2016年01月19日

神なるオオカミ(表示以降、ネタバレ注意)

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写真はチラシから

フランスの巨匠・ジャン=ジャック・アノー監督の中仏合作映画。ロードショーはならず、「未体験ゾーンの映画たち2016」での限定公開となりました。

文化大革命の時代。北京の大学生・陳陣(チェン・ヂェン=Chen Zhen/ウィリアム・フォン)は、楊克(ヤン・クー=Yang Ke/ショーン・ドウ)と共に内モンゴルに下放されます。厳しくも美しい自然と、モンゴル族の生き方に惹かれるチェン。ことに、草原で出会ったオオカミに魅了されたチェンは、長老や現地の人たちの忠告も聞かず、こっそりオオカミの子を飼いならそうとするのですが…。

刻々と変わる空と広々とした草原が織りなす自然描写や、本当にその場で何年も生活しているような、キャストたちの騎馬シーンは見ごたえ十分。オオカミに象徴される自然とのぎりぎりの折り合いで成り立ってきた暮らしがあっけなく壊れていくさまに、感慨を覚えずにはいられません。

前作《后会有期》(いつか、また)《黄金時代》では微妙に役に嵌っておらず、主役が別の俳優さんだったらもっと良い映画になったんじゃないか…とかつい思ってしまった(ごめん!)ウィリアム・フォンですが、今回は、いかにもではありますが、純粋で未熟な知識青年を危なげなく演じていました。たま〜に60年代というよりは30年代的な表情になってるときがあったり、これで大学生ってのはちと苦しい、と思うカットもなくはなかったですけど…。

注目すべきは彼の声の演技で、ナレーション的なセリフも含め非常に良かったです。ちょこちょこはさまるモンゴル語は、上手いのかどうかは分かりませんけど現地にしばらくいるとこんな感じに混ぜこぜで話すようになるんだろうなっていう雰囲気が良く出ていました。コンビ役のショーン・ドゥは役柄その人にしか見えない好演。モンゴル族キャストもさすが本場の貫禄です。

ということで、以下はネタバレというか、個人的な感想です。

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基本、面白いと感じた映画について感想を書くようにしているのですが、今回は例外です。いちおうウィリアム・フォンの主演作品なので、資料(?)として、ということでエントリー。

頑張って作った映画だというのはよーく分かったんですけど、ハッキリいって残念な作品だと個人的には思いました。

ロケ地も良かったしキャストも好演しましたが、ニューエイジっぽい作品によくある、少数民族に肩入れして環境問題を扱ってみました的な映画に感じてしまったし、いかんせん、お話が弱かった。

オオカミと人間の関係を語る長老の言葉は重みがありましたが、言葉と行動とに微妙な齟齬が感じられ、全くのフィクションではなく実在の内モンゴルを舞台にしているだけに、お話の世界観に、どこまで現地の人の見方が反映されているのか疑問だという感じもしました。

物語的に弱かったと思う理由の一つには、主人公チェンの行動が一貫して唐突であることが挙げられます。オオカミに魅せられた原因になったはずのシーンも、あれでどうして?って感じだったし、なぜそこから子オオカミを育てることに考えが及ぶのか、セリフでは説明してたけど飛躍がありすぎです。素直そうな人柄なのに、野生の動物を、しかも牧羊地で飼うなんて、必然性も薄く誰が考えても問題が起きそうな事柄になぜ固執するのかも理解しづらい…。

彼は現地の人や文化の理解者を自認していたけれど、結果的には、他所から来て土地の自然や習慣を破壊する人たちの一員に過ぎなかった、ということなんだろうと納得はするものの、それを見せるためのご都合主義の展開に見えてしまう。

つまりは主人公の扱いが中途半端。彼に感情移入させていれば、彼が採った愚かな行為にはもっとインパクトがあっただろうし、ニュートラルな立場に置いておくなら、彼の行動自体にもっと必然性を持たせないと、異分子が異端な行動に出ているとしか映りません。

原作を読んでないので分かりませんが、ここがお話のキモなんだから、もっと丹念に描写した方が良かったんじゃないでしょうか。

しかも、彼もヤン・クーも、最後には北京に戻ってしまいますが、そこもあっさりナレーションで片づけられているので、その直前の現地に骨を埋めそうな勢いとはギャップがありすぎて、いったい何なのこの人たち、という印象。2人とも悪くない演技だったのに、もったいない…。

もったいないついでに、もう1つ言うと、オオカミの描写もイマイチに感じました。いくつかのシークエンスはオオカミが主役になっています。演技をつけた本物のオオカミなのかも知れないけど、やりすぎな感じで、かえって不自然。

ラストシーンにCGで描いたと思しきオオカミ形の雲が出てきたりして、まさか、かなりのシーンがCGの拵えものかと思ってしまいました。せっかく自然が綺麗に撮れてるのに、そんなウソっぽいシーンを最後に持ってくるなんて、損ですよね。

まあここはひとつ割り切って、モンゴルの美しい自然とウィリアム・フォンの美声(とこの映画を観て初めて認識した)を堪能するってことでもいいのかもしれません。中身を良く理解している訳でもないくせに、言いたい放題で恐縮なのですが、良い素材を微妙にダメにしている感じが、何とも惜しかったので…。


ジャン=ジャック・アノー監督
ヒューマントラストシネマ 渋谷で見ました。
一番大きなスクリーン1は、結構見やすいです。
手前に通路があるI列で観ましたが、G,H列くらいのほうが迫力があるかも知れません。
まん前に人が居なければ、ですけど…。
posted by 銀の匙 at 01:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月16日

ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション(表記以降、若干ネタバレ気味)

ボケっとしてたら『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』が上映終了寸前になっており、慌てて名画系の映画館に駆けつけました。人気作だから2本立ての2本目からは入れないんじゃないかという情報を得て、あまり乗り気がしなかった、1本目に上映された表題映画を観る羽目に。

そしたら、結構面白かったです、これが。

前作の『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』も、大変面白かったんですが、基本、アクション(とトム・クルーズ)で魅せるシリーズなので、どうせ同じような映画だろうし、わざわざ観にいくことないかな〜って思ってパスしていました。

しかも、このシリーズのもう一つの見せ場である、スパイグッズというかガジェットも、いまや現実世界の方が追い越してる印象があります。

『ゴースト...』のときは辛うじて先進的な小道具だった顔認識システムも、いまやコンビニや書店レベルで実装されてる始末。好むと好まざるとにかかわらず、もはや東京中がミッション:インポッシブル状態なのであります。

加えて、現実に紛争の相手がもはや国単位じゃなかったりとか、イギリスの諜報機関が公募制で採用試験をするっていうご時勢で、「スパイもの」ってカテゴリー自体に今や激しくムリがあり、しかも、前作でクレムリン壊しちゃった上にハリウッド映画大好きなロシアは良いお客さんだし、中国の観客はこのシリーズ大好きで出資もしてるし、ってことになると、どこをスパイ先に設定すればスポンサー(?)を怒らせないか&話がホントらしくなるのか実に悩ましい。

と、製作陣に成り代わりまして心配しておりましたが、なんと意外な国の名前が…。

ってことで、物語の主な舞台をヨーロッパに設定して展開します本作、冒頭のアンビリーバボーなアクションシーンからラストまで、一瞬たりとも飽きさせません。お近くで上映してましたら、ぜひ、ご覧ください!

以下、ややネタバレです。

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ということで、いろんな大人の事情が絡み合い、なかなか対決相手の設定が難しそうな本作でしたが、まさか
1回転半してイギリスとは…! はっはっは、こりゃユカイ。

もちろん、イギリスそのものが敵ということではなく、主人公イーサン・ハントが属するスパイ組織・IMFこそが、「シンジケート」なる偽スパイ集団をでっち上げた自作自演の問題組織と断罪され、解散させられそうになるというのが映画の大筋。

そして見所といったら、新ヒロインのレベッカ・不二子・ファーガソンに尽きるでしょう!

敵方の人間のように見えながら、イーサンが絶体絶命の危機になると、なぜか救いの手を差し伸べるナゾの美女イルサを演じます。アクションシーンもスゴイのですが、何しろイギリス人スパイの役なので、クイーンズイングリッシュが素敵すぎる!…と思ったらこの方、スウェーデン人なんですね。

最後は絶対イーサン・ハントが勝つんだから、ストーリーに意外性はゼロのはずなんですが、それでも不可能と思われるミッションをどうクリアするのか、結構、手に汗握って鑑賞してしまいます。

国家組織に属していようと、ならず者集団に属していようと、結局、構成員は使い捨てのコマ。相手を倒したつもりでも、またそれに代わる人物が必ず現れる、と言うイルサ。現実世界の出来事と重ねてみると、「ローグ・ネイション」(ならず者国家)というサブタイトルも皮肉たっぷり。

アクション、脚本、配役の妙に、大人の事情ならぬ大人のエスプリが効いた、なかなか魅せる作品です。

クリストファー・マッカリー監督

ギンレイホール(飯田橋)で観ました。
音がよく、アットホームな雰囲気の劇場です。
前後の人と席が互い違いになっているので見やすいです。
スクリーンはそれほど大きくありませんが、
後ろから3,4列目でもよく見えます。
posted by 銀の匙 at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月11日

創造と神秘のサグラダ・ファミリア

1926年に亡くなった、スペイン・カタルーニャの建築家、アントニ(アントニオ)・ガウディ。

彼が設計したサグラダ・ファミリア教会は、有機的な見てくれもそうですが、建物としても未だ成長中なところが、まるで生き物のようです。

規模の壮大さもさることながら、戦争や政変、資金難などの原因が重なり、1882年の着工以来、130年以上経っても完成していません。

21世紀の今、とりあえずはスペインで戦争もなく、観光収入によって建築資金も確保されてはいるのですが、また別の困難が降りかかり、永遠に完成しないとすら言われています。

本作はこの未完のプロジェクトの現在を、歴史をさかのぼりつつ紹介していくドキュメンタリーです。

        *
      
映画が始まると、監督さんの心の声と思しきナレーションが流れるのですが、スペインの話なのにいきなりドイツ語なんで、ちょっとビックリです(監督さんがドイツの人なんですね)。まずはその口調が、そして、サグラダ・ファミリアの塔をキーとする映像が、どことなくヴィム・ヴェンダース監督の『ベルリン・天使の詩』を彷彿とさせる…と思いつつ、観ておりました。

実は、1980年代にこの建物を実地で見るチャンスがありました。春だというのに、バルセロナは昼になるとうんざりするような暑さに襲われるところで、現場周辺は埃っぽく、第一印象はゴタゴタした街にさらにゴタゴタした趣きを添える建物だなぁ、でした。

当時は、どうせシエスタしながらノンビリ造ってるんだろう…と偏見丸出しで思っていたのですが、設計したガウディを始め、かかわっている人たちは皆、建物の完成のために一身を投げ打ち精進していたにもかかわらず、一向に完成しなかった、ということが映画を観てよ〜く分かりました(汗)。

今は世界各国から一流の人材が集まり、共同して作業に当たっています。
映画は、建築にかかわるそうした人々のそれぞれの想いを追っていきます。

冒頭、この教会の構想の元になったと思われるモンセラの奇岩群と修道院の様子が映し出されます。圧政にも負けず、カタルーニャ文化のよりどころとなった場所です。その精神を受け継いだが故に、サグラダ・ファミリアの建築は幾多の困難にもめげず続けられてきたのでしょう。

ガウディは、生前にはプロジェクトが完成しないと判断し、一部分だけを先に完成させる方法を採用します。そこから後継者が何をすべきかを読み取るだろうと考えたのです。

建築プロジェクトに携わる日本人彫刻家・外尾悦郎は、ガウディの求めたものを体現しようと努力を重ねます。オリジナルを研究し、何を表そうとしたものなのかを深く探り、我を捨て、いかにガウディの考えに近づくかを真摯に追求する、いかにも日本人らしい律儀なアプローチだと感じました。

一方で、むしろ自分のスタイルを追求することで、時代精神を反映させるアプローチをとるスビラックスのような彫刻家も登場します。彼は彼なりに、ガウディから託された命題に応えたと見るべきでしょう。

他にも、さまざまなアプローチの仕方が登場しますが、このプロジェクトにかかわる人たちはそれぞれ誇りを持ち、基本、完成の方向へ向けて取り組んでいる点では一緒です。

ところが中盤、突然ちゃぶ台返しのような展開が待っています。

都市プランナーのマッケイは、サグラダ・ファミリアの建築を中止せよという署名運動があったことについて語ります。スペイン内戦で多くの資料が失われた後、コルビジェを初め200人もの著名人が、ガウディが完成させた部分を博物館として残して、これ以上の建設はやめるべきだと主張したのです。

確かに、設計者も設計資料もなく、勝手な解釈で増築していくのだとしたら、ガウディの作品としての価値が薄れてしまう、という考えがあるのも分からなくはありません。

加えてマッケイは、さまざまな思想信条の人たちが存在する現在、カトリック信者のよりどころとして建てられる教会ではなく、もっと今にふさわしい建物が作られるべきではないのかとも主張します。

彼ははっきりとは言っていませんが、恐らく、ガウディが現代の人であれば、教会ではなくてそういった建物を設計しただろう、という考えもあるのでしょう。とすると、これはこれで、ガウディの命題に応えたものとも言えます。

サグラダ・ファミリアというたった一つの建物を巡って多様な考えが繰り広がられ、どれもそれなりにもっともな意見なので、観てるこちらとしては誰の肩を持つべきか、だんだん困ってくるのですが、その中で、一番共感できるなあと思ったのは、建築家ではなくて音楽家の意見でした。

カタルーニャの音楽家ジョルディ・サヴァールはバッハを引き合いに出して言います。バッハの作曲した「ロ短調ミサ」の完成形はバッハの頭の中にしかない、と。

何百年も前に書かれたこの曲は、楽譜を読む人それぞれの解釈によって形を変えながら、演奏され続けることによって生きているのです。

「ロ短調ミサ」とは違って、サグラダ・ファミリアには楽譜にあたるものすら残っていません。逆に、そうだからこそ、この作品に皆が引きつけられるのでしょうか。映画終盤、宗教学者のパニッカーが語る言葉は示唆的です。

神秘がどこに在るかは示すことができない。
神秘は何者も内包していないからこそ神秘なのだ。

と。

いろいろと考えさせられつつも、サグラダ・ファミリアの映像を美しい音楽と共に堪能できる、ぜひ鑑賞をお薦めしたい作品です。

ステファン・ハウプト監督
94分 2012年作品
YEBISU GARDEN CINEMAで観ました。
小さな、でもおいしいコーヒーとフードを提供してくれるカフェスペースが併設された、大人な映画館。
よく通いましたが、数年前に閉館になってしまい残念に思っていたところ、以前の洒落た雰囲気はそのままに、ユナイテッドシネマの一員としてよみがえっていました。

居心地がよく、音響も素晴らしい。ずっと通いたい映画館です。

そのほかの映画に関するエントリーは→こちらから、
フェイバリット映画100のリストは→こちら です。

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2016年01月05日

ローラン・グラッソ展 Soleil Noir

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過去についてのスタディ
(カンヴァスに油彩、金箔)

1972年生まれのアーティスト、ローラン・グラッソ(Laurent Grasso)の個展。

一見、中世の細密画にしか見えない絵柄ですが、よく見ると超常現象が発動中だったり、オーパーツみたいな物体が描かれていたり、東洋的な技法で西洋画を描いたりと、時間や場所が相互乗り入れ自由な不思議な作風。

金屏風にしか見えない上↑の作品も、実際には油絵に金箔を貼ったもの。ですが、実際にみてもやまと絵そのものにしか思えない超絶テクニック。

描かれている超常現象(?)なども、実際の文献で記載があるものを選んでいるらしく、単なる思いつきやパロディーではないようです。

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縄文時代の司祭(木彫像)

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過去についてのスタディ(木に油彩)

古代の作品で、今見るとモダン、みたいなのがありますが、装飾的な作品なのに、そんな感じの奇妙なモダンさを感じます。

メゾン・エルメス・フォーラムのガラスブロックばりの展覧会場にもほどよくマッチしています。
陽が暮れてからの鑑賞がおススメです。

2016年1月31日(日)まで

銀座メゾンエルメス・フォーラム
11:00-20:00(入場19:30)
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2016年01月01日

スター・ウォーズ/フォースの覚醒 初回/リピート鑑賞前に(ネタバレなし/表示以降ストーリーに触れています)

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皆様、明けましておめでとうございます!

実は、旧年中最後に観た映画が『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』で、新年最初に見た映画は『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』だったんですが、素晴らしい映画だったので感想は改めてじっくり書くことにいたしまして、とりあえずは大ヒット上映中!の方から。

大晦日は2回目の鑑賞だったので冷静に観られたせいか(笑)、初見よりも素直に感動できました。
ぜひ、ぜひ、ご覧になってください。良かったと思った理由は↓1回目感想のエントリーに書いておきました。(→こちら。1つの記事の中に
ネタバレなし→
ストーリーややネタバレ→
重大ネタバレ、
という順にご紹介しておりますので、これから観る方は、ネタバレ注記以降は鑑賞後にご覧になることをおススメいたします)

まだ観ていらっしゃらない方!
予習は全く必要ありません! 観れば分かるように作られています。ぜひ、ご覧ください。
男性・女性とも楽しめるポイントがあるので、デートで観ようっていわれたら、
ええ〜っ?って言わないで付き合ってあげてくださいね。

ダニエル・クレイグファンの方は、ストームトルーパーの中に紛れてるそうなんで、どうか見つけてください! 全員同じ白いツヤツヤしたヘルメットとコスチュームなんで、なかなかわかりづらいと思いますが(笑)、声で分かります。

それから今回も、キメ台詞が登場しています。
知ってると面白いので、どこで言うか探してみましょう。

Garbage will do!(ポンコツでも、無いよりマシ)
シリーズに毎回出てくるホタテ貝みたいな宇宙船ミレニアム・ファルコン号は、毎回誰かにガラクタ、クズ、ポンコツ等といわれています。今回も例外なく…。

May the Forth be with you! (フォースと共にあらんことを!)
スター・ウォーズを観たことなくても、なぜか誰もが知ってるセリフ。

I have a bad feeling about this.(イヤな予感がする)
シリーズ中、常に誰かに悪い予感が…

Much to learn you still have
↑この通りではないのですが、意外な人の口から似たセリフが。

Mambo Jumbo(ちんぷんかんぷんの嘘っぽいもの)
ハン・ソロのセリフに出てきます。これは、シリーズ第1作目で演じた俳優さんが、セリフの意味がちんぶんかんぷんで(それでも名演だったから逆にスゴイけど)と言ってたあたりから取ったセリフなんでしょうか。

その他、字数制限の関係か、字幕が情報をやや圧縮している部分もあるので、耳もガッチリ澄ませて観ると、より楽しめることでしょう。

画面では、特にヒロインのレイが住んでいる砂漠地帯に転がっている残骸に注目してみましょう。物語が始まる前に大きな戦争があり、その時に撃墜されたり壊れたりした機械の残骸です。前の作品に戻って観てみたときに、ああ、これこれ!と思われることでしょう。レイが拾うヘルメットにも注目です。


すでに1回観て、もう一度観ようか迷ってる方!
リピート鑑賞のための予習としては、まずサントラを聴く。これですね。

今回のテーマは「スター・ウォーズのテーマ」とか「ダースベーダーのマーチ」とか、前作までの誰もが知ってる曲調に比べるとかなりおとなしいんですけど、その慎ましやかな感じがヒロインのレイによく似合っているし、主題を提示した後、広がる部分がザッツ映画音楽って感じで、とても味があると思います。

試し聴きしたい方はこちらから。(公式HPです)

レイのテーマ
https://www.youtube.com/watch?v=65As1V0vQDM

ジェダイステップス〜エンディング
https://www.youtube.com/watch?v=cUBUlKgsNK8

↑この曲の中にルークのテーマが現れた途端、ぐっと来るものがありますよね…。そして何事も無かったかのようにめちゃ明るくスター・ウォーズのテーマにつなげて、またレイのテーマが現れて…。

そして、前作でいよいよルークが旅立つとき、ルークのテーマはホルンが演奏してる(たぶん)ですが、今回もレイが旅立つ回なので、最後になるとテーマはホルンが演奏してる(たぶん)と思います。その辺も胸に迫るものがあります。

今回は2D、3D、IMAX、4Dで上映がありますが、ミレニアムファルコンとタイファイターの交戦シーンはIMAX用のカメラで撮ったそうで、視野いっぱいの戦闘シーンというのがすごかったです。

3Dならではの演出が面白いシーンもあるので、映像酔いしない方は3Dがおススメですが、予算が許せば、ぜひ4Dでもご覧ください。さらにいっそう他人事じゃない感じが味わえます(笑)

初めて4Dで観ましたが、背中を蹴られるエフェクト以外はとっても面白かったです。隣の席の男の子は、映画が始まる前のテストの段階で、椅子が動くから寝られないって彼女に向かって怒ってましたけど。

椅子が動くだけでなく、風が送られてきたり、フラッシュが焚かれたりといったエフェクトがありますが、話に入り込めるので、意外に邪魔に感じません。

ただ、私が観たTOHOシネマズ新宿のMX4Dは音響がイマイチでした。エンドロールシーンのすごく重厚なフーガの部分がじっくり聴きたかったのに..。たまたまかな。

あとは、続きを観るときのために、伏線を見つけとく、ってことでしょうか。
回収されるかどうか、分からないけど…。

それに、よく考えると不思議な部分もありましたよね。
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以下、ネタバレ込みです。

・そもそも「フォースの覚醒」って何
そう来ましたか…。でもいい質問ですね!(と逃げる)。
フォースについては映画の中でハン・ソロが説明してますが、フォースは存在しているけど、意識して使うということになると、誰でもができることではないらしい(フィンが「フォースを使いましょう!」とか気楽に言ってるけど、ハン・ソロがたしなめてますよね)。

では「フォースが覚醒する」とは何を意味するんでしょう。
誰かがフォースを使えるようになったってこと? まさかそれともフォース自体が…。

このタイトルこそが、作品最大の、そして最重要の謎ですよね。この意味がエピソード8で解明されるといいんですが…。

・ジャクーのシーンでルークの地図を渡す老人は何者?
 パンフによれば、ロア・サン・テッカという名前らしく、レイアの古い友人で、銀河の周縁を旅してきた探索者だそうなのですが...。

・レイの持ってる杖は何?
 パンフによれば、クォータースタッフという名前で、レイが廃品から手作りした武器らしい。

・レイが家族と言ってるのは誰?
 「フォースの覚醒」の流れを見るとルークのようですが、それなら家族といわずに父と言いそうなもんです。カイロ・レンはなんらかの形で彼女を知っているように見えますが…。

・なぜレイはジャクーにいるの?
 家族を待っているから、という説明になっていますが、彼女はそもそもジャクーの出身なんでしょうか。あるいはこのジャクーという惑星に何かがあるのか?

・ケッセル・ランを14パーセクで飛んだ→12パーセクだ!って、何で自慢なの?
 ケッセル・ランというのは、例によって劇中、何の説明もありませんが、文脈からしてそういう星域か、航行ルートのことでしょう。「パーセク」というのは距離の単位です。

「スター・ウォーズ」の中では、宇宙を航行するときはスピードが速くなるだけで物体をすりぬけたりはできないので、ある距離間を移動するときは、短いほど速く移動したという意味になります。

だから、ある地点からある地点までをギザギザと大回りして14パーセク分移動したのではなく、最短距離を通って12パーセクの距離で通れたってことは、ナビやパイロットの腕が障害物を小まめに避けられる腕があるということでもあるし、それだけ速く移動できることになるわけです。

エピソード4の音声解説でルーカス監督もそういうふうに説明していました。

・トリリアの大虐殺って何?
 私も知りたい。とりあえず、ラスターが一枚噛んでることだけは分かったけど(ってそれは映画観た人全員知ってますね( ^^;)。
 アニメかノベライズとかで出たエピソードなんでしょうか。
 映画本編の方では、いつか説明があるかも知れないし、「シャーロック・ホームズ」でホームズが名前を出すけど具体的にはよく分からない、「トスカ枢機官の急死事件」みたいなものかしら?

・ボー・ダメロンはどうやって助かったの?
 さぁねえ?
 (*゚□゚)==○) えーっつと、誰も周りに居なかったっていってたので、パラシュートが同じ砂漠でもかなり離れた場所に飛んでったんでしょうかね。それで、ジャクーにいる他のレジスタンスが助けてくれたとか?
パラシュートで脱出したにしては、ジャケットだけ残ってたのがナゾだけど、操縦中に暑くて脱いだのか?

・スター・キラー基地に吹っ飛ばされたヤラレ役の惑星は何?
 パンフによると、現在の共和国の首都でホズニアン・プライムというらしい。

・レイア姫の髪型
 昔のヘアスタイルはやめちゃったんですね。結婚したら髪型を変えるんだろうか?って思ったけど、ハン・ソロが「髪型変えたのか」って言ってたから、特には関係ないんでしょうね。最後、基地でミレニアムファルコンを出迎えた人たちの中に、同じ髪型の人がいて目だってましたが…(まさか、あれがキャリー・フィッシャーの実の娘さん?)

ちなみにあの髪型、フリーダ・カーロみたいだな〜と思っていたら、メキシコで革命時期に流行っていた女性の髪形をモデルにしたんだそうです。レイアは革命家だからだそうで…。エピソード3でパドメも同じ髪型にしてましたね。

・カイロ・レンの名前
 今回はダース○○じゃないんですね。新作の時代にはジェダイがいない(ルークを除いて)ように、暗黒卿もいないんでしょうか。
 最高指導者スノークに、レン騎士団を率いて…といわれていたので、「レン」の方はその関係でしょうか。じゃ、「カイロ」の方は何?
 ハン・ソロに「勉!」...じゃなくて、ベンって呼ばれてましたよね。ハン・ソロの息子だから、ベン・ソロなの?(じゃ、孫はボン・ソロ?) あるいは、オビ=ワン・ケノービがベン・ケノービと名乗っていたので、そこから取ったの?
 
・カイロ・レンのマスク
 コスプレ以外に特に意味ないように思うんだけど…マスクをするとかなり声が変わるので、ひょっとしてこの映画の時代では、吸うとアヒル声になるヘリウムガスは危ないから禁止されて、その代わりがマスクなんだろうか…(んなわけないよね)

・カイロ・レンの言う、「ダース・ベイダーから受け継ぐ」こととは?
 ダース・ベイダーのマスクを見ながら、そんなことを言っていましたが、具体的には何なんでしょうか。ベイダーはパルパティーンを倒して自分が取って変わろうとしていたので、そのこと? それともフォースにバランスをもたらす存在、ということ?

・アンディ・サーキスはどこ!!??
 「ロード・オブ・ザ・リング」でゴラムを怪演して以来、すっかりモーション・キャプチャー俳優になってしまったのでしょうか…今回、またもモーション・キャプチャーでスノーク最高司令官を演じてるんですけど。そもそもスノーク最高司令官て誰よ

まさか…まさかとは思うけど、ムーミントロルの一種じゃないですよね?

ちなみに、スター・キラー基地でハン・ソロと対峙したカイロ・レンは、ハン・ソロの元に戻りそうにも見えたのに、太陽が翳ると、一気にダークサイドに引き込まれたようにも見えました。あのシーンを観ながら、うっコレってオークやトロルの逆パターン?(オークは太陽の元では行動できず、トロルは太陽の光に当たると石になっていまう)とか考えてしまいました。ただ単に演出上の「あや」ですかね、あの描写は。

と、上手いことトロルつながりでまとまったところで、それでは、エピソード8でも、BB-8とフィン、ポー・ダメロンが活躍することを祈念しつつ、

2016年も、フォースと共にあれ!


「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」を鑑賞しての感想は→こちら 



posted by 銀の匙 at 23:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月31日

今年もお世話になりました

皆様どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。
私はこれから「スターウォーズ/フォースの覚醒」を観て参ります。

来る年もよろしくお願いいたします!
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posted by 銀の匙 at 19:48| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月26日

蘭陵王(テレビドラマ26/走馬看花編 第14話)

(〈蘭陵王〉関連の記事を最初からご覧になりたいかたは、右欄から蘭陵王のカテゴリーを選ぶか、または→こちらを最初から戻ってご覧ください。)

前回・第13話は→こちらをご覧ください。

皆さま、メリー・クリスマス♪(遅い)

おかしいな、この前ハロウィーンだったのに…(っておかしいのは私か…)。

『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』のサントラを聴き込みすぎて、SW廃人と化している私。
クリスマスプレゼントには、やっぱりオレンジ色のニクい奴が欲しいなと…

…すみません、知らない人の方が多いですよね。あの『夕刊フジ』がTVコマーシャルを打っていた時代もあったのですよ、遠い昔、はるか銀河系のかなたで…

と、何の話の出だしかわからなくなったところで、いってみましょう、第14話
ちなみに、プレゼントは絶賛受付中です!!

お妃選びにかこつけて、蘭陵王<らんりょうおう/Lanling Wang>=高長恭<こう ちょうきょう/Gao Changgong>=四爺<スーイエ/Si Ye>を陥れようとする皇后と臣下の祖珽〈そ てい/Zu Ting〉は、宮女の鄭児〈ていじ/Zhen'er〉をお妃候補として送り込みます。

どうしても蘭陵王を振り向かせることができないと知った鄭児は、祖珽から愛情を得るまじないの品、と偽って渡された香袋を、ヒロイン楊雪舞〈よう せつぶ/Yang Xuewu〉がかどわかされた隙に、蘭陵王の屋敷にある雪舞の部屋に隠します。

この騒動で雪舞の安否を案じた蘭陵王は、彼女を故郷に帰そうと決意します。

雪舞が去った翌朝、まさに正妃を決めようというときに祖珽が屋敷に現れ、蘭陵王が皇帝を呪詛しているとして捜索を始めます。ほどなくして雪舞の部屋から見つかったのは、ルークが失くしたライトセーバー…じゃなくて、鮮卑の呪符なる代物。皇帝を呪詛した咎で、蘭陵王は捕えられてしまいます…。


さて、そんな騒動になっているとはつゆ知らず、韓暁冬〈かん きょうとう/Han Xiaodong〉が御す馬車に乗り、雪舞がやってきたのは、斉の都・鄴〈ぎょう/Ye〉の城門前商店街。

辻では黄色い傘?のようなものが売られ、“冰糖葫蘆”売りの声がします。

そう、四爺が鄭児からカツアゲしたあの駄菓子、「サンザシの飴がけ」です。
基本的には北中国の冬のお菓子です。

そんな駄菓子をいっぱい刺した竹ぼうきに乗って飛んできたのか、魔法使い...にしか見えない怪しいボロずきんの人物こそ、ジェダイの騎士…でもなくて楊雪舞のおばあ様、楊林氏。

未来を予言し甲骨をも打ち砕く、強大なフォースの持ち主であるマスター・アイアンフェストは語ります。

“你消瘦了很多 傻孩子
這段時間 你吃苦了吧
明知道會分開 你還要寄情蘭陵王
你何苦傷害自己 徒搨ノ苦而已”


(ずいぶんとやつれてしまったこと、この子ときたら
だいぶ苦労をしたのであろうよ
分かれる運命と知りながら 蘭陵王を慕うとは
なぜ自ら傷つこうとする
いたずらに痛みが増すばかりではないか)


言われた雪舞は、すべては自分のせい、おばあ様の面倒も見ずにごめんなさいと泣いています。

一方、街中では手回しよく、蘭陵王と雪舞の罪状を記したお触れ書きが貼り出されています。

お触れ書きに描かれた似顔絵は美男美女でなかなかステキですよね。
宮廷絵師さん、Good Job! 
絵師さんは、きっと雪舞本人には会ったことがなくて、顔立ちは獄中の四爺の自己申告なんだろうなぁ…。

美人画に群がってる人たちの格好を見ると、いかにも漢民族の庶民、みたいな人たちに混じって、回族(イスラム系)のような格好をした人、モンゴル族のような帽子をかぶった人なんかもいます。

そこへ現れ出でたるは、戦勝報告の朝議に、雪舞と蘭陵王が遅刻する原因となり、結果的に、蘭陵王は驕っている、という印象を朝廷内にバッチリ植えつけてしまった、阿文とその母上の2人組。

それにしても、前回は突っ込まないでおいてあげましたが、四爺と雪舞が参内に遅れた理由が、

「街中で突然見知らぬおばあさんにせきとめられて靴縫ってました」

ってすごくない?

そんな突飛な言い訳、信じる人いないって…。

でも、ホントの話なのに、誰も信じてくれない遅刻の理由ってありますよねぇ。

出勤の途中でバッタリ、こんなところで会うはずのない知り合いに出くわして、「スター・ウォーズ」一緒にリピート鑑賞しませんか、とお誘いしてたとか(まさに一昨日の私がそれ)、

陸橋を渡ろうとしてたらいきなりコンサートが終わって、一瞬にしてすごい人ごみになり、全然前に進めなくなったとか(人がゴミのようだ...)、

駅を出た途端に半べその外国人女子に入国管理局への行き方を聞かれたとか(結局、大手町まで付き添って行った)、

札幌への行き方を聞かれたとか(ここは東京なんですけど!!??)、

自転車のスポークにストールが絡まったとか(暑くなったので前かごに入れてました。首に掛けてたのだったら私は今ごろ別の場所にいると思う)、

前の路地が銃撃戦になったりとか(日本じゃないけどね)、

酔っ払いに絡まれたとか(これは日本ね)、

乗ってた列車が鹿と衝突したとか(鹿ってレールを舐めて鉄分補給するらしいですね)、

台風で目の前が土砂崩れになったとか(そして迂回路でバスの運転手が道を間違えたり)、

かと思うと、遅刻してきた同僚が、車内で消火器が倒れて電車が止まったとか言うんで、あはは、そのくらいで〜♪と皆で笑ってたら、新聞に載るほどの大アクシデントだったとか。

これらはネタじゃないんです!!! 
すべて、実話なんです!!!
信じて武成帝!!!

と訴える2人に感化されて、居合わせた人たちも座り込み、蘭陵王と天女はネタじゃないんです!と無実を訴えている…はずなんですが、なぜかすぐ次のシーンでは同じ人たちが大通りをぞろぞろ歩いてたり…。

そうこうするうちに、雪舞の馬車に城門の手前で安徳王〈あんとくおう/Ande Wang〉=高延宗〈こう えんそう/Gao Yanzong〉=五爺〈ウーイエ/Wu Ye〉が追いつきます。そんなに急いでるはずなのに、なぜか先ほど大通りにいたモブに追いつかれてる五爺の馬って実は牛なのかしら。

“昨夜城門緊閉 便趕來城門看看
幸好攔到你了”

(昨日の晩は城門が固く閉ざされていたので、
いそいで門まで来てみたんだ。
君が出られなかったのは幸いだった)


牛歩戦術を採用した(してません)五爺が言うとおり、確かに、お尋ね者がいるとなれば城門は閉ざされて、よほどのことがなければノーチェックで外には出られないでしょうが、じゃ、夜に蘭陵王府を出た後、翌昼のひなかまで、雪舞はおばあ様にも会わず、いったいどこにいたのでしょう。

だって、このシーンでようやくおばあ様に会ったみたいですもんね。

まさか蘭陵王府から城門まで半日かかったんでしょうか…? あるいは、車を引いてる動物、てっきり馬だと思ってたけどあれは五爺の乗り物と一緒で牛車かゆるキャラの被り物だったんでしょうか…いや鹿…なんでもない。

幸い、似顔絵が似てなかったせいで(つ、使えねぇ…)、誰にもお尋ね者とはバレていないらしい楊雪舞。

ああ、そうか、本人とは分からないほど美人な似顔絵を描かせる。
これも斉の戦神・蘭陵王の策だったのね。
ぐはっ!!!∵;.(Д゚(○(へ´#)o

こんなとんでもない策を弄したバチが当たったのか、四爺の頭部は風前の灯です。
五爺は急いで雪舞に告げます。

“四哥要被砍頭了”
(四兄が首を刎ねられそうなんだ)

いきなりの衝撃発言に雪舞は仰天。
“什麼?”
(何ですって?)

“不可能的呀”
(そんなまさか)

“他還沒娶鄭妃,他不該現在死的”
(まだ鄭妃も娶ってないのに、いま死ぬはずがないわ)

やぶから棒に言われた割には、事態の行き着く先を冷静に把握しているらしい楊雪舞。さすが天女の美称はダテじゃありませんね。

五爺はそんな雪舞の超能力に気づく余裕もないのか、
“什麼不可能 都發生了
連你都被當成妖女通緝”

(まさかって何だ、もう起こってることなんだぞ。
君まで妖術使いとしてお尋ね者になってるんだ)


呪符は雪舞の部屋から出てきたのだから、彼女自身が申し開きをすれば、兄上は助かるかもしれないという五爺。

それでも迷う雪舞に、

“我不懂 你明明很喜歡四哥 為什麼一定要離他而去呢”
(なぜなんだ 四兄の事を好きなんだろう、なぜ出て行く)

言われて雪舞は、胸元にしまった玉佩<ぎょくはい>を取り出して眺めます。その様子に五爺は、

“四哥一定沒有告訴過你
這玉佩是他娘親唯一留下來的東西”

(四兄はどうせ君には言ってないだろうけど、
この玉佩は母親の唯一の形見なんだ)


“他曾經說過 這玉佩 只會給他此生最愛的人
也是他唯一愛的人”

(兄上は言ってた この玉佩は最愛の人に贈ると
生涯ただひとり愛する人に)


“他在你離開時把玉佩交給了你
就代表他終身不娶了”

(別れ際、君に玉佩を渡したのなら、
それは他に誰も娶る気はないという意味だ)


さあ、ここでようやく、このドラマでの“玉佩 yupei”の意味がはっきりしました。

この玉佩は四爺にとっては母の形見であり、結婚相手に贈るつもりのものだった。

ということで、第5話(→こちら)で彼が雪舞に“敬酒”をしたもう1つの意味が分かったように思います。

思い出していただけますでしょうか。

わざわざ白山村から仮面を渡しにやってきて、囚われた義兄弟を救うための芝居を手伝ってくれた雪舞に、四爺は路銀がわりにと軽い感じで玉佩を手渡します。

その後すぐ、危機を察して舞い戻り、四爺一行の逃走を手伝ってくれた雪舞を、陣地に連れて帰った四爺は、わざわざ彼女だけのために宴席を設けて“敬酒”をしますが、別れを告げただけで、翌朝は見送りにさえ来ませんでした。

つまり、雪舞には言わなかったけれど、彼としては雪舞と、婚礼に相当する“敬酒”の儀式をして、この先は誰とも結婚しないつもりだったのでしょう。

第5話の時点では、四爺は雪舞を村に帰して、自分は身を引くつもりだったからです。

同じく第5話こちら)で、玉佩の意味の一部についてお話しました。玉佩は一般に、肌身離さず身に着けている装身具であることから、詩や小説などの文芸作品では、愛情を象徴する小道具として使われています。

四爺の中の人、ウィリアム・フォンが、カンフー界のセレブのおバカ二世・容寛〈よう かん/Rong Kuan〉を演じた、わたくしお気に入りのテレビドラマ《虎山行》あたりを見ておりますと、こういうチープなドラマにありがちな小道具として、玉佩もバッチリ登場してまいります。

《虎山行》での玉佩の使われ方はこんな感じです。

ヒロインの姜文英〈きょう ぶんえい/Jiang Wenying〉は槍術の名家に生まれましたが、他に家を継ぐ男子がいないために、生まれる前から父親の義兄弟の子と結婚の約束が交わされていて、そのしるしにと、お互いが玉佩の片割れを持っていた。

容寛から想いを寄せられた姜文英は、彼とは別の若者が、離れ離れになった婚約者だと知るのですが、相手は文英が婚約者と知りながら、なぜか名乗らなかった。それには、とある理由がありました。

それが、本当にあっと驚く理由だったので(歴史に詳しい人なら気が付くかも知れないですが)、なかなかやるなって感じ。

ウィリアム演じる容寛は、カンフーの技はたいしたことないけど、「甘えておねだりする技」が免許皆伝の腕前で大変ほほえましい(でも身近にいたら、きっとウザったい)はまり役でございました。

話は逸れましたが、このように、お話の世界での玉佩は、大事な相手に贈る小道具として大活躍です。

しかしそもそも歴史上、中国における玉の価値は、恋愛の小道具どころじゃありませんでした。

日本では国の統治権を持つものである証は「八咫鏡」<やたのかがみ>、「八尺瓊勾玉」<やさかにのまがたま>、「草薙剣」<くさなぎのたち>の三種の神器。

中国にも同様に、三種の神器的な意味を持つ宝がありました。

王権の象徴であるその宝は、“九鼎”<きゅうてい〉というもので、ハニー、じゃなくて、青銅でできた三本足の祭祀用具でした。

しかし、その重要な宝物は戦国時代、すなわち周から秦に王朝が移る戦乱の時期に失われてしまいました。

そこで、続く秦の始皇帝の時代(紀元前221年−紀元前207年)、王権の象徴として新たに、玉材で出来たハンコ(“璽”)が作られます。その宝物は国を伝える皇帝のハンコ、すなわち“伝国璽”<でんこくじ>と呼ばれました。

北斉にも、文宣帝の時代に南朝から脱出してきた者によってもたらされ、五胡十国の時代に紛失するまで各王朝の皇帝に受け継がれました。

玉は秦代に最上位とされて以来、印材としての価値はなんと金・銀よりも上だったのです。

時代が下るにつれて玉の価値は下がってきますが、それでも高価なのでそう幾つもは所有できなかったことから、身分やその人自身をを象徴するものとみなされてきました。

そのような“玉”の役割をよく表す史実として知られているエピソードは、実は本ドラマと多いに関係があるのです。

ちょっとドラマとは出現順が前後しますが、ネタバレってほどでもないので、ここでご紹介しておきましょう。

それでは、《北斉書》巻十二から、高百年の最期にまつわるエピソードをご覧ください。

樂陵王百年,孝昭第二子也(中略)
(楽陵王・高百年は考昭帝の第2子であった)

河清三年五月,白虹圍日再重,又貫而不達。
(564年5月、白虹が太陽の周りに二重にかかった。虹は太陽を貫く手前で止まっていた)

赤星見,帝以盆水承星影而蓋之,一夜盆自破。
(赤い星が現れ、帝(武成帝・高湛<こう たん>)は鉢に星を映すと蓋をしたが、一夜にして鉢は割れてしまった)

欲以百年厭之。
(帝は、かつて皇太子に立てられた百年が呪詛しているのではと疑った)

會博陵人賈コ胄教百年書,百年嘗作數「勑」字,コ胄封以奏。
(博陵の人・賈コ胄は百年を教えていたが、百年がかつて、「勑」という字を何度か書いたことがあると上奏した)

帝乃發怒,使召百年。
(武成帝は激怒すると、百年を召しだした)

百年被召,自知不免,割帶玦留與妃斛律氏。
(百年は災いを逃れられないことを悟り、帯に吊るした玉佩を割って、妃の斛律〈こくりつ〉氏に渡した)

見帝於玄都苑涼風堂,使百年書「勑」字,驗與コ胄所奏相似,
(武成帝は玄都苑涼風堂で百年に謁見し、「勑」の字を書かせると、賈コ胄が差し出した書の字とそっくりだった)

遣左右亂捶擊之,又令人曳百年繞堂且走且打,所過處血皆遍地。
(帝は左右の者に百年を殴打させ、さらには堂の中を引き回して打たせたので、あたりは血で染まった)

氣息將盡,曰:「乞命,願與阿叔作奴。」
(百年は息も絶えだえに、「どうか命ばかりはお助けを。奴隷となって叔父上にお仕えしますから」と言ったが、)

遂斬之,棄諸池,池水盡赤,於後園親看埋之。
(斬首して池に捨てさせると、池の水も真っ赤に染まった。そして、帝自らが見守る中で、裏手に埋めさせた)

妃把玦哀號,不肯食,月餘亦死,
(妃は玉佩を握り締めると慟哭し、何も口にせず、ひと月あまりで亡くなった)

玦猶在手,拳不可開,時年十四,
(手は玉佩を握ったままで、どうしても開かせることができなかった。享年は14である)

其父光自擘之,乃開。
(その手は父である斛律光がこじあけて、ようやく開いたのである)

「白虹<はっこう> 日を貫く」として、古来から裏切りの予兆である天文現象が起こり、兵乱の凶兆とされる赤い星まで出現したうえに、呪いの封が破られるという怪異が発生する。

そこで武成帝は、かつて兄が皇太子の位につけていた高百年の謀反の兆しではと疑う。都合よく、そういえば高百年は皇帝だけに許される「勑」(皇帝の命令)の字を練習したりなんかしてましたよ、と証拠を持ってきて讒言する者まで現れる。

そこで試しに「勑」の字を書かせてみると筆跡が一致したので、武成帝は怒り狂い、実の甥である高百年を撲殺させてしまった。

夫の百年が惨殺されたと聞いて、わずか14才の幼い妃は絶食の末に息絶え、手放すまいとするように、夫の形見の玉佩を、父の斛律光将軍がその手を無理に開かせるまでは握り締めたままだった。

愛の物語というにはあまりにも壮絶すぎるこのエピソードですが、実はドラマ《蘭陵王》のエンディングのクレジットに高百年の名前を見つけて、おっと、さすがはラブ史劇、このホラーみたいな話が登場するんだろうか、と思っていたら、残念ながら、ちょっとエピソードの中身が違ってました... 。

高百年はこの先、登場はするのですが…ま、それはおいおい、ドラマを見ていただくことにいたしましょう。

五爺に気を取られてすっかり忘れていましたが、おばあ様は形勢不利を悟り、いきなり、この先、白山村が移転するから会えなくなるのよ〜と伝家のライトセイバーを振り下ろしてきます。

明らかに利害が衝突しているおばあ様と五爺。お互いに言葉も視線も全く交わさず、互いの存在を無視していますが、ついに五爺もライトセーバーで応戦します。

“你留 我四哥有機會活下來
你走 我四哥必死”

(君が残れば、我らが四兄は生きながらえるかも知れない。
でも、君が行ってしまえば、死は免れない)


これまで、単に“四哥”と言っていた五爺が、ここで“我四哥”と言っていることに注意してください。

自分の大切な兄弟が、という感情を表現するため「私の」を追加した、という意味はもちろんあるでしょうが、中国語では自分の属しているファミリーや組織について言うとき、“我們”(私たちの)とは言わず、“我”と言います。

日本の「わが国が」というニュアンスに近いでしょうか。「日本国が」というより、ぐっと対象を引き寄せてる感じがしますよね。

そんな大事な兄上がどんな危険にさらされているかといえば、
“是五馬分屍 四哥身後 將落個死無全屍”
(「五馬分屍」の刑で 亡骸さえも残らない)

「五馬分屍」とは、罪人の首と両手両足に縄をつけて、五頭の馬に別々の方向へ向かって引っ張らせるという、聞くだに残虐な刑罰。

ああ、いくばくもしないうちに、そんな酷い目に遭いそうなご本人はどうしているのでしょうか。
ここでちょっと、四爺にズームインしてみましょう。

獄につながれている四爺の元へ、2人の牢番が現れます。
「カンパしておかずを買って参りました」と言ってる人は、確か第4話→こちら)の丹州城の隠れ家で四爺を出迎えた人ですね。

せっかく気を利かせてくれたのに、四爺はローストチキンをお気に召さないようで…

と思ったら、この先の回を見ると、四爺はお肉大好きなんですよね。好物も喉を通らないほど憔悴している、という割には栄養良さそうではありますけれども(それは言わないお約束)、もう雪舞もいないし、蘭陵王にしては珍しく、あきらめモードに入っている様子です。

そこへ五爺が突然登場。牢番は驚いて、

“五爺 您怎麼進來了”
(第五皇子、どうやってお入りに?)

“五爺朋友最多 進來會難嗎?”
(私は知り合いが多くてね。入るのは簡単さ)

いや、入るのは誰にだって簡単ですよ、出るのが難しいんじゃないの、と要らんことツッこまないでよろしい、と自分にツッコミをしてみましたが、そうしてる間に、五爺は自分のことを“五爺”って呼んでいますね。

入るのも簡単なら人払いも簡単らしく、あっさり一刻の猶予をもらって近寄る五爺に、四爺がまず聞いたのはコレ。

“家裡怎麼樣 沒把大家嚇著吧”
(屋敷の様子はどうだ。さぞ皆を驚かせただろう)

当然ながら五爺はこう返します。

“都什麼時候了
你該擔心的是你自己”

(そんなこと言ってる場合か。
自分の心配をしたらどうだ)


自分のことより、他人の安否を気遣ってしまう人なの、と雪舞が言うとおりのお人柄ですよね。こういう思考回路を、中国語では“替別人著想”と言います。日本語では、「思いやり」とか「他人に気を遣う」「人の立場で考える」という意味でしょうか。

これはもちろん、中国でも美徳とされています。
それが証拠に、蘭陵王の中の人、ウィリアム・フォンも、この美点の持ち主であることが強調されてるんですね。では、彼が登場するインタビュー番組から、ご覧いただきましょう!

(2015年冒頭、ドラマについての記事を書くヒマがなく、このインタビューをご紹介したことがありました。今回の記事のために一年前から準備しておいた素材でしたのに、まさか実際に使うのがこんな先になるとは…。遅くてすみません&すでにご覧になった皆様はデジャヴですみません!)

テレビドラマ《宮鎖心玉》で共演した、中国の女優さん、杨幂(ヤン・ミー)と、蘭陵王役のウィリアム・フォンの2人が《超級訪問》(スーパー・ヴィジット)(司会:李静・女性/戴軍・男性)という番組に出たときの後半部分です。…うっ、元の公式画像がもう見つからない…。

(ちなみに、前半をご覧になりたい方はこちらをどうぞ)

杨幂(ヤン・ミー)、馮紹峰(フォン・シャオフォン=ウィリアム・フォン)

(15:50ごろから)

ヤン・ミーの口癖は何でしょうか?

:(ボードに「多大點事兒」(大したことじゃない)と書く)

:私もそうじゃないかと思った。北京の女の子は良くこういうわよね。ヤン・ミー、自分では「有的有的」(あるある)だと思うの?

:共演してるときにしょっちゅう、「〜ってことがあると思う?」って聞くから、「あるある」って答えてたので。

:じゃ、あなたの方はどうしてこう書いたか教えて。

:僕は割と心配性なので、彼女と仕事のことについて話しているときとかに、彼女は僕を安心させようと思って「大したことないわよ、心配することなんかないわ」って言ってました。

:確かにそういうとき、「大したことじゃないわよ」って言ってましたね。

:それでは、紹峰がヤン・ミーに贈った、
:最初のプレゼントは何でしょう。

:え、何だろう。それって、ドラマのとき?それとも正式なプレゼント?

:正式、にしときましょうか。(客席大笑い)

:(苦笑い)そういう意味じゃなくて…。

:じゃ、補足しますか。誕生日プレゼントです。
  まず、紹峰のを見ましょう。

:ボードを見せてください。紹峰が書いたのは「靴子」(靴)…

:違います。「鏈子」(チェーン)です。

:恥ずかしさのあまり、顔を隠してしまう。でも確かに読みづらいですよね…)

:(ボードに「項鏈」(ネックレス)と書いている)

:なぜ「ネックレス」を贈ろうと思ったの?

:ちょうど彼女が誕生日で…彼女が誕生日だって知って、それでドラマの撮影のときにちょうど上海に帰省したのでちょうど買い物に行って、それで思い出して…

:「ちょうど」が多いわね。

:偶然が三つ重なっただけなのね。

:はい、彼女がお誕生日だったのでネックレスをあげました…!

:いくらした?

:大した値段では…

:(大笑い)

:すごく高かったと思う。

:嬉しかったですか、ネックレスを見て。

:「なんでネックレスなんかくれるわけ?」と聞きました。

:ホントに奥手なんですね…。

:そうですね(笑)

:で、彼は何て答えました?

:だってそのときは本当に、まだあまり親しくもなかったので、
  「なぜネックレスなんかくれるの」、と…

:だから僕は言ったんです。「大したことじゃないわよ」って。

:そうそう(笑)。「君、誕生日だろう、だからあげる」。
  ありがと。

:あなたに気があったのでくれたんだと思う?それとも、周りの女の子にはみんな…

:違いますってば。本当にまだ全然良く知らなくて、そのときは。

:じゃ、よく知ってからは何を贈るの?

:最初のより太いネックレスなんじゃない?(客席爆笑)

:ネックレスの件でも分かるけど、紹峰はよく気が付く人なのね。

:気配りの人ですね。

:気遣いが細やかです。

:ホントに良い人ね。さ、次。ヤン・ミーの好きな俳優は誰でしょう。

:いいですか、男性ですよ!

:中国の男優ね。

:(ボードに「謝廷鋒」(ニコラス・ツェー)と書いている)

:あらぁ、なぜ知ってるの?

:彼女、いつも言ってるから。

:このことは、(奥さんの)張柏芝(セシリア・チャン)は知らないですよね。(客席大うけ)

:ヤン・ミー、顔が赤いわよ。(ウィリアムに)どうして彼女がいつも言うんだと思う?

:彼女はああいう形の…(と、がっしりしたボディのジェスチャー)ああいうタイプの男性が好きなんです。

:違うったら。奥さんに優しいから好きなのよ。

:そうそうそう、だからそれがタイプなんです。

*
どうやら、馮紹峰は負けを認めたがらない性格らしい(笑)。

この後、ストレス発散のために何をするかという話題に移ると、ウィリアムは音楽を聞くと答えますが、好きな歌手を聞かれて、いきなり歌わされてる…。

これは、フェイ・ウォンが元歌で、カリル・フォン(方大同)がカバーした、すごく有名な《紅豆》って曲です。(リンク先→こちら)はワーナーの公式MVです。)

言われてみれば、カリル・フォンの歌声って、ウィリアム・フォンの地声にすごく似てますよね〜。しかしこの曲はハッキリ言ってD難度。いきなり挑戦しようなんてどういう勇者だか…。

ヤン・ミーは読書だそうですが、家から本を持ってきてウィリアムに貸してる上に、ちゃんと読んだかチェックするために、毎回感想文を書かせてるそうです。

あはははは。ヤン・ミー、本当最高。

(24:00ごろから)

:それでは、最後のお題です。
  ボードに、相手の長所と短所を書いてください。
  どちらのを先に見ましょうか。

:ヤン・ミーのにしましょう。
  彼女は、隣に座ってるこのイケメンをどう思っているんでしょうか。

:どれどれ。一番の長所は…“温柔体贴”(優しくて思いやりがあるところ)、一番の短所は“太温柔太体贴”(優しすぎて思いやりがありすぎ)。  

:(大笑い)さあ、早いとこその理由を話してくださいな。

:私はね、紹峰は…周りにとても気を遣う人だと思うんです。
  心が寛いし、すごく思いやりがあるんだけど…
  ただ…ときどきそれが度を越してて、周りの人がどう思うかを気にしすぎるんですね。だから、きっと日常生活でも気を遣い過ぎて疲れるんじゃないかと…

 “就是因为他可能会替别人考虑得太多”(それは彼が他人の身になって考えることが多すぎるせいじゃないんでしょうか。)
だから私はしょっちゅう、彼に言うんです。何でそんなに気に回す必要があるの、
  それって、あなたが気遣わなくちゃいけないこと?
  大したことじゃないから、気にしない方がいいわよって。
  
  たとえば以前ネットで、私たち2人がどうこうとか、そんなたぐいのこと書かれて、彼はどうしよう誤解されたらとか、君、嫌なんじゃない?とか、だけど彼がそう考えるのは…私のためにそう言ってくれてるんですね。
  そんな風に、いつも私の立場で考えてくれるんです。

で、私のスタッフに、ヤン・ミーさん、怒ってないですか、落ち込んでませんかとか聞いて、皆さんも慰めてあげてとか何とか、お願いして回ってるんです。私の周りにいる人みんなに、メールしたり電話したりして、優しくしてあげてとか…私が不愉快な思いをしてるんじゃないかと、気にしてくれてるんです。 
*
そういうことするから誤解(?)されるんじゃ…
*
:でも私はそういう人好きよ。

:とても優しいと思いますけど。

:だけど私自身は別に何ともないと思ってるのに、彼はものすごく気にしてて。

:じゃ、ちょっと説明して欲しいんですけど、(ソファの端にへばりついているウィリアムに)あなた、もう少しソファの真ん中よりに座ったら?

:彼女が不機嫌になるんじゃないかと心配で。

:彼女はしょっちゅう機嫌が悪くなる人なの?

:そんなことないです。

:そんなことないんだけど、彼と一緒にいると、ちょっとイラつくことがあるんです。彼は割合のんびりしてるので…
前に、彼が運転してる車で、私は助手席に乗ってたんだけど、左に曲がるとき、左折信号の時間は短いでしょ(中国は右側通行なので、日本でいう右折信号にあたる)、1回の信号で、私たちの車1台しか曲がれなかったんです。

:(困ってマフラーの房をいじっている) 

:だって彼は、歩行者がみんな横断するまでじっと待って、その後、右左何度もよく確認して、それから曲がるのね。後ろの車はみんなクラクションを鳴らして…(ウィリアムに)信じないでしょうけど、後ろの車という車全部よ。

:そんなことない、ない、話盛り過ぎ…

:なくない、あなたが遅いの。

:僕はスピードは出しません。確かにヘタレ運転ですよ。
  彼女はね、耐えられないの。あなた、運転が気弱すぎ、とか何とか。

:でも、車が歩行者を待つのはマナーでしょ。
:そりゃそうです。だけど、あなたは誰も道を渡ってなくても、それでも待つんだもん。 

:(苦笑)

李:彼は特に慎重派なんでしょ。他に通行人がいないかまたよ〜く確認して、それから曲がるのよね。それで信号が変わっちゃう。
  だけど、私は紹峰みたいなタイプの人、よく分かるわ。いろいろ気を遣っちゃうのよね、疲れません?

:う〜ん…いつもそうしてるから馴れで…僕は何だかんだ考えちゃう方なんです。
  僕たち2人、友達づきあいとか、仕事で組んだりとかするときに、僕の方は彼女に気を遣うけど、彼女の方は僕が気にしすぎないようにしてくれて、そういうところはいいなと思ってます。

:それじゃ聞きますけど、昨日の晩、今日この番組で司会者に何聞かれるだろうとか、上手く答えられるかなとか、何を着て行こうか、雰囲気に合わなかったらどうしよう、コーディネートはこれでいいかなとか、思いました?

:考えたに決まってる)

:この服…この服は昨日準備しておいたんです。

:(大笑い)ほらね。私なんか今朝決めたもの。

:僕は昨日決めておいたの。何を聞かれるかは、インタビューの番組でしょう、僕も見たことあるし、

:やっぱり気にしてるんだ。

:ううん、見たことあるし、と思って寝ました。(客席爆笑)  
*
ウィリアム・フォンは、この少しあとに《背後的故事》(ビハインド・ストーリー)という別のインタビュー番組に出ています。

そのときは単独出演だったのですが、別の回に出演したヤン・ミーのVが召喚されており、それによると、《宮》で共演したときに演技が上手く合わず、ヤン・ミーが

「あなたはもう大人でしょ。私が演技を教えなくちゃいけないの?」

と一喝したことがあったらしい。

ヤン・ミーが軽い気持ちで言ったこの一言に、ウィリアム・フォンは一晩眠れなかったらしいです…。

さて、このあと、話はヤン・ミーの長所と短所に移ります。《蘭陵王》とは全然関係ないんだけど、漫才みたいであまりに面白いのでちょっとご紹介しますね。
*
ヤン・ミーの長所は率直なところ、短所は率直すぎるところ、気に入らない人とは口も利かない、という話のあとで、

:たとえば?

:たとえば、《宮鎖心玉》の撮影が始まったときと後とでは、彼女は全然別の人みたいでした。(“完全不一样的两个人”)

:なんだ、自分が例なの?!

:じゃ、スタッフとはどんな風に会話を…

:お互いにけなし合います。

:どんな風に?

:いつもお願いしてるメイクさんがいるんですけど、とても長い付き合いなんです。
  あるとき、自分でメイクを直してたらあぶら取り紙を切らしてるのに気付いて、電話したんですね。
  「いま何してる?」
  「あれ、なんでか寝てたら自然に目が覚めた。誰かさんみたいに早起きじゃないからさぁ」
  「ものすごいヒマ人だけが自然に目を覚ますまで寝てるのよ。ね、あぶら取り紙切らしちゃったの、持ってきてくれない?だけど、5円で買えるような安いやつなら要らないから。
   使って三本ひっかき傷ができちゃうの嫌だもん」 
  「ありえねーだろ、そんながさつな肌してて」だって。

:(大笑い)

: 北京の女の子ってこうよね。遠慮のないのが良い友達なの。

: マネージャーともそんな風に話すの?

:以前に、「ほんとあんたたちって吸血鬼よね、うちの事務所、毎日こんなにスケジュールきっちきち突っ込んで疲れて死にそうよ」って言ったことあるんですね、そしたら、
  「そんな程度の小芸人の分際で、仕事があるだけマシと思え、足るを知れ」って。

:(机に突っ伏して笑ってる)

:あらまあ、私は紹峰に同情するわ、馴れるまで時間かかったでしょう。

:(曖昧にうなずく)

:でも、お互い、補いあってるんじゃない?逆に好きでしょ、ああいう口の利き方とか、ああいう女の子とか?

馮:(しばらくして、何だかよく分かっていない感じで頷く)
*
はは、反応が鈍い…
*
:紹峰、周りに、お互いこんな風にけなし合える友だちいないの?

馮:僕は、永遠にけなされる側の人間です。

:嬉しそうねぇ…

*
だ、ダメだこりゃ…。

いやぁ、残念でしたね。彼を「馮おじさん」と呼んで親しんでいた(?)らしいヤン・ミーは他の人と結婚しちゃうし、ご自身は別の彼女と別れちゃったみたいだし。

状況証拠から愚考するに、どうやら彼には、中国の女優さんにしてみると、結婚相手としては「見栄えが良くて努力家で優しくて思いやりがある」という長所を打ち消して余りある、困ったところがあるらしい。

その状況証拠については、この先書くかもしれないし書かないかもしれませんが、中の人はともかく、まずは目の前の四爺、四爺!

五爺に、人のことより自分の心配をしたらどうだ、って言われた答えがコレ。

“我有什麼好擔心的 無牽無掛”
(心配することなどあるものか。私には心残りさえないのに)

あらあら、目の前に五爺も居るのに…
しかし五爺はそこには突っ込まずに、
(突っ込んでる場合か、って怒られちゃうか…)
それでも気に掛かる人はいるはずだ、と雪舞を招き入れます。

結局、雪舞は四爺の元に残ることを選んだのですね。

おばあ様との別れ際、彼女が言ったことは大変重要です。

“也許我們都沒有辦法 擺脫我們的命運
但是像這樣的亂世 需要四爺這樣的人存在”
(私たちは、運命から逃れることはできないのかもしれない。
でもこんな乱世には四爺のような人が必要なの)


“我也許沒有辦法選擇的身為天女
但是我要選擇自己的命運”
(自ら選んで天女になったわけではなくても、
自分の運命は自分で選びたいの)


ああ、よかった。このセリフを聞いたらちっとは安堵しましたよ。
第5話以降は、一番重要なことを忘れてるのかと思ってましたもん。

そう、雪舞が蘭陵王のそばにいるのは、お妃になるためじゃないんでしたよね。

おばあ様の予言は、蘭陵王が最も天下に君たる者に近い、ということ。
そして、彼は「貴人」の援けがなければ、すぐに潰えてしまう、ということ。

それを聞いていた幼い雪舞は、蘭陵王が自分の運命に打ち勝てるように祈ろう、と思うんですね(第1話)。

だから、元々の雪舞の志からすれば、鄭児がいようがどうしようが、彼の元に留まるのが正しかったわけですよ。

しかし彼女は途中から、彼の愛する人は鄭姓の女性ただ独りだから、自分は傷つかないうちに村へ帰ろう、と思うようになる。当初から考えたらおかしいでしょう、この変節は。

こういうところが視聴者をイライラさせるんですが、この第14話でようやく悟ったのかと思いきや、性懲りもなく、この先も…。

ま、ラブ史劇だから、しょうがないんですけどさ。

この時点で、人が出来たおばあ様の方は、
“也許奶奶本來就不可能讓你回頭 這都是天意吧”
(お前の考えを変えることなど、そもそも無理だったのかも知れぬ。これも天意であろうよ)

と、諦めることにする。そして、雪舞に当面の策を授けると言い、

“錦囊”

を渡します。

でました、“錦囊”

《三国志》ファンなら胸躍るこの単語、いわずとしれた、諸葛孔明が策を授けるときに使う小道具です。

錦で作ったポーチの中に、ピンチを切り抜けるアイディアが書かれたメモが入ってるんですね。

しかし、お分かりのとおり、手品じゃあるまいし後から紙切れを中に追加するわけには行きません。ってことは、おばあ様は予め、雪舞とは別れることになるという結末は予想していながらも、一縷の望みをかけて説得に当たっていたってことなのでしょう。

おばあ様との別れのシーンでは、例のぐちゃぐちゃ泣きを見せるアリエル。家族への思いが篭もっていて、全編でほとんど唯一、あらくれ者の視聴者と言えどももらい泣きしました。

このあと雪舞は牢に囚われた蘭陵王に会って、やはり目に涙を溜めているのですが、そこでは決意を秘めた、もっと抑えた演技をしています。この対比が素晴らしい。

“現在只能留在這兒了”
(私はもう、ここに残るしかないの)

蘭陵王に向かって由紀さおり...いえ、雪舞が搾り出したこのセリフを受けて、どんな演技をするかにオスカーが掛かってるんだけど、ウィリアム・フォンはどんな演技を見せるでしょう!

ここから二人の関係性が変わる、ラブ史劇にとっては全編で一番重要なシーンです。

私はすごくすごく期待しました。で…、

“你現在想回也回不去了”
(この先は帰ろうったって帰れないよ)

.......の、この軽い表情はナシでしょう!!!!

監督っ、ちょっとここに来て座ってくださいっ!
(がひょっ)
はいっ、釈放されちゃうウィリアムの代わりに、あなたが手錠してここに残ってくださいっ!

念のため言っときますけど、チキンは一日一羽までですから!

“曾經 我很害怕改變你的命運
但是我已經改變了
我曾經很害怕 我們不可能有結果的
但是我已經不在乎了”

(これまで私は恐れていた あなたの運命を変えてしまうことを。
だけどもう変えてしまったわ。
 これまで私は恐れていた 私たちは結ばれる縁ではないことを。
だけどもうそんなこと どうでもいいの)


ここで新宿の母ならぬ鄴城の母とかが登場して、

はい、そうですね。天命を変えてはいけないとあなたは思っていたけれど、
変えなきゃ蘭陵王は結局早死して、民を救えないんですよ。
よく気がつきました!

四爺の運命を変えたことで、
ラブも上手くいくかも知れませんよ。
しかし、二兎を追う者は一兎を得ず。
後半の運勢に注意してね!


などとアドバイスを与えてあげたらよかったでしょうが、
残念ながら牢屋の中に占い師は居ませんでしたね。

つか、雪舞が占い師のはずなんだけどな。自分のことを占うのはご法度なんでしょうね。

ここで雪舞が玉佩を取り出すのを見た四爺の表情が、(まさか返す気か?)と、一瞬驚いたように見えるのは私だけでしょうか(笑)。

“這塊玉佩的意義 我明白了”
(この玉佩がどんな意味を持つか よく分かったわ)

このときの四爺の表情は怒ってるように見えるくらい真剣です。

“我要留下它 不再逃避
勇敢地待在你身邊”

(もう返したりしないわ。逃げもしない。
勇気をもってあなたの側にいる)


雪舞にこう言われて、少し表情が緩んだあと、小さく何度か頷いて、また真顔に戻る四爺…。

と、「返品不可」宣言からこの一連の割にカジュアルなウィリアムの演技を見て、正直、最初は何じゃこりゃ、でしたよ。アリエルの深刻さと比べると、テンションが違いすぎる。

ただ、かばう訳じゃないけど、ウィリアム・フォンの演技に沿ってこの場面の解釈を考え直すべきかも知れない。

当初私が期待したのは、グズグズ泣いて去ってしまった楊雪舞が、戻ってきたときは自立した、運命を自分で切り開こうとする女性に変わっていたのを見て、四爺自身がもう少し驚くというか、心が動いたと見える表現でした。

それは、「帰ろうったって帰れないよ」じゃなくて、「これからは君を手放すつもりはない」という感じの重みがある演技だったわけです。

だけど考えてみれば、四爺自身は最初から、占いだの運命だの信じていなかったわけですから、ようやくそれに気づいた雪舞に、ほら、だから言っただろ、みたいな軽い表情で「今はもう帰ろうにも帰れないってわけだ」と言うほうが自然かもしれない。

それに、もう後戻りはできない以上、そこまでして戻ってくれたのか、的な深刻さで返さずに、ね、私の思った通りになったでしょ、みたいなノリにしたところに、ある種の思いやりも感じられる。

雪舞は今ようやく決意が固まったので、すごく大げさな表情になっていますが、四爺はもっと前からずっとこの決意だったので、その時点が今の雪舞と同じテンションの演技だったんですよね。

と、何となく納得したところで、場面は斉の宮廷内に移ります。

逃亡したはずが、もう逃れられないと悟って戻ってきたと思われてもしょうがない雪舞に対し、皇帝陛下は意外と冷静に対応します。

雪舞に「陛下のお力をお借りしたく存じます」

とリクエストされると、あっさり、

「必要とあらば 何なりと申せ」

と許してもらったんですが、「何なりと」で、用意してもらったのが山盛りの…ショウガ?

だったら、まだ予算も余ってますよね。
じゃ追加でBB−8...って誰がクリスマス・プレゼントのリクエストかっ?!

さて、ショウガもスタンバったところで、いよいよショーの始まりです。召集された面々は、

“太卜宮 掌管著朝廷的吉凶祭祀”
(朝廷の吉凶祭祀をつかさどる 太卜宮)

“大理寺卿 掌刑獄”
(刑罰をつかさどる 大理寺卿)

“大宗正寺 則掌管著 皇室的宗室事件”
(皇室の案件をつかさどる 大宗正寺)

に勤務する方々。

その場に引き出されてくる容疑者・四爺は囚人服がとてもよく似合ってる...というか、このシーンが痩せてるだけですかね。

囚人服というと、アメリカのシマ模様とかオレンジとかの囚人服を思い出しますが、あれは逃亡したとき目立つようにということらしいです。

中国の時代劇に出てくる囚人服はどうやら白が多いようですが、白は中国ではお葬式の色だし、「一番階級の低い色」「染めていないで生地のまま」だから、ということらしい。

しかし、実際の古代中国の囚人服は“赭衣”と呼ばれており、赤土で染めた衣装でした。日本でも明治からはその色だったようです。

ここで四爺は正座をしていますが、中国では机と椅子の生活になっても、罰として“罰跪”という座り方をする習慣はあるようです。

現代では“罰跪”というと、いわゆる「膝立ち」の座り方を指すようなんですが、古代にはここで四爺がしている姿勢、すなわち正座を指していたのだろうという人もいます。

足のしびれを我慢してるところへ(たぶん)、入ってきた雪舞を見てビックリしたような表情の四爺。

あれれ、こうなるって知らなかったのでしょうか?
だいぶ痩せてるし、直前の牢屋でのシーンとは少し離れた時期に撮影したんでしょうか。

とりあえずは、床にちんまり座って、雪舞の方を見やるポーズが可愛いですね。

雪舞の方は斉国の創建時から伝わる神の火で罪びとを炙りだす…みたいなこと言っているのですが、そもそも建国からだって何十年も経ってるわけじゃなし。

ただ、気になってた香炉があぶり出しのときは役に立つ、ということが分かりました。ここでは生姜を使っていますが、子どもがよくやるのはミカンの汁とかですよね。、

こんな子どもの遊びに追い詰められて、ついに罪を認めた祖珽は、なぜかようなことを、と皇帝陛下に聞かれて、咄嗟に、

セクハラしようとしたところ、咎められたのを恨みに思い、

って言い訳させられるのも何か気の毒。

一方、四爺の方は、晴れて着せられてた濡れ衣が乾きました。

濡れ衣を着せられてる状態のことは、中国語では“背K鍋”といいます。
辞書を見ると、鍋を背負うと背中が黒くなるから、みたいな解釈が書いてありますが、なぜ黒くなると冤罪の意味なのかは分からないままです。

由来には諸説あり、先ほどの、ネギを背負わずルクルーゼを背負ったトレンディなカモ説のほかにも、

元々の字は“被黒過”で、「過失を押し付けられた」という意味だったというダジャレ説、

古代、行軍の折に、過失のあった者が鍋を背負ったことから転じた罰ゲーム説、

などがございますが、どうも決め手に欠けます。

そもそも、日本語の「濡れ衣を着せる」もよく分かんない言い回しですよね。濡れた服を着たら、風邪は引きますが罪ではないのでは…と視聴者が愚考していると、さすがに皇帝も、トンデモ語源説で人を殺めてはいかん、と我が非を悟ったらしく、

“這件案子是朕的失察
今日乃是你選妃的大喜日子
朕再另擇良日
為你風風光光地再辦一次”

(この件は朕の失態であった。
本来はそなたが正妃を選ぶ佳き日、
朕が改めて吉日を定め、
いま一度、妃選びを盛大に行おうぞ)


と提案してきます。

げげ、そうだ忘れてた。一難去ってまた一難ってヤツかしら、やな脚本だこと…って思ったら、そこへ、この桜吹雪が見えねえかっ、と黄門さまならぬ福姥(フーラオ)がいきなり登場(ってか桜吹雪は黄門さまじゃないし)。

それまで立ちんぼうだった皆さんが、いっせいに跪いて礼をします。

“皇太后千歲千歲千千歲”
(皇太后さま 千歳千歳千千歳)

大方の予想通り、福さんは仕込みだったのですね。しかも一国のラスボストップだったとは。道理で、お茶を「入れてもらう」のに慣れた態度だったわけですよ。

しかも、なに、私の寿命は万歳の息子の10分の1なわけ?などと怒ったりはしない皇太后は、鷹揚な方のようです。

さらに、四爺、五爺、雪舞に至っては、礼すらしてませんが、なに、私に礼もしないわけ?などと怒ったりしない皇太后は(以下略)

皇帝陛下だって、ちゃんとご挨拶をするのに!

さすがに無礼を悟ってか、四爺もくっついてご挨拶をします。皇太后は、

“水落石出 社稷也回復安邦”
(水位が下がって石が現れるように真相が明らかになった。お国にもこれで平和が戻ってきた)

と寿ぎ、円満解決を祝した後に、“粛児”<スーアル/Suer>のためにお妃選びをしてやろう、とのお心遣い。

おほほ、いいおじさんに向かって“粛児”!(“粛児”は四爺の幼名でしたよね)

それも笑っちゃいますが、お妃選びの話が出た途端にニヤリとする五爺…むむ?

と、またいきなり、

“蘭陵王的王妃就是楊雪舞”
(蘭陵王の王妃は楊雪舞である)

とのご託宣。

“近日來 我私下暗訪 深入觀察各家名門千金
都不如哀家親眼所見的楊雪舞”

(ここのところ、わらわは秘かに名家の令嬢たちの動向を探っておったが、誰ひとり、この目でしかと検分した楊雪舞には適わなんだ)

と言ってるせりふの合間にチラチラと五爺が映ります(笑)

皆が、巻き添えは勘弁、ばっはは〜い!とバックれる中、雪舞だけは見捨てることなく感心感心、と褒める皇太后に向かって、雪舞もいちおう、自分は側室が分相応…と言い出しますが、

“喜歡吃醋 又不服輸的你
心甘情願肅兒去娶別的女人嗎”

(ヤキモチ焼きで負けず嫌いのそなたのこと、粛児が他の女人をヨメにもらって平気なはずもなかろう)

と、皇帝や朝臣の居並ぶ前で雪舞の困ったちゃんぶりを暴露してしまいます。

そんで粛児、あんたはどうなの、と水を向けられた四爺は、ほいほい承諾して雪舞を焦らせます。

ヨメの皇后が、
“皇室正妃講的是門當戶對
楊雪舞 既不是名門 又不是望族 不合適吧”

(皇室の正妃は釣りあう家柄の出でなければ。
楊雪舞は名門の出でもなければ貴族の家柄でもございません。ふさわしくないのでは)


とやんわり抗議すると、皇太后はいきなり《列子》の黄帝篇を持ち出します(絶対何か言われると思って、考えといたんでしょうね。用意周到なお方だこと)。

《列子》というのは紀元前400年くらいに成立したとされる哲学書で、その黄帝篇は“朝三暮四”という言葉の出典にもなっています。

ちなみに、いま普通に使ってる“男尊女卑”という言葉も、《列子》の天瑞篇から来たことばです。

“有神巫自齊來 處於鄭 名曰巫咸”
(祈祷師が斉から来たる。鄭に居し、名を巫咸といった)

雪舞は天女で巫咸の末裔、祖先の居住地である鄭を姓として与えましょう、

“無可厚非”
(問題なかろう)

鄭は皇族の氏、皇室の出なのだから文句ないでしょ、とのお言葉。

中国では結婚しても姓を変えないほど、姓は重要なもの。逆に、だからなのか、この手の「改姓」は歴史上にいくつも例があり、史書に特記されています。

そして史実では、何と皇太后さま自身も自分の姓を変更していたんですね。
皇太后さまのお名前は婁昭君ですが、

大宁年春,太后寝疾,衣忽自挙,用巫媪言改姓石氏。
(562年の春、婁太后は病に伏した。衣服が自ら動くという怪異が起こり、巫女の言葉を容れて姓を石とした。

ここは恐らく厄払いのような意味があるのか、あるいは「婁」氏に取り憑こうとする怪異を、名前を変えることで避けようとしたのかも知れません。(以前、なぜ周りの人が四爺をいみなの「高粛」と呼んではいけないのか、という話をしましたね)

しかし、ぶっ飛んだ事態に適応できないのか、わたしの姓が鄭なの?とぶつぶつ言ってる雪舞に、

“你不是一直很喜歡姓鄭嗎
哀家不止一次地聽你到念鄭妃鄭妃”

(そなたはずっと鄭姓に憧れておったようではないか。
わらわは一度ならず、そなたが鄭妃鄭妃とこぼすのを聞いたぞよ)


ここで四爺が思いっきり笑ってます。鄭妃鄭妃の最大の被害者、四爺は、よっぽど困ってたんしょうね。こんな風にいなしてもらって、耳のタコもようやくとれたんでしょう。

耳スッキリ!な四爺はこっそり雪舞に言います。

“這下你贏了 我果真娶了鄭妃了”
(これで君の勝ちだな。
私は本当に鄭妃を娶ることになったよ)


ここの2人は本当に可愛らしいですね。全編中、このシーンのウィリアム・フォンが一番好きです。ま、この先にも2人の可愛らしいシーンはいくつかあるんですけど、ここは衣装も似合ってるし…(って、何で囚人の衣装が一番似合ってるんだか知らないけど)

だけど、巫族の予言をこんな風に笑い話にしていいのかどうか、それはドラマの先を見なくちゃわかりませんよ…。

そもそも、《列子》で皇太后が引用した箇所をよく読んでみると、こんなことが書いてあります。

“有神巫自齊來處於鄭,命曰季咸,知人死生、存亡、禍福、壽夭,期以歲、月、旬、日,如神。鄭人見之,皆避而走”
(祈祷師が斉からやってきて鄭に居を構えた。名を季咸といい、人の生き死にや存亡、禍福、寿命を当てることができた。予言の年や月、季節、日の正確なことは神のようであった。鄭の人々はそれを見て、皆逃げていった)

さて…。

プレゼンのツボをおさえた皇太后の活躍で、正妃は雪舞と決まり、ひと月後に婚姻の儀が行われることに決まりました。

韓暁冬がこのビッグニュースを街中に触れてまわっています。

おめでたいニュースを貼ろうとしている掲示板に残っている紙切れは、先の指名手配書でしょうか。それなら、確か綺麗に剥がして持ってったはずだけど…。

ま、いいか。別の場所かも知れないし。

町民の皆さんが、

“咱們一定要共襄盛舉
祝他們白頭偕老”

(皆で盛大にお祝いしようじゃないか。
共白髪までお幸せにと)


とお祝いするなか、暁冬は複雑な表情です。さっと潮が引いたように誰もいなくなった町を、とぼとぼと歩いていく暁冬の後ろ姿がいいですね。



ところ変わって、ここは宮殿の中。
皇帝は皇后に、鄭児の処置について問いかけます。
どこまでもしらを切ろうとする皇后に、皇帝はついに怒り爆発。

お家の恥と思うから、あの場では収めておいてやったが、あんなセクハラなんて理由、信じると思うのかあっつ!って、陛下、祖珽ならやりかねません、史実でも確か、そんな人…。

しかし怒りの収まらない皇帝は、がんがん追及します。
責められた皇后は、

“臣妾何罪之有 爭權奪利 無須手軟
血親亦然”

(わらわに如何なる罪がございましょう。
権力のためには 犠牲もやむを得ませぬ
親族とて例外ではございません)


いやー、危ない、危ない。

一度目に観たときは、“臣妾何罪之有”を「何の罪がございましょう」じゃなくて、「何の罪もございます」かと勘違いしていました。

どこに誤訳の罠があるか分かりません。ちなみに、何の罪でもある、といいたいなら、“臣妾何罪有”ですね。

ここまで言うと皇帝は

“大膽!”
(無礼な!)

と一喝します。おのれそこまでやるとは、という意味なのかと思ったら、続いて意外な言葉が…。

“你難道暗指朕 為了皇位可以手足相殘
你就可以 是嗎”

(おまえはよもや朕を当てこすっておるのか。
皇帝の座のために親族をも抹殺したのなら、
おのれも同じことをしても構わぬと そうであろう)


ひ、ひぃっ、こ、このお言葉は一体…。

そう言いながらも、罪を皇太子に及ぼすことは何とか思いとどまった皇帝は、

“將皇后褪去后服 打入冷宮”
(皇后たる衣装を剥いで、軟禁せよ)

と命じると、入れ替わりに祖珽が入ってきます。
最初は命乞いをしていた祖珽ですが、下された刑を聞いて一変、ひと思いにご処置をと泣きすがります。拷問はお家芸、

げに恐ろしや、ドS集団・高一族!

何でこんな連中ばっかりやねん、と頭痛に襲われたらしい皇帝は、

“家門不幸 家門不幸啊”
(何たる不幸な家であることよ)

とまるで他人事のようなセリフを呟いています。

ですけど。

先ほどご紹介した史実の高百年のエピソードの終わりのほうに、高緯が宮殿を増築しようと地面を掘ると、そこから緋の衣装に金の帯をつけた屍が出てくる。皆は楽陵王・百年ではないか、いやひょっとして、太原王・紹徳ではないか、と噂するという話が出てくるんですね。

高紹徳といえばほら、例の、武成帝が兄貴の嫁さん・李祖蛾<り そが>を強奪した挙句、生まれた娘が生後すぐに亡くなったので、李祖蛾が殺したのではと疑い、李と兄との子、高紹徳を惨殺した、って話(第9話の2→こちら)に出てきた人ですよ。

あんた、他人事ちゃうやろ。

と思わずニセ関西弁になってツッコんでしまいたくなる、呆れた行状。

まったくもって、高一族と来たら…。

とこの先の回で誰かさんが言うセリフ、言い得て妙過ぎです。

さて、こんなお家騒動寸前だった斉の宮廷に続きまして、場面はお久しぶり、周の宮殿へ。

貞兒<ていじ/Zhener>の病状が思わしくないため、周国皇帝・宇文邕〈うぶん よう/Yuwen Yong〉こと仔ブタ陛下は、御用医を全員打ち首だなどとメチャクチャ言っております。

それを聞いたプリンセス・貞児、奇病にかかったのはお医者様のせいじゃないから、ともっともなご発言。

けなげな貞児の言葉に、仔ブタ陛下ならずとも、何でも好きなものを用意してあげよう、と言いたくなりますよね。

起きたら天女さまのお話をしてね、というリクエストを、例によって聞いちゃ〜いねー宇文邕は、どこをどう解釈したんだか、

「よーし、パパ、BB-8を買ってあげちゃうぞ〜」

じゃなくて(それ欲しいのは私か…)

“等你一覺醒過來 我一定帶天女來”
(次に目が覚めたときには 天女に会わせてあげるからね)

ってあんたそれ、貞児のリクエスト違うやん。

勝手な解釈で行動する叔父さんに、思わずまたもニセ関西弁でツッコまずにはいられないこの展開。

まったく高一族といい、宇文一族といい…。

しかし、誰かさんと違って皇帝陛下は、絶対に約束は違えない男!

さて、鄭児へのプレゼントはどうなる!?
やっぱBB-8か??(←ってしつこい)

その続きは第15話こちらにて!!


posted by 銀の匙 at 01:00| Comment(9) | TrackBack(0) | 蘭陵王(テレビドラマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月20日

スター・ウォーズの世界 フォース・フォー・ジャパン展

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どうせお台場に居るから、入ってみましょうか…無料だし、10分待ちくらいで人も並んでないし、と軽い気持ちで覗いた展覧会。私たちに紹介してくれた人も、時間あったらいってみれば、的な推薦の辞。

入り口は、まあ、こんなもんね、くらいの雰囲気。
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入ると、まずは等身大の新ヒロイン、レイとBB-8がお出迎え。
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混雑してないおかげで、ほとんどありえないほど近くまで接近。
ここにしか展示してないという貴重な等身大の新型ストーム・トルーパー、カイロ・レン、キャプテン・ファズマなどが並びます。

へぇみんな背が高いんだな〜と思いながら、次の展示ルームへ入ってビックリ。目の前のこの雲みたいな物体はまさか…

ねぶた?

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お披露目されたとかされなかったとか大騒ぎになってたのはコレかぁ、と間近に寄ってしみじみ眺める私たち。実際の会場でこんなに接近するなんて、ぜったい無理でしたよね。

しかし、正直いって、主人公

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よりも、

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ヨーダの方が、
さらには、

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悪役のほうが、断然ねぶた映り(?)が良かった。

新キャラももちろん、

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かわいかったですけどね。

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(まったくどこまで魂抜かれてるんだ…)

私のお気に入りは、一家に一枚ほしいこちらの屏風でした。

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「覚醒」ももちろん、よかったんだけど…。
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と、なぜか目出度い感じに決まりましたが、期日は年内までなので、ご覧になりたい方はお早めに。個人的には、六本木ヒルズの展覧会より面白かったです。

開催中〜2015年12月29日
11:00〜20:00
日テレ2階(東京・汐留)
posted by 銀の匙 at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月19日

映画 スター・ウォーズ/フォースの覚醒(前半ネタバレなし/表示以降 ネタバレ厳重注意)

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皆様こんばんは。

ぎりぎり初日に見てまいりました、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」。

12月18日18時30分に世界同時公開となりますが、カウントダウンが行われるので来るようにと某所からの指令を受け、まずは六本木ヒルズ内の映画館へ。

日比谷駅を降りて、エスカレーターに乗った瞬間から、あたりはすっかりスター・ウォーズ鑑賞モード。新作について話し合ってる人からコスプレで劇場に向かう人まで多士済々です。

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談笑するファースト・オーダーの皆様

ストーム・トルーパーの皆様方がテラス席を囲んでお茶してる、というシュールな画を横目に見ながら階段を上ると、狭いピロティにはカウントダウンの電光掲示板が置かれ、C3-POとR2-D2が写真撮影に応じています。押し合いへしあいする入場者の6割近くがスター・ウォーズのコスチュームを着ているという異常な事態に(笑)。

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いったいどこの惑星かよくわからない

ここの劇場は奥のほうに小さなグッズ売り場があるのですが、誰も買い物をしていません。なんだか拍子抜けしつつも、パンフレットやBB-8グッズを買い漁りました。

無事カウントダウンが終わると、鑑賞のため、別の劇場に移動です。年末の○ソ忙しい時期の夕方六時半に映画なんか観られるわけないじゃんか、と、はなからチケット争奪戦をあきらめていたのですが、どうせ早くに来られるんなら初回を見れば良かった…。

しかし、鑑賞に選んだ劇場はIMAXだったので映像がド迫力だったうえ、なぜか外国のお客さん率が高くて、大変な盛り上がりを見せました。

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物語の鍵を握る茶つぼことBB-8(ビービーエイト)

六本木は場所柄か、どうしても「仕掛け先行」という感じが否めなかったし、入り口が狭いので、さっさとその場をどかないと迷惑、という雰囲気だったんですが、こっちは普通のシネコンでロビーが広かったので、久々に「映画館にお客さんが詰め掛けてる感」が堪能できました。おかげで売店が大混雑していて、BB-8のフィギュアつきドリンクカップを注文しようと並んだはいいけど、危うく本編に遅刻しそうになりました(いい大人が何やってんだか…)

都内のはずれのこの劇場には、コスプレをしてくる人もいなかったし、熱狂的なファンが集結してるわけでもなかったけれど、例の「ルーカスフィルム」のロゴが出た途端に、万歳をする人、拍手をする人、口笛を吹く人などお客さん大喜び。打ち解けた楽しい気分で映画が始まりました。そうよ、スター・ウォーズはこうじゃないと…。

肝心の本編のほうですが、試写で見た方から映像が素晴らしかったと聞かされていたとおり(ストーリーは教えてもらえませんでしたよ、もちろん!!)、まずは映像の出来のよさにビックリです。色彩、構図、動きともに完璧で、最近の映画にありがちなCGくささやノッペリした画面などは一切ありません。

色遣いは、定評のあった「オブリビオン」を彷彿とさせるものがありますが、エンドロールを観ていたら、アイスランドやアイルランドでもロケをしたようなので、背景の色の感じが似ているんでしょうね。

動きや構図でいうと、ことに冒頭、画面をどーんと宇宙船が埋める、お約束のシーンがありますが、過去作を踏襲しつつも斬新な構図で、おおっ!!スター・ウォーズの世界に還ってきた!と感激すること請け合いです。

ここ以外にも、乗り物関係は非常にリアルで、自分が操縦しているんじゃないかと錯覚するほど臨場感があります。メカ好きなら心奪われずにはいられないシーンも盛りだくさん。

このSFらしさ満点の映像美だけでも一見の価値ありです。できればぜひ、大きな画面で、そして3Dでご覧になってください!

こっちに向かって飛び出してくるとしか思えないスター・デストロイヤーとか本当に反則ですんで…。

それから、劇場で売ってるパンフは、一見写真ばっかりに見えますが、よく読むと結構細かい設定が拾ってあり、へぇー、こんなことまで細かく決めてあるんだ〜と感動ものなので、お好きな方はぜひどうぞ。

ということで、以下はネタバレです。

======================
ストーリーや各シーンの骨格は、基本、エピソード4に似ています。

ファースト・オーダーが勢力を広げ、レジスタンスが必死の抵抗を続けている時代。伝説の強いフォースの持ち主、ルーク・スカイウォーカーはなぜか忽然と姿を消し、彼の居場所を記した地図をロア・サン・テッカから受け取るため、レジスタンスのパイロット、ポー・ダメロンは砂漠の惑星・ジャクーの村に向かいます。

しかし、それを察知したファースト・オーダーは村を急襲。ダメロンはドロイドのBB-8に地図のデータを託し、囚われの身となってしまいます。

一方、ジャクーに住む生き物に捕まってしまったBB-8を助けたのは、レイという廃品回収業で糊口をしのいでいるうら若い女性でした。彼女はBB-8をレジスタンスの基地へ届けようとしますが…。

前半部分は、ストーリーの大枠は似ているものの、全くそれを感じさせない新鮮味に溢れています。新悪役、カイロ・レンが、光線銃をフォースで止める描写とか、スター・デストロイヤーの廃墟の中を逃げ惑うミレニアム・ファルコン、ダメロンが脱走兵フィンの手引きでタイファイターに乗り込み、脱出するシーンなど、まるで本当に自分がスター・ウォーズの世界の中にいて目撃しているようなリアル感があります。

新キャラクターのレイやフィンは生き生きとして好感がもてましたし、何と言ってもちょこまか動く茶つぼのようなBB-8の可愛らしさにはぐっと心をつかまれるものがあります(英語のセリフを聞いていると、himとかheとか言われているので、男の子らしい)。

カイロ・レン役のアダム・ドライバーもさすがは役者さん。スクリーンで見ると見栄えがして、なかなか化けますね〜。

レイが座り込むシーン、かぶるヘルメットに見覚えが…!そして、さりげなく画面に映る、ヘルメットに描かれたマークにも注目です。

後半はちょっと前作に似ているところが目立ちすぎて、ややデジャヴ感はあったのですが、それを上回る衝撃的な出来事が次々起こって面白かったです。

全体としてはとても良かったんだけど、これほどエピソード4に似てるのに、エピソード4にあった「静の部分」というか、哲学的な部分が影を潜めてたのは、ちょっと残念でした。

でも、それを補って余りあるド迫力。映画館で早いとこもう一回観よっと...。

さて、以下はストーリーの核心部分なので、これから見に行く方は絶対に読まないようお願いします。

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予告を見ても、何で昔の主要キャストである、ルーク、レイア、ハンソロ、チューバッカ、C3-PO、R2-D2が出てくるのか、さっぱり分からなかった本作ですが、見ればお話の核心は彼らが握っているんですね。

映画の冒頭、文字が流れていく部分のトップに、EPISODE Z と出てきますが、設定を借りただけではなく、因果は脈々と続いていくんですね。

新悪役のカイロ・レン、どうみたってダース・ベイダーのコスプレだろ、ってカッコなのですが、ファーストオーダーの黒幕らしき人物、スノーク最高指導者に、父親と戦うことは一番の試練だ、みたいなこと言われ、あっさりハン・ソロとレイアの息子であることが発覚します。

コイツがグレたおかげでルークは雲隠れし、フォースのバランスはむちゃくちゃになり、ハン・ソロとレイアは別居状態という、大は宇宙の秩序から小は家庭の平穏まで、影響力ハンパないセレブ2世なんですが、お子ちゃまらしく癇癪もちらしいという描写が何度も出てきます。

そんなすごい人にも見えないけどな〜、とマスクの下の弱っちそうな顔を見ると思うのですが(まるで、女みたいな顔を仮面で隠していたという蘭陵王のようです・笑)、祖父がダース・ベイダーと聞けば確かに納得。ご本人は、間にハン・ソロがかんだせいで情けない性格なんだとご不満の様子で、なんと、彼らの本拠地、スター・キラー基地に乗り込んできたハン・ソロと対峙したあげく、十字架型のライト・セイバーで刺し殺してしまうんですね…。

本作でハン・ソロは死ぬんじゃないか、いやいや、彼が出なくなったら続きもつまんないからチューバッカあたりが身代わりに死ぬんじゃないか、など数々のうわさはございましたが、まさか本気で殺るとは。

お年を召したレイア姫(現在は将軍)が、見慣れるうちにだんだん美人に見えてくる(失礼!)ので、ハン・ソロとのやりとりを期待していたこちらにとっては、ちと残念な展開ではあったのですが。

実は、前半部分では、盗まれた(っていうかたぶん借金のカタに差し押さえられた?)ミレニアム・ファルコンを、初見で飛ばしてしまうヒロイン・レイですが、計器類が広い範囲に配置されてて一人じゃ大変、という細かい伏線が張ってあり、ハン・ソロ亡き後は、そこにチューバッカが座って、すごく収まりがよい図になるんです。うぅ、監督、なんて冷酷なの。

とはいえ、父殺しのシーンが入って、一挙にお話はサーガの一員ぽくなってまいります。

ダース・ベーダー越えはムリだって思ってるでしょ、と初対面の女(しかし、過去に何かいきさつがあるらしいことが匂わされている)にズバリ指摘され、ただでさえガラスのハートがグサっと来てるところに、自分が弱い原因だと思いこんでる元凶の父親がノコノコ現れる。そりゃ、思わず刺しますわな。

これでもうカイロ・レンは、この後どんなに強くなろうと、ルークのような形で父を超えることは永遠にできなくなってしまった。実に興味深い展開です。

っていうか、映画の前半3分の2くらいまでは、過去のいきさつを織り交ぜつつも新鮮で、とても面白かったんですよ。「ポンコツでもないよりマシ」(by レイ)、「女は必ずウソに気づく」(by ハン・ソロ ってか、全く…)とか、「逃げようとする男の目だ」(by マズ・カナダ)とか、今後、人口に膾炙しそうな名せりふもたくさん登場したんだけど、終盤に来ると、またかよみたいなストーリー展開とまたかよな構図の連続。

惑星を破壊するスター・キラー基地とか、その対策会議とか、実際の対策法とか、エピソード4そのまんま。
これはちょっといただけませんでしたよ、前半が非常に良かっただけに。

それに、鳴り物入りで登場したキャプテン・ファズマがてんで弱いのにも失望いたしました。あっさりやられキャラだったドゥークー伯爵にもまだ及ばないとは(激怒)

脇キャラの扱いがイマイチなとこまで、前作を踏襲しないでよろしい。

してみると、今回一番新鮮な設定だったのは、ストーム・トルーパーにも中の人がいる、ってあたりでしょうかね。カイロ・レンははなから悪役だし、レイは少し葛藤があるとはいえ、基本は天才だし良い子。

とすると、普通のいい人ではあるものの、危険な場面になると心が揺れ動く凡人の代表としては、ファースト・オーダーに拉致られて、兵士をせざるを得なかったというフィン、ということになるでしょうか。

彼は冒頭の、村人を皆殺しにせよという命令を実行することができず、カイロ・レンに目をつけられてしまう。しかし恐らくそれよりも、村人から反撃された仲間のトルーパーが殺されてしまったことに衝撃を受けたのが、裏切りの最初のきっかけになったのでしょう。その辺も、正義に突き動かされて、というより人間らしいです。

やられ役はあくまでも悪で、観客の良心も痛まずにスカッと爽快、みたいなのではなく、実は正義のレジスタンスに撃たれて地面に転がっている兵士たちも、撃たれれば血を流す人間だったんだ…ということが、強調されないだけに、後でじわじわ来ます。

そもそもこの映画、光の勢力と闇の勢力が戦うのですが、どちらが良いということは、特に言ってない。フォースは宇宙に生きるすべてのものにあり、暗黒面と光の面の両面があるのです。バランスが崩れるということはあるけど、フォースにはどちらの面も存在するのがデフォルト。

だから、悪役って見方は正しくないかも知れないのですが、ともかく、この映画では機械やエイリアンも人間以上に重要な役回りを果たすので、兵士の中身が機械だからとか、エイリアンだからとか、クローンだからということは、決して倒していい理由にはならない。娯楽映画だから、そこを深追いしたりはしないけど、冒頭に敢えてこの描写を持ってくるあたりに、監督や脚本家をはじめ、この映画にかかわったひとの見識を感じます。

しかし、カイロ・レンよ。裏切り者って…
お前が言うな!


さて、もう一方の主人公・レイは、ジャクーで誰かが帰ってくるのをずっと待っているのですが、その願いがかなうことはなく、いつも一人ぼっち。

苦労して集めた廃品で、ようやく得たであろう食事をしながら、壁に刻み付けているしるしは、家族と別れてからの日数なのでしょうか。

親を亡くしたとはいえ、おじ・おばが居てくれたルークや、母のシミと暮らしていたアナキンよりもさらに過酷な運命の元に暮らしていたようです。

それでもグレずに良い子に育ったのに、いったいどういう子育てしたんだ、ハン・ソロとレイアは。

と、この先、2人は全宇宙の皆さんから恨まれる運命なのでしょう(そして、ハン・ソロ亡き後はレイア一人が…って、いや、そういう話じゃなさそうだけど)。

一方、いきなり登場した、チューバッカファンのご老体、マズ・カナダ女史にルーク遺愛(?)のライト・セーバーを渡され、いったんはそれを拒否してしまうレイ。いやにミレニアムファルコンが似合ってたし、強大なフォースの持ち主だし、カイロ・レンと戦う姿が兄妹げんかっぽくて、まさかまた双子?って思ってしまうのですが、果たして彼女は誰の血筋なんでしょうか。レイア?ルーク?いや、アナキンの隠し孫…?(笑)
あるいはアナキンの父に関係ある人…?(もうホビット並みに家系図がさかのぼりすぎて何がなんだか…)

ラストシーンが、断崖絶壁の孤島でルークにライトセーバーを手渡そうとするレイ、という、まさかここで終わりか〜!という、観客の阿鼻叫喚が聞こえるあからさまに途中のシーンなので、謎は次回に持ち越されるのですが、ここは“I'm your father”で全世界を驚かせた前作なみの衝撃を期待したいところですね。

(ちなみに、この幕切れのシーン、空撮の迫力も素晴らしかったし、音楽がめちゃくちゃイイ!
サントラの公式ページで聴けます↓
https://www.youtube.com/watch?v=cUBUlKgsNK8 )

てことで、エピソード8に露骨に続く!

なお、リピート鑑賞のお供に、「最初に出てきたおじいさん、ダレ?」「12パーセクって自慢?」など、素朴な疑問へのミニミニQ&Aつきの記事はこちらへどうぞ。

スター・ウォーズ/フォースの覚醒@ぴあ映画生活
posted by 銀の匙 at 03:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月10日

スター・ウォーズ/フォースの覚醒 ジャパンプレミア

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スター・ウォーズの新作が来週公開されるのに先立ち、今日、ジャパンプレミアが開催されました。

すっかり夜の暗さになったころ、正面のスクリーンには、例のSTAR WARSのロゴがど〜んとアップになり、その周りの星をよく見ると、奥に向かって移動しているんですね…この時点でもう意味もなく感激している私。

続いて予告編が流されますが、パソコンの小さな画面で見ていたので、タイファイターやエックスウィングなど、見慣れた飛びものや戦闘シーンなんかの特大スクリーンでの迫力はひとしお。残骸のシーンも感涙ものです。

お約束どおり、ゲストはなかなか時間通りには現れないので、さらにおまけ映像が流れます。メイキングでしたが、これがまた大画面で見るといいんですよね...。ちゃんと作られたセット、ただでさえ大きいのにさらにでっかいチューバッカ(ハグされすぎて衣装(?)がすぐダメになっちゃうらしい)、コクピットなども迫力満点で目に飛び込んできます。

3回ほど繰り返しメイキングを見て、いやぁ飽きないな...と思っていると、ようやく六本木ヒルズのアリーナに沿って作られたレッドカーペットに、監督のJ.J.エイブラムス、ヒロインのレイ役・デイジー、ヒーローのフィン役・ジョン・ボイエガ、カイロ・レン役のアダム・ドライバーが登場。

ひとり登場するたびに、寒空の中、ずっと待たされてたオーケストラの皆さんが、景気よくファンファーレを轟かせる...のですが、なぜか演奏は毎度すぐ終わっちゃいます(もう少し演奏してあげてもよかったんじゃないでしょうか...)。

音楽がなくなると途端になんだか侘しい雰囲気が漂うのですが、ゲストは健気にも、CDのBGMをバックにテレビのインタビューに答えた後、カーペットの脇を埋めたファンと記念撮影に応じたり、サインをしたり、戻ったり、と時間をかけてカーペットを進みます。

自分が立っているところ以外で何が起こっているかはほとんどわかりませんでしたが、正面の大スクリーンにゲストの様子が映されるため、途中からはずっとそれを観ていました。

隙間からみた感じでも、レイ役のデイジー・リドリーが本当にかわいらしく、表情も豊かでステキでした。アダム・ドライバーは悪役だということをときどき忘れちゃうのか、おどけた表情をしてみせたりしてウケていました。

正面に来るとフォトセッションがあり、さらに、中央に高くしつらえられた舞台にせりあがって、会場のフォースを集める(?)というアトラクションが行われます。来場者にはライトセーバーならぬペンライトが配られており、すごいことに、フィンが青のライトセーバーを振るとみんなのライトも連動して青に、カイロ・レンが赤のライトセーバーを振ると赤に変わる、という地味にハイテクな仕組みでお客さんを驚かせていました。

舞台の上には、ゲストのほかに、新型ストームトルーパーの皆さんや、R2-D2,そして新ドロイドのBB-8(ビービーエイト)が登場しました。

R2もいつもどおりの動きで人気者でしたが、会場のどよめきを誘ったのはBB-8。

旧シリーズの次の世代のお話らしいので、科学技術も進んでいるんでしょうが、半球と球の組み合わせで出来たBB-8がコロコロと移動する可愛らしい様子にすっかり魅せられてしまいました。やっぱ買おうかな、リモコンBB-8。ああっ、ダメダメ、フォースの暗黒面に堕ちてはッ!(と意味もなく苦悩してみたり)

最後はレイが日本語で「フォースと共にあらんことを」と祈願して〆ました(日本人でも噛みますよね、このセリフ。よく頑張りました)。

印象的だったのは、落ち着いた感じのファンが多かったことですね。コスプレで来たり、写真をあしらったボードを用意してたりと熱狂的ではありましたが、サインをもらったら皆ちゃんとお礼を言ってたし、自然にニッコリしたりととても感じが良かったです。ゲストや演出について「なんて良い人なの…」とか、「よく出来てるね…」など、好意的なコメントが多かったのも、大人な感じでした。

今回ばかりでなく、毎回、この手のイベントに参加すると思うのですが、ファンサービスとプレス発表を同時にやるというのはあまり得策じゃないんじゃないでしょうか。プレスを優遇しすぎるとファンは見えないし、ファンサービスを主体にすると、記事用の写真は撮りにくいし。

オールドファンが多い映画ならファンは大切にすべきだし、大作ならば宣伝も大事でしょう。
だったら、この手のイベントは一回だけではないらしいので、分けたらよかったのに。

関係者の皆様、どうかご一考ください。

では、12月18日の公開日を楽しみに。
その日風邪を引かないように、May the Force be with you!
posted by 銀の匙 at 23:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする