2015年11月13日

『王の帰還』日本最終上映

(「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」関連の記事を最初からご覧になりたい方は、右のカテゴリー欄から「ロード・オブ・ザ・リング」を選んでいただくか、→こちらのリンクからスクロールして戻ってご覧ください)

本日、『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』は日本最終上映でした。

3部作の最後を飾る作品で、もともと一番長尺でしたが、今回はエクステンデット・エディションでの上映だったため、夕方6時半から観始めて、終わったのが夜の11時。3本立てでもないのに(笑)。

さすがに途中でイッターミッションがありましたが、そうか、グロンドのとこで中断だったんですね。

当日券を売っていて空席もちらほらあり、ちょっぴり寂しかったけど、池袋からだと多くの方が終電に間に合わないという事情があるのか、金曜日だからかも知れません。翌日のホビット一気上映は売り切れでした。本当だったら、ホビットから通しで王の帰還まで見たかったけど、そんなことしたらモルドールに行き着く前に倒れるだろうから、そもそも無理か...。

思えば、この作品のおかげで、一生縁がないだろうと思っていたニュージーランドには行ったし、ノルウェーにも行ったし、イギリスに行ってオックスフォード大の寮に泊まり、本場のソサエティの集まりに出席し、アイスランドにいつかは行きたいと思うようになり、と、ビルボやフロドほどじゃないけどリアルな冒険にも出かけることができました。

あれから10年経った(もう10年経つんですね!)いまでも、親しくお付き合いいただいている旅の仲間ができたのも、この映画のおかげです。

都合何回みたか分からないこの作品ですが、それでもかなり久しぶりに観たせいか、前半はどうでもよさそうなところでいちいち泣けました。エオウィンが不吉な夢の話をするシーン、闇迫るミナス・ティリスで、疲れたように腰掛けているガンダルフのシーン... 。

後半になると、話はシリアスなのに、なぜかいろいろと笑えるシーンがある(わざとですか監督)うえに、オークの群集が「あーらよっと!」と言ってたり(空耳ですが)、字幕と画面がなぞのコラボで笑わせたり(あの大きな目を見開いたまま死んでる(?)フロドに、「目を覚まして」って、これ以上いったいどうしろっていうの、サム)、「旦那を放せ」って言われてシーロブがいきなりバタッとフロドを落っことしたり。

そうそう、落っことすつながりでは、ようやくヘタレを脱出し、王様らしいとこを見せ始めたアラゴルンが、勇敢にもパランティアを覗いて、「御目様」とは直接目ヂカラ対決できるようになったのに、アルウェンが映った途端にうわあっつと落としたり(どうしても、心配で驚いたというより、怖くて投げ出したとしか見えない)…。

ということで、前半は泣かせてもらい、後半は笑わせてもらって楽しく鑑賞を終えました。それでも、最終上映だという感慨も手伝ってか、おかげさまで最後のアラゴルンの鼻歌もなんだか上手く聞こえましたよ…。

DVDでも何度も見てるし、ホームシアターで見せていただいたりもしたけれど、やはり劇場で見るのはいいですね。映像に迫力があるし、音や振動も臨場感にあふれています。音の調整もきっと上手いんでしょうね(久しぶりにナズグルが怖く感じた)。

エンドロールが終わって暗闇が戻ったとき、幽鬼…いや、勇気を出して拍手してみたら、追随してくださる方が大勢いて嬉しかったです。

ありがとう、池袋新文芸座、
ありがとう、指輪の幽鬼の皆様、
レーハノン!


posted by 銀の匙 at 23:32| Comment(2) | TrackBack(0) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月14日

ホビット 決戦のゆくえ ネタバレなし(基本的に)

(「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」関連の記事を最初からご覧になりたい方は、右のカテゴリー欄から「ロード・オブ・ザ・リング」を選んでいただくか、→こちらのリンクから最初に戻ってご覧ください)

「ホビット」3部作もこれで最終回。

今だから言うけど、前の2作があまりにつまらなかったので、事前に何の情報も仕入れずにいきなり観に行きました(っていうか、かなり直前まで今日(13日)が初日だって忘れてた)。
(ちなみに前2作の感想はこちらからどうぞ→
「ホビット 思いがけない冒険」ネタバレなし
「ホビット 思いがけない冒険」ネタバレあり
「ホビット 竜に奪われた王国」 ネタバレなし
「ホビット 竜に奪われた王国」台湾観覧記 ネタバレあり

いやぁしかし、さすがに最後は決めてきましたね。

まずはお得意の戦闘シーンがすごかった。
スマウグが湖の町を襲うシーンの構図はとても新鮮だし、合戦シーンの規模の大きなこと、「指輪」よりすごかったです。

キャラに関しても、
スランドゥイルは最後まで最高でした(支援物資にちゃんとワインを入れているのがニクイ)。

アルフレッドも最後まで最高でした(「エルフの忠言」って名前が泣くよ)。

レゴラスも最高でした(このあと、人を探しに行くんですね)。

バルドも最高でした(牢からの脱出劇はお見事でした。ドラゴンスレイヤーって敬称だったんですね)。

ドワーフも最高でした(途中がシェイクスピア劇みたいだった)。

オークも最高でした(PJだからデフォルトです)。

エルロンド卿も最高でした(いいとこさらっていきました)。

サルマン様も最高でした(上に同じでした)。

奥方様は最凶でした(黒くなってたょ)。

やっとドワーフの7つの指輪の話も出てきたし、レゴラスのお母さんの話も出てきたし、ドゥネダインの話も出てきたし、トロルを破城槌に使ってるし、なぜ最初からこのテンションで行かない?!まさか出し惜しみですかPJ監督?

そしてビルボ…。私は本当にビルボが大好きです。
お茶は午後4時から。というセリフを聞いて、別に悲しいシーンでもないのに、いきなり泣いてしまいました。

というわけで、一瞬、タウリエルのシーンでいきなり取ってつけたようになる以外、全然何の文句もないんですが、ここまで良くできてたんで、惜しかったなーと思うところはありましたね。

ラダガストとビヨルンが相変わらずカメオ出演程度だった、というのもありますが、俳優の演技をもっと見たかったなー。

イアン・マッケラン(ガンダルフ)とマーティン・フリーマン(ビルボ)が万感を胸に、黙って隣り合わせに座るシーンは指輪までの全編を通しても屈指の名シーン。

ついつい戦闘シーンを盛りたくなる気持ちは分かるけど、これだけの俳優さんを揃えているんだから、もっとそれぞれの役を見たかった。きっと素晴らしかっただろうと思います。エンドロールを見ながら、あと30分長かったらなぁって思っちゃいました。SEE出るのかな〜?出たら買おうっと...。

前の2作を観ていらっしゃらない方も、お話自体はすごく単純なので(というか、どうでもいいので)、気にしないで楽しんでください。

最後に、エンディングでどうしても一つだけ!ネタバレお許しください(ストーリーには関係ありません)。








エンディングの歌、あれ?マーティン・フリーマンが歌ってるのかな?と思ったら、なんとビリー・ボイドでした。(すみません、事前に何も情報チェックしてなかったので)

ベレグリン、なんてステキな歌声なの。

エンドロールが尽きるころ、お約束の各国の翻訳本についてのテロップが出て、字幕でもちゃんと、岩波書店の瀬田貞二訳「ホビットの冒険」がクレジットされてます。監督がデル・トロだったら思いもよらないでしょうよ。上手く「ロード・オブ・ザ・リング」につなげてきてたし、同じ監督で良かったなと思った瞬間でした。

銀の匙もちゃーーんと出ましたよ。やったね。

109シネマズ木場で見ました。
IMAX3Dの劇場で、見やすい列は特別席か、その真後ろのM列です。
ハイフレームレートは確かにくっきりはっきりしてますが、こういうもやもやっとした画面の映画には向いてないんじゃないかな…と毎度思う私です。







posted by 銀の匙 at 01:05| Comment(2) | TrackBack(0) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月31日

ホビット 竜に奪われた王国 台湾観覧記 3                             (記事後半ネタバレあり、表記以降ご注意!)

(「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」関連の記事を最初からご覧になりたい方は、右のカテゴリー欄から「ロード・オブ・ザ・リング」を選んでいただくか、→こちらのリンクから最初に戻ってご覧ください)

昨日は映画の日だったので、のこのこ映画館に出かけて「マイティ・ソー」(どうしても慣れないこのタイトル。ソーって誰よ?)2を観ました。

ロキ以外に観るとこないだろうな〜と思ったら、意外や他にも見どころはありました(宇宙船のエレベーターとか、宇宙船の自動レッドカーペットとか、宇宙船の外観デザインとか)。

ちなみにロキがどんなにステキかご存じない方は、ぜひこの動画をご覧ください↓
http://www.kotaku.jp/2013/11/whos_better_thor_or_loki.html

ああ、他にも、トール兄上…いやソーがロキに向かって「コメンタリーはやめろ!!」(字幕が「黙ってろ」とかそんな感じで真面目だったのが、ちと残念。「ツッコミはよせ」くらいしてくれてもよかったのに)って言うのと、兄上が戦闘の最中にいきなり地下鉄構内にワープしてしまい、あのコスチュームでOLさんに「これ、グリニッジに行きますか」(よく分かんないけどなぜかグリニッジで宇宙人が暴れてたの!!)って言うのがツボでした。カメオ出演(?)としては、キャプテン・アメリカやエンドロールの最後の最後に、飛び跳ねてる怪獣も可愛かったょ。

と、ボケッと聞いてると、「ダーク・エルヴズ」ってセリフが出てきました…あ、そうだ、上映前に予告もやってたし、いい加減「ホビット」の感想を書き終えないと日本でも公開してしまうではないですか。

ということで、だらだら続いた「ホビット」観覧記もいよいよ3作目。来週も忙しいし絶対に終わらせるっ!(でもDVDならエクステンデッド版がありますよね…ってすでに弱気な発言)

ちなみに前篇はこちら(→観覧記 2、 観覧記 1に飛びます)、ネタバレなし感想はこちら(→別ブログに飛びます)です。「ホビット」1の感想は→こちらです。

さて、台北駅から地下をふらふらと10分ほど歩いていくと、MRT中山駅に到着。5分ほどで、同行者様の目的地Dream of Hobbitonに到着!s-IMG_0928.jpg
(↑写真をクリックすると拡大します)
フロアごとに、中つ国の地名がついた懲りっぷりにさぞやディープな世界が…と期待したら、確かにエントランスにはLOTRグッズが数点並んでいましたが、実はもともとアフリカ料理のお店か何かだったのか内装ほぼそのまんまで、店員さんも特に映画に詳しい訳ではないご様子。

メニューにも数点それっぽい名前の飲み物がある以外はふつうの洋食屋さん。何となくあてが外れはしましたが、近くに映画館がないか尋ねると、デパートに併設された小さな映画館を教えてくれました。
s-IMG_0930.jpg

それがこちらの秀泰影城(ショータイム・シネマ)。(写真をクリックすると拡大します)
シネコンにしては小っちゃいなーと最初はあまりここでの鑑賞に乗り気ではありませんでしたが、入ってみるとなかなか豪華な映画館。縦長のお部屋で、スクリーン前にかなりゆとりを持たせているのと、座席の段差があるため、前から2列目くらいの方が画面に没入できそうです。

日曜日だというのに席は5分の1も埋まっていませんでしたが(泣)、なかなかアットホームな良い劇場でした。少数精鋭のお客さん(?)は、まるでカンペが出てるかのように、笑え!なシーンで笑い、驚け!なシーンで驚くノリの良さ。おかげで鑑賞2回目も楽しませていただきました。

さて。
鑑賞前に情報は仕入れないようにしていたのですが、googleクロームのコラボページで開設されていた「ホビット」の→特設ページだけは、ちょっと覗いておきました。

そこに、ドワーフとエルフの不仲になった理由がちょこっとだけ出ています。映画では、地下牢に閉じ込められたドワーフ一行の釈放を交渉するため、トーリン一人がスランドゥイルと相対しますが、そのときにいきさつが語られます。

1でも最初のエレボールのシーンで出てきたように、闇の森のエルフ王、スランドゥイル(=レゴラスパパ)は、もともとトーリンのお祖父ちゃんにあたるスロールのところに自ら挨拶に出向いた(!)のにずいぶんな態度を取られて頭に来ていた模様。

ちなみに、ビルボが語るここのナレーションで「エルフの王さえ敬意を表した(homage)」という単語が出てきて、オマージュ≒パクリと理解していた私は、なーるーほどー、オマージュって英語じゃこういうとき使うのかーと思った次第。

で、宝石大好きスランドゥイル王の目の前で、宝石箱の蓋をパタッと閉めたりしたもんだから、何かあってもスロールはエルフに助けてもらえなかったのですが(これを自業自得という)、その孫のトーリンまで、とばっちりを食った訳です。

そういえばひとりスランドゥイル禍を免れたパパ・スラインは、原作じゃドル・グルドゥアに監禁されてたはうなんですが、映画ではガンダルフがドル・グルドゥアに乗り込んだタイミングでは発見されませんでした(結局、「2」で、スラインは冒頭のブリーでの会話の中と、バートのセリフ、そして壁掛けに名前が登場するだけ)。どこかに片づけられちゃったのか(ぶるぶる)、それとも、3で出てくるのかしら??? 

そういや、ドワーフに贈られた7つの指輪の話もさっぱり出てこないんですが、話がややこしくなるからやめたのか…

それにしても、ドワーフやオークに対する扱いを見ていると、やんごとなき王さま王子さまの乱暴っぷりを筆頭に、闇の森のエルフたちの捕虜の扱いは実に恐ろしく、「ホビット」で出てくるかどうかはわかりませんが、後に彼らにゴラムちゃんも捕まるはずなので、相当しどい目に遭わされたものと推察されます。そりゃエルフを憎むよ。憎むぅ…!

一方、ビルボのおかげでそんな恐ろしい地下牢から脱出できたドワーフ一行ですが、相変わらずの恩知らずぶりに観ているこっちがイライラします。助けてくれた湖の町の住人・バードにもひどい態度だし、ビルボの良い人(ホビット)っぷりは引き立つかも知れませんが、あんまりな展開です。

逃げ延びた湖の町では、バードはじめ町長(ジーヴス、いや、マイクロフト兄さんのスティーブン・フライが演じます。豪華なキャスティングだこと)やその腰ぎんちゃくなど人間も登場しますが、LotRのローハンのときとは違って、彼らの人となりがあまり掘り下げられることもなく平板な印象。

バードは、かなりの危険を冒してドワーフを匿ったのに、町長からはにらまれ、ドワーフたちは恩知らず、しかもそんな彼らが竜を目覚めさせて町に災いをもたらすことにいち早く気づくという、二重に気の毒な役どころ。しかし、この段階ではバート自身、見てくれからしてかなり貧相なので、これも自業自得と見えてしまって三重に気の毒と言うべきか…。

と、ここで気が付きましたが、日本語訳だとバードじゃなくて「バルド」になるのかしら?(マイティ・「ソー」とか「マイティ・ソー選挙」は毛嫌いしてるくせにバードは平気なのか、自分)失礼しました。以下はバルドにしますね。もしかしたら日本語字幕もバードなのかも知れないけど、監修者がいっぱいついてるからコメンタリーいや、ツッコミはするでしょう、きっと…。

ちなみに、昨夏思うところあってノルウェーに行ってまいりましたが、そのときに昔ながらの木造の教会(スターブ教会)も見ることができました。この様式、ローハンの黄金館はまさにそのまんまでしたが、湖の町の建物デザインにも取り入れられているようです。
s-IMG_8960.jpg

結局、トーリンのアジテーションが功を奏し(この人、他はともかくアジるのは上手いから。1では「どぅべかーじゃかぁしゃい!」でガンダルフにさえ怒鳴り勝ったもんね。)、エレボールの財宝に目がくらんだ町長や町民の歓呼の声とおニューの衣装に送られて、ドワーフ+ビルボの一行は湖の町を後にします。
(ちなみに、エレボールについたらまた別の服になってるんだけど、あればコートを脱いだら下はバルドの娘さんのお古を着てるって解釈でOK?)

竜のお宝なんか手に入れたらどうなるか! 災いを呼び寄せてはいけないと焦るバルドの忠告なんか誰も聞いちゃ〜いないのでした(湖を挟んでこっち側にも自業自得な人々が)。

さて、その後、あっさりエルボールのふもとに着くのですが、せっかく地図の指定した当日なのに、全然扉が見つかりません。っていうか、そもそもエレボールに隠し通路があるのがなぜか、よくわからないんですが、どうなんでしょう? 竜が襲ってきたあと開通したわけはないし、やっぱり宮殿には隠し通路がないとね!と思ってつけといたんでしょうか。

それにしては、トーリンがガンダルフに言われるまでは隠し通路のことを知らなかったような感じなのも気になる… だって映画ではトーリンは、竜に襲われたときもエレボールに居たんだし、3人並んで通れる(原作設定)ほどのドアの存在を誰も知らなかったんだろうか…それとも、知ってたけどドアの位置が分からなくなっただけか、隠し通路がある理由が知りたい…!

と追求してるのは観客だけで、ドワーフご一行はあんなに執着してた割には、太陽が沈むと早々に扉探しは断念。

…と、見せかけて、ちゃっかりビルボに下働きをさせるのはお手の物。ビルボは本当に大旦那さまなんでしょうか。目が良いとかって煽てられ、いいようにこき使われてますが…。ついでに、ここの「目がいい」っていうのは、後々ビルボがスマウグの弱点を見破ることへの伏線でしょうね。

ちなみに先日、ようやく日本語字幕版を観たら、ここの訳は「さすがバギンズ殿」になってました。ま、尺の問題があるので字幕としては間違いじゃないけど、何を褒めたんだか分かりませんわね。

このように、ここまで木登り、蛍狩り、コンカーズと幼少のみぎり、野原で鍛えたスキルを全てつぎ込んで成功を収めてきた旦那さま、まさか奥の手が「考える人」だったとは…!(このポーズが台湾では激しくウケていた)

私の方はと言えば、この後、ビルボが指輪を嵌めたからスマウグの言葉がわかるようになったのか、スマウグがもともと人間の言葉がしゃべれたのかは映画的には分からないけど(原作的には竜は賢いからしゃべれるらしい)、2人の会話が始まると、ビルボのコスプレをしたジョンと、ゆるキャラのかぶりものをしたシャーロックの会話にすべて脳内変換されてしまい、それに1人でウケてました。

まず、ビルボがスマウグの名前を呼び、どんな風に畏怖されているか話して持ち上げます。次にスマウグが、ビルボの名前を尋ねるんですが、カンバーバッチ・スマウグの場合、

シャーロ…スマウグ「君は山の下から来ただろう? 何か大事なものをポケットに持っているな? バレル・ライダー(これ字幕では何になるんでしょうね→字幕で確認したら“樽にのる者”になってたような)だって? チャーミングなハンドル名だな。他にどんな偽名を使ってるんだ ああ、言わなくていい。わかるから(会話が強制終了)」

ビルボ(コーヒーを片手にやれやれという顔をしている古い友人を振り返り)「トーリン! 君、スマウグに話したのかい!?」

結局、ビルボはスマウグの逆鱗に触れ(って、逆鱗は竜にあることになってるから、文字通りの意味ですね、これは)、灼熱地獄にさらされる羽目になります。助けに来たかと思いきや、トーリンはまたも恩知らずの挙に出たり、意味ない命がけの作戦に皆を付き合わせたりと観客のイライラもMAXに。

原作でもそうなんですが、ドワーフは勇敢で名誉を重んじる者たちではあるけれども、他の種族からは貪欲の象徴のように見なされていて、特にトーリンは血筋柄、宝玉を見ると、まるでプロフェッサー・ギルの笛の音を聞いたキカイダーのように(相変わらず古いな私も)、狂気スイッチが入ってしまうようですね。

ちなみに、イライラMAX作戦の主要アイテムである「じいちゃんの銅(?)像」ですが、これが動き出すのでは、と期待していた人が予想してた以上に多かったみたいです。劇場で「行け、ジャイアント・ロボ!」と心の中で叫んでた、とか、トーリンが「パイルダー・オン」するのでは?と楽しみにしてた、など、歳がバレますよ、なネタを皆さん心中にお持ちだったらしい(私なら「金のスマウグは3倍速い!」だけど)。残念ながら、いかにデルトロとはいえ、ロボットアニメじゃないんだから…その展開はDVDに期待だ!(←ないない)

一方のビルボは、指輪所持者の中でただ一人、(ガンダルフが相当助けたとはいえ)自らの意志で指輪を手放した人。映画はちょっと分かりやすく描きすぎてる感じはするけど、トーリンとの対比で、地味なその凄さがよく分かります。スマウグの黄金を前に、わーいお宝だ〜!!みたいな欲がまったく感じられないマーティン・ビルボ。さすがお金に困ってない大旦那さま! ガンダルフが見込んだのはそこか!!

…あ〜、それはさておき、この時点でビルボがお宝に非常に淡泊だったおかげで、中つ国も救われたわけですよ。そんな大旦那さまをもクリーチャーにしたPJ、いやさ指輪の魔力の凄さも逆によく分かるわけですが。

と、マジメに考察しつつも、私はといえば、せっかく台湾で観てるんだし、字幕もチェックしなくちゃと思っているので忙しいのなんのって。途中、史矛革って単語が出てきて、えっ、コレなんだっけ、と一瞬動揺しましたが、よく考えたらシーマオグー(あ、台湾だからスーマオグか)→スマウグっすね。とにかく中国語は名前が漢字に変換されるので、洋モノを字幕で鑑るのは厳しいものがありますな。(甘道夫→ガンダオフ→ガンダルフはなんか詐欺師っぽい匂いがしますが、ズバリ本質を言い当てているのだろうか…陶烈児→タオリェアル→タウリエル は上手い!)

一方、湖の町に取り残されてしまった手負いのキーリと居残り組のドワーフたちのもとへ、オークさんが訪ねてきます、刀もって…。そこへお約束のタウリエルと、これまたお約束のレゴラス見参(たぶん、トーリンから没収したオルクリストを持ってたかと)。3D攻撃でオークをなぎ倒し、逃げる統領を白馬に乗って追いかけます(さすがにヘラジカはやめたらしい)。そして、タウリエルによるアセラス治療のシーンが。

2作目では、キーリの持ってるお守りとか、エレボールの隠し扉の内側とかに、ドワーフの使ったルーン文字、キアスが登場します(LotRでは、モリアの「マザルブルの書」などで登場しましたね)。北欧で、ルーン文字の方も見てまいりましたが、碑文はこんな感じです↓ 好きなアルファベットを入力するとルーン文字にして出力するって展示も面白かったなぁ…

s-IMG_9700.jpg

さて、ルーン文字。隠し扉の方はバーリンが説明してくれますが、お守りの方は地下牢に閉じ込められたキーリが冗談半分にタウリエルに「この文字を読むと呪われる…」とか言い、そのあと、必ず帰るという約束だ、と言っています→こちらのサイトを読むとセリフ通り、returnと書いてある、というのがサイト主さんの結論らしいのですが…。さて、どうでしょう。

おっと、映画とはちょっと順番が違ってしまいましたが、この後、ビルボたちは竜と対決しています。「トーリンさんの、いきなり!黄金伝説」作戦は当然失敗に終わり、箔がついてやたらゴージャスになったスマウグがエレボールを飛び出していくと、スマウグの災いで阿鼻叫喚の修羅場が予想されるにもかかわらず、私の脳裏には、

「正月だから、めでたいな」

という場違いな感想が点滅し、笑いをこらえるのに必死でした。そして、暗い空を、金箔を大量にまきちらしながら(餅まきじゃないんだから…)スマウグが飛び立っていくと、いきなり画面が暗転!

まさか、ここで終わり!!??

と思った瞬間、場内はパッと明るくなり、係員さんがスクリーン前に登場。
「どうもご鑑賞ありがとうございました!」だって。
どうせ誰もエンドロールは観ないと思ってのことだろうけど、まさかこれも演出の一部?と思うくらいツボに嵌りました。

ちなみにはじめにみたIMAXシアターでは、エンドロールをきちんと最後まで観ていた人たちが何組か。まさか日本人では?と思ったら地元の人でしたけど、熱く語り合っていたところを見ると、ディープなファンの方々なんでしょうね。話しかけてみればよかったかも。

ということで、長くなりましたがこれにて第2部「竜に奪われた王国」のネタバレ記事は終了でございます。ここで係員がパッと登場…すれば面白いのに。 ではでは、また!

ちなみに「ホビット1」の感想は→こちら
posted by 銀の匙 at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月13日

ホビット 竜に奪われた王国 台湾観覧記 2                               (記事後半ネタバレあり、表記以降ご注意!)

さて、「ホビット 竜に奪われた王国」観覧記の続きに参りましょう。
ちなみに前篇はこちら(→ 観覧記 1に飛びます)、ネタバレ感想はこちら(→ 別ブログに飛びます)です。

(「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」関連の記事を最初からご覧になりたい方は、右のカテゴリー欄から「ロード・オブ・ザ・リング」を選んでいただくか、→こちらのリンクから最初に戻ってご覧ください)

ここまで、どのシーンも「指輪」映画で観たような気がして、既視感バリバリだった訳ですが、(ゴブリン王のシーンは指輪にはなかったけど、ハリポタの地下銀行・グリンゴッツを連想しちゃったし[そういえばあっちもドワーフ]、雷合戦に至っては「大魔神」を…[以下略])闇の森のスランドゥイルの王国以降のシーンは新鮮味があり、この時点で何分経ったかは分からないけど、これ以降、息をつかせぬ展開になります。

エルフの襲撃でクモから辛くも逃れたものの、考えようによっちゃクモなんかよりずっと恐ろしいエルフにとらえられ、スランドゥイルの王国の地下牢へ閉じ込められるドワーフ一行。

闇の森のシーンで見ものなのは、何といってもスランドゥイル。悪役でもなんでもないのに、キレイでキレてる「極道の妻」みたいな役どころ(ちょっと違うか…)。解放の交渉が決裂したトーリンには好き勝手にわめかせておき、トドメの一言が超コワいのでご注目ください。

そしてここで触れずにはおけないのが陶烈児(中国語表記がまさにピッタリ)。前回、アルウェンを勝手にお転婆娘に変更したため、全世界から非難を集めたのがよほど悔しかったのか、じゃあオリジナルキャラなら文句ないでしょ!とばかりに出してきたものと思われます。でも、雰囲気がリブちゃんの「色違い」っぽいから、許してもらえるとは到底思えないんだけど…

それに、私は別にリブちゃんがアルウェンでも構わないんだけど、エルフの姫君が「はすっぱ娘」みたいなのがイヤなの!

タウリエル役の人もスチールなんかを見ると面長で(これがPJエルフの絶対条件なのでしょうか)美女なのに、表情がジュリア・ロバーツみたいというか、町娘っぽいんですよね。アクションで活躍する女性も入れたいっていうのはわかりますが、エオウィンが10人分くらい稼いでるからいいじゃないですか、別に。

しかしこれもリブちゃん同様、彼女のエルフ語はすごくネイティブ(???)っぽく、レゴラスとの会話シーンになると、庶民と王子というより、ネイティブと外人の会話みたいに聞こえてしまいます。いいのか、レゴラス、NOVA仕様で…?

あ、あと王国の周囲にヘラジカが見当たらなかったのも気になってました。パパの髪飾りに変身しちゃってたりして(こらっ!)レゴラスは最後は馬に乗ってたけど、あれは乗って出たのか、勝手に湖の町で調達したのか不明であります。やっぱりヘラジカは、太公望の乗り物が四不象と決まってるように、パパ・スランドゥイルの乗り物なんでしょうかしら?

最初2部作のつもりだった割には、いろいろと時間が足りなくなっちゃったみたいで、一休さんじゃあるまいし、闇の森での宴会シーンは音だけです。素晴らしい葡萄酒もワインも出てきません!!(エルロンドの館で飲み食いしすぎちゃったせいかな〜。)酔いつぶれてるエルフは見られます。

こんなユルユルだから、せっかくの捕虜を逃がしちゃうんですよね。ドワーフとか、ゴラムちゃんとか。2度あることは、3度ある!(次はケレボルン?)あ、映画じゃゴラムちゃんは逃がしてないんだったっけ?スランドゥイルにつかまったら、そりゃエルフの匂いは嫌になりますよね。くわばらくわばら。

で、ドワーフたちはビルボのおかげで脱出、樽に乗って川を下りますが、激流下り+エルフの追手+オークの追手と、ラフティングが3倍楽しいアトラクションモード。ああ、この映画ユニバーサルだったら良かったのに。このシーンでまずは台湾のお客さん大ウケ!

レゴラスが持ってる刀はもしかして、トーリンから没収したオルクリスト?あんたは生徒から没収したマルボロ吸ってる生活指導の先生かっ(…ってそんな先生知らないけど)!

エルフが戦ってくれてる間にまんまと逃げおおせたドワーフ一行。湖に交易船を見かけ、もう交渉事はトーリンに任しちゃ〜いられねぇと思ったのか、バーリンが交渉をまとめます(ガンダルフなら賢い選択じゃな、と褒めてくれるはず)。

この船頭が、かつてスマウグと対峙した谷間の国の領主ギリアン(バルドと二役)の子孫バルド、なんですが、ご先祖様が矢を外したことが負い目なのかなんなのか、常に目が泳いでおります。そんなスゴイ家柄なのに、Yesは「アイ」、Noは「ナイ」、これはどっかの訛って設定なのか…?詳しい人、教えてください!

彼を咎める、湖の町の統領の腰ぎんちゃく、アルフレッド(フロドパパと二役…はやめたんだろうか?)も何となく目が泳いでおり、湖の町のシーン全体がイライラする原因を作っているように思います。雪のシーンはキレイだったけど一瞬だったし、あとは何だか散漫な印象。キーリの怪我を治すのにアセラスを探すんですが、ブタの餌になってるって設定が…「王の草」じゃなかったんでしたっけ?このとき、キーリが枕の代わりに胡桃の殻を敷き詰めた板に寝ているので、あの胡桃は何ですか?と同行くださった方に伺ったところ、民間療法でこういうのがあるのだとか。へぇ〜。

町家の屋根の上をオークが移動するところだけは、「必殺仕事人」っぽくって面白かったけど。タウリエルのアクションシーンも、ジャッキー・チェンだと思えばまあ面白いかも。

そして、湖の町の人々を前に、トーリンの演説が始まります。交渉はヘタなくせに演説は得意らしいんですが、バルドよりも優位に立とうという無意識の行動か、階段に登ってしゃべる!(っていうか、広場に立ったままだと最前列の人にしか彼が見えないし…)。そしてついに湖の町の人々を説き伏せ、歓呼のうちにエレボールへ向かうことになります。

やっぱり3時間分を2回では無理でした(PJの気持ちが少しわかるように)。最終回(希望)→こちら に続く!


posted by 銀の匙 at 11:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月11日

ホビット 竜に奪われた王国 台湾観覧記 1                                (記事後半ネタバレあり、表記以降ご注意!)

s-IMG_0734.jpg
改めまして、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、「ホビット」3部作の第2作目の日本公開が2月末になるということで、ネタバレを避けたい場合は公開まで海外情報も見られず、リアルタイムで盛り上がれないのでつまらないなーと思っていたところ、台湾では年末から公開されるので見に行きませんか、と思いがけないお誘い。

そこでいそいそと、「荒谷」(台北ともいう)にやって参りました訳です。
ということで、台湾での映画鑑賞記を兼ねつつ、ネタバレ注意表示以降は映画の内容にも触れてみたいと思います。ちなみに、ネタバレなしの第一印象をご覧になりたい方は、別ブログですがこちらでご覧ください!

さて、1月3日から台北のみ4日間の旅程だったのですが、松山空港・昼到着便を選んだため、昼過ぎには台北市内で行動開始でき、初日から気合いが入ります。

台北の大きな映画館は日本同様ネットから席の予約ができるのですが、鑑賞を予定していた美麗華(ミラマー)影城は2日前からしか取れず時間が合わなかったのと、フライト状況が分からなかったこと、そして何日か閲覧してみたところ、席がガラガラだった(汗)こともあり、予約はせずに、当日、直接劇場に向かいました。

ミラマーのあるMRT剣南路駅は、MRT松山空港から2駅、5、6分で到着します。駅の前には、屋上にどーんと観覧車を載せて、無印良品やユニクロが入ったショッピングセンターがあり、その5階が映画館になっています。(私たちは直接5階の劇場窓口へ行きましたが、1階にもチケット売り場があったようです。)

IMAX HFRと2Dの、2つの上映形態があり、取りあえずIMAXを選択してみました。チケット売り場は電光掲示板に上映形態と時間が出ている、日本のシネコンと似たようなつくりです。土曜日が初回13:40分なのを除き、上映回は一律10:30 13:40 16:50 20:00 23:10 でした。

20:00からの回は1人440台湾ドル(約1800円)でした。追加料金でポップコーンセットもあったのですが、こちらはお断りしました。

ちなみに、英語も問題なく通じると思いますが、ご参考のため、中国語でのやりとりを書いておきますね。

二十点的≪哈比人≫ ,还有位置吗?
(夜8時からのホビット、席まだありますか)
有。几位?(ありますよ、何名さまですか)
两个。  (2人です)
一共九百块。十块是加爆米花和饮料组合的价钱。要吗?(併せて900ドルです。10ドルのポップコーンセットどうしますか)
不用了,谢谢。可以刷卡吗?(すみませんけどいいです。カード使えます?)
没问题。请按密码。呐,这是你的票和收据。(もちろんです。暗証番号をどうぞ。はい、チケットとレシートです)
谢谢。(お世話さま)

中国語…短っ!

s-IMG_0933.jpg
さて、チケットもゲットしたので、あとはお茶料理が食べられることで有名な台北の郊外・猫空をちょっと観光したりして、夜に備えます。

時間ちょっと前に劇場に滑り込むと、3Dメガネを渡され、その場でチェックします。破損したりなくしたりすると、900台湾ドル(約3600円)の罰金!

部屋に入ると、真ん中から後ろの席にお客さんが集中しています。IMAXがあまりに巨大なスクリーンのため、真ん中くらいでもまだ近すぎるようです。確かに、後半の動きの多いシーンでは臨場感たっぷりでした。ただ、HFR(ハイフレームレート)による画面の、特に背景の部分は非常にCGっぽく見え、せっかく作り込んだであろう自慢のセットも、CGでお手軽に投影したみたいに見えちゃうので何だかもったいない感じです。3Dも落ち着かないし、私の目には2Dで観た方が重厚で本物らしく見えるんですが、皆さまはいかがでしょうか。

2回目は台北駅の隣、MRT中山駅そばにある欣欣秀泰影城で鑑賞しました。こちらはシネコンとしてはそれなりに大きいものの、割り当てられた部屋はこじんまりしていましたが、椅子のクオリティが高く、前後の座席との高低差も十分に取ってあって大変見やすい劇場でした。できれば真ん中の見やすい席がいいんですが、と言って頼んだのに、「3列目」というチケットをもらったときはあれっと思いましたが、奥行のある部屋なのでこれより後ろだとスクリーンから離れすぎてしまうため、むしろちょうど良かったです。

こちらは2Dで昼料金だった(台湾では夜間やある長さ以上の3D作品は料金が上がります)ので、270台湾ドル(約1000円)と格安でした。

ということで、以下、ネタバレ感想に行ってみたいと思います!
まだちょっとネタバレは待って…という方は、別ブログのネタバレなし感想をどうぞ。








s-IMG_0787.jpg
さて、第1作目のSEEでPJ監督のコメンタリーを観た時点では、今作に入ると割合ストーリーも分岐して複雑になるのかな、という印象でしたが、やはり残念ながら、基本は原作のストーリーラインに沿っているため、お話はドワーフのエレボール奪還、という本線からはあまりはみ出しません。

そこに何とか色をつけようとしたのか、いきなり付け足された冒頭の「ブリ―村」のシーンには意表は衝かれたけど、また「指輪」と同じ場所をグルグル回っている…(まさか「二つの塔」の冒頭と揃えたかったわけでは…)という印象を強める以外、何のねらいがあるのか今一つ分かりづらく、かなり面喰らいます。(ただ単にPJ監督がカメオで出たかっただけかもしれないけど…、あ、ちなみにHFRで見ると、ハッキリ見えすぎちゃって、監督が素でうっかりカメラの前を横切ったみたいでした)

このくだりは恐らく、「指輪物語」追補編から取られているとみられます。会った場所が旅籠(映画では「踊る仔馬亭」)だからです。Unfinished Tales(UT,『終わらざりし物語』)のTHE QUEST OF EREBORの話はちょっとだけ違っていて、2人が会うのは道の上です。手元に日本語訳がないので、とりあえず原文からみると、「指輪物語」の中の、ガンダルフが裂け谷でフロド、ピピン、メリー、ギムリを前に語った回想の別バージョンであるらしく、

スロールはスラインに指輪(ドワーフに贈られた7つの指輪の最後の1つ)を与えたあと、モリアでアゾグに殺された...そのあと、スラインとトーリンはエレド・ルインにとどまったが、2841年にスラインははなれ山に帰ろうとした。アンドゥインの東をさまよっているとき、彼はドル・グルドゥアで捕えられ、指輪を取り上げられてしまう。2850年になって、ガンダルフはドル・グルドゥアに入り、そこの主がサウロンであることを知り、また、亡くなる前のスラインに会うことになる。

ガンダルフはサウロンが力を盛り返したとき、裂け谷とロスロリアンを攻撃するのではと恐れ、何とかサウロンを攪乱したいと画策します。そしてしばしの安らぎを求め、ホビット庄を訪れたとき、ブリ―村近くの路上でトーリンに助言を求められ、驚くことになります。

そのときは見込みなしとトーリンの元を離れてホビット村へ向かったガンダルフは、かつてから知っていた好奇心旺盛な少年ビルボが変わり者の青年となり、ドワーフとまで話をするのだという噂を耳にします。。(もう一つ別のバージョンでガンダルフはビルボが独身だという話を聞いて、実は彼が無意識のうちに、係累のないままでいることを、チャンスさえあれば自由に出かけることを、望んでいたのではないか、と推測しています)。そこで突然、トーリンとビルボが、彼の中で結びつくことになったのです

91年前に潜入したドル・グルドゥアの穴倉で、死にかけた不幸なドワーフを見つけた。それが誰なのか自分には見当もつかなかった。彼はモリアのドゥリンの民の持ち物である地図と、それに付随するであろう鍵を持っていた。そして彼はかつて偉大なる指輪を持っていたと語った。…

彼は地図と鍵を「息子に渡して欲しい」と自分に託して息絶えた。…しかし、ドル・グルドゥルでは他にしなければならないことがあり、それはエレボールのすべての宝物よりも危険で重要なことだった。


そのあと、ガンダルフはこの鍵と地図の持ち主を思い出し、またこれらの使い道を考えつきます。後は映画と似た展開ですが、ビルボを同行させようと20年ぶりに(ガンダルフが最後にビルボに会ったのはビルボが31歳、成人(33歳)するちょっと前のことでした)袋小路屋敷に出向いた後、ビルボが眠りにつくと、ガンダルフはトーリンとビルボを連れて行くことの是非、ガンダルフの真の狙いについて、激しく口論することになります。
(ここのところのトーリンの口ぶりが笑っちゃうんですが…
But if you insist on burdening me with him, you must come too and look after your darling.(だが、あんたがどうしてもあの厄介者をしょい込めというのなら、一緒に来て、あんたのお気に入りの面倒を見てもらわないと困る)だって。はは、「あんたのダーリン」!)

まんまとガンダルフを一行に加えることに成功したトーリン。なかなかやるな。

この回想はガンダルフの言葉で結ばれています。

ペレンノールの戦いを思い起こすとき、デールの戦いを忘れるでないぞ…さもなくばどのような事態に陥ったことか。…ゴンドールには妃なく、我らは破壊と灰へと進むしかなかったであろう。しかしその事態は避けられた―それはわしがトーリン・オーケンシールドと出会ったからじゃ。春まだ浅く、ブリー村からそう遠くない場所で、「僥倖」と、中つ国で言う通りにな。

…うっかりUTを読みだしちゃいました。止まらなくなるとこだった…すみません。

で、なかなか本題に入らなくてすみませんでしたが、要はここの箇所が何だかモヤモヤする形で映画に取り込まれています。

「踊る仔馬亭」でトーリンが一息つこうとすると、周りに座っている怪しい連中が近づいてこようとする。そこへ割って入るかのように、向かいに座るガンダルフ…は良いとして、初対面らしいのにいきなりトーリンに話しかける&父同様、エレボールを奪還してみないか? なんて持ちかけるって展開、いくらトーリンが坊ちゃんだからって、そんなオレオレ詐欺みたいなのに乗るわけないでしょうに!

と思ったら、父が放浪の末、この近くにやってきたという噂を聞いた、と思いっきり個人情報を提供しているトーリン。そりゃ、追っ手に狙われますわな。ガンダルフもあとあと袋小路屋敷でトーリンを、いったい誰に計画をしゃべった!とか責めてるけど、自分じゃん。

まあガンダルフの健忘症は今に始まったことじゃないから置いとくとして、そこで懐から「黒の言葉が書かれた手配書」を取り出すあたり、すでに怪しさMAX。ところがそれをすんなり信じちゃうトーリン。もしもーし!ドワーフのキーリがルーン文字のお守り持ってるくらいはいいけど、黒の言葉が読めるドワーフもちょっと怖いかも。親子2代で魔法使いの毒牙にかかる哀れドワーフ王子の運命はいかに!

で、せっかくブリー村だしここで歌でも歌えば面白かったんだけど、話はシリアスなまんま、いきなり1年後、つまり第一話の続きに切り替わります。

アゾグに追われて(この人に至っては、ドワーフ3代にわたって嫌がらせ、なんかストーカーを呼びよせる家系なんでしょうか)一行が逃げ込む先は、中国語で「換皮人」(わかりやすい)と異名をとる熊男のビヨルンの馬小屋。馬アレルギーをすっかり克服したのか、ビルボは爆睡しております(アレルギーってそんな生易しいものなのでしょうか)。

彼の種族はすべてオークに殺されてしまったと語るビヨルン。にしては、アゾグは彼にビビッて攻撃すら仕掛けてこないのですが、一族の中でとびぬけて凶暴なので生き残れたのでしょうか。似たキャラ、トム・ボンバディルも「指輪」映画では抹殺されてしまったのに、彼の方は映画に出られたってことは、やはり飛びぬけたサバイバーだったのか…。

それはともかく、ほとんどカメオ出演と変わらない、アリバイ程度の尺で彼の出番は終了。ボンバディル抹殺で非難されたから今度は出してみたのでしょうか(ま、3部への布石だと思っておこう。違ったらホント意味不明…)

「指輪」映画関連でいうと、このあとドワーフとビルボはガンダルフと別れて闇の森に入り、クモに襲われる羽目になるのですが、そこでビルボが指輪の魔力に魅入られているような行動をとるシーンがいくつかあります。

でも「指輪」では、彼は自分の意志で指輪を手放した空前絶後の所持者な訳だし、教授も「ホビット」書いてる時点ではそんな魔力を設定してなかったはずなのに…。相変わらず過剰演出のくせは抜けてないらしい。

そして、ビヨルン並みにカメオ出演クラスだったラダガスト。30秒でも2部に出ないと観客が忘れちゃうと思われたんでしょうか。しかもまた一人(と数羽)でドル・グルドゥアに行くって、何のため?肝試し??

そこへ、正直誰が声をやっていてもわかんないほどエコーかかってるサウロンが登場する訳ですが、ハッキリ言って、アゾグの三下の方が黒の言葉が上手く聞こえるのは如何なものかと思います。

ガンダルフはまたつかまってしまい(懲りない人ですね、ってサルマンにつかまる方が後だった)、なんでいつも高い場所に留め置かれているのか謎です。なぜここで殺されてしまわないのか、鑑賞後に議論してみましたが、殺すとやっぱりヴァラールにバレるからダメなんじゃな〜い?(そんなのもうバレバレだと思う)、殺したら何色に復活してくるか分からなくて面倒くさい(白はまだ塞がってますからね...ま、まさか青って…)、お前の友達をまずバラしてからだ(って、モリアティ教授とキャラ入れ替わってますけど)等々、ついに結論は出ませんでした。

そうこうしているうちに、ドワーフとビルボはクモより怖いエルフに捕まることになります。颯爽と登場したレゴラス…はドワーフ相手なので当然垂直上から目線になっております。

「指輪」のときより若干邪悪風味がまぶされた衣装に身を包み、「指輪」にもまして性格悪いレゴラスを演じるオーランド・ブルームは、とても嬉しそう。グローインの所持品を改めたときに、ロケットの中のギムリ母とギムリの肖像画を発見し、眉を「へ」の字にして言い放った言葉をギムリが聞いていたら、頭を斧でかち割られるくらいでは済まなかったでしょう…。ま、このシーンだけでも「ホビット」にレゴラスを出した意味は十二分にあったというものです。

ネタバレは次回エントリー(→ こちら)に続く!

(「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」関連の記事を最初からご覧になりたい方は、右のカテゴリー欄から「ロード・オブ・ザ・リング」を選んでいただくか、→こちらのリンクから最初に戻ってご覧ください)
posted by 銀の匙 at 13:24| Comment(0) | TrackBack(1) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月25日

The Hobbit 思いがけない冒険:思いっきりネタバレ その4

皆さま、こんにちは。
ラダガストの呪文(アレ呪文って言うのかな)が効いたのか、クモ状態からやや復活。ワーグ程度には走れるように…(ってそれは復活しすぎ)。まだふらふらするので、来週あたりになったら、せっかくスクリプトも見られるようになったことだし確認がてら『ホビット』もう1回見とくか〜と思ったら、がーーん!!もうIMAXではやってないじゃないですか。こりゃ急がないともう1回見るのも難しくなるかも…

ということで、スクリプトをボチボチ読んでいくと、なかなか面白いことが分かります。スクリプトはこちら↓
http://www.theonering.net/torwp/2013/01/11/68297-a-fan-transcript-of-the-hobbit-an-unexpected-journey/

ドワーフたちが押しかけてきて、家じゅうひっちゃかめっちゃかになるシーン、ドワーフのキーリが靴の泥を木箱の角でゴシゴシ落としはじめると、ビルボが叫びます。

それは母のglory boxなんだ。お願いだからやめてくれませんか。

は? Glory box?

聞き慣れない単語だなー、字幕では「形見の箱」とかになってたっけか?と思いながら辞書を引くと、「嫁入り時に持参する品を入れた箱」といったような語釈が書いてあります。ビルボのお母さんは代々ホビット庄のセインまあ、ざっくり言っていちばん偉い人)を出す、セレブな家柄なのできっと中味も豪華だったことでしょう。っというのは置いといて、語釈の先を見ると、

「Au/NZ」

になっている。うーん、どうもこれはニュージーランド(とオーストラリア)英語らしい。脚本の人がうっかり使っちゃったのかしら。とりあえず原作には出てこないけど…(それ以外の地域の人が使わないという訳じゃないと思うし、それに、古い言い回しが海外に残るというのはよくある話だから、古いイギリスの単語って可能性は排除できませんが…)

この辺のニュアンスはガイジン(笑)の私にはわかりませんが、ビルボがうっかり「これは亡き母が大事にしていた飴ちゃん…」と言ってしまった程度のニュアンスでしょうか…(そうかな?)

と、妙な発見をしつつ、この近辺はビルボが相手に遠慮してる言い回しがいろいろ出てくるのが面白いです。
ずけずけ言うつもりはないんですけどとか、いちおう礼儀は忘れてないらしい。

ドワーフにしてみれば、いくら大旦那だろうがビルボなんて小僧っ子なので、

laddie(若いの)

とか呼んでる(ドワーフって寿命250年くらい?)。ちなみにバーリンはトーリンにladdieって言ってるけど…。

ガンダルフは合いの手みたいに、my dear fellowってビルボに言ってますね(私の耳にはマイディアフェラって聞こえる)。さすがにフロドと違ってビルボにboy扱いは憚られたんでしょうか…。

ガンダルフはドワーフたちに対して、ちゃんとひとりひとり、名前を呼んで話しかけます。それに対してビルボは、ほとんどドワーフの名前を呼びませんね。だから、観客の私たちもさっぱりドワーフの名前が覚えられないし、ビルボがドワーフと親しくなった印象も受けません。これが2部以降変わるか、ちょっと見ものですが…。

それにしても、「まだ現役だったとは」ってビルボに言われちゃうガンダルフ、青の魔法使いの名前は忘れちゃったけど(同僚の名前を忘れるか?)、ドワーフの名前とか、ホビットの名前とか(メリー、ピピンやサムなんて、叱るときの用意のためか、フルネームで把握されてるもんね)、本当によく覚えてるなといつも感心してしまいます(引率の先生役には必須の特技)。

この時点で6000年(?)生きてたガンダルフにとって、ドワーフやホビットなんて、人間の目の前を横切る蛾ぐらいの命しかないものなのでしょうに…。

このシリーズの中でさえ、子どものビルボが大人になり、いい年したおじさんになり、年老いていくのを見ている。ときどき、ガンダルフの、はかないものを慈しむようなまなざしにはっとすることがあります。一体、どんな思いで彼らを見ているのだろうかと…サー・イアン・マッケランの演技は本当に素晴らしいですね。

と、しんみりしちゃいましたが、ドワーフの数を勘定したガンダルフが言います。

We appear to be one dwalf short.
最初、このセリフを聞いたときはギャグなのか?と思ったけど、違うんですか…?

ともかく、ドワーフの数が13というのは思わせぶりな数字で、何か理由があるんだろう(そして、その説明を見たことあるような気がする)けど、秘密主義のドワーフが仲間にホビットを一人加えたのは、とりあえず13という不吉な数字を避けるためだったみたいですね。(追記:原作を読み返してみたら、ビルボのバーグラ―としての能力を疑うドワーフたちにガンダルフが怒って、脅し文句として言ってました。そんなら不吉な13人で出かける羽目になるぞ的な…)

ドワーフの名前が『巫女の予言』から取られているというのは、あちこちに出ている話ですが、原作者のトールキン教授は、ただ単に古い神話から名前や設定を借りてきたという訳じゃなくて、そこには英語の古層に寄せる思いがあったのでしょう。
http://en.wikipedia.org/wiki/Norse_Dwarves
ということで、そのあたりの考察は(映画には出てこないので)研究者の皆様にお任せするとして、先へ行きましょう。

いきなり袋小路屋敷の入口に現れる、オーラばりばりのドワーフ王子、トーリン。原作では見るからにVIPそうなドワーフということで、あいさつもしない嫌な奴らしい(嫌な奴とは書いてませんが、どうもそういうニュアンスを感じる)。

映画だと、エレボール陥落のあと、人間世界で鍛冶屋をやったりして糊口をしのいだらしい。そんな尊大な人物が人間に使われる身とは、どれほどの屈辱でしょうか。

王子と鍛冶屋。どっかで聞いた組み合わせだけど―あ、バリアンは騎士だけど王子じゃないか。『キングダム・オブ・ヘブン』はとてもいい映画だった(特にディレクターズ・カット版は)と思ったのに、何であまり評価されてないんでしょうか。戦闘シーンやなんかが『指輪』を思い出させたせいかしら。ま、次行きましょう、次。

で、そんなエラそうな人が出てきても、位負けしてないのがビルボの偉いところなんですが、特技はあるかって聞かれて、「コンカーズ」って言ってましたね。

字幕ではわかりやすくするためか、「トチノ実割り」になっていたと思いますが、イギリスの子どもの遊びでconkersというのがあるらしい。
こんな遊びです。(HP)

ホタル狩りにコンカーズ。セレブな割に遊びは庶民派なのね、ビルボ。そんな彼をついイジリたくなってしまうドワーフの心境はよくわかる…。

ここで、またスマウグの話が出てきますが、

Smaug the terrible
「恐怖のスマウグ」と呼ばれてましたね。ザ・ジャイアントと、いえばアンドレ(古いな私も)、ザ・テリブルといえば当然、

イワン雷帝(Ivan the terrible)

が連想されるんですが、他のものにも使うんですねー。ちなみに、なんとかザ・○○というのは、日本語でさくっと○○王××と訳されてることが多いですが、結構面白いのがありますよね。リチャード獅子心王とか、ウィリアム征服王とか。

名訳だと思うのは、
エゼルレッド無策王(Ethelred the Unready)
無策かよ…(ま、無思慮王よりはマシ)

『ホビット』の中では、「穢れの王・アゾグ」もカッコいい訳だなぁと思いました。ただ、pale oakが鉛色っていうのがよくわからなかったんだけど…あの人、鉛色っていうより水色でしたよね?(水色のオーク、じゃBGMにポール・モーリアが流れちゃうからダメか)

と、口々にみんなが騒いでると(いえ、ポール・モーリアの是非についての話題じゃありません)。いきなりトーリンに日本語で「だぁらっしゃいっっっ!」
と怒鳴られる…と、スクリプトを見ると、
Shazara!
となってますな。あービックリした。(人(⊂ドワーフ)を黙らせるときの表現って万国共通なのかも…)。

でも一緒に怒られたガンダルフも黙ってませんでした。恐怖のゴゴゴ技で返します。
「ワシが忍びと言ったら忍びじゃーーー!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

雷合戦よりこの2人の方がよっぽど怖いんですけど。

そうそう、ガンダルフといえば、「旅の仲間」では気が付かなかったけど、今回、銀色のマフラーしてますよね。(馬に乗ってるシーンで初めて気づいたけど、スチルを見ると袋小路屋敷を訪ねてきたシーンでもちゃんとマフラーをしている)。模様が、旅の仲間でエルフにもらったマントの模様に似てます。

でもちょっと待ってくださいよ。原作だと、ガンダルフは青の先のとがった帽子をかぶって、黒のブーツを履いて、首には銀のスカーフを巻いてるんじゃなかったでしたっけ?

だって帽子灰色じゃん…と思ってよく見ると、たしかに汚いけど(ゴメン)地色は水色っぽく見えますね…!ブーツは服に隠れててよく見えない…。で、本を読んだときのイメージは、三角にスカーフを結んでるように勝手に連想してたんですが(エルメスなんかしちゃって、オシャレさん、てへっ)、念のため、辞書を引いてみようかな…?

scarf 1.(防寒のための)マフラー
    2.テーブル掛け;ピアノカバー
          ・
          ・ 
          ・
がーーーーーーーーん!スカーフってカタカナ英語だったんだ、マジでショック…

じゃ、あの娘が振っていた、真っ赤なスカーフは、ピアノカバーだったかもしれないんだ?!

♪ピアノカバーでも、いいじゃないか♪と歌いつつ、まだお屋敷が出発できない…
posted by 銀の匙 at 23:07| Comment(2) | TrackBack(0) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月16日

The Hobbit 思いがけない冒険:思いっきりネタバレ編 その2

だいぶ間が空いてしまいました。すみません。
さて、何の話でしたっけ。ビルボの魚の話?

メイキングビデオを見ていたら、ホビット村の池のほとりで魚釣りをしている人がいたので、てっきり大旦那様の趣味も釣りなのかと思っていたら、スチルを見ると、どうやら魚は買ってきたらしいですね。メイキングでは、ビルボが人混み(ホビット混み?)にいるシーンが見受けられますが、これって第3部用なのでしょうか(頼むから、あまり妙なエピソードを足すのはやめてね…)
*後日談:延長版のDVD(SEE)を観ると、このシーンが本編中に追加で収録されてました。ビルボはガンダルフの再訪を恐れつつ、市場でお買いものをするんですが、そこに使われたようです。

マーティン・フリーマン演じるビルボは、映画版LotRのホビット4人の中では、ビリー・ボイド演じるピピンをちょっと髣髴とさせるものを感じますが、動くと動作がときどきイアン・ホルム・ビルボっぽいときがあるのが、良いですね。(たとえば、困ったときに手を握ったり広げたりする動作とか)。あと、アップになると、まつげがとっても可愛いのに気づきました。

彼が『銀河ヒッチハイクガイド』でアーサー・デントの役を演じたのを見てからというもの、いかにも平均的イギリス人って感じとか、勇気はあるんだけど発揮するのになかなか時間がかかるとか、宇宙規模の大事件への半端ない巻き込まれ方を具現化したりとか、というその演技に、ビルボは彼しかいない!と思ったもんでした(あまりに毎度、役と一体化しているので、いまだに時々マーティン・フリーマンっていう名前が思い出せなくて、ついアーサーとかジョンとか呼んでしまうんだけど)

と、マーティン・ビルボ愛を語っていくと第2部公開時まで書き続けても終わんないかも知れないので、ここらでやめておきますが、最後に一つ、彼の声の演技の素晴らしさも褒め称えたいと思います。

彼がビルボをやってるときの声は、ジョン・ワトソンの時より、ちょっとだけ高いんですよ。これはたぶん、一行の中でのビルボの役回りとか、ホビットが声が高い、ということも勘案して、演技しているんだと思います。

実は、今回「ホビット」を見て、一番がーーーん!とショックを受けたのは、ハリネズミの名前がセバスチャンだったことでも、鷲に山に置き去りにされたことでもなく、フロドが声変わりしてたことでした(号泣)。

「旅の仲間」のときより、明らかに声が低いです。最初、風邪ひいたときにアテレコしたのかな、と思ってしまったくらい…。「旅の仲間」のときのインタビュー映像を見ると分かりますが、アテレコの声と地声はだいぶ違うので、ちゃんと演技してたんだと思います。タバコの吸いすぎで声がつぶれちゃったのか、役柄の声を忘れた? まさか忘れたの…?ついでにメイクするときチークも忘れたでしょ…?

ちなみに、ハリネズミの名前、「セバスチャン」は、注意深く英語風の名前を避けている原作からすると(ピピンやメリーは英語でよくある名前ですが、ペリグリンやメリアドクの愛称ってことになっている)、英語チックでちょっと邪道な感じを受けます。どこからこの名前を出してきたのか?まさか、針がいっぱい刺さってる→矢がいっぱい刺さってる→聖セバスチャン って連想じゃーないでしょうねーと思ったら、それもあっさりメイキングで判明。飼ってる犬の名前なんですって? 勘弁してよ....

ついでに、トロルの名前はトムとかバートとか思いっきり英語の名前なんですが、これは英国土着の生き物、って設定なのかしら。「指輪」のときに、ホビット4人が黒の乗り手(ナズグル)に追われ、フロドがアモン・スールで刺された後、トロルの像の近くでサムが「ビルボの旦那のお話にあったトロルですよ」って声を掛けているシーンがありましたね。そのあと、ストライダー(アラゴルン)が、フロドを裂け谷に連れて行く、と言ったときに、「裂け谷までは三日かかる」(だったかな?)と言うセリフがあります。

当時、なんでホビット庄から出たこともないサムがそんなこと知ってるわけ?と疑問に思ったものだけど、きっとビルボが話の中で、トロルのいた場所から裂け谷まで何日かかる、みたいなことを言ったのでしょう。これで「指輪」からの疑問がもう一つ解決しました。

(「ホビット」の映画の中で、アモン・スールはアゾグたちの溜まり場となってるようですね。そこで殺されちゃう可哀想なオークが片岡鶴太郎に似てるな、と思ったとか、彼のセリフが空耳で、
ハイスクールな〜黒ハート」と聞こえてしまうっていうのはナイショ)

さて、話は戻って、BBCで昔作った「指輪物語」のドラマ版というのがありまして、主人公はもちろんフロドなんですが、なんとそれをイアン・ホルムが演じたんですね。確かに、原作ではそのくらいの年齢設定だし、もちろん演技は素晴らしかったんですが、私は映画を先に観て、後からドラマのCDを聞いたので、CDではフロドが何をしようと全部イアン=ビルボのビジュアルに変換されてしまい、非常に混乱しました。

その点、マーティン・ビルボはキャラクター的には一部すごくジョン・ワトソンに似てるけど、動きが全く違うので安心です。

動作だけでなく、着こなしなんかも、旅に出た最初のころは、シャツからチラリと覗くタイがとてもオシャレに結ばれてるのに、途中からだらんと足らしたままになってたり、細かいところがいいですね(これは演技というより、衣装係の工夫かもしれませんが)

で、ナプキンもきちんと掛けて、いざ食事ってところに、扉にガンダルフが刻んだ「G」の文字を目印にドワーフが現れて、言うことには、
Dwalin at your service!
吹き替え版の訳は「お見知りおきを」ですが、いかついドワーフのこの芝居がかった動作、まさに文字通り、「あなた様にご奉仕」「なんなりとお申し付けを」のポーズ!(結果は逆だが…)

原作だとこの後、何人ものドワーフが同じあいさつをして、我に返ったビルボが礼儀を思い出し、
yours and your family's
「あなた様とあなた様の家族にお仕えします」
などと口走ってしまうのがまた良い人醸し出しているんですが、さすがに映画でそれはない。

このあと、次から次へとドワーフが現れて狼藉三昧、あ、あそこに置いてあった箱は、元はお母さんのベラドンナ・トゥックの衣装箱だったのかぁとか(靴の泥落としに使われてましたけど…)、「旅の仲間」でも何気なく出てるお皿もこの時点で骨董品だったのね…とか、袋小路屋敷の調度品に気を取られる私。さりげなく、ビルボが良い家のぼんぼんである事が描写されておりますな。

この時点で、すでにお荷物に認定されているビルボですが、ホビット一人でも足手まといとあんなにはっきりトーリンに言われているのに、「旅の仲間」でぞろぞろ4人も引率してったガンダルフは、60年の間にかなりスキルを磨いたと申せましょう。(最初っから4人の面倒を見たアラゴルンはシッターとして…いや、王として資格十分です)

60年といえば、エレボールが陥落して、袋小路屋敷に集合するまでに60年、エレボール陥落時にも生きてたわけだから、トーリンて一体この時点で幾つ?

などと考えているうちに、画面ではビルボ・バギンズ Hates!の歌とか(教授作詞)、おさびし山よ〜じゃなくて、霧降山脈越えの歌(一部、教授作詞)などが着々と披露されております。吹き替え版ではちゃんと日本語になってるところが(そしてちゃんとハモリもあるところが)すごいですよね。

♪霧のぉー山なみ越えて〜♪と日本語ならカラオケでも歌えそう。

そういえば、おさびし山も英語ではきっと

The lonely mountain

なのではないでしょうか?

トロルだけではなかった「ムーミン」との共通点を発見しつつ、次回へ続く!
(ってなんか、永遠に続きそうだこと)
posted by 銀の匙 at 00:40| Comment(2) | TrackBack(0) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月02日

The Hobbit 思いがけない冒険:思いっきりネタバレ編 その1

みなさま、こんばんは。

さて、『ホビット 思いがけない冒険』
12月14日の公開から3週間、かなりの方はご覧になったはずと思いますので、この辺でネタバレ感想を述べてみたいと思います。(初見の方に聞いた「ホビット」5大不思議のエントリーはこちら

あ、その前に。私の『愛蔵版 ホビットの冒険』(岩波書店刊)を持ってる方、
さすがに原作のセリフとか、すぐには思い出せないので、映画と比較ができません!
気に入ってくださったのは嬉しいんですが、ちょっとでいいから返してください…
もう10年近く帰ってきてないんだけど、一体どこを回っているんだか。
(表紙の太陽が「赤」で塗られた、いちおうコレクタブルな本なんですが…)
あまり帰って来ないんで、サックビル=バギンズさんの競売にかけられたのではないかと心配です。
「炭化」とか「内臓飛び出し」とかになってないと良いんだけど…

そういう訳でガッチリ原作と比較できないのは痛いけど、ま、気軽な初見の感想ということで書いてみたいと思います。

この映画で良かったと思ったところ
・字幕
・エレボール
・スロール王のヒゲ飾り
・デールの凧上げ(竜型はわかるがウミガメ型はなぜ?)
↑ ガメラとキングギドラへのオマージュという説が…・レゴラス父のヘラジカ
・冒頭の老ビルボとフロドのシーン(「旅の仲間」で謎だった点が一つ解決)
・ジョン=マーティン・アーサー・ビルボ
・袋小路屋敷の中
・ドワーフの歌
・ドワーフの皿回し(いつもより多めに回しております)
・青の魔法使いの名前を忘れるガンダルフ
・今日が自分の誕生日パーティーだということを忘れるビルボ
・ビルボのアスコットタイ風ネクタイとパッチワークガウン
・黒の言葉(パンフレットによると、言語監修のサロさんがトールキンの記述を膨らませてかなり作文したそうですが、それにしても素晴らしい)
・バーリン
・ラダガスト(家はちょっとファンタジー映画っぽくて引いたけど)
・オークに追われて逃げるシーンの音楽
・60歳若く見えるエルロンド
・60歳若く見えるサルマン
・60歳若く見えるガラドリエル
・アゾグにメッセージを伝えるゴブリン(字が書けるのね!)
・ガンダルフの投げる松ぼっくり(「旅の仲間」では袋小路屋敷の暖炉の上に置かれていましたが、今回の映画ではなかったような…このときの思い出としてビルボが飾ったのかしら)
・各国での原作翻訳を紹介したエンドロール。日本は瀬田訳、岩波書店のホビットの冒険になっていました。

良くなかったところ
・長い。あと30分は確実に切れたと思う。
・ドワーフ個人の活躍シーンが少なく、誰が誰やらわからない。初見でわかったのはトーリンだけでした。
・どうでもいいけど第一部は(ほぼ)男しか出てこない。

まず、今回、字幕が安心なのは非常にポイントが高いです(何せ、超強力な監修者が3人もついてますからね)。「旅の仲間」は敬語の訳がいい加減だったので、上下関係がむちゃくちゃになってましたが、今回も予告のときに、いきなり走り出したビルボに向かってホビット庄の村人が問いかけるシーンは、Mr.Bilboが「ビルボ、どこに行くんだい」となってて、すわ、またか!と思ったら、映画ではちゃんと「ビルボさん、どちらへ」に直っててほっとしました。

他にも、訳本が手元にないので、原作に沿った訳なのかどうかはわかりませんが、アーケン石の説明などは、「山の精髄」といった粋な訳になってました。吹き替えを見た方の話では「山のおおみたま」と訳されてたとか(聞いてわかるんかい)。(ちなみに英語のセリフはあっさりthe heart of the Mountainだったと思う)

英語で面白いと思ったのは、冒頭のビルボとフロドのやり取り、
かじったリンゴを触った手で書き物のページをめくろうとするフロドにビルボが言うKeep your sticky paws off! paw=前足 が、とっても可愛い言い回しですね。訳は「汚い手で触るな!」だったかな?

そのあと、サックビル=バギンズは招待しに来ないならパーティには出ないと言ってた、とフロドが報告したあとにビルボが言うのは
-over my dead body!
-They probably find it(that?) quite agreeable.
ビルボのセリフの訳は見逃しましたが、意味は「俺の屍を超えていけ(私の生きている限り、そんなことしないぞ)」、続くフロドのセリフの訳でつい笑っちゃったけど  「死んだら喜ぶよ」  (ってあなた)

追記:このシーン、吹き替え版で見たらビックリ!フロドがビルボに敬語で話してるよ!字幕じゃ思いっっっ切りタメ口なのに。あと、ビルボがロドって最初にアクセントを置くのも気になるなぁ…フドに慣れてるので…ガメラ。モスラ。ゴジラ。フロド…。仲間じゃん(泣)

他にも、英語のセリフでは、ドワーフ一行にビルボが追いついた後のガンダルフのセリフにhome is behind the world is aheadが使われていましたね。「王の帰還」でピピンの歌に使われていましたが、もともとビルボの散歩の歌だったので、今度の映画で歌ってくれないかなとちょっと期待していました。

また、ゴブリンの洞窟を出てすぐワーグに襲われたときのOut of the frying Pan into the fire(字幕では「一難去って」と訳してました)は原作の章タイトルですね。

また、どのセリフが2作目、3作目への伏線になっているか現時点では分からないので、固有名詞なども通常の字幕に比べると、あまり端折ったり言い換えたりしていないようです。(字幕では観客の読み取りのスピードを考慮して、たとえば、音声では「ミスランディア」と言っていても、全編で1か所しか出てこないなら、
他のすべてのセリフで使われている「ガンダルフ」と訳す、といった処理をします)

で、初見のときはロスゴベルのウサギでスタックしてしまいました。

ロスゴベルのウサギ。
ロスゴベルのウサギ?

って、なんだっけ?

考えているうちにいつの間にかビルボがゴラムとなぞなぞ問答を始めてて、もう1回見るしかなくなってしまいました(^^)ちなみに、ロスゴベルはラダガストが住んでた場所の名前だそうです。(知るか、そんなこと…)

いや、こういうディテールが命の物語では、小さなところを端折らないというのは大事だと思うんですけど、さすがに2時間40分は長尺だったので、この情報量の多さには結構疲れました。

さてさて。
最初が老ビルボのナレーションで始まったのは、予告でもやってたので予想通りでしたが、いきなりエレボールがどーーんと登場したのには驚きました。このシーンでの私の興味関心はドワーフ女に集中してたのですが(アラゴルンのヒゲゼスチャーを思いだしてくださいまし)、ついにヒゲのドワーフ女を目撃することはできませんでした。

また、ちゃんとドアから入ってくるあたり、スマウグも礼儀正しいですね。

そこへ登場する宴会王・スランドゥイルは原作とは印象が違っててなかなか賢そうなんですが、息子さんのレゴラスと並ぶと画面がハレーション起こしそうだという王子ファンの感想には笑わせていただきました。乗り物は公開時の季節柄か、ヘラジカでしたね。プレゼントを持って家族サービスに帰るところだったのでしょうか…つうか、あの凛々しい眉毛、王というよりマロといった雰囲気が若干(す、すみませんすみませんエルフファンの皆様お許しを!!)

そして、袋小路屋敷のシーン。ビルボが、今日は自分の誕生日だと忘れてるっていう設定にちょっと驚きますが、そのあと「旅の仲間」を見ると、フロドがガンダルフを迎えに行ったってことも忘れてるらしい(あの子はどこに行ったんだ、と、こぼしてますから)。私はもう昔の私じゃないって言ってるけど、ビルボ大丈夫なの…?(泣)

そうそう、「旅の仲間」を見たとき、フロドが最初に出てくるこのシーンがずっと謎でした。いったい何でこんな森の中で読書してるんだろう(しかも、家からかなり距離がありそう)とか、途中でガンダルフの馬車を降りてどこへ行くんだろう、とか。

今回、最初の謎はいちおう解けたんですが、東四が一庄はどのくらい遠いんでしょうね(そして、この話の中ではメリーとピピンはどこに住んでるんでしょうか。パーティーの後もずっとホビトンにいるように見えるんだけど)。そして、途中で馬車を降りたフロドは、何をしにどこへ行ったんでしょうか。本を取りにいった?パーティーの支度を手伝いに行った? 遊びに出かけちゃった? 

今回の「ホビット」三部作にお父さんのドロゴ・バギンズがキャスティングされているのは、何か関係があるのでしょうか。私はずっと、この日はフロドの成人の日なので、両親のお墓にでも行ったのではないかと思っていたんですが、そういや映画ではビルボの111歳の誕生日だとしか言ってませんでしたね。ははは。(そういえばビルボからは Be a good lad(いい子だから)とかthat boy(あの子ときたら)とか、ガンダルフからはdear boyとかまるっきり子ども扱いだった)

さて、『ホビットの冒険』と同じ書き出しでビルボが冒険譚を書き綴り始めます。誕生日当日、何から書こうか迷ってる段階だったのに、裂け谷でフロドに会うまでに書き終わってるって凄い筆が速いんですけど?原作では20年近く間があいてるから、そりゃ書けるでしょうけど、映画でこの間って何か月もないのでは?…

と、くだらないこと考えているうちに、時代は60年前へ。この時点でビルボは50歳。まだ若かったのでお屋敷の中もきちんと整頓してる、って監督がメイキングビデオでおっしゃっていましたが、ホント、お掃除行き届いております。(60年後のあの汚屋敷ぶりが嘘のよう)

そして、ビルボのおいしそうな夕ご飯に誰もが釘付けだったかと思います。家に塩壺があるのは裕福なしるし、と教えてくださった方がいましたが、それ以外にもパントリーにあんなにごちそうがいっぱい、いったい何日分の蓄えなんでしょうか(ビルボって独身ですよね…)

ああ、ここまで書いたら12時に…続きはまた後日!
posted by 銀の匙 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月01日

あけまして、おめでとうございます!正月1日は映画の日

皆様、あけましておめでとうございます。
今年も皆様にとって良い年でありますように。

ということで、本日もホビットを見てまいりました(懲りもせず)。

今日は1日なので映画の日。でもIMAXは特別料金になってしまうので、2Dで見てみましたが…


なんだ、これでいいじゃん。


アトラクションっぽくなってしまう3Dよりも落ち着いてみられるし、目も疲れづらいです。
2Dだからワクワク度が下がるということも、まったくありませんでした。と、いうことで、ゆったりした気持ちで鑑賞できたところで、今回はネタバレありで感想をまとめてみたいと思います。
(すみません、アップロードはまた明日に…)
アップしました。→こちらです
posted by 銀の匙 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月31日

The Hobbit ホビット

何と言っても、「指輪」の登場人物の中では、ダントツにビルボが好きな私。
ビルボがどんだけ良い人(ホビット)か、言い出せばキリがないけど、指輪物語のほんのさわりを読んだだけでもすぐ分かります。いま手元に本がないのでうろ覚えですが、こんな感じ。

「(ホビットは誕生日を迎える者が皆にプレゼントを贈る習慣があるが、贈るものはマゾム(ガラクタ)の類で、どうせ要らないものなので、皆の間でやり取りされてグルグル回ることになる。)でも、ビルボはもらったマゾムを回したりはせず、きちんと取っておきました」

相手に合った贈り物に嫌味たらたらのメッセージをつけて贈るあたり、いい性格しているわけですが、それでも、人の好意を無にしない心配りがあるんですよ。思いやりもあって勇敢、さすがは大旦那さま。なのに『ロード…』ではほとんどクリーチャー扱いだったのが許せん!『ホビット』でそんなことしたら呪ってやるうーーと私は心に誓っておりました。

でも、映画化の途中でデル・トロ監督も降りちゃったし、当分実現は難しいのでは、と思っていたら、いつの間にかちゃんと出来上がってましたね。もちろん見ましたとも…まだ2回目だけど…。でもちゃんとビルボのキャラがビルボらしくてホッとしました。(甥のフロドはキャラ破壊されて相当ヘタレに仕上がってましたが(原作ではもっと勇敢で賢いはずなんだけど…)、いつか名誉回復されるときが来るのでしょうか)

で、映画『ホビット』ですが、2回ともIMAXで、1回目はふつう、2回目はHFR式で見ました。好みの問題だと思いますが、HFR式は映像が非常にクリアな分、なんだか逆に作り物めいて見えてしまいました。例えば、セットのシーン、最初のエレボールのバルコニーとか、質感がバッチリ発泡スチロールっぽいなーとわかってしまったり…少しボケがあったほうが、雰囲気は出ると思うんですけど。

それはさておき、上映時間全9時間もあったのに、それでも肝心な部分をはしょりおって、とかはしょった割には要らんところを付け足しおってとか原作ファンに大変評判悪かった『ロード…』と違って、その前日譚である映画『ホビット』は、おおむね好評の模様。

ただ、原作ファンに気を遣った割には映画ファンにはあまり気を遣わなかったらしく、今回初めてこのシリーズを見た人にはかなりチンプンカンプンな箇所があったようです。

そこで初見の人に聞きました、この映画の分からなかった箇所ベスト5!

まずは、第5位
「死人遣いって何のこと?」
そりゃー私にもわかりませんっていうか、原作の翻訳は「死人占い師」になってるんですけど日本語自体、謎ですね。手相占いが手を、占星術師が星を見て占うんだとすると、死人を見て占うんですかね?
「あ、アングマールの魔王の相が出てますよ。女難・ホビット難の相ですな」とか
「今日のラッキーチャームはモーニングスターよ(はぁと)」
とか…??(あり得ない)
次にあり得るのは霊媒師の線ですが、それなら訳は霊媒師で済みますもんね。
中の人がシャーロックならやりそうですよ。
「お、被害者の霊が降りてきたぞ、ジョン。そうだ、真犯人は、サで始まる人物だ!」

字幕の訳は「死人遣い」なんだけど、それはゾンビ遣いとか霊幻道士とかと同じってことなんでしょうか。
続編でちょっとは説明して欲しい。

第4位
 「あの女の人だれ? っていうかあの人、女?」 
ガ、ガラドリエル様に向かって何てことを…(ぶるぶるぶるぶる)
それに確かに、怖くなったときは半分男性の声だったし、前作では。

いや、でも気持ちはわかる。本当に全然女っけないですもんね、この映画。
いきなり裂け谷に現れて、エルロンドの奥さんってわけでもなさそうだし(旦那さんはどうしたの?)、
ヒロインってわけでもなさそうだし。あ、なに、ドワーフ女のことですか?
いやーー、最初のエレボールのシーンで居たのかもしれないけど、
ドワーフ女はヒゲ生えてる筈だから居たかどうか不明。

ま、続編にはオリジナルでヒロインが出てくるらしいから期待しててくださいよ。
私は期待しませんけど。

第3位
「あのワシは嫌がらせ?」
だから言ったでしょう、人にされて嫌なことは人にしちゃダメって…。
歌まで歌ってビルボに嫌がらせするから、そんなことになるんです、イスタリとドワーフのみなさん。
(ビルボもとばっちりで気の毒に)
あんな高い山のてっぺんに置き去りにされて、どうやってはなれ山まで行くんだか。
よく見ると階段が見えるという話だけど、そういう問題じゃないと思います。

そういや『ロード…』のときに、ガンダルフが蛾をお遣いにやってワシを呼んでたけど、あの蛾がラダガストなんじゃないかと話題になっていましたね。今回でその疑いも晴れたなあと思っていましたが、よく考えたら、ワーグのシーンで途中からいなくなったあと出てきてないし、まだラダガスト=蛾の線も捨てきれないかも…

第2位
「あの玄米もちみたいな人はオークじゃないの?」
ああ、ゴブリンの王様のこと…?ほんとだ、何となく納得して見てましたけど、ゴブリンって何なんだか特に説明がなかったような。分かってるはずって扱いなのかしら。

第1位
ところで、ホビットって何?  
そう来たかーー!確かにこの映画では説明が全然ないかもーーー!『ロード…』のときは冒頭でしっかり説明してましたもんね。そういえば「中つ国」「エルフ」「ドワーフ」も説明抜き(前作では何となくでも分かるようにはしてあった)。いまや世界の常識の範囲なんでしょうか??

…と、前作未見の方には謎多き映画だったものの、「でも面白かった」という感想だったので、まだの方もぜひご覧になってくださいね。前作を見てても謎な個所は少なくなかったんですが、それはまた別の機会に。

さて、次は吹き替えを見なくちゃ!
なお、思いっきりネタバレ全開の感想文は→こちらです
posted by 銀の匙 at 02:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月17日

「王の帰還」劇場版

rotk2
以下ははいねさんの「LotR Spoiler News」に書かせて頂いた感想です。HPのバックアップ用記事です。劇場版初回・ネタバレ少々ありの内容となっております。ラストシーン中心の長い記事はこちらです。
同時期にかおる@ヨーレスのオババ様が書かれた感想はこちらです。
  

(「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」関連の記事を最初からご覧になりたい方は、右のカテゴリー欄から「ロード・オブ・ザ・リング」を選んでいただくか、→こちらのリンクからスクロールして戻ってご覧ください)

これまで同じ映画を複数回見ることは、滅多にありませんでした。ところがLotRに限っては、それこそ取り憑かれたように何度も見ています。一体なぜなのか。今回、ニュージーランドまで出掛けて「王の帰還」を都合6回も見ながら、ずっとそのことを考えておりました。

初回に見たのは12月20日、ニュージーランド最大の都市・オークランドの「Village Hoyts Queen St」というシネコンでした。深夜にもかかわらず満席です。さすが監督のお膝元だけあって、本編に先立ち、テレコム、ニュージーランド航空といったスポンサーが、LotRの名場面を巧みに使った広告を流し、気分を盛り上げてくれます。

本編を見るにあたり、原作はいったん置いて一個の映画作品として楽しむよう努めるつもりでしたが、いざ始まってみるとそんな誓いが思い出せないほど、映像に引き込まれてしまいました。ニュージーランドの壮大な自然がそのまま見せ場のシーン、一大史劇を観るようなスペクタクルなシーンが現れるかと思えば、メリーとピピンの別れの場面のように感情に訴えてくる場面も登場します。

とりわけ嬉しかったのは、脚本、演出、音楽、美術、俳優の演技など、すべての要素が調和していたことです。ストーリーの関係上扱いが大きくなくとも、それぞれのキャラクターにふさわしい見せ場が用意され、それらが大きな物語を織り成しているさまは、大小さまざまのピースがぴたりとはまってパズルが完成するような快感を与えてくれました。
戦闘シーンは凄惨で容赦のないもので、ピピンとメリー、二人のホビットの目を通して描かれ、単なる活劇に終わっていない点も評価できます。

執政家については、前作の消化不良気味なファラミアの描写に不満があったこともあり注目していました。今回は作品内で一応のまとまりがあったように思います。特に、問題になっていた食事シーンは前半の見せ場でもあり、シークエンス全体として見ると悪くないように感じました。
ジョン・ノブル扮するデネソールは、初登場のシーンにおいて、父子の情に流されすぎではと思わせつつも、「白の塔の眼は節穴ではない」に続くセリフで、執政としてそれなりの人物であることを伺わせます。
ところが、次の食事シーンに来て突如観客は悟るわけです。普通に見えても、この人は何かが決定的に狂っている。ジョン・ノブルの演技は複雑で、その行動が狂気なのか、ファラミアへの隠された愛ゆえか、どちらともとれる演出も冴えています。
白い都と黒の衣装のコントラスト、冷え冷えとした宮廷の描写から石の都に響く鐘の音まで、このシークエンス全体の編集、音楽、音響、美術のアンサンブルは絶妙で、第三部の良さが凝縮されているように思いました。

さて、ニュージーランドのお客さんの反応は、私の見る限りでは日本とあまり変わりません。拍手もしないし、歓声をあげたりもせず、おとなしい限りです。それでも、どの映画館でも笑い声が起こるシーンというのはありました。ギムリのギャグ、ガンダルフの"Get up!"、エオウィンの"I am no man!"(なぜここで皆笑うのか不思議だった)、そして、キリス・ウンゴルのシークエンスです。

キリス・ウンゴルといえば、「二つの塔」から「王の帰還」にかけて、モルドール・ルート最大の山場であり、泣けるに違いない!と期待していたところです。ところが案に相違して、先ほどまでと同じ映画かと疑うほどB級ホラー風味というか、昔なつかし東映の怪獣映画みたいな展開(そしてさすがと言うべきかハワード・ショワの音楽の、なんと場面に合っていることよ…涙)、しかもお客さんがまた、各シーンで遠慮なく笑うんですね。あまりのことに、こちらは椅子からズッコケそうになってしまいました。

主人公の絶対絶命の場面で反射的に笑っちゃうような絵をもってくるのは演出としてどうか、という以上に問題なのは、サムの心の動きと指輪の扱いです。使命をまっとうするか、一命を投げ打って主人の傍にいるか悩んだような描写もなく、危機が去った後、指輪をあっさりポケットから出されてしまうと(少しはフロドに渡すのを躊躇しますが)、本当にサムは主人に忠実だったのか、ファラミアの性格を変えてまで指輪の恐ろしさを強調したこれまでの演出ポリシーはどこへいってしまったのか、解釈に苦しみます。原作ではここでフロドが、献身的なサムさえも指輪を狙う者と見てしまうのがショッキングで、その変化は後のシーンへのステップにもなるわけですが、映画では類似のシーンが他にも用意されていますから、見る側はまたか、といった感じです。そのせいで、シークエンス全体が、ちょっとここらで見せ場を作っておくか、くらいのあってもなくてもいいような軽いものに変貌してしまったのが惜しまれます。

もう一つの問題は―これは皆様、大いに異論がおありかと思いますが―、物語中盤におけるイライジャ・ウッド(フロド)の演技です。前2作や他の出演作に比べておおよそ彼らしくなく、どうにもオーバー・アクト気味だったように思います。イライジャの演技については全く心配していなかっただけに、本当に意外でした。
私としてはむしろ、「二つの塔」でショーン・アスティンが見せた英雄的サム像の行く末が気がかりでしたが、意外に良かったです。今回良い役回りだったこともありますが、主人の危機にあっては勇敢なのに、根は平凡で素朴なホビットとして描かれていてほっとしました。
他にもモルドール・ルートの中盤は、ショットを飛ばして無理につないだような座りの悪い部分が散見され、クライマックスにも驚きが感じられませんでした。そんなこんなで、正直申し上げて初回には、ここで席を立って帰っちゃおうかなくらいにヘコみました。

ところがです。
物語が終盤に入ると、奇跡のように巻き返しが始まります。まずは滅びの山でついに何もかもが終わるところ。'And there was Frodo,...yet himself again...There was the dear master of the sweet days in the Shire.'という原作の記述そのままのシーンが展開します。原作を読んでいない観客は、この唐突なフロドの変化にちょっとムッとするかもしれませんが、ともかくこのシーンのアスティンとイライジャの演技は絶品です。ここ以降、短い時間にエピソードが詰め込まれ、観る側はついていくのが精一杯な感じはあります。ただし、かなりの改変はあるものの、驚くほど原作の味わいが残っているように思いました。原作は「指輪を捨てる」行為で物語が終わってしまうのではなく、その後も話が続いていくところが面白いのですが、映画の方も限られた時間ながら、そういうニュアンスが感じられます。

灰色港の手前、馬車のシークエンスでは、イライジャは全編を通して最高の演技を見せます。時間にしてわずか数十秒。まさに「エルフ的」な、超然とした雰囲気を漂わせながらも、痛みと悲しみ、情愛を込めた表情は、これまでのフロドの道のりを感じさせてくれる素晴らしいものです。

ラストシーンも余韻がありましたが、実は当初、おや、ハッピーエンドなのかしら、と思いました。「映画では」ガンダルフがピピンに語っているように、終わりは(恐らく)死を暗示しているのも関わらず、灰色港でのフロドの表情といい、エンディングの曲調といい、監督はあまり湿っぽい終わり方にはしたくなかったのだろうと思ったからです。ですから人によって、見る回数によっても、エンディング、ひいてはこの作品全体の受け止め方は変わってくることでしょう。初回は見終わって感動したいうより劇中のセリフ通り'It's done'、肩の荷が下りたような感じでしたが、回を重ねるにつれ、だんだん終盤の各シーンの「行間」やもっと前のシーンとのつながりが読めるようになってきたように思います。解釈が一つに定まらないところ、それがこの映画の一番の良さだと思います。

この映画は原作同様、ここさえつかめばOKという中心がありません。逆に、それぞれの細部にこそ、この映画の真髄があります。つい何度も観てしまうというのは、このへんに理由があるのかもしれません。もう一つ言うと、世界中の人から愛されている原作を下敷きにしながら、この作品にはなお、ピーター・ジャクソン監督の強烈な個性が感じられます。単なる名作映画の枠に収まらない毒気に、何かやめるにやめられない麻薬的な魅力があるようにも思います。
そうはいっても、原作はとても一つの映画的解釈だけで満足できるものではありません。バクシ版の「指輪物語」を見て映画化を決意したジャクソン監督のように、この映画を見た人たちの中から新しい「ロード・オブ・ザ・リング」が作られる日を、今から心待ちにしています。
(若干ネタに走ったSEEへのあんまり真面目でもない感想はこちら

長文・ラストシーン中心の感想はこちら


★こちらの映画館で見ました↓
Village Hoyts Queen St。ニュージーランドのオークランドの目抜き通り、クイーンズ・ストリートにあるシネコンです。夜中まで開いているBorders New Zealandという書店やファーストフード店が併設されています。同じ建物内に巨大なスクリーンで見られる劇場もあったことを、帰国してから知り、ちょっと残念でした。


作品情報=ぴあ http://cinema.pia.co.jp/title/2222/
posted by 銀の匙 at 01:59| Comment(0) | TrackBack(2) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「王の帰還」(ネタバレあり・長大)

rotk2

(以下はHPのバックアップ用記事です)

映画全体の感想はこちら。SEEへのあんまり真面目でもない感想はこちら

(「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」関連の記事を最初からご覧になりたい方は、右のカテゴリー欄から「ロード・オブ・ザ・リング」を選んでいただくか、→こちらのリンクからスクロールして戻ってご覧ください)
決定的なネタバレはしない、ということで書いたので、ラストシーンについては書くことができませんでした。という訳で以下はこの長い長い映画の中の一番心に残った部分、ラストシーンを中心に書いたものです。読み返してみると、何だかセンチメンタルで変なんですけど、たまにはこういうのもいいかなと…。長文お許しください。
* * * * *
この物語のあらすじを一言でいえば、「主人公が指輪を捨てる話」ということになるのでしょう。だとすると、普通なら捨てるシーンがクライマックスで、成就すれば基本的に物語は終わります。ところが、原作の「指輪物語」ではその後に、「ホビット庄の掃蕩」という比較的長い章が登場するのです。これは(恐らく作者の意図したとおり)、読み手の予想の裏をかき、困惑させもします。

原作にこの章があるということはつまり、物語(またはフロド)にとって、指輪を捨てるという行為が物語の主眼ではなく、この章で起こることのために準備された、ということも考えられるのではないでしょうか。「ホビット庄の掃討」では、指輪戦争の余波によって、主人公の故郷であるホビット庄すら荒廃し、ホビット自身、同じ庄のホビットを相手に戦わざるを得なくなります。そんな中でフロドは一人、誰も傷つかないことを願い、敵であるサルマンやグリマを憐れみ、赦しを与えます。このくだりも、物語全体を締めくくる重要なモチーフです。だから、第一部の時のインタビューですでに、原作の「ホビット庄の掃蕩」に当たる部分が撮影されないことが言及されていたのは、原作をようやく読み終えた後では、大変不思議に思えました。

ところが、実際に第三部を見てみると、一つの指輪が滅ぼされた後も、原作未見の観客にとっては長すぎるであろうと思われるほど、ラストシーンまでは時間がかかります。そしてその中で、はっきりとした形ではないものの、この章のモチーフが織り込まれているのではないかと感じました。そのことを述べるまえに、もう少し映画のシーンを遡って見てみましょう。

* * * * * * * * * * * *
第三部を見ると、LotR全体がフロドを中心に組み立てられたものであることが、よくわかります。個々のエピソードが、フロドの指輪棄却を成功させる方向へと収斂していくのは勿論のこと、サムの描かれ方が抑え気味になっているのもそう思わせる一因です。原作では、彼は一時ではありますが、フロドの代わりに指輪をはめ、その誘惑に打ち勝ちます。少なくとも劇場公開版にはこのシーンはなく(あったとしたら、モルドールで指輪をはめて、なぜサウロンに見つからないのか理由を説明しなければならなくなるでしょう)、観客の前で、所有している指輪の魔力に抵抗して見せるのはフロドだけです。

第一部では、幽鬼の世界に身を置きながら、嵌めた指輪を「外す」という並大抵ではないことをしますし、
第二部では、ファラミアの手に渡ろうとする指輪を、自らの意思の力で隠します。
ただし、「抵抗している」描写は、俳優の演技に頼って表現しなければならず、映画ではいささか難しかったようです。どうしても誘惑されているシーンの方がわかりやすくて目立ちますし、内面の戦いは剣を振るうより過酷なのに、別ルートでの派手な戦闘シーンの描写の前にはかき消されがちでした。しかも、第二部の場合、いったん誘惑に屈してサムに剣を向けてしまうシーンがあるのでなおさらです(第三部の冒頭で、スメアゴルとデアゴルのシーンがあって、ようやく、剣を突きつけるシーンはこのシーンと対になっていたことがわかりますが…)。
第三部も中盤になると、フロドはほとんど動けないにも関わらず前に進もうとし、ここでやっと観客も、彼の意思の力を目に見える形で実感します。

キリス・ウンゴルのシーンではボロボロになりながら、フロドにはまだゴラムを思いやる余裕が少し残っています。このシーンを見て、フロドは優しくて強いなあとちょっとほろっと来ました。ついでにいうとここにも、映画ならではの工夫が見えると思います。映画のサムは、原作と違ってゴラムにあまり憐れみを見せません。このことが逆に主人公の長所を際だたせているし、映画のサムは指輪を嵌めなかったため、指輪所持者の気持ちを本当には理解できなかったことを示す意図もあるのでしょう。原作でフロドとサムの2人がもっている特性をどちらか1人に与えるのは、2人の総和で人物描写をしているためもあると思います。

映画では登場人物の性格をあまり複雑に描写していませんが、これは少ない持ち時間でたくさんの登場人物を出すための苦肉の策と、私には映りました。この映画で使える時間数から考えれば、本来なら登場人物はもっと整理しないと、とてもじゃないけど細かな心理描写はできません。ランキン/バス版の「王の帰還」と比較すれば、それは非常にはっきりします。ランキン/バス版はモルドール・ルート以外の描写はバッサリ切り、それでようやく原作の描写をある程度拾うことが出来ているのですが、1個の映画作品としてはあまりにも不完全です。

文章では小さな描写を積み重ねて微妙な心の動きを追うことができるのに対して、映画の人物描写はセリフではなくエピソード単位で追加しないと、観る側の頭は納得しても感情が納得しません。登場人物がそのような性格を持つに至った背景の描写も必要です。しかも、迷う、感動する、悲しい、といった心の動きに共感させるには、シーンのテンポを遅くするか、時間を長くとらなければならない。主要な登場人物全員にこれをやっていると、映画全体で見たときのテンポが悪くなる。しかし、なるべく原作に出てくる登場人物は出したい…となれば、思い切って一人一人の性格の幅は小さくし、映画の登場人物全体で、勇気や自己犠牲、崇高さといった要素を汲み取ってもらわざるを得ないでしょう。

話が脱線しました。
最後まで耐えに耐えても、フロドは結局、滅びの山で指輪を捨てることはできませんでした。彼はイシルドゥアと同様、指輪を自分のものだと宣言してしまいます(このときのフロドの表情をイシルドゥアと同じにする、という演出は余り感心しなかったけど…顔の作りが違いすぎて、同じ感情を表してるようには見えなかった…)。
なぜそうなったか。
指輪の魔力には誰も逆らうことができない、というのが原作、映画、ともに唯一の理由なのかもしれません。加えて原作を読んだ限りでは、サムとの比較において、フロドには指輪につけ入られる部分もあったのではないかと感じています。逆に映画では、指輪に向かって、まるで生贄のように自分を差し出してしまった印象を受け、彼の運命に涙しました。火口の上でまるで祈るようにうつむき、サムに答えて“I'm here, Sam”(僕はここだ、サム)と答えたときの表情に、オスギリアスでナズグルに向かって指輪を差し出したときの、恍惚とした表情を思い出したためでしょうか…。

火口の一連のシーンでのサムの表情はとてもよかった。彼は最後まで、指輪の行方ではなくて、フロドを心配していることがよく伝わりました。そこへ指輪への妄執によってか、あるいはTTTで指輪にかけた誓いによって吸い寄せられてきたのか、ゴラムが指輪を奪いに現れます。奪われあと、フロドは姿を現しますが、また指輪を取り返そうとする。ここは、指輪を滅ぼすという目的を忘れていなかったというのと、指輪に取り憑かれたままだったというのと二通り解釈できそうですが、私は後者だったと思います。原作にも火口付近で、指輪を争ってサムやゴラムを驚かすほどの力を見せる描写があります。また、ゴラムが指輪と一緒に溶岩の中に落ちたとき、フロドはかろうじて崖につかまっており、サムが手を伸ばすとフロドは一瞬ためらうような表情を見せる、ここでようやく我に返ったのではないかと思ったからです。一緒に映画を見た連れは、ここでもまだフロドは指輪に未練があったのだと言いますが…。彼はサムの“Don't you let go,Reach!”(放さないで、手を伸ばして)という呼びかけに応えてもう一度手を伸ばします。そこには、彼自身が助かりたいと思ったというより、原作でいうと、サムに言われるがままに火口から逃げる箇所と同じ心理が働いているように見えました。

外に出ると、フロドは完全に自分を取り戻し、戻ることはないであろう故郷のことを口にします。これは、滅びの山でサムが彼に語ったセリフをなぞっていると同時に、三部の冒頭でスメアゴルから失われてしまった人間らしい(ホビットらしい?)感覚を、取り戻したことを意味しているのでしょう。ついに解放された喜びに浸るフロドとは反対に、サムは泣きじゃくります。彼にとって、試練はすべて主人を助けるためのもので、自分のためではありませんでした。主人が救われた今、彼は元のとうもろこし畑から先へは一歩も踏み出せないホビットに戻ってしまい、心の奥に忘れていた平凡な自分自身の象徴ともいえる、「ロージーと結婚したい」というごく平凡な望みの封印を解いてしまったわけです。それを聞いたフロドは、

“I'm glad to be with you, Samwise Gamgee, here at the end of all things.”
(お前と一緒にいられて嬉しいよ、サムワイズ・ギャムジ―、ここで今、すべてが終わろうとするときに)

と慰めるかのように言います。 この言葉は、第一部のラストにフロドが言う“Sam. I'm glad you're with me.”を連想させます(こちらは、「お前が一緒に(ついて)来てくれて」ですね)。と同時に、フロドがサムをフルネームで呼んだときに、私が思い出したのはむしろ、こちらの言葉でした。

“I made a promise, Mr. Frodo, a promise. Don't you leave him, Samwise Gamgee, and I don't mean to.”
(僕は約束しました、フロド様。彼から決して離れるな、サムワイズ・ギャムジ―。だから、離れません)

第一部の旅の初めと、そしてフロドが単身モルドールへ向かおうとしたときにサムが言った言葉で、彼は最後までその誓約を忘れませんでした。だからフロドは、第一部でその言葉を聞いたときと同様にサムを抱擁して、先の言葉を言ったのだろうと思ったのです。この物語の中では、言葉による誓約はとても大切なものです。アラゴルンが最後に死者の王に、“I hold your oath fulfilled. Go, be at peace.”(誓いは果たされた。安らかに逝け)と言ったのと同じ意味があるのではないかと。だから、約束を最後まで守ったサムを誇りに思い(サムにとっては何よりの慰めになることでしょう)、彼と一緒にいられることが嬉しい、という意味も込められているのではないかと思います。

このようなサムの働きはもちろん、長いことフロドとサムの二人だけが知っていたことだったでしょう。それに結局、指輪を所持するという試練は、ガラドリエルが言ったように、最後までフロドだけに与えられたものでした。映画のサムは目立った栄誉を与えられることはありませんでしたが、少なくとも表面上は元の生活に帰り、新たな家族と安らぎを得ました。一方、映画のフロドは、この重荷を誰とも分かち合うことができません。「ホビット庄の掃討」が無かったので、ホビット庄は無傷なままに残されています。それに比べて、フロドの何と変わってしまったことか。故郷は救われたのに、彼にはどこにも帰るところがないのです。

緑竜館で乾杯するシーンでは、寂しげに乾杯する四人のホビットたちの姿に、ローハンで楽しそうにここのビールのことを歌うメリーとピピンの姿を重ねて、涙が流れそうでした。ローハンにいたときよりもむしろ、実際に戻ってきた後の方が故郷は遠くなってしまったように見えます。彼らの苦しい旅のことなど何も知らない村人たちに囲まれて飲むビールの味は、以前とはまるで違ってしまったのではないでしょうか。それでも他の三人は何とか元の生活に帰っていけたようですが、フロドの孤独と傷は深すぎて、到底、日々の暮らしで癒されるようなものではありませんでした。

彼はがらんとした屋敷の中で、こう思います。

How do you pick up the threads of an old life? How do you go on, when in your heart you begin to understand there is no going back? There are some things that time can not mend. Some hurts that go too deep,that have taken hold.
(どうすれば昔の暮らしに戻れるだろう、どうすればいい、もう心の底では「行って帰る」ことはあり得ないと知ってしまったら?時間をかけても癒せないものがある。受けた傷は深く根を下ろしてしまった)

机に向かって物語の続きを書くフロドの姿は、第一部のSEEでビルボが書き物をする姿につながります。しかし、同じことをしていながら、フロドしかいない袋小路屋敷は、きちんと片付いたどこか空虚な場所で、ビルボがいたときのような生気はまるで感じられないことに胸を衝かれます。

ビルボを見送って灰色港へ旅立つシーンは、映画の中でも最も心に残ったところです。フロドは、ビルボと二人で馬車に乗っています。まるで指輪を所持していた間に止められていた時が一気にのしかかってきたかのように、ビルボは年老いていて、記憶も定かではありません。そんなふうになっても、彼の指輪への思いは消えておらず、フロドに指輪を見せてくれと頼みます。その時フロドは、まるで感情をどこかに置き忘れたかのような表情で、指輪はなくしてしまった、と告げます。そうするとビルボは、“Oh,pity”と言います。願わくば、もう一度触れてみたかったのだが。その言葉を聞いた後のフロドの表情は、長く暗い試練を経て初めて到達できる境地を示していたと思います。

フロドにとってビルボは一番大切な身内であり、裂け谷で赤表紙本を見ながら交わした会話が示すとおり、憧れの存在でもありました。そんなビルボが裂け谷で指輪に取り憑かれたようなありさまになったことに、どれほどショックを受けたことか。原作では影はその場ですぐ消えうせたように書かれていますが、映画のフロドが内心どう思ったかは想像に難くありません。後にモリアで、彼はガンダルフにこう言います。

“I wish the ring had never come to me,I wish none of this had happened.”
(指輪が自分のところに来なければよかったのに。こんなことが何一つ起こらなければよかったのに)

この言葉の中には「ビルボが自分に指輪なんてくれなければ良かったのに」という意味も当然含まれているものと私は考えます。なぜなら、このセリフは、ゴラムを見つけたときの

“It's a pity Bilbo didn't kill him when he had the chance.”
(ビルボがあいつを殺しておいてくれなかったことは残念だった)

の後に出てくるセリフだからです。このときは、ガンダルフが“pity”という言葉をとらえて、フロドを諌めます。「残念だ(a pity)と言うが、その情け(the pity)こそが皆の運命を変えるかもしれない」。馬車でビルボが「pity」と言ったとき、フロドにはこの会話が思い出されたことでしょう。一度は指輪の虜になって初めて、フロドはビルボの妄執を本当に理解したのではないでしょうか。彼は哀しげに眼を閉じ、そして同情と愛情の念を込めてビルボに額を寄せます。この一瞬の表情に、私は原作の「ホビット庄の掃蕩」に匹敵する赦しを見ました。相手はサルマンではなかったけれど…。本当に素晴らしい表情でした。

フロドを演じたのがイライジャ・ウッドであったことは、この物語に神話的な色彩を与える上で、多大な貢献をしたと思います。もちろんバクシ版のアニメのように、見た目は平凡でも内に強さを秘めた人物造型にしたらもっと原作の意図に沿っていたのかもしれません。原作では、サルマンがフロドに「あんたは成長したな」というシーンもあり、主人公の成長が重要な要素でもあるのでしょう。映画では成長したというより傷ついて変わってしまったという面だけが強調された嫌いはあります。

それでも、イライジャの演じるフロドには、第一部の初めから、少年と青年のちょうどはざま、男性と女性の間、定命と不死の者の間の儚い存在、何かこの世のものならぬ雰囲気がありました。彼がフロドだったからこそ、第一部の冒頭でガラドリエルが暗示している通り、この話が単なる冒険物語ではなく、消え去ってしまった過去の記憶なのだということを視覚的にも示せたのだと思います。

第三部も終盤になると、彼はホビットというより、ほとんどエルフのように見えます。灰色港のシーンでサムに向かって赤表紙本を差し出すときの話し方、友人たちをじっと見つめる眼差しには、どこかガラドリエルを思わせるものがありました。第一部からここまでさんざん涙を流してきたのに、一番悲しいはずの別れのシーンでは、フロドは目を潤ませることすらしません。サムを抱擁したほんの一瞬、ちらりと悲しげな眼差しを向けるだけです。彼はその時点ですでに、ガンダルフがミナス・ティリスでピピンに話していたような、別の世界に住む人になっていたのでしょうか。

ここで思い出したのは、TTTのラスト、サムが自分たちの冒険が歌や物語になって語り継がれるかどうか、尋ねているシーンです。子供たちが父親に、フロドの冒険を聞きたいとせがんでいるところを想像するサム。フロドは、勇者サムワイズの話を忘れているよ、と言って笑います。原作ではキリス・ウンゴルの暗いトンネルの中で語られ、絶望的な状況の中でもくじけないホビットの強さを示す、とても好きなシーンでした。映画では、オスギリアスでの試練をなんとかクリアして、少しほっとしたところに置かれています。笑ったフロドにサムは、真面目な話をしているんだと抗議しますが、フロドはサムに向かって振り返り、自分もそうだ、と言います。この振り返った一瞬の、怖いほどの美しさは忘れられません。この時点ですでに、彼がサムの目の前に実在する人物ではないような錯覚すら覚えたものです。もはや、人々が、サムが語る、物語の中にしか存在しない人のように。

灰色港では、フロドは、すでに悲しみを超越したような表情で

“We set out to save the Shire, Sam. and it has been saved, but not for me.”
(僕たちはホビット庄を救うために出かけたね、サム。そしてホビット庄は救われた…だけど、それは僕のためではなかった)

と言います。あまりと言えばあまりな結論。サムは納得が行かず、泣きの涙で引きとめようとします。
しかしフロドは赤表紙本を彼に手渡し、終わりの方のページはお前の分だよ、と言います。そのページが尽きたとき、サムはどうするでしょうか。原作なら、フロドは、かつて一時とはいえ指輪所持者であったサムに対して、お前の番も来るだろう、と予言めいたことを言います。映画ならどうでしょう。赤表紙本を書き終えたとき、サムはようやく、彼自身の物語を生きることになるのではないでしょうか。家路をたどるサムの姿に重なってフロドは語ります。

“My dear Sam, You can not always be torn in two. You will have to be one and whole for many years. You have so much to enjoy,and to be, and to do...Your part in this story will go on.”
(サム、お前はいつも、二つに引き裂かれている訳にはいかないよ。ずっといつも一つで、完全な者でいなければ。心行くまで楽しんで、生きて、いろいろなことをするんだ。お前の物語は、続いていくのだから)

ここでtear in two、二つに引き裂かれる、とフロドが言っているのは何のことでしょう。原作を読むと、ホビット庄に帰ったあと、サムは自分の家庭をもって、一方でフロドの面倒を見ています。彼はずっと、フロドがこれほどの犠牲を払いながらそれなりの待遇を受けていないことに心を痛めていました。しかし、いざフロドからビルボに会いに行く最後の旅に誘われると、サムは、一緒に行きたいが、本当にいたいのはここ(家族のもと)だけで、二つに引き裂かれるような気持ちがする、と言うのです。こう言われることを予期しているフロドが可哀想で、読むたびにどうにもやり切れないシーンですが、映画ではこういう描写はありません。

それではサムは何と何に引き裂かれるのでしょう。フロドを懐かしむ気持ちと、今の家庭を大事にする気持ちでしょうか。私は、サムが体験した指輪戦争の出来事と、サムがこれから生きなければならない現実の生活という意味かなあ、とおぼろげながら思っています。ラストシーンで彼は、遠いまなざしをしながら、“Well...I'm back.”いま戻ったよ、と言い、過去を後ろ手に閉めるように、ドアを閉じます。サムは起こったことを忘れることはないでしょう。それでも、彼はその後、ホビットらしく生きていけるのではないかと、そんな感じがしました。

一方、フロド自身は輝くばかりの笑顔を残して、海の彼方へ去ってしまいます。アラゴルンの母ギルラインが(SEEで)「私は自分のために望みをとっておかなかった」と語ったのと同じく―フロドは、他人の幸せのために自らは犠牲になりました。あの笑顔は、残された者を祝福しているかのように見え、また、すべての痛みから解き放たれて、すでにこの世にいない人のようにも見えます。それでも、見送る者に背を向ける直前の表情は、第一部の最後に“Sam. I'm glad you're with me.”といった時と同じ、元のままの彼らしく、何だか少しほっとしました。

原作を読んだときには、あまりにも悲しくて、最後の数ページは涙なしに読み進めることができなかったものですが、映画の方は原作とはまた違った味わいがあったとでもいいましょうか。原作には、メリーとピピン、サムが泣いていたことは書いてありますが、フロドの表情については何も書かれていません。ですから、フロドが笑顔を見せるとは考えてもいなくて―というかフロドがどんな表情をしているか考えたこともなかった―良い意味で意表を衝かれました。そして、どこか他の場所へ行かなければならないのなら、せめてそこでは幸せに暮らして欲しいという気持ちをかきたてられました。とても悲しかったけれど…。

SEEへのあんまり真面目でもない感想はこちら
(「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」関連の記事を最初からご覧になりたい方は、右のカテゴリー欄から「ロード・オブ・ザ・リング」を選んでいただくか、→こちらのリンクからスクロールして戻ってご覧ください)
posted by 銀の匙 at 01:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ロード・オブ・ザ・リング3部作

(「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」関連の記事を最初からご覧になりたい方は、右のカテゴリー欄から「ロード・オブ・ザ・リング」を選んでいただくか、→こちらのリンクからスクロールして戻ってご覧ください)

rotkno1

(ビルボの書斎内の記事のバックアップです)映画化のニュースを目にしてから足掛け3年、ようやく最終章を見ることができました。
自分にとって、これほど語りたくなる映画も、語るのが難しい映画も初めてです。

そもそも、原作『指輪物語』を手にしたこともなかった自分にとって、「ロード・オブ・ザ・リング」はまったく未知の物語でした。にもかかわらず、製作発表時にネットに上がったほんの数点のスチルにさえ、激しく惹かれるものを感じました。そして、いよいよ映画館で第一部の予告を見てみると、一番心を動かされたのは、画面を埋め尽くした兵士たちが一瞬にしてなぎ倒される場面の映像でした。

その絵は「ファンタジー」という言葉から想像する甘くて夢のような世界とはまるで違う、動かしがたい神話か、冷徹な歴史の一コマのように見えました。期待は裏切られることはなく、第一部の冒頭では「予言」と題された音楽が流れ、ガラドリエルのナレーションが静かに、映画の結末を暗示します。これから語られる物語は、全て失われてしまったものなのだと。

この、冒頭のナレーションに関して、第一部のDVDのコメンタリ―で主演のイライジャが語る内容は示唆的です。もともとこの部分をフロドが語るヴァージョンもあったけれど、使われなくてよかった。それでは終わった冒険の話になってしまう――彼のコメントは、話の先がわかって興を殺ぐという程度の意味だったかも知れません。それはともかく、映画はフロドの冒険譚にも、彼の成長物語にもならずに済みました。第三部でフロドが記録の書き手であったことが明らかになるけれど、映画全体の語り手はやはり、彼ではありえません。彼の残したものは、伝えられるうちに歴史になり、伝説になり、そして神話に、やがては誰一人定かには知らない遠い記憶のようなものになってしまう。この寂寥感が三部を通じて流れ、映画を一つにまとめているように思います。

 このように、おとなしく作っていれば文科省推薦間違いなしの格調を備えながらも、監督はこの映画を一つの枠に閉じ込めることはしませんでした。凝りに凝ったディテールから辟易するほどの演出、ホラー、ゴシック、ラブロマンスなどジャンルは横断的にミックスされて何もかもが過剰なうえ、俗悪な部分はとことん俗悪、かといって娯楽作に偏することもせず、微妙なバランスの上に成り立っているのが優れて現代的で、興味深かったところです。長さがそれを可能にした、とは言えるかもしれませんが、凡百の監督なら素材の偉大さに負けて、自らのよって立つスタンスを捨ててしまっていたことでしょう。ただし、それをやったらハリウッドの雇われ監督の仕事と一緒です。原作は原作で面白く、映画は映画で面白い、というのが一番理想的なパターンだと思うんですが、しかし、ピーター・ジャクソン監督は、敢えて原作あってこその映画化という一線は崩しませんでした。もっと大胆な解釈を見せてくれても面白かったという気もします。

中国語に「仁者見仁、智者見智」ということわざがあります。仁を重んじる人は、何を見ても仁を見いだし、智を重んじる人は、何を見ても智を見いだす、というほどの意味です。物の見方は人それぞれ、という風にもとれましょうし、穿った言い方をすれば、物の見方によって相手を知ることができる、とも取れましょう。そう思いつつ「LotR」三部作を見ると、たとえばオークや怪物が跋扈するグロテスクなシーン、悲惨極まりない戦闘シーンは生き生きしていて、PJ監督が嬉々として付け加えたシーンのように見えます。しかし、実は原作を読み返してみると、この手の描写は少なくないのに驚きます。読んでいるときは無意識のうちに避けていたのでしょうか。変な言い方ですが、改めて原作の中に潜む一面に光を当ててもらったような気がしました。

とはいえ、最終章の「王の帰還」は、原作の制約にしばられ、限られた時間の中に詰め込めるだけエピソードを詰め込んだ感もなきにしもあらず…、それでもなお『ロード・オブ・ザ・リング』はPJの作品であり、ジャンルと表現の幅を広げたエポック・メーキングな作品だと言えるでしょう。

(若干ネタに走ったSEEへのあんまり真面目でもない感想はこちら
posted by 銀の匙 at 01:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月06日

【revised】「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」SEE版

ネタばれ注意とはいいつつ、日本版が発売される前だったため何となくぼかしておりました、「王の帰還:特別編集版」DVDの感想。コメンタリー等を見て、元記事に追加致しました。緑の字が追加部分です。
記事はこちらです。

(「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」関連の記事を最初からご覧になりたい方は、右のカテゴリー欄から「ロード・オブ・ザ・リング」を選んでいただくか、→こちらのリンクからスクロールして戻ってご覧ください)
posted by 銀の匙 at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月20日

【記事後半ネタばれあり】「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」SEE

この記事をご覧になる方に説明は不要かと思いますが、念のため前置き。

「ロード・オブ・ザ・リング」は3部作でひとつの作品なんですが、劇場でロードショー公開したバージョンと、DVDのために作られた長いバージョンがあります。

前者はDVDではコレクターズ・エディション(CE)、後者はスペシャル・エクステンデッド・バージョン(SEE)と呼ばれています。今回、第3部のSEEは、劇場版に50分もの未公開シーンが追加されており、それには、サルマンの最期を筆頭に、劇場版でカットされたいくつかの重要なシーンが含まれるはず、ということが予めわかっていて、前から話題になっておりました。

本日は、いち早くアメリカ版のSEEをお求めになった方ほかの皆様のご好意で、そのDVDを観ることができました。エオウィン、メリー、ファラミア大増量となっております。もうご覧になって一言おっしゃりたい方、コメントお待ちしております。未見の方は、ネタバレOKの方のみ、以下をご覧ください。

(「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」関連の記事を最初からご覧になりたい方は、右のカテゴリー欄から「ロード・オブ・ザ・リング」を選んでいただくか、→こちらのリンクからスクロールして戻ってご覧ください)続きを読む
posted by 銀の匙 at 01:46| Comment(15) | TrackBack(2) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月06日

ロード・オブ・ザ・リング交響楽(2004年9月22日@ロンドン)

交響楽パンフ

映画「ロード・オブ・ザ・リング」のための音楽を作曲者みずから6楽章のシンフォニーにまとめ、それをロンドンで2日間だけ演奏するというので、わざわざ出かけて参りました。

実はこの8月に、東京でも同趣旨の演奏会があったのですが、指揮は違う人でしたし、第一、演奏がほとんど聴くに耐えないレベルだったので、まあ、あれよりはましだろうと思っておりました。(なお、2004年12月の東京でのコンサートについては、こちらにちらっと感想を記しました)

演奏会が開かれた9月22日というのは、指輪物語のファンにとっては特別な日です。
「ホビットの冒険」の主人公ビルボと「指輪物語」の主人公フロドの誕生日だからで、映画冒頭でもこの日を祝う盛大なパーティーのシーンがありました。そんな晴れがましい日にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで、映画と同じロンドン・フィルが演奏するとなれば、ひょっとしてゲストにクリストファー・リーくらい来ちゃうかも…?とミーハーな望みを抱くのも無理はない…ですよね?

アルバートホール

残念ながら、ゲストは誰も来ませんでしたけど、演奏は素晴らしいものでした。
総勢200人ものフルオーケストラとコーラスが一気に揃っただけでも、その迫力たるや圧倒されるものがあります。久々に、指の先まで音楽に浸る喜びをたっぷりと味わうことができました。エルフ行軍のときの音楽や「旅の仲間」のテーマは、CDで聴くとちょっと俗っぽく、あまり好きではありませんでしたが、演奏会ではこれらのパートで音量MAXになり、これぞライブの醍醐味!という感じでとても良かったです。フルート、バイオリンなどソロ演奏はもちろん、女声合唱も厚みがあってさすがでした。

タクトは作曲者のハワード・ショアが自ら振り、これがなかなかの見ものでした。DVDなどで録音風景を見ていると、淡々と指示を出しているように見えますが、さすがは生演奏、メリハリの利いた力強い指揮ぶりに目が釘づけです。あまりにも力が入ったため、指揮台をがっつん!と痛打した音が響いた一幕もあり、背景に映るアラン・リーのイラストもそっちのけで見入ってしまいました。

思えば、ポピュラー音楽なら作曲した人の演奏を聞くのは当たり前ですが、オーケストラの場合、きちんとしたホールで現代の作曲家の演奏を、作曲家の指揮で通して聴ける機会はまれです。そういう意味でも貴重な機会でした。

とどめは最終楽章です。戴冠式のアラゴルンの歌をうたった男性歌手は、
日本公演とは違い、ばっちり鼻声でした(…わざと…?)。シセルの歌うInto the West
が柔らかく会場を包んだあと演奏は終わり、当然ながら満場の観客のスタンディング・オベーションとなりました。

演奏会

会場となったロイヤル・アルバート・ホールは円筒形をしており、音響のいいホールです。予約はホームページから簡単に入れることができ、日数があれば日本までチケットを郵送してくれます。

イギリスのホールの例にもれず、値段の高い席が見やすい席とは限りません。貴族様が後方に陣取った名残なのか、少し遠めのところの席種が高いのです(すりばち状になっているので、上の方が残響がいいのかもしれませんが…)。私が取ったのはアリーナで、2番目くらいに安いところでしたが、ショアの表情までばっちり見え、楽団員とは席の高さが同じだったため、音楽を全身に浴びることができました。ただ、今回アリーナには椅子が並べてありましたが、演目によっては立ち席になることもあるそうです。

今度の12月にはショアの指揮で日本再公演があるそうです。今度はロシアのオケと組むそうですが、さてどうなりますことやら…。
posted by 銀の匙 at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ロード・オブ・ザ・リング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする