお世辞ばっかり言って、見た目も中身も娘御みたい」
だから雪舞よ…どこが美人のお姐さんなんじゃい…

しかし、女の人についおべっかを使ってしまうのは、ご本人さまも同様らしい。

《大牌駕到》
https://www.youtube.com/watch?v=3QxeQllrVH4

に似たような受け答えがあるんで笑っちゃいます。

21:10 ごろから
検索エンジンによってはヒットしないことがあるみたいです。Googleだと見られました

司会者が、共演した女優さんたちについて聞いています。

華少(ホワ・シャオ/Hua Shao)
馮紹峰(フォン・シャオフォン/Feng Shaofeng/ウィリアム・フォン)

 :もし彼女たちの中で、「萌え」「悪女」「引きこもり」「男前」を選ぶとしたらどうですかね。
 :「オトコ前」って言ったらアンジェラ・ベイビーでしょう。自分で認めてますもんね。
 :「萌え」は誰ですか。
 :全員、すごく「萌え」ですよ。
 :じゃ、一番の「悪女」は?
 :(即答)「悪女」はいません!

(テロップ:マジあったまいい〜!)

 :共演した女優さんたちはみんな良い人でした。
: (苦笑)むちゃくちゃ上海人らしいな。どこへでも良い顔しようっていう。
   じゃ、引きこもりだったのは?
 :ヤン・ミーだと思いますね。
   だって、撮影してるとき以外は、彼女を全く見かけませんでしたから。
   撮り終わると永遠に自室に籠っちゃいます。

*
あ〜、それは、共演者によって…いや、何でもない。
*

 :じゃ、いちばん優しかったのは?
 :みんなそれぞれに優しいところがありますよ。
 
(テロップ:誰の恨みも買いたくないらしい)

:つまり、どんな時にどう優しいかがそれぞれ違うんです。
   アンジェラ・ベイビーはいつも差し入れしてくれて、
   僕が退屈そうにしてると、自分がやってるゲームを見せてくれたりとか。
   皆が和やかなムードになるように気を遣ってくれます。

(テロップ:アンジェラ・ベイビー :優しい、気遣いのひと)
   
 :ヤン・ミーは僕があまり気分が乗っていないとき、近寄って来てなだめてくれます。
   彼女はエネルギッシュな人なので、ポジティブな気づきを与えてくれるんです。

(テロップ:ヤン・ミー 魂の鶏スープ)

*
おほほ、中華圏でチキン・スープと言えば、滋養を与えてくれるものの代名詞なんですね。
誰かさんも、一生懸命作ってたけど…。
*

:ファン・ビンビンはサバサバしてるというか…。オーラがあるんですよね。

(テロップ:ファンの旦那 強大なオーラの持ち主)

:最近、タン・ウェイとも共演したそうで。
:タン・ウェイとは誕生日が一緒なんですよ。

(テロップ:縁がある!)

:同じ星座なんですね。
:だから僕たちお互いに、何も言わなくても分かりあえるところがあるんです。
  (中略)

(テロップ:タン・ウェイ:心が通じてる) 

*
こういうことしてるから逃げられ(ごほごほごほごほ)えぇ、でも、まー、見てください、雪舞の、ヤキモチ妬いてるとしか思えない発言を聞いてホッとしたというか嬉しそうなこの四爺の表情。

この後のセリフが面白いですよ。
“你 吃醋了? 哎呀,醋意很濃啊。”

直訳するとこんな感じ。
(君は酢を飲んだのかな? おや、ものすごく酸っぱい匂いがするなあ。)

中国語では「ヤキモチを焼く」ことを“吃醋”(酢を飲む)と言います。確かに、胸やけしそう。

ここの日本語は、「香ばしい匂いだ」と上手く訳しました。
私なら、「焦げ臭い」くらい訳しちゃうところですが(笑)、もちろん、ここはちょっとしたヤキモチな上に、四爺には、雪舞のやることが何でも可愛く見えるんですから、プラスイメージの訳語を使うのが正しいですね。

こういうちょっとしたヤキモチは、カワイイもんですよね。

ちょっとした ヤキモチならね…。

そこへ鄭妃が通りかかるんですが(何しに来たの)、ちょうど四爺が、
“我不會要她 即便她是皇后的人”
(私は彼女を選ぶことはない 皇后陛下の人であってもだ)って言っているところだったので、涙ぐんでしまいます。

それにしても、中国のお屋敷って全然プライバシーないんですね。
盗み聞き放題じゃん...。

しかも、不法侵入三昧でもあるらしく、四爺が去ったあと、いきなり現れる韓暁冬。
雪舞に差し出したのは、ボ…おばあ様から預かった、“五色籤”(五色箋)なるもの。

こういう特別な書式があったのがどうかは分かりませんが、“五色”というのは第9話→こちら)でご紹介した、五行に対応する色のことで、 を指します。

画面で見る限りでは、単色の地に、この五色で模様が描いてあるみたい。五行(世の中の根本原理)を表す色だから、神秘的な呪力のようなものが籠ってるイメージなのでしょうか。おばあ様の連れてる鳥も「五色鳥」だし。

「五色」って言われて私がすぐ連想するのは、麻雀牌なんだけど…。

さて、五色で公式文書というと、この場所に縁がある、もう1つの言葉があります。それは陸翽〈りく かい〉という人が記した《鄴中記》〈ぎょうちゅうき〉という本に書かれています。

何代もの王朝の都となった鄴の様子を記した貴重なこの本は、早くに失われてしまったものの、いろいろな文献に引用されて一部が遺っています。

その中に、五胡十六国時代(三国→晋→五胡十六国→北魏→南北朝)の覇者の一人だった石虎〈せき こ〉の浪費と乱脈ぶりを記した箇所があります。

石季龍與皇后在觀上為詔書 五色紙著鳯口中
鳯既銜詔 侍人放 數百丈緋繩轆轤回轉
鳯凰飛下 謂之鳯詔 鳯凰以木作之 五色漆畫 腳皆用金


石季龍(石虎の名で知られる。後趙〈こうちょう〉の武帝〈295―349〉)は皇后と一緒に高殿に登り、五色紙の上にお触れを記した詔書〈しょうしょ〉をしたため、鳳凰の口の中に収めて、下僕が街中を触れて回った。鳳凰は数百丈の赤い縄でウインチにつながれ、回転した。飛翔する鳳凰によって触れられるので「鳳詔」と呼ばれた。この鳳凰は木製で、五色の漆で彩色され、足は金色だった。

こんなことやっているので国がとっとと滅んでしまうのですが、まあ、この時代の人はエネルギー余っていたのか本当にやることがメチャクチャです。それはともかく、この故事から、詔書のことを“五色詔”と呼んだりします。なので、「五色箋」という言葉自体に、権威があるというか、一種の命令的なニュアンスも感じます。

そこに書かれていたのは漢字二文字だけ。暁冬のみならず私も読めませんでしたが、雪舞によるとこれは、Shan qiと読みます。

“山蘄 當歸的別稱”(さんきは、「当帰」の別名よ)

“應當歸去”(意味は、まさに帰るべし)

この二文字は漢方薬の生薬「当帰」〈とうき〉の別名。当は「まさに〜すべし」の意味なので、つまり、帰んなさい、という暗号だってことです。

こんなオヤジギャグでそんな真剣な顔されても…と視聴者は呑気に構えていますが、暁冬は落ち合う場所や時間を決める、と具体的に話を詰めてきます。言われて雪舞は、

“那不就代表我得離開四爺啊”
(それは四爺のお側を離れなければいけないということ?)
と寝言をかまします。

あんたに頼まれて苦労して馬車を探しに行ったんだぞ、四爺のおねだり癖+叶えたら放置の癖が伝染ったのかよ、みたいなことは言わない優しい暁冬は、

“這麼說 你還是捨不得四爺啊 那就留下吧”
(ということは、やっぱり四爺を諦められないんだ。じゃ、残れよ)

と言いますが、雪舞は、

“鄭妃都已經出現了 我更沒有留下的必要了”
(鄭妃もすでに現れたのだもの、私にはますます残る必要はなくなったのよ)

と言います。それを「五色箋」に仕込んだマイクで聞いているのか、ボロ…おばあ様は、

“你該接受自己的命運”
(自分の運命を受け入れなければ)
と嘆息します。

皇太后さま、ボロず…おばあ様、いずれも孫を想う祖母の情が表れた回でしたが、果たしてそんな心遣いが奏功するのか? 

何せ、ここはハロウィーンの渋谷も真っ青な、魑魅魍魎の跋扈する、北斉は鄴のみやこ。いかなる魔物が潜んでいるか分かったもんじゃありません。

その正体は次回、第13話こちらにて!
posted by 銀の匙 at 12:58| Comment(8) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月11日

蘭陵王(テレビドラマ23/走馬看花編 第12話)の1

皆さま、こんにちは。

9月9日の重陽の節句も過ぎまして、いい加減夏も終わったはずなのに、やたら蒸し暑い東京地方でございます。

今年の夏もキツかった。

仕事で2度ほど九州に行きましたが東京の方が暑かった。
(ウワサによれば、北海道の方が沖縄より暑い日があったらしいけど)。

しかし、そんな日々も終わり、何かしなくちゃいけないんですが、相変わらずダラダラと更新もせず、そのうち、ひたいの上に、

けれど けれどで
なんにもしない

みつを


って紙貼られちゃうんじゃないかとビビっている今日この頃です。

封印される前に、先に行きましょう。

第12話ね…(ため息)

この回は珍しく、斉でのシーンしか出てきませんが、思えばこの回から、主人公の蘭陵王〈らんりょうおう/Lanling Wang〉=高長恭〈こう ちょうきょう/Gao Changgong〉=四爺〈よんじいスーイエ/Si Ye〉とヒロイン・楊雪舞〈よう せつぶ/Yang Xuewu〉の困った行動パターンのループが始まるのでありました。

ここまでは、雪舞が四爺を突き放すような事を言うと、四爺はただ困惑するばかりだったのですが、物語の舞台が北斉の都・鄴〈ぎょう/Ye〉、つまりホームに移ったせいか、今度は四爺まで子どもじみた、拗ねたような行動を採るようになるので、だんだんすれ違いが修復しづらくなってくるんですよね…。

こんな展開になろうとは、一桁台の頃は思ってもおりませなんだ。トホホホホ。

現時点では、状況悪化の原因はひとり雪舞にある、と私は思うのですが、しかし、この回の雪舞がホント、可愛いんだな…。おじさん、もう何やっても許しちゃうよ?(←なぜかおじさんモードに入っている

ということで、しぶしぶとですが参りましょう、第12話

今回、かなり長くなってしまいました。
いい気になってトーク番組を紹介してたら結構なボリュームで…。あまり記事が長いと読みづらいので、2回に分けてお届けいたします。

前回のお話(第11話)は→こちらへどうぞ。

前回は、蘭陵王一行が北周との戦いから凱旋し、洛陽での皇太子主催の祝賀の宴も終わり、都に帰って、帰宅もせずに朝議に出席したところ、戦勝報告の席で「正妃選び大会」の話が降ってわいた、ってまるでゆかの後方伸身宙返り4回ひねり(シライ)のような展開になったとこまででした。

さて、いきなり登場、「蘭陵王府」(蘭陵王の邸宅)。
正面にはど〜んと「朱雀」のマーク。
周の禁衛軍のマークは「黒色馴鹿」でしたが、斉のマークはコレらしい。蘭陵王のマントにも描かれていましたね。

ちなみに、ドラマでは北周のマークは“馴鹿”(トナカイ)になってます。

は、北周のナショナル・カラーでしたね。それは史書に記載があるんですが、マークの方は、本当に“馴鹿”だったのかどうか、資料は見つかりませんでした。

ただ、彼らのルーツである“鮮卑”〈せんぴ/Xianbei〉族のトーテムは、確かに“馴鹿”だったらしく、中国の「中国林業網」(http://zgslgy.forestry.gov.cn/portal/slgy/s/2328/content-514344.html)の説明によりますと、鮮卑族はもともと、現在では大興安嶺〈だいこうあんれい〉と呼ばれている、トナカイが棲息する場所に住んでいて、そこを「大鮮卑山」と呼んでいたらしい。

鮮卑族は、紀元2世紀ごろに南へ大移動を開始しますが、それを先導したのも“馴鹿”だった、ということで、マークにも採用されたのでしょうか。

牛に引かれるのは善光寺参りですが、トナカイに引かれるのはサンタと相場が決まっています。

てことは、あの人もサンタの一味だったのか。

黒い衣装のブラック・サンタはちとイヤですが、実際のとこ、クリスマス前には「深夜残業」や「サビ残」必須ですからね…。

ともあれ、いまでも大興安嶺のあたりにはトナカイが棲息しており、少数民族であるエヴェンキ族が、トナカイを家畜として生活しているそうです(別にプレゼントを配って歩いているわけではないと思いますが)。

一方、北斉のマークが“朱雀”〈すざく/Zhuque〉なのは、高洋の墓の壁画に、でっかい朱雀の絵が描いてあったからなんでしょうかね…?(「中国新聞網」→http://www.chinanews.com/cul/2012/01-30/3629638.shtmlに復刻の様子が出ています)

相変わらず、肝心なところはテキトーに、妙なところは細かく考証してるとおぼしき本ドラマであります。

お屋敷の立派な門構えの外には盆栽、中には幾重にも鳥居が連なり、石灯籠が配置されているのが見えます。

家の中は、宮殿同様、入るなり大きな香炉があって、やっぱり寺っぽいしつらえです。

外は神社で、中はお寺。パーソナル神仏習合って感じ?

もちろん、盆栽は中国がルーツだし(中国語では“盆景”といいます)、石灯籠だって中国にあるし、鳥居にしたって、諸説はありますが、恐らく元をたどれば中国に行きつくのでしょう。

形が似てるってことでいうと、第4話で、楊士深〈よう ししん/Yang Shishen〉御するところの暴走馬車が破壊しまくった街の門(“牌坊”)があります。

意味が似てるってことでいうと、今も雲南省など、稲作をしている少数民族の地域に残っている、鳥がてっぺんに止まった形の柱があります。

文字通り「鳥」「居」る柱ですね。(どんなものかご覧になりたい方は、松岡正剛さんが、こちら→https://1000ya.isis.ne.jp/1141.htmlに写真つきで紹介されています)

いま、鳥居の習俗を遺している少数民族は、日本からは遠い西南地域に住んでいますが、昔々は長江流域に住んでいたそうなので、ここから稲作のノウハウと一緒に鳥居が日本に伝わってきたというのは十分あり得る話です。

ま、このドラマで鳥居が登場するのは、恐らく、第10話(記事は→こちら)で見た通り、今も陵王の舞いが残っている、厳島神社との絡みでしょうけど…。後ろの灯篭の並びっぷりもそっくりですし。真実はぜひ、監督さんに伺いたいものですね。

さて、邸宅の門をくぐると、中では必死の大掃除が行われています。皇太子の発言によれば、蘭陵王はもう1年も都に帰っていないとのことだったので、当然、使用人は遊び暮らしていたに違いありません。

そこへ現場監督らしき人が現れて、スタッフを叱りとばします。
“四爺從不責罵下人 四爺對你們好全把你們慣壞了”
(四若様はこれまで使用人をお咎めになったことがなかった。良くしすぎて、お前たちをダメにしている)

意味としては、四爺が使用人に甘いから、皆付け上がってサボっている、ということなんですが、それは別に四爺が悪いんじゃないでしょ。

これは恐らく、「蘭陵王が宮中に参内したら、お付きの者が勝手にいなくなってしまったけれど、王は独りで戻ってきて、特にお咎めはなかった」、という史実のエピソードを敷衍したものかと思われます。

使用人に厳しくてもdisられ、優しくてもdisられと、ご主人も楽じゃないっすね。

ここで、主を迎えるのにお茶を用意する様子が出てきます。

お茶は南方の作物ですので、魏晋南北朝の当時、北方では、まだ貴重な飲み物だったのでしょうか。

お茶が薄いぞ…って怒られた、侍女頭(?)の“小翠”〈しょうすい/Xiao Cui〉は、以前、(薄いと思って)お茶を入れ替えたら、無駄をするなと若様にお小言を頂戴しました、と口答えしています。

ほら、お小言いうときだってあるんじゃない。

吉川英治『三国志』のファーストシーンは、確か、劉備が、洛陽から運ばれてきたお茶を買いに行くシーンだったように記憶しているのですが、あとがきかなにかで、当時はお茶が貴重品だったのでこういうエピソードを入れた、と書いてあったように思います(すみません、引っ越しで本が見当たらず、うろおぼえです...)。

だとすると、同じ回の後半に、韓暁冬が露天でお茶を頼んでるシーンがありますが、そんな庶民レベルまで行きわたってたとも思えないんですが…。

しかし一方で、むしろ宋代まで、茶は庶民の間でも広く飲まれた廉価な飲み物で、魏晋南北朝の王侯貴族は質素倹約の美風を示す…あるいはひけらかす…ためにお茶を飲んだ、という説もあります(→こちら)。

確かに、宴席を設けてお酒を出していれば、やれ肉だ何だと費用がかさんだでしょうが、宴会やお供え物に酒ではなくお茶を供していれば、茶菓の接待で済みますからね。

ってことで、韓暁冬のお茶シーンもそうそうあり得ない話じゃないみたい。あるいは当時、もうすでに現代と同じように、庶民用のお茶もあれば高級茶葉もあったのかも知れません。

お茶といえば、1980年代に、西安にある法門寺の地下に地下宮殿が見つかり、そこから当時(唐代・860年ごろ)の茶道具が出土しました。調査の結果、当時は今の日本と同じように、使っていた茶葉は抹茶だったようです。

日常的にそうだったのか、茶会の時だけだったのかは分かりませんが、少なくとも7世紀までは、茶葉を固めたものを粉にしてお湯に溶かす方式が主流だったようです。

さて、1年以上都を空けていたあるじと五弟が家に帰ってくると、お屋敷の中は新車発表会のような飾り付けがされていて、何だか見慣れない様子です。

あぁ、また留守の間に勝手にモーターショーかパーティー開催してたな?と察した五爺は(いえ違います)、

“連鴛鴦紅布幔都給掛上了”
(赤いオシドリの幕まで飾り付けてるんだな)
と言います。

それはともかく、四爺の服もかみしも風で、隣に立ってるモールばりばり肩章ございます宝塚な五爺と並ぶと、一体いつの時代のどの場所なんだか、画面には時空を超えた、謎のエキゾチックムードが充満しております。

時代考証にこだわりがあるのか、ないのか、ややこしいので、できればどっちかにしてもらいたいものです。

それにしてもウィリアム・フォンは本当にベージュが似合いませんね。
この回、映りが非常に悪いですが、衣装のせいもあると思う。
衣装係の方には、ヨコシマとベージュはやめるように進言したいです。

いえ、衣装はどうでも良いですが、オシドリが夫婦仲良しの象徴なのは中国も同様です。

しかし、鳥関係のHPをみると(これとか→http://www.suntory.co.jp/eco/birds/encyclopedia/detail/1399.html)、実は冬ごとにパートナーを替えてるらしいので、実はそんな含みも…ごほごほごほごほ。

そういえば、“鴛鴦”で思い出すものにもう1つ、香港のレトロ風喫茶店に行くと必ず出るメニューがあったんでした。

それは“鴛鴦茶”というものなんですが、何だかお分かりでしょうか。

実は、インスタントコーヒーとティーバックの紅茶を混ぜたもの(ぶふー!)。

お店の人の説明を聞いた途端、別のにします、と速攻断ってしまった私ですが、香港人の間では、「寿司にコーラ」と同じくらい定番のソウルフードメニューらしく、誰に聞いても「普通においしいよ」って言うし、スーパーに行くと、「緑茶」「紅茶」「プーアル茶」のティーバックと並んで「鴛鴦茶」のティーバックが並んでいるんですね…。

そんな(部外者にとっては)食い合わせの悪そうな2つの事柄が、関係者の皆様にとっては好ましいということがあるらしく、使用人の皆様にとって、側室と正室を一緒に娶るということは大変ラッキーな組み合わせのようで、こんなお祝いが述べられます。

“恭喜四爺雙喜臨門
府上不僅多了一位少夫人
四爺還將選娶正妃”

(四若様、重ねての吉事お祝い申し上げます。ご側室を迎えられただけでなく、正妃もお迎えになられるとはおめでたい)

日本では、七五三などお祝い事には奇数が尊ばれますが、中国では対になる数字が喜ばれるので、一度に二つのお祝いがある、というのはとてもおめでたいことなのです。

ダブルハピネス、と香港では言ってましたが、喜びが二つある、ということでこんな字まで発明されています。



この字はシー(xi)と読むらしいです。

と、当の主役2人は、喜ぶどころか、どちらも浮かない顔をしています。

日本語で聞いているとそれほどでもないですが、中国語では前にも申しました通り、事あるごとにきっちり相手の称号を呼ぶのが敬語がわり。

当然ここではいちいち、使用人たちが雪舞の事を“少夫人”(ご側室さま)と呼ぶので、呼ばれる方はそーとー気に障ってると思いますね。

四爺も皆が呼ぶたびにハラハラした表情を隠せません。
寿命縮みそう、こんな生活。

ちなみに日本語吹き替えの方では、「楊夫人」と訳しています(英語だったら、マダム・ヤ〜ン♪ ☆(゚o゚(○=(-_-○. )
つい聞き流してしまいますが、何とか上記のニュアンスを出そうという工夫とご苦労をひしひしと感じますね。

中国の人は通常、結婚しても苗字を変えませんが、その理由の一端には、恐らく一夫多妻の習慣があったのではないかと私は睨んでおります。

つまり、同じ家に何人も夫人がいるうえ、素封家の出ともなれば、それぞれが実家の権勢を背負っていますので、その人は出身(苗字)とセットで認識されているということですね。

だから、ここの翻訳の「楊夫人」という呼び名には、他に「李夫人」だの「王夫人」だのが出現する可能性がありますよ、という含みを持たせているんでしょうね。

中国女性の結婚後の苗字については、もう1つ別のパターンもあるのですが、実はこのドラマにも目立たないながら重要なシーンで登場するので、そのときご紹介いたしましょう。

小翠と呼ばれていた侍女頭も、先ほどまで明るい顔をしていたのに何だか浮かない表情になり、
“我們大家表現的不夠好”(私たちの歓迎の仕方がお気に召さなかったのかしら)と言います。

“表現”という単語、日中に共通ですが、こんな風に使い方は全然違うんですね。ここでは「態度」というような意味です。

心優しい五爺は慌てて言います。
“你們別放在心上啊” (お前たち、どうか気にしないでおくれよ)

“放在心上”は「心の上に置く」=気にする、という意味です。
ってことでこの後、五爺はずっと、至らぬ兄上のフォローをすることになるのでありました。

お屋敷にやってきた一日目から、使用人を困惑させ、四爺の寿命を縮ませ(あ、さすがにコレの主語は雪舞じゃないか)、五爺にフォローさせるなど、全く何てヨメでしょう…と、と責めるわけにもいかない使用人頭は、

“老王早將西房整理好了”(わたくしめ、西のお部屋をご用意しておきました)

と、何とか場を持たせようと頑張ります。

おお、この方は王さんっていうのですね。第12話も3分を回ったところで、ようやく判明です。ただし、この方の役職はハッキリしません。

“老王”というのは、
“安徳“蘭陵“老
っつー訳ではなく、王って苗字の人への呼び名です。

若いときには“小王”〈シャオワン/Xiao Wang〉と呼ばれてたことでしょう“老王”〈ラオワン/Lao Wang〉さん、何か誰かに似ているような気がしますが、どうしても思い出せません。間寛平?…違うな…分かった方、コメント欄で教えてください!

取りあえず、現段階では、「天才バカボン」が中華圏でリメイクされたら、パパ役に抜擢されそうなビジュアル、とだけ申し上げておきましょう。

さて、この時代の住宅については、陶器でできた家の模型が出土していたりしますが、物見やぐらみたいな建物があって、周りは塀に囲まれた場所だったようです。

北魏の時代に書かれた《洛陽伽藍記》という本によると、洛陽にある鮮卑貴族の屋敷には、必ず園林があったらしい。

都市の中は区画整理されているため、貴族は一般に400平方メートルの敷地に屋敷を建造していました。

王府なら一般貴族の邸宅よりは広いのでしょうが、400平米っていうと、242畳分、約120坪、東京ドーム約0.085個分なので、すごく広いって訳でもないですね。たとえば、日本で120坪の土地に家を建てたらこんな感じ。→http://www.ttj-studio.jp/heimen.html

ただし、手狭なのは街中の家であって、貴族は郊外に荘園を持っており、第10話の1(→こちら)でちょっとご紹介した、当代の詩にも読まれた“金谷園”のように、その中は小川が流れ、園林が築かれるなど、贅沢三昧なしつらえだったようです。

さらに、自分ちではありませんが、自分の領地となればもっと広大です。以前、楊士深が“賤民村”を焼き払おうとしたときに、ここも殿下のご領地、と言っていましたね。蘭陵王は“蘭陵郡”を領地としてもらってるので蘭陵王と呼ばれるのですが、他にも戦功があるたびに、褒美として領地をもらってて(“加封”と言います)、全部合わせれば相当な面積だろうと思います。

さて、ドラマでの建物は、当時そうだったかどうかはともかく、“四合院”風に見えます。

四合院〈しごういん/siheyuan〉とはどういう建物なのかは、「中国文化」(YouTubeの動画です。音(ナレーション)が出ますので気を付けてください→こちらや、「中華文物網」(→こちら)に、北京の例ですが詳しい紹介があるので、興味のある方はぜひどうぞ。

ドラマでは、王族の邸宅なので、「文物網」の図版の中では下から二番目の、恭王府あたりを参考にしているのではと思われます。…あるいは、セットをまんま流用してるのかも^^;

この様式の建築の特徴は、ひと言でいうと、アメリカにあるという、ゲーテッドコミュニティの個人平屋版みたいなものです。

まず、敷地をぐるりと塀で囲み、大門を設けます。

大門を入ると、正面には目隠しになる衝立のような壁があり、回り込んで入ると、中庭があります。大きな邸宅であれば、中庭にたどりつくまでに、いくつか庭を通る形になります。大きな中庭を囲んで正面北側に主室、その左右に寝室、庭をはさんで東西に部屋を配置します。

主家の男子の部屋は東におかれ、女子は西の部屋に住みます。

中国の有名な古典恋愛小説に《西廂記》(西の部屋の記)というのがありますが、これは、ヒロインの住まうお部屋から来ているタイトルなのでしょう。

ちなみに、西洋では恋を取り持つのは「キューピッド」ですが、中国では“紅娘”(ホンニャン/Hongniang)と言います。それは、このお話で主人公2人の中を取り持つ侍女の名前から来ています。

さて、中国の住居建築として、四合院スタイルはかなり古い歴史があるらしく、なんと周の時代の遺跡からも出てくるようです。

しかし、南北朝時代は一般に、四合院のように敷地の真ん中に大きな空間を作るのではなく、お寺の境内のように、直線状に建物を配置するのが流行っていたようです。

こちらは唐代のお屋敷の様子です↓が、たぶんこれに近い感じでしょうね。
s-唐代の家 中国古代常識.jpg
(《中国古代常識》より)



ここで王さんは、
“按照王府祖例 四爺的側室房外 須建造守福花園”
(先祖伝来のしきたりにならって、若様の側室のお部屋のそとには、「守福花園」をしつらえなければなりません)
と言っていますが…。

は? “守福花園”って何じゃらほい。

香港では安っぽいマンションの名前“○○花園”って付いてることが多く(きっと、英語の○○Garden…って住宅地の名前からの連想でしょう)、“○○飯店”がレストランだかホテルだか分かりにくいのと同様、激しく外国人を翻弄するのですが、それはともかく、建ててどうするのよ、自分とこの部屋の外にそんな安っぽい名前のマンション。

ってゆうか、そんな習慣、聞いたこともないし…と言う前に、建国15年かそこらでしきたりもへったくれもないでしょう…! 

と、無駄遣いはダメだとお小言を喰らったのにもめげず、視聴者がへそで茶を沸かし直していると、白山村のエリカ様もガーデンプレイスなんかよりヒルズ住人を目指しているらしく、

“反正我也不會長住”
(どうせ私も長くは住まないし)

と冷たいお言葉です。

そんな2人の会話を不作法にも立ち聞きしている四爺。ついに雪舞に向かって吠えたてます。

“你就這麼不想住在府裡嗎”
(それほどまで屋敷に住みたくないのか)

言われた雪舞の態度は全然カワイくないですが、表情は百恵ちゃんぽくて、ひょっとして全ドラマ中一番好きかも。

しかし、ツンデレって言葉もなかろう南北朝の四爺は、鑑賞の余裕もなさそうです。
というか、彼女と目を合わせるのが怖いらしい。

この後の「どうしたら良いか分からない!」という動作は、時代劇っぽいですね。

“就算選妃的事情發生又如何。
這并不表示本王就可以讓你走”

(「お妃選び」の話が出たからといって、何事のほどもなかろう。立ち去る許しを与えた事にはなるまい)

と、手を振る動作もそうですね。手のひらが見えますが、生命線長いな…じゃなくて、ほら出た! “本王”ですよ。
何とか自分の権威を絶対的に見せよう(そして、言う事を聞いてもらおう)、という心理が働いてるんでしょうね。

でも、あなただって、腐っても(?)斉の軍神。

向かいから強そうなドブネズミが来ると、いきなり立ち上がったり毛を逆立てたり、2倍のサイズになって何とかビビらせようとする、弱っちいネコみたいな真似はやめたらどうですか。

いえ、雪舞がドブネズミ並みだとか言いたいわけではなく、日本語は続くセリフとつなげて訳していますが、若干、原文とはニュアンスが変わっています。

「なぜ かように嫌がる。后選びを行うと言うのも、屋敷を出ていかせるつもりはない。側室として、気兼ねなどせずに、堂々としておればよいのだ」

この訳は、先ほどの次のセリフと次のセリフの合体ワザです。
“你還是本王的妾”
“也沒有人不允許你 享受少夫人的待遇嘛”

せっかく第11話では“妾”「妻」と訳していたんですから、こここそ、日本語にするなら「私の妻」でしょうね。

あなたは私の妻なのだし、その待遇を受ける資格がある、ということです。
ここで「側室」と訳してしまうと、正妻じゃないけど側室の扱いは受けられるから、という別のニュアンスが加わってしまいそうです。

ここで“妾”が見下だす意味になっていないことは、次の雪舞のセリフでわかります。

“這世界上 不是是是都如人意的。
四爺 你一定會輸
把少夫人的待遇浪費在過客的身上 有何意義呢”

(この世の中、何事も人の思う通りという訳にはいかないわ。
四爺、あなたは必ず負ける。
ただ通り過ぎる者のために、あたら妻のための(豪華な)しつらえをするなんて、
どんな意味があるというの)


ここで雪舞の言う「人間の意思通りにはいかない」というのは、
平たくいえば、運命に逆らうことなどできない、という意味ですね。

雪舞は、四爺には天命とか、運命とかっていう言葉が響かないので、逆側から表現したのでしょう。
“浪費”(無駄に使う)という言い方からして、ここでの“少夫人的待遇”とは、側室あつかい、ということではなく、「厚遇」ということなのでしょう。

このセリフで雪舞の言った“過客”とは、『おくのほそ道』の冒頭、「月日〈つきひ〉は百代〈はくたい〉の過客〈かかく〉にして 行きかう年もまた旅人なり」の「過客」と同じ意味です。

松尾芭蕉によって書かれたこの文章は、唐の詩人・李白の《春夜宴桃李園序》(春夜桃李園に宴するの序)の冒頭、「夫れ天地は万物の逆旅にして 光陰は百代の過客なり」を踏まえています。

ついでなので、李白の方を見てみましょう。

夫天地者 萬物之逆旅也 天地は万物の旅籠であって
光陰者 百代之過客也  年月は永遠の旅人なのだ

而浮生若夢 為歡幾何  浮世は夢のようなもの 楽しめるときは幾らもない
古人秉燭夜遊,良有以也 古の人は夜も蠟燭を灯して遊んだが それも道理だ

況陽春召我以煙景    まして時は春、たなびく霞は招き
大塊假我以文章     大自然は文〈あや〉を与えたもう

會桃李之芳園      桃李の香る庭園につどい
序天倫之樂事      兄弟打ち解けて語らおうではないか 

羣季俊秀 皆為惠連   諸弟は謝恵連のごとき才の持ち主
吾人詠歌 獨慚康樂   わが歌はその従兄・謝霊運に並びもつかぬ

幽賞未已 高談轉清   幽玄なる景色を愛で 風雅な語らいは尽きず  
開瓊筵以坐花      華やかな敷物に坐して花を眺め
飛羽觴而醉月      酒杯は飛び交い月に酔いしれる

不有佳作 何伸雅懷   佳き詩を詠めばこそ 風流というもの
如詩不成 罰依金谷酒數 詠めぬ者は 金谷園に倣って罰杯を受けよ

4行目、いにしえの人はロウソクを灯して夜も遊んだ、という件は、《古詩十九首》

生年不满百 常懷千歲憂 生きて寿命は百なのに 千年の憂いを溜めこむなんて 
昼短苦夜長 何不秉燭遊昼は短く 辛い夜は長い 蠟燭を手に 遊ぼうじゃないか

を踏まえていると言われます。

最終行の“金谷園”は、これまでにも何度か出ましたね。

金谷園は晋の時代、洛陽郊外に築かれた豪華な庭園で、あるじの石崇〈せき すう〉が、ここで詩を詠めなかったものは罰として酒三斗を飲むべし、という文を作ったことから、のちに、酒席の罰は酒三杯になったと言われております。

なんと「駆けつけ三杯」のルーツは、こんなところにあったんですねぇ…(←ホントかどうか知らないけど)

この石崇も美男子で有名で、蘭陵王と同じく渤海出身の人です。古代、あのあたりには美男のDNAでも流通していたのでしょうか?

そんでまた、詩が作れなければ一気飲みだ!とか、独り身の者は結婚してはならぬ。どうしてもと言うなら阿呆とするがよい、尼寺へ行け!とか、そんなにイヤなら、部屋住まいはやめろ、薪小屋に住め!とか、いきなりステーキ、じゃなくいきなり極端なこと言い出すDNAも受け継いでいるらしいですよね(ハムレットも渤海出身だったのか…

ステーキがお好きかどうかは分かりませんが、渤海出身の貴族様はたいそうご機嫌を損ねていらっしゃいます。

“好啊 那你連夫人的房都別住了 住柴房去好了。
現在就走”

(それなら夫人の部屋に留まることもなかろう。薪小屋に行くがよい。すぐにだ!)

ああ、こんな事言う四爺も「らしく」なければ、雪舞が、あっ、そう、とばかりに出ていこうとすると、すぐに前言を翻して、

“本王不是那個意思。本王說氣話而已”
(本心で申したのではない。腹立ちまぎれに言ったまでのこと)

とご機嫌取りをするのも「らしく」ない…。

そして、何を言い出すかと思えば、

“按照我們的賭注,本王還沒有輸 別得意的太早。”(賭けにだって負けたわけではないぞ。喜ぶのはまだ早い)

と捨て台詞(って言うのか、この場合??)を残して去ってゆきます。もうホント、どうしたら良いか分かんないんでしょうね。少なくとも、それは分かりました。

しかし、最初ドラマを見たときは、彼のこういう態度はこの場だけの、むしろ相手を想うあまりに採ってしまった行動だろうと思っていたんですけど、先の回を見ると、実は冷静に見えて、激高しやすいというか、感情的なことが絡むとこういう後先のことをよく考えない行動を採る人だってことが、割合シビアに描かれていくんですね。

思い出せば前の方の回にだって、少しずつ小出しにこの性格が描写されていました。むむ、この脚本家、できるな…。

つーかさぁ、雪舞は最初っから実家に帰るって言ってるんですから。
四爺、人の話聞いてる?
聞く気あるの?

と思ったかどうか、日本語の雪舞はそれでも可愛げを忘れず、

「鈍いひと。私が喜ぶと?」

って言っていますが、中国語の雪舞様はそんなもんじゃ済みませんから。

“傻瓜。 我怎麼會得意呢”
(バカ。なんで私が喜ばなくちゃいけないのよ)

ちょっと、奥様、お聞きになりました?
なんと、皇族さまに向かって

“傻瓜。”(シャーグワ/shagua/バカ。)

ですってよ。

そんな国家機密を漏らして、生きて斉の国境を出られるとでも?

しかし、ひどい事言われてる間にも、四爺は雪舞の安全を案じ、五爺に相談しています。

自分は太子の取り巻きたちにとって、

“眼中釘 肉中刺”
(目の中の釘、肉の中のトゲだ)

とおっしゃっていますが、字づらからして、邪魔者っていうより痛そう。この言い回し自体は割合新しく、清代くらいからの用例しかないようです。

五爺は、祖珽〈そ てい/Zu Ting〉に手を出させるような真似はさせない、と力強くおっしゃっていますが、果たして…。

さて、祖珽の方は皇后と対策を協議中。
祖珽いわくの四爺の人物評とは、

“為人嚴謹 無偏好 又不好女色”
(人柄は厳格にして公正、女色も好みません)

って、何か褒めてるように聞こえるのは私だけ?

四爺なんか、前の前の回(→第10話。こちら)で、祖珽のお尻にカンザシ投げつけて転ばしたあげく、

“怎麼摔了個狗吃屎啊
以後走路小心點 千萬別再摔了”

(何だってフンを喰らう犬のように、よつん這いに倒れていらっしゃるのです。
歩くときは気を付けて、二度と転ばぬようになさることですな)


なんて、聞くに堪えない言葉まで投げつけたくせに、これのどこが厳格で公正よ?!

となぜか祖珽の肩を持ってしまう視聴者ですが、祖珽は酔っぱらってて覚えてないのかしら?

ま、

つまずいたって
いいじゃないか
にんげんだもの。


一方の日本語訳は上手いこと、四爺をこき下ろしてる感じを出しました。
「なにしろ高長恭は風流をしらぬ堅物。色事を好みませぬゆえ、あやつがこれだと選ぶ娘を送り込むとなると、たやすくはありますまい。」

ふーん、いっちょまえに選り好みか〜。

そこで皇后が選んだのが“鄭兒”〈ヂェンアル/Zhenr〉。
名前はまだない。

つか、みんな鄭兒って呼んでるけど、この人、名前が鄭なんですか?
それとも、苗字が鄭なの?

そもそも、雪舞がしょっちゅう言ってる“鄭妃”って誰?

という私の疑問に答えてくれるものは何もないんですが、とりあえずドラマの方から言うと、“英国公”の遺児で皇后の宮女になり、皇太子・高緯〈ガオ ウェイ/Gao Wei〉とも顔見知りである、という設定になっています。

“英国公”という爵位自体は唐代以降に設置されたようなので、この設定はフィクションでしょうが、“国公”は臣下への爵位としては最高位なので、その子女であれば、王妃どころか皇后に選ばれたとしてもおかしくはない身分と思われます。

一方、史実の方は、正史に
“長恭謂妃鄭氏曰”
(長恭はその妃、鄭氏に言った。)

とされているだけで、名前も分からず、続いてセリフが1行あるだけ。

“妃曰:「何不求見天顏。」”
(妃は言った。「なぜ、皇帝陛下にお目通りを願わないのですか」)

アホちゃうか、皇帝から毒を賜ってるのにお目通りもないもんだ...と思いますが(あらいけない。雪舞につられて言葉が汚くなってしまいましたわ)、この夫妻、どうやらどちらも、あまり世間ずれしていない模様です。

この記述、プラス、安徳王の伝記に、

蘭陵死、妃鄭氏以頸珠施佛。廣寧王使贖之。延宗手書以諫、而淚滿紙。
(蘭陵王が亡くなると、妃の鄭氏は首飾りを寄進した。広寧王(二爺)はこれを買い戻そうとした。延宗(五爺)は手紙を書いてそれを諌めたが、便箋は涙でぐちゃぐちゃだった。)

という記述があるので、蘭陵王のお妃は“鄭妃”だとされているわけです。

何と言っても、彼女は皇族の正妃。その辺の踏雪の…いや、ウマの骨とは違って(踏雪ゴメン!)、どこか良いとこのお嬢さんのはず、というのはドラマのこの回を見ても分かりますね。

そして、“鄭妃”というからには、彼女の苗字は“鄭”のはず。

では、いったい彼女は何者なのでしょうか。

ここは名探偵ディー判事を召喚したいところですが、場所は洛陽で近いけど、時代は唐代はまだ先なのでちと諦め、近場で探すことにしましょう。

まず、私がやってみたのは、《北斉書》の列伝の検索。

この時代の史料である《北斉書》は列伝体で書かれていますので、つまり人物エピソード毎の記録だということです。

皇帝の事績が書かれた〈帝紀〉の次は、皇后や臣下について書かれた〈列伝〉になります。

有力貴族からお妃を選ぶとすれば、列伝に一族が誰かは必ず入ってるはず…と思ったけど、列伝42巻まであるのに鄭姓の人ってなかなか出てこないな〜。40巻にいる鄭仲礼は外戚、と…。

ちょっと待て。

“鄭”って苗字の女性、そういや前にも出てきた気がする。名前は確か…鄭大車〈てい だいしゃ/Cheng Dache〉

さきほどの鄭仲礼は滎陽郡開封出身で、その姉は…鄭大車。

あんまり思い出したくないけど、第9話の2(→こちら)でご紹介した、この御方。

四爺のパパ・高澄〈こう ちょう/Gao Cheng〉の義母のくせに、高澄と密通した人です。

“馮翊太妃鄭氏,名大車,嚴祖妹也。初為魏廣平王妃。遷鄴後,神武納之,寵冠後庭…”
(馮翊太妃〈ひょうよくたいひ〉鄭氏〈ていし〉は名を大車と言った。鄭厳祖〈てい げんそ〉の妹であった。はじめ、魏の広平王の妃であった。東魏が鄴〈ぎょう〉に遷都して後、神武帝に側室として迎えられ、誰よりも寵愛を受けた…)

神武之征劉蠡升,文襄蒸於大車。神武還,一婢告之,二婢為證。神武杖文襄一百而幽之,武明后亦見隔絕。
(高歓が劉蠡升〈りゅう れいしょう〉の討伐に遠征していたとき、高澄は大車と密通した。帝が帰京すると、1人の召使い女がこれを密告し、2人がその証人となった。高歓は高澄を百叩きの刑に処し、幽閉したうえ、その母たる皇后とも行き来を断ってしまった。)

つまり、蘭陵王のじっちゃんである高歓の側室でありながら、蘭陵王のパパ・高澄とも懇ろになったうえにですよ、ここには書いてないけど、高歓との間の実子、馮翊王・高潤(高澄の異母弟。33歳の若さで亡くなりましたが、この人もイケメンだったと史書にある)とも関係があったと噂されている人物。

鄭姓で妃となれば、この鄭大車と親戚とか?

まさかね。

…でも気になるな。そこで、ちょっと「兄」と書かれている鄭厳祖の方を調べてみると…。

《北史》の校勘によると、彼は鄭大車の兄ではなく父だったらしく、滎陽郡開封県(現在の河南省開封市)の人で、その父は鄭道昭

なんと…!

つまり、鄭大車という人は、校勘が正しければ、北魏(→東魏→北斉となります)の有名な書道家、鄭道昭の孫にあたる女性なのです。

書道をやった方はご存知かと思いますが、鄭道昭の書は日本の書道に大きな影響を与えています。wikiによれば、あの相田みつをさんの書道界デビュー作品は、鄭道昭の代表作、《鄭文公碑》の模写(臨模)だったらしい。

よもや、こんなとこでつながってるとは…。

何だかだんだん話がズレてきましたが(いいかげんだもの)、この大物文人・鄭道昭は兄弟がみな北魏の重臣。つまり、滎陽開封がルーツの鄭氏は、古代から綿々と続く名門の一族なのです。

当時、北中国では鮮卑などの胡族が支配者階級に君臨していましたが、彼らだけでは中国を統治することはできませんでした。また、彼らも、中国の支配者となったからには、周辺民族ではなく、中華の王として、洗練された南朝の文化のような貴族社会を築くことを目指していました。

貴族であるためには、結婚相手もつりあう家柄であることが大切です。そこで、北魏(→東魏→北斉と続きます)の時代に、帝室と通婚できる家柄を認定しました。

そのうち、第一級の貴族とされたのが、范陽〈はんよう〉の蘆〈ろ〉氏、清河の崔〈さい〉氏、滎陽の鄭氏、太原の王氏、趙郡の李氏でした。(川勝義雄『魏晋南北朝』

この鄭一族、現代まで続くその歴史が、中国中央テレビの歴史番組でもわざわざ特集で取り上げられているほどです。(→こちら

詳しくは、上の動画でご覧いただければと思いますが、そのルーツは周代(仔ブタ陛下の周じゃなくて、殷の次の周)、紀元前806年に遡ります。周王の一族なんで、そのときは王と同じ“姫”姓でした。

その年に封じられた国の名が鄭だったのですが、のちに鄭国は滅ぼされてしまい、国名を取って“鄭”氏を名乗った、とされています。

皇帝の末裔で、苗字を他からいただいちゃうなんて、なんだか、どっかで聞いたような話ですね。

ま、それは後々詮索するように致しますが、北斉の成り上がり王族、高氏にしてみれば、彼らのような由緒ただしき名門と縁組をすることは大変重要だったことでしょう。なので、蘭陵王の妃・鄭妃も、この名門・滎陽開封の鄭一族の出身だったはずです。

ちなみに、高緯の異母弟、南陽王・高綽〈こう しゃく/Gao Chuo〉のお妃も鄭妃と言いました。

彼女も滎陽開封の鄭氏出身と思われますが、高綽が高緯に殺され、北斉が滅びた後、北周の皇帝・宇文邕〈うぶん よう/Yuwen Yong〉に寵愛されたと言われています。

旦那さんが亡くなって、宇文邕の寵愛を受ける。
これもなんだか、どっかで聞いたような話ですね。

それはともかく。

鄭大車のような、あの高澄パパも手を出すほどの名高い美女がいる一族の出身と思しく、さらに「蘭陵王は皇帝から褒美に美女を送られても、一人を受け取っただけで後は返してしまった」と史書にあるように、大変な寵愛を受けた蘭陵王妃・鄭妃は、ビジュアル、もしくは人柄が、それなりの人だったと思われます。

史書にも記載がある以上、ドラマに鄭妃が登場するのは必然なのですが、「蘭陵王に釣りあう身分」「美女」「(最初は)良い人柄」の3点も、それなりに史実に沿って、ドラマの鄭児の設定に反映されているものと思われます。

さて、そんな鄭児は、蘭陵王のお妃候補に選ばれて、秘かに彼女に恋する皇太子・高緯〈こう い/Gao Wei〉の落胆も知らず、追憶にふけっています。

このシーンで鄭児と一緒に宮中を抜け出したのが、同じく宮女の馮小憐〈ふう しょうれん/Feng Xiaolian〉。 

彼女も史実の人物で、琵琶と歌舞に優れ、北斉を滅ぼした傾国の美女とされ、唐代の大詩人・李商隠がそのトンデモぶりを、がっつり詩に詠んでいるほどです。

ドラマではあっと驚く仕掛けになっておりますが、相当先のお話なので、ここはとりあえず、戻って回想シーンの方に参りましょう。

こっそり宮中を抜け出して、街へ遊びに行ったと思しき鄭児と小憐の2人。見回りの兵士に見つかりそうになり、物陰に隠れますが、鄭児は通路にかんざしを落としてしまいます。

兵士が不審に思ったところに、四爺が登場して、こう言います。

「私の侍女のものだ。安徳王の宴が始まった。行くがよい。」

ここは少し若い表情をして、吹き替えの声も頑張って若い感じにしていますね。

ウィリアム・フォンは以前インタビューで(→第9話の2)、同時期に《錦鎖秋》《虎山行》の2つのドラマを撮ったと言っていました。

この2本、片方は「文」、片方は「武」の芝居、とカテゴリーは違うものの、時代は民国初頭、お話の舞台は南中国、お召し物は長衫、髪型はスケベ分け 断髪、どっちもいいとこのぼんぼんで遊び人、と、かなり似通ったキャラ。

その割には、どちらも全く別の人に見える好演だったんですが、年齢自体も10歳は違って見えました。なので、同じドラマで同じ人物を10年演じ分けるくらいは訳ない…はずです(同じキャラでそう見えないときがある、っていうのは問題だけど)。

そりゃいいんですけど、このときの衣装が、数年後?のシーンと全くおんなじですよね。
さすが贅沢を嫌う蘭陵王、着たきり雀なんでしょうか。

しかし、相手が朱雀ではなく雀とは夢にも思ってない(おばあ様さえ高緯が雀だと思ってたくらいだし)、二人に向かって、さすがはあの中国史きってのプレイボーイ・高澄の皇子の面目躍如か、ニッコリして話しかけます。

“我見過你” (どこかで会ったね)

こんなの、いまどき渋谷のニセスカウト野郎でも言わないって。
と思うようなセリフを聞いて、ちょっと嬉しそうな鄭児。

ですが続くセリフは、

“你不是皇后的侍女嗎? 難道你不知道這兒的規矩嗎?”(皇后さまの侍女では? 宮中の決まりを知らないわけではあるまい)

だったので、ちょっとバツが悪そう。

この時代の決まりがどうだったのかはよく分かりませんが、《宮》なんか見てると、宮殿には入るのも難しいけど、出るのも特別な許しが必要だったらしい。

しかし、宮女の境遇に同情していた四爺は、イエローカードを出しただけで立ち去ろうとします。

“以後出來的時候 小心點,啊”(次に抜け出すときは注意することだ、わかったね)

しかし、逆ナンパを忘れていない鄭児は(こちらも、さすがは鄭大車の親戚。あ、ドラマは違うのか)、助けの手を差し伸べてくれた王子様の名前を聞き出し、

“日後有機會 一定會報答王爺的”
(この先機会があれば、必ず殿下に御恩をお返しいたします)と誓います。

言われた四爺は、もうあんまり関わりあいになりたくなかったのかどうか、宮女が手にもっていたものを取りあげて、

“這個就算你報恩了 以後要小心點”(これで借りは返してもらったことにしよう。次からは気を付けるんだよ)と言って去ってゆきます。

このまゆ玉のような真っ赤なお菓子は、サンザシの実の飴がけ、“糖葫蘆”〈タンフールー/tanghulu〉ですね。北中国では、冬になると屋台でたくさん売っています。売り歩く人もいました。食べたことないけど…。

それにしても、こんな庶民のオヤツを取り上げたばっかりに…高くついたなこりゃ。

しかも、この人、奥から出てきて、また奥に戻ってしまいましたが、何しに出てきたんでしょう…?五爺主催の宴会には、出なくていいの?

ね、カツアゲはいいけど、元々の用事、忘れてないですか四爺。

…いや、久しぶりに女の子と口を利いたので、結構、心臓バクバクだったりして。

だって中の人も、クールな顔して女の子の前にでると…。

アラフォーの今になっても相変わらずで、クラスメートからさんざんっぱらからかわれている、女の子を前にするとつい出てしまうウィリアム・フォンのくせとは何でしょう。

長くなったので、その答えはまた次回!(記事はこちら第12話の2
posted by 銀の匙 at 01:53| Comment(8) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月26日

取り急ぎ、残暑にお見舞いしてしまいます…。

こちらには、記事の素材の一部として、インタビューをアップしておりました。コメントをいただきましたので、記事タイトルを残しておきます。

インタビュー自体は、第9話の2(→こちら)に移設いたしました。ご覧になりたい方は、そちらをどうぞ。

posted by 銀の匙 at 01:24| Comment(6) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月21日

蘭陵王(テレビドラマ22/走馬看花編 第11話)

皆さま、こんにちは。

「ブラタモリ」、ご覧になってますか?

先日、たまたま出先で見かけたら、奈良を取り上げていて、またしても用件そっちのけで(なぜ、私のパソコンは「ようけん」って入力すると「楊堅」が出てくるんだろう…。解せないわ)、画面に見入ってしまいました。

春日大社も、最後の締めくくり部分で大きく取り上げられていましたね。

タモリさんは段差や坂がお好きだそうで、番組中でも坂にまつわる小話をされてました。

いわく、

人生には3つの坂がある。

のぼり坂と、くだり坂と、そしてもう1つは…。

アナウンサーを脱力させた、その答えの前に、第11話のお話を、と行きたいところですが、ドラマ《蘭陵王》はだいたい10話ごとにお話が折り返しになるため、この機会に、ざっと、ドラマを楽しむための基礎知識をおさらいしてみましょう。

《物語の時代》

このお話の舞台は紀元550年前後、南北朝時代の中国です。
日本では古墳時代。
中国で、その前後はどうなってたんでしたっけね。

いまんとこ、実在が確認されている一番古い中国の王朝は(いん)です。
紀元前17世紀ごろから栄えていました。

甲骨文字を使ってたのは、この時代。

そのあと、国がだんだん傾いてきて、結局、にとって代わられます。
それが紀元前1046年ごろ。

この辺の時代を知りたい方は「封神演義」〈ほうしんえんぎ〉を読んでみましょう。
歴史+神々の戦いという凄いスケールのフィクションで、歴史書じゃありませんが、遠い時代へのとっかかりとして楽しく読めます。特にマンガ版がおススメです。

周の時代はすご〜く長く続きますが、途中でだんだん息切れしてきて、異民族の侵入を受け、都を東に移します。それが紀元前770年。

この時点から前を西周、東に移してからを東周と言ったりします。

東周の時代、周の力は弱くなり、諸侯が乱立します。
またの名を春秋戦国時代といわれる群雄割拠の時代で、秦の始皇帝が天下を統一するまで500年間、国はぐちゃぐちゃです。
(でもいちおう、東周は続いてます)

この時代のことを知りたい方は「東周英雄伝」を読んでみましょう。
短編マンガ集ですが、とてもクオリティが高いと評判です。

でもって、の始皇帝が中国を統一します。
この時点で紀元前221年。

しかし、その治世はあまりにも短いものでした。
たった15年で国はまたバラバラに。

次に天下を争ったのは、身長207cmの大男・項羽〈こう う〉と任侠の男・劉邦〈りゅう ほう〉。
勝った劉邦はを建国します。

この時代のことを知りたい方には、司馬遷の『史記』がおススメです。
『史記』は伝説の時代から、漢代の初めまで、人物エピソード中心に編纂されていますので、歴史に関係なく読んでもお話として面白いです。

「史記」は日本でも訳本がいろいろ出てますが、はっきり意味は分からなくても、眺めるだけでも、一度、漢文で見るのをおススメします。

秦の始皇帝の元へ、単身、暗殺に乗り込む刺客の話とか漢文で読むと、刺客が始皇帝の側に近づくにつれ、
文章の方も畳み掛けるように短くなって、ゾクゾクします。

漢建国の時代を描いた映画もいくつか撮られています。
本ドラマのファンの皆様には、蘭陵王を演じたウィリアム・フォンが項羽として登場する《鴻門会》(『項羽と劉邦 White Vengeance』)がおススメです。

しかし、項羽とウィリアム・フォンじゃ、江南地方出身というくらいしか共通点思いつかないほどかけ離れているのに、よくぞキャスティングしたものです。

漢は、中断を挟んで400年続きます。

続きは皆さまご存じ、の三国が争った三国志の時代。

は鼎立した三国のうち、もっとも実力のあった国。
このころ、日本(倭)はようやく邪馬台国の時代です。
卑弥呼が魏に使者を送ったことが、中国の正史「魏志」の倭人伝に出てきます。

この後も、倭王はたびたび使者を中国に送るのですが、こんなにしょっちゅう政権が交代してたり、乱立してたりじゃ、どこへ使者を送るかも頭の痛い問題だったことでしょう。

逆に、外国から使者が訪れるということは、来られる側にとっても権威を高める効果があったのではないでしょうか。本ドラマでも、この先にちょこっとそういう描写が出てきますね。

さて、魏から起こり、最終的に三国を統一したのは〈しん〉。

しかし、二代目皇帝にして早くも国が乱れ、騎馬民族・匈奴〈きょうど〉の侵攻を許して、晋は滅亡してしまいます。

そしてこの後、中国史を学ぶ人なら誰もが覚えづらくてぶ〜たれる、五胡十六国〈ごこじゅうろっこく〉の時代が始まります。

いろいろな政権が興っては倒れるため、どこまでを国とカウントするか(そしてどこまでを「中国」とカウントするか)も悩ましい時代ですが、だいたいの成立順で見ると、

前涼・成漢・前趙・代・後趙・前燕・冉魏・前秦・後秦・西燕・後燕・西秦・北魏・後涼・北涼・南涼・南燕・西涼・大夏・北燕

これら北の国々と、南の東晋、劉宋が対峙していました。

五「胡」という名称から分かるように、この時代、力をもっていたのは北方の諸民族。

そのうちの鮮卑〈せんぴ〉族が建てた北魏は、439年から北中国を100年近く統一しますが、内紛があって、蘭陵王のじっちゃんが実権を握った東魏と、宇文邕〈うぶん よう〉のじっちゃんが実権を握った西魏に分かれてしまいます。

そして、魏の時代から隋が南北を統一するまでが、魏晋南北朝とひとからげに呼ばれている時代です。

東魏はのちに北斉に、西魏はのちに北周になります。

つまり、このドラマは、三代にわたる因縁のたたかいの最終章なんですね〜。

南中国の方は、分裂こそしなかったものの、くるくる王朝が変わる、安定しない時代に突入です。

この時代、北は仏教が盛んになる一方、鮮卑族などの周辺民族が実権を握り、自らの習俗を守り権威を打ちたてようという勢力と、漢民族に同化しようとする勢力が争います。

南は貴族文化が華ひらいた時代です。

この辺りの事情が、実に上手いこと、ドラマの脚本に織り込まれていますよね。

そして最後はどうなったかっていうと、
北周の楊堅〈よう けん〉が、589年に〈ずい〉を建国。

これで、220年の漢滅亡から、実に400年近く続いた戦乱の世も終わり、ようやく全国がまた統一された!

…と思ったのもつかのま、またも二代目がボンクラで、にとって代わられてしまうんですね〜。

ふぅ。

《参考資料》

中国では、前の王朝の歴史を次の王朝が編纂する伝統があります。

こうして作られた史書を「正史」〈せいし〉といいます。
逆に、個人的に編纂された歴史書や、民間に伝えられたエピソードを集めた歴史書を野史〈やし〉と呼んだりします。

ドラマに登場する「北斉」「北周」にも、それぞれ「北斉書」「北周書」が編纂されています。

加えて、「北史」「南史」という通しの史書もあります。

歴史ドラマのエピソードの出処は、だいたいこれらの史書ですが、プラス、もう一冊、使える史料に、北宋時代(南北朝よりだいぶ後)に編まれた、『資治通鑑』〈しじつがん〉があります。

この史書はエピソード集ではなく、年代を追った記述になっていて、南北朝部分はデキる人が編纂したと高評価を得ています。ただし、北朝で起こったことも、「南朝」の年代で書かれているので要注意。

正史を読みたい場合、中国でも出版されてるのですが、何しろ簡体字に直されているので、私の知識じゃ繁体字に逆変換をかけることが困難。しかし、他の史料を参照するときに、元の漢字が分からないと困る事が多い。

そこで、台湾の中央研究院・歴史語言研究所のアーカイブ↓を参照しています。
http://hanchi.ihp.sinica.edu.tw/ihp/hanji.htm

日本ではちゃんと「漢文」を習ってるんですから、これらの古典を読むのはチョロい…と思ったら、高校までの漢文の知識は、実はほとんど役に立ちません。

なんでかっていうと、白文(何の記号もついてない文章)を読む練習をしないからです。

昔習いましたよね、一、二とかレ点とか。覚えるのもメンドーくさいし一体なんだこりゃ、と呪ったりなさいませんでしたか?

実はあれもすでに一種の解釈なので、大変ありがたいヒントだったわけです。史書なんか見ると、一文がどこで終わるかも皆目見当がつかず、これならクリンゴン語の方がよっぽど分かると言わざるを得ません(←冗談です)。

急がば回れで、現代語をやった方が解読は易しくなります。私も、いい加減とは言い条、漢文がちょっとは読めるのも、現代語を習ったおかげです。

しかし、やはり古典は、現代語とは語彙も文法も違いますから、それなりの知識は必要です。

現代語が読める方なら、

初級は北京语言文化大学出版社の《古代漢語課本》
本格的には中華書局の《古代漢語》

がありますが、両方とも簡体字なのが玉にキズ。

日本で良い入門書がないのだろうか…とおっしゃる向きには、今のところ白水社の

加藤 徹先生著『白文攻略 漢文法ひとり学び』

一択です。

有り難いことに、唯一のこの入門書は大変良くできているので、どなた様にも自信を持っておススメできます。

これで基本の文法をおさえて、分からない単語は漢和辞典で引く。
この地道な作業で解読した内容が、結構とんでもないお話だったりするので「北斉史」はやめられません…。

ってことで、参りましょう、第11話

前回のお話は第10話(→こちら)へどうぞ。

さて、場面は変わりまして、独り、飲み直している皇太子・高緯〈こう い/Gao Wei〉。

宝石をはめ込んだ、すごい豪華な器。ここのロウソクは、第8話→こちら)のときとは違って、ナショナルカラーの赤ですね。

高緯はこの時代の習俗通り、床に座ってますが、演じてるロナルド・チャイは、とても座りづらそうです。何だか罰として正座させられてるみたい。

そこへ、腹心の臣下・祖珽〈そ てい/Zu Ting〉が通されます。冠が曲がっているのをみて、高緯は近づき、直してやります。

いとこの高長恭(こうちょうきょう/Gao Zhanggong=蘭陵王/Lanling Wang=四爺/Si Ye)といい、高緯といい、性格破綻してるのかと思えば、ときどきこういう優しいしぐさをするところが、高一族の興味深いところです。

高緯は尋ねます。

“怎麼搞得如此狼狽”
(なんだってこんなひどい有様なのか)

そう、自業自得とはいえ、彼は百臣の居並ぶ前で蘭陵王の側室・楊雪舞〈よう せつぶ/Yang Xuewu〉に侮辱され、意趣返しに出向くと、今度は蘭陵王本人にカンザシでお尻を刺される、という可哀想な目に遭ったのです。

“狼狽”ということば、日本語でも「うろたえる」という意味で使いますが、中国語ではそのほか、この時の祖珽のように、散々なありさま、というシチュエーションでよく使います。

ちなみに“狼狽 ”とは“狼 láng”プラス“狽 bèi”のこと。

伝説によると、狼の群れの中には“狽”という動物がおり、前足が短く、後ろ脚が長いために自力では歩けず、常に狼におんぶされて行動しているらしい。

二人羽織みたいなもんですかね?

だから、オオカミがいないと“狽”は行動できず、困ってしまう。

逆にオオカミにとっては、そんな邪魔なもの背負っているなんて何のメリットがあるのかと思いますが、実は“狽”は大変頭が良く、群れが危機に遭遇したときには的確な指示を出す、いうなれば諸葛孔明みたいな役割を担っているらしい。

なので、オオカミの方も“狽”がいないと途方に暮れちゃう。

だから、“狼狽”=うろたえる、すごく困ってる様子という意味になったんですって。

へ〜ぇ…

と感心したところで、傷心の癒えることもない祖珽は、蘭陵王の僭越ぶりを、縷々、太子に語ってみせますが、太子は不興げに、祖珽は楊雪舞の言うとおりの

“弄臣”(奸臣)

だ、と揶揄します。祖珽はそこで、

「蘭陵王は国は我が家とまで言い切りました。この後、皇太子の座を狙ったとて、不思議はありませぬ」

と言います。ここは原文では、

“四爺既然能提出國事如家事
難保他以後不把您的父王當作自己的父王啊”

(第四皇子殿下は国の大事は家の大事だとまで言ったのですから、
先々、あなた様の父君を我が父君と見なさないとも限りません)


と言っています。

原文はやや回りくどく、つまるところは、皇太子の座を狙っているぞ、という意味なので、この場は翻訳としては分かりやすさを採用したのでしょう。(この直後のセリフが補っているため、意訳しても問題ない箇所です。)

幼い頃に父親を亡くした蘭陵王にとって、本ドラマでの現皇帝・高湛〈こう たん〉は父に等しい存在という設定のようです。

ここは、脚本の上手いところだと思うのですが、いかがでしょうか。
つまり、皇太子は、皇太子の座を脅かされる以上に、だんだんと、父の愛情を奪う存在として蘭陵王を意識していくことになるのです。そして、話が先に進むと、それに加えて別の愛情も奪われたと感じることになるわけですが…。

この場の皇太子は、とりあえず祖珽を叱ります。

“大膽!”

無礼者、と叱責された祖珽は、四爺を悪しざまに罵っては(本音はどうあれ)太子の不興を買うと悟り、絡め手から説得にかかります。

ここで、先の邙山〈ぼうざん〉の戦いの失策を父君がどう思われるか、という話に持っていき、攻撃目標を、皇族である四爺本人ではなく、いったんは他へ転換します。

“不過此事 還有挽回的餘地
高長恭自從有了這個自稱天女的妖女 楊雪舞之後 才會目中無人 狂妄自大”


(しかしこの件には、まだ挽回の余地はございます。
高長恭は天女と自称する妖女・楊雪舞を得てから、眼中に人なく、
傲慢なふるまいをしております)


“楊雪舞出身賤民村原本就得民心”
(楊雪舞は賤民村の出、民心を得るのは当然です)

雪舞を賤民村の出身と言うのは、それ以前のことまでは情報をつかみ切れていないのかもしれないし、わざと貶めているのかも知れません。

雪舞を元凶のように扱うのは、祖珽にとっては一種の方便ではあるわけですけれども、結果的には、雪舞の存在が四爺を窮地に陥れることになっちゃうわけですね…。

それにしても、宇文邕にも、祖珽にも、弱みは楊雪舞だと一瞬にして見抜かれてしまう四爺は、戦乱の時代の武将として脇が甘すぎるのではないか、ま、どっちでもいいけど、とかなりの数の視聴者が感じていることでしょう。

ちなみに、“挽回”って言葉、中国語でも日本語でも、ここのセリフと同じ意味で使いますが、中国語では「よりを戻す」「失った愛情を取り戻す」って時にも“挽回”という語を使うときがあります。“挽回愛情”って言うのですが…何だかスゴく未練がましく感じるのは私だけ?

*

ところかわって、未練がましい皇帝が帰還した周の奉天殿。

ナショナルカラーがだからって訳じゃないだろうけど、画面も雰囲気も、とっても暗い周の朝議。

車に乗ってついに登場したのは、大冢宰〈だいちょうさい〉・宇文護〈うぶん ご/Yuwen Hu〉。これで、ようやく、雪舞のおばあ様が予言した、時代を動かす4人が揃いました。

悠々と馬車を降りる足元が映りますが、京劇で主役が登場するときの所作っぽい感じですね。

それにしてもずいぶん気を持たせたもんです。このドラマ46話までなんで、もう約四分の一終わっちゃいましたけど?

ギャラが高かったのか?

予算のことはさておき、いくら健康のためとはいえ、こんなご高齢の方に、エスカレーターもないとこ登らせるなんて虐待ではないでしょうか。

周の禁衛軍のしるしである、黒色馴鹿マークの上で何かをチャージしてるらしい宇文護ですが、相当息が上がってそうです。

しかし、朝議の場に到着すると、どっちが皇帝だか分からないほど華麗な衣装をまとった宇文護は、帝国なのに皇帝がいないなんてどーするよ、とか、格下相手にコテンパンに負けやがって、等々の説教を、矢継ぎ早にかましてきます。

そしてトドメはこれ。

“告老還鄉 望皇上恩准”
(老いの身にあれば辞して帰郷いたしたく、皇帝陛下のお許しを願い奉ります)

せっかく本人がああ言ってるんだし、
あっ、そ〜お?じゃ、宇文護ちゃん、お疲れ! 後會無期!(永遠におさらば)
ってヒマ出しちゃえばいいのに…と思ったけど、そう簡単には行かないんですね。

こんなおバカな皇帝がいるなんて、監督の私の責任ですんで里に帰ります…という大冢宰を引き留めるため、ひれ伏す朝臣たちの中で、独りぽつねんと立ってる、宇文邕〈うぶん よう/Yuwen Yong〉の腹心・宇文神挙〈うぶん しんきょ/Yuwen Shenju〉の目立つこと目立つこと。

さすがの宇文邕も空気を読んで、大冢宰に翻意を促す芝居をせねばなりません。油断も隙もない宮中の人間模様。皇帝だからって好き勝手できるわけではないんですね。

ほとんど玉座といってもよい席に招かれる宇文護。まだ息切れも収まってないのに、この上また階段を上らすか? と怒ったりはしません。よく見ると、大冢宰もさりげなく編み込みしていますね。

朝議も終わり、佞臣の李安が、大冢宰のご機嫌とりに、こんなことを言います。

「(宇文邕は)5つの頃、大冢宰に叱られて井戸に放り込まれて、
おまもりをしかと握って泣きじゃくっておりましたなあ…」


原文では、

“他五歲的時候 被大塚宰教訓 扔到了井裡
抱著長命鎖哭哭啼啼 你們大家今天看到了 他還是這個樣子”


宇文邕が「おまもり」を握って泣きじゃくってる有様は、今日、皆々様がご覧になっているのと同じで、相変わらずですなぁ、ということですね。

「おまもり」のところは原文では“長命鎖”

つまり、第6話→こちら)で雪舞と別れるときに渡して、のちに、第7話→こちら)で雪舞が蘭陵王の解毒薬を得るために周に来たとき取り返した“長命鎖”は、宇文邕が小さいときから身に着けている大事なものだったのです。

それにしても、臣下に叱られて井戸に投げ込まれるって、どういうシチュエーションよ?と思いますが、この先の回を見ると、これはお仕置きなどという生易しいものではなく、かなり怖ろしい状況だったのでしょう。

無事で長生きしますように、との肉親の祈りが込められた、子どもに掛けるお守りを、成人して自分の子もいる身で肌身離さず持っているとは、よっぽどの環境かと思われます。

しかし、こんな「虎の穴」で育ったオオカミである仔ブタ陛下(もはや訳が分からない)は気丈にも、

“宇文護 朕要謝謝你”
(宇文護よ、朕はそなたに礼を言わねばならぬ)

とおっしゃっておられます。

それは良いけど、原文のセリフの“謝謝你”(ありがとう)って、何か軽くない?

オオカミに育った人だの、オオカミに育ててくれた人だの、
オオカミを育ててあげた人だの、いろんなオオカミ関係の人が渦巻く本ドラマですが、 

「されど確かに宮廷には陛下を仔馬と呼ぶ方が…」

と言っているときの宇文神挙の表情はとってもcuteですね。

ここで登場する貞児というのは、アシナ皇后が宇文神挙に説明している通り、宇文邕の兄、宇文毓の忘れ形見なんですが、史実では皇子のはず。話がややこしくなるから姫君にしたのかな。

だいたい、宇文神挙は宇文邕の側近で、事情通のはずなのに、このタイミングで貞児を守る理由を説明する必要あるのか意味不明。

と、数々のミステリーに包まれた貞児ではありますが、そんな大人の事情をものともせずに、言いたい放題なのが可愛らしい。

小さい頃から病弱らしく、看病に来ない叔父さんの宇文邕に向かって、

“臭小馬兒 以後貞兒叫你小豬兒”
(くされ仔馬ちゃん、これからは貞児、あんたのこと仔ブタって呼ぶから)

言われた宇文邕は嬉しそうに、

「わかった仕方ない。仔ブタでもよい。
会いに来ない仔ブタが悪かった。」


と応えます。中国語ではさらに進んで、

“好吧好吧 以後就叫朕小豬兒 小豬兒給你賠個不是”
(わかったわかった、今後は朕を仔ブタと呼ぶがよい。仔ブタは詫びを申す)

わ〜い、お許しいただいちゃった!
じゃ、これから私たちも、仔ブタと呼びますね!

以下仔ブタ陛下と呼びます宇文邕は、貞児に約束します。

“就帶這貞兒 去騎馬 去獵豹”
(そうしたら貞児を、馬に乗せてやろう。豹狩りに行こうぞ)

日本語で一瞬
「さすれば仔馬が、貞をパリに連れていってやろう」って聞こえた…
(誰が呼んだか、空耳アワ〜♪)

貞児にはおフランスの魅力が通じなかったらしく、パリの…いや、狩りの話はもう飽きちゃった、“最危險的” (いちばん危なかったときの)お話をしてほしいの、とおねだりします。

宇文邕はちょっと考えてから、斉に囚われてしまった話をします。

“就是天女欺騙了阿怪 背叛了阿怪
所以阿怪很生氣”


(つまりは、天女が怪を騙して裏切ったのだ。
それで怪は怒った)


ってあんた今度は子どもを騙して…

と思ったら貞児は

“可先做錯的明明是阿怪啊
天女把阿怪當朋友 是阿怪先騙天女的”

「でも、先に天女を騙したのは怪よ
天女は怪を友だちだと思っていたのに
うそをついていたでしょ?」


とバッチリ見抜いております。

賢いお子だこと…やはり、宇文護の元で育つとオオカミになるように、“騙子”を乗り物にしてると、詐欺に耐性ができるのでしょうか。

“騙”という言葉に敏感に反応する詐欺師陛下ですが、貞が「でも、怪はいい人」とフォローしたので、ほほぉ…という表情になります。ここの、

“所以貞兒覺得阿怪不是壞人嘍”
(貞は怪が悪人とは思わぬのかな)
ってセリフ回しがとっても可愛らしい。

ちなみに宇文邕は、史実では大変厳格な父親だったらしく、厳しく躾けられた皇太子は大変恨みに思っており、父が崩御すると大喜びで羽目を外し、結局国が滅んでしまいました。子育てって難しいですね…。

そんな困った皇子とは反対に、天女が周国の天女だったら民もきっと幸せなのに、とプリンセスの自覚たっぷりに話す賢い貞児に、「機会があれば周に招いて、会わせてあげよう」と約束する、仔ブタ陛下。

この方の約束履行率はどんなものか、蘭陵王と比べて楽しみですね。
(はっ、しまった!比べるなんてウソです、四爺、お願い、壁ドンはや〜め〜て〜!!)

        *

一方の戦勝組ご一行さま。

アスファルトで固められたかに見える、素晴らしく整備された道の先には、斉の都・鄴〈ぎょう〉が蜃気楼のごとくそびえています。

現在の河北省邯鄲市臨漳県香菜営郷三台村(またしても、微妙にイナカくさい地名だこと…)に位置したと思われるこの都市は曹操の魏の時代に作られ、後趙、冉魏、前燕、東魏、北斉の六朝の都として栄えてきました。

当時の副都・洛陽〈らくよう〉に比べると知名度的には今ひとつですが、儒教の古典『周礼』〈しゅらい〉に則って築かれたほとんど唯一の都で、帝王が住むにふさわしい作りだったようです。

その決まりを「条坊制」〈じょうぼうせい〉と言います。

大きさは9里四方(ご記憶でしょうか、は帝王の数字でしたね)、東西南北に9坊の街路があり、通りは9台の馬車が並列で通れる広さを持ち、中央に宮室、その北側に市を配するなどとされます。

そんな偉大な首都なのに、テレビ映りが悪いのか、門構えは洛陽より小さいですね。宇都宮駅に大きさで負けてる栃木駅みたいなもんだろうか(関係者の皆様ごめんなさいごめんなさい)。

大通りを通らずに、車が2台すれ違うこともムリそうな路地を行く戦勝者の皆さん。誰も顔を見たことない割には、蘭陵王はバッチリ庶民にも顔が知れ渡っております。

馬上でもリラックスした感じの五爺と違って、四爺は片手で手綱をとり、片手は腰に当ててる歯磨きの時みたいなスタイルで、大物感を醸し出しております。こういう細かい演技(あるいは演出)、なかなか上手いですね。

村育ちの楊雪舞は、都会の喧騒に驚きます。
“好熱鬧”
(すごく賑やかね)
“我現在終於知道 什麼叫人聲鼎沸了”
(いま分かったわ、「人の声が沸き立つ」ってどういう意味か)

吹き替えでは、
「人の波ってこういうことを言うのね」
と視覚的な表現になっていますが、中国語では聴覚で賑やかさを表現するのが面白いですね。

雪舞たちは車の中にいて、音で周りの様子を知ったのでピッタリの表現です。

後ろの馬車にいる雪舞の様子が気になるのか、振り向く四爺に向かって五爺は、

“四哥你們吵架了
怎麼雪舞姑娘大病初愈 你們卻不一起坐馬車 也不聊天
這也太奇怪了吧”

(四兄、ケンカでもしたのか?雪舞どのは病み上がりなのに、
なぜ一緒に馬車に乗って話をしたりしないんだ。ヘンなの)


と言うと、四爺は

“你身邊來來去去這麼多女人
有誰拒絕你的理由 是因為她覺得你命中注定會跟別的女人在一起”

(お前の周りにはあんなにたくさん女人がいるが、運命の相手が他にいるはずという理由で拒絶した者はいるか)

と聞きます。いかにもこの手のことに不慣れそうな割に兄貴風を吹かしている四爺と、いつも余裕な態度でも弟らしく見える五爺のコントラストがおかしくて、つい笑っちゃうのですが、このあたりの2人の演技も上手いですね。

と、そこへ飛び出してくる年配のご婦人は、無事に息子が凱旋したものの、さらなる出征に備えて、履物をひと針縫ってほしいと懇願します。

日本にも、出征の無事を祈って道行く女性にひと針ずつ縫ってもらうという「千人針」という習慣がありますが、関係あるんでしょうか。

中国では布靴を履くため、家族の靴の底をかがる“縫鞋”というのが女性の大切な仕事でした。履いたら擦り切れてしまう場所にもかかわらず、素敵な刺繍を施したりすることも多く、恋人に贈るために作ったなんて話も聞きました。

ともかく、大事な刺繍帯だってグズグズで、最後は蘭陵王に手伝ってもらった雪舞。履物をかがるも、危なっかしい手つきで、まわりも固唾を呑んで見守ります(としか見えない・笑)

続きのシーンを見ますと、このひと針に小半時はかかってしまったのではないでしょうか。
こういうときのためにちゃんとお裁縫を習っておかなければならなかったのですね。さすがは未来を見通すおばあ様、ちゃんと予見していたのでしょう。

ものすごく手伝いたかったでしょうが、そうは行かないこのシチュエーション、生温かく見守るしかない四爺は、おばあ様並みの予知能力で、時間がかかることを予見していたのか、

“民為先 社稷次之 君為輕”
(民のことが優先で国家、帝王のことはその後だ)
という、《孟子》の言葉(孟子は“民為貴”)を引用して、雪舞を促します。

“雪舞 還愣著幹嘛,趕緊幫老婆婆縫鞋吧”
(雪舞、ぼうっとしていないで、はやく靴を縫って差し上げたら?)

これはまた、身内にいうような言葉遣いですよね…。

何とかこの試練(笑)を切り抜けた雪舞が暁冬と馬車に戻ろうとすると、四爺はいきなり、雪舞を「お姫様抱っこ」します。

このシーン、ウィリアム・フォンはかなり軽々アリエルを持ち上げてるように見えますが…。

そう言えばこの方、《鴻門会》とか《宮》とか《蘭陵王》とか、管見の限りでも結構何度もお姫様抱っこをやらされてるけど、まさかキスシーンみたいに自発的に増量した、ってことはないですよね…。

実際はどのくらいの物(?)まで持ち上げられるんでしょうか。

という、私の素朴な疑問に、もやもやとながら答えてくれた台湾のバラエティ番組がございましたので、参考までにご一緒に見学いたしましょう。

その名も中天電視の《康熙來了!》(康熙が来る!)

これって、ロンブーの田村淳さんが出た番組じゃなかったでしたっけ。
同じ番組に2013年11月にはウィリアム・フォンさんがゲストで出ました。

…しかし、動画がないな。これ、公式なんだろうか…?
http://www.iqiyi.com/a_19rrgubpsd.html

間違ってたらごめんなさい。↓こちらは公式HPです。
http://blog.ctitv.com.tw/10hour/archive/2013/11/03/14044.aspx

もう皆さま、ご覧になっていらっしゃることと思いますが、コメントから見る限り、この番組(特にこの回)は、地元での評判がすこぶる悪いです。

曰く、ウィリアムは滅多に台湾には来てくれないのに、なんで他のゲストと一緒くたなの?

とか、

せっかく呼んで、ほとんど話をさせてない。

とか、

ウィリアムは、やるせないって顔してますけど。

とか、

なぜ他のゲストとか、ファンを見なくちゃいけないの。

とか、とか、とか…。

その気持ちは分かりますが、バラエティ番組なんて、どこでもそんなもんですよね…。
逆に、普段は海外のバラエティ番組なんて見ませんから、これは良い機会かも知れません。アウェイで居心地悪い状況になったらどうするか、まずはウィリアム・フォンのお手並み拝見と行きましょう。

彼は、いくつか基本的なテクニックを使ってますので、参考になります。
中国語圏でのコミュ力アップにお役立てください!

この番組の司会者は、蔡康永と徐熙娣(小S)のコンビ。
《康熙来了!》という番組タイトルは、2人の名前から1文字ずつ取って付けたものだとか。
では、どうぞ!

=蔡康永
=徐熙娣(小S)
=馮紹峰(ウィリアム・フォン)
=番組を見学に来たファン

:本日の《康熙が来る!》は、遠方からの大スターをお招きしています。
とにかくファンの数がすごい。ご覧の通り、私と小Sの向かいにも20人いらっしゃいますけど、セットの裏側に集まっている人の数って言ったら、カメラさん?
 
(後ろで見学していた人たちは急に映されたので、慌てて逃げまどう。般若の面で顔隠してる人もいます(笑)

:憧れの人をひと目見ようと集まった方々です。
  皆さん、そろそろ出勤時間なので、面出しはマズイ、ということなんですね〜。 
:お子さんの面倒を見なきゃいけない人とか、食事の支度をしなきゃいけない人とかも…
:それでも一部、捨て身の方々もいらっしゃいますね。
:それもそのはず、この場にいるとオイシイことがあるんですよ。
  憧れの人とお話したり、質問に答えてもらったり、さらには、

(カメラが、スタジオの中で立っているファンを映す)

:近くで触れ合ったりも出来るわけなんですね〜。

(近くで触れ合うって…アルパカ牧場か!?
と、ツッコミを入れる視聴者を後目に、番組はガンガン進行します)

:ファンの皆さんの他にも、スタジオにはゲスト出演者をお呼びして、一緒に遠方からの特別ゲストを歓迎したいと思います。
(中略)
  では、お迎えしましょう、蘭陵王を演じた、馮紹峰さんです!
(中略)
:ようこそ、こちらへどうぞ…

(と、アルパカ…いえ、馮紹峰に握手しようとする男性司会者に、強引に取って代わって)

:馮紹峰、いらっしゃい。こちらへどうぞ。
  こちらは、私とコンビを組んでる司会の蔡康永です。ねっ!(客席爆笑)
:ちょっとしたお土産を持ってきました。
:ありがとう。
:(わざわざ回り込んで)これは一体何かしら?(無理やりなボディタッチに客席爆笑)
:北京の“剪紙”(切り紙細工)です。
:せんし?
:そうです。
  (徐は包みを開け始める)
:馮さん、今回の出演にあたって、誰かにアドバイスしてもらいました?
  お隣りの女傑対策について…。
:僕ですか…(徐に向かって)僕、フェイとは良い友だちなんですよ。 
:フェイって、汪小菲?
:そうです。
:ちょっと、いつ知り合いになったのよ?
  (徐の剣幕にちょっとビビる馮紹峰)
  フェイと知り合いなら、早く言ってよ。
  (テロップ:早速、手を握ってる)
  (思わず苦笑する蔡)

皆さま、ここで馮紹峰が使った戦略、分かりましたか。
相手の親友と知り合い、ということを見せるのは、
中国の方と即、お友達になりたいときには、とても有効な作戦です。

しかもここでウィリアムが名前を出した汪小菲とは恐らく、司会者小Sのお姉さん(大S)の旦那さん。つまり小Sにとってはお義兄さんにあたる人です。

満州貴族の出身で、北京の大財閥の御曹司、自身も財閥のCEOを務め、東日本大震災のときには、日本にぽんと数千万を寄付したと噂の人物であります。

中国語圏、特に台湾や香港のように伝統を守っている地域では家族のつながりが非常に強いので、家族の友だちは粗略にできない存在なのです。

もちろん、自分にとって目上の義家族のお友達なら、お行儀よく接しなくてはいけません。

:汪小菲の話が出たってことは、このリアクションはなしって事じゃない?
:いいえ、そんなによく知ってるんなら、先に楽屋でいろいろお話できたでしょ。
:「せんし」は僕が持っとくよ。君の手がふさがらないようにね。 
  はい、これでフリーハンドですよ、お好きにどうぞ。
  で、これが馮紹峰が君に持ってきたプレゼントなんだね。
  (額装した切り絵を見せる)
:あら、馬だわ。じゃ、私が午年生まれだって知ってるってこと?
:ええ…。
:あら、あなたってどうしてそんなに“貼心tiexin”なの?!

はいはい、中国の方へのプレゼントで大事なこと、思い出していただけましたね。
「あなたのため」を思って「特別に用意した」と分かっていただくことが、大変重要なんでしたね。馮紹峰も、この戦略を採用しました。

そして、愛され男子になりたければコレ、“貼心”

“貼心”とは何か、先の回でご紹介しますが、ドラマでもキーになる概念ですので、覚えといてくださいませ。

もちろん、この司会者は、ドラマを知ってるから特にこう言ったんでしょうね。
この場の文脈で訳すと、「気が利いてる」になってしまうでしょうが、会話の続きからも、この言葉のより深いニュアンスが感じ取れると思います。

:馮紹峰の鼻に向かって「ゲッチュー」のジェスチャー)
(テロップ:お茶目さん)

:なぜ私が午年生まれって知ってるの?
:僕も午年生まれなんです。

馮紹峰の次の戦略、分かりますよね。
日本でもそうですが、早い段階で相手と自分の共通点を見つけ出し、共感を得るのはとても大事です。

:それでね…。
:何、君たちお互いもっとお近づきになりたいわけ?
:ていうか、私、真剣にゲストのプロフィールをチェックするんですけど、
  とっても驚いた事実があるのよ。
:どんなこと?
:彼は1978年生まれだってことよ。
(不安げな面持ちで蔡を見るウィリアム)
:で?
:私もそうなのよ!
(抱きつかれて、冷や汗三斗のウィリアム…)
  奇遇だわぁ…ホント、奇遇よね?!
(美女ゲスト3名が映る)

:しかもね、1978年生まれの人って希少なのよ。それも午年で。
:そんな、ワインの当たり年とかじゃないんだからさ。
:御縁があるってことじゃない?

ちなみに日本では、「ひのえうま」の迷信のために、出生数が減った午年がありましたが、日本統治の影響で、何と台湾にもその習俗が伝わっていたそうです。ただし、日本とは内容が若干違っていて、ある条件が揃った年に結婚すると死別や離婚が増えるとして、その年(“孤鸞年”)には結婚を避ける風習がまだ残っているそうです。

:(ウィリアムに)ねぇ、何か助け舟を出してあげた方がいい?
:いいえ、とても良くしていただいて…今回台湾に来て…
:私たち台湾人はね、熱烈なおもてなしで有名なのよ! 
(スタジオに集まったファンたちに)
  そうでしょ、みんな?!
(熱烈に拍手するファンたち)

:皆さんにもあとで特別なおもてなしがありますよ。 
  馮紹峰は特に、ファンに優しい人だもの。
  だからきっと、ハグとか、握手とか、一緒に写真撮るとか、
  何でもOKじゃないかと思います。
  てことで、私は向かいに移動してファンの方に聞いてみましょう。
 
:(ファンの脇に立って)馮紹峰、君のファンはどんな年代の人が多いの?
  幅広いの?
:いろいろです。
:最高齢の方は?
:覚えてるのは、ファンの中に女の子を2人連れたお母さんがい  て、その日は僕の誕生日会に参加してくれたんです。
:つまり、母娘であなたを愛している、と。
:そうですね。家族ぐるみで応援してくれてます。

おほほほ。上手い切り返しですこと。さすが機転が利きますね。

:(スタジオのファンに)じゃ、お歳を伺ってみましょう。おいくつですか。
フ:29です。
:今日はお仕事は、サボってらっしゃる?
(スタジオ・笑)
フ:社長は、追っかけ女子してもOKだって言ってくれてます。
:社長の許可済み。
フ:そうです。
:理解してくれてるって事ですか。
フ:ちょっと理解しがたいみたいです。
:でしょうね。いつからファンに?
フ:《蘭陵王》を見てからです。
: それって、脱いでるシーンがあるから?
フ:違います。とてもカッコいいと思って。
:時代劇と現代劇とどちらの彼が好きですか。
フ:現代ものの方が好きですね。
;じゃ、こっそりあなたの質問を聞かせてください。
  彼に聞いて良いかどうか私の方で判断しますんで。
フ:(耳打ちで:「付き合ってる彼女さんと結婚しますか?」)
:(真顔で)そんな質問は適切じゃありませんね。
フ:(驚く)ホント?
:彼女、何ですって?
:(耳打ちで:「ガールフレンドと結婚するのかって」)
:これは聞いてもいいと思うわ。
  だって、私も彼のガールフレンドのこと好きだもの。
(スタジオ:え〜〜っつ!?)
:じゃ、どうぞ。sが聞いてもいいって言ってるから。
:(ウィリアムに)今のガールフレンドと結婚しますか?
:付き合ってるって事は、どうしてもそうなりますよね。
  さもないと時間のムダだもの。
:良い人だなぁ。ファンからのこういう質問にも嫌がらずに答えるんですね。
:それはいいけど、あなた方、彼女が誰かは知ってるの?
フ:(スタジオ内のファンは皆うなずいて、口々に)知ってます。
:誰?
フ:ニー・ニー(倪妮)でしょ。
:(ファンに向かって)そんな事まで知られてて、馮紹峰は君のこと嫌いにならないかな。
フ:だって2人はオープンにしてますよ。
:ガールフレンドは、《金陵十三釵》(チャン・イーモウ〈張芸謀〉監督の映画。第10話の5→こちら)をご参照ください)に出てた人よ。
蔡:(小sに)もういいって。彼自身は、この件について、あなたにペラペラ話して欲しくないかもよ。せっかくのゲストなのに、この話題で引っ張って良いかどうか確認しといたの?
:(ウィリアムに)だって私の知ってる限りでは、あなたはいろんな時にガールフレンドの話をしてるでしょ。
:それが普通だと思います。
:じゃ、結婚するっていう話は前にもしてるんだ。それとも、今日初めて無理やり言わされたの?
:だけど、いつかは決まってません。それはまだノープランなので。
:だとすると、なかなか寛大ですね、このファンの方も。
  彼、ガールフレンドと結婚するって言ってますけど、特に気にしません?
  それとも実は内心、すごくショックを受けてます?
フ:ええ。
:おっと、ショックなんだ!
  じゃ、もうこの場にはいたくないでしょ。追っかけはやめる?
  それとも、やっぱり近くに行きたい?
  S、彼女、任せるから。馮紹峰が何か彼女にしてあげても良いと思うことがあったら、お願いしてくれる?
:いいわよ。
:OK,じゃ、あちらへ。
(アシスタント(陳漢典?):ずいぶん近くまで来たね)
(ウィリアムが握手したかと思ったら、いきなり彼女にハグしたので騒然とするスタジオ)
:私、まだキュー出してないのに、自分でそこまでする?!
:(ファンに)はいはい、ハケてください。  
(陳:来た甲斐、あったよね)

ああ…わずか1年半前の話だって言うのに、何だか気の毒。
でも、こればっかりはしょうがないですよね…。

脱線の上にまたまた脱線しますが、この番組の1か月前に、ウィリアム・フォンは今度は中国国内の別のインタビュー番組《大牌駕到》(BIG SHOT)に出演しています。

こちらは、クオリティの高さで評判のよい番組。ウィリアムは2014年の9月にも同じ番組に出演していて、いずれも質問・答えとも深みがある、大人の会話が展開されます。そのせいか、この番組では毎度ウィリアム・フォンの映りが非常に良く、そこがまたポイント高かったり…。

《神都竜王》撮影時を中心に、《狼図騰》(「神なるオオカミ」)撮影時の映像や、ヤン・ミー、ファン・ビンビンなどこれまで共演した女優さんたちへの評価など、興味深いトピックがてんこ盛りの本プログラム、24:00ごろから話題はインディペンデント系の出演作《我想和你好好的》(「息もできないほど」)に移ります(この映画についての紹介は→こちら)。

=華少(司会)
=馮紹峰

:この作品で一番忘れられないのはどのシーンですか?
:忘れられないのは…すごく寒い日に撮ったストリーキングのシーンです。
 彼女が後ろから追いかけてくるって設定で、台本にはストリーキングって書いてあるんだけど、実際には、
:全裸じゃない、と。(スタジオ爆笑)
:一糸まとわず街中を走ったって訳じゃないですけど。

ほほほ、とても印象に残りますが、結構カワイソーなシーンですよね、これは。

ウィリアム・フォンは女にだらしないコピーライターの役。
ブレイク寸前の女優(ニー・ニー)と付き合うものの、彼女は常軌を逸した束縛女。
(…ある程度はウィリアム・フォンが悪いんですが)
ついに耐えきれなくなった彼は、彼女のお金で買った服を脱ぎ捨て、
下着姿で彼女から逃げる。これがストリーキングのシーン。

タクシーに飛び込むと、運ちゃんに物凄い北京なまりで、

“搞藝術的 行為藝術吧?”
(お客さん、ゲージツ家? 前衛ゲージツかい?)

って言われる場面です。(中国では最近、パフォーマンスアート=ストリーキングになってるらしく、観客大爆笑)。

:この映画で描かれているのはいわゆる、現実世界の恋愛であって、頭の中で考えてるような、映画の中で見るような完璧でファンタジックな恋愛ではないですよね。
:等身大でナチュラルな映画なんです。経験がある人なら、自分と似たようなところを探し出せると思いますね。
:こういう映画だと、演じてるときに自分の地が出るってこともあったでしょう?
 ちょっとした仕草とか感じ方が出るということはあったと思いますね。日常にとても近い映画ですから、演技に見えてはいけない。だからパーソナルな部分が出てるとは思います。彼女自身の一部も投影されています。どうしても出ますよね、セリフだとか、口調だとか、ちょっとした雰囲気的なものとか。役者は自分自身を材料にして料理を完成させるしかないから。

(インサート映像/李蔚然監督:「恋愛ものの場合には、主人公の男女が一緒にいるとき、火花が散ってるようでないとダメです。この映画では上手く2人の状況とタイミングが合いました」)

(インサート映像/ウィリアム・フォンのインタビュー映像:「一番良かったことは、僕たち2人が時間をかけてすり合わせをしなくても良かったということです」)

:あの時は本当に僕たち2人ともこの台本に魅了されていました。本当に良い脚本でしたし、素晴らしい映画だった。完成した映画を観ましたが、とても気に入っています。出演した甲斐があったし、苦労も報われたなと感じました。
だけど同時に、この映画に出たことを後悔してもいるんです。

:どうしてですか。良い映画だったんでしょ?
:ちょっと後悔してるんですよ。あまり深く考えてなくて。
  だって、僕とニー・ニーが演じてると、実際、僕たちはこういう関係でしょう、
  映画が上映されたら、プライベートに結びついてしまう。
  僕はプライベートな事を持ち出したくない。そこに注目されたくはないんです。
  (と言いつつ、なぜかとてもアンニュイな表情をするウィリアム)

:だけど仕事柄、どうしたって注目されますよね。そうならないようにってのはムリでしょう。
:そうですね。僕は理想主義だから…そんなことは理想でしかないかも知れないけど、でも僕は心の中の理想の境地を守っていたい。その点は申し訳ないとしか言えない。

この発言は、同じインタビューの前の方でウィリアム・フォンが、「自分は出演料ゼロでも出ることがある、やり甲斐は金額の問題じゃないし、自分が必要とするものは足りてる。お金なんかたくさんあったって意味ないですよ。いっぱいお金を持ってて、どうするの?」と発言して、「それはずいぶん理想主義ですね、実利を尊ぶ上海人にしては珍しい」と司会者に言われた事と呼応しています。

:それに本当言って、大したことないですよ。
  僕たちの生活はみんなと全く同じで、ごくごく普通なんです。
  お互い、ちょっと忙しいけど、でもそれは周りの人を見てたってそうです。
  しょっちゅう出張に行ったりね。
:ありますね。
:でしょう。普通ですよ。ここのカメラマンの方だっていつも出張が…
:矛先をそっちに飛ばします?(笑)そんな困った顔しないでくださいよ、
 もうこの話は聞かないですから。

(ウィリアムの横にテロップ:やっと切り抜けた…) 



ってことで、蔡さんがプライベートな話題を出すにあたって、ウィリアムに気を遣ってるのはホストとして当然の態度だという事ですね。

逆に、こういうことはホストとして聞きづらい(テレビ局の見識を疑われかねない)ので、ファンから聞く形にしたのであれば、なかなかの高等戦術と言えるでしょう。

実際、クオリティの高さを褒められているこの《大牌駕到》でもゴシップは取り上げざるを得ないためか、視聴者が知りたい10大キーワードからルーレットで選んで質問する、という形式を採っています。

視聴者が知りたい、そのキーワード自体も、何だかな〜というか、ある意味興味深いのですが、ここは話がややこしくなるので、元の《康熙来了》に戻りましょう。

10分過ぎくらいから:

:じゃ、あと3人で終わりにしますね。
  (ファンを見て)この中から選んでもらえますか。
:それは難しいですね…。
:選べない?
:何が苦手って、選ぶのが一番苦手で。

またまた機転が利くところを見せてくれましたね。
本当に優柔不断ってこともあるのかもですが、この場はもちろん、彼自身が選んだら、他の子たちが傷つくからですよね…。

:じゃ、代わりに選んであげていい?
:よろしく。
:この列の後ろの方に立ってる、その女性の方。
:こちらの方ですか? 前へどうぞ。
  伺いますが、ご家庭を放り出してきたんですね。 
フ:そうです。
:お子さんがいらっしゃる。
フ:2人います。
:旦那さんがご覧になったらどうします。
フ:大丈夫です。だって、主人に、今日は馮紹峰に会いに行くのって言ってあるので。
 そしたら、「じゃ、早く馬に乗って行かなくちゃ」って言ってくれました。
(お辞儀をするウィリアム)
:ってことは、旦那さんはやきもちは焼かないと。
フ:はい。
:小Sがあなたを選んだのには、きっと理由があるんでしょうね。
フ:ええ、だって私も1978年生まれだし、うそ、1979年です。
:実は私の従妹なの。

仕込みかよ!

:何だよ、身内のコネか?
:今日は馮紹峰に会う以外に、親戚同士、久しぶりに対面するって意義もあるのよ。
フ:そうね。お久しぶりです。
:身内ってことは、あなたの希望はsが絶対叶えてくれるということですかね。
フ:ホントですか? でも彼、すごく痩せてるから…。
:ん? 
フ:だってほら、実際の馮紹峰はあまりにも痩せてる。
  彼、《鴻門宴》(『項羽と劉邦』)で覇王・項羽を演じたでしょう。
  すごくがっちりしてる人っていうイメージだったので…彼は最後に虞姫(虞美人)を腕に抱いてぐるぐる回るじゃないですか。だから、私にもあれして欲しいなと思ったんですけど、私は大柄だし、彼はあんなに痩せてるし。
:だったら、あなたが彼を抱っこして回ったらいいじゃないの。
フ:いいの?
:私の従妹を持ち上げてみてもらっていい?
:大丈夫です。
:やってみてくれるって。頑張れ。
:(従妹に)お腹のコアに力を入れて、自分でも自分を支えるようにしてね。
(漢:気を付けてよ)
(びっくりするほど軽々持ち上げたのでスタジオ騒然)
(漢:すごい力持ち。全然OK)
:うちの親戚、ちょっとやり過ぎじゃないかしら。
:従妹さん、ありがとう。

…長々引用しましたが、実はまだ続きがある!!!
(今回はもう大サービスっていうかもうヤケクソ)

お姫様だっこはもはやこの人の特技?トレードマーク?になってしまってるらしく、今年に入ってもまだやってます!

では、ご覧いただきましょう、中国・安徽電視台の看板番組、《非常静距離》
↓こちら。
https://www.youtube.com/watch?v=JpdzH63FP2A
2015年3月放映の回です。

司会者は、これまでも何度かご紹介していますトーク番組、《超級訪問》(スーパー・ヴィジット)と同じ、李静さん。

2:09からどうぞ。

=李静
=馮紹峰

:それでは拍手でお迎えください!
:皆さんにご挨拶をお願いします。
:hello! 皆さんこんにちは!
:みんな、馮紹峰はずいぶん痩せたと思わない?
(スタジオ:痩せた痩せた!)
:最近、新しい映画を撮ってるからみたいよ。
:そうです。《三打白骨精》(「西遊記」シリーズの1作)って映画です。
  それで僕は…
:(ウィリアムを押しとどめて)何の役か、当ててもらいましょうよ。
(スタジオ:唐僧!!(三蔵法師))
:誰よ「白骨精」って言った人。

はははは。
白骨精は名前の通り、骨と皮の妖怪なんですよね…。

:監督に言われたんですよ。三蔵法師は、この映画じゃ修行僧だから、あまり栄養よかったらダメだよって。それで僕…
:おや、あなたが演じるのはお師匠さまですか。(拝む)
:善い哉、善い哉。

以前(第7話の3こちら)、ちらっと出てきましたが、三蔵法師は実在の人物で、しかも、イケメンなことで有名だったんですよね。

彼が天竺からお経を持って帰ってくると、長安中の女性がひと目その姿を見ようと通りに繰り出して、大変な事に…。

日本でも、女に見まごう美法師ということで、夏目雅子さんとか、美女が演じる伝統がありますよね。

てことは、また、女に見まごう美男子の役なのか…。

:彼は痩せてますけど、でもすごくガッチリしてるのよ。
  そうだわ、あなた褒めてくれてないじゃない、私も痩せたの。
  3キロ半も痩せたのよ。
:ホントだ、(ハグして)痩せましたね。
:もともとは手がぐるっとは届かなかったんだから。
:ホントホント。

何が「ホント」なんだか…

:この前はワン・リーホン(王力宏:言うまでもないかと思いますが、大人気のイケメンシンガーソングライターの方です)が一発で私を持ち上げたのよ。
(思わずウィリアムと目が合うと、ウィリアムが抱きかかえようと手を伸ばすので逃げる李)
:いいから、いいから。
:出来ないと思ってるでしょ。
(スタジオ:抱っこして!抱っこして!)
:(ウィリアムと腕を組んで照れる)ダメダメ、終わり終わり。
 あなたがダメだって思ってる訳じゃなくて、持ち上がんないのがイヤなのよ。
 痩せたって言ったって…
:今晩は本気で行くからね(いきなり抱き上げる)

(中略)
 
:《狼図騰》(「神なるオオカミ」)は撮影にどのくらいかかったの?
:僕が出た部分だけで8か月です。
:ずっと圏外だったんでしょ、ロケ地は。
  そんなことであなた、どうやってニー・ニーとお付き合いするの?
:(ちょっと困ったような表情)
:都会のカップルだったら、ほとんどが1週間のうち少なくとも2回くらいは会うでしょう? あなたたちは何か月も会わないんじゃない?
スターがお付き合いをするって、実際どうするの?
:彼女だってロケ地に遊びに来ますから。
(と言って、なぜかため息をつくウィリアム)
:8か月のうち、4か月くらいは滞在してたんでしょうね?
:それはないですね。
:じゃ、どのくらい?
:(いきなり話を変えて)電話できますから。今は電話がかけられるんですから。
:彼女はオオカミを見たの?
:来たときに見てます。
:彼女、あなたより勇敢でしょ?
:すごく度胸がありますよ。彼女は全然、その手の…
:ニーニーは、ぱっと見、いかにもおとなしそうですもんね。
  でも本当は、
:女傑みたいなところがある…
:(さえぎって)すごく破壊力がある人なのよ。
  見た目と中身が全然違う人なの。いつか、単独でインタビューしたいと思ってますよ。
:僕が思うに…
:(さえぎって)あなたに一言いいたいわ。
  おつかれさま(笑)
:ものすごく破壊力がある。それは本当です。
:ニーニーは、あなたが一緒にいるときは、いかにも弱弱しそうに見えるけど、全然違うわよ。そうでしょ?
:そうとも限りませんたら。
:(大笑い)

この司会者、さすがよく観察してますな…ほとんど言い当ててると思うわ。

このあと、ゲストとしてマダガスカル(《後会無期》(「いつか、また」)に登場した犬)が登場するんですが、掛け合いがとにかくすごく面白いです。

草原から帰ってきたら動物と話をするようになったんです、とか言ってる脇で勝手なことをするマダガスカル兄貴。ウィリアムは全然相手にされてません…。

そのほか、大学時代の「ご学友」も呼ばれていますが、誰かを当てるのに、3つまで質問してもいい、って言われて最初の質問が、

:男ですか?

って(ははははは)…。

その後の司会者の答えが、

:女を呼べると思うの?

っていうのがまた笑う(はははははは)。

この後、大学時代のクラスメートに、実はハイパー進学校の出身だとか、大学時代、女の子にどんな態度だったかとか、実家が結構金持ちだとか、あだなの話とか、先生にえこひいきされてた話とか、いろいろ暴露されててとっても面白いんですけど、また関係ありそうな回のときにご紹介しましょう。

それにしても、演劇大学の入試とか課題とかって大変なんですね。180度開脚とか、できないって…

あ、いえ、でも痩せたのは役作りのためだけなんでしょうか。
まあ、言っても仕方ないことですけど、本当に気の毒。
しかもこれで分かったけど、《狼図騰》のすぐ後だか、同時だかに《西遊記》も撮ってたってことですよね。そりゃ全然オフなんかないでしょう、可哀想に…

 *

ドラマに戻ると、非常に短距離、どころか、楊雪舞には距離を置かれそうになってる四爺ですが、今や彼はめげません。

“本王知道你要跟本王保持距離
但不管怎麼說 你始終還是我的妾
咱倆一起坐馬車吧”

(私とは距離をおこうとしていることは
知っているけれど、結局のところ、
あなたは私の妻なのだから、馬車には一緒に乗ろう)


ここの声の演技もとってもいいですね。

私があれっと思ったのは、主語の「私たち」に、
“我們”ではなく、
“咱倆”という言い回しを使っていること。

“我們”はニュートラルなニュアンスですし、自分が入っていれば人数は何人でもよく、「私」の方にウェイトがあります。
“咱倆”は口語で、「私とあなたの二人」という意味ですが、ここの「あなた」は身内の人、というニュアンスがあります。日本語でいう「わたしら」的な感じですね。

こんな細かいとこまで、勝手に既成事実化していますね。

ただし、ここの記事を書くために日本語で聞いてみると、セリフの印象はかなり中国語と違います(もちろん、翻訳のせいではありませんが)。

原文をよく見て頂くと、「私の妻」のところは、

“我的妾”

私の“妾 qiè”(側室)だとはっきり言っています。

日本語で「側室」という言葉は、「正室」を強く意識させるので、ちょっとまたニュアンスが違ってしまうから、ここでは使えなかったのでしょう。

なので、日本語で聞いてると、もろ少女マンガチックなシーンですが、中国語で聞いていると、現代人としては、やや興覚めなセリフですし、次のシーンへの重要な伏線にもなっています。

一方、馬車から徒歩で行く羽目になった韓暁冬は、

“找適合離開的馬車”
(出ていくのにピッタリな馬車を見つけてやるからな)

と心に決めます。
乗り物の恨みは怖いぜ!(←何か違うけど気にしない)

背後に大変めだつ、パッチワークキルトのおふとんを被った人物が立っていますが、誰も気にしてませんね。現代日本なら職質ものだと思うけど、当時は別に誰も気にしてないのかな。ま、冬だし熱中症の心配はないでしょうけどね。

街はそろそろ、夕景に入ろうかというところ。

宮殿の中では、ひと針縫うのに午後いっぱいかかってる?雪舞のために、文武百官が待ちぼうけを食らわされており、斛律光〈こくりつこう/Hulv Guang〉将軍もやきもきしています。

遅れてくるのは大物の証(?)なのは周も斉も一緒のようで、厳流島の決闘じゃないですけど、待たせされてイラついたら負けなのも、世界共通のようですね。

とはいえ、いくら王侯とはいえ四爺の宮廷での地位はさほどでもないらしく、非難の声が飛び交うなか、してやったり的な祖珽の表情がウマすぎです。ぜひご注目ください。

同じ回に、周の実力者・宇文護と、斉の皇族・蘭陵王の似たような登場シーンを登場させる狙いは、もちろん両者を比較して際立たせるためでしょう。

そしてもう一方では、こういうことをすると周りがどう思うか、ということを視聴者にはっきり提示する意図もあるものと思われます。

つまり、蘭陵王の方は、善意から遅れて参内する羽目になった訳ですけれども、周りの彼への評価は宇文護と同じ、すなわち、実力の誇示と、簒奪者としてのイメージが強く印象づけられる、ということです。

善かれと思ってしたことが、結局、積もり積もって自分の悲劇を招くことになるという物語の伏線が、ここにも着々と張られています。

さて、周よりは、かなり階段が低い、斉の玉座。
朝廷内もお互い距離が近くて、ややカジュアルな雰囲気ですね。

そこへ、おお、もう一人、重要な関係者の登場です。

斉の皇帝・高湛〈こうたん/Gao Zhan〉と胡皇后。高緯の実父・実母です。

“高長恭此次戰功彪炳 回城時多受百姓擁戴 故而耽誤了時辰”
「高長恭はこたびの武勲で民より盛大なる歓迎を受けておるため、ずいぶんと参内が遅れるようです」

ところで、さっきから祖珽は蘭陵王を呼び捨てにしてますが、あんた四爺より位が高いわけ?

段太師が急いでフォローしているところに、四爺、五爺、雪舞のトリオが参内します。

それにしても、通路の真ん中になぜ邪魔なものが?
どうみたって香炉に見えますが、こんなもの、必要なのでしょうか。
あんまり見たことないけど、この時代の宮殿はこうだったのかしら。

これに近いレイアウトのお部屋がある場所といえば…。

寺か?

この時代、仏教が盛んだったということなので、こんな風な内装にしてみたのでしょうか…。ちょっと私には謎でございます。

さて、巧みに遅刻のフォローをする雪舞。「さきほど蘭陵王と…」いうセリフに敏感に反応して、雪舞を見る四爺がカワイイですね。

庶民の負担を慮って…という雪舞の発言に乗っかって蘭陵王も、庶民といえども血筋を絶やさないようにすべきだとそれを支持する発言をしますが、言ってる間にちらちら映る、祖珽の表情がまた、実にウマいです。得々として進言する雪舞と蘭陵王の2人。

民をないがしろにしたと見なされた高緯と祖珽にとっては、相当耳障りなことを言われているはずなのに、また、このしてやったり的な表情…。

この後、高緯は皇帝から叱られ、祖珽に至っては減給処分になってしまうのですが、本来の目的である、雪舞と蘭陵王を引き離す、という作戦の方はまんまと成功します。

冒頭の、蘭陵王が現皇帝を継ぐのでは、という祖珽の讒言に始まって、

独り残った子を兵隊として取られないように、という雪舞の訴え

庶民と言えども血統を絶やさないように、という蘭陵王の訴え

蘭陵王自身も家系を絶やさないようにする義務がある、

と上手くつなげた脚本の巧みさが光ります。
祖珽が何だか嬉しそうだったのは、雪舞と蘭陵王が自ら罠にはまってくれたからだったのですね…。

ついに蘭陵王は、貴族の中から正妃を選ぶように、という命を受けてしまいます。
“選妃大會”って名前がまたスゴイですが、さすがの四爺といえども、皇帝の詔には逆らえません。

そう、人生には、上り坂と下り坂のほかに

まさか

があったんですよ、四爺。

果たしていかなる仕儀に相成りますことか、気になる続きは第12話の1(→こちら)にて!
posted by 銀の匙 at 02:28| Comment(23) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月07日

蘭陵王(テレビドラマ21/走馬看花編 第10話の5)

【ネタバレ注意!】今回のエントリーは、後半に『宮 パレス1』(《宮鎖心玉》)、『宮 パレス2』(《宮鎖珠簾》)の重大なネタバレを含んでいます(なんでまた…)。

ネタバレの内容がある箇所に入る前に注記を致しますが、これから楽しみたい方は十分ご注意ください!
飛ばして読みたい方は、注記部分に来たら、記事の一番下から戻ってご覧ください。

======
皆さま、こんにちは。

ここんとこ、蒸し暑いせいか、いつもにも増してボケッとしており、先日もボケッとネットニュースを見ていたら、ディーン・フジオカさんがNHKの朝ドラに出る、という話題がヘッドラインに上がっていました。

ディーンさんといえば、台湾のテレビドラマ『王子様をオトせ!』(《就是要你愛上我》)でちょっとチャラい広告代理店の敏腕ディレクターを演じていましたっけ。

これまで、アジア圏のドラマに出てくる日本人っていうと大抵は、

兵隊だったり(泣)
アホな観光客だったり(泣)
チンギス・ハンだったり(泣)
外国語のセリフが上手くしゃべれないので寡黙な人だったり(泣)

とロクなもんじゃなかったのに(いえ、モンゴルの皆さん、チンギス・ハン自体は偉大な方です!)、ディーンさん演じるディーンは、チャラいけど心優しく仕事のデキる男!

しかも、ドラマの登場シーンで彼は、「日本人」という理由でも憧れの的になっており、そのおかげで、劇中「日本語」がカッコいい言葉として時々登場するのも、見てるこちらは大変嬉しく有り難かったものでございます。

それでいて、近づきにくい訳ではなく、仲間として溶け込んでいる、感じ良い人の役。
ディーンさん演じるディーンのおかげで、日本人の株が相当上がったことは間違いなし。

ドラマのあらすじは、
ドジっ子コピーライターだけど明るく人情派のヒロイン・亮亮(リャンリャン。おや、どっかで聞いたような設定と名前の組み合わせだこと・笑)が、クールでやり手の若社長・齋翼(チー・イー)が、事もあろうに1つ屋根の下に住むことになり、反発しながらも惹かれあう、という、これまた何だかどっかで観たような内容。

でも、作り事とはいえ、台湾の会社の様子や社員の暮らしぶりなんかも垣間見え、こういうの日本と同じだな〜とか、この辺は全然違うな〜とか、比較しながら観てると結構面白いです。

私はこのドラマ、またしても資料として観たのですが、なぜか「メイキング」「エピソード」というのが本放送と同じかそれ以上の時間数あって、観終わったらまたへとへとでした。

ドラマではどうもダサイ印象を免れない若社長役・炎亞綸(アーロン)が、メイキングで見ると何だか素敵な人に見えたのは、なぜでしょう?(疲れてたせいかな)。

立ち居振る舞いがきちんとしているし、子役の皆さま方に人気あるのも好感度高いです。

さて、ネットニュースといえば、ここのところ中国の方は、大物カップル、ウィリアム・フォン(馮紹峰)とニー・ニー(倪妮)の破局の話題で持ちきりでしたね…。

プライベートなことなので、詳細は報道されていませんし、詮索するような事柄でもないですが、2人ともあのペースで仕事してたら、結婚したとしても、「たまに会う」程度で、一緒に生活するってとこまで行かないんじゃないでしょうか。

今日はモンゴル、明日は横店、売れっ子俳優も楽じゃないですよね。

戦場から戦場をわたり歩いて明日をも知れない身、とは、雪舞のおばあ様が蘭陵王(らんりょうおう/Lanling Wang)=高長恭(こう ちょうきょう/Gao Changgong)=四爺(スーイエ/Si Ye)を評して、婿として不適格!という理由として述べたうちの一つですが、演じてる御方だって、状況としては、さほど変わらないかも…。

と、話題が出張先からドラマに戻ったところで、参りましょう、第10話の5

前回のお話はこちら(→第10話の4)です。



さて、宇文邕(うぶん よう/Yuweng Yong)率いる周の大軍を何とか退けた、斉の副都・洛陽(らくよう/Luoyang)では戦勝の祝賀会が行われています。

皇太子・高緯(こう い/Gao Wei)は、従兄の蘭陵王が、兵士が《蘭陵王入陣曲》(→第10話の3第10話の4)という踊りまで作って慕っているのを目のあたりにし、内心不快ながらも、その働きをねぎらいます。

この場面の皇太子役、ロナルド・チャイの演技は本当に素晴らしい。

“只不過四哥 正如曲中所說 你只帶了區區
五百騎 這麼深入敵營 實在是讓人擔心哪
這樣萬一有什麼閃失 恐怕追悔莫及呀”

(しかし四兄、曲でも歌っているように、
たった500騎で敵陣深くまで入りこむなど、
まこと肝が冷える思いであったぞ。
思いがけぬ危険が及べば 悔いても遅いではないか) 


ここで高緯が「曲」と言っているのは、兵士たちが披露した《蘭陵王入陣曲》のこと。とすると、祝賀会のテレビ中継ではカットされてしまいましたが、歌もあったのですね。

それに蘭陵王はこう答えます。

“太子 國即是家 長恭定當全力以赴
自然不會考慮這麼多”


(皇太子殿下、国とはすなわち家です。
長恭は当然のこととして、全力を尽くしたまで、
あれこれと考える余地はございませんでした)


ここのやりとりは、口語風に直されていますが、ほぼ史書の記述通りです。
→史実編
「入陣太深,失利悔無所及。」
「敵の陣地深くに入りすぎだ。危うくなったら後悔しても間に合わないではないか」

對曰:「家事親切,不覺遂然。」
「自分にとって大切な家の大事です。考えるまでもなく飛び込んでしまいました」と答えた。

史実では、このやりとりが悲劇の引き金となるのですが、なぜ、

“国事”(国の大事)

“家事”(家の大事)
と言ってはダメなのでしょうか。世界は一家、人類は皆兄弟なのに…。

そう思うのは権力とは縁のない視聴者だけで、国政を左右する人の考えはまた違うようです。国を私物と思っていいのは皇帝だけ!従兄といえども、皇位に関係ない四爺がそんな事を言い出すのは、国をわがものと思っている証拠と見られるため、絶対に口にしてはならないセリフだったのです…。

早速、この失言を皇太子の側近・祖珽〈そ てい/Zu Ting〉にツッコまれますが、口下手な蘭陵王にしゃべらせたら、またどんなマズイ失言があるか分からない、と思ったのか、四爺を差し置いて雪舞が口を出します。

とうとうとまくし立てる雪舞に、祖珽が
“雪舞姑娘 你這是欲蓋彌彰吧”
(雪舞どのは、かばい立てしようでもいうおつもりか) 
というのが火に油を注いだのか、雪舞はついうっかり、

“雪舞雖然不是與四爺門當戶對,但好歹時女媧面前 明媒正娶的妾 夫唱婦隨是很正常的呀”
(雪舞は四爺と釣りあう家柄ではございませんが、ともかくも女媧さまの前で正式に婚礼を挙げた身、夫の言に従うのは当たり前ではございませんか)と言ってしまいます。

このセリフを言ってるときの蘭陵王の嬉しそうな顔を見てください…。

勢いが止まらなくなってしまったのか、雪舞は、祖珽は“弄臣”(佞臣) で、太子と四爺の“離間”を目論んでいる、などと要らないことまで言ってしまいます。

って言うか、蘭陵王の失言もまずかったですが、雪舞と来たら、かばうつもりがダメ押ししてどうする?!

さすが夫唱婦随

言い募ったあとに、雪舞は我に返ったのか、あちゃ〜という表情をしてますが、その様子を見ている四爺の表情が結構面白いですね。

太子は、この場は謝罪を受け入れて、戻って飲み直そう、と大人の対応です。

一方、雪舞は部屋に下がると、鏡の中の自分を叱ります。しかし、言ってしまったことは取り消せません。分かるわ、この、つい調子に乗り過ぎちゃったときのバツの悪いこと…。

そこへやってきて、雪舞にからむ祖珽。雪舞は必死に謝りますが、酔った勢いで祖珽も言いたい放題です。あわやというところで、現れた四爺は、“妖女”などという一言を投げつけて退散しようとする祖珽を狙い、雪舞からかんざしを一本抜いて投げます。

これは第2話で四爺が、第3話で暁冬が見せた“飛石”という武芸の応用編ですね。(説明は→第3話

かんざしは見事、お尻に命中。四爺は、転んだ祖珽をからかって、

「これはこれはみっともない。少々飲み過ぎですぞ。何ともぶざまななりだ。気をつけてお帰りください。またつまずかぬよう。」 

って、日本語はそれなりに身分の高い人っぽいセリフになっていますが、中国語は脚本からしてあんた誰、って感じ。

“哎呀,太卜大人 您真的是喝多了 怎麼摔了個狗吃屎啊
以後走路小心點 千萬別再摔了”


(あいや、太卜どの、飲み過ぎでいらっしゃいますよ。何だってフンを喰らう犬のように、よつん這いに倒れていらっしゃるのです。歩くときは気を付けて、二度と転ばぬようになさることですな) 

祖珽に向かって何てことを。まさかあなたも飲み過ぎじゃないんですか?

いやいや、雪舞のこととなると、途端に冷静さを失う四爺にも困ったものです。
証拠のかんざしがお尻に刺さったまま逃がしちゃって、良いものかしら...?

この後のシーン、吹き替えの訳が大変上手いので、そちらでご覧いただきましょう。
( )内はほぼ直訳です。

「何ゆえ あなたまで」 
“你為什麼要這樣”
(何だってこんな…) 

「君を侮辱した。黙っていろというのか。」 
“他欺負你啊 難道你要我袖手旁觀嗎”
(君にちょっかいを出したんだぞ。私に手を束ねていろというのか) 

「頼んでないわ!私のことは良いの。」 
“我不要你救我 我寧願被那祖珽欺負”
(あなたに助けて欲しくなんかない 別に祖珽に侮辱されても構わないわ) 

「私をかばったりしないで!」
“我也不要你替我說話 為我出氣”
(あなたに言い返させたり 仕返ししたりして欲しくないのよ)

「あなたを巻き添えにしたくないの!」
“我不要你為我惹禍上身啊”
(私のために、あなたの身の上に災いがふりかかって欲しくないの)

3回も“不要”(して欲しくない)と厳しく拒絶されたので、四爺は相当しょんぼりして、

“你別生氣了”(怒らないで)

と言います。

あらまあこの二人、ここは完璧に現代劇の芝居になっちゃってる…

しかもこの男性、どう見ても高長恭じゃないんですけど…。

この表情、いったい誰なんだ...とずっとモヤモヤしてたんですけど、今年の年頭に『宮〜パレス』(《宮鎖心玉》)を観たら、やっと分かりましたよ。

ねぇ、“八阿哥”(第八皇子/Bā Àge)?



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ここ以降、『宮』シリーズのラストに関係する、重大なネタバレがございますので、まだご覧になってない方は閲覧にご注意くださいませ…。

ネタバレが終わる箇所にも注記してございますので、飛ばしてご覧になりたい方はいったん文末までスクロールし、注記箇所の直後へ戻ってご覧ください。

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『宮』は現代女性の洛晴川(らく せいせん/Luo Qingchuan。ヤン・ミーが演じた)が康熙(Kangxi)帝末期の清朝へタイムスリップしてしまうお話。宮廷(紫禁城)で宮女として仕えることになった彼女を巡る、康熙帝の“阿哥àge”たち(“阿哥”は満州語で「皇子」のこと)の争奪戦がストーリーの中心になってます。

ウィリアム・フォンは康熙帝の第八番目の皇子、“八阿哥”(バーアァグ/Bā Àge)を演じています。彼の役どころは、まさに『花より男子』の道明寺司(どうみょうじ つかさ)。

皇子の身分をかさに着て、一見、やりたい放題のわがままな乱暴者ですが、思い込んだら一途なところがあり、最初は反目していた晴川を見初めてからは、とにかく強引に押しまくるという、道明寺そのもののキャラ。

かなりの部分がそういうラブコメテイストなので、辮髪〈べんぱつ〉と衣装に騙されてるけど、ウィリアム・フォンの演技はかなり現代劇っぽいとき多いですよね。

だから、共演したヒロイン役のヤン・ミーに「韓流?」って鼻で嗤われてた訳ですけど(→ヤン・ミーご本人による告発はこちらのインタビュー番組《超級訪問》から)。

そして、続編の《宮鎖珠簾》(『宮2』)を観ると、さらなる衝撃が…。
もうこの際なんで、ラストシーンのネタバレを書いちゃいますけど(《宮》のエントリーじゃないから。はははは)、『宮 1』を観た直後は、やっぱり中国の一般庶民にウケたければ、こういうハッピーエンドじゃないとダメよね…と思ったもんです。

しかし、よく考えたら、あれはハッピーエンドなのか?

晴川を巡って争っていた皇子のうち、第四皇子(ミッキー・ホーが演じた)が即位すると、恋に加えて権力争いのライバルでもあった第八皇子は、厳しい立場に立たされます。
これは史実通り。

自分を巡って2人が争わないようにと、晴川は現代に戻るのですが、彼女が去ったあと、結局、第八皇子は罪人として監禁される身分となり、名前も“阿其那āqínà”と改名させられる。
これも史実通り。

彼は監禁先でひどい扱いを受け、ついには亡くなってしまう訳ですが、ドラマのラストでは、彼も現代にタイムスリップして生き延びることになります。

ちなみに、魯迅先生によると、“阿其那”とは満洲語で「豚」という意味らしい。

魯迅先生のエッセイ《抄靶子》には、まさに『宮 1』の最終回のシーン、雍正帝が兄弟を除く前に、まず“阿其那”“塞思K”に改名させた、という話が出てきます。

でも、魯迅先生もエッセイに書いている通り、この2つの満州語の意味が何なのかは、実はよく分かっていないそうです。何と現代では、満州語自体が消滅の危機に瀕しているので…。

エッセイで魯迅先生は、執筆当時、列強の支配下にあった上海で、征服者の手先となっている上海人を例の皮肉たっぷりの筆致で描いています。

タイトルの《抄靶子》とは、今でいう、「職務質問」や「持ち物検査」にあたるのですが、それを上海では「標的を探す」と称する、という話になっています。

彼らは同胞を人間ではなく“靶子”(標的)と呼ぶのだ。

中国では人道を重視しているので、人間を害したりはしない。害されるのは「人間」ではないのだから。…満州人も中国で統治者になるや、たちまちその立派な習俗に感化された。雍正帝は兄弟を除く前に、まず彼らを“阿其那”“塞思K”に改名させた。満州語はよく分からないが、恐らく「豚」「犬」の意味だろう...

えっと、話がずれましたが、いくら清朝の次は中華民国とはいえ、300年の間の文化の差は大きいので(そもそも、中華民国からは漢人が天下取ってるし)、庶民の晴川が300年前の清朝に行くのに比べて、皇族の“八阿哥”が現代に来る方が絶対、慣れなくて困ると思う。それにあの、庶民を人とは思ってない性格、苦労しそうよね…。

だいたい“戶口”(戸籍)だってないのに、現代中国でどうすんだろ。ま、お話だし、私がそんなこと心配しなくてもいいか…。

って思いながら、続編の『宮 2』を観たらビックリ仰天。

ヤン・ミーは続編の第1話、36話、37話(最終回)に、ウィリアム・フォンは第1話、37話に出てきますが、第1話の冒頭は、紫禁城のテラスで、いきなり雍正帝(ようせいてい:元の第四皇子)と第八皇子が、晴川を巡って争う場面から始まります。

このシーンのウィリアム・フォンは、どうしちゃったのかと思うほどカッコいいんですけど(一瞬ね)、次のシーンがスゴすぎる。

実はこの場面は現代に戻った晴川の夢(おいおい)、もしくは彼女が書いてる脚本のワンシーン。

今や押しも押されもせぬ大シナリオライター兼アクトレスになった晴川は、広くはあるがかなり趣味悪いインテリアの自宅で、仕事をしながら寝てしまったらしい。

そこへ彼女を気遣う、夫の「第八皇子」が現れるんですけど!

このビジュアル、辮髪より笑えるわ〜!(お腹痛い)

10年後に《超級訪問》(まだやってたら)にまた出演して、このシーンを見せられたら、ご本人様ですら失神間違いなし(武士の情けで画像は割愛)。

あ〜それはともかく、晴川は働いてるけど、仕事に出かける彼女を見送ってる第八皇子は何してるんだろ。
どうも何もしてないように見えますが…。

タイムスリップしても年齢は変わらないんだとすると、40代のはずですが(ま、ご本人様の実年齢相当)、書道や中国画、歌(この作品も張震さんが吹き替えてますが、歌だけはご本人の声みたい)に踊りに民族楽器、武術に馬術もできる上に、本物の清朝の人なんだから(??)、時代劇の役者さんにピッタリなんじゃない?

晴川の実家は骨董品屋さんなんだから、むかし、おうち(紫禁城)で使ってた食器の鑑定の仕事なんてバッチリ出来そうだし、何しろ彼が作品を書けば、大清国の廉親王・胤禩本人の真筆なんだから高く売れそうなものなのに…。

何だか、こう考えると蘭陵王より芸術方面のスキルがある分、上の気がするけど、現代男子に必須の「女子力スキル」に全く欠けているのが、敗因(何の?)なのでしょうか。

いや、就職あっせんの話はどうでもいいんだった。

問題は、北京に住んでるくせに何で浙江ナンバーの車で晴川を迎えに来るのか!

ってことではなく(晴川が仕事してるロケ地が浙江省で、第八皇子はわざわざ飛行機でやって来て、空港でレンタカー借りたのかも知れないしね。レンタカーで“標致biāozhì”(プジョー)ってスゴイけどさ)、

いきなり“電腦”(パソコン)とか、“趕飛機”(フライトに遅れるよ)とかってセリフをさらりと言っちゃうことでもなく、

セリフを言ってるあなた様は一体誰なの?

全然、第八皇子には見えませんよ?

ずいぶん適応能力が高いのねぇ…と視聴者は疑っておりますが、そういや、彼の母親は現代人だったんですよね。とはいえ、古代で生活してたことしかないんだし、いくらなんでもウィリアム・フォンだって、なりは現代風でも人物としては第八皇子だと分かって演技をしているはず。

と思って、もう一回よく見ると、確かに第八皇子の時も、ときどきこんな表情してましたっけね。
ただ単に髪型が辮髪だっただけで。

だからもう、次のシーンに出てる人なんて誰だかよく分かんないけど、髪型が四爺だから四爺なんでしょうよ(投げている)。



========================
《宮》のネタバレは以上です(いったい何の意味が…)。



さて、誰だかわかりませんが蘭陵王の装束をしている男性は、雪舞の脇に回り込んで必死に訴えています。

“你要是不在意我 你怎麼可能為了我 只身潛入周國一身試毒
只為了替我取解藥 你怎麼可能讓我相信 你對我沒有感情呢”

(もし私のことなど慕ってもいないのなら、
どうして、たった独り周に赴き、
毒を飲むなどということができるんだ。
私の解毒薬を手に入れるためだけに。
どうやって信じろと言うんだ 
私のことを何とも思っていないなどと)


って…暁冬の事は無視ですか?

“你到底在怕什麼”
(いったい何をそんなに気にしている)

聞かれて雪舞は答えます。

“四爺 你相信我奶奶 能夠看見過去 也見得著未來嗎?”
(四爺、あなたは信じる? 私のおばあ様は過去も未来も見透せるということを)

四爺は、無言で頷いてます。

“那如果奶奶說 我倆並無緣份 你也仍然相信嗎?”
(じゃ、もしおばあ様が私たちには縁がないのだと言ったら、それも信じる?)

この後が細かい芝居なのですが、四爺は下を向いて、一回、ちょっと首を横に振って、それでまた頷いてますね。

四爺としては、話は信じるつもりがないけど、ここで「信じない」と言えば、それは「おばあ様を信じない」という意味になり、雪舞を傷つけると気づいたので、慌てて頷いたものと思われます。

これを、話が通じたしるしと受け取ったのか、雪舞は言いつのります。

「世の中には大勢の女性がいるわ。私は運命の相手ではないの。
もう私にこだわらないで。」


日本語の方は、日本の視聴者に合わせて上手く訳していますが、元の中国語では典拠のある、ちょっとひねった表現になっています。

“弱水三千 你偏偏只取一瓢飲
我既不是你命中注定的那個女人
你何苦對雪舞苦苦糾纏嘛”

(弱水は三千里もあるのに 
あなたはその中のひと掬いの水しか飲まないと言うの?
私はあなたの運命の女人ではないのよ。
なぜわざわざ雪舞にこだわるの)


これはこれは、後の展開を暗示する、実に上手い言い回しを持ってきましたね…。

セリフの冒頭は、中国古典でもっとも有名なラブストーリー《紅楼夢》(こうろうむ/Hongloumeng)から取られたものと思われます。

《紅楼夢》は、《西遊記》《水滸伝》《三国志演義》と並んで中国四大小説に数えられる古典なのですが、他の3つに比べると日本での知名度はどうもイマイチな印象。

ストーリー運びの面白さが身上の他の3作と違って、大貴族の邸宅を舞台にしたセリフ中心のお話なので、退屈してしまうのでしょうか…。

ただ、有名な古典だけに、物語自体の映画化、ドラマ化はもちろんのこと、登場する固有名詞やエピソード、ちょっとした言い回しなどが現代のドラマや小説、映画、ポップスなど、あらゆるジャンルで引用されており、もとの《紅楼夢》と重ね合わせると、解釈が深みを増すしくみとなっております。

前回は『源氏』で引っ張って、今度は《紅楼夢》なの…?とうんざりする向きもおられましょうが、本ドラマも「いちおう」ラブストーリーなので、同ジャンルの傑作に敬意を表して、ちょっと寄り道してみることに致しましょう。

本編の始まる前に、まずプロローグがあります。

その昔、神々が戦い、天空に開いた穴を、“女媧”〈じょか〉さまが石で繕いました。しかし、一つだけ補修に使われなかった石が嘆いていたところ、道士と僧侶が通りかかります。石は彼らに頼み、人間世界に連れていってもらいます。

一方、天上界で働いていた“神瑛侍者”〈しんえいじしゃ〉は、人間世界に興味を抱いて下りてゆき、彼が毎日、甘露をかけて世話をしたために人間になれた“絳珠草”〈こうじゅそう〉も、恩返しのために後を追います。

神瑛侍者は女媧の石を口に含んで賈宝玉〈か ほうぎょく〉という男子として転生し、絳珠草は林黛玉〈りん たいぎょく〉という女子として転生しました。

ここから本編となり、宝玉はやがて、豪華な庭園・大観園の中に、金陵十二釵〈きんりょうじゅうにさ〉と称えられる、黛玉はじめ12人の美女たちと暮らすことになります。ちなみに、金陵とは南京の古名。南京の12大美女、ってなところですね。

宝玉と黛玉は素直になれないながらも、互いに惹かれあう仲でしたが、実は天上に居た時点から、宝玉にはすでに薛宝釵〈せつ ほうさ〉という女性を娶るという運命が決まっていました。

黛玉は儚げな美少女ではありましたが嫉妬心が強く、いつも自分の運命を悲観しており、宝玉が宝釵を娶ったときに亡くなります。宝玉も、黛玉だとばかり思っていた花嫁が宝釵だったと知り、後に出奔してしまいます...。

女媧さまと言い、運命の女性と言い、何かどっかで聞いたことのある組み合わせ。しかもほら、件のニー・ニー(倪妮)さんがブレイクしたのは、チャン・イーモウ(張芸謀)監督の映画《金陵十三釵》に出演したからってオマケもついてます。このタイトル、もちろん《紅楼夢》から取ったのでしょう。物語の舞台は大戦中の南京ですが…。

で、さきほどの雪舞のセリフは第91回に出てきます。
まずは原文で読んでみましょう。清代の小説なので、古文というより、かなり現代語に近いです。

黛玉道:
「寶姐姐和你好,你怎麼樣?
 寶姐姐不和你好,你怎麼樣?

 寶姐姐前兒和你好,如今不和你好,你怎麼樣?
 今兒和你好,後來不和你好,你怎麼樣?

 你和她好,她偏不和你好,你怎麼樣?
 你不和她好,她偏要和你好,你怎麼樣?」

寶玉呆了半晌,忽然大笑道:
「任憑弱水三千,我只取一瓢飲。」

黛玉道:
「瓢之漂水,奈何?」

寶玉道:
「非瓢漂水,水自流,瓢自漂耳。」


現代語の読める人なら、だいたい意味は取れると思いますが、
中国古典大系(平凡社)伊藤漱平先生の訳で見てみましょう。

得たりと黛玉、こう言いました。
「宝釵 なんじと好〈よ〉ければ、なんじ 作麼生〈そもさん〉?
 宝釵 なんじと好からざれば、なんじ 作麼生?
 宝釵 先般はなんじと好く、いまなんじと好からざれば、なんじ 作麼生?
 今日なんじと好く、向後〈きょうこう〉なんじと好からざれば なんじ 作麼生?
 なんじ かれと好からんと欲すとも、かれ偏〈ひと〉えになんじと好からじと欲せば、なんじ 作麼生?
 なんじ かれと好からざらんと欲すとも、かれ偏えになんじと好からんと欲せば、なんじ 作麼生?」

宝玉はしばし茫然としていましたが、突如、からからと笑いだし、
「よしえやし 弱水 三千なりとも、われはただ 一瓢の 飲をとりなむ」
「瓢の水に漂いなば、いかにせむ?」
「瓢の水に漂うにあらず。水はおのずと流れ、瓢はおのずと漂うのみ」


うっ、すいません。新訳が手元になくて…。結構難しい日本語ですね。
これは、二人の会話が禅問答の真似っこになっているので、わざとそれっぽく訳しているのかと思います。もっと平たく直してみると…。

黛玉は言います。
「宝釵姉さまがあなたの事好きなら、どうするの?
 宝釵姉さまがあなたの事嫌いなら、どうするの?
 
 前はあなたと仲良くしたかったみたいだけど、
 今はそうでもない。だったらどう?
 今はあなたと仲が良いけど、この先そうじゃない。だったらどう?

 あなたは仲良くしたいけど、あちらは絶対お断り。それならどう?
 あなたがすげなくしても、あちらはどうしても仲良くしたい。それならどう?」
 
宝玉はしばし茫然としていましたが、突然爆笑して言うには、
「弱水が三千里だと言ったって、ぼくは瓢箪のひしゃく一杯分の水しか飲まないよ」

「じゃあ、ひしゃくが河に流されちゃったら?」
「ひしゃくが河に流されるんじゃないよ。河は自分で流れるし、ひしゃくは自分で漂うのさ」


弱水というのは、《西遊記》にも出てきますが、果てしなく広く、その水は弱くて、ガチョウの羽根さえ浮かないと言われる伝説上の難所です。

ここで宝玉が言っているのは、広い広い河の中でも、自分が飲むのはその1杯だけ、つまり、女性がどんなにたくさんいようと、自分が想う人は1人だ、ということです。

この話を逆手に取って、そんなムチャクチャ言うもんじゃないわ…と、雪舞は説得にかかってるわけですね。運命の人は他にいる、というのも《紅楼夢》のストーリーと巧みに被ってます。

ただ、元ネタが清代だから、ちょっとタイムスリップ気味ではありますが、でも他の武侠小説なんかにも出てくるセリフらしいし、第八皇子の“電脳”よりはマシか。

ここで四爺はちょっと考えます。
いえ、“電脳”って何だろ?ということではなく、どんな恐ろしい話を聞かされるかと思えばこんな事か、と割合軽く考えてるに違いありません。

この後の発言を聞けば分かる通り、彼は運命だとか占いだとかを心の底では信じていないのです。

と言って言い過ぎなら、信じたとしてもそれほど重要だとは思っていないのでしょう。

それに雪舞は、彼のことを何とも思っていないだとか、他に好きな人がいるとか、言わなかったですもんね。これを脈があると思わないでどう思えと…。

“本王就知道”
(私が知っているのは)
さあ、ここで伝家の宝刀、“本王”を抜いてきましたね。

“如果今天讓你走了 本王定會相思成疾終身遺憾
這是我預料到的未來”

(もしもいま君を手放したら、思い余って病に倒れ、一生後悔することになるだろう。それが私の予測する未来だ)

吹き替えはなかなか良い感じで、

「私には分かる いま君を手放したら一生後悔して過ごすことになると。
それだけは確かなのだ」


と言ってじっと雪舞を見ています。ここまで何度もあっさり引き下がってきた四爺ですが、今回は必死です。何しろ、手放したら敵の皇帝に持っていかれちゃうかも知れないんですから。皇帝と彼を比べただけで壁ドンだったのに、そんなこと、絶対に我慢できっこありません(あ〜怖)

しかし雪舞は、宇文邕同様、四爺も、さっぱりおばあ様の力が分かっていないと感じていることでしょう。「それが私の予測する未来」だなんて、巫族の予言を何だと思ってるのでしょうか。

そこで、事の重要性を認識してもらおうと思ったのか、雪舞は一番言いたくないことを口にします。

実は以前(→第5話)、酔っぱらってすでに暴露してしまったのですが、本人は覚えていないでしょう(四爺にも、はっきりとは聞こえてなかった模様)。

で、雪舞は

「この後「鄭」という苗字の女性が現れる、その人こそあなたのただ1人の妻なのよ」

ってなことを、さも重大そうに宣言してるのですが、四爺は聞いちゃぁいません。っていうか、ほとんど呆れたような表情をしています。

この発言を聞いて、雪舞の絶望とは裏腹に、四爺は、雪舞は絶対本心では自分が好きなのだと確信したに違いありません。だって予言のせいだから諦めてくれ、という事はイコール、自分の意思ではない、って言ってるに等しいですもんね。

今や彼のライバルは宇文邕じゃなくて、彼自身は実はどうでもいいと思っている「おばあ様の予言」なのです。

それでも四爺は宇文邕とはアプローチが違います(さすがは中国史でも名うてのプレイボーイの血を引くだけはある)。

「予言など信じない!」と言い捨てて終了、の陛下とは違って、いちおう全否定は避け、「『もし』鄭という人が現れなかったら?」と条件闘争に切り替えます。

それを聞いた雪舞は、

ダメだこの人、やっぱり話が通じてない

…と呆れ顔です。

四爺は、信じてはいないけどいちおう聞いてる証として、「予言が当たったら私は諦めるけど、当たらなかったら永遠に側にいると約束して」という方向へ話を持っていこうとします。

そして、賭け事大好きだったこの時代の人らしく(→第10話の2)、

“好 咱們要賭就賭大點”
(よろしい、どうせ賭けをするなら大きく賭けよう)

と言い出します。

中国では、「私」というときは胸の真ん中を指すんですね。ここでは左手で指しています。このドラマ、画面に向かって左に立っている人が、左手でジェスチャーをするシーンが多いですね。利き手に関係なく、どっちの手で指してもいい、ということなのか、カメラ側(視聴者側)に手を出すと画面の絵づらとして邪魔だから演出としてこうしてるのかは良く分かりません。

さて、四爺はここで例の「斉の法律では皇族を騙したら重罪」(→第7話の3)というのを持ち出しますが、前にも申しました通り、こんな法律ちゃんと施行したら、高一族で生き残れる人いないって。

当然雪舞は、そんな賭けには乗れない、村に帰る、と言います。すると四爺は、

“如果本王要你留下呢?”

ここのとこずっと自称は“我”だったのが、ここでまた“本王”にスイッチしました。

こんなにエライ人が、あなたに残れと言ってるんです。

そんなこと言われたって、と雪舞は振り返り、反駁しようとします。

“我...”(わたしは…)

ここの日本語のタイミングは最高に上手いっすね。

「私は村に戻りたいの。」
「私が留まれと言ったら?」(ここは原文通り、一種の命令ですね)
「私は…」
 と言いさして、雪舞が振り向くと、なんと蘭陵王が泣いている…。
「頼むから」(の後のこのタメが絶妙すぎる)「私のそばにいてくれ」

ここの箇所、原語はさらに断りづらく、

“本王求你 為我留下來吧”
(あなたにお願いする 私のために残ってくれないか)

後半部分はお願いというより哀訴です。

こんなにエライ人が、あなたにお願いしてるんです。
私のためと思って残って欲しいと…

お願いされると断れない雪舞 しかも四爺泣いてるし。

洛陽郊外の夜にされた話を思い出したら、ここで四爺を置き去りにすることは到底できないと雪舞は思ったことでしょう。ただ、

“好”(いいわ)

と、いやにあっさり前言を覆したときのアリエルは、全く四爺を見ません。
分かりますね、彼女が何を考えてるか。

“我答應你 但是只要那個鄭妃一出現,請四爺言出必行 立刻放我走”

「残るわ。ただし、鄭妃が現れたときは 必ず約束を守って 私を行かせてね」

言われた四爺の、この決めゼリフ。

“一言為定”
「約束は守る」

出ました四爺の得意技・「必ず」守る。確信犯(誤用の方)だわ。ダメだ、こりゃ。

この後雪舞は、皇太子と祖珽の事に触れて、おばあ様の予言では…と四爺に忠告を与えようとしますが、四爺は彼女の言葉を遮ってしまいます。

“我不怕 不管未來怎樣 本王只看眼前
本王只求問心無愧”

「大丈夫だ。未来はどうあれ、私は今しか見ない。
ただ己に正直に生きるのみ」


ご覧のとおり、ここまでは主語が“本王”なので、そういう立場の人間としてしゃべっています。

最後の一言は、日本語吹き替えでは前の格調高さを守るためか、

「何も恐れるな」

と言っていますが、実は原語では突然、くだけた間柄の口調になっています。

つまり最後の一言だけは、「高長恭」が直接、雪舞に話しかけているトーンになっているんですね。

“不要擔心了”
(心配しないで)

いいえ、四爺、少しは心配した方が良いのでは…とおおかたの視聴者が思う通りになるのか、続きはまた回を改めて!

ドラマはこの第10話で1つの区切りとなり、また別のステージへと進みます。ってことで、次回第11話は、これまでとは少し趣向を変えてお届けいたします。

今回の一言はこちら、

“一言為定” YĪ yán wéi dìng

約束は守る、と行きますかどうか、とりあえず、また次回お会いいたしましょう!(第11話は→こちら
posted by 銀の匙 at 02:13| Comment(4) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月24日

蘭陵王(テレビドラマ20/蘭陵王入陣曲:後編 第10話の4)

皆さま、こんにちは。

今回、《蘭陵王入陣曲》にまつわる史実/伝承の続きを書いていたら、やっぱりどんどん長くなってしまいました。

読みづらいので、大変申し訳ないのですが、第10話を今回と、もうあと1回(5まで)続けさせていただければと思います。

四爺並みの約束不履行状態、不覚…いえ、深くお詫び申し上げます。

いい加減、飽きた方も多いことと存じますが、日本と蘭陵王を結ぶ重要ライン、ここが私にとっては全編で一番興味深い部分なので、豪華ゲストに免じて、どうかお許しをば…。

====================
さて、ドラマ《蘭陵王》の第10話では、皇太子・高緯〈こう い/Gao Wei〉の御前で、尉遅真金〈うっち しんきん/Yuchi Zhenjin〉ならぬ、斉のヤンキー兵士の皆さまが、蘭陵王〈らんりょうおう/Lanling Wang〉=高長恭〈こう ちょうきょう/Gao Changgong〉=四爺〈よんじい/Siye〉を称えるダンス、《蘭陵王入陣曲》〈らんりょうおうにゅうじんきょく〉を披露しておられます。

史書によれば最初はまず歌があったはずのこの踊り、歌の方は、調性が(漢民族から見れば)エキゾチックな胡楽のものだったということからも分かります通り、西域風の音楽だったはず。

前回(→こちら)にもちらっと追記いたしましたが、当時の人気曲だったということは、現代でいえば、ちょうどこのドラマの主題歌「蘭陵王入陣曲」がロック仕立てなのと重なるイメージなのでしょう。

この曲、時代が下って唐代には演奏禁止になってしまったと前回書きましたが、理由の一つは、この曲が、古来、儀礼用の音楽として伝承されている礼楽ではなくて、西方渡りの宴会用の音楽(燕楽)に分類されたかららしい。

蘭陵王の時代、突厥〈とっけつ〉出身のアシナ皇后(宇文邕〈うぶん よう/Yuwen Yong〉の奥さん)が、琵琶の名手・蘇祇婆〈そぎば/Sujiva〉を連れてきたことが、中国音楽に大きな影響を与えたという話をいたしました(→第3回)。

続く隋、唐の時代も中央アジア系の音楽は大人気。

しかも、口から火を吹く幻術とか、バレエ『海賊』の32回転フェッテもビックリの胡旋舞〈こせんぶ〉とかとコンボで来られちゃ、辛気臭い礼楽とか誰も聞きませんって。

てことでは困るということなのか、蛇メタは不良の音楽、学園祭では演奏禁止ってことなのか(青○学院大学かいっ!)、礼楽(雅楽)は保護されて、燕楽は禁止されてしまいます。

ところが、遣隋使、遣唐使が学んで持ち帰ったのは、当時、中国の宮中でも盛んに演奏されていた禁止される前の「燕楽」の方でした。

だから、日本の「雅楽」は中国でいう「雅楽」じゃなくて、実は宴会用の方の音楽。

ややこしいですが、そういう訳で、高貴な方々を前に宴会で披露されるのは、この曲のDNAに組み込まれてるらしい。

雅楽は日本に伝わった後、唐や林邑(ベトナム)から伝わったものは「左方」、朝鮮半島経由で伝わったものは「右方」に大別されました。演奏に携わった近衛府〈このえふ〉(宮廷の警護を担当した部署)が左右に分かれていたからとも言われています(雅楽の歴史をざっと知りたい方は→こちら

装束を見ると分かります通り、左方の舞は赤系の装束、右方の舞は緑系の装束で統一されています。なので、前篇で、《蘭陵王入陣曲》の衣装がだったという記録を紹介しましたが、元が何色の衣装だろうと、あまり関係なかったのかも知れません。

さて、ここまでずっと、《蘭陵王入陣曲》が日本に伝わった後の舞曲を《蘭陵王》と呼んできましたが、《蘭陵王》は当曲としての曲目で、舞としては《陵王》という名で呼ばれます。

「当曲」というのは何かというと、舞楽曲はオペラみたいに一連のプログラムになっていて、

まずは前奏があり(「星条旗よ永遠なれ」)、

舞手が登場する「出手」〈でるて〉のときの音楽(「ロッキーのテーマ」)が流れ、

いよいよその舞いの曲「当曲」「アイズ・オブ・タイガー」)となります。
《陵王》では、ここの曲が《蘭陵王》

そして舞手が退場する「入手」〈いるて〉の音楽(「メジャー・オブ・ザ・マン」)で終わります。

《陵王》は左の舞で、右の《落蹲》〈らくそん〉/《納曽利》〈なそり〉と対にして舞われます。

競馬〈くらべうま〉や相撲〈すまい〉など、勝ち負けのある催しで左近衛府〈さこんえふ〉が勝ったときに演奏されるなど、平安朝の日本でも大人気。

てことは、当代の超人気ノベル『源氏物語』にも当然出てくるはず!

…と気楽に読もうとしたけどこの話、『指輪物語』並みに長いな。全部読むのはかったるい。

ちょっと式部さん、《蘭陵王》が何巻に出てくるか教えてくださいな。

式部さん?

…お支度がまだのようです。じゃ、ここはズルしてさくっと漫画で探してみるか。

『源氏物語』の漫画化といえば、ご存じ、大和和紀先生の『あさきゆめみし』

いやーお恥ずかしい話ですけど、私、実はこの作品読んだことなくて、今回のエントリーを書くために全10巻の電子書籍を大人買いしてしまいました(おかげで今月の財政がピンチに…トホホ)。

漫画だって言ったって、すごい力作、結局、全部読むのに1か月もかかっちゃいましたけど、その甲斐あって、ございましたよ、《陵王》にまつわるエピソードが。

『あさきゆめみし』は、作者の大和和紀先生による解釈に基づいて書かれ、さらにオリジナルのエピソードも加わっていますが、原作のテーマやエッセンスを丹念に拾い上げて構築されており、文字から漫画へとかなり大きな媒体の変更にも関わらず、原作に忠実な印象を受けます。

《陵王》関連のシーンは、4箇所あります(見落としてなければ)。

原作で最初に登場するのは「若菜〈わかな〉」の帖で、帝50歳のバースデー・パーティーのリハーサルのとき貴族の幼い子弟たちが踊る曲目の一つとして出てきます。

『源氏物語』については、昔、古典の時間に習った方も多いことでしょうが、ここでちょっと、お話の方を思い出してみましょう。

光源氏は母の面影を宿すという父帝の愛妃・藤壷〈ふじつぼ〉の宮への思慕の念を抑えることができず(マザコンともいう)、ついには不義の子である、のちの冷泉〈れいぜい〉帝を成してしまいます。

時は過ぎ、光源氏の好敵手・頭中将〈とうのちゅうじょう〉の息子・柏木衛門督〈かしわぎえもんのかみ〉は、光源氏の正室である皇女・女三の宮に恋い焦がれ、ついに懐妊させてしまいます。

ああ、因果は巡る、糸車!

しかし、柏木は「若菜」の巻のリハーサルシーンで、その過ちをすでに源氏に知られていると悟り、恐怖のあまり病に伏し、不義の子・薫〈かおる〉を遺し、若くして亡くなってしまうのです。

同じような事したくせに、柏木を追い詰めた光源氏に思わずムッとしてしまう展開ですが、自分の罪の重さを違う形で突きつけられたわけで、実は光源氏も相当堪えたものと見えます。

という事で、「若菜」のリハーサルシーン自体は『源氏物語』のクライマックスに近い場面です。

ここで、幼い貴族の子弟たちが雅楽の舞を舞いますが、それは光源氏が18歳の頃、ライバルの頭中将と共に、藤壷の宮も見守る中で、見事な「青海波」〈せいがいは〉の舞を披露した、「紅葉賀」〈もみじのが〉の帖の有名なシーンを彷彿とさせます。

「紅葉賀」のこのシーンもまた、源氏の実父である桐壷帝の父、一の院の50歳のバースデー・パーティーのリハーサルでした。

なぜ藤壷の宮も見ていたのかというと、懐妊していたので気がふさぐだろうからと、心優しい桐壷帝が彼女を楽しませるために、わざわざ御所でリハーサルを催行したからです。

しかし、藤壷の宮が宿していたのは、実は源氏の子だったのです…。

そして、「若菜」の巻で光源氏は、自分の罪と二重写しになるシチュエーションに身を置き、子どもたちの世代が踊るのを見守る年齢になってしまっているのです。

『あさきゆめみし』にも、しっかりこの大事なシーンは出てきますが、残念ながら、登場する舞いは、装束からして《陵王》ではなさそうです。ただ、原作のこの場面での《陵王》もあまり大きい扱いではなく、世代交代を印象付ける小道具のような感じです。

しかし、この後の「御法〈みのり〉」「橋姫」の帖では、漫画、原作とも、物語に深みを与える重要な役割を与えられています。

ただし、『源氏物語』の中での意味を知るには、《陵王》のもう一つの顔を知らなければなりません。

ってことで、物語の順番的には後ですが、まずは「橋姫」の方からご覧いただきましょう。

「橋姫」は『源氏物語』の後日譚にあたる『宇治十帖』の中のお話。

今は亡き光源氏の末子であるはずの薫は、自分の出生に疑問を抱いて出家を望み、仏に深く帰依している、叔父の八の宮(第八皇子)を訪ね、宇治にやってきます。

では、ここからの場面は、『あさきゆめみし』からご覧いただきましょう。

その夜も薫が宮を訪ねると、お屋敷からは琵琶の音が聞こえてきます。

宮は不在で、長女の大君〈おおいぎみ〉、次女の中の君〈なかのきみ〉がライブセッションをして楽しんでいたのです。

薫がこっそり覗いていると、雲間から月が顔を出し、姫君たちの姿を照らし出します。

(中の君)お姉さま ごらんなさいませ
     わたくしが琵琶の撥〈ばち〉で招いたら
     月が雲から顔をだしましたよ

(大君) まあ おかしい…変なことを思いついたものね
     入り日を撥で招き返したというお話は聞いたことがあるけれど…

(中の君)だって琵琶の撥をおさめる場所は隠月〈いんげつ〉というでしょ
     だからそんなに縁のないお話じゃないわ


薫は、2人の姫君が、宇治の橋を守る「橋姫」のようだと見とれる、という、この帖のタイトルにもなったシーンです。

琵琶の胴には、「覆手」(エレキギターでいう「ブリッジ」)に隠れて、向かいの人からは見えない、「隠月」と呼ばれる楕円形の穴があり、撥をしまうときは柄をこの穴に差し込む。なので、撥は月に縁がある、と言ったらしいです。

2人の会話の流れは、原作通り。
ついでだから、原作も見てみましょう。

簀子〈すのこ〉にいと寒げに、身細く萎えばめる童一人、同じさまなる大人などゐたり。

内なる人、一人柱にすこしゐ隠れて、琵琶を前に置きて、

撥〈ばち〉を手まさぐりにしつつゐたるに、

雲隠れたりつる月のにはかにいと明かくさし出でたれば、

「 扇〈あふぎ〉ならで、これしても月は招きつべかりけり 」
 
とて、さしのぞきたる顔、いみじくらうたげに 匂ひやかなるべし。

添ひ臥したる人は、琴の上に傾きかかりて、

「 入る日を返す撥〈ばち〉こそありけれ、さま異にも思ひ及びたまふ御心かな」

 とて、うち笑ひたるけはひ、今少し重りかによしづきたり。

「 及ばずとも、これも月に離るるものかは」

など、はかなきことを、うち解けのたまひ交はしたるけはひども、

さらによそに思ひやりしには似ず、いとあはれになつかしうをかし。

昔物語などに語り伝へて、若き女房などの読むをも聞くに、必ずかやうのことを言ひたる、

さしもあらざりけむ、と憎く推しはからるるを、

げにあはれなるものの隈ありぬべき世なりけりと、心移りぬべし。



さすがに式部さん、美文でいらっしゃいますね…と持ち上げときたいとこですが、古文じゃ何が何だか謎なので、ここは1つ、「日本古典文学全集」(小学館)所収の『源氏物語』から、現代語訳を引用させていただきましょう。

簀子〈すのこ〉には、いかにも寒そうにして、

痩せてよれよれの格好の女童〈めのわらわ〉が一人、

また同じ姿をした女房などがいる。

内にいる人は、一人は柱に少し隠れていて、

琵琶を前に置いて撥を手まさぐりしながらすわっていたが、

雲に隠れていた月が急に明るくさし出てきたので、

「扇ではなく、これでも月は招き寄せることができそうなものでした」と言って、

撥からちょっと月をのぞいたその顔は

たいそうかわいらしげでつやつやと美しいようである。

物に寄り添って横になっている人は、琴の上にもたれかかって、

「夕日を呼び返す撥というものはあったけれども、

変わったことを思いつかれるお心だこと」

と言って、にっこり笑う様子は、

もう少し重々しく嗜〈たしな〉みのある風情である。

「そこまでは及ばないにしても、これも月に縁のないわけではございません」

などと、たわいもないことをうちくつろいで話しあっていらっしゃるお二人の様子が、

まるでよそながら想像していたのとは違って、

ほんと胸にしみるようなやさしさで興そそられる。

昔物語などに語り伝えて、若い女房などが読むのを聞くのにも、

必ずこのような姫君のことを言っている。

それをまさかそんなこともなかったのだろう、

とつい反感の抱かれるものであるが、

なるほど人目につかず味わいぶかいこともありうる世の中だったのかと、

心が動かされるに違いない。



……ん〜。現代語でもまだ なんだけど (^_^;)

じゃ、例によって、私の翻案訳を足しときましょう。
雰囲気ぶち壊しになりますが、私のすることなんで、お許しください。

(薫はライブ会場の入り口で出待ち中。警備員に「困ります」と咎められますが、オレは常連だし追っかけでもグルーピーでもないんだからさ、とVIPの身内の特権で居直っています)

エアコン効きすぎたアリーナ席で声援を送ってる、メイド姿のファンたちは寒そうだ。
そこへ、ステージ裏のプリンセス・プリンセスの会話が聞こえてくる。

柱の陰に座っているアナの前にはドラムが置いてあるけど、
バックステージは暗いので、スティックを取ろうと手探りしている。

と、月光をイメージしたライトがついて明るくなったので、

「裕次郎じゃなくて、スティックだって月が呼べるんだから」

と暗闇に浮かぶその顔は、めちゃ美人。

脇にいるエルサは、エレキにもたれかかって

「裕次郎が呼んだのは嵐よ。月に吠えたのは朔太郎でしょ。常識ないんだから。

 裕次郎って言えば、太陽を呼び戻すスティックの話は聞いたことあるけどね」

とお姉さまらしく上から目線の微笑みに、アナは、

「それを言うなら「太陽に吠えろ」!だいたい朔太郎って江戸時代かなんかの人じゃん。あたしが知ってるのは昭和までなの!それにスティックは、いちおう満月(ドラム)に関係だってあるでしょっ」

なんて、どうでもいい会話をしている2人が想定外にカワイイ。

よくJKが読んでるマンガとかに、場末のライブハウスから美人過ぎる姉妹がデビュー!なんてエピソード、絶対出てくるよね。ありえねーだろ、そんなもん。けっ、とか思ってたけど、いやぁ、あるんだな、これが。ちょっと感動…。


さあ、もうちょい状況がお分かりいただけたでしょうか。
もっと分かんなくなった、とか言わないように。

…って、すいませんけどコレ、『陵王』の「り」の字も出てきませんけど…?

そ、そぅねぇ。

と思って、源氏物語の注釈を研究されている渋谷栄一先生のサイトをよぉく見ると、エルサ、いやさ、大君のセリフに注があり、

 『源氏釈』は、「還城楽陵王を危ぶめむとするに、日の暮るれば、撥して日を手掻きたまふに、引き返されたる也」と注す。舞楽「陵王」の所作を踏まえた発言。

とあります。

「源氏釈」というのは、『源氏物語』の現存する一番古い注釈本のことで、1156年にはもう成立していた、ということは、物語成立から100年くらい以内に書かれたものです。

お話の書かれた当時は、それなりの教養のある人なら、「撥で日を招く動作」=陵王の振り付けだ!って分かったけど、注の書かれたころは、ちょっと説明しとかないと分かりづらかった、ということなのでしょう。

今だったらさしずめ、

「ムーンウォーク」といえば、あぁ、マイコ〜の「ビリージーン」に出てくるアレね

と分かるけど、世の中全員平成生まれになったら、

舞妓さんてダレそれ?

てなものなのでしょう。

話を元に戻すと、《陵王》に「入る日を返す撥〈ばち〉」という振り付けがあるのは分かりましたが、じゃ、この振り付けは蘭陵王とどういう関係があるのでしょうか。

ここに一つ、また別の要素が絡んできます。

当時、雅楽といえば、遣隋使や遣唐使が命がけで海を渡って学んで来たり、貴い仏僧たちが伝えたりしたもので、全曲を簡単に人に教えたりはせず、口伝でこっそり跡継ぎだけに教える、とか、振り付けや衣装なんかを勝手に替えてはダメで、変更できるのは帝のご命令による場合のみ、みたいな状況だったようです。

しかし、時は下って鎌倉時代、日本は動乱の時代に入ります。

左舞を伝承する狛〈こま〉家の楽人・狛近真〈こま ちかざね〉は興福寺に属し、南都楽所〈なんとがくそ〉(覚えてらっしゃいますか、20世紀に、蘭陵王の墓所の前で雅楽を奉納したのは南都楽所の笠置先生でしたね→こちら)の中核でもありました。

彼はこの動乱の時代、家伝としてバラバラに継承され、家が絶えれば消滅してしまうであろう舞曲の現状を憂い、その行く末を案じ、口伝を絶やさないように記録を進めたのです。

その後、記録は左右の舞曲の口伝を集めた『教訓抄』としてまとめられました。

そういう訳で、1233年成立のこの楽書には舞曲にまつわる伝承が豊富に盛り込まれており、曲の由来や振り付け、変更箇所などが事細かに記されています。

そんな貴重な資料を、なんとスゴイことに、ネットで見ることが出来ます。

http://www.emuseum.jp/detail/101074/000/000%3Fmode%3Ddetail%26d_lang%3Dja%26s_lang%3Dja%26class%3D%26title%3D%26c_e%3D%26region%3D%26era%3D%26century%3D%26cptype%3D%26owner%3D%26pos%3D297%26num%3D7

e国宝…スゴいネーミングだけど、確かにイイ!

しかし、いくら原文ったって、これ↑を読みこなせる人はそう多くはないでしょう。ってことで、ちょっとズルして、活字に起こした「日本思想大系」版から、内容を見ることにいたしましょう。

「教訓抄」は、大系の第23巻「古代中世芸術論」に収録されてる…んですけどさ。

なんでこんな基本図書を品切れにするかな、岩波書店も?

おかげでまた余計な出費が増えたじゃないですか。

まあ、かなり世に出回った本らしくて、たまたま見つけた古本が元の定価(2,200円)より安くて済みはしましたけど。

この本、他にも「作庭記」「入木抄」「無名草子」「古来風躰抄」「老のくりごと」といった重要論考が収録されているので、この手の芸術論がお好きな方にはマストバイの一冊かと思われます。

それはともかく、さっそく《陵王》に関するパートを見てみると、あるわあるわ巻頭近くに、延々11ページにもわたって書かれています。

・舞曲の構成から
・面のこと
・曲の由来
・「囀」の歌詞
・舞例
・「生〈いき〉陵王」と言われた舞人のこと
・勝負事のときの演奏法
・調性の話
・聖武天皇の第二皇女・高野姫(孝謙天皇)がことにこの曲を気に入っていたというエピソード
・狛家から失くなった面が興福寺の門に掛けてあったエピソード
・舞具(捊〈ばち〉)は蘭陵王入陣のときの鞭(棒状の武器)の姿であること
・高野天皇の時代に捊のサイズを縮めたこと…

などなど、重要項目がずらりと並んでいます。

これを読むと、

・面は「武部様〈たけべのよう〉」と「長恭仮面様〈ちょうきょうかめんよう〉」の二種類あった

ことが分かりますし、

・舞曲の中の「囀」〈さえずり〉というパートには元は歌詞があって、舞う人がうたっていた

ことも分かります。

はしょるのは勿体ないくらいなんですが、そういう訳にもいかないので、お好きな方は本に当たっていただくとして、この場に関係ある部分を見てみましょう。

まずは、振り付けについてです。

乱序一帖。此内〔有別名〕日掻返手〈ひをかきかへすて〉〔桴飛手。〕〈ばちをひるがえすて〉、青蛉〈とんぼう〉返手、角走手、遊返手、大膝巻〈をひざまき〉、小膝巻〈こひざまき〉。

「乱序」というのは入場の音楽。ここの振り付けに、日掻返手〈ひをかきかへすて〉、別名・桴飛手〈ばちをひるがえすて〉というのがある、ということなのでしょう。

続いて、曲の由来について、書かれています(原文は漢字とカタカナで書き下し文のスタイルになっていますが、カタカナだと読みづらいので、ひらがなに直しました)。

此曲の由来は、通典と申文に申たるは、大国北斉に、蘭陵王長恭と申ける人、国をしづめんがために、軍〈いくさ〉に出給ふに、件王ならびなき才智武勇にして形うつくしくをはしければ、軍をばせずして、偏に将軍をみたてまつらむ、とのみしければ、其様を心得給て、仮面を着して後にして、周師(いくさ)金墉〈きんよう〉城(せい)下にうつ。

さて世こぞりて勇、三軍にかぶらしめて、此舞を作。

指麾撃刺(くきげきらつ)のかたちこれを習。

これをもてあそぶに、天下泰平国土ゆたか也。

仍て、《蘭陵王入陣〈しうじむの〉曲》と云。此朝〔伝〕来様未勘出。

尾張連浜主(おはりのむらじはまぬし)の流を正説とする也。

蓮道譜に云、此曲沙門仏哲へ渡す。

唐招提寺留置也。


『通典』〈つてん〉という書物によれば、大国北斉に蘭陵王長恭という人がいて、国を鎮めるために戦いに出たが、王は抜きんでた知恵と武勇の持ち主で、容姿が大変に美しく、(兵士が)戦わずにひたすら王の姿を拝もうとばかりするために、仮面を着け、後に周を金墉の街にて破りました。

三軍に冠たる勇を称え、この舞を作りました。

その指揮のありさま、武器を振るう様子に倣ったものです。

この舞により、天下泰平、国は豊かになりました。

そこで《蘭陵王入陣曲》と名付けられました。我が国に渡来した事情は明らかになっていません。

尾張連浜主の流派が基本とされます。

「蓮道譜」によれば、この曲はベトナムの僧に伝えられ、唐招提寺に伝承されたということです。


以上は私のてきとーな解釈ですので、レポートとか書かれる方は写したりしないできちんと原文に当たっていただきたいのですが、ともあれ、まとめると、

・《陵王》は高長恭の武勇を称える舞だった
・舞いの名は《蘭陵王入陣曲》と言った
・日本に来た経路は不明
・尾張連浜主という人が正統な継承者だった
・ベトナムの僧が伝えたという話が「蓮道譜」に載っている

ということのようです。

尾張連浜主という人は楽人で、836年に遣唐使として渡唐しましたが、その前に《陵王》を舞った記録があるので、少なくとも最初の段階では、彼が直接習ってきたという訳ではなさそうです。

「蓮道譜」がなんであるかは、『教訓抄』の注にも未詳とあり、不明です。

ここまでは皆さまおなじみの話かと思いますが、実は『教訓抄』には、続けてこんな話が載っています。

又云、脂那国〈しなこく〉〔に〕一人王あり。

となりの国の王と天子をあらそひける間に、彼王崩畢。

其子即位して、なをあらそひをやまざりければ、太子王の陵に向ひ給て、なげき申され給ひければ、

忽墓内〈つかのうち〉にこゑあり、雷電〈らいでん〉して占〈しめて〉子王〈このおう〉に云く、

「汝なげくことなかれ」とて、則現此形赴戦陣竜顔美鬚髯〈せん〉不異。

日すでにくれにをよびて、戦やぶれぬべし。

爰父王飛〈とばして〉神魂〈しんこんを〉日を掻〈まねくを〉。

仍蒼天〈そうてん〉午時成了。

さて合戦。如思国をうちとりてけり。

さて世こぞりて、これを歌舞す。

名〈なづく〉「没日還午楽〈ぼつじつかんごらく〉」と。

雖無本文、自古者伝也。



何だか分かりにくい文章ですが、またまたテキトーに解釈してみると、


別説によれば、脂那国にいたある王が、となりの国の王と争ううちに亡くなった。

その子が即位したが、争いは止まない。子が父の陵墓に向かって嘆くと、

雷電が起こり、声がして、

「嘆くには及ばぬぞ」と言い、姿を現したが、それは戦に向かう竜顔・美髯の姿であった。

日はすでに暮れて、まさに戦に敗れようとするとき、

父王は神魂を飛ばして日を呼び戻した。

そのため、空は真昼となった。

そして、如思国を成敗することができた。

これを称えて歌舞が作られ、「没日還午楽〈ぼつじつかんごらく〉」と名付けられた。

しかるべき出典などもないが、古くから伝えられているのである。


あらら…? これはまた全然違う系統のお話ですね。
でも、こちらの話の方が、「日を呼び戻す」という振り付けの説明にはなっている気がする。

そして、『源氏物語』の「御法〈みのり〉」に出てくる《陵王》は、恐らくこのエピソードを踏まえているものと思われます。

それでは、その場面を「日本古典文学全集」(小学館)から見てみましょう(読みやすいように、改行を多くしています)。

三月〈やよひ〉の十日なれば、

花盛りにて、空のけしきなどもうららかにものおもしろく、

仏のおわすなる所のありさま遠からず思ひやられて、

ことなる深き心もなき人さへ罪を失ひつべし…(中略)

夜もすがら、尊きことにうちあはせたる鼓の声絶えずおもしろし。

ほのぼのと明けゆく朝ぼらけ、

霞の間より見えたる花のいろいろ、

なほ春に心とまりぬべくにほひわたりて、

百千鳥〈ももちどり〉の囀〈さへづり〉も笛の音に劣らぬ心地して、

もののあはれもおもしろさも残らぬほどに、

陵王の舞ひて急になるほどの末つ方の楽、

はなやかににぎははしく聞こゆるに、

皆人の脱ぎかけたる物のいろいろなども、

もののをりからにをかしうのみ見ゆ。

親王〈みこ〉たち上達部〈かむだちめ〉の中にも、

物の上手〈じゃうず〉ども、手残さず遊びたまふ。

上下心地よげに、興ある気色どもなるを見たまふにも、

残り少なしと身を思したる御心の中には、

よろづの事あはれにおぼえたまふ。


時は今でいう4月初め、ちょうど桜の満開のころ、
紫の上〈むらさきのうえ〉は、出家を希望するも
源氏の反対に遭ってかなわず、
代わりにと盛大な法要を催します。

彼女は幼いころ光源氏に見初められて以来、
常に一番大切な人として遇されてきました。
それでもなお、源氏の君が次々と別の女人に心を移すのに秘かに心を痛め、
皇女・三の宮が正妻として降嫁してくるに及んで、
ついに病に倒れてしまいます。

実際のところ、女三の宮の降嫁自体、
成り行きでなってしまったようなもので、
源氏の君は格別彼女を気に入ったという訳でもなく、
結局、先にご紹介しました通り、女三の宮はまたも成り行きで柏木と不倫してしまいます。

源氏と女三の宮は、そんな形ばかりの結びつきであったのに、
身分が下なばかりに女三の宮に居場所を奪われてしまった
紫の上はお気の毒としか言いようがありません。

加えて、源氏が彼女自身というよりは、
藤壷の宮の身代わりのような形で愛していたということも、
きっと分かっていたのでしょう。

彼女はもう、永らえることも望まず、
早まりゆく「陵王」の曲のテンポや、舞の華やかさに、
残り少ないわが身を振り返って感慨にふけり、
法要に招いた、源氏が寵愛する他の女性たちに心づくしの和歌を贈ります。

皆は紫の上の心情を察しながらも、このような優れた女人が
世を去られるに忍びず、ずっとお元気でと、返歌を贈るのでした…。



今や全編のヒロイン、紫の上の生命は尽きようとしている。

どうか奇跡が起こり、息を吹き返して欲しいと願う
光源氏の願いも虚しく、

入る日を戻し、失われかけた勝利を呼び戻す、
絢爛たる陵王の舞に伴われながら…。

涙なしには読めないこの場面、日本文学の最高峰と褒めたたえられるだけはあります。
さすがは式部さん!

《陵王》の舞も、「没日還午楽」の物語の影をうっすらと漂わせながら、とても効果的に使われていますね。

この出自のあまりよくわからない「没日還午楽」の物語、何となく仏典に関係ありそうで、やはり「陵王」の直接のルーツは東南アジアの方の舞曲なんだろうか…とまた迷い始めてしまいます。

と、『源氏物語』の大系本の方の「橋姫」の注をみると、こんなことが書いてあります。

 「中の君のいう月は日の誤解であると笑うのであろう。

『楽家録』によれば陵王舞の秘曲に「入日ヲ麾〈さしまね〉ク手」という舞曲があり、太鼓に合わせて大回りに疾走しながら、急に右後をふり向いて桴〈ばち〉(鼓を打つ柄・槌)を上にあげて空を仰ぐ動作をする。

ここでは琵琶の「撥」に「桴」をかけて戯れたのである。

なお古注は「戈〈か〉ヲ援〈ひ〉イテ日をヒ〈さしまね〉ク」(淮南子・覧冥訓)の故事を引く。

琵琶の撥を収める場所を「隠月」と呼ぶところから、二者の関係の深さを言った。」


とあります。

なに、『淮南子』〈えなんじ〉とな?

『淮南子』とは紀元前120年ころ、つまり漢の時代に、淮南王・劉安が編纂させた本で、老荘思想、儒家思想、神話伝説、などなど、多岐にわたる内容のウンチク本。

その中の一章「覧冥訓」は、女媧〈じょか〉さまや月の女神・嫦娥〈じょうが〉の神話・伝説も含まれた章です。

大系本の注が言う箇所を探してみると…。

武王伐紂,渡于孟津,陽侯之波,逆流而擊,疾風晦冥,人馬不相見。

於是武王左操黃鉞,右秉白旄,瞋目而ヒ之,曰:

「余任天下,誰敢害吾意者!」

於是,風濟而波罷。魯陽公與韓構難,戰酣日暮,

援戈而ヒ之,日為之反三舍。

夫全性保真,不虧其身,遭急迫難,精通於天。

若乃未始出其宗者,何為而不成。

夫死生同域,不可脅陵。


ここは、明治44年版の田岡嶺雲『和訳淮南子』の力を借りて、解釈してみると…

(周の)武王が(殷の)紂王を征伐したとき、孟津という場所から(黄河を)渡った。

(波の神である)陽侯の波が逆流して撃ち、疾風が起こり、天地は暗くなり、

人馬も見えなくなった。そこで武王は、左に(兵権の象徴である)黃鉞を握り、

右に軍旗を掲げて、目をいからして

「私が来たからには、誰にも邪魔立てはさせぬ」

と叫んだ。すると風は止み、波は収まった。

またあるとき、魯の陽公は韓と敵対していた。戦がたけなわのときに、日が落ちようとした。

そこで、戈を振るって太陽を差し招いた。

すると、太陽は三度も空に戻った。

外界に惑わされず己を保ち、自らを損ねることのない者は、

危機に当たって、その誠が天に通じるのであろう。

道から外れることがなければ、必ずや何事をも成し遂げる。

生と死とを同一視する境地に在る者を脅かすことなどできない。




う〜ん…。

実はこの箇所、「魯陽日をさしまねく」(=不可能を可能にする)という諺にもなっているほど知られたエピソード。

『教訓抄』にも、「没日還午楽」の記述よりもかなり後に、小さな扱いではあるものの、《陵王》の由来の一つとしてこの故事が載っています。

『淮南子』は、蘭陵王の時代よりも600年も前の本なので、まずはこの話があり、それに蘭陵王の武勇を当てはめ、所作の名称にも流用した、と考えた方がつじつまが合いそうですね。

ってことで、「没日還午楽」の話は当時、よく知られていたみたいではありますが、

・この『淮南子』の話の別バージョン

か、あるいは、

・仏教説話か何かで似た話があって、いつの間にかすり替わってしまった

か、あるいは、

・元々、《陵王》は唐楽だったけれど、日本へは、それを習い覚えた林邑僧が伝えた。
そのとき、「没日還午楽」の話もセットになっていた

ということではないでしょうか。まるっきり推測ですが…。

このあたりをさらに研究すれば面白いのでしょうが、それは専門の方にお任せするとしましょう。

ご覧いただいたように、『源氏物語』では雅楽が大変重要な役割を果たしていますが、記述と現在の舞曲が違っているものも当然あるので、文献などから当時の演奏を再現するという試みもされています。

http://w3.kcua.ac.jp/jtm/archives/takuwa_gakudan/genji1.html

当時の演奏は、現代の演奏に比べるとテンポがかなり速かったようですね。

さて、『源氏物語』と《陵王》に関するお話、実は『あさきゆめみし』にはもう1つあります。最後に、そちらに行ってみましょう。

紫の上が催した大法要を描く、「御法〈みのり〉」の帖、先ほどは原作をご覧いただきましたが、もちろん『あさきゆめみし』にも取られており、《陵王》もバッチリ描かれています。

しかし、その持つ意味合いは、原作と同様であると同時に、マンガオリジナルのニュアンスも込められているようです。

前にもご紹介しました通り、『あさきゆめみし』には少しですが、オリジナルのエピソードが付け加えられています。そして、《陵王》の舞いに関するエピソードは、そんなオリジナルの一つなのです。

ではご覧いただきましょう。マンガでは「其の22」にあたる章です。

原作の帖名「朝顔」は、源氏の君と、この帖のヒロイン・槿〈あさがお〉の姫君が交わした

(源氏) 見しをりの露わすられぬ朝顔の花の盛りは過ぎやしぬらん

(槿の君)秋果てて霧の籬〈まがき〉にむすぼほれ あるかなきかにうつる朝顔

という歌から取られています。

槿の君は源氏が若いころから憧れていたいとこです。
その父君が亡くなられたお見舞いを口実に、言い寄ろうとする源氏(またかい…)。
父君が亡くなり、後ろ盾がなくなった槿の君に、周りは源氏との縁組を勧めます。

自身の高い身分であれば正妻に迎えられるであろうし、源氏に好意ももっているものの、
姫君はこの縁組に気が進みません。

彼女の脳裏によぎるのは、愛人の元へ通う夫を送り出した夜、
独り、《陵王》を舞う母の姿でした。



母は ひとり静かに舞っていた
深窓の姫君で 立ち歩くことさえまれだった母が…
それは見おぼえた陵王の舞の足だった…

陵王は北斉の王だったという
世にもまれな美貌であったため
おそろしい面で素顔をかくして戦〈いくさ〉にのぞんだという…

ああ…
母はけっして
心静かではなかったのだ

陵王とは反対に
母は…
すべての妻たちは
怒りや涙を
面にかくして
女の戦をたたかわねばならなかったのだ



闇の中で、母の姿と雅楽の舞姿がオーバーラップする、
少女漫画ならではの繊細なビジュアルと相まって、美しく印象深い場面です。

ここで縁組を承諾してしまえば、自分も母と同じ道を歩むことになる。
うわさに聞く源氏の奥方・紫の上をも巻き込んでしまう…。

悩んだ末、槿の君は意志を貫き通し、源氏の求婚を退けてしまいます。

《陵王》の仮面を物語に織り込んだアプローチ、原作にはないエピソードですが、
全く違和感を感じません。

そして、物語は進み、「御法」の帖へ。

法要の場に鮮やかに現れる《陵王》の舞姿は、紫の上が最後に目にする素晴らしい輝きであると共に、光輝く主人公・源氏の輝かしい姿の象徴であり、また読者には、朝顔の君の母の姿とその運命を、紫の上に重ねさせる意味合いを持っています。

まさに、《陵王》が物語を深める大切な役割を担っているんですね。

そして実は、蘭陵王の仮面を物語の重要なキーとして使った日本の作品は他にもございます。
しかも、作者や物語の登場人物ばかりではなく、蘭陵王自身の美意識をも反映するものとして…。

それでは、豪華ゲストをもう一名お招きいたしましょう。
三島由紀夫さんです。

『蘭陵王』は、1969年11月に書かれた、彼の最後の短編小説です。

当時、三島は陸上自衛隊に体験入隊していました。

演習の済んだあと、体験隊の小隊長である、京都の大学生Sが、習っている横笛を聞かせにやってきます。

Sが吹いた曲は「蘭陵王」という名曲で、その故事を思い出しながら、三島は深い感慨を受け、しばらくは言葉もありませんでした。すべてがこの横笛を聴き、蘭陵王を聴くのにふさわしい夜だったのです。



舞曲に使われる蘭陵王の面は、顎を別に紐で吊り下げ、龍を象った恐ろしい相貌で名高い。これは人も知るとおり、北斉の蘭陵王長恭が、おのれのやさしい顔を隠すために怪奇な面をつけて、五百騎を率いて出陣した故事にもとづいた曲である。

蘭陵王は必ずしも自分の優にやさしい顔立ちを恥じてはいなかったにちがいない。むしろ自らひそかにそれを矜っていたかもしれない。しかし戦いが、是非なく獰猛な仮面を着けることを強いたのである。

しかし又、蘭陵王はそれを少しも悲しまなかったかもしれない。或いは心ひそかに喜びとしていたかもしれない。なぜなら敵の畏怖は、仮面と武勇にかかわり、それだけ彼のやさしい美しい顔は、傷一つ負わずに永遠に護られることになったからである。

本当は死がその秘密を明かすべきだったが、蘭陵王は死ななかった。却って周の大軍を、金墉城下に撃破して凱旋したのである。…



笛が、息もたえだえの瀕死の抒情と、あふれる生命の奔溢する抒情と、相反する二つのものに、等しく関わり合っているのを私は見出した。蘭陵王は出陣した。そのときこの二種の抒情の、絶対的なすがたが、奇怪な仮面の形であらわれたのであった。きりきりと引きしぼられた弓のような澄んだ絶対的抒情が。



三島由紀夫といえば、そのナルシストっぷりがこっ恥ずかしく、どうも苦手な作家ではあるのですが、その美意識はやはりさすがなものです。

自伝的作品「仮面の告白」で大ブレークしただけに、この作品も、まさかとは思うけど、蘭陵王と自分を重ねたりとか…してないよね? とか、どうしても邪念を払いのけることが出来なくて困ってしまうのですが、それでもなお、この作品に描かれた「美意識」には素直に感動を覚えます。

文庫にしてたった10ページの小品ですので、ぜひ、お読みいただきたいと思います。

ってなわけで、私の蘭陵王のイメージはこの幽玄なる三島の短編がデフォルトのため、テレビドラマで仮面のデザイン(としか、見えないんですが…)をハンコの取っ手にしちゃったり↓
s-epi_7_2.jpg

ヤンキーに踊らせてみたり、

はては太っ腹にしてみたり、

等々、等々のアレンジは実に腹に据えかねるものがあり、

正直、11話以降のホームドラマみたいな展開も内心、許しがたいものがあるのですが、この物語の本場の皆さまのなさることに、東えびすの口をはさむ資格があろう筈もなし。

って言うか、まだこのドラマの白眉、第10話のエントリー終わってないのですが、いい加減、間が空きすぎてしまったので、ここで1回、区切って記事をアップさせていただきます。

ロマンスの行方は、申し訳ないですが、また→次回にて!
posted by 銀の匙 at 23:56| Comment(4) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月28日

蘭陵王(テレビドラマ19/蘭陵王入陣曲:前編 第10話の3)

*“詞牌”部分が分かりづらかったので、説明を追記しました。

皆さま、こんにちは。

東京ではろくにお花見もできないうちに、桜が散ってしまいました。これからゴールデンウィークにかけては、北東北や北海道に桜前線が移っていくのでしょうね。

しかしながら、千年前なら、実は東京だって、今がお花見の季節なのですよ(えっ、そのころ東京は海の底だったんじゃ…というツッコミは湾岸に埋め立てさせていただきます)。

だって、清少納言さんも言ってるでしょ(あれ、納言さん、まだ居たの…?)

櫻の花びらおほきに、葉色こきが、枝ほそくて咲きたる。(枕草子37段)
(桜は断然、花びらが「おおきに」(ってThank youじゃないですよ)、葉の色の濃いのが、細い枝に咲いてるタイプよね)

八重桜だったら、今が見ごろですよね。うちの周りもまだ咲いてます。

葉も出てるし、花びら「多い」し。

でも、昔はきっと山桜だから、葉もあって、花びらが「大きい」のが良かったのかも知れませんけど。どっちの意味だったんでしょうね、納言さん(清少納言さん、今度こそハケて頂いてOKです)。

そんな桜(ってどんな桜?)を見に、円安の今年は海外からもお客様がたくさん見えました。

なぜか知らないけど、横浜中華街に行ったら、周りは中国・台湾・香港からのお客様でいっぱい。国に帰ったらもれなく中華街なのに、なんでわざわざ日本まで来て中華街を観光するのか、やや不思議。

昔、関東で中華圏の大衆音楽や映画の情報を仕入れようと思ったら、ここに来るしかなかったので、ちょくちょく通ったものですが、今や海外からのお客様を当て込んでいるのか、メインストリートにも和雑貨の店が進出しています。

そして、その店先には、究極の「和もの」と思しき、とある物体が!

では、ここで3択です。
中華街の店先にあった、和ものの「ある物体」とは何でしょうか?!

1)巨大な招き猫(ありそう)

2)巨大な天津甘栗(甘栗は中国にもありますけど、ふつうは“糖炒栗子”って言います)

3)巨大な相撲レスラー(重言?)

4)その他(ざっくりしすぎ)

その正体をお知らせする前に、まずはお呼びしましょう、さんざん予告した本日のスペシャル・ゲスト、紫式部さん!

式部さん!?

んー…お支度がまだのようです。
登場されるまで、まずは式部さんの作品の方を鑑賞しときましょう。

いづれの御時にか、女御、更衣、あまたさぶらひたまひけるなかに、
いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれてときめきたまふありけり……


(タイムラインはわかんないけどぉ、
セレブ女子ばっかフィーチャーした婚活スポットでぇ、
かなーり残念なプロフなのにぃ、
超モテ期なアゲアゲ女子がいたらしいょ?)


で始まる(のか?)、ご存じ、『源氏物語』。
千年の昔から、女子をときめかせてきたイケメン男子のラブ・ストーリー。
いわずと知れた、日本文学の古典中の古典でございます。

その冒頭に登場する超モテ女子こそ、桐壺〈きりつぼ〉の更衣〈こうい〉
ところが、たいしたことない身分のくせに帝〈みかど〉のご寵愛を受けるなんてくやし〜!と、
後宮の女性たちはもちろん、その後ろ盾となっている貴族たちにも妬まれてしまいます。

皇帝が楊貴妃を寵愛したことが元で、国が乱れた唐の例もある…などと噂され、
いじめられた心労が祟ってか、生まれた皇子がわずか3歳のときに、
はかなくなってしまわれたのでございます。

忘れ形見の皇子は輝くばかりに美しく、光〈ひかる〉の君と呼ばれ、
帝ご自慢の皇子となられます。

しかし、最愛の桐壺の更衣を失って悲嘆に暮れる帝の元に
藤壺〈ふじつぼ〉の宮が嫁ぐと、
光の君は彼女に母の面影を重ね、
やがて理想の女性として、道ならぬ激しい思慕の情を寄せるように……

って、コレ、「蘭陵王」の話じゃないじゃん。いったい何の関係が?

前回はほとんど無理やり清少納言を引っ張り込んでたし、
なんかまた、無理やりこじつけようとしてるでしょ?

と、これまでの実績から、皆々さまのお疑いはごもっともな事でございます。

が、実は、細い細い糸ではありますが(赤くはない)、少しは関係あるのでございますよ、
『源氏物語』と「蘭陵王」は。

ってことで疑惑をガン無視して続けると、

光の君はお美しく利発で、文武両道歌舞音曲と、何事にも優れておいでの御方。
帝のご寵愛にもひとかたならぬものがございましたが、
惜しむらくは母君の身分が低く、帝位は継げぬお立場、
親王としたままでは国が乱れ、民が苦しむもとになると忠告する者も出ます。

そこで帝はご決意あそばされ、光の君を臣籍へ移して、「源」姓を賜りました。
だから主人公は「源氏」なんですね。

ほら、どこかに似たお立場の方がいらっしゃるでしょ?

建国の元勲を父と仰ぐ皇子といえども、母親の身分は流浪の妓女。
遠く離れた都にまで歌舞音曲三昧の噂が伝わって、
皇太子殿下の御前で、闇練していた宴会芸を披露させられる羽目になった方が……。

ということで、前置き超長くなりましたが参りましょう、第10話

すみません、今回、あまりにも資料が多くてまとめきれないという、私によくあるマズいパターンに陥ってしまいましたため、2回に分けてアップいたします。

っていうか、ただ単に、今回、資料代が5ケタになっちゃったので、勿体ないからなるべく使おう、というビンボー根性の発露なのですが…。そのせいで、ちょっと中途半端なエントリーですが、どうぞお許しください。

さて、あまり間が空いたので、書いてる私も直前がどんな話だったか忘れてしまいました。
前回はこんな感じです(記事は→こちら)。

えっと、ものすごいハードな戦いに勝利した翌日、やっと二人っきりでラブラブ朝ごはんとシャレこもうとしたところ、いきなりヒロイン・楊雪舞〈よう せつぶ/ヤン・シュエウー〉に拒否られて、涙目の我らがヒーロー、蘭陵王〈らんりょうおう/ランリンワン〉=高長恭〈こう ちょうきょう/ガオ・チャンゴン〉=四爺〈スーイエ〉。

しかし、さすが、転んでもただでは起きない無敵の武将、副都・洛陽で皇太子が主催する戦勝祝賀パーティーに呼び出され、これ幸いと雪舞を強制ヨメ対応に。

やむを得ぬ仕儀とはいえ、いったん皇太子に渡した兵権を正式に取り戻しもしないうちに、勝手に周とのバトルフィールドを仕切った出過ぎた四爺の振る舞いに、はらわた煮えくりかえっているであろう、皇太子の腹心・祖珽〈そ てい/ズー・ティン〉。

そんなところへ、のこのこ女連れでやってきた四爺。

しかも、ホストに断りもなく(皇太子・高緯〈こう い/ガオ・ウェイ〉は知らなかったみたいですよね)、招待者リストに貧民どもを追加するとは…。

何とか穏便に、皇太子に花を持たせて宴会を終わりたかったのでしょうが、どっこいそうは問屋が卸しません。

ムリでしょ、ここまでやったら。

蘭陵王を除こうとする祖珽は、戦場ばかりか宴会まで仕切った蘭陵王の僭越ぶりを印象づけようと、兵士たちに、特設ステージでのエキシビジョンをとり行わせます…。


*

祝賀会にかこつけて、形勢逆転の策を練っていたであろう祖珽。このステージも、絶対仕込んであったのでしょう。

が、思惑はともかく、レッドカーペットに参集した文武百官の皆さんは、思い思いにナショナルカラーのを着こなしていらっしゃって見ごたえがございますので、ここで吉例のファッション・チェック参りましょう。

まずは、この時代に有ったんですかね?なスタンドカラーに刺繍をほどこした赤主体の衣装の四爺と、襟元にさりげなくをあしらい、の上にを重ねたなかなか難易度の高い色合わせの五爺の美形兄弟。

渋いの袷で決めた斛律〈こくりつ〉将軍、の冠が目をひく楊士深は、ふだんが軍服だけに、なかなか新鮮です。

なかでも、銀鼠の袷の襟元からさりげなくを覗かせた段韶〈だん しょう〉大師は上級者の装いと言えましょう。

そして、こちらも赤主体のステージには太鼓と、なぜか金の鳥居
角笛による入場行進に引き続き、いきなり《蘭陵王入陣曲》〈らんりょうおうにゅうじんきょく〉が披露されます。

って、え... コレ?

どうみてもヤンキー様御一同の組体操にしか見えないんですけど…?

と、ほとんど怒りが沸々とわいてきた視聴者の神経を逆なでするようにナレーション登場(あれ、あなたも、まだいたんだ…)。

そうです、このシーンは字幕/ナレーションにある通り、史実に基づくものです。

“《資治通鑑》 卷169 177 齊蘭陵武王長恭 貌美而勇 以邙山之捷威名大盛
武士歌之為 蘭陵王入陣曲 齊主忌之”


(『資治通鑑』〈しじつがん〉、巻169,177によると、斉の蘭陵武王 長恭は容貌が美しい上に勇敢で、邙山〈ぼうざん〉の戦いでその名を轟かせた。士卒はこれを歌い、《蘭陵王入陣曲》とした。斉の君主はそれを忌み嫌った)

ドラマではこの時点で高緯は皇太子ですが、史実では、この時点ですでに即位してますので、史書のいう斉主とは高緯のことかと思います。

《蘭陵王入陣曲》というのは、史書のこの記述を見る限りでは、最初はダンスなしで、歌だけだったようですね。

それはともかく、危なっかしいとはいえこのドラマ、ここまで何となくは時代考証の成果を取り入れていたのに、肝心のシーンがこの有様って、どういうこと?

ここまで見てまいりました通り、1400年も前の時代の風俗習慣を知るには、墓や史書に頼るしか手がなかったのですが、《蘭陵王入陣曲》今も残ってるんだから、その例外じゃないですか。

…え、残ってるって、どういうこと?

それをお話する前に、まずは中国での状況から見てみましょう。

まず、この曲が《資治通鑑》でまでフィーチャーされているのは、この史書が書かれた当時(宋代)にも、読み手が曲名を知っていたからではないかと思われます。

宋代に流行った韻文のスタイルに“詞”cí〈ツー〉というのがありました。

これは今ふうに言えば歌詞のことです。

メロディーの方はみんなが知っており、たとえば、山本リンダの「狙いうち」という曲があったとすると(すいません、またも昭和な例で)、そのメロディーに、

♪ みなみうらわ にしうらわ ひがしうらわ きたうらわ(中略)
 …うらわにゃ7つの駅がある ♪


という歌詞を後からつける訳です。

ま、替え歌ですね(すみません、関東地方限定のネタで)。

現代(21世紀)のポップスは、たいてい曲が先にあって後から歌詞を嵌めこみますので、ある意味、宋詞の後継者といえるでしょう(か?)。

詞に戻りますと、当初はメロディーに載せて歌われていたものが、そのうちメロディーではなく、声調の上げ下げパターンだけになり、歌わずに詠まれるものになっていったようです。

この上げ下げパターンのことを「平仄」〈ひょうそく〉といいます。

日本語に「平仄を合わせる」っていう言い回しがありますが、元は、パターンに沿って文字を配列して詩を作ることから来ています。

前の回でお話しましたように、中国ではこのドラマの時代、つまり魏晋南北朝の頃に、漢字1字1字の発音に上げ下げパターンがあることが意識され始めたと言われています。当時はそれは“平、上、去、入”「四声」とされていました。

そのうち、まっすぐに発音する“平”と、上がったり、下がったり、詰まったりした(であろう)残りの3つをグループ分けして、前者を“平”、後者チームを“仄”と呼びました。

詞を作るときに使うその組み合わせパターンは“詞牌”cípái〈ツーパイ〉といって何百とあり、一つ一つに名前がついていました。

《蘭陵王》もその一つです。

追記:ここがだいぶ分かりにくかったので、例を足してみました。

たとえば、「里の秋」という童謡がありますね。
メロディーはこんな風↓
satono.jpg

テレサ・テンさんが中国語でカバーしており、中華圏ではよく知られています。

又见炊烟升起
yòujiànchuīyānshēngqǐ
ヨウ4ジェン4 チュイ1イェン1 ション1チー3 
かまどから煙がのぼり 

暮色罩大地
mùsè zhàodàdì
ムー4スー4 ヂャオ4ダー4ディー4
暮れ色がまた大地を覆う

想问阵阵炊烟
xiǎngwènchénchénchuīyān
シャン3ウェン4チェン2チェン2チュイ1イェン1
たなびく煙よ 

你要去哪里
nǐyàoqùnǎlǐ
ニー3ヤオ4チュイー4ナー3(→2)リー3
あなたはどこへ行くの

ってことで、中国語の歌詞には、元々漢字自体に上げ下げがあります(1,2,3,4の数字)。メロディーがあるときは、ある程度、元の上げ下げは無視して歌ってるのですが、上手い作詞家だと、漢字の上げ下げとメロディーの上げ下げがある程度呼応しています(この歌だと4行目はかなりメロディーの上げ下げと漢字の上げ下げが近い)。

441113
44444
342211
34433

この歌詞は現代語ですが、昔風に、声調の1を“平”、2,3,4を“仄”に置き換えてみるとこうなります。

仄仄平平平仄
仄仄仄仄仄
仄仄仄仄平平
仄仄仄仄仄

そのうち、「里の秋」のメロディーの方は忘れられて、この“仄仄平平平仄 仄仄仄仄仄…”というパターンだけが“詞牌”として残ります。“詞牌”の名前は「里の秋」になることでしょう。

そして、今度は“詞牌”「里の秋」に漢字を当てはめて、新しい“詞”が作られる、という訳です。

詞牌にはいろいろな分類の仕方がありますが、《蘭陵王》“三畳”に分類されます。この“畳”は、「起きて半畳、寝て一畳」の畳じゃなくて、段落のことです。

って説明しても、何の事やらって感じかと思いますので、ここで実際に《蘭陵王》パターンを使って書かれた詞をみてみましょう。

この詞を書いたのは、北宋時代の周邦彦〈しゅう ほうげん〉(1056-1121)という人です。当時の皇帝・徽宗〈きそう〉(あの、ハトの絵とか描いた人)に引き立てられた文人で、音楽の才能に秀でていたそうです。

それでは、彼の代表作の一つ、《蘭陵王》柳 をご覧いただきましょう。
先ほどの例でいうと、

「狙いうち」《蘭陵王》 
「うらわにゃ7つの駅がある」=柳

に相当します。

上の行が《蘭陵王》のメロディー、下が実際の歌詞です。太字は韻を踏んでいる字です。

まずは中国詩研究の大家、村上哲見先生の書き下し文でご覧いただきましょう。

仄平仄
柳陰       柳の陰は直〈なお〉く

平仄平平仄仄
煙裏絲絲弄    煙裏に糸糸〈しし〉碧〈へき〉を弄〈もてあそ〉ぶ

平平仄 平仄仄平
隋堤上 曾見幾番  隋堤〈ずいてい〉の上 曾〈かつ〉て見し 幾番〈いくたび〉か 


仄仄平平仄平仄
拂水飄綿送行   水を払い綿を飄〈ひるが〉えして行色〈こうしょく〉を送りしを 

平平仄仄仄
登臨望故    登臨〈とうりん〉して故国を望む 

平仄
       誰か識〈し〉らん

平平仄仄
京華倦     京華〈けいか〉の倦客〈けんかく〉を 

平平仄 平仄仄平
長亭路 年去歲來 長亭の路〈みち〉 年去り歳〈とし〉来り 

平仄平平仄平仄
應折柔條過千  応〈まさ〉に柔条〈じゅうじょう〉を折〈たお〉ること千尺を過ぐべし

*

平平仄平仄
閑尋舊蹤     閑〈のどか〉に旧き蹤跡〈しょうせき〉を尋ぬ     

仄仄仄平平
又酒趁哀絃     又た 酒は哀絃〈あいげん〉を趁〈お〉い

平仄平仄
燈照離       灯は離席を照らす

平平平仄平平仄
梨花榆火催寒   梨の花 楡〈にれ〉の火 寒食〈かんしょく〉を促す

平仄仄平仄
愁一箭風快     愁うるは 一箭〈いっせん〉の風快〈はや〉く 

仄平平仄
半篙波暖      半篙〈はんこう〉の波暖かくして  

平平平仄仄仄仄
回頭迢遞便數   頭〈こうべ〉を回らせば迢遞〈ちょうてい〉として便〈すなわち〉     数駅なる
仄平仄平仄  
望人在天     人の天北〈てんほく〉に在るを望むならん

*

平仄
        悽惻〈せいそく〉たり  

仄平仄
恨堆       恨〈うらみ〉は堆積す  

仄仄仄平平
漸別浦縈回     漸く別浦〈べつぽ〉は縈回〈えいかい〉し  

平仄平仄
津堠岑    津堠〈しんこう〉は岑寂〈しんじゃく〉たり  

平平仄仄平平仄
斜陽冉冉春無  斜陽冉冉〈ぜんぜん〉として春は極まり無し 

仄仄仄平仄
念月榭攜手     念〈おも〉う 月榭〈げっしゃ〉に手を携え

仄平平仄
露橋聞      露橋〈ろきょう〉に笛を聞きしを

平平平仄
沈思前事      前事を沈思すれば

仄仄仄
似夢裏       夢裏〈むり〉の似〈ごと〉く

仄仄仄
淚暗       涙 暗〈ひそか〉に滴〈したた〉る


ご覧の通り、詞は3つのパートに分かれています。

最後の2行なんて今年のヒットチャートに入ってる曲にありそうな歌詞ですね。
いかにも、ダニエル・チャンあたりが歌っていそうです。

ただ、書き下し文でもやっぱりちょっと分かりにくいので、いま風に解釈してみましょうか。
(間違ってたら私の責任で、書き下し文のせいではありません)

柳の並木
春霞のなか そのしなやかな枝の緑が踊る
いにしえの隋の運河の堤に立ち 幾度となく見た
枝が河面を撫で 柳絮が舞って 旅人を見送るのを
高みに登り はるか故郷を望めば
誰が知ろう
都に疲れた わが旅人の心を
街道筋に 歳月が来ては去り
手折った柳は 優に千尺を超す

そぞろに馴染みの場所を尋ねれば 
またも哀しげな曲が伴する酒席
灯は別れの宴を照らす
梨の花 楡の火 寒食節も急ぎ足に過ぎる
悲しいかな 行く人を乗せた船は矢のように速く
棹の半ばまで浸す波はぬるんで
振り向けばはや いくつもの宿場を過ぎ
北のかた 見送る私は遙か

悲しみよ
やるせない胸の想いが積もりゆく
別れの岸辺に寄せるのは波ばかり
渡し場は静まり
夕陽はゆっくりと沈み 春は深まりゆく
月に照らされたあずまやで 手を携え
露たちこめる橋で笛の音を聞いた
過ぎた日に思いを巡らせれば
全ては夢のようで
私はそっと涙する


春霞の中、次々と都を離れていく友を見送る詩人。

旅の無事を祈って、別れの印に柳の枝を贈るんですね。
これは漢代の頃から続く風習です。

ちなみに、《蘭陵王》“詞牌”は、別名を《蘭陵王 慢》と言いました。

“慢”とは「ゆっくりしている;遅い」という意味です。

他にも“慢”の字がついている“詞牌”があり、いずれも長編なので、これは「長い曲」ということですが、元の字の意味からすると、メロディーがあった当時、この曲は「スローバラード」だった、という可能性も考えられます。

もっとも、最初から遅い場合はわざわざ“慢”とは言わず、いくつかのバリエーションがある場合に、遅い方を“慢”と呼んでいた、という可能性もありますが…。

ってなことで、宋代には詞になってる《蘭陵王》ですが、もう少し時代を遡ると、またちょっと様子が違っています。

《旧唐書》〈くとうじょ〉という史書は、五代十国時代の945年に成立したとされているので、先ほどの《資治通鑑》よりは100年ほどドラマに近い時代に書かれたものです。

その巻29にはこうあります。

“《大面》出於北齊。”
(「大面」という演目は北斉由来の曲である。)

“北齊蘭陵王長恭,才武而面美,常著假面以對敵。”
(北斉の蘭陵王長恭は、才武兼備、容貌も美しく、常に仮面をつけて敵に対した。)

“嘗擊周師金墉城下,勇冠三軍,”
(かつて周の軍を金墉城下〈きんようじょうか〉に撃ち、その勇猛果敢さは全軍一であった。)

“齊人壯之,為此舞以效其指麾擊刺之容,謂之《蘭陵王入陣曲》”
(斉の人々はこれを壮挙とした。この舞はその采配や剣を振るうさまにならったもので、『蘭陵王入陣曲』と言う。)

おっと、この時点では、仮面をかぶった人が、采配をふるったり、剣を振るったりして舞う、踊りのようです。これはテレビドラマにかなり印象が近いですね。

則天武后が宴会を開いたときにも上演されたくらいポピュラーだったらしい(《全唐文》)。

しかし、人気とは儚いもの、先ほど《旧唐書》で引用した記述の直前には、こんなことが書いてあります。

“歌舞戲,有《大面》…(中略)等戲。玄宗以其非正聲,置教坊於禁中以處之。”
(歌舞劇には《大面》…等の演目があった。玄宗皇帝はこれらを正統な音楽とは認めず、[音楽を司る]「教坊」を宮廷に置き、これらの曲を処置した)

ってことで、残念ながら、唐代のうちにこのプログラムは上演禁止になってしまいました。がーーーん。

え、でもさっき、今も残ってるって言いましたよね。
こんなんで、どうして今も残っているなんて言えるのかって?

その理由は、《蘭陵王入陣曲》の歴史を解説した、ドキュメンタリーでご覧いただくことに致しましょう。

中国中央電視台(CCTV)の《探索・発現》という番組の《尋找「蘭陵王入陣曲」》(「蘭陵王入陣曲」を求めて)という回です。

30分ほどの番組ですが、蘭陵王の碑や陵墓の様子が観られるのはもちろん、称号の由来となった領地、山東省棗荘市塩山県蘭陵鎮(…何か微妙にイナカっぽい地名ですけど)も登場します。

ちなみに、陵墓の前に、現代に作られたとおぼしき蘭陵王の塑像が立っているのですが、手には、次回ご紹介する予定の、とある仮面を持ち、“明光鎧”第9話こちら参照)を纏っています。これは、これから述べる研究の結果、新しく作られたものと思われます。当然、このヴィジュアルも、ドラマの参考になったことでしょう。

ちなみに、イケメンかどうかと言うと…。

えっと。気を取り直して、この番組を観れば、この曲が日本と因縁浅からぬものであることがお分かりいただけると思いますし、研究に際しても日本側の多大な協力があったことが、ちゃんと取り上げられています。

番組はフェニックス・ニューメディアのサイトに正規のVが挙がっているので、リンク先からご覧いただけます(たまにサーバーの調子が悪くなるみたいですけど…)。

http://v.ifeng.com/documentary/culture/201109/a110f459-0e8c-407b-bb0e-c2b258fde326.shtml

ぜひ、サイトで実際の番組をご覧いただきたいと思いますが、残念ながら字幕がないので、以下、簡単に内容をご紹介しておきましょう。例によって私のてきとーな訳でお送りいたします。

========

《蘭陵王入陣曲》は、中国では失われて久しかったものの、“大面”(仮面戯)という歌舞ジャンルの嚆矢として重要視され、どのようなものであったか、長年、関心を持たれ続けた作品でした。

1956年、京劇の名優・梅蘭芳〈メイ・ランファン〉が、中国京劇代表団を率いて来日した際(こんな映像、残ってるんですね、ビックリした)、熱田神宮で雅楽の《陵王》を観て、中国古代の音楽が日本に保存されていたことに驚いた、というエピソードが伝わっています。

そして、1962年、毛沢東がある会議の席上、蘭陵王の武勇に触れ、さらに、「彼を称えた曲が作られ、それは日本にまだ残っているそうだ」と発言したとされています。

果たして、日本のこの雅楽の《陵王》は、千年以上も前に失われた、中国の《蘭陵王入陣曲》と同じものなのでしょうか。

そうだとしたら、どのように伝わったのでしょうか。

北朝史研究者の馬忠理先生は、この曲についての調査を進めており、1986年、日本で開催された中国黄河文明展のため訪日した際、日本の研究者たちの協力を得て、多くの資料を収集し、古代の日本ではこの曲が、相撲や競弓といった大きな催しの際に演じられるなど、大変重視されたことを知ります。

意外だったのは、成り立ちから予想される勇猛・激烈な舞曲ではなく、踊りは緩やかで、曲は寂しげなものであったこと。

《陵王》のルーツについては、日中両国で、大きく分けて3つの説、すなわち「唐楽」説、「林邑八楽〈りんゆうはちがく〉」説、「インドの竜王舞」が習合した説、が唱えられていました。

馬忠理先生は、雅楽の演者が着用する紅袍〈ほう〉裲襠〈りょうとう〉に着目しました。北斉の墓から出土する武士たちは、当時流行した裲襠(袖なしの貫頭衣)の鎧を着ているからです。踊りの衣装なので刺繍に替わってはいるものの、それは鉄で出来た裲襠の鎧を模したもので、そこから、この踊りは中国由来のものなのではないかと考えたのです。

もう1つの「林邑八楽」の説というのは、「林邑(チャンパ)の仏僧が伝えた8つの曲のうちの一つであり、胡服をまとい、インドの仮面をつけ、調性は元来、インド系の“沙陀調”であった」というものです。

馬先生はこれについても考察し、“沙陀”が勅勒〈ちょくろく〉族(斛律〈こくりつ〉将軍の出自でしたね)同様、突厥〈とっけつ〉の一部であることを突き止めました。当時の軍人には突厥など“胡”の出身者が多かったので、この調性を採用したのも不思議はありません。

日本の『古事類苑』所収の「智仁要録」には、蘭陵王、高陵王、羅陵王と称するものは中華調、壱越調、沙陀調である、と記されています。

源光の『大日本史』の記載によれば「本朝(日本)に伝わる楽制 五音六律は隋唐楽に始まる」とされ、蘭陵王の曲調は唐楽である、とされています。

崔令欽〈さい れいきん〉は《教坊記》〈きょうぼうき〉(玄宗皇帝の時代(712-755)に書かれた「教坊」について記録した本)の中で、

“代面戲起源北齊時”
(〈代面〉は北斉に始まる)

“蘭陵王長恭性膽勇而貌婦人
自嫌不足以威敵 乃刻木為面 臨陣著之”

(蘭陵王長恭は性格は勇敢だったが容貌は女人のようだった。
自身、敵を畏れさせるには足りないことを嫌い、
木彫りの仮面をつけ、これを着けて戦に臨んだ)


としています。

(*話の本筋とは関係なくて恐縮ですが、《旧唐書》ではジャンル名が「大面」なのに《教坊記》では「代面」になっています。このことから、「大」と「代」の発音が、当時は同じだったんじゃないかと思われます。

現代語では“大”はdà 、“代”はdàiで発音が違いますが、たとえば広東語では今でもどちらもdaaiですし、日本語でも「ダイ」で一緒ですよね)

段安節〈だんあんせつ〉の《楽府雑録》〈がふぞうろく〉(唐代の900年ごろに書かれた)には、この曲の演じ手は、

“衣紫 腰金 執鞭”
(紫の衣装を着て、腰に金の帯を巻き、鞭(棒状の武器)を手にしていた)

とあります。

(*あれ、衣装はじゃないんだ...と思いましたが、唐代には親王の色は「」とされていたためかと思います。ただ、この記述からすると、雅楽の『陵王』の衣装が赤なのはちょっと解せない気もします。

衣装が特定の決め手なら、色も当然、関係あると思うんですが…あるいはこの辺に、何か伝承上のミッシング・リンクがあるのかも知れません)

ともあれ、《蘭陵王入陣曲》は蘭陵王が死を賜った後も演奏され続け、仮面をつけた男子が武器を手にした舞が付き、
劇のように演じられた可能性があるということです。

その後、隋の宮廷舞曲の一つに数えられ、また、この曲を手本に、秦王(のちの唐太宗)・李世民〈り せいみん〉の武勇を称えて作られた《秦王破陣曲》は唐の宮廷でもてはやされました。

しかし、玄宗の時代にはこの曲も含め、正統な音楽でないとされた曲は演奏が禁じられ、村々を巡って演じることも許されなくなり、中国では散逸してしまいました。

一方、日本が派遣した遣隋使、遣唐使は隋・唐の音楽を学んで持ち帰り、『日本史』礼楽志の記載によれば、中国から伝わった曲は150に登り、そのなかには「破陣楽」「蘭陵王」等が含まれているとあります。

「舞楽図」には「蘭陵王」の舞姿が描かれており、画題に「蘭陵王 唐朝準大曲 一人舞」と記されています。

それにしても、武将の舞なのに勇壮な剣舞ではないのでしょうか。

唐の開元11(723)年、この曲は「軟舞」に列せられました。
唐の舞踊は文・武に分かれており、武舞は「健舞」、文舞は「軟舞」とされ、
2つのスタイルは全く違っていました。

この曲は長く宮廷で踊られるうちに、華麗な文舞へと変化していったのでしょう。

日本に持ち込んだのが遣唐使だったのか、林邑(ベトナム)の仏僧だったかはともかく、唐代であれば、すでに「軟舞」だったものと思われます。

日本ではこの曲を大変珍重し、「襲名」「秘伝」などの形式で厳格に伝承してきたため、日本的な要素が付け加わったにせよ、かなり元の面影を留めていると言えるでしょう。

1992年、南都楽所の笠置侃一先生等が蘭陵王の墓所に参拝、墓前で《蘭陵王入陣曲》を奉納したということです。

============

番組自体、かなりはしょった紹介になっているので、以前にもご紹介しましたが、詳しくは馬忠理先生ご自身による考察(日本語訳は→こちら)をご参照ください。

本当にこれだけの証拠で断言できるんだろうか…とか、ややツッコミたくなる箇所はありますが、だいたい話の筋は通っているかと思います。

つまり、ここまでの話をかいつまんでいうと、

《蘭陵王入陣曲》は、北斉の伝説的な武将、蘭陵王を称える歌として作られ、仮面劇として演じられた。

非常に人気があったが、中国では音楽と踊りは唐代で消滅してしまい、メロディーの骨組み部分だけが、次の時代まで伝わった。どこの時点からかはともかく、テンポの遅い曲だったようだ。

一方、遣唐使経由か、仏僧経由かは不明であるが、唐代の「軟舞」のバージョンが日本に伝わり、雅楽の演目の一つ『陵王』として、大事に保存された。

と、いうことらしい。

ここに、《蘭陵王》と日本との細いけれど、重要なつながりが明らかになりました。

雅楽の《陵王》は現在も重要な演目で、雅楽といえばこの演目を思い出す方も多いのではないでしょうか。

そのせいかどうか、なぜか、こんなところにも進出…↓

s-omikuji.jpg

これが冒頭ご紹介した、横浜中華街で見かけた「和物アイテム」。
からくりおみくじです。

人形が持ってるものは扇ですが、装束は明らかに《蘭陵王》のものですよね。
この前をたくさんの観光客が通り過ぎていきますが、全然気づかれてないみたい。

このからくりでは、バックにある建物は神社のようですが、有名な厳島神社の《蘭陵王》の写真を見ると、たいてい、バックに鳥居が映っています。

ということで、恐らく、ドラマの製作陣は、

1)厳島神社の写真を参考にしたため、《蘭陵王》が演じられた当時の背景として「鳥居」状のものがあったはず、と思った

あるいは、
2)んなはずないと思いはしたが、現在もこの演目を遺している現場へのリスペクトとして採用した

等等の理由により、第10話のステージに鳥居を登場させたのでしょう。

床に座る習慣とか、昔風の衣装とか、失われた踊りの名残とかが日本に残っているのなら、ステージの背景だって当時の物に近いものが遺されてるんだろう、って考えたって別におかしくないですもんね。

日本に来る中国系の観光客の皆さんの中には、とうの昔に中国で失われてしまった昔の風習が日本には残っている、ということをよくご存じで、わざわざそれを見に来る方もいるらしい。

来日してわざわざ中華街に行くのも、日本の旅行者で梅干しを持って海外に行く人がいるように、ちょっと中華料理が恋しくなったから、とか、日本食は馴れなくて、という理由のほかに、昔風の料理や街並みが見られるかも、という期待もあるのでしょうね。

記事の前半で、ついヤンキー体操をdisってしまいましたが、実はこのドラマ、主題歌はロックで、タイトルは「蘭陵王入陣曲」。物語の中では歌を歌ってなかったものの、蘭陵王が現代の人だったら、こんなロック仕立てになるだろう、というイメージなんでしょうね。そういう意味では、時代考証はバッチリなのかも知れません。

21世紀に聞くと、雅楽の「蘭陵王」は「はなもげら〜」みたいなノンキな曲に聴こえますが、当時は人気チューンだったんですから、よそ(西域)から来た流行の音楽、今でいえばロック的なノリだったに違いありません。

さて、遣唐使の時代、最新流行の洋楽(?)としてもてはやされた《蘭陵王》
当然、当時の人気小説にも登場するはずです。

てことで、ここでようやく式部さんの登場になるのですが、さて、いかなる仕儀にあいなりますことか。

大変中途半端ではございますが、この続きはまた次回。

そして次回には、式部さん以外にも日本文学界からもう一人、大物ゲストをお招きする予定です。
この方こそ、私が《蘭陵王》を知るきっかけになったお方。
詳しくは、→こちら の記事にて!
posted by 銀の匙 at 23:58| Comment(12) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月29日

蘭陵王(テレビドラマ18/走馬看花編 第10話の2)

皆さま、こんにちは。

《狼図騰》(神なるオオカミ)に気を取られてる間に、ウィリアム・フォン主演の映画が2015年4月11日から、東京と大阪でひっそり公開されます。(大阪では2度目らしいですね)。

今回は現代のドラマで、ロードムービーらしい。タイトルは「いつか、また」《後會無期》)。

公式HPはこちら(でも、公開まで2週間切ってる時点で、HPに特に何の情報もないけど…)FBかTwitterを見ろ、ってことなんでしょうか。しかも、相当慌てて公開するみたいなんですけど、何かあったのかしら? 4月11日じゃ、もう春休みでもないし、まだGWでもないのに…。

ずいぶん地味な扱いですが、この時期、中国映画が上映されるってだけで儲けもの。需要があると分かればもっとたくさんの映画が公開されると思いますので、ご都合つく方はぜひ!!

と、特になんの義理もございませんが宣伝しているうちに季節は春。

春はあけぼの、ようよう白くなりゆく山際少し明りて…とは、ご存じ、「枕草子」の有名な一節。

春は明け方がいいね!とおっしゃる清少納言さんのツイートに、「いいね!」と共感する人が多かったので古典として残ったのでしょう。

でも、ラブ史劇派としては、

“春眠不覚暁”(春はラブラブで朝が来るのも忘れちゃった)
“春宵一刻値千金”(春の夜はラブラブで洛陽の門と同じ千両の値打ちがあるねっ!)

の方に「いいね!」をクリックしたいところですね。
やっぱり、春はおデートの季節ですから。

あ、清少納言さんには、後でちょこっとカメオ出演をお願いしますので、待機しといていただきましょう。

ということで、第10話の続きです(前回のお話は→こちら)。

ここは洛陽。
雪舞は祝宴に出るために正装しているようです。お雛様みたいなこの衣装、本当に似合ってますよね。

髪飾りもとても素敵ですが、実は、こんな風にパーツに分かれてたとはこの回で初めて知りました。
(そして、ロクでもない用途にも使える(?)ってことも...笑)

ところが、こんな華やかな衣装に身を包み、明るい笑顔を浮かべた雪舞から突然馬車の用意を頼まれて、暁冬は思わず、

“回家? 那四爺怎麼辦?”
(家に帰る? じゃ四爺はどうするんだい)
と聞きます。変な質問ですよね…。別に家に帰るくらい、いいじゃない?これまで何度も帰されてたんだし…(結果としては帰れなかったけど)。

しかしどういう訳か、村に帰ったらもう四爺の元には戻らないつもりだということが、暁冬にはわかるらしい。

問われて雪舞は率直に答えます。
「あの人の人生に私は要らない」

吹き替えは意味としてはあってますが、原文はこんな感じ。
“四爺有他自己的未來 與我無關”
(四爺には四爺自身の未来があるの。私とは関係のない)

言われて、暁冬はこう返します。
“你們倆不對勁 果不其然”
(どうも変だと思った やっぱりな)

ここで、雪舞の恋の悩みを聞いてあげる暁冬。私が雪舞なら、暁冬にしとくけどね…。

次のセリフは順番を追って訳してみると、

“我喜歡上了一個 我不應該喜歡的人”
(私は好きになってしまったの 私が好きになるべきではない人に)

“日子越久就越深 越無法自拔”
(日が経つにつれて深く 自分では抜け出せないほどに) 

“我很怕有一天 我會做出失去理智”
(私は怖い ある日 理性を失って)

“甚至改變他的命運的事情”
(ついには彼の運命を変えるようなことをしてしまうかもしれない)

“甚至我已經干涉了他的命運”
(もう運命に干渉してしまっているのかもしれないわ)

“才會害他中箭 害他差點身亡”
(そうよ、そんなことをしたせいで彼は矢に当たることになり あやうく命を落とすところだった)

“我越想越可怕 他的命運不應該是這樣的”
(考えれば考えるほど怖くなる 彼の運命はこんなはずじゃない)

…というのがセリフの流れなんですが…。
えっ? ちょ、ちょっと待った、おかしくないですか、このロジック?
しかし、雪舞は自分の言葉の矛盾にも気づかぬ様子で、

“所以我必須馬上離開”
(だから私は、いますぐここを離れなければ)

と断固として言います。

日本語吹き替えは、原文がちょっとヘンだと思ったのか、
(いや、ちょっとどころか200%ヘンですよ)
矛盾をやや解消する方向に訳しています。

「あの人の運命を変えてはいけない。今すぐ消えるべきなのよ。」

でも、ここのセリフは本当は矛盾したままでないとダメなんですね、たぶんね。

暁冬は、雪舞のセリフが意味不明、というところは押さえつつも、

“我不明白 什麼叫不該喜歡的人
你聽我說 為自己愛的人 做任何的傻事都是情有可原的”

(わからないな 好きになっちゃいけない人って何だい
よく聞けよ 好きな人のためになら どんなバカなことを
やったって、許されるものなんだよ)


と諭します。

ほらね、やっぱり暁冬にしといた方が(以下略)
しかし、雪舞も頑固に主張します。

“但如果哪個人 你命中注定就知道 他愛的不是你
他和你的這段戀情根本就沒可能 你還執迷不悟 那才是真的做傻事”

(じゃあもし、その人の運命の相手はあなたではないと知っていたら?
その人とあなたとの間の恋なんて もともとあり得ないものだったら?
それでも纏わりついてる方が、よっぽど愚かな事よ)


このセリフを聞いた暁冬の切なそうな顔を見てください。
まるで自分の事を言われているようだと感じてるのではないでしょうか…。
(日本語は「溺れてはいけない」の直後なので、彼の表情は少し違うニュアンスに見えるのが面白いですね)

も一つここで面白いのは、日本語だったら、
「じゃあもし、その人の運命の相手が「自分」ではないと知っていたら?」
「自分」というべきところを、“你”(あなた)と言ってることです。

英語でもたぶん、こういう言い方になるんじゃないでしょうか。相手を説得するとき、you-orientedの方略を使うのは中英、共通していますね。

ま、そんな考察はともかく、雪舞の一番気にしていることが何かは、これでよく分かりました。
ここに大いなる矛盾があるのですが、話はさりげなく、周へと流れていきます。

ここで、宇文邕と宇文神挙はクシモ族の娘、月兎(ユェトゥ)をスパイとして宇文護の元に送り込むという話をしています。

“眼線”とは密偵のことですが、今は普通「アイライン」って時に使うので、何か笑っちゃいます。

何だかんだ言って、都の長安へは叱られに帰るわけですけど、宇文神挙弁慶(?)な宇文邕は、いつも彼の前では強気で、

“宇文護現在必定是按捺不住”
(宇文護も待ちきれぬ思いだろう)
“朕也很想你呀”
(朕もそなたに会いたく思うぞ)

とか仰っておられます。

ほほ〜、“想你”xiǎngnǐってのはこういう時にも使うんですね。(3声が続いているので、実際は2声+3声 xiángnǐと発音している)

ニュアンスは、英語のI miss you と全く同じですね。

さて、春にして君を想う、負け犬の夜景とは異なり、絶好の北斉晴れに恵まれた洛陽の都では、旗がへんぽんと翻っております。

前回ご紹介した斉の貴族の遺跡の様子は、↓こちら「歴史科中学教師進修網」のサイトに紹介があるのですが、下の方の壁画の図版を見て頂くと、テレビと同じ、赤に縦じまの旗が壁に描かれているのが分かります(っていうか、壁画を参考に旗を再現したんでしょうね)
http://www.education.ntu.edu.tw/school/history/News/2003/news20030304.htm

祝宴の席についた兵士や“賤民村”の人々は、彼らの前を通過する皇太子に挨拶します。

古代中国では、自分より身分の高い人が現れたら、即座に“行禮”をしなければなりません。相手が皇帝クラスになれば跪くのがデフォルトです。

魏晋南北朝時代は、まだ椅子の時代ではなかったので、皇帝に対してでなくても、座ってる状態からなら挨拶は土下座に近い姿勢になったことでしょう。この直後の時代から椅子が普及しだすので、一般には土下座をしなくなるようですが、結婚式や宗教儀式などでは見られるようです。

兵士の方は、皇太子に面していながら全員、顔を挙げていますが、これはどうなんでしょうか。

もし昔の日本で同じシチュエーションだったら、顔を挙げて偉い人を見たりなんかしようものなら胴体と首が離れているはず。昔の中国でどうだったのかは存じませんが、たぶん、許しを得るまでは顔を伏せていたのではないでしょうか。

ここで兵士たちがしている動作は“搶跪”(片膝をつくお辞儀)の一種だと思われますが、手の動作がバラバラですね。伝統的には、男性が挨拶する場合、右手で拳を作り、左手で覆うようにします。これを“吉拜”といい、逆は“凶拜”とされます。

画面を見ると、吉拝あり凶拝あり、キリスト教のお祈りみたいに指を組んでいる人ありと、バラエティに富み過ぎです。

その後、太子は“平身”と声を掛けます。これは、拝礼をしている姿勢からなら「頭を挙げよ」、会釈のような姿勢からなら「楽にしてよい」、すなわち「直れ」の意味。

この“平身”って言葉、今はもう使わないのかなと思ってたら、号令として、“立正”(気を付け)の姿勢を解くときに“平身”(直れ)って言うことがある、と聞きました。

南中国での話みたいなので、地方差があるのでしょうか。標準語では“稍息”(休め)だと思います。

前にも書きましたが、日本語だったら「平身」するともっと這いつくばっちゃうことになるので、真逆ですね。

さて、皇太子が通りすぎると、ギャラリーは拍手をして、とっとと宴席に戻ってしまいます(切り替えが早い人たち…)。

しかし、21世紀現在、国家主席が祝勝会に来れば熱烈拍手があるでしょうが、1400年前に、そもそも拍手って習慣自体あったのかどうか、怪しいもんです。

“拍手”という言葉時代は古くからあるのですが、用例を見ると「手を打って喜んだ」的な内容なので、現代の拍手とは、やや意味が違うように思います。

現代の拍手といえば、日本だと、観客が拍手をして、舞台の上にいる人はお辞儀をするのが普通ですが、中国だと、舞台の上の人も拍手しているので、最初に見たときはすごく違和感がありました。

これには、拍手の返礼、という意味がある他に、「観客は私を称え、私は観客を称える」という意味があるそうです。

ちなみに、“拍手”とよく一緒に使われる“喝采”という言葉ですが、これは「声を挙げて誉めそやす」という意味。

クラシックのコンサートとかで「ブラボー!」って叫ぶのはまさに“喝采”ですが、女性の独唱とかに対しては、「ブラヴァ!」って声を掛ける人もいます(元々のイタリア語では、ブラボーは男性につく形容詞で、女性にはブラヴァなので)。

だけど「喝采」って、文字づらからだと、「叫ぶ」とか、「よい」、とかって意味の漢字も入ってないし、なんでこれが「声を挙げて誉めそやす」って意味になるのか不思議ですよね。

そう思ったのは私だけじゃないみたいで、中国語の口語だと普通は“叫好”(いいぞ!と叫ぶ)と言います。歌舞伎同様、京劇も劇の途中、良いところで“好!”(ハオ!)と声を掛けるんです。

じゃ、“喝采”のルーツは何なんだろう?と、困ったときのBaidu先生に聞いてみると、思いがけない話が…。

“采”とはその昔、賭場での“呼喝”(掛け声)のことを言い、サイコロの目のことです。

続いて、俗説として紹介されているのが、

唐の玄宗皇帝が楊貴妃とサイコロ遊びをしていて、今にも負けそうになり、「4!4!」と叫んだところ、見事4の目が出た。そこで、従来から赤で塗られていた1の目の他に、4の目を赤で塗る事をしてもよい、と天下に知らしめた。

という説です。

なぜ4の目か、というのは書いてないんですが、香港に駐在したことがある人に聞くと(香港の人たちは賭け事が日常茶飯事だから…)、

・たまたま4の目が出れば勝ちだった
・4が出ると一発逆転というルールがあった
・1から3が小、4から6が大というルールがあって、この場合は大が出れば勝ちだった、

の、どれかなんじゃ…と、賭けというより、当たるも八卦、当たらぬも八卦な回答をよこしてくれました。

魏晋南北朝時代の人もサイコロゲームが好きだったらしく、サイコロ自体、魏の曹植が作った、という話があります。もちろんこれは伝説で、実際にはもっと古くから存在し、春秋戦国時代の遺跡からも出土しています。

蘭陵王と同時代の貴重な資料である《顔氏家訓》には、

いにしえには“大博”というゲームがあって、それには六つの“箸”〈ちょ〉を使い、“小博”には二つの“茕”〈けい〉を使った。いまこれらの遊びを知っている者はいない

と書かれている中の“茕”は、出土品から推して14面のサイコロを指すとされています。

貴重な資料と書きましたが、実は《顔氏家訓》の著者は北斉で高洋に仕えており、この本の記述からすると、蘭陵王の生前、そのお屋敷に遊びに行ったことがあるようなのです。これを貴重と言わずして何と言いましょう... ということで、この本についてはまた近い回でご紹介いたしましょう。

さて、第10話の後半でも、この時代の貴族らしく、賭け事がお好きらしいということが分かる四爺ですが、韓暁冬と共に向かい側の橋を渡ってきた雪舞に、一瞬複雑な表情を見せます。

合流して向かい合った一瞬、ものすごく緊張していますが、普通に挨拶する雪舞を見て、なかなか嬉しそうです。

心の苦悩が体型に出た四爺とは違い、このシーンの雪舞は本当にキレイ。
五爺も満面の笑みを浮かべております。
(あなたにゃ〜関係ないでしょう、五爺…ホントに困ったお人だこと)

ちなみに、この回以降のウィリアム・フォン、ネット上では御膝元のファンたちに「太った」「太った」って言われていましたが(すいません私もネタにしたりして)、太ったっていうより、むくんでる感じで、ひょっとしたら疲れて体調悪かったんじゃないかと…可哀想に、この先もっとヒドイ目に遭うのですから、ご自愛くださいね。

さて、ここで雪舞が、

“四爺、五爺、段太師、斛律将軍、楊将軍”

と、相手の敬称や役職名を言うのは、登場人物紹介コーナーではなく、れっきとした挨拶の一種です。

以前(第2話 記事は→こちら)のときにお話ししました通り、中国の挨拶にはいろいろなパターンがあります。

それでは、ここで応用問題です。

道で弁護士(専門は兵法)の段韶〈だん しょう〉先生に出くわしたとしましょう。
このとき、段先生への挨拶として、正しいものを選びなさい。

1)你好!

2)您好!

3)上一號去?

4)万歳万歳万々歳!


〈解説〉
1)2)誰かに紹介してもらって、「こちらが邙山の戦いの真の功労者・段先生です」と言われた場合は「ニーハオ」とか「ニンハオ」とかの挨拶もアリかも知れません。
つまり、日本語なら「初めまして」という場面ですね。

が、知ってる人に名前、または敬称(字や役職名など)を入れずに挨拶すると、コイツ認知症か…?と思われかねませんから注意してください。相手が教師の場合、赤点を喰らう可能性もあります。

このドラマの第4話(→こちら)で、周の皇帝・宇文邕〈うぶん よう〉が失踪したとの報せをもって丹州城に向かった宇文神挙〈うぶん しんきょ〉が、尉遅迥〈うっち けい〉に向かって「尉遅将軍!」と呼びかけているのは、視聴者が忘れただろうからセリフで名前をコールしとけ、という脚本家の配慮ではなく、挨拶ことばです。

3)確かに、これから〇〇をするところですね、と呼びかけるのは挨拶なんですが、あなた様がふなっしーじゃない限り、「トイレ(“一号”)ですか」はウケません(なぜトイレの婉曲表現が“一号”なのかは私も知らない)。

先生によっては、“嗯”(うん)、くらい返事してくださるかも知れませんが、心の中では“管得著?!”(放っとけ)と思われてるのがオチです。

4)は相手が皇帝か毛沢東でない限りはダメです。

ということで、0)の“段先生!”、“段律師!”、“律師好!” または“段先生好!”が正解でした!

ちなみに、返事の方は相手の名前を言わないで、「ニーハオ」と言ってもOKです。

挨拶として相手の名前(または役職名)で呼びかけるのは、中国語での挨拶の基本中の基本です。それがつまり、相手を尊重している、気にかけているというメッセージになります。

友達なら

“亮亮!”
(ウィリアム・フォンさん!)
“阿土”
(ウィリアム・フォンさん!)

など、名前やニックネームでOKですが、相手が目上なら、

“公子”(ウィリアム・フォンさん!)
“四爺”(ウィリアム・フォンさん!)
“八阿哥”(ウィリアム・フォンさん!)
“大王”(ウィリアム・フォンさん!)

など、敬称で呼ぶのが基本です。

間違っても

ד高長恭!”(あなた様が本人と特に親しくない場合(例:尉遅迥将軍)、字〈あざな〉で呼べば許されるってもんじゃありません)

ד肅兒!”(あなた様の身分が蘭陵王よりも低い場合、ご主人をいみなで呼んだら首が飛びます。身分が高くても、宇文邕〈うぶんよう〉が蘭陵王に向かって“肅兒”って呼んだらキモチ悪くて別の意味で刃傷沙汰になりそう)

ד武王!”(だから死んだあとの名前で呼んじゃダメだって)

などと挨拶しないようにしましょう!

英語でも、挨拶や返事で相手の名前を呼ぶのは礼儀の基本ですよね。だから、英会話の本の最初の方には必ず、Please call me taxi.(タクシーと呼んでください)…じゃないや、

(四爺)「高と申します。美女と見まごう斉の軍神と呼んでください」
(雪舞)「はい、ではあなたを“阿土”(田舎っぺ)と呼びますね」

といった例文が入っているのです(違います)。

ちなみに、第10話のこのシーンで雪舞が呼んでる順番は、

1)位置的に近い人順

2)好きな人順

3)あいうえお順

ではなく、官職が高い人順です。これも外せないポイント。

さすがにこういう挨拶はサルでも出来る…という訳にはいかないらしく、雪舞の聡明さを将軍たちが誉めそやします。

“多虧你識破了周賊的內訌
使周國的軍隊不攻自破 雪舞姑娘 聰慧啊”

(あなたが周の内紛を見破ってくれたおかげで、
敵軍を戦わずして破ることができました。雪舞どのは本当に賢いお方だ)


と褒められているのを聞いて、四爺はまたまたものすごく嬉しそう。

ここで斛律光〈こくりつ こう〉将軍が褒めているポイントこそ、『孫子』の精神、すなわち

1.情報を最大限に利用して
2.味方を消耗せずに勝利し、
3.相手にも戦争をさせないことによって、相手の国力も保持する

ここまで再々描写されてきたように、争いごとをこのように解決するのが『孫子』では理想とされていました。それは言うまでもなく、中国の戦争がこの時点ですでに、国民全体を巻き込む総力戦だったからです。

どんな理由があるにせよ、総力戦の状況でいったん戦争を始めれば、どんなに豊かな国土も、豊かな暮らしも元の通りとは行きません。

今回の斉の立場や、以前、第7話→こちら)でご紹介した漢の立場のように、相手が攻め寄せて来た時も、基本は同じです。逆に、そのように圧倒的に不利と思われる状況で、大きな犠牲を出さずに撃退できたことは、まさに大金星と言えるでしょう。

そして、職業軍人だけでなく、民間人も兵士として徴用した総力戦だからこそ、兵士の扱いには将軍の器が問われます。

四爺は洛陽の守備に功労のあった兵士たちと共に、“賤民村”の人々を祝賀会場に呼びます。お招きに預かった人たちは、四爺に向かって、

“四爺不只如同士兵大哥們說的 慷慨大方 有福同享“
(四爺は兵士の兄貴たちが言うように 物惜しみせず、楽を共にするばかりではなく)
“就算只剩瓜果也分與我們吃 也不嫌我們是賤民 也不計較我們的過錯”(あまった果物も私らと分け合ってくださる。身分が低いと見下したりせず、過ちも見過ごしてくれる)

これは史書にある“每得甘美,雖一瓜數果,必與將士共之”
(美味が届くと、それが瓜ひとつであろうと、数個の果物であろうと、必ず将士と分けあった。)
という描写(史実編 →こちら)を意識したセリフかと思われますが、つまり、無敵の将軍といえども、人心を掌握していなければ、1400年前の当時すら、いくさはできなかったということなのでしょう。

人心はともかく、ここでいきなり、四爺は雪舞を掌握、いや、肩を抱いたり手を取ったりしてるんですけど、目配せがかな〜りコワいし、動作も相当乱暴です。

これで逆らったら八つ裂きにされそうと思ったのか、雪舞もいちおう従ってますけど、あまり嬉しそうじゃないですね…。

さて、オープンテラスで楽しくお食事をしている平民の皆様とは違い、皇太子が主催する祝賀の宴は文字通り、針の蓆〈むしろ〉。

当時はまだ椅子やテーブルが一般的ではなかったので、宴席は直接、地べたに座る形で設けられています。この習俗が各地の温泉場に未だに残っているため、日本の視聴者にはあまり珍しくもない光景ですが、中国の俳優さんにしてみたら相当馴れない動作で、大変だったことと思います。

ここで、功労者を称えて乾杯する、という儀式が繰り返されます。第5話→こちら)では、須達〈しゅだつ〉奪回作戦を成功させてくれた御礼に、という名目で四爺が雪舞に向かって、

“敬你一杯”(あなたのために乾杯します)

というのをやっていますが、本来はこの宴会の場面のようなときにする儀礼なんですね。

さて、昔の食事マナーがどういうものだったか、ということを調べるのに、とても面白い参考文献が日本で出ています。

西澤治彦先生という方が書かれた『中国食事文化の研究』という2010年の本で、古代から現代まで扱っているため分厚いし、専門書なのでお高いのですが、お値段以上の価値があると思います。

テーマがテーマだけに、素人でも読みやすく、興味深い内容満載です。現代の部分が、きちんとフィールドワークに基づいて記述されているのも、貴重と言えるでしょう。

さて、この本の中に、ドラマの時代からは少し下りますが、唐代の李商隠という人が書いた《義山雜纂》という本が紹介されています。

この本は、「見苦しいもの」「イラつくもの」などのお題別に、それにあてはまる出来事を数文字で記したエッセイ(というほど1文が長くないけど)みたいな本です。

たとえば

〈悩ましいもの〉 扇いでも蚊が逃げない
〈イラつくもの〉 鈍った刀で物を切る 花があるのに酒がない etc.

ウィットに富んでてなかなか面白く、清少納言の「枕草子」は、この本にヒントを得て書かれたのでは、と中国文学の泰斗、青木正児先生が研究しておられます。

ちなみに、「枕草子」は中国語訳もあり、訳した方はかの周作人さん(魯迅〈ろじん〉の弟さん)、そしてもう一人、林文月さんが訳されています。
「春はあけぼの…」の段をお二人が訳したのを比べてみると、

周作人
“春天是破曉的时候最好。漸漸發白的山頂,有點亮了起来,紫色的雲彩微細地飄横在那里,這是很有意思的。”


林文月
“春,曙為最。逐漸轉白的山頂,開始稍露光明,泛紫的细雲輕飄其上。”


周さんの方が易しい表現で、現代訳の翻訳みたいな感じなのに対して、林さんの訳は文語調ですね。
林さんの方が格調が高くて私は好きですが、でも原文はエッセイなので、むしろ周さんの方が文体としては実は合ってるのかも知れません。

ね、清少納言さん?
(あ、清少納言さん、待機お疲れ様でした。本日の収録はおしまいです!)

さて、西澤先生の本にはこのエッセイから、食事関係の描写を抜き出したものが整理されています。その中から一部、引用させていただきましょう。

〈 〉内はお題です。

@席や筵に関するもの
〈殺風景〉苔が生えている上に席を敷く」
〈不適切〉男女で一つの席につこうとする」
〈過ごし難い〉荒々しい人と相対して長時間座る」
〈決して戻らない〉酔った客が宴会から逃げ出す」

B客人としてのマナー
〈不適切〉主人に酒食でもって人情を通じさせようとする」
〈見苦しい〉客として招かれながら、台〔この場合は椅子〕や卓を蹴返す」
〈不適切〉招かれた客が自分を賓客と呼ぶ」(こらこら)

C食事作法に関するもの
〈よくない〉冠をかぶらず頭を露出して食事する」

D飲酒に関するもの
〈恥ずかしい〉喪服を着ていながら酒に酔う」
〈やむを得ない〉病をこらえながら酒を飲む」
〈当然〉酒を飲んだ後は多くを語らない」

Eその他のマナーなど
〈必ずや貧乏になる〉飲食を投げ捨てばらまく
〈無いよりはまし〉飢えているときに粗食を得る」


訳しっぷりが淡々としているのでさらに笑っちゃうんですが、荒々しい人と相対して座ってたら、そりゃ過ごしがたいですよね。あと、「よくない」「決して戻らない」って…(笑)

このほかにも、主人より先に食事に箸をつける、とか、他の人と食事のペースを揃えない、などもマナー違反として挙げられています。

とても面白いので、機会があればぜひ《義山雜纂》の原文もご覧になってみてください。
http://zh.wikisource.org/zh/%E7%BE%A9%E5%B1%B1%E9%9B%9C%E7%BA%82

さて、ここでいよいよ、第10話のクライマックスにして、宴会芸の極北、「蘭陵王入陣曲」が披露されます。

どんな曲なのか!期待も高まります。
お、舞台美術もちょっと斬新。舞台上に据え付けられた、この門みたいな飾りはなんなんだ...?

と、ホントは今回で10話を終わりにする予定だったのですが、この直後の部分が微妙に難航しており、すぐに終わりそうもなかったので、いったんこれにて。

ということで、第10話の残りは本当にあともう少しなので、次回は記事がかなり短くなってしまうかと思いますが、予めお許しください。

では、今回の一言は…
后会有期 !
Hòuhuì yǒuqī

ホウホイ ヨゥチ
(じき、またお目にかかりましょう!)
本来は、お別れのときはこちらを使います。映画のタイトルになってる《後會無期》だと無期、すなわち、いつ会えるか分からない、きっと会えないだろう、というニュアンスなんですね…映画ではどんな意味で使われてるんでしょうか、楽しみですね。

では、続きは第10話の3(→こちら)にて!
posted by 銀の匙 at 19:35| Comment(11) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月09日

蘭陵王(テレビドラマ17/走馬看花編 第10話の1)

皆さま こんにちは。

関東地方にもようやく春らしい暖かさが…と思ったら、早朝は雪のちらつく寒さ、こんなときはこの詩が思い出されます。

早春賦〈そうしゅんふ〉

春は名のみの風の寒さよ
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず

氷 解け去り 葦は角〈つの〉ぐむ
さては時ぞと 思う あやにく
今日も昨日も雪の空

春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを
いかにせよとの  この頃か

格調の高い、素敵な詩ですよね。

この季節、JR山手〈やまのて〉線の鶯谷駅を通過するたびにこの歌を思い出しちゃうのですが、実際には長野県安曇野〈あずみの〉の風景を詠んだ詩だそうですね…と思ったら、この歌詞、意味わかんないってガチで言われてしまいました。

え、だって小学校用の歌じゃん、ってちょっと驚いたら、古文だから分かんないんだって。

これのどこが古文よ!と思うのは私が年寄りだからで、若い人には昭和は古代ですよね、ちっ(←昭和生まれで悪かったな!)。ま、確かにこのまま漢文に変換できそうな詩ではあります。

しょうがない、親切な私が現代東京方言に訳してつかわすから、感謝してよ。(つかわすって何、とか聞いたらブッ飛ばす)

春(?)のうた

春だってのに 風が冷たいょね
渋谷とかのウグイス(いるのか?)も いい加減歌いたそうなのに
フライングしちゃマズいべ?と しーんとしてるぉ

外の氷は解けて 水草も萌えてる
やったね ついに春だって思ったのにさ
今日は雪だし そういや昨日も雪だった

春だとかニュースで言わなきゃ 気づかなかったのに
余計な事言うから 期待すんだろ
どうしてくれるんだよ ざけんじゃねーよw


全く情緒もヘッタくれもないわ(←自分が悪いです、すみません)
              (でも、ヘッタくれって何、とか聞いたら(以下略))

タイトルの「賦」というのは詩のことですが、中国では詩のスタイルの一つに「賦」というのがあります。詩と、ふつうの文章の中間ぐらいの性格で、蘭陵王の時代(特に、その時期の南中国を指して六朝〈りくちょう〉といいます)には駢賦〈べんぷ〉という特徴的な詩が書かれました。

世界史で、六朝文化について習った方は「四六駢儷体」〈しろくべんれいたい〉という用語を覚えていらっしゃるでしょうか。

丸暗記と思ったことが、後で(オタク稼業の)役に立つ(?)こともあるから、人生わからないものですね。

これは、4文字の句、6文字の句を並べて対〈つい〉にして文を作るスタイルで、最後の一文字の終わりの音を揃えたり、キラキラ系のことばを散りばめたり、歴史のエピソードを散りばめたりして作る、華やかな文章です。

こういうのが、南中国の貴族社会で大流行。北中国でも、イケてると思われたいばかりに、南から文化人を招いてこのスタイルを真似するのが流行りました。どうしたってダサいのに、ニューヨークの流行だからって日本語でラッパーやってるみたいなもんです。

果ては、南中国で政変が起こったのをいいことに引き留められて帰れなくなった人も…。
現代でいえば、カニエ・ウェストが武道館で公演してたら、アメリカで暴動が起こってて帰国できなくなった、みたいなもんでしょうかね(いや、そんな事実はございません)。

覚えてらっしゃいますか、第4話で、婚礼の習俗として雪舞が引用した詩を書いた人。同時代詩人として大人気の、あの庾信〈ゆしん〉です(→こちら)。カニエ・ウェストだったのか!(←いえ、違います)

で、さすが本場のラッパーだけに(だから違う)、春を歌ったこの賦も華麗なもの。

訳してしまうと情緒もヘッタくれもなくなってしまうので、まずは文字づらから、春の雰囲気をお楽しみください。

いちおう、ことばの説明をしておくと、

・宜春苑、披香殿、金谷、上林、河橋は場所の名前
・河陽一縣、は、河陽県一帯が、ということ
・麗華、飛燕は美人の名前
・金屋、蘭宮は美しい宮殿
・裏=なか
・窄衫袖=幅の狭い袖

です。

少し読みやすくなるように、意味の切れ目で区切ってみました。

春賦  

宜春苑中 春已歸 披香殿裏 作春衣
新年鳥聲 千種囀 二月楊花 滿路飛

河陽一縣 併是花 金谷從來 滿園樹
一叢香草 足礙人 數尺游絲 即路

開上林 而競入 擁河橋 而爭渡

出麗華之 金屋 下飛燕之 蘭宮
釵朵多 而訝重 髻鬟高 而畏風
眉將柳 而爭香@面共桃 而競紅
影來池裏 花落衫中
・・・
玉管初調 鳴絃暫撫 
陽春告 之曲 對鳳彍鷥 之舞
更炙笙簧 還移箏柱 
月入歌扇 花承節鼓

三日曲水 向河津 日晚河邊 多解神
樹下 流杯客 沙頭 渡水人 
鏤薄 窄衫袖 穿珠 帖領巾

百丈山頭 日欲斜 三晡未醉 莫還家
池中水影 懸勝鏡 屋裏衣香 不如花

いかがでしょう? 早春の一日の美しい風景が浮かんできましたでしょうか。

いにしえの庭園には春が戻り、後宮では春物の衣装を誂えています
新年(旧正月なので春の初め)、千の鳥がさえずり、
二月(新暦で言うと三月)、柳絮があたりを飛び交います

潘岳(覚えてますか、中国No.2のイケメン)が治めた河陽は花で埋まり
石崇(潘岳のお友だち)の金谷園は木々で溢れんばかり
歩くと足を取られてしまうほどの若草が萌え
行く手には数尺もの糸を引いて 若い蜘蛛が飛び立ちます

上林の庭園にはせ参じ 河橋をわれ先に渡り

麗華さまも飛燕さまも 美しい宮殿を後にして お出ましになられます
花びらをかたどるかんざしは重たげ 風にゆらく上げ髪は高々と
眉は柳と緑を競い かんばせは桃と紅を競い
麗しい姿は池のなか はらはらと散った花が そこに彩りを添えます
・・・
玉の笛 琴の音が聞こえ
陽春や緑水の曲が奏され 対鳳や回鷥が舞われます
笙を火で炙り 琴柱を動かして 演奏は続き
月は 歌い女の団扇となり 花は 節鼓を承けて開きます

三月三日は曲水〈きょくすい〉の宴 河辺に出かけて お祀りします
樹下には流杯を受ける客 沙頭には河を渡る人 
袖には金箔を飾り 襟もとには首飾りを掛けた女性たち

山には日が落ちかかり夕まぐれ 酔わねば家路につけません
池の人影は鏡中よりも鮮やか 花の香は宮中の衣よりも芳しい 春の宵です


時間の経過と共に、視線は中から外へ、
自然から人へ、
日中から宵へと移っていき、
それとともに春の気配を濃くしつつも、最初の段落にさりげなく呼応して終わるという、ニクイ構成の賦ですね。

旧暦の三月三日(いまの四月上旬)は古来、上巳節〈じょうしせつ〉と呼ばれ、
水辺でみそぎをして厄除けをする日だったらしいのですが、
魏晋南北朝時代に日にちが固定されて、
だんだんとピクニックや、宴会がメインの行事になっていったようです。

ピクニックは婚活のチャンスでしたし、賦に詠われているように、この日には、みそぎの後に「曲水の宴」が催され、酔っぱらうまでは家に帰れませんでした。

魏晋南北朝の有名な書家、王羲之〈おう ぎし〉が、この曲水の宴で作った詩集につけた序は、「蘭亭序」〈らんていじょ〉として、書道作品の最高峰とされています…が、酔っぱらった時に書いたので、二度とは書けなかった、というのがオチらしいです。

さて。

延々、道草を食ってる割には季節を先取りしてしまったのですが、桃の節句が3月3日になった時代の洛陽郊外、ここはまだ12月です(のはず)。

邙山〈ぼうざん/マンシャン〉の戦いを制して楊雪舞〈よう せつぶ/ヤン シュエウー〉と再会した蘭陵王〈らんりょうおう/ランリンワン〉=高長恭〈こう ちょうきょう/ガオ チャンゴン〉=四爺〈スーイエ〉は、洛陽の郊外にある生家に、雪舞と共に戻ってきました。

懐かしい母と懐かしくもなんともない父の思い出を語り、自分は何一つ持っていない、と嘆く四爺に、雪舞は優しく、あなたは私からの尊敬を得ている、と言いますが、高熱のために倒れてしまいます…。

ここまでが前回、第9話→こちら)。

そして、第10話

冒頭から、手ぬぐいを絞ったり、病人を看病したりと、蘭陵王の女子力の高さに感銘を受ける展開となっております。

《超級訪問》の最後でウィリアム・フォンは、番組が用意したネックレスをヤン・ミーにつけてあげる羽目になるのですが、手が震えるのか(笑)なかなか上手くいかなくて、「自分は手先が不器用なので…」と言い訳しています。

中国の男性が「不器用」と自称する場合、というか、たいてい皆そう言って謙遜するけど、実際はどうなんでしょう。私の知ってる範囲じゃ、全員、少なくとも私よりは手先が器用だったんですが…。

ともあれ、ここで家事してる彼の手は、手タレみたいに綺麗です。

どう見たって武将の手っぽくはありませんが、韓暁冬に言わせれば、これが苦労をしたことのない手、ってやつなんでしょう、きっと。

甲斐甲斐しくお世話してもらっているとも知らず、可哀想に、雪舞は悪夢を見ています。

夢の舞台は確かに、今いる家の庭先ですが、登場人物が何だかヘンです。

そこへなぜかおばあ様が登場し、こんなことを言います。

“蘭陵王必須要死 這次蘭陵王贏得了邙山之戰
他功高震主 最終招致了手足的忌妒。也給他自己帶來了殺身之禍。
這也是他的命運”

(蘭陵王は死から逃れられない。このたびは邙山の戦いに勝ったが、
戦功が主君を圧倒してしまったために、兄弟から疎まれ、妬まれて、わが身に
死の災いを招いてしまう。これが彼の運命なのだ)


あ〜、その話は前にも聞きましたが、それにしても何でしょう、
このシーン全体にただよう、妙な違和感。

それは…やっぱり蘭陵王の髪型のせいでしょうか?
これは庶民の髪型なんですが、ビックリするほど似合ってませんよね、ウィリアム・フォンに…(これならまだ辮髪〈べんぱつ〉の方がマシ)。

いやいや、いつもの髪型、ドレッドとか時代的におかしいでしょ、というご意見もありましょうが、実はこの時代、ドレッドの人もちゃんといたらしいんです。

ドレッドだと言えば洛陽の門が開くとでも思うのか!と皇太子・高緯〈こう い〉に矢を射かけられそうなんで、早いとこ証拠を出さないと。え、証拠がどこにあるかって?

困ったときにはですよ、

そこで取りいだしたるは徐顕秀墓〈じょ けんしゅうぼ〉。
2000年に発掘された(北)斉時代の墓で、色鮮やかな壁画や、当時の服装等がよく分かる陶俑などが出土しています。

墓主の亡くなった年は571年、蘭陵王が亡くなる2年前なので、ほぼ同時代の史料です。

第7話の3(→こちら)でご紹介しました通り、高緯の服装はこの壁画を参考にしたと公式ブログで発表されていますので、当然、他の出土品もドラマの参考にしていると思われます。

そこから出てきたお品がこちら。

s-bianfaqiyong.jpg

似てますよね〜。この髪型。

後ろからのアングルだと、こんな感じです。

s-bianfaqiyong2.jpg
(「山西晩報」)

実はこの髪型も「辮髪」の一種なんです。「辮髪」っていうのは編んだ髪の毛なので、周りに剃りが入ってようが、ドレッドだろうが、編んであればつまりは辮髪。

ちなみによく見ると、お馬さんの尻尾も辮髪にしてるっぽい。

そして、前にもご紹介したとおり、眉はちゃんと描いてるし、唇には紅を差していて、きちんとお化粧しているようです。このお墓、「その他大勢」も眉目秀麗な人たちが描かれていて、美男美女目白押しだった当時の雰囲気が伝わって参ります。

って、何の話だったんでしたっけ。

あ、違和感か。

たとえばこの夢のシーン、毒杯を仰ぐところかと思われますが、先に女性の方に飲ませて、後から自分が飲んでいるとか、いろいろと…。

つまり全体としてみると、これは現実ではない、という暗示かと思われますが、じゃあ何なんだ、というのは、この時点では材料が少ないため判断できません(おそらく、最終話までムリ)。当然、狙ってやった演出だと思いますが、ここでは書けないので、また後ほど(って、あまり引っ張ると忘れちゃうんですけど)。

まあそれはともかく、差しさわりのない程度に分析してみると、おばあ様は、
「蘭陵王の死は運命が決めたこと」
と言い、雪舞に、
不應該介入他的命運”
(彼の運命に介入するべきではない
と申し渡します。

言われて雪舞は、
“我們真的不能救他嗎?”
(私たちは本当に助けることはできないの?)
と聞きます。

“不應該”の方は、はっきり「するべきではない」の意味なのですが、“不能”の方は字面を見ても分かります通り、「してはいけない」という禁止の意味の他に、「不可能である、その能力がなくてできない」という意味もあり、ここはややダブルミーニングになっているように思います。

さて、ダイニングテーブルの上を見ると、そこには出来立ての青豆の煮物とスープらしきものが載っています。おかゆでしょうか。
 
おっ、カメラが引くと、何かもう一品ある。(さっき、持って入ってきたおかずかしら)

ここのお家はずっと空き家だったのか、家族が来て住んだことがあるのでしょうか。
ドアをよくみると、赤い紙が貼られた跡がありますね。恐らく、旧正月のお祝いに、“福”の字を逆さ(倒)にして貼った跡でしょう。

倒 dao“福”=到 dao“福”福が来る

ってことですが、さすがに四爺と母親がここを離れる前のものではないと思います…。

さて、今朝になって、四爺はまた鎧を着てしまっていますが、なぜなんでしょう。朝ごはんのときぐらい、昨日の平服を着てればいいのに…。

そりゃ、アバンチュールの挙句、陣地に戻らなかったりすると、第二の斛律須達〈こくりつ しゅだつ〉事件が起きそうだ(ちなみに、第一の斛律須達事件は第3話→こちら))、と責任感じるというのなら分かりますけど、この後の発言を聞いていると、雪舞の容態次第じゃしばらくここに居残りそうな感じさえするのに…。

ここの雪舞は全体に沈んだ感じなのですが、このメイクが個人的にかなり好きですね。それはともかく、彼女はぶっきらぼうに尋ねます。
“這些菜 哪兒來的。”
(この料理、どこから来たの)
そりゃまさか、隣に立ってるガンダムが炊事をしてるとは思いませんわな。

特意做了點好吃的給你補補身子。”
(君のために心を込めておいしいものを作ったよ 元気になるようにと思って)

ここで“特意”(特に、特別に)と言っていることにご注目ください。

こういうとき、日本の習慣では、相手の負担にならないようにと思って、ついでに作ってみた、とか、ささっと作ってみた、とか言ってしまいがちですが、中国の人には「あなたのために特にしました」と言うことがポイントです。

相手の事を気にかけている(“關心”)というのが、おもてなしのキモなので、何かお土産を持って行ったり、プレゼントをあげたりするときも、「あなたのためと思って選んだの」「あなたのために特に心をこめて作ったの」という意味で“特意給你賣”“特意給你做”などの言葉を添えましょう。きっと、喜んでいただけます。

と思ってか、ここのシーンの四爺は、話し方も態度もくだけた感じで、表情もとっても嬉しそうです。なんてカワイそうな人…。

“我的願望就是等天下太平了 我一定要帶著我心愛的人
隱居在此 白頭到老”

(私の望みは、太平の世が来たら 必ず愛する人を連れてここにきて、静かに共白髪まで添い遂げることだ)

と言って、雪舞を見ます。

ところが、一緒に喜んでくれると思いきや、雪舞は、あなたの「必ず」は当てにならないわ、じゃなくて、「しばらくしたら洛陽に戻りましょう」、と言い出します。

雪舞にしてみりゃ、四爺には他の女性がいる、しかも近いうち死ぬ運命と、ダブルで厳しい状況なので、

“我昨晚生病耶” (昨日は病気してたのよ!)

といきなり機嫌が悪くなり、台湾中国語まで飛び出してます。

しかし、四爺はめげません。ここの、
“你到底怎麼了嘛”(君はいったい全体どうしたの)(最後の「の」“嘛”マがカワイイですね)、静かなのがいいなら、洛陽に行くよりここに残った方がいい、ともっともな事を言います。

しかし雪舞はまるで聞いていないような顔で、
“四爺你有自己的人生 還有命中注定相愛的那個人
我也是 奶奶說 我會和村子裡的男子結婚生子
所以我不可能待在這兒的。”

(スーイエ、あなたにはあなたの人生がある。それに、運命に定められた愛する人もいる 私だってそうよ。おばあ様は私が村の男性と結婚して子を成すと言ったわ だからここに居るわけにはいかないの)と言います。

雪舞の話を聞いてる四爺は“和村子裡的男子結婚生子”(村の男性と結婚して子どもを産む)ってところでもう涙目です(よくも黙って聞いていたもんだ)。

このあと、部屋を出ていくまでの四爺の声の演技にどうぞご注目(耳?)ください。
セリフとセリフの間がため息というか、ほとんど泣いてます。

“那昨天晚上長恭冒昧了”(それなら、昨日の晩は失礼した) ここの主語は「長恭」になっています。

“我們收拾東西,回洛陽吧”(荷物を片付けて 洛陽に帰ろう)

このセリフの“東西”とは(もの;物品)の意味。なぜ東西で「モノ」という意味なのかは実は定説がなく、例の「五行」説で東は木、西は金属だから、日用品を指すのだ。南北だと火と水だから、日常生活の物品を代表させることはできない、とか、通常、市場は都の東と西にあるので、「東市と西市で買う→買東西(モノを買う)」となったのだ、とか語源説はさまざまです。

なお、thing(モノ)は“東西”で代表させますが、history(時間)は“春秋”で代表させてます。

片付けるほどの“東西”もなさそうだけどな…と視聴者がちらっと思っているところへ、外から安徳王(あんとくおう/アンドゥワン)=高延宗(こうえんそう/ガオ イェンゾン)=五爺(ウーイエ)の声が聞こえてきます。

“四哥 五弟來接你和四嫂回去了”(四兄、五弟があなたと四義姉さんを迎えに来ましたよ)

ここで五爺が雪舞のことを“四嫂”(スーサオ)と言っているのは、前回ご紹介したとおり、敬称です。“嫂”は兄嫁のこと。

このタイミングでこのセリフ。頼む、空気読んでよ。(って無理か)

バラバラに入り口に現れた2人の様子を気にも留めずに、五爺は続けます。
「太師もつくづく無粋だな」
“太師啊 嗨 讀書人不懂風情”

“読書人”とはイコール“知識人”(インテリ)ということ。史実では、実は段韶太師も結構スミには置けない人だったようですが、それは置いといて…。

「ひさかたぶりの再会で新婚の二人が盛り上がっているというのに」
なかなか上手い訳ですね。五爺の、兄の鎧を叩く動作ともバッチリ合っています。

ここの元のセリフは、
“小別勝新婚”
ちょっとの間離れ離れになると、新婚の時以上にアツアツのムードになる、ということ。意外によく使う慣用句です。

“春宵一刻值千金哪”
(「春宵(しゅんしょう)一刻(いっこく)値(あたい)千金(せんきん)」ってね)

これは蘇軾〈そ しょく〉の「春夜詩」という有名な作品の冒頭で、全文は、以下の通り。
  春宵一刻値千金  
  花有C香月有陰  
  歌管樓臺聲細細  
  鞦韆院落夜沈沈  


教科書では「春の夕方は格別に風情があるよね」とか、「春の宵は素晴らしくて毎秒百万ドルの価値があるね」とか解説されていますが、中国の人がこの1行で思い出すのは、つまりそっち系の意味の方だそうです(ってどっちよ?)

五爺からこういうリアクションに困ることを言われた四爺は、深呼吸してから、いつものセリフを言います。
“我跟雪舞姑娘的婚約 只是權宜之計 不能當真”(私と雪舞どのとの婚約は計略のためで、偽のものだ)

何度も口にしてる割には、すっごい言い出しづらそう(でも、ここの演技はちょっと面白いですよね)
言われた雪舞は泣きそうな顔をしています。

五爺もさすがに困ったのか、またかと思ったのか、それ以上は言わずに、2人で一緒に祝宴に出て、と提案します。それにちょっと色めき立つ四爺。

ここの日本語はちょっと時間が足りなかったらしく
「ではひとまず洛陽に戻ろう 皇太子殿下が宴をなさる」

っていうところで四爺がアップになるので、何か不穏な雰囲気になっちゃってます。

さらに五爺は、四爺の馬に2人で乗ったら?と提案しますが、雪舞が、

“我讓曉冬載我好了”(暁冬に乗せてもらうからいいわ)

と言い出すので、四爺は思わず振り向いてしまいます。

“讓四爺自己一個人一匹馬 會比較舒服”
(スーイエお独りで乗った方が楽だと思うの)
って楽なのは、踏雪が、ってことですよね?

「殿下は楽だろうと思って」
おや、そうなの?(↑この訳は正解です)

ここで雪舞が、四爺はろくに休息も取っていないし…と余計なことをいうので、五爺はまたまた嬉しそうになっております。
“鬧什麼脾氣”
(ケンカでもしてるのかと思ったら)

以前に、“胆”が度胸を司ってるらしい、と書きましたが、“脾”は怒気を司っているようですね。

“原來昨晚你們不盡興”
(実は二人とも昨晩は興が尽きなかったと…)

話がとんでもない方向に発展したので、雪舞は困ってます。次の五爺の、

“一回生 二回熟”
(一回目は素人だけど、二回目からはベテランに)
というのも、いろいろな場面でよく使う言葉。初対面のときは知らない同士だけど、再会すれば親友になる、という時にも使います。

このあたりの中国語のセリフはそ〜と〜キワドイです。よくお茶の間(死語?)で放映したわね…。
五爺もウィンクで誤魔化そうったってそうはいかないですよね。

と言っても、意味はほぼ、吹き替えの通り。
何て言ってるの〜?って中国のお友達に聞いて、顔に手の跡がついても当局は関知致しませんのでそのおつもりで。

では、フェルブス君、幸運を祈る!

と、送りこまれた先は、少数民族地帯。庫溪莫(こさいばく)族…と言ってますが、史書に登場するのは庫莫溪(こばくさい)族。しかも、宇文氏とは親戚関係にあたる鮮卑の部族のようです。いいのか、こんな事して。

しかし、負けて悔しい宇文邕〈うぶん よう〉=周皇帝はやりたい放題です。どういう野生の勘か、キレイどころを一人残して後は全部始末したか捕まえたかした、という確信がある様子。

そして、本陣に忍び込んだキレイどころに向かって、
“你是我這一輩子 第二個敢用這樣的眼神 看著我的女人”
「そなたのその目 そんな風に女ににらまれるのはこれで二度目だ。」

“另一個女人在我的戰場上叛逃了”
「一人目には戦の最中に逃げられた」

と告白しておられます。
正直でよろしい! ってか、

や〜い、ふられた〜〜!!(←他人事)

しかし、失恋の痛手を隠すためか何か、いきなり大演説をかます宇文邕。

「名君になりたくとも乱世がそれを許さぬ
この手を自ら血で汚さねば 天下を統べる力を得ることはできぬ
朕の力で必ず太平の世を創り上げてやる」


あんた村人を子どもまで殺しといて、良く言うよ…と視聴者は思いますが、
いやいや蘭陵王だって、雪舞がいなけりゃ“賤民村”の村人を皆殺しにしていたはず。

雪舞と違ってキレイどころ=月兎姑娘は宇文邕に説得された模様です(あり得ないよね普通…)。

乱暴さ加減では、“半斤八両”の蘭陵王と宇文邕のふたりではありますが、こっちはさすが、雪舞のおばあ様に飢えたオオカミと指摘されただけはあり、アシナ皇后が居ない隙に勝手に羽根を伸ばして(以下略)

あっ、ちなみに“半斤八両”とは、どっちもどっち、ということ。50歩100歩、とか同じ穴のムジナ、とかそういうニュアンスで使います。“斤”は重さの単位で、1斤=16両でした。だから半斤は八両。

でも香港の人に“半斤八両”って言ったら、「Mr.Boo」の主題歌をうたわれちゃいますけどね…。
(日本で一番有名な広東語の歌かも…。忘れちゃった方はYouTubeの→こちら https://www.youtube.com/watch?v=cTEVtj0VIPwをどうぞ。英語字幕つきです。)

本来でしたら皇帝陛下の「Mr.Booの夕べ」ディナーショーをお願いしたかったここのシーンですが(違った)、ちょうどこの回の前半、四爺が雪舞に語っている「太平の世になったら…」という話と呼応しています。

2人の置かれた立場の違いをくっきりと示す、非常に興味深い構成です。
この回まで、2人を対比するシーンは交互の回に置かれていましたが、この回で交差します。

ここでもう1つ、重要な交差があるのですが、それを今言ってしまうとあまり面白くないので分析は先の回ですることにして、続きは、お隣の国の修羅場がどう展開しているか、から見てみましょう。

新企画・今回の重要表現ですが、“春宵一刻…”はやめといて、

“一回生 二回熟”
yìhuíshēng èrhuíshú
イーホイション アーホイショウ

では、修羅場でお会いしましょう!(続きは→こちら
posted by 銀の匙 at 03:06| Comment(16) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月15日

蘭陵王(テレビドラマ16/走馬看花編 第9話の2)

皆さま、こんばんは。

テキスト形式でご覧くださっている方が相当いらっしゃるということに、今さらながら気が付きました。いつもありがとうございます!<(_ _)>

このブログではいちおう、原語(中国語)は、吹き替え訳や他の方の翻訳の引用は、こちらで訳した箇所はで示しています。
なので、全部黒い字でご覧になると、区別がつきづらい箇所があるかも知れません。少し難しいときもあるのですが、なるべく原語は“ ”、引用は「 」、こちら訳は( )に入れるように努めます。

それから、ブログの仕様で、改行を多くするとPC版で見たときに非常に見づらいので、折り返しにしている行が多くなっています。テキスト版でご覧になるときは逆に一行が長すぎることもあるかと思いますが、お見苦しい点、どうかお許しくださいませ<(_ _)>

さて、この記事を書いてる時点(2015/2/7)で中国の映画関連ニュースは、ジャン・ジャック・アノー監督の《狼圖騰》の武漢プレミア上映の話題で持ちきりでした。

原作はセンセーショナルな問題作で、中国建国後もっとも多く翻訳された小説となり、『神なるオオカミ』のタイトルで日本語にもなった小説です。

ふつうの人が素直に読めば、なかなか好評です。(→「web 本の雑誌」では高評価。こちらをどうぞ

しかし私は、映画化の話を聞いたとき、出演する俳優さんは大丈夫なんだろうか、ヘンな騒ぎに巻き込まれたりしないかな、と秘かに心配してました。そしたらまさか、主演がウィリアム・フォンとは…(絶句)。

原作のどこがどう問題なのかは、2012年に松岡正剛さんが書いてらっしゃいますので、→こちらをどうぞ。

しかし、映画化の情報をよく読んでみると、この作品は中国資本で撮られたものらしく、それなら妙なバイアス(っていうのもおかしな言い方ですけど、外国人監督が撮った作品を現地の人が見ると、良かれと思ってかも知れないけど、なんか勘違いしてないですか?って言いたくなるような偏見を感じる、という意味です)もかかりづらいだろうし、一方で、外国人監督ということで無用な政治的ごたごたも回避できそうだし、ちょっと安心しました。

映画は中国でも非常に好評だったようで、特にウィリアム・フォンの演技についてはどの記事も、絶賛・絶賛・絶賛の嵐

アノー監督は『愛人/ラマン』で香港の俳優、レオン・カーフェイを主役に抜擢、彼は世界的に知られる俳優さんになった訳ですが、当時は正直、監督の審美眼も変わってるな〜と思ったもんでした。今回は果たして…。

ええっと、おっほん、最近じゃ文芸作品はロードショー公開されないことも多いから…(哀)
見たいよー! お願い、日本でも全国公開してくださいね〜! 

と、いう事で、取らぬ飛燕の皮算用はやめといて、そろそろ、手にしたものを見ることにしましょう。

第9話の1(→こちら)の続きです。
今回は途中からなので、前置きはなしで、単刀直入に話に入りましょう(もう十分前置きが長かった、というツッコミは却下)。

前回は本文もやたら長かったんで、今回の記事はあっさり行きたいと思います!

にしても、“単刀直入”ってことば、当然、中国語から来たんだろうなぁ…と思ったら、元々は仏教用語だったらしく、漢詩人・石川忠久先生の言によると、「単刀直入すれば、則〈すなわ〉ち凡聖尽〈ぼんせいことごと〉く真〈しん〉を露〈あらわ〉す」...要所をズバリと突けば、凡人も聖人もみな正体を現す、ということ、だそうです。

この言葉、宋代(1004年)に編纂された《景コ傳燈錄》〈けいとくでんとうろく〉を初出とする資料が多いです。

《傳燈錄》というのは、平たくいうと禅僧の伝記を集めた本。伝記とは言っても、そこは禅僧のエピソードなので、弟子や周りの人と交わした問答が中心になっています(いわゆる、禅問答ってヤツですね)。

達磨大師(ダルマさん)の話(ちなみに達磨大師は南北朝時代の人)も入っていますし、“諸行無常”もこの本が出典らしい。

しかし、最近の研究では、“単刀直入”って言葉は唐代の《菩提達摩南宗定是非論》にすでに用例があるそうで、

南北朝(いま?)→隋(589)→唐(618)→五代十国(907)→宋(960〜)

なので、一気に300年遡りました。

ですけど、“単刀直入”って言葉の元になった話はさらに遡って、南北朝にある、という説もあります。

斉と周に分かれる2つ前、中国の北方は北魏〈ほくぎ〉、南は宋〈そう;他の時代の宋と区別するため、劉宋と呼ばれています〉が支配していました。

(北中国)北魏→→ 東魏→斉
             西魏→周

(南中国)劉宋→南斉→南梁

北魏軍が南へ侵攻してきたとき、宋には単身、それに立ち向かった男がいました。その男、戴僧静〈だい そうせい〉は《南史》巻46 列伝36によると、

“會魏軍至,僧靜應募出戰,單刀直前”(魏軍が攻め寄せてくると、僧静は求めに応じて出陣し、一振りの刀を以て立ちふさがった)

残念、「単刀直入」そのものじゃないのですが、刀一つでいきなり敵陣に斬り込んだ、ということなので、意味としてはだいたい同じ。このお話が転じて、いきなり肝心の話題に入る、って意味になったとか。うーむ。

単刀直入どころか、かなり回り道して戦場に戻りますと、手勢500騎で斬り込んだ、奇面組の奇襲が功を奏したのか、はたまた天の時、地の利、人の和のなせる業か、歴史に残る激戦・邙山〈ぼうざん〉の戦いも斉の勝利に終わり、夜になりました。

周軍敗走の混乱に乗じて、本陣から逃げ出した雪舞に周の追手がかかっています。

あ〜、でも、ここ、斉の国の領内なんですよね?
人んちで、大声出して松明持って騒いでいたら、残党狩りにやられるとは思わないのかしら?
まぁ、彼らにとっては、斉の美人将軍より自分とこの皇帝の方が数百倍コワいのでしょう(とりあえず私もそっちに一票)。

てことで、前日雪も降ったし、地面は凍ってるかぬかるんでるかだし、重い衣装を着た雪舞は足を取られ、転んだ瞬間からぐちゃぐちゃに泣いてます。

人間、泣いてるときは、ここのアリエルのような顔になるのが本当で、ウィリアムみたいに綺麗に泣く人なんていないとは思うんですけど。

でもどうせお芝居なんだから、リアルさを追求するより、もうちょっと何とかしたらいいのに、と、ここの雪舞を見るたびに思ってしまう…。

とりあえず、本気で泣いてるアリエルを天も見放さなかったのか、蘭陵王=高長恭(こう ちょうきょう)=四爺(スーイエ)は彼女を見つけ出します。そこで日本語の四爺の言う、このセリフ。

「私だ...私だ、高長恭だ」

吹き替えの蘭陵王役、内田さんの声のステキなこと…。思わずうっとりしてしまいますが、実はここのセリフは珍しくも、原語ならではのアドバンテージがある箇所です。

中国語では何て言ってるか聞いてみましょう。

“雪舞 是我 是我 我是四爺...”(雪舞、私だ 私だ 私が四爺だ...)

別に変わんないって? いえいえ、それが違うんです。

ここのセリフの直前は、雪舞がぐちゃぐちゃに泣きながら逃げているところ。彼女は泣きながら、日本語では、

「高どの…高どの…」

とつぶやいています。四爺のセリフはそれを受けて、「高長恭だ」と言ってるんですね。

中国語の雪舞は当然、

“四爺…四爺…”〈スーイエ、スーイエ〉と言いながら泣いています。

蘭陵王は自分のことを“高長恭”ということはありますが、“四爺”という事はありません。後ほどご紹介します通り、それは“排行”による呼び方で、敬称だからです。

だからここで“我是四爺”と言っているのは、“我”でも“本王”でも“并州刺史 蘭陵王”でも“高長恭”でもなく、私こそ、あなたが今呼んでいる通りの“四爺”です、あなたがいつも呼んでいる“四爺”がここにいますよ、という意味で“我是四爺”と言ってるんですね。

前にもお話しました(→千言万語編)通り、特に昔の中国語では、自分の身分や相手の立場によって、自分や相手の呼称を厳密に調整しなければなりませんでした。

なので、第7話で五爺〈ウーイエ〉=安徳王=高延宗が周の皇帝・宇文邕〈うぶん よう〉の話を雪舞にしたとき、いかに四爺が雪舞に配慮したかと説明する場面で、それまで宇文邕のことを“周賊”(周国の賊)などと呼んでいたのに、雪舞が呼んでいる通りの“阿怪”〈怪さん〉と言うのは、それなりの意図がある発言なのです。

「君たちの言う、いわゆる“阿怪”」という意味ですね。

雪舞の気持ちと、四爺の気配りを重んじて、という意図もあるだろうし、結果として、それを聞いた雪舞に、そんな風に親密に呼んでたのがこのありさま、というやましさを感じさせる効果もあったんでしょうが…。

話を戻すと、中国語版では、蘭陵王を“四爺”と呼ぶのは全て身内側の人間なので(敵方は彼を“高長恭”と呼んでいる)、この言葉が出た時点で身内の感じがするし、しかも雪舞はここまでずっと彼を(第1話第6話以外は)“四爺”と呼んでいます。

さらに、この先の回で分かりますが、どうやら四爺自身、その呼び方がとても気に入ってるらしい。先の回を見てから戻ってこのシーンを見ると、短いですけど、万感の思いを感じるセリフです。

この後、2人が向かいあっているときに、四爺はさりげなく、雪舞の頬の、涙で貼りついた髪の毛を払ってあげています。第4話(→こちら)で斛律須達〈こくりつ しゅだつ〉にしてあげたのと同じ動作ですね。

さて、まだ追手は雪舞を探しているし、林の中に突っ立っている訳にもいかないので、2人は四爺の行きつけの隠れ家(?)へ移動します。重い将軍…の装備を載せ、野営地から移動して、さらに一日合戦して疲れているのに、最後の最後で2人乗りをされてしまった踏雪は内心、ちっ!と思っていることでしょう。

アジト(だんだん言葉が悪くなってく気がする)に着くと、勝手知ったる感じの四爺は、水を汲んだり火をおこしたり、せっせと家事にいそしんでいます。お洗濯も手慣れたものですね。さすがあっぱれな女子力の持ち主です。

洛陽郊外の夜。
今日は雪じゃなくて雨が降っています。

丹州城といい野営地といい、そしてこの洛陽郊外の秘密の巣窟といい、蘭陵王の行く処、どこでも必ず女物の着替えが用意してあるって、どういうことだろう…?と視聴者は疑惑のまなざしで画面を見つめますが、雪舞の注目ポイントはどうやらそこじゃないらしく、

“這衣服的主人 應該是很清瘦”
「この衣を着ていた人は痩せていたのね。破れそうで怖いわ」

と、キューティー・ハニーのようなことを言っています(みんな、知らないよね?)

ここで雪舞が言ってる“清瘦”と言うのは、「ほっそりしている」といった感じのニュアンス。“清”は「ご清祥」の“清”と一緒で、清らかなイメージをプラスしています。これは大人の中国語で、ただ「痩せてる」と言うと、体調が悪いような印象を与えるので、このように表現します。

昔の(っていっても20年くらい前まで)中国では、少しふっくらしてる方が健康的+リッチなイメージだったので、太ってる方はあまり悪い印象ではありません。でも相手の奥様や美人将軍などを、直接“胖子”(〇ぶっちょ)などと呼ぶのはさすがに憚られるので、そういうときは“富泰”(福々しい)などとお呼びしましょう。

さて、どうやらセクシー路線は雪舞の芸風とは違ったらしく、衣は破らずに着ていますが、向かいに座ってる四爺の方は、何かがブレイクしている模様です。

まだ矢傷が痛むのかと、雪舞は心配します。
斉の将軍だろうが、周の皇帝だろうが、相手が誰だろうと痛がっていれば自動で治療しようとする…
そうか、彼女はケアロボット、ベイマックスの一種なのかも知れません。…いや、ベイマックスが天女なんだろうか、ってどうでもいいことを考えていると、雪舞がいきなり、あなたの奇跡のような勝利は歴史に残るでしょう、みたいなことを言っています。

確かに残りましたよ、37文字分でしたけどね。

しかし、この時点で字数について特に発言権はない四爺は、それに答えて、

“我一定要史官記下來 你才是一個奇蹟”
(それなら私は史官に記録させよう。あなたこそが奇跡だと)

そんなこと言っちゃって、自分よりも相手の方が文字数多いと絶対怒るくせに…と内心思う視聴者ですが、“ 她才是一個奇蹟”(彼女こそが奇跡だった)なら、7文字だから喧嘩にはならずに済むかもね、と、とりあえずは冷静にソロバンをはじいてみたり。

だって問題なのは、このセリフじゃなくて、次のセリフですもの。

“因為我心裡想的 不單是要攻下洛陽 更重要的 我要把你從宇文邕手裡救求來”
(なぜかといえば、私の心にあったのは、洛陽を取り戻すことだけではなかった。もっと大事なのは、あなたを宇文邕の手から救い出すことだった)

元のセリフもかなりどうかと思いますが、日本語は尺が足りないため、はしょっているのでスゴイことになっています。
「私の心には勝利よりも大切な目的があった。君を敵から救い出すことだ。」

って一体…。

ここで思い出すのは、前回(第9話の1)での、四爺の様子です。

そもそも彼は第1話で、尉遅迥をおびき出して計略にかけたときも、小競り合い程度の戦闘だったにも関わらず、仮面をつけていました。その後、丹州城で戦ったときは仮面をつけていませんでしたが、あれは戦闘というほどでもないうえに、四爺としては、(口では尉遅迥を脅してたけど)誰かを殺したりせずに、人質を奪回してすぐに立ち去りたかったのでしょう。

今回は大規模な戦争で、彼としてはまた、冷酷無比な将軍でいなければなりません。城門で仮面を取りましたが、再進撃のときは、これまでの四爺であれば、また仮面をつけて向かっていったのではないでしょうか。それを、いきなり反転して突撃し、宇文邕に直接対峙するこの雰囲気、前に1回、見覚えがあります。

そうそう、丹州城で、尉遅迥の捕虜になってた雪舞を奪回しにいった時って、こんな感じでしたよね。いきなり階段を駆け上がってきて、雪舞のところにたどり着くまでにいったい何人斬ったんだか、考えるだけで怖いです。

この先の回で、ご本人様もはっきり自覚されますが、雪舞の安否が気遣われるシチュエーションになると、この人は冷静さのヒューズが飛んでしまうようです。

何とか味方の元までたどり着き、いざ反撃、という段になると、とにかくあのF***野郎(韓暁冬じゃないから、こうは言わないか…)をなぎ倒して、雪舞を取り返そうというモードに入っちゃったんじゃないでしょうか。

それならまあ、行動としては分かりますが、その前に、一国の将軍のこの発言はどうなんでしょう。
第7話で宇文邕が雪舞に向かって言った、例の「なぜ高長恭一人にこだわる?」というセリフと対になる、実に決定的にマズいセリフですが、ここは特に雪舞も反応せず、お話はそのまま流れていきます。

“百歩散”ほどの速攻性はないけれど、この後、じわじわと確実に効いてくる、まことに巧妙な脚本と言えましょう。このセリフの効きのほどは、百歩たてば分かるかもしれないので、取りあえず、先に行きましょう。

アリエル楊雪舞は、借りた服を焦がした事件から、この建物は四爺の生家だと言い当てます。シャーロック・ホームズも顔負けの推理力です。(次回作は「ナショナルカラーの研究」か?)

しかし、四爺にとっては、推理よりもっと大事な別の話題が。
“我想她一定很高興 我把你帶到這裡來 讓她看一看
你是多麼地與眾不同”

(きっと母は喜ぶだろう あなたをここに連れてきて、どんなに他の人とは違うかを見てもらえたなら)

原文だとまだるっこしいのですが、吹き替えは分かりやすいですね。
「母もきっと喜んでいるだろう。君が素晴らしい人だから。」

あー、でもちょっと待ってください殿下? これはどういう意味でしょうか?

意中の人を連れてきて親に会わせる、ということの、意味するところは…。

それは、この2人に聞いてみなくちゃ。
ということで、しつこく登場、ヤン・ミーウィリアム・フォン《超級訪問》!(→元の公式映像はこちら) すいませんね、何度も。私、ホントにこの2011年の番組好きなの。

今となっては、ヤン・ミーは別の人と結婚しちゃったから、面白うて、やがて哀しき何とやら…。

(33:40ごろから)
話題は、ネット上の噂に移っています。話している間じゅう、ウィリアムはずーっと自分の膝を撫でています。困ると膝を触るくせがあるらしい。

お芝居でも、わざとか無意識かは知らないけど、膝を触ってるときがありますよね。

(男性)、(女性)=司会者)
=ウィリアム・フォン、=ヤン・ミー)

:じゃあ、何度もお見合いしたって話は?
:何度もじゃないです。一回だけ。
  そのときは 父親に騙されたんですよ。
  父は僕を連れ出して、友達の家にちょっと寄っていこうって。
  行ってからそれがお見合いだと気づいたんです。
  旧正月の事です。もう、何年も前の話。
:どんなお仕事の方?
:会社員です... 金融関係だったか…
  それに、そこにいたのは本人じゃなくて、彼女のお母さんだったんですよ。
(客席失笑)
: 一体どういうこった。
:僕だって思いましたよ、一体これどういうこと?
  何なんだ?
  座ってるにしても、ものすごく居心地悪くて落ち着かないし、
  ちょっと話はしたんですけど、向こうは娘さんの写真をいっぱい出してきて
  僕に見せるんですよ。
:どう、美人だった?
:え?

ここ、中国語では、あぁ?↗って言ってるのですが、私は彼のこのあぁ?↗がとても好き・笑

中国語を習ったことのある方には今さら…な話題で申し訳ないんですけど、中国語の特徴として、“声調”というのがあります。

中国語は、原則として1つの漢字に1つの声調(トーン;音の上げ下げ)があります。標準語(いわゆる北京語)ではトーンは4種類あり、それを“四声”と言います。

1声はまっすぐ。  高(ガオ)→ /恭(ゴン)→
2声は下から上へ。 楊(ヤン)↗/蘭(ラン)↗/陵(リン)↗/王(ワン)↗
3声は低く。    雪(シュエ)_ /舞(ウー)_
4声は上から下へ。 四(スー)↘
*“雪”“舞”も3声なのですが、3声が2つ続くと言いづらいため、前の語は語尾を少し持ち上げて発音します。なので、“雪舞”と続けて発音すると2声+3声に聞こえます。

中国語に“声調”という特徴がある、ということに気づいたのは、南北朝時代の沈約〈しん やく〉という人だったとされています。ただ、当時の実際の声調がどういうものだったかは、はっきりとは分かっていません。

今でさえ、方言ごとに声調はバラバラで、北京語は四声なのに、上海語は五声、広東語なんか九声もあります。

日本の標準語では、同じ「アメ」でも、「雨」と「飴」ではアクセントが違いますが、中国語も同様で、同じ発音でも声調が違うと意味が違ってしまいます。

“si ye”(スー イエ)は4声2声で読めば“四爺”ですが、3声2声で読むと“死爺”になってしまうので、お気を付けください。

ウィリアムがとぼけてるときの「あぁ?」は2声ですね。
しかし、とぼけられてもツッコむ司会者、さすがはプロ!

:綺麗な人?
:うーん…(と、写真なのか何なのかよく意図が分からないジャスチャー)
:まあまあ?
:つまりその...
:変身写真か何か?
:僕…忘れました。
(客席爆笑) 

変身写真というのは、凝った衣装やメイクでまるで雑誌のグラビアみたいに撮った写真のことです。

:口が固いな。
:そうね。
:すごく前の事で、その一回だけだし何年も前の話なんです。
:お見合いには反対なの?
:すっごく気まずいですよ…!
:私ゃお見合い好きですけどね。
:毎年、旧正月に帰省すると親戚が集まってて、まるで尋問みたいなんですよ。
  やれ彼女はいるのか、何だかんだ何だかんだって。
  兄弟姉妹(と言ってますが、たぶん同年代の親戚のこと)は結婚したり、子どもがいる人もいるし。
:あなたまだ三十ちょっとで焦ることでもないでしょ?

ちなみにこれは4年前の話です。今年は2月19日が旧正月だそうですが、また尋問されてるのかな…(笑)司会者2人のやり取りはちょこっと飛ばしまして、また続き。

:いったいどうして? 高望みしすぎとかなの?
:えっ、僕?
:それとも自分のそばに好きな人がいるからなの?
  いつまでたっても…。
:ですよね〜。
:諦め切れなくて…。
:何だってそんな、はしたない。
  つまりは左隣に好きな人がいるからですよ。
(字幕:めちゃストレートッ!)

ヤン・ミーは苦笑してます。

:いまは仕事が忙しくて。
:(大笑い)聞きましたか。 
:出ました、馮式太極拳。
:耳にタコができてるこの言い訳。「仕事が忙しい」!
  忙しいって言いだしたら、食事もトイレの時間もないわよ。
  じゃ、ヤン・ミーはお見合いしたことある?
:ないです。
:あなたはお見合いを設定されるって柄じゃないわね。
:あり得ません。
:どうしてお見合いはダメなの。
:だって両親も全然焦っても心配してもいないし、それに、最近は仕事が忙しくって…(言いながら自分で笑ってる)
:巷にあふれてますこの言い訳(笑)。でも、ここ何年か、ご両親も少しは気にしてるんじゃない?
:今年はちょっと聞かれたりしたんですけど、ボーイフレンドがいるなら連れてきなさいとか。
  本当にいないって言ってるのに。
:じゃお互いの両親に会ったことありますか。
:僕は彼女のご両親にお会いしたことがあります。
:そうね。彼はうちの親に会ったことがありますけど、私はないです。
  なぜ彼の両親に会わなくちゃいけないの(笑)
(客席爆笑)
:私だって知りませんよ。なんでこんな事聞いたんだろう。
:彼女が病気のとき家にお見舞いに行ったら、ちょうどご両親がいたんですよ。

ちょ、ちょっと待って、そういうのってあり?
いくら共演者だからって、妙齢の女性の家に、ノコノコお見舞いに行く男性って、どうなの?
ここにツッコまずにどこにツッコむ? と思ったけど、どうやら北京じゃ特別な事でもないらしく、司会者は矛先をちょっと変えて…。

:お母さんは紹峰のこと気に入ってますか?
:すごく好きですね。
  しょっちゅう私に聞きますもん。「第八皇子」(“八阿哥”〈バーアァグ〉。共演した《宫锁心玉》でウィリアムが演じた)はどうしてるって。
:第八皇子(笑)!

中国じゃ、民国以前は結婚なんて親同士が決めるのが普通で、結婚式の夜に初めて相手の顔を見た、みたいな話が結構あるから大変だったんだな(過去形)、と、勝手に思ってましたが、今でも、こと結婚に関しては、親の影響力って強いんですね。

そういえば、ウィリアム・フォンが主演した映画《我想和你好好的》(息もできないほど)(→記事はこちら)でも、ウィリアム演じるナンパ野郎のリャンリャンが、ニー・ニー演じるヒロインに「旧正月になったら、両親に君を会わせるつもり」と心にもないこと(?)を言ってます。
これはつまり、ただの女友達から婚約者扱いに格上げする、という意味です。

さて、トーク番組に戻ると…。

:いま隣に紹峰が座ってないものとして、ドラマのことも関係ないものとして伺いますけど、あなたはどういう男性が好きなの?
:落ち着いていて教養があって、同じ目標を持っている人ですね。それから、向上心のある人。私はどちらかというと完璧主義なんですけど、自分ではいろいろ至らない面があると思っています。なので、私の足を引っ張るような人は嫌なんです。
:つまり、尊敬できるような人が良いということかしら。
:そうですね。
:じゃ、男性として一番許せないのはどういう人? 
:自分のやりたいことを持っていない人です。
:つまり、自然に目が覚めるまで寝てるような人はダメってこと?
(客席爆笑)
:じゃ、知り合う前は浮気性だったけど、付き合い始めてからは一筋、とかそんな人は? 
:好きな人なら過去のことは全く気になりません。
:紹峰、知りたいことは全部聞いといてあげたから。感謝してよ。

(客席爆笑:ウィリアムは顔の前で手を合わせてます)
(テロップ:李静お姉さん、ホントにありがとう!)

この流れだけみてると、まるで誰かさんが浮気性みたい(事実と言ってるわけではないですよ!念のため)。いいんですか、言われっぱなしで…。
しかし、彼はのほほんとした表情で、この後も太極拳の演武を続けます…。

:紹峰、こんなにたくさんの人が二人はカップルだと思ってるのよ。
 その点はどうなの、答えてちょうだいよ。
“现在不是。”(今のところは違います)
は?(←素で驚いている)
(客席、大拍手)
:えっ、さっき私何を聞き逃したんだろ?
  微博(ウェイボー;中国のツイッターみたいなもの)をチェックしてる間に何か見逃した?!
:ものすごく重要な事だわよ、あはははは!

…とは言ってるけど、つまりヤン・ミーは、誰よりも自分のことを好きでいてくれる「だけ」が取り柄の“八阿哥”みたいな人は、はなから問題外だってことですよね…。

ウィリアムさん、残念でした。次の彼女は逃がさないようにぐぁんばれ!

番組の方ですが、司会者はこの後、ファンの皆さんはドラマを見ると、どうしても実生活と重ねてしまいたくなるでしょうけど、フィクションと現実はちゃんと分けて考えてくださいね、2人とも身体を大切に、と付け加えてトークを締めています。

おっとそうでしたね、現在進行形のフィクションの方を忘れるとこでした。こっちはまだこれから頑張る余地があるんだった...。しかも、相手のこんなセリフを聞くと、十分、脈がありそうです。

「素晴らしいのは殿下のお母様よ。こんな立派な息子を育てて」
“四爺的娘親一定更與眾不同 才能教育出這麼出色的兒子”

“與眾不同”(そんじょそこらの人とは違う)というのは褒め言葉らしく、先ほどは四爺が雪舞に、そして今度は雪舞が四爺に言っています。

こんな息子にどうやったら育つのか…これから、その秘密をとくとご覧いただきましょう。《BIG STAR 最佳現場》
公式HPはこちらです↓
https://www.youtube.com/user/BTVBigStar
出演者の名前で検索してみてください。
   *
=謝楠(Xie Nan/シエ・ナン)=司会
=馮紹峰(Feng Shaofeng/ウィリアム・フォン)
:いま、女子の間で「白馬の王子さま」といえば、どんな人か知りたい? それなら、チャンネルはこのままで!

:さて、今日のゲストはひと言でいえば、顔立ちは端正な美男子、物腰は洗練の極み、でも一番大事なことは、ドラマの役柄と現実の彼のイメージがぴったり重なっていること、つまり貴公子だということです。

それではお迎えしましょう、馮紹峰!
   *
今から7年くらい前のインタビューでしょうか…さすがに若いですね。
司会の謝楠の他に、記者団が質問して、それに答えるという趣向の、北京電視台の番組です。

ちょうど、主演ドラマの《鎖清秋》が話題になっていたころで、当時、共演していた安以軒(台湾のアン・イーシュアン)と意見が食い違って言い争いになった、という話になります。

=記者団のメンバー
   *
:結構しょっちゅう、意見が対立して言い争いになることがあったんですけど、
:えっ、安以軒と?
:だって彼女はあんな元気印の人なのに、口げんかで勝てますか?
:あなたのそんな性格で、演技のことで女の子とケンカなんかできるんですか?
:表現する方法が違って…
:内心、ふつふつと怒るというやつですか。
:彼女はぽんぽん言う方なので、思いつきをがーっと言ってくるんですね。
 僕は時にはそれを取りあえずは全部聞いて、かなり違いがあるときには、割とゆっくり考える方なので、少し考える時間がほしいと彼女に言って、独りで別の場所に行ってじっと考えます。
 そうすると監督も焦るので、プレッシャーもあるでしょう?だから、両方のバージョンで撮ってみるってことになるんです。
  *   
と、話す口調が限りなくトロくて微妙にイラっとする(笑)んですけど…。当時この番組をリアルタイムで見てたら、ハンサムなだけが取り柄の、ちょっとおつむが鈍い人なのかと思ってしまいそう...。

さらに悪いことに、この当時はお坊ちゃまの役ばっかりだったらしく、記者にこんなことを聞かれてます。
  *
:若旦那の役ばっかりやってたら、ほとんど体力は使わないでしょう?
気疲れはするでしょうけど。ほとんど動かないし。お屋敷の中で座ってるとか、小舟に乗るくらいで。

《虎山行》ってドラマを撮っていたときは、やっぱり貴族の子弟の役だったけど、アクションものだったので、ちょっと疲れました。

:えっ、あなたもアクションなんてやるの?
:そんなにひ弱そうで、撮ってるうちに倒れちゃうんじゃない?
  *
相手が反応薄いと思って、記者の方々も言いたい放題な気がするのは私だけ?
それに、皆、CGかと思ってるかも知れないけど、いきなりお姫様抱っこ2連発で始まるんですからね、《鎖清秋》は!

しかも《虎山行》だって、お姫様抱っこのシーンがあるんですから!
  
となぜか勝手に義憤に駆られていると、よせばいいのにこんなことを言い出すウィリアム。
  *
:吐きました。

:はぁ?
  吐くまで撮ったってこと?

:そうです。ちょうどあの時は、横店(中国の映画村みたいなところ)で《虎山行》《鎖清秋》を同時に撮っていたので。

実は《虎山行》のクランクアップが遅れて、昼には《鎖清秋》、夜には《虎山行》を撮ってたんです。それで、一日2、3時間しか寝ていませんでした。しかも、《虎山行》の現場に行くと、すぐアクションをやらなくちゃいけない。1シーン撮るごとに吐いて…。
   *
当時の彼は、業界でも必死に仕事をすることで有名で、“拼命(死に物狂いの)三郎”と言われていたらしい。“拼命三郎”というのは《水滸伝》の登場人物のあだ名です。

ちなみに、この表現から、女性で同じように必死に仕事をする人を、“拼命三娘”と言ったりしますが、これはヤン・ミーのあだ名ですね…。

お疲れだった2007年、彼は居眠り運転をして、大事故を起こしてしまいます。
肋骨は折るわ、耳から血がダラダラ流れてるわ、スゴイことになってたらしい。
とりあえず、対人事故じゃなくて良かった…

しかし、ここまでして撮ったドラマを途中で降りたくなかったウィリアムは、監督さんが病院に飛んでくると、続けて撮りますと言い張り、動けないので、トロッコに乗って撮影用のレール上を移動して、アクションシーンを撮ったそうです。
   *
:こうしてみるとあなたは、ただの貴公子ってわけじゃないんですね。少なくとも、私たちの抱いてたイメージとは違うわ。
我慢強くて、真面目で、苦労を厭わない人なんですね。

どうしたらこんな人に育つのか、それはもちろん、その影に偉大な女性がいたからです。お迎えできて光栄です。馮紹峰のお母さま、美しき朱おばさまです。
(記者たち:拍手)

:あら、たちまち雰囲気が変わりましたね。とても親密な感じになって。
 おばさま、少し緊張していらっしゃいますか。  
   *
しっかりお母さまの腕をとって座るウィリアム・フォンの可愛らしいこと、ご覧あそばせ。
いやぁ、めちゃくちゃ自慢の息子さんでしょうね…。
   *
=ウィリアム・フォンのお母さま

:いいえ、いいえ、私も若い方々とお話できるのがとても嬉しいですよ。

:それは良かったわ!私たちも、おばさまのような方が大好きなんです。
  しかも美人でいらっしゃって。
  私たち、さっき話していたんですよ。息子さんの交通事故のこと。
  彼自身は落ち着いてたって言ってますけど、電話で知って驚かれたでしょう?
:驚きました。ええ。
  ちょうどそのとき、友人と外で食事をしていて、注文を終えたところに電話があって、
  「あなたは馮威(フォン・ウェイ/Feng Wei 馮紹峰の本名)さんのお知り合いですか」
  「息子ですが」
  「すぐに救急センターにいらしてください」
  「何かあったんですか」
  「交通事故に遭われて」
   そう言われて、私はまた何かの冗談かと思いました。
   だってよく、こういういたずら電話があるでしょう?
   それで、「本当の話ですか」と聞きました。
   そうしたら本当ですといって向こうの電話番号を教えてくれて。
   (中略)
   そのありさまをみたときの私の気持ちと言ったら、
   母親なら誰でも分かるでしょう。本当に心配しました。
   病気や怪我なら替わってあげたい、私があげられるものなら何でも、
   私の内臓でも何でもあげたい。
   でも事故は息子の身の上に起こってしまって、とても辛かった。
(中略)
   *
この流れに私はひしひしと異文化を感じるんですが、昔はともかく、いまの日本で、こんなにお母さんベッタリだったら何言われるか分からないですよね…しかし、この番組は中国の番組、視聴者は中国の視聴者なんです! 

人前で自分ちの子どもを褒めるのは当たり前! 誰もヘンだと思ったりしません(いちおう、謙遜の美徳というのも存在しますが、本人の前では褒めるのがデフォルト)。

確かに中国の平均から考えても、かなりベッタリな感じはありますが、恐らく「家族思い」ということで、プラスイメージでとらえられているものと思われます。

この際、しばらく日本の価値観は脇において、ご覧ください。
    *
:この番組のプロデューサーが言うんですよ。朱おばさまに馮紹峰のことを聞くと面白いよ。まとめると、朱おばさまが息子さんを形容するときの言葉は基本、次の三言。

  第一に“美”(美しい)    
  第二に“才華出衆”(人並み優れた才能がある)
    *
おや、ウィリアムは、何か言いたげですね…。
    *
  第三に“乖”(聞き分けのよい良い子)

 じゃ、一つずつお聞きしましょうね。

 「美しい」のは、見れば本当だって分かりますけど、小さい頃はほら、じゃじゃ〜ん。

(と昔の写真を取り出す)
  
:女の子みたい!
    *
おっとビックリ、これは確かに美少女…いや、美少年ですね。しかも、超絶賢そう。
ごめんなさい、四爺。女に見まごう美男子というのは、(30年前は)紛れもない真実でしたね…。
    *
:馮紹峰、この写真覚えてます?
:見たことはありますけど、どうやって撮ったんだろう。
  母は女の子が欲しくて、だから、女の子のつもりで育てたんですよ。お人形さんを抱いて撮った写真とかもありますよ。
    *
ものすごくマジメに受け答えしているウィリアムに、つい笑っちゃうのですが、話題の写真は他のインタビューに出てきます。忘れてなければ、第12話でご紹介しましょう。
    *
:花柄のスカート穿いたりとかも?
:あります。
(「なんか誤解されそうだな〜」の声)
:小さい頃は本当に細工物のように綺麗で…男の子でこんなに綺麗な子どもは珍しいから、ご近所でも好かれて。この顔は名刺のようなもので、不可能が可能になったことがたくさんあります。
:はぁ? 馮紹峰、あなた自分でそのこと知ってたの?!
    *
聞いているんだかいないんだか、まるで絵画のような佇まいで目を伏せてるウィリアム。
    *
:たとえばね、この子が通っていた幼稚園は(上海市の)“重点”(エリート)幼稚園だったんですよ。教員の子弟のための幼稚園だったんです。

外国からのお客さまが視察に来られたときにお出迎えするようなところでね。ですから、入園条件が厳しかったのです。この幼稚園は職場から近かったので、ぜひここに入れたかったの。だってそうすれば、出勤の途中で送り迎えできるでしょう?それで、この子を連れて行って先生に相談しました。

「先生、うちの子、お宅の園に入れていただけないでしょうか。」
それで先生は、とても丁寧に、園長先生だったんですけど、私どもの園は教員のための施設ですので、規則で、そうでない方のご子弟はお預かりできません。本当に申し訳ないですと。私も、無理を言っても仕方ないし、諦めて帰ろうとしたんです。

そうしたら、ちょうどそこへこの子が外から駆け寄ってきて、
「ママ、ママ、お家に帰ろうよ」って。

園長先生はこの子を見て、
「あなたがおっしゃってたのはこのお子さん?」
「はい、そうです」

そうしたら、先生はこの子を招きよせて、
「ほら、いらっしゃい。」

近くまで行くと、
「お名前は何ていうの?」
「何かお話を聞かせてくれるかな?」
「ぼく、できるよ」とか何とか答えているうちに先生は私に、
「まあ、本当に可愛らしいお子さんね。
 そうね、お預かりしましょうね」
で入園することができました。

:おとぎ話みたい…。
    *
つか、フツーにそれはマズイんじゃ…? 
でも、特に問題視はされずに話は進みます。そうです、ここは「孟母三遷」の国! 完全没問題!(まったく問題なし!)
    *
:朱おばさまにとって、紹峰は本当に自慢の息子さんなんだって良く分かりますよね。
で、さっきの二つ目に戻ると、「抜きんでた才能がある」でしたね。こちらについてお話いただけますか。

このころのこと、馮紹峰は覚えているでしょう?もっと大きくなっていたはずだし、中学校のときのことだと伺いましたけど。そのころ、何かの作品に出演したんでしょう?

:僕が出演した最初のドラマのときで、タイトルは確か…
《少年徐悲鴻》では?
:そう、そのとき、僕自身は別に、すごく才能あるとも思いませんでした。
  監督さんにも叱られたし…。 
:小さいのに叱られたんですか。
:ええ。
:なぜ?
:初めてだったので、どうしていいか分からなくて、ちょっとぼおっとしちゃって…
(中略)
    *
この最初の作品でギャラが1〜2000元くらいだったそうです。今の日本の貨幣価値でいうと20万円くらいにあたるでしょうか。

周りから、まるで“捧在手掌心”(手のひらに載せていつくしむ:インタビューにこの表現が出てきますが、前にドラマでも出てきましたね)ようにちやほやされたウィリアムですが、親孝行だったようで、高校1年生のとき、《星星串》のギャラで、お母様に携帯電話を買ってあげたそうです。

電話と一緒に渡した手紙というのが長編で、内容は、電話の使い方と付属品の説明(笑)。高校一年生とは思えない、超達筆です(この便箋もすごく気になるけど)。

最後の一行は、
「僕はお金を持っているし、節約して使います。だから今月、お小遣いは要りません。」
だって。
    *
:そんなに良い子で、家族思いだったら、ぶたれたこととかありますか。私たちは、小さいころ、結構親にぶたれて育ちましたけど。

:一回だけ母に叩かれたことがあります。あるとき僕は嘘をついて、それで…。

 小さい腰掛けを失くしちゃったことがあったんです。学校が終わって、外に遊びに行ったときに。

それで、家に帰って母に、学校で補習があって置いてきたって言ったら母は嘘だと分かって、それで叩かれました。

:どんな風に?

:手を叩いたんです。
 この子は泣きました。叩いて、私も泣いたんです。だって、それまで、可哀想で叩くなんてとてもできなかったから。

 そうしたら、この子は私の前でひざをついた。詰問したら、自分で膝をついたんです。
 そして私を引っ張って、
 「ママ、僕が悪かったです」と言うので、私は聞きました。
  
 「お前はどうして嘘をついたの」
 「ママが怒ると思ってそれで」

 そしたら私が泣いたものですから、息子はタオルを持ってきて私の目のあたりを拭って言うんです。

 「ママ、もう二度と嘘はつきません」

  このときからこの子はそれを守っています。

 彼のためにはなったと思います。その後もきちんとしていると思いますし、そもそも曲がったことが嫌いな子なんです。

:今では…小さいころは、母は厳しかったですけど、仕事をするようになって、信用してくれてると思います。どんなことでも自分で解決するように言うし、僕が自分で判断するようにしてくれてます。

僕が役者の仕事が好きなのは、この仕事をしていると、小さいころは父母が保護してくれたけれど、今は、自立して物事を処理していけると感じるので、自分自身で人生を切り開いていると感じるからです。
    *
次回、ご紹介しようかと思いますが、彼は大学も地元なんですね。
そのあと単身、北京で暮らしているのは、仕事のためもあるでしょうが、やっぱりちょっと、親御さんの束縛がキツく感じられたのかも…。
    *
:一つ質問なのですが、お母様は馮紹峰が恋愛ものに出演することについて、どうお感じですか。

小さいころから大切にされている息子さんが、いろいろな女優さんたちとラブシーンを演じているのをご覧になると、あまり良いご気分ではないのでは?

(母親が話すのにかぶせて)母は僕がその手の作品に出るのは好きじゃないんです。
:(笑う)
:特に嫌いなのが《鎖清秋》。(と言って苦笑いする)
:(大笑い)

:どうして?
《鎖清秋》の最初のシーンからして、私は好きになれませんでした。
:ファーストシーンって何でしたっけ?
:最初は遊び人の若旦那なんですよ。  
  だから私は言いました。
  「もう二度とこんな役を引き受けちゃダメ。全く感心しないわ」
  本当に気に入りませんでしたね。 
:ですけど、彼は2つのドラマをこなそうってあんなに頑張ったのに。そんな風におっしゃったら悲しむんじゃないでしょうか。 
:私は息子に言いました。
  「出来れば、これからは役をちゃんと選んで欲しいわ」って。
この手の役はみっともなさすぎます。
    *
ってお母様、そんな身も蓋もない...(笑)。

ちなみに、お母様が毛嫌いしている《鎖清秋》とは民国時代を舞台にした恋愛ドラマ。馮紹峰はヒロイン・杜蘭嫣と恋仲になる、大店の跡取り息子。

江南地方の良いとこの坊ちゃん役という、はまり役というよりは、なんかそのまんま過ぎてひねりがない役柄なのですが、虫も殺さないような顔をして、結構冷淡なプレイボーイという、実は難しい人物像(最初のうちはね)をナチュラルに造型しているあたり、なかなかの演技と見ました(「泣く」演技は、ハッキリ言ってまだ下手だったと思いますが)。

物腰も洗練されて優雅、何だか往年の銀幕スターって感じで、これは誰が見ても二枚目としか言いようがないでしょう。この場合、イケメンという表現は、似合わないかも。

s-沈朝宗2.jpg
(ウィリアム・フォン演じる沈朝宗)

品の良さは育ちの問題で、演技じゃ誤魔化しきれないので、演技とばかりは言えないのかも知れないけど。

しかし、最初の頃はかなり陰影が付いているので、ひょっとすると女優さん並みのライティングだったりしてね…。

それはともかく、二枚目なだけが取り柄のブルジョワ子弟(笑)、家にはヨメいびりが趣味の母親が君臨している、なんて設定のドラマ、そりゃ、お気に召さないでしょうね…。

しかし、お母様にダメを出されても、こんな感じの役ばかりオファーされてたらしいウィリアム(そりゃ、いるだけで役のまんまなんだから、起用したくなるのも分かる)。

農民や工場労働者の役はやらないのですか?と記者にツッコまれると、実は、そういう役のオーディションも受けに行ったことがあるけれど、監督さんに「次にアイドル系のドラマを撮るときは声を掛けるから」と言われました、とまたマジメな顔で答えていました。

それでも、ブレイクしたのは当時のご本人の印象とはかなりベクトル違う直情径行な人の役、というのも面白いですね。

取りあえず、この《鎖清秋》《宮》の役柄は、演技してるように見せない自然な役作り、という点で、人気が出たのも分かる気がします。

さて、中の人のお母様も我が子を“才華出衆”(人並み優れた才能がある)と褒めていましたが、この、「人並み優れた」「そこらへんの人とは違う」って長所は、四爺の父君、高澄への史官の評価でもありました。

《北斉書》巻3に、四爺パパの伝記が載っています。

世宗文襄皇帝,諱澄,字子惠,神武長子也,母曰婁太后。生而岐嶷,神武異之。
…就杜詢講學,敏悟過人,詢甚嘆服。二年,…尚孝靜帝妹馮翊長公主,時年十二,神情儁爽,便若成人。

(世宗・文襄〈ぶんじょう〉帝は諱〈いみな〉を澄〈ちょう〉といい、字〈あざな〉は子恵〈しけい〉、神武帝の長子であった。母は娄〈ろう〉太后である。生まれつき他の者とは一線を画す賢さで、父皇も驚くほどであった。

…杜詢に学んだが、機転が利いて賢いところは衆に抜きんでており、杜詢もほとほと感服していた。(中略)

中興2年(532)に(北魏の)孝静帝の妹である馮翊長姫を娶った。まだ12歳にも関わらず、見るからに賢そうな顔立ちで、すっかり大人のようだった)


この後も、《北史》巻6なんか見ると、途中までは、ともかくベタ褒めです。

文襄美姿容,善言笑,談謔之際,從容弘雅。性聰警,多籌策,當朝作相,聽斷如流。愛士好賢,待之以禮,有神武之風焉。”
(文襄帝は容貌が美しく、ユーモアを好んだ。冗談を言っているときでさえ優雅で上品だった。頭の回転が速く、知略に優れ、官吏として朝廷にあるときは、流れるように案件を処理した。賢臣を礼遇し、神武帝の風格を継承していた。)

出ました、高一族のデフォルト形容詞「容姿が美しい」!✨
しかし残念ながら褒め言葉もここまで。次の行には、こんな言葉が…。

“然少壯氣猛,嚴峻刑法…情欲奢淫,動乖制度。”
(しかしながら、若輩にして気が短く、処罰に厳しかった。…女色に溺れ、規を超えること甚だしいものがあった)

そうです。四爺パパは中国史でも名うてのプレイボーイ。
もちろん、「後宮三千人」なんて皇帝は他にもいますが、この人の場合は開いた口がふさがらないエピソードのオンパレード。

女性関係のえげつなさ加減は後ほど息子さんに述懐していただくとして、東魏の実力者となってからは、主君に対してもとんでもない態度を取っています。

当時、北中国を統治していた北魏は東西に分裂し、それぞれ、北魏を継承する皇帝を擁するものの、実質、西魏は宇文一族が、東魏は高一族が仕切っていました。

東魏の孝静帝は容貌も立派で、文武両道の優れた君主でしたが、野心を持つ高澄にとっては邪魔でしかなく、配下の崔季舒を常に張り付けて監視していました。
《魏書》によると、

王嘗侍飲,舉大觴曰:「臣澄勸陛下酒。」東魏主不ス曰:「自古無不亡之國,朕亦何用此活」王怒曰「朕 朕 狗腳朕」使崔季舒毆之三拳,奮衣而出。

(高澄が酒席に侍り、大杯を挙げて「臣・高澄が陛下に一献お勧めいたします」というと、孝静帝は不愉快そうに「古来、滅びなかった国はない 朕もこのように生きるしかないのだ」と愚痴った。高澄は「何が朕だ、犬の脚(他人の指図を受ける者)の“朕”のくせに」と怒り、崔に命じて皇帝を何度も殴打させると、衣を払って出ていった)

マジかい...。
 
549年になると、高澄はいよいよ東魏を簒奪しようと密談を始めます。それを食事を運んできた奴隷の蘭京に聞かれ、「昨日、あの奴隷に刀で切られる夢を見た。あやつを始末しなければ」と言い出します。しかし、ああ、これまでの恨みが積もって、高澄を亡き者にしようと仲間たちと語らっていた蘭京は、先手必勝とばかり、その夜のうちに高澄を刺殺してしまいます。

史書は、ここに二つのエピソードを挟んでいます。まず、下手人の蘭京について…

梁將蘭欽子京為東魏所虜,王命以配廚。欽請贖之,王不許。京再訴,王使監廚蒼頭薛豐洛杖之,曰更訴當殺爾。
(梁の将軍・蘭欽の子・京は東魏の捕虜となった。王(高澄)は彼を厨房に配属させた。欽は代価を払って息子を取り戻そうと請うたが、王は許さなかった。京がもう一度訴えると、王は厨房を取り仕切る係の者に杖で打たせて、「次にそんな真似をすればお前を殺す」と言った。)

もっともこの話、史書には載ってるけど、蘭欽将軍の子息に蘭京という名が見当たらないので、本当に将軍の子かどうかは疑問視する声もあります。

そして、むしろ問題なのはこっちのエピソード。
京與其黨六人謀作亂。時王居北城東柏堂蒞政,以寵琅邪公主,欲其來往無所避忌,所有侍衛,皆出於外。
((蘭)京とその一党6人は謀叛を企んでいた。そのとき、王は北城の東柏堂で政務を執っていた。琅邪〈ろうや〉公主を寵愛していたため、行き来を邪魔されたくないと、お付きの者たちを全て建物の外に出していた。)

つまり、女と密会するために人払いをしていたところを襲われたという、自業自得とは、まさにこの事…(呆)。この謀殺事件が単に奴隷の謀叛みたいな単純なことだったのか、後の成り行きを見ると非常に疑わしいのですが、それは後ほど考察することに致しましょう。

ちなみに悲劇の現場である東柏堂は、史実ではのちに鄴〈ぎょう〉が(北)周に占領された後、楊堅〈よう けん〉を討伐しようとした尉遅迥〈うっち けい〉将軍が蜂起に失敗し、最後を遂げた場所にもなりました。

高澄は享年29歳(と史書には書いてあるんですが、数え年かな?)、実に早すぎる死ではありましたが、すでに彼には皇子が6人、皇女が3人おりました。

親の因果が子に報い…なんて言ったら可哀想ですが、こうして四爺は恐らく8歳くらいで父君を亡くしてしまい、生活は貧乏のどん底です。

“我們雖然很貧窮”(私たち母子は貧しかったけれど…)
と、回想する四爺ですが、今、雪舞と居るこの家にずっと住んでたんだとすれば、庭付き一戸建て2LDK以上あるし、庶民の視聴者からすると、とても貧乏にゃ見えないんですが、つまり、現在の贅沢三昧な生活に比べりゃ貧乏だってことでしょうか(←ひがんでどうする)。

ここで登場する四爺ママは、質素ですが清楚で賢く、しかも芯がしっかりした感じの女性ですね。

現時点では雪舞は、こんな大人の女性とは正反対の印象です(次回からもっと酷くなるし…)。落ち着いた感じのお母様がいたのに、なんでまた四爺は真逆な人を選んだんだろう…とちょっと不思議に思ってしまいます。

そこは何話か先で少し理由が分かるので追及しないでおきますが、もっと先の回へ行くと、雪舞の挙措動作がだんだん四爺ママに似た感じになってくるのは、面白いですね。四爺が本当のところを見抜いていたのか、それとも四爺と一緒に居たのでだんだんそうなったのか、はたまた状況によってそうなったのか…。

さて、素敵なお母様は、四爺を“肅兒”〈スーアル〉と呼んでいます。“肅”が四爺の本名で、“兒”と付けているのは、幼名だったか、子どもにつける愛称、日本でいう「〜ちゃん」というような意味です。

実は正史には、“肅”という名前は載っていません。じゃどこに書いてあったのかというと、墓石です。

日清戦争の年(清・光緒二十年(1894)/日本では明治27年)に、現在の邯鄲〈かんたん〉市で蘭陵王の墓碑が発掘され、その冒頭に、

“王諱肅 字長恭 渤海蓨人 高祖神武皇帝之孫 世宗文襄皇帝之第三子也”((蘭陵)王、諱〈いみな〉は肅〈しゅく〉、字は長恭、渤海〈ぼっかい〉蓨〈しゅう〉の人 高祖・神武帝の孫、世宗・文襄帝の第三子である)

と書かれていたのです。ドラマでお母様が“肅”と呼んでいるのは、ここから採用したものと思われます。

諱〈いみな〉というのは、その人の本名なのですが、エライ人を本名で呼ぶのは失礼にあたるため、呼ぶときはそれ用の別の名前を使いました。それが字〈あざな〉です。

なぜ本名を呼んではいけなかったかというと、人の名前はその人の実体と結びついており、本名を呼ぶことはその人を支配することを意味する、という考え方があったからです。これを取り入れたお話、いろいろありますよね。

たとえば《西遊記》では、妖怪の金角、銀角に名前を呼ばれて返事をすると、彼らの持っている宝具「紅葫蘆〈べにひょうたん〉」に捕えられてしまいます。

日本でも『千と千尋の神隠し』で、主人公の千尋は本名を取り上げられて「千」と呼ばれ(こうすることで湯婆婆〈ゆばあば〉は千尋を支配することができる)、千尋を助ける少年・ハクも、自分の本当の名前を思い出すことで支配から逃れることができました。

ただ恐らく、宮崎駿監督のこのアイディアの元になったのは、漢字圏の風習よりはル・グィンの『ゲド戦記』じゃないかと思います。『ゲド…』でも、この考え方がお話の鍵を握っていますよね。

なお、主家の人だったりすると、字で呼ぶのさえ相当失礼なので、“大将軍”などと官職名で呼んだり、排行〈はいこう〉で呼んだりします。

排行というのは以前にもご紹介しましたが、一族や兄弟の中での順番のことです。
中国語ではランキングのことを“排行榜”(“榜”は告示のこと)と言うのですが、イメージ湧きますでしょうか。

だから、EXILEさん、と呼ぶよりは、万年チャート3位の人、と言った方が礼儀正しいということです(単なる例です、例!!)ので、味方側の人たちは蘭陵王を“四爺”と呼んどくのが無難なわけです(本来なら“四王爺”と呼ばなければいけませんが、そのあたりは後でドラマにも出てきますので、その時に)。

ちなみに、正史の《北斉書》《北史》では、蘭陵王は長恭の他に“一名(またの名を)、孝瓘”と記されています。

いくつも名前がある人は、いない訳じゃないのですが、私が思うに、どうもこの“孝”の字は曲者です。

高澄には6人の息子がおり、名前は上から 孝瑜、孝珩、孝琬、長恭、延宗、紹信でした。
《北斉書》 卷11に“河南康舒王孝瑜,字正コ,文襄長子也”と書いてあるところを見ると、この“孝瑜”というのは諱です。

中国では南北朝時代から、諱を二文字にするのが流行り出したらしく、そのうちの一文字を“通字”といって、兄弟間、または同族の同一世代の間で共通にすることがありました。文襄帝の兄弟のうち3人は諱に“孝”の字を使っています。そうすると、蘭陵王も諱は“孝瓘”だった可能性が高いのではないでしょうか。

だったとすると、第五皇子にも第六皇子にも諱には“孝”がついてるはずなのですが、なぜか伝わっていません。しかも第六皇子・紹信の“紹”の字は太原王の皇子、文宣帝の皇子の通字と同じです。

この時代、通字が兄弟の一部しか一致してないケースが他にないか探していたのですが(それでこんなに時間がかかった...)、上手く見つかりませんでした。

正史には、第五皇子=高延宗が、幼くして文宣帝に引き取られ、育てられたという記述があります。ですので、彼よりさらに年下の第六皇子が、最初から文宣帝のところで名づけられ、育てられたという可能性もあるかもしれません。ただ、これは本当に私の思いついたただの推測でしかなく、証拠がありません。執念深く探していれば、そのうち何か理由の一端でもつかめるかもしれませんが、今のところはナゾです。

もっとも、お兄様方にしたって、正史に諱と字が両方書いてある人と片方しか書いてない人がいるので、延宗と紹信というのは字で、諱はただ単に調べきれなくて書いてないという事なのかも知れません。

若き日の段韶〈だん しょう〉太師も視聴者の疑問には答えてくれそうもなく、仕方ないので、この子は“肅兒”ってことで話を進めましょう。

粛児は後で宮廷にも連れてきていたウサギを可愛がっています。
ウサギ小屋=貧しかったってことなのでしょうか(←まだひがんでいる)、別れの前に涙に暮れるお母様も、こんなことおっしゃっています。

“享不盡的錦衣玉食 娘為肅兒高興”
(着つくせないほどの豪華な着物、食べきれないほどのご馳走がある、豊かな暮らしができるのよ。母はお前のために喜んでいるのです)
この言葉は、この回の最後の痛切な一言と呼応しています。

この後、段韶太師がお母様に、
“皇室的血脈是不可能漂流在外的”
「皇子を市井で育てるなど許されませぬ。」
と言っているのは、ご落胤騒ぎで面倒が起きることを恐れたのでしょうか。ただ、お母様の次の言葉を聞くと、もっと違う含みも考えられますね…。

「お腹の子を諦め切れず逃げたのは身の程を知らぬふるまいでした。」

さすがの高一族といえども、殺してしまうというようなことはなかったのでしょうが、実の母から取り上げられてしまうことは確実だったようです。

ここで、お母様は自分を、
“流民的營妓”(流民の妓女)と言っています。当時は戦乱の世の中、戦火を避けて逃げまどううちに、田畑も家も失くして落ちぶれる人も多かったことでしょう。

高澄の6人の息子のうち、母親の苗字が伝わっていないのは四爺だけです。っていうか、正史の列伝に名前が挙がっている皇子たちの中で、生母の姓が未詳とされているのは彼だけです。

当然、母親の身分が、妓女だったり婢女だったりと低すぎて、史書に記載されてない、というのはありそうな話ですが、《北斉書》 卷11 列伝3に、高延宗=五爺について、
“母陳氏,廣陽王妓也”
(母は陳氏、広陽王の妓女である)ってハッキリ書いてあるので、母の身分が低いのは史書に書けないほどの不体裁、という訳でもなさそうです。

母親の身分が低いだろうと判断されるもう一つの根拠として、ドラマは採用してないみたいですが、“四爺”はホントに“四爺”だったのか問題」がございます。

実は、四爺について、正史の「蘭陵武王長恭」の伝記(列伝)の方には、《北斉書》でも《北史》でも「第四子」とありますが同じ史書でも帝紀(廃帝)の方では、乾明元年三月の項に、
“封文襄第二子孝珩爲廣ィ王,第三子長恭爲蘭陵王。”
(文襄帝の第二子・孝珩を廣寧王に、第三子・長恭を蘭陵王に封じた)と書いています。

さきほどご紹介した墓碑でも「第三子」になってましたよね。

実はこの、兄弟の順番を変えてしまうというやり方には似たケースがあり、他ならぬ高緯〈こう い〉がその例です。彼は「長男」で皇太子とされていますが、実際は高湛の第二子でした。

どうして史書には長男と書かれたのかというと…。

“南陽王綽,字仁通,武成長子也。以五月五日辰时生,至午时,後主乃生。武成以綽母李夫人非正嫡,故贬为第二”
(南陽王・綽はあざなを仁通といい、武成王の長子であった。五月五日の辰の刻に生まれたが、午の刻になって、後主(高緯)が生まれた。武成帝(高湛)は、綽の母である李夫人が側室であるため、貶めて第二子とした)

つまり、ここ《北斉書》巻12 列伝4に書かれているのはこういう事です。高綽と高緯は同じ日に生まれ、実際には高綽の方が生まれた時間は先でした。本来なら彼が長子、そして高い確率で皇太子になるべきところでしたが、側室の子だったため、正妻である胡皇后の子・高緯が長子とされた、というわけです。

これを敷衍すると、いま、高澄の第三子とされている孝琬は皇后の子ですから、母親の名が伝わっていない長恭の方は、彼と近い日、または近い年に生まれた、しかし、母親が側室、またはそれ以下の身分だったので、正妻の子よりも後に(弟分という地位に)貶められた、ということになります。

なので、本来第三子と書くべきところを第四子に変えた関係で、ところどころ記述に混乱が生じている、という説なのです。この説を採用すれば、四爺の…いや三爺の…(ややこしいな)、母親の身分は少なくとも正妻よりは低い、ということになります。

しかしですよ。   

斉国の東〇ポたる本ブログとしましては、またしても何の根拠もないけれど、ついつい別の方向へ考えてしまうのであります。

だってこの後ご紹介する高澄の行状を見ていると、ひょっとして…ひょっとしてですが、母親の身分が高すぎて、またはヤバすぎて書けなかった、ってことも、十分ありそうな話じゃないかと…。

ま、そのスクープは後に譲るとして、ドラマのお母様はこんな風に我が子を諭していて、とても立派です、

“你要記住娘教你的 要記得你是誰”
(どうか母様が教えたことを覚えていて。自分が何者かを忘れないこと)
“做一個嚴於律己 ェ以待人”
(自分に厳しく、他人には寛い心で接すること)
“象小草一樣堅韌 頂天立地的男子漢”
(雑草のように強く 何ものをも怖れない立派な人になること)
“還有啊 肅兒永遠是娘心中 最疼愛 最寶貝的好孩子”
(そして 粛は母様の心の中では永遠に、誰よりもかわいい 何よりも大切な宝物だということを)

ここは、吹き替えの訳がナイスな感じですね。

「教えたことを守って 分をわきまえて」
「おのれに厳しく 人にやさしく 雑草のように強い丈夫〈ますらお〉になりなさい。」
「忘れないで 母様にとって粛は誰よりも可愛い子ですよ」

幸か不幸かトンデモパパの謦咳には接することがなかったらしい四爺は、ため息交じりに述懐しています。

“她一生只伺候過我父皇一個人,
而我父皇卻擁有了太多的女人。估計連我娘長什麼模樣都記不得了。
所以我決定 這種事情 絕對不會發生我身上。”

(母は一生、父君独りに仕えた。しかし父君の元にはあまりにもたくさんの女人がいて、母の顔さえ覚えていなかっただろう。だから私は決めたのだ。このような事を私は決してしないと)

息子にこうまで言われちゃうパパ・高澄は、一体何をやらかしたんでしょうか…。

まずは《北史》卷14 列伝第2の中から、そのトンデモっぷりをご覧いただきましょう。ここは、帝王の妃たちについて記されたパートになります。

高澄関連の記述で、まず出てくるのはこれです。

神武崩,文襄從蠕蠕國法,蒸公主,產一女焉
(神武帝(高歓)が崩御すると、文襄帝(高澄)が蠕蠕〈ぜんぜん〉国の法に従って公主を娶り、娘が生まれた)

高澄の父君・高歓は、当時の強国・蠕蠕の姫君を側室として娶りました。高歓が亡くなると、ヨメの実家の決まりに従って、彼女は息子の高澄の妻となりました、という事なんですが、正史にわざわざ言い訳がましく書いてあるのは、義母に当たる人を娶るなんて、漢民族の間ではあまり褒めた話ではないからです。

とすれば、同じ章に書かれた、次のエピソードのトンデモ度がお分かりいただけるでしょう。

馮翊太妃鄭氏,名大車,嚴祖妹也。初為魏廣平王妃。遷鄴後,神武納之,寵冠後庭…
(馮翊太妃〈ひょうよくたいひ〉鄭氏〈ていし〉は名を大車と言った。鄭厳祖〈ていげんそ〉の妹であった。はじめ、魏の広平王の妃であった。東魏が鄴〈ぎょう〉に遷都して後、神武帝に側室として迎えられ、誰よりも寵愛を受けた…)

ということで、高澄のお父さん=四爺のおじいさんである高歓は、戦利品(?)として鄭大車という人をお妾さんにしたのです。ところが…。

神武之征劉蠡升,文襄蒸於大車。神武還,一婢告之,二婢為證。神武杖文襄一百而幽之,武明后亦見隔絕。時彭城爾朱太妃有寵,生王子浟,神武將有廢立意。
(高歓が劉蠡升〈りゅう れいしょう〉の討伐に遠征していたとき、高澄は大車と密通した。帝が帰京すると、1人の召使い女がこれを密告し、2人がその証人となった。高歓は高澄を百叩きの刑に処し、幽閉したうえ、その母たる皇后とも行き来を断ってしまった。

当時、彭城〈ほうじょう〉の爾朱〈じしゅ〉太妃が寵愛を受け、皇子・浟〈ゆう〉を産んでいた。高歓はこの際、皇后も皇太子も廃してしまおうかとすら考えた。)


ちょっと、ちょっとお父さんっ!!一体何をやってるんでしょうか。2年前に正妃を娶ったばかりの14歳で…(絶句)。

父皇のお妾さんにちょっかいを出すなんて、皇位を賭けた恋、というにはあまりに情けない行状、しかし、自ら招いたピンチとは言え、四爺パパ高澄も廃太子の危機に手をこまねいている訳にもいかず、忠臣の司馬子如〈しば しじょ〉に泣きつきます。

子如は証言をした召使い女を自害に追い込み、「結髪〈けっぱつ〉の妻」(結髪〈ゆいがみ〉の儀式をした奥さん=最初に契りを交わし、苦楽を共にした妻、という意味で、ここでは高澄の母・婁〈ろう〉皇后のこと)を忘れてはなりませんよ、メイドの証言なんか讒言です、ととりなし、皇后、高澄と高歓を和解させることに成功します。

何とか皇太子の地位も保たれて、これで懲りればいいものを、この間もせっせと女に手を出していた四爺パパは、なんと、10年経たないうちに、またまた大変なことをやらかしてしまいます。

では、《資治通鑑》巻158 梁紀14の記事から見てみましょう。
紀元543年の出来事です。

仲密後妻李氏艷而慧,澄見而ス之,李氏不從,衣服皆裂,以告仲密,仲密益怨。
(高仲密がのちに娶った妻、李氏は美しく聡明な女性で、高澄はひと目で好ましく思い、よしみを通じようとしたが、李氏が抵抗したために、その衣はずたずたに破けてしまった。李氏が高仲密にこのことを話したため、仲密はますます恨みを募らせた。)

高仲密は高歓とは遠い親戚でしたが、最終的に彼は高歓について官位を得、豪奢な暮らしをしているうちに、糟糠の妻を捨てて、書画や騎射にも通じた多才で美人な若い妻・李氏を娶ったのです。ますます得意になった仲密は、周りの者も引き立てて地歩を固めようとしていたところ、高澄にその計画を阻止されてしまいます。

実は、仲密が離縁してしまった妻というのは、高歓・高澄父子に重用されていた官吏、崔暹〈さい せん〉の妹でした。きっとそのことで意趣返しをされたに違いないと恨んでいたところにこの事件、高仲密がさらに恨みを募らせないはずはありません。

尋出為北豫州刺史,陰謀外叛。丞相歡疑之,遣鎮城奚壽興典軍事,仲密但知民務。仲密置酒延壽興,伏壯士,執之,二月,壬申,以虎牢叛,降魏。

(高仲密は都を離れ、(辺境の)北豫州〈よしゅう〉刺史(長官)となり、寝返ろうと画策しはじめた。丞相〈じょうしょう〉〈官名〉の高歓は彼の忠誠心を疑い、鎮城〈ちんじょう〉(守備部隊を統括する官職)の奚壽興〈けい じゅこう〉を派遣して軍事を仕切らせ、仲密には民事だけを統括させた。仲密は酒宴を設けて壽興を招くと、秘かに屈強な武人を配し、彼を生け捕りにした。2月12日、仲密は虎牢〈ころう〉を占拠して西魏に投降した。)

ってことで、結局、高仲密は東魏を裏切り、西魏に寝返ってしまいます。

それより、543年、といえば何かを思い出しませんか?

そう、前回(第9話の1)ご紹介した、第1次邙山〈ぼうざん〉の戦いの年ですよね。

実は、この戦い、高仲密が西魏に投降したことが引き金になり、宇文泰がその反乱に合流して洛陽を襲撃したことで始まったのです。

つまり、高澄の最初のナンパで賭けたのは皇位だけど、今度は国を賭けたナンパになっちゃったわけです(呆)。

そして、こんな不義の戦いに、東魏軍は勝ってしまったんですよね? 何だか嫌な予感がします…。
それでは続きを見てみましょう。

五月,東魏以克復虎牢,降死罪已下囚,唯不赦高仲密家。丞相歡以高乾有義勳…,皆為之請,免其從坐。仲密妻李氏當死,高澄盛服見之,曰:「今日何如?」李氏默然,遂納之。
(五月、東魏は虎牢を取り戻し、本来なら死罪に処すべき者たちも寛大な扱いを受けた。ただし、高仲密の一族だけは釈放されなかった。高歓は、仲密の兄・高乾が自分を引き立ててくれたことなど、彼の家族の恩義に免じて,東魏の孝静帝に、一族を連座させないよう請うた。高仲密の妻、李氏も本来であれば死罪は免れないところだったが,高澄は正装して彼女の元へ赴き、「今回はいかがであろうか」と尋ねた。李氏が黙して従ったため、ついに側室として迎え入れた。)

なんてこった…(コメント不能)。

ちょっかい出した方が勝利するなんて、神も仏もないのか…と思ってしまいますが、やはり因果は巡る、糸車。

次のエピソードなんて、このえげつなさに比べれば可愛いもんよね、と思ってしまうほどですが、結局これが最後の火遊びに…。

琅邪公主名玉儀,魏高陽王斌庶生妹也...為孫騰妓,騰又放棄。文襄遇諸途,ス而納之,遂被殊寵,奏魏帝封焉。
(琅邪〈ろうや〉公主・玉儀は魏の高陽王・斌〈ひん〉の庶出の妹だった...孫騰〈そん とう〉の妓女であったが捨てられた。高澄はたまたま通りがかりに彼女を見て気に入り、側室として置いた。大変な寵愛ぶりで、魏帝に奏上して琅邪公主(琅邪皇女)の称号を与えた)

紀元547年に高歓が病没すると、高澄がその後を継いで実質的な東魏の支配者になります。都の鄴〈ぎょう〉で政務を執っていた高澄は、元玉儀とばったり出会ってまたもや妾に…ってもう言うのも疲れるおなじみのパターンで話が進みます。

文襄謂崔季舒曰:「爾由來為我求色,不如我自得一絕異者。崔暹必當造直諫,我亦有以待之。」
(高澄は(腹心の)崔季舒〈さい きじょ〉に言った。「そなたにわざわざ美人を探させているというのに、どれも私が自分で見つけてきた絶世の美女には到底及ばないな。崔暹〈さい せん〉は今度のことを知れば、きっと小言を言ってくるに違いない。楽しみに待つとしよう」)

崔暹は父君の代からの重臣、しかもこの後登場する、誰もが怯える暴君・高洋にも直言するなど、なかなか気骨のある人だったようです。彼なら、「例の李氏のことでも大ごとになったのに、またもや揉めそうな女を引っ張りこんだのですか…と諌めるに決まってる」と高澄は、知ってるくせに挑戦的な態度です。

中二か、あんたは!

及暹諮事,文襄不復假以顏色。居三日,暹懷刺,墜之於前。文襄問:「何用此為?」暹悚然曰:「未得通公主。」文襄大ス,把暹臂入見焉。
(崔暹がやって来ると、高澄はわざと仏頂面をしていた。しばらくして、崔暹は懐の名刺を高澄の前に落とした。高澄が何事かと聞くと、崔暹は恭しく答えた。
「まだ姫君にお目通りの栄を得ておりませんので…」
高澄は、ことのほか喜んで、彼の手を引いて玉儀に拝謁させた。)


ふーん、この時代にもう名刺があったんだ〜って、感心してる場合じゃない気がするのですが、もはや呆れるのにも疲れました。

臣下にナンパ自慢してどうするよ、っていうか、この後、玉儀の姉の静儀(人妻ですっ!)とも懇ろになってしまう高澄、もうどうコメントしてよいやら史官も呆れたと思いますが、無軌道な生活がそういつまでも続くはずもなく、人払いまでしてのアバンチュール(こういう時に使うんですよね、この言葉は)の挙句、ついに刺されて亡くなってしまいます。

こんなお父さんの話、どこまで知ってるのか知りませんが、四爺はすっごく迷惑そうです(そりゃそうだろ)。

“我一定要善待我的妻子 不能讓他步我娘的後塵。”
(私は必ず妻を大切にするつもりだ。母のような目には会わせたくない)

ああ、また四爺の「必ず」ですか、はいはい…。
と視聴者は話半分とか10分の1とかに値切って聞いていますが、ご本人は真剣そのものです。

それを聞いている雪舞は、
“所以四爺 這一生 只願擁有一個女人”
(だから四爺は)「生涯 ただ一人を愛するのね」
と言います。

この発言、言ってる方と聞いてる方の受け取り方が真逆、というのは女媧〈じょか〉さまと視聴者だけが知っています。

聞いてる方のウィリアム・フォンは、当然、この雪舞の発言を良い兆候と思っていることでしょう。この時のように、右側のアングルから半分が影になるように撮影すると、彼が最強に美男子だということはさすがの私も否定しません。そんな顔で、

“沒錯”
「さよう」

と言われてしまった雪舞の複雑な表情…。
良い事なんだろうけど、彼女にとっては致命的な一言です。

しかし彼女は、そんなショックを何とか押し隠し、辛い過去を思い出して傷心の四爺に、優しく助言を与えます。

「別去想你失去的 要想你擁有的」
「失ったものではなく 手にしたものを見て」

こう言われた日本語の四爺は「今のわたしは何一つ手にしてはおらぬ」と答えます。

もちろん、意味はこれで合ってるのですが、「だけど、これからは手に入れますよ」って言いたいのかと誤解しそうですね。ここは、もう少し含みのある、中国語のニュアンスで見てみましょう。

“我從來不覺得 我高長恭真正擁有過什麼”
(この高長恭、これまで一度も、本当に何かを手にしたことはなかった)
“別這樣說 你並不是一無所有的 你擁有我的尊敬與崇拜”
(そんな風に言わないで。あなたには何もないわけじゃない。私の尊敬と崇拝を手にしているわ)

つまり四爺は現在完了形というか、過去から現在に至るまで、生きてる甲斐みたいなものは何もなかったと告白しているのです。別れ際にお母様が方便で言った、美しい着物も豪華な食事も、彼には何の意味もなかったわけです。

皆のために、慈悲の心も押し隠してまで戦いに出て、実は本当に守りたいものも、手にしたものも、何もない。なんて悲しい言葉でしょう。

こんな情緒あふれる場面に、雪舞、四爺、般若の面が横に並んでるのが何ともまた…。

幼いころから肉親に甘えることもできず、何とも気の毒な身の上の四爺ではありますが、まあせめて、あのトンデモ父君からの直接の影響は受けなくて済んだだけ、マシだったかも知れない…。

何せ、父君の悪行三昧の応報は、高澄自身の身の上に降りかかるだけでは済まなかったのです。

今回のお話を〆る前に、その恐ろしいエピソードをご紹介しましょう。
ただ、私は史料を読んでる時点で本気で気分が悪くなったので、この手の話が苦手な方は、どうかスルーしてください。原文のニュアンスを犠牲にして、ちょっと薄めはしましたが…。

高澄が亡くなったあと、その後を継いだのは弟の高洋でした。
彼は華麗なる兄に比べると見た目も大したことはなく、いつも茫洋として、兄からはバカにされていましたが、父の高歓は秘かに、その優れた資質を見抜いていました。

しかし、賢い高洋は自分の実力を、兄からは巧みに隠していました。

ついに兄の高澄が亡くなると、彼は一気に実力のほどを現し、父も兄も成し遂げられなかった皇位の簒奪を行い、斉を建国します。

初めの頃こそ明君の誉れ高かった高洋ですが、ああ、これも高一族のDNAの為せる業なのか、次第に酒色に溺れ、アンビリーバボーな行動を起こし始めます。そして、天保6年(紀元555年)、ついに恐ろしい事件が起こります。

亡くなった高澄は、弟の高洋が皇帝になった後、後付けで文襄帝の名を贈られ、その正妻である元氏は文襄皇后として礼遇される身でした。ところがその年、高洋はいきなりその住まいを訪れると「昔、兄はわが妻を辱めた。今こそ報復の時だ」と言い、元氏に関係を強要しました。

酒の勢いでこんな出まかせを言ったのかと思いきや、高澄が、嫌がる高洋の妻・李氏にちょっかいを出していたことはまたまた正史に記載があります。李氏は美女の誉れ高く、高澄は弟にはもったいないと常々公言していたようなのです。さらに、この事件を聞いた、高澄・高洋ふたりの母、婁太后は「なぜお前のような子を産んだのか まったくお前の兄そっくりだ」と言いながら杖で高洋を打ったと言いますから、何をかいわんや。

いったい蘭陵王の生母が誰なのか、考える気も失せるというものです。

それにしても弟の恨みたるや、凄まじいものがあります。

常に貶められ、その陰に甘んじてきた憎むべき兄。
日頃罵られるばかりでなく、妻までも辱めた兄。
その殺しの現場にいの一番に乗り込み、実行犯を始末し、被害者の地位をわが物とした弟。

じっちゃん(高歓)の名にかけて、高澄殺しの下手人の中には、コイツがいたに違いありません!違ったとしたって、高澄が生きてたら、いつかは兄弟で激突し、似たような結果になったことでしょう。

しかし、話はこれだけじゃ済みませんでした。

高洋が死んだ後、今度は弟の高湛〈こう たん〉が皇帝の座に就くのですが、《北斉書》巻9によれば、なんと彼も、兄と全く同じことをしたのです!

今度の被害者も高洋の皇后・李祖娥〈り そが〉でした。彼女は高湛に迫られ、女児を産みますが、それを恥とし、結局女児は亡くなってしまいます。高湛は怒り狂い、「お前は私の娘を殺したな、ならば私はお前の息子を殺してやる!」と、彼女の目の前で、高洋との息子、高紹徳を殴り殺してしまいます…

まったくケダモノにも劣るとはこの事です。なんて恐ろしい、狂気に支配された一族なのでしょうか。

四爺は、史書を見ても立派な人だったみたいだし、亡くなってからは墓碑を立ててもらえるほど慕われた人だったようですから、この家族の中では変わり者だったんでしょうね。

でも、この際、四爺がどんな人かなんて大した問題ではありません。だって、彼は武将で明日をも知れない身、しかも占いによれば、彼には時限つき脂肪…いや死亡フラグが立っているのです。いくら本人が高潔だと言ったところで、亡くなってしまえば遺された妻はどうなることか。

こんなトンデモない家に、可愛い孫娘を嫁がせるなんて、絶対絶対できません!
夢マクラに立ってでも、孫娘を取り返さなければ!

とおばあ様は思ったのかどうか、詳しくは次回、第10話(→こちら)にて!
posted by 銀の匙 at 23:01| Comment(10) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする