2004年07月25日

ブラジル・ボディノスタルジア トークショー

吉増氏

ブラジルの現代美術を紹介する展覧会を記念して、ブラジルをうたった詩人・吉増剛造(よしますごうぞう)さんのポエトリー・リーディングがあると伺い、行ってみました。地味な催しだと思ったのに、会場は人でいっぱいで、ついに定員の150人が満席になってしまいました。

会場では、ブラジルと吉増さんにまつわるごく短い映像が繰り返し流れ、映像のエピソードも交えながら語るという趣向です。

あいにく今日も仕事があり、昼休み1時間だけ抜けさせてもらうという約束だったので、朗読まで行かないうちに会場を出なければならず、後ろ髪を引かれる思いでした。それでも、評判にたがわない引き込まれるような語り口を堪能することができました。図版は、吉増さんが講演の朝起き出して、詩を書くつもりだったものが、このような形になったという自筆原稿の写しです。

自作の「ガローアの森」について語っていたときに、この詩をポルトガル語に訳して…日本語訳も…と言い間違えたあと、なぜ日本語訳と言ってしまったのかな?自信がもてないからかな?…と自分の発言について自分の中で反芻していたのがとても印象的でした。

講演というとすぐ思い浮かぶ、有り難いお話がエピソードつきで繰り出されるというたぐいのものではなくて、話をたぐり寄せながら、ゆるい感じで語ってゆくのですが、「ノーガード戦法」のように、パンチを繰り出すわけでもないのに聞き手の言葉に対する注意力を喚起するかのように、じわりじわりと効いてきます。

これまで、吉増さんの詩は理が勝っているように勝手に思っていたのですが、そんなことはありませんでした。彼が詩の中で「火」について語れば、それは奥に幾重にも意味が折りたたまれているのです。詩人は言葉をおろそかにはしません。こんなに注意深く話を聞いたことはかつてありませんでした。次はぜひ、詩の朗読を聞きたいものです。アンヌさん、お誘いありがとうございました。

国立近代美術館。展覧会自体は終了してしまいましたが、お知らせはこちら
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2004年05月24日

妹背山婦女庭訓/バックステージツアー

文楽

国立劇場で見ました。江戸時代の一時期、文楽は歌舞伎よりも人気があったという話が頷けます。お話自体も最初の方は微笑ましく、NHKの人形劇かなんかをライブで見る感覚でいたのですが、すぐに演じているのが人形であるということを意識しなくなりました(人形は3人がかりで使うため、何体が登場すると舞台が満員電車状態になり、ちょっと可笑しかった)。

お話はまさにロミオとジュリエットな恋物語を軸に、歴史のうねり(とは言っても奈良時代なのにサムライが出てきちゃったりして考証はムチャクチャ)を重ね合わせた大作で、どんでん返しもある傑作です。ネタばれしちゃうと面白くないので伏せますが、シェークスピアに匹敵するすごい劇だと思います。

音楽は義太夫節で、日本にこんな芸能があるのね、と思わせるほどパッションに溢れた語りです。この演目に限り、両側に太夫が陣取るステレオ仕掛け。しかもそれが演出上非常に重要なのです。すさまじい迫力に圧倒されてしまいました。後で聞いたところによると、本作は大曲なので、演者も音楽も最高クラスの人が出演するんだとか。

さて、劇が終わったあとは、同行してくださった方の計らいで、舞台裏を見せて頂きました。小劇場とはいえ、舞台は大変広く、上から見ると客席が間近に感じられます。背景は天井に釣ってあり、それが下りてくる仕組みだそうです。障子やふすまは桟があるわけではなく窓枠の上に引っ掛けてあり、本番でバタンと良く落っことすんだとか。

人形遣いで主な遣い手の人は花魁のような高下駄を履きます。履いて移動するだけで重労働って感じです。人形遣いの仕事は舞台の上だけではありません。人形はマネキンみたいに髪も衣服もない状態なので、役柄に合わせて衣装を着付けるのも人形遣いの役目なのだとか。ですから、同じかしらをいろいろと使いまわせるのです。髪は床山さんが結うそうです。
文楽2

女性の口元には針が飛び出しています。これは、泣くしぐさのときに、着物の袖をひっかけるためについているのだそうです。衣装や小道具類は舞台用とはいえ、とてもきちんと作られています。

義太夫を歌う太夫さんと三味線の人は、小さな回り舞台(床)に座って出番を待ち、順番がくると手動でぐるっと表舞台にでます。床本(語りの台本)を置く見台は豪華な漆塗りで個人持ち。ひとつ100万円単位で、できる範囲で内容に合わせて違うものを使うと聞きました。

ほんの15分足らずでしたが、いろいろ見学させてもらい、とても楽しかったです。鑑賞教室なども時折開かれるそうなので、機会があれば是非おでかけになってみてください。
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2004年05月19日

五月大歌舞伎

幕

しばらくぶりに歌舞伎を見ました。初めて歌舞伎を観るという外国人と一緒に行くため、綺麗でわかりやすい「暫(しばらく)」という演目がかかるのを待っていたのです。今回、十一代目市川海老蔵襲名披露も兼ねていたとは、チケット争奪戦の時点では全く知りませんでした。というようなことからもおわかり頂けますように、その辺の外人さんより更にシロウトなのであります(昨今は、外人さんの方が詳しいですからねえ…。ヴィゴ・モーテンセンの足下にも及ばないと確信しております)。
前住んでたところは能楽堂のそばでしたので、能は年に2,3本は見てたのですが…とフォローしてみたり…

というわけで底の浅い感想で恐縮ですが、いつの時代も庶民の見たいと思うものは変わらないんだなあというのが偽らざる印象です。数時間の間に踊りあり、ドラマあり、立ち回りありとバラエティ豊かな構成は、ドリフの「8時だヨ!全員集合」みたいですし、それとなくスプラッタな場面が紛れ込んでいるのも、観客の好みに合わせたものなんでしょうね。衣装の袖に大胆な模様を描いて、黒子が後ろから広げてみせるところは、花をしょった少女マンガの王子様のようです。「侍の妻より、町人の妻の方がええわいな」とかヒロインに言わせちゃうのも観客のニーズなんでしょうが…江戸時代もこのセリフだったのでしょうか。だとしたら、ある意味すごく大胆ですよね。

同行した人は、能に比べて俗っぽすぎて好きじゃないと言っておりましたが、根っから庶民の私は大変楽しませてもらいました。贔屓の役者さんの着せ替えをたっぷり観て、歌も聴いて踊りも観てと、ファンには夢のようなひとときに違いありません。動きや背景などの大胆な省略や誇張は、今の日本のアニメやマンガにも確実に引き継がれているなあとも感じました。

海老蔵の声は良く通ってましたが、セリフの間が詰まりすぎていて、大向こうのお客さんが声を掛けるタイミングに苦労していました。それでもところどころで出た「よっ、11代目!」の掛け声は、お披露目公演ならではのものでしょうか。演目は「暫」のほか、「四季三葉草」「紅葉狩」「伊勢音頭恋寝刃」で、ことに「四季三葉草」の歌(浄瑠璃?)は素晴らしかったです。

二階に上がると、ロビーに今回の公演にちなんだ展示がしてありました。お花はフランスの某有名ブランドからも届いていました。海老蔵さん、自分の着付け用具一式を入れる鞄をこちらに特注したようです。こういうところも庶民好みの役者さんって感じです。幕も今回、襲名に併せて某お茶メーカーより贈られていました。

お花かばん
posted by 銀の匙 at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台/パフォーマンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする