2015年04月28日

蘭陵王(テレビドラマ19/蘭陵王入陣曲:前編 第10話の3)

*“詞牌”部分が分かりづらかったので、説明を追記しました。

皆さま、こんにちは。

東京ではろくにお花見もできないうちに、桜が散ってしまいました。これからゴールデンウィークにかけては、北東北や北海道に桜前線が移っていくのでしょうね。

しかしながら、千年前なら、実は東京だって、今がお花見の季節なのですよ(えっ、そのころ東京は海の底だったんじゃ…というツッコミは湾岸に埋め立てさせていただきます)。

だって、清少納言さんも言ってるでしょ(あれ、納言さん、まだ居たの…?)

櫻の花びらおほきに、葉色こきが、枝ほそくて咲きたる。(枕草子37段)
(桜は断然、花びらが「おおきに」(ってThank youじゃないですよ)、葉の色の濃いのが、細い枝に咲いてるタイプよね)

八重桜だったら、今が見ごろですよね。うちの周りもまだ咲いてます。

葉も出てるし、花びら「多い」し。

でも、昔はきっと山桜だから、葉もあって、花びらが「大きい」のが良かったのかも知れませんけど。どっちの意味だったんでしょうね、納言さん(清少納言さん、今度こそハケて頂いてOKです)。

そんな桜(ってどんな桜?)を見に、円安の今年は海外からもお客様がたくさん見えました。

なぜか知らないけど、横浜中華街に行ったら、周りは中国・台湾・香港からのお客様でいっぱい。国に帰ったらもれなく中華街なのに、なんでわざわざ日本まで来て中華街を観光するのか、やや不思議。

昔、関東で中華圏の大衆音楽や映画の情報を仕入れようと思ったら、ここに来るしかなかったので、ちょくちょく通ったものですが、今や海外からのお客様を当て込んでいるのか、メインストリートにも和雑貨の店が進出しています。

そして、その店先には、究極の「和もの」と思しき、とある物体が!

では、ここで3択です。
中華街の店先にあった、和ものの「ある物体」とは何でしょうか?!

1)巨大な招き猫(ありそう)

2)巨大な天津甘栗(甘栗は中国にもありますけど、ふつうは“糖炒栗子”って言います)

3)巨大な相撲レスラー(重言?)

4)その他(ざっくりしすぎ)

その正体をお知らせする前に、まずはお呼びしましょう、さんざん予告した本日のスペシャル・ゲスト、紫式部さん!

式部さん!?

んー…お支度がまだのようです。
登場されるまで、まずは式部さんの作品の方を鑑賞しときましょう。

いづれの御時にか、女御、更衣、あまたさぶらひたまひけるなかに、
いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれてときめきたまふありけり……


(タイムラインはわかんないけどぉ、
セレブ女子ばっかフィーチャーした婚活スポットでぇ、
かなーり残念なプロフなのにぃ、
超モテ期なアゲアゲ女子がいたらしいょ?)


で始まる(のか?)、ご存じ、『源氏物語』。
千年の昔から、女子をときめかせてきたイケメン男子のラブ・ストーリー。
いわずと知れた、日本文学の古典中の古典でございます。

その冒頭に登場する超モテ女子こそ、桐壺〈きりつぼ〉の更衣〈こうい〉
ところが、たいしたことない身分のくせに帝〈みかど〉のご寵愛を受けるなんてくやし〜!と、
後宮の女性たちはもちろん、その後ろ盾となっている貴族たちにも妬まれてしまいます。

皇帝が楊貴妃を寵愛したことが元で、国が乱れた唐の例もある…などと噂され、
いじめられた心労が祟ってか、生まれた皇子がわずか3歳のときに、
はかなくなってしまわれたのでございます。

忘れ形見の皇子は輝くばかりに美しく、光〈ひかる〉の君と呼ばれ、
帝ご自慢の皇子となられます。

しかし、最愛の桐壺の更衣を失って悲嘆に暮れる帝の元に
藤壺〈ふじつぼ〉の宮が嫁ぐと、
光の君は彼女に母の面影を重ね、
やがて理想の女性として、道ならぬ激しい思慕の情を寄せるように……

って、コレ、「蘭陵王」の話じゃないじゃん。いったい何の関係が?

前回はほとんど無理やり清少納言を引っ張り込んでたし、
なんかまた、無理やりこじつけようとしてるでしょ?

と、これまでの実績から、皆々さまのお疑いはごもっともな事でございます。

が、実は、細い細い糸ではありますが(赤くはない)、少しは関係あるのでございますよ、
『源氏物語』と「蘭陵王」は。

ってことで疑惑をガン無視して続けると、

光の君はお美しく利発で、文武両道歌舞音曲と、何事にも優れておいでの御方。
帝のご寵愛にもひとかたならぬものがございましたが、
惜しむらくは母君の身分が低く、帝位は継げぬお立場、
親王としたままでは国が乱れ、民が苦しむもとになると忠告する者も出ます。

そこで帝はご決意あそばされ、光の君を臣籍へ移して、「源」姓を賜りました。
だから主人公は「源氏」なんですね。

ほら、どこかに似たお立場の方がいらっしゃるでしょ?

建国の元勲を父と仰ぐ皇子といえども、母親の身分は流浪の妓女。
遠く離れた都にまで歌舞音曲三昧の噂が伝わって、
皇太子殿下の御前で、闇練していた宴会芸を披露させられる羽目になった方が……。

ということで、前置き超長くなりましたが参りましょう、第10話

すみません、今回、あまりにも資料が多くてまとめきれないという、私によくあるマズいパターンに陥ってしまいましたため、2回に分けてアップいたします。

っていうか、ただ単に、今回、資料代が5ケタになっちゃったので、勿体ないからなるべく使おう、というビンボー根性の発露なのですが…。そのせいで、ちょっと中途半端なエントリーですが、どうぞお許しください。

さて、あまり間が空いたので、書いてる私も直前がどんな話だったか忘れてしまいました。
前回はこんな感じです(記事は→こちら)。

えっと、ものすごいハードな戦いに勝利した翌日、やっと二人っきりでラブラブ朝ごはんとシャレこもうとしたところ、いきなりヒロイン・楊雪舞〈よう せつぶ/ヤン・シュエウー〉に拒否られて、涙目の我らがヒーロー、蘭陵王〈らんりょうおう/ランリンワン〉=高長恭〈こう ちょうきょう/ガオ・チャンゴン〉=四爺〈スーイエ〉。

しかし、さすが、転んでもただでは起きない無敵の武将、副都・洛陽で皇太子が主催する戦勝祝賀パーティーに呼び出され、これ幸いと雪舞を強制ヨメ対応に。

やむを得ぬ仕儀とはいえ、いったん皇太子に渡した兵権を正式に取り戻しもしないうちに、勝手に周とのバトルフィールドを仕切った出過ぎた四爺の振る舞いに、はらわた煮えくりかえっているであろう、皇太子の腹心・祖珽〈そ てい/ズー・ティン〉。

そんなところへ、のこのこ女連れでやってきた四爺。

しかも、ホストに断りもなく(皇太子・高緯〈こう い/ガオ・ウェイ〉は知らなかったみたいですよね)、招待者リストに貧民どもを追加するとは…。

何とか穏便に、皇太子に花を持たせて宴会を終わりたかったのでしょうが、どっこいそうは問屋が卸しません。

ムリでしょ、ここまでやったら。

蘭陵王を除こうとする祖珽は、戦場ばかりか宴会まで仕切った蘭陵王の僭越ぶりを印象づけようと、兵士たちに、特設ステージでのエキシビジョンをとり行わせます…。


*

祝賀会にかこつけて、形勢逆転の策を練っていたであろう祖珽。このステージも、絶対仕込んであったのでしょう。

が、思惑はともかく、レッドカーペットに参集した文武百官の皆さんは、思い思いにナショナルカラーのを着こなしていらっしゃって見ごたえがございますので、ここで吉例のファッション・チェック参りましょう。

まずは、この時代に有ったんですかね?なスタンドカラーに刺繍をほどこした赤主体の衣装の四爺と、襟元にさりげなくをあしらい、の上にを重ねたなかなか難易度の高い色合わせの五爺の美形兄弟。

渋いの袷で決めた斛律〈こくりつ〉将軍、の冠が目をひく楊士深は、ふだんが軍服だけに、なかなか新鮮です。

なかでも、銀鼠の袷の襟元からさりげなくを覗かせた段韶〈だん しょう〉大師は上級者の装いと言えましょう。

そして、こちらも赤主体のステージには太鼓と、なぜか金の鳥居
角笛による入場行進に引き続き、いきなり《蘭陵王入陣曲》〈らんりょうおうにゅうじんきょく〉が披露されます。

って、え... コレ?

どうみてもヤンキー様御一同の組体操にしか見えないんですけど…?

と、ほとんど怒りが沸々とわいてきた視聴者の神経を逆なでするようにナレーション登場(あれ、あなたも、まだいたんだ…)。

そうです、このシーンは字幕/ナレーションにある通り、史実に基づくものです。

“《資治通鑑》 卷169 177 齊蘭陵武王長恭 貌美而勇 以邙山之捷威名大盛
武士歌之為 蘭陵王入陣曲 齊主忌之”


(『資治通鑑』〈しじつがん〉、巻169,177によると、斉の蘭陵武王 長恭は容貌が美しい上に勇敢で、邙山〈ぼうざん〉の戦いでその名を轟かせた。士卒はこれを歌い、《蘭陵王入陣曲》とした。斉の君主はそれを忌み嫌った)

ドラマではこの時点で高緯は皇太子ですが、史実では、この時点ですでに即位してますので、史書のいう斉主とは高緯のことかと思います。

《蘭陵王入陣曲》というのは、史書のこの記述を見る限りでは、最初はダンスなしで、歌だけだったようですね。

それはともかく、危なっかしいとはいえこのドラマ、ここまで何となくは時代考証の成果を取り入れていたのに、肝心のシーンがこの有様って、どういうこと?

ここまで見てまいりました通り、1400年も前の時代の風俗習慣を知るには、墓や史書に頼るしか手がなかったのですが、《蘭陵王入陣曲》今も残ってるんだから、その例外じゃないですか。

…え、残ってるって、どういうこと?

それをお話する前に、まずは中国での状況から見てみましょう。

まず、この曲が《資治通鑑》でまでフィーチャーされているのは、この史書が書かれた当時(宋代)にも、読み手が曲名を知っていたからではないかと思われます。

宋代に流行った韻文のスタイルに“詞”cí〈ツー〉というのがありました。

これは今ふうに言えば歌詞のことです。

メロディーの方はみんなが知っており、たとえば、山本リンダの「狙いうち」という曲があったとすると(すいません、またも昭和な例で)、そのメロディーに、

♪ みなみうらわ にしうらわ ひがしうらわ きたうらわ(中略)
 …うらわにゃ7つの駅がある ♪


という歌詞を後からつける訳です。

ま、替え歌ですね(すみません、関東地方限定のネタで)。

現代(21世紀)のポップスは、たいてい曲が先にあって後から歌詞を嵌めこみますので、ある意味、宋詞の後継者といえるでしょう(か?)。

詞に戻りますと、当初はメロディーに載せて歌われていたものが、そのうちメロディーではなく、声調の上げ下げパターンだけになり、歌わずに詠まれるものになっていったようです。

この上げ下げパターンのことを「平仄」〈ひょうそく〉といいます。

日本語に「平仄を合わせる」っていう言い回しがありますが、元は、パターンに沿って文字を配列して詩を作ることから来ています。

前の回でお話しましたように、中国ではこのドラマの時代、つまり魏晋南北朝の頃に、漢字1字1字の発音に上げ下げパターンがあることが意識され始めたと言われています。当時はそれは“平、上、去、入”「四声」とされていました。

そのうち、まっすぐに発音する“平”と、上がったり、下がったり、詰まったりした(であろう)残りの3つをグループ分けして、前者を“平”、後者チームを“仄”と呼びました。

詞を作るときに使うその組み合わせパターンは“詞牌”cípái〈ツーパイ〉といって何百とあり、一つ一つに名前がついていました。

《蘭陵王》もその一つです。

追記:ここがだいぶ分かりにくかったので、例を足してみました。

たとえば、「里の秋」という童謡がありますね。
メロディーはこんな風↓
satono.jpg

テレサ・テンさんが中国語でカバーしており、中華圏ではよく知られています。

又见炊烟升起
yòujiànchuīyānshēngqǐ
ヨウ4ジェン4 チュイ1イェン1 ション1チー3 
かまどから煙がのぼり 

暮色罩大地
mùsè zhàodàdì
ムー4スー4 ヂャオ4ダー4ディー4
暮れ色がまた大地を覆う

想问阵阵炊烟
xiǎngwènchénchénchuīyān
シャン3ウェン4チェン2チェン2チュイ1イェン1
たなびく煙よ 

你要去哪里
nǐyàoqùnǎlǐ
ニー3ヤオ4チュイー4ナー3(→2)リー3
あなたはどこへ行くの

ってことで、中国語の歌詞には、元々漢字自体に上げ下げがあります(1,2,3,4の数字)。メロディーがあるときは、ある程度、元の上げ下げは無視して歌ってるのですが、上手い作詞家だと、漢字の上げ下げとメロディーの上げ下げがある程度呼応しています(この歌だと4行目はかなりメロディーの上げ下げと漢字の上げ下げが近い)。

441113
44444
342211
34433

この歌詞は現代語ですが、昔風に、声調の1を“平”、2,3,4を“仄”に置き換えてみるとこうなります。

仄仄平平平仄
仄仄仄仄仄
仄仄仄仄平平
仄仄仄仄仄

そのうち、「里の秋」のメロディーの方は忘れられて、この“仄仄平平平仄 仄仄仄仄仄…”というパターンだけが“詞牌”として残ります。“詞牌”の名前は「里の秋」になることでしょう。

そして、今度は“詞牌”「里の秋」に漢字を当てはめて、新しい“詞”が作られる、という訳です。

詞牌にはいろいろな分類の仕方がありますが、《蘭陵王》“三畳”に分類されます。この“畳”は、「起きて半畳、寝て一畳」の畳じゃなくて、段落のことです。

って説明しても、何の事やらって感じかと思いますので、ここで実際に《蘭陵王》パターンを使って書かれた詞をみてみましょう。

この詞を書いたのは、北宋時代の周邦彦〈しゅう ほうげん〉(1056-1121)という人です。当時の皇帝・徽宗〈きそう〉(あの、ハトの絵とか描いた人)に引き立てられた文人で、音楽の才能に秀でていたそうです。

それでは、彼の代表作の一つ、《蘭陵王》柳 をご覧いただきましょう。
先ほどの例でいうと、

「狙いうち」《蘭陵王》 
「うらわにゃ7つの駅がある」=柳

に相当します。

上の行が《蘭陵王》のメロディー、下が実際の歌詞です。太字は韻を踏んでいる字です。

まずは中国詩研究の大家、村上哲見先生の書き下し文でご覧いただきましょう。

仄平仄
柳陰       柳の陰は直〈なお〉く

平仄平平仄仄
煙裏絲絲弄    煙裏に糸糸〈しし〉碧〈へき〉を弄〈もてあそ〉ぶ

平平仄 平仄仄平
隋堤上 曾見幾番  隋堤〈ずいてい〉の上 曾〈かつ〉て見し 幾番〈いくたび〉か 


仄仄平平仄平仄
拂水飄綿送行   水を払い綿を飄〈ひるが〉えして行色〈こうしょく〉を送りしを 

平平仄仄仄
登臨望故    登臨〈とうりん〉して故国を望む 

平仄
       誰か識〈し〉らん

平平仄仄
京華倦     京華〈けいか〉の倦客〈けんかく〉を 

平平仄 平仄仄平
長亭路 年去歲來 長亭の路〈みち〉 年去り歳〈とし〉来り 

平仄平平仄平仄
應折柔條過千  応〈まさ〉に柔条〈じゅうじょう〉を折〈たお〉ること千尺を過ぐべし

*

平平仄平仄
閑尋舊蹤     閑〈のどか〉に旧き蹤跡〈しょうせき〉を尋ぬ     

仄仄仄平平
又酒趁哀絃     又た 酒は哀絃〈あいげん〉を趁〈お〉い

平仄平仄
燈照離       灯は離席を照らす

平平平仄平平仄
梨花榆火催寒   梨の花 楡〈にれ〉の火 寒食〈かんしょく〉を促す

平仄仄平仄
愁一箭風快     愁うるは 一箭〈いっせん〉の風快〈はや〉く 

仄平平仄
半篙波暖      半篙〈はんこう〉の波暖かくして  

平平平仄仄仄仄
回頭迢遞便數   頭〈こうべ〉を回らせば迢遞〈ちょうてい〉として便〈すなわち〉     数駅なる
仄平仄平仄  
望人在天     人の天北〈てんほく〉に在るを望むならん

*

平仄
        悽惻〈せいそく〉たり  

仄平仄
恨堆       恨〈うらみ〉は堆積す  

仄仄仄平平
漸別浦縈回     漸く別浦〈べつぽ〉は縈回〈えいかい〉し  

平仄平仄
津堠岑    津堠〈しんこう〉は岑寂〈しんじゃく〉たり  

平平仄仄平平仄
斜陽冉冉春無  斜陽冉冉〈ぜんぜん〉として春は極まり無し 

仄仄仄平仄
念月榭攜手     念〈おも〉う 月榭〈げっしゃ〉に手を携え

仄平平仄
露橋聞      露橋〈ろきょう〉に笛を聞きしを

平平平仄
沈思前事      前事を沈思すれば

仄仄仄
似夢裏       夢裏〈むり〉の似〈ごと〉く

仄仄仄
淚暗       涙 暗〈ひそか〉に滴〈したた〉る


ご覧の通り、詞は3つのパートに分かれています。

最後の2行なんて今年のヒットチャートに入ってる曲にありそうな歌詞ですね。
いかにも、ダニエル・チャンあたりが歌っていそうです。

ただ、書き下し文でもやっぱりちょっと分かりにくいので、いま風に解釈してみましょうか。
(間違ってたら私の責任で、書き下し文のせいではありません)

柳の並木
春霞のなか そのしなやかな枝の緑が踊る
いにしえの隋の運河の堤に立ち 幾度となく見た
枝が河面を撫で 柳絮が舞って 旅人を見送るのを
高みに登り はるか故郷を望めば
誰が知ろう
都に疲れた わが旅人の心を
街道筋に 歳月が来ては去り
手折った柳は 優に千尺を超す

そぞろに馴染みの場所を尋ねれば 
またも哀しげな曲が伴する酒席
灯は別れの宴を照らす
梨の花 楡の火 寒食節も急ぎ足に過ぎる
悲しいかな 行く人を乗せた船は矢のように速く
棹の半ばまで浸す波はぬるんで
振り向けばはや いくつもの宿場を過ぎ
北のかた 見送る私は遙か

悲しみよ
やるせない胸の想いが積もりゆく
別れの岸辺に寄せるのは波ばかり
渡し場は静まり
夕陽はゆっくりと沈み 春は深まりゆく
月に照らされたあずまやで 手を携え
露たちこめる橋で笛の音を聞いた
過ぎた日に思いを巡らせれば
全ては夢のようで
私はそっと涙する


春霞の中、次々と都を離れていく友を見送る詩人。

旅の無事を祈って、別れの印に柳の枝を贈るんですね。
これは漢代の頃から続く風習です。

ちなみに、《蘭陵王》“詞牌”は、別名を《蘭陵王 慢》と言いました。

“慢”とは「ゆっくりしている;遅い」という意味です。

他にも“慢”の字がついている“詞牌”があり、いずれも長編なので、これは「長い曲」ということですが、元の字の意味からすると、メロディーがあった当時、この曲は「スローバラード」だった、という可能性も考えられます。

もっとも、最初から遅い場合はわざわざ“慢”とは言わず、いくつかのバリエーションがある場合に、遅い方を“慢”と呼んでいた、という可能性もありますが…。

ってなことで、宋代には詞になってる《蘭陵王》ですが、もう少し時代を遡ると、またちょっと様子が違っています。

《旧唐書》〈くとうじょ〉という史書は、五代十国時代の945年に成立したとされているので、先ほどの《資治通鑑》よりは100年ほどドラマに近い時代に書かれたものです。

その巻29にはこうあります。

“《大面》出於北齊。”
(「大面」という演目は北斉由来の曲である。)

“北齊蘭陵王長恭,才武而面美,常著假面以對敵。”
(北斉の蘭陵王長恭は、才武兼備、容貌も美しく、常に仮面をつけて敵に対した。)

“嘗擊周師金墉城下,勇冠三軍,”
(かつて周の軍を金墉城下〈きんようじょうか〉に撃ち、その勇猛果敢さは全軍一であった。)

“齊人壯之,為此舞以效其指麾擊刺之容,謂之《蘭陵王入陣曲》”
(斉の人々はこれを壮挙とした。この舞はその采配や剣を振るうさまにならったもので、『蘭陵王入陣曲』と言う。)

おっと、この時点では、仮面をかぶった人が、采配をふるったり、剣を振るったりして舞う、踊りのようです。これはテレビドラマにかなり印象が近いですね。

則天武后が宴会を開いたときにも上演されたくらいポピュラーだったらしい(《全唐文》)。

しかし、人気とは儚いもの、先ほど《旧唐書》で引用した記述の直前には、こんなことが書いてあります。

“歌舞戲,有《大面》…(中略)等戲。玄宗以其非正聲,置教坊於禁中以處之。”
(歌舞劇には《大面》…等の演目があった。玄宗皇帝はこれらを正統な音楽とは認めず、[音楽を司る]「教坊」を宮廷に置き、これらの曲を処置した)

ってことで、残念ながら、唐代のうちにこのプログラムは上演禁止になってしまいました。がーーーん。

え、でもさっき、今も残ってるって言いましたよね。
こんなんで、どうして今も残っているなんて言えるのかって?

その理由は、《蘭陵王入陣曲》の歴史を解説した、ドキュメンタリーでご覧いただくことに致しましょう。

中国中央電視台(CCTV)の《探索・発現》という番組の《尋找「蘭陵王入陣曲」》(「蘭陵王入陣曲」を求めて)という回です。

30分ほどの番組ですが、蘭陵王の碑や陵墓の様子が観られるのはもちろん、称号の由来となった領地、山東省棗荘市塩山県蘭陵鎮(…何か微妙にイナカっぽい地名ですけど)も登場します。

ちなみに、陵墓の前に、現代に作られたとおぼしき蘭陵王の塑像が立っているのですが、手には、次回ご紹介する予定の、とある仮面を持ち、“明光鎧”第9話こちら参照)を纏っています。これは、これから述べる研究の結果、新しく作られたものと思われます。当然、このヴィジュアルも、ドラマの参考になったことでしょう。

ちなみに、イケメンかどうかと言うと…。

えっと。気を取り直して、この番組を観れば、この曲が日本と因縁浅からぬものであることがお分かりいただけると思いますし、研究に際しても日本側の多大な協力があったことが、ちゃんと取り上げられています。

番組はフェニックス・ニューメディアのサイトに正規のVが挙がっているので、リンク先からご覧いただけます(たまにサーバーの調子が悪くなるみたいですけど…)。

http://v.ifeng.com/documentary/culture/201109/a110f459-0e8c-407b-bb0e-c2b258fde326.shtml

ぜひ、サイトで実際の番組をご覧いただきたいと思いますが、残念ながら字幕がないので、以下、簡単に内容をご紹介しておきましょう。例によって私のてきとーな訳でお送りいたします。

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《蘭陵王入陣曲》は、中国では失われて久しかったものの、“大面”(仮面戯)という歌舞ジャンルの嚆矢として重要視され、どのようなものであったか、長年、関心を持たれ続けた作品でした。

1956年、京劇の名優・梅蘭芳〈メイ・ランファン〉が、中国京劇代表団を率いて来日した際(こんな映像、残ってるんですね、ビックリした)、熱田神宮で雅楽の《陵王》を観て、中国古代の音楽が日本に保存されていたことに驚いた、というエピソードが伝わっています。

そして、1962年、毛沢東がある会議の席上、蘭陵王の武勇に触れ、さらに、「彼を称えた曲が作られ、それは日本にまだ残っているそうだ」と発言したとされています。

果たして、日本のこの雅楽の《陵王》は、千年以上も前に失われた、中国の《蘭陵王入陣曲》と同じものなのでしょうか。

そうだとしたら、どのように伝わったのでしょうか。

北朝史研究者の馬忠理先生は、この曲についての調査を進めており、1986年、日本で開催された中国黄河文明展のため訪日した際、日本の研究者たちの協力を得て、多くの資料を収集し、古代の日本ではこの曲が、相撲や競弓といった大きな催しの際に演じられるなど、大変重視されたことを知ります。

意外だったのは、成り立ちから予想される勇猛・激烈な舞曲ではなく、踊りは緩やかで、曲は寂しげなものであったこと。

《陵王》のルーツについては、日中両国で、大きく分けて3つの説、すなわち「唐楽」説、「林邑八楽〈りんゆうはちがく〉」説、「インドの竜王舞」が習合した説、が唱えられていました。

馬忠理先生は、雅楽の演者が着用する紅袍〈ほう〉裲襠〈りょうとう〉に着目しました。北斉の墓から出土する武士たちは、当時流行した裲襠(袖なしの貫頭衣)の鎧を着ているからです。踊りの衣装なので刺繍に替わってはいるものの、それは鉄で出来た裲襠の鎧を模したもので、そこから、この踊りは中国由来のものなのではないかと考えたのです。

もう1つの「林邑八楽」の説というのは、「林邑(チャンパ)の仏僧が伝えた8つの曲のうちの一つであり、胡服をまとい、インドの仮面をつけ、調性は元来、インド系の“沙陀調”であった」というものです。

馬先生はこれについても考察し、“沙陀”が勅勒〈ちょくろく〉族(斛律〈こくりつ〉将軍の出自でしたね)同様、突厥〈とっけつ〉の一部であることを突き止めました。当時の軍人には突厥など“胡”の出身者が多かったので、この調性を採用したのも不思議はありません。

日本の『古事類苑』所収の「智仁要録」には、蘭陵王、高陵王、羅陵王と称するものは中華調、壱越調、沙陀調である、と記されています。

源光の『大日本史』の記載によれば「本朝(日本)に伝わる楽制 五音六律は隋唐楽に始まる」とされ、蘭陵王の曲調は唐楽である、とされています。

崔令欽〈さい れいきん〉は《教坊記》〈きょうぼうき〉(玄宗皇帝の時代(712-755)に書かれた「教坊」について記録した本)の中で、

“代面戲起源北齊時”
(〈代面〉は北斉に始まる)

“蘭陵王長恭性膽勇而貌婦人
自嫌不足以威敵 乃刻木為面 臨陣著之”

(蘭陵王長恭は性格は勇敢だったが容貌は女人のようだった。
自身、敵を畏れさせるには足りないことを嫌い、
木彫りの仮面をつけ、これを着けて戦に臨んだ)


としています。

(*話の本筋とは関係なくて恐縮ですが、《旧唐書》ではジャンル名が「大面」なのに《教坊記》では「代面」になっています。このことから、「大」と「代」の発音が、当時は同じだったんじゃないかと思われます。

現代語では“大”はdà 、“代”はdàiで発音が違いますが、たとえば広東語では今でもどちらもdaaiですし、日本語でも「ダイ」で一緒ですよね)

段安節〈だんあんせつ〉の《楽府雑録》〈がふぞうろく〉(唐代の900年ごろに書かれた)には、この曲の演じ手は、

“衣紫 腰金 執鞭”
(紫の衣装を着て、腰に金の帯を巻き、鞭(棒状の武器)を手にしていた)

とあります。

(*あれ、衣装はじゃないんだ...と思いましたが、唐代には親王の色は「」とされていたためかと思います。ただ、この記述からすると、雅楽の『陵王』の衣装が赤なのはちょっと解せない気もします。

衣装が特定の決め手なら、色も当然、関係あると思うんですが…あるいはこの辺に、何か伝承上のミッシング・リンクがあるのかも知れません)

ともあれ、《蘭陵王入陣曲》は蘭陵王が死を賜った後も演奏され続け、仮面をつけた男子が武器を手にした舞が付き、
劇のように演じられた可能性があるということです。

その後、隋の宮廷舞曲の一つに数えられ、また、この曲を手本に、秦王(のちの唐太宗)・李世民〈り せいみん〉の武勇を称えて作られた《秦王破陣曲》は唐の宮廷でもてはやされました。

しかし、玄宗の時代にはこの曲も含め、正統な音楽でないとされた曲は演奏が禁じられ、村々を巡って演じることも許されなくなり、中国では散逸してしまいました。

一方、日本が派遣した遣隋使、遣唐使は隋・唐の音楽を学んで持ち帰り、『日本史』礼楽志の記載によれば、中国から伝わった曲は150に登り、そのなかには「破陣楽」「蘭陵王」等が含まれているとあります。

「舞楽図」には「蘭陵王」の舞姿が描かれており、画題に「蘭陵王 唐朝準大曲 一人舞」と記されています。

それにしても、武将の舞なのに勇壮な剣舞ではないのでしょうか。

唐の開元11(723)年、この曲は「軟舞」に列せられました。
唐の舞踊は文・武に分かれており、武舞は「健舞」、文舞は「軟舞」とされ、
2つのスタイルは全く違っていました。

この曲は長く宮廷で踊られるうちに、華麗な文舞へと変化していったのでしょう。

日本に持ち込んだのが遣唐使だったのか、林邑(ベトナム)の仏僧だったかはともかく、唐代であれば、すでに「軟舞」だったものと思われます。

日本ではこの曲を大変珍重し、「襲名」「秘伝」などの形式で厳格に伝承してきたため、日本的な要素が付け加わったにせよ、かなり元の面影を留めていると言えるでしょう。

1992年、南都楽所の笠置侃一先生等が蘭陵王の墓所に参拝、墓前で《蘭陵王入陣曲》を奉納したということです。

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番組自体、かなりはしょった紹介になっているので、以前にもご紹介しましたが、詳しくは馬忠理先生ご自身による考察(日本語訳は→こちら)をご参照ください。

本当にこれだけの証拠で断言できるんだろうか…とか、ややツッコミたくなる箇所はありますが、だいたい話の筋は通っているかと思います。

つまり、ここまでの話をかいつまんでいうと、

《蘭陵王入陣曲》は、北斉の伝説的な武将、蘭陵王を称える歌として作られ、仮面劇として演じられた。

非常に人気があったが、中国では音楽と踊りは唐代で消滅してしまい、メロディーの骨組み部分だけが、次の時代まで伝わった。どこの時点からかはともかく、テンポの遅い曲だったようだ。

一方、遣唐使経由か、仏僧経由かは不明であるが、唐代の「軟舞」のバージョンが日本に伝わり、雅楽の演目の一つ『陵王』として、大事に保存された。

と、いうことらしい。

ここに、《蘭陵王》と日本との細いけれど、重要なつながりが明らかになりました。

雅楽の《陵王》は現在も重要な演目で、雅楽といえばこの演目を思い出す方も多いのではないでしょうか。

そのせいかどうか、なぜか、こんなところにも進出…↓

s-omikuji.jpg

これが冒頭ご紹介した、横浜中華街で見かけた「和物アイテム」。
からくりおみくじです。

人形が持ってるものは扇ですが、装束は明らかに《蘭陵王》のものですよね。
この前をたくさんの観光客が通り過ぎていきますが、全然気づかれてないみたい。

このからくりでは、バックにある建物は神社のようですが、有名な厳島神社の《蘭陵王》の写真を見ると、たいてい、バックに鳥居が映っています。

ということで、恐らく、ドラマの製作陣は、

1)厳島神社の写真を参考にしたため、《蘭陵王》が演じられた当時の背景として「鳥居」状のものがあったはず、と思った

あるいは、
2)んなはずないと思いはしたが、現在もこの演目を遺している現場へのリスペクトとして採用した

等等の理由により、第10話のステージに鳥居を登場させたのでしょう。

床に座る習慣とか、昔風の衣装とか、失われた踊りの名残とかが日本に残っているのなら、ステージの背景だって当時の物に近いものが遺されてるんだろう、って考えたって別におかしくないですもんね。

日本に来る中国系の観光客の皆さんの中には、とうの昔に中国で失われてしまった昔の風習が日本には残っている、ということをよくご存じで、わざわざそれを見に来る方もいるらしい。

来日してわざわざ中華街に行くのも、日本の旅行者で梅干しを持って海外に行く人がいるように、ちょっと中華料理が恋しくなったから、とか、日本食は馴れなくて、という理由のほかに、昔風の料理や街並みが見られるかも、という期待もあるのでしょうね。

記事の前半で、ついヤンキー体操をdisってしまいましたが、実はこのドラマ、主題歌はロックで、タイトルは「蘭陵王入陣曲」。物語の中では歌を歌ってなかったものの、蘭陵王が現代の人だったら、こんなロック仕立てになるだろう、というイメージなんでしょうね。そういう意味では、時代考証はバッチリなのかも知れません。

21世紀に聞くと、雅楽の「蘭陵王」は「はなもげら〜」みたいなノンキな曲に聴こえますが、当時は人気チューンだったんですから、よそ(西域)から来た流行の音楽、今でいえばロック的なノリだったに違いありません。

さて、遣唐使の時代、最新流行の洋楽(?)としてもてはやされた《蘭陵王》
当然、当時の人気小説にも登場するはずです。

てことで、ここでようやく式部さんの登場になるのですが、さて、いかなる仕儀にあいなりますことか。

大変中途半端ではございますが、この続きはまた次回。

そして次回には、式部さん以外にも日本文学界からもう一人、大物ゲストをお招きする予定です。
この方こそ、私が《蘭陵王》を知るきっかけになったお方。
詳しくは、→こちら の記事にて!
posted by 銀の匙 at 23:58| Comment(12) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月29日

蘭陵王(テレビドラマ18/走馬看花編 第10話の2)

皆さま、こんにちは。

《狼図騰》(神なるオオカミ)に気を取られてる間に、ウィリアム・フォン主演の映画が2015年4月11日から、東京と大阪でひっそり公開されます。(大阪では2度目らしいですね)。

今回は現代のドラマで、ロードムービーらしい。タイトルは「いつか、また」《後會無期》)。

公式HPはこちら(でも、公開まで2週間切ってる時点で、HPに特に何の情報もないけど…)FBかTwitterを見ろ、ってことなんでしょうか。しかも、相当慌てて公開するみたいなんですけど、何かあったのかしら? 4月11日じゃ、もう春休みでもないし、まだGWでもないのに…。

ずいぶん地味な扱いですが、この時期、中国映画が上映されるってだけで儲けもの。需要があると分かればもっとたくさんの映画が公開されると思いますので、ご都合つく方はぜひ!!

と、特になんの義理もございませんが宣伝しているうちに季節は春。

春はあけぼの、ようよう白くなりゆく山際少し明りて…とは、ご存じ、「枕草子」の有名な一節。

春は明け方がいいね!とおっしゃる清少納言さんのツイートに、「いいね!」と共感する人が多かったので古典として残ったのでしょう。

でも、ラブ史劇派としては、

“春眠不覚暁”(春はラブラブで朝が来るのも忘れちゃった)
“春宵一刻値千金”(春の夜はラブラブで洛陽の門と同じ千両の値打ちがあるねっ!)

の方に「いいね!」をクリックしたいところですね。
やっぱり、春はおデートの季節ですから。

あ、清少納言さんには、後でちょこっとカメオ出演をお願いしますので、待機しといていただきましょう。

ということで、第10話の続きです(前回のお話は→こちら)。

ここは洛陽。
雪舞は祝宴に出るために正装しているようです。お雛様みたいなこの衣装、本当に似合ってますよね。

髪飾りもとても素敵ですが、実は、こんな風にパーツに分かれてたとはこの回で初めて知りました。
(そして、ロクでもない用途にも使える(?)ってことも...笑)

ところが、こんな華やかな衣装に身を包み、明るい笑顔を浮かべた雪舞から突然馬車の用意を頼まれて、暁冬は思わず、

“回家? 那四爺怎麼辦?”
(家に帰る? じゃ四爺はどうするんだい)
と聞きます。変な質問ですよね…。別に家に帰るくらい、いいじゃない?これまで何度も帰されてたんだし…(結果としては帰れなかったけど)。

しかしどういう訳か、村に帰ったらもう四爺の元には戻らないつもりだということが、暁冬にはわかるらしい。

問われて雪舞は率直に答えます。
「あの人の人生に私は要らない」

吹き替えは意味としてはあってますが、原文はこんな感じ。
“四爺有他自己的未來 與我無關”
(四爺には四爺自身の未来があるの。私とは関係のない)

言われて、暁冬はこう返します。
“你們倆不對勁 果不其然”
(どうも変だと思った やっぱりな)

ここで、雪舞の恋の悩みを聞いてあげる暁冬。私が雪舞なら、暁冬にしとくけどね…。

次のセリフは順番を追って訳してみると、

“我喜歡上了一個 我不應該喜歡的人”
(私は好きになってしまったの 私が好きになるべきではない人に)

“日子越久就越深 越無法自拔”
(日が経つにつれて深く 自分では抜け出せないほどに) 

“我很怕有一天 我會做出失去理智”
(私は怖い ある日 理性を失って)

“甚至改變他的命運的事情”
(ついには彼の運命を変えるようなことをしてしまうかもしれない)

“甚至我已經干涉了他的命運”
(もう運命に干渉してしまっているのかもしれないわ)

“才會害他中箭 害他差點身亡”
(そうよ、そんなことをしたせいで彼は矢に当たることになり あやうく命を落とすところだった)

“我越想越可怕 他的命運不應該是這樣的”
(考えれば考えるほど怖くなる 彼の運命はこんなはずじゃない)

…というのがセリフの流れなんですが…。
えっ? ちょ、ちょっと待った、おかしくないですか、このロジック?
しかし、雪舞は自分の言葉の矛盾にも気づかぬ様子で、

“所以我必須馬上離開”
(だから私は、いますぐここを離れなければ)

と断固として言います。

日本語吹き替えは、原文がちょっとヘンだと思ったのか、
(いや、ちょっとどころか200%ヘンですよ)
矛盾をやや解消する方向に訳しています。

「あの人の運命を変えてはいけない。今すぐ消えるべきなのよ。」

でも、ここのセリフは本当は矛盾したままでないとダメなんですね、たぶんね。

暁冬は、雪舞のセリフが意味不明、というところは押さえつつも、

“我不明白 什麼叫不該喜歡的人
你聽我說 為自己愛的人 做任何的傻事都是情有可原的”

(わからないな 好きになっちゃいけない人って何だい
よく聞けよ 好きな人のためになら どんなバカなことを
やったって、許されるものなんだよ)


と諭します。

ほらね、やっぱり暁冬にしといた方が(以下略)
しかし、雪舞も頑固に主張します。

“但如果哪個人 你命中注定就知道 他愛的不是你
他和你的這段戀情根本就沒可能 你還執迷不悟 那才是真的做傻事”

(じゃあもし、その人の運命の相手はあなたではないと知っていたら?
その人とあなたとの間の恋なんて もともとあり得ないものだったら?
それでも纏わりついてる方が、よっぽど愚かな事よ)


このセリフを聞いた暁冬の切なそうな顔を見てください。
まるで自分の事を言われているようだと感じてるのではないでしょうか…。
(日本語は「溺れてはいけない」の直後なので、彼の表情は少し違うニュアンスに見えるのが面白いですね)

も一つここで面白いのは、日本語だったら、
「じゃあもし、その人の運命の相手が「自分」ではないと知っていたら?」
「自分」というべきところを、“你”(あなた)と言ってることです。

英語でもたぶん、こういう言い方になるんじゃないでしょうか。相手を説得するとき、you-orientedの方略を使うのは中英、共通していますね。

ま、そんな考察はともかく、雪舞の一番気にしていることが何かは、これでよく分かりました。
ここに大いなる矛盾があるのですが、話はさりげなく、周へと流れていきます。

ここで、宇文邕と宇文神挙はクシモ族の娘、月兎(ユェトゥ)をスパイとして宇文護の元に送り込むという話をしています。

“眼線”とは密偵のことですが、今は普通「アイライン」って時に使うので、何か笑っちゃいます。

何だかんだ言って、都の長安へは叱られに帰るわけですけど、宇文神挙弁慶(?)な宇文邕は、いつも彼の前では強気で、

“宇文護現在必定是按捺不住”
(宇文護も待ちきれぬ思いだろう)
“朕也很想你呀”
(朕もそなたに会いたく思うぞ)

とか仰っておられます。

ほほ〜、“想你”xiǎngnǐってのはこういう時にも使うんですね。(3声が続いているので、実際は2声+3声 xiángnǐと発音している)

ニュアンスは、英語のI miss you と全く同じですね。

さて、春にして君を想う、負け犬の夜景とは異なり、絶好の北斉晴れに恵まれた洛陽の都では、旗がへんぽんと翻っております。

前回ご紹介した斉の貴族の遺跡の様子は、↓こちら「歴史科中学教師進修網」のサイトに紹介があるのですが、下の方の壁画の図版を見て頂くと、テレビと同じ、赤に縦じまの旗が壁に描かれているのが分かります(っていうか、壁画を参考に旗を再現したんでしょうね)
http://www.education.ntu.edu.tw/school/history/News/2003/news20030304.htm

祝宴の席についた兵士や“賤民村”の人々は、彼らの前を通過する皇太子に挨拶します。

古代中国では、自分より身分の高い人が現れたら、即座に“行禮”をしなければなりません。相手が皇帝クラスになれば跪くのがデフォルトです。

魏晋南北朝時代は、まだ椅子の時代ではなかったので、皇帝に対してでなくても、座ってる状態からなら挨拶は土下座に近い姿勢になったことでしょう。この直後の時代から椅子が普及しだすので、一般には土下座をしなくなるようですが、結婚式や宗教儀式などでは見られるようです。

兵士の方は、皇太子に面していながら全員、顔を挙げていますが、これはどうなんでしょうか。

もし昔の日本で同じシチュエーションだったら、顔を挙げて偉い人を見たりなんかしようものなら胴体と首が離れているはず。昔の中国でどうだったのかは存じませんが、たぶん、許しを得るまでは顔を伏せていたのではないでしょうか。

ここで兵士たちがしている動作は“搶跪”(片膝をつくお辞儀)の一種だと思われますが、手の動作がバラバラですね。伝統的には、男性が挨拶する場合、右手で拳を作り、左手で覆うようにします。これを“吉拜”といい、逆は“凶拜”とされます。

画面を見ると、吉拝あり凶拝あり、キリスト教のお祈りみたいに指を組んでいる人ありと、バラエティに富み過ぎです。

その後、太子は“平身”と声を掛けます。これは、拝礼をしている姿勢からなら「頭を挙げよ」、会釈のような姿勢からなら「楽にしてよい」、すなわち「直れ」の意味。

この“平身”って言葉、今はもう使わないのかなと思ってたら、号令として、“立正”(気を付け)の姿勢を解くときに“平身”(直れ)って言うことがある、と聞きました。

南中国での話みたいなので、地方差があるのでしょうか。標準語では“稍息”(休め)だと思います。

前にも書きましたが、日本語だったら「平身」するともっと這いつくばっちゃうことになるので、真逆ですね。

さて、皇太子が通りすぎると、ギャラリーは拍手をして、とっとと宴席に戻ってしまいます(切り替えが早い人たち…)。

しかし、21世紀現在、国家主席が祝勝会に来れば熱烈拍手があるでしょうが、1400年前に、そもそも拍手って習慣自体あったのかどうか、怪しいもんです。

“拍手”という言葉時代は古くからあるのですが、用例を見ると「手を打って喜んだ」的な内容なので、現代の拍手とは、やや意味が違うように思います。

現代の拍手といえば、日本だと、観客が拍手をして、舞台の上にいる人はお辞儀をするのが普通ですが、中国だと、舞台の上の人も拍手しているので、最初に見たときはすごく違和感がありました。

これには、拍手の返礼、という意味がある他に、「観客は私を称え、私は観客を称える」という意味があるそうです。

ちなみに、“拍手”とよく一緒に使われる“喝采”という言葉ですが、これは「声を挙げて誉めそやす」という意味。

クラシックのコンサートとかで「ブラボー!」って叫ぶのはまさに“喝采”ですが、女性の独唱とかに対しては、「ブラヴァ!」って声を掛ける人もいます(元々のイタリア語では、ブラボーは男性につく形容詞で、女性にはブラヴァなので)。

だけど「喝采」って、文字づらからだと、「叫ぶ」とか、「よい」、とかって意味の漢字も入ってないし、なんでこれが「声を挙げて誉めそやす」って意味になるのか不思議ですよね。

そう思ったのは私だけじゃないみたいで、中国語の口語だと普通は“叫好”(いいぞ!と叫ぶ)と言います。歌舞伎同様、京劇も劇の途中、良いところで“好!”(ハオ!)と声を掛けるんです。

じゃ、“喝采”のルーツは何なんだろう?と、困ったときのBaidu先生に聞いてみると、思いがけない話が…。

“采”とはその昔、賭場での“呼喝”(掛け声)のことを言い、サイコロの目のことです。

続いて、俗説として紹介されているのが、

唐の玄宗皇帝が楊貴妃とサイコロ遊びをしていて、今にも負けそうになり、「4!4!」と叫んだところ、見事4の目が出た。そこで、従来から赤で塗られていた1の目の他に、4の目を赤で塗る事をしてもよい、と天下に知らしめた。

という説です。

なぜ4の目か、というのは書いてないんですが、香港に駐在したことがある人に聞くと(香港の人たちは賭け事が日常茶飯事だから…)、

・たまたま4の目が出れば勝ちだった
・4が出ると一発逆転というルールがあった
・1から3が小、4から6が大というルールがあって、この場合は大が出れば勝ちだった、

の、どれかなんじゃ…と、賭けというより、当たるも八卦、当たらぬも八卦な回答をよこしてくれました。

魏晋南北朝時代の人もサイコロゲームが好きだったらしく、サイコロ自体、魏の曹植が作った、という話があります。もちろんこれは伝説で、実際にはもっと古くから存在し、春秋戦国時代の遺跡からも出土しています。

蘭陵王と同時代の貴重な資料である《顔氏家訓》には、

いにしえには“大博”というゲームがあって、それには六つの“箸”〈ちょ〉を使い、“小博”には二つの“茕”〈けい〉を使った。いまこれらの遊びを知っている者はいない

と書かれている中の“茕”は、出土品から推して14面のサイコロを指すとされています。

貴重な資料と書きましたが、実は《顔氏家訓》の著者は北斉で高洋に仕えており、この本の記述からすると、蘭陵王の生前、そのお屋敷に遊びに行ったことがあるようなのです。これを貴重と言わずして何と言いましょう... ということで、この本についてはまた近い回でご紹介いたしましょう。

さて、第10話の後半でも、この時代の貴族らしく、賭け事がお好きらしいということが分かる四爺ですが、韓暁冬と共に向かい側の橋を渡ってきた雪舞に、一瞬複雑な表情を見せます。

合流して向かい合った一瞬、ものすごく緊張していますが、普通に挨拶する雪舞を見て、なかなか嬉しそうです。

心の苦悩が体型に出た四爺とは違い、このシーンの雪舞は本当にキレイ。
五爺も満面の笑みを浮かべております。
(あなたにゃ〜関係ないでしょう、五爺…ホントに困ったお人だこと)

ちなみに、この回以降のウィリアム・フォン、ネット上では御膝元のファンたちに「太った」「太った」って言われていましたが(すいません私もネタにしたりして)、太ったっていうより、むくんでる感じで、ひょっとしたら疲れて体調悪かったんじゃないかと…可哀想に、この先もっとヒドイ目に遭うのですから、ご自愛くださいね。

さて、ここで雪舞が、

“四爺、五爺、段太師、斛律将軍、楊将軍”

と、相手の敬称や役職名を言うのは、登場人物紹介コーナーではなく、れっきとした挨拶の一種です。

以前(第2話 記事は→こちら)のときにお話ししました通り、中国の挨拶にはいろいろなパターンがあります。

それでは、ここで応用問題です。

道で弁護士(専門は兵法)の段韶〈だん しょう〉先生に出くわしたとしましょう。
このとき、段先生への挨拶として、正しいものを選びなさい。

1)你好!

2)您好!

3)上一號去?

4)万歳万歳万々歳!


〈解説〉
1)2)誰かに紹介してもらって、「こちらが邙山の戦いの真の功労者・段先生です」と言われた場合は「ニーハオ」とか「ニンハオ」とかの挨拶もアリかも知れません。
つまり、日本語なら「初めまして」という場面ですね。

が、知ってる人に名前、または敬称(字や役職名など)を入れずに挨拶すると、コイツ認知症か…?と思われかねませんから注意してください。相手が教師の場合、赤点を喰らう可能性もあります。

このドラマの第4話(→こちら)で、周の皇帝・宇文邕〈うぶん よう〉が失踪したとの報せをもって丹州城に向かった宇文神挙〈うぶん しんきょ〉が、尉遅迥〈うっち けい〉に向かって「尉遅将軍!」と呼びかけているのは、視聴者が忘れただろうからセリフで名前をコールしとけ、という脚本家の配慮ではなく、挨拶ことばです。

3)確かに、これから〇〇をするところですね、と呼びかけるのは挨拶なんですが、あなた様がふなっしーじゃない限り、「トイレ(“一号”)ですか」はウケません(なぜトイレの婉曲表現が“一号”なのかは私も知らない)。

先生によっては、“嗯”(うん)、くらい返事してくださるかも知れませんが、心の中では“管得著?!”(放っとけ)と思われてるのがオチです。

4)は相手が皇帝か毛沢東でない限りはダメです。

ということで、0)の“段先生!”、“段律師!”、“律師好!” または“段先生好!”が正解でした!

ちなみに、返事の方は相手の名前を言わないで、「ニーハオ」と言ってもOKです。

挨拶として相手の名前(または役職名)で呼びかけるのは、中国語での挨拶の基本中の基本です。それがつまり、相手を尊重している、気にかけているというメッセージになります。

友達なら

“亮亮!”
(ウィリアム・フォンさん!)
“阿土”
(ウィリアム・フォンさん!)

など、名前やニックネームでOKですが、相手が目上なら、

“公子”(ウィリアム・フォンさん!)
“四爺”(ウィリアム・フォンさん!)
“八阿哥”(ウィリアム・フォンさん!)
“大王”(ウィリアム・フォンさん!)

など、敬称で呼ぶのが基本です。

間違っても

ד高長恭!”(あなた様が本人と特に親しくない場合(例:尉遅迥将軍)、字〈あざな〉で呼べば許されるってもんじゃありません)

ד肅兒!”(あなた様の身分が蘭陵王よりも低い場合、ご主人をいみなで呼んだら首が飛びます。身分が高くても、宇文邕〈うぶんよう〉が蘭陵王に向かって“肅兒”って呼んだらキモチ悪くて別の意味で刃傷沙汰になりそう)

ד武王!”(だから死んだあとの名前で呼んじゃダメだって)

などと挨拶しないようにしましょう!

英語でも、挨拶や返事で相手の名前を呼ぶのは礼儀の基本ですよね。だから、英会話の本の最初の方には必ず、Please call me taxi.(タクシーと呼んでください)…じゃないや、

(四爺)「高と申します。美女と見まごう斉の軍神と呼んでください」
(雪舞)「はい、ではあなたを“阿土”(田舎っぺ)と呼びますね」

といった例文が入っているのです(違います)。

ちなみに、第10話のこのシーンで雪舞が呼んでる順番は、

1)位置的に近い人順

2)好きな人順

3)あいうえお順

ではなく、官職が高い人順です。これも外せないポイント。

さすがにこういう挨拶はサルでも出来る…という訳にはいかないらしく、雪舞の聡明さを将軍たちが誉めそやします。

“多虧你識破了周賊的內訌
使周國的軍隊不攻自破 雪舞姑娘 聰慧啊”

(あなたが周の内紛を見破ってくれたおかげで、
敵軍を戦わずして破ることができました。雪舞どのは本当に賢いお方だ)


と褒められているのを聞いて、四爺はまたまたものすごく嬉しそう。

ここで斛律光〈こくりつ こう〉将軍が褒めているポイントこそ、『孫子』の精神、すなわち

1.情報を最大限に利用して
2.味方を消耗せずに勝利し、
3.相手にも戦争をさせないことによって、相手の国力も保持する

ここまで再々描写されてきたように、争いごとをこのように解決するのが『孫子』では理想とされていました。それは言うまでもなく、中国の戦争がこの時点ですでに、国民全体を巻き込む総力戦だったからです。

どんな理由があるにせよ、総力戦の状況でいったん戦争を始めれば、どんなに豊かな国土も、豊かな暮らしも元の通りとは行きません。

今回の斉の立場や、以前、第7話→こちら)でご紹介した漢の立場のように、相手が攻め寄せて来た時も、基本は同じです。逆に、そのように圧倒的に不利と思われる状況で、大きな犠牲を出さずに撃退できたことは、まさに大金星と言えるでしょう。

そして、職業軍人だけでなく、民間人も兵士として徴用した総力戦だからこそ、兵士の扱いには将軍の器が問われます。

四爺は洛陽の守備に功労のあった兵士たちと共に、“賤民村”の人々を祝賀会場に呼びます。お招きに預かった人たちは、四爺に向かって、

“四爺不只如同士兵大哥們說的 慷慨大方 有福同享“
(四爺は兵士の兄貴たちが言うように 物惜しみせず、楽を共にするばかりではなく)
“就算只剩瓜果也分與我們吃 也不嫌我們是賤民 也不計較我們的過錯”(あまった果物も私らと分け合ってくださる。身分が低いと見下したりせず、過ちも見過ごしてくれる)

これは史書にある“每得甘美,雖一瓜數果,必與將士共之”
(美味が届くと、それが瓜ひとつであろうと、数個の果物であろうと、必ず将士と分けあった。)
という描写(史実編 →こちら)を意識したセリフかと思われますが、つまり、無敵の将軍といえども、人心を掌握していなければ、1400年前の当時すら、いくさはできなかったということなのでしょう。

人心はともかく、ここでいきなり、四爺は雪舞を掌握、いや、肩を抱いたり手を取ったりしてるんですけど、目配せがかな〜りコワいし、動作も相当乱暴です。

これで逆らったら八つ裂きにされそうと思ったのか、雪舞もいちおう従ってますけど、あまり嬉しそうじゃないですね…。

さて、オープンテラスで楽しくお食事をしている平民の皆様とは違い、皇太子が主催する祝賀の宴は文字通り、針の蓆〈むしろ〉。

当時はまだ椅子やテーブルが一般的ではなかったので、宴席は直接、地べたに座る形で設けられています。この習俗が各地の温泉場に未だに残っているため、日本の視聴者にはあまり珍しくもない光景ですが、中国の俳優さんにしてみたら相当馴れない動作で、大変だったことと思います。

ここで、功労者を称えて乾杯する、という儀式が繰り返されます。第5話→こちら)では、須達〈しゅだつ〉奪回作戦を成功させてくれた御礼に、という名目で四爺が雪舞に向かって、

“敬你一杯”(あなたのために乾杯します)

というのをやっていますが、本来はこの宴会の場面のようなときにする儀礼なんですね。

さて、昔の食事マナーがどういうものだったか、ということを調べるのに、とても面白い参考文献が日本で出ています。

西澤治彦先生という方が書かれた『中国食事文化の研究』という2010年の本で、古代から現代まで扱っているため分厚いし、専門書なのでお高いのですが、お値段以上の価値があると思います。

テーマがテーマだけに、素人でも読みやすく、興味深い内容満載です。現代の部分が、きちんとフィールドワークに基づいて記述されているのも、貴重と言えるでしょう。

さて、この本の中に、ドラマの時代からは少し下りますが、唐代の李商隠という人が書いた《義山雜纂》という本が紹介されています。

この本は、「見苦しいもの」「イラつくもの」などのお題別に、それにあてはまる出来事を数文字で記したエッセイ(というほど1文が長くないけど)みたいな本です。

たとえば

〈悩ましいもの〉 扇いでも蚊が逃げない
〈イラつくもの〉 鈍った刀で物を切る 花があるのに酒がない etc.

ウィットに富んでてなかなか面白く、清少納言の「枕草子」は、この本にヒントを得て書かれたのでは、と中国文学の泰斗、青木正児先生が研究しておられます。

ちなみに、「枕草子」は中国語訳もあり、訳した方はかの周作人さん(魯迅〈ろじん〉の弟さん)、そしてもう一人、林文月さんが訳されています。
「春はあけぼの…」の段をお二人が訳したのを比べてみると、

周作人
“春天是破曉的时候最好。漸漸發白的山頂,有點亮了起来,紫色的雲彩微細地飄横在那里,這是很有意思的。”


林文月
“春,曙為最。逐漸轉白的山頂,開始稍露光明,泛紫的细雲輕飄其上。”


周さんの方が易しい表現で、現代訳の翻訳みたいな感じなのに対して、林さんの訳は文語調ですね。
林さんの方が格調が高くて私は好きですが、でも原文はエッセイなので、むしろ周さんの方が文体としては実は合ってるのかも知れません。

ね、清少納言さん?
(あ、清少納言さん、待機お疲れ様でした。本日の収録はおしまいです!)

さて、西澤先生の本にはこのエッセイから、食事関係の描写を抜き出したものが整理されています。その中から一部、引用させていただきましょう。

〈 〉内はお題です。

@席や筵に関するもの
〈殺風景〉苔が生えている上に席を敷く」
〈不適切〉男女で一つの席につこうとする」
〈過ごし難い〉荒々しい人と相対して長時間座る」
〈決して戻らない〉酔った客が宴会から逃げ出す」

B客人としてのマナー
〈不適切〉主人に酒食でもって人情を通じさせようとする」
〈見苦しい〉客として招かれながら、台〔この場合は椅子〕や卓を蹴返す」
〈不適切〉招かれた客が自分を賓客と呼ぶ」(こらこら)

C食事作法に関するもの
〈よくない〉冠をかぶらず頭を露出して食事する」

D飲酒に関するもの
〈恥ずかしい〉喪服を着ていながら酒に酔う」
〈やむを得ない〉病をこらえながら酒を飲む」
〈当然〉酒を飲んだ後は多くを語らない」

Eその他のマナーなど
〈必ずや貧乏になる〉飲食を投げ捨てばらまく
〈無いよりはまし〉飢えているときに粗食を得る」


訳しっぷりが淡々としているのでさらに笑っちゃうんですが、荒々しい人と相対して座ってたら、そりゃ過ごしがたいですよね。あと、「よくない」「決して戻らない」って…(笑)

このほかにも、主人より先に食事に箸をつける、とか、他の人と食事のペースを揃えない、などもマナー違反として挙げられています。

とても面白いので、機会があればぜひ《義山雜纂》の原文もご覧になってみてください。
http://zh.wikisource.org/zh/%E7%BE%A9%E5%B1%B1%E9%9B%9C%E7%BA%82

さて、ここでいよいよ、第10話のクライマックスにして、宴会芸の極北、「蘭陵王入陣曲」が披露されます。

どんな曲なのか!期待も高まります。
お、舞台美術もちょっと斬新。舞台上に据え付けられた、この門みたいな飾りはなんなんだ...?

と、ホントは今回で10話を終わりにする予定だったのですが、この直後の部分が微妙に難航しており、すぐに終わりそうもなかったので、いったんこれにて。

ということで、第10話の残りは本当にあともう少しなので、次回は記事がかなり短くなってしまうかと思いますが、予めお許しください。

では、今回の一言は…
后会有期 !
Hòuhuì yǒuqī

ホウホイ ヨゥチ
(じき、またお目にかかりましょう!)
本来は、お別れのときはこちらを使います。映画のタイトルになってる《後會無期》だと無期、すなわち、いつ会えるか分からない、きっと会えないだろう、というニュアンスなんですね…映画ではどんな意味で使われてるんでしょうか、楽しみですね。

では、続きは第10話の3(→こちら)にて!
posted by 銀の匙 at 19:35| Comment(11) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月09日

蘭陵王(テレビドラマ17/走馬看花編 第10話の1)

皆さま こんにちは。

関東地方にもようやく春らしい暖かさが…と思ったら、早朝は雪のちらつく寒さ、こんなときはこの詩が思い出されます。

早春賦〈そうしゅんふ〉

春は名のみの風の寒さよ
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず

氷 解け去り 葦は角〈つの〉ぐむ
さては時ぞと 思う あやにく
今日も昨日も雪の空

春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを
いかにせよとの  この頃か

格調の高い、素敵な詩ですよね。

この季節、JR山手〈やまのて〉線の鶯谷駅を通過するたびにこの歌を思い出しちゃうのですが、実際には長野県安曇野〈あずみの〉の風景を詠んだ詩だそうですね…と思ったら、この歌詞、意味わかんないってガチで言われてしまいました。

え、だって小学校用の歌じゃん、ってちょっと驚いたら、古文だから分かんないんだって。

これのどこが古文よ!と思うのは私が年寄りだからで、若い人には昭和は古代ですよね、ちっ(←昭和生まれで悪かったな!)。ま、確かにこのまま漢文に変換できそうな詩ではあります。

しょうがない、親切な私が現代東京方言に訳してつかわすから、感謝してよ。(つかわすって何、とか聞いたらブッ飛ばす)

春(?)のうた

春だってのに 風が冷たいょね
渋谷とかのウグイス(いるのか?)も いい加減歌いたそうなのに
フライングしちゃマズいべ?と しーんとしてるぉ

外の氷は解けて 水草も萌えてる
やったね ついに春だって思ったのにさ
今日は雪だし そういや昨日も雪だった

春だとかニュースで言わなきゃ 気づかなかったのに
余計な事言うから 期待すんだろ
どうしてくれるんだよ ざけんじゃねーよw


全く情緒もヘッタくれもないわ(←自分が悪いです、すみません)
              (でも、ヘッタくれって何、とか聞いたら(以下略))

タイトルの「賦」というのは詩のことですが、中国では詩のスタイルの一つに「賦」というのがあります。詩と、ふつうの文章の中間ぐらいの性格で、蘭陵王の時代(特に、その時期の南中国を指して六朝〈りくちょう〉といいます)には駢賦〈べんぷ〉という特徴的な詩が書かれました。

世界史で、六朝文化について習った方は「四六駢儷体」〈しろくべんれいたい〉という用語を覚えていらっしゃるでしょうか。

丸暗記と思ったことが、後で(オタク稼業の)役に立つ(?)こともあるから、人生わからないものですね。

これは、4文字の句、6文字の句を並べて対〈つい〉にして文を作るスタイルで、最後の一文字の終わりの音を揃えたり、キラキラ系のことばを散りばめたり、歴史のエピソードを散りばめたりして作る、華やかな文章です。

こういうのが、南中国の貴族社会で大流行。北中国でも、イケてると思われたいばかりに、南から文化人を招いてこのスタイルを真似するのが流行りました。どうしたってダサいのに、ニューヨークの流行だからって日本語でラッパーやってるみたいなもんです。

果ては、南中国で政変が起こったのをいいことに引き留められて帰れなくなった人も…。
現代でいえば、カニエ・ウェストが武道館で公演してたら、アメリカで暴動が起こってて帰国できなくなった、みたいなもんでしょうかね(いや、そんな事実はございません)。

覚えてらっしゃいますか、第4話で、婚礼の習俗として雪舞が引用した詩を書いた人。同時代詩人として大人気の、あの庾信〈ゆしん〉です(→こちら)。カニエ・ウェストだったのか!(←いえ、違います)

で、さすが本場のラッパーだけに(だから違う)、春を歌ったこの賦も華麗なもの。

訳してしまうと情緒もヘッタくれもなくなってしまうので、まずは文字づらから、春の雰囲気をお楽しみください。

いちおう、ことばの説明をしておくと、

・宜春苑、披香殿、金谷、上林、河橋は場所の名前
・河陽一縣、は、河陽県一帯が、ということ
・麗華、飛燕は美人の名前
・金屋、蘭宮は美しい宮殿
・裏=なか
・窄衫袖=幅の狭い袖

です。

少し読みやすくなるように、意味の切れ目で区切ってみました。

春賦  

宜春苑中 春已歸 披香殿裏 作春衣
新年鳥聲 千種囀 二月楊花 滿路飛

河陽一縣 併是花 金谷從來 滿園樹
一叢香草 足礙人 數尺游絲 即路

開上林 而競入 擁河橋 而爭渡

出麗華之 金屋 下飛燕之 蘭宮
釵朵多 而訝重 髻鬟高 而畏風
眉將柳 而爭香@面共桃 而競紅
影來池裏 花落衫中
・・・
玉管初調 鳴絃暫撫 
陽春告 之曲 對鳳彍鷥 之舞
更炙笙簧 還移箏柱 
月入歌扇 花承節鼓

三日曲水 向河津 日晚河邊 多解神
樹下 流杯客 沙頭 渡水人 
鏤薄 窄衫袖 穿珠 帖領巾

百丈山頭 日欲斜 三晡未醉 莫還家
池中水影 懸勝鏡 屋裏衣香 不如花

いかがでしょう? 早春の一日の美しい風景が浮かんできましたでしょうか。

いにしえの庭園には春が戻り、後宮では春物の衣装を誂えています
新年(旧正月なので春の初め)、千の鳥がさえずり、
二月(新暦で言うと三月)、柳絮があたりを飛び交います

潘岳(覚えてますか、中国No.2のイケメン)が治めた河陽は花で埋まり
石崇(潘岳のお友だち)の金谷園は木々で溢れんばかり
歩くと足を取られてしまうほどの若草が萌え
行く手には数尺もの糸を引いて 若い蜘蛛が飛び立ちます

上林の庭園にはせ参じ 河橋をわれ先に渡り

麗華さまも飛燕さまも 美しい宮殿を後にして お出ましになられます
花びらをかたどるかんざしは重たげ 風にゆらく上げ髪は高々と
眉は柳と緑を競い かんばせは桃と紅を競い
麗しい姿は池のなか はらはらと散った花が そこに彩りを添えます
・・・
玉の笛 琴の音が聞こえ
陽春や緑水の曲が奏され 対鳳や回鷥が舞われます
笙を火で炙り 琴柱を動かして 演奏は続き
月は 歌い女の団扇となり 花は 節鼓を承けて開きます

三月三日は曲水〈きょくすい〉の宴 河辺に出かけて お祀りします
樹下には流杯を受ける客 沙頭には河を渡る人 
袖には金箔を飾り 襟もとには首飾りを掛けた女性たち

山には日が落ちかかり夕まぐれ 酔わねば家路につけません
池の人影は鏡中よりも鮮やか 花の香は宮中の衣よりも芳しい 春の宵です


時間の経過と共に、視線は中から外へ、
自然から人へ、
日中から宵へと移っていき、
それとともに春の気配を濃くしつつも、最初の段落にさりげなく呼応して終わるという、ニクイ構成の賦ですね。

旧暦の三月三日(いまの四月上旬)は古来、上巳節〈じょうしせつ〉と呼ばれ、
水辺でみそぎをして厄除けをする日だったらしいのですが、
魏晋南北朝時代に日にちが固定されて、
だんだんとピクニックや、宴会がメインの行事になっていったようです。

ピクニックは婚活のチャンスでしたし、賦に詠われているように、この日には、みそぎの後に「曲水の宴」が催され、酔っぱらうまでは家に帰れませんでした。

魏晋南北朝の有名な書家、王羲之〈おう ぎし〉が、この曲水の宴で作った詩集につけた序は、「蘭亭序」〈らんていじょ〉として、書道作品の最高峰とされています…が、酔っぱらった時に書いたので、二度とは書けなかった、というのがオチらしいです。

さて。

延々、道草を食ってる割には季節を先取りしてしまったのですが、桃の節句が3月3日になった時代の洛陽郊外、ここはまだ12月です(のはず)。

邙山〈ぼうざん/マンシャン〉の戦いを制して楊雪舞〈よう せつぶ/ヤン シュエウー〉と再会した蘭陵王〈らんりょうおう/ランリンワン〉=高長恭〈こう ちょうきょう/ガオ チャンゴン〉=四爺〈スーイエ〉は、洛陽の郊外にある生家に、雪舞と共に戻ってきました。

懐かしい母と懐かしくもなんともない父の思い出を語り、自分は何一つ持っていない、と嘆く四爺に、雪舞は優しく、あなたは私からの尊敬を得ている、と言いますが、高熱のために倒れてしまいます…。

ここまでが前回、第9話→こちら)。

そして、第10話

冒頭から、手ぬぐいを絞ったり、病人を看病したりと、蘭陵王の女子力の高さに感銘を受ける展開となっております。

《超級訪問》の最後でウィリアム・フォンは、番組が用意したネックレスをヤン・ミーにつけてあげる羽目になるのですが、手が震えるのか(笑)なかなか上手くいかなくて、「自分は手先が不器用なので…」と言い訳しています。

中国の男性が「不器用」と自称する場合、というか、たいてい皆そう言って謙遜するけど、実際はどうなんでしょう。私の知ってる範囲じゃ、全員、少なくとも私よりは手先が器用だったんですが…。

ともあれ、ここで家事してる彼の手は、手タレみたいに綺麗です。

どう見たって武将の手っぽくはありませんが、韓暁冬に言わせれば、これが苦労をしたことのない手、ってやつなんでしょう、きっと。

甲斐甲斐しくお世話してもらっているとも知らず、可哀想に、雪舞は悪夢を見ています。

夢の舞台は確かに、今いる家の庭先ですが、登場人物が何だかヘンです。

そこへなぜかおばあ様が登場し、こんなことを言います。

“蘭陵王必須要死 這次蘭陵王贏得了邙山之戰
他功高震主 最終招致了手足的忌妒。也給他自己帶來了殺身之禍。
這也是他的命運”

(蘭陵王は死から逃れられない。このたびは邙山の戦いに勝ったが、
戦功が主君を圧倒してしまったために、兄弟から疎まれ、妬まれて、わが身に
死の災いを招いてしまう。これが彼の運命なのだ)


あ〜、その話は前にも聞きましたが、それにしても何でしょう、
このシーン全体にただよう、妙な違和感。

それは…やっぱり蘭陵王の髪型のせいでしょうか?
これは庶民の髪型なんですが、ビックリするほど似合ってませんよね、ウィリアム・フォンに…(これならまだ辮髪〈べんぱつ〉の方がマシ)。

いやいや、いつもの髪型、ドレッドとか時代的におかしいでしょ、というご意見もありましょうが、実はこの時代、ドレッドの人もちゃんといたらしいんです。

ドレッドだと言えば洛陽の門が開くとでも思うのか!と皇太子・高緯〈こう い〉に矢を射かけられそうなんで、早いとこ証拠を出さないと。え、証拠がどこにあるかって?

困ったときにはですよ、

そこで取りいだしたるは徐顕秀墓〈じょ けんしゅうぼ〉。
2000年に発掘された(北)斉時代の墓で、色鮮やかな壁画や、当時の服装等がよく分かる陶俑などが出土しています。

墓主の亡くなった年は571年、蘭陵王が亡くなる2年前なので、ほぼ同時代の史料です。

第7話の3(→こちら)でご紹介しました通り、高緯の服装はこの壁画を参考にしたと公式ブログで発表されていますので、当然、他の出土品もドラマの参考にしていると思われます。

そこから出てきたお品がこちら。

s-bianfaqiyong.jpg

似てますよね〜。この髪型。

後ろからのアングルだと、こんな感じです。

s-bianfaqiyong2.jpg
(「山西晩報」)

実はこの髪型も「辮髪」の一種なんです。「辮髪」っていうのは編んだ髪の毛なので、周りに剃りが入ってようが、ドレッドだろうが、編んであればつまりは辮髪。

ちなみによく見ると、お馬さんの尻尾も辮髪にしてるっぽい。

そして、前にもご紹介したとおり、眉はちゃんと描いてるし、唇には紅を差していて、きちんとお化粧しているようです。このお墓、「その他大勢」も眉目秀麗な人たちが描かれていて、美男美女目白押しだった当時の雰囲気が伝わって参ります。

って、何の話だったんでしたっけ。

あ、違和感か。

たとえばこの夢のシーン、毒杯を仰ぐところかと思われますが、先に女性の方に飲ませて、後から自分が飲んでいるとか、いろいろと…。

つまり全体としてみると、これは現実ではない、という暗示かと思われますが、じゃあ何なんだ、というのは、この時点では材料が少ないため判断できません(おそらく、最終話までムリ)。当然、狙ってやった演出だと思いますが、ここでは書けないので、また後ほど(って、あまり引っ張ると忘れちゃうんですけど)。

まあそれはともかく、差しさわりのない程度に分析してみると、おばあ様は、
「蘭陵王の死は運命が決めたこと」
と言い、雪舞に、
不應該介入他的命運”
(彼の運命に介入するべきではない
と申し渡します。

言われて雪舞は、
“我們真的不能救他嗎?”
(私たちは本当に助けることはできないの?)
と聞きます。

“不應該”の方は、はっきり「するべきではない」の意味なのですが、“不能”の方は字面を見ても分かります通り、「してはいけない」という禁止の意味の他に、「不可能である、その能力がなくてできない」という意味もあり、ここはややダブルミーニングになっているように思います。

さて、ダイニングテーブルの上を見ると、そこには出来立ての青豆の煮物とスープらしきものが載っています。おかゆでしょうか。
 
おっ、カメラが引くと、何かもう一品ある。(さっき、持って入ってきたおかずかしら)

ここのお家はずっと空き家だったのか、家族が来て住んだことがあるのでしょうか。
ドアをよくみると、赤い紙が貼られた跡がありますね。恐らく、旧正月のお祝いに、“福”の字を逆さ(倒)にして貼った跡でしょう。

倒 dao“福”=到 dao“福”福が来る

ってことですが、さすがに四爺と母親がここを離れる前のものではないと思います…。

さて、今朝になって、四爺はまた鎧を着てしまっていますが、なぜなんでしょう。朝ごはんのときぐらい、昨日の平服を着てればいいのに…。

そりゃ、アバンチュールの挙句、陣地に戻らなかったりすると、第二の斛律須達〈こくりつ しゅだつ〉事件が起きそうだ(ちなみに、第一の斛律須達事件は第3話→こちら))、と責任感じるというのなら分かりますけど、この後の発言を聞いていると、雪舞の容態次第じゃしばらくここに居残りそうな感じさえするのに…。

ここの雪舞は全体に沈んだ感じなのですが、このメイクが個人的にかなり好きですね。それはともかく、彼女はぶっきらぼうに尋ねます。
“這些菜 哪兒來的。”
(この料理、どこから来たの)
そりゃまさか、隣に立ってるガンダムが炊事をしてるとは思いませんわな。

特意做了點好吃的給你補補身子。”
(君のために心を込めておいしいものを作ったよ 元気になるようにと思って)

ここで“特意”(特に、特別に)と言っていることにご注目ください。

こういうとき、日本の習慣では、相手の負担にならないようにと思って、ついでに作ってみた、とか、ささっと作ってみた、とか言ってしまいがちですが、中国の人には「あなたのために特にしました」と言うことがポイントです。

相手の事を気にかけている(“關心”)というのが、おもてなしのキモなので、何かお土産を持って行ったり、プレゼントをあげたりするときも、「あなたのためと思って選んだの」「あなたのために特に心をこめて作ったの」という意味で“特意給你賣”“特意給你做”などの言葉を添えましょう。きっと、喜んでいただけます。

と思ってか、ここのシーンの四爺は、話し方も態度もくだけた感じで、表情もとっても嬉しそうです。なんてカワイそうな人…。

“我的願望就是等天下太平了 我一定要帶著我心愛的人
隱居在此 白頭到老”

(私の望みは、太平の世が来たら 必ず愛する人を連れてここにきて、静かに共白髪まで添い遂げることだ)

と言って、雪舞を見ます。

ところが、一緒に喜んでくれると思いきや、雪舞は、あなたの「必ず」は当てにならないわ、じゃなくて、「しばらくしたら洛陽に戻りましょう」、と言い出します。

雪舞にしてみりゃ、四爺には他の女性がいる、しかも近いうち死ぬ運命と、ダブルで厳しい状況なので、

“我昨晚生病耶” (昨日は病気してたのよ!)

といきなり機嫌が悪くなり、台湾中国語まで飛び出してます。

しかし、四爺はめげません。ここの、
“你到底怎麼了嘛”(君はいったい全体どうしたの)(最後の「の」“嘛”マがカワイイですね)、静かなのがいいなら、洛陽に行くよりここに残った方がいい、ともっともな事を言います。

しかし雪舞はまるで聞いていないような顔で、
“四爺你有自己的人生 還有命中注定相愛的那個人
我也是 奶奶說 我會和村子裡的男子結婚生子
所以我不可能待在這兒的。”

(スーイエ、あなたにはあなたの人生がある。それに、運命に定められた愛する人もいる 私だってそうよ。おばあ様は私が村の男性と結婚して子を成すと言ったわ だからここに居るわけにはいかないの)と言います。

雪舞の話を聞いてる四爺は“和村子裡的男子結婚生子”(村の男性と結婚して子どもを産む)ってところでもう涙目です(よくも黙って聞いていたもんだ)。

このあと、部屋を出ていくまでの四爺の声の演技にどうぞご注目(耳?)ください。
セリフとセリフの間がため息というか、ほとんど泣いてます。

“那昨天晚上長恭冒昧了”(それなら、昨日の晩は失礼した) ここの主語は「長恭」になっています。

“我們收拾東西,回洛陽吧”(荷物を片付けて 洛陽に帰ろう)

このセリフの“東西”とは(もの;物品)の意味。なぜ東西で「モノ」という意味なのかは実は定説がなく、例の「五行」説で東は木、西は金属だから、日用品を指すのだ。南北だと火と水だから、日常生活の物品を代表させることはできない、とか、通常、市場は都の東と西にあるので、「東市と西市で買う→買東西(モノを買う)」となったのだ、とか語源説はさまざまです。

なお、thing(モノ)は“東西”で代表させますが、history(時間)は“春秋”で代表させてます。

片付けるほどの“東西”もなさそうだけどな…と視聴者がちらっと思っているところへ、外から安徳王(あんとくおう/アンドゥワン)=高延宗(こうえんそう/ガオ イェンゾン)=五爺(ウーイエ)の声が聞こえてきます。

“四哥 五弟來接你和四嫂回去了”(四兄、五弟があなたと四義姉さんを迎えに来ましたよ)

ここで五爺が雪舞のことを“四嫂”(スーサオ)と言っているのは、前回ご紹介したとおり、敬称です。“嫂”は兄嫁のこと。

このタイミングでこのセリフ。頼む、空気読んでよ。(って無理か)

バラバラに入り口に現れた2人の様子を気にも留めずに、五爺は続けます。
「太師もつくづく無粋だな」
“太師啊 嗨 讀書人不懂風情”

“読書人”とはイコール“知識人”(インテリ)ということ。史実では、実は段韶太師も結構スミには置けない人だったようですが、それは置いといて…。

「ひさかたぶりの再会で新婚の二人が盛り上がっているというのに」
なかなか上手い訳ですね。五爺の、兄の鎧を叩く動作ともバッチリ合っています。

ここの元のセリフは、
“小別勝新婚”
ちょっとの間離れ離れになると、新婚の時以上にアツアツのムードになる、ということ。意外によく使う慣用句です。

“春宵一刻值千金哪”
(「春宵(しゅんしょう)一刻(いっこく)値(あたい)千金(せんきん)」ってね)

これは蘇軾〈そ しょく〉の「春夜詩」という有名な作品の冒頭で、全文は、以下の通り。
  春宵一刻値千金  
  花有C香月有陰  
  歌管樓臺聲細細  
  鞦韆院落夜沈沈  


教科書では「春の夕方は格別に風情があるよね」とか、「春の宵は素晴らしくて毎秒百万ドルの価値があるね」とか解説されていますが、中国の人がこの1行で思い出すのは、つまりそっち系の意味の方だそうです(ってどっちよ?)

五爺からこういうリアクションに困ることを言われた四爺は、深呼吸してから、いつものセリフを言います。
“我跟雪舞姑娘的婚約 只是權宜之計 不能當真”(私と雪舞どのとの婚約は計略のためで、偽のものだ)

何度も口にしてる割には、すっごい言い出しづらそう(でも、ここの演技はちょっと面白いですよね)
言われた雪舞は泣きそうな顔をしています。

五爺もさすがに困ったのか、またかと思ったのか、それ以上は言わずに、2人で一緒に祝宴に出て、と提案します。それにちょっと色めき立つ四爺。

ここの日本語はちょっと時間が足りなかったらしく
「ではひとまず洛陽に戻ろう 皇太子殿下が宴をなさる」

っていうところで四爺がアップになるので、何か不穏な雰囲気になっちゃってます。

さらに五爺は、四爺の馬に2人で乗ったら?と提案しますが、雪舞が、

“我讓曉冬載我好了”(暁冬に乗せてもらうからいいわ)

と言い出すので、四爺は思わず振り向いてしまいます。

“讓四爺自己一個人一匹馬 會比較舒服”
(スーイエお独りで乗った方が楽だと思うの)
って楽なのは、踏雪が、ってことですよね?

「殿下は楽だろうと思って」
おや、そうなの?(↑この訳は正解です)

ここで雪舞が、四爺はろくに休息も取っていないし…と余計なことをいうので、五爺はまたまた嬉しそうになっております。
“鬧什麼脾氣”
(ケンカでもしてるのかと思ったら)

以前に、“胆”が度胸を司ってるらしい、と書きましたが、“脾”は怒気を司っているようですね。

“原來昨晚你們不盡興”
(実は二人とも昨晩は興が尽きなかったと…)

話がとんでもない方向に発展したので、雪舞は困ってます。次の五爺の、

“一回生 二回熟”
(一回目は素人だけど、二回目からはベテランに)
というのも、いろいろな場面でよく使う言葉。初対面のときは知らない同士だけど、再会すれば親友になる、という時にも使います。

このあたりの中国語のセリフはそ〜と〜キワドイです。よくお茶の間(死語?)で放映したわね…。
五爺もウィンクで誤魔化そうったってそうはいかないですよね。

と言っても、意味はほぼ、吹き替えの通り。
何て言ってるの〜?って中国のお友達に聞いて、顔に手の跡がついても当局は関知致しませんのでそのおつもりで。

では、フェルブス君、幸運を祈る!

と、送りこまれた先は、少数民族地帯。庫溪莫(こさいばく)族…と言ってますが、史書に登場するのは庫莫溪(こばくさい)族。しかも、宇文氏とは親戚関係にあたる鮮卑の部族のようです。いいのか、こんな事して。

しかし、負けて悔しい宇文邕〈うぶん よう〉=周皇帝はやりたい放題です。どういう野生の勘か、キレイどころを一人残して後は全部始末したか捕まえたかした、という確信がある様子。

そして、本陣に忍び込んだキレイどころに向かって、
“你是我這一輩子 第二個敢用這樣的眼神 看著我的女人”
「そなたのその目 そんな風に女ににらまれるのはこれで二度目だ。」

“另一個女人在我的戰場上叛逃了”
「一人目には戦の最中に逃げられた」

と告白しておられます。
正直でよろしい! ってか、

や〜い、ふられた〜〜!!(←他人事)

しかし、失恋の痛手を隠すためか何か、いきなり大演説をかます宇文邕。

「名君になりたくとも乱世がそれを許さぬ
この手を自ら血で汚さねば 天下を統べる力を得ることはできぬ
朕の力で必ず太平の世を創り上げてやる」


あんた村人を子どもまで殺しといて、良く言うよ…と視聴者は思いますが、
いやいや蘭陵王だって、雪舞がいなけりゃ“賤民村”の村人を皆殺しにしていたはず。

雪舞と違ってキレイどころ=月兎姑娘は宇文邕に説得された模様です(あり得ないよね普通…)。

乱暴さ加減では、“半斤八両”の蘭陵王と宇文邕のふたりではありますが、こっちはさすが、雪舞のおばあ様に飢えたオオカミと指摘されただけはあり、アシナ皇后が居ない隙に勝手に羽根を伸ばして(以下略)

あっ、ちなみに“半斤八両”とは、どっちもどっち、ということ。50歩100歩、とか同じ穴のムジナ、とかそういうニュアンスで使います。“斤”は重さの単位で、1斤=16両でした。だから半斤は八両。

でも香港の人に“半斤八両”って言ったら、「Mr.Boo」の主題歌をうたわれちゃいますけどね…。
(日本で一番有名な広東語の歌かも…。忘れちゃった方はYouTubeの→こちら https://www.youtube.com/watch?v=cTEVtj0VIPwをどうぞ。英語字幕つきです。)

本来でしたら皇帝陛下の「Mr.Booの夕べ」ディナーショーをお願いしたかったここのシーンですが(違った)、ちょうどこの回の前半、四爺が雪舞に語っている「太平の世になったら…」という話と呼応しています。

2人の置かれた立場の違いをくっきりと示す、非常に興味深い構成です。
この回まで、2人を対比するシーンは交互の回に置かれていましたが、この回で交差します。

ここでもう1つ、重要な交差があるのですが、それを今言ってしまうとあまり面白くないので分析は先の回ですることにして、続きは、お隣の国の修羅場がどう展開しているか、から見てみましょう。

新企画・今回の重要表現ですが、“春宵一刻…”はやめといて、

“一回生 二回熟”
yìhuíshēng èrhuíshú
イーホイション アーホイショウ

では、修羅場でお会いしましょう!(続きは→こちら
posted by 銀の匙 at 03:06| Comment(16) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月15日

蘭陵王(テレビドラマ16/走馬看花編 第9話の2)

皆さま、こんばんは。

テキスト形式でご覧くださっている方が相当いらっしゃるということに、今さらながら気が付きました。いつもありがとうございます!<(_ _)>

このブログではいちおう、原語(中国語)は、吹き替え訳や他の方の翻訳の引用は、こちらで訳した箇所はで示しています。
なので、全部黒い字でご覧になると、区別がつきづらい箇所があるかも知れません。少し難しいときもあるのですが、なるべく原語は“ ”、引用は「 」、こちら訳は( )に入れるように努めます。

それから、ブログの仕様で、改行を多くするとPC版で見たときに非常に見づらいので、折り返しにしている行が多くなっています。テキスト版でご覧になるときは逆に一行が長すぎることもあるかと思いますが、お見苦しい点、どうかお許しくださいませ<(_ _)>

さて、この記事を書いてる時点(2015/2/7)で中国の映画関連ニュースは、ジャン・ジャック・アノー監督の《狼圖騰》の武漢プレミア上映の話題で持ちきりでした。

原作はセンセーショナルな問題作で、中国建国後もっとも多く翻訳された小説となり、『神なるオオカミ』のタイトルで日本語にもなった小説です。

ふつうの人が素直に読めば、なかなか好評です。(→「web 本の雑誌」では高評価。こちらをどうぞ

しかし私は、映画化の話を聞いたとき、出演する俳優さんは大丈夫なんだろうか、ヘンな騒ぎに巻き込まれたりしないかな、と秘かに心配してました。そしたらまさか、主演がウィリアム・フォンとは…(絶句)。

原作のどこがどう問題なのかは、2012年に松岡正剛さんが書いてらっしゃいますので、→こちらをどうぞ。

しかし、映画化の情報をよく読んでみると、この作品は中国資本で撮られたものらしく、それなら妙なバイアス(っていうのもおかしな言い方ですけど、外国人監督が撮った作品を現地の人が見ると、良かれと思ってかも知れないけど、なんか勘違いしてないですか?って言いたくなるような偏見を感じる、という意味です)もかかりづらいだろうし、一方で、外国人監督ということで無用な政治的ごたごたも回避できそうだし、ちょっと安心しました。

映画は中国でも非常に好評だったようで、特にウィリアム・フォンの演技についてはどの記事も、絶賛・絶賛・絶賛の嵐

アノー監督は『愛人/ラマン』で香港の俳優、レオン・カーフェイを主役に抜擢、彼は世界的に知られる俳優さんになった訳ですが、当時は正直、監督の審美眼も変わってるな〜と思ったもんでした。今回は果たして…。

ええっと、おっほん、最近じゃ文芸作品はロードショー公開されないことも多いから…(哀)
見たいよー! お願い、日本でも全国公開してくださいね〜! 

と、いう事で、取らぬ飛燕の皮算用はやめといて、そろそろ、手にしたものを見ることにしましょう。

第9話の1(→こちら)の続きです。
今回は途中からなので、前置きはなしで、単刀直入に話に入りましょう(もう十分前置きが長かった、というツッコミは却下)。

前回は本文もやたら長かったんで、今回の記事はあっさり行きたいと思います!

にしても、“単刀直入”ってことば、当然、中国語から来たんだろうなぁ…と思ったら、元々は仏教用語だったらしく、漢詩人・石川忠久先生の言によると、「単刀直入すれば、則〈すなわ〉ち凡聖尽〈ぼんせいことごと〉く真〈しん〉を露〈あらわ〉す」...要所をズバリと突けば、凡人も聖人もみな正体を現す、ということ、だそうです。

この言葉、宋代(1004年)に編纂された《景コ傳燈錄》〈けいとくでんとうろく〉を初出とする資料が多いです。

《傳燈錄》というのは、平たくいうと禅僧の伝記を集めた本。伝記とは言っても、そこは禅僧のエピソードなので、弟子や周りの人と交わした問答が中心になっています(いわゆる、禅問答ってヤツですね)。

達磨大師(ダルマさん)の話(ちなみに達磨大師は南北朝時代の人)も入っていますし、“諸行無常”もこの本が出典らしい。

しかし、最近の研究では、“単刀直入”って言葉は唐代の《菩提達摩南宗定是非論》にすでに用例があるそうで、

南北朝(いま?)→隋(589)→唐(618)→五代十国(907)→宋(960〜)

なので、一気に300年遡りました。

ですけど、“単刀直入”って言葉の元になった話はさらに遡って、南北朝にある、という説もあります。

斉と周に分かれる2つ前、中国の北方は北魏〈ほくぎ〉、南は宋〈そう;他の時代の宋と区別するため、劉宋と呼ばれています〉が支配していました。

(北中国)北魏→→ 東魏→斉
             西魏→周

(南中国)劉宋→南斉→南梁

北魏軍が南へ侵攻してきたとき、宋には単身、それに立ち向かった男がいました。その男、戴僧静〈だい そうせい〉は《南史》巻46 列伝36によると、

“會魏軍至,僧靜應募出戰,單刀直前”(魏軍が攻め寄せてくると、僧静は求めに応じて出陣し、一振りの刀を以て立ちふさがった)

残念、「単刀直入」そのものじゃないのですが、刀一つでいきなり敵陣に斬り込んだ、ということなので、意味としてはだいたい同じ。このお話が転じて、いきなり肝心の話題に入る、って意味になったとか。うーむ。

単刀直入どころか、かなり回り道して戦場に戻りますと、手勢500騎で斬り込んだ、奇面組の奇襲が功を奏したのか、はたまた天の時、地の利、人の和のなせる業か、歴史に残る激戦・邙山〈ぼうざん〉の戦いも斉の勝利に終わり、夜になりました。

周軍敗走の混乱に乗じて、本陣から逃げ出した雪舞に周の追手がかかっています。

あ〜、でも、ここ、斉の国の領内なんですよね?
人んちで、大声出して松明持って騒いでいたら、残党狩りにやられるとは思わないのかしら?
まぁ、彼らにとっては、斉の美人将軍より自分とこの皇帝の方が数百倍コワいのでしょう(とりあえず私もそっちに一票)。

てことで、前日雪も降ったし、地面は凍ってるかぬかるんでるかだし、重い衣装を着た雪舞は足を取られ、転んだ瞬間からぐちゃぐちゃに泣いてます。

人間、泣いてるときは、ここのアリエルのような顔になるのが本当で、ウィリアムみたいに綺麗に泣く人なんていないとは思うんですけど。

でもどうせお芝居なんだから、リアルさを追求するより、もうちょっと何とかしたらいいのに、と、ここの雪舞を見るたびに思ってしまう…。

とりあえず、本気で泣いてるアリエルを天も見放さなかったのか、蘭陵王=高長恭(こう ちょうきょう)=四爺(スーイエ)は彼女を見つけ出します。そこで日本語の四爺の言う、このセリフ。

「私だ...私だ、高長恭だ」

吹き替えの蘭陵王役、内田さんの声のステキなこと…。思わずうっとりしてしまいますが、実はここのセリフは珍しくも、原語ならではのアドバンテージがある箇所です。

中国語では何て言ってるか聞いてみましょう。

“雪舞 是我 是我 我是四爺...”(雪舞、私だ 私だ 私が四爺だ...)

別に変わんないって? いえいえ、それが違うんです。

ここのセリフの直前は、雪舞がぐちゃぐちゃに泣きながら逃げているところ。彼女は泣きながら、日本語では、

「高どの…高どの…」

とつぶやいています。四爺のセリフはそれを受けて、「高長恭だ」と言ってるんですね。

中国語の雪舞は当然、

“四爺…四爺…”〈スーイエ、スーイエ〉と言いながら泣いています。

蘭陵王は自分のことを“高長恭”ということはありますが、“四爺”という事はありません。後ほどご紹介します通り、それは“排行”による呼び方で、敬称だからです。

だからここで“我是四爺”と言っているのは、“我”でも“本王”でも“并州刺史 蘭陵王”でも“高長恭”でもなく、私こそ、あなたが今呼んでいる通りの“四爺”です、あなたがいつも呼んでいる“四爺”がここにいますよ、という意味で“我是四爺”と言ってるんですね。

前にもお話しました(→千言万語編)通り、特に昔の中国語では、自分の身分や相手の立場によって、自分や相手の呼称を厳密に調整しなければなりませんでした。

なので、第7話で五爺〈ウーイエ〉=安徳王=高延宗が周の皇帝・宇文邕〈うぶん よう〉の話を雪舞にしたとき、いかに四爺が雪舞に配慮したかと説明する場面で、それまで宇文邕のことを“周賊”(周国の賊)などと呼んでいたのに、雪舞が呼んでいる通りの“阿怪”〈怪さん〉と言うのは、それなりの意図がある発言なのです。

「君たちの言う、いわゆる“阿怪”」という意味ですね。

雪舞の気持ちと、四爺の気配りを重んじて、という意図もあるだろうし、結果として、それを聞いた雪舞に、そんな風に親密に呼んでたのがこのありさま、というやましさを感じさせる効果もあったんでしょうが…。

話を戻すと、中国語版では、蘭陵王を“四爺”と呼ぶのは全て身内側の人間なので(敵方は彼を“高長恭”と呼んでいる)、この言葉が出た時点で身内の感じがするし、しかも雪舞はここまでずっと彼を(第1話第6話以外は)“四爺”と呼んでいます。

さらに、この先の回で分かりますが、どうやら四爺自身、その呼び方がとても気に入ってるらしい。先の回を見てから戻ってこのシーンを見ると、短いですけど、万感の思いを感じるセリフです。

この後、2人が向かいあっているときに、四爺はさりげなく、雪舞の頬の、涙で貼りついた髪の毛を払ってあげています。第4話(→こちら)で斛律須達〈こくりつ しゅだつ〉にしてあげたのと同じ動作ですね。

さて、まだ追手は雪舞を探しているし、林の中に突っ立っている訳にもいかないので、2人は四爺の行きつけの隠れ家(?)へ移動します。重い将軍…の装備を載せ、野営地から移動して、さらに一日合戦して疲れているのに、最後の最後で2人乗りをされてしまった踏雪は内心、ちっ!と思っていることでしょう。

アジト(だんだん言葉が悪くなってく気がする)に着くと、勝手知ったる感じの四爺は、水を汲んだり火をおこしたり、せっせと家事にいそしんでいます。お洗濯も手慣れたものですね。さすがあっぱれな女子力の持ち主です。

洛陽郊外の夜。
今日は雪じゃなくて雨が降っています。

丹州城といい野営地といい、そしてこの洛陽郊外の秘密の巣窟といい、蘭陵王の行く処、どこでも必ず女物の着替えが用意してあるって、どういうことだろう…?と視聴者は疑惑のまなざしで画面を見つめますが、雪舞の注目ポイントはどうやらそこじゃないらしく、

“這衣服的主人 應該是很清瘦”
「この衣を着ていた人は痩せていたのね。破れそうで怖いわ」

と、キューティー・ハニーのようなことを言っています(みんな、知らないよね?)

ここで雪舞が言ってる“清瘦”と言うのは、「ほっそりしている」といった感じのニュアンス。“清”は「ご清祥」の“清”と一緒で、清らかなイメージをプラスしています。これは大人の中国語で、ただ「痩せてる」と言うと、体調が悪いような印象を与えるので、このように表現します。

昔の(っていっても20年くらい前まで)中国では、少しふっくらしてる方が健康的+リッチなイメージだったので、太ってる方はあまり悪い印象ではありません。でも相手の奥様や美人将軍などを、直接“胖子”(〇ぶっちょ)などと呼ぶのはさすがに憚られるので、そういうときは“富泰”(福々しい)などとお呼びしましょう。

さて、どうやらセクシー路線は雪舞の芸風とは違ったらしく、衣は破らずに着ていますが、向かいに座ってる四爺の方は、何かがブレイクしている模様です。

まだ矢傷が痛むのかと、雪舞は心配します。
斉の将軍だろうが、周の皇帝だろうが、相手が誰だろうと痛がっていれば自動で治療しようとする…
そうか、彼女はケアロボット、ベイマックスの一種なのかも知れません。…いや、ベイマックスが天女なんだろうか、ってどうでもいいことを考えていると、雪舞がいきなり、あなたの奇跡のような勝利は歴史に残るでしょう、みたいなことを言っています。

確かに残りましたよ、37文字分でしたけどね。

しかし、この時点で字数について特に発言権はない四爺は、それに答えて、

“我一定要史官記下來 你才是一個奇蹟”
(それなら私は史官に記録させよう。あなたこそが奇跡だと)

そんなこと言っちゃって、自分よりも相手の方が文字数多いと絶対怒るくせに…と内心思う視聴者ですが、“ 她才是一個奇蹟”(彼女こそが奇跡だった)なら、7文字だから喧嘩にはならずに済むかもね、と、とりあえずは冷静にソロバンをはじいてみたり。

だって問題なのは、このセリフじゃなくて、次のセリフですもの。

“因為我心裡想的 不單是要攻下洛陽 更重要的 我要把你從宇文邕手裡救求來”
(なぜかといえば、私の心にあったのは、洛陽を取り戻すことだけではなかった。もっと大事なのは、あなたを宇文邕の手から救い出すことだった)

元のセリフもかなりどうかと思いますが、日本語は尺が足りないため、はしょっているのでスゴイことになっています。
「私の心には勝利よりも大切な目的があった。君を敵から救い出すことだ。」

って一体…。

ここで思い出すのは、前回(第9話の1)での、四爺の様子です。

そもそも彼は第1話で、尉遅迥をおびき出して計略にかけたときも、小競り合い程度の戦闘だったにも関わらず、仮面をつけていました。その後、丹州城で戦ったときは仮面をつけていませんでしたが、あれは戦闘というほどでもないうえに、四爺としては、(口では尉遅迥を脅してたけど)誰かを殺したりせずに、人質を奪回してすぐに立ち去りたかったのでしょう。

今回は大規模な戦争で、彼としてはまた、冷酷無比な将軍でいなければなりません。城門で仮面を取りましたが、再進撃のときは、これまでの四爺であれば、また仮面をつけて向かっていったのではないでしょうか。それを、いきなり反転して突撃し、宇文邕に直接対峙するこの雰囲気、前に1回、見覚えがあります。

そうそう、丹州城で、尉遅迥の捕虜になってた雪舞を奪回しにいった時って、こんな感じでしたよね。いきなり階段を駆け上がってきて、雪舞のところにたどり着くまでにいったい何人斬ったんだか、考えるだけで怖いです。

この先の回で、ご本人様もはっきり自覚されますが、雪舞の安否が気遣われるシチュエーションになると、この人は冷静さのヒューズが飛んでしまうようです。

何とか味方の元までたどり着き、いざ反撃、という段になると、とにかくあのF***野郎(韓暁冬じゃないから、こうは言わないか…)をなぎ倒して、雪舞を取り返そうというモードに入っちゃったんじゃないでしょうか。

それならまあ、行動としては分かりますが、その前に、一国の将軍のこの発言はどうなんでしょう。
第7話で宇文邕が雪舞に向かって言った、例の「なぜ高長恭一人にこだわる?」というセリフと対になる、実に決定的にマズいセリフですが、ここは特に雪舞も反応せず、お話はそのまま流れていきます。

“百歩散”ほどの速攻性はないけれど、この後、じわじわと確実に効いてくる、まことに巧妙な脚本と言えましょう。このセリフの効きのほどは、百歩たてば分かるかもしれないので、取りあえず、先に行きましょう。

アリエル楊雪舞は、借りた服を焦がした事件から、この建物は四爺の生家だと言い当てます。シャーロック・ホームズも顔負けの推理力です。(次回作は「ナショナルカラーの研究」か?)

しかし、四爺にとっては、推理よりもっと大事な別の話題が。
“我想她一定很高興 我把你帶到這裡來 讓她看一看
你是多麼地與眾不同”

(きっと母は喜ぶだろう あなたをここに連れてきて、どんなに他の人とは違うかを見てもらえたなら)

原文だとまだるっこしいのですが、吹き替えは分かりやすいですね。
「母もきっと喜んでいるだろう。君が素晴らしい人だから。」

あー、でもちょっと待ってください殿下? これはどういう意味でしょうか?

意中の人を連れてきて親に会わせる、ということの、意味するところは…。

それは、この2人に聞いてみなくちゃ。
ということで、しつこく登場、ヤン・ミーウィリアム・フォン《超級訪問》!(→元の公式映像はこちら) すいませんね、何度も。私、ホントにこの2011年の番組好きなの。

今となっては、ヤン・ミーは別の人と結婚しちゃったから、面白うて、やがて哀しき何とやら…。

(33:40ごろから)
話題は、ネット上の噂に移っています。話している間じゅう、ウィリアムはずーっと自分の膝を撫でています。困ると膝を触るくせがあるらしい。

お芝居でも、わざとか無意識かは知らないけど、膝を触ってるときがありますよね。

(男性)、(女性)=司会者)
=ウィリアム・フォン、=ヤン・ミー)

:じゃあ、何度もお見合いしたって話は?
:何度もじゃないです。一回だけ。
  そのときは 父親に騙されたんですよ。
  父は僕を連れ出して、友達の家にちょっと寄っていこうって。
  行ってからそれがお見合いだと気づいたんです。
  旧正月の事です。もう、何年も前の話。
:どんなお仕事の方?
:会社員です... 金融関係だったか…
  それに、そこにいたのは本人じゃなくて、彼女のお母さんだったんですよ。
(客席失笑)
: 一体どういうこった。
:僕だって思いましたよ、一体これどういうこと?
  何なんだ?
  座ってるにしても、ものすごく居心地悪くて落ち着かないし、
  ちょっと話はしたんですけど、向こうは娘さんの写真をいっぱい出してきて
  僕に見せるんですよ。
:どう、美人だった?
:え?

ここ、中国語では、あぁ?↗って言ってるのですが、私は彼のこのあぁ?↗がとても好き・笑

中国語を習ったことのある方には今さら…な話題で申し訳ないんですけど、中国語の特徴として、“声調”というのがあります。

中国語は、原則として1つの漢字に1つの声調(トーン;音の上げ下げ)があります。標準語(いわゆる北京語)ではトーンは4種類あり、それを“四声”と言います。

1声はまっすぐ。  高(ガオ)→ /恭(ゴン)→
2声は下から上へ。 楊(ヤン)↗/蘭(ラン)↗/陵(リン)↗/王(ワン)↗
3声は低く。    雪(シュエ)_ /舞(ウー)_
4声は上から下へ。 四(スー)↘
*“雪”“舞”も3声なのですが、3声が2つ続くと言いづらいため、前の語は語尾を少し持ち上げて発音します。なので、“雪舞”と続けて発音すると2声+3声に聞こえます。

中国語に“声調”という特徴がある、ということに気づいたのは、南北朝時代の沈約〈しん やく〉という人だったとされています。ただ、当時の実際の声調がどういうものだったかは、はっきりとは分かっていません。

今でさえ、方言ごとに声調はバラバラで、北京語は四声なのに、上海語は五声、広東語なんか九声もあります。

日本の標準語では、同じ「アメ」でも、「雨」と「飴」ではアクセントが違いますが、中国語も同様で、同じ発音でも声調が違うと意味が違ってしまいます。

“si ye”(スー イエ)は4声2声で読めば“四爺”ですが、3声2声で読むと“死爺”になってしまうので、お気を付けください。

ウィリアムがとぼけてるときの「あぁ?」は2声ですね。
しかし、とぼけられてもツッコむ司会者、さすがはプロ!

:綺麗な人?
:うーん…(と、写真なのか何なのかよく意図が分からないジャスチャー)
:まあまあ?
:つまりその...
:変身写真か何か?
:僕…忘れました。
(客席爆笑) 

変身写真というのは、凝った衣装やメイクでまるで雑誌のグラビアみたいに撮った写真のことです。

:口が固いな。
:そうね。
:すごく前の事で、その一回だけだし何年も前の話なんです。
:お見合いには反対なの?
:すっごく気まずいですよ…!
:私ゃお見合い好きですけどね。
:毎年、旧正月に帰省すると親戚が集まってて、まるで尋問みたいなんですよ。
  やれ彼女はいるのか、何だかんだ何だかんだって。
  兄弟姉妹(と言ってますが、たぶん同年代の親戚のこと)は結婚したり、子どもがいる人もいるし。
:あなたまだ三十ちょっとで焦ることでもないでしょ?

ちなみにこれは4年前の話です。今年は2月19日が旧正月だそうですが、また尋問されてるのかな…(笑)司会者2人のやり取りはちょこっと飛ばしまして、また続き。

:いったいどうして? 高望みしすぎとかなの?
:えっ、僕?
:それとも自分のそばに好きな人がいるからなの?
  いつまでたっても…。
:ですよね〜。
:諦め切れなくて…。
:何だってそんな、はしたない。
  つまりは左隣に好きな人がいるからですよ。
(字幕:めちゃストレートッ!)

ヤン・ミーは苦笑してます。

:いまは仕事が忙しくて。
:(大笑い)聞きましたか。 
:出ました、馮式太極拳。
:耳にタコができてるこの言い訳。「仕事が忙しい」!
  忙しいって言いだしたら、食事もトイレの時間もないわよ。
  じゃ、ヤン・ミーはお見合いしたことある?
:ないです。
:あなたはお見合いを設定されるって柄じゃないわね。
:あり得ません。
:どうしてお見合いはダメなの。
:だって両親も全然焦っても心配してもいないし、それに、最近は仕事が忙しくって…(言いながら自分で笑ってる)
:巷にあふれてますこの言い訳(笑)。でも、ここ何年か、ご両親も少しは気にしてるんじゃない?
:今年はちょっと聞かれたりしたんですけど、ボーイフレンドがいるなら連れてきなさいとか。
  本当にいないって言ってるのに。
:じゃお互いの両親に会ったことありますか。
:僕は彼女のご両親にお会いしたことがあります。
:そうね。彼はうちの親に会ったことがありますけど、私はないです。
  なぜ彼の両親に会わなくちゃいけないの(笑)
(客席爆笑)
:私だって知りませんよ。なんでこんな事聞いたんだろう。
:彼女が病気のとき家にお見舞いに行ったら、ちょうどご両親がいたんですよ。

ちょ、ちょっと待って、そういうのってあり?
いくら共演者だからって、妙齢の女性の家に、ノコノコお見舞いに行く男性って、どうなの?
ここにツッコまずにどこにツッコむ? と思ったけど、どうやら北京じゃ特別な事でもないらしく、司会者は矛先をちょっと変えて…。

:お母さんは紹峰のこと気に入ってますか?
:すごく好きですね。
  しょっちゅう私に聞きますもん。「第八皇子」(“八阿哥”〈バーアァグ〉。共演した《宫锁心玉》でウィリアムが演じた)はどうしてるって。
:第八皇子(笑)!

中国じゃ、民国以前は結婚なんて親同士が決めるのが普通で、結婚式の夜に初めて相手の顔を見た、みたいな話が結構あるから大変だったんだな(過去形)、と、勝手に思ってましたが、今でも、こと結婚に関しては、親の影響力って強いんですね。

そういえば、ウィリアム・フォンが主演した映画《我想和你好好的》(息もできないほど)(→記事はこちら)でも、ウィリアム演じるナンパ野郎のリャンリャンが、ニー・ニー演じるヒロインに「旧正月になったら、両親に君を会わせるつもり」と心にもないこと(?)を言ってます。
これはつまり、ただの女友達から婚約者扱いに格上げする、という意味です。

さて、トーク番組に戻ると…。

:いま隣に紹峰が座ってないものとして、ドラマのことも関係ないものとして伺いますけど、あなたはどういう男性が好きなの?
:落ち着いていて教養があって、同じ目標を持っている人ですね。それから、向上心のある人。私はどちらかというと完璧主義なんですけど、自分ではいろいろ至らない面があると思っています。なので、私の足を引っ張るような人は嫌なんです。
:つまり、尊敬できるような人が良いということかしら。
:そうですね。
:じゃ、男性として一番許せないのはどういう人? 
:自分のやりたいことを持っていない人です。
:つまり、自然に目が覚めるまで寝てるような人はダメってこと?
(客席爆笑)
:じゃ、知り合う前は浮気性だったけど、付き合い始めてからは一筋、とかそんな人は? 
:好きな人なら過去のことは全く気になりません。
:紹峰、知りたいことは全部聞いといてあげたから。感謝してよ。

(客席爆笑:ウィリアムは顔の前で手を合わせてます)
(テロップ:李静お姉さん、ホントにありがとう!)

この流れだけみてると、まるで誰かさんが浮気性みたい(事実と言ってるわけではないですよ!念のため)。いいんですか、言われっぱなしで…。
しかし、彼はのほほんとした表情で、この後も太極拳の演武を続けます…。

:紹峰、こんなにたくさんの人が二人はカップルだと思ってるのよ。
 その点はどうなの、答えてちょうだいよ。
“现在不是。”(今のところは違います)
は?(←素で驚いている)
(客席、大拍手)
:えっ、さっき私何を聞き逃したんだろ?
  微博(ウェイボー;中国のツイッターみたいなもの)をチェックしてる間に何か見逃した?!
:ものすごく重要な事だわよ、あはははは!

…とは言ってるけど、つまりヤン・ミーは、誰よりも自分のことを好きでいてくれる「だけ」が取り柄の“八阿哥”みたいな人は、はなから問題外だってことですよね…。

ウィリアムさん、残念でした。次の彼女は逃がさないようにぐぁんばれ!

番組の方ですが、司会者はこの後、ファンの皆さんはドラマを見ると、どうしても実生活と重ねてしまいたくなるでしょうけど、フィクションと現実はちゃんと分けて考えてくださいね、2人とも身体を大切に、と付け加えてトークを締めています。

おっとそうでしたね、現在進行形のフィクションの方を忘れるとこでした。こっちはまだこれから頑張る余地があるんだった...。しかも、相手のこんなセリフを聞くと、十分、脈がありそうです。

「素晴らしいのは殿下のお母様よ。こんな立派な息子を育てて」
“四爺的娘親一定更與眾不同 才能教育出這麼出色的兒子”

“與眾不同”(そんじょそこらの人とは違う)というのは褒め言葉らしく、先ほどは四爺が雪舞に、そして今度は雪舞が四爺に言っています。

こんな息子にどうやったら育つのか…これから、その秘密をとくとご覧いただきましょう。《BIG STAR 最佳現場》
公式HPはこちらです↓
https://www.youtube.com/user/BTVBigStar
出演者の名前で検索してみてください。
   *
=謝楠(Xie Nan/シエ・ナン)=司会
=馮紹峰(Feng Shaofeng/ウィリアム・フォン)
:いま、女子の間で「白馬の王子さま」といえば、どんな人か知りたい? それなら、チャンネルはこのままで!

:さて、今日のゲストはひと言でいえば、顔立ちは端正な美男子、物腰は洗練の極み、でも一番大事なことは、ドラマの役柄と現実の彼のイメージがぴったり重なっていること、つまり貴公子だということです。

それではお迎えしましょう、馮紹峰!
   *
今から7年くらい前のインタビューでしょうか…さすがに若いですね。
司会の謝楠の他に、記者団が質問して、それに答えるという趣向の、北京電視台の番組です。

ちょうど、主演ドラマの《鎖清秋》が話題になっていたころで、当時、共演していた安以軒(台湾のアン・イーシュアン)と意見が食い違って言い争いになった、という話になります。

=記者団のメンバー
   *
:結構しょっちゅう、意見が対立して言い争いになることがあったんですけど、
:えっ、安以軒と?
:だって彼女はあんな元気印の人なのに、口げんかで勝てますか?
:あなたのそんな性格で、演技のことで女の子とケンカなんかできるんですか?
:表現する方法が違って…
:内心、ふつふつと怒るというやつですか。
:彼女はぽんぽん言う方なので、思いつきをがーっと言ってくるんですね。
 僕は時にはそれを取りあえずは全部聞いて、かなり違いがあるときには、割とゆっくり考える方なので、少し考える時間がほしいと彼女に言って、独りで別の場所に行ってじっと考えます。
 そうすると監督も焦るので、プレッシャーもあるでしょう?だから、両方のバージョンで撮ってみるってことになるんです。
  *   
と、話す口調が限りなくトロくて微妙にイラっとする(笑)んですけど…。当時この番組をリアルタイムで見てたら、ハンサムなだけが取り柄の、ちょっとおつむが鈍い人なのかと思ってしまいそう...。

さらに悪いことに、この当時はお坊ちゃまの役ばっかりだったらしく、記者にこんなことを聞かれてます。
  *
:若旦那の役ばっかりやってたら、ほとんど体力は使わないでしょう?
気疲れはするでしょうけど。ほとんど動かないし。お屋敷の中で座ってるとか、小舟に乗るくらいで。

《虎山行》ってドラマを撮っていたときは、やっぱり貴族の子弟の役だったけど、アクションものだったので、ちょっと疲れました。

:えっ、あなたもアクションなんてやるの?
:そんなにひ弱そうで、撮ってるうちに倒れちゃうんじゃない?
  *
相手が反応薄いと思って、記者の方々も言いたい放題な気がするのは私だけ?
それに、皆、CGかと思ってるかも知れないけど、いきなりお姫様抱っこ2連発で始まるんですからね、《鎖清秋》は!

しかも《虎山行》だって、お姫様抱っこのシーンがあるんですから!
  
となぜか勝手に義憤に駆られていると、よせばいいのにこんなことを言い出すウィリアム。
  *
:吐きました。

:はぁ?
  吐くまで撮ったってこと?

:そうです。ちょうどあの時は、横店(中国の映画村みたいなところ)で《虎山行》《鎖清秋》を同時に撮っていたので。

実は《虎山行》のクランクアップが遅れて、昼には《鎖清秋》、夜には《虎山行》を撮ってたんです。それで、一日2、3時間しか寝ていませんでした。しかも、《虎山行》の現場に行くと、すぐアクションをやらなくちゃいけない。1シーン撮るごとに吐いて…。
   *
当時の彼は、業界でも必死に仕事をすることで有名で、“拼命(死に物狂いの)三郎”と言われていたらしい。“拼命三郎”というのは《水滸伝》の登場人物のあだ名です。

ちなみに、この表現から、女性で同じように必死に仕事をする人を、“拼命三娘”と言ったりしますが、これはヤン・ミーのあだ名ですね…。

お疲れだった2007年、彼は居眠り運転をして、大事故を起こしてしまいます。
肋骨は折るわ、耳から血がダラダラ流れてるわ、スゴイことになってたらしい。
とりあえず、対人事故じゃなくて良かった…

しかし、ここまでして撮ったドラマを途中で降りたくなかったウィリアムは、監督さんが病院に飛んでくると、続けて撮りますと言い張り、動けないので、トロッコに乗って撮影用のレール上を移動して、アクションシーンを撮ったそうです。
   *
:こうしてみるとあなたは、ただの貴公子ってわけじゃないんですね。少なくとも、私たちの抱いてたイメージとは違うわ。
我慢強くて、真面目で、苦労を厭わない人なんですね。

どうしたらこんな人に育つのか、それはもちろん、その影に偉大な女性がいたからです。お迎えできて光栄です。馮紹峰のお母さま、美しき朱おばさまです。
(記者たち:拍手)

:あら、たちまち雰囲気が変わりましたね。とても親密な感じになって。
 おばさま、少し緊張していらっしゃいますか。  
   *
しっかりお母さまの腕をとって座るウィリアム・フォンの可愛らしいこと、ご覧あそばせ。
いやぁ、めちゃくちゃ自慢の息子さんでしょうね…。
   *
=ウィリアム・フォンのお母さま

:いいえ、いいえ、私も若い方々とお話できるのがとても嬉しいですよ。

:それは良かったわ!私たちも、おばさまのような方が大好きなんです。
  しかも美人でいらっしゃって。
  私たち、さっき話していたんですよ。息子さんの交通事故のこと。
  彼自身は落ち着いてたって言ってますけど、電話で知って驚かれたでしょう?
:驚きました。ええ。
  ちょうどそのとき、友人と外で食事をしていて、注文を終えたところに電話があって、
  「あなたは馮威(フォン・ウェイ/Feng Wei 馮紹峰の本名)さんのお知り合いですか」
  「息子ですが」
  「すぐに救急センターにいらしてください」
  「何かあったんですか」
  「交通事故に遭われて」
   そう言われて、私はまた何かの冗談かと思いました。
   だってよく、こういういたずら電話があるでしょう?
   それで、「本当の話ですか」と聞きました。
   そうしたら本当ですといって向こうの電話番号を教えてくれて。
   (中略)
   そのありさまをみたときの私の気持ちと言ったら、
   母親なら誰でも分かるでしょう。本当に心配しました。
   病気や怪我なら替わってあげたい、私があげられるものなら何でも、
   私の内臓でも何でもあげたい。
   でも事故は息子の身の上に起こってしまって、とても辛かった。
(中略)
   *
この流れに私はひしひしと異文化を感じるんですが、昔はともかく、いまの日本で、こんなにお母さんベッタリだったら何言われるか分からないですよね…しかし、この番組は中国の番組、視聴者は中国の視聴者なんです! 

人前で自分ちの子どもを褒めるのは当たり前! 誰もヘンだと思ったりしません(いちおう、謙遜の美徳というのも存在しますが、本人の前では褒めるのがデフォルト)。

確かに中国の平均から考えても、かなりベッタリな感じはありますが、恐らく「家族思い」ということで、プラスイメージでとらえられているものと思われます。

この際、しばらく日本の価値観は脇において、ご覧ください。
    *
:この番組のプロデューサーが言うんですよ。朱おばさまに馮紹峰のことを聞くと面白いよ。まとめると、朱おばさまが息子さんを形容するときの言葉は基本、次の三言。

  第一に“美”(美しい)    
  第二に“才華出衆”(人並み優れた才能がある)
    *
おや、ウィリアムは、何か言いたげですね…。
    *
  第三に“乖”(聞き分けのよい良い子)

 じゃ、一つずつお聞きしましょうね。

 「美しい」のは、見れば本当だって分かりますけど、小さい頃はほら、じゃじゃ〜ん。

(と昔の写真を取り出す)
  
:女の子みたい!
    *
おっとビックリ、これは確かに美少女…いや、美少年ですね。しかも、超絶賢そう。
ごめんなさい、四爺。女に見まごう美男子というのは、(30年前は)紛れもない真実でしたね…。
    *
:馮紹峰、この写真覚えてます?
:見たことはありますけど、どうやって撮ったんだろう。
  母は女の子が欲しくて、だから、女の子のつもりで育てたんですよ。お人形さんを抱いて撮った写真とかもありますよ。
    *
ものすごくマジメに受け答えしているウィリアムに、つい笑っちゃうのですが、話題の写真は他のインタビューに出てきます。忘れてなければ、第12話でご紹介しましょう。
    *
:花柄のスカート穿いたりとかも?
:あります。
(「なんか誤解されそうだな〜」の声)
:小さい頃は本当に細工物のように綺麗で…男の子でこんなに綺麗な子どもは珍しいから、ご近所でも好かれて。この顔は名刺のようなもので、不可能が可能になったことがたくさんあります。
:はぁ? 馮紹峰、あなた自分でそのこと知ってたの?!
    *
聞いているんだかいないんだか、まるで絵画のような佇まいで目を伏せてるウィリアム。
    *
:たとえばね、この子が通っていた幼稚園は(上海市の)“重点”(エリート)幼稚園だったんですよ。教員の子弟のための幼稚園だったんです。

外国からのお客さまが視察に来られたときにお出迎えするようなところでね。ですから、入園条件が厳しかったのです。この幼稚園は職場から近かったので、ぜひここに入れたかったの。だってそうすれば、出勤の途中で送り迎えできるでしょう?それで、この子を連れて行って先生に相談しました。

「先生、うちの子、お宅の園に入れていただけないでしょうか。」
それで先生は、とても丁寧に、園長先生だったんですけど、私どもの園は教員のための施設ですので、規則で、そうでない方のご子弟はお預かりできません。本当に申し訳ないですと。私も、無理を言っても仕方ないし、諦めて帰ろうとしたんです。

そうしたら、ちょうどそこへこの子が外から駆け寄ってきて、
「ママ、ママ、お家に帰ろうよ」って。

園長先生はこの子を見て、
「あなたがおっしゃってたのはこのお子さん?」
「はい、そうです」

そうしたら、先生はこの子を招きよせて、
「ほら、いらっしゃい。」

近くまで行くと、
「お名前は何ていうの?」
「何かお話を聞かせてくれるかな?」
「ぼく、できるよ」とか何とか答えているうちに先生は私に、
「まあ、本当に可愛らしいお子さんね。
 そうね、お預かりしましょうね」
で入園することができました。

:おとぎ話みたい…。
    *
つか、フツーにそれはマズイんじゃ…? 
でも、特に問題視はされずに話は進みます。そうです、ここは「孟母三遷」の国! 完全没問題!(まったく問題なし!)
    *
:朱おばさまにとって、紹峰は本当に自慢の息子さんなんだって良く分かりますよね。
で、さっきの二つ目に戻ると、「抜きんでた才能がある」でしたね。こちらについてお話いただけますか。

このころのこと、馮紹峰は覚えているでしょう?もっと大きくなっていたはずだし、中学校のときのことだと伺いましたけど。そのころ、何かの作品に出演したんでしょう?

:僕が出演した最初のドラマのときで、タイトルは確か…
《少年徐悲鴻》では?
:そう、そのとき、僕自身は別に、すごく才能あるとも思いませんでした。
  監督さんにも叱られたし…。 
:小さいのに叱られたんですか。
:ええ。
:なぜ?
:初めてだったので、どうしていいか分からなくて、ちょっとぼおっとしちゃって…
(中略)
    *
この最初の作品でギャラが1〜2000元くらいだったそうです。今の日本の貨幣価値でいうと20万円くらいにあたるでしょうか。

周りから、まるで“捧在手掌心”(手のひらに載せていつくしむ:インタビューにこの表現が出てきますが、前にドラマでも出てきましたね)ようにちやほやされたウィリアムですが、親孝行だったようで、高校1年生のとき、《星星串》のギャラで、お母様に携帯電話を買ってあげたそうです。

電話と一緒に渡した手紙というのが長編で、内容は、電話の使い方と付属品の説明(笑)。高校一年生とは思えない、超達筆です(この便箋もすごく気になるけど)。

最後の一行は、
「僕はお金を持っているし、節約して使います。だから今月、お小遣いは要りません。」
だって。
    *
:そんなに良い子で、家族思いだったら、ぶたれたこととかありますか。私たちは、小さいころ、結構親にぶたれて育ちましたけど。

:一回だけ母に叩かれたことがあります。あるとき僕は嘘をついて、それで…。

 小さい腰掛けを失くしちゃったことがあったんです。学校が終わって、外に遊びに行ったときに。

それで、家に帰って母に、学校で補習があって置いてきたって言ったら母は嘘だと分かって、それで叩かれました。

:どんな風に?

:手を叩いたんです。
 この子は泣きました。叩いて、私も泣いたんです。だって、それまで、可哀想で叩くなんてとてもできなかったから。

 そうしたら、この子は私の前でひざをついた。詰問したら、自分で膝をついたんです。
 そして私を引っ張って、
 「ママ、僕が悪かったです」と言うので、私は聞きました。
  
 「お前はどうして嘘をついたの」
 「ママが怒ると思ってそれで」

 そしたら私が泣いたものですから、息子はタオルを持ってきて私の目のあたりを拭って言うんです。

 「ママ、もう二度と嘘はつきません」

  このときからこの子はそれを守っています。

 彼のためにはなったと思います。その後もきちんとしていると思いますし、そもそも曲がったことが嫌いな子なんです。

:今では…小さいころは、母は厳しかったですけど、仕事をするようになって、信用してくれてると思います。どんなことでも自分で解決するように言うし、僕が自分で判断するようにしてくれてます。

僕が役者の仕事が好きなのは、この仕事をしていると、小さいころは父母が保護してくれたけれど、今は、自立して物事を処理していけると感じるので、自分自身で人生を切り開いていると感じるからです。
    *
次回、ご紹介しようかと思いますが、彼は大学も地元なんですね。
そのあと単身、北京で暮らしているのは、仕事のためもあるでしょうが、やっぱりちょっと、親御さんの束縛がキツく感じられたのかも…。
    *
:一つ質問なのですが、お母様は馮紹峰が恋愛ものに出演することについて、どうお感じですか。

小さいころから大切にされている息子さんが、いろいろな女優さんたちとラブシーンを演じているのをご覧になると、あまり良いご気分ではないのでは?

(母親が話すのにかぶせて)母は僕がその手の作品に出るのは好きじゃないんです。
:(笑う)
:特に嫌いなのが《鎖清秋》。(と言って苦笑いする)
:(大笑い)

:どうして?
《鎖清秋》の最初のシーンからして、私は好きになれませんでした。
:ファーストシーンって何でしたっけ?
:最初は遊び人の若旦那なんですよ。  
  だから私は言いました。
  「もう二度とこんな役を引き受けちゃダメ。全く感心しないわ」
  本当に気に入りませんでしたね。 
:ですけど、彼は2つのドラマをこなそうってあんなに頑張ったのに。そんな風におっしゃったら悲しむんじゃないでしょうか。 
:私は息子に言いました。
  「出来れば、これからは役をちゃんと選んで欲しいわ」って。
この手の役はみっともなさすぎます。
    *
ってお母様、そんな身も蓋もない...(笑)。

ちなみに、お母様が毛嫌いしている《鎖清秋》とは民国時代を舞台にした恋愛ドラマ。馮紹峰はヒロイン・杜蘭嫣と恋仲になる、大店の跡取り息子。

江南地方の良いとこの坊ちゃん役という、はまり役というよりは、なんかそのまんま過ぎてひねりがない役柄なのですが、虫も殺さないような顔をして、結構冷淡なプレイボーイという、実は難しい人物像(最初のうちはね)をナチュラルに造型しているあたり、なかなかの演技と見ました(「泣く」演技は、ハッキリ言ってまだ下手だったと思いますが)。

物腰も洗練されて優雅、何だか往年の銀幕スターって感じで、これは誰が見ても二枚目としか言いようがないでしょう。この場合、イケメンという表現は、似合わないかも。

s-沈朝宗2.jpg
(ウィリアム・フォン演じる沈朝宗)

品の良さは育ちの問題で、演技じゃ誤魔化しきれないので、演技とばかりは言えないのかも知れないけど。

しかし、最初の頃はかなり陰影が付いているので、ひょっとすると女優さん並みのライティングだったりしてね…。

それはともかく、二枚目なだけが取り柄のブルジョワ子弟(笑)、家にはヨメいびりが趣味の母親が君臨している、なんて設定のドラマ、そりゃ、お気に召さないでしょうね…。

しかし、お母様にダメを出されても、こんな感じの役ばかりオファーされてたらしいウィリアム(そりゃ、いるだけで役のまんまなんだから、起用したくなるのも分かる)。

農民や工場労働者の役はやらないのですか?と記者にツッコまれると、実は、そういう役のオーディションも受けに行ったことがあるけれど、監督さんに「次にアイドル系のドラマを撮るときは声を掛けるから」と言われました、とまたマジメな顔で答えていました。

それでも、ブレイクしたのは当時のご本人の印象とはかなりベクトル違う直情径行な人の役、というのも面白いですね。

取りあえず、この《鎖清秋》《宮》の役柄は、演技してるように見せない自然な役作り、という点で、人気が出たのも分かる気がします。

さて、中の人のお母様も我が子を“才華出衆”(人並み優れた才能がある)と褒めていましたが、この、「人並み優れた」「そこらへんの人とは違う」って長所は、四爺の父君、高澄への史官の評価でもありました。

《北斉書》巻3に、四爺パパの伝記が載っています。

世宗文襄皇帝,諱澄,字子惠,神武長子也,母曰婁太后。生而岐嶷,神武異之。
…就杜詢講學,敏悟過人,詢甚嘆服。二年,…尚孝靜帝妹馮翊長公主,時年十二,神情儁爽,便若成人。

(世宗・文襄〈ぶんじょう〉帝は諱〈いみな〉を澄〈ちょう〉といい、字〈あざな〉は子恵〈しけい〉、神武帝の長子であった。母は娄〈ろう〉太后である。生まれつき他の者とは一線を画す賢さで、父皇も驚くほどであった。

…杜詢に学んだが、機転が利いて賢いところは衆に抜きんでており、杜詢もほとほと感服していた。(中略)

中興2年(532)に(北魏の)孝静帝の妹である馮翊長姫を娶った。まだ12歳にも関わらず、見るからに賢そうな顔立ちで、すっかり大人のようだった)


この後も、《北史》巻6なんか見ると、途中までは、ともかくベタ褒めです。

文襄美姿容,善言笑,談謔之際,從容弘雅。性聰警,多籌策,當朝作相,聽斷如流。愛士好賢,待之以禮,有神武之風焉。”
(文襄帝は容貌が美しく、ユーモアを好んだ。冗談を言っているときでさえ優雅で上品だった。頭の回転が速く、知略に優れ、官吏として朝廷にあるときは、流れるように案件を処理した。賢臣を礼遇し、神武帝の風格を継承していた。)

出ました、高一族のデフォルト形容詞「容姿が美しい」!✨
しかし残念ながら褒め言葉もここまで。次の行には、こんな言葉が…。

“然少壯氣猛,嚴峻刑法…情欲奢淫,動乖制度。”
(しかしながら、若輩にして気が短く、処罰に厳しかった。…女色に溺れ、規を超えること甚だしいものがあった)

そうです。四爺パパは中国史でも名うてのプレイボーイ。
もちろん、「後宮三千人」なんて皇帝は他にもいますが、この人の場合は開いた口がふさがらないエピソードのオンパレード。

女性関係のえげつなさ加減は後ほど息子さんに述懐していただくとして、東魏の実力者となってからは、主君に対してもとんでもない態度を取っています。

当時、北中国を統治していた北魏は東西に分裂し、それぞれ、北魏を継承する皇帝を擁するものの、実質、西魏は宇文一族が、東魏は高一族が仕切っていました。

東魏の孝静帝は容貌も立派で、文武両道の優れた君主でしたが、野心を持つ高澄にとっては邪魔でしかなく、配下の崔季舒を常に張り付けて監視していました。
《魏書》によると、

王嘗侍飲,舉大觴曰:「臣澄勸陛下酒。」東魏主不ス曰:「自古無不亡之國,朕亦何用此活」王怒曰「朕 朕 狗腳朕」使崔季舒毆之三拳,奮衣而出。

(高澄が酒席に侍り、大杯を挙げて「臣・高澄が陛下に一献お勧めいたします」というと、孝静帝は不愉快そうに「古来、滅びなかった国はない 朕もこのように生きるしかないのだ」と愚痴った。高澄は「何が朕だ、犬の脚(他人の指図を受ける者)の“朕”のくせに」と怒り、崔に命じて皇帝を何度も殴打させると、衣を払って出ていった)

マジかい...。
 
549年になると、高澄はいよいよ東魏を簒奪しようと密談を始めます。それを食事を運んできた奴隷の蘭京に聞かれ、「昨日、あの奴隷に刀で切られる夢を見た。あやつを始末しなければ」と言い出します。しかし、ああ、これまでの恨みが積もって、高澄を亡き者にしようと仲間たちと語らっていた蘭京は、先手必勝とばかり、その夜のうちに高澄を刺殺してしまいます。

史書は、ここに二つのエピソードを挟んでいます。まず、下手人の蘭京について…

梁將蘭欽子京為東魏所虜,王命以配廚。欽請贖之,王不許。京再訴,王使監廚蒼頭薛豐洛杖之,曰更訴當殺爾。
(梁の将軍・蘭欽の子・京は東魏の捕虜となった。王(高澄)は彼を厨房に配属させた。欽は代価を払って息子を取り戻そうと請うたが、王は許さなかった。京がもう一度訴えると、王は厨房を取り仕切る係の者に杖で打たせて、「次にそんな真似をすればお前を殺す」と言った。)

もっともこの話、史書には載ってるけど、蘭欽将軍の子息に蘭京という名が見当たらないので、本当に将軍の子かどうかは疑問視する声もあります。

そして、むしろ問題なのはこっちのエピソード。
京與其黨六人謀作亂。時王居北城東柏堂蒞政,以寵琅邪公主,欲其來往無所避忌,所有侍衛,皆出於外。
((蘭)京とその一党6人は謀叛を企んでいた。そのとき、王は北城の東柏堂で政務を執っていた。琅邪〈ろうや〉公主を寵愛していたため、行き来を邪魔されたくないと、お付きの者たちを全て建物の外に出していた。)

つまり、女と密会するために人払いをしていたところを襲われたという、自業自得とは、まさにこの事…(呆)。この謀殺事件が単に奴隷の謀叛みたいな単純なことだったのか、後の成り行きを見ると非常に疑わしいのですが、それは後ほど考察することに致しましょう。

ちなみに悲劇の現場である東柏堂は、史実ではのちに鄴〈ぎょう〉が(北)周に占領された後、楊堅〈よう けん〉を討伐しようとした尉遅迥〈うっち けい〉将軍が蜂起に失敗し、最後を遂げた場所にもなりました。

高澄は享年29歳(と史書には書いてあるんですが、数え年かな?)、実に早すぎる死ではありましたが、すでに彼には皇子が6人、皇女が3人おりました。

親の因果が子に報い…なんて言ったら可哀想ですが、こうして四爺は恐らく8歳くらいで父君を亡くしてしまい、生活は貧乏のどん底です。

“我們雖然很貧窮”(私たち母子は貧しかったけれど…)
と、回想する四爺ですが、今、雪舞と居るこの家にずっと住んでたんだとすれば、庭付き一戸建て2LDK以上あるし、庶民の視聴者からすると、とても貧乏にゃ見えないんですが、つまり、現在の贅沢三昧な生活に比べりゃ貧乏だってことでしょうか(←ひがんでどうする)。

ここで登場する四爺ママは、質素ですが清楚で賢く、しかも芯がしっかりした感じの女性ですね。

現時点では雪舞は、こんな大人の女性とは正反対の印象です(次回からもっと酷くなるし…)。落ち着いた感じのお母様がいたのに、なんでまた四爺は真逆な人を選んだんだろう…とちょっと不思議に思ってしまいます。

そこは何話か先で少し理由が分かるので追及しないでおきますが、もっと先の回へ行くと、雪舞の挙措動作がだんだん四爺ママに似た感じになってくるのは、面白いですね。四爺が本当のところを見抜いていたのか、それとも四爺と一緒に居たのでだんだんそうなったのか、はたまた状況によってそうなったのか…。

さて、素敵なお母様は、四爺を“肅兒”〈スーアル〉と呼んでいます。“肅”が四爺の本名で、“兒”と付けているのは、幼名だったか、子どもにつける愛称、日本でいう「〜ちゃん」というような意味です。

実は正史には、“肅”という名前は載っていません。じゃどこに書いてあったのかというと、墓石です。

日清戦争の年(清・光緒二十年(1894)/日本では明治27年)に、現在の邯鄲〈かんたん〉市で蘭陵王の墓碑が発掘され、その冒頭に、

“王諱肅 字長恭 渤海蓨人 高祖神武皇帝之孫 世宗文襄皇帝之第三子也”((蘭陵)王、諱〈いみな〉は肅〈しゅく〉、字は長恭、渤海〈ぼっかい〉蓨〈しゅう〉の人 高祖・神武帝の孫、世宗・文襄帝の第三子である)

と書かれていたのです。ドラマでお母様が“肅”と呼んでいるのは、ここから採用したものと思われます。

諱〈いみな〉というのは、その人の本名なのですが、エライ人を本名で呼ぶのは失礼にあたるため、呼ぶときはそれ用の別の名前を使いました。それが字〈あざな〉です。

なぜ本名を呼んではいけなかったかというと、人の名前はその人の実体と結びついており、本名を呼ぶことはその人を支配することを意味する、という考え方があったからです。これを取り入れたお話、いろいろありますよね。

たとえば《西遊記》では、妖怪の金角、銀角に名前を呼ばれて返事をすると、彼らの持っている宝具「紅葫蘆〈べにひょうたん〉」に捕えられてしまいます。

日本でも『千と千尋の神隠し』で、主人公の千尋は本名を取り上げられて「千」と呼ばれ(こうすることで湯婆婆〈ゆばあば〉は千尋を支配することができる)、千尋を助ける少年・ハクも、自分の本当の名前を思い出すことで支配から逃れることができました。

ただ恐らく、宮崎駿監督のこのアイディアの元になったのは、漢字圏の風習よりはル・グィンの『ゲド戦記』じゃないかと思います。『ゲド…』でも、この考え方がお話の鍵を握っていますよね。

なお、主家の人だったりすると、字で呼ぶのさえ相当失礼なので、“大将軍”などと官職名で呼んだり、排行〈はいこう〉で呼んだりします。

排行というのは以前にもご紹介しましたが、一族や兄弟の中での順番のことです。
中国語ではランキングのことを“排行榜”(“榜”は告示のこと)と言うのですが、イメージ湧きますでしょうか。

だから、EXILEさん、と呼ぶよりは、万年チャート3位の人、と言った方が礼儀正しいということです(単なる例です、例!!)ので、味方側の人たちは蘭陵王を“四爺”と呼んどくのが無難なわけです(本来なら“四王爺”と呼ばなければいけませんが、そのあたりは後でドラマにも出てきますので、その時に)。

ちなみに、正史の《北斉書》《北史》では、蘭陵王は長恭の他に“一名(またの名を)、孝瓘”と記されています。

いくつも名前がある人は、いない訳じゃないのですが、私が思うに、どうもこの“孝”の字は曲者です。

高澄には6人の息子がおり、名前は上から 孝瑜、孝珩、孝琬、長恭、延宗、紹信でした。
《北斉書》 卷11に“河南康舒王孝瑜,字正コ,文襄長子也”と書いてあるところを見ると、この“孝瑜”というのは諱です。

中国では南北朝時代から、諱を二文字にするのが流行り出したらしく、そのうちの一文字を“通字”といって、兄弟間、または同族の同一世代の間で共通にすることがありました。文襄帝の兄弟のうち3人は諱に“孝”の字を使っています。そうすると、蘭陵王も諱は“孝瓘”だった可能性が高いのではないでしょうか。

だったとすると、第五皇子にも第六皇子にも諱には“孝”がついてるはずなのですが、なぜか伝わっていません。しかも第六皇子・紹信の“紹”の字は太原王の皇子、文宣帝の皇子の通字と同じです。

この時代、通字が兄弟の一部しか一致してないケースが他にないか探していたのですが(それでこんなに時間がかかった...)、上手く見つかりませんでした。

正史には、第五皇子=高延宗が、幼くして文宣帝に引き取られ、育てられたという記述があります。ですので、彼よりさらに年下の第六皇子が、最初から文宣帝のところで名づけられ、育てられたという可能性もあるかもしれません。ただ、これは本当に私の思いついたただの推測でしかなく、証拠がありません。執念深く探していれば、そのうち何か理由の一端でもつかめるかもしれませんが、今のところはナゾです。

もっとも、お兄様方にしたって、正史に諱と字が両方書いてある人と片方しか書いてない人がいるので、延宗と紹信というのは字で、諱はただ単に調べきれなくて書いてないという事なのかも知れません。

若き日の段韶〈だん しょう〉太師も視聴者の疑問には答えてくれそうもなく、仕方ないので、この子は“肅兒”ってことで話を進めましょう。

粛児は後で宮廷にも連れてきていたウサギを可愛がっています。
ウサギ小屋=貧しかったってことなのでしょうか(←まだひがんでいる)、別れの前に涙に暮れるお母様も、こんなことおっしゃっています。

“享不盡的錦衣玉食 娘為肅兒高興”
(着つくせないほどの豪華な着物、食べきれないほどのご馳走がある、豊かな暮らしができるのよ。母はお前のために喜んでいるのです)
この言葉は、この回の最後の痛切な一言と呼応しています。

この後、段韶太師がお母様に、
“皇室的血脈是不可能漂流在外的”
「皇子を市井で育てるなど許されませぬ。」
と言っているのは、ご落胤騒ぎで面倒が起きることを恐れたのでしょうか。ただ、お母様の次の言葉を聞くと、もっと違う含みも考えられますね…。

「お腹の子を諦め切れず逃げたのは身の程を知らぬふるまいでした。」

さすがの高一族といえども、殺してしまうというようなことはなかったのでしょうが、実の母から取り上げられてしまうことは確実だったようです。

ここで、お母様は自分を、
“流民的營妓”(流民の妓女)と言っています。当時は戦乱の世の中、戦火を避けて逃げまどううちに、田畑も家も失くして落ちぶれる人も多かったことでしょう。

高澄の6人の息子のうち、母親の苗字が伝わっていないのは四爺だけです。っていうか、正史の列伝に名前が挙がっている皇子たちの中で、生母の姓が未詳とされているのは彼だけです。

当然、母親の身分が、妓女だったり婢女だったりと低すぎて、史書に記載されてない、というのはありそうな話ですが、《北斉書》 卷11 列伝3に、高延宗=五爺について、
“母陳氏,廣陽王妓也”
(母は陳氏、広陽王の妓女である)ってハッキリ書いてあるので、母の身分が低いのは史書に書けないほどの不体裁、という訳でもなさそうです。

母親の身分が低いだろうと判断されるもう一つの根拠として、ドラマは採用してないみたいですが、“四爺”はホントに“四爺”だったのか問題」がございます。

実は、四爺について、正史の「蘭陵武王長恭」の伝記(列伝)の方には、《北斉書》でも《北史》でも「第四子」とありますが同じ史書でも帝紀(廃帝)の方では、乾明元年三月の項に、
“封文襄第二子孝珩爲廣ィ王,第三子長恭爲蘭陵王。”
(文襄帝の第二子・孝珩を廣寧王に、第三子・長恭を蘭陵王に封じた)と書いています。

さきほどご紹介した墓碑でも「第三子」になってましたよね。

実はこの、兄弟の順番を変えてしまうというやり方には似たケースがあり、他ならぬ高緯〈こう い〉がその例です。彼は「長男」で皇太子とされていますが、実際は高湛の第二子でした。

どうして史書には長男と書かれたのかというと…。

“南陽王綽,字仁通,武成長子也。以五月五日辰时生,至午时,後主乃生。武成以綽母李夫人非正嫡,故贬为第二”
(南陽王・綽はあざなを仁通といい、武成王の長子であった。五月五日の辰の刻に生まれたが、午の刻になって、後主(高緯)が生まれた。武成帝(高湛)は、綽の母である李夫人が側室であるため、貶めて第二子とした)

つまり、ここ《北斉書》巻12 列伝4に書かれているのはこういう事です。高綽と高緯は同じ日に生まれ、実際には高綽の方が生まれた時間は先でした。本来なら彼が長子、そして高い確率で皇太子になるべきところでしたが、側室の子だったため、正妻である胡皇后の子・高緯が長子とされた、というわけです。

これを敷衍すると、いま、高澄の第三子とされている孝琬は皇后の子ですから、母親の名が伝わっていない長恭の方は、彼と近い日、または近い年に生まれた、しかし、母親が側室、またはそれ以下の身分だったので、正妻の子よりも後に(弟分という地位に)貶められた、ということになります。

なので、本来第三子と書くべきところを第四子に変えた関係で、ところどころ記述に混乱が生じている、という説なのです。この説を採用すれば、四爺の…いや三爺の…(ややこしいな)、母親の身分は少なくとも正妻よりは低い、ということになります。

しかしですよ。   

斉国の東〇ポたる本ブログとしましては、またしても何の根拠もないけれど、ついつい別の方向へ考えてしまうのであります。

だってこの後ご紹介する高澄の行状を見ていると、ひょっとして…ひょっとしてですが、母親の身分が高すぎて、またはヤバすぎて書けなかった、ってことも、十分ありそうな話じゃないかと…。

ま、そのスクープは後に譲るとして、ドラマのお母様はこんな風に我が子を諭していて、とても立派です、

“你要記住娘教你的 要記得你是誰”
(どうか母様が教えたことを覚えていて。自分が何者かを忘れないこと)
“做一個嚴於律己 ェ以待人”
(自分に厳しく、他人には寛い心で接すること)
“象小草一樣堅韌 頂天立地的男子漢”
(雑草のように強く 何ものをも怖れない立派な人になること)
“還有啊 肅兒永遠是娘心中 最疼愛 最寶貝的好孩子”
(そして 粛は母様の心の中では永遠に、誰よりもかわいい 何よりも大切な宝物だということを)

ここは、吹き替えの訳がナイスな感じですね。

「教えたことを守って 分をわきまえて」
「おのれに厳しく 人にやさしく 雑草のように強い丈夫〈ますらお〉になりなさい。」
「忘れないで 母様にとって粛は誰よりも可愛い子ですよ」

幸か不幸かトンデモパパの謦咳には接することがなかったらしい四爺は、ため息交じりに述懐しています。

“她一生只伺候過我父皇一個人,
而我父皇卻擁有了太多的女人。估計連我娘長什麼模樣都記不得了。
所以我決定 這種事情 絕對不會發生我身上。”

(母は一生、父君独りに仕えた。しかし父君の元にはあまりにもたくさんの女人がいて、母の顔さえ覚えていなかっただろう。だから私は決めたのだ。このような事を私は決してしないと)

息子にこうまで言われちゃうパパ・高澄は、一体何をやらかしたんでしょうか…。

まずは《北史》卷14 列伝第2の中から、そのトンデモっぷりをご覧いただきましょう。ここは、帝王の妃たちについて記されたパートになります。

高澄関連の記述で、まず出てくるのはこれです。

神武崩,文襄從蠕蠕國法,蒸公主,產一女焉
(神武帝(高歓)が崩御すると、文襄帝(高澄)が蠕蠕〈ぜんぜん〉国の法に従って公主を娶り、娘が生まれた)

高澄の父君・高歓は、当時の強国・蠕蠕の姫君を側室として娶りました。高歓が亡くなると、ヨメの実家の決まりに従って、彼女は息子の高澄の妻となりました、という事なんですが、正史にわざわざ言い訳がましく書いてあるのは、義母に当たる人を娶るなんて、漢民族の間ではあまり褒めた話ではないからです。

とすれば、同じ章に書かれた、次のエピソードのトンデモ度がお分かりいただけるでしょう。

馮翊太妃鄭氏,名大車,嚴祖妹也。初為魏廣平王妃。遷鄴後,神武納之,寵冠後庭…
(馮翊太妃〈ひょうよくたいひ〉鄭氏〈ていし〉は名を大車と言った。鄭厳祖〈ていげんそ〉の妹であった。はじめ、魏の広平王の妃であった。東魏が鄴〈ぎょう〉に遷都して後、神武帝に側室として迎えられ、誰よりも寵愛を受けた…)

ということで、高澄のお父さん=四爺のおじいさんである高歓は、戦利品(?)として鄭大車という人をお妾さんにしたのです。ところが…。

神武之征劉蠡升,文襄蒸於大車。神武還,一婢告之,二婢為證。神武杖文襄一百而幽之,武明后亦見隔絕。時彭城爾朱太妃有寵,生王子浟,神武將有廢立意。
(高歓が劉蠡升〈りゅう れいしょう〉の討伐に遠征していたとき、高澄は大車と密通した。帝が帰京すると、1人の召使い女がこれを密告し、2人がその証人となった。高歓は高澄を百叩きの刑に処し、幽閉したうえ、その母たる皇后とも行き来を断ってしまった。

当時、彭城〈ほうじょう〉の爾朱〈じしゅ〉太妃が寵愛を受け、皇子・浟〈ゆう〉を産んでいた。高歓はこの際、皇后も皇太子も廃してしまおうかとすら考えた。)


ちょっと、ちょっとお父さんっ!!一体何をやってるんでしょうか。2年前に正妃を娶ったばかりの14歳で…(絶句)。

父皇のお妾さんにちょっかいを出すなんて、皇位を賭けた恋、というにはあまりに情けない行状、しかし、自ら招いたピンチとは言え、四爺パパ高澄も廃太子の危機に手をこまねいている訳にもいかず、忠臣の司馬子如〈しば しじょ〉に泣きつきます。

子如は証言をした召使い女を自害に追い込み、「結髪〈けっぱつ〉の妻」(結髪〈ゆいがみ〉の儀式をした奥さん=最初に契りを交わし、苦楽を共にした妻、という意味で、ここでは高澄の母・婁〈ろう〉皇后のこと)を忘れてはなりませんよ、メイドの証言なんか讒言です、ととりなし、皇后、高澄と高歓を和解させることに成功します。

何とか皇太子の地位も保たれて、これで懲りればいいものを、この間もせっせと女に手を出していた四爺パパは、なんと、10年経たないうちに、またまた大変なことをやらかしてしまいます。

では、《資治通鑑》巻158 梁紀14の記事から見てみましょう。
紀元543年の出来事です。

仲密後妻李氏艷而慧,澄見而ス之,李氏不從,衣服皆裂,以告仲密,仲密益怨。
(高仲密がのちに娶った妻、李氏は美しく聡明な女性で、高澄はひと目で好ましく思い、よしみを通じようとしたが、李氏が抵抗したために、その衣はずたずたに破けてしまった。李氏が高仲密にこのことを話したため、仲密はますます恨みを募らせた。)

高仲密は高歓とは遠い親戚でしたが、最終的に彼は高歓について官位を得、豪奢な暮らしをしているうちに、糟糠の妻を捨てて、書画や騎射にも通じた多才で美人な若い妻・李氏を娶ったのです。ますます得意になった仲密は、周りの者も引き立てて地歩を固めようとしていたところ、高澄にその計画を阻止されてしまいます。

実は、仲密が離縁してしまった妻というのは、高歓・高澄父子に重用されていた官吏、崔暹〈さい せん〉の妹でした。きっとそのことで意趣返しをされたに違いないと恨んでいたところにこの事件、高仲密がさらに恨みを募らせないはずはありません。

尋出為北豫州刺史,陰謀外叛。丞相歡疑之,遣鎮城奚壽興典軍事,仲密但知民務。仲密置酒延壽興,伏壯士,執之,二月,壬申,以虎牢叛,降魏。

(高仲密は都を離れ、(辺境の)北豫州〈よしゅう〉刺史(長官)となり、寝返ろうと画策しはじめた。丞相〈じょうしょう〉〈官名〉の高歓は彼の忠誠心を疑い、鎮城〈ちんじょう〉(守備部隊を統括する官職)の奚壽興〈けい じゅこう〉を派遣して軍事を仕切らせ、仲密には民事だけを統括させた。仲密は酒宴を設けて壽興を招くと、秘かに屈強な武人を配し、彼を生け捕りにした。2月12日、仲密は虎牢〈ころう〉を占拠して西魏に投降した。)

ってことで、結局、高仲密は東魏を裏切り、西魏に寝返ってしまいます。

それより、543年、といえば何かを思い出しませんか?

そう、前回(第9話の1)ご紹介した、第1次邙山〈ぼうざん〉の戦いの年ですよね。

実は、この戦い、高仲密が西魏に投降したことが引き金になり、宇文泰がその反乱に合流して洛陽を襲撃したことで始まったのです。

つまり、高澄の最初のナンパで賭けたのは皇位だけど、今度は国を賭けたナンパになっちゃったわけです(呆)。

そして、こんな不義の戦いに、東魏軍は勝ってしまったんですよね? 何だか嫌な予感がします…。
それでは続きを見てみましょう。

五月,東魏以克復虎牢,降死罪已下囚,唯不赦高仲密家。丞相歡以高乾有義勳…,皆為之請,免其從坐。仲密妻李氏當死,高澄盛服見之,曰:「今日何如?」李氏默然,遂納之。
(五月、東魏は虎牢を取り戻し、本来なら死罪に処すべき者たちも寛大な扱いを受けた。ただし、高仲密の一族だけは釈放されなかった。高歓は、仲密の兄・高乾が自分を引き立ててくれたことなど、彼の家族の恩義に免じて,東魏の孝静帝に、一族を連座させないよう請うた。高仲密の妻、李氏も本来であれば死罪は免れないところだったが,高澄は正装して彼女の元へ赴き、「今回はいかがであろうか」と尋ねた。李氏が黙して従ったため、ついに側室として迎え入れた。)

なんてこった…(コメント不能)。

ちょっかい出した方が勝利するなんて、神も仏もないのか…と思ってしまいますが、やはり因果は巡る、糸車。

次のエピソードなんて、このえげつなさに比べれば可愛いもんよね、と思ってしまうほどですが、結局これが最後の火遊びに…。

琅邪公主名玉儀,魏高陽王斌庶生妹也...為孫騰妓,騰又放棄。文襄遇諸途,ス而納之,遂被殊寵,奏魏帝封焉。
(琅邪〈ろうや〉公主・玉儀は魏の高陽王・斌〈ひん〉の庶出の妹だった...孫騰〈そん とう〉の妓女であったが捨てられた。高澄はたまたま通りがかりに彼女を見て気に入り、側室として置いた。大変な寵愛ぶりで、魏帝に奏上して琅邪公主(琅邪皇女)の称号を与えた)

紀元547年に高歓が病没すると、高澄がその後を継いで実質的な東魏の支配者になります。都の鄴〈ぎょう〉で政務を執っていた高澄は、元玉儀とばったり出会ってまたもや妾に…ってもう言うのも疲れるおなじみのパターンで話が進みます。

文襄謂崔季舒曰:「爾由來為我求色,不如我自得一絕異者。崔暹必當造直諫,我亦有以待之。」
(高澄は(腹心の)崔季舒〈さい きじょ〉に言った。「そなたにわざわざ美人を探させているというのに、どれも私が自分で見つけてきた絶世の美女には到底及ばないな。崔暹〈さい せん〉は今度のことを知れば、きっと小言を言ってくるに違いない。楽しみに待つとしよう」)

崔暹は父君の代からの重臣、しかもこの後登場する、誰もが怯える暴君・高洋にも直言するなど、なかなか気骨のある人だったようです。彼なら、「例の李氏のことでも大ごとになったのに、またもや揉めそうな女を引っ張りこんだのですか…と諌めるに決まってる」と高澄は、知ってるくせに挑戦的な態度です。

中二か、あんたは!

及暹諮事,文襄不復假以顏色。居三日,暹懷刺,墜之於前。文襄問:「何用此為?」暹悚然曰:「未得通公主。」文襄大ス,把暹臂入見焉。
(崔暹がやって来ると、高澄はわざと仏頂面をしていた。しばらくして、崔暹は懐の名刺を高澄の前に落とした。高澄が何事かと聞くと、崔暹は恭しく答えた。
「まだ姫君にお目通りの栄を得ておりませんので…」
高澄は、ことのほか喜んで、彼の手を引いて玉儀に拝謁させた。)


ふーん、この時代にもう名刺があったんだ〜って、感心してる場合じゃない気がするのですが、もはや呆れるのにも疲れました。

臣下にナンパ自慢してどうするよ、っていうか、この後、玉儀の姉の静儀(人妻ですっ!)とも懇ろになってしまう高澄、もうどうコメントしてよいやら史官も呆れたと思いますが、無軌道な生活がそういつまでも続くはずもなく、人払いまでしてのアバンチュール(こういう時に使うんですよね、この言葉は)の挙句、ついに刺されて亡くなってしまいます。

こんなお父さんの話、どこまで知ってるのか知りませんが、四爺はすっごく迷惑そうです(そりゃそうだろ)。

“我一定要善待我的妻子 不能讓他步我娘的後塵。”
(私は必ず妻を大切にするつもりだ。母のような目には会わせたくない)

ああ、また四爺の「必ず」ですか、はいはい…。
と視聴者は話半分とか10分の1とかに値切って聞いていますが、ご本人は真剣そのものです。

それを聞いている雪舞は、
“所以四爺 這一生 只願擁有一個女人”
(だから四爺は)「生涯 ただ一人を愛するのね」
と言います。

この発言、言ってる方と聞いてる方の受け取り方が真逆、というのは女媧〈じょか〉さまと視聴者だけが知っています。

聞いてる方のウィリアム・フォンは、当然、この雪舞の発言を良い兆候と思っていることでしょう。この時のように、右側のアングルから半分が影になるように撮影すると、彼が最強に美男子だということはさすがの私も否定しません。そんな顔で、

“沒錯”
「さよう」

と言われてしまった雪舞の複雑な表情…。
良い事なんだろうけど、彼女にとっては致命的な一言です。

しかし彼女は、そんなショックを何とか押し隠し、辛い過去を思い出して傷心の四爺に、優しく助言を与えます。

「別去想你失去的 要想你擁有的」
「失ったものではなく 手にしたものを見て」

こう言われた日本語の四爺は「今のわたしは何一つ手にしてはおらぬ」と答えます。

もちろん、意味はこれで合ってるのですが、「だけど、これからは手に入れますよ」って言いたいのかと誤解しそうですね。ここは、もう少し含みのある、中国語のニュアンスで見てみましょう。

“我從來不覺得 我高長恭真正擁有過什麼”
(この高長恭、これまで一度も、本当に何かを手にしたことはなかった)
“別這樣說 你並不是一無所有的 你擁有我的尊敬與崇拜”
(そんな風に言わないで。あなたには何もないわけじゃない。私の尊敬と崇拝を手にしているわ)

つまり四爺は現在完了形というか、過去から現在に至るまで、生きてる甲斐みたいなものは何もなかったと告白しているのです。別れ際にお母様が方便で言った、美しい着物も豪華な食事も、彼には何の意味もなかったわけです。

皆のために、慈悲の心も押し隠してまで戦いに出て、実は本当に守りたいものも、手にしたものも、何もない。なんて悲しい言葉でしょう。

こんな情緒あふれる場面に、雪舞、四爺、般若の面が横に並んでるのが何ともまた…。

幼いころから肉親に甘えることもできず、何とも気の毒な身の上の四爺ではありますが、まあせめて、あのトンデモ父君からの直接の影響は受けなくて済んだだけ、マシだったかも知れない…。

何せ、父君の悪行三昧の応報は、高澄自身の身の上に降りかかるだけでは済まなかったのです。

今回のお話を〆る前に、その恐ろしいエピソードをご紹介しましょう。
ただ、私は史料を読んでる時点で本気で気分が悪くなったので、この手の話が苦手な方は、どうかスルーしてください。原文のニュアンスを犠牲にして、ちょっと薄めはしましたが…。

高澄が亡くなったあと、その後を継いだのは弟の高洋でした。
彼は華麗なる兄に比べると見た目も大したことはなく、いつも茫洋として、兄からはバカにされていましたが、父の高歓は秘かに、その優れた資質を見抜いていました。

しかし、賢い高洋は自分の実力を、兄からは巧みに隠していました。

ついに兄の高澄が亡くなると、彼は一気に実力のほどを現し、父も兄も成し遂げられなかった皇位の簒奪を行い、斉を建国します。

初めの頃こそ明君の誉れ高かった高洋ですが、ああ、これも高一族のDNAの為せる業なのか、次第に酒色に溺れ、アンビリーバボーな行動を起こし始めます。そして、天保6年(紀元555年)、ついに恐ろしい事件が起こります。

亡くなった高澄は、弟の高洋が皇帝になった後、後付けで文襄帝の名を贈られ、その正妻である元氏は文襄皇后として礼遇される身でした。ところがその年、高洋はいきなりその住まいを訪れると「昔、兄はわが妻を辱めた。今こそ報復の時だ」と言い、元氏に関係を強要しました。

酒の勢いでこんな出まかせを言ったのかと思いきや、高澄が、嫌がる高洋の妻・李氏にちょっかいを出していたことはまたまた正史に記載があります。李氏は美女の誉れ高く、高澄は弟にはもったいないと常々公言していたようなのです。さらに、この事件を聞いた、高澄・高洋ふたりの母、婁太后は「なぜお前のような子を産んだのか まったくお前の兄そっくりだ」と言いながら杖で高洋を打ったと言いますから、何をかいわんや。

いったい蘭陵王の生母が誰なのか、考える気も失せるというものです。

それにしても弟の恨みたるや、凄まじいものがあります。

常に貶められ、その陰に甘んじてきた憎むべき兄。
日頃罵られるばかりでなく、妻までも辱めた兄。
その殺しの現場にいの一番に乗り込み、実行犯を始末し、被害者の地位をわが物とした弟。

じっちゃん(高歓)の名にかけて、高澄殺しの下手人の中には、コイツがいたに違いありません!違ったとしたって、高澄が生きてたら、いつかは兄弟で激突し、似たような結果になったことでしょう。

しかし、話はこれだけじゃ済みませんでした。

高洋が死んだ後、今度は弟の高湛〈こう たん〉が皇帝の座に就くのですが、《北斉書》巻9によれば、なんと彼も、兄と全く同じことをしたのです!

今度の被害者も高洋の皇后・李祖娥〈り そが〉でした。彼女は高湛に迫られ、女児を産みますが、それを恥とし、結局女児は亡くなってしまいます。高湛は怒り狂い、「お前は私の娘を殺したな、ならば私はお前の息子を殺してやる!」と、彼女の目の前で、高洋との息子、高紹徳を殴り殺してしまいます…

まったくケダモノにも劣るとはこの事です。なんて恐ろしい、狂気に支配された一族なのでしょうか。

四爺は、史書を見ても立派な人だったみたいだし、亡くなってからは墓碑を立ててもらえるほど慕われた人だったようですから、この家族の中では変わり者だったんでしょうね。

でも、この際、四爺がどんな人かなんて大した問題ではありません。だって、彼は武将で明日をも知れない身、しかも占いによれば、彼には時限つき脂肪…いや死亡フラグが立っているのです。いくら本人が高潔だと言ったところで、亡くなってしまえば遺された妻はどうなることか。

こんなトンデモない家に、可愛い孫娘を嫁がせるなんて、絶対絶対できません!
夢マクラに立ってでも、孫娘を取り返さなければ!

とおばあ様は思ったのかどうか、詳しくは次回、第10話(→こちら)にて!
posted by 銀の匙 at 23:01| Comment(10) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月01日

蘭陵王(テレビドラマ15/走馬看花編 第9話の1)

皆さま、こんにちは。

新年早々、ご無沙汰しておりました。
もはや新年という言葉も今は昔の感がある今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
中国のお正月は今年は2月中旬だそうなので、すでに三日坊主になってる方は態勢を立て直すチャンスですよ!(ってそれは私か。)

お正月といえば、その昔、東京都下の某神社で年末から年明けにかけてバイトしたことがあったんです。っていうと、たいてい、スゴイな、巫女のバイト?!って反応が返ってくるんですが、残念ながら違います。第9話を見てたら、何だか懐かしく思い出しちゃいました。

冒頭ですが、ここで3択です。いったい年末年始の神社で、私は何のバイトをしていたのでしょうか!?

1)お神酒を配るはずが罰当たりにも自分で飲んでしまい、起きてみたら周の国にいた

2)ひと月間違えてマメを撒いていた

3)その他

答えは、スクロールした後で!

なんて、のんびりクイズ出してる場合かなのですが、実は1月前半が割合ヒマだったので、うっかり《宮鎖心玉》(『宮〜時をかける宮女』)を見てしまい、蘭陵王の時代から一気に1000年飛んでしまったので、なかなか南北朝に戻れなくて...。

《宮》《蘭陵王》に比べると、お話の展開する場所も狭いし(タイムスリップものなので時代幅は広いですが・笑)、脚本も割合シンプルで、キャラクターで見せる作品なので、気軽に楽しめるのが良いですね。

刺繍がふんだんに使われた衣装は色遣いも美しく、辮髪さえ見なかったことにすればなかなかステキ…。

清朝のことはほとんど知らないので、ふ〜ん、こんな習慣があったんだ〜、とか、こんな制度があったんだ〜、とか、いろいろ新鮮でしたが、時代が現代に近いだけに、きっとそれなりに考証はしてあって、それほどトンデモでもないのでしょう(と信じたい)。

ウィリアム・フォンが演じてる道明寺 司 “八阿哥”は生き生きしてるというか、ホントに“八旗子弟”(満洲人貴族の子弟=現代では、特権階級に生まれついただけで、何の能もないボンボンという意味で使われてます)の生まれ変わりじゃないかと思うほど役柄が板についてて、…あ、いえ、卵型の輪郭に通った鼻筋、涼しい目元、肖像画に描かれる満洲族そのもののビジュアルで(笑)、正直驚きました。

キャラクターにブレがないので、《蘭陵王》のように、この人ホントに同じ高長恭?みたいなことがなくて安心して見ていられますし、この人ホントに絶世の美男子?みたいなことをつい考えちゃうシーンも、他の作品よりは少ない…ような気がする...。

主演の二人(ウィリアムとヤン・ミー)が中盤以降最後まで、ずっと仲が良いのも癒されますよね…。
劇中でヤン・ミーがウィリアムに言う、このセリフ。

“你就像是一本書,要慢慢讀,慢慢讀,才能了解其中的奧妙
可是現在你這本書呢,我只讀了一半 我想用一輩子的時間 來了解你的好”

(あなたは一冊の本みたい。 
ゆっくり時間をかけて読まないと、その深さがわからない。
私が読んだのはまだ半分。これから一生かけて、あなたの良さを知りたいの)
 

絶世の美女からこんなこと、ぜひ、言われてみたいもんです。

さて、お正月、もう1つ思いがけず嬉しかった番組と言えば、

『ブラタモリ』

ですね。

何を隠そう、タモリさんの大ファンな私。外出先でたまたま『ブラタモリ〜京都編』を見かけ、その場でずるずると最後まで見てしまいました。

とても教養があるのにちっとも嫌味じゃないタモリさん。京の地図に刻まれたナゾの直線を、ひと目で「御土居」〈おどい〉と看破するも、拍子抜けするほど自然な雰囲気。

そうです、豊臣秀吉が築いたこの土塁こそ、洛中と洛外を分ける境目でした。そして「洛中・洛外」とはもちろん、京都を古代中国の都、「洛陽」になぞらえて呼んだ事から来た言葉です。

そして今から1400年前、オリジナルの方の洛陽は、周の皇帝・宇文邕〈うぶん よう/ユィウェン ヨン〉の3万の…違うか、5万の…いやもっとか?、10万の…って、強烈なインフレ起こしてて一体ドラマじゃ最終的にはどのくらい居たのかよくわかんないけど、だいたいそんな感じの軍に囲まれ、あわや落城の危機にありました。

第9話前半は全編の白眉。
ここさえ見ればあとは別に見なくても(あ、つい本音が)
ってことで、ここまでの話をおさらいしておきましょう。

ちなみに“白眉”〈はくび〉というのはまたまた三国志に関係ある故事ですが、現代中国じゃもうあまり使わない成語らしいです。(いちおう、辞書には“馬氏五常 白眉最良”(馬家の五人兄弟(名前には全員「常」の字が入っている)の中で、白い眉の者が一番優れている)って形で載ってはいるけど…)

と、冒頭からブラタモリしてると洛陽が陥落しちゃいますので、とりあえず、まずはあらすじをば…。
(前の回(第8回)は→こちら、第1話から見たい方は→こちら へどうぞ。)

第8話までのあらすじ
周の実質上の支配者・宇文護〈うぶん ご/ユィウェン フー〉から実権を取り戻したいと焦る皇帝・宇文邕〈うぶん よう/ユィウェンヨン〉は、軍功を挙げようと突厥〈とっけつ〉から援軍を借り、敵対する斉の要衝・洛陽を包囲します。

対する斉の皇太子・高緯〈こう い/ガオ ウェイ〉は、国境の守備にあたっていた従兄の蘭陵王〈らんりょうおう/ランリンワン〉=高長恭〈こう ちょうきょう/ガオ チャンゴン〉=四爺〈スーイエ〉が毒矢に倒れた隙に兵権を強奪し、洛陽を守って実績を作ろうと画策します。

一方、宇文邕の元に赴いた楊雪舞〈よう せつぶ/ヤン シュエウー〉は、毒矢の解毒薬を手に入れ、同行した韓暁冬〈かん きょうとう/ハン シャオドン〉に秘かに託しますが、自分は周軍にとどめ置かれたまま、宇文邕と共に、洛陽攻城の最前線に伴われることに…


さて、こちらは周の本陣。
宇文邕は腹心の宇文神挙〈うぶん しんきょ〉を通じて、最初に城壁を登った者に金100両、城門を破った者に金1000両を取らせる、と言っています。これはつまり、第1話(→記事はこちら)で周の将軍・尉遅迥〈うっち けい〉が出した報奨金と換算すると、

城壁×100=洛陽城門×10=高長恭

って計算式なんですかね。

安いのか高いのか、よく分かりませんな…。

神挙は、日本語では「洛陽城を陥しまする」とだけ言っていますが、中国語では「2日で」と期限を切っています。

いまや洛陽は風前のともしび、祈るようなまなざしの楊雪舞に向かって宇文邕は強い口調で、
“高長恭已死,你也別痴心妄想。”と言います。

吹き替えでは「目を覚ませ 高長恭は死んだ」と訳してます。中国語の意味は確かにそういうことなんですが、元の中国語の字面だけ見ると、スゴイですよね。“痴心妄想”ってどんだけヘ〇タイなんだか…。

さて、この戦いは歴史上、「邙山〈ぼうざん〉の戦い」と呼ばれています。邙山は洛陽の北にあり、天然の障壁として防衛上重要な意味があったほか、各時代の王陵や墓地が集まっている場所です。呂不韋〈りょふい〉や杜甫〈とほ〉、顔真卿〈がん しんけい〉など有名人の墓地もここにあるらしいのですが、恐ろしいことに、今は山頂が「洛陽北郊空港」という空港になってるらしい。(→空港の位置

いいのか、こんなとこに…。

それはさておき、実は同じ南北朝期に「邙山の戦い」は2回あります。

1回目は543年、北魏が東魏(斉の前身)と西魏(周の前身)に分かれたあとの合戦で、最終的には東魏軍の高歓(蘭陵王のお祖父さん)が西魏軍の宇文泰(宇文邕のお父さん)に勝つという、まさに因縁の戦いでありました。

第2ラウンドが今話題の564年の邙山の戦いで、史実で参戦した登場人物はドラマとは違ってますが、それは後ほどご紹介することにいたしましょう。

宇文邕の、
“進攻!”
「進撃せよ!」
という命令で戦闘が始まります。

この後、蘭陵王のセリフにも出てきますが、古代の戦争では進撃の合図に太鼓を鳴らします。
もちろん太鼓には信頼の黒色馴鹿マーク。

このあと雪舞がすぐ、
「始まるのね」
と言っていますが、中国語で
“戰爭開打了”(直訳すると、戦争を打ち始める)と言っているのは、おそらく太鼓を鳴らす=戦闘が始まる、ということから来た言葉なのでしょう。終わりの合図もこの回で出てきますので、また後ほど。

ちなみに京劇では立ち回りの多い芝居を、“開打戲”と言ったりします。

城壁に群がる兵士は黒い装束に身を包んでいます。
周の兵士が黒装束だったことは史書にも記載があり、

隆化元(576)年12月16日、周軍が晋陽(しんよう;斉の副都)を囲んだ(史実では、安徳王=高延宗=五爺(ウーイエ)が頑張ったものの、この戦いで晋陽は陥落してしまいます)。周軍の将士、兵卒の軍服も、旗指物もすべて黒一色であった。そのため、街の四面は雲のようであった。

とされています。

ただでさえ包囲戦で気が滅入ってるのに、黒雲のような軍団が押し寄せてくるなんて、嫌すぎる。

対する斉軍の軍服がなのは、第7話(→こちら)でご紹介したとおりです。

ある国がどの色をシンボルカラーとするかは、勝手に決めてる訳ではなく(好みで決めてるとこもあるみたいではあるが)、「五行」〈ごぎょう〉の原則によって決めます。

特に、南北朝のように、同時にいくつかの国が乱立してるような状態では、何色がシンボルカラーかが、国の正統性についての、重要なアピール要素になります。

「五行」とは、世界は木・火・土・金・水の5つの要素から成り立っていて、お互いの要素が衰えたり興ったりすることによって、万物が循環する、という思想です。

あれっ、第五元素はリー・ルーじゃないの?と思ったあなた、『フィフス・エレメント』『エア・ベンダー』の見すぎです。

上記映画の設定でも分かります通り、西洋哲学では世界は火・風・水・土の4元素から成り立っていて、木と金がありません。

中国では、季節とか、惑星とか、方角とか、色とか、身体の部位とか、いろいろなものが、この「五行」と結び付けられています。
 
 徳―色―方角―季節―吉祥獣

 木――東――春――青竜
 火――南――夏――朱雀
 土――中央―土用―黄龍
 金――西――秋――白虎
 水――北――冬――玄武

漢文や古代思想などの授業で五行を習った人は、だから「青春」っていうんだよ、とか「北原白秋」ってペンネームはここから取った、とか、都の南にある門を「朱雀門」っていう、とか、玄武岩は主に「黒」だよね、といった、身近な例で、説明を受けたことがおありでしょう。

ここで重要なのは、最初に書いた、それぞれの要素が衰えたり興ったりする、ということ。

古代中国では秦から漢、隋から唐…というふうに王朝が交代してますが、これは「前の王朝が徳を失ったため、天が“革命”(命令をあらためる)して、次の王朝に治めさせる」ためだと説明されます。

ということで、各王朝はそれぞれ、五行の中の「徳」を持っています。たとえば漢は、「木」徳の周から生まれた(周を継ぐ正統性がある、という主張)なので、「火」徳とされます。とすると、漢を継ぐものは、「土」の徳をもっていますので(「火」が燃えると、灰(「土」を生じる)、次の王朝は「土」徳となります。つまり、三国の魏のシンボルカラーが黄色なのは、正統な漢王朝の後継者である、と主張してることになります。

《隋書》(北周の後を継いだ王朝の正史)には、「五行志」というパートがあり、それによると、

(高緯の)武平7年(576年)、夜半に、宮中の樹が訳もなく倒れた。斉は「木」徳であるので、故なくして倒れるのは亡国の前兆である。

さらに同じ年に関する記述として、

 并州で赤蛇と黒蛇が争い、数日後、赤蛇が死んだ。赤は斉の国色である。

ここから、斉の国の徳は「木」、シンボルカラーは「」であることがわかります。…って、木徳ならじゃないのか!?と視聴者のみならず、中国の歴史学者もツッコんでいるのですが、《北斉書》や《北書》、それに前回もみたお墓の内装や副葬品からも、が尊ばれていたことが分かるので、結論として「高一族が赤が好きだったからでしょ」と、歴史学者も匙を投げています(単なるワガママかい!)。

だから滅びるんじゃ、ボケ!と言いたいところですが、何かきっと理由はあるんでしょうけどね…。

「邙山の戦い」第1ラウンドでも分かりますように、北魏が分裂したあと、宇文氏は西魏、高氏は東魏についていました。西魏のシンボルカラーは、東魏のシンボルカラーはでしたが、その当時、「に勝つ」という噂が流れていたため、高氏は道士の助言を聞き入れ、黄色をに変えたという話もあります。

周の方は、(北)魏の「水」徳(北魏はどうやら途中で徳性を土から水に変えたらしい)を継いで、こちらも「木」徳を称しました。どっちも「木」徳じゃ同じですが、つまりどちらも、水は木を生む―(北)魏の正統な継承者、だと主張してた訳です。

周は西魏のシンボルカラー、を引き継いで替えませんでしたが、そこにも「噂」が影響していたと言われています。この話は面白いので、また、先の回でご紹介いたしましょう。

さて、ルな戦場に目を戻しますと、梯子を掛けて城壁に取りつく周の兵士たちに向かって、“狼牙棒”とか投げ落としている斉の兵士たち。たしかに、鉄のトゲトゲはイタそうですが、こう次から次から登って来られたんじゃ投げるのも間に合いません。

ちなみにこの“狼牙棒”という言葉、トゲが付き出してる様子からの連想か、「無精ひげ」を指して言ったりもするようです。

長いこと伏せってはいましたが、無精ひげを生やすと別キャラかネタバレになってしまう(この段階では)との制作側の配慮が利いたのか、四爺はお肌の調子もよさそうで、
「敵の10万の軍勢に対してこちらはわずか500、天の時 地の利 人の和が勝利の鍵だ」
と宣言しておられます。

それではここで、蘭陵王軍の作戦を見てみましょう。

まずは、敵が洛陽の都を攻めるのに集中している隙をとらえて、陽動作戦を開始します。

先発は楊士深。洛陽に向かって進撃する周軍の背後から突撃。
その動きが本陣に報告されると、宇文邕は尉遅迥〈うっち けい〉将軍に追撃を命じます。

宇文邕は、必ずや尉遅迥を差し向けるであろう、と四爺に用兵を思いっきり読まれていますが、四爺は士深に対しても、邙山の麓まで敵を誘い出せ、日本語では「引き際を見極めよ」、中国語では“這時千萬不要戀戰”(このとき、決して戦いにこだわってはならぬ)、山頂で暁冬と合流せよ、と指示しています。

楊士深もきっと熱くなっちゃうタイプなんでしょう。実に的確(笑)な指示ですね。

尉遅迥は必ずや功を立てようと追ってくる、とこれも長年のお付き合いで良くご存じで。

斜面を駆け上ってくる尉遅迥たちが足を取られているすきに、山頂からは暁冬たちが大木と岩を落とし、敵の勢力を削ぐ…という段取り。

これはまさに《孫子》軍争篇の応用です。前回(第8回)→こちら同様、湯浅邦弘先生の訳でどうぞ。

“用兵之法,高陵勿向,…,佯北勿從,..歸師勿遏,圍師必闕,窮寇勿迫,”
(軍隊を運用する際には、高い丘の上に布陣している敵軍に向かって攻撃してはならない。…偽りの退却につられて深追いしてはならない。敗北の決断をして帰国する軍隊をとどめてはならない。四方を包囲した敵には必ず一か所退路をあけておき、どうにも進退が窮まった敵をぎりぎりまで追い詰めてはならない)

蘭陵王は配下の軍勢と一気に山を駆け下り、周軍の後方を衝きつつ、
“到時 他們有如俎上之肉 任憑宰割”(ここに至れば、彼らはまさに俎上の肉、いかようにも切り刻めるだろう)と言います。

中国語じゃ、まな板の上にいるのは「鯉」じゃなくて、「肉」なんですね…。しかし、なんとなく…なんとなく勘で、これは普通のまな板じゃなくて、生贄の儀式かなんかに使うヤツじゃないのかという気もするのですが、つか、四爺怖すぎるからこれ以上詮索するのはやめとこ。

これが地の利。

さあ、四爺が華々しく登場いたしましたところで新企画、本日のファッションチェック参りましょう。

四爺はポニーテールに般若のマスクを被り、縦ロールの弟君・五爺とはマスクはバイカラーのコンビネーション。首からは鎖帷子がのぞき、背中には「朱雀マーク」の大マント。

先にも申し上げました通り、「木」徳だったら、シンボルキャラは「青龍」のはずなんですが、そしたらゆるキャラ対決で被ってしまうリスクがあるのと(?)、赤一色のシンボルカラーの真ん中に「青龍」がいたんじゃ、趣味悪すぎと思ったのか、赤のシンボルキャラ「朱雀」を配しています。

第一話でおばあ様が、高緯は「朱雀の星に守られている」と言っていましたが、守護星が火星だったのかも知れないし、国のシンボルが朱雀だからなのかも知れません。

話が逸れました。
ファッションチェックに戻ると、四爺はペイズリー柄の袍の上に鎧を着ています。陣内にいるときは“明光鎧”というタイプの、ほとんどの部分が革製の鎧を着ていて、胸の円護と、小札になっている部分が金属製なので、相対的に軽い(しかし防御力は弱い)と思われます。

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6話で四爺が着てるのも、たぶん“明光鎧”の一種。

しかし、第1話から、出陣するときは今回の鎧を着てますね。

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私は韓流の時代劇を見たことないのでよく分かりませんが、韓国のドラマ紹介で似てる鎧をみかけるので、時代考証の結果というより、その辺からヒントを得たのでしょうか…。

史実的には、当時の重騎兵の鎧は鉄か銅で出来ていたため大変重かったようで、『武器と防具(中国編)』によると、この時代の騎兵は全装備で40キロを超えたとあります(道理で踏雪が機嫌悪くなるわけだ)。

四爺が今回着ている鎧は、右側の肩当て(肩鎧)が長く、左は短く見えますが、よく見ると右側は普通の鎧の上に、もう一枚、肩当てを「重ね着」しているようです。

鎧のことは詳しくないので推測ですが、たぶんこれは“披膊”という装備で、第8話の写真で紹介した出土品を見ると、何枚か重ねてつけています。
s-LLWyong.jpg
この兵士の来ている鎧も“明光鎧”です。

中国のデザインはよろず左右対称を重んじるのに、なぜドラマではアシンメトリーなデザインにしたのかは不明です。このドラマの中で、片側だけに防具をつけてる人としては他に宇文神挙がいます。たぶん彼は文官じゃないと思うのですが、他の人に比べると驚くほど軽装です。防具は左手側につけています。

中国武術をやってる人に聞いたら、両方同じ防具をつける、というパターン以外に、剣を持つ方の手は軽く、反対の手は防具を厚くするか盾を持つというパターン、長い槍や、上から振り下ろすタイプの太刀を使う人は利き手の側に肩当てをつける、というパターンもあるんだそうです。

本当にそれが理由かどうかはあまり保証できませんが、確かに四爺は、第1話では長槍を使っているし、この後の突撃シーンではは剣を後ろに高く挙げて持つスタイルなので、肩鎧が動くタイプじゃないと邪魔なのでしょう。

それにしても四爺は、屋上屋を架す重装備の割には兜をかぶってませんね。メットは大事だと思うんですが…。

実は、《北斉書》の段階では被ってたのは兜のようなんですが、唐時代の資料では「面」になっちゃってるらしい。

で、渋谷からやってきたと言ってもおかしくない、この奇抜なファッションの一団に周軍は、「奇面組だ!」じゃないや、鬼面軍だ!と怯えております。

さて、暁冬が日本語でこっそり漏らした機密、「ふとんがふっとんだ〜」作戦も発動され、周の陣中にふとんと共に仕込まれた“火樹銀花”に火矢が放たれます。

これが天の時。

周軍は大混乱、爆音は本陣のすぐ後ろに迫ってきます。
非常事態にもキビキビと言葉を交わす、皇帝陛下と宇文神挙の会話は、まるで電報文みたいです。
“他有多少兵馬”「兵の数は?」
“大約五百”「およそ500騎」
“以卵擊石”(卵で石を撃つようなものだ=無謀な試みだ)
ここの、「あなどられたものよ」
は実に名訳ですな。

一挙に形勢が不利となり、まさか雪舞が一枚噛んでるのではと、こちらも野生の勘で疑う皇帝陛下。それでもなお、
“你永遠會是朕一個人的,一個人的天女。因為得天下的 肯定是朕”(そなたは永遠に朕ひとりのもの、朕ひとりの天女だ。なぜなら天下を得る者は必ず朕だからな)と公言してはばかりません。

そんなことしてる間に、一堂 零〈いちどう れい〉の率いる三年奇面組、いや、蘭陵王の率いる精鋭軍は、いよいよ洛陽城門の前、敵陣の一番厚い部分に到着。敵の後ろにいるうちはまだしも、前に出てきたら攻撃されちゃうんじゃ…と思っていたら、蘭陵王軍はいきなり手榴弾を投げ始めます。さすがにこれは避けざるを得ないでしょう。投げる前からふっ飛んでる人もいるくらいですし(笑)

おお、そしてついに全編のハイライト到来。

「并州〈へいしゅう〉刺史〈しし;長官のこと〉蘭陵王である、城門を開けよ」
と、大音声で命じます。蘭陵王といえばルックスばかりが話題になりますが、忘れちゃいけない、史書では“音容兼美”(声も姿も共に美しかった)って、声も褒められてたんですよね。

その美声にすぐ応じようとする城内の将を斉の皇太子・高緯〈こう い〉は止めます。敵の策略かもしれぬって、当然そう思いますよね…。

あわや四爺ハリネズミの図か…というところで、例の見せ場、仮面を取るシーンが。

いやしかし、昔の人は目がいいんですね。城門だって低くはないでしょうに、あんな遠くからすぐ本人と認知されています。だから、すごい美男子で顔を知らなくたってあれが噂の蘭陵王だと皆が分かった、というストーリーに変換されちゃったのでしょうね。

それに皆が顔を知ってるようなら、尉遅迥だって第3話「あやつの面相をみた者はいない」と言うはずないと思うし(絶対斉軍にはスパイを紛れ込ませているはず)。

てことで、皇太子が命令を取り消さないうちに、洛陽城の門はとっとと開けられ、独孤永業〈どっこ えいぎょう〉将軍と洛州刺史〈らくしゅうしし〉の段思文が挨拶に現れます。

独孤永業は蘭陵王のお父さん・高澄〈こう ちょう〉に重用された武人で、得意技はダンス(?)、史実でも、邙山の戦いで守備に功績があったと伝えられる人です。この人も苗字が2文字(複姓)ですね。

彼らは四爺に、
“王爺辛苦了”(皇子、ご苦労さまでした)
と声を掛けています。日本語で考えてもちょっとヘンですが、中国語でも、ふつう目上の人に“辛苦了”とは言わないんじゃないかと思っていたけど…。

“辛苦了”という言葉で思い出すのは、毛沢東とか、エライ人(?)が視察とか閲兵式とかに行って声を掛けるシーンです。

“同志們,辛苦了!”(同志のみなさん、お疲れさん!)

ちなみに模範のお返事は、

“為人民服務!”(人民のために頑張ります!)

さすがに目上の人に「お疲れ!」はないだろうと思ったのか、ここの吹き替えは、「よくぞお越しを」と上手いこと逃げました。

しかし、人民のために服務する四爺と来たら、兵権を取り返した訳でもないのに、皇太子殿下を差し置いて勝手に進撃命令を出したり、どういうつもりなんでしょうか、と祖珽〈そ てい〉の顔に書いてあります。

祖珽は文官ですが、武の方でも活躍した人。南北朝時代の歴史を記した《北史》祖珽伝に、こんなエピソードが残っています(長いのでテキトーに摘まんで、例によってテキトーに訳しました)。

祖珽が北徐州の刺史だったころ、南朝の陳軍が攻めてきました。祖珽は城門を開けたままにさせ、音を出すことも、外を出歩くことも禁じたため、陳軍は人の住んでいない街かと思い、警戒をゆるめてしまいます。ところが夜になって街の住人たちに命じて大声をあげさせたため、兵士たちは驚き慌てて逃げ出しました。さすがにすぐ態勢を整えて再度侵攻してくるのですが、今度は祖珽自ら兵を率いて迎撃します。

陳軍は祖珽がめしいだと聞き及んでおり侮っていたところ、いきなり弓に矢をつがえ、止まることなく射てくるので慌てふためき、結局、やっぱり逃げていったということです。


ってことで、孔明同様、祖珽も「空城の計」(これも三十六計の一つ)の使い手だったわけです。孔明は逃げましたけど、祖珽は勝ちました。

その功績を称えてかどうかは知りませんが、祖珽伝は約6000字。たった500字しかない蘭陵王の記述の12倍くらいあります。

そんな軽い扱いに憤っているのか、四爺は無駄にエキサイトしています。

“一鼓作氣 定能把他們殺個片甲不留!”

吹き替えでは、「よいか皆 突撃せよ 敵をあまねく殲滅するのだ!」と言ってますが(もちろん意味は合っている)、中国語の方は「鎧のかけらも残さないように」と、殺し方の指示が、より具体的です(怖)

セリフの前半、“一鼓作氣”というのは、戦いが始まったときに鳴らす陣太鼓と関係のある言葉で、太鼓を鳴らしたら爆発的に力を発揮する、つまり、一気に物事をやり遂げる、という意味です。

出典は《左傳》〈さでん〉にあります。

紀元684年、春秋時代。魯国と斉国(当時存在した国の名です)が交戦したときのこと。敵が太鼓を鳴らして進攻してきたため、魯の荘公〈そうこう〉が応戦しようとすると、大夫の魯劌〈そう かい〉が止めます。

二回目の太鼓でも、魯軍は全く動く気配を見せません。ついに三回目の攻撃をかけてきたとき、魯軍は突如太鼓を打ち鳴らし、猛反撃して、敵を散々に打ち破りました。

後に荘公が、なぜ敵が三度攻撃するまで出陣しなかったのかと尋ねると、魯劌は「いくさは兵士の勢いにかかっています。陣太鼓は士気を鼓舞するためのもの。一度目に打ったときは士気があがっていますが、二度打つうちに衰え、三度目にはほぼ尽きてしまいます。そこへ我らが一気に力を出せば、当然、敵を打ち破ることが出来るのです。」


四爺もなかなか上手いこと言う、と申しますのも、これまで洛陽を守っていた(北)斉軍は、籠城していて撃って出なかった(出られなかった)わけですが、この一言によって、それは単に受け身だったんじゃなく、ここで爆発的に反撃に出るために力を溜めていたんだ!と、味方に思わせたからです。

皆さん、思いっきり、士気あがってますよね。

とはいえ、四爺がアジってる下に倒れている人々は、かつての四爺みたいに馬に踏まれちゃ大変だ(第2話こちら)という学習の成果か、なんか人形っぽいですね。

勢いにのる中国語の四爺は、このあとの、
「いざ!」
も、もっと具体的に、
“殺!!”
って命令しています(もう怖いのは分かったから)。

第2話で、四爺は、戦場ではコスプレしてれば 仮面をつければ慈悲の心を捨てて非情になれるとおっしゃってましたが、今は外してるけど、相当非情です。

ここで戦場に、いきなりどっちでもない服の人も出てきていますが、これが洛陽の住民なのでしょう。前の回で祖珽に、「鋤とか持って戦え」って言われたんで、その通りにしているんでしょうか(素直な人たちだこと)。

さらに次のシーンは、なんでこんなことになるのか意味不明(…ファンサービスの一環か?)ですが、いきなり敵の総大将(宇文邕)と、立ち位置がよくわからない将士(蘭陵王)の一騎打ち。

豹柄の弓VS蛇柄の弓の戦いです。
まったく、ヤンキーのタイマンかよ…

ここでつがえてる矢の箆〈の〉“桿”が微妙に曲がってて、こんなんで真っ直ぐ飛ぶのか? と気になってしょうがないんですが、素材には何を使ってるんでしょうね。通常は、竹や“樺”が良い、とされているようなのですが、それとも「大リーグボール」みたいに、わざと曲がるようにしてるのかしらん?

どんな材料であれ、とりあえず矢は飛んできたので、四爺は剣で払いますが、陛下は鞘で払ってます。剣を振るうまでもないっつーパフォーマンスでしょうか。
 
戦局が膠着してくると、だんだん遠征軍が不利になります。ここは尉遅迥将軍を投入してさっさとケリをつけたいところ。

ところが、ここでいきなり大冢宰〈だいちょうさい〉・宇文護から直接、尉遅迥に帰京の命令が下ります。 
さすが大冢宰、達筆ですな。つか、本人が書いたんじゃないでしょうが、よくもこのタイミングに間に合ったものです。

尉遅迥将軍は親を人質に取られているので命令を聞くしかないのですが、史実では、この「邙山の戦い」に関連して、意外な人の身内が人質に取られてるんですね。そのあたり、後ほどご紹介いたしましょう。

戦闘は膠着状態に陥っているようですが、四爺は何かを待っています。
もうじき申の刻、と言いながら、太陽を見ているのは、
申の刻が16時〜18時を指すからです。
冬12月、洛陽の日没は17時20分ごろ。申の刻には、そろそろ日も落ちかかるころでしょう。

そこへ、途中で足止めされていた、斉の斛律光〈こくりつ こう〉将軍到着のしらせ。

宇文邕は宇文神挙を遣わして、尉遅迥将軍に応戦するよう命じますが、神挙を前に、尉遅迥は文字通り兜を脱いでしまいます。

ここで、神挙が人差し指を尉遅迥の鼻先に向かって指しているのは、強い非難のジャスチャー。自分の行いを見よ、ということですね。このとき左手で指しているので、左利きなのかなと思いましたが、他のドラマでもこの動作を左手でやってるのを何度か見かけたことがあるので、必ずしも利き手でやるわけじゃないのかも。

そんな細かい詮索はともかく、じゃ、後はシクヨロ、ばっはは〜い!(古っ!)と、いまどきバイトの女子高生だってやらない無責任な戦線離脱の行動をとる尉遅迥に、さすがの神挙もなす術がなく、宇文邕に緊急事態を報告すると、ほとんど拝まんばかりに退却の命を下すようお願いします。

さもないと、周軍全員、『モンガに散る』…じゃなくて、「洛陽城下に散る」になっちゃうもんね。

ただでさえ頭の上がらない突厥〈とっけつ〉のお舅さんに、無理やり援軍を出してもらった宇文邕の脳裏には、いろんなものが走馬灯のように駆け巡っているでしょうが、ここは耐えがたきを耐え、撤兵を命じます。

待ってましたとばかり、命令を伝える神挙が審判員みたいにキビキビしてる(「一本!」)のが何となく笑えるのですが、この人は常に動作がキレッキレなので、他意はないものと思われます。

さて、進攻の合図は太鼓でしたが、退却の合図は鐘です。これを、“鳴金收兵”といいます。戦場で使われる鐘はドラマの通り、青銅器で出来ており、“鉦”といいます。

二人がかりで吹いている青銅製のアルペンホルンみたいなものは“號角”といい、こちらは兵士を集合させるときに使います。

負けて悔しい宇文邕は、

“蘭陵王 這次朕 不是輸給你 而是 輸給了宇文護
朕一定會捲土重來”
(蘭陵王よ、今回はお前に負けたのではない。宇文護に負けたのだ。朕は必ずやこの失敗を取り返すであろう)

と負け惜しみを言ってます。なぜ宇文護に知られたのか、その理由が分かっていたら負け惜しみさえ言えなかったでしょうに…。

“捲土重来”〈けんどちょうらい〉は日本語でも使いますし、出典の杜牧〈と ぼく〉の詩ごとご存じの方も多いでしょう。

題烏江亭  杜牧  烏江亭〈うこうてい〉に題す

勝敗兵家事不期  勝敗は兵家〈へいか〉も事〈こと〉に期せず
包羞忍恥是男児  羞〈はじ〉を包み 恥を忍ぶこそ これ男児
江東子弟多才俊  江東〈こうとう〉の子弟 才俊多し
卷土重来未可知  巻土重来 未〈いま〉だ知るべからず

劉邦〈りゅう ほう〉との天下分け目の「垓下〈がいか〉の戦い」に敗れた項羽〈こう う〉は、烏江〈うこう〉亭(宿場)にたどり着きます。

宿場を管轄する長に、この地で再興を図ってはどうかと勧められた項羽は、「この江東の地の者たちを連れて決起したのに、いま一緒に戻った者は一人もいない。江東の者たちが憐れんで私を王にしてくれたとしても、とても顔向けはできない」と言い、自害します。

晩唐の時代になって、同地を訪れた杜牧は、勝敗は軍師にすら予測はできないもの 恥を知り、それに耐えてこそ真の男だ 江東には優れた若者が多いのだから 再興の機会はあったかも知れないのに、という感慨を込めた詩を詠みました。

ここから、手ひどい失敗をした武将が、土煙を上げて再度攻め寄せる=態勢を整え、勢いを盛り返して再チャレンジする、という意味で使われるようになったということです。

ってことで、さしもの宇文邕も、こっぴどく負けた、という認識は一応あるようですな。

日本語の宇文邕の方は、さらに負け惜しみが強くて、失敗もなかったことにしたかったらしく、
「蘭陵王 朕はおぬしに負けたのではない 宇文護に負けたのだ
待っておれ 次にいくさ場で会うのが楽しみだ」

と、ポジティブに総括しておられます。

悲惨な戦いも終わり、斉の兵士たちは物資を拾っています。当然ながら、ここで拾ったものは国のものなのですが、史実では、蘭陵王は自分の評判が高くなりすぎたため、妬まれるのを恐れて、戦場で拾い集めた敵軍の物資を横領し、評判を落とそうと画策しました。そんなことしちゃ却って危ないよ、と親切な臣下が教えてくれたんでやめたんですけど…。

ここでは、やや微妙ではありますが、横領ではなく回りまわって自分の持ち物を拾った、ということだけで済んだみたいですね。

一大決心をしてあげたプレゼントの玉佩〈ぎょくはい〉を捨てて逃げるなんて、いったいどういう了見なんだ雪舞はよっぽど切羽詰まっているに違いないと、四爺は心配のあまり半泣きです。

兵士たちはそんなものには目もくれず、必死で矢を集めています。一回の戦闘で、惜しげもなく、一人何十本も射てしまう訳ですが、手作りだから、また補充するのは大変です。

《三国志演義》(史実じゃなくて、小説のほう)の有名なエピソードに、赤壁〈せきへき〉の戦いの折、蜀国の諸葛孔明は、手を組んだ呉国の将・周瑜〈しゅう ゆ〉に10日で10万本の矢を用意せよという無理難題を吹っかけられ、霧の夜に船を出し、曹操に矢を射かけさせて見事10万本を集めた、という話があるほどです。

西欧の戦記モノでも、同様に戦場で矢を集めるシーンがあります。『ロード・オブ・ザ・リング』でも出てきましたね。

細かいことですが、こういう描写があるととてもリアリティを感じます。ほんと、大変なんですって、矢を作るのは。

ってことで、冒頭の三択の答えは「(3)破魔矢を作る」でした!

さて、第1ラウンドに引き続き、このたびの「邙山の戦い」も斉の勝利に終わりましたが、史実ではどうだったのかと《北史》を見てみても、蘭陵王に関する記述のところには、37字しか書いてません。

蘭陵王長恭以五百騎突入周軍,遂至金墉城下。城上人弗識,長恭免冑示之面,乃下弩手救之。

蘭陵王長恭は500騎で周軍に突入し、金墉城下まで迫った。しかし城壁の上の者たちは彼が誰か分からなかった。長恭が兜を脱いで顔を現すと、弩手を遣わしてこれを救った。

何だしょうがないな〜。大げさに言ってるけど、小競り合いだったのか…ということではなくて、実は、他の人の伝記のところに、もっと長々と説明文があるんですね。

それではご覧いただきましょう、「段韶」〈だん しょう〉伝

話はまず、戦いの前年、563年から始まります。例によって、あまりここでは関係してこない官名とかははしょって、テキトーな訳にてお送りいたします。

《北斉書》 巻16
十二月,周武帝遣將率羌夷與突厥合衆逼晉陽,世祖自鄴倍道兼行赴救。突厥從北結陣而前,東距汾河,西被風谷。
河清二年(563)12月、周の武帝(宇文邕)は将に命じ、羌夷〈きょうい〉、突厥〈とっけつ〉の連合軍と共に斉の晋陽〈しんよう〉を囲ませた。世祖(武成帝・高湛)は都・鄴〈ぎょう〉から救援に向かったが、北からは突厥が南下し、東は汾河〈ふんが〉(→第7話参照)、西は風谷にまで迫った。

時事既倉卒,兵馬未整,世祖見如此,亦欲避之而東。尋納河間王孝琬之請,令趙郡王盡護諸將。時大雪之後,周人以步卒為前鋒,從西山而下,去城二里。

自軍は陣容も整わず、危ういと見て取った世祖は、東に退こうとした。しかし、河間王・孝琬〈こうえん〉(蘭陵王の異母兄・第三皇子)の求めに応じて、趙郡王に諸将をできるかぎり援護するよう命じた。大雪の直後だったため、周は歩兵を前哨とし、西山から攻め下り、晋陽の街から二里の近さまで迫った。

諸將咸欲逆擊之。詔曰:「步人氣勢自有限,今積雪既厚,逆戰非便,不如陣以待之。彼勞我逸,破之必矣。」

諸将は迎え撃とうとしたが、段韶は言った。

「歩兵にさほどの勢いはありますまい。目下、雪は深く、交戦には不向きです。ここは堅く守り、敵の疲れを待てば、我らの勝利は堅いでしょう」


既而交戰,大破之,敵前鋒盡殪,無復孑遺,自餘通宵奔遁。仍令韶率騎追之,出塞不及而還。世祖嘉其功,別封懷州武コ郡公,進位太師。

その後、大いに敵を破り、その先鋒を全滅させた。生き残った者はおらず、続く後方の部隊は夜に乗じて逃げさった。帝は段韶に命じて追撃させたが、追いつけずに戻った。この軍功により、段韶は太師の位を授けられた。

ということで、前年の晋陽攻防戦は段韶の働きにより、見事勝利を得、この軍功によって段韶は大師に昇進しました。

これで収まらないのが突厥です。

護聞閻尚存,乃因邊境移書,請還其母,並通鄰好。

(周の大冢宰〈だいちょうさい:官名〉・宇文護〈うぶん ご〉の母、閻〈えん〉氏は長らく斉の捕虜となっていた)母親が存命と知り、宇文護は手紙を斉に送って、母親を帰してくれるよう頼み、和睦を申し入れた。

なんと! 母親を人質に取られていたのは宇文護だったんですね! しかも、斉の国に…。

時突厥屢犯邊,韶軍於塞下。世祖遣黃門徐世榮乘傳賫周書問韶。

このとき、突厥がたびたび辺境へ侵攻していたので、段韶は国境で守備に当たっていた。世祖は黄門(官名)の徐世福を遣わして、宇文護の手紙について段韶の意見を仰いだ。

韶以周人反覆,本無信義,比晉陽之役,其事可知。護外托為相,其實王也,既為母請和,不遣一介之使申其情理,乃據移書即送其母,恐示之弱。

段韶は、「周は信用なりません、先の「晋陽の役」が何よりの証拠です。宇文護は対外的には丞相ですが、実質的には周の支配者、母親のことで講和を申し入れてきたといっても、特使ひとりよこすわけでもない。たった一枚の紙切れで母親を送り返すことは、周に対して弱腰な態度を見せることです。」

如臣管見,且外許之,待後放之未晚。不聽。遂遣使以禮將送。

「ここは同意したという体にして、しばらく経ってから解放しても遅くはないでしょう」、と言ったが、帝は聞き入れず、使者を立て、礼をもって送り届けた。

さて、ここからですが、史書によって若干記述が違います。まずは《北斉書》の方から見てみましょう。

護既得母,仍遣將尉遲迥等襲洛陽。詔遣蘭陵王長恭、大將軍斛律光率衆擊之,軍於邙山之下,逗留未進。

宇文護は母親を取り戻すと、尉遅迥〈うっちけい〉らに命じて、洛陽を攻撃させた。帝は蘭陵王長恭、大将軍斛律光に、兵を率いて防御にあたるよう命じた。軍は邙山のふもとに駐留し、前進できずにいた。

指揮官は違えど、手足として働かされる人は史実でも双方同じ…(哀)

世祖召謂曰:「今欲遣王赴洛陽之圍,但突厥在此,復須鎮禦,王謂如何?」韶曰:「北虜侵邊,事等疥癬,今西羌窺逼,便是膏肓之病,請奉詔南行。」世祖曰:「朕意亦爾。」乃令韶督精騎一千,發自晉陽。

世祖は段韶に尋ねた。
「そなたを遣して洛陽城の囲みを解こうと思うのだが、突厥軍を防ぐ必要もある。いかがすべきか」
段韶は言った。
「北の蛮族の侵攻は容易に対処できますが、西の羌は国内を窺っており、こちらの方が憂うべき災いです。南へ向かって軍を進めるようお命じください」
世祖は、
「私も同じ考えである」として精鋭千騎を与え、晋陽から出発させた。


やっぱり段韶太師の言った通り、恩知らずの宇文護は攻めてきたじゃないか…と思ってしまうのですが、上の状況について、《資治通鑑》は若干補足しています。

晉公護新得其母,未欲伐齊;恐負突厥約,更生邊患,不得已,征二十四軍…,凡二十萬人…周主授護斧鉞於朝庭…親勞軍于沙苑…。

晋公護(宇文護のこと)はその母を得て、斉を討つことを欲しなかった。その一方で、ふたたび辺境に争乱が起きることを恐れ、突厥との取り決めに違背することもならなかった。やむを得ず、二十四軍、およそ二十万を召し出した…周主(宇文邕)は朝廷で宇文護に斧鉞を与え、沙苑で自ら軍を労った…

宇文護は突厥と連動して斉を攻めると約束しており、破ったらどうなるか分からなかったのです。
つまり、戦いを主導したのは突厥宇文護
宇文邕は遠くから激励してるだけです。

そりゃー考えてみればドラマの方はヘンですよね。宇文邕の動きは何でも宇文護に筒抜けなのに、突厥に兵を借りに行ったり、長いこと失踪したり、5日以上かけて黄河を移動したりしてるのを宇文護に知られないはずがありません。

一方、いやいや洛陽に攻めに行っている史実の宇文護率いる、二十万もの大軍は何してるかというと…。

周人為土山、地道以攻洛陽,三旬不克。晉公護命諸將塹斷河陽路,遏齊救兵,然後同攻洛陽…。

周兵は築山をきずき、地下道を掘って洛陽に迫ったが、30日経っても攻略は叶わなかった。宇文護は配下の兵に命じて壕を掘って河陽道を寸断し、斉の援軍を阻止したのち、洛陽を攻めようと目論んだ。

さすが洛陽は守りの堅い都市、30日もの籠城戦に耐えています。
一方の攻撃側はあまりモチベーションが上がっていません。
これでは攻略が進まないのも当然です。

この後はまた《北斉書》の方が詳しく書いています。

五日便濟河,與大將共量進止。韶旦將帳下二百騎與諸軍共登邙阪,聊觀周軍形勢。至大和谷,便值周軍,即遣馳告諸營,追集兵馬。仍與諸將結陣以待之。

5日後、黄河を渡り、段韶は大将たちと対策を協議した。翌朝早く、段韶は二百騎を率いて山を登り、周軍の陣を確認しようと考えたが、大和谷で周軍と遭遇した。すぐさま人を遣わし、各軍に兵を集めるよう指示し、手勢を分散して備えた。

韶為左軍,蘭陵王為中軍,斛律光為右軍,與周人相對。
段韶は左軍、蘭陵王は中軍、斛律光は右軍として周軍と対峙した。

韶遙謂周人曰:「汝宇文護幸得其母,不能懷恩報コ,今日之來,竟何意也?」周人曰:「天遣我來,有何可問。」韶曰:「天道賞善罰惡,當遣汝送死來耳。」

段韶は周軍に向かって叫んだ。
「お前たちの宇文護は幸いにして母を取り戻したのに、徳を以て報いなかった。今日ここに来たのは何のためか」
周軍は答えた。
「天が我らを遣わしたのだ。聞くまでもあるまい」
段韶は答えた。
「天は善を褒め、悪を罰するものだ。お前たちは滅ぼされるために遣わされたものであろう」


周軍仍以步人在前,上山逆戰。韶以彼徒我騎,且却且引,待其力弊,乃遣下馬擊之。短兵始交,周人大潰。其中軍所當者,亦一時瓦解,投墜溪谷而死者甚衆。

周軍は歩兵を先頭にたて、山頂に向かって駆け上がってきた。段韶は、徒歩の敵に騎馬の我々が対峙しているのだから、兵を引いて誘い込み、疲れさせて一気に攻撃すれば、総崩れになるだろうと考えた。接近戦が始まると周軍は壊滅状態に陥り、中軍の当たるところ、あっという間に散り散りとなって、渓谷に堕ちて死ぬ者が多く出た。

洛城之圍,亦即奔遁,盡棄營幕,從邙山至榖水三十里中,軍資器物彌滿川澤。車駕幸洛陽,親勞將士,

洛陽城を包囲していた敵も、陣幕すら捨てて逃げ去り、邙山から穀水の間、三十里には、いたるところ敵の物資が散乱していた。帝は自ら洛陽に赴いて将士を慰問し労った。

ということで、段韶太師の活躍により、洛陽は陥落を免れました。

しかし、皇帝陛下に労ってもらう前に、四爺には探さなくちゃいけないものがありました…。

ちょっとここまで長くなりすぎちゃったので、後半はまた次回に。…とは言っても、申し訳ないんですけどこのドラマのロマンチック部分にはさほど興味がないので、短くなっちゃうとは思いますが…。

では、また次回、「第9話の2」(→こちら)にてお会いしましょう!
posted by 銀の匙 at 14:33| Comment(10) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月01日

コメントありがとうございました!

皆さま、明けましておめでとうございます!
2015年も良い年になりますように、心から願っております。

こちらには、期間限定(の割にはいつまでもずるずる更新できませんで、申し訳ございませんでした...)
の《蘭陵王》関連のインタビュー記事をエントリーしておりました。(インタビュー記事は、第14話こちらに再掲載させていただきました)。

サボっている間に、温かいコメントをたくさんいただき、本当にありがとうございました。コメントはこの記事にリンクされていますため、移設が難しかったので、そのまま、こちらのエントリーをアップしておくようにいたしました。

ということで、今年もまた皆さまと、ドラマの続きを楽しめたら幸いです。第9話は→こちらです。
どうぞ引き続き、よろしくお願いいたします。
posted by 銀の匙 at 00:00| Comment(18) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月31日

蘭陵王(テレビドラマ14/走馬看花編 第8話)

いよいよ2014年もあと少し。
皆さまにとって、今年はどんな年だったでしょうか。
なぜか本放送も終わって半年近く経ったところで、蘭陵王の時代に散歩に出かけたまま帰って来られなくなるとは、年の初めには全く予想しておりませんでした私です...。

さて、春は花粉症、夏はデング熱、秋は残暑&長雨&台風に悩まされる東京地方、もはや散歩の好機は冬しか残されていません。幸か不幸か雪がほとんど降らないので、徘徊するにはもってこい。

この「散歩」という言葉、ルーツは蘭陵王の時代あたりに遡るらしいです(ホントかどうか、裏はなかなか取りづらいけど…)。どうしてなのか、まず、マクラは魯迅〈ろ じん〉先生にご説明いただきましょう。

1927年、芥川龍之介が亡くなった年ですが、広東で、《阿Q正伝》でおなじみの魯迅先生が講演会を開きました。演題は、

「魏晋の気風および文章と、薬および酒の関係」

竹林の七賢を筆頭に、前をはだけた、だらしない服装が流行った南北朝の時代、どうしてそんなことになったか、文学にはどういう影響があったかを名探偵・魯迅先生が考察したハイブローな講演ではありますが、登場するのは文学者とはいえ風呂にも入らない汚ギャル系男子とか、今でい言えば腰パン相当の服装がだらしないチャラ男(死語?)とかの面々。

そんなの古代中国にもいたのねぇ〜と思ったら、危険ドラッグをやってたとこまで同じらしい。

このドラッグ、「寒食散」〈かんしょくさん〉と呼ばれて貴族の間で大流行。400年の間に100万人の人が服用したというからスゴイです。やった人がどうなったかというと、これがまた、どこかで見たような末路に。

ここはひとつ、科学史の泰斗・川原秀城先生の訳文で、蘭陵王たちの1つ前の時代、北魏の道武帝ご乱心のありさまをご覧いただきましょう。

喜怒は常軌を逸し、心配事が心より去らず、あるいは数日食事をとらず、あるいは終夜一睡もせず夜明けにいたる。責任を転嫁し、百僚左右どれも信じられない、などと罵詈暴言〈ばりぼうげん〉をはく。日夜を徹して、ぶつぶつと独語し、端からみれば、あたかも傍らに鬼物が仕えているかのようである。

はては過去の成敗得失を思いおこし、朝臣が御前にいたるや、旧怨をもって殺害する。旧怨がなくても顔色変動、あるいは喘息不調...些末なことを理由にして、自ら手打ちにする。死者は無残にも天安殿の前にさらした。まさに暗君の典型である。皇甫謐〈こうほ ひつ〉は「寒食散服用者は、薬が発動すれば、もともと聡明であっても、頑固愚昧になる」と述べている…


これって、後々、ドラマで皇太子・高緯〈こう い〉が飲まされた薬に似てますよね…。
でも、「寒食散」はどう考えても危険なドラッグなのに、100万もの人が服用するなんて、当時の人はそんなにハイになりたかったのか、インスピレーションを必要としていたのかしらん。

ということでもないらしく、当時はこの薬が不老長生に役立つと信じられていたようなんですね。服用すると身体が熱くなるので、服はまともに着ていられず、冷たいものを食べたり、あちこち歩き回って熱を発散(散行)しないといけなかったらしい。この「散行」がやがて「散歩」という言葉になった、そうです。この語源説、イマイチ確信が持てませんが…。

錬丹術もそうですけど、どうも薬と毒の関係には怪しいところがあります。

良薬は口に苦し」って言葉、ご存じですよね。なんと中国ではこれの別バージョンのことわざがあって、同じくらい良く使われてたみたいなんです。その別バージョンとは、

毒薬は口に苦し」

んなアホな…。味が分かる前に死んじゃうよ?と思いましたが、そこがミソ。どうミソかは、引き続き、川原先生の本からご紹介させていただきましょう。

書名もズバリ、『毒薬は口に苦し』。では、どうぞ。(...は中略の印)

「良薬は口に苦し」…出典は前漢の劉向〈りゅう きょう〉(前82-前6)の『説苑』〈ぜいえん〉正諫編にあり、孔子の言として「良薬は口に苦きも病に利あり、忠言は耳に逆らうも行に利あり」とのべている。

中国古代には、それと同じ内容がすこし字句を変えて書かれたこともある。
毒薬は口に苦きも病に利あり、忠言は耳に払(さか)らうも、明主はこれを聴く。功を致すことを知っているからである」
というのがそれであり、司馬遷の『史記』淮南衡山列伝などにみえる。

『史記』からの引用句と『説苑』の句の相違点は、ただ「良薬は口に苦し」の「良薬」が「毒薬」に変わっているところだけであり、両句の意味するところはまったく等しく、「毒薬」も「良薬」とほとんど同じことを意味している。

当時、「毒薬」と「良薬」が同じ意味で用いられていたことは、この二つの用例がどちらも多数存在していることからいって、疑うことはできない。

『周礼』によれば…医師という職種は…「毒薬」を集めて、医療に供するのがその職務であるという。そこでは「毒薬」は生命にあだをなす薬物という意味ではなく、まったく逆に、顕著な治療効果を期待することのできる薬物、作用の強い薬という意味で使われている…。

一方『周礼』や『史記』が書かれた時代にも「毒薬」が命に危害をなす薬物、という意味で使われていたことは、まぎれもない事実である。人を傷つけ殺そうとする場面に、毒薬という字句が頻繁にあらわれることは、今日とすこしも変わらない。

たとえば『史記』晋世家には、晋公を暗殺しようとして、「毒薬を胙(そ:神に供える肉)のなかにおく」とあり、『東観漢記』耿恭〈こうきょう〉伝に耿恭が毒矢をつくろうと「毒薬をもって矢につけた」などとある。


なんと、良い薬は作用が強いので、毒とも認識されていたのですね…いえむしろ、現代ではそれが無視されてると言った方がいいんでしょうか。

ということで、毒矢に当たった主人公・蘭陵王が昏睡してるスキに、お話は、第8話へと進みます。前回は→こちらへ、第1回からご覧になりたい方は、→こちらへどうぞ。

第7話までのあらすじ

国境にある“賤民村”で、斉の第四皇子、高長恭〈こう ちょうきょう/ガオ・チャンゴン〉=蘭陵王〈らんりょうおう/ランリンワン〉=四爺(よんじい/スーイエ)は、敵対する周の皇帝・宇文邕〈うぶん よう/ユィウェン・ヨン〉を捕えます。

しかし、皇帝を身寄りのない貧民・“阿怪”〈あかい/アーグァイ〉だと信じ、必死で命乞いする楊雪舞〈よう せつぶ/ヤン・シュエウー〉の疑いを解くのに手間取り、彼をまんまと奪回されたうえ、四爺は敵の毒矢に当たって倒れてしまいます。

周国秘伝の毒薬「百歩散」〈はくほさん〉の解毒薬は、周に行かなければ手に入りません。ついに雪舞は韓暁冬〈かん きょうとう/ハン・シャオドン〉と共に、宇文邕の元へと向かいます。

宇文邕は権臣・宇文護〈うぶん ご/ユィウェン・フー〉を牽制し、斉の要衝・洛陽〈らくよう/ルオヤン〉城を陥落させて皇帝の威信を高めようと画策しています。雪舞が解毒薬を求めてやって来ることは計算の上。その助けを得れば天下を得られるという伝説の「天女」の末裔・雪舞を利用し、勝利をさらに確実なものにしようとして…。


洛陽城に向かう船の上、皇帝陛下は隣に楊雪舞を従え、閲兵式のまっ最中です。
行軍中には雪も降るという冬空の下、ご苦労さまでございます、陛下。と、思ったら、船べりになぜかヘビが!

ほらほら、あなたの生まれついてのがやってきたわよ…!

もう12月ですから、冷血動物はそろそろ冬眠するころじゃないかと思いますが、
その前に栄養を蓄えておかないと。

と思っているのか、食いつきっぷりが良いですよね。

蘭陵王参上…じゃない、ヘビ出現の騒ぎに、解毒薬の守備をしている兵士も甲板に出てしまいます。
この人たちは禁衛軍なんでしょうか? 仮面はつけてないけど…

積み荷を管理していた係の人は、
“放了硫磺粉”(硫黄の粉を撒きました)
と主張していますが、現代に行われた実験によると、硫黄の粉を撒いてもヘビ避けにはならないそうです...。

それはさておき。
必死で命乞いをする係の人の言う、
“上有高堂”
“高堂”とは、父母のことです。

同居している両親は家の一番良い場所に部屋がありました。他の建物より高い場所に居る、というところから来た言葉です。直接「両親」というのを避けて敬意を表します。

その人の名前じゃなくて、居る場所で呼ぶことで敬意を示すやり方ってありますよね。たとえば、“陛下”とか“殿下”っていうのも宮殿の階段の下、建物を降りた下、のことです。

って、宇文邕あなた、階段の下に住んでるの? ハリー・ポッターじゃあるまいし(隠忍12年って、フィジカルに物置部屋に住んでたんだろうか…)。

と言うのはもちろん違いまして、昔、身分の低い人はエライ人に直接声を掛けることはできず、階段の下にいる側近の人(例:宇文神挙さん)に取り次いでもらわなくちゃいけなかったので、「皇帝さまの陛下にいるひとに申し上げます☆」って意味で使ったようですね。

だからと言って、宇文神挙に向かって“陛下”とか、楊士深に向かって“殿下”とか呼んだら、トラのおやつにされちゃうと思いますけど、ねえ、殿下?

と呼んでみたら、四爺は起きていました。
夢で雪舞を見た、とおっしゃっておいでですが、たった今まで周にいましたよね?
今度は雪舞じゃなくて、宇文神挙に退治されちゃったけど…(それで起きたのね)

ナイスタイミングで退治されちゃったので、雪舞が宇文邕の毒を吸い出すという、目撃してれば再起不能なシーンを見ずに済んだのは不幸中の幸いでしたね、四爺…(笑)。

ちなみに、必死に命乞いしてた割に、係の人はその様子をじっと観察してるあたり余裕ありますが、この人も仕込みだったんでしょうか。このあと、周の国でその様子を仲間にしゃべった禁衛軍の人ってまさかこの人なんですかしら?

ってことは、後の方の回で四爺が化けたのはこの人…?
体格は似ている部分もあるのかも知れませんが…

それは先の回の話なのでこの辺にしておきますが、とにかく、野生の勘で、退治された後にとんでもないシーンがあるかも、と察知したのか、リモコン操作で使い魔ばかりをフィーチャーしてると主人公の座を陛下に奪われるかも、と危機を感じたのか(奪われて困るものはもっと他にある気もするが)、四爺は画面に映ってはみたものの、努力もむなしくまた倒れちゃいました。

さて、もう一方の使い魔・韓暁冬〈かん きょうとう/ハン・シャオドン〉は、絶賛お仕事の真っ最中。
引き出しの中に秘薬=毒薬の“百歩散”〈はくほさん〉を見つけます。

さて“百歩散”
いかにも武侠小説とかに出てきそうな名前ですが、ホントにこういう薬が存在してたかどうかは分かりません

ここで思い出されるのは先ほどの四爺…いや、毒蛇。

雪舞は、
色彩鮮豔 頭成三角必定是有劇毒之蛇
「色が鮮やかで頭が三角形のヘビは強い毒を持っているの」
と説明していましたね。

頭が三角で色が鮮やか。むむ、これは…。

台湾には、頭が三角で色の鮮やかな毒蛇がおり、その名もズバリ、“百歩蛇”〈ひゃっぽだ〉。

名前の由来は「咬まれれば百歩の内に死ぬ(ほどの猛毒)」という事からとか。

恐らく、周の秘薬はこのあたりが出どころなんじゃないかと思われます。
解毒薬があれば治るなんて、すっごいご都合主義の展開だこと…と一瞬思いましたが、血清で蛇の毒を消せるのと同じ発想なんでしょうね。

そういえば、暁冬が開けた引き出しの中には他に、“五歩散”てなものもありましたね…(ひぃっ!)。

と怯えていたら、戻ってきた兵士にバッチリ見つかってしまいます。ここ、吹き替えでは、
「何者だ」
「ただの客だが」

って、普通の会話になっちゃってて、惜しいですよね…。中国語では、

“什麼人”
(何者だ)
“客人”(よそ者だ)
と、いちおう、ギャグなんですけど。

第3話で「いらんかね」「銅貨〈どうか〉1枚」「どうかね」「そうかね」、ばあちゃんの病気は2文字で「奇病」、そしてこの回ではおしまいの方のシーンで「ふとんがふっとんだ〜」等々等、頼んでもいないのにブリリアントなギャクを噛ましつづけてくださいました吹き替えチーム、肝心のところで惜しかった…!

上の中国語をギャクで訳すのは冬休みの宿題にしますので、やってくるように。

しかし、皇帝陛下がかまされたのはギャクではなく毒蛇でしたので、雪舞はおろおろしています。

そんな雪舞を見上げる陛下のめちゃくちゃ嬉しそうなお顔が大変キュート(はぁと)

つか、ダニエル・チャンは全編通して、割合きちんと時代劇の所作で演技していますが、ここだけ何かちょっと芸風変わってますけど良いんですかね?

毒蛇の危機も、士気を高めるための仕込みと知って、かぶりを振る雪舞。
腹も立つでしょうよ、それは。

しかし、ダニエル宇文邕はのほほんとしたもの。
意外な収穫があった、と喜んでおられます。アシナ皇后が一足先に都・長安に帰っているので鼻の下を、いや、羽根をのばしているのでしょうか。

“原來還是挺關心朕的”(実は朕の事を気にかけておったか)なんて、いい気なことを、よくもまあ。

どれどれ、日本語じゃどう言ってるのかな...と吹き替えを見てちょっとびっくり。
いきなり「そなたは朕を愛しておる」と来ましたか!

煎じ詰めればそうですが、陛下、ちょっと煎じ詰めすぎなのでは?

こりゃーあれだ、きっと、エライ人だから直接雪舞に言わないで、

宇文邕→宇文神挙→禁衛兵A→禁衛兵B→禁衛兵C→通訳→禁衛兵Z…って回ってる間に、伝言ゲームで意味変わっちゃったのでしょうかね。

それをやっと聞いた雪舞の、心底呆れたって感じの表情が笑えるんですけど…。

そんな、一方的に和やかなムードのところへ、衛兵が保管庫で捕えた暁冬を連れてきます。それを見た皇帝陛下は上着を後ろに払い、腰に手を当てるエラソーなポーズを取ります。

だけど、その下の衣装がびみょ〜ですよねえ。前掛けしてる、いなせな酒屋のお兄さんみたいに見えちゃって、ちょっと…

しかし、せっかく(一方的に)いいムードだったところに邪魔が入ったラメラメ衣装の三河屋さんは、相当マジ切れしています。

“給我拖出去,斬!”(つまみ出して斬れ!)

ここの言い回しも中国語らしくて面白いですね。“給我”はgive meの意味なんですが、命令文で使うと、かなり激烈な口調になります。

“給我滾!”(失せろ!)とか。

日本語でいうと「くれ給え」か? かなり印象違うけど。

恩を忘れたの!?と雪舞は叫んでますが、恩どころか暁冬の存在自体気づいてなかったみたいよ、後の回を見ると。

いずれにせよ、暁冬にしてみれば、宇文邕はばあちゃんの仇、情けを掛けられるのはまっぴら御免らしく、
“有本事殺我”(根性があるなら俺を殺してみろよ!)
とか挑発しています。ダメだって、ホントにやりかねないから、この人。

雪舞もさすがにこれはマズイと思ったようで、必死にかばった結果、皇帝陛下は珍しくも折れて、
“容後發落”(追って沙汰をする)と言い捨てて出て行きます。

去り際、暁冬に託された「百歩散」の包みを眺める雪舞。
周では、床に席(座布団)ではなく、座椅子のようなものに座っているようです。
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散薬をお湯に溶かす手つきがとてもきれい…と見とれていると、彼女はいきなりちゃぶ台…もとい、茶器をひっくり返します。

どうもこの毒は内臓から吸収されるタイプらしくて、いきなり引きつけのような、激烈な症状が出て、お付きの人も、戻ってきた宇文邕も大慌てです。

“只要有朕在 朕就不會讓你死”(朕が居る限り、死なせはせぬ)
「朕が居る限り 死んではならぬ」って、またまた陛下。
おや、この日本語のセリフは、重大なシーンで出てくるセリフでは!? しゃべる人は違うけど…。

そうそう、こうやって、大事なセリフを、シチュエーションを変え、人を変えて使い回すのが、この脚本の特徴でしたよね。そうすることで、運命の残酷さがいっそう際立ってくるんですが、それはまた先のお話にて。

さて、ほとんど瀕死の楊雪舞は、今度は陛下の思惑を盾にとり、解毒薬を飲めば暁冬を釈放すると約束させます。誓いの言葉は、

“君無戲言”(君主に戯言なし)

四爺と違って宇文邕自身はこの誓いを破りませんでしたが、宇文神挙は暁冬を帰すのは危険と考え、後を追わせます。さすがの「できる男」宇文神挙も、ハンカチが速乾性素材とは気が付かなかったのでしょうか。

しかしまあ、「アラジンと魔法のランプ」じゃないですけど、お願いごとをするときは、細部まで気を付けないといけませんね。四爺じゃあるまいし、馬で来た人を歩いて帰らすなんて、気が利かないったら…。

「暁冬を馬に乗せて斉の陣営の門番に引き渡して。飛燕か国宝の宝玉をお土産につけて。そうしたら飲んであげる」とかって交渉しないとねぇ…(雪舞と暁冬、2人まとめて斬られちゃうかもだけど)

帰る道すがら、暁冬を追撃してきた兵士は、
“那你就去陰曹地府伸冤吧”(せいぜい閻魔さまのお役所で恨み事を訴える事だな)と言います。つまり、吹き替えの通り、「地獄の門で命乞いするがよい」ってことですね。

5日目。四爺は伏せたままで、軍医も半ばあきらめ顔です。
傍らに置かれたこのお花、なかなか日持ちがするようですね。

さて、周の軍勢は三門峽〈さんもんきょう/サンメンシャア〉を超え、洛陽に向かって進撃中です。
三門峡は洛陽の西にあり、ここで黄河の流れが三つに分かれています。それぞれの峡谷は「人門」「神門」「鬼門」と呼ばれており、現代では巨大なダムもある、交通の要所です。

宇文神挙から状況の報告を受ける皇帝陛下。斉の斛律光〈こくりつ こう/フーリュィ・グアン〉将軍を伏兵で足止めしているとの知らせに、さすがの斛律光も“孤掌難鳴”(一つの手では拍手は鳴らない)だ、独りでは何も出来まい、とご満悦です。

実は敵の総大将は、かくかくしかじかな訳で、皇太子の高緯です、と宇文神挙が見てきたような報告をすると、っていうか全く筒抜けですが、それでは高緯は“暗渡陳倉之計”にかかったな、とさらに興が乗っておられます。

“暗渡陳倉”(ひそかに陳倉を渡る)というのは、「三十六計」の1つ。「三十六計」とは、中国兵法の代表的な36の計略を、南宋時代にまとめた書と言われています。ただ、まとめた時期が新しいだけで、計略自体は前から知られているものです。

ちなみに、第36番目は「走為上」(逃げるのを上策とする)。ここから、「三十六計、逃げるにしかず」って言われるようになったんですね。

このドラマでも、「三十六計」の中から、すでにいくつも出てきています。

第6計 「声東撃西」(東に声して西を撃つ)…第4話
第8計 「暗渡陳倉」(ひそかに陳倉を渡る)…第8話
第15計 「調虎離山」(虎をあしらって山を離れしむ)…第4話、11話
第31計 「美人計」(美人の計)…第6話

“暗渡陳倉”とは、劉邦の軍師・韓信が項羽を撃退するために採った策略で、敵の注意を他の場所に引きつけ、こっそり目的地(この場合は「陳倉」)へ到達する、という戦略のことを言います。

ガッチリ罠を仕掛けられてるとも知らず、分かれ道に差し掛かる皇太子・高緯のご一行様。
鳥が飛び立つのを見て、祖珽〈そ てい〉は言います。

“孫子兵法曰 鳥起者 伏也”(「孫子」の兵法に曰く、鳥の起つ者は、伏なり)

これは、「行軍篇」にある言葉です。鳥の飛び立つところには伏兵がいる…そこで、迂回ルートを選択しますが、今度は動物の気配すらない。そこで、吉か凶かを占ってみよと高緯が命じます。

祖珽の小指の爪が伸びてるのがとっても気になる今日この頃、中国女子の「こんなメンズはナシ」十か条に、「小指の爪なんか伸ばしてる男」が入ってるらしいのですが、祖珽がなぜこんなイケてないことをしてるのかは、何かのおまじないかもしれないけど、私にはちょっとわかりません。

ただ、この指で数えているような動作は意味があって、筮竹の代わりに、指で卦を立てているのです。

出た卦の口訣は、
「鼎沸風波 孤舟渡河」
つまり、
“卦上顯示 暗藏危機”(危機が隠れているという卦が出ております)

この卦は「大不吉」の卦らしいのですが、果たせるかな、伏兵には襲撃され、尉遅迥に追撃されと、さんざんな状況です。

解説者の宇文邕さん、いかがですか?

「高緯は才に長けているわけではないが、
さりとて無学ではない
兵法ぐらいは熟読しておろう」


しかも読んでたのは高緯じゃなくて祖珽だったっつー疑惑も…。

まるでモニターでチェックしてるような宇文邕さん、コメントお願いします。
“兵者 跪道也”(兵とは、詭道である)

戦争の本質は「偽りの方法」である。こちらに十分な戦力や能力があるのに、
敵にはあたかもそうでないかのように見せかけるものである...


これは、《孫子》冒頭の「計篇」の一節です。(訳は後述の湯浅先生本による)

さて、《孫子》。

《孫子》とは春秋時代の終わりごろ(紀元前500年代?)に成立した兵法書です。

湯浅邦弘先生の『ビギナーズ・クラシックス中国の古典 孫子・三十六計』(角川書店)は、手軽な文庫判の入門書なのですが、注釈書や日本の訳本などについても簡潔な紹介があり、本格的に読みたい方にも、まずはこの一冊を強くお勧めいたします。

そんな戦争の仕方の本なんて、興味ない…とおっしゃる方も多いかと思いますが、この本は、ただ戦いの仕方を解説している本じゃあございません。

しょっぱなから、こんなことが書いてあります。

「孫子曰く、兵とは国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり。」
戦争とは、国家の一大事である。人の生死を決める分岐点であり、国家の存亡を左右する道であるから、これを深く洞察しないわけにはいかない。


湯浅先生は、こう解説します。
杜撰な企画のもとに発動された戦いは、悲惨な結果を招きます。中国の兵書は、戦場での戦闘技術を説く書ではありません。戦闘を始めるまでに、何が必要であるかを強調する書です。

「孫子曰く、およそ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破るは之に次ぐ…是の故に百戦百勝は、善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。」

孫子は言う。およそ軍隊を運用する際の原則は、敵国を保全するのを最上の策とし、敵国を撃破して勝利するのは次善の策である。敵の軍団を保全したまま勝利するのが最上の策であり、敵の軍団を撃破して勝利するのは次善の策である…これゆえ、百戦して百勝するというのは最善の方策ではない。戦闘を行わずに敵の兵力を屈服させるというのが最善の方策である。

「ゆえに、上兵は謀を伐ち、其の次は交を伐ち、其の次は兵を伐ち、其の下は城を攻む」
だから、最上の軍隊の在り方というのは、敵の謀略を見ぬいてそれを事前に打ち破ることであり、その次は、敵国と同盟国との外交関係を分断することであり、その次は、敵の野戦軍を撃破することであり、最も下手なのは、敵の城を攻撃することである。


つまり、戦争を仕掛けるというのは最終手段であって、簡単に武力に訴えたり、国力を削ぐ長期戦をすることを堅く戒めているのです。

こうしてみると、国内で自分の威信を高めるために出兵して洛陽城を攻めてしまう宇文邕も、父君に能力を認めさせるために兵権を奪ってしまう高緯も、《孫子》的にはダメダメです。

彼を知り己を知れば、百戦して殆〈あやう〉うからず。
彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆し」


とは、「風林火山」と並んで、《孫子》の中でも一番知られている言葉かと思いますが、このように、情報を重んじているのも《孫子》の特徴です。

さて、四爺大ピンチの刻限まで残るところ2日で周の水軍から脱出した韓暁冬。

徒歩だったり襲撃されたりと時間を食ったはずなのに、意外に早く斉の陣営にたどり着きましたね。

結局、がけがら落ちたらショートカットだったって、そういうことかしら?

それにしても、韓暁冬を知ってる人が陣地にいたのは幸いでした。さもなきゃ、門前払いだったかも…。

そして、命からがら暁冬が持ち帰ってきてくれたものの、入手の経緯の詳細を知ったら、たとえ助かるって言われてもちょっと考えちゃうかな〜的な解毒薬を飲んで、四爺は何とか復活を果たします。

まさか宇文邕が解毒薬をくれるはずもあるまいと、真相を確かめに、重傷を負った暁冬を見舞う四爺。

深手の訳を聞かれて暁冬は日本語では、
「ウソつき野郎の宇文邕のせいさ」

と答えていますが、うすうす予想がつくと思いますけど、中国語はそんなお上品なことでは済まず、

“宇文邕這個王八蛋”(F***野郎の宇文邕め)、と、皇族の前で言うかこんな単語レベルの発言をしています。(解説は自粛とさせていただきます)

そのあたり、四爺は「大儀であったな」と軽くスル―しています。

しかし、来訪のウラ目的である雪舞の消息は分かりません。そこで四爺は、
「雪舞は命の恩人だ。必ず連れ戻す。雪舞のことは私が守る。」と宣言なさっておられます。

中国語はだいたい同じ意味なんですけど、こんな感じ。

“雪舞對我多次捨命相救 我一定要把她救回來
我再也不能讓她以身涉險了”
(雪舞は何度も命がけで私を助けてくれた。必ず彼女を助け出さなければ。もう二度と身を危険にさらすようなことはさせない)

って、何度も指摘してすみませんけど四爺、雪舞が助けてくれたのは、あなたが頼んだからじゃないの?

今や壁ドンの牙城を切り崩す勢いと言われている新トレンド、
「肩ズン」までして…。

2013年の時点でこれとは、ホント、少女マンガのトレンドを心ニクイまでに押さえた作品ですこと。

さて、雪舞のお手柄は、肩ズンされたり解毒薬を入手したりというだけではなく、斉軍勝利の鍵となる情報を伝えたことでした。

高延宗(こう えんそう/ガオ・イェンツォン)=安徳王(あんとくおう/アンドゥワン)=五爺(ウーイエ)は喜んで、

“我馬上把消息轉去長安”(すぐに噂を長安に流そう)と言います。“馬上”とは、馬上ゆたかな美少年…って意味ではなくて、すぐに、ってことです。いや、それはどうでもいいですが、何百キロも離れた長安にすぐ噂を流すって、どうやって…?

という視聴者の疑問は永遠に解決されることはないのですが、方法はわからないまでも、こうして噂を流して状況を操作するのは、このドラマの中でもまた出てきますし、史実にもいろいろあります。斛律光将軍が殺されてしまうのも、彼を亡き者にせんと、祖珽が流した噂が始まりだったのです...。

まさに戦わずして勝つ上策を提供した四爺を、段韶太師は、
“運籌帷幄 決勝千里之外”(はかりごとを帷幄のうちにめぐらせ、千里の外で勝ちを決する)という、ここまで何度も出てきた言葉で誉めそやします。

しかし、他人の手柄を横取りしたりはしない四爺は、これは雪舞が授けてくれた策だと言います。ちょっとした事ですが、こういうところが、臣下に慕われるゆえんなのでしょうか…。

一方、人民の上に君臨する宇文邕も、雪舞に向かって、牽制英雄、英雄を知る、な度量を披露しています。

“高長恭也算是個當時良將
如果 他願意輔佐朕的話 朕也無疑會引之為棟樑
無奈”

「高長恭といえば当代の名将だ。
もしあの者にその気さえあれば、朕の重臣に迎えてもよいのだが、
残念だ」


ま、ずいぶん余裕ですこと。

洛陽城北の邙山〈ぼうざん〉で、「斉の命運は尽きるであろう」
と、また例のからかうような口調で言います。

しかし雪舞は敢然と受けて立ち、

謀事在人 成事在天(人は計画することしかできない、達成できるかどうかは、天が決める)
「出来るか否かは天が決めるわ。」

そして、邙山での戦いは、蘭陵王が大勝する、と告げます。宇文邕は、

“荒謬”
「たわごとだ」と一蹴しますが、

「巫族の予言は外れたことがない」と、雪舞は強い口調で返します。

このシーンのアリエルは毅然としていてとてもカッコいいですね。

こう言われて、宇文邕は、
“朕不會相信你的預言 因為朕從來就不相信命”(そなたの予言など信じるものか。朕はこれまで宿命など信じたことがない)
そして、
“神佛阻路 遇神殺神 遇佛殺佛”
「神も仏も朕を阻むなら倒すまでのこと」
と言い放つと、そこらじゅうに四爺避けの硫黄の粉でも撒きそうな勢いで退去します。

このシーンを見ると、ダニエルはいかにもそういうこと言いそうな人だよなぁと思ってしまうんですが、日本語版DVDのインタビューを見るとそうでもないらしく、宇文邕に共感できない点を聞かれて―

彼(宇文邕)が歴史上行った大きな改革の一つが“減仏”(廃仏)です。…
(中略)
僕の信仰の理念から言えば、殺生だとか、廃仏などのようなことは、
どうやったってできません。


てな風に答えているのが、信仰心の篤い香港人らしい感じです。

ウィリアムが同じインタビューで、ほぼ真逆のことを言ってるのが面白いですね。

“我是相信可以通过努力来改变自己的命运,如果一切都上天注定好的话,我们什么事情都不会做了。
对于兰陵王来讲,虽然他有这样一个身世,这样一个...但是他也一直跟自己的命运做抗战。一直在争取”

(僕は、運命は努力によって変えられると信じてるんです。すべてが予め決まってるなら、僕らは何もできなくなってしまう。蘭陵王にしても、彼はああいう境遇に生まれついたわけですけど、常に自分の運命と戦い、努力を重ねていたと思います)

こちらは、いかにも文化大革命の後に生まれた、現代中国の人って感じのコメント…。

ところ変わって斉の陣営。出陣にあたって五爺が言います。

“明天午時 我們就可以到洛陽城北的邙山”(あしたの午時(うまどき)には、邙山に到達できるだろう)
早朝 陣地を発って、昼夜兼行で36時間近く。いやぁ、大変です。

まもなく宇文邕の10万の兵が押し寄せてくる洛陽城を、わずか500騎で救えるのかといぶかる五爺。

しかし、四爺は決然として言います。尉遅迥に包囲され、洛陽城は疲弊している。そこへ乗り込めば、
“定能振奮士氣 大家一鼓作氣 興許還有一線機會”(士気は奮い立ち、そこに勝機が生まれるかもしれない)

段太師も謎めいた言葉を漏らします。

“我們只能靠 天時地利人和了”
(我らが頼れるのは、天の時、地の利、人の和だけです)


そうは言っても戦場は寒そうです。
雪が降ってる…

寒くて惨めな籠城戦の最中、“探子”(偵察兵)の首は切られるわ、軍令は徹底されないわで、洛陽城の高緯は相当落ち込んでいます。

そんなときに、不用意に「蘭陵王が援軍に来てくれる」とか将士が言いだしたものだから、高緯は、

“不要跟我提蘭陵王!”
「蘭陵王の名前を出すな!」
と怒鳴ってしまいます。

言ってしまったあとですが、感心なことに、彼は素早くフォローします。
“蘭陵王中毒甚深 自己的安危還不能確定 我怎麼指望他再去救別人呢”
自分の身さえ危ういのに、助けてもらおうなどと思うわけにはいかない、という言葉、とっさにしてはなかなかなものです。

10万の敵に取り囲まれた洛陽城。
吊り橋も曲がっちゃって痛々しい…。

そんな洛陽を救うべく、四爺は出陣に当たって兵士を鼓舞します。
斉が天下を取っていれば、子どもたちは、キング牧師の演説みたいに、暗唱させられたかも知れませんね…。

ここはぜひ、中国語音声で、声を担当した張震さんの名調子をお聞きになってみてください。

眾將士們
今天 我們要以五百人馬迎戰
我們是為了大齊而戰
無論 是生是死 是成是敗
你們都是我大齊最勇猛的將士
邙山 是敵人的修羅場
是我們的英雄塚
大不了黃泉相見


特に終盤の「邙山は敵の修羅場、我ら英雄の墓標だ」 
というくだりは印象的で、オープニングの歌詞にも取られています。
(歌って暗唱しましょう!)

出陣にあたって、皆は杯を割ってますが、これは普通、山賊とかがやることで(…)正規軍はこんなことしません。

ただ、四爺の言葉にもある通り、ほとんど死を覚悟して戦場に赴く状況なので、“敢死隊”(決死隊)だ、という覚悟を込めたのでしょう。

そんなクリフハンガーの場面で、来年に続く…。

では、皆さま、今年も大変お世話になりました。どうぞ良いお年をお迎えください。
来年も、どうぞよろしく!

続きの第9話は→こちらです。

posted by 銀の匙 at 05:03| Comment(8) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月21日

蘭陵王(テレビドラマ13/走馬看花編 第7話の3)

皆さま、こんにちは。寒い毎日が続いていますね。
足が冷える夜には、やっぱり昔ながらの湯たんぽが嬉しいです。この湯たんぽって言葉、実は中国語の“湯婆子”〈タンポーヅ〉から来たのだそうです。

前の回(第7話の1→こちら)でご紹介した通り“婆”とはのこと。つまり、お湯の奥さんってことです。

えっ、だって同じ回で“湯”はスープだって言ったじゃん! というご指摘まことにごもっとも。現代中国語では、この字は単独では「スープ」という意味で、「お湯」という意味にはなりません(一語で「お湯」は“開水”〈カイシュイ〉=沸かした水)と言います)。

奥さんが添い寝してくれたときみたいに暖かい、というココロなんでしょうか。

ちなみに、夏の暑いときに涼をとるために抱えて寝る、竹で編んだ抱き枕を“竹夫人”といいます。

冬の“婆子”より夏の“夫人”の方が身分が高そう(笑)。
でも、“婆子”は奥さんですが、“夫人”は正妻とは限りませんからね、おほほほほほ…。

蘭陵王〈らんりょうおう〉=高長恭〈こう ちょうきょう〉=四爺〈スーイエ〉も、人さまのお嬢さんを“湯婆子”がわりに使うとは、ふてえ野郎です。(?)

こんな、女を使って暖を取る、という羨ましいけしくりからん行為は当然問題視され、やった人はバッチリ中国の記録に残っています。

唐の玄宗皇帝の弟・李范〈り はん〉は、杜甫の詩《江南逢李龜年》((江南地方で李 亀年さんに逢ったょ)にも登場する人物。

冬になって手がかじかむと、若くて美貌の妓女を召し出して、懐に手を突っ込んで暖を取ったとかで、それを「香肌暖手」なる美名で呼んでいたそうな。

かと思うと、玄宗皇帝の弟の申王は、厳冬の季節になると、自分の周囲に宮女をぐるりと隙間なく座らせて、寒さを防いだそうです。これを「妓圍」と呼んだそうですが、王は図体がデカかったので、十人二十人の宮女では足りませんでした(ってどんだけ巨大?)。

楊貴妃の兄、楊国忠は、冬に外出するとき、婢たちの中でも体格が良いものを選び、並ばせて先行させ、風を遮ったそうです。これを「肉陣」と呼んだとか。

総元締めの玄宗皇帝はどうだったかと言うと、ある寒い冬の一番冷え込む時期に、李白を読んで詔を書かせようとしたところ、筆が凍って書けなかったので、後宮の妃たちを李白の左右に侍らせて、息を吹きかけて筆の氷を溶かした、ということです。これを「美人呵筆」と呼んだそうな。

こんな羨ましい 下らないこと記録に残ってしまうんですね。
四爺も気を付けないと、女に添い寝させて暖を取った、なんて何千年も先まで噂されちゃいますからね。くわばらくわばら。

と、いうことで今回も第7話の続きです。前回のお話は→こちらからどうぞ。

万巻の本を読んでいながら、この唐代のエピソードは知らなかったらしい、白山村の天女・楊雪舞〈よう せつぶ〉(って、100年以上先の話だから当然知らないか…)。

えっと、湯たんぽがわりに使われたとも知らず、周軍の奇襲から彼女を庇い、毒矢に当たってしまった四爺に向かって、けなげにも、

“若四爺能痊癒 雪舞就算被軍法處置也 我也沒關係的”(もし四爺の容態が良くなるなら、軍法で処罰されても構わないわ)

と言っていますが、あなた、良くならなかったらお前もただじゃおかない、と、四爺の腹心・楊士深〈よう ししん〉が吼えていたのを聞いていましたか?

いや、良くなろうがなるまいが、彼女のしたことは四爺に大変な危機をもたらすのですが、それが何かはあと5分20秒もすれば、でもわかります。

こんなけなげな事を言われた四爺は、左の手だけで(右手は卵持ってるから)雪舞の両手を覆っています。

意外に手がおっきいんですね。

“無論本王生或死 都不會讓你受到傷害 我在女媧面前起過誓的”(生きようが死のうが、あなたを傷つけるようなことはさせない。私は女媧(神)〈じょか〉の前で誓ったのだから)

と、とんだ寝言をいっている四爺は、フィジカルには起き上がってるけど脳は寝てるものと思われます。この言葉がいかに寝言であるかは、あと5分もすれば、でもわかります。

さっきまで“我”(わたし)と言っていたのに、ここで自分のことを“本王”(余)と言い換えているのは、彼女を傷つけないようにという命令を下すことができる、自分の立場を強調しているのでしょう。女媧の前で誓った、のは“本王”じゃなくて“我”のほう。四爺の心がよく反映されたセリフ。

そこへ五爺=安徳王=高延宗〈こう えんそう〉が駆け込んでくるので、四爺はあわてて花束を背中に隠しています。

別に隠す必要もないと思うんだけど…。相当慌てたものとみえます(笑)。(それより、アップになった花束の脇に、ガウンのスナップボタンが大写しになってるのがとっても気になります。さすが古代中国、文明が想定を超えています。)

五爺はすぐこの状況の意味するところを察した模様。
しかし、一大事で駆け込んできた割に、余裕のある態度ですよね…。
(ホントこの兄弟は軍律を何だと思ってるのでしょうか。)

あっ、それより四爺、はどうしたの、は!!
まさかお尻の下に敷いてないよね?

そこへ段韶〈だん しょう〉太師と楊士深も現れ、朝廷からの密書を手渡します。

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おや、鳥の羽根がついてますね。これは一体何でしょう?

さあ、ついにまともな三択クイズです。手元のボタンでお答えください!
(四爺がご参加の節は、スナップボタンで構いません)

1)スープには「本だし」ではなくちゃんと鶏を使いました、というお知らせ。
北京ダックを頼むと後から出てくる鴨肉スープとか、フグのひれ酒みたいなもんですかね。

2)伝書バトで飛ばしたお手紙です、というお知らせ。
《史記》に、雁の脚に手紙をつけて飛ばした(雁書)って話は出てくるけど…

3)伝書バトはおいしく頂きました、というお知らせ。
北京ダックを頼むと後から(以下略)。

あれ、択目がないよ?(←普通はありません)。

実は、正解はでした(てへっ)。

これはちゃんとお作法にのっとった手紙の形式で、“雞毛信”〈ジーマオシン〉というらしい。

古代、緊急を要する手紙には鳥の羽が付けてあり、2枚、3枚…と増えるごとに緊急度が増す仕組み(ここでは1枚ですから大したことないっつーことですかね?)

ちなみに、“雞毛信”はまたの名を“羽檄”〈うげき〉ともいう、と辞書にあります。

Baiduの説明によると、“檄”というのは、木簡の中でも長さが2尺(45センチ強)のものをいい、軍関係の通信は主に“檄”が使われました。ここにキジ(“野雞”)の羽根を指したものが“羽檄”です。

出典は《史記》、《漢書》〈かんじょ〉にあり、緊急の軍令を出して(羽檄)、兵を集めようとしたが、誰も応じて来ない、という場面で使われており、ここから緊急の軍事郵便を「羽檄」というようになった、とのことです。

「檄〈げき〉を飛ばす」とは、このことだったのですね。

まさかテレビドラマで「檄」を見ることになるとは夢にも思ってませんでしたが(しかも、ここでは木簡じゃなくて革?に書いてあるけど)、その報せによれば、尉遅迥〈うっち けい〉が5万の兵を率いて洛陽〈らくよう〉に進軍したとのこと、すぐに応戦せよとの命令です。

楊士深は「(周の皇帝)宇文邕〈うぶん よう〉は四爺が毒矢に当たって応戦できないのに付け込んで兵を出したのでしょう」と言います。

あんたはまた、言わずもがなのことを…。

当時、斉の首都は「鄴」〈ぎょう〉にありましたが、四爺の発言からすると、洛陽はこの時代も、首都の守りとして重要な地位にあったようです。

それに、何と言っても洛陽は九朝の古都。ドラマの次の時代である隋代には東都と呼ばれ、その次の唐の則天武后〈そくてんぶこう〉の時代には神都と呼ばれて、長らく政治と文化の中心地でした。

例の、100年後の蘭陵王である尉遅真金が登場する《狄仁傑之神都龍王》(ライズ・オブ・シードラゴン)の“神都”とは当時の洛陽の呼び名です。

京都に行くことを「上洛する」というのも、もともとこの「洛陽」から来ています。

本が売れに売れて困っちゃう、みたいなときに、「洛陽の紙価を高める」と言う、あの洛陽ね。

いまどき、こんな風には言わないか…。
電子書籍が売れに売れて困っちゃう、ときには、「秋葉原の株価を高める」とでも言うんだろうか…イヤな時代だこと。

さて、檄を飛ばされちゃった四爺は、吹き替えでは
「わかるな、勅命は絶対だ。全力をつくすのみ」
と言っています。

ここは原文ではもう少し長く、
“君命不可違 你們都知道 我沒有選擇 我只有背水一戰”(陛下の命令に背くことは出来ない 皆も承知の通り、私に選択の余地はない。「背水の陣」あるのみだ)と言ってますね。

日本語版DVDのおまけに、出演者へのインタビューがついてるんですけど、魏千翔(ウェイ・チェンシャン:韓暁冬を演じた〉が、劇中の人物像について聞かれて、“蘭陵王是一個完美的人”(蘭陵王は完璧な人〉だと答えています。

この時代の完璧な人とは、どんな人か。

まずは容貌に優れていること。

現代の感覚で考えると、必ずしも容貌は必要条件じゃないような気がするけど、当時はとても重視されたようです。第4回(記事は→こちら)でご紹介した『世説新語』にも、わざわざ「イケメン」という章があるし、なんと南北朝時代は男性も化粧してた疑惑が。

フェニックステレビで放映された《文化大观园》(カルチュラル・カレイドスコープ)という番組によると(→ソースはこちら)、1981年に発掘が終了した北斉時代の墓には、鮮卑の武人たちが描かれており、どうやら頬には頬紅唇には口紅を差しているらしい。

これは単に、絵画的な表現というわけではなく、写実的な表現だったらしくて、文献にもちゃんと記載がある。しかも、男子の化粧は女子よりもさらに念の入ったものだったとか。

どういうことなんだか、ちょっと番組を覗いてみましょう。

王鲁湘:「中国の古文では美男子について描写している部分が美女についての叙述よりも多いんですってね」
周天游:「そうですね。ですから、今の若い男性が化粧をしたり、おしゃれをしたり、ひげをはやしたり、というようなことは、実は伝統回帰とも言えるんじゃないでしょうか」
王鲁湘:「その通りですね。有名なところでは潘安とか、玄奘(げん じょう:三蔵法師)とか。玄奘がお経を持って帰国したとき、長安の女性たちは彼を迎えに出たらしいですよ。美男子を拝もうとね」
周天游:「確かにそうです。そのうえ、古代の男子は女子のお化粧を手伝ったりしたらしい」
王鲁湘:「ええ」
周天游:「漢代の宰相・張安世は《漢書》〈かんじょ〉に記載がありますが、夫人の眉を描いてあげたそうです…」

老先生と司会の人が妙に嬉しそうなのはナゼ?

第4話(→記事はこちら)で敵将・尉遅迥将軍が四爺に向かって、「化粧でもすれば女人で通用しそうだ」うんぬん、とおっしゃっておられましたが、実は男性も化粧がデフォルトだったんですね。

内面が容貌に出る、と考えられていたのでしょうか。日本でも、四十過ぎたら顔に責任を持て、と言ったりしますが…。

美徳として他には、文武両道(これはもう少し先で皇太后が、武術の稽古をしていないときは読書(勉強〉をしている、と言っています〉であること。

そして一番大事なのは、道義的に優れているということです。

このドラマは時代劇なので、ここでの道義とは儒教の教え、つまり「君主に忠、民には仁慈、親には孝、義理堅く、礼儀をわきまえている」ということ。史実でも蘭陵王は忠義の人という美点が強調されています。

蘭陵王は君主の命令とあらば、毒杯を仰ぐことも厭わないし(さすがにこれは現代の視聴者には理解しがたいと思ったのか、脚本は「民に仁」と結び付けてますけど〉、曲がったことはしません。

後で鄭児〈ていじ〉に“自以為是的高品コ”(品行方正でお高く止まっていらっしゃる)とせせら笑われるほどです。

だから、知らない女性(雪舞)には礼儀正しく振る舞うし、おばあ様の言いつけはいちおう尊重するし(結果的にメチャクチャ破ってるけど)、帯を受け取ったのだって、まあ雪舞が嫌いならそんなことしないでしょうけど、多分に、本人が言ってる通り、「義を見てせざるは勇なきなり」という教えに沿っている。

終盤に来て雪舞は、彼を称して、「口下手」だと言ってますが、あれは褒めてるんです。

「巧言令色〈こうげんれいしょく〉 鮮〈すくな〉し仁 剛毅朴訥〈ごうきぼくとつ〉 仁に近し」(ことば巧みで人におもねる者は仁に欠ける。真っ直ぐで口下手な者が仁に近い)と孔子さまも言ってますよね。最高の道徳である「仁」を身に着けてる人というのは、口下手なものなんてす。

とは言っても、さすがに全編こんな堅物の権化みたいな人では視聴者もついて行けませんので、これは彼の仮面のようなもので、雪舞といるときは、もう少し普通の人らしいというか、子どもじみた振る舞いをしている。周の皇帝、つまり天下の模範である宇文邕〈うぶん よう〉も、状況はまったく同じです。

中華第一男子もつらいよ。

ただ、ここのセリフからは、また少し違ったニュアンスが感じ取れます。

私には他に選択肢がない、とはつまり、たとえ本心では嫌だったとしても、出陣するしかないという意味なんでしょうね。

この一言は、このあとのいろんな場面の伏線になっています(ずっと後の方になって、宇文邕からは「ナンセンス」と叱られましたけど)。

たとえば、このあと、皇帝から正妃を選ぶようにとの命を受けたときは、たとえ君命に背いても…みたいなこと言っていましたが、実際には、上手く説得して皇帝に命令を取り下げてもらわない限り、違背するのは無理だと思います。

史実では、皇帝から褒美として賜った女性たちを受け取らずに返してますが、あれは妾だから、正妃とは重みが違います。

楊雪舞に関することは、忠君愛国一本やりの人がそこまで言うというほどの重大事であることが、この第7話と比べるとよく分かります。

ちなみに、日本語では「背水の陣」といいますが、中国語では普通“背水一戰”と言います。これも《史記》淮陰侯(わいいんこう=韓信)伝からの言葉。ここでいう「水」とは河のこと。河を背にして戦えば、退却することはできません。そんな追い詰められた状態で勝負にでなければならないということ。

そこまで言わせる理由はなんなのか?

ここで、ついに太子の高緯〈こう い〉が登場します。

五爺は日本語では「おそらくロクな事では…」と言いますが、中国語では、“八成沒好事”(八割方良くないことだろう)と2割増しですね(ご…ごめんなさい、くだらないツッコミで)。

ちなみに「ロクでもない」の「ロク」とは「陸」と書き、平らじゃない→まともじゃない、という意味になったんだとか。

あ、皇太子が出てきたんだった(くだらない計算してるうちに忘れるとこだった)。

史書には、
「高緯容貌俊美,其父長広王高湛對他特别爱寵」(高緯は容貌がきりりとして美しく、その父、長広王・高湛〈こう たん〉は彼を特に可愛がっていた)

とあります。さすが高一族、美形が豊富であります。

1400年前の当時、斉の「皇室ニュース」なんか見ていて、いとこの高長恭と高緯がこんな風に並んで立ってる様子がテレビに映ったら、あまりにもまぶしくて画面がハレーション起こしていたことでしょう

さて、デジカメもスマホもなかった当時の服飾を知る有力な手がかりとしては、先ほどの化粧の話でも出てきました、「お墓」があります。

そのまた昔は「陪葬」といって、ご主人が亡くなるとお付きの人も埋められちゃったらしいのですが(ひえぇぇぇ!)、あの暴君、秦の始皇帝ですら、人の代わりに兵馬俑で代用してたくらいですから、さすがに高一族がファンキーと言えども蘭陵王の時代にはそんなことはなく、やはり俑(はにわ)が埋められていました。

また、斉の初代皇帝・高洋(こう よう:蘭陵王、安徳王のお父さん・高澄の弟)の墓室に描かれた壁画にも赤い衣服の人物が見えます。

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ソースは→こちら

ちなみに、遺された俑を見ると、蘭陵王の装束そっくりの人もいます。
やっと届いた《文物三国両晋南北朝史》(中華書局)に、図版が紹介されています。
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盾?に着いている、この仮面のような模様、日本の雅楽「蘭陵王」の面に似てませんか。

たぶん、ここからヒントを得たのだと思いますが、ドラマの四爺の装束にも、この装束のデザインが取り入れられているようです。

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武人たちの甲冑なども、おそらく出土した俑からヒントを得ているのでしょうね。
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こうしてみると着ている服は赤が多いみたいです。

また、公式のFacebookでわかるとおり、皇太子・高緯のこの装束は、まさに出土した壁画をヒントにデザインされています。

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演ずるは、これまた爽やかな好青年、ロナルド・チャイ(翟天臨)。

ロナルドは、態度は尊大だけど内面は小人物、しかし根は実のところ善人という、皇太子の複雑なキャラクターを見事に演じています。いやー、彼もアイドル系なのに、よくこの役のオファーを受けたものです。でも、役者としてはぜひチャレンジしてみたい役柄なんでしょうね。登場以降、彼の演技にいちいち感心してしまう私です。

さて、華々しく登場した皇太子を遠くから見て、雪舞は尋ねます。
“在中間那位就是太子嗎”(真ん中にいるあの方が皇太子殿下なの?)

“那位”と敬語を使っていることにご注目ください(敬語じゃなければ“位”でなく、“個”を使います)。いちおう、敬意を払っているんですね。

“對 他就是我齊國太子高緯”(そう、彼こそがわが斉の皇太子・高緯殿下だ)と説明する四爺は、この後ずっと、口元にものすごく嘘っぽい微笑みを浮かべています。

高緯の父親が、この時点での斉の皇帝(武成帝・高湛〈こう たん〉)です。史実では、この年(邙山〈ぼうざん〉の戦いがあった年・西暦564年)高緯は8歳か9歳なんですが、それを言い出すと混乱するのでやめとこう。

ここで四爺が、彼とは“同族兄弟”(同族の兄弟)だから、助けあわなければ、と回りくどい言い方をしているのは、実の兄弟ではなく、父親が違うからです。日本語でいうと、「父方のいとこ」ですね。(中国語でいうと、“堂兄弟”)。

言われて雪舞は、“他注定要死在自家兄弟手中”(彼は兄弟の手にかかって死ぬ運命にある)というおばあ様の予言を思い起こします。

斉の国の基礎を作ったのは、高歓〈こう かん〉という人で、彼には15人の息子がいました。長男が高澄〈こう ちょう〉で、これが蘭陵王や安徳王のお父さんです。現皇帝の高湛はなんと9男坊でした。

この時代も、ほとんどの場合、正妻の子にまず皇位継承権があるので、斉が建国されれば本来なら高澄が皇帝になり、その息子である蘭陵王や安徳王に継承権があるはずだったのですが、高澄が皇位に着く前に殺されてしまったために、先ほど墓地の壁画でご紹介した高洋など、同じ年代の他の兄弟たち(蘭陵王からみれば伯父たち)に実権が移ってしまいます。

これだけでも、蘭陵王や安徳王の置かれた立場の微妙さがお分かりいただけると思います。

建国の大功労者の遺児でありながら、現皇帝が高湛だ、ということだけから見れば、皇位継承権からとても遠い位置にいる。ということは蘭陵王は謀叛の首謀者として担がれやすいポジションだということです。太子の取り巻きからすれば、警戒して当然と言えるでしょう。

しかも皇太子の方は、雪舞のおばあ様に、
「朱雀の星に守られているが、しょせん、雀は雀。」と、あっさり片づけられています。

雀はここでは、“雀鳥”と言っていますが、現代中国語では“麻雀”〈マーチュェ〉と言います。ちなみに麻雀は“麻將”ね。

中国からの観光客が、日本の雀荘の看板を見て、日本人ってスズメ料理が好きなんだなぁと思う、というのはまたまた日本観光の鉄板ネタです。

さて、皆に、何しに来たの…?と疑惑の目で見られている皇太子。まずは四爺を、
“御守邊疆已經一年多沒回鄴城了”(辺境を守って一年以上も都に帰っていない)とねぎらいます。

ここでいう“御”とは「防御する」の意味です。

おばあ様に、戦場から戦場に渡り歩くと言われている四爺ですが、ホントに大変ですよね。

ただ、逆に私は、四爺は武将だからずっとこういう生活をしているものだと思っていたので、あとで都で彼が住んでるお屋敷が出てきたのを見て結構驚いてしまいました。

そうよね、いちおうは皇族なんだし、ずっと僻地に飛ばされてる訳じゃないもんね…。

ここでさりげなく皇太子が傷口を痛めつけるので、四爺は思わず顔をしかめてしまいます。
それを見逃さず、大卜〈たいぼく〉の祖珽〈そ てい〉が嫌味を言います。
“看來戰神是個空有其名啊”(見たところ、「軍神」とは名ばかりだったようですな)

大卜というのは官名で、日本でいう陰陽頭のような、天文や占いを司る役職です。

この祖珽という人、史実でも才人、かつ国を誤った人物として記されています。読書家で詩を作り、作曲もし、鮮卑〈せんぴ〉語を始め、胡人(北方、西方の周辺民族)の言葉にも通じていました(ドラマでも第13話で、この特技をを悪用したエピソードが出てきますね)。一方、手癖が悪く、金品や女性に簡単に手を出すことでも有名でした。

己の保身のためには手段を選ばず、史実でも、彼の計略によって斛律光〈こくりつ こう〉将軍が誅殺されてしまいます。

一方、祖珽は文だけでなく武にも通じていましたが、そちらは次の回でご紹介いたしましょう。

さて、怒った五爺は祖珽に向かって、
“你胡說”(デタラメだ)と怒鳴ります。デタラメ、の用例、また出てきましたね(この言葉の説明は前々回→こちら をご覧ください)。

臣下の分際で皇子に向かって「名ばかり」と発言するとは見上げた度胸ですが、後の回で周の朝廷の様子をご覧いただければ分かるように、実権のない皇族はそのうち粛清されるか遠ざけられたので、実力者にくっついている権臣は、ライバルの皇族を貶めることで、実力者のご機嫌取りに必死だったのです。

とはいえやはり四爺は皇族、皇太子はいちおう祖珽の無礼を叱ります。
“如此不得禮”(なぜかように礼儀をわきまえぬのか)=礼儀知らずも大概にせよということですね。

四爺はフォローして、
“心直口快”((祖珽は)率直な方だ)と言います。おお、大人の中国語ですな。ヤン・ミー兄貴(→前の回を見てね)にもこれを言っときゃ角が立つまい。

皇太子の耳にも蘭陵王の「夜ごと側女と宴会でどんちゃん騒ぎ」の噂は聞こえていたらしく、まずは側女に会わせろとご所望です。

「堅物の蘭陵王が側女を置いたと申すので、どれほど妖艶な美女かと思ったが、なんと、かような小娘だったとはな」
おおっ、吹き替えの皇太子殿下の声が渋くてステキっ

ここは中国語では、
“能讓從不近女色的四哥首度納為妾的女子 我以為應該是多麼地妖嬈艷麗 沒想到竟然是個小姑娘”(女人をそばに近づけなかった四兄が初めて側女にしたというから、どれほど艶めかしく目の覚めるような女人かと思えば、思いもよらず、なんとお嬢ちゃんか)

さすがに皇太子は礼儀をわきまえているので、中国語版の方では“小姑娘”(お嬢ちゃん)と穏当な言い方をしています。(言ってる内容は相当失礼ですが)

失礼ついでに、祖珽は、
“行軍攜眷並不在七律重罪十條之列, 四爺年輕 風流 帶個小妾在軍中也不是什麼大事”(行軍の際に身内を同行したとて「十条の重罪」には当たりませぬ。四爺は若くて風流でいらっしゃる。側女を連れて軍務に当たられるなど大したことではございません)

ここで祖珽が言う、「重罪十条」とは斉の国に実在した規定です。

その中身ですが、
1は反逆(謀叛)
2は大逆(皇帝の陵墓や宮殿を荒らすこと)
3は叛 (他国へ寝返ること)
4は降 (投降すること)
5は悪逆(家庭内暴力・尊属殺人)
6は不道(無実の者を3人以上殺害すること、人を殺すための呪いや巫術を行うこと)
7は不敬(皇帝の祭祀の道具を盗んだり、皇帝の安全にかかわるような職務で不行き届きがあること)
8は不孝
9は不義(「義」に背く行為。行政官や師を殺害する)
10は内乱(同族内で倫理に反する行いをすること)

なんだこりゃ、高一族全員死罪じゃん... あぁいえいえ、

“不過擅離職守 為了一個女人放跑了周國皇帝宇文邕 那可是死罪呀”(ただし、職務を離れ、女人のために周の皇帝・宇文邕を逃したとあらば、それは死罪に当たります)

おっと、単刀直入にこう来たか…。

これこそ、第3話(→記事はこちら)から斛律光〈こくりつ こう〉将軍が

「太子の取り巻きは四爺がしくじるのを待ち構えている」

と言って常に恐れていたことでした。彼らは前々からこれを狙っていたのですから、3万人もいる陣中には、彼らの手の者も交じっていて、先のいきさつも逐一報告されていたことでしょう。

歩けば111時間もかかる都から、遠路はるばる皇太子がやってきたのは、蘭陵王の失敗を糾弾して処罰するためだったのか…?と場が一瞬にして凍りつきます。

ここで四爺は、尉遅迥を討ってから都に戻り、“負荊請罪”(イバラの杖を背負って処罰を請います)とお願いします。

この“負荊”っていうのは、ヤバい趣味等ではなく、またまた《史記》に載ってる故事なのです。

戦国時代の趙〈ちょう〉の国の廉頗〈れん ぱ〉将軍は、軍功を上げてにわかに出世した上卿の藺相如〈りん しょうじょ〉を嫌っていました。それを知った藺相如は将軍をとことん避けたので、周りから臆病者と誹りを受けます。

しかし彼は、趙の国には私たち2人が必要なのだから、余計な争いを招きたくないのだと説明しました。これを知った将軍は非を悟り、背中にイバラの杖を背負って(これで叩いて罰してくれという意味)藺相如に謝罪したというお話です。

ついでにここで芽生えた友情の話は、お互いのために斬首されることも厭わないという「刎頸〈ふんけい〉の交わり」という成語にもなっています。

しかし、元の話を見てもわかります通り、これは許してもらうのを前提にした行動で、この場ではあんまり適切な物言いじゃないかも知れません。

それはともかく、ここで皇太子は来訪の真の目的、すなわち、蘭陵王から兵権を回収し、自ら尉遅迥との交戦の指揮を執ることを提案します。

兵権というのは、軍隊を動かす権限のことです。

ここで、雪舞が突然、
“太子您是相當劉邦 還是項羽呢”
「あなた様は項羽と劉邦、どちらになられますか」と聞きます。

どちらになられますかって、ウィリアムが項羽なんだから、ロナルド皇太子殿下は劉邦をやるしかないだろう、この無礼者!と祖珽はご立腹です。

でも根は優しい皇太子は、急いで助け舟を出します。
“天女問得好”
「良い質問だぞ」と、先生が言ったら、それは時間を稼いで答えを考えてるときだ、と前にテレビで見た記憶がありますが…。

気を良くして、雪舞は得意顔で続けます。
“劉邦曾云 戰必勝 攻必取 吾不如韓信 運籌帷幄 決勝千里 吾不如張良 但吾能用韓信張良 所以得天下”(劉邦はかつて言いました。戦いには必ず勝ちを収め、攻めて必ず取るという点では私は韓信に及ばない。帷幄のうちにはかりごとを巡らし、千里の外に勝利を決する点では、私は張良に及ばない。ただ、この二人を用いることができたので、私は天下を得ることができたのだ、と)

思うに、ここの雪舞の態度は、3つの意味で無礼です。1つ目は先ほども申しました通り、大人の事情でもう役柄に選択の余地がないということ、…おっほん、2つ目は、側女の分際で、皇太子殿下にご意見申し上げるような真似をしたこと。

もう1つは、皇太子には学がない、と言ってるに等しいということです。

《史記》のこのくだりは大変有名で、四爺は出てて皇太子は出てない映画にもなったし(21世紀に、ではありますが)、あずまえびすのガイジンたる私でさえ知ってるくらいですので、いやしくも斉の皇太子殿下がご存じないはずはありません。こういうのを「釈迦に説法」とか「孔子に論語」とか言うのです。

いろんな人にボンクラ認定をいただいている高緯ではありますが、ちゃんと勉強はしてるっていうのを、次の回で宇文邕さえ認めています。そのような御方に向かって、この故事をご存じですか、とばかりに解説をしてはいけません。

皇太子は知ってても、視聴者が知らないんじゃ…という意見はこの際無視。

じゃあどうすりゃいいんですか、と言われたら、あなたの身分じゃ何もしないのが一番いいんですが、どうしてもって言うんなら「ここはひとつ、劉邦のマネジメント術を採用されてはいかがですか」くらい言っとけば十分です。

取りあえず、言っちゃったことは取り消せないので、ここまで黙ってた(賢い人はこうします)段韶太師がフォローしています。
“太子您是千金之驅啊 如果親自帶兵打仗的話 萬一發生不測那臣等是擔當不
起的”
(皇太子殿下は大切なお体、万一親征なさって不測の事態が起きれば、われわれも申し訳が立ちません)
吹き替えは、「大切なお体ゆえ、出陣なさって何かあれば、われわれが困るということです。」

まぁそういうことなんですけど、これも相当失礼に聞こえるわ…。

なんとなく皇太子がなびいてしまいそうだと思ったのかどうか、祖珽はここで強烈な反撃をかましてきます。
“擁兵自用 另有圖謀吧”
「兵を私用につかうはかりごとが他にあるのでは」

先ほどもご紹介しましたように、蘭陵王は非常に謀叛を疑われやすい立場、これを言われては返す言葉がありません。

謀叛は先ほど祖珽の言ったとおり大罪です。本人のみならず、周りの者も、共謀したと見なされれば粛清の対象になってしまいます。雪舞のした事はそれほどの大事だったわけで、逆に言えば、これほどの大事とよくよく知っていながら、第6話(記事は→こちら)のような措置を取った四爺は、よほど雪舞を大切に思っていたのでしょう。

しかし、ここは皇太子の御前です。

“臣領命”
「拝命します。」という即答に、段韶太師は思わず目を伏せています。ついにとんでもないことになった... と思ったんでしょうね。

「わが軍3万、お任せします」と言いながら、四爺が差し出した重箱みたいな箱の中には、兵権の象徴である“帥印”が入っています。

今の日本でも、取締役の代表印、みたいなものがあります通り、ハンコはその地位の象徴です。

九州で「漢委奴国王」の「金印」というのが出土しましたが、あれが2.5センチ四方くらいのもの。印は大きければ大きいほど威力が強くなります。

こちらは周の「武帝」のお墓から出てきた金印。↓
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つまり、宇文邕のお墓です。間違っても生きてる間に「武帝」とか呼ばないように。

このハンコはアシナ皇后のもの。
重さが800グラムもあり、大きさは5センチ四方ほどの金印です。

さて、軍の統率者の印である“帥印”を捧げ持つ四爺。それに対して、そっくり返って片手を出した高緯の受け取り方がいいですね。

四爺は、途中までは何とか微笑みを浮かべているのですが、渡した瞬間からもう気分が悪そうです。

斛律光将軍が危ぶむと、皇太子はそなたの精鋭も洛陽へ行かせてはどうか、と言いだす始末、さすがの四爺も表情を動かしてしまいます。

斛律将軍はまさか、辺境に置いた兵力を、全て邙山に集結させるおつもりか、と咎めますが、言い争おうとするのを段韶が止めています。ここは言わせておいて、他の策を採用しようということでしょう。

用が済んだら長居は無用とばかりに、皇太子は、
“起駕”(出立するぞ)と言います。自分の事に使うのかどうかは知りませんが、“起駕”とは皇帝夫妻が出発することです。

祖珽はさらに嫌味を加えて、
“回京路遠呢 好好保重”(都までの道のりは遠うございますぞ。どうかご自愛くだされ)と言い残して、二人はとっとと帰って行きます…(ってどこに ?)

あの微笑みは相当無理してたらしく、四爺は彼らの姿が見えなくなった途端、吐血して倒れてしまいます。軍医先生も、「安静にしてなきゃいけなかったのに“動氣”したので、毒が内臓に回った」というようなことを言っています。

ここの“動氣”というのは、文字通り“氣”を動かしたってことですが、怒ることも“動氣”とか“生氣”とか言います。

解毒薬がなければ、持ってあと5日、と軍医が宣言するに至り、皆は悲痛な面持ちで、四爺と雪舞を残して引き揚げていきます。

四爺の枕元に置かれた明かりは、この地方の特産品なのでしょうか、

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この懐かしいシーンにも出てきましたね。(まさかタオルじゃあるまいし、雪舞がポシェットに入れて、白山村から持ってきたはずはないですよね…)

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第6話のとき(→こちら)に、当時のロウソクが貴重品だという話をご紹介しました。ここの明かりは、ロウソクがもう溶けてしまった状態ということも考えられますが、庶民の家と同様、油にそのまま灯心を差した明かりなのかも知れません。

洛陽の民は四爺の来るのを待っている…と思いながら、雪舞は去り際に宇文邕が渡した“長命鎖”を取り出します。“長命鎖”というのは、生後100日のお祝いに子供に贈られる、錠前の形をした首飾りで、魔物が取りつかないように鍵をかける、という意味があるのだそうです。

生後100日のお祝いには、染めた卵を贈るとか、地方によっていろいろな風習があるそうです。

ついに覚悟を決めたらしく、四爺を見守りながら雪舞は言います。
「おばあ様が言ってた 受けた恩は倍にして返すものだと」

本来、倍返しというのはこれのことですね。元の中国語では、
“奶奶曾說過受人點滴當湧泉相報”
(おばあ様は、一滴の水をもらったなら、泉をもらったつもりで恩に報いなさいと言った)
と言ってます。

雪舞は、去り際にデコチュウをして出て行きますが、実に惜しかったですね。
毒矢に臥せた四爺のもみあげにテープのりさえ見えなければ、とってもいいシーンだったのに。

さて、皇太子・高緯は、先ほど強奪 譲られた“帥印”をためつすがめつしています。たぶん、鳳凰を象ってるんでしょうね。どうみてもゆるキャラにしか見えないけど。

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ここで祖珽が、
「皇太子となられてはや2年」と言っているので、ドラマの世界では、562年に皇太子の地位についたという設定なのでしょう。

高緯は“他就是認為我怎麼都不如那個高長恭 ”(父君は私がどうしても高長恭には及ばないと思っておいでなのだ)と愚痴っています。現皇帝は史実では先に見た通り、高緯を溺愛しているのですが、ドラマの中では一見、蘭陵王を贔屓しているように見える態度を取っています。

もちろんそれは、息子に頑張ってもらいたいからなのですが…。よく、子どもを励まそうと、お兄ちゃんはちゃんと良い子にしてるよ、とかって、兄弟を引き合いに出す親がいますが、やめといた方が無難だというのは、こういうのを見るとよく分かりますよね。

今回も、皇帝に認められたいがために、功を焦って出陣してしまいます。斉、周、共に似たような状況なんですね…。

ゆえに、決して敗北は許されない、と言う高緯に、祖珽は言います。
“臣夜觀天象 五星出東方 齊國大利”
「天を占ったところ、東方に五星があり、斉に有利です。」
“太白出高 敢戰者勝”
「金星も輝き、挑む者が勝つ。」

この占いの結果は、《漢書》(かんじょ) 趙充国辛慶忌伝 第三十九にある、前漢の将軍・趙 充国〈ちょう じゅうこく〉の話に見えます。

“今五星出东方,中国大利,蛮夷大败。太白出高,用兵深入敢战者吉,弗敢战者凶”(いま五星が東方に出る。中国には大変有利であり、周辺の異民族は大敗するであろう。太白(金星)が高く昇っており、兵を用いるに挑む者には吉、戦を避ける者には凶である)

《史記》の天官書にも同様の記述が見えますが、ここでいう“五星”とは太白(金星)、歳星(木星)、辰星(水星)、熒星(火星)、鎮星(土星)を指します。

5つの惑星が天の一か所に集まることは珍しく、そのいう現象が起きた方角から兵を出す者は必ず勝つと古代には考えられていました。漢は東にあり、異民族は西に居たので、東方に五星が出るということは、漢軍が必ず勝ちを収めることを意味するとされたのです。

南北朝時代、斉は東に、周は西にあったので、祖珽の台詞に取り入れられたのでしょう。

ちなみに、趙充国は70歳を過ぎて、漢の武帝に「誰が異民族を制圧すべきか」と聞かれて自ら志願し、帝から必要な兵力を問われると、百の伝聞も、わが目で一度見るには及びません、敵は遠くにいるので、自分が現場に行って確かめましょう、と答えました。

「百聞は一見にしかず」という成語はここから出たとされています。

趙将軍は現地に行って観察し、兵を待機させて相手の崩壊を待つ戦略を取りました。しかし漢の国内では、軍を出しているのだから攻めるべきだという主戦論が強くなり、「五星が東方に出ている、出兵するのが有利だ」と出兵を督促されます。しかし、結果として敵の足並みは乱れ、戦わずして勝つ形になりました。

自ら志願して出かけた辺境の守り。占いの結果を持ち出され、皇帝にまで「戦え」と圧力をかけられても兵を動かさなかった趙将軍は、優れた兵術家であり、本当の意味で勇気があったと思います。

ただ、今回のドラマで「五星出東方」という言葉を台詞を使ったのは、この故事を直接典拠にしたというよりは、90年代にシルクロードのニヤ遺跡で、日中合同の発掘隊が発見した錦織(国宝)に書かれていたことからこの言葉が有名になり、後に漢の武帝を描いた別の史劇ドラマで使われて多くの人が知っているため、その影響ではないかと思います。

おや、皇太子の幕舎はロウソクが黄色いのですね。
お召し物とコーディネートしてオシャレさん。

ここで高緯が戦況の見込みについて語りますが、わが軍は6万、というときのジェスチャーにご注目ください。
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↑これが六。
第3話(記事は→こちら)で、楊士深が“八”のジェスチャーをしていましたね。

中国の数のかぞえかたは、五までが日本と一緒で、六以降、十まで、片手で表せるジェスチャーがあります。日本だと普通は両手を使わなくちゃいけないので、とても便利。

私もついついファミレスとかで「6人です」と言いながら、“六”のジェスチャーをしてしまい、店員さんに怪訝な表情で、「お2人さまですか?」と聞かれることもしばしば…。

さて、こちらのお2人さまはすでに勝つ気まんまんです。

“勝券在握”(必ず勝てるということだ)

とおっしゃってます。ここの“券”とは、もともと木札に書かれた契約書のことを指しました。割符になっていて、契約の証として双方が保管していました。「勝つ」という保証書の半分を握ってる、ってことですね。

さて、ところ変わって暁冬を訪ねる雪舞。一緒に周に行って欲しいと頼みます。
暁冬の返事は、

“可是我什麼都不會 只會幹一些偷雞摸狗的事情”
ここでは吹き替えの通り、
「オレに何ができる せいぜいコソ泥くらいのもんだ」
という意味なんですが、この“偷雞摸狗”という言葉、もう少し妖しい意味もあるらしい(《二次曝光》とか見ればわかるかも)。でも、この辺にしておきます。雪舞も、
「十分よ。盗みに行くの」
って、納得してますから…。

さて、蘭陵王が臥せている部屋へ、楊士深が書き置きを持って入ってきます。
“雪舞姑娘留書離開了”(雪舞さんが書置きを置いて出ていきました)

こんな警備のユルい陣地でトラを飼ってたのか…とご近所の方々の心胆を寒からしめる発言ですが、とにかく書き置きを見ると、

“各位大人 請恕雪舞不告而別前往周國取藥祇盼諸位給雪舞五日之期限期一
到雪舞定必帶同解藥回來謝罪 雪舞”
(皆さま 雪舞はお別れも告げず周へ薬を取りに参ります。どうか五日の猶予をいただけますよう。刻限までにかならず薬を持って戻りお詫びいたします。雪舞)

書き置きを読んで段太師は、
「雪舞どのは薬を取りに周へ行った」
と言いますが、別に封もしてないし、宛名は「皆さまへ」、なので別に楊士深が中身を改めたっていいはずなのですが、読んでなかったのでしょうか。

あるいは、字が読めないとか?(まさかね)

中国語では、
“果然去找宇文邕取藥取了”(果たせるかな、解毒薬を取りに宇文邕の元へ行ったか)と言っているので、予感がやはり当たった、という独り言とわかり、楊士深の文字読めない疑惑はかなり解消されています。

続けて段太師は、日本語では「自ら危険に飛び込むとは」と言っています。中国語の方はもうちょい具体的で、

“你這次闖的是龍潭虎穴呀”(あなたが次に飛び込むのは竜の住む淵、虎の住む穴ですぞ)

おおっ! さすが皇帝陛下、「虎の穴」で成長あそばされたのですね。
道理で、素手でトラと格闘して勝ったわけです(「虎の穴」での修行では、ライオンと戦ったらしいですが、“差不多”(変わんないし)。)

ちなみに、タイガーマスクの「虎の穴」はやっぱり、中国の故事「虎穴に入らずんば虎子を得ず」から来てるらしい。そして日本版Wikiによりますと、それ以外にもう1つ、ヒントになったのはイギリスに実在したジム「蛇の穴」だったそうです。ヘビなのか…?

そしてやってきた周軍の駐屯地。
白い衣装の楊雪舞、今日も嵐が吹き荒れる♪ のか?

と思ったら、おや、門番はまたあなた…?
丹州城から左遷されたのかしらん(あるいは昇進したのか)。

しかも雪舞に向かって「何者だ」って…あ、そうか、あなたは丹州城の四方を固める門番兄弟の五番目の弟で、雪舞にはきっとまだ会ったことことがないのね。じゃ、ここをクビになったら、いつまでも息を止めていられるというその特技を生かして、丹州城のお堀掃除をしたらどうかと思うわ(今もあの絵本、あるのだろうか…)。

と、周のハロワに替わって視聴者がアドバイスを試みるも、この末っ子はちゃんと雪舞の申し出を宇文神挙(うぶん しんきょ)に取り次いだらしい。当分クビは安泰でしょう。

皇帝のプチギフト“長命鎖”の威力は、ウィリアム・フォンがヤン・ミー兄貴に奉納したネックレスとは違って効果絶大らしく(→前回のコメント欄を見てね)、雪舞と暁冬は乗船を許されます。暁冬の方は別室へご案内〜になってしまいますが…。

このときの暁冬の仕草はたぶんアドリブなんでしょうけど、雪舞を先導する、お付きの女官がつい吹き出してる?

さて、進み出た雪舞を見て、タイガーマ宇文邕はひとこと、
「これが貧しい村にいたあの女子とはな。周の衣をまとったら見違えるようだな」
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↑これは雪舞の時代より100年ほど前の、東晋のころ描かれた顧ト之の《洛神賦図》。かなり似た服装です。帽子は透け感のある素材で、段太師がかぶっているものに似ていますね。

さて、日本語では、身分の低い者でもドレスを着ればそれなりなのか。馬子にも衣装ってやつだな…くらいの印象ですが、中国語の宇文邕は相当失礼です。
“想不到昔日在賤民村的那個小女子 穿上我周國的服飾後 也是個美人”(かつて“賤民村”にいたあの小娘も わが周の装束を身にまとえば美人であったとは、思いもよらなかった)

虎の穴出身者にこう言われて、雪舞もカウンターを食らわします。
“我也想不到 當日無家可歸的阿怪 竟然會是「九五之尊」
「お互いね。あの流れ者の「怪」が帝王の身だったとは」

“九五之尊(九五の尊=皇帝)
とは、易から来た言葉です。

自然界を陰陽2つに分けたとき、偶数は陰、奇数は陽を表すとされ、一桁の最大の奇数「九」は陽が極った数字、五は9つの数字の真ん中にある、ということで、占いでは指導者、帝王の象徴とされています。

易については、次回、祖珽がもう少し具体的に見せてくれるので、そこでご紹介しましょう。
(ご自分の運勢を占ってみたい方は、試してみると面白いかも…(→易経ネット))

そんな、人として最高位にある貴いお方にも、雪舞はひるみません。
“宇文邕 我來找的不是你”(宇文邕、私が会いにきたのは、あなたじゃない)
おっといきなり呼び捨てだ。

いつもは中国語よりマイルドな吹き替えも、今回ばかりはかなりキッツいです。
「あなたには用はない」

こう言われて、さすがの宇文邕も顔色変わってます。

“我要找的 是我的好朋友 阿怪”(私が会いに来たのは 私の友だち、怪よ)
“就請阿怪 念在我和他曾經朋友一場 給我解藥吧”(怪、どうか、私と怪が友だちだった頃を思い出して 私に解毒薬を頂戴) 
ここの吹き替え訳は画面にもよく合っていて、なかなか名訳。
「友達のよしみで譲ってちょうだい。解毒薬が要るの」

自分は今は怪ではない、という宇文邕に食い下がる雪舞。

“但是我跟阿怪曾一起在賤民村生活過。我看過他幫助需要幫助的村民和孩子們一起玩蹴鞠 我看見過他的真心啊”(だけど私は怪と一緒に“賤民村”で過ごしたわ。彼が助けが必要な村人を助けてあげたり、子どもたちとサッカーをして遊ぶのも見た。彼の本当の心を見たのよ)

「怪はあの村で苦楽を共にした仲間なの。困っている人を助けてあげるのを見たわ。子供たちを可愛がっていた。あれが真の姿でしょう?!」

と、言われてる間のダニエルの演技は、皮肉なのか、昔を懐かしんで少し柔和な表情を見せているのか、どちらとも取れます。

雪舞の言葉が終わると、彼は口調だけは厳しく返します。
“事到如今,你以為朕會是那麼單純嗎?”
「今さら何を!...朕がさように単純だと思うか」
と言って開けた目がうるうるしています。ダニエル・チャン、演技上手すぎ。

“朕 其實一直都在騙你 一直在利用你”
「ずっとそなたを騙していた。そなたを利用していたのだぞ」
カミングアウトしたわ、やっぱり、四爺が看破したとおり、騙子(ピィエンヅ)だったのね…

しかし、ずっとお前を騙していたのだと言ってる間、実は辛そうです。
“我知道 但是我也相信你的本心 絕對不壞的”
知ってるわ、でもあなたは本当は悪い人じゃない、と言われたときの一瞬の表情が良いですね…。

皇帝陛下も根は親切なので、いちおう解説して聞かせています。
「朕と蘭陵王は生まれついての仇だ」
続けて、
“朕也知道你跟他關係匪淺 心理十分關心蘭陵王”(朕はそなたと蘭陵王に浅からぬ縁があるのは知っている。心の底では蘭陵王をたいそう気遣っておることもだ」
と、この時点ではいちおう事情もよく分かっているらしいお言葉(この先の方の回に行くと、なぜか都合よく忘れがちになるような気がするが…)。

「されど、そなたは恩人、望むものは何でも与えよう」
という的外れのオファーに、ちゃうちゃう、という雪舞の焦れたような顔もいいですね。

“唯獨你要救高長恭的藥 朕不能給”
「ただし、解毒薬は除いてだ」

と言うと、船が動き出します。驚く雪舞。

下船させてくれと頼むも、返すつもりはないと、宇文邕はからかうような笑みを浮かべます。天女のそなたが居る限り、天下は朕のものだ、と言いだす宇文邕に雪舞は、

“打從我第一天遇見你 你就在算計我”(会ったその日からソロバンづくだったのね)

って言いますが、南汾州城での1日目は阿怪だって彼女が誰だか知らないでしょうに…

“你一點都不內疚嗎?”
「あなたのせいで大勢が犠牲になった。悪いと思わないの?」
“內疚”とは、内心やましいことがある、という意味です。

“朕為什麼要內疚。真是朕自保的方法”
「何が悪い。朕は身を守ったまで。」
“不然你認為朕是如何登基為王的呢”
己を守る方法を知っていたからこそ玉座に座っていられるのだ、と、玉座に座るこの動作がまたイカす!

“朕知道你心腸好 看到每個落難的人都想救 但如今你何必急于救蘭陵王一人
你不如留在朕身邊 等朕統一天下之後 你想救多少百姓 朕救幫你救多少百姓”

「そなたは善人だ。困った者を放ってはおけぬ。されど、なぜ蘭陵王1人にこだわるのだ。朕のそばにいるがよい。天下を統一したのちは、そなたに思う存分 民の救済をさせてやろうぞ」

陛下まったくおっしゃる通りです!と私などは説得されてしまうのですが、民の安泰よりまずは蘭陵王が心配な雪舞の耳には、あまり入っていないみたいです。

うーん…。
ここのへんで、すでに彼女の使命感と行動とにちょっとズレが生じ始めていたのですね…。

宇文邕はこの時点ではすっかり悪者なので、視聴者はあまりこのポイントに気づかないものと思われます。
振り返ってみると、脚本の巧妙さが際立つ場面。

しかし、相当先の話をここで持ち出すと面白くないので、とりあえずスルーして進みましょう。

まんま時代劇のダニエルとは対照的な、アリエルの現代劇っぽい呆れ顔が印象的です。

“你貴為皇帝 身邊能臣必定眾多 又何必多留一人 空做擺飾呢”

あなたは皇帝、有能な臣下がたくさんいるはずよ。私を加えたってただのお飾りに過ぎないわ、という雪舞に、さきほどまでの万能な感じはどこへやら、宇文邕は下を向き、実権を握っているのは宰相の宇文護なのだ、とグチってしまう。

アシナ皇后の前では、どこまでも「皇帝」の演技を崩さない宇文邕ですが、雪舞の前に出るとつい「素」になってしまう、という場面です。さすが天女。

ここで雪舞は宇文邕が、宇文護の影に怯えてきたというおばあ様の話を思い出します。

そこで、助けてあげるから解毒薬をくれ、と交渉を試みるものの、
“楊雪舞 你還是沒聽明白 高長恭的命 朕是要定了”
「楊雪舞、まだ分からぬか」(出たなフルネームコール)「蘭陵王の命は必ずもらう」、と宣言されてしまい、交渉は決裂です。

甲板に出ると、なんだかまだ接岸している気がするけど、少し移動して別の岸辺についたのかしら?
外は兵士が立ち並び、閲兵式が行われようとしています。

皇帝陛下に向かい、“吾皇万歳万歳万万歳“(皇帝陛下 万歳万歳万々歳)と叫ぶ兵士たち。

日本では、○○くん合格おめでとう!バンザーイ!とか、庶民にも平気で万歳を使いますが、中国ではこれは皇帝だけに使うことを許されていた言葉で、皇太后ともなると万歳じゃなくて千歳と、十分の一に値切られちゃいます。

はっきりこうなったのは宋代以降らしく、それより前には、いまの日本語と同じようなニュアンスで使われていた時代もあったようです。このドラマの時代、南北朝期には流行の人名だったみたいで、周万歳さんとか李万歳さんとか普通にいたらしい。今の「はると」くん、とか「りく」くん、みたいなもんでしょうか。

そのあとだんだん使い道が皇帝に限られるようになり、庶民は自分のことに「万歳」とは言えなくなっていきます。現代になって毛沢東が「万歳万歳万々歳」と称えられたのは実に意味深だった訳ですね…。

毛沢東ついでに言うと、文化大革命のときにリーダーたちを称える言葉というのが決まってたらしくて、まず毛沢東は
「萬壽無疆! 萬壽無疆!」(幾久しく長命であられますように)(←これも皇帝にしか使われなかった言葉

林彪〈りん びょう〉副主席は「永遠健康! 永遠健康!」(永遠に健康であられますように)

長康生参謀は「天天長胖! 天天長胖!」(日々太られますように)
って、おいおいおい…。

さて、そんな、兵の歓呼の声を受け、黒コーナーの宇文邕は、レフェリーよろしく雪舞の手をがっちりつかむと、天女がいれば向かうところ敵なしだ、と力強く宣言しておられます。

いや、タイガー、判定勝ちにはまだ早いぞ、今に見ておれ…。

ということで、次回へ続く!(→こちら)
posted by 銀の匙 at 20:20| Comment(4) | TrackBack(1) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月06日

蘭陵王(テレビドラマ12/走馬看花編 第7話の2)

皆さま、Mae govannen(マエ ゴヴァンネン)。こんにちは。
せっかく習い覚えたエルフ語も、もはや挨拶ことばしか覚えておらず、エルフに道を聞かれたら逃げだしてしまいそうで残念な今日この頃です。

10年以上にわたって続いた「中つ国」の物語も、ついにこの年末の「ホビット 決戦のゆくえ」で映像化が一段落ですね。全米より早く公開されるとは、これまで常に他国の後塵を拝してきた日本の観客にとって嬉しい限り。きっと監修者の先生方の大車輪のおかげでしょう…。

ということで、今回は「ロード・オブ・ザ・リング」(「指輪物語」)第2作「二つの塔」の特別延長版(スペシャル・エクステンデッド・エディション)DVDから、中つ国ならぬ古代中国に、お二人のゲストをお招きしたいと思います。

では、ゴンドール王のアラゴルンさん、ローハンの姫君・エオウィンさん、どうぞ!

おっと、剣を振るえば、人間の男たちは誰も敵わなかった「指輪の幽鬼(ゆうき)」をもなぎ倒す、盾持つ乙女・エオウィンさんが手にしているのは桶とヒシャク。そして、桶の中の液体を口にしたゴンドール王が上目づかいでエオウィン姫を見つめつつ、悶絶しております。すわ、毒殺か…? 

と、思ったら、これは、姫君がお手製のシチューを意中の殿方に振る舞ったところ、超マズかった、という、原作にないエピソードだったのでした。

何のためにこんな妙なシーンを付け足したのか、謎としか言いようがありません。しかもコアなファンしか買わない特別延長版だけに収録してるなんて、監督はどんな勇者よ?

と呆れてたら案の定、全世界のトールキン・ファンから非難が殺到。脚本のフラン・ウォルシュか監督のピーター・ジャクソンがドМなのか?と思っていたら、なんと斉の国でも似たような事件が。

なんでここでデジャヴが起こっているのでしょうか。

誰か教えてください、シチューのエピソードには何か神話的な意味が隠されているのですか? 

賢者ガンダルフよ、段韶(だん しょう)太師よ、愚かな視聴者をお導きください!
 Le Hanon!(レー ハノン)
 謝謝您!

という事で、第7話のつづき。(→前回はこちら

カメラが斉に戻ってみると、毒矢に当たって倒れた主人公が、なんとベッドに起き上がっています。(まさかこの人仮病か…?と初めて見たときは思った)。いったいどういう体力してるんだ...と雪舞でなくても驚く場面ですが、黄色いシャツを着ているところをみると、どこかの時点で、いちおう服は着替えたらしい。

雪舞以外、お付きの人もいないみたいだし、ついに念願かなって着替えを手伝ってもらったのでしょうか。おっ、今度はガウンを着せかけてもらってます。やったね、ポイントゲットだ! 

しかも、雪舞は何だかおいしそうな匂いのするポットを運んできます。顔を洗ってくれたとか、髪を梳いてくれたとか、着替えを手伝ってくれたとか、阿怪がさんざん吹聴してましたが、手料理を作ってくれたとは言ってませんでしたよね。

しか三日三晩も寝ないで看病してくれたんですって。そりゃー気分も良くなるでしょう。勝ったな…! と思ったのかどうか、上目使いで雪舞を見る四爺が何だか嬉しそうです。

ここの雪舞はお母さんのようで優しいですね。四爺は、子どもの頃は母親を取り上げられ、宮廷では冷遇されて、長じてからは皆に頼られる立場、人に甘えることなんて許されない暮らしを送ってきたので、こういう優しさは、きっととても嬉しかったでしょう。

ただ、以降、ほとんど死ぬ目に遭わなきゃこんな風に優しくしてもらえないとは、この時点では知る由もない四爺。…合掌。

ええっと、おっほん、さあ、早速、手料理をいただいてみましょうか!
ここからはいきなり、ごくごく普通の話し言葉になります。ちょっと中国語で観てみましょう。

“怎麼樣啊?”(どうかしら?)
“不錯”(悪くない)
“不錯嗎?”(悪くないの?)

“錯”は「間違っている」「悪い」という意味で、“不錯”はその否定です。なかなか良いよ、という意味のときもあるし、すごく良いまではとは言えないがそこそこOKというときにも言います。微妙な線をついてますね。

“好喝”(うまい)
後者の意味にとられたら申し訳ないとでも思ったのか、四爺は言い直します。こちらは、疑問の余地なく、「(飲み物が)おいしい」という意味。

しかし、雪舞は、一口飲むなり、
“很難喝啊!”(ものすごくまずい)とスープを吐き出してしまいます。いやはや。

ここで四爺は、
“我一直覺得很奇怪 你跟你奶奶住在一起 不經常做飯嗎?”(ずっと不思議に思ってたんだけど、おばあ様と住んでて、炊事はしてなかったの?)と聞きます。とてもくだけた言い方。

不思議なのはそこじゃなくて、エオウィンも雪舞も、なぜ味見をしないのか、ってことだと思うけど、違うかな?

“這麼難喝 別喝了吧”(こんなにまずいもの、飲んじゃだめよ)
“沒關係 拿來”(大丈夫だから 貸して)
“別別別別”(だめだめだめだめ)
“這是你親手給我熬的湯”(これは君が私のために作ってくれたのだから)
“就算不好喝 我也會 盡量把它喝完”(たとえおいしくなかったとしても=味はどうあれ 私は 何とかして飲み干すから)

そ、そんな悲愴な覚悟が必要?

そこで雪舞が、ポシェットからプランBを出してきます。
“我還準備了備案 原本其實覺得 它們有點太普通了”(代案も用意したから。最初は、ちょっとありきたり過ぎかなと思っていたんだけど…)

と、童子の絵を描いた卵を取り出す雪舞。

中国の伝統行事に「清明節」というのがあります。毎年4月の初めごろなのですが、そのときに絵を描いた卵を贈り合ったり飾ったりしたそうです。現代でも卵を食べる習慣があり、子どもたちが卵に絵を描いたりします。なんだかイースターの風習に似てるなぁと思っちゃいました。

童子を描いた卵っていうのも、何か謂れがあるのでしょうか。とりあえず四爺には好評の様子。

“這雞蛋也太可愛了吧 這是你用心給我做的雞蛋 我一定會好好吃的
(この卵はずいぶん可愛いな。君が私のために作ってくれた卵だから 必ず大切にいただくことにしよう)
吹き替えも良い感じです。「ずいぶん可愛い卵だな。君の心が籠っておる。味わって食べねば」

どうも四爺は、誰かが自分のために何かをしてくれた、というのをとても恩に着るタイプの人のようです。
ああ、でもこの人の「必ず」は…

と思ったら、雪舞が花束を出したので観客の目が逸れた隙に、左の手の卵をさっと右の手に持ち替えています。おお、四爺の ひょっとしてトラやドレスも四爺がイリュージョンで出したのでしょうか。

一方の雪舞のポシェットは、四爺に劣らぬドラえもんポケットぶりを発揮していますが…出したこの花は、一体何なんだろう。

すごく気になる…と思ってあちこち探したところ、キョウチクトウ科の、その名も「シューティングスター」という花らしい。(こんなの)。どうやら南方にしか咲いてない花らしいですが、どっから持ってきたんでしょう?(しかも、物語も終盤で四爺もその辺で摘んできたらしいんですが)

それはともかく、こんなこと調べなくちゃ気が済まないなんて、私の前世は名探偵・狄仁傑=ディー判事なのかしら。(そしたら大理卿=ウィリアム・尉遅真金をアゴで使えるおいしい立場だったかも…)

しかし、せっかく調べた花なのに、四爺はそっちじゃなくて雪舞をじいいいっと見ています。

この凝視、アリエルは毎回きちんと受けて演技してますが、とても耐えきれない女優さんもいらしたようです。まさか、とお思いですか?

では、証人として、本日2番目のゲストをお呼びしましょう。《宮鎖心玉》(宮〜パレス)で共演したヤン・ミーさんです。

ヤン・ミーは生粋の北京っ子。相手かまわずズケズケとモノを言うタイプで、私はひそかにヤン・ミー兄貴と呼んでいます。とても好きな女優さんの1人です。

2人が《超級訪問》(スーパー・ヴィジット)(司会:李静・女性/戴軍・男性)という番組に出たときの話です。ついでなので、一部内容をご紹介しましょう。(→元の公式映像はこちら

杨幂(ヤン・ミー)、馮紹峰(フォン・シャオフォン=ウィリアム・フォン)

(8:10くらいから)

ヤン・ミーが17歳のとき、ウィリアム・フォンと最初に共演したドラマの撮影の話をしています。

:私はまだ高校生だったんですけど、たった10日だったし一緒に演じるシーンも多くなかったので、あまり印象に残ってないんです。

:特に良い印象はなかった、と…(笑)。

:特にはっきりとは印象に残ってないです。

:そのとき、彼はどんな感じでした?

:そのときもこんな感じですよ。(隣を指さす)ひょろひょろで…(“瘦了吧唧”って、ははは、北京っ子らしい言葉)

  とにかく痩せてて、口数が少なくて…。

:あまり話をしなかったの?

:私たち、あまり話はしませんでした。

:じゃ、あなたの方は?17歳のヤンミーはどんな感じでした?

:第一印象は、きれいな人だなって。

:第二印象は?

:正直言って、彼女もあまりしゃべらない人だなって感じでした。
  あと、とても率直な人だと。回りくどいことは言わずに、ぽんぽんしゃべる。

:小型の機関銃みたいにね。
  じゃ、共演する前に、相手の演技は観たことありましたか。

(二人とも首をふる)
:ヤン・ミーが最初に出た映画が何か知ってます?

:四歳のときのあれかな。チャウ・シンチー(周星馳)のだと思います。

:汗が出ちゃうよ。4歳は合ってるけど、チャウ・シンチーはどっから出てきたんだ。

:彼女、チャウ・シンチーの映画に出たことあるんですよ。

:出たことはあるけど、4歳のときじゃないですよ。

:4歳のときのは《唐明皇》 

:間違えた。

:じゃ、紹峰が出た最初の映画は?

:上海戯劇学院を卒業する間際ので…いえ、卒業してから撮った《愛情密碼》ですね。

王姫先生と撮った作品で、恋人役でした。姉弟の恋(年上の女性とのラブ・ストーリー)で…(客席がどよめく)

:見つけましたよ両方とも。みなさん、ご覧ください。

「さあ、父上の前にお行きなさい」
「どうだ、暗唱した詩を聞かせておくれ」
「母様が教えたでしょう。お言いなさい」

(妃に抱かれたヤン・ミーはお人形さんのように可愛いです(はぁと)

「舒先生! さあ乗って」
「赫雷、今日もたまたま通りかかったの?」
「それはその…」
「わざわざ迎えに来たんでしょう?」
「そうですよ。お嫌ですか」

(あまりの悲惨な演技に、思わず顔を覆う馮紹峰)

「違うけど、ちょっと腑に落ちないところが」
「それはともかく、お礼を言うわ」
「授業が終わったばかりでお疲れでしょう。
 気晴らしに街に行きませんか」
「いま?」
「ええ、乗ってください」


:紹峰は、今すぐ停電になれって思ってるでしょ。
:お先に失礼した方が…(ヤン・ミーが引き留める)

 ・・・

:監督に聞きましたが、《宫锁心玉》の前に共演したときに、
  馮紹峰がやった「ある事」のせいで、
  ヤン・ミーの中では評判がた落ちだったそうですけど。

:きっと彼、覚えてないと思います。
  最後のシーンで別れる間際にとても感動的なセリフがあって…
  セリフを言い終わったら彼が、  
  「そうだ、ここにキスシーンを入れるべきじゃない?」って…

:ぼ、僕そんな事言った?

:言ったわよ。

:ぼ、僕本当にそんな事言った?

:その瞬間、この人には全くいい印象が持てなくなって。

:違う違う、本当に覚えてない…

:おっと、馮紹峰がいたたまれなくなっている。

:覚えてるのは、《宫锁心玉》のときには言ったってことで…。

:(呆れる)共演するたびにキスシーンの追加を要求したわけ?
  ・・・

:(《宫锁心玉》の撮影が始まったばかりのときも)問題がありました。
  彼の演じた「八阿哥」は私が考えてたのと違ってた。

:違うって、演技が?

:だって、何かっていうと目を見開いて、すごい形相なんだもん。
  ・・・
  そのとき思ったのは、この俳優さん、何だってこんな演技をするのかしら、
  韓流じゃあるまいし…ってことです、だって、韓流の男優さんは目を見開くのが好きでしょ。

ヤン・ミー兄貴は本当に思った通りのことをずけずけ言います、ローラちゃんみたい。
彼女だけでなく、周りの人や彼女の事務所も北京人らしい遠慮のなさらしく、この後、会話を再現してくれたんですが、お互い口が悪くておかしいのなんのって…。

29分くらいからは、お互いの長所と短所を当てる場面があるんですが、ヤン・ミーの言う彼の長所と短所はずばり、高長恭そのものなので、とても面白いです。ここは、もうちょい先の回でご紹介しましょう。

まぁ、↑ただ、番組のカラーもあると思いますが、ウィリアム・フォンは少し遠慮がちな感じですね。

どちらかというと、湖南衛視の対談番組《背后的故事》(ビハインド・ストーリー)の方が、もう少し本人らしさが出てるんじゃないでしょうか。

(たぶん公式サイトですが、無料で視聴できる代わりに最初の広告が長いので、我慢できる方のみどうぞ)↓

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最初のうちは当たり障りのないコメントをしていたウィリアム・フォンも、番組が他の回に出たゲストのVを「証人」として容赦なく流すので、だんだん負けず嫌いの「素」が出てきちゃうんですね…(中国のこの手の番組が、台本通りやってるのかどうかは存じませんけど…)。

こういうの見ると、彼を項羽に抜擢した李仁港監督は、さすが人の本性を見抜く眼力があるなと思います。

それから、当然ですけど、異国情緒を感じるシーンもあります。

日本だったら絶対マザコンの烙印を押されて、観客がドン引きしそうなところとか、(中国の観衆は「美談」として聞いてます)、
一度だけ、お見合いさせられた話とか(中国のお見合いは、相手は来ないで、親同士がお見合いする、って話には聞いてたけど半分ホントだったんですね…相手の「親」とお見合いさせられたそうです...)

中国国内向けなのでなおさらかもしれませんが、回答の内容とか、使ってる言葉とかも、
「(人民の)模範」「実事求是」(ケ小平のスローガン)とか、台湾や香港の俳優さんたちとは一味違います。

最後に、ファンの皆さんに一言メッセージを、と言われて、じゃあ歌いますね、という流れも如何にも中国っぽい(しかも、ひと昔前の・笑)。

ご丁寧に、歌った歌がテレサ・テンの《月亮代表我的心》って懐メロで、ちょっとおじさん、歳がバレますって…。

いえいえ、どの年代の人でも絶対知ってる歌をうたうところが、「気づかいの人」の面目躍如なところなんでしょうね。

等々等々、ご本人はたぶん無意識なんでしょうが、中国大陸の人だなあ…ってしみじみ思う場面の連続です。
でも、この何だか現代っ子らしからぬ、ノスタルジーあふれる感じが、私はとても好き。

《蘭陵王》のDVDのインタビューでも、その手のエピソードがあって面白いので、先の回(第8話のときかな…)あたりでご紹介したいと思います。

ということで、またも中途半端ですが取り急ぎ、今回はここまで。

それでは、次回までご機嫌よろしゅう。
Cuio Vae!(クィオ ヴァエ 良く生きてください=では、また)

第7話の3へ続く→こちら
posted by 銀の匙 at 04:05| Comment(6) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月24日

蘭陵王(テレビドラマ11/走馬看花編 第7話の1)

さて、前回第6話(→こちら)で、いよいよ登場しました周の皇帝・宇文邕(うぶん よう)。

演じますは香港の大歌手・ダニエル・チャン(陳暁東)。

浙江電視台で行われた制作発表会の写真とか見ると(→コレ)、事務員のお兄さん(ウィリアム・フォン)、歌のお姉さん(アリエル・リン)、クラブの受付係(?)(ロナルド・チャイ;翟天臨)、スポーツジムのイントラ(ウェイ・チェンシャン)に交じって、独り、香港スター様のオーラを放っておられます。

ってことで、今回はまず、ダニエル・チャンの公式インタビューからご覧ください。(→ソースはこちら

ダニエル・チャンは、南方アクセントのある標準中国語で話しています。

(ダニエル)このドラマで僕は宇文邕(うぶん よう)を演じています。
彼は実在の人物で、一代の覇主でした。
周りの環境のおかげで、彼は自分の気持ちを抑え、耐え忍ぶことを学びました。
それができなければ、いつどこで殺されてしまうかわからなかったからです。


(アリエル)東哥(ダニエル兄さん)は、ホントは宇文邕とはかなり違います。

宇文邕の衣装で、ダニエルがセットに入っていく。

(インタビュアー)今日演じるのはどのシーンですか?
(ダニエル)演じるのは…第31話の第15Aですね。はははは。(ご機嫌麗しい)

にこやかなおじさま(?)・宇文護(うぶん ご)と二人、妙な踊りを披露しているダニエル。
(アリエル)なぜかと言うと、とてもネアカだし、

今度は宇文神挙(うぶん しんきょ)に妙な踊りを披露しているダニエル。
(アリエル)話し好きだし、

下々の者を引き連れて歩いてくるシーン。
(アリエル)朗らかなの。

(ダニエル)獅子座はいいよ。思いやりがあって、
 子どもを可愛がるし、家庭的で、
 金銭運にも恵まれて、芯が強くて上昇志向がある。 
 僕の月の星座が獅子座なんだ。あっはっは..


月の星座とは、生まれたときに月がある星座のこと。普通、○○座というと、どの星座に「太陽が」あったかを指しますが、そちらが表の性格を表し、月の星座は裏の性格を表すんだそうです(ホントかいな)。

くだらない話を、本物の皇帝の訓話のように熱心に拝聴する宇文神挙とアシナ皇后も笑える..。

(ダニエル)皆の者、下がれ!(声が裏返っている)
(スタッフ)音痴だな。
(ダニエル)皆の者、下がれ! 下がれって!

第6話のセットでインタビューに答えているダニエル。(この髪型、キュートです陛下)

(ダニエル)このシーンはつまり…僕は周の皇帝なんですけど…
蘭陵王に正体を見破られて、あそこの闘技場に連れて来られるんですね。
彼は自分とではなくて、トラと戦わせるように仕組むんです。


遠くに、檻の中をうろうろするトラが見える。

(ダニエル)すごく遠いとこから、スタッフがトラを連れてきたのが聞こえてきたので、「こっちに連れてくるな」って言ったんですよ。そしたら、「怖くない、怖くない」って言うから、「いやオレは怖いんだ、ダメダメ連れてくんなって無理無理無理無理!」」

スタッフと話し合っているダニエル。
(ダニエル)トラと心を通わせろって? 馬ならまだしも…。ああ、いっちょ通じさせてみるか。
(スタッフ)トラなんてネコとおんなじだってば。

トラを組み伏せているダニエル。
(スタッフ)どいて、どいて!

(インタビュアー)トラの背にまたがるって自分から提案したそうですね。
(ダニエル)そのくらいは行けると思って。
(インタビュアー)そのあとトラと組み合って転がるんですよね、1カットまるまる。
(ダニエル)ひゃぁ…。
(ダニエル)良いシーンに仕上がると思いますよ。
 皆さんこれまで観たことのない、本物の虎と人間によるシーンですからね。


第6話のシーン、スタントじゃなかったんですね。なんつームチャぶり。
監督、あなたは宇文護か、高一族の末裔なのですか?

監督の意外なルーツが明らかになったところで(←なっていません)、行ってみましょう、第7話

ちなみに前回の第6話は→こちら です。
最初からご覧になりたい方は第1話(→こちら)からどうぞ。

第7話のあらすじ

南汾州城(なんふんしゅうじょう)で拾った奇怪な人物を、“阿怪”(怪 かい/アーグヮイ)と名付けて“賤民村”へ連れてきた楊雪舞(よう せつぶ/ヤン・シュエウー)。しかし、何と彼は、周の皇帝・宇文邕(うぶん よう/ユィウェン ヨン)でした。皇后の出身地・突厥(とっけつ)に援軍を頼みに行き、疫病に倒れて斉の国にいたのです。

宇文邕を見事生け捕りにした蘭陵王(らんりょうおう)=高長恭(こう ちょうきょう/ガオ チャンゴン)=四爺(スーイエ)でしたが、楊雪舞に壁ドンしてるすきに(あれ、何か、はしょっちゃった?)、宇文邕を奪回された上、自身は毒矢に当たって倒れてしまいます…。


雪舞の必死の命乞いの甲斐あって(…)、宇文邕は無事逃げおおせ、周軍の奇襲から辛くも逃れた村人たちはトラの代わりに檻に入れられています(違った?)。

そこへ現れた安徳王(あんとくおう)=高延宗(こう えんそう)=五爺(ウーイエ)は、
“我四哥只是受了點輕傷 沒什麼大事”(兄上は軽傷だ。大したことはない)
と説明すると雪舞を檻から出し、

“他想見雪舞姑娘”(兄上が雪舞どのに会いたいそうだ)

と言います。雪舞は、
“他沒事了嗎?”(無事だったの?)
と聞きますが、五爺はそれには答えず、

“記得 打扮得漂亮點”(いいかい、綺麗に着飾っておいで)
と言います。

それを聞いた村人たちが好き勝手言うので(吹き替えは相変わらず「見初める」と上品ですが、中国語の方は“受寵幸”(寵愛を受ける)と結構露骨…)、韓暁冬(かん きょうとう/ハン・シャオドン)は、
“別胡說八道”(デタラメぬかすな)
と叱っています。

この“胡說八道”、前の2文字だけでも「デタラメ」という意味です(4文字だとさらにパワーアップ)。

そもそも「デタラメ」って言葉自体、「マラルメ」とか「マクラメ」とか「アキラメ」とどこが違うのか、見てるうちにゲシュタルト崩壊を起こしそう(いや、単語単位でゲシュタルト崩壊はムリか…)な不思議な言葉の上に、漢字で「出鱈目」って書くのもデタラメらしくて困っちゃうんですが、中国語の“胡說八道”も妙な言葉です。

どうやらこの言葉も、このドラマの時代、すなわち魏晋南北朝にルーツがあるらしい。

中国は大陸国なので、四方八方を別の国に取り囲まれています。

で、囲んでる側をdisって、「東夷」(とうい)、「北狄」(ほくてき)、「西戎」(せいじゅう)、「南蛮」(なんばん)と呼んでた、というのは世界史とかで習ったことあるかと思います。

まあ、どう考えても、周りの民族の方が強いから、腕っぷしじゃ勝てないのでせめて口先では勝とうとした、というのが私の「中華・口だけ番長説」なのですが、どうもこういう言葉は使い勝手が良いらしくてどんどん使い道が拡大され、日本もポルトガルのこと「南蛮」って呼んでたりしますよね(「カレー南蛮」に至っては、訳わかんないし)。

ということからも分かりますように、北の方に居る野蛮人、っていってもざっくりしすぎな上に指す場所も中国が伸び縮みすると変わるので、秦漢時代以降は、西方〜北方にいる遊牧民を一般には“胡人”と呼んでたらしい(この言葉は元々は、場所に関係なく、漢民族じゃない野蛮人、という意味だったそうですが)。

で、あの野蛮人どもが話す(“說”)とワケわからん、というのが“胡說”

英語で同じような表現に“ It's Greek to me.”(それは私にとってはギリシャ語=ワケわからん)っていうのがありますが、フランス語ではギリシャ語の部分が「中国語」らしいです。

だんだん、説明自体がワケわからなくなりつつありますが、ともかく、実感を持って感じられるくらい、北中国の漢人が「胡人」と接触するようになったのが五胡十六国(ごこじゅうろっこく)、つまり、ドラマの舞台・南北朝が始まる一個前の時代だったということで、この言い回しが使われるようになったのもその頃とされております。

どうせ、“胡”が強くなった→どや顔でしゃべられると耳障り→ヤツらの言葉なんてデタラメだ、という具合に発展していったに違いありません(憶測)。

アシナ皇后は“胡”の代表格・匈奴(きょうど)の出身だし、宇文邕(うぶん よう)も“胡”の鮮卑(せんぴ)族の出身。これらの民族の人たちの中には、イラン、トルコにつながる系統の人も多かったようで、たとえばアシナ皇后のパパは、青い目をしていたと史書に記されています。

尉遅一族も“胡”の出身だったので、ドラマの尉遅迥(うっちけい)は琥珀色の瞳どまりですが、《狄仁傑》で尉遅真金を演じたウィリアム・フォンは赤毛灰青色(設定はだったかも)の瞳をしています。

西北方面がルーツと思われるものは今でも、「胡瓜」「胡弓」「胡麻」等々、漢字で書くと“胡”の字がついてますよね。

ってことで、宇文邕の御前でうっかり“胡說!”とか言うと、首が飛ぶ可能性がありますから気を付けるように。って、ちょっと聞いてる? 暁冬(シャオドン)?

ま、いっか。この回、後の方で、五爺も祖珽(そ てい)に向かって言ってるから。
でも、人がせっかく説明してるというのに、暁冬は村人のゴシップに気を取られて、それどこじゃありません。

「結婚式を挙げたらしい」
「実は夫婦らしい」
「新婚旅行は丹州城だったらしい」(←あ、これは言ってないか)

という無責任な噂に、複雑な表情の韓暁冬。

庶民がゴシップを広めるのは、昔も相当早かったらしい。次の回で作戦にも使われています、って、ほれ見たことか! 「新婚さんいらっしゃい」作戦なんかに加担すると、ヨメに行けなくなるじゃないの!

と全国の視聴者が警告しているというのに、分かってるんだか分かってないんだか、雪舞は素直に五爺が持ってきた服に着替えています。

ちょっと仏像チックですが、色遣いもとても綺麗で雪舞に似合ってますよね…

ってちょっと、だから何で野営地に女のドレスがあるんだって。

丹州城の隠れ家といい、ここのサーカステントと言い、誰かそういう趣味の人でもいるのかと、テントの中に乗り込んで問いただそうとする(してません)雪舞に向かって、赤シャツ、いやさ四爺が背中で語る(?)このセリフ。

“到我身邊來”(私のそばに来てくれ)
“我需要你” これはまんま、吹き替え(「君が必要だ」)通り。

言われた雪舞の“啊 ?”って顔がなんかスゴイんですけど。(アリエル、これはどういう指示を受けた演技なの?)

っつーか、ここは英語の“I need you.”と誤解して欲しかったんだろうけど、中国語としては、これだけだと翻訳調だし、文章が終わってない感じがします。気を持たせようとしてるんだろうけど、若干無理があるな…。

雪舞はこの後もたれかかってくる四爺を押しのけてるけど、アリエルの表情からは(やっぱりこの人すごく重いわ…!)って心の叫びがひしひしと伝わって参ります。

“我真的很需要你 幫我”(本当にあなたが必要なんだ 私を助けてくれ)

はい、そうですね。これが中国語としては普通の言い方だと思います。ここはまた無理やり気を持たせようという脚本家の計略(?)で、わざと“我真的很需要你”“幫我”の間をあけたセリフになってますが、おそらくこの2つで1文で、頭から訳すと「私には本当にあなたの助けが必要です」となります。

ひとつ前のセリフは、後ろ(“幫我”)が省略されていたんですね。中国語的には、文字通り「需要」の意味(たとえば、「世界が君を待っている!」みたいな場合ね)じゃない限りは、後ろにもう一個動詞をつけて、「〜することが」必要です、にしないと、すごく座りが悪い感じがします(歌のタイトルとかなら、このままもアリだと思いますけど)。

さて、そんな考察をしている余裕もなさそうな四爺、毒矢に当たって今にも死にそうです。

軽傷だったはずでは?と驚いている雪舞に、士気が乱れるから負傷のことは絶対に伏せなければならないと説明しています。

この手の話は日本にもあるし、中国史でもチンギス・ハンとか諸葛孔明とか、いろいろありますよね。後者は「死せる諸葛、生ける仲達(ちゅうたつ)を走らす」という諺にもなってて有名です。

史実では、四爺の父君・高澄(こう ちょう)も、その父(四爺にとっては祖父)・高歓(こうかん)が西魏(周の前身)との交戦中に病没したのを隠しています。

という事で、五爺に着替えを持っていかせて、わざわざ村人に誤解させるように仕向けたのは四爺の策だったらしいですが、なんだか勝手にどんどん外堀を埋めてるように感じるのは私だけでしょうか。“醉翁之意不在酒”(酔翁の意は酒にあらず=本心は別にある)、なんて第3話を彷彿とさせる言葉を思い出してしまいますが、さすが虫の息とはいえ四爺、おぬしも策士よのう。

しかしそれも命あっての物種、策士・四爺はここぞと高一族秘伝の「おねだり」技を開陳しております。

“現在 我只有請你幫我了”(いまや、私はあなたに助けをお願いするしかない)
“你是天女 一定會有辦法的 一定要幫我”(あなたは天女だ。必ずや何とかできるはずだ。どうにかして私を助けてくれ)
もはや、頼んでるんだか脅してるんだか分からん…

ここで四爺が倒れてしまうので、雪舞が軍医を呼びます(待機させといて良かったですね、四爺)。

“大夫!”ダイフ!というのは、吹き替えで「先生!」と呼んでる通り、敬称です。時代劇っぽい言葉ですが、実は21世紀でも使われています。酔っぱらって歌舞伎町を歩いていると、韓暁冬さえ「社長さん!」と呼ばれてしまうのと一緒です(ちょっと違うかな)。

そんなエライ人も匙やら槍やら投げてしまう四爺の病状。ちなみに諦めてるとき投げる匙とは、薬を調合するときの匙だそうです。と、枕元でトリビアを披露しついでに、段太師が毒薬の名前を教えてくれます。それは、「周秘伝の毒薬「百歩散」(はくほさん)」。これについては、第8回でもうちょい詳しく出てきますので、そのときに。

周の秘伝なので、斉の国には解毒薬がない、ときいて雪舞は思わず、

“怎麼會這樣”(なんでこんな事に)と言います。これを聞いた楊士深、吼える吼える。
“怎麼會這樣 難道你不知道嗎?”(なぜこんな事にだと?まさか自分は知らないとでも?)。八つ当たり(この場合はそうとも言えないですけど)する癖は主従共通のようです。

八つ当たりしたって四爺は治らないと知っている賢い五爺は、兄に引き続き、家伝の「おねだり技」を繰り出してきます。

“楊雪舞 我想你一定會知道”(楊雪舞よ、君にはよく分かっていると思うんだが)
“之前我四哥要殺掉阿怪易如反掌”(兄上は、阿怪を殺そうと思えば「手のひらを返すように」簡単だった)

ここで注目していただきたいのは、五爺が皇帝陛下を「宇文邕」と言わずに、雪舞が呼んでいたように、“阿怪”と言うことです。さすが人心掌握に長けた兄弟、勘所をよく心得ていますね。

もう1つ面白いのは「手のひらを返す」という言い方。日本語じゃ「手のひら返し」っていうと全然別の意味ですよね(同じ意味なら「赤子の手をひねる」かな)。

中国語を習う人は必ず先生に注意されてると思いますが、中国語には日本語と漢字が似てても意味が違う語というのが結構あり、甚だしきは、漢字が全くおんなじなのに意味が全然違う、というのもあります。

有名どころでは、
“老婆”→妻
“娘”→お母さん
“手紙”→トイレットペーパー
“工作”→仕事
“失神”→油断する(日本語の「失神」と同じ意味の場合もある)
“質問”→問いただす、非難する
“湯”→スープ(温泉で「男湯」「女湯」という文字を見て悶絶する、という笑い話は日本に旅行した中国人観光客の鉄板ネタ)
なんてのがございます。こういうのを同形異義語といいます。

他にも、簡体字(簡略化した漢字)が原因でよく分からなくなってる、
“手机”→携帯電話
なんてのもございます。

後ほど、四爺は“失神”してトリの煮え湯…いや、“湯”を飲まされることになっちゃうんですね。(実態はそれに近いが…)油断禁物です。

おっと、五爺の話の腰を折ってしまいましたが、続く言葉をいちいち訳すと、
“可是他沒那麼做 是因為他認同你的想法”(でも兄上は、そう(阿怪を殺すこと)はしなかった。それは、君の考えに共鳴したからだ)

“不想做一個濫殺無辜的人”(罪のないものを殺めるような者ではありたくないと)

“才會花時間找證據給你看”(その一心で、時間をかけて君に証明した)

“你應該明白他的用心了吧”(君にはその心配りが分かるはずだ)

ということで、長々しゃべっていますが煎じ詰めれば、吹き替えの訳の通り、「そなたのためだった」っつーことですわね。

分かったところで、そうそう治す手立てもあるわけじゃなし、雪舞は取りあえず看病要員としてその場に残ることに。ただこの病人、瀕死の割にワガママで、「寒い」って言うので火を起こそうとすると、「行くな」って言うし、どうすりゃいいのよ!?とか、イラつかないあたりが、「困ってる人を放っておけない」雪舞の偉いところ。

ただ、添い寝してあげるのはいいんですけど、雪舞の腕が傷口にぶつかりそう…。

と視聴者がくだらないことを心配しはじめたので、カメラは周へ飛びます。

傷口を小突かれそうで寝るに寝られない四爺と違って、睡眠もばっちり取れた皇帝陛下。髪もばっちりオールバックに結い上げています。被っているのは“冕冠”(べんかん)という礼帽で、皇帝陛下ならスダレが前後に12本ずつなくちゃいけないのですが、11本しか見えないような。

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陛下たちは“竜船”に乗り、テロップによると、“黃河汾河交界口”(黄河と汾河の合流地点)にいるらしい。現代のGoogleアースでみると、合流地点は山西省萬榮縣榮河鎮廟前村あたり。

この“汾河”流域の名産品としては白酒(バイジュウ)の代表的なブランド“汾酒”がございます。アルコール度数は60度(!)。火を噴きそうです。そしてこのお酒、なんと正史《北斉書》に記載があるのです。

武成帝・高湛(こう たん;高緯(こう い)の父君)は河南康献王・高孝瑜(こう こうゆ;蘭陵王の一番上の兄君)と同年で仲が良く、彼にこんな文書をよこした。「私は“汾清”“汾酒”のルーツになった酒)を二杯飲むから、君も鄴(ぎょう)の都で二杯飲んでくれ」

アル中 酒好きの武成帝らしいエピソードです。ちなみに高孝瑜という人は、剛毅な偉丈夫ながら謙虚な人柄で、文学を愛し、ひと目で10行を読んで間違いがない、という速読術の持ち主だったそうです。かわいそうに、結局、彼はこんなに仲の良かった高湛に殺されてしまいます。

悲劇の兄弟の四男坊‧四爺も命は旦夕(たんせき)に迫り、その功績を讃えちゃったりして、宇文邕の中では、もはや過去の人(おいおいおい)。

彼の心は、はや皮算用の世界に遊んでおります。
“如此江山 難怪群雄逐鹿”(かくのごとき山河を 群雄が争うのも無理からぬことよ)

皇帝陛下の言ってる“逐鹿”とは、天下を取るために相い争う、ということ。猟師が獲物である「鹿」を追う、という意味の他、古代に“涿鹿”という場所で天下分け目の決戦があり、その後、中国という国が固まったところから、「鹿」=中国文明の中心地である“中原”(ちゅうげん)を指すようになった、という説もあります。

覇権を争う、という意味で良く使われるのは「中原に鹿を逐う」(覇権を争う)という成語ですが、その出典は唐の魏徴の超有名ポエム「述懐」です。     
       
中原初逐鹿 投筆事戎軒(中原 初めて鹿を逐い 筆を投じて戎軒(じゅうけん)を事とす)
縱計不就 慷慨志猶存 (縦横の計は就(な)らざりしも 慷慨の志は猶お存せり)
杖策謁天子 驅馬出關門 (策を杖(つ)きて天子に謁(まみ)え 馬を駆りて関門を出(い)ず)

人生感意氣 功名誰復論(人生 意気に感ず 功名 誰か復た論ぜん)
                  
最後の一連、心意気に感じて行動するのが人生だ、手柄や名誉をうんぬんするのは、後世の人に任せておけばよい、というくだりは良く知られてますよね。

これは、魏徴が、自軍に加わってくださいと武将にお願いしに行ったときに作った詩らしいのですが、このポエムを囁かれたらすぐ説得されちゃいそうです。こんなおねだり技もあるのですね(ちなみに「初めて鹿を」を「還(ま)た鹿を」、「策(ムチ)を杖きて」を「策に依りて」にしてるテキストもあります)。

トナカイより、やっぱ鹿だよなぁ…と皇帝陛下が遠い目をしていると、忠臣・神挙が甲板に現れます。

“據探子來報”(密偵からの報せによりますと)
“高長恭軍中夜夜歌舞昇平 他還迷戀上一個叫楊雪舞的女子 納為小妾 日夜痴纏”
「高長恭は夜ごと歌舞に興じ、楊雪舞という女子を側女にし、痴情に溺れているそうです」

吹き替えは全く原文通りなんだけど、日本語で聴くとなんかスゴイな…。
いえ、中国語でも少なからぬショックを陛下に与えたようで、“納為小妾”のところで宇文邕は目を伏せてます。

しかし、そこは隠忍12年の皇帝陛下、心の動揺は押し隠して卓見を述べられます。

“高長恭這麼做根本是欲蓋彌彰”(高長恭はこのような策を弄して却って馬脚を現しておるわ)

これだと分かりづらいので(皇帝陛下がイケズなのはよく分かりますが)、吹き替えの方は馬脚の中身を表に出して、「ならば高長恭はかなり容体が悪いと見える」と言っています。

“當然他也知道騙不了朕 他要騙是他的齊軍”(むろん、彼とて朕を欺けないことは承知しておる。欺きたいのは己の斉軍の方だ)

まあ、あなたみたいな“騙子”(イカサマ野郎)を騙すのは、さすがの四爺といえども困難至極なことでしょうよ。

“當然作為萬軍之首 他也不可能 把他受傷的消息轉出去 否則必定不戰而敗”(当然、万軍の長として、己の負傷を漏らすことは絶対にできぬ。さもなくば、戦わずして敗れるは必至)

ドラゴンボートに乗っていながら、遠く離れた四爺の策をピタリと当てる皇帝陛下。そりゃ、指揮官が都合の悪い事は伏せるという過去例はわんさとあるからこの場合は当然ですが、ここで強調されているのは、彼には四爺の言葉に隠されている意味を推測できる洞察力がある、ということでしょう。

遡ってみると、まず、“賤民村”で四爺が周の禁衛軍の装束の切れ端を手に、「全て拾い上げた」と言っているのはハッタリだと見抜いていたはずです。そこで考えることは当然、四爺も援軍が来ると見抜いたはずだから、何とか時間を稼がなければならない、ということ。

そこでわざと四爺を挑発するような言動をして、護送されるまでの時間を引き延ばそうとする策に出る訳ですね(壁ドンしてもらいたかったという可能性は排除できませんが…)。

他の場合なら、こんな小細工に四爺も引っかかる筈ないのですが、楊雪舞のことが絡むと彼は全く冷静さを失ってしまうらしい(と、ご本人が後の方の回で告白してくださいます)。

宇文邕は四爺が楊雪舞に対峙していたとき、口調は非常に厳しいながら軍令を翻したりする様子を観察していたと、何か言うたびにいちいち阿怪を映すカメラワークが雄弁に語っております。当然、四爺の弱みはこの女だと、たちどころに見抜いたことでしょうよ。

「美人関が越えられない」(第6回)のは、言ってる人の方じゃなくて言われてる人の方だったんですよ四爺。

と、皇帝陛下の顰にならってくだらないトリビアで引き延ばしていたら、今回の記事、まだ15分ぶんじゃないですか。この回、まだあと3分の2も残ってる!(ひぇ〜)。そして私はこれから、必ず感想を書きます、と約束した映画を観に行かねば…。

ということで、非常に中途半端ですがこの辺でいったんレポートを斉の国にお返しいたします。次回は「四爺、煮え湯を飲まされる」の段、しばしご猶予を!

次はくだらないトリビアで盛るのはやめにしよっと…(→こちら
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2014年11月17日

蘭陵王(テレビドラマ10/走馬看花編 第6話)

一年で一番忙しい夏の時期を何とか倒れずに乗り切った...と思っていたら、もう一年で二番目に忙しい、年末時期ではないですか。

まあ、夏は忙しいのが3か月続くけど、冬は年さえ明ければちょっとノンビリできるから、マシといえばマシなのですが、その手前の11月は少し余裕があるせいか、次から次へと出張の予定が入ってて泣きそう。これで「何とか熱」で倒れたり、敵国(はぃ?)に、ぼっちで置き去りにされたら、帰る気力もなくなっちゃうかも。

そう思うと、周の皇帝はサバイブしてエラいなぁ、と尊敬の念を新たにする今日この頃です。

ということで、ついに2ケタ台に突入の『蘭陵王』エントリー、続きもサクサク参りましょう。前回の第5話(→こちら)ではついうっかり、柄にもなくマジメなこと書いてしまいましたが、今回はネタで引っ張りたいところ。

では参りましょう、第6話、またの名を壁ドンの回!

第6話のあらすじ

斉(せい)軍の作戦に大きく貢献しながら、用が済んだらお供もつけてもらえず、馬さえ貸してもらえずに、国境の駐屯地・壺口関(ここうかん)から独り寂しく故郷の村へと帰る楊雪舞(よう せつぶ)。

途中の旅籠兼女郎屋でダッコちゃん人形行き倒れた、背も結構あり、苦労したことがない手を持つ奇妙な人物を拾い、吹き溜まりの村まで連れてきます。

そこには何と、女郎屋へ彼女を売りとばした韓暁冬(かん きょうとう)が住んでいました。雪舞になじられて、境遇の辛さを訴えつつも、いちおう素直に謝った暁冬は、行き倒れた男を「怪」(かい)と名付けます。

怪の回復を待って家に送り届けなければ、安心して村に帰れない…と心配する雪舞に、官兵が村を焼き払おうとしているとの知らせが…。


さて、上から目線どころか崖上から垂直に、“賤民村”(吹き溜まりの村)を見下ろしている蘭陵王(らんりょうおう)=高長恭(こう ちょうきょう)=四爺(スーイエ)と、安徳王(あんとくおう)=高延宗(こう えんそう)=五爺(ウーイエ)の一行。

亡くなった斛律須達(こくりつ しゅだつ)がもたらした、周の皇帝が斉の領内にいるとの報告を受けて、必死の捜索中です。

五爺は、
“如今最怕這周賊之首在留在齊國之內 是有什麼陰謀”(今いちばん恐ろしいのは、周の輩の親玉が斉の領域にいるのは、何かを企んでるのではないかということだ)とおっしゃっておられますが、周の君主は日頃の行いが悪いせいか、日本語では一足飛びに、
「よもや かの悪名高き周の君主が斉にいようとは」
と、がっちりテロリスト認定されております。

それを聞いた四爺のお答えは、
“不管付出任何代價 一定要把他找出來”(どんな代償を払っても、必ず奴を探し出せ)

中国語の四爺は「探し出す」までですが、日本語の四爺はちょっぴり強気で、
「いかなる代償を払っても 必ずや捕える
とおっしゃっておられます。

結果的に、中国語の四爺は有言実行でしたが、日本語の四爺は…おっと、この先は続きを見てからですが、代償の方はいろんな意味で痛かったですね。あはははは(←他人事)。

もはや、“賤民村”以外に潜んでいる場所はなかろう、ということで、臣下の楊士深(よう ししん)は、
“寧枉勿縱”(たとえ罪のない者を巻き添えにすることになっても、逃すことはできません)と言ってます。つまり、その1人を捕えるために、犠牲が出るのはやむを得ない、というところでしょうか。

でもさ、“如有違令者格殺無論”(命令に反する者は問答無用で斬る)って言ってるけど、命令に従っても殺されちゃうのでは…?

と怯える村人の最前列に飛び出してくる雪舞。

もう永遠に逢えないものと思っていたら、こんなにあっさり再会するなんて、いくらテレビドラマとはいえ脚本手抜きしすぎじゃないですか…?と、ツッコむのさえバカバカしいこの展開(あ、つい本音が)。

とはいえ、放っておくわけにもいかないし、彼女だけ包囲の外に出そうとするけど、当然、そんな誘いに乗る雪舞じゃありません。しかも、なんで来ない、って…意外に雪舞の性格を把握してませんね、この兄弟は。

ここで雪舞は土下座して軍令を取り下げるようお願いするのですが、楊士深に“大膽”(ダーダン)って怒られます。

なのに、“賤民”って何よ、あなたや私、みんなと同じ人間じゃない、とか言うもんだから、ついに楊士深がキレて、今度は“放肆!”(ファンスー!)って怒鳴ってます。

“放肆!”とは、ここでは「無礼な!」という意味で、辞書的には「勝手なふるまいをする;無礼な言動をする」ってことです。日本語だったら、「頭(ず)が高い!」っていう場面でしょうか。

雪舞のやってることがまさにそれ(…)なんですが、この漢字2文字でなぜそういう意味になるんだろ?と思いましたところ、「中国華文教育網」(→こちら)という、中国政府がやってる華僑向けのサイトに解説を見つけましたのでご紹介します。(訳は例によっててきとー)

もしも目上の人の前で傲慢な態度を取っていると、“放肆 !”(ファンスー!)と叱られます。辞典には、
「軽々しく勝手気ままな振る舞い。良くない意味で使う。」とありますが、もともとは死人を指す言葉でした。


 “肆”とはもともと陳列するという意味で、『周礼』(しゅらい)によれば、天子が崩御した際、祭祀をつかさどる役人はその遺体を陳列し(これを“大肆”(ダースー)と呼んだ)、決められた手順で洗い清めなければなりませんでした。

周代には
“肆師”(スーシ)という官職もあり、遺体を安置する場所や祭祀の道具などを並べる役でした。

 のち、処刑後に遺体をさらすことも
“肆”と呼ぶようになりました。『周礼』の規定では、遺体をさらすのは3日間と決められていました。そうすることで貶める意味を込めたわけです。“放肆”“放”とは追い払う、捨て去るという意味で、合わせて、処刑した屍を市中にさらすことを意味しました。

 中国の伝統的な社会では、身分が上の者、目上の者を敬うことを重要視していたため、もしそうした人たちの前で出過ぎたことをした場合は、脅しとして「晒し首にするぞ」と言ったのです。

今ではそれが人を叱るときのことばになったという訳です。

だって。

げに恐ろしや、楊士深
ま、四爺ほどじゃないけどね)。

“賤民”どもと“王爺”(ここでは殿下)では
比べ物にならん、と楊士深に怒られて、それでも頑張る雪舞は、ここにいるのは同じ人間、と言って、今度は四爺に“婦人之仁”って叱られてます。

“婦人之仁”とは女の子に向かって失礼な…。

この成句は、優柔不断な優しさ、とか大局を考慮しない慈悲、というようなときに使います。が…出典は《史記》の「淮陰侯列伝」で、劉邦の部下であった韓信(淮陰侯)が、敵王・項羽を評した言葉から来ています。

いわく、項羽は人に慈悲の心をもって接し、不幸な目に遭った人のために涙を流し、食料などを分け与えるというけれども、配下の武将が功を立て、褒賞を与えるべきときになると、とたんに物惜しみして恨みをかう「婦人の仁」の持ち主にすぎない、ということです。

しかし、さすがに800年前には項羽その人だったという負い目があるのか、日本の視聴者に「女の浅知恵」みたいなこと言ったらどんな目に遭わされるか分からない、という正常な判断力が働いたのか、吹き替えの四爺は「浅はかな考えだ」と言ってますね。

で、もっともな理由として、ここで対処しないと、もっとたくさんの罪もない人が犠牲になる、と言う四爺に向かって、まだ口答えする雪舞。

“生病不一定會死 也不是就該死”(病気だからって必ず死ぬわけじゃないし、死罪にすべきでもないわ)

何とかして助けないと、という雪舞と、ここに必ず須達が言ってた周の者が潜んでいる、という楊士深の間で、四爺は思いっきり板挟みになってます。

さきほど四爺は、つい口が滑っていましたが、疫病の封じ込め、といういかにも合理的な表向きの「大局的」理由のほかに、背後には、第3話で斛律光(こくりつ こう)将軍が指摘した「大局」があり、そっちはもっと厄介なので、目先のことしか見ていない雪舞に向けて、思わず「婦人の仁」という言葉が出てしまったのかも知れません。

とにかく、ここで威信を失うわけにも行かず、斉の将軍たちは馬から降りません。

しかし、四爺が動揺していることは誰の目にも明らか。うーん、これはまずい展開です。

第8話で日本語の解説書を含め、詳しくご紹介しようと思いますが、中国の兵法書として有名な《孫子》の冒頭に、将軍の大事な5つの資質が挙げられています。それは、

「智、信、仁、勇、厳」

の5つです。

『孫子』についての本は日本でもいろいろ出ていますが、私が特にお勧めしたい湯浅邦弘先生による解説本の解釈を見ると、

「智とは、情報を的確に分析し、混乱の中にあっても冷静な決断を下せる知性です。」

「信とは、国家に忠誠をつくし、君主からも士卒からも信頼を得られるような信義の心です。」

「仁とは、士卒の生命を尊重し、間諜(スパイ)の隠密活動にも心をめぐらすことのできる思いやりの気持ちです。」

「勇とは、敵を恐れず、常に最前線にあって采配を振るい、ときには敵中を突破して活路を開くような勇気です。」

「厳とは、私情に溺れることなく、規律を適用できるような厳正さです」


とあります。ここを読むと、四爺とは、まさにこれらの条件に当てはまるような人物として描かれていることが分かりますが、この5つの中で一番必要で、一番難しいのが5番目の資質、すなわち「」で、四爺は、どうやらここが弱いようです。

『三国志』の諸葛孔明は、一番信頼していた武将である馬謖〈ば しょく〉を、軍令違反を侵したために処刑しました。「泣いて馬謖を斬る」という諺の元になった有名な史実ですが、軍を預かるものには必要とされる厳しさです。

一方の四爺は、軍令違反の常習者だった斛律須達への日ごろの処分が甘く、結局、彼を失う羽目になったにもかかわらず、この場面でもいったん出した軍令を、こともあろうに女の進言で翻すという、軍の統率者としてあるまじき行動を取ってしまいます。

こういう行動が得てして命取りになると、一行は早くも第7話で思い知らされるわけですが、結果から見るとそうとばかりも言い切れないのが、このドラマの面白いところ。

ということは、この時点では監督と脚本家以外知らないので、とりあえず先を見てみますと、

“雪舞斗膽 懇請四爺收回成命”(雪舞は恐れながら申し上げます。四若様におかれては、どうかご命令をお取り下げください)と食い下がる雪舞に、楊士深は、

“大膽!你當自己是什麼人。膽敢讓四爺收回軍令。四爺乃是大齊的將軍,這賤民村原歸他所管轄 你怎麼敢質疑四爺的決定”(出すぎた真似を。殿下に軍令を撤回せよと申すか。殿下は大斉国の将軍、この村もむろん殿下がお治めの場所、ご決断に口を差し挟むとは何事か)

と申し渡しています。

兵士たちの手前、甘い顔もできないので四爺も困ったでしょうが、ここは口調だけは厳しく、しかし実際のところはかなり譲歩した妥協策を提示して去っていきます。

このときに楊士深と交わしている会話は、

“四爺 可是那個人”(しかし殿下、あの者は…)
“瘟疫不除 這個人也要待在村子裡面 也活不過七日”
(疫病が鎮まらなければ、村にとどまるほかはない。ならば7日は持たぬであろう)
と言ってます。

中国語では恐らく村に潜んでいる周の者を指しているのかと思いますが、日本語は「あの娘」になってて、雪舞を指しています。げげ、四爺がめちゃくちゃ冷血…(しかもタイミングよく、画面では四爺が雪舞を睨んでるし)。

しかし、こんな恐ろしい言葉を投げつけられても、四爺の考えをよく理解しているらしい雪舞は、村人たちの前で必死にフォローしています。

さて、こんなに皆が怖がっている“病瘟”「疫病」とは一体何の病気だったのでしょうか。

正史には、歴代帝王の事績を記す章があり、天変地異や疫病の流行も、治世の記録の中に記されています。《北斉書》では、後主(高緯)の統治していた565年12月に疫病が大流行した、と記されています。ちょうど洪水が起こった時期と重なり、河南では10人いれば4,5人が亡くなったほどの大災厄だったようです。

この時代に東アジアで流行った疫病としては、天然痘が有名です。「交通と疫病」(→原文はこちら)の論文を見ると、遣隋使などが持ち帰り、日本でも猛威を振るったらしい。

ただ、下痢とか発熱とか、雪舞の言ってる症状からすると天然痘ではなさそうで、腸チフスなどでしょうか。史実の、洪水の後に起こった病気というのからヒントを得たとすると、そうした類の病気のようです。

さて、斉軍は、ものすごい勢いで“賤民村”の近くに本格的なテント小屋を設営したものと思われます。まさに、木下大サーカス並み!(ということが、あとで分かる)

戻ってきた四爺は、さっきは須達の矢じりを出してきたポケットから、今度は結髪(ゆいがみ)を取り出しています。何でも出てくるドラえもんポケット、ホントに四次元につながっているとしか思えません。

ここで第2話(→こちら)に引き続き、盛大にため息をついておられます。(はい、これで、なぜ第2話でため息をついてたか、はっきりしましたね)

そこへ楊士深がこれまたすごい剣幕で飛び込んできて、“賤民村”に問題の人物がいるとの疑いがあるのだから、我らは“速戰速決”すべきです、と訴えてます。

あんたさっき楊雪舞に、「四爺は大斉国の将軍様であらせられるぞ、軍令を取り消せとは何事か!?」って吼えてなかったっけ?、と意地悪な視聴者は、ついツッコんでしまいますが、楊士深とは史実でもこういうキャラでしたね。(→史実編

初在瀛州,行參軍陽士深表列其贓,免官。
(瀛州にいた当初、行参軍(官名)の陽士深(ようししん)が「(長恭は)戦利品を貪り、法を枉(ま)げている」と上奏したため、長恭が免官になったことがあった。)

上官である皇子の不行跡をチクるとは、史実の楊士深は良い度胸をしているのですが、実はこの不行跡は長恭の策で、チクられるということ自体が織り込み済みでした。それにまんまと引っかかる(ま、誰かが引っかかってくれないと策になりませんが)あたりが、いかにも楊士深。

しかし、王爺さえ恐れぬ直言こそ、楊士深の持ち味。たまには空気読んでほしいときもあるけど…。

で今回は、逃げられたらそれは“放虎歸山”(トラを山に放つのも同然)だと訴えてます。

あっ、そうか!(…あ、いえ、なんでもない)、横で聞いてる五爺と段韶(だん しょう)太師は困り顔です。

ちなみに“放虎歸山”の出典は明代の許仲琳《封神演義》第十一回の“所謂縱龍入海,放虎歸山,必生後悔。” (それはいわば、龍を海に戻し、虎を山に返すというもの、必ず後悔の元になる)が今んとこ一番古いらしい。

ここで四爺は、かなり無理のある代案を話してきかせますが、優しい段太師は、
“引蛇出洞”(ヘビを巣穴から引きずりだすという策ですな)と応じています。

この言葉は割合新しい言葉らしくて、私の成語辞典には出てきません。ともあれ、おびき出すのはヘビじゃなくてマングースではないのか? という疑惑はぬぐえません。

しかし四爺は、そんな疑惑にもお構いなしで、

“密切注意雪舞的身體狀況 讓最好的軍醫隨時待命 確保她七日之內安然無恙”(雪舞の健康状態にはよくよく気を配り、いちばん優れた軍医を待機させておけ。7日の間、息災で過ごせるように計らうように)

と、楊士深の神経を逆なでするようなことを命令しています。

本当はこんなこと、とりわけ楊士深の前では、命令するべきじゃないと思う。彼も相当納得いかない顔をしています。(結果的に、この後の非常事態時に応急手当の人員が確保されてたというメリットはありましたが…)

五爺と太師が目配せしてますが、五爺はともかく、太師はこの命令の意味するところを、あまり分かってないんじゃないかと...。

まあ、いいや。

ヘビでも苦肉でもいいんですが、とにかく軍令は下されたので、作戦に沿って、「周のスパイが交わす合図」とやらを村の周りで吹き鳴らす斉の軍団。

画面ではチラッとしか見えないので、何を吹いているのかはよく分かりませんが、ぱっと見、何となく“骨笛”というものに似ています。新石器時代からある笛の一種で、7000年前の有名な河姆渡(かぼと)遺跡からも出土しています。狩りや合図に使われたと考えられていたということで、昔っから用途は変わってないんですね。

で、これを聞いた阿怪は、ふらふらとコブラみたいに壺から出てきちゃう…じゃなくて、寝棚から這い出してしまいます(あんたマングースの方じゃなかったの?)。

彼のお世話をしに現れた雪舞は、動けないはずの阿怪が見えないので、こう言います。

“人呢?”

日本語だと、どこに行ったの?と言うシチュエーションですが、こういうとき、中国語では“人呢 ?”と言います。あの人は? というニュアンスでしょうか。とても中国語らしい言い回しだな〜って思います。

こういうのって普通、辞書にも載ってませんよね。ドラマを見て言葉を覚えるって、こういうのが強みだよな〜と思うケースの一つです。

と、感心してる場合じゃなく、ここで雪舞が必死で阿怪を止めるもんだから、スパイをおびき出そうという斉側の努力も無駄骨に終わってしまいます。

後で楊士深が雪舞に、「お前がいちいちいちいち邪魔立てしなければ、今ごろ周の回し者を捕えていたのに!」と怒り狂うシーンがありますが、知らないところでもう一個「いち」を足していたと知ったら、その場で斬り捨ててたかも知れません...ああ、あのとき丹州城で「処置」しておけば…!

ほんと、あれこれ現場に口を出す、上官のヨメほど始末に負えないものはありません。士深ってサッチー健在なりし頃の、南海ホークスの選手みたい。ご苦労なことです…。

そうそう、ヨメを放置している上官も同罪です。

合図に呼ばれて夜道に出ていく阿怪を追って、雪舞は一緒に洞窟に転げ落ちてしまいますが、さすがに放置のままでは気になったのか、四爺も様子を見に来たようです。

え? だって、雪舞はヘビに向かって(中国語版では)“四爺、四爺!”と呼んでるじゃない?

だめよ進宝マングースのいる場所に四爺 ハブを召喚しちゃ…!

と、視聴者に誤解を与えないためか、吹き替えでは「高どの」の後、「助けて」と付け足してますね(賢い方策)。

それにしても、あの玉佩はやっぱり何かの通信装置だったらしく(少なくともトランシーバー機能は搭載)、本陣にいる四爺が顔を上げます。

どうやら“賤民村”とは時差がある場所のようで、こちらは昼です。
あるいは、落ちてからヘビが出るまで数時間気絶していて、外は明るくなってるのかも知れません。

ここで四爺がお子様ランチ用の旗みたいなのを立ててる大きな砂場のようなものは、“沙盤”といいます。
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ことばも機能も、まさに「サンドボックス」そのもので、戦局のシミュレーションのために使います。

ここで四爺が何をシミュレーションしているのかは大いなる謎ですが、ともあれ、機密に属することなので、この場所には限られた人しか入ることができません。勝手に入れば死罪です(「水滸伝」だったか何だったか忘れたけど、陥れられて間違えて入ってしまい、斬刑に処された人がいたって話を読んだことがあります)。

一方、まだ夜らしい洞窟の中で、熱を出してるらしい阿怪のために、雪舞は例の帯を熱さまシート代わりに使ってます。

おおっ、熱さまシートも彼女の発明か?

…っていうか、踏雪の時と言い、今回といい、どうも雪舞はこの帯を、洗っとけばまた使えるしくらいに軽く認識してるのではと思えてなりません。この帯に重大な意義を見出してるらしい四爺(と阿怪)には申し訳ないんですが…。

しかも、つぶってる目(阿怪ってまつげ長いな〜と変なこと感心する私)の上で手をパタパタされて、“放心睡吧”(安心してお休みなさい)って言われても、なかなか難しいと思います。

さて、2人は暁冬たちによって助け出されますが、洞窟での観察から疫病克服のヒントをつかみ、ここからが招財、進宝の油売り、または香具師・楊雪舞の本領発揮です!(待ってました!)

街中でお客を集めてモノを売る、このスキルは後々役に立つかと思われます(を売ったりとかね)。

さて、お立合い、まずは泥水を清水に変える、これは第1話で五爺が「天女の奇跡」の噂ばなしをしてるときには話していましたね。

次なるは灰で枯れ木に花を、アダモちゃんをイケメンに変えてみせやしょう。灰かぶりがシンデレラとはこれ如何に。ちなみに、中国語で「シンデレラ」のことを“灰姑娘”(ホイグーニャン)と言います。

1400年後に、蘭陵王の血を引く北京のコピーライター、蔣亮亮(ジャン リャンリャン)が、今日は自分の誕生日だと言い張る女の子のムチャぶりでステージに上げられ、歌わされる歌のタイトルです(しかも琵琶…じゃないや、ギターまで弾かされてたょ)。

どんなに頑張ったところで、あと20話ほど先に行ったところで聴ける、阿怪のプロフェッショナルな歌声とは比べ物になりませんが、彼と誰かさんを比べると何されるか分からないから先行きましょう、先!

草木灰が汚れ落としに使えるのは、灰がアルカリ性で油を中和するからです。年末年始のお掃除に重曹を使う方もいらっしゃると思いますが、同じ原理ですよね。

さて、お掃除といえば“雄黄酒”も登場しています。これは雪舞の言うとおり、昔から、“殺菌 驅蟲 解五毒”(殺菌、虫除け、五毒を除く)のに効果ありとされてきた薬酒で、端午の節句のときに使います(昔は飲んだらしいのですが、実は身体によくない成分が入っているので、今は額や耳たぶなどにつけることになってるそうです)

「五毒」とは私の持ってる辞書によると、蛇・蟾蜍(ひきがえる)・蜈蚣(むかで)・蝎(さそり)・壁虎(やもり)の5つの害悪。ああ、四爺も招財・進宝も退治されてしまうのね...。

中国の悲恋ストーリーの古典に「白蛇伝」っていうのがありますが、ヒロインの正体がヘビだとバレてしまうのは、端午の節句に“雄黄酒”を飲んでしまったからでした。

この話、忘れ物を届けて恋が始まるところといい、医学に精通したヒロインといい、なんだかどっかで聞いたことあるよなー的なストーリーなんですが(い?)、私などはウィリアム・フォンを見るとどうしても、白蛇と恋仲になる許仙(きょせん)の役にピッタリだ…と思っちゃいます。

閑話休題(それはさておき)。

雪舞に顔を拭かれて呆然としていた阿怪ですが(面が割れたらマズイことがあるのだろうか…)、リーチを生かして人助けなどしています。

夜にはみんなでキャンプファイアー! いやぁ、楽しそうですね。

イヌの口から食べ物を奪っていたというのに、食卓に3品以上は並んでいるのですが、どうしたのでしょう。お買い物にもいけないと愚痴っていたのに…“野菜”かな?

ちなみに中国語で“野菜”というと文字通り、野山に生えてる食べられる植物という意味で、日本語の「野菜」にあたる言葉は“蔬菜”と言います。

阿怪が食事するときの姿勢の良いこと、惚れ惚れしますね。掃き溜めに鶴、吹き溜まりに阿怪。皆からおかずを提供され、にっこりしたお顔が実にノーブルであります。

“賤民”の前では馬から降りもしない四爺と違って、“賤民”がじか箸で取ってくれたおかずをちゃんと食べるあたりも、好感度大であります。

もうこの時点で只者じゃないってバレそうなもんですが…。

さて、そんな楽しい宴に加わることもできず、暗〜い雰囲気の斉軍本陣。外は明るいのに、相変わらず盛大にロウソクを燃やしております。

この時代、ロウソクというのは一般に使われるようになってまもなく、結構な贅沢品だったようです(だから、大事なディナーのときに、クリスマス時の青色LEDばりに点していたのでしょう)。

こちら(→HP)に、中国思想といえばこの方! 坂出祥伸先生による、中国のロウソクに関する考察がありますので、原文をご覧いただきたいのですが、簡単に引用させていただくと、

「蝋燭」と二字熟して登場するのは、三国時代も過ぎて晋代(三世紀後半から五世紀初)になってからのようである。『世説新語』汰侈(たし)篇に「王君(王(おうがい))は糒(いび)(干した飯)をあたため、石季倫(石崇)は蝋燭で炊を作した」とあるのが初見らしいが、ただし、ここでは蝋燭は燈火用ではなくて燃料用である。とはいうものの、蝋燭が燈火として用いられていたことを前提として、石季倫が当時まだ貴重なものであった蝋燭を炊飯の燃料としたという豪勢ぶりを説いているのである。(中略)

『晋書』には、周嵩が酒に酔って兄・に「あなたの才能は私に及ばないのに、どうして重名をほしいままにしているのか」と言って、燃えている蝋燭を投げつけたという話が見えている。これは明らかに燈火として用いていた蝋燭である。(中略)

 南北朝時代には南では燈火用として蝋燭がかなり普及していたものと思われるが、一方、北方では蝋燭が欠乏していたようで、劉義恭(劉宋・高武帝の子)が北魏に遣いした時、北魏の世祖に「蝋燭十梃」を献上したという(『魏書』巻五十三)。梃は棒状のものを数える量詞であるから、十本になる。献上品としては少ない感がするが、蝋燭は北方ではまだ貴重品とされていたのであろう。

 南朝の梁から北朝の西魏、さらに北周に仕えた詩人・庚信(お、庚信がまた出ましたね)の賦「無題」に「燼の高さ疑うらくは数翦、心(しん)湿り暫く然え(もえ)難し、銅荷は涙蝋を承け、鉄鋏もて浮煙を染す」とあって、「涙蝋」「心(芯)」の語からして棒状に成形された蝋燭だと分かる。(中略)

(唐代になっても)その使用の範囲は都長安や東都洛陽のような大都市の、しかも王侯貴族など上流階級の家屋に限られていたのであろう。


ということで、ここでは上流階級の将軍たちが、ほしいままにロウソクを点しておられますところ、伝令が入ってきます(楊士深だって許可をいただいてから入ってきたのに、伝令の分際で本陣にいきなり飛び込んできたら、ホントは首を刎ねられちゃうんじゃないかと思いますが)。

命の危険を侵して本陣に飛び込んできた伝令が一言、「“賤民村”の雪舞さんが」と言ったとたんに、「雪舞がどうかしたか?」と緊張する四爺。

その口調に驚いたのか、太師がちら見しています。

「桶に泥水を入れれば清水になり、その水を沸かして飲めば疫病にはかからない。そして、“鹹米湯”は下痢を治すそうです...」と伝令に言われて、顔を見合わせる二人。

“這雪舞姑娘 太神奇了”(雪舞どのは誠に不思議なお方だ)
“一會兒只身燒掉周國的糧倉,一會兒又使渾水變成清水,她到底是什麼人哪”
(たった一人で周の食糧庫を焼き尽くしたかと思えば、泥水を清水に変えてみせる。いったい彼女は何者なのですか)と太師は驚きます。

それを聞いた五弟の、含み笑いがいいですよね…

何とか表情を変えないように努力している四爺ですが、無駄無駄、嬉しそうなのがバレてるって。

太師は、丹州城での雪舞の活躍は知っているけど、南汾州城(なんふんしゅうじょう)でのくだりを知らないので(さらに、第10話に行くと、その辺の機微にはあまり敏感じゃない人らしいことが五弟のセリフから分かる)、雪舞が蘭陵王を助けようとしていたことは知っているけど、四爺が彼女をどう思ってるかは、あまり察知してない模様です。

さて、皇帝のいない周国。ようやくアシナ皇后の愁眉を開く知らせが訪れます。視聴者にとっては、皇帝を迎えに参りますと退出する尉遅迥将軍のお召し物が、五爺と色違いじゃないかと気になってしょうがない一幕です。

“賤民村”ではサンシェイドも新調され、いきなり秋の大運動会的な雰囲気になっております。

いま、ドラマの舞台になっている斉とは南北朝時代の国号ですが、戦国時代に山東省あたりにあった国が“斉”で、おそらくそれを意識してつけた名前と思われます。そのもともとの斉の国がサッカーの発祥の地、という説があるのでご紹介しましょう。

《戦国策》《史記》に“蹴鞠”についての記述があり、中国の戦国時代(今から2300年前)、当時の斉の都・臨淄(リンシ)で盛んだったこと、また、兵士の訓練のために使われていたことがわかります。いま日本でもサッカーのことを「蹴球(しゅうきゅう)」と呼ぶことがあるように、“蹴”は蹴る、“鞠”は「まり」の意味です(現代中国語では“足球”(ズゥチウ)と言います)。

唐代には非常に普及したようで、杜甫の詩にも歌われています。また、この頃、ゴールも作られ、女子サッカーも盛んに行われたそうです。

使われていたボールは、毛皮(と言っても、フェルトのようなものでしょうか)をくくったようなものから2枚の皮を接ぎ合せたものになり、唐代には8枚を継いで、中には動物の膀胱を入れて膨らましていたそうです。

膀胱をボール代わりに使うという話、昔『大草原の小さな家』で読んだことあるな〜。おうちでベーコンを作ったり、しっぽを焼いて食べたり、自給自足も大変だなって子ども心に思ったものです。

話が逸れましたが、そんなレクリエーション活動ができるのも雪舞のおかげ、まるで伝説の天女さまのようだ、と皆様、崇めておられます。

そんな楽しそうな活動に参加できなかった四爺は、よほど悔しかったのか、まるでシンデレラで舞踏会に呼ばれなかった意地悪なお姉さまのように(ってそれは「いばら姫」だったっけ?)、軍を率いて、この和やかな雰囲気をぶち壊しにやってきます。

来歴不明な村民はすべて捕らえよ、と相変わらず、ヒールに徹してる四爺です。

疑わしい村人を整列させると、河を流れていた、刺繍を施した黒い布を示して、雪舞にこれが何か分かるか、と聞いています。雪舞はすぐさま“黒色馴鹿”(「黒色馴鹿」よ)(普通名詞ではなくて、「ミツウロコ」とか「サガリフジ」とかと同じく、図柄の名称です)って答えますが…なぜ知ってる?

村の外へろくに出たこともないのに、そんなこと知ってるなんてヘンですよね。だからか、日本語の方は単に「黒い鹿だわ」と言っています。えっと、金色の鹿に見えるのは私だけでしょうか。

ちなみに“馴鹿”とはトナカイのことです。えっ、中国で何でトナカイよ?と思いましたが、今も北方にはいるらしい。

当時は21世紀よりも寒かったので、もう少し南の方でもトナカイを見られたのかも知れませんね。本当に周の禁衛軍(近衛部隊)のマークが“黒色馴鹿”だったのかどうかは、調べたんですが分かりませんでした。とりあえず、ここまでも何度か、アシナ皇后が登場するシーンでさりげなくその図柄が示されています。

とにかく、当然ですが、阿怪は第一容疑者としてがっつり疑われています。ここで雪舞は阿怪の命乞いを始めますが、なんと韓暁冬(かん きょうとう)まで口添えしています。しかし阿怪は後で韓暁冬に会ったとき、このこともすっかり忘れてしまったらしくて(以下略)

四爺が黙ってるのをいいことに、雪舞がどんどん言い募るので、ついにまた楊士深に“放肆!”って叱られます(イエローカード2枚ですから、次は退場よ)

そして楊士深が雪舞に向かって剣を振るったおかげで、阿怪は口を利けない哀れな貧民から一転、ヒロインをかばう白馬の王子様に変身です。四爺は今のとこ表面的には冷静に、雪舞を諭し、阿怪を捕らえさせます。

端からみても、かなり出すぎた雪舞の振る舞いですが、まだ阿怪を取り戻そうとする彼女の行動に業を煮やした楊士深は、

“敢在眾人面前挑戰四爺的權威”(大勢の目の前で、殿下の権威に挑戦するとは)

吹き替えでは「身の程知らずもたいがいにせよ。第四皇子に盾つくとは」と言ってますね。

もっと言ったれ、楊士深! 

彼自身、気がついているかどうか分かりませんが、これは雪舞にとって、大変重要な忠告でした。

前には尉遅迥(うっち けい)に、「自分が賢いと思っていると身を滅ぼすぞ」という、貴重で有り難い忠告を頂戴したのに全然聞いてませんでしたね。おばあ様にも、蘭陵王にも、楊士深にも、そして尉遅迥にさえ、大事な忠告を受けていたのに全然聞いてなかった雪舞。

あとで(って14話くらい先かな)さんざん泣く羽目になるけど、それは自業自得というものです。

と、視聴者が楊士深の肩を持っている一方で、捕えられた阿怪と蘭陵王がついにサシで対決しています。どうして自分の身分を自分で暴露したのか、と問い詰められて、阿怪は、

“自古英雄難過美人關”(いにしえの昔より、英雄も美人で身を誤るというではないか)と答えています。って英雄とか自分で言うか?っていうか、だとすると美人って楊雪舞?とか、視聴者が混乱をきたしているところへ次の一言。

“在心愛的女人遇到危險的時候 我怎麼可以袖手旁觀呢”(愛する女性が危険にさらされているときに、手をこまねいていることなどできると思うか)

“袖手旁觀”とは、手を袖に入れたまま何もしない、という成語です(中国の伝統衣装は袖が広いので)。この言葉、同義語は“見死不救”(見て見ぬふりはできない)です。

おっと、これは雪舞のモット―ですよね。

続けて言うわ言うわ、
“在我疾病交集之時 是楊雪舞救了我”(私が病に伏していたとき、私を助けてくれたのが楊雪舞だった)
“逃過齊兵的追殺”(斉兵の追っ手から逃してくれて)
“在賤民村的每一夜”(村では夜ごと)
“雪舞姑娘不眠不休地照顧我”(雪舞どのは夜も寝ずに看病してくれた)
“她為我更衣 梳洗 怕我一病不起”(私の衣を替え、髪をくしけずり、顔を洗い、私の死を恐れた)
“還有...”(そして…)

いやいやいや、服も着たきりだし、髪型も替えてないじゃない。顔だって洗ったのはあの一回きりでしょ!とネタを振る皇帝陛下に全国の視聴者がツッコんでるのが目に見えるようですが、帝王の勘なのか何なのか、これまで合わせて15分くらいしか蘭陵王と接触してないのに、彼の弱点が楊雪舞だと、ばっちり嗅ぎつけているらしい。

雪舞が村で何か言ったときに勘付いたのかも知れないけど。

でもこの人も、わかんない人ですね。

風雪12年、宇文護の下で穏忍自重してた割には、ここで四爺を挑発して、何か良い事あるわけ?
瞬間湯沸かし器みたいな人だったら、首刎ねられちゃうわよ?

しかし、度を失わせる策だったとしたら、大当たり。

武将たるもの、敵に弱みを悟られては負けも同然。
(好みを悟られてもダメなのは、第18話(だったかな)あたりの、食事のエピソードで出てきますね)

孫子も言ってるでしょう、「敵を知り、己を知らば百戦危うからず」
ここでこんなに分かりやすく動揺してどうするよ。

しかし、そんな兵法の基本のキも吹っ飛んでいる蘭陵王は、これまでの余裕の態度がどこかに行ってしまい、守攻が完全に逆転してることにも気づいてません。

足元に落ちた例の帯を取り上げて、“這是哪而來的”(これはどこから来た?)
って、思いっきり話し言葉になってる蘭陵王に、

“你說呢?”(お前なら何と言う?=お前はどう思う?)

って返し、最高です、陛下。
(日本語の「知りたいか」って憎々しい訳も、上から目線の感じが出てて上手いね)

雪舞が謁見を願い出ていると聞いて、
“看著他”(見張っておけ)っていうときの声が低くて怖いよ〜!(声を担当している張震さん、グッジョブです!)

この勢いのまま、雪舞の前に出れば、どうなるか。

しかも雪舞と来たら、開口一番、
“你沒傷害阿怪吧”(怪を傷つけたりしてないでしょうね)
と来たもんだ。

四爺が「まだあいつを怪と呼ぶか!須達の受けた苦しみは奴の数千倍だ!」と吼えたので(吼えたあとにちょっと顔を背けたのは、さすがに言い過ぎたと思ったからでしょう)、雪舞はここまで使っていた“你”(二―;あなた)をやめて、いきなり“您”(ニン;あなた様)と敬語にスイッチします。

つまりこれは、雪舞が四爺とは距離を取り、情に訴えるのはやめて冷静に説得しよう、というストラテジーを採用したことを指します(つまり、あなたは冷静じゃない、と指摘してるのと同じことです)。

確かに、阿怪がなぜスパイだと分かるのか、彼は無実だ、という訴えに対して、四爺の答えは全然ロジカルじゃありませんが、

ああ、頼む雪舞、火に油を注ぐのはやめて…怖いよ〜!

ちなみに中国語でも火に油を注ぐは“火上加油”です。“加油”だけだと「頑張れ」なのにね…。

それはどうでもいいけど!

“我明白”(私にはわかります)
と雪舞が言うのを聞いて四爺が顔をそむけるのは、「お前はわかってない」という意味です。
お願い雪舞、いい加減、気づいてよ!という視聴者と四爺の心の声をまるっきり無視した挙句、あろうことか蘭陵王をdisり始める雪舞。

言い争いでは勝てないと思ったか、あまりにも自分の気持ちを分かってくれないので焦れたのか、ついに蘭陵王は彼女をフィジカルに押しのけてしまいます。(ああ、もう四爺と呼ぶにはあまりに怖すぎる、この人…)

それでも負けない雪舞。とりあえずここからは吹き替えでご覧ください!

「今のあなたは無実の民を虐げている。あなたよりも怪は良い人よ」
と聞いて、思わず振り向き、雪舞に詰め寄る蘭陵王。

「何と申した この私が あやつに劣ると言うか」
「そうよ、話も聞かずに…無実の人を苦しめ…」
ここでついに、雪舞の後ろの柱を殴ってしまう。

「聞くに堪えぬたわ言を二度と口にするでないぞ」
「楊雪舞 君が信ずるは目に映るものだけか」
「よかろう、真実を見せてつかわす」

あらま、日本語の上品なこと。
これなら蘭陵王のイメージはそれほど崩れなくて済みますが、中国語の方は、
かなり怖いですよ。

それでは、背筋も凍る元のセリフをお聞きいただきましょう!

“現在的你 正在迫害一個 手無寸鐵的百姓。”(今のあなたは 身に寸鉄も帯びない一人の民を虐げている)

ここは吹き替えと同じ。手に寸鉄も帯びない、とは武器も持たないという意味です。爆弾は鉄じゃないから含まれない…とは詭弁です(ただし、バナナはおやつに含まれません)。

百姓というのは、農家に限らず平民一般を指します。

“在我看來,連阿怪都比你善良”(見たところ、怪ですらあなたよりは善良だわ)

こう言われて蘭陵王は物理的に距離を詰め、低い声で言います。

“你說什麼?”(何だと?)

これは口語で、かなりな詰問調です。日常、これを言えば、ほぼケンカになるでしょう。

実は前の方の回で、皇帝が行方不明になったと聞いて、アシナ皇后も宇文神挙に同じように言ってますが、あちらはもともと身分の差を示す言い方なので問題にならないんですけど(詰問調なのは同じですが)、これまで身分差を感じさせないように接してきた四爺と雪舞の間ではこれはかなりショッキングな物言いです。

このせりふの怖い方向へのバリエーションとしては、

“你在說什麼?”(何を言ってるんだ)
“你到底在說什麼? ”(いったい何が言いたい?)

がございます。これを言われたら、とりあえず柱の影に隠れてください。トラに直撃される恐れがあります。

もっと軽いニュアンスで言うときもありますけど、それはかなり親しい間柄で、「あんた、なんてこと言うのよ〜(笑)」みたいな場合です。   

“你說我還不如那個騙子”(お前は、私があの騙りにも及ばないと言うのか。)

これも相当きつい言い方。

“騙子”(ピィエンヅ)って言うのは、そうね…イカサマ野郎、くらいのニュアンスですかね。さすがに皇子さまは滅多な事では言わないんじゃないでしょうか、こんな言葉。この剣幕にかなり気圧される雪舞。って、そりゃそうでしょう!ここまで、雪舞にはとても丁寧な言葉遣いだったんだもの。

しかし、ここに至っても何とか言い返そうとする雪舞。勇者というか、何というか…。

“是啊 你蠻不講理”(そうよ、筋が通ってない)

ですが、内心相当動揺しているのか、思わず台湾中国語になってます。

“你手刃無辜”(無実の者を手ずから斬り殺そうと…)

売り言葉に買い言葉で、雪舞も結構きつい事を…ただ、いちおうこれは書き言葉なので、ニュアンスとしては身分が上の人に話している感じはあります。

こう言われて本当に怒った(というか追い詰められた)蘭陵王。ついに言葉ではなく、手が出てしまいます。

“再也不要讓本王聽到”(二度と余に聞かせるな)

ここに間があるのが怖いよー!!

“本王不如誰的話”(余が誰かに及ばぬという事を)

ここまで、雪舞には“長恭”と自称してたのに、いきなり“本王”という、自身の身分を感じさせる主語と、“再也不要”(二度と〜するな)という強い否定の命令形に加えて“讓〜”(〜させる)の構文を使って、日本語よりもさらに上から目線の言葉遣いになってます。

日本語の方は秒数の制約に加えて、口の形の関係もあるのか、雪舞のセリフをはさんで訳さざるを得なかったらしく、「聞くに堪えぬたわ言」(何が聞くに堪えないかは曖昧になってるけど)と、この前のセリフの、「この私」でトータルとして“本王”のニュアンスを上手く伝えていますね。

それより、怒るポイントがここって、おかしいでしょう!?

怒ってるのは、今言ってることについてじゃない、というサインなのですが、雪舞は全然気づきません。(っていうか、このシチュエーションで考え事はさすがの雪舞にもムリ)

“楊雪舞 你很盲目”(楊雪舞よ、お前には何も見えていない)

こういうシチュエーションで、面と向かってフルネームで呼ぶのは、怒ってるときです。第1話でおばあ様も使ってましたね。よく聞け、みたいな感じかな? これは英語での場合と似てますね。面白いな…いや、面白がってる場合じゃないって。

後ろの言葉は差別語への配慮もあるのか、日本語では次のセリフと合わせて処理していますね。

“你相信你所看到的”

ここは、お前はお前が見たものを信じる、ということです。直前の言葉と合わせると、そういう人なんだな、と決めつけるようなニュアンスも感じます。

“好 本王就證明給你看”
直訳すると、よろしい、この私がお前に証明して見せよう、ということですね。

柱を一回殴ったくらいじゃ収まらなかったのか、去り際に「負ければ奴の命で償わせる」と怒鳴って、もう一回殴ってます。

こ、怖…。

翌日、決闘の場に引き出された阿怪は、蘭陵王を見るなりこう噛まします。

“都說蘭陵王英勇善戰”(皆が蘭陵王は勇敢で善く戦うと言っている)

ふーん。周の偉い人もそういう認識なんですね。

しかし、お世辞(?)には乗らない蘭陵王はずっと余裕の冷笑を浮かべ、お相手はこちらだ、とトラを引き出します。(まったく、誰が悪役だか分かりゃしない)

でも、待ってください? 何で陣地にトラがいるんでしょうね。

さあ、ここで吉例の三択、いってみましょうか。

1.木下大サーカスへようこそ! 当サーカスの目玉の出し物はトラでございます。
→動物愛護の観点から、見世物はいかがなものか。

2.あれほど言ったのに、何でトラを放ったんですか。でも、あなたのために捕まえておきました。
→臣下の鑑。

3.武官の印。
→やっぱ本物もいないとね。

4.ペットとして。
→四択目ですが、数をかぞえられるほど冷静ではいられません!

正解は…楊士深に免じてか?

つか、トラが逃げ出したらどうする気なんでしょう。

さて、この戦いがどうなったかはじっくり本編をご覧いただきたいのですが、とりあえずは四爺の狙い通り、周の皇帝が姿を現します。

「ついに正体を現したな、周の皇帝、宇文邕(うぶん よう)よ」と、勝ち誇ったあまり、またパタリロの口元になっている蘭陵王の言葉に、雪舞は思わず、

“周武帝 宇文邕!?”

ってあなた、皇帝の名前を呼び捨てにしちゃダメじゃない、というより前に、武帝は諡号(おくりな)だってばさ、こらっ!

諡号っていうのは、死んだ後に贈られる名前なの。生前につけちゃダメ!(っていうか、生前には誰も知らないはず)

まさか巫族の予言か?!

さすがに吹き替えの雪舞は、呼び捨てにはしてるけど諡号で呼ぶようなヘマはしていません。

しかし、四爺のパタリロ的余裕な態度と、失礼千万な中国語版のヨメの言動が仇となり、皇帝を迎えに現れた周の禁衛軍の活躍で、斉の陣営は大混乱に陥ります。

どさくさに紛れて、宇文邕は雪舞にプレゼントを渡していますが、こんなに混乱しててもしっかりもらっとくあたり、雪舞もなかなかのものです。

そして、雨あられと矢がふりそそぐなか、何ともない暁冬と皇帝陛下は、蘭陵王に指摘されるまでもなく、本当に運がよい2人と言えましょう。

それにしても、これまで尉遅迥将軍が何年かかってもやられっぱなしだった蘭陵王に、ただの1矢で致命傷を負わせるとは、宇文神挙(うぶん しんきょ)将軍、さすがです!

っていうか、タイミング的に、雪舞のために払った矢が神挙の放った矢で、刺さった矢は別のとこから飛んできたってことですか? しかも、最初に矢が刺さった位置と次に矢を抑えてる位置が違うって、NG番組で指摘されてましたね。

そんな修羅場に斉の陣営の方に戻ってしまう皇帝陛下を見た神挙の、驚いた顔が大変印象的です。

迎えに来た尉遅迥将軍に着せかけてもらった高そうな毛皮のコートがよく似合う皇帝陛下ですが、ここで“平身”(こうべを上げよ)と言われているのは尉遅将軍だけなのに、後ろの人もみんな立ち上がっちゃっていいの?

雪舞は最後の2分でやっと自分の過ちを反省しますが、この場で反省すべき点は何か、というと、

「自分とあの詐欺師を比べた」(四爺)でもなく
「自分に人を見る目がなかった」(雪舞)でもなく
「みんなあいつに騙された。一番悪いのはあいつ」(暁冬)でもなく、

蘭陵王の判断を雪舞が信じてなかった。

これに尽きると思います。彼女はここで気が付かなかったために、のちのち決定的なダメージを蒙ることになる。その意味で、先ほどの「四爺の権威に逆らうとは」という楊士深の発言がこの場では一番的を射ていたと思われます。

毒矢の的となって射られた人は、それどこじゃないでしょうが…。

ということで、とっとと次回に続く!(→こちら
posted by 銀の匙 at 03:14| Comment(12) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月01日

蘭陵王(テレビドラマ9/走馬看花編 第5話)

先週は「東京国際映画祭」と「中国映画週間」がダブルで開催されたため(というか、後者は前者の企画の1本)、映画を何本か見ました。

ただ、「東京…」の方は前売りの電子チケットのシステムがとても不親切で、行けなくなった映画のチケットを誰かに譲ることが難しく、お財布にも痛かったし、何より、舞台挨拶のある回にボコボコ空席を作って(複数席分買ったので…)本当に申し訳なかったです。

転売を避けるためなのかも知れませんが、たかが1300円のチケットを買うのに個人情報を細かいところまで登録しないといけないため大変不評で、周りの人は「絶対行かない、あの映画祭」と口をそろえて文句を言ってました。

どうか女媧さまお願いです。アレクサンドル・コット監督の『草原の実験』をロードショー公開してください! 行きそびれて悲しいです!!

と、女媧〈じょか〉さまへのお参りも済んだところで、ようやくたどり着きました第5話。(ここまでのお話は、[第1話] [第2話] [第3話] [第4話] でご覧ください。)

この回と、次の第6回は破壊力抜群、私はひそかに「インドラ神の回」と呼んでます(まあそれも、20番台を見るまでだったけど…)。

第6回は話の流れ上、しょうがないとは思いますが、第5話の方は話の流れがそもそも破壊的。私が監督だったら、この脚本は絶対ダメだしすると思う。

でも、このままオンエアされたってことは、特に問題にはならなかった、というか、ストーリーの進行上必要だということなんでしょうね。私は未だに納得がいかないけど…。

第5話のあらすじ

丹州城〈たんしゅうじょう〉に囚われた義兄弟、斛律須達〈こくりつ しゅだつ〉の奪回に成功した蘭陵王=高長恭〈こう ちょうきょう〉=四爺(スーイエ)一行ですが、城門は閉ざされ、城外へ出ることができません。見回りにきた敵将・尉遅迥〈うっち けい〉将軍が、物陰に隠れて機をうかがう彼らの目前に近づいたとき、城内の食糧庫が爆発、将軍は現場へと急ぎ、単身、火樹銀花〈かじゅぎんか;爆発物〉を仕掛けて回っていた楊雪舞〈よう せつぶ〉を捕えます。

一方、雪舞に託された火薬で城門を爆破し、脱出に成功した四爺一行でしたが、落ち合う時刻になっても雪舞が現れません。城内へ探しに戻ろうとする四爺を、段韶〈だん しょう〉太師と安徳王=高延宗〈こう えんそう〉=五爺〈ウーイエ〉が諌めますが…。


前回、丹州城がどこにあるか分からないと書きましたが、現代の中国では、さすがに街単位ではないものの、街路名になると、なぜか、ある都市の中に別の都市の名前をつけた道がたくさん存在します。

たとえば、北京の目抜き通りは「長安街」だし、上海の目抜き通りは「南京路」です。私は長いこと、森川久美先生の傑作マンガ『南京路(ロード)に花吹雪』(→こんな本)の舞台は南京だと勘違いしており、大変恥ずかしい思いをしました…。

そうだ、女に見まごう絶世の美青年というのは、『南京路…』の主人公、黄子満(ワン・ツーマン)のような人のことを言うんじゃない?

えぇ、おっほん、なんでこんな紛らわしいことをするのか知りたいな、と思っていたら、やっぱり不思議に思った人がいたらしく、ネットで代わりに聞いてくれているので、その答えをご紹介しましょう。以下は検索サイト「Baidu」に載っていた回答ですが、似た話を聞いたことがあるので、恐らく正しいのではないかと思います。(原文は中国語。訳はてきとー)

Q:上海の繁華街にある道には、なぜ中国の他の都市の名前がついているのですか?

A:イギリス租界では当初、道の名前の付け方に決まりはありませんでした。1862年、(アメリカとイギリスによる)共同租界となるときに、双方の意見を調整して、南北方向の道は中国各地の省名を、東西方向の道には都市名を付ける、という原則を定めました。

行政官たちは、自らに巨大な利益をもたらしてくれた「南京条約」を記念して、もともと派克弄(パークレーン)だった道を「南京路」と命名しました。


当時の上海は欧米列強の支配下にあったため、道の名前も彼らが付けたんですね。植民地になってない都市でも同様なのは、このやり方に倣ったからなのでしょうか…。

それはさておき、たぶん丹州にある丹州城内(ちなみに“城”とは、前にも書きましたが「町」のことです)。尉遅迥将軍は、食糧庫に火をつけた賊の捜索中です。

籠城戦に備えて備蓄してあるので、食糧庫は街の生命線。当然警戒は厳重なはずですが、兵士らは、虎の化け物が出たと言って逃げ回っています。しかしそこは尉遅迥将軍、

「じかに確かめようぞ。かような真似をするのは、いかなる命知らずだ」
“本將軍倒要看看 是哪個不怕死的 吃了熊心豹子膽”

とおっしゃっておられます。ここで“倒”と言っているのは、「皆が逃げているのとは逆に」自分は見てみたい、という意味です。

後ろの言葉は直訳すると、死を恐れないどのような輩が、熊の心臓や豹の胆嚢を食べたものか、ということですが、非常に大胆な事をする、という意味です。“大膽”(大胆)というのは中国語でも言いますが、胆嚢が度胸を司ってると考えたのでしょうか…?

中国語にはこの手の「○心○胆」というパターンの成語がたくさんありますが(テストにもきっとよく出るであろう)、“琴心劍膽”(繊細な心と大胆さを兼ね備えている)“提心吊膽”(びくびくしている)というのはよく使います。

前の言葉はいかにも武侠小説っぽいですよね。

で、命知らずを捕まえてみればそれは小娘。ひと目で高長恭のヨメと見てとるとは、さすがは将軍、見回りの兵士とは格が違います。

一方、厳重に閉ざされた城門を開けるため、段韶は雪舞から預かった火薬の包みを四爺に渡します。城門に仕掛けて3つを混ぜなければならないので、ここでは矢に括り付けて城門まで飛ばすという作戦。

このとき、四爺は城門の正面から3回、矢を射ますが、替えの矢を持ってないのになぜそんなことが出来るんだとNG集でツッコまれていましたね。

それより、見た感じ4cm四方くらいの紙包みなのに、3回射て3回とも命中させるとは、さすがは斉の“戰神”。きっと弓の教え方も上手かったことでしょう。

彼が弓術を教えた斉の皇太子・高緯(こう い)は、城門の上から弓を射て、見事、二矢とも、思ったところに命中させてます。何てこった…(泣)

さて、雪舞がここで段韶に託したのは火薬ですが、かなり後の方の回で、お世話になった家の人に、マッチを作るシーンも出てきます。

史実でも、マッチは斉の宮女が発明したという説があるので、ご覧いただきましょう。

周の建徳6(577)年(蘭陵王が亡くなって2年後。この年、周の皇帝・宇文邕(うぶん よう)は斉を攻略したが、病を得て撤兵した)、斉は戦のため、物資が非常に乏しく、妃たちも困窮していた。

そのとき、宮女のひとりが松の木を紙のように薄く削って硫黄に付け、火種を作る方法を思いつき、“発燭”という名前で呼び、これを売って生計の足しにした。

(《輟耕録》てっこうろく/《資治通鑑》しじつがん;訳はてきとー)

斉には本当に雪舞みたいな賢い女性がいたんですね。

肝心の雪舞の方は、おおっ、やっぱり寒中水泳をして鍛えて…じゃなく、お堀に臨んだ高殿から、尉遅迥に逆さ吊りにされてます。息が出来ないとかいう問題の前に、できればこの池には落ちたくないものです。

たまにはお堀の掃除くらいしないと、詰まって困ることになるかもよ、と視聴者が心配していると、何だか外が騒がしい。尉遅迥は、おや?掃除の人が来たかな? という顔をしてますが、特に何の計略も仕掛けてないようだし、まさか彼女を奪回にくるとは思ってなかったのでしょうか。

つーか、蘭陵王以外は誰もこの展開を予想してなかったんでしょうね。

第一、丹州城だって狭くはないのに、なんですぐ居場所が分かったんでしょう。やっぱりあの玉佩〈ぎょくはい〉に何か仕掛けが…? と思う間もなく、

“殺一個手無寸鐵的女子 算什麼好漢!”
(手に寸鉄も持たぬ=武器も持ってない女子を殺すなど それでも男か !)

と、階段をすんごい勢いで上がってくる人が!

寸鉄どころか爆弾持ってるなんてヤバすぎる(悪い意味で)…という尉遅迥の抗議なんか、聞いちゃ〜いね〜四爺ですが、、事情を知らない尉遅迥からしたら、ヨメ(ま、本当のヨメとは思ってないでしょうが)に危険な任務を押し付けてるお前には言われたくない、と思ったに違いありません。

中国には、“不到長城非好漢”(万里の長城に行きつかなければ、立派な男とは言えない)という言葉があって、北京案内とかにありがちな宣伝文句として書いてありますが、時代劇とかで“好漢”といえば、「英雄」って意味のときもあるけど、《水滸伝》でも分かる通り、たいていは盗賊とか野盗の類。

盗賊に、面と向かって盗賊とか言ったら殺されちゃいますもんね。“好漢”って言って、ヨイショしとかないと。

で、こちらの好漢は、画面で見る限りでは、少なくとも20人はメッタ斬りにして駆け上がってくるのですが(あ〜怖)、そのとき、吹き替えでも原語版でも、
ふにゃ〜っ!

と言ってるように聞こえるんだけど、気のせいかしら? 

中国武術をやってる人に聞いたところ、一気に爆発的な力を出すのを“發力”といい、この時の呼吸法が拳法によっていろいろあるらしい。

ブルース・リーのいわゆる「怪鳥音」「アチョーッ!」っていうやつ)とかがその例なのですが、さすがに、「ふにゃ〜っ!」って言うのは聞いたことない、と証言してくれました。

そりゃそうでしょう、私も初耳です。

笑って力が抜けちゃったのか、尉遅迥はかなり劣勢。

四爺はここで何度か切りつけて、特にトドメは指しませんが、なぜここまで来て見逃しちゃうの? 私なら袈裟がけに…と思うけど、須達を法に則って処刑しようとしたように、たぶん、戦闘中でもないのに、敵の将軍を勝手に斬り殺したりしちゃいけないんでしょうかね。本当のところはよく分かりませんが…。

四爺の方は、お堀に落とされた雪舞を追って、あの汚い水の中へ飛び込みます。お堀は外までつながってるんですね、さっき、お城を出るのはあんなに大変だったのに、今度はずいぶんあっさり逃げて来られたけど…。もう警戒を解いちゃってたのでしょうか。

ここで雪舞に、
“蘭陵王 你怎麼回來”(蘭陵王、なぜ戻ってきたの?)

と聞かれて、いちいち直訳すると、

“我在女媧面前發過誓,收了你的襟帶 我要保護你的 難道你忘了嗎?”
(女媧神の前で誓いを立てたし、あなたの帯も受け取った。
 私はあなたを守らなければ。よもやあなたは、それを忘れた訳ではないでしょう?)


とは言ってるけど、ここで、なぜ蘭陵王と分かった?とは聞いてませんよね。

段太師たちは、出来れば本当の身分は伏せておきたかったようなので、彼らが雪舞に話した可能性はあまり高くない。とすれば、高長恭の名を記した玉佩から分かったのだと推測したということでしょう。

玉佩が通行証代わりになるという話は寡聞にして知らないのですが、っていうか、そもそもこんな迷子札みたいに持ち主の名前が彫られている玉佩も見たことないのですが、このドラマの第7話で、皇帝の装身具(ここでは“長命鎖”)を示して謁見を願い出るシーンがあります。

玉佩ではないのですが、第3話では宿屋夫婦に武官の印を見せるシーンがありましたし、歴史上も、皇帝の使者の印として各種の“牌子”がありました。また、たとえば、“兵符”という割符のようなものがあり、命令が確かに皇帝からのものであることを伝える仕組みを担っていたのです。なので、視聴者としては、まあそんなものだろうと勝手に納得して見とけばよいのでしょう。

その後、壺口関に戻る途中で、
“雪舞姑娘,離開丹州城後 為什麼還要回來”
(雪舞どの、丹州城を離れてから、なぜまた戻って来られた?)

と聞いているのは、城門を出た後に玉佩の文字に気が付いたはずと思っているからでしょう。
(さもなきゃ、速く走らせようと、手形がつくほど馬のお尻を強く叩く理由もないし)

雪舞もなぜ分かったかは当然察しがついていると思ったのか、「あなたが蘭陵王だと分かったからよ」とだけ答えています。

ああ、でも雪舞、四爺が聞きたかったのはそんなことじゃないと思うわ、と気を揉む視聴者の心の叫びが聞こえたのか、雪舞はいきなり、「直接伝えたい“忠告”がある」と切り出す。

言われて四爺は、またいちいち直訳すると、
“如果雪舞姑娘若不嫌棄的話,明晚能否與長恭一起用膳 我們可以慢慢說”
(もし雪舞どのがお嫌でなければ、明日の晩、長恭と夕餉をご一緒することはできませんか、そうすればゆっくり話すことができるでしょう)
と言います。

ご覧ください、このものすごーーーく丁寧な物言いを。

「もしもお嫌でなければ」の“如果〜的話”のif節、「私と食事をすることが出来るかどうか」“能否”could you 〜could not?の疑問節を使ってます。

英語でもそうですが、これは人に物を頼むときの、ほどんど最大級の丁寧表現です。…が、言い方はともかく、後で書く通り、この場でこの発言は、ちょっと頂けないと思う。

それはさておき、こうまでしてお誘いするディナーとは一体…?

さて、壺口関についてみれば、やっと救い出した須達は虫の息。その有様を見て雪舞は、

“頭一後悔沒有好好兒學醫”
(きちんと医術を学ばなかった事を、初めて後悔した)

と言っていますが、ちゃんと勉強しないために後悔するのは医術だけじゃありません。この後数回分のうちに雪舞には、「料理」「裁縫」「人を見る目」等々、おばあ様の教えを守らず、身に付けなかったばかりに後悔することが山ほど待ってます。

続けて、
“但我就算留在這兒 見蘭陵王一面 也不能洩露他的命運啊”
(だけど、ここに留まって蘭陵王に会うと言っても、彼に運命を教える訳にはいかない)
と言っています。私はどうもここが良く分からないのですが、話したらダメと言われていたんでしたっけ。とりあえず、ドラマの中ではそういう箇所はなかったように思うのですが…。

第2話で雪舞は、“天機不可洩漏”(天の秘密は漏らしてはならない)と言っていますが、これは普通に慣用句であって(時が来るまで話せない、という意味)、そういうタブーが設定されているようにも思えません。

なぜって、雪舞はこう思い込んでいるらしいのに、もう一つの予言、すなわち、蘭陵王は鄭氏という女性を妃に娶るという方については、次のシーンでいとも簡単に本人にしゃべってしまうからです。どうにも解せない…。

そんなことを追及してる間に、楊士深が呼びに来ます。

その時は明るかったのに、席につくころには日が暮れている。
食事をしてるところは、一体どこなのでしょうか。

12月だというのにハスの葉は枯れてないし、背後に桜だか梅だか咲いているし、お皿の上には百合の花。ひょっとして、これはどちらかの夢の中なのか、あるいは周の麗正殿のように、南半球に存在してる場所なのでしょうか。

だってそうでしょう、陣地の中にこんな場所あるはずないし、
第一、義兄弟が危ないっていうのに、ハス池の真ん中で優雅に食事をしてるなんて、人としてありえない。

もし私が斉の兵卒だったとしたら、こんな時にデートしてる将校について行くなんて、絶対嫌ですね。

まだ第5話だというのに、ここでキャラを破壊してどうする?!

蘭陵王のこれまでの言動からして、ここのシーンは本当に納得いかないし、むしろない方が話が分かりやすいと思う。

何とか成り立ちそうな解釈としては、コメントいただいてなるほどと思いましたけど、これは五爺の演出という線。それはありかもしれません。四爺、すごく居心地悪そうだもん。

五爺は、このままだと兄上は絶対ヨメをもらわないだろうと見て取って、気を利かせて無理やりセッティングしたのでしょうか。

ま、先ほど四爺は「ゆっくり話をしましょう発言」をしていたので、雪舞の話は聞くつもりだったのでしょうが、はっきり言って私は、斛律須達の安否が危ぶまれる場面でああいう態度なのも、かなり四爺らしくないと思いました。

ともかく、一視聴者の分際で監督に逆らってもしょうがないので、ここはおとなしく話についていってみることにしましょう。

さて、夕食会場は風が強かったのか、それともさんざん待たされたせいか、あるいは兵士に見つからないように陣地からものすごく遠い場所だからか、ロウソクのロウが溶け出してスゴイことになってます。しかもロウソクの色が赤い…。

覚えてらっしゃいますか、は何の色か。華燭の典赤いロウソクを灯すお祝い)という言葉があるように、婚礼の象徴です。

追記:アップロードしてから気が付きましたが、斉の陣営ではロウソクの色は全部赤なんですね(ナショナルカラーだからか、カルフールでまとめ買いしたからでしょうか)。失礼しました…。でも、婚礼のとき赤いロウソクを灯すというのは本当です。

一方で池の中には“蓮花燈”が浮かんでいます。ここでは極楽浄土の演出っぽいのですが、本来は日本の灯篭流しと一緒で、死者を弔うためのもの。この状況下では不吉な飾り付けです。

さて、ようやく雪舞がやってくると、かなり緊張して待ってたらしい四爺は、入り口側の席に座るように促します。

こらこら、客を下座に座らすか?!(ま、四爺が入り口の方に座っちゃったら、雪舞は逃げ場がなくなるからいいのか(?))

壺口関についてこれが2日目なので、何か食べさせてはもらったんだろうけど、南汾州城からあまりきちんと食事はしてないだろうと思われるすきっ腹の雪舞に向かって、四爺は“敬酒”をすると言いだす。

“敬酒”というのは、今でも宴会なんかではホストがゲストにする儀礼です。時代劇なんかでは将が部下をねぎらったり、祝杯を挙げたり、お世話になった方にお礼としてお酒を勧めます。

これが“敬三杯”となると、伝統劇で夫君に捧げたりする例も思い出されますが、私は“謎語”(なぞなぞ)を思い出しちゃいます。

“喝完三杯酒”(三杯の酒を飲み終える)ってな〜んだ。四字熟語で答えてください(^_^)

謎の答えは、“一乾二淨”(一掃する、まっさらにする)

この言葉は、エンディングの歌詞の最初の一言目ですね。
歌詞で言ってる意味は、さまざまな感情を一度真っ新にする、ということ。

話を戻すと、四爺は武将だから、部下をねぎらうときのつもりでやってるのかも知れないけど、ついつい、前回も紹介しました婚礼の時の儀式“分杯帳裡”)を思い出しちゃいますね。

思わせぶりなお膳立てをしつらえて、何を言い出すのかと思えば、一杯目は、危険を顧みず 「須達を共に助け出してくれたこと」への感謝の言葉。

ここで雪舞が、流星に願い事をするというシーンがありますが、そういう習慣、昔からあったのでしょうか。

諸葛孔明が陣地で没したときに、流星だか彗星だかが落ちて、司馬仲達〈しば ちゅうたつ〉がそれと察したという『三国志演義』にあるように、昔の中国で流れ星といえば、たいていは凶兆じゃないかと思いますが…。ま、中国って言っても広うござんすからね(なげやり)。

四爺の方はすでに須達のことはもう無理だと悟っている様子で、勝手に回想モードに入っておられます。

ここで、突然、ジャイアンとスネ夫が登場して囃し立ててます。

「高長恭 高長恭 いつも母様探してる 母様探して泣いている」

ここ、原語では
“高長恭 沒有娘 送進宮 傻傻望著 一場空”
恭、宮、空がgong gong kongで韻を踏んでます。ちなみに“娘”(ニャン)とは「お母さん」のことです。
中国語ラップ、面白いので中国語音声にして聞いてみてください...なんて、いじめに加担しちゃダメですよね。家宝(?)のファー付き冠をかぶった小須達も怒ってます。

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ここで、“大王子、二王子”と怒られているのは誰なんでしょう。

直接のお兄様方とすると、河南王 高孝瑜〈こう こうゆ〉と広寧王 高孝珩〈こう こうこう〉ということになりますね。ただ、お父さんの高澄〈こう ちょう〉が若くして亡くなったので、四爺が母親の元から宮廷に引き取られた後に、兄弟と同じお屋敷で育てられたのかどうか分かりません。しかも、あとでドラマでも出てくる通り、兄弟全員、母親が違います(だから、お母さんのことを言っていじめているんですね)。

なお、安徳王(五爺)の伝記を読むと、彼は叔父の高洋(文宣帝)に可愛がられたということなので、そのお屋敷にいたとすると、ここに居た大王子と二王子は、高洋の息子である、長男の高殷と二男の高紹徳という事になるんでしょうか。親族が多いと名前を覚えるのも大変です。
 
それはさておき、母親は取り上げられ、(誰かはわかんないけど)お兄様方にはいじめられ、話し相手はウサギだけ…。

はて、どこかにいましたよね。似たような感じの人が。話し相手はカエルだったけど。

ともあれ、四爺は、流れ星にお願いしようと立ちあがった雪舞が座るまで、全く視線を外しません。

いよいよ何か言うかと、思わず見守ってしまう、問題の二杯目。

ここからは、言ってることと思ってることが真逆という、この2人の典型的な会話のパターンなので、セリフを読んでるだけでは真意がよく分かりません。

カメラワークが雄弁に語るシークエンスでもあるので、ここは画面と合わせて見てみましょう。

まず、四爺は杯を挙げて、
“長恭要謝謝雪舞姑娘”(長恭は雪舞どのに感謝します)
日本語は「命の危険を冒して」
でカメラが切り替わって目を伏せている雪舞が映る。

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“直生死于度外”(生命の危険を度外視して)と言われて目を上げる。
日本語は「花嫁になってくれた」
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日本語は、「心より感謝する」と言いますが、
中国語はいきなりここで、“與長恭假成親”(長恭と偽の婚儀を挙げてくれた)と言い、カメラは二杯目を飲み干す四爺を映します。
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“假成親”(偽の婚儀)と言われて、思わず雪舞は目を伏せてしまう。
日本語は無言の箇所なので、なぜ目を伏せるのかはよく分からない。
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そしてまた、目を上げる雪舞。
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するとカメラが四爺を映します 四爺はいったん目を伏せて、
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“成親之事”
「婚儀は全て」
と切り出すと、視線を上げて雪舞を見ます。
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「忘れてよい あれはただの芝居だ」 
日本語は大変上品に訳していますが、中国語の方は結構、単刀直入です。
“姑娘不必介意 你還是清白之身”
“還是”は「まだ」、“清白”は、ここでは「純潔」という意味です。
しかも中国語の方はずっと“姑娘”(お嬢さん)と呼んでいて、丁寧というか、少し距離を置いた感じを出しています。

ここで一瞬カメラが切り替わって、雪舞の表情を映します。
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四爺がすかさず、
“與長恭毫無關係”(長恭とは全く何の関係もありません)
日本語は、「私と君には何もない」(ここはさっきの中国語のニュアンスをさりげなく匂わせる上手い訳)
ときっぱり言うと(というか、自分を励ますように言うと)、
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雪舞は目を泳がせたあげく、
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注いであった酒を飲み干してしまう。
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文字通り「乾杯」してしまう雪舞を見て、四爺は、
“姑娘 不要喝那麼急”
(お嬢さん、そんなに慌てて飲んではいけない)

と言いますが、そんな心配もなんのその、
“四爺多慮了”(四爺、ご心配は要りません;もう目が座ってる)“我知道 這只是權宜之計” (単に計略だったなんて分かってるわ;とまたちょっと目が泳ぐ)
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四爺はもうほとんど涙目になっていて、思わず下を向いてしまう。 
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雪舞はため息をつくと、「そうだ」といって何かを取り出すしぐさをする。
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「そうだ」と言われた方は、顔を上げていますが、やっぱり涙目になっている。 
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カメラは雪舞に切り替わり、
“這玉佩看起來頗為珍貴”「この玉佩は貴重なものなのでしょう?」と言っていますが、手元は映しません。
四爺にカメラが切り変わって、
“還是還給四爺吧”「あなたにお返しするわ」 

ここで初めて手がアップになります。
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“不用 贈與之物 哪有退回之理”
(その必要はありません。贈ったものを返すなんて、そんな道理があるものですか)
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でここで、目が座ってる雪舞が映る。四爺は続けて、
“這玉佩 雪舞姑娘留著 改日來齊國 出示這玉佩”
(この玉佩は、雪舞どのが持っていてください。この先 斉に来たときに この玉佩を示せば)
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とここで玉佩がアップになって
“自然能找到長恭”
(自ずと長恭を探し出すことができるでしょう)
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言われた雪舞は目を上げて、首を振ると、また目を伏せてしまう。
“我不回來了 為什麼要回來”
(私はもう戻らないわ どうして戻って来なくちゃいけないの)
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で、ここでカメラが切り替わって、四爺がさらに下を向いてしまう。
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そこへ、もうかなり酔っぱらっているっぽい雪舞が畳み掛けて
“奶奶說,在你的未來,有姓鄭的姑娘等著四爺 不是我”
(おばあ様は言ったもの あなたの未来には鄭という苗字の女性が待っているって。私じゃないの)
と言いながら、手酌でまた一杯ついでいる。
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四爺は目を伏せていて、つと顔を上げると、
“奶奶說的話很靈驗的”(おばあ様の言葉は霊験あらたかなのよ) 
と,雪舞が痛飲しております。

斉の国の、この時代の食材や料理について紹介した本に《斉民要術》というのがあります。先の回でこの本自体も登場しますので、そのときご紹介するとして、本によると当時、もうかなり強いお酒があったみたいで、雄山閣の本から訳をお借りすると、

「三升も飲めば、深酔いをし、水をかけてやらないとかならず死ぬ」(ウルチキビ酒)
「多く飲めば人を殺すことになりかねない。少なければ、酔死とはいわれず、毒殺と疑われる。よほど酒量を節し、軽々しく飲んではならない」(モチキビ酒)


とか、恐ろしいこと書いてございます。

そんな恐ろしいものをぐい飲みしちゃう雪舞。

ようやく我に返ったのか四爺が側に寄ると、似たような話を繰り返して酔いつぶれてしまいます。

ここで四爺が“你看你”と言います。あなた自身を見てごらん、というような意味ですが、相手がやったことに対して、何てこった、というときに言います。ここの訳「まいったな…」は上手いですね。

結局、三杯目を本人には言えずじまいだった四爺ですが、実際のところ、雪舞が起きて聞いてたとしても、事態は何ら変わらなかったと思われます。なんて恐ろしい呪いがかかっているのでしょうか…。

そして、四爺にとって、ここまで延々ご紹介してきたこのシーンの意味を一言でいえば、

それは、


ふられた。



ってことです。

...とでも五爺に言ったのでしょうか、
翌朝には、四爺は姿を現しません。

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たぶん自分が村から持ってきた?タオル(忘れた方は第2話を見なおしてみましょう!)を前に二日酔いの雪舞はぼおっととしていますが、手首にはしっかり玉佩がかかっていて、着替えをもってきた五爺が見てないはずはない。

しかも、「ふられた」にしては、雪舞が四爺に会いたがっているのが、せっかくキャンドル・ディナーを演出した(のか?)五爺としては釈然としなかったことでしょう。

五爺はこの玉佩の特別な意味を知っています。しかし、この段階では視聴者は(雪舞も)そこまでは知りません。

なので、ここでは特別な意味の方は除外して、一般的に言って玉佩とは何か、考えてみることにしましょう。

愛情の印として相手に贈る、自分の身の周りの品のことを“定情物”と言います。ポピュラーなのは指輪やイヤリング、櫛、香袋、かんざしなど、直接身に着けているものです。

装飾品の他に、相手の髪の毛をひと房持っている(これは、尉遅迥将軍にもらった、夫婦2人の髪をまとめた“結髮”とは違います)、というのもありますが、何となく想像はつくかと思いますけど、髪の毛だと、形見の品に近い、滅多に逢えない相手のものということが多いです。遠くへ行ってしまう人、不倫の相手、などなど…

で、玉佩ですが、「佩」(おびる)という字が示す通り、飾りとして身に着けているもので、君子の徳を表すとされていました。五爺は剣につけてるし、こんな“衣冠禽獣”(人間の服を着たケダモノ)まで、ちゃんと下げております。

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(腰帯から下げている、オレンジの輪っかみたいなものが玉佩です)

玉佩は、かなり時代が下るまでは高価な装飾品で、婚約の品として贈られることもあったし、男性がいつも身に着けている品なので、“定情物”の定番で、詩にも詠われています。

三国時代、繁欽の「定情詩」は、ひとめ惚れした相手に恋の印を贈る、という内容の長い詩で、いろいろな“定情物”が出てきますが、その中の一節。

何以結恩情 美玉綴羅纓 何を以てか恩情を結ばん 美玉(びぎょく) 羅纓(らえい)に綴る

「恩情を結ぶ」というのは、愛情を確かにするということ。
ここの「美玉」玉佩を指すと思われます(美の字を佩にしている本もあるので)。

羅纓というのは色糸で作った組みひもみたいなもので、女性が身に着けるもの。

ちなみに日本の本には、これを、冠のひも、と解釈しているものもあります(纓には「帽子のひも」という意味もある)。そうだとすると、玉は女性が身に着けているもので、それを男性が冠のひもに通している、ということになりますが、私は、この詩の場合に限って言えば、ひもは女性のもので、玉は男性のものだと思います。

この詩は女性の心を詠んでいますので、全体の意味としては「自分の帯に愛しい人の玉佩を結わえつけることで、愛情の印にする」ということだと思います。

女性に玉佩を贈る、ということはそれだけで、“定情物”を渡してる=愛を告白してる、と受け取られてしまうかもしれない。だから、四爺は丹州城で玉佩を雪舞に渡したとき、わざわざ「これを旅費に換えて」と言ってるわけです。

え、なんで? 好きならそう言ったらいいじゃない?と思いますよね。
なぜ四爺は、あんなことを言ったのでしょうか。

このドラマはいちおうラブ・ストーリーなので(ですよね?)、このとき四爺がどう思ってたかなんて書くのは野暮な話で、観た方それぞれが好きなように受け取ればいいと思っているのですが、コメントもいろいろ頂きましたし、観た方それぞれのお考えを聞くのも楽しいと思いますので、あくまでも、この時点まで分かっていることを下敷きに、以下に自分の推測を書きますね。(“拋磚引玉”(レンガを投げて、玉を引き寄せる)ってヤツですね。)

「旅費にして」と言ってる理由の一つは、やはりその場で、玉佩に刻まれた名前を見られないためでしょう。
路銀代わりといえばじっくり見たりはしないでしょうから。

現にこの後、五爺がこれは路銀といって袋をわたしてますけど、雪舞は受け取った後、特段中味を改めたりはしてませんよね。これを仮に「兄上から君に」みたいなこと言って渡したとすれば、当然、注意して見ることでしょう。

彼女はあんなに蘭陵王に会いたがっていたのだから、玉佩に刻まれた名前を見れば、きっと訪ねてくるでしょう。でも、それはここ、丹州城を無事に脱出した後の話です。だからその場では悟られてはいけないと思っている、というのが一つ。

もう一つの理由は、雪舞に負担をかけたくなかったから。

ここまでの話でも分かるように、誰かの恩義を受けるということは、大変なことです。何とかして返さなくちゃいけない。

禁を破って助けてくれたのなら、何も置いていくなと言われても、せめて帯には飾りをつけてあげる。偽の花嫁になって助けてくれたのなら、ネッシーが棲息してそうなお堀に飛び込んででも助けてあげる。

どうしても返せなければ、この後すぐに登場する、さる高貴なお方のように「仇」で返す、ってウルトラCもありますけど。

ただでさえ玉は高価なものなのだから、おいそれとは受け取れないでしょう。だから、ここまでの御礼ですから気にしないで受け取ってください、食べ物や宿代に換えていただいて構わない、つまらないものなので、と言ってる、ということですね。

そして、もう一つの理由は、すでに第4話で語っています。

“雪舞姑娘 並非一般人 如果讓人知道她的真正身份 恐怕要天下大亂”
(雪舞どのは普通の娘ではない。もし本当の身分が人に知られれば、おそらく天下は大混乱に陥るだろう)

それを聞いて五爺は、ま〜たまた兄上がヘンな言い訳してるよ、という顔をしていますが、蘭陵王にとっては冗談ごとじゃありません。

得天女者 得天下(天女を得た者が天下を得る)とは、このドラマの中の大事な決まり事で、皆が知っているし、多くの人が信じています。

雪舞は行く先々でリケジョの才能を発揮して、科学の力で奇跡を起こし、「天女さま」と崇められますが、そういう評判は、単なる噂レベル。

しかし、四爺は第2話ですでに、雪舞の出身地の村娘が彼女を「巫族の天女」と言うのを聞いています。

彼は敬虔ではあっても君子であり、孔子さま言うところの「怪力乱神を語らず」(理性で説明できないことには首を突っ込まない)というタイプかと思われますので、天女を味方につければ天下が統一できるなんて、信じているとは思えません。

しかし、人から“戰神”(軍神)と呼ばれ、また軍を統率する身として、人の噂の怖さは思い知っていることでしょう。

「天女を得る者は天下を得る」と皆が信じているとすれば、楊雪舞を巡って争いが起きるかも知れないし、臣下の分際で思い上がっていると揉めるのは必至です。自分はともかく、彼女をそんなことに巻き込みたくないと思うのは、蘭陵王の性格からすれば当然でしょう。

このあたりは、ドラマのテーマに関係してくると私は思っているし、もう少し先に行くと、さらにはっきりするので、またその時にゆっくりお話ししましょう。

ともあれ、天下が乱れるもとになるのならば民草の生活にかかわりますから、個人の感情は、彼の価値観の中では優先順位の下位に置かれているのでしょう。

というわけで、彼は一貫して、雪舞からは一歩身を引く態度をとっているものと思われます。

第1話で彼は壺口関から白山村の近くにやってきて、偶然に雪舞と会います。そのときも、玉佩はきっと持っていたでしょう。第3話では作戦のために変装して丹州城に向かったのに玉佩を持っていたほどですから、療養の折に、いつも身に着けているものを外す特段の理由も見当たりません。

白山村で雪舞に会ったとき、彼女が普通の娘だったら、二度とは会えない相手だったとしても、ひょっとして、何か理由をつけて別れ際に彼女に玉佩を渡していたかも知れない。しかし、四爺はそうしませんでした。
いちおう、おばあ様には何も残すな、彼女の事は忘れろと言われているんだし、何よりも、ここで自分の身分を明かすことはできないと思ったのでしょう。玉佩を渡してしまえば、名前が書いてあるだけに、雪舞は外の世界へ彼を探しに来るかもしれない。それは望ましくありません。

そこで代わりに、雪舞が作った帯に飾りをつけてあげる。きれいだから雪舞は喜ぶだろうし、帯は誰かに渡すでしょうから、雪舞に直接残したわけじゃない。でも、雪舞が結婚する人にあげるのだから、彼女の側にはいつもある、秘かな“定情物”のようなものだとも取れる。

特別な帯になる、というのはあなた(雪舞)にとって、でもあり、四爺にとって、でもある。切ないですね…。

追記:なぜ、四爺がこの段階で彼女に玉佩を渡していたかも知れない(つまり、最愛の人であると思い定めたかも知れない)と思ったか、根拠を書いてませんでしたね…。

第4話で雪舞が花嫁衣裳を着て降りてきたときに、つまずいた彼女を支えて、そのままじっと見つめているというシーンがありました。五爺はそれを見て、「兄上が女性をずっと眺めてるなんて珍しいな」と言って冷やかしていますが、実は、五爺が知らないだけで、第1話の時点からすでに、四爺はかなり長いこと、じっと雪舞を見つめています。

珍獣を見る目つき(笑)なのかもしれませんが、その夜にずっと雪舞の手を取ってたことを思い出してください。後に鄭児(ていじ)に「お高く止まって、品行方正でいらっしゃること」と鼻で嗤われた四爺が、あるいは、ここまで出てきたシーンでいえば温泉でのぼせた雪舞に上着をかけてあげたときに、「男女の間のことで誤解されるといけないから上着をかけただけ」とわざわざ言ってる四爺が、滅多なことじゃそんなことしないと思います…。



さて、2回目に会ったときには、第4話の別れ際に玉佩を渡しています。

その前の第3話で雪舞に、御礼として出来る限りのことをする、と言い、蘭陵王に会わせよう、と約束しますね。

実はこの時点で、彼はもう、玉佩を彼女に渡すつもりだったのだと思います。この時は、雪舞は自分から外へ出てきたのだから、禁は解けたと思ったにしてもそれほどおかしくありません。

彼女は玉佩に刻まれた名を見れば絶対訪ねてくるから、ずっと先にはなるだろうけど、約束は必ず履行されると、彼には確信があったのでしょう。

それでも彼は、彼女が善良だから助けてくれるんだと、雪舞自身に言い、自分に言い聞かせている。

五爺なんてこなれた人だから、兄上が酔っ払いのふりまでして彼に、「雪舞どのは義に篤い人で…」と説明したり、花嫁衣裳を着た彼女にわざわざ御礼を言ったりしてるのなんて、フェイクだととっくに見破ってます。

婚礼の行列が出発するときに、どうせ好きなんでしょう、本当に結婚したら?と聞いてますもんね。

でも、思い出してください。別れる直前に四爺は、さりげなく帯を雪舞に返してますよね。誰か良い人に渡して、というような事まで言う。このとき、帯に飾りがついてないとすると、回収したんですよね。なぜ?

それは、この時点でも四爺はまだ、村に帰った方が彼女にとっては幸せだと思っているということだと思います。天女の身分で外の世界に出れば、どんな危ない目に遭うかわからない。すでに、尉遅迥に死にそうな目に遭わされていたのですから。

やっぱり彼女は村へ帰さなければいけないし、そうだとすると帯は返さなければいけない。だって、雪舞を返すのは、彼女を村の男と結婚させて、幸せに暮らしてもらうためなんだから。

代わりに、自分の方では、本人には言わないけど、大事な玉佩を贈る。贈っただけの合理的な理由(蘭陵王に会わせるという約束を守るため)はあると、後で彼女も納得してくれるでしょう。そして彼女には帯を返して、帯につけた飾りは(回収していたとするならば)彼女からの“定情物”として受け取っておく。

人に贈ったものを、贈り主に突き返す道理はないんですよね? ですけど、自分で回収するなら、その限りじゃないですからね。

…ちょっと憶測が入ってしまいましたが、私の解釈はそういうことです。

だから、壺口関に行くときに、四爺が何か期待してるような素振りなのは本当に解せないんですけど、ここはきっとどなたかが納得のいく説明をしてくださるとして、

じゃ、あのキャンドル・ディナーのシーンは一体何だったんでしょう。

一杯目は普通に御礼のため
二杯目は思いっきり突き放しておいて、
三杯目は突然、(本人は聞いてないけど)いかに相手が素晴らしく、そんな人に会えたことは天の恵みだというようなことを言う…。

結局、何が言いたいの?

ツンデレか?

ツンデレなのか?!



私の解釈はこうです。

一杯目は、義理堅い人としては当然の行動ですよね。

二杯目は、雪舞に何か後戻りできなくなるようなことを言われる前に、自分は何とも思ってないし、あなたには他の人と結婚する資格が十分にあります、と先手を打って言う必要があった。

村に留まるのが彼女にとって幸せなのだとしたら、村の男性と結婚してもらわなくちゃいけませんからね。

そう、彼は身を引くつもりだった、雪舞の相手が村人である限りは…。

この二杯目を切り出すときに、四爺に大変な葛藤があったと思うのは、言う前に、じっと雪舞を見ているからです。

いくら雪舞が優しい人だと言ったって、好きでもない人を命がけで助けるとは、さすがの四爺も思ってないでしょう。でも彼女のためには、本心を偽ってでも、ここで突き放したことを言う必要があった。

お堀で雪舞を助けたときに、なぜ戻ってきたの、と聞かれて、

“我在女媧娘娘面前起過誓 收了你的襟帶 我要保護你的。 難道你忘了嗎?”
(女媧様の前で誓いを立てたし、帯も受け取ったのだから、あなたを守らなければ。まさか忘れたわけではないでしょう?)

と言ってますね。

もう少しで彼女は殺されるとこだった。何とか助けるのが間に合ったとき彼が言えた、これがギリギリのラインだったのかと思われます。

じゃ、三杯目は一体何なんでしょう。

以下も全くの憶測ですけど、
二杯目を何とか言いきって、雪舞が納得したとしても、やっぱり自分を好きになる人なんて誰もいないのだと彼女に思わせて、せっかくつけた自信を失わせることがないように。

そして、さらに言えば、彼としては、彼女が前に言った通りの太平の世の中になったら、訪ねに来てほしいという気持ちもあったのかと思います。天の計らいで会えたのだから、縁があればまた会えるでしょう、という意味なのでしょう(まさか、もう会いには来ない、と言われるとは想定外だったでしょうね…)。

世の中にはいろいろな優しさがあると思いますけど、心に沁みる優しさですよね。
雪舞が聞いてないのが、本当に残念です。

ということで、キャンドル・ディナーのシーンはちゃんと意味があったのですが(監督すみませんでした)、やっぱりこのシーン、座りの悪いのは否めない気がします。

五爺としては困っちゃいますよね。せっかく上手くいくかと思っていたら、兄上は彼に見送り役をさせて理由もろくに言わない。

なぜちゃんと理由を言ってないと分かるかというと、この後、また似たようなシチュエーションがあって、四爺の方が五爺に「雪舞の予言」についてどう思うかと聞いているからです。

五爺が場をセッティングしたなら、当然、なぜ今朝になって会わないと言いだしたのか、理由を問いただすぐらいはするでしょう。どうせ、四爺はまた第4話と似たようなことを言って、その方が雪舞には幸せなはずだくらいは付け足したんでしょう。知らないけど。

実際のところ、ディナーのシーンには、四爺的にもう1つ隠れた意味があったんじゃないかな〜とも思いますが、それは玉佩の特別な意味がわかったところで、もう一度検討してみることにしましょう。

とにかく五爺は何て命令されたのかわかりませんが、雪舞に“盤纏”(路銀)を渡して、“希望你早日回到家鄉” (早く故郷に帰れますように)という、無責任なことを平気で言います。

まったく、「今後のご活躍をお祈り申し上げます」のお祈りメールよりひどい。

それに輪をかけて無責任な四爺は、自分がかつて周兵に追撃された道を、女ひとり徒歩で出ていく雪舞の背中を見つめて、日本語は「どうか幸せに」、中国語では、
“楊雪舞 願你一生平安”(あなたの一生が平安でありますように)
と言います。

ここで、相手のために思う一番大事なことが“平安”だ、というのが分かります。大事な伏線ですね…。

…って、こんなご時世で、ひとりで平安に、生きて村に帰れるとでも思ってるのでしょうか。

一生が平安どころか一秒後も危ないのに。あたりにはオオカミ男(@びちさん)、マングース周の皇帝などの魑魅魍魎が徘徊しているんですよ!

ときどき、本当にこの人どうかしていると思う事があるのですが、今がまさにそれです。昨晩の思いやりは流れ星と共にどっかに飛んで行ってしまったのか?!

それに、この手の無責任男、なんだか最近銀幕で見た気が…。

ひょっとしてあなた様の1400年後の子孫が例の、“不主动、不拒绝、不负责”(誘わない 拒まない 責任取らない)がモットーの蔣亮亮(ジャン リャンリャン)なのですか?!

このツケは、すぐ(8分後くらい?)に1400倍にはなって戻ってくるから、見てらっしゃい!!

と、視聴者が暴れ出すことを予測してか、さっとカメラは切り替わりまして、こちら周の宮殿。

尉遅迥将軍、お顔の傷が痛々しいわ…何もそんなところにサインして貰わなくたって…。
と、心配する視聴者をよそに、失踪した皇帝を、

“北起臨河 南至沅江”

までくまなく探した、とおっしゃってます。って、地名に間違いがなければ、この間は1090kmほどあるんですが…東京から札幌までの距離なんですけど。B5判の本の中のウォーリーだって簡単には見つからないのに、日本縦断サイズの場所で見つけようって方が無理なんじゃ…。

しかし、アシナ皇后は、「今回は蘭陵王を逃がしたけれど、今度会ったら私の分もサインもらってきて」…じゃなくて、「また捕まえる機会はあるでしょう」と、傷にグリグリと塩を塗り込む。いやはや、将軍も楽じゃありません。

一方、無事に南汾州城にたどり着いた雪舞。
いったい何日かかったんでしょうか。
ここで、タイムラインを見てみることにしましょう。

(1日目)昼間の壺口関で、五爺は明後日の昼に処刑があると言い、その日の夜に出発している。
ということは、
(2日目)馬で次の日の夜までに南汾州城につき、一泊    (南汾州城にて1泊) 
(3日目)翌朝、丹州城に着き、昼までに刑場に到着している。
                             (観光:丹州城の処刑場)
(4日目)その日のうちに丹州城を脱出して、おそらく同日夜のうちに壺口関。
                             (壺口関にて1泊)
(5日目)自由行動。ショッピングなどお楽しみください。  (壺口関にて1泊)
     (オプショナル:キャンドル・ディナー。添乗員がご一緒します)
(6日目)雪舞は2泊した翌朝に出発。

歩きだったので何日かかったか分かりませんが、夜に南汾州城に着いている。
壺口関から南汾州城まで、馬に乗って平均時速10kmくらいで進んで、8時間くらいで着くとすると80km。人間が時速3kmくらいで歩いたとして、27時間くらいですかね…?そうすると、休憩したりすれば4,5日はかかったかも知れません。

私にはどうにもこの位置関係がよく分からないのですが、壺口関から白山村に戻るのに、南汾州城を経由する必要があるんでしょうか。

それはさておき、途中に宿屋なんかもなさそうだから、疲れてやっと元来た汾州客捨に戻ったのに、そこには何とアダモちゃんが!(←古すぎる!)

今なら絶対ありえないであろうこのネタ、訳語でも当然いまは、“賤民村”なんて言葉は使えないので、吹き替えは「吹き溜まり」とか「貧しい村」とか呼んでます。

とにかく、またもや拾得物(今度は仮面から人に昇格)を拾い、「吹き溜まり」まで届けにいく、自称・私は良い人、またの名を学習しない女・楊雪舞。

親切にも、食べるものを買いに行ってあげるのですが、死にそうな割には、いっちょ前にリクエストもするのが、たかが拾得物のくせに実に図々しい行状であります。

お店の人には一発で、
「恩をで返されるぞ」
と見抜かれてますよね。

それでも村まで来てみると、なんとそこには韓暁冬(かん きょうとう)が。

ここで会ったが100年目。雪舞は台湾中国語全開で、暁冬をいびりにかかります。この2人がしゃべってるときは普通の話し言葉になっているので、突然現代にワープしたみたいです。

ってことは、100年目じゃなくて、1400年目か?

14倍かどうかはともかく、拾得物は彼によって、“阿怪”(アーグヮイ)と名付けられます。だいぶ先に、2人はまた会う事になるんですが、阿怪は名付け親の暁冬の事なんてすっかり忘れているらしい。帝王級の恩知らずっぷりです。

追記:この“阿怪”の“阿”って何なのか、ご質問をいただいたので書いておきます。

これは日本語で、女性の名前の前につける「お」と大体一緒です。「死んだはずだよ おとみさん」の「お」ですね(他に上手い例が見つからなくて)。

日本のテレビドラマ『おしん』は中国でも放送されて大人気だったそうですが、中国語のタイトルは《阿信》(アーシン)です。

中国語の方は女性につけるとは限らず、たとえば魯迅の有名な小説に《阿Q正传》あきゅうせいでん、というのがありますが、「阿Q」とはQさん、という意味です。

北中国では同じシチュエーションで“小”を使うことが多く、たぶん上海以南で良く使うんじゃないかと思います(あまり断定できなくてすみません)

そのせいかどうか、なんかあか抜けてないニュアンスがあります。この先の回で、ずばり、“阿土”(田舎っぺ)という呼び名を推戴する方が登場されますので、そのとき覚えてたら、またご紹介いたしましょう。


さてゴッドファーザー兼名探偵・暁冬は阿怪を見て言います。

「よく見てみろよ、身なりこそ同じようだけど、身体つきが何となく違う
背も結構ある それに手がちっとも荒れてない 苦労したことのない手だ」


身体つきが何となく違う、というと私が思い出すのは『三国志』に登場する、劉備玄徳(りゅうび げんとく)の有名な話なんですが、

「腕が膝に届き、耳が大きく、自分で自分の耳を見ることができた」って、Pーポ君か?!

さて、一方の壺口関。

手当の甲斐もなく斛律須達は亡くなってしまい、彼が遺言代わりにもたらした「周の皇帝が斉の領内にいる」という情報を何とか生かそうと、蘭陵王一行は必死の捜索を始めます。

このあと、皇帝が結構ちょくちょく(笑)斉に来ると知れば、ここまで焦らなくても良かったでしょうが、それは視聴者のみぞ知る。

この皇帝、五爺に
「よもや、かの悪名高き周の君主が斉にいようとは…」
って言われてるけど、いったい何したの?(このは確かに悪いこと(笑)してますが…)

このドラマを全部見終わっても、いったい彼がこの前に何したのかはわからないんですけど…。

過去の事はともあれ、未来の悪行は、これから嫌というほどご堪能いただけます。
次回・第6話はいよいよ、自称天敵同士がいきなり激突する頂上対決、

ハブマングース:血で血を洗う戦いの巻

乞う ご期待!(→こちら
posted by 銀の匙 at 11:45| Comment(10) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月17日

蘭陵王(テレビドラマ8/走馬看花編 第4話)

皆さま、こんばんは。
第4話は情報量が非常に多い回のため、記事も長大になってしまいました。時間も普段の2倍近くかかりましたが、その割に、あまり中身はなくて、ただ調べ物をしたから記録しときましたみたいな感じになってしまいましたこと、お許しください。

いや〜、年を取ると話が長くなって困りもんじゃのう。ふぉっ、ふおっ、ふおっ。
助さんも聞きなさい、格さんも聞きなさい…。(

ちなみに、前回(第3話)はこちらです。

第4話のあらすじ

ベクトル真逆の間宮兄弟こと、高家のナンパ四男坊・五男坊は、
首尾よく田舎娘をナンパして花嫁に仕立て上げ、丹州城(たんしゅうじょう)に囚われた義兄弟の救出に向かうのでありました。

何のことやらよく分からない? すいません、失礼しました。

大人数で敵国の拠点に潜り込むため、花嫁行列を装ってみた蘭陵王=高長恭〈こう ちょうきょう〉=四爺〈スーイエ〉一行ですが、当然のごとく敵将・尉遅迥(うっち けい)に疑われ、いいようにからかわれた挙句、見張りつきで斛律須達〈こくりつ しゅだつ〉の奪回作戦に挑むこととなります。

一方、敵国・周のアシナ皇后は、援軍の要請のため自ら突厥〈とっけつ〉に出向いた夫君・宇文邕〈うぶん よう〉が、行方知れずになっているとの知らせに、救出に向かうよう、腹心の臣下・宇文神挙〈うぶん しんきょ〉に命じます。

花嫁に扮した楊雪舞(よう せつぶ)は、城内の隠れ家にたどり着いた途端、お役御免で追い出されてしまいます。それでも別れ際に、はるばる届けにやってきた仮面を渡し、四爺から路銀代わりにと、玉佩〈ぎょくはい〉を貰い受けるのでした。

城門を出ようとした雪舞は、玉佩の文字を見て、ようやく四爺が蘭陵王だと気づきます(遅いよ)。尉遅迥が城門を締め切り、蘭陵王を生け捕りにしようと企んでいると知り、助太刀すべく刑場へ向かうのですが…。



さて、南汾州城〈なんふんしゅうじょう〉の怪しげな旅籠に立ち寄り、花嫁役の妓女を調達するはずが、なぜか女衒〈ぜげん〉に捕まった雪舞を買い取る羽目に陥る四爺ご一行様。

時間もないし、さっさと事情を説明して協力してもらえば良いものを、なんでこんな手の込んだ芝居をしたのでしょうか。

だって別に女の子なら誰でも良かったんでしょ?

そりゃー、もちろん役得狙い(はぁと)ということもあるかもですが(誰か桶持ってきて、桶!

そうだ、雪舞の凶器(桶)ですが、これも気になるなぁ。水を入れて使った後がありますが、手でも洗ったのでしょうか(化粧はしたままだし、靴は履いてるし、服は着たまんまみたいですもんね)。

通常、北中国にああいうサイズの桶があると、それは足を洗うためなんですが。

…いえ、気になるのは桶じゃなく、旅籠に入る直前の四爺のセリフです。

「有去無回」という言葉、吹き替えの通り、「ルビコン川を渡る」(後戻りできない)の意味の方ならいいんですが、“肉包子打狗”(「肉まんを犬にぶつける」―もう戻らない)の方だったらイヤですね。

↑こういうダジャレみたいな決まり文句を、中国語では“歇後语”(シエホウユィ)と言います。上の句だけ言い、後ろは普通言いません。

日常よく聞くのは、
“老王賣瓜−自賣自誇”(王さんが瓜を売る―自画自賛)とか。

“劉備借荊州―借無回頭”(劉備玄徳が荊州(けいしゅう)を借りる―借りたら返さない)とか。

この「歇後语」という修辞形式は、史実でも、このドラマの時代(南北朝)ごろに大流行したのだそうです。

あ、肉まん食べてる場合じゃなかった。次のセリフはもっと怖いんだった。

“不會走漏風聲”(秘密を漏らすこともない)って…。
よくて丹州城に置き去りにするか、最悪、始末してしまうつもりだったのでしょうか…(ひえぇぇ)。

ところが、目の前の女の子は兄上と知り合いらしい。このとき、弟君の、安徳王〈あんとくおう〉=高延宗〈こう えんそう〉=五爺〈ウーイエ〉が、彼女と兄がどういう知り合いと思ったかは、女神・女媧〈じょか〉ニャンニャンのみぞ知る。

プラス、この女の子ときたら、第四皇子殿下に向かって“衣冠禽獸”(紳士のなりをしたけだもの)などと、忠臣・楊士深(よう ししん)がこの場にいたら(いなくてホント良かった)、即、手打ちなセリフを吠え立ててます。

そりゃ、五爺はこの娘に大役を割り振るのは躊躇するでしょうよ…

五爺が反対したらしいことは、ひと芝居うってみて、やっぱり雪舞が助太刀してくれた後に四爺が言う、
“五弟 你看 雪舞姑娘果然是重情重義吧”
(弟よ見たか、雪舞どのはやはり情義を重んじるお人だ)
というセリフで分かりますよね。

続けて、高家の宝刀・必殺「おねだり」技を駆使しはじめる四爺。

このとき雪舞に、「ここまで来たのは仮面を返すため」と言われても、特に何の反応も示してません(絶対忘れてる)。畳み掛けて、「何でも欲しいものを用意しよう」“決不食言”(決して約束をたがえません)ってセリフに思わず吹きました(“食言而肥”言質を食べて自分が肥え太る=約束を破って自分の利益にする、って言葉を思い出した)。

ついには、蘭陵王に会わせてあげるからと、雪舞の協力を取り付けますが、その時の、“君子一言 駟馬難追”(君子が口に出した一言は、四頭立ての馬車でも追いつけない=君子に二言なし)という約束の方は、かろうじて守れて良かったですね、つーか、もう目の前にいるんだから、ほとんど詐欺ですよね。

(お雪:雪舞)「そうすれば、水戸のご老公に会わせていただけるのですね!」
(黄門:長恭)「ふおっふおっふおっ」
(助さん:五爺)「…。(ちっ、ナンパはどっちだよ)」
(格さん:士深)「…。(現場の苦労も知らんと)」

ってことでしょう…?
いや、四爺の場合は暴れん坊将軍かな。

と、ここまでが第3話(前置き長くてすみません)。

話は決まり、花嫁にお化粧をと、宿のおかみが現れて、自分が化粧すればまるで別人、と瓜を売り始めます(私を斉のざわちんて呼んで、なんちて)。

ここで吹き替えでは、
「あかぬけないガチョウも美しい白鳥に生まれ変わるからね」
と言ってますが、ガチョウって言われたくらいで雪舞も大人げない反応。
でも中国語では、
爛泥也能扶得上牆ぐちゃぐちゃの泥だって壁に塗れるくらいにはなるから)

って言われているので、お怒りごもっとも。

ま、塗った結果、
把你捧到手心里疼
(手のひらで捧げ持つほどお気に召してくださる)
んなら許すか…。

この“捧到手心里”はエンディングの歌詞にも同様の言葉がありますが、大切なものを手のひらに掬って捧げもっているという、聞くだにロマンチックな言葉。日本だと、目の中に入れても痛くない、がやや近いでしょうか(あまりロマンチックじゃないけど)。

なお、うっとりしてるところに申し訳ないですが、この部屋のインテリア、覚えておいてくださいませ。

さて、一階では五爺と、バッチリ花婿の装束に着替えた四爺が丹州城のガイドマップを前に打ち合わせ中です。

蘭陵王は武将の割に、結構な衣装持ちのようですが、今回のお召し物はお持ち込みの、
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この↑中の服の着回しですよね、きっと。一番中に見える赤の服は、この後も内側に着ておられます。
(私ゃてっきり、撮影用の衣装なんだから、重ね着に見える部分は襟だけ内側に縫い付けてるのかと思っていたのですが、本当に重ね着してるんですね。そりゃ暑いはずよ。)

四爺に限らず、中国の武将は赤いシャツを着てることが多いようで、中国の人に何で?って聞いたら、血がついてもわかんないからに決まってるじゃん、とそんな常識も知らないのかくらいの勢いで嘲笑われました。加えて斉の装束が史実でも赤だということもあるんですが、それはまた後の回(→第7話、→第9話)にて。

さて、流血沙汰とどういう関係があるのかは不明ですが、中国ではお祝いごとの色はと決まっており、伝統的な結婚式では赤い衣装を着ます。ただ、いつの時代からそうなのかは、参考書がまだ届いてないので、はっきりしたことが言えなくてすみません。

四爺がたすきのように前に掛けているのは大紅花といい、 これを掛けるのは実は明代くらいからの習慣だそうです。まあ、時代劇の花婿は何時代の話だろうとだいたい付けているので、これが花婿、という矢印とでも思っていただければ幸いです。

ちなみに、中国の結婚用品は何から何まで赤く、招待状もです。これが届くとご祝儀の心配をしなくてはならないので、招待客は“紅色炸彈”(赤い爆弾)という物騒な名前で呼んでます。後の方のシーンで、段韶が敵の守備兵に渡しているのもきっと紅包(ご祝儀)ですね。(ふつうは結婚する側がもらうもんだと思うけど)

中国語では“紅”という言葉は「人気がある」という意味なんですが、ロシアでも赤が良い色らしく、「赤の広場」とは赤い色に塗られた広場でも、革命の広場でもなく、元は「美しい広場」という意味なんだと聞きました。

と、無駄話をしているうちにだんだん夜も明けてきて、支度のできた雪舞が下りてきます。

そして思わず立ち上がる五爺と四爺の後ろに掛かってる、「青菜豆腐」ってメニューが気になってしょうがないのですが、お酒のつまみでしょうか。今では中華と言えば炒め物!が相場ですが、この時代、特に斉では、まだ煮物がメニューの中心でした。このお話もまた今度。

ここで、五爺は、
這是那位不男不女得雪舞姑娘,
(これがあの男か女かよくわからない雪舞どのか)
と言います。意味合いとしては吹き替えの「あれがあのおてんばで男勝りの雪舞どのか」ということなんでしょうが、見てくれも女の子らしくない、という意味がたぶんに含まれております(殺)

何せ、村娘たちにさえ、
男人婆(おとこ女!)
と言われてる(ハイ、いい意味は1ミリも含まれておりません)ので、女人と見まごう当社比)高長恭とは、ホント、お似合いだと思います。

っていうか、キャスティング的には、女人に見えるといわれてそうでもないウィリアム高長恭と、男の子みたいといわれてるけどそうでもないアリエル楊雪舞はよいコンビ、というべきか。

ここで、五爺は、吹き替えでは「見間違えるほどの美しさだ」と言ってますが、中国語では、

人真不可貌相啊 
(人はホント、見てくれじゃないね)

と言ってます。言いたいことはたぶん吹き替えと同じだったんでしょうが、
あまりにビックリしたのか、何か言葉の使い方を間違ってません?
この言葉、セットで使うことが多くて、

人不可貌相,海不可斗量
(人は見た目に寄らぬもの、海は升では量れない)

というのが決まり文句です。見た目は男の子みたいだったけど、実は女らしい器量の持ち主だったんだなあ、と言いたかったんでしょうかしらね。さすが斉のざわちん、侮れません!

ここで、婚礼の間、顔を隠すための団扇を渡されて、雪舞は
「庾信(ゆ しん)の詩にもこうあるわ 「夫婦(めおと) 床前(しょうぜん)に扇をしりぞく」、これが今の習慣なのよね」
“庾信的詩裏曾寫過 分杯帳裏 卻扇床前”

と言っています。
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この習慣自体を“卻扇”(チュエシャン)と言います。この習俗の始まりは例の本を見ることが出来たら補足するとして、雪舞が言う詩の方は、やっと見つかったので、ご紹介いたしましょう。

この詩はちょうどドラマと同じくらいの時代を生きた文人・庾信の、《為上黄侯世子與婦書》の一節です。

昔仙人導引 尚刻三秋;神女將梳 猶期九日

未能龍飛劍匣 鶴別琴臺 莫不衔怨而心悲 聞猿而下淚

人非新市 何處尋家? 別異邯鄲,那應知路?

想鏡中看影 當不含啼;欄外將花 居然俱笑

分杯張裏 卻扇床前 故是不思 何時能憶?

當學海神 追潮風而來往;勿如織女 待填河而相見。

                 (《芸文類聚》閨情[32-1])

南北朝時代の詩集をひっくり返してもなかなか出てこないので、こうあるわ、って、こうないじゃん! 詩としては散逸したのかと怒っていたら、『芸文類聚』(げいもんるいじゅう)に載ってた。知ってたらかなり時間の節約になったのに…(怒)

『芸文類聚』というのは、『これでスピーチも安心!お題別名言集』みたいなもので(え?)、「ジュエリー」とか「ファッション」とか「ホラー」とか「魔法」(←ホントにそういう内容なの!)とかカテゴリー別に詩や文章を集めた、唐代の本です。

この詩の作者・庾信は513年に生まれ(斛律光(こくりつ こう)将軍より2歳年上)、ちょうど南北朝が終わり、隋が建国された年(581年)に亡くなりました。おばあ様が言うとおり、雪舞たちにとっては、まさに同時代の作家です。つまり、先ほどのセリフは、

「村上春樹の「扇をめぐる冒険」に書いてあったのよね」

ということでしょうか…

やれやれ。

おばあ様に「星めぐりが悪い」と一言の元に切って捨てられた南朝でしたが、当時、「六朝(りくちょう)文化」と呼ばれる文化が栄えており、庾信は梁の宮廷に使える詩人でした。使者として西魏に滞在する間に政変が起きて帰国できなくなり、そのまま、西魏に替わって起こった周に留まりました。

557年、つまりドラマでいえば第一話で楊堅が出てきた時点で、梁は滅び、陳に替わりました。帰る国の無くなった庾信は望郷の詩人として後代まで知られることとなったのです。

ただ、同時代とは言っても、この詩は斉が滅んだあとに書かれたらしいという説が有力。おばあ様は、詩の内容も予言したのかもしれませんけど…(ははは)。
 
この詩は、政変によって20年も南北に別れ、離れ離れになってしまった夫から南朝にいる妻に宛てて、という内容になっています。無理やり解読してみた大意は(間違ってたらゴメン)、

むかし、仙人は養生のため三年の後の、巫山の神女は節句の日の、
再会を約束したと言う

一対の宝剣は離されれば龍となって消え 
離別された妻の嘆きを奏でる琴の調べは 涙を誘う 

故郷の外に帰る家はなく 異郷にあっては道に迷うばかり

鏡を覗いて泣くこともなく、共に摘む花は咲きほころんでいたあの頃

婚礼の日、帳の中で杯を取り交わし 花嫁の扇を下ろした光景を 
懐かしまないならば いつ憶いだすと言うのか

潮風に乗って行き来する海神のようでありたい 
河が埋まるまでは会えぬ織姫のようにではなく


って雪舞よ、またこんな詩、(お芝居とはいえ)婚礼のときに詠んでどうする。

自分で自分に呪いをかけてる人たちはしばらく放っとくとして、
この詩に詠われた卻扇という言葉は、『世説新語』(せせつしんご)に載ってるエピソードから採られたということなので、そっちも見てみることにしましょう。

こうしていつも資料探しの無間地獄にはまっていくのですが、私はこの『世説新語』という本がとても好きなので、しばしお付き合いくださいませ。

『世説新語』というのは雪舞たちの時代の100年前くらいに、南朝で書かれた本で、いわば人物のエピソード集のようなもの。「disる」「ずるい人」「どケチ」など、36の章に分かれていて、なかには「イケメン」という章もございます(本当です!!)

ひとつひとつのエピソードはすごく短いのですが、すぐにドラマか映画に仕立てられそうな話がたくさん。

ものは証拠に、「イケメン」の章から一つご覧いただきましょう。井波律子先生の読みやすい日本語訳があるので、省エネして引用させていただきます。

潘岳(はんがく)はスタイルが言いようもなく美しく、顔つきがハンサムだった。若いころ、はじき弓を小わきにかかえて、洛陽の道に出ると、出会った女たちはみな手をつないで、彼をとりかこんだ。

左思(さし)はこれまた言いようのない醜男(原文の「絶醜」っていうのが何ともはや)だったが、やはり潘岳の真似をしてぶらついた。
すると婆さん連中からいっせいに唾を吐きかけられ、しょげかえって引き上げた。


ひ、ひど〜い。

さて、卻扇の方は「ずるい人」のエピソードの中に出てきます。ちょっと長いので、はしょり気味に引用させていただくと、

温公は妻を亡くした…おばに娘の結婚相手をさがしてもらいたいと頼まれ、二、三日後に報告して言った。
「嫁入り先が決まりましたよ」…

婚礼が済み、交礼(新郎新婦が顔を合わせて挨拶する)の段になると、娘は手で紗の扇を押し開き、手を打って大笑いしながら言った
「私は最初からおじいちゃん(温公)じゃないかと思っていたけど、やっぱり思ったとおりだったわ」


これが…あのロマンチックな詩の典拠って、どうなの?

1500年前の人の感性はいまいち理解しがいたものがありますが、引用した『世説新語』は平凡社の東洋文庫に入っています。面白いのでぜひ、ぜひ、読んでみてください。作者があと100年遅く生まれてたら、絶対に高一族のエピソードも入れてくれたでしょうに、残念無念!

なんで漢文なんて勉強しなくちゃいけないのよ〜とギャルに聞かれたら、私は絶対こう答えますね。

そりゃあなた、『史記』『世説新語』『資治通鑑』(しじつがん)をナマで読むためよ。

またも話が飛びましたが、いまや、ドラマに出てくるような古式ゆかしい結婚式は、本場ではたぶん見られないと思います。

が、ここまで、紹介した中にも、床に座る習慣等、いくつかあったように、
こうした中国の古来の習俗が、驚くことに今でも、日本で見られることがあります(→http://www.misawa-world.com/loca_wasoujitaku/oiedatinosaho.html

↑ここに紹介されている中で特に興味深いのが、ドラマ同様、

・「扇子で顔をふさぐ」というところと、

・必ず花嫁さんに年配の女性が付き添うということ(第19話の婚礼シーンで皇太后が現れたのは、恐らくこの習俗のためでしょう。だから、段太師や斛律将軍では本来はダメなんだと思います)、

・花嫁さんを通せんぼする習慣(香港では、迎えの人をなかなか入れない、という形で残っている)

・先祖、両親に挨拶するところ(中国の礼法では、同様にした後、夫婦がお互いに挨拶をします。結婚の儀式で一番重要なのはこの箇所なのですが、第19話では前の二つを省略してしまったため、物陰から見ていた鄭児が、こんなのまともな婚礼ではない…と思っている訳です)、

 それから、
・昔の祝言は夕方から行われることが多かった、というくだりです。

古来、婚礼は夕方から行われました(なので昏礼と言った)。通常、陰陽が交代する時間だから…といった説明がされていますが、近代の歴史学者・郭沫若(かくまつじゃく)は、これは古代の略奪婚の名残だろうと言っています。

婚礼前の儀式で一番大切なのが、迎親という、花婿が花嫁を迎えにいくステップなのですが(ドラマのこの場面では、でっかく「本日開店」じゃないや、「迎親」って書いた赤い看板持っている人がいますね)、そういうところに略奪婚の面影があると言うのです。

略奪とは言いませんが、よそ様のお嬢さんにとんでもない事を頼んでいるので少しは良心が咎めるのか、四爺は雪舞に、

姑娘義氣相助 再次表示感謝
(義を重んじて力を貸してくださること、重ねて感謝します)と言っています。

男女7歳にして席を同じうせずの時代に、いくら計略とはいえ派手に結婚式をしたのがバレでもしたら、誰ももらってくれないどころの騒ぎではありません。
(ま、戦乱の時代だから、実際には再婚した人も多かったでしょうが…。)責任とって結婚してくださいといわれても文句はいえないのでは…あ、それが狙いか?

ええと。少しは悪いと思っているのか、下心をカムフラージュするためか良くわかりませんが、隣に女将もいるっていうのに、秘密の計画をしゃべっていいんでしょうか。

事成之後 一定把妳平安地回到村里
(事が終われば、きっと村に送り届けます)

ともおっしゃってますが、このお方の「きっと」は、まったく信用なりません。

五爺がからかっているときは真面目に応対している(でも何となく嬉しいのが隠しきれない)くせに、わざわざ雪舞に,

剛剛忘了說 雪舞姑娘這身打扮 比白山村任何姑娘都要美
(先ほどは言い忘れましたが、雪舞どのの花嫁姿は白山村の誰よりも美しい)

だって。
この弟にしてこの兄ありのセリフを言うあたり、なんかキャラ的にどうなのでしょうか。いえ、実は弟と似たり寄ったりのキャラだというのが真相なんでしょうよ。

と、視聴者を呆れさせておいて、画面は周の国へ。
12月というのに、麗正殿にはやっぱりハスの花が咲いております。

ここでアシナ皇后が碁を打ちながら、左手では数珠を繰っているのにご注目ください。

そこへ登場するのが、われらが統領・宇文神挙〈うぶん しんきょ〉。
演じているのは中国の俳優さん、レオン・ワン(王峥)。そうそう、いかにも北中国っぽいっていうのはこういう感じの人です。彼に比べるとウィリアム・フォンは、「江南の才子」って感じですよね〜。

そういや、ウィリアム・フォンといい、レオン・ワンといい、なぜ中国の俳優さんなのに英文名があるの? そりゃ、香港の俳優さんなら、イギリスの植民地だったんだから、分からなくもないけど…。(最近じゃ外資系で働いてる一般人も英文名を付けてるんですってね。モモコとか。でもそれって英文名なの?)

なぜか最近日本では、中国の俳優さんを漢字じゃなくてカタカナだけで書くから、英文名の方が分かりやすいっていえば分かりやすいですけどね。(フォンシャオフォン、下から読んでもフォンシャオフォン…。失礼しました〜)

でも、いやしくも日本人なら、ハリウッドに進出した俳優さんが「ウィリアム真田」とか、「レオン渡辺」とか名乗るなんて、あり得ないですよね(あだ名ならあるかも知れないけど)。

こういうところ、中国の人は結構、臨機応変だなと思います。意外に相手に合わせるというか、グローバル・スタンダードに合わせるのが好きだしね…。そのあたり、日本人が中国に対して勝手に抱いてるイメージとはだいぶ違うんじゃないでしょうか。

宇文神挙は史書ではだいぶ褒められてる人。活躍するときにまたご紹介するとして、ここでは皇帝が迷子になっていると報告しに来ます。周の皇帝・宇文邕〈うぶん よう〉。出だしからして世話の焼ける人です。

そんな困った人が徘徊しているとはつゆ知らず、花嫁行列は進みます。花婿を載せた踏雪も、赤いリボン(“大紅花”)をつけていますね。この風習、現代でも残っています。現代になるとこんな感じ。

s-honghua.jpg

そこへ、段韶〈だん しょう〉太師(たいし)が行く手を遮り、こう言います。
「この齢までお仕えしてきたのですぞ、殿下のお心も読めぬようでは臣下失格です。」
 
んですけど、ルートはともかく花婿に化けるってことまでお見通しだった段太師は、
おばあ様の向こうを張る占い師だったのか、
“運籌策帷帳之中,決勝於千里之外”(帷幄のうちに策を巡らし、勝ちを千里の外に決する)ってタイプだったのか、(『史記』高祖本紀から。この話は、少し先に雪舞が高緯に言うセリフに出てきます)
婚礼の行列に化けたら?ってアドバイスしようと思ったらその通りだったのか、
宇文邕並みに、常に四爺にセンサーを貼り付けていたのか…
(やんちゃされたら困るから、五爺に張り付けてたのかもしれないけど)

そんで何、止めに来たわけ?と、太師に頭が上がらないらしい四爺は緊張していますが、
“老夫自知是無法阻止四爺你的”
(この老いぼれ、四爺を止める手立てはないと承知しております)
と言われ、怒られるのかと思ったらそうでもなかったのでホッとしてるっぽい笑顔が、怒られなくてすんだ子どもみたいでカワイイですね。

この表情、全編を通して、段太師と雪舞にしか見せてないと思います(現皇帝と皇太后に向かって笑顔を見せるシーンはありますが、もう少しよそゆきの顔です)。この2人にだけは、気を許してたってことでしょうね。

ところで、段韶はここで、吹き替えでは「殿下」って呼んじゃってます(雪舞は輿の中から熱心に聞いている(いつもの必殺技・笑)。
皇子以外の人を殿下なんて呼びますかね…?

それに、なんで四爺は殿下で五爺が延宗さまって呼ばれているのかも謎ですね。

中国語では四爺と呼んでいるので素性がばれないでしょうが、むしろ、段韶を“太師”(タイシ)と呼んでいるのがヤバいです。太師とは元々皇帝の先生を指す言葉で、臣下としては最高の位です。そんな人に敬語を使われちゃうのは皇族以外ありえません。

加えて五爺がダメ押しで、
「おばあ様がご覧になったらきっと大喜びなさるぞ」
吹き替えは上手く逃げましたが、中国語では、

皇姥姥要是知道你娶親 肯定開心死了
(もし皇太后さまが、兄上が花嫁を迎えると知ったら、死ぬほど喜ばれることだろう)
って、言っちゃいました。雪舞は全然予想してなかったために、気づかなかったのでしょうか…。

はてさて、関係ない話で回り道をして、ようやくたどり着きました丹州城。町の入り口にある門の守備隊長に事情を聞かれ、段韶は「兄が大病を患い、厄払いにと甥が婚礼を挙げることに」と答えています。

ここの厄払い(“沖喜”)とは、吉事によって凶事を追い払う、ということで、病気の親の平癒を願ってその子が嫁取りをしたり、甚だしきは、病人が嫁をもらったりします(ひぇ〜)。

ここで守備隊長は段太師の話し方から、同じ陵城の者だな、と言っています。陵城っていうのがどこかは分かりませんが(山東省にそういう地名はあるけど、明らかに斉の領土なので、守備隊長の出身地とは思えません)、後で尉遅迥に「おぬしも丹州の人間なら…」と言われており、四爺も実家が丹州城内にある、と説明しているので、丹州のどこかにあるのでしょう。

最初、さすがは段太師、斉じゃない、よその土地の方言を真似してしゃべるなんてお茶の子さいさいなのね、と思ったけど、第1話のエピソードを見る限りでは、丹州城は斉の領地だったこともあるようなので、ドラマでは本当にここの出身という設定なのかも知れません。

当時、斉も周も、国内を州に分けており、丹州は今でいう陝西省延安あたりにあったらしく、だとすると、中国十大方言の一つ、“晋話”(山西方言)をしゃべれるということですね。ただ、そもそも、丹州城という町が丹州にあるとも限らないけど…。

今の日本だったら、秋田県秋田市とか鹿児島県鹿児島市とか普通にありますが、中国で、州内に州名と同じ名の町があるかどうかは疑問です(少なくとも現代の中国で、州にあたる“省”の名前とその中心“省都”の名前は全部違います)。

国境にあるってだけで、実はどこだかはっきりしない丹州城に入ると、城門(町の入り口)に向かって右側に竹の足場が組まれており、工事中のように見えます。何を作ってるのでしょうか。

旅籠で四爺と五爺が見てたガイドマップだと民家になってるんだけど…あてにならないんじゃない、あの地図?
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その建物の城門側に、「法身非相分」という碑が見えます。なぜ町角にあんなものがあるのか、寡聞にして知らないのですが、この言葉は『金剛般若経』の一節(また般若か…)です。てことは、改修中の建物はお寺なんでしょうか(別のドラマで使うセットを先に建てちゃったから、急いで隠してたりして)。

部分全体についてはこちらに素晴らしい超訳→http://bunchin.com/choyaku/kongo/kongo026.htmlがあるのでご参照いただきたいのですが、それによりますと、この語のここでの意味は「外から見てもわからない」ということ。該当部分を引用させていただくと、そのココロは、

「ブッダはこんな姿かたちだ」、などと思い込むものがいる。
「ブッダはこんな声をしている」、などと思い込むものがいる。
そんなヤツらは、私を見ることができない。
そんな方法で私を見ることは、できないのだ!


ということだそうです(何て素晴らしい訳なんだ)。うーむ。しかも、実にこの後のシーンとよく呼応しておりますね。

丹州城の街中を移動するとき、もう一つ、「化無所化分」と書かれた石灯籠のようなものが見えます。

古代、街中にああいった経文からの一節を記した碑があちこちに建てられたことがあったのではないかと、資料をひっくり返しておりました。

現代は経文こそ書いてないけど、街中にいろんなスローガン(「人人講礼貌 処処有文明」ひとりひとりのマナーで 住みよい社会に とか)のでっかい看板が出てるから、そのようなものかと思ったんですけど、特に証拠も見つからず…。

でも、石碑同士は近くに建ってるようなので、この界隈はお寺の勢力圏なのかもしれません。

「化無所化分」、これは「法身非相分」の一個前の節で「私は誰も救わない 皆を救えるなんて思う人が如来な訳ないだろ」ということが書いてある節らしいです。

前の「私が誰だか お前にはわからない」と合わせると、ま、ひょっとしたら高長恭のことかも知れないし、もっと何か意味があるのかも知れないし、何かセットを作るとき参考にした資料にあっただけで、話とは全然関係ないかも知れないし。誰かこれも監督さんに聞いてくださると嬉しいんですけど…。

さて、婚礼の列に紛れて関を突破するっていうの、よくある手ですよね。ごく最近も何かで見たわ…確か《錦衣衛》(「処刑剣」)じゃなかったっけ...。

ま、さすがに尉遅迥〈うっち けい〉はドニー・イェンのファンじゃないと思うのでこの映画も見てないとは思いますが、当然この行列を疑っています(ドニーのファンではなくても、蘭陵王のファンではないかと私は秘かに疑っているのですが)。

“本將軍今天要抓的 是一個長相俊美 容貌出眾的齊國奸細”
(わたしが今日捕えようとしているのは、抜きんでて優れた容姿をもつ斉の間者だ)

と宣言しておられますところ、吹き替えでは、
「いまわれわれが捜しておる斉の回し者は どんな美女にも引けをとらぬ たぐいまれなる美貌の男と聞く」
(ちょ、吹き替えは何でこんなに盛ってるの?)

続くセリフは、吹き替えも原文そのままの訳。

我看你扮成個女人 倒有幾分姿色
「おぬしは化粧でもすれば 女人で通用しそうだな」

ええっーーつ? 何言ってんの、無理無理無理無理無理!!
あぁ、ここにも目の悪い人がひとり…将軍、国境に皇帝を探しに行く前に、眼医者にいらした方が良いのでは…。

しかもここにもう1つ罠があるのですが、「化粧でもすれば」って言ってるけど、実はこの時代の男性は普通にお化粧してたらしいんですね(→第7話の記事参照)。蘭陵王なんてああ見えて(どう見えて?)貴族だから、当然きちんとメイクくらいしていたでしょう。つまり常に女人で通用した、と…。
ついでに言うと、当然、尉遅迥将軍もメイクしてたはず。

おっほん、ここで段韶がすかさず一言。

“將軍真會開玩笑啊”(将軍はまこと冗談がお上手です)
ホントその通り!

お世辞まで言って何とか通してもらえそうになったのに、馬車が動いたとたん、隠していた矢が地面に落ちてしまう。

“分明是有鬼”(絶対何か怪しい)
と言われて雪舞は、自分は「蘇毗王国」から来て云々、と矢の講釈を始める。

と、こんな緊迫した場面にもかかわらず、「蘇毗(そび)王国」って聞いたとたんに、四爺が例の笑いを堪えてる顔になっています。またまたやってるな、と思ったんでしょうね。

しかも、咄嗟に妙な作り話を…と思ったら、「蘇毗王国」っていうのは実在した国らしい上に、確かにあんな表情になってしまう国のようなのです。

《北史》卷九十七、西域列伝に「女国」についての記載があります。

そこは女が王として国を治めている。王の姓は蘇毗,字は末羯(まっかつ)、在位は二十年

女国、というのはなかなか魅力あるテーマのようで、日本でも論文を書かれた方がいらっしゃいます(→http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/145760/1/jor006_6_409.pdf 論文はPDFになっていて参照できますが、何せ1942年発表の論文なので、文中、用語に難のある箇所があります。どうかお気になさいませんよう)

「東洋史研究」という、古くからある大変真面目な学術雑誌に載ってる大変真面目な論文なんですけど、論文中に出てくる、「女王、女軍総出でカシミール軍をことごとく悩殺し、大敗北させた『エロティク作戦』」って、いったい何なわけ?

学術論文でさえこの体たらく、ますます怪しいと踏んだ尉遅迥は、女媧廟(じょかびょう)にお参りに行けとか言い出し、もはや一行をからかってるとしか思えません

女媧について書きだすと、年が明けても書き終わらないことになるのでやめときますが、中国では人間を作った神様とされています。このドラマでも後でまた出てくるので、そのときネタが少なかったら、また書くかもしれません。

藤崎竜先生の傑作マンガ『封神演義』(ほうしんえんぎ)ではラスボスとされており(あ、ごめん、ネタバレだった?)、その神通力たるや宇宙人クラス(ってか、まんま宇宙人)、でもお祈りしたって聞いちゃーくれないって感じではありますな。

“凡是拜過女媧廟的沒有一個不白頭偕老的”
(女媧廟へお参りした者で、共白髪まで添い遂げなかった者はおりません)
って大師も太鼓判押してるのに…(泣)

とにかく、『封神演義』は元のお話(いちおう中国の古典文学なんですけど)もマンガもホントに面白い。まだ『封神演義』読んでない方は、いないとは思うけどぜひ、ぜひ読んでください、お願いします!

さて、視聴者のお祈りは済んだところで(?)主人公様の入場。
“情非得己”(致し方ない) とか言ってる割に、四爺は結構嬉しそうです。

ここで結婚の誓いの言葉を言うのですが、こんな習慣、あるのでしょうか。何か急に嘘っぽくなった気がするのですが、まあ中国は広いし、歴史も長いから、こんな習慣もあるのかも知れません(投げやり)。

中国語の方は、私、高四郎は、と女媧さまの祟りも怖れず偽名(四男坊には違いないから、偽名とも言いきれないか…)で誓っていますが、日本語は、「女媧さま 本日わたくしは妻を娶ります…」と名乗らずに済ませています。

雪舞は困ったような顔をしますが、尉遅迥もビビらすあの表情で睨まれたら、蛇に睨まれた進宝のようなもの。蘇毗王国から来た割には流暢に、「本日わたくしは夫のもとに嫁ぎます…」と応答するんですが、こっちも吹き替えでは名前を言わないで済ませていますね。だって女王さまの苗字が「蘇毗」なんて国から嫁いで来た人が、「楊雪舞」なんて、普通の(漢民族っぽい)名前のはず、ないじゃない…。

絶対怪しいよな〜と思ってる、ピンクの渦巻きをしょった尉遅迥、ここでいきなり刀を抜きます(この渦巻きはお線香です)。

四爺は雪舞を自然に後ろに庇ってますが、これも絶対怪しいって。
いきなり切りつけられて、こんな落ち着き払ってる一般人なんてありえないもんね。

視聴者さえ見破ってるのに将軍が見誤るはずもなく、でも蘭陵王の大ファンと思しき尉遅迥は、一部記念に貰っとこっと、いうことなのか、ニコニコと結髮(ゆいがみ)の儀式を進めております。

晴れて二人は夫婦、と言われて、雪舞は思わず左の手をふりほどこうとしますが、どういう訳か、右の手はがっちり四爺の肘をつかんでいます。乙女の心理は複雑ですね。ここで四爺の後ろに隠れてるアリエル、とってもカワイイです。

後の回を見ると、この尉遅迥からのプレゼントを、四爺は肌身離さず持っていたのが分かります(ふつうは女性が保管してるものだそうですが、そこはやはり女子力の高いお方ということで)。

ところがお話も終盤になると、これを雪舞が持ってるんですね…。

さて、お目当ての蘭陵王には喜んで受け取ってもらえた尉遅迥のプレゼントでしたが、ヨメにも別のプレゼントを渡そうとしたところ、あっさり断られてしまいます。

種がいっぱい詰まったザクロは、現代中国でも子孫繁栄の象徴。そのルーツは本当に、このドラマの時代である斉の頃から始まったようで、斉の歴史を書いた正史《北斉書》に登場しますが、何と五爺のエピソードだったんです(また、あんたか!)。

《北斉史》魏収伝によると、安徳王が李祖収の娘を妃に迎えた折に、当時の皇帝だった文宣帝・高洋が、妃の実家に招かれます。高洋は安徳王のお父さん、高澄の弟にあたる人なので、蘭陵王、安徳王にとっては叔父さんです。高洋は幼いころから賢く、絡まった糸をほどけと言われて、刀で切り裂いたのが「快刀乱麻を断つ」という言葉の元になったと言われております。

雪舞が第3話で気づいたように、斉は製鉄と焼き物づくりで栄えましたが、それはこの皇帝の政策によります。ま、高一族なので、性格はやっぱり、ファンキーなのですが(詳しくは第9話の記事→こちらをご覧くださいね)。

さて、妃の母堂は皇帝に大きなザクロを献呈しますが、文宣帝は意味が分からず(斉の皇帝なのにさ)、捨てちゃいますこらこらっ!)。

臣下の魏収に「ザクロの中には種子(子ども)がたくさん詰まっております。安徳王は新婚なので、妃の母堂は子孫が増えるようにと欲しておいでなのですよ」と説明され、文宣帝は大喜び、さっさと拾ってこいと命令し、褒美に二匹の錦を賜ったそうな。

ということで、おめでたい絵柄には、子どもの脇にでっかいザクロ、というのが定番となっております。
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こういう吉祥の図柄、由来を知らないと、文宣帝じゃなくても、何だかな〜な感じかと思います。他にもポピュラーなのは、例の南汾客捨の部屋の装飾文様で、コレ↓(第3話)
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蝙蝠の図柄、お分かりでしょうか。蝙蝠は中国語でBianfu(ビェンフー)と発音しますが、「遍福」(漏れなくラッキー)と同音なので、吉祥図案とされております。こんな旅館でラッキーとは皮肉ですが…。ま、四爺にとってはそうだったかも。

すっかり忘れていましたが、スターさまは退場してしまい、尉遅迥将軍の場面でしたね。吹き替えは、「蘇毗から嫁いで来た花嫁が斉の習慣に詳しいとは、おかしいではないか」と言っているので、隣に立ってるエラの張った副官が、さすが将軍賢くていらっしゃる、と称賛のまなざしなのですが、中国語は、
“若不是你在齊國做過過年奸細 這齊國的習俗連我都不知道”(もしも斉で長年スパイでもしない限り、こんな習俗、私さえ知らない)
とおっしゃってます。

ってあなたは隣の国の人なんですから、白山村(斉でも周でもないらしい)出身の雪舞と条件は変わんないわよ。

ただ単に教養が足りないだけでは? と、副官のまなざしも、心なしか疑惑含みのような気が…いえいえ、当該国の皇帝さえ知らなかったんだから、隣の国の将軍が知ってるはずないですよね(と、フォローしてみる)。

さて、城内の忍者屋敷隠れ家についたご一行さま。門を開けてくれるのは、この先の回で四爺が謀叛の疑いで牢屋に入れられたときに、ローストチキン(またかい)を差し入れしてくれた、あの兵士じゃないでしょうか。前々から地味にお側に仕えていたのですね。

この緊迫した場面で恐縮ですが、皆さまこの忍者屋敷の内装をとくとご覧ください。壁に飾られたこの絵、どこかで見覚えありません?
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そうそう、先ほども話に出ました旅籠・南汾客捨の壁にもありましたよ↓(第3話)。
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人気画家だったんですかね?(南北朝時代のラッセンかしら…)あるいは、以前、四爺がお忍びでお泊りあそばした折にもらってきて飾っ…いえ、な〜んでもございませんっ!

まだまだ、お宅拝見は続きますよ。ほら、ここの後ろに飾られている書、気になりますよねぇ…
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文字が書かれてると、何が何でも解読しないと気が済まない私。篆書なので、何とか私にも解読できますぜ。最初の行には「張」、最後の行には「高山流水」という字が見えます…とほとんど執念で文字を拾って探してみると、あった! で、でもこれって…。

張一片風帆凌波澜船儿停在月湖畔
江水匯朝北轉我面向南遙望二千年前的石臺
俞伯牙和鐘子期他們的故事從春秋開始就流傳
疏林繁花無言拜子期安葬的江岸有座古琴臺
山巍巍水洋洋高山流水古琴揚


屏風に書いてあるのはここまでですが、
この詩はこんな風に続きます。

我焚香,為峦你再撫一段
秋風寒秋風凉知我音者在漢陽 你說搖琴有六忌八絕七不彈
月復缺月又圓為誰痛心又彷徨 弦可接,琴可復,再覓知音難
出漢江入長江從舟北上不復往 叶落淚两行,愁把青絲亂
你静静聽我輕輕彈琴声悠悠繞山巒
風雨停雲漸散樹影斑駁了單檐殿下漢白玉石案
音奏知音彈石碑上残留的餘音永世傳回轉
七弦声声断伯牙绝弦焚琴處叫作古琴臺


書かれている内容そのものは、「知音」という語の元になった、有名なエピソードから取られています。

春秋時代、俞伯牙(ゆ はくが)という琴の名手がいました。彼の友人、鐘子期(しょう しき)は、伯牙が山を思って奏でているときは「山が見えるようだ」、河を思って奏でているときは「河の流れのようだ」と曲想をピタリと当てたのです。子期が亡くなると、伯牙は琴を壊し、弦を切って、二度と弾くことはありませんでした。

ここから、ロケンロールは千秋楽のステージでギターを壊すことに…ではなく、「知音」というと自分をよく理解してくれる人、という意味になったんだそうです。

今でもそういう意味はあるらしいんですけど、巷では「彼氏/彼女」とか、もうちょい下卑た意味とか、指すことがあるらしくて、むかし中国で『知音』という雑誌を見かけて手に取ろうとしたら(音楽雑誌かと思った、尉遅迥並みに教養のない、残念な私)、友達に「ダメダメそんなの読んじゃ」って止められたことがあります。いったい何の雑誌だったんだろー。後でこっそり見てみればよかったー。

それはともかく、屏風に書かれた詩みたいなもの、どんなエラい詩人の作品かと思ったら、実はこんなポップス調の曲↓の歌詞らしいです。
http://www.tudou.com/programs/view/Z6-CYD_Dt2Q/

なんでそんなもの、屏風に書いてあるの? カラオケの練習用かしら...?
隣の部屋に立食パーティー用か、白いテーブルクロスのかかった丸テーブルも用意されてるみたいだし。

と、いつかここで開かれるべき、蘭陵王主催のディナーショーの幻に浸っていると、そういやそのために来たんでした須達〈しゅだつ〉奪還の話を皆が始めます。四爺は、

“我們絕不能讓老將軍 白髮人送K髮人”
(老将軍に、白髪の人(年配の人)が黒髪の人(若い人)を弔うようなことをさせては絶対にいけない)
と情に篤いことをおっしゃいますが、楊士深に、

四爺 這個姑娘怎麼處置?
(この娘はどうします)
って言われると、ああそうだ、君、用は済んだからさっさと帰って、と言わんばかり。

だいたいがこの楊士深の「処置」って言葉がすごい怖いんですけど、考え過ぎかな…。

ここで四爺はごく冷静に、着替えを用意しておいたって言ってますが、いつよ?っつーか、この服を着て城門までたどり着いたときに、「小娘」って呼ばれてるってことは女物の服のようですが、誰のよ?(まさか余興用じゃないですよね?)

それでも一応、見送りに出るくらいの誠意は見せる四爺は、自分もすっかり忘れてたらしい仮面を渡されて、
“四郎福薄 若能早一日認識姑娘的話 定能結起摯友”
(四郎は福運に恵まれませんでした、お嬢さんと知り合うのがほんの少し早ければ、きっと親友になれたことでしょう)
と、この期に及んでまだ四郎かい、と四方八方から突撃されそうなセリフをおっしゃっています。

せっかく遠路はるばるここまで来て、この場で帯を返されちゃった雪舞の表情がいいですね…

がっかりしたのを見てとったのか、それともちゃんと準備してたのか、ここで四爺は、迷子札…じゃなかった、玉佩(ぎょくはい)を差し出して、旅費に替えてね、と言っている。

あとで鄭児(ていじ)が四爺に玉で作った装飾品を渡したときには、愛情の印だと意味をちゃんと把握していた雪舞。この時点ではまさか知らなかった...んな訳ないか(ただ、鄭児のときも、雪舞は「女性が玉を贈るのは」うんぬん、と言っていたので、男性から贈るときにはそういう意味ではないと思っていたのかも知れません)。

とにかく、何で今コレを? と尋ねないのが不思議なほどの重要アイテム、なぜこの場で渡したのか、雪舞はともかく視聴者は謎に思いますよね?

それでは吉例の3択、参りましょう。

1)忘れ物は確かに受け取りました、という受領のサイン
 →名前書いてあるもんね

2)単に、助けてもらったお礼の品
 →鄭児からもらったときは、「それ以上の意味はない」と断言しておられました

3)1度あることは2度ある。2度あることは、3度ある。
 どうせまた戻ってくると思っているので、ファストパスがわりとして

4)眠かったのでつい。
→この第4話、旅籠の外でのシーンと、隠れ家シーンのウィリアム・フォン、すごく眠そうじゃないですか…?旅籠で寝ずに作戦を練ってた(笑)のかも知れませんが、尉遅迥の手前、居眠りしたらヤバくない?

5)旅費。1割のお礼プラスアルファ。
→正解

…取りあえず、お焼きと取り換える前に、名前に気づいて良かった良かった。

旅費に換えて、と言ったのは、余計な負担を雪舞に掛けないための配慮だったのでしょうが、一方で、この先の回で宇文邕が“長命鎖”というお守りを雪舞に渡した意味と同様に、これを持ってまた斉にくれば、高長恭=蘭陵王に取り次がれるはずなので、蘭陵王に会わせるという約束を守るためでもあったのでしょう。

おばあ様には、また逆らいますけどね。

(それにしても、贈ったものを贈り主に返す道理はないと、四爺はこの先の回で雪舞にはっきり言ってますので、この時点でもう最愛の人は決定済み、ということなんですね。ずいぶん思い切ったものです...。)

でもそれは雪舞には言わずに(こういうところは、やけに奥ゆかしい)、ゆけ、って叩いた馬のおしりに手形が…(そんなに強く叩かなくてもいいのに)でもそんなに大事な人を、こんな戦乱のさなか、独りで馬に乗せて出してどうする気なんでしょう。

たしかに、楊雪舞は自力でダンジョンから脱出しかけた女(同じ手口で四爺が後年、危ないところを助かったほど)。困ったからって泣いて助けを待ってるタイプではありませんが、逆に手もなくオレオレ詐欺にひっかかるタイプ。

簡単に人を信じるなって言ったって無理なことは、四爺、あなたが一番よくご存じのはず。

心配じゃなかったのでしょうか。

と、視聴者さえドキドキしているのに、雪舞は結局独り(と一匹)で西門までやってきます。あれ? 門を守ってる人、さっき検問やって蘭陵王一行を通しちゃった人じゃないですか? 尉遅迥将軍、処分はしなかったのね。それとも東西南北を守る、4つ子の兄弟なのかな?

ここで町の人は、蘭陵王を称して“甕中捉鱉”(瓶の中のスッポン)と言ってます。

羊の次はスッポン…。(吹き替えでは、あとで雪舞が「袋のネズミ」と言っていますけどね)。

このとき、中止になった行事が「鬼やらい」だってことで、今は12月だとわかります。みんな軽装なのに、あんまり寒そうじゃないですよね。ちなみに、現代の延安市付近の12月の平均気温は、最高4度、最低マイナス9度。寒中水泳でもして鍛えてるのか、昔の人は寒さに強いなぁ…。

と感心していると、見回りの兵士の前に、よろよろと現れる段韶太師。ああ〜1枚で銅貨1枚の焼きもちをあんなにたくさん粗末にして…(きっと、雪舞を買ったおつりの、あのぴかぴか(新しい)金銀珠宝で買ったに違いない)

お宝に目がくらんでいる隙に、兵士を倒して装束を頂戴する五爺一行。安徳王は普通の兵士よりもいい兜をかぶりたいためか、隊長さんを襲撃したようです。てか、こんな泥縄で何してるのよ。
女の着替えを用意しないで、周軍の装束を用意しとかんかい!

段韶の方はといえば、あ、あれれれ、またさっきの門番の人が見回り? 段太師と同郷だとか言ったのに、忘れたのでしょうか…?しかもさっき会ったばかりの雪舞のことも忘れたっぽい。

飛び出してきた雪舞も取りあえず許されて、再会した雪舞と段太師。開口一番、雪舞が、城門が封鎖され、蘭陵王がつかまってしまう、と言うので、大師は、どうして四爺の身分を知ってるの、と聞いてますが、ここまで気が付かなかったのがヘンなくらいですよ。

吹き替えでは、この後雪舞は、「とにかく知らせなくてはと思い戻ってきたの」と言いますが、中国語ではもっと具体的に、“就想幫你們解圍的”(包囲を解く手助けをしようと思って)と言うので段韶は、そんなこと出来るわけないと思っているから慌てるわけです。

ここで雪舞が言うのが、“調虎離山”の計。(虎を山からおびき出す)、という意味で、先の回で、妃選びの時に鄭児が使う技。「三十六計」の一つです(「三十六計」については、第8話→こちらの記事をご覧くださいね)。

一方の尉遅迥。刑の執行を前に、ちらっと上を見ています。恐らく、処刑の時刻になったかどうか、確かめているのでしょう。刑を執行する時間、午時三刻は、太陽がちょうど中央に昇り、影が一番短くなる時間です。

見極めると、机の上に木の板を投げていますが、これを“斬首令牌”と言います。 斬首の刑を命令する札、ということで、国が法に基づいて処刑するので、これなしで勝手に首を斬ったりしてはいけません。札には篆文で、令、斬と書いてあるのが見えます。

せっかく色紙じゃなくて斬首令の札まで用意して高長恭を待ってるのに、さっぱり現れないので尉遅迥はガッカリしたのか、ファンを大切にしない人よね…じゃなくて、視兄弟如敝履(兄弟を草履扱いだ) 、とdisっています。

それを聞いて、五爺は腹を立ててるのですが、こらこら五爺、鼻の頭にしわ寄せてると見つかっちゃいますよ

ここで、いきなり火の玉が飛んでくるのですが、慌てふためく守備兵の中に、ただ刀をもってトリプルサルコウしてるだけの兵士がいるのが笑えます。

尉遅迥の傍らで、刑の執行を宣言していた文官は、なぜかこのとき、斬首令牌を数枚回収して逃げていて、さすが。死んでも令牌を離しませんでした、職務を全うされるお姿、感服いたします…と思ったら、ちゃっかり机の後ろに隠れて、牌を盾がわりに振り回しています。なんだ、このために持って逃げたの?(呆)

放てと言われて、弓手が一斉に矢を放ちますが、矢って石にも突き刺さるんですかね?「思う一念 岩をも通す」ってことわざがあるけど、あれは、ふつうは刺さんないから言うんじゃないのでしょうか。

このことわざ、出典は《史記》とされており、そこには、老将軍・李広が、草むらの中の石を虎と思って弓を射、見事に突き立てた、という故事が載っています。この話、後日譚もありまして、李広がその後、石と分かってから射ても、もう二度と石に矢を立てることは出来なかったということになっております。

ちなみに、ここで使っている兵器は“弩”(ど)といい、弓と違ってさほどの訓練をせずに使えるため、人海戦術で戦う場合は重宝された武器のようです。

そこへいきなり文字通りの横やりが入って、後ろに倒れ込む尉遅迥。

“高長恭在此!”(高長恭はここに居る!)「参上!」って、そりゃそうですけど、噴いたじゃないですか。
しかも、すご、日本語はエコーがかかってるんですけど! ここで視聴者笑わせてどうする!?

っていうか、こんなにのんびり降りてきたらハリネズミになるのではと心配するのは視聴者だけなのでしょうか。

弓手(と言っても、正確には構えてるのは“弩”(ど)ですね)は、あまりの成り行きに茫然としています。

だってそりゃそうよ。ヒーローショーに仮面ライダーが来るかと思って待ってたら、どや顔のスパイダーマンが来たんじゃ、キャラ違いだもん。

それに、装填に普通の弓よりも時間がかかる“弩”では、とっさに二の矢を射るのはきっと難しかったのでしょう。

ちなみに刑場まではどうやって来たんだろ、この人。途中の道は封鎖されてるはずだもんね(守備兵を全員なぎ倒してきたのでしょうか。この人ならやりかねないけど…ぶるぶる)

それともまさか、全編空中経由ですか?(禁衛軍より雑技団がお似合い)

似合うと言えば、四爺は、斉の軍服より周の服の方が数十倍似合ってると思う(笑)。さすがにこの人用の衣装はお家に用意してあったんでしょうね。コスプレが好きな同士、どうぞ尉遅迥将軍と仲良くね。

言われるまでもなく、将軍は斬られることはないと分かってるから言いたい放題。「これがお前の素顔か」の次は「大したことないな」というのかと思ったぜ浜ちゃん。

“高長恭 原來這就是你的真面目 你終於現身了”
「高長恭よ これがお前の素顔か とうとう面が割れたな」
と返したくなるのも分かるけど、口の利き方に気を付けないと、キレたら何するかわかりませんよ、この皇子。

原文の“真面目”はマジメじゃなくて「廬山(ろざん)の真面目(真の姿)」の方の意味です。吹き替えの「面が割れたな」は「真面目」と「現身」(姿を現す)を兼ねてて、なかなか上手い訳ですね。

さて、スーさん…じゃなく、段韶太師が馬車で迎えに現れ(この人もいったいどうやって来たのやら)、尉遅迥を人質に、まんまと須達を奪回した四爺一行。

しかし須達はもはや、虫の息です。それでも何とか、重大な情報を伝えようと四爺を呼びますが、話を聞きながら、四爺はさりげなく、須達の乱れた髪を払ってあげています。確かに、しゃべりづらそうだもんね。でもこのときの手つきがきれいで思わずみとれてしまいます。

後で雪舞にも同じことをしてあげていますが、優しい気持ちが表れている仕草で、私は好きですね…。

さて、四爺たちの乗る爆走馬車のおかげで、丹州の町は賠償金いくらになるのか考えたくないほどメチャクチャなことに。楊士深が、追手を妨害するために足場を倒したために、工事中の人が門だか牌坊だかに乗り上げてるのが凄すぎる。

しかし城門が閉まっているため、丹州城を脱出することができません。物陰に隠れていると、前から尉遅迥がやってくる。困ったところに、雪舞が兵糧庫に仕掛けた爆薬が爆発して、まんまと尉遅迥をおびき出すことに成功します。

ここで四爺は段韶に向かって、「実に見事な作戦だ」と褒めていますが、ここの原文は“聲東擊西之計”と言っています。「東と言っといて西を討つ」…。なんかこういうのありましたよね、何だっけ?

あっち向いてホイ?

ちなみに、中国語ではアホか?!というとき、“傻瓜”(シャーグワ)と言うのですが(あとで雪舞が、こともあろうに蘭陵王に向かって言っている)、他にも西瓜とか南瓜とか、東西南北の瓜があるので、人をコケにするとき、言葉遊び風に、こう言います。
“東(冬)瓜,西瓜,南瓜,北瓜,還有一個大傻瓜”
(トウガン、スイカ、南カボチャに北カボチャ、も一つおまけに、どてカボチャ)

右見て、左見て、バカを見る…こんな連中を相手に戦わなくちゃいけないなんて、尉遅迥将軍もホント、お疲れ様です。

やれやれ…と思ったところで、次回(→こちら)に続く。
posted by 銀の匙 at 01:44| Comment(10) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月05日

蘭陵王(テレビドラマ7/走馬看花編 第3話)

おばあ様の机上のカメよりのろく、ぼつぼつ更新しております『蘭陵王』関係のエントリー。第3、4話は一回分でアップしようかと思ったら、4話が長くなりそうだったので、とりあえず3話を先に(って言っても、結局3話も長くなっちゃいましたけど)。

ヨタ話とはいえ、いちおうウラを取っとこうと、参考文献を中国に注文したら返事も来ない…って、ちょうど今は国慶節(建国記念日。10月1日です)の連休だったんですね。北中国は今がちょうど、一年でいちばん良い季節を迎える頃です。

前回(第2話こちら)に引き続き、1400年前の中国では、爽やかな秋空(たぶん。晩秋かな?)のもと、血みどろの戦いが続いておりました…。ちなみに、第1話からご覧になりたい方は、→こちらへどうぞ。

第3話のあらすじ
お供もつれず連絡もなく、勝手に一晩いなくなった高長恭〈こう ちょうきょう〉=蘭陵王〈らんりょうおう〉=四爺〈スーイエ〉を探しに、これまた一人で陣中を出てしまった配下の将・斛律須達〈こくりつ しゅだつ〉は、敵将・尉遲迥〈うっち けい〉の計略にはまり、捕えられてしまう。

丹州城〈たんしゅうじょう〉で処刑が行われると聞いた四爺は、須達の奪回へ向かいます。

一方、晴れの成人式がさんざんな結果に終わり、部屋に戻った楊雪舞〈よう せつぶ〉は、四爺が置き忘れた仮面に気づき、届けようと村を出る。

村から一番近い町、南汾州城〈なんふんしゅうじょう〉へ辿り着いた雪舞は、通りがかりの男に因縁をつけられる。彼女を救った若者は韓暁冬〈かん きょうとう〉と名乗り、近くの旅籠へ案内してくれるのですが…



さて、」蘭陵王がお供を連れてないのはデフォルトらしく、(史実編:こちら)でもご紹介しました通り、史書にもエピソードが出てきます。

嘗入朝而僕從盡散,唯有一人,長恭獨還,無所譴罰。
かつて参内した折に、従者が皆いなくなり、一人きりになってしまったことがあった。長恭は独りで帰り、誰も罰しなかった。

ぼっちな皇子さま…カワイそうに。従者の採用試験からして考え直した方がよいのでは、と思う今日この頃ですが(少なくとも顔では選んでないってことが後の回で明らかに)、ドラマの第9話を見ると、四爺は、たまに自らぼっち生活に突入することがあったようです(セレブなのに自らぼっちって、キアヌ・リーブスみたいね)。

掃除洗濯、裁縫に料理と、蘭陵王の「女子力」(@びちさん)が高いのはそのせいかも知れません。

しかし、特に女子力を養っていない浅野忠信、いえ、斛律須達は、コスプレも見破れず(てか女子力といったい何の関係が?)、今や周の領地となってしまった丹州城へ連れ去られてしまいます。とはいえ、元はといえば自分のアバンチュール(違いましたっけ?)のせいじゃないですか、四爺様。罪もない楊士深(よう ししん)に八つ当たりしてはいけません。

一方、村娘たちの予言通りさすがは巫族の末裔たち!)、雪舞のせいで、戦隊ヒロイン4人衆の出陣式 いやさ、村娘たちの成人式は終わりがグズグズに。

ゴーカイイエロー、じゃなくて、黄色の衣装に身を包んだ傷心の楊雪舞は、部屋に戻ってくるなり、般若の仮面を目にします。
しかもきちんと立てかけてある。
目印を残していくなんて、まさか少年探偵団のBDバッジか(知ってる人いるかな)?

あのね四爺、あなたが策士なのは分かりました。でも、忘れ物を届けて恋が…って作戦、ありがち過ぎて、ちょっとどうなんでしょうか。

それにこういうの、ふつうは女子がやるんじゃないの?…おっと、映画『アメリ』でを忘れものをしたのは男子でしたっけね(別にアメリとお近づきになりたかった訳ではないでしょうけど)
…と思ったら、まんまと引っかかってるよ、おい!

ということで、四爺が後ほど指摘してくださいますように、金銀珠宝の価値も知らなければ、ありがちなナンパにも気づかない楊雪舞は、おばあ様の、だめんずに引っかからないで欲しいという願いも空しく、故郷の村を後にしてしまいます。

簡単に人を信じるなよ、という四爺様の忠告、この時点で言うべきでした(後の実績を見ると、言ってもムダだったとは思いますけどね)。

振り返る雪舞の耳に、「おいしそうなウサギをつかまえた」っていう村人たちのノンビリした会話が聞こえてきます。「後でうちに食べに来いよ」とか言ってるのを聞いて、思わず微笑む雪舞…。

ありゃ? 吹き替え版は村人の会話が入ってないんですね。
もちろん大筋には全く関係ないけど。

肉食が原則禁忌で、肉といえば鳥か、鳥とごまかしたウサギだった江戸時代の日本と違って(だからウサギを一羽二羽と数える、という話は良く知られていますよね)、中国の内陸部は魚も取れませんし、がっつりお肉を食べてたようです。ウサギはきっと、良い獲物だったんでしょうね(あとで周の皇帝もウサギ狩りをしておられます)。

ジビエと言えば、本場はおフランスでしょうか(「うさぎおいしーフランス人」@村上春樹)。以前、『パリ 地下都市の歴史』っていう、とっても面白い本を読んだことがあるのですが、それによると、パリの地下にネコの遺骨が大量に埋まってた場所があり、何だろうと調べてみると、地上は有名な老舗ウサギ料理屋の跡地だったとか…。

中国でももちろん、ウサギはペットとしても飼います。子ども時代の四爺はペットのウサギを可愛がってました…

雪舞はガマガエル四爺はウサギ

ホント、お似合いのお二人ですこと。

偶然かどうか、どちらも月に関係のある動物ですね。
日本では月で思い出すお話といえば、まずはかぐや姫だと思うけど、中国ではたぶん、「嫦娥」(じょうが)の話でしょう。

この話にはいろいろなバリエーションがありますが、一番ポピュラーなのは、こんな話。

むかしむかし、上帝の子である10個の太陽が一気に空に現れたとき、后羿(こうげい)という弓の名手が9つの太陽を射落とし、地上は灼熱地獄から免れました。

しかし子を殺された上帝は当然怒り狂い、彼を神仙界から追放してしまいました。哀れに思った西王母(せいおうぼ)は、彼に不老不死の薬を与えましたが、妻の仙女・嫦娥は夫の留守を見計らい、一人で薬を飲んでしまいます。

嫦娥は仙界に戻れたものの、月の宮で独り寂しく夫を思い、兎に薬を搗かせているということです(罪によりガマガエルになった、という説も…)。

なんか微妙...ではありますが、悲恋といえば、これも悲恋でしょうね…。

またもや妙な悲恋フラグが追加されたとも知らず、村の門を出る雪舞の頭上を横切るのは、パトロール中の五色鳥でしょうか。きっとおばあ様にチクリに行ったのですね。

そして雪舞は、滅多に村の外にも出なかったのに、

「いつか長老様が 村から日の出の方に進むと大きな街に着くと言っていたわ。たしか南汾州城よね」

という、これだけの情報を元に歩き出してしまいます。あたりに人も住んでなさそうだし、般若の面にGPSがついてるわけでもないし、ちょっとズレたらどうするつもりだったのでしょうか。それとも道が1本しかないのか…(道案内のゴラムはいないし、五爺や宇文邕(うぶん よう)みたいな危ない人もいることだし、気を付けないと。)

ちなみに、中国では「街」というのは「通り」のことで、たとえば、「長安街」といえば「長安通り」という意味です。

じゃあ街は何て言うのかというと、それが「城(市)」。「古城」といえば、たいていは古い町のことです。
正確にいうと、「城」というのは、街を囲んでいる城壁のこと。
中国の古い町は通常、二重の城壁に囲まれていて、外側を「郭」、内側を「城」と呼びます。まさに、リアル『進撃の巨人』ですな。

さて、四爺たちが守護する壺口関〈ここうかん〉には、援軍を連れた落雕大将軍〈らくちょうたいしょうぐん〉、斛律光〈こくりつ こう〉が到着します。そこへ太師〈たいし〉・段韶〈だん しょう〉もやってくる。

四爺が“大将軍”のことを“老将軍”といっているのは、もちろん、年齢爺さんシフトの法則で敬意の表現です。

ドラマでは出てきませんが、斛律光は四爺の父、高澄〈こうちょう〉に、腹心の都督〈ととく〉として仕えていました。高澄と共に狩りに行ったときに、見事、雕(ワシ)を射落とし、「落雕」という美称で呼ばれるようになった訳です。

蘭陵王と安徳王のお父さん・高澄の頃には斉はまだ建国されておらず、したがって高澄はその前身となった東魏の臣でした。斉は、彼がわずか29歳で殺害されたあと、弟の高洋が建てた国です。それでも、斛律光が「先の皇帝に申し訳が立たない」と言っているのは、蘭陵王の父君を指しているものと思われます。

このお父さん、蘭陵王と安徳王を足して2で割ったようなファンキーな人だった模様で、後の方(第9話。記事は→こちら)で四爺が迷惑そうに述懐しています。

そんな人にお仕えしてたなんて、斛律光将軍の堪忍袋の緒は鉄で出来てたに違いありません。つーか、高一族奇人変人大集合なので、聞かん坊皇子・高長恭なんかカワイイもんです。一族郎党の皆様方の詳しい話はまた後(第9話。記事は→こちら)で。

そんなことより、私の目は、もふもふっとした斛律光のファー付き冠に釘付けです。
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このさりげない流し目がイカす

今回はどうもウサギつながりの模様。家訓なのか、須達も子供のころはファーつきでしたね。

ここで安徳王=高延宗(こう えんそう)=五爺(ウーイエ)が日本語では、「須達は明後日処刑される」と日にちだけ言っていますが、中国語の方は「明後日の午(うま)どき」と時間も言っています。

これは、時間まで正確に伝えているというよりは、昔からお芝居などでは斬刑は午時三刻にするものと決まっているので、一種の決まり文句です(草木も眠る、丑三(うしみ)つ時、みたいなもんですね)。

古代中国の時間の表し方は昔の日本と同じで(というか、日本が中国に倣った)、子、丑、寅…の十二支で時間を表していて、午、つまりうまの刻はちょうどお昼を挟んだ前後2時間(午前、午後って言いますよね)。

助けに行くと言い張る四爺を、大将軍は一喝します。
宮中太子黨那些人巴不得四爺出錯。(太子の取り巻きどもは四爺がしくじるのを待ち構えておるのですぞ)

でたな太子党

ここでの意味は本来の意味(皇太子を支持する一派)ですが、今の中国で「太子党」といえば、高級幹部の二世グループのこと。王朝が交代しようと革命が起きようと、一人称が無慮多数から“我”一個になろうと、こういうところはなかなか変わらないものなのですね…。

さて、ところ変わって周の都・長安にある宮廷。なぜかお堀には、ハスの花が咲き乱れております(長安が南半球にあったとは知らなかった)。

ここでアップになる鹿のマーク、大事な場面でまた出てきますので、一種の伏線ですね。
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優雅に流れる楽の音は、琵琶,古琴,箜篌(くご。ハープのような楽器)が奏でているようです。

魏晋南北朝の時代は、中国の音楽の歴史の上で一大転換点とされています。中でも、アシナ皇后が周に嫁入りした際(568年)に突厥〈とっけつ〉から連れてきた、蘇祇婆〈そぎば/Sujiva〉という琵琶の名手が大きな役割を果たしたそうです。古琴はともかく、琵琶とか箜篌とか、見るからに音訳字なので、中国にもとからあった楽器じゃないということが分かります。

琵琶はこの時代、大いに流行り、斉の皇太子・高緯〈こうい〉も、史実では琵琶を弾くのが好きだったようです。ドラマでは、重要人物・鄭児〈ていじ〉が弾いてみせてくれます。

もう一つ、面白いのは将棋のシーン。
中国語では“象棋”(シャンチー)といい、スポーツの一種とみなされていますが、実は、宇文邕〈うぶん よう〉が作ったという説があるのです。これについては、本人が指してるときにまたご紹介いたしましょう。

このような風雅な趣味のアシナ皇后の元へ、尉遲迥がわざわざ拝謁しに来たのですが、いったい何の用事かイマイチはっきりしません。ただ蘭陵王を捕まえるっていう自慢ばなしをしに来たんですかしら? いえ、ホウレンソウ?

ここで将軍は、たとえ蘭陵王が三頭六臂だったとしても、と力説しておられますが、つまりはこんな様子だということですね(http://www.kohfukuji.com/property/cultural/001.html

そして、「幾重にも取り巻いて、生け捕りにしてみせましょう」と言ったとたんに「ふっ…(笑)」って皇后ニャンニャンに鼻で嗤(わら)われてるように思うのは被害妄想なのでしょうか…。

アシナ皇后は「あの蘭陵王には いくたびもしてやられた」とおっしゃっておられますが、言葉の端々にあんたがという主語が見え隠れしているようで、尉遲将軍は憮然とした表情をしております。

憮然としついでに、「これまでの戦で、あやつ(蘭陵王)の面相を見た者はおりませぬ」…と言っていますが、壺口関から面もつけずに出ていったのを、あんなにワイワイ大勢で追撃してるじゃないですか。

あっ、分かった!!

この次の回でも出てきますが、尉遲迥は日頃から蘭陵王を「どんな美女にも引けをとらぬ、たぐいまれなる美貌の持ち主」と思い込んでいるようなのです。蘭陵王っぽい服を着ているけど、そこそこイケメンな程度かなぁ、な面相の男(失礼!)のことは、影武者と思ってるに違いありません!

なるほど、これで、第1話の温泉場であんなに良いチャンスだったのに、周兵が策も施さずにやられ放題だった訳が分かりました。

しかし皇后陛下は優しいので、蘭陵王を捕えれば、突厥の父が軍を貸してくれるでしょう、と喜んでおられます。

実はアシナ皇后のパパは、斉・周、両方にいい顔してるのでした。
なんと、我が娘を嫁がせる、と斉にも周にも同時に言ってたらしいのです。しびれを切らした周が嫁を迎えに行ったときもアレコレ誤魔化そうとしたのですが、ちょうど落雷があり、天の怒りを恐れて、不承不承、アシナ皇后を差し出したらしいです。

そりゃそうでしょう! 実力が伯仲してるのに、どっちかについたら危ないもんね。第一、音楽の一件でも分かる通り、突厥が文化面でも、軍事面でも、北朝の2国より劣るという訳でもないのですから…。

一方、南汾州城にやってきた雪舞。
お金も持ってないし、一見しておのぼりさんと分かるらしい。たちまち、にせスカウトの餌食となってしまいます。

ここで現れた韓暁冬(かん きょうとう)は、颯爽とカンフーで悪漢を退治する…訳ではなく、遠くから石を投げてるだけで、何だかダサい印象は免れませんが、実は、“飛石”は立派な武芸(第2話で四爺もやってた)。『水滸伝』の好漢たちの中には、この技の得意なのが縁でヨメ取りに成功した人(張清)さえいるんです。

さて、食事ができるところ、ということで韓暁冬が雪舞を連れてきた旅籠、「南汾客捨」。つい「竜門客棧」(ドラゴン・イン)とか思い出してしまう私はカンフー映画の見すぎです。

でも展開はまー似たり寄ったり。

今日はここに泊まっていくといいよ、と言われた雪舞は、
“太好了 我還以為 又要在露宿荒郊野外了”
(よかった、また野宿しなくちゃいけないかと思ってたので)
と言います。最初見たときは、割と村から近いのかと思っていたけど、やはり少なくとも2日はかかる場所のようですね。

で、韓暁冬は問わず語りに、自分の祖母の話をする。
「ばあちゃんの病気を2文字で表すと」
のあと、中国語では、“邪門”(妙ちきりん)と言っているのですが、ジェスチャーで2、を示しているので、日本語でも合わせなくちゃいけません。そこで、2文字で「奇病」だ、っていうのは上手いですね。

この奇病、老眼の一種ではと思われますが、漢方では目と肝臓はつながっていると考えられているため、“明目清肝”の効用がある、舒筋草を処方する雪舞。ここへ来るとき、城門の外で見た、という目撃情報まで提供していますが、でも、残念ながら北中国にはあまり生えてないかも…。

中国の気候変動を調べた本によると、魏晋南北朝は今より平均気温が2度くらい低いらしい。だったらなおのこと、暖かい場所を好む「舒筋草」は生えてなさそうです。

と、ここで暁冬が注文したのは、“酪漿”“胡餅”“煮饃”
“酪漿”はたぶん、牛乳というよりは、少し発酵させた、ヨーグルトドリンクみたいなものかと思われます。
(ここで暁冬が「じゃ、ヨーグルトドリンクください」って言ったらちょっと面白かったかも)
“胡餅”は、外で銅貨1枚で売ってたお焼きみたいなもの。運んできたお膳に載ってます。
“煮饃”は、脇のお鍋の中にあるのがたぶんそう。今でもこのあたりの地方の名物だと思います。
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        この右の方にあるやつね。↑

この後、雪舞は、

→眠り薬入りのヨーグルトドリンク飲んで倒れる→須達奪回作戦に駆り出される→馬に乗せて帰される→壺口関に同行する→食事に呼ばれたと思ったら乾杯させられる

ってことで、途中で何か食べさせてもらってない限り、すきっ腹に強いお酒を飲んだことになるので、第5話(記事は→こちら)で、ちょっと飲んでもすぐ倒れるのは理の当然ですね。

ちょっと先に行きすぎちゃいましたが、ここで雪舞は、地下のダンジョンに閉じ込められちゃう。

他の捕らわれた娘たちが言っている、
“羊頭狗肉”は文字通り、看板は羊なのに売ってるのはイヌの肉、ということ。ってことは、当然ながら羊の肉の方が高級品だったということですね。

すきっ腹にはあまり嬉しくない話題のところへ、馬に乗ってやってきたのは四爺さまご一行。

ところで四爺、どうしてこんな店知ってるの?

とは、このシチュエーションではさすがの五爺もツッコミませんでしたね。

ここで四爺は、吹き替えでは「(ここまできたら)後戻りはできない」と言っていますが、中国語では“有去無回”(行きはあるが帰りはない)と言っています。

いったいどういう意味なんだろう…主語は誰なんでしょうか(まさか利用される女の子じゃないよね?)…背筋がぞくぞくっとするんですが、冷血四爺の本領発揮でしょうか…?

かと思えば、続きはまるっきり三の線。

酔っ払いを装う下手な芝居、の芝居(はぁ、もうツッコむ気力も起きない)、
なんですけど、結構悪乗りしてません? 
こんな店を知ってるところといい、
この先の回で、夜のなんとか…と呼ばれてるのはあながち冗談でも、あぁ、いえいえ。

その有様を睨みつける雪舞。アリエル・リンはメイクしだいで百変化なのが面白い女優さんですが、この回は特に(若かりし頃の)松田聖子(神田沙也加のお母さん)に似てる…

まともに雪舞を見るのがコワいのか、手元の金銀珠宝(といっても、真珠しか見えないけど)を披露してくださる四爺。先の方の回で鄭児(ていじ)が盗んだジュエリーは、たぶんこれですよね?
蘭陵王府にはこれしか宝飾品がないのか、当時は一律こういうお宝しかないのか、いったい何なんでしょう。古銭みたいに、どこでもこれで通用してたりして。

取りあえず、悪乗りついでに、これ1個で楊雪舞3人分、とほざいておいでです。(えーっと蘭陵王に換算すると…
でも雪舞、大丈夫よ!あと23話ほど我慢すれば、太っ腹皇帝のおかげで、太っ腹王の何倍もの価格になりますからね!(「時価」ってヤツかしら)

ここで雪舞は、こんなところで娘を買わないで、正妻を迎えればいい、と言っていますが、四爺が力説してる、我が家は男子に恵まれないから父を喜ばせてやりたい、という話を聞いてなかったらしい。っていうか、きっと理解してなかったんですね。先の方で出てきますが、そんなの別に女の子を産めばいいくらいに思っているみたい。

でも、古代中国では、男の子がいないと祖先の祭りが絶えてしまうし、族譜に名前が載らなくなる。王侯貴族にとっては、まさに死活問題なのですが。

いまは一人っ子政策ですが、老後の面倒を見てもらえると女子を欲しがる親も増えているそうです。しかし、伝統社会では、男子を産まない妃なんて暇を出されてしまうほど、男子が重要視されていました。ずーっと女の子ばかり続くと、ついには生まれた女子に“来弟”なんて名前をつけてしまう。

小説で、登場人物の7人姉妹に、“来弟、招弟、领弟、想弟、盼弟(弟を待ち望む)念弟(弟が来るように念じる)、求弟”なんて名前をつけたなんて小説もありましたっけ(現実世界でもありそうで怖い)。

雪舞の「女の子」発言のときは、それもいいねくらいな事を言う四爺ですが、もちろん本音は違います。後で嫌というほど出てきますから、お楽しみに。

さて、桶でしたたか殴られた四爺。日本語ではカモですが、中国語じゃ“大肥羊”(まるまる太った羊)という言い方をするのが言い得て妙過ぎ

悪漢が板についてる楊士深は、取り分を八割、というとき、自然にジェスチェーをしています。
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これが「八」のジェスチャー。

八は漢字の形に似てるので、まぁまぁ類推が効くと思いますが、この先の回で、高緯が6、という場面もあり、やっぱり「六」のジェスチャーをしています。そちらはちょっと上級編。ご注目ください(第7話→記事はこちら)。

ここで、雪舞のいう、上輩子欠你(前世でよほど借りがあったのかしら)は、仏教が盛んだったこの時代にピッタリのセリフですね。

こんなセクハラおっさん、放っときゃいいのに、やはり見捨てることが出来ずに戻ってきた雪舞。
この人すごく重いわ…って、雪舞、そんなに実感込めて言わないで(笑)

そこへいきなり現れる黒装束の怪しい男たち。抜いて入ってきたのは、剣というより刀っぽいですね。忍者風の装束だから日本刀だったりして…(笑)

しかも、脅す言葉が“姑娘”(お嬢さん)だって。言葉遣いが丁寧な賊(はははは)。

後を引き取り、起き上がった四爺は、雪舞に向かって、
“任務危險且艱巨”(任務は危険で非常に困難です)
“所以無論如何還請你答應我們”(だから何としてでも力を貸して頂きたいのです)
って、まるで論理がメチャクチャです。

それでも“蘭陵王”という餌にまんまと食いついてくる雪舞。この、しめた!っていうアリエルの顔がすごく好きです。

さて、下の階で晩酌なんかしている四爺と五爺。その脇で炙られてるのは…!
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やっぱり、ご馳走って言えば、これよね…。

そして約束破りがお約束の四爺は、「褒美を取らせる」といった舌の根も乾かぬうちから、“軍牌”(武官の印)を持ち出して旅籠屋夫妻を脅しています。
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これが武官の印ですが、よく見ると、陣中にも掲げられています。
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こういうのはまだ分かるのですが、ときどき、調度品で謎のデジャヴが起こるときがあります。それはまた、そのときに。

そうそう、さっきは午の刻でしたが、こんどは施しをする時間帯を未(ひつじ)の刻に指定していますね。
未の刻とは、午の刻の次の時間帯(午後1時から3時)のこと。

そして四爺から、最後のリクエストがございます。
「上におる花嫁の支度を頼む」…(まっ、吹き替えは上品ね)

ここ、中国語では、
“把樓上的新娘幫我打扮得漂亮點”
いちいち訳すと、(上にいる花嫁を私のために綺麗に着飾らせて化粧しておいてくれ)ですってさ。

ちっ、この兄弟、油断もスキもあったもんじゃない…。

ってことで、ナンパ兄弟の救出行は次回へと続く!→こちら
posted by 銀の匙 at 19:50| Comment(4) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月28日

蘭陵王(テレビドラマ6/走馬看花編 第2話)

調子に乗って続けております『蘭陵王』のエントリー。
第1話(こちら)のお次は第2話へ参りましょう。
さくさく行かないと永遠に終わらなそうだもんね。

第2話のあらすじ
さて、天女の透視パワーか、視聴者には誰ひとり見えない(ですよね?)美人のお姉さんを目撃した楊雪舞(よう せつぶ)ですが、我に返るとそこにいたのはメタ…いえいえいえいえいえ、怪我した馬を連れた貴公子、高四郎。

愛馬を何とか治したいという頼みにほだされて、雪舞は禁を冒して村へと案内します。

高四郎、すなわち斉(せい)の第四皇子・高長恭(こう ちょうきょう)の運命を知る雪舞の祖母は、何とか彼を雪舞から遠ざけようと、馬の手当をした翌日には立ち去るよう、厳しく命じます。

約束通り、村を去るその日は雪舞の成人式。しかし彼女が刺繍した、婚約の証の帯を受け取る男子は誰もいません。村娘たちに嘲笑される雪舞を見かねた高長恭は…。


さて。
温泉場で“美女姐姐”(綺麗なお姉さん)を見かけた雪舞は、
“雖然不能同年同月同日生 但是能同年同日在這兒泡溫泉也是挺難的”
(同年同月同日に生まれるのは無理でも、同年同月同日に温泉に入れるのは得難いことよね)とか言って近寄ってきます。
(このときの、蘭陵王の困った顔が見ものなんですけど、
でもね〜何かの計略だったらどうするんだろう、背中を向けちゃって…。)

おや、日本語では、
「私たち合ったばかりだけど、知らない人と温泉に入るのも何かの縁かもしれないわね」と言ってますね(中国語をまんま訳したら、くどいもんね)。

それにこの元のセリフ、結構含みがありますしね。

何といっても、すぐに思い出すのは、『三国演義』の「桃園(とうえん)の誓い」でしょう。

桃の花の咲き誇る中、劉備(りゅうび)、張飛(ちょうひ)、関羽(かんう)の3人が、義兄弟の契りの杯を交わす、有名な場面で言う有名な、

“不求同年同月同日生…”(同年同月同日に生まれることはできないが)
という誓いの言葉の一節です。
(あまり馴染みがない方は、「三銃士」の誓いみたいなもんだとご了解くださいませ)

となると、この言葉の続きもすぐに思い出されます。

“只愿同年同月同日死”(同年同月同日に死することを願う)

うぅ…。

この言葉、当然というべきか、武侠モノのみならず、恋愛ものでも、わんさか出てくる鉄板フレーズとなっております。

本作は王道少女マンガドラマなのですから、ここも当然、観る側に「運命の恋人たち」という印象を与えるためのセリフなのかと思われます。

まー、ホント王道な展開だこと〜と、半ば呆れながら観ていると、当然のことながら、賞金首のくせにお忍びなんて無理に決まっており、蘭陵王はやっぱり敵にがっちりマークされています。

それなのに丸腰。さすがは軍神、よほど武芸に自信があるものと思われます。
弓をもってくれば勝てたのに、惜しかったね、周兵のみんな。

仮面を被ってるときや、衣装を着てるときは、立ち回りはスタントでいけるでしょうが、この襲撃シーンは本人がやるしかないから大変だったでしょうね。(ロングショットのときはスタントかも知れないですが)

で、賊を退治して彼を助けたつもりの雪舞も面倒見なくちゃならず、お疲れ様です、皇子さま。

だいたい、雪舞は蘭陵王を助けていると思っているけど、実は本当に助けになったことって、話も終わりに近くなってからの、監禁場所から脱出した1度くらいしかないんじゃない?
(それも、直接にではなく、雪舞が昔使った技を応用したという流れ)

後は、そもそも彼女がいなくても何とかなったか、
彼女のせいで危なくなったので、それを何とかしたか、
助けはしたけど、却ってさらに危ない目に遭わせたか…

むしろ蘭陵王とは関係ないところで彼女がした行いが、回りまわって蘭陵王を助けることになるとみた方が良いのかも。

さて、我に返った雪舞は、自分の勘違いから始まったのを棚に上げ、こんなあられもない姿を見られたと村人に知られたらお嫁にいけない、早く立ち去ってと責め立てておりますが(人のせいにするか?)、蘭陵王がすごく真面目な顔をして、口元は秘かに笑いを堪えているのが、ナイス演技。

ここで雪舞に愛馬の治療をお願いして、日本語では
「高(こう)と申す」と、
苗字だけ名乗っていますね。

ちなみに、斉の皇帝は「高」一族なのですが、「高」は中国に多い苗字トップ20に入っており、同姓の人が全中国に数千万人はいる模様。
(「楊」姓はトップ10に入っているので、もっと多いですが)

中国語では名乗ってないけど、
“還請姑娘幫幫我,高四郎必定感激不盡”(どうか助けてほしい、高四郎、感謝に堪えません)
というのが挨拶代わり?になってます。

お願いをされると弱い楊雪舞が、結局彼を村へと案内すると、村の入り口には桃の花が咲き乱れています。
温泉場は赤い花(?)の他、遠景はオレンジや赤に染まっていて、おそらく紅葉の季節かと思われるのですが、ここだけ別世界ということでしょうかね。

さて、禁を冒して無理やり雪舞の家までやってきた高四郎と愛馬・踏雪ですが、やっぱりおばあ様に見つかってしまう。

雪舞はおばあ様に説教されたうえ、杖を振り上げられたところを、高四郎が止めに入ったので、何とか打たれずに済む。

雪舞は「賊に襲われ、危ういところを助けてもらった恩人」と思っていますが、賊とは実は蘭陵王を狙ってやってきた周兵ですよね。おばあ様は当然その辺を承知しているから、余計に怒ってるのでしょう。

で、高四郎は、お詫びの言葉をめちゃくちゃ丁寧に述べているのですが、それは目上の方には敬意をもって遇するという礼儀に加え、逆らったら殴り殺されると野生の勘で察知したからかと思われます(笑)

そんな怖いおばあ様に、愛馬・踏雪を鍼治療していただき、愛馬への想いを縷々述べる高四郎ではありますが、実はカワイイ顔してこの馬は、ご主人様を踏みつけにしたらしい。

公式のブログに、「踏雪」はその名の通り、ご主人様の足を「踏」みました。とニュースになっております。
https://www.facebook.com/Lanlingwang2013/photos/a.442870499062101.120831.44284186906496/468569473158870/?type=1&theater
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ご本人さまもブログにてメッセージ。
https://yahoo.tw.weibo.com/user/fengshaofeng/3444547579473631

昨天被我的馬兄踏雪踩了一腳,(昨日(2013年5月10日)、愛馬の踏雪兄いに踏まれました。)
腳小趾不爭氣的骨折了,(足の小指が、不甲斐なくも骨折してくれました)
接到很多朋友的問候,特別感動!(たくさんのお見舞いのメッセージ、とても感激しています)
還多了位新友,拐杖兄!(それに新しい友達も増えたしね、松葉杖の兄貴!) 
小傷而已,沒什麼大礙,(ちょっとした怪我で、困るほどのものではありません)   
就是石膏太熱,正在努力研究怎麼拆了它!(ただ、ギブスが暑すぎて、外すべく努力中)
                    
大家勿念!在這裏謝謝所有朋友們![憨笑][憨笑](心配しないで!皆さんありがとう!(^^)(^^)

だって。

馬に裏切られ、おばあ様にも「馬が治ったらすぐ出てけ」と冷たくあしらわれる高四郎ですが、ここでおばあ様はちょっとしたミスをしてしまいます。

“公子走了以後,不要留下什麼 也不要帶走什麼”
(ここを離れるときは、何も置いていくな、何も持っていくな)
までは、まあよかったのですが、ついつい、
“我的孫女...資質平凡 我希望你 忘了這裡 也忘了她”

言わなきゃいいのに、孫娘が心配なばかりに、孫は世間知らずで平凡な娘、この村もこの子の事も忘れて欲しい、と、まるで反論してくれと言わんばかりなお言葉。

当然、つい公子に、
“奶奶何處此言 雪舞姑娘並不平凡 她純真善良 博學多才 四郎從未見到過 如此純真的姑娘”
(おばあ様はなぜそのようなことを。雪舞どのは平凡ではありません。優しくて博学多才、私はこのように真心あふれる娘さんを見たことがありません)

と言わせてしまう。誰があんたのおばあ様か! じゃなくて、こうなると、もう自分で自分に暗示をかけてるようなもの。(この先の回で、もう1つ(2つかな)、四爺が雪舞を気に入ったポイントの話があるんですが、それはまた後ほど)

心優しいのはともかく、博学多才までなんでこの時点で分かるの?
っていうか、じゃあ、あなたが見たことある女の子ってどんなのよ?
…じゃなくて、まともに女の子見たことあるわけ
という視聴者の激しいツッコミをよそに、観察日記をつけてる虫好きの子みたいに、じいーーっと雪舞を凝視している高四郎。

ああ、おばあ様、人の恋路を邪魔したら、ウィリアム・フォンじゃなくて、
あなたが馬に蹴られることになるのですよ! お気を付けあそばせ。

第一、おばあ様はもちろん高四郎の正体を知ってるので、最初から“公子”(若様)と呼んでいますが、目が不自由そうなのになぜ身分が高いと分かるのか、雪舞も高四郎もあまり気にしてないみたい。(これが韓暁冬だったら、おばあ様も“公子”たぁ呼ばないでしょう)

もちろん雪舞は相手の言葉遣いや身なりで、身分の高い人だとは分かるのでしょう、高四郎が名乗ったあとは、彼を“四爺”(よんじい…もとい、スーイエ:四男坊の若様)と呼んでます。中国語の方は、終わりまでほとんどずっと、この呼び方です。

で、四爺は雪舞の部屋で食事を出してもらうけど、あの後召しあがったのでしょうか。
(雪舞が作った食事なら、それは正解...ということが、第7話→記事はこちらにして判明・笑)
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このとき、窓辺に剣を置いて、その上に仮面を載せてるように見えるんだけど、剣はもっていったのに仮面は置いてったのかしら?

後で話をしながら仮面を着けてみせたときに、テーブルの上に置き忘れたのかと思ったけど、第3話を観ると、ちゃんと元の場所に戻っている…。

さて、お部屋で飼われてる雪舞のペット(?)のヒキガエル、名前は「招財」と「進宝」。
文字通り、財を招くという意味で、中国では、こんな風に書いて縁起物として貼ったりします。
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ただ、雪舞の時代には、まだ存在してない言葉かも…。
(だいたい、次の回を観るとわかりますが、村ではお金も流通してないのに、「儲かりますように」って名前をどこから考え付いたんだか)

日本の「招き猫」は中国でも大人気ですが、訳語は“招財貓”ですね。

日本でもお財布に「お金が帰る」ように、ってカエルのチャームを入れたりしますけど、中国でもカエルとお金は関係があります。

中国語で、前髪をぱっつんと切りそろえた髪型を“劉海”(リュウハイ)と言うんですが、この言葉の元になったのが劉海という道士。

銭に目がない妖怪“金蟾”(三本足の金のヒキガエル)を、銭で釣って捕えたために、劉海が行くところ金蟾が吐き出す銭がまき散らされた、という伝説があって、ガマガエル=お金を呼ぶチャームとなったようです。

劉海は道士だけに、歳を取っても童子のように若く、前髪ぱっつんの子どもの姿で絵に描かれています。それで劉海=前髪ぱっつん、なんだけど、これは唐代以降(雪舞の時代→隋→唐だからまだまだ先)にできた伝説らしい。

さて、「きゃりーぱみゅぱみゅ」とガマガエルの意外な接点が明らかになったところで(←別になっていません)、友だちを紹介してもらった高四郎は、雪舞に
“你這個房間 怎麼佈置得這麼奇怪呀?
還有我覺得 你跟其他女孩也不一樣 你喜歡自言自語 還喜歡跟動物講話”

と言います。

「君の部屋は、なんでこんなに風変わりなんだ?
(それは理科実験室だからですよ、四爺様)
それに、君は他の女の子と違って独り言が多いんだね、しかも動物に話しかけるのが好きみたいだ」って事ですが、日本語では秒数の関係か「友達はあのカエルたちか」とだけ言ってます。

雪舞は、自分は早くに両親を亡くして友達もいないので、動物に話しかけることがあるの。気にしないで、といったような返事をしています。

それはともかく、これまでのしゃちほこばった大仰な話し方はやめて、いきなり口語ですね!
中国語にしろ、日本語にしろ、突然距離を詰めてきてますよ!

だいたいあなたが言う他の女の子っていったい…(後略)

さてさて、牡丹、飛燕(ひえん)、落花の村娘三人組に、
「はた迷惑」
「器量が悪いのはしょうがないけど」
「おばあ様も恥さらしと思ってる」
と指摘され、踏雪の包帯代わりに使ってた帯の洗濯もそこそこに、部屋に戻ってくる雪舞。

この帯は、翌日の成人式で意中の人に贈るものだと知らされて、申し訳ないと思ったらしく、四爺は夜なべをして、手袋編んで…じゃないや、持ってた飾りを、その帯に縫い付けている。

追記:ここで、なぜ夜になって、四爺がまた雪舞の部屋にやってきたのか、という大きな謎があるんですが、全然ツッコんでませんでしたね(びちさん、ありがとうございます)。

そうですよ、明かりがついてるとはいえ、夜の夜中に乙女の部屋にずかずか入ってくるなんて、何を考えているのでしょうか(いやむしろ、何も考えていないのでしょうか)。

・陣中を見回って歩く癖が抜けない
・ほとんど吹きっさらしの部屋をあてがわれ、寒いので歩いて暖を取っていた
・出してもらった食事を食べ損ねたのでお腹が空いており、お膳を置きっぱなしにしてた部屋に戻って来ようとした

…すいませんすいません、温泉場の滝に打たれてきます…


さて、お裁縫の方ですが、針と飾りは腰帯のところにしまってあったのを出してきたみたいなんですが、ここ、いったいどういう構造になってるのでしょうか。
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この先も、ドラえもんのポケットみたいに、ここから何でも出てくるんだけど…。

ああ、まあそれはいったん置いて、縫い物は良いんですけど、一体何のため?

(正解)これは特別な帯です、という印

そうは言ってますが、この帯、誰か(男子)にあげるために作ったんでしょ。 
そういう意味合いのアイテムに、男性が自分の持ってる飾りを足す意味が、よく分からないのですが。
ではここで、三択いってみましょう。

1.刺繍がグズグズなので見るに見かねて(または、鶴の恩返し)
  →高そうな飾りをプラスしとけば、お金に目がくらんだ誰かが、受け取ってくれるかもしれない
2.敵に塩を送る
  →と見せかけて、未来の恋敵を威嚇しようとの心づもり
3.おばあ様への無意識の反抗
  →何も置いていくなと言われたのに、聞いちゃーいない
4.空気が読めない
  →あっ、四択になっちゃった。

うーん、分からない…どのみち回収する予定ですというお名前シールのようなものなのかも知れない…。

と視聴者が寝られず悩んでいるまま朝になり、

追記:と、思いましたら、コメント欄で素敵な5択目を考えていただいたので、ご紹介いたします。
「帯の飾りの4択ですが・・・第5の選択肢として、サプライズギフトというか、単純に雪舞の喜ぶ顔が見たかったんじゃないかな?と思いました。
結婚式に絵を贈ったりとか、皇太后に養子縁組を頼んだりとか、蘭陵王って、こっそり準備して喜ばせるのが好きなのかなと思います。」

おお、きっとそうですね。銀さん、ありがとうございます!


と、ここは解決しましたところで、雪舞は別れの挨拶をしに、四爺を泊めた部屋へ…っていっても、これ、ほとんど屋外ですよね。野宿と変わらないんですけど(冷遇してるということなのか?)
秋だっていったって北中国なのに…あ、ここだけ桃源郷だから暖かいのかしら...

ともあれ、借りたは借りた部屋なので、皇子さまと言えども、ちゃんとベッドメーキングをしています。今、四爺がやっているような、掛け布団の足の側の辺と、長い方の両端を、内側にちょっとずつ折り込むのは簡易なやり方で、寝るときは、この春巻きみたいな筒状の掛け布団の中に寝ます。
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もう少し先の回で、雪舞も同じ風にベッドを整えているので、ご覧になってみてくださいね。

宿舎や軍隊だと、まず布団の長辺を真ん中で合わせ、次に短辺を真ん中で合わせて、内側にもう一回たたみます。こうして、正方形に近くなった掛け布団を、足の方へ枕と重ねておいておきます。こうすると場所を取らないので、昼間はベッドを長椅子代わりに使うことができます。掛け布団が薄いから、こんな風に折ったり出来るんですけど…

で、お互い朝の挨拶をします。

2人が言ってる、“早!”は、ごくくだけた挨拶。漢字で書いてあると、つい心の中で、「はやっ!」って読んじゃいますけど。

でもまあ、挨拶をしあうのはまだちょっと距離があるかな。

会った人に、“你好”“你早”“晚上好”(こんばんは)という挨拶ことばを掛けることはもちろんありますけど、親しい間柄だと、相手が何してるところ、というのを言うことが挨拶代わりになります。
たとえば、朝なら、“上班去”(ご出勤ですか)、昼なら“吃飯了”(お昼は食べました?)等々々です。
(日本でも、「お出かけですか、レレレのレ」と、言うときありますよね←ちょっと例が古いか)

習慣的なものですけど、相手を気にかけていますよ、という意味が含まれているんだと思います。

先の方の回で雪舞が四爺に、“你起來了”(あら、起きたの)と声を掛けるシーンがありますが、単に、起きたのね、と言ってるというより、胸きゅんバージョンの朝の挨拶の一環ですね。

逆に、身分が違うときは、こんな挨拶したら首が飛びますので気を付けてください。
先の回で出てきますが、蘭陵王府(蘭陵王のお屋敷)みたいに、礼儀作法がてきとーな所でさえ、使用人は、
“四爺請安”(四若様にはご機嫌麗しく)と決まり文句で挨拶します。

さて、ここは蘭陵王府じゃないので簡単な挨拶をした後、四爺は、登場以来ずっと自信なさげな雪舞を励まします。

このとき、口の端がきゅっと上がっていますね。
これはわざわざ、こういう表情をしてますが、ふつうに口を閉じてても、口の端がこんな風に上がってるひと、中国でよく見かけます。
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日本じゃあまり見ない気がするけど…。
そうさね、パタリロくらいかな。
(知らない方はいないと思いますけど、こんな口

で、んか?つながりか…。

そして、雪舞はといえば「オバケのQ太郎」のP子

あー、いやいや、昨日は“天機不可洩露”(天の機密は漏らすことができない=それはちょっと言えない)と言ってたくせに、ここで雪舞はパタリロに向かって、
“當今世上唯有四人能撼動天下 周齊各有兩人 其中一位便是能帶給天下百姓平安的蘭陵王”(天下を動かす人は周と斉に2人ずついるけれど、人々に平穏をもたらすのは蘭陵王)とか、ペラペラしゃべってしまう。

四爺も、日頃“戰神”(軍神)などと呼ばれている訳だから、この手の話は噂レベルでいろいろ耳にはしているでしょうが、この時点で、雪舞が天女だと知っているので、おっと…という顔をしていますね。

そのとき、成人式が始まってしまったので、雪舞は別れを告げて式場へと去ります。
ここで四爺がため息をつくのが、非常に意味深ですね。

さて、古代の中国では、成人の証として、男性は「冠礼」、女性は「笄礼」という儀式をする。男子は20歳、女子は15歳で、儀式を経ると男女とも婚姻が許される、ということになっております。
ドラマの儀式中で唱えられている句は、宋代(ドラマの時代→隋→唐→宋だからだいぶ先)の『朱子家礼』に書かれているのと同じ文句のようです。

斉でもこの成人式の習俗が守られていたとすると、この時点で雪舞は15歳ということになる。ってことは、西暦552年の生まれということでしょうか。帯をもらってる村の男子の方は20歳過ぎには見えないから、まだ婚約中ってとこですかね。

一方のおばあ様はもうすぐ80歳。この時代、女性は15歳くらいで結婚したとすると、雪舞のお父さんは晩婚だったのかしらん…。

雪舞も、この時点で誰も帯を受け取ってくれないとなると、上手くいっても晩婚の運命は逃れられないんじゃないでしょうか(晩婚の家系?)。おばあ様、他に貰い手がないのに、四爺止めてる場合ですか? 

逆に、四爺が受け取って儀式が終わったら、この後どうするんでしょう…? 温泉で誰かに見られたどころか、よそにいいなずけが居るってことになって、ますます結婚できなくなるんじゃないの…? まぁ、私が心配することじゃないですけど…。

昔風の衣装の下に、村人からおばあ様までがバッシュを履いてることとかも、部外者が心配したって始まらないですね。

あ、それからおばあ様が儀式で使ってるこのタオルは、バッシュと並んで気になるアイテムです。覚えておいてくださいませ。
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さて、成人式でまたもや面目丸つぶれになってしまった楊雪舞。ひどい仕打ちに泣いていると、おばあ様がやってきて、なぜ四爺を追い払ったのか、理由を語って聞かせます。

ここでおばあ様は第2のミスをする。雪舞に向かって、
・四爺が邙山(ぼうざん)の戦いで奇跡のような勝利を収めること、
・それが却って嫉まれ、災いを招くこと、
・四爺が結婚する相手は「鄭」(てい)姓の女性であること、
という占いの結果を話して聞かせて、四爺の未来には別の女人がいるからと諭す。

ここまででやめとけば、まだ良かったのかもしれませんが、うっかり、
“最多一年以後,他必死”(長くても1年で、彼は必ず死ぬ)と言ってしまう。

この時点で雪舞は、四爺が蘭陵王だとは知る由もないのですが、たぶん、もうすでに、おばあ様が心配する程度には四爺が好きなことに加えて、「人を見殺しにはできない」という日頃からの信念があるので、どうしても助けなければ、と思ってしまったらしい。まさに痛恨の失言…。

さて、一晩のアバンチュール(とは言わないか、この場合)を終えて、帰路につく四爺。

あっ、しまった、襟帯もって出ちゃった…じゃなくて(またおばあ様の言いつけに背いたわね、あなた)、
一晩留守にしてしまったね、って、踏雪に言ってる。

雪舞にあんなこと言ってるけど、四爺、あなた様も結構、独り言多いし、動物に話しかけてますよ。

勘の良い視聴者は気づくと思いますが、つまりは四爺も早くに親はおらず、友達と呼べるような人はいない(義兄弟や弟がいるだけマシですが)、同じ境遇だってことの伏線ですね。

怪我した馬に乗って、何事もなく陣地に帰りつく四爺。

尉遲迥(うっちけい)将軍ったら、斛律須達(こくりつ しゅだつ)には、あんなに手の込んだ計略を用意してたのに、肝心の四爺の方には、無策だったのか..(どうせひっかかるはずないし、と諦めてたのかしら)

あるいは将軍自身が、コスプレしたかっただけ?(あんなガニ股の四爺は嫌だ〜!)

と、疑惑を孕みながら(ないない)、どこかズレてるなぁ将軍は、と思いつつ、物語は第3話へ続くのであった...次回はもっと短く済ませたいものよのう…
posted by 銀の匙 at 23:25| Comment(6) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月23日

蘭陵王(テレビドラマ5/走馬看花編 第1話)

皆さま、こんにちは。

特に最新情報が載ってる訳でもなし、どなたかのお役に立つことがあるのかと危ぶまれておりましたこの『蘭陵王』関係のエントリーに、何とリクエストをいただきました(銀さん、ありがとうございます)。

ということで、あと1エントリーだけというお約束をあっさり撤廃して、もう少々ネタを追及してみたいと思います。

“君子一言,駟馬難追”(君子が口にした言葉は取り消しが効かない:君子に二言なし)と、第3話で高長恭=蘭陵王=四爺様はおっしゃっておられますが、私は君子でも雅子さまでもないし。

不要跟本王深究這些(そんな処にツッこむな:第17話と言われそうですが、四爺様だって、かなり約束破ってるじゃないですか(公子だけど君子じゃなかったのね)。そうよそうよ。

何をどう書くか迷ったけど、構成(何をエラそうに)を考えてる時間がないから、この際、第1話から通しで途中の36話まで見てみましょう! 毒を喰らわば、毒杯まで!(消化に悪そうだけど!)

はぁ、でも、そこまででもDVDにして13枚もあるのね。終わるのかな…。
実は最初、すごく急いでいたので、中国語音声でしか観てませんでした。改めて日本の吹き替えも確認するとなると、単純に時間が倍かかっちゃう。

ま、途中、大したネタもない回もあるから、そこを流せば、そのうち終わるでしょう。

現時点ですでに、どの話に関連付けるか迷うネタもあるので、とりあえず書いた後に動かすかも知れません。なので、いったん書いたものをちょこまか直すと思いますが、どうぞお許しください。

なお、ここまでの記事は、(史実編)(有話即長編)(重箱四隅編)(千言万語編(龍虎相搏編)となっております。

なお、ドラマの進行に沿ってご紹介する本シリーズ「走馬看花編」は基本的に当該回以降のネタバレはなしで進めてまいります。コメント等くださる場合、先の回の内容についてはできれば言及を避けていただき、どうしてもネタバレありのときは、どうぞこれからご覧になる皆様のため、【ネタバレあり】などと文頭に注記をお願いいたします。

以下、本シリーズはドラマ『蘭陵王』から、お話の背景になっている中国の歴史や文化、中国語の面白さを皆様とシェアしよう(または、他人様が一生懸命製作したドラマをネタに遊んじゃおう)!という趣旨でございます。

原文のセリフなど引用は青字で、訳文は( )内に赤紫字で、日本語訳を引用させていただいているときは紺字で表記しています。

なお、念のために申し上げますが、私はこのドラマの日本語吹き替えは非常にクオリティが高いと考えております。こちらで訳をつけているのは、訳の批判や吟味のためではなく、あくまでも、元の中国語のセリフを直接ご覧いただくための補助用です。どうかその点、ご理解くださいますようお願いいたします。

さて、さすがに私のヨタ話だけでは中身なさすぎなので、まずは、公式エピソード集をご覧いただくことにいたしましょう(と言っても、もうご覧になった方がほとんどでしょうけど)。

ヒロイン楊雪舞(ようせつぶ)を演じた、アリエル・リン(林依晨)の登場です。

http://www.youtube.com/watch?v=T5tjvdZBVzU
第1話、飼ってるニワトリを追って村の外へ出る…はずなんだけど、なぜかニワトリが動かず。脅したり、すかしたりしてる雪舞がカワイイです。

そして、おばあ様に理科実験がバレそうになり、机の上のものをどけているシーン。
小道具を思いっきり窓の外へ捨ててます(壊れる音までしてるけど、これ、演技じゃなかったのね・笑)
(“糟糕”は、「しまった!」って意味です)

続いて蘭陵王役のウィリアム・フォンがアリエルについて話しています。
「アリエルはポジティブでプロ意識が高いです...お互い、言わなくても演技の呼吸が合うんです」
そして彼のしゃべり方は相変わらずふにゃふにゃです。

おっと、ここでいきなり第36話の「蘭陵王が泣く」芝居のシーンがありますね。

「私まで泣きそう」というアリエルに、スタッフが
「言っとくけど、我慢してよ(“你要HOLD住”って何語・笑)。君は知らないって事になってるんだからね」
アリエルは役に入り込んでます…
(この場面、いちおうカットまで撮ってるけど、本番では使ってないですね。)

お次は宇文邕(うぶんよう)を演じたダニエル・チャンがコメントしてます。

「アリエルと共演するのはとても楽しいです。彼女はいい女優さんだし、真面目で可愛らしい人なんです。台湾に帰る彼女に、からかうつもりで、「保温マグくれるって言ったよね」って連絡したんです。それで彼女が戻ってきてすぐに、「僕の保温マグどうした?」って聞いたら、ホントにあったの」。
「(アリエル)えっ、シャオドン(ダニエルの中国名)、私、渡したわよね」
「(ダニエル)もらったもらった」
「(アリエル)ああ、良かった」
「(ダニエル)この人、10箱くらい注文してるんだもん」

傍らのジョージ・フー(蘭陵王の弟・安徳王役)が、役のまんまの笑い方なのがおかしい。

アリエルもコメントしてます。
「このドラマの撮影はね…結構大変でした。すごく暑いのに、こんなにぶ厚い時代劇の衣装を着て…」

ははは。お疲れさまでした。

このドラマ、お話自体も時代劇と現代の恋愛ドラマが混ざったようなつくりですけど、俳優さんの方も、まるっきり時代劇風の演技の人に交じって、アリエルとウェイ・チェンシャン(韓暁冬)は時代劇がかった所作をしないですね。

ちょっとヘンだなと思うときもあるけど、現代風な2人がいるから、時代劇でも何とかついて行けるのかも…。

ということで、第1話

前にも2度ほど紹介しましたが、改めて。

(第1話のあらすじ)
時は西暦557年。戦乱の世から霧で隔てられた桃源郷・白山村へ、10年に一度の占いを頼むため、黒衣の武将・楊堅(よう けん)が現れます。村に住む巫〈ふ〉族の長老であり、予言の力をもつ「天女」(てんにょ)である楊林氏は、この先10年の天下の行方を語って聞かせます。

天下の行く末を左右するのは、周の権力者・宇文護(うぶん ご)、若き皇帝・宇文邕(うぶん ゆう)、そして敵対する斉の皇太子・高緯(こう い)、その従兄・高長恭(こう ちょうきょう)の4人。

なかでも、領地の名から蘭陵王と称される高長恭は、太平の世をもたらす力はあるが、兄弟の手にかかって非業の死を遂げると予言されています。楊堅は、話を物陰で聞いていた楊林氏の孫娘・雪舞(せつぶ)に、蘭陵王との縁を感じますが、楊林氏は孫娘に天女の使命を託す気はないと憤ります。

10年後。周と斉の国境に近い壺口関(ここうかん)を守備する蘭陵王は、敵将・尉遅迥(うっち けい)を計略により破るも、愛馬・踏雪(とうせつ)に怪我を負わせてしまいます。配下の楊士深(ようし しん)から近くに傷に効く温泉があると聞き、愛馬を引いて出かける蘭陵王。

一方、祖母の誕生祝いのために花火を作ろうと奮闘する雪舞は、祖母の止めるのも聞かず硫黄を採りに温泉場に行き、絶世の美女と出会うのですが…。


日本でいえば、聖徳太子が活躍するひと世代くらい前(古墳時代)の話です。
三国志が終わって、晋が天下を統一したのかと思いきや、国は南北に3つに分かれてしまいます。そのうちの北の2つの国が舞台になっています。

やおら登場する楊堅は、中国語では庶民に向かって敬語で話しているのですが、日本語吹き替えだと、かなり上から目線ですね。もちろん、日本語だとそれが自然なんですが…。

中国語の方は、身分が上=礼儀をわきまえている、ということを示すのと、一般庶民とは距離を置くために、わざと丁寧にしゃべっているのかと思われます。

蘭陵王も、どう見たってただの庶民の小娘(=雪舞)に対して、自分のことを“在下”(あなた様の下座にいる者:まぁ日本護でも「拙者」と言いますけど)と言ったり、“沒有請叫大名(お名前もお伺いしていませんでした)と言ったり、ものすごーくへりくだった話し方をしていますが、きっとそういうものなんでしょう(この場合、初対面の女の子にどういう口を利いてよいか分からなかったという可能性もなくはないが…)。

楊堅の言葉遣いに気を取られて最初見たときは話の中身を聞き流していましたが、周が新たに丹州城を攻め落としたと言ってるようです。ってことは、丹州城はもともと斉の町だったのですね。

いまの日本で見てるから、国境というと国全体のへりにあるような気分でいましたが、日本でいえば戦国時代と同じなんですよね(スケールは違いますが)。国境の町は、きっと取ったり取られたりしてる場所なんでしょうね。こうした事情は第3話、第4話とちょっと関係してきますので、またのちほど。

さて、楊堅が庶民に「魚を食べるな」と忠告するこのシーン、せっかくのラブ史劇の始まりだというのに残虐な印象で、しょっぱなからかなり引く人が多かったんじゃないかと思いますが、私は実は初回ここを見たときに、おっ、なかなかリアリティがあるな、これはイケるドラマかも…と思ったのでした。

この時代を記した歴史書である、《北斉書》卷二十八にこんなエピソードが出ています。このシーンの設定の557年から2年後のお話です。

短いので、せっかくですから原文と一緒にご覧いただきましょう。

ドラマの舞台になっている斉の国は、もともと「北魏」という国だったのが東西に分裂し、そのうちの1つ(東魏)を蘭陵王のじっちゃんが乗っ取って作りました。

蘭陵王のじっちゃんとパパの時代までは、まだ魏の皇帝をお飾りで置いていたのですが、パパの弟・文宣帝の時代に、ついに皇帝の位も乗っ取ってしまいます。そして…。

元韶字世冑,魏孝莊之姪。性好學,美容儀。
(元韶<げんしょう>は字<あざな>は世冑<せちゅう>といい、北魏の孝荘帝の甥だった。学問を好み、容姿の美しい人だった。)

元韶は斉の前の王朝の皇族でもあり、スタイルの良いイケメンで頭も良いという、折り紙つきのセレブ。ただ、この先、嫌というほどご紹介いたします通り、この時代、なぜか知らないけど、美貌の男子が次々登場します。主役の高一族が美貌揃いだったので、類友でそうなったんでしょうか、よく分かんないけど…。

(中略)
性行溫裕,以高氏婿,頗膺時寵。能自謙退,臨人有惠政。好儒學,禮致才彥,愛林泉,修第宅,華而不侈。
(性格は温和で、高家の婿でもあり、世間でももてはやされた。謙虚な性格で、良く領地を治めた。儒学を好み、才能のある人に礼をもって遇した。自然を愛し、その屋敷は華やかではあったが贅沢ではなかった。)

元韶を婿にすれば家名に箔が付く、ばかりではなく、どうやら高一族は、彼が継承した国宝を狙っていたらしい。ホント、盗人たけだけしい一族であります。

文宣帝剃韶鬚髯,加以粉黛,衣婦人服以自隨,曰:「我以彭城為嬪御。」譏元氏微弱,比之婦女。
(文宣帝(蘭陵王のパパの弟)は、しょっちゅう彼のヒゲをそらせては化粧をして、女装させて侍らせ、「朕は元韶を側室とするぞ」といった。元韶が軟弱で女のようだとからかったのである)

どうも、女装をさせる/するのがお好きだったのは、高一族のDNAの為せる技なのかも知れません。何せこのあと、嫌というほど(以下略)

十年,太史奏云:「今年當除舊布新。」
(天保10年<559>、太史が「今年は古きを除き、新しくすべき年です」と上奏した。)

まったく、おべっか使いが要らん事提案するのはどこの時代のどの国も同じようです。

文宣謂韶曰:「漢光武何故中興?」
(文宣帝は元韶に聞いた。「光武帝はなにゆえ漢を復興できたと思うか」。)

光武帝というのは、劉邦〈りゅう ほう〉が建てた漢の国が、いったん王莽〈おうもう〉によって滅ぼされたあと、それを復活させた皇帝です。

韶曰:「為誅諸劉不盡。」
(元韶は答えた。「なぜなら、(いったん漢を奪ったが)劉氏を殺し尽くさなかったからです」。

光武帝がなぜ漢を復活できたかといえば、国を奪った王莽が、前王朝の皇族を生かしておいたからです…なんて、ホントに答えたのかこんなこと?

当然の帰結として、

於是乃誅諸元以厭之。
(そこで文宣帝は元姓の者を殺し尽くすよう命じた。)

…ですよね。

(中略)
韶幽於京畿地牢,絕食,啗衣袖而死。
(元韶は都の地下牢に幽閉され、食べ物を与えられず、自らの袖を飲み込んで死んだ)

及七月,大誅元氏,自昭成已下並無遺焉…皆斬東市。
(7月になると、またも元姓の者を虐殺し、昭成帝の子孫は例外なく…すべて東市で斬殺された)

其嬰兒投於空中,承之以矟。
(赤ん坊は空中に放り上げて、矛で刺し殺した)

前後死者凡七百二十一人,悉投屍漳水,剖魚多得爪甲,都下為之久不食魚。
(殺された者は721人に上り、死体はすべて漳〈しょう〉河に投げ捨てられた。魚をさばくと、人の指が出てくることが重なり、都の人々は長いこと魚を食べなかった。)

ってことで、このエピソードはちょっとシュチュエーションは違うけど史実を参考にしてるらしい。

この先も、トンデモエピソードとか、あり得なさそうな髪型とか、何だコレみたいな小道具とか出てきますが、そう思ったのに限って史実に基づいてたりするので、油断なりませんこのドラマ。

で、そんな凄惨な風景をよそに、村では収穫の季節のようです。村人は豊作だと喜んでますが、蔵が足りなくなるほど、何を栽培してるのでしょうか。

春の花が満開だから秋じゃない(桃源郷のような場所という設定なので、一年中桃の花が咲いてるのかも知れないけど)し、北中国だからお米じゃないですよね。ちょうど、このお話の時代・魏晋南北朝の時期から、中国では小麦の栽培が一般的になったそうなので、小麦なんでしょうか。花が咲くといっても、北国なら5月ごろだろうし…

もう一つここで不思議なことは、村人たちが自分たちのご先祖様を巫族だと言ってること。でも、どう見てもすごい能力がありそうには見えないので、巫族の中でも、楊林氏や楊雪舞のような、天女の家系だけが特別なのかしら。だとすると、おばあ様(楊林氏)がいなくなったら村を霧で隠せなくなっちゃうけど、どうするの…?

と心配してる間に楊堅は、おばあ様が遣わした五色鳥の導きで、村の中へのこのこ入ってきます。

あれ? 外の人を中に招き入れたら、ダメなんでしょ?
何だかんだ言ってこの話、おばあ様が一番タブーを破ってるんじゃ?…とか言うと杖で殴られそうだから、追及するのはやめとこ。

なんせ齢80歳で、コレ↓
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を粉々に砕く握力の持ち主ですもんね。

亀のおなかに書いてある、文字通りの「甲骨文」(ちなみに、中国ではOracleのことを「甲骨文」といいます。OracleのCEOは「甲骨文総裁」。なんか、スゴクないすか)、

実は、甲羅に何て書いてあるのか読もうとして時間がかかってたんですけど、引っ越した後、甲骨文を読むアンチョコ本がどこに行ったか見つからなくて…最初の字は「月」で間違いないと思うけど…本を探しだせたら、追記しときますね(分かる方がいらしたら、教えてください!)

なお、日本語吹き替えだと第1話ですでに楊林氏となっています(今回吹き替え版見て初めて気づいた)が、中国語版ではテロップで雪舞の祖母、という紹介のされ方をしています。おばあ様が楊林氏だと分かるのは、中国語版ではもっとずーーと後(第27話だったっけ)のことです。ってことで、この話はまたそのとき。

さて、のこのこ現れた楊堅が、なぜ明君を助け、戦乱を止めないのかと尋ねると、おばあ様は、
自古以來 狡兎死 走狗烹(古来、ウサギが死ねば猟犬も始末されてしまうと言う)
と答えています。これは《史記》に出てくる言葉。漢文で習った方もいることでしょう。
史記の中でこの言葉を言った范蠡(はんれい)という人は中国史に登場するあまたの人物の中でも抜群に優れた人。あやかりたいものです。

さて、禁を破って楊堅は、何かスゴイ劇画の解説つきで、この先10年を占ってもらいます。なぜ蘭陵王が鳳凰と関係あるかが私には聞き取れないんですが(高緯は、星回りが朱雀と関係あるらしい)、後の回で、蘭陵王府のトレードマークとして鳳凰が出てくるので(斉のマークが鳳凰なのかも知れないけど)、またその時考えることにして、先、行きましょう。

ここでおばあ様が蘭陵王について語る、
扶搖直上九万里”(九万里=遠くまではばたく)というのは『荘子』に出てくる有名な言葉です。でも、鳳凰っていうより「大鵬」のことじゃなかったっけ。

鹏程万里(前途洋洋)って成句もありますよね。まぁどっちも鳥だから細かいことは気にしない方がいいのか(杖で殴られるのがやっぱり怖いし)。

その後、ただし爪がないので樹には止まれないといってますが、そういう話は知らない…。

止まれない鳥、といって私が思い出すのは、ウォン・カーウァイ監督の『阿飛正傳』(欲望の翼)ですね。あれは良い映画だったなぁ…。

主役のヨディ(レスリー・チャンが演じた)のセリフだったと思いますが、「世の中には足のない鳥がいて、どこまでもどこまでも飛んでいくんだ。生涯で一度だけ地面に降りるのは、そいつが死ぬときなのさ」っていうの、ありましたよね。

私が知らないだけで、中国に何かそういう伝説があるのかも。

おばあ様の話を聞いてた雪舞が、五色鳥を舞わせると、楊堅は鳳凰を手のひらで踊らせることができる娘、と驚いてますが、ここですでに

雪舞の手のひらで踊らされる蘭陵王

という不吉な未来(笑)が暗示されているように思うのは、私だけ?

それから、おばあ様がここで言っている「貴人の助けがなければ…」の「貴人」というのは、占いでいう、未来に助けをもたらす人のことで、身分の高い人とは限りません。日本でも、おみくじ引くと、この言葉が出てくるときあるでしょ?

さて、時は流れて10年後。

10年経ったけど、楊堅はまた占ってもらいに来たのかな? 最初に出てきたときは、おばあ様から贈られた鳥を籠に入れて携えてますよね。でも、この年、おばあ様は鳥を連れて出かけてるけど…。何羽もいるのか、それとも楊堅はポイント失効したのか…。

まぁ、いいや。

周との国境にある壺口関(ここうかん)を守備するのは、斉の第四皇子(現皇帝の兄の第4子)・蘭陵王=高長恭〈こう ちょうきょう〉とその異母弟、安徳王(あんとくおう)=高延宗〈こう えんそう〉、大将軍の息子・斛律須達(こくりつ しゅだつ)、配下の武将・楊士深(よう ししん)たち。

ここで彼らは、壺口関のあたりに住まうという、巫族の天女の話をする。
天女は未来を占える他に、国を興したり、ほろぼしたり、百病を治し、
濁水を清水に変えることもできる…

最後の一言は、尺が足りなかったのか、日本語では出てきません。
(後の話に関係ありすぎるのでカットしたのかも)
安徳王は、あとでがっかりするとも知らず、天女は絶世の美女と聞いていると相変わらずのチャラ男ぶり。

さて、対する敵の将軍、尉遅迥(うっち けい)は、実は史実じゃこの中の誰よりも(楊士深は分からないけど)長生きした模様。

それはともかく、どうもこれまで何度も蘭陵王にしてやられてるらしく、まずは配下の斛律須達を捕えた者に賞金五百両を出す、と言ってる。

これがどんな金額かは分かりませんが、あとで「邙山(ぼうざん)の戦い(第9話―10話)」(記事は→こちら)の時に、このドラマでは太っ腹で有名な(物理的に太っ腹“胖蘭”“蘭胖子”(メタボ王…。胖は太っちょ、という意味)ってあだ名まで推戴してるのはウィリアム・フォンの方ですが)、周の皇帝・宇文邕(うぶん よう)が、最初に洛陽城(らくようじょう)の門を破ったものに千両を取らせると言っているので、結構な額かと思われます。

ところが、蘭陵王が現れると、尉遅迥が提示する額が、

賞金一万両と三階級特進

に跳ね上がってます。
おいおいおいおい、須達の20倍かよ!

後に行くと、蘭陵王1人で壺口関の10倍の価値はある、と言ってる。
すごいインフレっぷり。

(と思ったけど、でも洛陽城の門が1000両だとすると、それを十倍したら1万両だから、相場はそんなもんかな)

そんなことより、壺口関の陣中で、居残り3人組が移動する間中、この↓
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なぜかフォーカス合いっぱなし

何かの丸焼きがフィーチャーされてるのがとても気になる私。なんか、おいしそう…

と言ってるうちに、だいぶ長くなっちゃいましたね。

たった1話でこの長さ、先が思いやられるわ…2話はさらにツッコミどころ満載だから、どうしよう。

遙遙無期的路啊...”(そりゃ遠い遠い道のりだよ:第15話って周の禁衛軍の同僚に同情して貰えるかも、と思いつつ、続く(→こちら)。
posted by 銀の匙 at 01:40| Comment(6) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月07日

蘭陵王(テレビドラマ4/龍虎相搏編)

蘭陵王関連の記事も、はや5本目。

(ここまでの記事は、(史実編)(有話即長編)(重箱四隅編)(千言万語編)となっております。)

このドラマ、見返すといくらでも小ネタが拾えそう(またの名を、突っ込みどころ満載という)

うっかりか、はたまたあまり気にしてないのか、背景に駐車場だの、扇風機だのが映り込んでたりします。
これなんか↓公式FBのアルバムにある、悲愴なシーンのスチルなんですけど、後ろが駐車場だし。
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(公式FBはこちら。もちろんネタバレありです。https://www.facebook.com/Lanlingwang2013

ま、↑は撮影風景を撮ったと強弁もできましょうが、本放送でも大小さまざまなネタを提供してくれており(日本だったら放送事故クラス?)、NG番組の恰好の餌食になっております。

このシーン、DVD見てたら絶対気づくはず。↓
s-chuanbang1.jpg

ヒロインの楊雪舞(大人)が登場する、最初のシーンなんですけど…。

超冷静な語り口でdisっているのが面白すぎなので、続きは↓でご覧ください。字幕がついてるので、中国語がわからなくても、たぶん楽しめると思います。

https://www.youtube.com/watch?v=os9ktJ4nuj8

(追記:現時点では↑はネタバレになるためご紹介しませんが、全部のシーンが登場した回以降の記事で解説する予定です→解説しました。ご覧になりたい方は第16話→こちらをどうぞ)

このドラマ、NGネタからトリビアネタまで、あらゆるネタが満載なので、いっそ1話ずつ記事を書こうかとすら思ったけど、そんなことしてたら永遠に終わらなくなりそう。

ということで、そろそろストーリーの話に入ってまとめて行きたいと思います。
すいません、毎度、大した内容もないのに引っ張りまして。

↓以下、途中の36話までの内容に、若干触れている箇所があります。ご注意ください。
*未見でネタバレNG(と言っても全部のネタバレではないですが…)の方は、直接第1話編へどうぞ。

さて。

この話は戦乱の世が舞台なので、第10話までの導入部分は危機また危機の連続。それをどうやって乗り切るかが、各話の山場になっています。

多勢を相手にどうやって戦うか。
敵陣に人質を取られたけど、どうやって救い出すか。
明らかに敵のスパイとおぼしき人物に、どうやって自ら尻尾を出させるか。
敵方にしかない毒矢の解毒薬を、どうやって手に入れるのか。
(私が蘭陵王なら絶対飲みたくないけど、あの解毒薬。
 知らぬが仏とは、まさにこの事)

たった500騎で、どうやって10万の敵陣を突破するか…。

最後のは第9話に出てくる「邙山〈ぼうざん〉の戦い」(「邙山の戦い」については、詳しくは、第9話からの記事をご覧ください。→こちら)なんですけど、史書(の蘭陵王の伝記の箇所)には味方の陣にたどり着いた後のことしか書いてないので、具体的にどうやって敵の囲みを突破したかは分からないし、そもそも数が圧倒的に違うのに、こんな多勢に無勢で、なぜ勝てたんだろう....と誰しも不思議に思いますよね。

ドラマだとそこは、
・無人トロイの木馬(?)策、
・地形を利用した陽動策
で前進して、
・功を焦って出陣した周帝・宇文邕〈うぶん よう〉と、彼に軍功を立てさせまいとする大冢宰〈だいちょうさい〉・宇文護〈うぶん ご〉との内紛を利用した「離間(りかん)の策」
を用いて、ほとんど戦わずして勝つわけね。

敵国・斉の重要拠点、洛陽城を目前に見ながら、
宇文護の牽制で兵を引かざるを得なかった悲運の皇帝・宇文邕。

ただでさえ体調悪かったところに、「私は良い人なんです!」と妙な自己紹介をしてくる危なそうな女(楊雪舞)に大八車に乗せられて市中を引き回されたり、
おとなしく捕まってあげてるというのに、問答無用で斬りかかってくる嫉妬に狂った男(蘭陵王)にトラと戦わされたり(勝ったけどね〜♪(だいたいなんでトラが陣内にいるのよ。間違って逃げたらどうするつもり)

ほとんど死ぬ目に遭って突厥〈とっけつ〉から援軍を借りてきた彼としては、さぞや悔しかったことでしょう。

しかも借り先はお舅さん(アシナ皇后のパパ)だった訳だから、面目丸つぶれなんてもんじゃ済まないことでしょうよ(しかもまだ全話の4分の1の時点だっつーのにあらゆる意味で負け犬の烙印押されてカワイそうな人…)。

それでもアシナ皇后は賢明で夫に忠実な人だから、取り乱したりはしない。
テレビドラマでは独特の存在感を示してますが、史実でも、
「皇后は容貌が麗しいうえに、物腰が折り目正しく、高祖(宇文邕)は深く彼女を敬愛していた」とされております。

そんな、皇后の鑑のような彼女でさえ耐えられない、三角関係の恐ろしさよ。

前半の奇計知略を巡らすお話が、お話らしくて面白いな〜と思っていたので、ラブ・ストーリーの方は正直、どうでも良かったんだけど、このドラマのキモはむしろそっち。女の戦いは、スケールこそ小さいけど、権謀術数の面では遙かに高度ですからね…。

それに、1回目に見たときはいかにも少女マンガチックな展開だなぁと流してしまった部分も、見返してみると、なかなか奥が深い(←私が気づかなかっただけですが)。てことで、以下はラブ・ストーリーの中身を見てみましょう(ヒマ人にお付き合いいただいてすみません)

さて、このドラマには大きく2つの三角関係が絡んでいます。1つは蘭陵王を巡ってのもので、もう1つはヒロイン、楊雪舞を巡ってのもの。

後者の方がお話が簡単なので、こちらを先に見てみましょう。

表だって雪舞を取り合っているのは、斉の“戰神”(軍神)・蘭陵王と、周の皇帝・宇文邕ですが、それに加えてもう1人、庶民代表の韓暁冬〈かんきょうとう〉という、大事な登場人物がいます。演じているのは上海の俳優さん、魏千翔(ウェイ・チェンシャン)。
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最初は、「高四郎」の忘れ物を届けに町までやってきた田舎娘・楊雪舞を騙して女郎屋に売り飛ばし、小銭を稼いだ男ですが、いちおう良心が咎めていたところに、役目を果たして村に帰ろうとしていた雪舞と、まさかの鉢合わせをしてしまい、過去を反省させられる羽目に(
あの程度のはした金を稼ごうとしたばっかりに…なんてカワイそうな韓暁冬
)。

それ以降は、自分の身さえ危ういような場面で、何度も雪舞を助けています。

それなのに、いつでも自分の分をわきまえていて、雪舞に負担をかけるようなことは、一切言ったりやったりしない。

楊雪舞の婚礼の日(第19話)には、参列者の中に並んで、
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こんな顔しているのが、ぐっと来ますね…。

(そういえば、婚礼の参列者の中に楊士深がいなかったように思うんですが、気のせいかしら?それとも、婚礼で皆出払ってしまった壺口関を独り寂しく守っていたんでしょうか。)

吼えたり泣いたり忙しい登場人物の中で、常に安定していて目立たない彼の存在は、大変貴重。

彼には、彼自身の役柄に加え、庶民の代表として、そしてもう1つ、お話の構造上、ヒロインの合わせ鏡という非常に重要な役割を担っています(これについては、最終話の記事で書く予定)。

それに暁冬は本当に彼女を助けているんですけど、楊雪舞は毎度、蘭陵王を助けているというより、彼女が干渉したせいでさらに危険なことになっているような…

ま、楊雪舞本人としてはすごーくたまに殊勝にも、韓暁冬的であるべきだった、自分の使命を思い出すこともあったみたいでしたけど、かなりときどき忘れちゃうのはやはり、もう片側の当事者である、この御方のせいでしょう。

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この人の勘はまさに野生動物並み。さすが斉の“戰神”(軍神)と呼ばれるだけのことはある。

出会って数時間もたたないうちに、楊雪舞の弱みは「困った人を放っておけない」ということだとガッチリ感知した模様で、以降、楊雪舞におねだりのオンパレード。

そのたびに視聴者としてはツッコミを入れたくなるのであります。

馬がケガしたんで治して欲しい←ちょっと四爺、その頼みを聞いたら死んでご先祖に詫びを入れなきゃいけないんですけど?

あんたの刺繍した帯をください←雪舞のおばあ様激怒蘭陵王より怖い

仮面を人ん家に忘れていく届けろってこと?!(楊雪舞のおばあ様に、何も持っていくな、何も置いていくなと厳しく申し渡されたにも関わらず、置き忘れとはどういう了見なのでしょうか。しかも、どう見ても、追っかけてきた雪舞が取り出すまで、失くしたってことに気が付いていないみたいだし…ひょっとして、縁日のお面みたいにどこででも買えたりしてね〔敵の将軍・尉遅迥〈うっち けい〉も同じの持ってましたよね〕

義兄弟を助けるんで、花嫁に化けて、一緒に来てもらいたい←作戦が終わったら、ちゃんと村まで送り届けるって約束してませんでしたっけ? 用が済んだら戦闘地帯に女の子を(ってタマではないけど)独りで馬に乗せて放り出すって、どういうこと?(ま、この約束破りは高くつきましたよね四爺)

←言っときますけど宇文邕は第15話で雪舞を連れ去周までお招きした際に、“朕親自送回齊國”(姪を看病してくれた後には)朕みずから斉まで送り届けようって約束をちゃ〜んと守って、頼んでないのに付いてきたきたもんね。
←でもその後の“一言九鼎會派人通知蘭陵王”って約束の方はさっくり破りましたけど。鼎の軽重を問われたら「軽い」方らしいわね…。

7日間の猶予をやるから村中の疫病を治しとけ←とは言わなかったけど実質そういう命令なのでは?

敵方にしか解毒剤がない矢毒を、何とかしてくれ←なんつームチャぶり…←確かに雪舞のせいで、蘭陵王は毒矢に当たったのですが、元はと言えば、女の子を送らずに独りで帰したのが間違いだったのでは…←それで、雪舞が死ぬ思いで解毒薬を手に入れてくると、蘭陵王は「敵の陣地へ乗り込んで、同じ毒まで飲んで助けてくれるなんて…」と感激してますけど、蘭陵王・高長恭公子、あなたが何とかしろって頼んだんじゃないですか

・それで「これ以上居残ってると、別れられなくなるから村に帰る」とゴネた楊雪舞に、自分の側に留まって欲しいとおねだりするのですが、トドメの一言がこれ。
如果今天讓你走了,本王定會相思成疾,終身遺憾
(もしも今あなたを手放したら、思い余って病に倒れ、一生後悔することになるだろう)

「人を見殺しにできない」がモットーの楊雪舞は不承不承、おばあ様が占いで予言した、「蘭陵王の運命のお相手」が現れるまでは残っといてあげる、と約束する。
(蘭陵王もずいぶん古典的なこと言うのねって、思ったけど、古代の人だから当たり前か…あぁ、いぇ、しかし、あとで書きますが、蘭陵王のこんな脅しのようなセリフ、あまり「らしくない」ですね)

雪舞にしてみれば悩んだ末の選択、というのは良く分かりますが、観てる側としては正直、いささか面倒くさい女だと思わざるを得ない(そして、これが後々エスカレートするだろう、という予想の通りに展開するのがまた何とも)。

とにかく、“國色天香”(傾国の美女…って自分で言うか?)の魅力か、相手が逃げるとなぜか無性に追いかけたくなるという『ルールズ』(この本)の法則が功を奏したのか、蘭陵王は楊雪舞を正妃として迎えることになります。

第19話の結婚式では、蘭陵王はとにかく嬉しそう。こんなに嬉しそうな新郎、見たことあります?そして、このカップルの仲むつまじい様子は大変微笑ましく、可愛らしい。

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はいはい、分かりました。(またまた、おかずを取ってあげてるシーン)
(おかずを作ったのは蘭陵王ですけどね

でも、実はこの2人、仲良しなシーンはいくらもないんですね(全部足しても30分くらいなのでは…?)。

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↑これは公式FB掲載のスチル。この“超絕相配”(超お似合い)のシーン、視聴者からの、

好了~誰幫我來在右下角打上"全劇終"
(わかったから、とにかく誰か右下にエンドマーク入れてよ〜)

ってコメントが、全くもってその通り。ここで話が終われば、どんなにか良かったでしょう。
運命の第36話
雪舞が手に持ってる「柳」(“留”=自分の元に留まってくれる、という言葉と同音だと、逆の(雪舞を引き留める)立場だったときに四爺が説明していましたね)の枝が泣けますな…。

全46話もあるっていうのに、残念すぎる、この成り行き。でも、ハッキリ言ってこれは雪舞が悪いのよ。そりゃ、いつまでも奥さんに信用されなかったら、旦那さんとしては涙目にもなるし(まさか蘭陵王が泣くとは思わなかったのでちと驚いたけど)、家に帰りたくもなくなるでしょうよ…。

だいたいあなた、おばあ様の予言を信じているなら、「1年しないうちに四爺は死ぬ」という予言も信じてるはず。だったらもうちょい、仲よくしても良いんじゃないの…?

まあ、この二人は似た者同士で、余計なことを知らせて相手に負担をかけたり、迷惑かけまいと思う、奥ゆかしいところがあるのですが、それは実質、相手を本当の意味では信頼してないということになっちゃうんですよね。

一方の四爺はといえば、誰かが自分のために怪我をしたり、虐げられたりすると、その恩に報いなければと思う「いただきものはお返ししないと気が済まない奥さま」スイッチが入るらしく、その「奥さまスイッチ」を、また別の野生動物(鄭児)に利用されてしまう訳ですね。

その利用されっぷりたるや、これで一国の将が務まるのかと呆れるほど。放映当時、リアルタイムで出演者が番宣のtwitter書いたりしているんですけれども、

“本来就笨,就这点智商怎么在宫里混啊”
(頭、大丈夫? こんなんで宮廷でやっていけるの?)

とご本人役のウィリアム・フォンにまで心配されてる始末。

それもこれも、冷静なのかと思えば肝心なところで激高しやすい蘭陵王の性格に問題があるんじゃないかと愚考するのですが、いえ、もっといえば脚本のせいなのですが(いくらなんでも、ここまでやらなくても良いのに…いちおう主人公なんだからさ)、この時点(第21話あたり)で相当程度の視聴者が主人公を見放し、寝返ったものと思われます。

この方に...。

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周の皇帝・宇文邕(うぶん よう)!
(おっと、この人も四男坊だから“四爺”なのでした)

虎も組み伏せ、石造りのテーブル(ですよね?)を叩き割る男!

覇者という割には、どこか寂しそうな、悲しそうな表情をしているのね...
と思いましたら、DVDのおまけインタビューを見ると、ご本人様の素の表情も割とそういう感じなんですね。歌しか聴いたことなかったから知らなかったわ。

演じるダニエル・チャン(陳曉東)は、今さらいうまでもない、麗しいファルセットで聴かせる香港の大歌手(ちなみに、今回の劇中歌も歌ってます。第26話などで皇帝陛下の美声を聴くことができますよ)。演技は、(というかビジュアルも)初めて見ましたが、すごく上手くてビックリ。

「邙山(ぼうざん)の戦い」(第9〜10話)までは、主人公・蘭陵王の敵国・周の皇帝ということで敵役。しかしながら、あからさまな悪人は出てこない(強いて言えば斉の佞臣・祖挺(そてい)くらいかしら...?)のがこのドラマの面白いところ。

登場してしばらくは、薄気味悪いけど実はなかなかの好青年なのでは?と思わせる役どころだし、
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またまた、おかずを取ってあげてるシーン(しかも、楊雪舞からのみならず、周り中の人からおかずを提供されている超人気者)

楊雪舞はドラマの中で三回、周に滞在することになるのですが、雪舞と一緒に周の宮廷にいるうちに、見てるこっちも、だんだん状況を「周目線」で捉えはじめてしまうのであります。そうなると、戦さには強いけど内政メチャクチャな斉に、だんだん愛想が尽きてくる…。

でもって、太平の世を願う雪舞に、自分が天下を統一すれば、世の中は平和になるのだとマインドコントロール作戦で畳み掛けてくるので、彼女より先に、観てるこっちが、確かにそーね、となぜか説得されている。

そして視聴者が大量に、斉の民とともに皇帝陛下に寝返ってしまう…という脚本なのですね。

加えてこの皇帝陛下、きわめて太っ腹。

「恩返しモード」発動中につき、雪舞を馬賊にさらわれるという大失態をやらかした蘭陵王に代わり、宇文邕は雪舞を取り戻すため、皇帝しか持っていない宝玉、火龍夜明珠を惜しげもなく差し出します(第26話)。

夜明珠といえば、『資治通鑑』(しじつがん)のエピソードを思い出します。そこでは「夜光珠」は、夜になると輝き、前後10台の車を明るく照らすことができる…という国王自慢のお宝なのです。

つまり日本で言えば、「阿修羅像」とか「奈良の大仏」とかを、盗賊に身請け料として、ぽ〜んと気前よく上げちゃう、ということですね(阿修羅像はともかく、大仏は要らんと思うが)。

しかも、馬賊の要求に応え、自らを傷つけることも厭わない。
つね日頃、臣下や皇后が、龍体にもしものことがあってはと、下へも置かない扱いをしてるというのに。

なんたる男気!

もうこの時点で、完全に宇文邕の勝ちだと思いますけど?

残念ながら雪舞は、恩義を重んじる蘭陵王とは違って、この大恩に報いようという気にはならなかったようですが。

あぁ、まあ宇文邕にはすでに、アシナ皇后という賢夫人がいるんですけれども、正妃は政略結婚の道具ですから、好き嫌いっていう次元の話じゃないですもんね…。

だいたい、2度目に周に連れ去られ乞われて赴いたとき(第15話〜17話)、宇文邕は楊雪舞が斉でどういう身分なんだか、今ひとつ把握してないような印象を受けるのは私だけでしょうか。

皇帝陛下自らかどわかしお願いに参上した際、楊雪舞にはっきり、「私は斉の王妃なの」と言われてる上に、自分でも、「周の皇帝が殺されたとき、隣に斉の王妃がいたと分かったら」大変なことになる、と脅してる。

その割には、蘭陵王と共に周の宮廷を逃げ出した楊雪舞が、周に残ってくれと懇願する宇文邕に「この人(蘭陵王)と結婚するんだからダメ」みたいなこと言うとショックを受けてるようだけど、なんで?(やっぱり結婚はやめます、って言うと思ったのかしら…?? それとも何か私が見落としてるのでしょうか??)

しかも国宝まで投げ打って(いつも国宝持ち歩いてるのかな、この人?)、雪舞を救ったというのに、第27話では「自らを傷つけてまで雪舞が逃げるチャンスを作った」宇文邕をガン無視して、蘭陵王に駆け寄った雪舞を見た後、蘭陵王に向かって“她已經在我和你之間做出了選擇(彼女はすでに、私とお前のどちらを選ぶかを決めたということだ)と勝手な事を言っていますが、選ぶ候補にすらなったことがないというのは、認めたくないんでしょうか。ないんでしょうね。

こういうところ(プラス、いつも宇文神挙に楊雪舞を見張ってるようの動向を探るように言いつけてるし)、鄭児同様のストーカー気質で困ったもんです。

でも、蘭陵王と比べてしまうと(比べたとたん、蘭陵王には壁ドン(笑)されてしまうでしょうけど)、やはり宇文邕は皇帝、器が違うって思ってしまいます。

蘭陵王は、五爺と一緒に町に出て、お屋敷で待つ雪舞に何か買って帰ろう、と思っている。それはそれで優しいとは思いますけど、宇文邕の方はどうかといえば、姪の病気を治してくれた御礼にと、書庫にある、すでに散逸したと思われている稀覯本(竹簡ですが)を惜しげもなくくれるという。しかも《考工記》(いまでいうと、日本工業規格マニュアルみたいなものかしら?)とか物騒な事に使いそうな資料をよくもまあ…。

何かつまんない比較のようですが、結構この差は大きいんじゃないでしょうか。

楊雪舞は結婚したとたんに、“四艘(四爺の嫁)、“夫人(奥さま)と呼ばれる身分になり、やってる事と言えば、お屋敷をかき回しにきた鄭児に対抗するために手料理を作ったり、皇太后のお世話をしたり。蘭陵王の公務には表立って口をはさまず、いわゆる「内助の功」に徹しようとする。

まさしく彼女のセリフの通り、“嫁雞隨雞,嫁王也就只能當王妃了”(鶏に嫁げば鶏に従い、王に嫁げば王妃になるしかないわ)ということです。
(後ろの句は、ホントは“嫁狗隨狗(犬に嫁げば犬に従う)なんですけど)

これは現代ドラマじゃないし、本人が良いんだから、これで良いんでしょうが、「天女を得た者は天下を得る」とまで言われてるのに、これでは全く、蘭陵王の言うとおり“大才小用”(正しい方の意味の役不足)ってやつですよね。

加えて彼女には、強烈な「お世継ぎプレッシャー」がかかってくる。とてもほのぼのと描写されてるから、スルーしてしまいそうになりますが、婚礼の場から始まって、皇太后から大将軍、大師までもが言ってくる。

この段階で、雪舞自身は、大切にされていると思って喜んでるみたいだけど、その裏には、第3話で図らずも四爺が婚礼を装う計略に使った通り、「世継ぎを得られなければ、側室を娶らなければいけない」という暗黙の了解がある。

しかも、側室を娶るというのは雪舞が提案しなくちゃいけないんですよ、昔の上流階級の道徳観から言えば。宮中のしきたりも知らない雪舞には、まだまだ新婚のこの段階で及びもつかないでしょうが、皆、そんなことを雪舞にさせたくないので、何とか盛り上げようとするわけね。

脚本はあからさまには描写してませんけど、深読みすれば、たぶんそういうことだと思います。こういうことを視聴者に意識・無意識に気づかせるのは、エンタメ・ラブ史劇としては珍しい展開のような気がする。

一方の宇文邕は(もちろん、周には他に正妃もいることだし、斉にいるときとは雪舞の立場は全然違うのですが)、雪舞を必ず国政の場に出す。

最初こそ「天女」の言い伝えを利用しようとしていたのかも知れませんが、彼は雪舞の能力の方にも、全幅の信頼を置いている。だから三度目に周に滞在したとき(第39〜41話)は、朝廷で発言させるし、献策を求める。

皇后や妃を朝政に参加させることは皇帝と言えども、もちろんマズい(多くの王朝はこれで滅んでるし)のですが、楊雪舞には「天女」という身分があり、実績もあるので、むしろ周国は賢者を厚遇していると見てもらえるわけです。

アシナ皇后としては、当然、心穏やかでは居られません。ついに楊雪舞を宮廷から追ってしまう。すると、宇文邕は、なんと雪舞を郊外に住まわせて、その場の経営を任せるようにするんですね。こういう役目をすることが彼女を悲しみから救うと知っている。

かつて、楊雪舞の故郷の村をそのまま周に再建したい…と言った通りのことをしてみせる。

こういう処遇は蘭陵王のような「王侯」クラスの人にはできないこと。さすがは皇帝陛下、格が違います。

だから、聖徳太子が「日出処の天子、書を日没するところの天子へ致す」という文書を、隋の煬帝(ようだい。覚えてますか?第1話で出た、あの方の息子)に送りつけたときに、「王」クラスの分際で生意気な…と思われたのは想像に難くありません。足利義満はおとなしく、「日本国王」って書いてるもんね。

…またまた話が逸れてしまいましたが、とにかく宇文邕には皇帝の器量がある。蘭陵王にそれを求めるのは、どだい、無理な話なんですね…。

だけど、これほどの差がありながら、女の子がなびくかと言えば、そうでもないのが世の常。この脚本書いた人は、よく分かってる(脚本家は、絶対、女の人だと思うんですけど…)。

楊雪舞が本当に望んでいたことは何なのか、本人さえよく分かってないのではと思いますが、彼女は「士」ではないので、自分を高く買ってくれた方の人に忠誠を尽くすという考えは当然ありえません。

情というのは条件では決まらない不思議なもの。

それに、蘭陵王にだって、客観的に見て、宇文邕が持っていない美質は当然ある。

その中でもいちばん優れているのが“體貼”(にはピッタリした訳語が思いつきませんが、思いやりの心から出る優しさ)で、これは一朝一夕には真似できません。

例の蘭陵王の、「あなたを手放したら病気になる」発言(第10話)の直前に、雪舞は自分のおばあ様の占いはよく当たると説明して、予言ではそのうち、正妃となるはずの運命の女性が現れるのだから、自分のことは諦めるように蘭陵王(と自分自身)を説得しにかかります。

そのとき、彼女は、おばあ様が過去も未来も言い当てることができると信じるか、と聞くと、蘭陵王は(「信じる」という意味で)返事をします。雪舞は畳み掛けて、それでは、2人は一緒になれない運命だというおばあ様の予言を信じるでしょう?と蘭陵王に聞きます。

彼は当然、そんなこと信じていないと思う。

だから、この問いに「頷く」わけね。

なぜなら、「君子に二言はない」というのが彼の信条だから、ここで「信じる」と口に出せば、信条に違反することになる。その一方で、予言なんて信じない、と頭から否定してかかる事も絶対しない。

それは、楊雪舞が予言の威力と自分のおばあ様を信じているからです。ここで、そんなもの信じないという態度をとれば、彼女は傷つくでしょう。だから、彼女のロジックに沿って、自分自身の予言はこうだ、と言って、例の発言をするんですね。彼にとっては譲れない局面であっても、相手が傷つかないように気を遣う。

楊雪舞が一番初めに(周の皇帝とは知らずに)宇文邕をかばったときもそうでした。

これが“體貼”な態度であり、とっさにそういう態度がとれるという点で(ウィリアム・フォンにIQの程度を疑われているにも関わらず・笑)、とても賢い人だという印象を与える。

翻って宇文邕は、「邙山の戦いでは蘭陵王が勝利する、(おばあ様の)占いはよく当たるのよ」という雪舞の発言に対し、“佛擋殺佛,神擋殺神”(仏が邪魔をするなら仏を殺し、神が邪魔をするなら神を殺す)、自分は予言なんて信じない、と言い放ちます。

これは皇帝として、当然あるべき態度(この時点では敵役扱いだったので、しょうがないとも言えるけど)ですが、文字通り“霸道(横暴)な印象しか与えない。

蘭陵王より先に知り合ってたら、雪舞は自分を選んでいたはずだ...と思っている宇文邕は、まだまだね。

と、こちらの三角関係には落ちがついた(?)のですが、この話にはもう一つ、非常に厄介な三角関係がある。

それは恐らく最終回にも関係してくるので、ネタバレ以外の何ものでもないですから、また改めて(今度こそ最後です)書きたいと思います。“就這一次!我求求你嘛 拜託你啦...(あと一回だけ!どうかお願いよ…)

追記:と、思っておりましたら、なぜか続きのリクエストをいただいたため、前言はあっさり反故にいたしまして、ドラマを1話ずつ見ながら、ツッコんだり、中国語のセリフを楽しんだり、という記事を書くことにいたしました。ってな訳で、第1話編へつづく。
posted by 銀の匙 at 11:22| Comment(6) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月25日

蘭陵王(テレビドラマ3/千言万語編)

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これで終わりにするぞと固く心に誓いつつ、蘭陵王も、はや4回目。
ごめんなさい、今回も終わりそうにないです。つーか、進みません。
ここまでのお話は(史実編)(有話即長編)(重箱四隅編)でどうぞ。

さて、このドラマ、いちおう時代劇だから、セリフは基本、書き言葉。

守株待兎」(ショウヂューダイトゥ)株を守る=待ちぼうけを食らわされる
とか、
九五之尊」(ジョウウーヂツゥン) 九五の尊=皇帝の貴い位にある人
とか、文字で見たことしかない言い回しを、実際に聞くのは結構新鮮。

四字成語がいっぱい出てくるので、頭の中で漢字に変換するのに時間かかるかかる(変換できても意味思い出せなかったりとか・爆)。

だって、「♪ 待ちぼうけ〜 待ちぼうけ〜 ある日せっせと野良稼ぎ〜  
       そこへウサギが飛んで出て〜 (以下略)

歌えば8分かかるところを4文字に圧縮してる訳ですからね。

ボケっと聞いてると、つい笑っちゃうのは、
「忠心ガンガン」忠心耿耿(忠義に篤い)
「皇后ニャンニャン」皇后娘娘(皇后陛下)
しかも、なぜか深刻なシーンに突然出てくることが多くて、不意打ちくらって「ぐふっ!」とか笑ってしまうのであります。

かと思うと、そこは時代劇なので、
心儀”(シンイー)心からお慕いする、とか、“仰慕”(ヤンムゥ)敬愛する、とか、ラブコメじゃ聞かないけど、そういや、こんな素敵な言葉があったわね…というような言葉が出てきたりとか。

逆に、セリフにときどき、平気で現代語が混ざってるのが、これでいいのか…?と思ったり。

弱水三千你偏偏只取一瓢飲(弱水河は三千里もあるのに、あなたはたった瓢箪ひとすくいの水しか飲まない=女は他にもたくさんいるじゃない。なんで私じゃなきゃダメなのよ?)

なんてセリフ、『紅楼夢』(18世紀)からですよね…。元々全く逆のシュチュエーションで使われたセリフですけど。(つまり、主人公の賈宝玉〈か ほうぎょく〉が「どんなにたくさん女性がいようとも、愛しているのはあなただけです」という場面で言ったの。)

こんな風に昔から言ってたのかも知れないけど、でもねー、「鳴かせてみよう、ホトトギス」なんて、ホントに秀吉が言ったかどうかはともかく、それ以前の人のセリフに使ったらヘンだもの。

清朝時代の時代劇だと返事ひとつでも特殊な言葉があるので、別の時代と混ぜて使うことはないみたいですが、ま、日本の時代劇だったら公家が「かたじけない」とか言ったらヘンだって私でも分かるけど、中国語じゃどこまで許されるのか、ガイジンだから、ちょっとワカリマセン。

もちろん、一口に昔の中国語って言ったって、地域も広いし時代もバラバラだから、ドラマのセリフのように話していたわけではありません。

項羽や劉邦の時代と蘭陵王の時代とじゃ、同じ漢字の発音だって、かなり違っていたはずです。

だけど、そこを時代考証しだしたら、現代人には全く分からないので、時代劇「風」の言葉を使ってるわけですね(日本でだって、源氏物語を全部古文でやったら、分かる人は下手すると脚本書いた人だけかも…)。

という訳で、以下の話は、中国の古代ではこうだった、という話ではなく、時代劇のセリフではこうなってます、という話とご了解くださいませ。

日本語吹き替えを聞いてても、時代劇「風」だけど、完全に時代がかった日本語にはしてないあたり、翻訳のご苦労がしのばれます。

自分や相手の呼び方も時代劇だと複雑。日本語も「わたし」「あたし」「じぶん」「オレ」...といろいろあって複雑ですが、このドラマを見てると、昔の中国語も相当ややこしい。

たとえば、蘭陵王は楊雪舞にあった当初、身分を隠していたので、
自分のことは“我”(わたし)と言ってました。(楊雪舞は“美女姐姐”(美人のお姉さん)と呼んでいたけど、目が悪い人はこの際無視すると)、おばあ様や村の童子は彼のことを
“公子”
と呼んでますね。

公子!

久しぶりに聞きました、この優美な言葉。
日本じゃあまりそのまま使わないけど(伊達公子くらい?)、思いつくのは「貴公子」とか「小公子」とか、それなりにステキな言葉ではないでしょうか。でも現代中国語で“公子”っていうと、私が思いつくのは、
花花公子(プレイボーイ)とか
公子哥兒(お坊っちゃま君)とか、ロクな言葉じゃないのはなぜ?

…あー、で、一方の雪舞は、彼が高四郎と名乗ったので(ま、それなりの身なりをしている人だから)、お姉さん呼ばわりはやめて、“四爺”と呼んでます。

ははは、漢字で書くと笑っちゃうわ。悪いけど…。

まさか吹き替えで「よんじい」とか呼んでないよね?と念のため確認してみたら、身分がバレてないうちは「高(こう)どの」、バレてからは「殿下」って呼んでました。ちぇっ、残念。

中国では、儒教思想の影響か、年齢が上ならば偉いということになっているので、相手への敬意を示すために、実際よりも年寄り方向にシフトした呼び名を使います。

だもんで、うら若き頃、中国のお子方に、“姐姐”(お姉ちゃん)って、呼んでね(はぁと)というと、またまたご謙遜〜って感じで、たいてい“阿姨!”おばちゃん)って呼ばれちゃうので、一瞬殺意が芽生えるというか何というか…ぜいぜい。

ということで、旦那様は“老爺”(ラオイエ)、 若旦那さまは“少爺”(シャオイエ)、同じおうちに何人も若様がいるときは、順番に“大爺”(ダーイエ)、“二爺”(アルイエ)、…“四爺”(スーイエ)と呼ばれる訳ですね。

この「スー」は、日本語の「すう」と違って、口をはっきり横に引いて発音するので、キリッと音が立って、とてもカワイイ響きなんですよ。

蘭陵王ご自身も、ストーカー女・鄭児〈ていじ〉に「楊雪舞が私を、スーイエ、と呼ぶときの言い方が好き」とおっしゃっておられます(四爺様、そのご感想はあなたの勝手ですが、のろける相手を激しく間違ってると思う)。

なお、いとこである皇太子の高緯〈こう い〉にとって高長恭は、身分では下なんですけど、排行(親族間での長幼の順序)では目上のため、四「哥」(兄)と呼んでいる訳ですね。

なおなお、蘭陵王は幼名が「粛児」なので、27歳にもなって、皇太后に「粛児(スーアル=粛坊)」と呼ばれてるのがカワイイ。

で、蘭陵王自身は自分のことを、

“我”、おばあ様に対しては“在下”(わたくしめ:あ、ごめん、最初のうちは雪舞に対しても)→“爺”“長恭”〈ちょうきょう〉→“本王”

と出世魚のごとく、呼び換えています。

目下の人に対しては「“本王”(王侯の場合)」「“本将軍”(将軍の場合)」「“本宮”(皇后の場合)」とか言うんですけど(雪舞は“本姑娘”とか言ってるし)、聞いてるとどうしても『天才バカボン』の「本官」を思い出しちゃって…。

部外者に自分の事を「本職」って言っちゃダメ、と通達したお役所があると聞いたことがあって、内輪のことばだからかな、と思ってましたが、中国語での「本○○」の使い方を見てると、もともと目上の人にはあまり使わない言い方なので、エラそうと思われる、ということなのかも…。

で、面倒くさいのはそれだけじゃありません。相手との関係によって、自分の言い方も変える必要があります。

人質に取られた義兄弟、斛律須達〈こくりつ しゅだつ〉を救うため、庶民のふりをして、敵将・尉遅迥〈うっち けい〉を欺こうとしたとき、蘭陵王は自分のことを“少民”と呼んでましたが、結構ハラハラしますよね。
変装してるときにうっかり“本王”とか言おうものならたちまちバレちゃうもんね。

さて、皇帝陛下に謁見するときは、まず
“參見皇上”(皇帝陛下にお目通りをいたします)と挨拶して、膝をつき、陛下から“平身”(ピンシェン)と言われるまではうずくまってなくちゃいけません。お言葉をかけていただいたら初めて、“謝皇上”(ありがたき幸せ)といって顔を上げることが許されます。

日本語じゃ「平身低頭」って言ったら這いつくばったままなのに、中国語で“平身”って言ったら立ち上がっていいのね。面白いなぁ…。

皇帝陛下と話すとき、自分のことは“末將”(将軍の場合)、“臣”(臣下の場合。ちなみに子が皇帝に対しての自称なら“兒臣”)、“臣妾”(妃の場合)などと、最大級にへりくだらなければダメです。

首が惜しかったら、間違っても雪舞のように“宇文邕!”「ユィウェン ヨン!」なんて呼び捨てにしてはいけません。

その点、現代中国語は基本 私は“我”、あんたは“你”しかないから、(首も)助かるわ。

さて、このドラマを見たあと、銀座に行ったんですけど、デパートの入り口で店員さんにお辞儀されると、“平身”(ピンシェン)って言いたくて、ウズウズしてました…

そんなモヤモヤのまま、話は「龍虎相搏編」(→こちら)に続く…
posted by 銀の匙 at 22:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月24日

蘭陵王(テレビドラマ2/重箱四隅編)

さて、前回(こちら)に引き続きまして、テレビドラマ「蘭陵王」の続き。

実在の人物、蘭陵王については正史に500字ほどしか記述がありません。(史実編参照)

でもドラマは46話もある。

しかも、何と第9話にして、史実では彼のキャリアのハイライトである、「邙山(ぼうざん)の戦い」が終わっちゃう。

あとは一体どうするんだろう…というのは外野の余計な心配で、他の登場人物の史実も取り入れて、虚実ないまぜにしつつ話は続くんですけど、私はやっぱり第10話までが一番好きだなぁ。

この先、20番台は、何とかして蘭陵王を振り向かせようとする鄭児〈ていじ〉と、自ら困った状態を招いている楊雪舞〈よう せつぶ〉、視聴者にまで見捨てられそうになる(そして演じてるウィリアム・フォンにすら見限られた)蘭陵王の、息詰まる宮中陰謀ものになってしまい、苦手な人には辛い展開。

30番台に入るとやおら持ち直し(っていうか、私が女の戦い系の話が苦手なだけで、好きな人には20番台も面白いんじゃないかとは思う)、特に、ついに皇太子(新皇帝)と蘭陵王が激突してしまう、33話と35話,36話は必見ですね。ここを観て、蘭陵王役にウィリアム・フォンは正解だったと思いましたもん…。

と、先走ってしまいましたが、お話の流れをすごーくざっくり説明すると、

第9話までが(北)斉と(北)周の攻防戦を軸にした戦記もの。

(斉と周という国号は他の地域や時代にも存在するので、歴史上は区別のために「北斉」「北周」って呼びますが、ドラマは同時代を描いているので、以後、斉・周とさせていただきます)

第18話までが、斉、周、それぞれの宮廷での内紛を軸にした宮中もの。

第27話までが、蘭陵王府内の女の闘いを軸にした後宮(?)もの(って言っても対象者2人だけど)。

第36話までが、斉の新皇帝と蘭陵王との葛藤を描く政局もの。

そして36話にして史実通り、蘭陵王は毒を賜ってしまう…。

えっ…、ドラマはこの後、10話もあるんですけど!?

そしてここから最終回の46話まで、お話は異次元に突入しちゃいますが、実はこの最後の10話でいよいよ時代は転換期を迎え、第11話以降でなんだか変節していたそれぞれのキャラクターが、終局に向けて、本来の役柄を全うし始めるんですね。そういう意味ではとても面白い構成です。

それから、第1話で、まるで未来を見切るかのように登場した楊堅ですが、どうストーリーに絡んでくるのかと思ったら、最終盤のあたりでちょろっと出てくるだけ。これはちょっと使い方が勿体なかったかも…。

せっかくなので、彼が出てくる第1話をおさらいしておきましょう。

西暦557年 魏晋南北朝末期。かつて一族の者が助けられた恩に報いるため、巫族〈ふぞく〉の長老・楊林氏は、いつもは外界から閉ざされた自らの村に、周の武将・楊堅を招き入れます。彼は10年に一度、楊林に将来を占ってもらうという特典を与えられているらしい。

早速、この先10年の戦局を尋ねられ、楊林は、対峙する周と斉に2人ずつ、天下を動かす人物がいると伝えます。

周では、
・事実上の支配者、大冢宰〈だいちょうさい〉である宇文護〈うぶん ご〉
・彼の元で謀叛に怯える年若き皇帝・宇文邕〈うぶん ゆう〉

そして斉では、
・現皇帝の長男である皇太子・高緯〈こう い〉
・そのいとこ(現皇帝の兄の子)である第四皇子の高長恭〈こう ちょうきょう=蘭陵王〉

がそれに当たります。

大冢宰っていうのは聞きなれない役職ですが、長官たちを束ねる「太宰」と、その官名である「冢宰」が合体したもので、(北)周だけの官名らしいです。

ちなみに、この人たちの苗字は「宇」じゃなくて「宇文」で、ドラマには他に、史実でも重要人物である、宇文邕の腹心、宇文神挙〈うぶん しんきょ〉が登場します。

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この人、動きがキビキビしていて気持ち良い上に、あまり感情を表に出すシーンはありませんが、良い人っぽいことが行動から分かります。ドラマでは出ませんが、史実では、何と彼も、日頃の廉直な人柄が災いして、蘭陵王同様、無能な次の皇帝(宇文邕の息子)に睨まれて毒を賜ってしまうらしい。

任兼文武,聲彰中外。百僚無不仰其風則
(文武両道に優れ、その名声は国内外に聞こえており、官吏たちでその人柄を尊敬しないものはなかった)

と、めちゃ褒められてるんですけど。
この時代の仕事できる人ってカワイそう...。

彼ら宇文氏の他にも、このドラマには「斛律(こくりつ)将軍」とか、妙な苗字(ごめん)のひとがいっぱい出てくるんですが、こういう2文字の苗字を、複姓といいます。『史記』を書いた「司馬」遷とか、三国志の「諸葛」孔明とかは有名ですよね。

以前、台湾の友だちが「あなたの苗字が羨ましい〜」って言うので(私の苗字は日本じゃ特に珍しくない)、「何でよ?」と聞くと、「だって、小説の主人公ってみんな2文字でしょ。「令狐」沖〈れいこ ちゅう〉とか「東方」不敗〈とうほう ふはい:人(?)名です〉とかさぁ」だって。

それはあなた、金庸〈きんよう〉の小説読み過ぎだってば。

ちなみに、「司馬」や「諸葛」は漢民族の姓ですが、複姓には周辺民族出身の人が多く、「宇文」は鮮卑〈せんぴ〉族、「斛律」は敕勒〈ちょくろく〉族の姓。

南北朝の当時、軍人は漢民族以外の民族が主流であり、漢民族出身の文官と揉めたりして政治が不安定になる要因を作っておりました。

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↑斛律光(こくりつ こう)将軍。

弓の腕前は後代まで有名で、見事ワシを射止めたことから落G〈らくちょう〉将軍と称されます。ドラマでもチラッとその名で呼ばれましたね(日本語吹き替えでは出てたかな?)。

その勇猛ぶりは唐の詩人・杜牧〈とぼく〉に、

落G都尉万人敵 (落G都尉は万軍に打ち勝つ)

と歌われています。史実では、娘さんはなんと、高緯の正妃になったらしい(ドラマでは皇后になったのは鄭児(ていじ)ですけど、史実では斛律光の娘なんですね)。

ドラマでは息子の斛律須達〈こくりつ しゅだつ〉が蘭陵王と義兄弟ということで、彼を餌に蘭陵王を誘き出さんと、蘭陵王に扮した敵軍の将軍・尉遲迥〈うっち けい。この人も複姓〉に捕えられてしまいます。

ついでに言っとくと、ドラマでは蘭陵王のコスプレしてみたり、美貌で知られる高長恭(蘭陵王)の素顔を見て、な〜んだ♪って顔して見たり、そのビジュアルでいったい何様? な尉遲迥ではありますが、史書によると彼も美貌の人だったらしく(この時代、美貌の武将多すぎ)、こういう態度を取る権利は十分にあったと、名誉のために付け加えておきます。

何だか余計な話で長くなりましたが、蘭陵王は、おばあ様が話した時点で16歳。

16歳で軍神と褒めたたえられてるって、すごくない?
しかも話をしてる557年の時点じゃまだ領地を与えられてないので、蘭陵王じゃないし…

ん?

ここでハタと気づきましたが、おばあ様、楊堅も知ってるはずのこと、何を得々と解説してるんだろうと思っていたけど、この話は途中から未来の予想になってるんですね。

中国語の動詞にははっきりした未来形がないから気づかなかったわ(ややこしい)。

ってことで、話は十年後(567年)、黄河 壺口関〈ここうかん〉。

ここは周との境に接する要衝の地とのことですが、Googleマップ様によりますと、当時の斉の首都、鄴〈ぎょう〉からは、車だと渋滞なしで7時間半。ちなみに徒歩だと111時間ほどかかります。

今はもう、鄴という場所はありませんが、現在の河北省邯鄲〈かんたん〉市の近くに当たるそうです。おぉ、「邯鄲の夢」の邯鄲! なんかこの地名も伝説っぽい地名ですね。

逆に、ここから、周の都・長安までは車で4時間と、半分の近さ。こりゃ防衛上ヤバい場所です。

対峙する尉遲迥〈うっち けい〉の居点、丹州城までは、有料道路を使えば車で57分の距離らしい(近いな)。

ここを、蘭陵王とその異母弟の第五皇子・安徳王〈あんとくおう=高延宗〈こう えんそう〉〉と、配下の楊士深〈よう ししん〉、義兄弟の斛律須達が守備している。

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向かって右が安徳王、左が楊士深。

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そして、斛律須達。

このシーン以降、常に兄の影となり、日向となってサポートする、ドラマの安徳王高延宗(こうえんそう)はなかなかチャーミングで、のほほんとしつつ、いざというときは頼もしい役回りなんですが、まだ小さいうちに父を亡くし、叔父に溺愛されて育ったせいか、史実の前半生は相当なヤンキーで、かなりお下劣な事をやらかして百叩きの刑に遭い(しかもその時、あまりに反省してない態度だったので、さらに30回追加になりました・呆)、取り巻き9人をメッタ斬りにされてようやく目が覚めたというとんでもない人物であります。

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↑酔ってるし。

そういや、ドラマで鄭児が、囚人を引き出してお互いを戦わせ、なぶり殺しにするという「囚人遊び」を咎められると、「高家の伝統よ」とかなんとか言ってるシーンがありましたが、史書によれば誰あろう、囚人を試し切りの材料にしてたのは第五皇子その人だったのでございます(大呆)

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しかし、蘭陵王が亡くなった後で、一番悼んだのも、後の始末に尽力したのも、ドラマ・史実ともこの人だったことは間違いないようです(→史実編参照)。

さて、ドラマに戻りますと、斛律光将軍の到着を待つ蘭陵王たちは、一計を案じて、尉遲迥の兵力を削ぐことに成功。ただ、戦闘が元で愛馬・踏雪(とうせつ)が怪我を負ったため、蘭陵王は独り、傷に効くという近くの温泉場に愛馬を連れて行き、そこで、鶏を捕まえに(&硫黄を採りに)現れた雪舞と出会うことになります。

楊雪舞の住んでいた村はどこにあるのかハッキリしません。
でも、高長恭に向かって、
「あなたは斉の武将なの?」と聞いているところを見ると、はっきり斉に組み込まれている訳でもないらしい。
 この後、楊雪舞は高長恭が置き忘れてしまった仮面を届けるため(こんな大切なもの忘れるなんて、どうかしてると思いますが)、一番近い大きな町、ということで南汾州城という町に向かいます。「日の出の方角に歩いていく」と言っているところを見ると、その町よりは西にあり、当日中に着いてるらしいところをみると、一泊しないで行ける距離にあるはず。

地図で見ると、汾州はほとんど黄河沿いにありますので、周の領地に接していたんでしょうか。
そんなこと詮索してどうする、なんだけど…。

爆弾娘・楊雪舞は、彼女の時代より200年くらい前に書かれた『抱朴子』〈ほうぼくし〉を読んで、そこに書いてある「火樹銀花」(かじゅぎんか:いまでいう花火)を作ろうとしてたらしい。(おばあ様の誕生日祝いに…と言ってたけど、成功してたとしても、絶対怒られてると思う…楊雪舞が何をしても褒めてくれるのは、中国広しと言えども、宇文邕〈うぶん よう〉だけですよ)

魏晋南北朝の時代といえば、世相の不安を反映してか、道教や仏教が流行り、知識人たちは薬や酒を飲んでラリったり(竹林の七賢はこの辺の時代のひと)、不老長寿の煉丹術を極めようとしてたと言われています。(→第8話参照

錬金術が化学を発展させたように、錬丹術も医学や化学の発展にかなり貢献したので、その辺の事情がさりげなくお話に盛り込まれているのでしょうか。

ところで蘭陵王の愛馬の「踏雪」(とうせつ:ターシュエ)という名前ですが、これは「ぶち」とか「とら」とか「みけ」と一緒で、馬だけじゃなく、動物一般の模様を表しています。全身が黒で、4本の脚の先が白いので、まるで雪を踏んでいるようだから「踏雪」というわけ。

「くつした」なんていうのより優美な名前で、私は好きなんですけど、俗に「踏雪模様の猫はよく逃げる」というらしい。

そういや、犬にも「踏雪」模様のがいるじゃないですか。日本じゃ「のらくろ」だけど…。

なんてくだらない事を書いてたら、また長くなってしまいました。次回こそ終わりにしよう…自信ないけど…。てことで、「千編万語編」に続く。
posted by 銀の匙 at 10:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月03日

蘭陵王(テレビドラマ1/有話即長編)

*蘭陵王関係の記事を最初からご覧になりたい方は、右のカテゴリ欄から蘭陵王(テレビドラマ)をクリックして選ぶか、→こちらから、一番下までスクロールしてご覧ください。

さて、蘭陵王(らんりょうおう)。

前回の「史実編」(こちら)でも書きましたように、蘭陵王はすぐにでもドラマ化できそうなエピソード満載の人物だったわけですが、その割にはドラマ化は去年のが初めてなんですね。

実は、すごーく昔に、中国映画で『蘭陵王』っていうのがありまして、主演女優の寧静〈ニン ジン〉さんのファンだったんで見たんだけど、いろんな意味でスゴイ映画だったな、あれは…(中国語版Wikiをみると、「映画は歴史上の人物とは無関係」って一刀両断(笑))

あの映画の呪いのせいで、しばらくは孟獲〈もうかく〉と蘭陵王がごっちゃになってたし、私。
ちなみに孟獲とは、三国志に出てくる未開の辺境の酋長です(←怒らないでくださいっ! そういう設定なの!!)。

あ、話が逸れた。蘭陵王の映像化の話でしたね。

去年2013年に台湾・中国の合作でテレビドラマ化されて、日本でもBSフジ、Lala TVで放映されました。いま(2014年8月)はKBS京都で放映中(のはず)。日本語吹き替え・日本語字幕のついたDVDも発売されてます。
(残念ながら、中国語の字幕はついてません)

中国のテレビドラマを見るのは久しぶりなのでウラシマ状態でございましたが、映画ならともかく、地上波で放送するには結構きわどいシーンとかきわどいセリフとかある気がするけど、最近の中国じゃこういうの別にOKなのかな…?

ま、それはともかく、これほど華々しい題材のドラマ化はこれが初めてって、ちょっと意外な気もするけど、大きな理由は、主人公の人選が難関すぎたからじゃないでしょうか。

正史も認める中国史No.1のイケメン、軍神にして女人と見まごう美男子なんて、滅多な俳優さんじゃ視聴者(私)が納得しないでしょう! だって変なのキャスティングした日には、No.1がこの程度?って話になって、中国のメンツにかかわるもんね。

ってことで、視聴者の興味は、まずは主人公の容姿に集中すると思われるわけですが、このドラマの蘭陵王・ウィリアム・フォン(馮紹峰)はこんな感じで登場…。






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あ、ごめん(このシーン、悪いけど吹いたわ…)、
こっちだった。

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う、うーん。

伝説どおり、あまりに綺麗で女性に間違われるっていうシーンもあるんですが、


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…間違えるかな?

あー、えっと、美男子かそうじゃないかって言われたら、もちろん大変端正なお顔立ちですけど、蘭陵王かって言われると…びみょーですよね…。以前、二郎真君(じろうしんくん・神様ですが、イケメンとされている)の役をやったことがあるそうで、確かにそっちの方が合ってるような気がする。

あるいは『白蛇伝』とか如何でしょうか(勧めてどうする)。

だって、どう見たって典型的な江南の人って感じの風采で、黒竜江省とか山東省とか、北中国の男性とは骨格からして違うって感じだもん…

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(【蘭陵王】電視劇官方專頁より)

ほんと、江南男子のサンプルみたい…(…つい、“白相人”〈バッシャーンニン〉とかって良くない言葉を連想しちゃったりする…ダメダメ)
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(これは2016年↑の御本人さまブログでのご様子〈以下、2016年のお写真の出典は全て同〉ですが、ますますそんな感じに…)

日本で出たDVDの最終巻には、インタビューが特典として付いてるのですが、それを見るとウィリアム君は何だか押しの弱そーな、いかにも現代っ子な感じで話し方もふにゃふにゃ。

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中国で文房具屋さんとかに行くと、よくカウンターにいますよね、こういうお兄さん。ま、ナイスなお兄さんではありますが…
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(↑こちらは2016年。何だかますますそういう感じに…。
そういえば、最近は、女子に見まごうって感じのビジュアルも出来なくはないか…↓)

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あぁ、いえ、その割にはドラマでは標準語バリバリなのね、と思ったら、今気づいたけど広東語版だけじゃなくて、北京語版でもセリフは吹き替えなんですね。

敵国・周の皇帝は香港(広東語)のダニエル・チャン(陳曉東)が演じてるので、北京語版が吹き替えだというのは分かるんですが。

ウィリアム・フォンの話し方、実はインタビューを聞いていても、標準語じゃないっていう感じはしない(もちろん、北中国の人の話す標準語、という感じもしませんが)ので、なぜ吹き替えが必要なのか、本当のところはよくわかりません。

売れっ子俳優さんだと同時期に何本もドラマを撮ってるのは当たり前らしいので、アテレコに割ける時間がなかったのかも知れませんが。

ちなみに、現代ドラマはご本人の声のままだし(《二次曝光》《我想和你好好的》《黃金時代》etc...) 、時代劇でも《狄仁傑 神都龍王》とかは吹き替えをしていません。

吹き替えを担当している張震さんは数々の主人公の声を当てている有名な方です。ほとんどが香港や台湾の役者さんの声ですが、なかには中国の人、しかも標準語地域の人もいるので、役柄によっては吹き替えを使うということなのかも知れません(ちなみに張震さんは、こんな方)。洋画の吹き替えもなさっています。「ロード・オブ・ザ・リング」ではファラミアの役。何となく分かるでしょう、声の感じが…?

もし、このドラマの監督さんにお会いすることができるものなら、なぜ蘭陵王の声が吹き替えなのかと、なぜ蘭陵王の家に鳥居があるのかについて、じっくりお話を伺いたいと思います(笑)(鳥居について詳しくは、第10話の3→こちら の記事をご覧ください)

なお、なぜ仮面が般若の面なのかも長らくナゾでございましたが、第18回のコメント欄で画期的な情報を教えていただきました(@きょろさん)。私もきょろさん案に1票です。(→気になる方は こちら からどうぞ)

先の回のコメントで教えていただきましたが(@びちさん)、予告編の声はアテレコ前らしく、ご本人の声のままのようです(→予告編)。確かにこれだとかなり印象違いますね。

で、声の演技にも気を遣ってるのかなーと思う割には、ヒロインの楊雪舞〈よう せつぶ〉を演じたアリエル・リン(林依晨)が、ときどきまんま台湾風なのは解せないが…。台湾製作のドラマだから当然なのかも知れないけど、でもまるで関西弁で「八重の桜」をやってるような違和感とでも言いますか(このお話は、中国の中でも北の方の地域のお話なので、南中国風の話し方はどうもしっくり来なくて)。

と、1話を見た限りじゃこりゃダメかもモードだったのですが、「もし本当にはできなくても、演技では、できるように見えなきゃいけない」とウィリアム君ご本人がインタビューで言ってらっしゃる通り、動くとちゃんと蘭陵王っぽく見えてくるから俳優さんっていうのはスゴイですね。こんな形相で斬り込んでこられたら、相手の将軍じゃなくてもビビるって…。

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このドラマの蘭陵王は、コミカルなとこから冷血無情なところまで、同じ人物とは思えないくらい設定に幅があり(脚本家が複数いるらしいから、書いた人によってキャラが違うんじゃなかろうかとさえ思った)、俳優さんの努力で同じ人に見えるようにしなくちゃいけないので(笑)、役作りは結構大変だったんじゃないでしょうか。

表情も、戦場での阿修羅な形相のとこから、ヒロインに“笑起來,有著迷人的孩子氣”(だったかな)と称される、子どものようにあどけない笑顔まで相当広いレンジが要求されてて、(全46回もあるんで、途中やや危ういところはあったけど)おおむね良かったと思います。
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↑いちおう、同じひと(の役)。

歩き方とか、太刀さばきとか、舞台的な演出のシーンは際立って上手いし、
劇中で何度か泣くシーンがあるんですが、この御方の泣く演技は本当に絶品です。

しばらく北京に住んでるらしくて、他の作品では北京っ子の役も結構やってます。そういうときはそれなりに北京の人に見えるのがさすが役者さん!恐れ入りました。

と、一番のハードルはクリアしましたところで、
肝心のお話の方は、まさに王道少女マンガ路線。

見た目がぱっとしない(ごめん!)、ごくごく庶民のヒロイン

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を、かたや斉の軍神・蘭陵王、かたや周の皇帝(!)宇文邕〈うぶん よう〉


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が奪い合うという、あり得ない展開ではありますが、そこはそれ、お話が長いので、見てるこっちがだんだん納得してしまう脚本が実に巧妙。

そう、タイトルこそ「蘭陵王」になってますけど、架空のヒロイン・楊雪舞〈よう せつぶ〉のお話なんですよね、実際は。

この、「楊雪舞・蘭陵王・宇文邕」に加えて、「蘭陵王・楊雪舞と、蘭陵王に横恋慕する鄭児〈ていじ〉」
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(二キータ・マオ(毛林林)が演じてます。この女優さん、ホントにキレイ)

という、ふたつの三角関係が横軸になり、戦乱を終わらせることができる唯一の人物ではあるが、道半ばにして非業の死を遂げるであろうと予言された、蘭陵王の運命そのものが縦軸になってストーリーが展開します。
(ちなみに鄭児は実在の人物)。

いくらなんでも戦乱の時代が背景だから、恋愛シーンばっかりじゃなくて、もちろん戦闘シーンもございます。掛けるべきところにお金を掛けているらしく、安っぽく見えないところが素晴らしい。衣装やセットなどは下手な映画よりお金がかかってるんじゃないでしょうか。

韓流の時代劇を見慣れてる人には、色彩設計やディテールが洗練されてないと映るかも知れませんが、この俗っぽいというか、ナマっぽい感じが時代の隔たりを感じさせて私は結構好き。

とか何とか、エラそうな事を言っておりますが、中国ものの古装劇(時代劇)をまともに見るのは、たぶんこれが初めて。

史実をもとにした話で時代考証があんまりいい加減だと、引いちゃいそうで嫌だな〜と思って、なかなか見る勇気が出ないんです。

もちろん、武侠モノは好きなんでよく見ますけど、あれは時代劇じゃなくて「ファンタジー」ですから! 
考証はあってなきが如しがお約束なので、いいんです。

さて、このドラマ、どこまで時代設定にこだわったかは分かりませんが、当時の風俗を取り入れてると思しきシーンもちらほら出てきます。

まずはヘアスタイル。この手前の時代までは、女性も男性も髪をお団子にして布で包むのが基本スタイルでしたが、この頃から北方諸民族の奇抜な髪型が中国内陸まで流行ってきたらしい。この時代の画なんかをみると(シルエットしかないので)、いったいどうなってるのコレ…?って髪型、結構あるのですが、ドラマで再現してくれたのを見ると、構造が分かりやすいです。

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↑これは楊雪舞が無理やり結わされた髪型(ちなみに、右側の鼻を押さえてる人が蘭陵王です。この直前のシーンで、髪に鼻をぶつけました…)

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↑これは周の正妃(宇文邕の奥さん)、アシナ皇后の髪型。アシナ皇后は北方の騎馬民族・突厥(とっけつ)出身の人なので、髪型がめちゃ奇抜。

この時代、髪飾りも相当派手になったらしいですが、ドラマでもいろいろ出てきます。なるほど、こうやって使うのね。雪舞の髪飾りは、どれも可愛くてお気に入りです。

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衣装もとても似合ってる。

彼女の服では、この北欧柄(?)も好きでした。これは周の衣装という設定。
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ありったけ髪飾りをつけるとこんな感じに…。

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首 折れそう。

お次は鄭児。贅沢三昧な役柄なので、髪飾りも服装もゴージャス。
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洋装っぽいですが、次の時代の流行を少し先取りしたようなスタイルです。胸を出すのは次の時代に流行ったスタイルですが、オシャレな人はこの頃からもう取り入れていたのかも。

蘭陵王の髪型も、よく見ると編み込みしていて地味に素敵なんですよね。
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兵馬俑を見るとわかりますが、編み込みは、古代から兵士の伝統的なヘアスタイルらしい。だからってドレッドはないでしょう!…とお思いかも知れませんが、実は結構史実に忠実みたいなんです。(髪型について詳しくは→こちら(第10話)の記事参照)

さらに、独りで湯治に来ていたこのシーン
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の次がこのシーンなので

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編み込みは自分でしているものと思われます。

この人、後でよく分かるけど手先がとても器用。
ていうか、中国では、見栄えがよく、性格が爽やかなだけではイイ男認定は頂けません(なんとまあ、計り知れないハードルの高さよ…。さすが人口が日本の10倍なだけはある)。

イケメン男子たるもの、料理や裁縫ができなきゃダメなんです!

トレンディドラマを注意して見てると、主役の男の子が、ぱぱっと手料理を作るか、
繕いものをするか、どっちかのシーンは必ず入ってます。
加えて、子守もすれば完璧です。

さすがに時代劇で、それはなかろう…と思ったら、あるんですね。しかも全部(!)

第2話で早くも裁縫シーンが出てくるんで、思わず笑っちゃいました。

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ね。(ウィリアム・フォンの手は武将というより手タレ・笑)

もちろん、第10話でごちそうも作ってくれますよ。
さすが、中国NO.1の美男子だけはある!(妙なところで感心する私)

今日び日本男子だって家庭科スキルのある人は多いでしょうが、それにしてもわざわざ時代劇で、ありえなくないですか、この設定? 仮にも皇子さまなのに…。違和感っていうか、異国情緒を感じるわ〜。

ついでにもう1つ、私が感心したのはこのシーン。
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何してるか、お分かりですか?
そう、チェブラーシカに 楊雪舞におかずを取ってあげてるんですね。
これは仲良しの印なんですよ。

庶民はよくやるけど、皇子さまはやらないでしょうね〜いくら何でも。
でも、蘭陵王府(蘭陵王のお屋敷)のくだけた雰囲気がよく分かるし、とても可愛らしいシーン。

都市伝説か本当か知らないけど、昔、エリザベス女王が中国を訪問したときに、
晩餐会が行われ、その模様がテレビ中継されたそうです。
当時の国家主席、華国鋒が、こんな風に女王におかずを取ってあげたら、
女王がきゃ〜っ、って驚いたので、いきなり中継がブチっと切れたらしい。

(華国鋒ならいかにもやりそうだけど(それに、この場合はホストなので、伝統的にはおかずを取ってあげるのが礼儀らしいけど)、エリザベス女王はそのくらいじゃ動じないだろう、と思うのは私だけ?)

このシーン、もう1つ面白いのは、2人が横にならんで、しかも座布団の上に座ってること。

中国では、今でこそ机と椅子、ベッドの生活ですが、ちょうどこの蘭陵王の時代あたりまで、
日本みたいに床に座って食事をしていたんですね。

だから、蘭陵王府では、こんな「サザエさん」みたいな、
ちゃぶだい囲んだほのぼのシーンも登場。
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もっとも、当時は、今の日本の宴会場みたいに、ひとり分の食事を台に載せて出したらしいので、こんなちゃぶ台みたいなものがあったかどうかは不明。

他にも、地面よりちょっとだけ上にかさ上げした、台みたいなものに座ることもあり、皇帝の部屋のシーンなんかでちらっと出てきます。

さて、話が逸れたついでに言っとくと、このドラマ、王道少女マンガな証拠に、
もちろん、壁ドン(笑)のシーンもご用意しております。(しかもトレンディ(笑)な証拠に、実は肩ズンのシーンもございます)


これ↓
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でもこの表情、全然ロマンチックじゃないですね…
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ええ、そうです、全然ロマンチックなシーンじゃないんですよ。
軍神・蘭陵王の本性見たりなシーンなんです。

ま、こうじゃなければ乱世の皇子なんて、務まらないけど…。
(皇太子はじめ、他人と比べられると逆上する、高一族の血筋は争えないシーン、とも言えますが…)

蘭陵王が死を賜ったのは、彼の才能や人望に嫉妬した皇太子が狭量だったのが一番の原因ですが、そうさせた遠因は、やっぱり蘭陵王本人の日頃の態度というか、性格にもあるんじゃないか。

そう匂わせる上手い脚本だな、とは思いますが、楊雪舞よ、悪い事は言わないわ。あなたのおばあさんじゃないけど、ホント、その人はやめとけ。

あ、しまった、話が先に行きすぎちゃいました。登場人物の紹介もまだでしたね。

先ほど失礼なことを書きましたが、さすが2人の大物が取り合うだけあって、ヒロインの楊雪舞は医学、化学、物理学(?)に通じたリケジョの才女という、なかなか目新しい設定であります。

占いに長けた一族・巫族の末裔(天女と呼ばれる)で、「天女の援けを得れば天下を得ることができる」、という伝説のおまけつき。

彼女は困った人を見ると放っておけない性格で、そのおかげで蘭陵王や宇文邕を始め多くの人の愛情を勝ち取る一方、多くの災いを呼び寄せることにもなります。そこがストーリーの展開上、とても面白い。

ちょうど「指輪物語」で、ビルボがゴラムを助けたことが、悪い結果も良い結果も呼び寄せたように、楊雪舞が助けた「阿怪」(あかい)と「鄭児」が、長い目でみると、彼女(と歴史)にとって禍福両方の結果をもたらすことになる訳です。

仁慈の心…それがpity(とガンダルフなら言うであろう)。

彼女は、優れた巫女である祖母の予言通り、蘭陵王が戦乱の世を終わらせる、ということを固く信じているがゆえに、蘭陵王が愛する人は、このさき彼の前に現れて正妃となる、鄭氏(鄭という苗字の女性)ただ一人である、という予言(これは史実通り)をも信じている。

ヒロインは
・蘭陵王の運命を知りながら、彼をそこから助け出そうとする「運命を裏切る」行為
と、
・いつかは蘭陵王の前に、彼の真実の愛の対象が現れるのではないかと恐れる「運命を信じる」行為
という、明らかに矛盾することを同時にやってるんだけど、その辺に気づいてないらしい(そこが見ていてイライラするんですが…)。

この、「決められた運命」というフレームを巧妙に利用したストーリー展開はなかなかのものです。

お話は西暦557年、三国志が終わったあとの魏晋南北朝時代、
北方中国の静かな村から始まります。

いきなり現れるのが、まさかの大物、楊堅〈よう けん〉。

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世界史の授業を寝ないで聞いてた人は分かりますよね、彼が誰だか。
そう、まさにこれから展開しようっていうストーリーの、次の時代の主役ですよ。
彼こそが、南北朝の争乱が終わったあと、天下を統一した「隋」(ずい)の皇帝になるわけ。

この時点で、なんだかCGがセコイなとか思って斜めに見ていた私はもう画面に釘付け。
のっけからまさかのネタバレ、凄すぎる…。

しかも、彼の求めに応じて、楊雪舞の祖母・楊林氏が語る次の10年の戦局は史実そのもの。

「刑事コロンボ」じゃあるまいし、冒頭でこの先の展開を全部しゃべってどうするのよ…と一瞬心配しかけたけど、これを知らないのは私が日本の視聴者だからで、中国の視聴者にとっては歴史の授業の復習なんですよね。

織田信長が天下統一を目前に、本能寺の変で非業の死を遂げる…っていうのは、もはや変えられない。

それと一緒で、蘭陵王が身内から死を賜ることは、避けられないわけです。
ところが楊林氏は、自分の可愛い孫娘が運命の中に巻き込まれることを予感していたため、何とかそれを避けようと画策する。

このあと孫娘の楊雪舞は、自分が蘭陵王の運命を変えてしまうのが怖いと、肝心なところでいろいろ躊躇するんですが、実は彼女が登場する以前に、彼女の祖母がすでに運命に干渉してたとしか思えないんですけど、どうなんでしょう?

しかし登場人物たちは、自分たちがパラレルワールドに突入したことも気づかないまま、予定通りのイベントをこなし始めるのでありました…

第1話は、CGに難があるし、少女時代の楊雪舞がちょっとアレだったり、途中の「巨人の星」みたいな劇画シーンが凄すぎたりで、うっかり見るのをやめたくなってしまいますが(ふつう、1回目は特に凝って作らないですか…? あ、凝りすぎたのか?)、この後が面白いので、ぜひ続きも見てみてください!

特に、全話を見終わったあとで、もう一度第1話を見ると、「指輪物語」を全部読んだ後で序章を読んだときのような、何とも言えない気持ちになりますから…。

…って好きなように書いてたら、いつの間にかこんなに長くなっちゃいましたね…
1回でやめとこうと思ったのにしょうがないなぁ…ということで、明日の「重箱四隅編」に続く!

PS:その後、リクエストにより、出演者へのインタビュー番組の紹介を交えながら、元々の中国語のセリフを楽しみつつ、テレビドラマに1話ずつ突っ込む(?)という記事を書いております。

第1話は→こちらから。

全体をご覧になりたい方は「蘭陵王」のカテゴリー(→右欄外、もしくはこちら)をどうぞ。
posted by 銀の匙 at 09:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする